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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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ミュージカル
まずは昨日の追記から: ホロコーストを題材として扱った作品にPaul Celanの詩「Death Fugue」があるのを忘れていました!あの詩は本当に凄いです。フーガというタイトルがなんとなく分かります。英語がちょっと特殊なので分かりづらいのですが(そういう風に書いてあるんです。なので頭の中で言葉をつなぎ合わせて行く感じもまたたまらないです)オススメです。

そして今日はめでたく運転テスト(実技)を合格して免許を取得しました!
といってもProbationary Licenseといって、フルライセンスよりは細かい制限があるのですが、これで一人で運転できます!
・・・といってもまずは車を購入しなきゃ。
次はメル響のオーディション、それから永住権、と手に入れていきたいです。

今日はちょっと昔を振り返って。
以前何回か書いてますが、私の学校(幼稚園~高校一貫)は女子校で、そして徒歩5分のところに兄弟校の男子校がありまして(同じく幼稚園~高校一貫)。
いろいろ合同イベントをやるんですけど、中でも音楽での合同コンサートなどのイベントは比較的大規模で。
毎年秋頃になると中学の学年(7~9年生)、高校の学年(10~12年生)に分かれて、男女合同で劇をやるのが恒例でした。
そしてそのうちの1つは必ずミュージカルなんですよね(毎年交代)。

ミュージカルの場合、私が最初進学した頃は学校でいろいろな楽器を教えてる先生達が集まって(生徒も何人か)少人数オケパートを担当する、というシステムでした。
私が10年生の時がまさにそうで、中学学年の「オズの魔法使い」で、本当に少人数で先生ばっかり+2人ほどの先輩達と舞台の中にあるピットに入って狭い中で弾いていました。ちなみにチェロで。
楽しかったですねえ。打楽器の先生と、厳しいことで有名な(でも合唱をものすごく鍛え上げた)音楽の一番偉い先生がバトってるのを見たり、音が外れたらちょっとだけみんなで笑いあったり。
前に座っているうちの学校のバイオリンの先生、隣に座ってるビオラの先生はもう仲良しで。そしてその隣にキーボードを担当している男子校の方で一番偉い先生も少し仲良くさせてもらって。内気で優しい先生でめっちゃ好きです(笑)

次の年は高校学年の「オクラホマ!」。これは劇の内容も音楽ももちょっと楽しい感じで、オケもピットではなく舞台の前で若干大きめの編成で。(私はまたチェロ)生徒も多めでオケは学校のオケの一番前の方の席とほとんど代わり映えなく。
リハーサルも舞台の上が高校学年なのでわりとさくさく進んだ覚えがあります。(「オズ」はいろいろ待ち時間が多かった・・・)

異色だったのが次の年。ここまでは名作といわれるミュージカルを選んできたのですが、なんと私たちのファイナルイヤーでは「ロミオ&ジュリエット」をロックテイストで(言語はシェークスピアのまま)アレンジ、という荒技をすることになって。
で、音楽は生徒のオケ+バンド、楽譜はあってもないようなものでドラマを教えている先生が作った骨組みにそれぞれ即興で弾く、というものでした。(ちなみにまたチェロ)
オケ部分のメンバーほとんど私の友達で埋まってたんですが、classically trainedなので即興は初めて。でもリハーサルを重ねてちょっとコツをつかむとこれが楽しい!もう1回こういうフォーマットの演奏やってもいいですね~♪
ほとんど観れなかったけどダンスも実はすごかったらしいです!(オケで弾いてると座ってるポジションにかかわらず舞台の上を見る余裕がないです。そういう意味ではちょっと残念)

大学時代に、メルボルン大学の寮主催のミュージカルでもウェスト・サイド・ストーリーでチェロを弾いたことがあるのですが・・・やっぱり環境がこう、ホームではないというか、そのためだけに集まってるのでお互いをあんまり知らない、というか・・・(ただオケは音楽科の友達が結構いました。でもこっちはこっち、演者は演者で固まってしまうので。)
レベルこそこっちの方が高けれど、学校の時の方が楽しかったなあ、とかついつい思ってしまったり。

これから先あんまりミュージカルで弾く、なんていうことは縁がないような気もしますが(諦めない方がいいですが、ね)、本当にいい思い出です。なんとなく思い出のままにしておきたい(笑)

ただ観るにはまだほとんどミュージカルは観たことないので、そのうちお金と時間に余裕があって良い演目やってるときは行きたいです!
(どうしてもオケコンサート優先なので)


今日の一曲: レナード・バーンスタイン 「ウェスト・サイド物語」より「Tonight Quintet」



学校の時にやったミュージカルは昔すぎてなかなか音楽自体が思い出せなかったので・・・
ウェスト・サイド物語だったら「マリア」とか「アメリカ」とかももちろん名曲としてあるんですが、この「Tonight Quintet」みたいな曲ってなかなかないと思います!(もしかしたらオペラで似たような構造の曲はあるかも?ですが)
Jets とSharksの対決の前夜のそれぞれのキャラクターの思惑、思いを一曲で、前へ前へ動く、気がはやるテンポにのせて、しかも他の歌のメロディーなども使って見事に描写しているこの歌。

マリアとトニーは対決を止めたがっているし、それぞれのグループはこの対決が待ちきれないでいるし、アニータは対決の後にベルナルドとあんなことやこんなことをすることばかり考えてるし(笑)
音楽的にもこの十人十色の掛け合いや、同時に歌ったりするが本当に格好いいですし、ストーリーのターニングポイントまで持ってく盛り上がりも含めてうまくできてるなあ、さすがバーンスタイン!とおもっちゃいます。

ウェスト・サイド物語や、ものすごく調子のいい指揮のスタイルで有名なバーンスタインですが、実はポピュラー系統でない作曲もたくさん書いています。
がっつり20世紀なスタイルで、社会的なテーマを題材にしたりしたものが多いのですが、まだまだ面と向き合えてないのでいつかそちらも紹介したいです。
バーンスタインのそちらの顔も本当に凄い人物だとわずかながら知っていることから思えるので、大事だと思うんです。

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Schindler, Night and Holocaust
妹が友達と旅行中なので久しぶりにDVDを借りて観ました。
オーシャンズシリーズを全部見てないのでとりあえず11を久しぶりに見て、それからall-time favouriteのモンティ・パイソンのHoly Grail。
そして昨日は初めて「シンドラーのリスト」を観ました。

テーマ音楽が名曲なこと(そして弾いた事があるのもありますね~ジョン・ウィリアムスはどんな映画でもぴったり、ハズレがない!)ももちろんあって、その影響も随分強いのですが、本当に良い映画でした。(「良い」の詳細についてはおいおい)もっと早くに観ればよかったです。きっかけはものすごくたくさんあったのに。

この映画の舞台となっている時代を歴史の中で好き・・・というのはちょっと間違っている気もしますが、本当に思い入れが深い時代です。
第二次世界大戦が地理的には二つの戦争に分かれていたようなところもあって、ヨーロッパの学校では例えば日本の原爆やなんかのことが比較的あまり教えられなくて、逆に日本の学校ではホロコーストなどのヨーロッパ側のことがあまり教えられていない傾向があるように思えます。
オーストラリアはというと、太平洋側の戦争はもちろん当事者ですし(ダーウィン空襲など)、ヨーロッパの影響も文化・歴史的に大きいのでどっちも習った気がします。

そもそも10年生の歴史でこの時代をやったときは、2人で組んでやるリサーチプロジェクトが主な勉強でした。
トピックをそれぞれ選んで(もちろんグループ数よりもトピック数の方が断然少ないですので偏りを少しでも減らすようなっています)、提出と共にクラスにプレゼン。それでお互いから学んでこの複雑な戦争のいろんな側面をカバーする、というシステムです。
トピックにはオーストラリアに深く関連するKokodaでの戦い、ダーウィン空襲、それからヨーロッパ側ではロンドン空襲もあったかな?私はこのときアウシュヴィッツの強制収容所について調べました。
Powerpointのプレゼンテーションで、自分でテンプレートも作って(わずかに黒ずんだ赤のバックに黒い太陽をあしらったものでした)、アウシュヴィッツのツアーみたいな形でプレゼンをしました。

それがきっかけで(正直自分のプロデュースが自分の心に一番響いてしまった)、ナチスとユダヤ、ホロコーストのことに興味を持ち始めて。今もそうですが、本当にあったこととは信じられないような部分もあり(でも今語り継がれたり記録にあることは大部分本当だとされています)・・・
ただこのトピックに関しては歴史の授業でなく、12年生の英語の授業でさらに深く習いました。

12年生の英語の授業でElie Wieselの「Night」という本を勉強しました。
著者がまだ十代だったころ体験したホロコーストの経験を綴った本で(ただ全部本当かどうかは疑わしく、どれだけが本当のことかは今でも議論が続いているらしいです)、薄いながらも内容の濃さは半端ありません。
自分の命と家族(または他人)との繋がりや犠牲、自分の信仰を捨てるかどうか、そして同時に極限状態において人がどれだけ変わるか、など・・・
この本も私ものすごく好きです。信仰やアイデンティティの問題などが興味深く、他にも多くのことが心にストレートで来て、ちょっと大げさかもしれませんが「人間」についていろいろなことを教えてくれるような気がします。

ショスタコーヴィチなどの音楽に現れるユダヤ音楽の影響や引用を通じてユダヤ音楽を愛するようになりながら、同時にこの時代への興味を増し(手塚治虫の「アドルフに告ぐ」も読みました)・・・なんというか「どうしてこんなことになったんだろう」とか「実際何があったんだろう」「どうなったんだろう」という果てしない心が痛くなるほど好奇心が湧いてきて。
(ユダヤ音楽の興味についてはこちらのエントリーでも語っております)

そして今回「シンドラーのリスト」を観て。
「Night」で読んだような行為が目の前で映像として起きていることになんとなく「ああ、やっぱりなのか・・・」という気持ちがあったり(実際ホロコーストをあまり知らない人がこの映画をいきなりみちゃうとどうなんだろう、というのが気になりました。だいたいどんなことが起こるか分かってるとあるていど耐性ができますからね)。
シンドラーが聖人でないことが描写されていましたし、SS側のGoethも人間的なところを描写していましたし。映画においての描写の仕方(小さい女の子の赤いドレス、銃の光に照らされる窓など)もすごかったですし。
そして音楽がいいです。メインテーマだけでなく、劇中のユダヤの歌とか、なんだか・・・懐かしいってのも変ですが。
あと他にもちょこちょこツボったところがたくさんありましたが割愛させていただきます。

少なくともサントラを買おうと思ってます。もしかしたらいつかDVDも。
映画は映画ですが、実際に映像を見て自分の中でホロコーストあたりに関して抱いてた思いに関して少し固まったな、ということもありますし。
今でもやっぱりもっと知りたい、と思います。

フォローアップというかあれですが、シンドラーがこの映画の中で作っていたリストの実物のカーボンコピーがオーストラリアのNSW州立図書館にあるそうです。映画の原作の小説「Schindler's ark」を書いたオーストラリアの作家Thomas Keneallyの資料の中に埋もれてたそうです。

そして日本人でも「日本のシンドラー」と呼ばれ多くの人をナチスの手から逃がした事に多大な貢献をした方がいるそうですよ。私も昨日母に聴いたばかりなのですが、杉原千畝さんという人らしいです。
世の中には人のためにものすごい危険を冒す人がいるのですね。


今日の一曲: モーリス・ラヴェル 「ヘブライの2つの歌」より「カディッシュ」(バイオリン版)



本当に迷いました。シンドラーのリストのメインテーマ、シェーンベルクの「ワルシャワの生存者」(1回しか聴いてませんが)、ブルッフのコル・ニドライ、AchronのHebrew Melody、ショスタコーヴィチのトリオ第4楽章・・・本当にたくさんあるなかでこの曲を。
ラヴェルがヘブライ?とはちょっと違和感があるかもしれませんが、彼の半分はスペインに文化的に近いバスクの血、スペインはイスラムの影響を大きく受けていて、イスラムとヘブライは祈りなどでメロディー的に近い部分がある・・・という間接的なあれで惹かれたのだろうと思います。(推測です)

実際にヘブライの曲やフォーマット(いろいろ難しいらしいです、どんなスタイルの音楽や歌をどんな場面で使うか、とか)を使った曲ではないらしいのですが、フレーズやメロディーの雰囲気やスタイルはユダヤ音楽を参考にしているそうです。

そもそも「カディッシュ」は神を讃える祈りで(ユダヤ人である指揮者・作曲家のバーンスタインは題と題材にカディッシュを用いた交響曲第3番を書いてます。テキストはNightにすこし繋がるところが)。
さらにこの祈りは死者に捧げる祈りとしても使われています。先ほどの「Night」では特に重要な祈りとして扱われていたり。

哀愁を帯びたメロディーに、バイオリン版だと特に顕著に表れるラヴェルらしい音の透明さ。
ヘブライ関係はバイオリンに限る・・・と言いたいところですがこれ、クラリネットでもいけるんじゃないか?聴いてみたい!あ、あとフルートも・・・

心が洗われるような、っていうのはきっとこういう音楽のことを言うんだと思います。物凄く美しい。
もっともっと演奏されて欲しい曲の一つです♪
(リンクの録音は試聴もありますよ!ぜひぜひ!)

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A Rainbow of Colours
ファンブログではないのですが、ちょっとだけ。
ロザンさん二人とも、2010年国際教育学会・舘糾賞を受賞することが決まったらしいです!
素直にまずすごいなあ、と思ったのですが過去数年(2007年ごろからある賞のようです)の受賞者リストを振り返ってみるとなんだか桁外れに凄いことが・・・!
昨日はオトメアワード2010おーち賞も受賞とのニュースが入ってきてまして、なんだか異色のダブル受賞・・・
とにかくめでたいです!さらなる活躍を南の大陸の片隅から願っています♪

今日は久しぶりにキーワードto音楽です。10の色に合う曲のコレクション。
一つの曲は本当に様々な色でできているのであまり「この曲はこの色!」とか単純化してしまうのは好ましくないのですが、いろいろ連想して集めてみました。
では早速。

赤: アデズ 「Arcadiana」四重奏曲より「Et... (Tango Mortale)」
一番最初の音から出血してますからね、この曲。他の何物でもない、血の色。
しかも感情がその中に凝縮されている、そんな色。痛みと苦しみと、その素直な吐露の真っ赤な色。

橙: スクリャービン 練習曲 op.8-12
嬰ニ短調という超がつくほどのレアな調で書かれた曲、ショパンの「革命」に影響を受けているとあって、かなりの共通点が見られます。向こうは虐殺の血の赤、こちらは熱せられた鉄のオレンジ。
スクリャービンは翼のある音楽が本当に得意ですが、この曲の翼は燃える炎なんだなあ。

黄: メシアン 「鳥のカタログ」より「ニシコウライウグイス」
選んでおいてなんですが、この曲は「黄」とはいってはいけない気がします。なによりも「黄金」ですから。
このなんといってもこの主役の鳥の黄金色の見事さ!そしてそれと早朝の朝日をを音楽で表す見事さ!
夏の早朝が愛しくなる色です。

緑: ブラームス 間奏曲 op.118-6
本当は新緑の緑を選びたかった、でも先に深い闇の緑が来てしまいました。
なんでこの闇はこんなに緑なんだろう、他の色を帯びるのとは違うんだろう、と思います。
やっぱりこれも変ホ短調という調の影響が多いのかな。

青: ドビュッシー 「映像」第I巻より「ラモー礼賛」
以前も言ったと思いますが「シャガールのステンドグラスのブルー」です。
あのステンドグラスが「こんなにも贅沢に、ふんだんに青を!」というほど青を使っているように、この曲も和音の色に限らずただひたすら青を感じる曲です。

紫: メシアン 「20のまなざし」より「十字架のまなざし」
メシアンは数ある色彩の中で特に紫を好んでいたそうです。そして彼がキリストの受難を扱うときは(この曲だけでなく「アーメンの幻影」の第3楽章も)強烈な紫、それから少しの黄緑のコンビネーションを感じます。
英語で言うとExcruciating、強い苦しみと痛みを伴うユニークな色彩です。

白: アデズ 「Living Toys」より「Angels」
もちろんタイトルもあります。ただこの曲の高みに上りつめる透明な音、その不思議な空間と時間は本当に「白」がふさわしいと思います。
やっぱりこう、音が高いと色が薄くなる傾向はあるようです。

黒: ブリテン 「シンフォニア・ダ・レクイエム」より「ラクリモーサ」
戦争レクイエムや、ショスタコの音楽にも真っ黒な感じのはあるのですが、なんといってもこれ。
冒頭から震え上がるような闇。ラクリモーサにしては暗すぎるんじゃないか!?とちょっと思ってしまうほどの。
涙も出ないぞ(ラクリモーサは涙の日という意味)!

灰: ショスタコーヴィチ 前奏曲とフーガ 変ロ短調
これは最初に好きになってからずっと譲らないですね。フーガで様々な調に変わっていく中でもベースは灰色で、灰色がかった○○色、とかそういうイメージで。その灰色の中でずっと心地良く沈んでいくような、浸ってしまうような・・・灰色の無限の可能性。

桃: フォーレ 「パヴァーヌ」
ピンク!という感じの明るいピンクではなく、ちょっと紫がかった、落ち着いた・・・というか少し渋い、大人のピンク。とっても女性的な、花のような、儚くも美しい曲です。
フォーレはわりと渋くて深いピンクが得意なような気がします。

うーん、なんかいつも通り一つ二つ納得いかないものはありますが・・・
・・・やっぱり曲を一つの色にしぼるのは難しい、というかもうこれっきりにしたいです(笑)
最近ブログちょっとだけ迷走気味なので「よし」と思えるエントリーが書けるようになりたいですね。


今日の一曲: ベンジャミン・ブリテン  「シンフォニア・ダ・レクイエム」より「ラクリモーサ」



先ほどの真っ黒けの曲です。
最近BBSでの二重被爆者の話について話題になっていますが・・・
私が最初に思ったのは「イギリスユーモアだけど結構やりすぎたなあ」ということ、次に「日本人って真面目だなあ」ということ、そしてその次に思ったのが「ああ、なんだかブリテンのシンフォニア・ダ・レクイエムの話を思い出すなあ」と思いました。

この曲、勿論「戦争レクイエム」とは別の曲で、合唱なしのオケのためのレクイエムです。
話によると日本政府により皇紀2600年奉祝曲として作られた曲らしいです。けっこう締め切り押してたらしいです。でも宗教的なフレーバーだったり、暗い曲調などのためもあってか演奏拒否になったそうです。
日本政府もまあこのころはブリテンの音楽みたいな音楽に理解がなかったでしょうし、最初からなんで頼んだかなあ、という思いもありますし、ブリテンもこういう曲をなぜ贈ったかなあ、という思いもあります。
(ただ一説としてブリテンはあまりにも締め切りが厳しかったので当時別の目的で書いていた曲を使わざるを得なかった、という話もあります)
(あ、それから演奏拒否については第2次世界大戦のこともありうやむやになってたのですが終戦後10年くらいに日本でちゃんと初演できたようです)

先ほど言いましたように「ラクリモーサ」としてはものすごく厳しく、暗い曲です。
最初の打撃から始まって、重く重く、悲しさを通り越して、暗く・・・

実はこの曲、よく知っていて、ものすごく好きなのですが、あまり書くことがありません。
なぜかというと、実際真っ向から向き合って解釈したことがないからです。
勿論、「戦争レクイエム」とは別のテーマを扱っていて、全く別の音楽なんだということは分かるのですが、それが何なのか、また自分の中では固まっていません。
この楽章だけでなく、全部。
それがなんだか悔しいのですが、いつかできたらな、と思います。

もちろん音楽を聴くのに私の解釈はいちいち要りませんのでとりあえず聴いてみてくださいね(笑)

(これ、今Amazonでリンク探してたんですがほとんどと言っていいほどレビューがありませんね!そんなに日本で浸透してないマイナーな曲なの!?それとも上記事情を引きずっているとか・・・(勿論冗談ですよ!))


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Verbal and Bipolar Matters
流さん昨日から若干お怒り・・・というかぐるぐるモードでして。
とりあえず最初にそれをツイッターで呟いた分をアップしたいと思います。
精神関係のカテゴリですが前半は全般的な話です。

(ここからツイートのコピペ)
ネガティブな状態・感情を口に出すことで「自己暗示の成就」のようになるから止めた方が良い、というのはどうも納得がいかなく。そういったものをも口にする人はその状態に違和感を感じて、出口を求め
ようとしている、必ずしも成果は現れなくともその状態から出ようとしている、と解釈しています。

逆にそういったことを口にしない人は問題を認知していないか(だからといって問題が存在しないわけではない)、すでにあきらめている、すでに気力がない、またはその気持ちから目をそらそうとして、押さえようとしてさらなる苦しみを作り出している状態にあると思います。

結果的に、そういった周りのプレッシャーや目を気にして一人で苦しんだり、人に見えないところで苦しんだり、本題の解決よりも周りの目を恐れて隠そう、耐えようとすることに気力を使っちゃう、そういう事に繋がると思います。
一応全般的な話なんですが、例を挙げると精神疾患において、スティグマにより人の目を気にして診断されないまま苦しみを抱え、解決できないまま耐えることに気力を費やする人が多くなると。

もがきや迷いもざっくり言えば努力の一種なので、自分にしろ他人にしろもがいていること、それが表面に出てしまうことを責めたり無理矢理押さえつけたりしちゃいけないと思うのです。見苦しいかも知れませんが。
やっぱりその人を思ってそういった状態を口にすることを控えるように薦めるでなく迷惑だから、見苦しいからという理由でこういう風潮はあるのかな、と思います。そしてこのことについて思い出すのが「泣き寝入り」という言葉だったり、「臭いものに蓋をする」という言葉だったり。

(ツイートコピペ終わり)

やっぱりこういうことでぐるぐるする根本には「苦しんでいる人をその苦しみと別のところでさらに苦しめるようなことをする」という行為(自身であれ、他人であれ)が許せないようなところがあるんですよね。
正義感に関しては薄いんだけれど、許せないことがやっぱりピンポイントであるようです。


今日のトピックはVerban and Bipolar Matters、「口にすること」を話したところで私が移りたいのは「双極性」の話。

診断的には私は「双極性障害」の「第II型」ということになっています。
鬱と躁が現れる第I型とは違って、躁が弱い形で現れるといいますか。
自分でも、他人から見ても異常だとは思われないような、気分の高揚だったり、思考がぐるぐる速くなったり、落ち着きがなくなったり、焦燥感があったり・・・という軽躁状態があらわれるのです。

でも最初は普通の・・・というか単極性の鬱との診断を受けました。
それは誤診ではなく、実際自分の病状が何年もかけて変わっていったので間違いではないと思います。

性格的にもEasily entertained、と言いますか、気分が上がるときは周りにつり上げられて上がることが多いです。テレビを見たり、音楽を聴いたりしてかなりエキサイトしてしまう、ちょっとはた迷惑な感じで。
関西で言う「ゲラ」に近いところが結構あると思います。
(でも逆に鬱方向にいくときは一人、と言いますかとても内的なプロセスですね。あくまでも私個人の傾向ですが)

その性格と、病気によって気分が変わりやすくなってることが双極性障害に変わったきっかけの一つなのかな、と素人なりに思ったりします。
以前も言ったのですがやっぱりどこまでが正常でどこまでが病気なのか、ということは双極性障害(そしてきっと特に第II型。躁でなく軽躁なので)と診断されるとよく考えるようになりますね。

病気のマネージメントとしては感情の起伏には気をつけなければならないけれど(実際「つり上げられる」ときに軽躁になりやすいですしね)、楽しむ時はとことん楽しんで、苦しむときもとことん苦しむ自分の性格が嫌いではないですし、感情の極地をなんだか利用してみたい気持ちもあって。

病気、性格における感情のふたつの極をひっくるめて認めて進んでいきたいです。


今日の一曲はお休みです。なんだか頭が痛い・・・


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日常だったり、ダリだったりタコだったりいろいろ
昨日はメル響にカジュアルプレーヤーのオーディションについて電話して聞いてみました。
電話の向こうの可愛い感じのおねえさんによるとまず履歴書を送付して、ピアノ・チェレスタのパートがあるコンサートのリハーサルが始まる前にファイルに入ってる人にオーディションのお呼びがかかるそうです。
これで今現在焦る必要はないことが分かりましたが、長期的に気は抜けないということになりました・・・(笑)
でも楽しみです。ちょっと逆に楽しみすぎて、気がはやってテンション上がってるかも・・・

いま推薦者としてベストな、私にオケでいっぱい弾かせてくれた友達とコンタクトをとろうとしてるんですが捕まらない!
早いところ提出したいです。

来週は運転の最後のレッスン、それから免許取得のテストもあります。
とりあえず注意が一番必要なので・・・あんまり自信がないんですよ。たまにちょっとなんかしらやっちゃったりしてますから、レッスンで。
今週末は仕事はお休みなのでピアノもやりながらしっかり休んだりしないと。

iPhoneを購入して数ヶ月、いろいろアプリをダウンロードしたりしています。
最近入れたのがダリ関係のアプリ。一つはダリの作品がiPhoneで見れるギャラリー的なアプリです。もう一つはズームアップされたダリの作品の中に隠れている「溶けた時計」を探す、というもの。
シンプルでゲームとしてはそんなになのですが、でもズームアップした中をスクロールして時計を探していると今まで見ることのなかったダリの絵のディテールをいやでもじっくり見ることになるという、ダリの絵を細部まで見るきっかけを作ってくれるという意味でかなり!わくわくします。(アプリ名は「Dali Watches」)

ダリは好きですね~♪自分の中ではダリ、クレー、エッシャー、モロー、クリムトがVisual artsではトップ5かしら。(マグリットとかももっと知りたい!)
無限の空間とか、夢の中のような、色彩とモチーフとの不思議な釣り合いとか、無意識の本能の世界とか、時が止まったり、ゆるやかになったりの不思議な世界に物凄く惹かれます。
うわあ、これもなかなか説明しにくいです。

そして夜は(今も)日本のDVDを見たり・・・まだぜんぜん年越してません(汗)
いろいろ動物番組はあるけれど、やっぱりもっと温血でない動物が見たい(笑)
好きな動物はたくさんありますが(具体的には虫偏のつく生き物、鳥など)、いつ見ても良いなあ、と思う動物の一つにタコがあります。
(そうです、音楽でも動物でもタコが好きなんです)

自分の中でタコがちょくちょく最強とされる理由を要約すると:
1) かわいい
2) 賢い
3) 強い
4) おいしい
この4点になると思います。
1はまあ主観的なあれですが(笑)動きが豊かだから表情も豊かなところがいいですね。必ずしもその表情を読み取ることに長けてはいませんが。
2はメグロダコやミミックオクトパスなど、ここ数年で分かってきたタコの生態にわくわくしていること。記憶だったり、色彩が見えたり、視覚に関して本当にびっくりするような能力を持ってますからねえ。これからもっといろんな事が明らかになるのが楽しみになります。
身体能力ももちろん、全身筋肉だからすごい。もっぱら捕食者のポジションは不動ですしね~♪体の色を変えるのも筋肉の働きらしいですし、もちろん餌を採るため、逃げるための動きもそうですし。泳ぐこともできるし、歩くこともできる。海に打ち上げられても自力で戻れるのも凄い。
そして4はまあ説明するまでもないですが(酢蛸なんか何年食べてないだろう・・・だいたい韓国料理・イタリアン・スペイン料理で食べるばっかりなので)。

さてさて、週末はどうやってすごそうか。
精神医も言ってることですが夏は外で日光を浴びないと!言われなくてももちろん夏という季節、夏の間の調子の良さはエンジョイしたいです。


今日の一曲: セルゲイ・プロコフィエフ 「ロミオとジュリエット」より「少女ジュリエット」



以前もプロコフィエフの「ロミオとジュリエット」についてちょっと語ったようなので、重複してる部分はすみません~

オペラにも言えることなのですが、バレエ音楽ってオケで弾く分には必ずしも上手く書かれてない、といいますか楽しくない、音楽的になんだかなーなところがある作品が多いです。(あえて例を挙げるなら「ジゼル」ですね。あれは音楽以外好きなんですが)

ただこの「ロミオとジュリエット」はオケにとっても、そして全体的にもパーフェクトなバレエ音楽だと思います。
まず「踊りのためだけ」のナンバーがほとんどないこと。これによって物語の進行、音楽の進行が不自然に止まらないのもありますし、音楽が常に物語だったりキャラクターの描写的に意味を持っていて、つまりはオケが弾いている音楽が全体的な流れと強く結びついている。
さらに、その音楽のクオリティの高さプラス舞台で起こっている事との深い結びつきにより踊りと音楽が相乗効果を生んで、視覚と聴覚でより大きく心に響く、というわけ・・・だと思います。

難しいことはさておき、原作のストーリーが有名で、振り付けも音楽もストーリーを明確に表現してるので、どこをとっても楽しく観れて、聴けるのですが今日は「少女ジュリエット」をチョイス。
まだ恋を知らない14歳の乙女ジュリエット、主人公として初登場の踊りです♪

かなり裕福な家の一人娘ですが、この曲の第一印象では随分とおてんばで快活な感じです。
明るく、せわしない、きっとせっかちな(恋の仕方から絶対せっかちだ!)少女。今夜のパーティー(許嫁のパリスと踊り、そしてロミオと会うことにもなる)のために新しいドレスを纏ってみたり。

じっさいその「ドレスのテーマ」でがらっと音楽が変わるんですよね。やっぱり女の子って着るもので随分心持ちも印象も変わる、というか・・・
そしてちょっと夢見がちでロマンチックな面も垣間見れて。
この「女の子感」が音楽で聴いてる分にはとても愛らしいし、楽しいです。

(ドレスでちょっと余談なのですが、歴代映画や舞台、バレエなどでの「ロミオとジュリエット」ってキャピュレット家が赤の衣装でモンタギュー家が青の衣装ということが多いように思えます。関連なしというのは見ますが逆、というのはまずない気が。)

この曲、聞いて本当に活発で明るくて素早くて可愛らしくて・・・ですが、弾くとなると弦楽器キラーです!
ユースオケでこのバレエを弾いた年はオーディションの課題パッセージでこれがほとんどの人に出たんですが、恐ろしく速く細かく、さらにリハーサルで何十人で合わせるのも一苦労以上!
しかもそれを感じさせずに天真爛漫にうつらなくちゃいけないのがさらに難しい・・・

そんな縁の下の力持ちにもちょっとだけ心を向けながら、この曲の豊かな人物描写も味わっていただきたいです。
(ちなみにロミオとジュリエットからいくつか曲が作曲家によりピアノのために編曲されていて、この曲もその1つなのですが、ちゃぶ台ひっくり返したくなるくらい難しいです(笑))

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