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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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サイトの方を更新・・・
Le Jardin de Noctuelles Electriqueのお題につかってる曲集置き場にジョージ・クラムのマクロコスモス第1・2巻の楽章名一覧を載せました。
なかなか日本語の訳が見つからないので(1楽章のみ、とかはたまにあるんですが)自分で翻訳しました。
翻訳は四苦八苦でした!日本語にすると雰囲気と魔法がなんだかなくなるので・・・
とりあえず苦労のほどは見えるかと(汗)
[SYMBOL]と記載のある楽章は楽譜がまるく変わった形で書いてあったりするので形についても言及したかったのですが、第2巻の第8楽章(「ノストラダムスの予言」)の形をなんと説明したらいいか分からなかったのでギブアップ。
Twitterでもブログでも散々話に出てきた曲集なのでやっと一覧として翻訳・アップできてよかったです。

それではきっと明日、公開レクチャーの感想でお会いしましょう。


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キーワードto音楽: 一日中ミュージック
仕事が続きます!仕事がもらえることは嬉しいのですがそろそろスイングロジカルTODAYノートのページがなくなってきてるので・・・スイングロジカルダイアリー早く送って欲しいです。

ちょっと前からやりたいと思っていたキーワードto音楽のトピック、一日のうちの時間帯。
やっぱり音楽のなかでもある時間帯にしか聴かない曲ってありますね。
そのなかでも特に「夜」にしか聴かない、というか聴く気になれない曲が多いです(・・・まあ、私の好きな曲の特徴もあるんですが・・・)。
あと朝がちょっと弱いんで(それほど早くから仕事始めてるわけではないんですが)、音楽の力を借りて景気づけしたり。いろいろと意識はしていますが改めてまとめてみたいなーと思いまして・・・
なのでさっそく本題の方へ。

夜明け: リヒャルト・シュトラウス 「アルプス交響曲」 冒頭
この企画にお題の言葉が題名に入っている曲を使うのはなるべく避けて来たんですが、本当にこの曲ほど夜明けを深く鮮明に表している曲はないです!シュトラウスの曲全般あまり好きではないのですが、例外とも言えるこの曲。夜の闇から輝く太陽が山の陰から顔を出すまでの音楽に現れる自然の壮大さは日本の山でもなかなか経験できないものかも?

早朝: グスタフ・マーラー 交響曲第1番第1楽章
これはもう断然のチョイス。朝の霧や露が感じられて、朝の爽やかさだったり喜びだったり、自然と一体の朝を感じさせてくれます。以前も朝の仕事でipodで回ってくると嬉しい曲の一つとして紹介しましたね♪
なんだかマーラーの曲でよくあるんですが「少年視点」なんです、イメージ的に。森に朝が来て、その光景と空気と光だけでなんだかわくわくしてしまう、そんなピュアさがあります。

朝: パウル・ヒンデミット ピアノソナタ第3番第1楽章
ちょっとゆったりめの朝を。イギリス音楽に通じるところが多いヒンデミットの音楽ですが、この牧歌的な、しばし足を止めて草原にねっころがってぼーっとするみたいなゆるーい雰囲気も彼の専門範囲内。
ハーモニーがゆるゆると変わって微妙に明暗するのもなんだか雲が流れて光の度合いが少しずつ変わるようで。

正午・昼: ジョージ・ガーシュウィン 「キューバ序曲」
このチョイスには今のメルボルンの季節もちょっと関係しているかも。この曲には真上から降り注ぐ強い太陽の光が感じられ、そして街が忙しく動き回る人々の活気にあふれていると思います。
ちょろっとなんか食べ物の気配もあって(なぜ?)。
ただやっぱり冬にこれやってたら違う曲を選んでたかな―という感じは残ります。

昼下がり: ウィリアム・ウォルトン 「クラウン・インペリアル」
かなり根拠らしい根拠に欠けるチョイスなのですが・・・イギリス系のマーチ全般午前よりは断然午後、というイメージが。光の具合、というのでしょうか、午後に日が西に傾いていくその移り変わりの方が昇っていく太陽の光よりイギリスのマーチにはふさわしい気がします。もしかしたらイギリス音楽だったりお国柄のノスタルジックなところが関係しているのかしら?

夕方: フランツ・シューベルト 交響曲第7番「未完成」 第2楽章
先ほどのイギリスマーチが傾きつつある太陽の光なら、こちらはもうだんだん空の変わっていく様子。
太陽が沈んでいくと同時に今日という日が去って行ってしまう、そんな寂しさがだんだん冷えていく風とともに感じられる、ちょっぴり切ない曲です。

夕暮れ: レイフ・ヴォーン=ウィリアムス 「ヨブ」 冒頭&終曲
夕暮れにはイギリス音楽、特に弦の音が似合います。ノスタルジックな曲調もそうですが、ハーモニーの移り変わりの魅力を弦楽器の音で引き出しているのもあります。音楽的には最初と最後のキーとかには違いはないのですが、暗くなって星が出て落ち着く、みたいな。この曲ではその薄暗く気まぐれな夕暮れの空の美しさが存分に味わえます。

夜: ヴィトルト・ルトスワフスキ 葬送の音楽
クラムの夜の音楽はほとんど題名に「夜」が入ってるし、あと鳥のカタログの夜の2曲を抜いたとき脳内で飛び出てきたのがこの曲。恐怖も暗さもがっつりの、あらゆる意味での「夜」の音楽です。夜空の暗さ、孤独に輝く星達、自分のちっぽけさ・・・そういうものが弦の響きだけで直撃します。独特の圧迫感もまた聞き所です。

真夜中・丑三つ時: バルトーク・ベーラ 弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽 第3楽章
この二つの言葉を一緒にしてよかったかは別として・・・バルトークのスローな曲の多くが夜・真夜中・丑三つ時の時間帯にパーフェクトなのですが、悩んだ末この曲をチョイス。静けさだったり、恐怖だったりもそうなのですが、この楽章で活躍するチェレスタの音が夢のような要素を強く与えるので・・・つくづくいい仕事してくれます。

そして番外編。
「よもすがら(終夜)」「ひもすがら(終日又はひねもす)」という言葉でなにかないかなーと思ったのですが、それだけ長い時間の移り変わりを表現しているものは少なく。
ただよもすがらとひもすがらを足すとメシアンの鳥のカタログの「ヨーロッパヨシキリ」にぴったりだ!という事に気づきました。
27分という長い演奏時間で日が昇る前からまた次の夜明け前までの27時間をカバーする、演奏時間以外でもあらゆる意味でスケールが壮大な曲。
同じく一日まるまるを表現しているシュトラウスのアルプス交響曲よりも「時間の流れ」に重きを置いている、という意味でもまさによもすがら、ひもすがらが体験できる曲だと思います。

今日の一曲はお休み。
そして水曜日に行ったメンタルヘルスの公開レクチャーの感想はきっと日曜日にアップしますね♪


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サイト更新しました~
ギャラリーサイト、Le Jardin de Noctuelles Electrique 更新しました~

プロコフィエフの「4つの小品」の各楽章を精神疾患の症状になぞらえてみました。
割り当てているだけでなく、基本的に掲載しているそのままが私のこの曲集の解釈です。
特に3つめ、4つめはその傾向が強いですが・・・詳しくはサイトの方を。

そして右のサイドメニューからもサイトに飛べるようにしました。
よろしくお願いします♪


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「モノ書きピアニストはお尻が痛い」 感想

やっと読みました!母推薦で譲り受けましたこの本。
ピアノ弾きだったり、モノ書きとピアノの両立だったり、様々な作曲家(特にフランス)の音楽だったり、ピアニストだったりについてのエッセイが集められた本です。
音楽についてしょっちゅう文書いてはいるんですが、いざ音楽についての本を読むとなるとどうしてもあんまり気乗りがしない、要するにひねくれた私ですが読み始めるとさくさく楽しんで読めました。

著者の青柳いづみこさんはピアニストであり文筆家、両方の分野で活躍なさっています。
母もモノ書きが趣味で、ピアノと別の分野と成り立たせようとしている私との共通点、さらにフランス音楽専門という共通点から薦めてくれたんじゃないかなーと。

いろいろ共感するところはありましたね。演奏の際の心持ちとか、シューマンやサティの特殊性とか、フランス音楽のエスプリの話。ピアニストという生き物、の話。
ただ「ん~違うな」と思ったところも。例えば音楽や作曲家との向かい合い方だったり、自分の表現の曲への介入だったり(作曲家と音楽をパーフェクトなものとしてとらえるのではなく、私は不完全さも認めて愛して伝えたい方面です。そして音楽の「醜悪の美」も信じて愛してます)。
あとは(母もそうなのですが)ドビュッシーとラヴェルだとそもそもがラヴェル派なのでそれぞれの音楽に対する印象だったり、元々の考え方も違って当然かな、と。

なんといっても著者が専門(研究・演奏ともに)としているドビュッシーの音楽の魅力が伝わってきて。
やっぱり文がいいので愛が伝わってきますよ。「ペレアスとメリザンド」とか「アッシャー家の崩壊」とか知りたいことがたくさん。
フランス音楽を知るには時代や文学も合わせてもっともっと勉強しなきゃ、と思わせられました。
そして一通り勉強したら音楽や文学に現れる場所を訪れにフランスに行きたい!

ピアニストについての話だと自分と同じく手が小さいアリシア・デ・ラローチャの話だったり(手のストレッチは見習わなきゃ)、あと先生の先生にあたるミケランジェリの話だったり。ミケランジェリはドビュッシーよりもラヴェル、だとかドビュッシーだったら「前奏曲集」よりも「映像」だという話を読むと思わず「一緒だ―」と思って嬉しくなってしまったり。彼のちょっと?エキセントリックなピアニストとしての存在もなんだか読んでてすごいなあ、と素直に思っちゃいました。

日本の音楽文化(演奏、批評と演奏など)をちょっと斬ったりする部分も面白かったです。日本の音楽文化はわりと自分にとって「ガイコク」なもので。そういう感じなのかーと首をかしげたりも。
それに関した話でピアノを超えた音楽の表現だったり理解だったりの話がありましたが、私の友達(マイケルの生徒のいつもの彼です)がマイケルのことを「ピアニストというよりも音楽家」と評していたことを思い出しました。私も目指しているのは(まだまだぼんやりしていますが)そういうことなので・・・
音楽と別分野の「二刀流」もそうですが、ピアノだけでない幅広い視点を持って表現していくことに気が引き締まる思いです。
「二刀流」に関してはその棲み分けだったり苦労だったりについても語られていて、特にあとがきでぽろっと(?)出てきたようなお話がまた楽しかったです。

文の方もプロですからね、表現が伝わって共感しやすいですし。
特にああでもないこうでもないと軽くぐるぐるしているところが読んでいて楽しかったです。

さあ次に音楽について本を読むのはいつになるかしら(汗)
でもフランス音楽について共感できてよかったなあ、と思ったので・・・もっと読むべきですよね、気軽に。
なるべくそこはひねくれないようにしたいです。


今日の一曲: クロード・ドビュッシー 「映像」第2集より「廃寺にかかる月」



今私が弾いているドビュッシー。「映像」は第1集・第2集どっちも好きですがもしかしたらこの曲が全6曲で一番好きかも知れません。

「月」を音で表すのは不思議なものです。大抵4度ベースの和音をぽんとシンプルに置いてあるんですが、聴いたらすぐ月だと分かる。
この曲のオープニングがメシアンの「モリヒバリ」の月の部分ににているのも好きになった要因だったり・・・するのかな。

タイトルには「廃寺」とありますが、どこのどんなお寺かははっきりしていません。
ヨーロッパにアジアの文化が大々的に入って来たのは1888年のパリ万博で、外国好きのフランス人はやはりエキゾチックな東洋文化に飛びついた、という傾向も少なからずあって。
そんな中ドビュッシーも自身の音楽に東洋をよく取り入れました。彼のオケ曲「海」のスコアの表紙には北斎の浮世絵「冨嶽三十六景」から「神奈川沖浪裏」が使われているそうです。

で、脱線しましたが彼らのあこがれの対象がぼんやりとした「エキゾチックなアジア」的なものなのでこの曲の「寺」は特にどこのどんな寺を意識しているわけではなさそうです。(その証拠となるかはわかりませんが、ガムラン的な音がこの曲では使われています・・・ガムランはインドネシアの音楽ですが、インドネシアはイスラム教の国なので寺でなくモスクですね)
お寺にもいろいろありますがね。日本にも、韓国にも、中国にも、タイにもお寺はありますがみんな違うもの。どれをイメージするかは弾き手の私はまだ決めていません(汗)
でも夜で「廃寺」ならタイのお寺でもいけないことはないんじゃないか・・・とも思いますよ。

「映像」全6曲の中でも長さ的には短い方で(第1集の「動き」を除く?)、音の数はおそらく一番少ないこの曲。
「水の反映」などのように単独で使われるほど強い曲でもありませんが・・・
でもそのシンプルさだったり、ドビュッシーが言うところの「音楽は音と音の間の空間だ」ということを表すような曲の性格が本当に愛しくて。
音と次の音との空間、右手の音と左手の音の間の空間・・・
その間にある響きだったり、間だったり、色彩だったり。そういうものが本当に好きです。

月がきれいな静かな夜にそっとかけてみればきっとその魅力が見える・・・でなくて聞こえると思います。
是非満月の夜に。

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Five Hundred!(トランプのじゃなくて)
ブログカウンター500超え!
いつもありがとうございます♪これからも小論文、もとい記事として色々書いていきますのでこれからもよろしくお願いいたします!

さて、それと共にギャラリーサイトも設置しました。
Le Jardin de Noctuelle Electrique
音楽お題の作品や使ってる曲名集などがアップされています。
こちらもゆるゆる更新、ゆるゆるフォーマットですがよろしくお願いします~

メルボルンは今日は30度超え。やっと夏に近づいてきました。
今日は外で虫が鳴いているのでテレビもOFFして虫の声を肴に白ワイン。
午後8時半でも完全に暗くはなっていません。
本当に良い季節になりました。

今日は仕事、そしてアポリネールの詩集および「モノ書きピアニストはお尻が痛い」(青柳いづみこ 著)を読み終わったり。
明日は朝ピアノ(本に触発されている部分もあります)、そして夕方には初期の精神病症状に対する処置についての公開レクチャーに行ってきます。社会復帰などに関する話もあるようなのでしっかり勉強してきたいです♪

今読みたい本が多すぎて困ってます。
Earthseaやメンタルヘルス関係の本はもちろん、母や父がこっちに来たとき置いてくれたり送ってくれたりした本、高校生のとき以来読んでない本・・・論文をちょっと遅めて本をいろいろこれから読んでいきたいと思ってはいますが・・・さてどうなるか。

ブログに書きたいことも結構出てきてます。
本の感想だったり、明日のレクチャーの感想も書きたいですし。
そして創作の方の資料整頓だったり、実際に書くものだったり・・・周りの温度が上がると活動が急に高まるって冷血動物!?とか思ったり(笑)
無理しない程度に、楽しく進めたいですね。

さて、それでは酔いが回らないうちに今日の一曲を。


今日の一曲: The Carpenters 「Rainy Days and Mondays」



母のCDに入ってたのですが、メジャーどころ(=私でも知ってる曲)が一つもないCD。おそらく私の無知が大きそうが。
でも良い曲揃いです♪

本当の本当に、「調子が悪い時って確かにこんな風!」と共感できる曲。
おおごとではないんだけれど、やっぱり普通じゃない。
助けを求めようにも些細なことに感じてしまうけれど、でもどこか苦しくて。
もう何回もこういうことがあって、話すようなこともなく、時間が経ったら過ぎる物だけれど・・・
今現在自分のためにできることがなくて、あきらめてしまいたくなる。
慰めもお説教もいらないんだ、ただそれでも自分のことを好いてくれて、気にかけてくれる人がいると分かるだけでいい。

共感できる、というかすでにもうよく知りすぎている感覚です。(実際雨の日に私も弱いので)
今最近でもよく経験します。
いろんなところできっといろんな人が経験している感覚なはず。
(この歌を歌ってる女性も拒食症で苦しんでいたとの話。なんだかティーンセクション入院時代のみんなのこと、みんなの苦しみを思い出します。)

この曲のハーモニーもまた(分析したわけではなく耳にとまった程度の所見ですが)長調の曲に上手いこと短調のハーモニーが入り込んでもちろん明るくはないけれど重暗くもない、歌詞にぴったりの微妙な色彩を創り出しています。
余計な物が一つもない、シンプルな美しさ。

次雨の日に聴いてみるの、忘れないようにしなきゃ。

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