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すっかりメルボルンも夏です。
外に出るときは日焼け止めぬったくってサングラス。
リチウム濃度対策にスポーツドリンクで水分・イオン補給。
そしてスーパーに行って帰って来ただけですっかりへとへとです。
(まあ普段あんまり動かないので体力が不足しているんですが)
それで良い感じに回復してまったり疲れていたり、いろいろ思うこともあったりで、今日は病院生活を振り返りたいな、と思います。
精神病院に入院したときは3回とも一緒の病院です。
私立の病院で、前の精神医、そして今の精神医がそこで患者さんを診たりしているのと、あとティーンだったりECTだったりの専門が強いこと、それからケアの質の高さからそこで治療を受けました。
(いまでも精神医のアポの時はそこに行ってます)
シティ、植物園、Albert Park(F1の時はうるさい)にものすごく近い、オフィス街に囲まれて建っていて、病院そのものもぱっと見オフィスビル。元はオフィスビルだったそうです。
ただ建物が弧を描いているので心・脳の調子が悪いとちょっと方向感覚狂うことも。
最初に入院したティーンセクションは3階で、大人のセクションは最高階の4階。
他にもECTユニット、ICUユニット、高齢者の方々セクション(もちろん1階)、外来のための精神医たちのオフィス、それから母&赤ちゃんのためのセクションがあって。あと食堂。
エレベータもちゃんとあるんですが結構みんな歩いてる(笑)
大人セクションはティーンセクションと違ってプログラム参加が必須でないので割とマイペースに暮らしてましたし、他の患者さんと仲良くなる、ということが少なかったです。
朝は一応患者さん達が集まってミーティングみたいのをして、共同施設のメンテとかいろいろ話して。
で、新聞が来るとその中のThe Ageの9文字アナグラムパズルがホワイトボードに掲載されるので、ミーティングにでなくてもいくつか短い言葉を見つけたり、9文字全部を使った言葉がなにか悩んだり(日ごとに9文字の言葉が分かった人は自分の名前をホワイトボードに書けるので余計にはりきる)。
パズルで一緒に盛り上がってるのは若い人が多かったな。
あと朝と午後には外出許可がある人で行きたい人は散歩があって。(外出許可が下りてない人はきっとごくわずか)外出許可はあるけれど一人では出歩いていい許可がない人にとってはスーパーで必需品とか欲しいものだったり、カフェでコーヒーを飲むいい機会。
ついでに鬱の人は朝が特につらいからしっかり起きて散歩行く、は大切です。
プログラムは自分の抱えている思いを共有するグループセラピーから病気のことを学ぶセッション、アートやビーズなどクリエイティブなセッション、あとは歌を歌うセッションとか。
歌の担当のナースのおじさんはECTのナースのおじさんなのと、あと私が音楽やる人だってことで良く担当に当たりました(笑)
毎日午前と午後(だったかな?)で一人一人の患者さんに担当のナースさんがついていて、何かあったら(何もなくとも1日1回は)担当のナースさんに話すようになってます。
私はECT治療中も一人で外出していい許可があったので、結構気ままに出歩いてたりしました。特に夜ご飯については味はそこそこなのですが、なんと5時半に食べるようになってるのでよく外食してました。
トラムに乗るのもめんどいしということでよく1時間くらいあるいてクラウン・カジノに鴨ラーメン食べに行ったりしてました。で、1時間くらい歩いてゆっくり戻って。
病院の夜は長いです。5時半に夜ご飯だともう7時までにはおしまいですし。
薬がもらえるセッションが朝1回、昼1回、そして夜は夕飯+9時+就寝前(11時くらい?)と3回あります。
もちろん5回全部飲む人はいませんが、ちゃんと理由があって。
食後に飲む薬は夕飯後に飲まなくちゃ行けませんし、で、「夜」のむ薬はなるべく9時に飲むらしいんですが、飲んで眠くなる副作用がある薬は11時のセッションで飲んだ方がいいですよ、という。
ティーンセクションでその傾向は強いですが、大人セクションでも基本他人のことにあんまり干渉しないスタンスで。それをはっきり示す必要がないのはやっぱり患者さんが「大人」だから(20代から60代くらいまで幅は広いです)。ティーンセクションのみんなもそうなんですが、自分が病気で治療が必要だということを分かっていて、調子が悪くとも結構みんな落ち着いている印象でした。
みんな苦しくて、辛くて不安なんですが治療へのスタンスとか回復への望みとかはポジティブだったり。
入院したときのことを忘れたくないのはまずメンタルヘルスの道を目指すにあたって初心を忘れないようにしたい、ということが一つ。
そして自分や他人が辛さのなかを進んでいる、その難しさと現実を忘れないようにしたい、ということもあります。
そしてうまく説明できないのですが、光ばっかり、前向きばっかりの人生っていうのは一緒に入院してた患者さんたちとの経験を思うとやっぱり「違うな」と思います。
いつもなるべく後ろ向きだったり、心の調子が悪かったり、問題を抱えてる人達の味方でいたいし、そういう人達の気持ちを分かったり、いつも「闇側」の人間でいたいな、とちょっぴり思うのです。(基本音楽も闇側ですが)
・・・やっぱりちゃんと説明できてない。
今の自分が成り立っている要素の一つとして入院生活で得た物というのは結構強い柱となっていると思うので。
それを忘れることなく、そしてまたあそこで味わった感覚、学んだことをもっと身につけたいです。
闇側関係についてはまた今度。
今日の一曲: たま(滝本さん) 「「夏です」と一回言った」
すっかりたまの季節です!
特に滝本さんの「納涼大会」だったり「とかげ」だったり「むし」だったりこの歌だったり、夏が本当によく似合う!
その中でもメルボルンの夏にぴったりな雰囲気なのがきっとこの「「夏です」と一回言った」。
日本の夏よりも暑く(といっても昨夏は暑かったですね)、乾いた感じがするのです。
冒頭から語られる空気の温度差だったり、遠くの飛行機から感じる機内の涼しさだったり、「渇いた駐車場」という言葉に感じるアスファルトの熱だったり、どっかで滝本さん「温度になりたい」と言ってたのを読んだ覚えがあるのですが本当に好きだなあ、と。
あと本当に言葉では言い表せない感覚で本当にメルボルンの夏で。思わず青空を見上げてしまったり。
夏は長いのでラヴェル、クラム、オーストラリア・イギリスの音楽に加えてたまの音楽で夏を全身に感じながら楽しみ乗り切りたいです♪
Youtubeでのこの歌:
外に出るときは日焼け止めぬったくってサングラス。
リチウム濃度対策にスポーツドリンクで水分・イオン補給。
そしてスーパーに行って帰って来ただけですっかりへとへとです。
(まあ普段あんまり動かないので体力が不足しているんですが)
それで良い感じに回復してまったり疲れていたり、いろいろ思うこともあったりで、今日は病院生活を振り返りたいな、と思います。
精神病院に入院したときは3回とも一緒の病院です。
私立の病院で、前の精神医、そして今の精神医がそこで患者さんを診たりしているのと、あとティーンだったりECTだったりの専門が強いこと、それからケアの質の高さからそこで治療を受けました。
(いまでも精神医のアポの時はそこに行ってます)
シティ、植物園、Albert Park(F1の時はうるさい)にものすごく近い、オフィス街に囲まれて建っていて、病院そのものもぱっと見オフィスビル。元はオフィスビルだったそうです。
ただ建物が弧を描いているので心・脳の調子が悪いとちょっと方向感覚狂うことも。
最初に入院したティーンセクションは3階で、大人のセクションは最高階の4階。
他にもECTユニット、ICUユニット、高齢者の方々セクション(もちろん1階)、外来のための精神医たちのオフィス、それから母&赤ちゃんのためのセクションがあって。あと食堂。
エレベータもちゃんとあるんですが結構みんな歩いてる(笑)
大人セクションはティーンセクションと違ってプログラム参加が必須でないので割とマイペースに暮らしてましたし、他の患者さんと仲良くなる、ということが少なかったです。
朝は一応患者さん達が集まってミーティングみたいのをして、共同施設のメンテとかいろいろ話して。
で、新聞が来るとその中のThe Ageの9文字アナグラムパズルがホワイトボードに掲載されるので、ミーティングにでなくてもいくつか短い言葉を見つけたり、9文字全部を使った言葉がなにか悩んだり(日ごとに9文字の言葉が分かった人は自分の名前をホワイトボードに書けるので余計にはりきる)。
パズルで一緒に盛り上がってるのは若い人が多かったな。
あと朝と午後には外出許可がある人で行きたい人は散歩があって。(外出許可が下りてない人はきっとごくわずか)外出許可はあるけれど一人では出歩いていい許可がない人にとってはスーパーで必需品とか欲しいものだったり、カフェでコーヒーを飲むいい機会。
ついでに鬱の人は朝が特につらいからしっかり起きて散歩行く、は大切です。
プログラムは自分の抱えている思いを共有するグループセラピーから病気のことを学ぶセッション、アートやビーズなどクリエイティブなセッション、あとは歌を歌うセッションとか。
歌の担当のナースのおじさんはECTのナースのおじさんなのと、あと私が音楽やる人だってことで良く担当に当たりました(笑)
毎日午前と午後(だったかな?)で一人一人の患者さんに担当のナースさんがついていて、何かあったら(何もなくとも1日1回は)担当のナースさんに話すようになってます。
私はECT治療中も一人で外出していい許可があったので、結構気ままに出歩いてたりしました。特に夜ご飯については味はそこそこなのですが、なんと5時半に食べるようになってるのでよく外食してました。
トラムに乗るのもめんどいしということでよく1時間くらいあるいてクラウン・カジノに鴨ラーメン食べに行ったりしてました。で、1時間くらい歩いてゆっくり戻って。
病院の夜は長いです。5時半に夜ご飯だともう7時までにはおしまいですし。
薬がもらえるセッションが朝1回、昼1回、そして夜は夕飯+9時+就寝前(11時くらい?)と3回あります。
もちろん5回全部飲む人はいませんが、ちゃんと理由があって。
食後に飲む薬は夕飯後に飲まなくちゃ行けませんし、で、「夜」のむ薬はなるべく9時に飲むらしいんですが、飲んで眠くなる副作用がある薬は11時のセッションで飲んだ方がいいですよ、という。
ティーンセクションでその傾向は強いですが、大人セクションでも基本他人のことにあんまり干渉しないスタンスで。それをはっきり示す必要がないのはやっぱり患者さんが「大人」だから(20代から60代くらいまで幅は広いです)。ティーンセクションのみんなもそうなんですが、自分が病気で治療が必要だということを分かっていて、調子が悪くとも結構みんな落ち着いている印象でした。
みんな苦しくて、辛くて不安なんですが治療へのスタンスとか回復への望みとかはポジティブだったり。
入院したときのことを忘れたくないのはまずメンタルヘルスの道を目指すにあたって初心を忘れないようにしたい、ということが一つ。
そして自分や他人が辛さのなかを進んでいる、その難しさと現実を忘れないようにしたい、ということもあります。
そしてうまく説明できないのですが、光ばっかり、前向きばっかりの人生っていうのは一緒に入院してた患者さんたちとの経験を思うとやっぱり「違うな」と思います。
いつもなるべく後ろ向きだったり、心の調子が悪かったり、問題を抱えてる人達の味方でいたいし、そういう人達の気持ちを分かったり、いつも「闇側」の人間でいたいな、とちょっぴり思うのです。(基本音楽も闇側ですが)
・・・やっぱりちゃんと説明できてない。
今の自分が成り立っている要素の一つとして入院生活で得た物というのは結構強い柱となっていると思うので。
それを忘れることなく、そしてまたあそこで味わった感覚、学んだことをもっと身につけたいです。
闇側関係についてはまた今度。
今日の一曲: たま(滝本さん) 「「夏です」と一回言った」
すっかりたまの季節です!
特に滝本さんの「納涼大会」だったり「とかげ」だったり「むし」だったりこの歌だったり、夏が本当によく似合う!
その中でもメルボルンの夏にぴったりな雰囲気なのがきっとこの「「夏です」と一回言った」。
日本の夏よりも暑く(といっても昨夏は暑かったですね)、乾いた感じがするのです。
冒頭から語られる空気の温度差だったり、遠くの飛行機から感じる機内の涼しさだったり、「渇いた駐車場」という言葉に感じるアスファルトの熱だったり、どっかで滝本さん「温度になりたい」と言ってたのを読んだ覚えがあるのですが本当に好きだなあ、と。
あと本当に言葉では言い表せない感覚で本当にメルボルンの夏で。思わず青空を見上げてしまったり。
夏は長いのでラヴェル、クラム、オーストラリア・イギリスの音楽に加えてたまの音楽で夏を全身に感じながら楽しみ乗り切りたいです♪
Youtubeでのこの歌:
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なんか1日テンションが変でした。
天気がかなり劇的に変わったのもありますが、なんと言っても発端は朝のNASAの発表(日経新聞の論文要旨)を読んだ事が原因かも。
研究の内容としては砒素を取り込むことで生き、DNAなどの身体の仕組みにリンではなく砒素を組み込んでいる生物の発見なのですが・・・
それを読んだとたん頭の中で色んな扉がぶあっと開いてしまって。
今日はなんとかそれをまとめようとします。(まとめてみます、ではなくて)
最初思いだしたのは生命史・地質学に関してクラムの「鯨の声」のイメージを追っかけているときに読んだ地球の古代の海のこと。
太古の昔、酸素が地球を支配する前は二酸化酸素や硫黄を糧にして生きている生物もいましたし、色んな環境に色んな生物が住んでいて。それが食べ食べられで循環し、進化していくことを思い・・・
例えば発見された生物みたいな砒素を食する生物が、ものすごく砒素ばっかりある星に住んでたりとかして、そしたら進化はどうなるんだろう、どういう風に生物と星が変わっていくんだろう、と思ったり。
で、例えば地球の二酸化炭素がもっともっと増えたら古代の海にまた戻るのだろうか、と考えて、それがまたクラムの音楽、特に「鯨の声」での循環性、universal mythologyの循環性を連想し。
そしてそこで手塚治虫の「火の鳥」の「未来編」でみた世界の終わりとサイクルのまた始まり、進化の分岐の話を思い出して。
「火の鳥」の「未来編」、まんが版では世界のサイクルのリスタートのきっかけはマサトが海に注いだ有機物の混合物でしたが、アニメ版ではマサト自身が海に身を投げることだったなーと思い出して。
実際どんな生き物でも生まれて呼吸して、何かを食べて排泄して、そして死んで自然に還ることだけでももう周りの物質を変えて地球を変えてるんだ、と思いついて。
最初の最初から続いて働いている、小さな生物から大きな生物、そして世界全体を動かし変えていくメカニクス。
ここで物質=matterと母=materの繋がりのほうに寄り道したり、それからまた火の鳥の「未来編」に戻って、小さい生物・物質の働きが世界・宇宙を動かす→コスモゾーンの話になって。
本当に小さいころから「未来編」は大好きですが、人が小さなコスモゾーンの集まりでできてて、宇宙もまた一つのコスモゾーンになってて、フラクタル(後から知った概念ですが)のようになっていて、人も宇宙も同じ校正でできてるということが妙に納得で、今でもぼんやりとそういう構図を信じています。
人体も実際細胞の一つ一つの働きでできてますしね。
自分の行動、存在が見えない・予想できない形で世界に影響する・・・というのはちょっと意味合い(というか畑)が違うながらも今読んでいるEarthseaの話に繋がります。
Earthseaでは魔法を使う際に自分の使う言葉や自分が動かす力が世界のどこかでなんらかの影響を及ぼすことを理解することについて本当に強調していて。
そこから→でも悪い影響を及ぼすことを恐れて何も動かない・しないというのは(どのみち存在するだけで上記の影響がデフォルトであるのですが)駄目なんだ、何が起こるかわからないからこそ積極的に動いていかないといけない・・・というのがこのシリーズの最終巻、The Other Windであったような・・・それとも気のせいか?それとも別のEarthseaの話だったか?と一通りぐるぐるとしてしまって(汗)
そしてその合間合間に別の方面にも。
今日はアドベントで、メシアンの20のまなざしから第6楽章「御言葉によって全ては成されたり」を弾いていて。
フーガ的手法だったり、シンメトリー・アシメトリーを駆使してsystematicに展開していくこの曲はがっつり理系な雰囲気なのですが、なんだか弾いてみるといつだったか高校の物理で習った核反応のようだなーと思ったり。水素とかヘリウムでなくもちょっと重い核種で。
つくづく自分は音楽を科学に繋げて考察するのが好きだな~と思いますね。
でもそうやって科学的なイメージとか原理とかとリンクしたりするのは楽しいですし、特に自分の弾いている作曲家だとわりと妥当なアプローチだったりすると思います。それからやっぱりそういうところが音楽をやる上での私の強みである(・・・でない場合はこれからそうなり得る)と思うので。
ちゃんと書いとかないと忘れて勿体ないのでいつかまたまとめたいです!
こんな感じで自分が追いつかないほどの早さで思考と直感と感覚が回って、割とハイだった今日。
いろいろカバーできてないものもちょこちょこあるかもしれませんが、そこはやっぱり限界でしょうか。
こういう日も全然良いですし、色々自分の中で生まれて良かったです。
仕事に追われ気味ですが、感じること表現することいろいろ続けていきたいです。
今日の一曲: ジョージ・クラム マクロコスモス第4巻 「天体の力学」より第3楽章「Gamma Draconis」
Youtubeでの演奏動画(動画の前半)
今メシアンの四重奏のステンドグラスに続く企画を密かに亀のようにゆっくり進めているのがこの曲集。
なかなかCDがオーストラリア・日本で見つからないので(ネットで海外から注文か)、Youtubeでよく聴いてます。ちなみにサイトに載せてる楽章名の一覧はこちら。
ピアノ2台のために書かれたこの曲、4楽章あるそれぞれに星の名前がタイトルとしてついています。
その星のチョイスがメジャーの一歩先くらいの身近さで、しかもなんだか連星だったり天体力学的になんか特徴があるものを選んでいる気が。
第3楽章「Gamma Draconis」はりゅう座γのこと。「エルタニン」=竜の頭という意味で、りゅう座で一番明るい星だそうです。(最近Earthsea読んでたり特に竜には縁があるので今日チョイスしました♪)
天体力学的なことには詳しくないのですが、地球は歳差運動といって自転軸の傾きから地球ゴマの動きの通り上の方が大きく振れるように回ることで、星座の見える位置が変わって・・・要するに今から4000年前には点の北極はこぐま座のポラリスではなく、りゅう座の(エルタニンではないのですが)トゥバン(α星)だったそうです。
古の時代に竜の神話が色んな地であり、崇め恐れられていたのが消えてなくなったように、天の頂、天の北極にとぐろを巻いて君臨していた銀河のりゅう座もまたその王座を時代の流れとともに譲りました。
激しく鳴り響く不協和音だったり、ぐるぐるとぐろを巻きながら増幅していくクラム特有のメタルピアノサウンド。
この曲集全体そうなんですが、響きがものすごく溶け合ってまとまり広がって行くのが本当に「2台のピアノ」を聴いているとは思えなくて。
クラムっていいなあ~宇宙って本当に凄いところだな~はもちろんですが、竜って格好いいなあすごいなあ~とも思ってしまう曲です。
そしてまたはみ出し動画embed。
天気がかなり劇的に変わったのもありますが、なんと言っても発端は朝のNASAの発表(日経新聞の論文要旨)を読んだ事が原因かも。
研究の内容としては砒素を取り込むことで生き、DNAなどの身体の仕組みにリンではなく砒素を組み込んでいる生物の発見なのですが・・・
それを読んだとたん頭の中で色んな扉がぶあっと開いてしまって。
今日はなんとかそれをまとめようとします。(まとめてみます、ではなくて)
最初思いだしたのは生命史・地質学に関してクラムの「鯨の声」のイメージを追っかけているときに読んだ地球の古代の海のこと。
太古の昔、酸素が地球を支配する前は二酸化酸素や硫黄を糧にして生きている生物もいましたし、色んな環境に色んな生物が住んでいて。それが食べ食べられで循環し、進化していくことを思い・・・
例えば発見された生物みたいな砒素を食する生物が、ものすごく砒素ばっかりある星に住んでたりとかして、そしたら進化はどうなるんだろう、どういう風に生物と星が変わっていくんだろう、と思ったり。
で、例えば地球の二酸化炭素がもっともっと増えたら古代の海にまた戻るのだろうか、と考えて、それがまたクラムの音楽、特に「鯨の声」での循環性、universal mythologyの循環性を連想し。
そしてそこで手塚治虫の「火の鳥」の「未来編」でみた世界の終わりとサイクルのまた始まり、進化の分岐の話を思い出して。
「火の鳥」の「未来編」、まんが版では世界のサイクルのリスタートのきっかけはマサトが海に注いだ有機物の混合物でしたが、アニメ版ではマサト自身が海に身を投げることだったなーと思い出して。
実際どんな生き物でも生まれて呼吸して、何かを食べて排泄して、そして死んで自然に還ることだけでももう周りの物質を変えて地球を変えてるんだ、と思いついて。
最初の最初から続いて働いている、小さな生物から大きな生物、そして世界全体を動かし変えていくメカニクス。
ここで物質=matterと母=materの繋がりのほうに寄り道したり、それからまた火の鳥の「未来編」に戻って、小さい生物・物質の働きが世界・宇宙を動かす→コスモゾーンの話になって。
本当に小さいころから「未来編」は大好きですが、人が小さなコスモゾーンの集まりでできてて、宇宙もまた一つのコスモゾーンになってて、フラクタル(後から知った概念ですが)のようになっていて、人も宇宙も同じ校正でできてるということが妙に納得で、今でもぼんやりとそういう構図を信じています。
人体も実際細胞の一つ一つの働きでできてますしね。
自分の行動、存在が見えない・予想できない形で世界に影響する・・・というのはちょっと意味合い(というか畑)が違うながらも今読んでいるEarthseaの話に繋がります。
Earthseaでは魔法を使う際に自分の使う言葉や自分が動かす力が世界のどこかでなんらかの影響を及ぼすことを理解することについて本当に強調していて。
そこから→でも悪い影響を及ぼすことを恐れて何も動かない・しないというのは(どのみち存在するだけで上記の影響がデフォルトであるのですが)駄目なんだ、何が起こるかわからないからこそ積極的に動いていかないといけない・・・というのがこのシリーズの最終巻、The Other Windであったような・・・それとも気のせいか?それとも別のEarthseaの話だったか?と一通りぐるぐるとしてしまって(汗)
そしてその合間合間に別の方面にも。
今日はアドベントで、メシアンの20のまなざしから第6楽章「御言葉によって全ては成されたり」を弾いていて。
フーガ的手法だったり、シンメトリー・アシメトリーを駆使してsystematicに展開していくこの曲はがっつり理系な雰囲気なのですが、なんだか弾いてみるといつだったか高校の物理で習った核反応のようだなーと思ったり。水素とかヘリウムでなくもちょっと重い核種で。
つくづく自分は音楽を科学に繋げて考察するのが好きだな~と思いますね。
でもそうやって科学的なイメージとか原理とかとリンクしたりするのは楽しいですし、特に自分の弾いている作曲家だとわりと妥当なアプローチだったりすると思います。それからやっぱりそういうところが音楽をやる上での私の強みである(・・・でない場合はこれからそうなり得る)と思うので。
ちゃんと書いとかないと忘れて勿体ないのでいつかまたまとめたいです!
こんな感じで自分が追いつかないほどの早さで思考と直感と感覚が回って、割とハイだった今日。
いろいろカバーできてないものもちょこちょこあるかもしれませんが、そこはやっぱり限界でしょうか。
こういう日も全然良いですし、色々自分の中で生まれて良かったです。
仕事に追われ気味ですが、感じること表現することいろいろ続けていきたいです。
今日の一曲: ジョージ・クラム マクロコスモス第4巻 「天体の力学」より第3楽章「Gamma Draconis」
Youtubeでの演奏動画(動画の前半)
今メシアンの四重奏のステンドグラスに続く企画を密かに亀のようにゆっくり進めているのがこの曲集。
なかなかCDがオーストラリア・日本で見つからないので(ネットで海外から注文か)、Youtubeでよく聴いてます。ちなみにサイトに載せてる楽章名の一覧はこちら。
ピアノ2台のために書かれたこの曲、4楽章あるそれぞれに星の名前がタイトルとしてついています。
その星のチョイスがメジャーの一歩先くらいの身近さで、しかもなんだか連星だったり天体力学的になんか特徴があるものを選んでいる気が。
第3楽章「Gamma Draconis」はりゅう座γのこと。「エルタニン」=竜の頭という意味で、りゅう座で一番明るい星だそうです。(最近Earthsea読んでたり特に竜には縁があるので今日チョイスしました♪)
天体力学的なことには詳しくないのですが、地球は歳差運動といって自転軸の傾きから地球ゴマの動きの通り上の方が大きく振れるように回ることで、星座の見える位置が変わって・・・要するに今から4000年前には点の北極はこぐま座のポラリスではなく、りゅう座の(エルタニンではないのですが)トゥバン(α星)だったそうです。
古の時代に竜の神話が色んな地であり、崇め恐れられていたのが消えてなくなったように、天の頂、天の北極にとぐろを巻いて君臨していた銀河のりゅう座もまたその王座を時代の流れとともに譲りました。
激しく鳴り響く不協和音だったり、ぐるぐるとぐろを巻きながら増幅していくクラム特有のメタルピアノサウンド。
この曲集全体そうなんですが、響きがものすごく溶け合ってまとまり広がって行くのが本当に「2台のピアノ」を聴いているとは思えなくて。
クラムっていいなあ~宇宙って本当に凄いところだな~はもちろんですが、竜って格好いいなあすごいなあ~とも思ってしまう曲です。
そしてまたはみ出し動画embed。
今日は天気もかなり大荒れ、調子も運転レッスンもどうも「うーん」だったのですが、やっと今までやってた仕事が終わってめでたく納品。次の仕事も結構量は多めですが頑張ります。
でも仕事を始めるのは明日の午後。午前中はピアノをねじこみます。アドベントもおそらくは明日弾く曲が一番の難関なので・・・
オリヴィエ・メシアンの「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」。
メシアンの音楽はここから入って、今も(ここ少し鳥のカタログの方に集中してましたが)長い旅が続いてます。
今まで弾いたのは1,2,3,4,5,8,9,11,12,15,17,18,19楽章・・・ということで13つ。(あれ、12個だと思ったのに。あと10楽章も半分ほど、16番も少しの間弾いてます。)
曲のスケールも長さも難易度も本当にピンからキリまであるので大抵残っているのは難しいのばっかり(笑)
いずれは全部弾きたいと思ってますが。30歳までに全部そろうかどうか、難しいところですね。妥当な目標ではあるかもしれません。
色んな意味でメシアンのスタンダードではないかと思います。宗教観、色彩、ピアノで使う技巧、鳥の声、などなど。自分のこの曲との経緯もありますが「あ、メシアンだ」と一番しっくりきてしまうような気がします。
実際そうはっきりと書いてあるわけではありませんが、イエスの生誕にまつわる曲で。
イエスとその存在・キリスト教にまつわるモチーフだったりアイディアが至るところにちりばめてあります。
例えばイエスの生誕を告げる「星のまなざし」と死を予告する「十字架のまなざし」、聖なる子の懐妊を喜ぶ「聖母の最初の聖体拝受」と不安を表す「聖母のまなざし」。「天使のまなざし」「預言者、羊飼いと東方の三博士のまなざし」のように具体的なキャラクターを表したり「沈黙のまなざし」「交換」のように神秘性などについて間接的に表現したり。
一番好きなのは「沈黙のまなざし」です。抽象的ですが、例えばステンドグラスだったり、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」や「十力の金剛石」のような色彩感覚があったり、本当に「色」を様々な次元で楽しめる曲です。
もちろん20つそろってはなかなか弾けないので難曲か組み合わせたりすることもあるのですが17楽章、18楽章、19楽章の抽象的コンビ(ちょっと長いですが)はかなり強力です。
20のまなざし、手元には自分で買ったミシェル・ベロフの録音、それから大学から借りたロリオ女史、ロジェール・ムラーロ、そして親愛なるマイケルの録音が。解釈的にあんまり参考にすることは少ないですけどどれもみんな独特の魅力があってよく聞いています。いつか20つそろって弾けたらなあ。
そしてアドベントの最終週に弾く予定なのがジョージ・クラムの「クリスマスのための小組曲、西暦1979年」。
これもかなりスケールは小さいながらも「20のまなざし」とどこか似た雰囲気があって。神秘性みたいなものの表現だったり、あと具体的に言えば「Nativity Dance」の曲調はメシアンにそっくり。
20世紀の作曲家の実に多くがメシアンの影響をなんらかの形で受けている、ということもありますし、きっとクラムのUniversal Mythology的なコンセプトにメシアンの持つ信仰もある程度共感するというか含まれるんじゃないでしょうか。
この曲も特殊奏法が使われてて、アップライトピアノでは再現できないのが残念。
「The Adoration of the Magi」で使われているような弦をピアノの中で押さえるテクニックが割と容易にできるのもあって好きです。もちろん出てくる音も好き。こんなにピアノの音ってまあるくなるんだーって。
そしてどの楽章も結構手や腕で包みこめるくらいの感覚が愛しいですね。クリスマスの音楽と言えば私は断然チャイコフスキーの「くるみ割り人形」なのですが、あれもまたその共通した、「愛しいミニチュア」感にあふれています。
そういえばこの曲は大学から楽譜を借りて来なきゃいけないのですが・・・忘れないようにしないと。
前回書きました、注文してやっとうちにやってきた曲。まずは親しみの深い方から・・・・
フェデリコ・モンポウの「歌と踊り」第5~8番。
以前今日の一曲で第5番を紹介しましたが、これもまた愛しいミニチュアで、作曲家の故郷カタルーニャ地方の雰囲気・音楽が取り入れられてて。8番はちょっと愛着がないのですが、5,6,7番は素晴らしいです。
ECTを受けに入院した後はこればっかり聞いたり弾いたりしてましたね。
ちょうどアレキシサイミア(失感情症。ただ、感情を失う、というよりは感情を認識・表現できない状態をいう)状態が続いていた時期で、音楽にしてもやっぱり音楽の深みを感じたり、表現できなかったりして・・・
結構ピアノ離れがすすんでいた時でもあったので、技巧的にもわりとシンプルな(でも音楽的に満足がいく)モンポウの音楽は本当にありがたかったです。
モンポウが見た(聴いた)夢から生まれた5番、スペインらしい闇の使い方が魅力的な6番、明るくも切ない第7番、無邪気な悲しみと喜びを感じる第8番・・・
どれもユニークで、素敵な曲ですし、できればこの4曲以外(全部でピアノのためには13つあるはず)も弾きたいです。(特にアイリッシュな雰囲気の9番!)
そして弾くのははじめましてになりますCarl Vineの5つのバガテル。
弾くのは初めましてですが色んなところでよく知っています。
作曲家と強いコネクションがあって、この曲(そして他のVineの曲)を初演しているマイケルの演奏だったり(CDで)、そのマイケルの生徒である私の友人の演奏だったり。
なので今までちょっと彼らの専門分野からは意識的に遠ざかっていましたが、やっぱりオーストラリアの曲も弾きたいしいつかマイケルが作曲した曲も弾きたい!と一念発起。
これもまた小品の詰め合わせなのですがどれもキャラが立っていて。
初見でちょっとだけずつ弾いたときに既にもう手が勝手にそれぞれの曲に全く違ったタッチを使い始めて。
色んな意味で楽しく、そして勉強になりそうな曲です。
良い一歩になりそう。
なんか「最近自分の中で話題の曲」はミニチュアが多いんですね(汗)
弾いてる曲はそんなではないはずなんですが・・・あれ?
なにはともあれピアノが弾きたい!明日の朝が楽しみです!
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」より第19番「我眠る、されど我が心は目覚め」
今どのまなざしにしようかな~と思ってしばし悩んだあげく乱数ジェネレータで出てきたのが19番。
好きな曲だし全然紹介してもいいんですけど・・・よくよく考えてみると言葉で説明むずかしくないかい?という感じが・・・
聴くにはとっても美しいし分かりやすいし(先生の感覚だと遅くて長すぎるみたいですが)、弾くのもわりと簡単な方で。
メシアンの「天国的」な幸せ、そして天国的な時間の流れで心が一杯になって解放される曲です。
この「20のまなざし」は第1楽章の「父のまなざし」で明確に現れる「神の主題」から始まって、そこから第5楽章、第11楽章、第15楽章と・・・バリエーションではないんですがその主題の展開があって。
その延長線上にこの曲は位置していて、「神の主題」の輪郭というか形はもうないんですが、その雰囲気をとどめたままもっと自由に、抽象的に神の愛や神秘性を表現しています。
やっぱり言葉で言うのは難しいんであんまり言うと墓穴を掘るのですが、この曲はどんな媒体で聴いてもあらゆる方向からじわじわきますね。本当にすっぽり包まれる気持ち。
弾いてると逆にあらゆる方向にじわじわ広がっていって、それに自分が包まれるのが心地良く。
聴いてると自分は心地いいけど聴き手はどうなのかなあ、弾いてるほど深さと暖かさを感じてもらえるのかな、とたまに不安になったりします。
なんだか失敗した感はあるのですがやはり音楽は聴いてみるに限るので、とりあえず私の紹介をdisregardしてまずは聴いてみてもらえると嬉しいです。報われます(汗)
でも仕事を始めるのは明日の午後。午前中はピアノをねじこみます。アドベントもおそらくは明日弾く曲が一番の難関なので・・・
オリヴィエ・メシアンの「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」。
メシアンの音楽はここから入って、今も(ここ少し鳥のカタログの方に集中してましたが)長い旅が続いてます。
今まで弾いたのは1,2,3,4,5,8,9,11,12,15,17,18,19楽章・・・ということで13つ。(あれ、12個だと思ったのに。あと10楽章も半分ほど、16番も少しの間弾いてます。)
曲のスケールも長さも難易度も本当にピンからキリまであるので大抵残っているのは難しいのばっかり(笑)
いずれは全部弾きたいと思ってますが。30歳までに全部そろうかどうか、難しいところですね。妥当な目標ではあるかもしれません。
色んな意味でメシアンのスタンダードではないかと思います。宗教観、色彩、ピアノで使う技巧、鳥の声、などなど。自分のこの曲との経緯もありますが「あ、メシアンだ」と一番しっくりきてしまうような気がします。
実際そうはっきりと書いてあるわけではありませんが、イエスの生誕にまつわる曲で。
イエスとその存在・キリスト教にまつわるモチーフだったりアイディアが至るところにちりばめてあります。
例えばイエスの生誕を告げる「星のまなざし」と死を予告する「十字架のまなざし」、聖なる子の懐妊を喜ぶ「聖母の最初の聖体拝受」と不安を表す「聖母のまなざし」。「天使のまなざし」「預言者、羊飼いと東方の三博士のまなざし」のように具体的なキャラクターを表したり「沈黙のまなざし」「交換」のように神秘性などについて間接的に表現したり。
一番好きなのは「沈黙のまなざし」です。抽象的ですが、例えばステンドグラスだったり、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」や「十力の金剛石」のような色彩感覚があったり、本当に「色」を様々な次元で楽しめる曲です。
もちろん20つそろってはなかなか弾けないので難曲か組み合わせたりすることもあるのですが17楽章、18楽章、19楽章の抽象的コンビ(ちょっと長いですが)はかなり強力です。
20のまなざし、手元には自分で買ったミシェル・ベロフの録音、それから大学から借りたロリオ女史、ロジェール・ムラーロ、そして親愛なるマイケルの録音が。解釈的にあんまり参考にすることは少ないですけどどれもみんな独特の魅力があってよく聞いています。いつか20つそろって弾けたらなあ。
そしてアドベントの最終週に弾く予定なのがジョージ・クラムの「クリスマスのための小組曲、西暦1979年」。
これもかなりスケールは小さいながらも「20のまなざし」とどこか似た雰囲気があって。神秘性みたいなものの表現だったり、あと具体的に言えば「Nativity Dance」の曲調はメシアンにそっくり。
20世紀の作曲家の実に多くがメシアンの影響をなんらかの形で受けている、ということもありますし、きっとクラムのUniversal Mythology的なコンセプトにメシアンの持つ信仰もある程度共感するというか含まれるんじゃないでしょうか。
この曲も特殊奏法が使われてて、アップライトピアノでは再現できないのが残念。
「The Adoration of the Magi」で使われているような弦をピアノの中で押さえるテクニックが割と容易にできるのもあって好きです。もちろん出てくる音も好き。こんなにピアノの音ってまあるくなるんだーって。
そしてどの楽章も結構手や腕で包みこめるくらいの感覚が愛しいですね。クリスマスの音楽と言えば私は断然チャイコフスキーの「くるみ割り人形」なのですが、あれもまたその共通した、「愛しいミニチュア」感にあふれています。
そういえばこの曲は大学から楽譜を借りて来なきゃいけないのですが・・・忘れないようにしないと。
前回書きました、注文してやっとうちにやってきた曲。まずは親しみの深い方から・・・・
フェデリコ・モンポウの「歌と踊り」第5~8番。
以前今日の一曲で第5番を紹介しましたが、これもまた愛しいミニチュアで、作曲家の故郷カタルーニャ地方の雰囲気・音楽が取り入れられてて。8番はちょっと愛着がないのですが、5,6,7番は素晴らしいです。
ECTを受けに入院した後はこればっかり聞いたり弾いたりしてましたね。
ちょうどアレキシサイミア(失感情症。ただ、感情を失う、というよりは感情を認識・表現できない状態をいう)状態が続いていた時期で、音楽にしてもやっぱり音楽の深みを感じたり、表現できなかったりして・・・
結構ピアノ離れがすすんでいた時でもあったので、技巧的にもわりとシンプルな(でも音楽的に満足がいく)モンポウの音楽は本当にありがたかったです。
モンポウが見た(聴いた)夢から生まれた5番、スペインらしい闇の使い方が魅力的な6番、明るくも切ない第7番、無邪気な悲しみと喜びを感じる第8番・・・
どれもユニークで、素敵な曲ですし、できればこの4曲以外(全部でピアノのためには13つあるはず)も弾きたいです。(特にアイリッシュな雰囲気の9番!)
そして弾くのははじめましてになりますCarl Vineの5つのバガテル。
弾くのは初めましてですが色んなところでよく知っています。
作曲家と強いコネクションがあって、この曲(そして他のVineの曲)を初演しているマイケルの演奏だったり(CDで)、そのマイケルの生徒である私の友人の演奏だったり。
なので今までちょっと彼らの専門分野からは意識的に遠ざかっていましたが、やっぱりオーストラリアの曲も弾きたいしいつかマイケルが作曲した曲も弾きたい!と一念発起。
これもまた小品の詰め合わせなのですがどれもキャラが立っていて。
初見でちょっとだけずつ弾いたときに既にもう手が勝手にそれぞれの曲に全く違ったタッチを使い始めて。
色んな意味で楽しく、そして勉強になりそうな曲です。
良い一歩になりそう。
なんか「最近自分の中で話題の曲」はミニチュアが多いんですね(汗)
弾いてる曲はそんなではないはずなんですが・・・あれ?
なにはともあれピアノが弾きたい!明日の朝が楽しみです!
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」より第19番「我眠る、されど我が心は目覚め」
今どのまなざしにしようかな~と思ってしばし悩んだあげく乱数ジェネレータで出てきたのが19番。
好きな曲だし全然紹介してもいいんですけど・・・よくよく考えてみると言葉で説明むずかしくないかい?という感じが・・・
聴くにはとっても美しいし分かりやすいし(先生の感覚だと遅くて長すぎるみたいですが)、弾くのもわりと簡単な方で。
メシアンの「天国的」な幸せ、そして天国的な時間の流れで心が一杯になって解放される曲です。
この「20のまなざし」は第1楽章の「父のまなざし」で明確に現れる「神の主題」から始まって、そこから第5楽章、第11楽章、第15楽章と・・・バリエーションではないんですがその主題の展開があって。
その延長線上にこの曲は位置していて、「神の主題」の輪郭というか形はもうないんですが、その雰囲気をとどめたままもっと自由に、抽象的に神の愛や神秘性を表現しています。
やっぱり言葉で言うのは難しいんであんまり言うと墓穴を掘るのですが、この曲はどんな媒体で聴いてもあらゆる方向からじわじわきますね。本当にすっぽり包まれる気持ち。
弾いてると逆にあらゆる方向にじわじわ広がっていって、それに自分が包まれるのが心地良く。
聴いてると自分は心地いいけど聴き手はどうなのかなあ、弾いてるほど深さと暖かさを感じてもらえるのかな、とたまに不安になったりします。
なんだか失敗した感はあるのですがやはり音楽は聴いてみるに限るので、とりあえず私の紹介をdisregardしてまずは聴いてみてもらえると嬉しいです。報われます(汗)
いろいろ書きたいことがあるのですが、今ブログ書いてて消えちゃったのと、最近仕事で結構タイピングしてるのでちょっと手が馬鹿になりそうなので・・・
まず。ギャラリー更新です。
今20世紀音楽でアドベント企画をやっていて、毎日メシアンの20のまなざしを1つずつ、それからクラムのクリスマスのための小組曲を1つずつ弾いていって、最終日になんかまだ決めてないんですが何らかしたいと思っています。
なのでお題の方にその2つの曲集の楽章リストをアップしました。
弾く毎にtogetterのまとめにつぶやきをアップしてるのでそちらもよろしくお願いします。
今日は雨の中郵便受けに注文した楽譜が入っていました。
Carl Vineの5つのバガテル、それからモンポウの歌と踊り第5~8番。
これから今弾いているシマノフスキの「メトープ」も届くみたいです。
曲について詳しいことはまた後ほど・・・なのですが、この夏はテクニックを磨くだけでなくいろいろレパートリーに楽しいものを増やして行きたいですね♪
そして機種変のiphone4も届き。
receptionはoptusですが・・・うーん、どうなんだろう。ネット速度もむらがありますが仕事のメールチェック・受注ができるようになったようなのでとりあえずOK。活用していきたいです。
Earthseaを読むのも(↑で中断してしまいましたが)すっかりいいところに。第3巻です。
数日前に比べると自分の中にずいぶん元気が出てきたので書き物・その他創作など、ピアノにも戻りたいです。(ただ仕事がずいぶんと忙しい・・・大きめの仕事続き。明日はでもピアノを弾こう)
とにかくやりたいことありすぎて困ってます。
あんまり何があるか考え始めるとぐるぐるして興奮状態になるのですが、ブログ関係でもいろいろ。
楽器と性格も木管楽器のターンですし、夏の季語もありますし、メンタルヘルス、音楽とエレメント・・・ぐるぐる(笑)
メンタルヘルスと言えば今夜あった自傷についてのフォーラム、昨日予約しようと思ったら満席で・・・
結構学校関係者・親に向けた感じのフレーバーだったのでそちらから結構行く人がいたのかな。
残念ですが、意識が高いことは知って安心です。
私の病状が一番悪かった10年前は学校側もかなり戸惑ってましたからね~今から振り返ってみると。
師走になってなんだか霜月の分も忙しいですが、ゆっくりもできたらなあ、と思います。
外はなんだか雨続きと予報が出てますがシーズン初の海にも行きたい!
今日の一曲はそんなわけでお休みですがきっとまた次回~
まず。ギャラリー更新です。
今20世紀音楽でアドベント企画をやっていて、毎日メシアンの20のまなざしを1つずつ、それからクラムのクリスマスのための小組曲を1つずつ弾いていって、最終日になんかまだ決めてないんですが何らかしたいと思っています。
なのでお題の方にその2つの曲集の楽章リストをアップしました。
弾く毎にtogetterのまとめにつぶやきをアップしてるのでそちらもよろしくお願いします。
今日は雨の中郵便受けに注文した楽譜が入っていました。
Carl Vineの5つのバガテル、それからモンポウの歌と踊り第5~8番。
これから今弾いているシマノフスキの「メトープ」も届くみたいです。
曲について詳しいことはまた後ほど・・・なのですが、この夏はテクニックを磨くだけでなくいろいろレパートリーに楽しいものを増やして行きたいですね♪
そして機種変のiphone4も届き。
receptionはoptusですが・・・うーん、どうなんだろう。ネット速度もむらがありますが仕事のメールチェック・受注ができるようになったようなのでとりあえずOK。活用していきたいです。
Earthseaを読むのも(↑で中断してしまいましたが)すっかりいいところに。第3巻です。
数日前に比べると自分の中にずいぶん元気が出てきたので書き物・その他創作など、ピアノにも戻りたいです。(ただ仕事がずいぶんと忙しい・・・大きめの仕事続き。明日はでもピアノを弾こう)
とにかくやりたいことありすぎて困ってます。
あんまり何があるか考え始めるとぐるぐるして興奮状態になるのですが、ブログ関係でもいろいろ。
楽器と性格も木管楽器のターンですし、夏の季語もありますし、メンタルヘルス、音楽とエレメント・・・ぐるぐる(笑)
メンタルヘルスと言えば今夜あった自傷についてのフォーラム、昨日予約しようと思ったら満席で・・・
結構学校関係者・親に向けた感じのフレーバーだったのでそちらから結構行く人がいたのかな。
残念ですが、意識が高いことは知って安心です。
私の病状が一番悪かった10年前は学校側もかなり戸惑ってましたからね~今から振り返ってみると。
師走になってなんだか霜月の分も忙しいですが、ゆっくりもできたらなあ、と思います。
外はなんだか雨続きと予報が出てますがシーズン初の海にも行きたい!
今日の一曲はそんなわけでお休みですがきっとまた次回~
今日は久しぶりに「鬱状態」と言えるくらいの調子の悪さ。
朝から雨で気温も低く、その変化にどうやら身体がついていけなかったのと、あと仕事などからの疲れ、昨日頭が働きすぎていた反動、というのが原因ではないかと。
なので今日は割とお休みモード。もともと休もうと思ってたのですが身体から「いやでも休め!」とのメッセージだったと受け取って比較的ゆっくり過ごしました。
そんな中ちょっと遅れましたが先日(水曜日)の公開レクチャーのことまとめました。
レクチャーのトピックは「Work Recovery in Early Psychosis (早期精神病後の職場復帰)」。
なぜ英語で最初に書いたかというと、Psychosisが「精神病(症状)」という訳になんだかものすごく違和感を覚えていて。Schizophreniaが精神分裂病から統合失調症に変わったようになんとか変わらないかなーとか思っています。
それは別として。
精神病症状とは統合失調症(に代表される、でもそれだけではないです)などで現れる幻覚(視覚and/or聴覚)や妄想、思考障害などの症状のことで、これによって人の認知能力や性格、行動などに大きな影響があります。(詳しいところはまだ勉強しなくちゃ・・・)
精神病症状のエピソードは10代後半から20代に初めて起こる事が多く、一時的に学校だったり仕事だったりを休むことになるのですが、快復後に学校や仕事に戻りたいと願う人がほとんどなんだそうです。
その一つのエピソードが起きた時点では(あくまでも一時的なものなので)なかなか自分が障害をもっていると認識しない人が多いそうですし、障害として援助をもらってもそれに頼る程度も低いのですが、実際職を得たり、職場復帰したり、仕事を維持するにも(病歴を公開しない場合でも)かなり難しい、というのが現状のようです。
最初のエピソードからの回復期はいろんな意味で大事な時期で、最初のエピソード発生から2年の間の早期介入が日常生活、仕事を含む長期的な転帰に重要だそうです。
ただ、病気の治療関係の分野のみの回復プログラムだけだと、患者さんは退院できても職に就けて仕事ができる患者さんの割合は38%ほど、という話で。
この公開レクチャーでは仕事に関するトピックに特化したリハビリプログラムを組むことで患者さんを普通の人がつくような、かつ本人が望むような仕事に就けて仕事を維持させる、ということを目標としていて、すでに研究でかなり希望が持てる結果がでています。
プログラムは大まかに言うと3つのエリアに分けられます。
1)患者さんにサポートワーカーをつける。サポートワーカーの人は就職や仕事の専門の人でメンタルヘルス関係の知識があり、治療チームとタッグを組んでいて、雇い主と患者さんの仲介などもするんだそうです。仕事に就いてからもサポートを続ける存在。
2)病気の影響などで患者さんが難しく感じる、仕事に関連した広範囲のスキル(就職、仕事の管理、仕事での人付き合いなど)を育成する
3)仕事能力を回復するため病気によって衰えた認知能力のトレーニング・エクササイズを行う
(参考のためにこれらのプログラム要素は英語でIndividual Placement and Support, Workplace fundamental Module, そしてCognitive Trainingなどのコンセプトを基にしています)
リハビリプログラムに仕事に特化したプログラムを組み込むことによって(通常のリハビリも効果はもちろんありますが)、かなり職場復帰の程度に差があるそうで。
認知能力のトレーニングについては今研究中だそうですが、ある程度結果はでているとのこと。
実際サポートワーカーやプログラムについての研究からの実際例の話もあって、プログラムがどれだけ患者さんの思い(希望する職種だったり、雇い主側にどれだけ病気のことを開示するかだったり)を尊重して、それぞれのケースに応じてフレキシブルにリハビリを進めていくか、ということをいろいろ聴きました。
希望職種に関してはある程度妥協する場合も少なくないらしいですがそれもまた現実的に患者さんの成功のため、ということで。あと仕事についた後の転職などにも(最近は若い人が職を変えることは珍しくないですからね)配慮したりしているそうです。
全体的に本当にポジティブで希望のある研究結果で、聴いてて本当に嬉しい気持ちになりました。
やはり早期介入により長期的な障害を防げる、というのは大きいですね。
若いときに起こった短期間の精神病エピソードで一生障害を負う、というのは本当につらいものがあって、それが防げるということに本当に希望を感じました。
結構若い人のメンタルヘルスをテーマとしたレクチャー続きですね。
実は1日にも自傷行為をテーマとした有料フォーラムがあるので行けたらいいなと思っています。
なにかと出費がちょこちょこ出てくるのですが医学方面の教科書もそろえたいですし大変ですが積極的に情報収集・勉強に行きたいです!
今日の一曲: バルトーク・ベーラ 弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽 第3楽章
昨日のキーワードto音楽で「真夜中・丑三つ時」として紹介しました曲です。
その名の通り管楽器を抜いた編成での曲なのですが、実はピアノもハープもいてどっちも活躍してますよー(と注意喚起)
バルトークはピアノ協奏曲第2番の第1楽章で弦楽器を抜いた(反対ですね、ほとんど)編成も使ってますが、本当にあらゆる楽器を自由自在に使い音楽を構築する天才ですね!
タイトルロールでもある(笑)チェレスタですが、バルトークの「夜の音楽」でのチェレスタのあの妖しい魅力は全ての「闇のチェレスタ」の音の源です。本当にSurrealな音で、夢のような色彩とゆらぎがあって・・・不安定であこがれと恐怖を同時に本能で感じる音。
この第3楽章でも活躍しているので是非是非耳を澄ましてみてください。
バルトークは私の中では「理系」作曲家のトップ候補。
音楽の組み立て方が物凄く論理的だったり、シンメトリーや相似での拡大など幾何学的なエレメントをたくさんもっています。
そしてバルトークは数学的な要素をはっきりと音楽に取り入れたりも。
この第3楽章の冒頭の拍子木(?)のリズムにフィボナッチ数列の一部(1,1,2,3,5,8は確実に、13はどうだろう)
が入っていたりしますし、第1楽章の小節数にもそっち系のコンセプトが使われてたりで。
どういう意味だとかいうことは放っておいても見つかると嬉しいですよね、聴き手として(ホルストの「天王星」の作曲家の名前もそうでしたが)・・・
バルトークの音楽ってメロディーの流れも、リズムも、楽器使いも、メロディー同士の絡み合いも、どこをとっても建築美、といいますか幾何学的な美しさがあります。
でも決して無機質ではなく、さすがというかハンガリーの音楽の情熱を濃く受け継いでいます(実際彼はハンガリーなどの民族音楽の再発見に力を注いだ人ですし)。
他の作曲家の音楽ではなかなか触れられない神経を刺激されたり逆撫でされたり(それもまたある種の快感です)、いろんな意味で本当にエキサイティングな音楽を書く人です。
本当に生まれた頃からずっと親しんできたバルトークの音楽ですが、心こそ強く共感し、頭もこういう音楽を処理する能力はあるのですが・・・ピアニストとしての力不足がたたってまだがっつりバルトークを弾くには至っていません(ただユースオケでチェロで「管弦楽のための協奏曲」やピアノ協奏曲第2番の伴奏を弾きましたし、大学のオケでチェレスタでバイオリン協奏曲第2番の伴奏パートはやっています・・・あれ、結構ひいてはいるけれど・・・)
例えばピアノ協奏曲第1番のあのワイルドな感じや、第3番のあの光の色彩、そしてこの曲のタイトルロールをいつか弾いてみたいな、と思ってます。
なんせタイトルロールですから(繰り返してしまった)
ちなみにリンクCDはブーレーズ指揮のものをセレクト。
ブーレーズはある意味とってもストイックなバルトークを繰り広げます。理系で計算ずくな幾何学的な面はひたすらクールに、ハンガリーの本能・情熱はひたすらホットに。
そんなブーレーズのバルトークにぞっこんです♪ものすごくタイプ!
ただブーレーズの作曲した音楽はまだ理解するに至ってないですし、ブーレーズ得意なマイケルの弟子の某友人によるとブーレーズはやなやつ、だそうです(笑)
まあ・・・しょうがないですよね(笑)
朝から雨で気温も低く、その変化にどうやら身体がついていけなかったのと、あと仕事などからの疲れ、昨日頭が働きすぎていた反動、というのが原因ではないかと。
なので今日は割とお休みモード。もともと休もうと思ってたのですが身体から「いやでも休め!」とのメッセージだったと受け取って比較的ゆっくり過ごしました。
そんな中ちょっと遅れましたが先日(水曜日)の公開レクチャーのことまとめました。
レクチャーのトピックは「Work Recovery in Early Psychosis (早期精神病後の職場復帰)」。
なぜ英語で最初に書いたかというと、Psychosisが「精神病(症状)」という訳になんだかものすごく違和感を覚えていて。Schizophreniaが精神分裂病から統合失調症に変わったようになんとか変わらないかなーとか思っています。
それは別として。
精神病症状とは統合失調症(に代表される、でもそれだけではないです)などで現れる幻覚(視覚and/or聴覚)や妄想、思考障害などの症状のことで、これによって人の認知能力や性格、行動などに大きな影響があります。(詳しいところはまだ勉強しなくちゃ・・・)
精神病症状のエピソードは10代後半から20代に初めて起こる事が多く、一時的に学校だったり仕事だったりを休むことになるのですが、快復後に学校や仕事に戻りたいと願う人がほとんどなんだそうです。
その一つのエピソードが起きた時点では(あくまでも一時的なものなので)なかなか自分が障害をもっていると認識しない人が多いそうですし、障害として援助をもらってもそれに頼る程度も低いのですが、実際職を得たり、職場復帰したり、仕事を維持するにも(病歴を公開しない場合でも)かなり難しい、というのが現状のようです。
最初のエピソードからの回復期はいろんな意味で大事な時期で、最初のエピソード発生から2年の間の早期介入が日常生活、仕事を含む長期的な転帰に重要だそうです。
ただ、病気の治療関係の分野のみの回復プログラムだけだと、患者さんは退院できても職に就けて仕事ができる患者さんの割合は38%ほど、という話で。
この公開レクチャーでは仕事に関するトピックに特化したリハビリプログラムを組むことで患者さんを普通の人がつくような、かつ本人が望むような仕事に就けて仕事を維持させる、ということを目標としていて、すでに研究でかなり希望が持てる結果がでています。
プログラムは大まかに言うと3つのエリアに分けられます。
1)患者さんにサポートワーカーをつける。サポートワーカーの人は就職や仕事の専門の人でメンタルヘルス関係の知識があり、治療チームとタッグを組んでいて、雇い主と患者さんの仲介などもするんだそうです。仕事に就いてからもサポートを続ける存在。
2)病気の影響などで患者さんが難しく感じる、仕事に関連した広範囲のスキル(就職、仕事の管理、仕事での人付き合いなど)を育成する
3)仕事能力を回復するため病気によって衰えた認知能力のトレーニング・エクササイズを行う
(参考のためにこれらのプログラム要素は英語でIndividual Placement and Support, Workplace fundamental Module, そしてCognitive Trainingなどのコンセプトを基にしています)
リハビリプログラムに仕事に特化したプログラムを組み込むことによって(通常のリハビリも効果はもちろんありますが)、かなり職場復帰の程度に差があるそうで。
認知能力のトレーニングについては今研究中だそうですが、ある程度結果はでているとのこと。
実際サポートワーカーやプログラムについての研究からの実際例の話もあって、プログラムがどれだけ患者さんの思い(希望する職種だったり、雇い主側にどれだけ病気のことを開示するかだったり)を尊重して、それぞれのケースに応じてフレキシブルにリハビリを進めていくか、ということをいろいろ聴きました。
希望職種に関してはある程度妥協する場合も少なくないらしいですがそれもまた現実的に患者さんの成功のため、ということで。あと仕事についた後の転職などにも(最近は若い人が職を変えることは珍しくないですからね)配慮したりしているそうです。
全体的に本当にポジティブで希望のある研究結果で、聴いてて本当に嬉しい気持ちになりました。
やはり早期介入により長期的な障害を防げる、というのは大きいですね。
若いときに起こった短期間の精神病エピソードで一生障害を負う、というのは本当につらいものがあって、それが防げるということに本当に希望を感じました。
結構若い人のメンタルヘルスをテーマとしたレクチャー続きですね。
実は1日にも自傷行為をテーマとした有料フォーラムがあるので行けたらいいなと思っています。
なにかと出費がちょこちょこ出てくるのですが医学方面の教科書もそろえたいですし大変ですが積極的に情報収集・勉強に行きたいです!
今日の一曲: バルトーク・ベーラ 弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽 第3楽章
昨日のキーワードto音楽で「真夜中・丑三つ時」として紹介しました曲です。
その名の通り管楽器を抜いた編成での曲なのですが、実はピアノもハープもいてどっちも活躍してますよー(と注意喚起)
バルトークはピアノ協奏曲第2番の第1楽章で弦楽器を抜いた(反対ですね、ほとんど)編成も使ってますが、本当にあらゆる楽器を自由自在に使い音楽を構築する天才ですね!
タイトルロールでもある(笑)チェレスタですが、バルトークの「夜の音楽」でのチェレスタのあの妖しい魅力は全ての「闇のチェレスタ」の音の源です。本当にSurrealな音で、夢のような色彩とゆらぎがあって・・・不安定であこがれと恐怖を同時に本能で感じる音。
この第3楽章でも活躍しているので是非是非耳を澄ましてみてください。
バルトークは私の中では「理系」作曲家のトップ候補。
音楽の組み立て方が物凄く論理的だったり、シンメトリーや相似での拡大など幾何学的なエレメントをたくさんもっています。
そしてバルトークは数学的な要素をはっきりと音楽に取り入れたりも。
この第3楽章の冒頭の拍子木(?)のリズムにフィボナッチ数列の一部(1,1,2,3,5,8は確実に、13はどうだろう)
が入っていたりしますし、第1楽章の小節数にもそっち系のコンセプトが使われてたりで。
どういう意味だとかいうことは放っておいても見つかると嬉しいですよね、聴き手として(ホルストの「天王星」の作曲家の名前もそうでしたが)・・・
バルトークの音楽ってメロディーの流れも、リズムも、楽器使いも、メロディー同士の絡み合いも、どこをとっても建築美、といいますか幾何学的な美しさがあります。
でも決して無機質ではなく、さすがというかハンガリーの音楽の情熱を濃く受け継いでいます(実際彼はハンガリーなどの民族音楽の再発見に力を注いだ人ですし)。
他の作曲家の音楽ではなかなか触れられない神経を刺激されたり逆撫でされたり(それもまたある種の快感です)、いろんな意味で本当にエキサイティングな音楽を書く人です。
本当に生まれた頃からずっと親しんできたバルトークの音楽ですが、心こそ強く共感し、頭もこういう音楽を処理する能力はあるのですが・・・ピアニストとしての力不足がたたってまだがっつりバルトークを弾くには至っていません(ただユースオケでチェロで「管弦楽のための協奏曲」やピアノ協奏曲第2番の伴奏を弾きましたし、大学のオケでチェレスタでバイオリン協奏曲第2番の伴奏パートはやっています・・・あれ、結構ひいてはいるけれど・・・)
例えばピアノ協奏曲第1番のあのワイルドな感じや、第3番のあの光の色彩、そしてこの曲のタイトルロールをいつか弾いてみたいな、と思ってます。
なんせタイトルロールですから(繰り返してしまった)
ちなみにリンクCDはブーレーズ指揮のものをセレクト。
ブーレーズはある意味とってもストイックなバルトークを繰り広げます。理系で計算ずくな幾何学的な面はひたすらクールに、ハンガリーの本能・情熱はひたすらホットに。
そんなブーレーズのバルトークにぞっこんです♪ものすごくタイプ!
ただブーレーズの作曲した音楽はまだ理解するに至ってないですし、ブーレーズ得意なマイケルの弟子の某友人によるとブーレーズはやなやつ、だそうです(笑)
まあ・・・しょうがないですよね(笑)
