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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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When anxiety becomes an illness
本題に入る前に一つ。
この一連の災害のなかで日本にいたときに住んでいた福島県いわき市のTwitterハッシュタグ(#iwaki)をフォローしています。
最近一部の地域で水道が使えるようになったり、ガソリンスタンドが機能するようになったり物資が届いたりとだんだんツイートがポジティブなものになってきたり、切羽詰まったツイートが比較的に少なくなってきたり、ツイートの間隔が長くなってきたりと少しずつ良い方向に向き始めているようです。
風評被害、ガソリン不足など課題も多いのですが少し安心しています。
いわきだけでなく他のエリアにもまだ目の前のことで手一杯の人がたくさんいると思います。今日を明日へ少しずつでも繋げていける力を、少しでも心が安まる時を願っています。

もちょっと早くやっときゃよかったエントリーその2。不安障害についてです。初め取り扱うので全般的な、緒言として受け取っていただけると嬉しいです。

不安障害には全般性不安障害、パニック障害、そして最近特に注目が集まっている急性ストレス障害(ASD)や心的外傷後ストレス障害(PTSD)、強迫神経症などが含まれます。
(気分障害と同じく症状により集められた疾患群ですね)
カテゴリー全体としては不安障害は珍しくないです。主疾患だけではなく合併症、さらに他の身体・精神疾患において不安障害の症状の一部がみられることもよくあります。
(私も不安障害を患ったわけではないですが鬱の症状のなかに不安障害の症状がちょっと現れた時期もありました)

不安、というものは誰もが経験するものです。
将来のことだったり、自分や周りの人になにか悪いことが起こった時など・・・
不安というのは一種の警戒状態でもあります。文字通り「不安」を感じて落ち着かなかったり、不安の対象が頭から離れなかったり、最悪のケースを考えてしまったり。興奮したり、いらいらしたり、混乱したように、コントロールを失った、狂ってしまうように感じたり。
不安は気持ちや思考だけでなく、身体的にも表れます。例えば震え、そして貧乏揺すりやその場で歩き回るのような反復的な動き、そして心拍数が上がったり汗を掻いたり呼吸数が上がったり。

警戒の状態、というのは生物が危機に陥ったとき本能的に「戦うか逃げるか」の判断をなるべく速く行うために交感神経が働く状態です。戦うにしても逃げるしても素早く動くことが求められるので心拍を上げたりその対象に意識が集中する・・・ということらしく。

先ほど書きましたようにこれらは普通に暮らしていてなんらかの危機に陥ったときに誰にでも自然に起こる現象です。
ただし、こういった不安の状態が通常の度合いを超え、コントロールできなくなり、日常生活に支障をきたす場合があります。これが不安障害です。
(精神疾患の定義ってどれもあいまいなものですがやはり「日常生活に支障をきたす」のが治療を行うかどうかの決め手ではないでしょうか。)

不安障害にも先ほどのようにいろいろな種類があります。
分類の基準としては例えば症状が急性であるか、持続的なものか、あと症状が起こるきっかけが存在するかなどが考慮されます。

ある特定のものに恐怖を覚え、その対象をみたりすることで不安症状を発症する「恐怖症」(広場恐怖症、閉所恐怖症など)。
特定の出来事以来長期的にその出来事のフラッシュバックや悪夢などを経験するPTSD(そしてこのもっと急性的・短期間なバージョンがASDですね)。
急性的・突然の不安症状(パニック症状)を経験するパニック障害。
身の回りの様々なことに不安を抱くGAD。
特定の不安思考に支配されて特定の行動(儀式的なものである場合が多い)をとらないと不安になってしまう脅迫神経症。
そして以前取り上げました摂食障害でも不安障害のエレメントは強くみられます。
(大変ざっくりした説明ですみません)

不安障害の症状・治療には厄介というか、難しい要素がいくつかあります。
まず一つは身体症状、ことに過呼吸。
不安の引き金に出会った際不安を感じ、先ほど書きました身体反応が起きます。呼吸が浅くなり、苦しくなるために呼吸をもっとしよう、と身体が反応するわけです。ただ、そうすることで過呼吸が起き、さらに苦しくなり。
同時に苦しい、という感覚から死ぬのではないか、心臓発作が起こるのではないかという思考が生じ、さらに不安を煽り、呼吸が浅くなり・・・というネガティブスパイラルに陥るそうです。これがいわゆるパニック症状で。
ここで「大丈夫、この発作じゃ死なない」「心臓発作じゃない」という思考でスパイラルを断ち切ることが必要なのですが、もちろん簡単じゃないです。
(パニック症状に限っては急性かつ短期間なので10分ほど、もちょっと長く?で収まるそうです)

もう一つが不安を感じるメカニズムとなっている思考の不合理さ。
特に強迫神経症が分かりやすいかなあ。手を洗わないと全てにばい菌がついているようで不安になるケースだと、確かにいろんなものに色んなばい菌はついていますがそれが自分に害をなす、というところが理不尽だったり。
全般不安症(GAD)でもほとんどといって起こりえない最悪のケースを想定して不安になったり、という傾向の裏にはそういった認知・思考のゆがみがあります。

さらに不安の引き金を避ける行動、「回避」も問題です。
一見自然な行動に見えますが、不安の対象を避けることで恐怖・不安を増幅させる効果があるのです。
もちろん不安の対象と対面していると不安を感じますが、「逃げる」のでなく「戦略的な退却」というスタンスをとることは推奨されています。本能のまま恐怖を感じて逃げるのではなく、なるべく冷静に考えていつか向き合うことを心に念じて遠ざかる、ということらしいですが・・・

他にも不安障害に関連する症状として不眠(落ち着かなくて睡眠導入に問題がある、睡眠が浅いなど)も多くみられますし、さらに全般性不安障害などでは不安状態が続くため慢性的に緊張が起き、肩こりや頭痛として表れることも多いそうです。

不安障害の発症には様々な要因があります。
先ほどもありました思考のゆがみを起こしやすい性格というのもありますし、普段はなんともなくともストレスをきっかけに(ストレスに対応するスキルを持ち合わせていない、など)発症したりもします。
そのストレスの源の一つとして災害が挙げられます。PTSDももちろんそうですが、他の不安障害を引き起こすことももちろんあります。(ただもちろん災害などのストレスを経験した人が全員不安障害を発症するとは限りません。)

不安障害の治療について。
もちろん薬物治療もあります。不眠が本当にしんどい!という場合や不安症状がどうしても抑えられない、原因が見つからないまま苦しんでいる場合などは薬の助けを借りる場合もあります。
が、睡眠薬にみられる依存性、そして薬を症状から回避することに使ってしまう可能性などを考慮しても薬に頼るのは必ずしもベストと言えません。さらに症状を抑えることは根本的に病気を治療することと同じではありません。一時的な対応であり、病気が起こるのを防ぐには不安の原因を特定し、それを改善したりすることが必要です。

なので不安障害には認知行動療法が用いられる事が多いです。
内容はこないだの自己ケアについてのエントリー(不安障害を食い止めることとも通じますね、このエントリーの内容は)とかぶるところが多いのですが・・・
不安を起こしている引き金を見つけ、不安対象と不安症状をつなぐ思考・認知のゆがみを直したり。
先ほどの「この発作で死ぬことはない」と自分に言い聞かせるのも一つですね。
そして自分の感覚(身体)でなく、自分の思考がどうなっているかに注目する、ということもここに含まれます。
症状をやり過ごすことで「大丈夫なんだ」と改めて自覚することも大切です。

さらに特定の対象に対して恐怖・不安を抱く場合はその対象と徐々に向き合う(もちろん医師のガイダンスにそって)ことも大切になってきます。英語ではExposure therapyというのですが、不安の引き金に対する条件反応を「大丈夫」の積み重ねで段階的に慣らしていく、というかその繋がりを解いていくというものです。
これ最初に読んだとき絶対つらいだろうなーと思いました。でも対象から逃げ続けて動きがとれなくなる(広場恐怖症・社会恐怖症の場合は家にこもったり)、そして不安や恐怖の症状を感じ続けるだけでなく増幅するのはもっと辛いものなので・・・
とっても大変なんだな、といつも思います。

最後に、心、身体の緊張をほぐし、不眠を和らげるにはリラクゼーション法も有効です。
病院で毎日やってたのですが、最初にいったときに爆睡してしまったので何も学べず・・・(汗)
なので別の機会に扱いたいと思います。もちろん方法は一つではありませんし。

直接被災している人だけではなく、もっと多くの人が通常よりも大きなストレスにさらされている今、心や体への影響が少しでも食い止められることを何よりも願っています。
(もちろん災害時以外でも、ですよ!)


今日の一曲: アルヴォ・ペルト 「Summa」



なによりも「落ち着く」曲を、ということでのチョイス。
アルヴォ・ペルトは以前紹介したと思いますがミニマル・ミュージックの作曲家(ヨーロッパスタイル)の中でもよく知られた、親しみやすい音楽を書きます。
彼が良く使う弦楽の音はまるで「呼吸」そのもの。だから今回不安障害の話をするに当たって選んだということもあります。

Summaは名前でもちょっと分かるかしら?ガーシュインの「Porgy & Bess」の「Summertime」のメロディーをモチーフに書かれているらしく。最初の0.5秒くらいで分かる方もいるかな?

昔名古屋博物館で「無限音階」といって永遠に登り続けるように錯覚して聞こえる音がありましたが、ペルトの音楽にも似たような効果があります。
繰り返しによって無限に広い音楽の空間が表れる、という感覚でしょうか。
どこか浮遊感があって、驚きや不安要素を忘れて身体と心を任せられる、穏やかで透明な音楽。
本当に自然で、空気のような、先ほど書きました「呼吸のような」音楽です。

そしてミニマル・ミュージックにみられる繰り返しってものすごく心地良い物があって。
その繰り返しでもしかしたら良いこと眠りに誘ってくれるかも?
(私はたまにそうなんですけどあんまり不眠で悩んだことはないので参考にならないと思われます・・・)

そういった効果を期待しなくても純粋に本当に美しい音楽です。
あとなんか「お、計算されてるな?」と思う部分があって(ミニマル・ミュージックは計算要素が強いのですが印象としてはそんなに計算が前に出てくるわけではありません。特にヨーロッパのミニマル・ミュージックは)。
この音楽の絶妙な「落ちてき様」は心地良いですわ~計算なければできないでしょ!という気味の良さもあり(笑)

全部ひっくるめて、そして全部抜きにしてもいい曲なので是非、お勧めです。


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メル響 マーラー7番コンサート 感想
最近、そして少しの間数日はさみながらコンサート続き、そしてレクチャー続きです。
感想エントリーが多くなりますが、他にもいちょっとずつ考えてます。とりあえず今回の次は不安障害について書きたいな、書くぞ、と自分を奮い立たせます。不安障害ももうちょっと早くに扱いたかった・・・
(外に出る系の忙しい、が多いですがピアノや文書きなども進めたいです・・・やりたいことだらけ)

こないだメル響のコンサート行ったばかりですが、昨日もコンサート行ってきました。
私にとってはちょっと忙しいな、程度ですが指揮者・奏者側には大変ですね!(前回と同じくMark Wigglesworth指揮です)特に今回はマーラーの交響曲ということもあり、コンサートはそれ1曲ですが相当なeffortが必要だったに違いません。
Ballerina's Skirt(注:今日はメルボルンの夕景の写真を織り交ぜながらという試み)

マーラー7番。1時間15分くらい?の交響曲で5楽章編成です。
マーラーはいつも大きめのオケを用いますが今回はギターとマンドリンが参戦、となかなか異色な楽器編成。
でも今回ホールの下の階に座ってたので楽器があんまり見えなかったのが残念・・・

コンサートで出会った私より音楽オタクな友達と話してたのですが7番はわりと変なところがある交響曲。複雑、というかいろんなものが織り混じっている、悲劇的とも言い難いですが希望に満ちたとも言い難い不思議な曲。(友達と言ってたんですが「あの」どん底のどん底の第6番から立ち直るには相当の色々が必要で、必然的にこういう分からない感じの状態を通ってしまうのかなーと)
でも本当にメル響は良い仕事してました!この交響曲の難しさを踏まえるとベストな演奏ではないでしょうか。

ヤラ川両岸いつもEnergeticな演奏をするメル響、特に今回は中低音のパワフルさが光りました。具体的に言えばクラリネット、バスクラ、ファゴット、コントラファゴット(コントラフォルテ、後述)、ホルン、トロンボーン、テューバ、ビオラ、チェロ、コントラバス。
特に交響曲を通してソロに合唱に大活躍するホルン軍団、ぼっこんぼっこん(?)と力強い音のコントラバスなどなど・・・
下からしっかりオケ全体を支え、音楽の基盤となっていてものすごく格好良かったです♪

St Paul's Cathedral第1楽章のどっしりした感じ、対照的な第4楽章の「ドン・ファン風」のlight-heartedなセレナード、そして一番好きだったのは怒濤のフィナーレ、第5楽章!ころころ曲調が変わるのを勢いを失わずしっかりかつ派手、壮大に表現してくれて・・・
なんだか自分でもよくわからない切なささえ感じる演奏でした。

惜しむらくは第3楽章のテンポ。すでに第2楽章がちょっと速めで「お、スケルツォはこれより速いのか」と思ってたのですが案の定で。
速いこと自体はいいんですが、自分が特に強く思ってるポイントが犠牲になってしまったので・・・
一つは空白の時間。まったく音がない静寂の小節はフェルマータでなくちゃんと小節で書いてあるのでテンポを速くすればするほど静寂が短くなるんですよね。それがちょっと勿体ない。この楽章のサスペンスを削いでしまうような。
もう一つはビオラのソロ。ビオラっていう楽器は割とアタックが鋭くない音をしているのでそうとう音のアタックにパワーをいれなくちゃクリアな音は出にくい。だからこの曲みたいに細かい、速いパッセージを速く弾きすぎるとクリアさが失われてしまう、ということ。
ただ弾き手(ビオラのお姉さんでした!)は本当に良い演奏をしてましたよ~

マーラーは打楽器を一杯使いますがそのなかでもカウベルが今回面白かったです(笑)交響曲の最後の最後でティンパニ以外の打楽器奏者4人がそれぞれカウベルを一つずつ両手にもってがらんがらんと鳴らしている光景になんとなく笑ってしまったり・・・

でも楽器でいったら一番すごかったのはコントラフォルテですね、断然で。
コントラフォルテはコントラファゴットを改良した楽器。音量、キーメカニズム、そして音質がわりと違います。
コンサート前にプログラムをみたらいつもファゴットのリーダーをやってる人がコントラファゴットのパートを弾いてることを意外に思ったのですが聴いてみて納得、そして別の意味でびっくり。めっちゃでかいパートでした。
これはでも従来のコントラファゴットだと物足りない、というか全然不足なのではないかと思います。
いやでもオケを突き抜けて聞こえてくる音量といい、ダークでfullな音質といい、この交響曲はコントラフォルテ必須です!

コンサートの後にこの交響曲の立ち位置とか、マーラーがもし協奏曲やオペラを書いてたらどうなったかとか、マーラーの音楽、この交響曲の魅力や意味について友達とじっくり語り合ったのも本当に楽しかったです。久しぶりで。自分も在学中はかなりの音楽オタクでしたが自分よりまだものすごく先を行く人たちと話せる刺激!
他にも久しぶりの人と何人かあえて良かったです。

Wigglesworthさん指揮メル響演奏のマーラーは前聴いた6番、今回の7番も本当に間違いない!
この組み合わせでマーラーの録音してるみたいですが、Wigglesworthさんは他の作曲家を振ってるのも聞きたいですね~こないだamazonでショスタコ見つけたんですがいつか買おうかな・・・


今日の一曲: グスタフ・マーラー 交響曲第7番 第2楽章



マーラー7番は「夜の歌」というニックネームがつけられていますが、そのうち2楽章と4楽章には「Nachtmusik=夜の音楽」という題が作曲家によりつけられています。
夜の音楽と言えばバルトークやクラムなども好んで使ったコンセプトですが、元はマーラーが大きく使ったのがきっかけ、というイメージがあります(少なくともクラムはマーラーの影響を自認しています)。

で、2つある「夜の音楽」は実に対照的とも言える性格を持っています。
第4楽章は前述ドンファンのようなセレナード、つまり月と星が輝き恋人が語らい身を寄せあうロマンチックな夜なのですが、第2楽章はもっと暗く、神秘的で・・・「魔法が動き出す夜」と私は解釈しています。

最初のホルンの呼びかけに実は一番最初に惚れ込んでいて。
夜の闇に向かって呼びかける一人のホルン、そしてステージ裏から、遠くから答える別のホルン。
そして呼び覚まされ踊り出す木管の音楽。
妖精達だったり、もっと邪悪なものだったり、キラキラしたもの、どろどろしたもの、全てが動き出す。
暗いからこそ美しいこの魔法。

印象としてはこの楽章が一番交響曲第1番とか第2番とか近い感じがあるので結構親しみやすいと思います。
確かに夜は暗いけれど、想像力と神秘と音楽でとっても美しいものになり。
不思議な暖かさと、童心に近いなにかを感じます。

暗い夜もその闇を恐れることなく楽しめる、そんな一曲です。

(とりあえず試聴してみてください、第2楽章と第3楽章!特に第2楽章のオープニング!)


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Happy 15th Anniversary!
018a.jpg
・・・・ということなんですよ。
アニバーサリーといっても結婚記念日ではもちろん全然なく、今日で私がオーストラリアに来てからちょうど15年です!
いろいろ描いてみようかと思いましたがごちゃごちゃしたのでユーカリハートだけにしました(汗)

こっちに来たときは日本で小学校4年を終わらせた時点。(年齢は・・・とっくに言ってるか、各所で)英語はまったく知らず、海外に行ったこともなく。
ちなみにこっちの学校は2学期から始まったで最初の1ヶ月弱は家にいたり、周りになれたり。

最初は(というかしばらくしたら)ホームシックにもなりましたが、10年生になって父がオーストラリアを離れるときには自分の意志でこっちにいたい、と思うようになり。心地良いまま母も日本に帰りなんだかんだで15年です。

私と妹をオーストラリアにずっと住まわせてくれた両親、そしてこちらで出会って仲良くなってとても良くしてもらった友達みんなに感謝しています。
いろいろありましたが今いる友達は私が最初にこちらで学校にいったとき同じ班にいる友達が多いです。かれこれ15年、本当にいつもお世話になっています。

もう永住権の申請出して2年くらいなります(笑)まえ電話したら今年って言ってたんですけどね~
周りの人はもうオーストラリア人でいいんじゃない?って言ってますが(笑)私もまああんまり留学生ビザの間留学生意識はなかったです(学費払うとき以外は・・・・ぐー)
とりあえず待ってます。きっと永住権がもらえると信じて。というかもらえるはずなんだけどなあ(Music Teacherで申請したから優先度が低いのですよね)。

日本ともいろいろな形で繋がり続けていきますが歌の通り「I call Australia home」、ということで・・・
これからものんびりまったりメルボルン生活を続けていきたいです。


今日の一曲: ジョン・ラター 「レクイエム」より「Pie Jesu」

以前お勧めしましたYoutubeプレイリスト

音楽にできること」のエントリーで紹介しましたが、一つ一つの楽章を今日の一曲で扱うのは久しぶりになります。
今日はソプラノソロが美しいPie Jesu。ヘ長調の曲らしくとっても牧歌的な雰囲気が好きです。
メロディーの形がどことなく天使的だったり・・・?

こういう曲って(ブラームスのドイツレクイエムの第5楽章も似たような編成・性格ですね。音楽自体は大分違いますが)ソロの歌い手の声の美しさだけでなくバックの合唱のサポートの絶妙さにやられることが多いです(笑)
きっとそれはソロを引き立てるためにものすごくシンプルにしてあるからではないか、と思います。
シンプルだからこその純粋さ、美しさ。

なんかこう、救い、というか約束的な性質がありますね。
「音楽にできること」でも少し書いたと思いますが前向きすぎてもなく、後ろ向きすぎてもなく、過去も現在も肯定して、いつかは明るい未来に続くことを約束して、安心させてくれるような。
大丈夫、と言ってくれる気がするのです。

ちなみにこれを初めて聴いたのは卒業後にあったうちの高校と隣の男子校での合同のなんらかのコンサートで。ソプラノのソロは当時音楽で一番偉かった先生(怖い先生なのですが声楽でとくに合唱部を鍛え上げた功績のある先生)の娘さんで。
コネよりも何よりもやっぱり鍛え上げられてまして、このPie Jesuを歌ったときの演奏が本当に心に残ってます。あと彼女は私の妹と長らく同級生で、小さい頃から知ってて「本当にうまくなったなー」という思いもちろんありました。

以前紹介してから晴れた朝にたまに朝一でこのPie Jesuが頭の中で流れます。
引き続きレクイエム全曲お勧めですが、朝にこのPie Jesuを流しているのもいいですよ。
なんだか不思議と悟った・・・じゃないですけどちょっと切なくも落ち着いた心持ちで一日を始められます・・・言葉にするのは難しいですが。

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A little bit of self-care
もっと早く扱っとけばよかったトピックです。
なんとなーく自分が言うのもな・・・と思ってためらってたり。
でもTwitterでメンタルヘルス関係のページへのリンクが回って来たりして、触発されたというか自分ももっと早くにちょっと書いとけばいいな、と思いまして・・・

自分の話を始める前に回ってきたリンクを紹介。
1) 東北地方太平洋沖地震に関する社会心理学者からの提言
名前は堅苦しく思えるかもしれませんが、被災者・そして直接被災していない人のために災害における心理、心の問題などに関するいろいろなトピックについての記事、論文やその抄訳などへのリンクを紹介しています。まずは自分に関係のあるトピックから、でも目を通す価値はあると思います。(私が最初見たときとちょっと変わってる?)
2) 東北地方太平洋沖地震メンタルヘルス情報サイト
特に被災している際の子供のメンタルヘルスなどについての情報シートがあります(pdf)。
医療関係者向け、とあるセクションでも興味深いトピックもあります。


自分のことは自分が一番知っている・・・はず。そして自分と24時間一緒にいるのは自分。
ということである人のケアを行う際細かいところで頼りになるのはその人自身だったりします。
専門家、周りの人ももちろん居ます。一人で背負い込むことは良いことではありません。
でも特に病気を負っていない場合、そして予防的な意味には自分で行えるケアもあり、有用なケアであり、そして専門知識を勉強しなくても比較的気軽にできる、ということをもっと知って欲しいな、と普段から思っています。

私が今回まとめたいと思っているのは主に病院のプログラムでもらったプリント、そして私の精神医が日頃治療で教えてくれている、「認知行動療法」あたりの基本をベースにしています。
私がお世話になっていた(いる?)病院では「入院したときから退院後の事を考える」という方針があって、退院後の社会復帰をなるべくスムーズにして、退院後でハードルを感じて起こることまる病気の再発を防ぐことを目指しています。

こっちのエントリーでも扱ったことがあるのですが、うちのドクターによると認知行動療法の基本ステップは大まかに3つあります。
1) 自分の状態を認識する
2) 認識した自分の状態に問題がある場合原因、解決法などを考える
3) 解決法を行動にうつす

1)自分の状態を認識する
チェックするポイントはいくつかあります。
自分が今感じている感情(無力感、など)、自分がとっている行動(酒に走っている、生活の乱れ、など)、自分の思考(理不尽なネガティブ思考、など)、そして自分の身体的な感覚(頭が痛い、身体が重い、など)。
いつもだったらこういうのはないのにな、という症状だったり感覚、行動、感情を抽出します。
同時にそれが通常と比べてどれくらいの程度なのか、そしてどれくらいの期間続いているかも考える事が必要です。
さらに、自分は今何を欲しているか、何を必要としているか、考えることも重要だと思います(それによって問題が何なのかがわかるので・・・)。

2) 認識した自分の状態に問題がある場合原因、解決法を考える
3) 解決法を行動にうつす
感情だったら何が自分をそう感じさせているのか(さらにうつが疑われる場合は一日のなかでの感情の動きをモニター)、行動である場合はどうして、そして何を求めてその行動をしているのか、思考だったら思考の根拠、さらにその思考が論理的に考えて妥当か(=歪んだ認知・認識にもとづいていないか)。さらに身体的感覚であればそれが身体的な疾患(風邪など)に起因しているのか、または心因的なものか(肩こりの原因である緊張は、ときに不安神経症など不安が長期間続いた場合に起こる場合もあります)。
そこから、それらの問題を改善させる、または一時的に和らげる(もちろん前者が好ましいのですが)策を見つけていき、自分の欲求と需要を満たすための策を考え、さらにできる範囲で実際に行動にうつすことが求められます。
この繰り返しで自己モニタリング、セルフケアを行う、というわけです。

2)において、「何をしていると自分の気持ちが楽になるか」とか「どういう時に自分は幸せを(ささやかなものでも)感じるか」、というポジティブの傾向を把握することは一時的に和らげる方法、そして解決法につながります。
「どういう要素により自分の感情が下向きになるか」「どういうことが引き金で好ましくない行動をとってしまうのか」というネガティブの傾向を把握する事は「自分にとって悪いこと」を避けたり、避けられない場合でもあらかじめ知っておくことでその影響を最小化したり、予防策をとっておく事ができます。

もちろん自分を勇気づけたり、元気にしたり、気持ちを楽にしたりできる行動は人それぞれ。
自分のプリントに長いリストがあるのですが(うつではいろんなものに興味や楽しみを失い、思考能力も低下しているのでこうやって目の前にあると有り難いですね)、自分のためのリストを作っておくのも手かも知れませんね。
その中にリラクゼーションにかかわらず、自分の心を落ち着けるためにできることを含めることは大切ではないかと思います。不眠が症状として表れるのは病気の状態以外にもよくあることなので、備えておいて損はないと思います。

ここから+α的なトピックを。

1)ストレスに備える
ストレスを感じたり、心の調子を崩したりしたときは適切な思考・行動がとりにくいのがあります。
なのであらかじめ解決法になるかもしれないこと、頼ったり話したりできる人(専門家だったり、それ以外だったり)、そしてストレスを悪化させる可能性がある行動は何か、などを知っておくことが必要です。

2)自分をケアする
もとのトピックそのままになってしまいましたが・・・
まず自分の事を大切にしてあげる、気遣ってあげる姿勢が必要だと思います。
調子が悪い時は自分を少しだけ優先してあげる、など。他の人を気遣うように自分を気遣う。
自分の事を応援して、心配してあげること。
自分(そしてその心)を守るために行動することは悪いことではもちろんありませんし、ときになによりも必要なことでもあります。自己犠牲が美とされる場合は多いですが、自分を守ることで自分の親しい人を心配させない、などの他の人にとって良いこともあります。自分と自分の心は何よりも資本です。

さらに「自分と過ごす時間を作る」という記述があります。
外の情報や他の人が言うことに惑わされたり、いろいろ全般的に「わからなくなる」ことはあると思います。
何を感じるべきか、考えるべきか、するべきか・・・
そういうときは一旦自分だけの時間を作って自分と改めてゆっくり向き合って、自分が何を求めているか、自分にとって何が良いのか考えてみる時間、さらに自分のことを改めて支え、応援して力づける、そしていたわる時間が必要です。
それを「自分とアポを取る」という風に表現してるこのプリントが愛しい(笑)

そして自分のスタンス、自分の権利、他の人との境界線をはっきりして、自分をちゃんと守ってあげることが必要です。
自分は自分の意見を持って表現していいんだよ、、いつも他人のために自分を犠牲にせず自分の意志、自分のために行動していいんだよ、間違いをおかしても、そして間違いをみとめても良いんだよ、他の人の負担を追うことを拒絶してもいいんだよ、と。そう自覚して言い聞かせることも大事です。
(ちなみにこの「権利=いいんだよ」のプリント全体、一人の日本人として、オージーのやり方に馴染むまではしらなかった興味深いことで一杯です)

最後に。
いつも私のドクターが言っているのは「自分にとって良いことを考え、する」ということ。これはシンプルかつ重要です。自分の状態・調子を良くするために、自分がまた元気になるように考えて、行動することが大切だといつも言われます。

そしていろいろ書いてきましたが、これらを実行に移す際、考えたことを書くことは必須だと思います。
PCに打ち込む場合後に一度に見えるようプリントするほうが好ましいと(あくまでも個人的な意見)。でもなによりも手で書く行為に意味があると思います。自分で覚えておくにも、行動にうつす意気にも。

ちょっと今自分が偉いこと言わない方が良い状態なのですが・・・(汗)
でもちゃんと自分に良いことを考えて、少しずつ行動に移している自信はあります。
あとは・・・休みですね、休まないと。


今日の一曲: 賛美歌 「A New Commandment」

MP3/midiの試聴+歌詞

今日は学校のHymn bookからちょっとした名曲一つ。
小学生から中・高校生まで学校の集会で歌う曲ってやっぱり変わるんですけど(子供向けの賛美歌も入ってるので)、これはもしかしたら小学生から卒業まで通して歌ってたような気がします。
良い曲ですよ。たしか記憶違いでなければダイアナ妃のお葬式でも(ホルスト「木星」の中間部をメロディーとしたI vow thee to my countryとともに)歌われていたはず。

歌詞は新約聖書のイエスの教えが元です。
旧約聖書にあるユダヤの教えにはTen Commandments(モーゼの十戒)がありますが、それに一つ付け加えたい、と彼は言ったそうで。それは「お互いを愛しなさい」というものだったそう。
このシンプルな教えをシンプルな賛美歌にして歌うとまあ素敵ですね。
(注: 一応無神論者ですが、私。でも教えとしては本当にシンプルで良い物だと思います)

で、このニ長調でこのメロディー、そしてbasicだけど素敵な和音進行がシンプルさを引き立てて、本当に優しく、馴染みやすい賛美歌となっています。
なにかと心の中に表れて、心地良く居てくれる曲ですね。


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音楽が今できること。
(このエントリーは最新ではないですが、自分が今一番強く感じていることです。少しでも目を通してくれると嬉しいです。最新のエントリーはこのエントリーのすぐ下に。)


<被災している人、被災者の身を案じている人、支援をしている人全ての人に今でなくともこれから先へのために贈りたい、ジョン・ラターのレクイエム。(Youtube再生リスト)>
(詳細は以下に)


いつも通りの検索キーワードで訪れて下さってる皆様、本当にありがとうございます。
オーストラリアにいながらまだまだ自分の中にまだ焦って切羽詰まってるいる気持ち、まだなにかしたい気持ち、いろいろ自分の中で渦巻いているのでTwitterのほうもこのブログもまだもちょっと通常と違う運営?モードが続くと思います。
でもいつもの感じで来てくれてる人がいることもありますしなるべく早く普通に戻りたい気持ちはあるので少しだけ時間をいただきたいと思います。


ここ数日、震災が起きてから人の心のことをたくさん考えていました。
直接の知り合いに被災している人よりも被災している人の事を案じている人の方が多いので、「案じる側」の人を心配に感じることがちょっと多いかな・・・

でも一番考えてたのは今、そしてこれからの人の心に音楽ができることがないか、ということ。
やはり自分の心に音楽が大切であること、音楽が一般的に人の心を動かす力があること、そして音楽と心の繋がりが自分の道の「コア」であることからこの方面で自分に考えられること、できることがないかと強く思い、考えをめぐらせていました。

それでやっぱり自分にできること、自分がしたいこと、といったら音楽を贈ることがまずあると思ったので今回はそのことについて書き、そして実際にこういうときだからこそ贈りたい曲を紹介したいと思います。
(贈りたい対象は後にも書きますが被災している人、そして被災者の皆さんを案じている人達両方です)
まずちょっとだけ諸分野に素人ながらに説明を・・・

なぜ今音楽なのか。
この災害が起こってから実にたくさんの情報が飛び交っています。
視覚的な情報だけでなくテレビ、ラジオなどからひっきりなしに被害の状況、被災地の状況などが伝えられます。
さらに(今まで分からなかったのですが)サイレンなども鳴りますし、災害が正に起こっている音(地震で物が揺れたり崩れたりする音)もあります。
こういった聴覚情報は「危険」を示す物が多く、そういった情報が常に入ってくると(内容だけではなくその性質から)人は疲れてしまいます。
さらにPTSDの症状として「感覚過敏」がある、ということもありまして・・・
そういった事から入ってくる聴覚情報(そして他の感覚情報)から耳を休めるため、そして入ってくる情報のストレスを打ち消そうとするためにも音楽は有効だと思います。

そして被災生活を送ったり、息を詰めて状況の動向をうかがっている周りの人も知らず知らずに緊張とストレスから息が短く、浅くなってはいないか?と思い。
自分では気づきにくく、腹式呼吸をと努めても意識的に自然な深い息をすることは案外難しいものですが、このブログで書いたことがあるように音楽は人の生理反応に影響があり、呼吸のペースを変えることがあるのです。

さらに停電などで夜行動が限られている場合、夜以外でも「待つ」しかない場合に長く感じる、不安に感じる(それが夜で沈黙を伴うものなら余計に)時間と空間を満たし、不安を和らげ暇つぶしにもなるという意味でも音楽は効果的だと思います。

そして災害後の長期的な影響において人々の心にサポートが必要な時、音楽は有効なサポートとなると思います。
ここは専門的なことになってあまり詳しくは勉強していないのですが・・・
少なくとも現実・過去・そして未来を現実的に強く見据えるようになるプロセスにおいて、新神話主義の本の言うところの「崩壊と再構成」の再構成、「円に見られる完全性(wholeness)」を取り戻す心のプロセスに関してもそういったエレメントを持つ音楽は良いんじゃないかな、と思います。

でも何よりも現在もこれからも人の心に温かさ、幸せといった感情や感覚をもたらし、人が立ち上がる力を自分の中から得ることに音楽は大切だと思います。


長々と素人談義をすみませんでした。

震災が起きてこういうことを考え始めて一番自分の中で強く訴えてきた曲があります。
それはジョン・ラターのレクイエム
(Youtubeのプレイリストです)
もしも自分が指揮者で、被災者を見舞うコンサートを開くならこの曲しかない、と思います。それは利便性の面もありますがもちろん曲の中身も考えて。
選んだのはGut feeling(勘に近い感覚)が強いですが、前述の理論にもかなっています。
特に長期的な心のケアのくだりについては(もともとレクイエム自体生きている人のためのもので再構成のエレメントがしっかりありますから)特に強いのではないかと。
さらに多分一番必要とされている「Affirmative(肯定的)」な性質が本当に強く。
被災している人にも、見守る・助ける側にも、今ももっと後になってからにでも心の底から薦めたい!という自分の中で最強の曲です。
日本ではイギリス音楽全般知名度が低いので是非広がれば!と願っています。

もう一つ、音源がなかったのですがジョージ・クラムのLux Aeternaもお奨めしたいです。
同じくAffirmativeな感じがあり、クラム独特の癖がありながらもそのタイトル通り闇に「光」を約束する、実に人間的で暖かい曲です。

さらにブラームスの音楽は「慰め」に関しては一流だと思います。
その暖かさ、そして苦しみや後ろ向きな感情もみんな共感してくるんでくれる包容力、そしてしたたかな力強さ。なんて言ったって子守歌のエキスパートでもあります。
ホルン三重奏曲(特に第1楽章)、宗教的歌曲、意外なところでピアノ四重奏曲第2番もお奨め。

私だけかも知れませんがラヴェルの音楽は自分を冷静にしてくれる気がします。
メヌエット系統、ソナチネ、そして「マ・メール・ロワ」や「鏡」の「鐘の谷」などを聴いていると落ち着いて客観的に、冷静に居れる気がします。


壮大な音楽や長い曲、強弱がころころ変わって強弱の幅が大きい曲、テンポが心拍より速い曲、複雑な曲はあまり良くないと思いますが・・・
とにかく呼吸ににあったテンポの曲、楽器にしても声にしても「暖かい」音の曲、リズムよりもメロディー・ハーモニー重視の曲、さらに個人的に「優しい鐘の音」をお勧めしたいです。

これから辛い時期が長く続くと思いますが、心の拠り所の一つとして音楽を選ぶことは本当に力強い支えとなると信じています。
メシアンとかマーラーとか入ってない時点でこのチョイスはこの目的に対して「ガチ」かと分かってくれるかと思いますが、少しでも誰かの参考になればと願っています。

何よりも人の心の平安を願って。

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