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年をまたいで一発目、楽器と性格の私なり分析エントリーです。
恒例のおことわり:
1)これらの性格分析は私個人の観察と楽器の特性から導き出したものです。
2)あんまり真剣にとらないでいただけると嬉しいです。それなりに分析はしてますが、とりあえずネタということで。
3)メルボルン発データなので環境要因があると思われ日本人の場合どうなっているかは未知です。
4)個人攻撃、誹謗中傷は全く意図していません。
クラリネットというのは実はオケの楽器の中では比較的新参者。
18世紀・・・というとずいぶん前のことに思えますが、フルートや太鼓、ホルン(というかホルンの前駆としての角笛)が神話などにすでに登場していることを考えるとかなり新しいです。
新しいということによって、この楽器はできたときにすでにオーボエなど他の楽器の短所を克服している、という点があります。
音域の広さ、弱音の強さ、音を出すのが比較的楽なこと・・・いろいろあります。
そういう意味ではわりと「苦労知らず」で生まれつきの器用さと才能を備えている楽器であると思います。
クラリネットの機動力はおそらく管楽器一。そのため弦楽器のいない吹奏楽ではバイオリン的な役割を負うことがあります。その場合は人数が多く・・・実際吹奏楽においてのクラリネットの大集団ってどう機能してるか分からないのですが・・・
ただクラリネットは木管楽器のなかだと割と人数が多い同族アンサンブルでうまくやっていける楽器だと思います。バスクラ、Es管などファミリーが多いこと、それから後述性格的要因があるのかな?
全体的にやっぱりクラリネットってスマートなイメージがあります。
先ほどの生まれつきの器用さと才能、センス、それから機動力に合わせて、ルックスも。
しゅっと伸びた黒い木のボディに銀のキー。
それからもちろん音も。楽器の構造上、クラリネットは他の楽器に比べてピュアトーンに近い音がでます。
豊かな音、というのとはちょっと違うけれど、透明な音です。
音と言えば一つ重要なことが。クラリネットは音域が広いのですが、音域によって違う表情を見せます。
低音域はちょっとsinisterな、苦み走った深い音。
クラリネットの唯一の弱点とも言える(技巧的など)わずかな中音域はくぐもったような暗い音。
高音域はひたすらストレートで透明、そして高くなるほど鋭く。
これらの点を考慮して私個人がクラリネットという楽器とその奏者の相互関係において連想する性格要因をまとめてみると・・・
1) 器用、スマート、立ち回りが優雅とはいかなくともとりあえず立ち回る。
2) ひょうひょうとしていて、感情が薄め、こだわりがない。いろいろ自覚がない。
3) ごく自然に(本人も自覚が薄い場合がありますが)いろんな人格を持ち合わせている。
4) 頭の回転は速く、必ずしもおしゃべりではないけれど弁は立つ。
5) 我が強いほうではない。感情に共感するよりは理論で理解する方が得意。
オーボエと比較するのはなんだか申し訳ない気がするのですが(自分がオーボエをやってたので)、オーボエと比較するとわかりやすいと思うので・・・
1) オーボエはがっつり文系・努力の芸術肌。クラリネットは理系・天性のセンスによる芸術肌。
2) オーボエは音が赤ワイン的。クラリネットは白ワイン的。
3) オーボエはこだわり・固執・束縛的。クラリネットはそういうものとはなかなか縁がない。クールで冷ためのイメージ。
もちろん比較しちゃうとわりと評価が極化してしまうのは承知ですが・・・でもこれだけルックスが似ててこれだけ性質が違う楽器も珍しいです。
(ちなみに有名なプロコフィエフの「ピーターと狼」ではオーボエはその音色からアヒル役、クラリネットはそのアタックのソフトさから忍び足の猫役なんですよ♪)
クラリネットは先ほども言いましたがいろんな仲間がいて。オーケストラでよく使われるのは小さいEs管や、J字型のバスクラリネット。バスクラはいいですねー。ルックス的にも銀の部分が多く、音が本当に悪役的な、sinisterな感じが強く。
他にもレアどころだとコントラバスクラリネット(アデズが使ってます)やそれより大きい仲間達はもうすっかり工場の配管状(笑)変なところがモダン化しているクラリネット族。
それからサキソフォンもいわばクラリネットから派生した楽器ですからね。オーケストラのサキソフォンといえば(使われてますよ!案外!)なんだか変わり者というか、クラリネットのセンスをもっと強めて、理系的な論理思考を少なくしたみたいな・・・感じとしてはエキセントリックなフランス人みたいなイメージです。
クラリネットは・・・わりと表面的な性質しか伝ってこないような気がします。
なんだかもっと裏がありそうな(良い意味でも悪い意味でも)、ひょうひょうしてるけどなんだかもっとあるような。
封神演義(漫画版)のキャラでオケを組んでみたとき、結構アブナイ趣味をお持ちの方達がこのセクションに次々と入ったのはなんだか意味がありそう(笑)。
キャラの強い木管楽器セクションの中でひょうひょう、淡々と自分にとって心地良いポジションを確立しているようにも見えるクラリネット。
さきほど書きましたような謎っぽいところと、クールさは私が特に好きなところ。
次回は今日も大分書きましたオーボエになります。・・・一応自分が前に弾いてた楽器なのと、参考にしている本の著者の方がオーボエなので参考資料・自分の意見共に偏ってるのですが、なんとかします。きっと(笑)
今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 交響曲第9番 第2楽章
クラリネットといったらまずアデズ!なのですがなんと昨日アデズの曲を紹介していた・・・
ちなみにアデズの作品で紹介しようとしていたのは「The Origin of the Harp」です。参考までに。
ただしクラリネットのソロ、といったらこの曲が自分の中でトップです。
交響曲全体としては以前も言及したと思いましたがおそらく意図的にとるにたらないように書かれているのですが、このスローな第2楽章だけ格段な深みがあって。
この楽章はもう初っぱなから長い長いクラリネットソロ。
その透明な、息の長いメロディーはどこか氷が張ったような冷たさがたまらない。
クラリネットの音はアデズの音楽やメシアンの「鳥たちの深淵」でもそうですが、たまにぞっとするような、別世界の音になるのです。
そして中間部で弦が入ってくる(厳密的には前にも弾いているのですが)ところの地響きのような不気味な音とか、中間部が最後に戻ってくるところの長和音と短和音が交錯するハーモニーとか、クライマックス的なところでのクラリネットの叫び声のような音とか・・・
スケールとしては他のショスタコの交響曲にかなわないのですが、その腕に抱えられるほどのスケールのなかに果てしない深みと闇、不気味さがあってもうぞくぞくしますね~♪大好きです♪
ちなみに次の第3楽章では明るく機動力の高いクラリネットの姿も見れます。
ショスタコらしい皮肉の効いたスケルツォです。
そしてリンクしたのはMark Wigglesworthの録音。今年も彼はマーラーを振りにメルボルンに来ますが、ショスタコはどうなんだろう?とわくわくしてこれをチョイス&メモ。交響曲第12番もまだお知り合いになれてないのでそっちも興味津々です♪
恒例のおことわり:
1)これらの性格分析は私個人の観察と楽器の特性から導き出したものです。
2)あんまり真剣にとらないでいただけると嬉しいです。それなりに分析はしてますが、とりあえずネタということで。
3)メルボルン発データなので環境要因があると思われ日本人の場合どうなっているかは未知です。
4)個人攻撃、誹謗中傷は全く意図していません。
クラリネットというのは実はオケの楽器の中では比較的新参者。
18世紀・・・というとずいぶん前のことに思えますが、フルートや太鼓、ホルン(というかホルンの前駆としての角笛)が神話などにすでに登場していることを考えるとかなり新しいです。
新しいということによって、この楽器はできたときにすでにオーボエなど他の楽器の短所を克服している、という点があります。
音域の広さ、弱音の強さ、音を出すのが比較的楽なこと・・・いろいろあります。
そういう意味ではわりと「苦労知らず」で生まれつきの器用さと才能を備えている楽器であると思います。
クラリネットの機動力はおそらく管楽器一。そのため弦楽器のいない吹奏楽ではバイオリン的な役割を負うことがあります。その場合は人数が多く・・・実際吹奏楽においてのクラリネットの大集団ってどう機能してるか分からないのですが・・・
ただクラリネットは木管楽器のなかだと割と人数が多い同族アンサンブルでうまくやっていける楽器だと思います。バスクラ、Es管などファミリーが多いこと、それから後述性格的要因があるのかな?
全体的にやっぱりクラリネットってスマートなイメージがあります。
先ほどの生まれつきの器用さと才能、センス、それから機動力に合わせて、ルックスも。
しゅっと伸びた黒い木のボディに銀のキー。
それからもちろん音も。楽器の構造上、クラリネットは他の楽器に比べてピュアトーンに近い音がでます。
豊かな音、というのとはちょっと違うけれど、透明な音です。
音と言えば一つ重要なことが。クラリネットは音域が広いのですが、音域によって違う表情を見せます。
低音域はちょっとsinisterな、苦み走った深い音。
クラリネットの唯一の弱点とも言える(技巧的など)わずかな中音域はくぐもったような暗い音。
高音域はひたすらストレートで透明、そして高くなるほど鋭く。
これらの点を考慮して私個人がクラリネットという楽器とその奏者の相互関係において連想する性格要因をまとめてみると・・・
1) 器用、スマート、立ち回りが優雅とはいかなくともとりあえず立ち回る。
2) ひょうひょうとしていて、感情が薄め、こだわりがない。いろいろ自覚がない。
3) ごく自然に(本人も自覚が薄い場合がありますが)いろんな人格を持ち合わせている。
4) 頭の回転は速く、必ずしもおしゃべりではないけれど弁は立つ。
5) 我が強いほうではない。感情に共感するよりは理論で理解する方が得意。
オーボエと比較するのはなんだか申し訳ない気がするのですが(自分がオーボエをやってたので)、オーボエと比較するとわかりやすいと思うので・・・
1) オーボエはがっつり文系・努力の芸術肌。クラリネットは理系・天性のセンスによる芸術肌。
2) オーボエは音が赤ワイン的。クラリネットは白ワイン的。
3) オーボエはこだわり・固執・束縛的。クラリネットはそういうものとはなかなか縁がない。クールで冷ためのイメージ。
もちろん比較しちゃうとわりと評価が極化してしまうのは承知ですが・・・でもこれだけルックスが似ててこれだけ性質が違う楽器も珍しいです。
(ちなみに有名なプロコフィエフの「ピーターと狼」ではオーボエはその音色からアヒル役、クラリネットはそのアタックのソフトさから忍び足の猫役なんですよ♪)
クラリネットは先ほども言いましたがいろんな仲間がいて。オーケストラでよく使われるのは小さいEs管や、J字型のバスクラリネット。バスクラはいいですねー。ルックス的にも銀の部分が多く、音が本当に悪役的な、sinisterな感じが強く。
他にもレアどころだとコントラバスクラリネット(アデズが使ってます)やそれより大きい仲間達はもうすっかり工場の配管状(笑)変なところがモダン化しているクラリネット族。
それからサキソフォンもいわばクラリネットから派生した楽器ですからね。オーケストラのサキソフォンといえば(使われてますよ!案外!)なんだか変わり者というか、クラリネットのセンスをもっと強めて、理系的な論理思考を少なくしたみたいな・・・感じとしてはエキセントリックなフランス人みたいなイメージです。
クラリネットは・・・わりと表面的な性質しか伝ってこないような気がします。
なんだかもっと裏がありそうな(良い意味でも悪い意味でも)、ひょうひょうしてるけどなんだかもっとあるような。
封神演義(漫画版)のキャラでオケを組んでみたとき、結構アブナイ趣味をお持ちの方達がこのセクションに次々と入ったのはなんだか意味がありそう(笑)。
キャラの強い木管楽器セクションの中でひょうひょう、淡々と自分にとって心地良いポジションを確立しているようにも見えるクラリネット。
さきほど書きましたような謎っぽいところと、クールさは私が特に好きなところ。
次回は今日も大分書きましたオーボエになります。・・・一応自分が前に弾いてた楽器なのと、参考にしている本の著者の方がオーボエなので参考資料・自分の意見共に偏ってるのですが、なんとかします。きっと(笑)
今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 交響曲第9番 第2楽章
クラリネットといったらまずアデズ!なのですがなんと昨日アデズの曲を紹介していた・・・
ちなみにアデズの作品で紹介しようとしていたのは「The Origin of the Harp」です。参考までに。
ただしクラリネットのソロ、といったらこの曲が自分の中でトップです。
交響曲全体としては以前も言及したと思いましたがおそらく意図的にとるにたらないように書かれているのですが、このスローな第2楽章だけ格段な深みがあって。
この楽章はもう初っぱなから長い長いクラリネットソロ。
その透明な、息の長いメロディーはどこか氷が張ったような冷たさがたまらない。
クラリネットの音はアデズの音楽やメシアンの「鳥たちの深淵」でもそうですが、たまにぞっとするような、別世界の音になるのです。
そして中間部で弦が入ってくる(厳密的には前にも弾いているのですが)ところの地響きのような不気味な音とか、中間部が最後に戻ってくるところの長和音と短和音が交錯するハーモニーとか、クライマックス的なところでのクラリネットの叫び声のような音とか・・・
スケールとしては他のショスタコの交響曲にかなわないのですが、その腕に抱えられるほどのスケールのなかに果てしない深みと闇、不気味さがあってもうぞくぞくしますね~♪大好きです♪
ちなみに次の第3楽章では明るく機動力の高いクラリネットの姿も見れます。
ショスタコらしい皮肉の効いたスケルツォです。
そしてリンクしたのはMark Wigglesworthの録音。今年も彼はマーラーを振りにメルボルンに来ますが、ショスタコはどうなんだろう?とわくわくしてこれをチョイス&メモ。交響曲第12番もまだお知り合いになれてないのでそっちも興味津々です♪
PR
今日は大学の図書館に行ってきました。(メルボルン大学)
図書館にはいつもお世話になってます。大学在学4年半ずっと音楽図書館で楽譜やCD、本などを借りたり、メインの図書館や医学図書館で本を借りたこともあります。
卒業生は図書館のメンバーシップが半額ですむので、妹が大学卒業して貸し借りを頼めなくなったのを機に先月登録しました。
基本楽譜や本は4週間借りれて、CDは1週間。(授業の教材とされているものだと短くなります)
何回か延長することもできます(授業の教材とされているものなど以外は)。
新たに登録してからCDは借りてません。頻繁に行ける自信がなくて・・・
今日返してきたのは:
クラムのマクロコスモス第1巻、天体の力学(マクロコスモス第4番)、クリスマスのための小組曲
ヴォーン=ウィリアムス 「山の中の湖」(珍しいピアノ曲です)
メシアン 鳥のカタログ第5巻(ヒメコウテンシ、ヨーロッパウグイス)
・・・だったかな。
そして新たに借りてきたのが:
クラム 「Songs, Drones and Refrains of Death」
アデズ 「Darknesse Visible」と「Traced Overhead」
メシアン 前奏曲集
マーラー 交響曲第7番(ミニスコア)
それからクラムの音楽についての曲二冊:
Neo-Mythologism in Music - From Scriabin and Schoenberg to Schnittke and Crumb (Victoria Adamenko)
Profile of a Composer - George Crumb (Edition Peters)
この2冊は購入しちゃいたいほどクラムの音楽を勉強するに当たって必須であり重要ですね~
音楽図書館にはいろんな本、楽譜、CD、レコードなどがあります(そしてないものがあれば無料でオーダーしてそろえてくれます!私も在学中ラフマニノフの交響的舞曲のピアノ連弾版、メシアンの先ほどの前奏曲集とは別の前奏曲、それからクラムのクリスマスのための小組曲をオーダーしてもらいました)。
借りるものもそうでないものも、本当にずーっと見て楽しんでリラックスできる空間なのですが、その中でも私がお気に入りなのがオーバーサイズ楽譜の引き出し。大きな引き出しに、ちょっとカオスに巨大な楽譜が入ってて。私にとっては夢の引き出しです。
上記のリストにあるクラムの音楽はほとんどこの引き出しに入っています。今もちょっと前もあの引き出し一番使ってるの私なんじゃないかなあ(笑)
私が楽譜を持ち運ぶ楽譜バッグ(ピアノ模様がついている、自己宣伝型(笑))はA3サイズの楽譜がちょうど入る大きさなのですが・・・
クラムの楽譜はピアノソロだとA3サイズですが、アンサンブルの楽譜になるとそのバッグにも入りようがないような巨大な楽譜がいっぱいあるんですよ。持ち帰ろうにもこれより大きいバッグはなくそのまま持つしかなくて、今日はちょっとだけですが雨が降っていて諦めました。
クラムは楽譜の工夫とか、ちゃんと音を見て分析したりすることも重要なのでいつか!とは思っているのですが・・・
もちろんいつかは手元にそろえようと思います。いやあ、Edition Petersさんには長くお世話になりそうです(笑)
手元にそろえたいと言えばマーラー7番も。今のところ日本で5番と6番をミニスコアとして購入してるので・・・というか母が好きなのになぜか1番のスコア持ってないじゃん!
メシアンの前奏曲は聞こえるよりも楽譜面が難しそうなので、隙あらば・・・でなく暇があれば楽譜を見ながら聴いたり、初見で弾いてみたりしたいです。この曲集をふくむ「20のまなざし」の前の曲ってちょっと感じがちがうので・・・もちょっと自分の心に近く、お近づきになりたいです。
そしてアデズの楽譜2つ。彼の音楽は去年生で聴く機会もありましたが、ピアノ音楽は好きなのになかなか聴く機会もなく、楽譜面ちょっと複雑なので、一度楽譜を見ながら聴いてお近づきになろう、との試み。
いずれは弾けるようになりたいです。
これからしばらく仕事&あるかどうかもまだ分からないオーディションの準備に忙しくなりそうですが、今日入手したものでちょっとずつでも息抜きできたらいいなあ、と思います。
今日の一曲: トマス・アデズ 「Darknesse Visible」
Amazon.comでの録音
今日借りてきた楽譜の一つです。そして私がアデズの音楽を知るきっかけになった曲でもあります。
以前にも言及しましたように、アデズは割と若めのイギリス人作曲家ですが、バロック以前の音楽を引用したりすることも多い人です。彼の新古典的なスタイルは独特の進化を遂げています(現在進行形)。
この曲もジョン・ダウランドの「In darknesss let me dwell」というリュート伴奏の歌が元になっていて・・・
その音を(ドレミファソラシド)を一音も変えることもなく(減らすことはあっても増やすことはなく)、オクターブをずらしたりして、ばらばらにして組み合わせ直したということらしいです。(説明下手ですね)
で、そうやってばらばらにしてしまったわけなので元の声部・メロディーの流れ方が分からなくなる・・・ということで、それぞれの声部の流れを音符の色を変えて表記することで示す、という、私の知っているうちで唯一カラープリントのレアな楽譜でもあります。
そうやって音楽をばらばらにしてしまうことでなんだか超現実的な雰囲気だったり、音と音の間の無限の空間を感じることができます。
自分でも適格かな、と思う例えは夜空の星座。私たちには例えばオリオン座の3つ星が隣同士に見えても、実際宇宙にいくと星達は物凄く離れているし、一直線にも並んでいない、という・・・
だから音楽の中の「宇宙」に放り込まれた感じなのでしょうか。
そしてこの曲にちりばめられたトレモロ(この震えが曲中ほとんど続いているんです!)だったり、細かいアーティキュレーション(アクセントなど)、強弱の様々なバリエーション。なんとペダルを浮かせてflutterする(ペダルのトリルみたいな感覚でしょうか)テクニックなどもあり、例えばメシアンから始まったトータルセリーや、クラムの特殊奏法と目的など違うところもありますが、どこか通じるところもあると思います。
とりあえずこの曲の不思議さ、繊細さ、その独特の空間は言葉で表すことができません。ぜひぜひ聴いていただきたいです♪
図書館にはいつもお世話になってます。大学在学4年半ずっと音楽図書館で楽譜やCD、本などを借りたり、メインの図書館や医学図書館で本を借りたこともあります。
卒業生は図書館のメンバーシップが半額ですむので、妹が大学卒業して貸し借りを頼めなくなったのを機に先月登録しました。
基本楽譜や本は4週間借りれて、CDは1週間。(授業の教材とされているものだと短くなります)
何回か延長することもできます(授業の教材とされているものなど以外は)。
新たに登録してからCDは借りてません。頻繁に行ける自信がなくて・・・
今日返してきたのは:
クラムのマクロコスモス第1巻、天体の力学(マクロコスモス第4番)、クリスマスのための小組曲
ヴォーン=ウィリアムス 「山の中の湖」(珍しいピアノ曲です)
メシアン 鳥のカタログ第5巻(ヒメコウテンシ、ヨーロッパウグイス)
・・・だったかな。
そして新たに借りてきたのが:
クラム 「Songs, Drones and Refrains of Death」
アデズ 「Darknesse Visible」と「Traced Overhead」
メシアン 前奏曲集
マーラー 交響曲第7番(ミニスコア)
それからクラムの音楽についての曲二冊:
Neo-Mythologism in Music - From Scriabin and Schoenberg to Schnittke and Crumb (Victoria Adamenko)
Profile of a Composer - George Crumb (Edition Peters)
この2冊は購入しちゃいたいほどクラムの音楽を勉強するに当たって必須であり重要ですね~
音楽図書館にはいろんな本、楽譜、CD、レコードなどがあります(そしてないものがあれば無料でオーダーしてそろえてくれます!私も在学中ラフマニノフの交響的舞曲のピアノ連弾版、メシアンの先ほどの前奏曲集とは別の前奏曲、それからクラムのクリスマスのための小組曲をオーダーしてもらいました)。
借りるものもそうでないものも、本当にずーっと見て楽しんでリラックスできる空間なのですが、その中でも私がお気に入りなのがオーバーサイズ楽譜の引き出し。大きな引き出しに、ちょっとカオスに巨大な楽譜が入ってて。私にとっては夢の引き出しです。
上記のリストにあるクラムの音楽はほとんどこの引き出しに入っています。今もちょっと前もあの引き出し一番使ってるの私なんじゃないかなあ(笑)
私が楽譜を持ち運ぶ楽譜バッグ(ピアノ模様がついている、自己宣伝型(笑))はA3サイズの楽譜がちょうど入る大きさなのですが・・・
クラムの楽譜はピアノソロだとA3サイズですが、アンサンブルの楽譜になるとそのバッグにも入りようがないような巨大な楽譜がいっぱいあるんですよ。持ち帰ろうにもこれより大きいバッグはなくそのまま持つしかなくて、今日はちょっとだけですが雨が降っていて諦めました。
クラムは楽譜の工夫とか、ちゃんと音を見て分析したりすることも重要なのでいつか!とは思っているのですが・・・
もちろんいつかは手元にそろえようと思います。いやあ、Edition Petersさんには長くお世話になりそうです(笑)
手元にそろえたいと言えばマーラー7番も。今のところ日本で5番と6番をミニスコアとして購入してるので・・・というか母が好きなのになぜか1番のスコア持ってないじゃん!
メシアンの前奏曲は聞こえるよりも楽譜面が難しそうなので、隙あらば・・・でなく暇があれば楽譜を見ながら聴いたり、初見で弾いてみたりしたいです。この曲集をふくむ「20のまなざし」の前の曲ってちょっと感じがちがうので・・・もちょっと自分の心に近く、お近づきになりたいです。
そしてアデズの楽譜2つ。彼の音楽は去年生で聴く機会もありましたが、ピアノ音楽は好きなのになかなか聴く機会もなく、楽譜面ちょっと複雑なので、一度楽譜を見ながら聴いてお近づきになろう、との試み。
いずれは弾けるようになりたいです。
これからしばらく仕事&あるかどうかもまだ分からないオーディションの準備に忙しくなりそうですが、今日入手したものでちょっとずつでも息抜きできたらいいなあ、と思います。
今日の一曲: トマス・アデズ 「Darknesse Visible」
Amazon.comでの録音
今日借りてきた楽譜の一つです。そして私がアデズの音楽を知るきっかけになった曲でもあります。
以前にも言及しましたように、アデズは割と若めのイギリス人作曲家ですが、バロック以前の音楽を引用したりすることも多い人です。彼の新古典的なスタイルは独特の進化を遂げています(現在進行形)。
この曲もジョン・ダウランドの「In darknesss let me dwell」というリュート伴奏の歌が元になっていて・・・
その音を(ドレミファソラシド)を一音も変えることもなく(減らすことはあっても増やすことはなく)、オクターブをずらしたりして、ばらばらにして組み合わせ直したということらしいです。(説明下手ですね)
で、そうやってばらばらにしてしまったわけなので元の声部・メロディーの流れ方が分からなくなる・・・ということで、それぞれの声部の流れを音符の色を変えて表記することで示す、という、私の知っているうちで唯一カラープリントのレアな楽譜でもあります。
そうやって音楽をばらばらにしてしまうことでなんだか超現実的な雰囲気だったり、音と音の間の無限の空間を感じることができます。
自分でも適格かな、と思う例えは夜空の星座。私たちには例えばオリオン座の3つ星が隣同士に見えても、実際宇宙にいくと星達は物凄く離れているし、一直線にも並んでいない、という・・・
だから音楽の中の「宇宙」に放り込まれた感じなのでしょうか。
そしてこの曲にちりばめられたトレモロ(この震えが曲中ほとんど続いているんです!)だったり、細かいアーティキュレーション(アクセントなど)、強弱の様々なバリエーション。なんとペダルを浮かせてflutterする(ペダルのトリルみたいな感覚でしょうか)テクニックなどもあり、例えばメシアンから始まったトータルセリーや、クラムの特殊奏法と目的など違うところもありますが、どこか通じるところもあると思います。
とりあえずこの曲の不思議さ、繊細さ、その独特の空間は言葉で表すことができません。ぜひぜひ聴いていただきたいです♪
なんだか今忙しい?という感じでここ数日過ごしています。
なるべくピアノもやりたいなあー・・・
以前24keysvirus企画で調について自分が持っているイメージについていろいろ繰り広げてみました。
その後も1,2度調についての話をしているのですが今日はちょっとその中から1つ、いろいろ書いてみたいと思います。
以前も書きましたが私が一番親和性を感じるのおは変ロ短調です。
♭5つのマイナーキー(マイナーな調、ではなく短調という意味で)。
もともと♯よりは♭の調の方がサウンドがなじみやすい傾向はあります。
その中でも変ロ短調に特に惹かれる理由、というのを24keysvirus以来考えていました。
(ちなみに24keysvirusでは「蛾」のカードです)
そもそも変ロ短調というキーはわりと使用頻度が少ないキーだと思います。
楽器は一般的に(移調楽器ではそれぞれの)ハ長調を基準に作られてるのであんまり♯、♭が増えると技巧的に弾きにくくなるというのがありますし(ただ例外としてピアノはある程度♯や♭があったほうが手の形に合いやすい)。
響きの面でも例えば弦楽器だと弦を押さえるよりは押さえない方が音がよく響きますし、共振も起こりやすいですので・・・変ロ短調で使う音の音階には弦楽器の開放弦に当たる音が少ないのでずいぶんくぐもった響きになり、同じ理由で音程の基準となる音が少ないので音程も取りづらい。
(※ちなみに♭の多い調全般に当てはまる事です)
音楽的に近い他の調と比べて変ロ短調はどういうイメージか、というと・・・
ヘ短調のような情熱のエネルギーもなく、変ホ短調のようにどん底まで沈んでもいなく。
ト短調のようにはっきりした悲しみを示しているわけでもなく、ハ短調やニ短調のような不屈の精神、パワーを持っていなく・・・かといって変イ短調のような透明感もなく。
ものすごい爆発するような暗さも持ち合わせているのですが、そのエネルギーを発散させる、というよりは内破する、内に向いてどんどんぐるぐるするような感じで。
暗い調ではあるけれど、どこか不安定な場所に浮いていて、心地良さと心地悪さが一触即発、紙一重。
色で言えばグレー。様々な色の、濃さの灰色。
基本的に一人でぐだぐだ悩む、というかぐるぐるする作曲家が変ロ短調を使う様な気がします。
まずショパンが筆頭(ただピアノにおいて弾きやすい調、ということもあるかも?)。ブラームスだとop.117の2番の間奏曲が真っ先に浮かびます。ショスタコーヴィチは交響曲第13番(第1楽章)。チャイコフスキーも結構使ってますね。
ポップではアコースティック楽器と楽器の作りがそもそも違うので私の持っているイメージとはどうやら違う感じですが、wikipediaに変ロ短調の主な楽曲のリストがあるのでそちらを参照してください。
そういえば前アップしました私が作曲した曲も変ロ短調でした(意外な盲点)。
「好きな調」だと自分がこうなりたい、とか自分にはないものを求めるところがあるんでしょうけど、「自分に一番近く感じる」調だとやっぱり親近感を感じる、というか自分の内面に近いところがあるんでしょうか。
少なくとも自分が自分をどう見てるか、というのが反映されてるのかもしれません。
ショパンは変イ長調を好んだ、という話は聞いていますが偉大な音楽家、はたまた自分の周りでもあんまり自分の好きな調、自分が心地良い調、というのを話した事がないので・・・
他の人のキー事情はどうなってるか知りたいですね。
今日の一曲: ヨハネス・ブラームス 間奏曲 op.117-2
なんだか20世紀より前の曲久しぶりな気が・・・(気のせい?)
先ほどちょろっと言及した曲です。大学の最終年に大事に弾きました。
私にとってはまさに!変ロ短調な曲です。
足が地に着かないけれど飛べてもいない不思議な浮遊感だったり、液体でなく流体が流れるようなスローなけだるい動き、闇に沈みきれないグレーな暗さ。
途中で長調がでてきてもなんというか素直に喜べないし。
ブラームスと言えば私はなんとなくがっつりステーキ派、というかchunkyな和音をがっつり楽しむのが好きなんですが・・・こういう流動的で濃くない(でも決してあっさりではない(笑))のも良いですよね。
ブラームスらしいっちゃあらしいですし。ぐずぐずしているところが(ちょっと失礼)。
昔名探偵コナンの漫画で「ねずみ色は動物の名前が入ってるから暖かそう」という感じのくだりがあったのですが、なんだかこの曲でそれを思い出しますね。灰色で、暖かくて、血が通っていて。
なんかちょっと心の気分がすぐれないときに良い曲です。
気分を晴らしてくれたり、解決策を示してくれるような音楽ではないのですが、とことん傍にいてくれて、一緒にぐるぐるしてくれて、そっと支えてくれて、優しく慰めてくれる曲です。
(リンクした録音、試聴があるみたいです。「インテルメッツォ 変ロ短調 Op.117-2 」です。)
なるべくピアノもやりたいなあー・・・
以前24keysvirus企画で調について自分が持っているイメージについていろいろ繰り広げてみました。
その後も1,2度調についての話をしているのですが今日はちょっとその中から1つ、いろいろ書いてみたいと思います。
以前も書きましたが私が一番親和性を感じるのおは変ロ短調です。
♭5つのマイナーキー(マイナーな調、ではなく短調という意味で)。
もともと♯よりは♭の調の方がサウンドがなじみやすい傾向はあります。
その中でも変ロ短調に特に惹かれる理由、というのを24keysvirus以来考えていました。
(ちなみに24keysvirusでは「蛾」のカードです)
そもそも変ロ短調というキーはわりと使用頻度が少ないキーだと思います。
楽器は一般的に(移調楽器ではそれぞれの)ハ長調を基準に作られてるのであんまり♯、♭が増えると技巧的に弾きにくくなるというのがありますし(ただ例外としてピアノはある程度♯や♭があったほうが手の形に合いやすい)。
響きの面でも例えば弦楽器だと弦を押さえるよりは押さえない方が音がよく響きますし、共振も起こりやすいですので・・・変ロ短調で使う音の音階には弦楽器の開放弦に当たる音が少ないのでずいぶんくぐもった響きになり、同じ理由で音程の基準となる音が少ないので音程も取りづらい。
(※ちなみに♭の多い調全般に当てはまる事です)
音楽的に近い他の調と比べて変ロ短調はどういうイメージか、というと・・・
ヘ短調のような情熱のエネルギーもなく、変ホ短調のようにどん底まで沈んでもいなく。
ト短調のようにはっきりした悲しみを示しているわけでもなく、ハ短調やニ短調のような不屈の精神、パワーを持っていなく・・・かといって変イ短調のような透明感もなく。
ものすごい爆発するような暗さも持ち合わせているのですが、そのエネルギーを発散させる、というよりは内破する、内に向いてどんどんぐるぐるするような感じで。
暗い調ではあるけれど、どこか不安定な場所に浮いていて、心地良さと心地悪さが一触即発、紙一重。
色で言えばグレー。様々な色の、濃さの灰色。
基本的に一人でぐだぐだ悩む、というかぐるぐるする作曲家が変ロ短調を使う様な気がします。
まずショパンが筆頭(ただピアノにおいて弾きやすい調、ということもあるかも?)。ブラームスだとop.117の2番の間奏曲が真っ先に浮かびます。ショスタコーヴィチは交響曲第13番(第1楽章)。チャイコフスキーも結構使ってますね。
ポップではアコースティック楽器と楽器の作りがそもそも違うので私の持っているイメージとはどうやら違う感じですが、wikipediaに変ロ短調の主な楽曲のリストがあるのでそちらを参照してください。
そういえば前アップしました私が作曲した曲も変ロ短調でした(意外な盲点)。
「好きな調」だと自分がこうなりたい、とか自分にはないものを求めるところがあるんでしょうけど、「自分に一番近く感じる」調だとやっぱり親近感を感じる、というか自分の内面に近いところがあるんでしょうか。
少なくとも自分が自分をどう見てるか、というのが反映されてるのかもしれません。
ショパンは変イ長調を好んだ、という話は聞いていますが偉大な音楽家、はたまた自分の周りでもあんまり自分の好きな調、自分が心地良い調、というのを話した事がないので・・・
他の人のキー事情はどうなってるか知りたいですね。
今日の一曲: ヨハネス・ブラームス 間奏曲 op.117-2
なんだか20世紀より前の曲久しぶりな気が・・・(気のせい?)
先ほどちょろっと言及した曲です。大学の最終年に大事に弾きました。
私にとってはまさに!変ロ短調な曲です。
足が地に着かないけれど飛べてもいない不思議な浮遊感だったり、液体でなく流体が流れるようなスローなけだるい動き、闇に沈みきれないグレーな暗さ。
途中で長調がでてきてもなんというか素直に喜べないし。
ブラームスと言えば私はなんとなくがっつりステーキ派、というかchunkyな和音をがっつり楽しむのが好きなんですが・・・こういう流動的で濃くない(でも決してあっさりではない(笑))のも良いですよね。
ブラームスらしいっちゃあらしいですし。ぐずぐずしているところが(ちょっと失礼)。
昔名探偵コナンの漫画で「ねずみ色は動物の名前が入ってるから暖かそう」という感じのくだりがあったのですが、なんだかこの曲でそれを思い出しますね。灰色で、暖かくて、血が通っていて。
なんかちょっと心の気分がすぐれないときに良い曲です。
気分を晴らしてくれたり、解決策を示してくれるような音楽ではないのですが、とことん傍にいてくれて、一緒にぐるぐるしてくれて、そっと支えてくれて、優しく慰めてくれる曲です。
(リンクした録音、試聴があるみたいです。「インテルメッツォ 変ロ短調 Op.117-2 」です。)
今日は友達の家でワインとチーズパーティー。
色んなものをたらふく食べて、たくさん飲みました。Twitterにメモった限りだと:
食べ物:カマンベール、ブリー、ブルーチーズ、ジンジャーブレッドならぬニンジャブレッド、クラッカー的なものいくつか、マフィンのようなもの、揚げたヤギ乳チーズ、パッションフルーツアイシングのカップケーキ
ワイン:Crossroad Shiraz 2002, Innocent bystander Muscato, 自家製プラムワイン、イタリアのスパークリング赤ワイン、Yarumba Unwooded Chardonnay 2009(だぶり有り)。
ワインはシャンパングラスでずいぶん少なめに注いでたので全部で4杯くらいかな,普通のグラスだと。
チーズで一番人気だったのがMainlandのブルーチーズ。こんどスーパーで売ってないか探してみます。
やっぱり友達とは会わないと、そしてちょくちょく外に出ないと、と思います(苦笑)
ついでにそれだけ飲んでもほろ酔いでちょっと眠気が来るくらいですが、なんだかほろ酔い状態で夜の景色を見るとなんだか切ない気持ちが心に湧いて、なんだか見るもの全てストーリーに使いたくなるんですよね(笑)もちょっと酔っぱらってみるべきか?(違)
それから昨日の感想の続き。これもtwitterメモから:
「生きるための自殺学」の感想をブログに書いたときに書きそびれたこと。この本には幼い子供から何千年前の人まで、いろんな人の「自殺」とその体験・心理が綴られているけれど、時代や国籍にかかわらず、絶望やそこらの色々な思いってかなり共感できるもんなんだな、と。
共感したいから読む、というか自分ががっつり感じたいから読む感じかも。
今日はくたくたなので今日の一曲はできませんが、毎日仕事の時に音楽は聴いてメモってるのでなんとか自分の中で形にしたいとおもいます。
色んなものをたらふく食べて、たくさん飲みました。Twitterにメモった限りだと:
食べ物:カマンベール、ブリー、ブルーチーズ、ジンジャーブレッドならぬニンジャブレッド、クラッカー的なものいくつか、マフィンのようなもの、揚げたヤギ乳チーズ、パッションフルーツアイシングのカップケーキ
ワイン:Crossroad Shiraz 2002, Innocent bystander Muscato, 自家製プラムワイン、イタリアのスパークリング赤ワイン、Yarumba Unwooded Chardonnay 2009(だぶり有り)。
ワインはシャンパングラスでずいぶん少なめに注いでたので全部で4杯くらいかな,普通のグラスだと。
チーズで一番人気だったのがMainlandのブルーチーズ。こんどスーパーで売ってないか探してみます。
やっぱり友達とは会わないと、そしてちょくちょく外に出ないと、と思います(苦笑)
ついでにそれだけ飲んでもほろ酔いでちょっと眠気が来るくらいですが、なんだかほろ酔い状態で夜の景色を見るとなんだか切ない気持ちが心に湧いて、なんだか見るもの全てストーリーに使いたくなるんですよね(笑)もちょっと酔っぱらってみるべきか?(違)
それから昨日の感想の続き。これもtwitterメモから:
「生きるための自殺学」の感想をブログに書いたときに書きそびれたこと。この本には幼い子供から何千年前の人まで、いろんな人の「自殺」とその体験・心理が綴られているけれど、時代や国籍にかかわらず、絶望やそこらの色々な思いってかなり共感できるもんなんだな、と。
共感したいから読む、というか自分ががっつり感じたいから読む感じかも。
今日はくたくたなので今日の一曲はできませんが、毎日仕事の時に音楽は聴いてメモってるのでなんとか自分の中で形にしたいとおもいます。
昨日のサンキャッチャー更新エントリーに拍手ありがとうございます。
これからもたまに更新してきます~♪
さて、今日も本の感想です。
ケイ・ジャミソン著「生きるための自殺学」(改題前は「早すぎる夜の訪れ」、原題「Night Falls Fast」)。
私が日本で買ってきた本ですが、まだ原語では読んでいません。
今リンクを貼ったときにちょっとAmazonのレビューも読んでみましたがイマイチみたいですねえ(苦笑)
でも言ってることものすごくわかります。それについてはまた後ほど。
簡潔に説明しますと、この本は「自殺」についてさまざまな方面から考察を展開している本です。
自殺の歴史、定義、精神医学的な考察、さまざまな研究結果に加えて実際の自殺のケースのエピソードや自殺者の遺書などによる自殺に至るプロセスや心理、自殺の手段、あとスティグマについての話も多いですし、自殺予防策、そして自殺が遺された人に及ぼす影響・・・それから自殺の縁で苦しんだ作家などによるその状態の心理の表現、著者の実体験の話もあります。
↑でわかると思うのですが、とにかく内容が多いです。
レビューのネガティブな部分もその点についてが多いのですが・・・
ただやっぱり自殺について偏った見方をしてはいけないから、なるべく広い範囲をカバーしようとしたんだ、という見方を私はしています。
資料とか専門知識が多いのも確かで、その分取っつきにくくなってるのも確かにそうです。
(ついでにいえば1990年代に書かれた本なのでちょっぴりデータが古かったりもしますし、欧米中心ではあります)
ただやっぱり自分にとっては勉強になる本でもありますし、自殺に際した人の心をしっかと感じる、思い出すための本でもありますし、自分の目指す道を確認して見据えるための本でもあって、なんだかとっても心強い本なんです。
歯に衣着せぬ、というのとはちょっと違いますが、この本は自殺の「現実」の一部を容赦なくつきつけてきます。
たとえば自殺した子供の遺書、自殺に実際に使われた手段など・・・検死側の話などのなかなか普通はアクセスできない、目に入らないような話や資料も出てきます。
本当に色んな意味でしんどい本だと思います。
自殺者の心理を知って理解し、向き合うことがまず1種類。自殺の手段について生々しい記述が出てくるのがもう1種類。また医学的・薬学的な情報やデータが多いのがもう1種類。
でもできたら敬遠して欲しくないな、と思うのです。
私がこの本で一番頼りにしていることはデータなどの海の中で、著者がスティグマと戦っている、ということ。
特に「自殺は自分勝手な行為ではない」という部分に関して著者の思いが直接語られていることもそうですが、自殺者の心理にフォーカスしている部分は他人からしたら想像することしかできない(しかも実際に「それ」が起こってから、パニック状態になって想像できない場合が多い)、想像もつかない、さらに想像したくもないとされる部分に関してクローズアップしてくれるので。
自殺の危機にいる人の辛さとか、自殺で身近な人を亡くした人の思いを知ったフリをしないためにも(残された人にはそれが辛いそうです)こういった「リアル」な、患者さんや遺族の主観的な情報は大切です。
そして自殺は自分勝手な行動でも、その人が自分の行動にコントロールを持ってすることでは必ずしもないという、自殺は何によって引き起こされているかというのを分かるにも医学的な考察は必要で。
この本で私個人が心に残ったと思うトピックをちょっとリストします:
1) 「II 自殺の心理と精神病理」の章(自殺者の心理についてクローズアップ、主観的な感情など)
2) 作家や詩人などの自殺とその周りにまつわる状態の表現 (人は一般的に鬱状態などに陥ると表現・思考・自分の状態を見る事が難しくなるので。あとやっぱり「闇の表現」は音楽やる人としても興味深いです)
3) 遺された人の話。特に、子供が小さいときに親が自殺した場合、その事をどう伝えるか、など。
4) スティグマ。先ほどちょっと言及した分、それから社会的に地位がある人の自殺に対する社会の反応、遺された人が恐れ、苦しめられるもの、などなど。
5) 歴史的な話の中で、昔々には自殺が文化社会的に容認されていた時代があったということ
この本を読み終わった上で私が今したいと思ってるのは上記1)の部分を読み返したいということ、それからこの本で引用されている詩や作品をちょっと追っかけてみたりしたいな、ということ・・・ですかね。
もっと共感したい、表現を知りたい、と。
先ほどこの本は割としんどい本だと言いましたが、ある意味この「しんどさ」こそこの本で向き合ってもらいたいものなんだと思います。
自殺に際している人は実際どういう思いでその行為に及ぶのか、遺された人の気持ちはどういったものなのか・・・と。
自殺を考えている人向けの本ではありません。内容がうつなどで弱った頭・心には難しすぎることもありますし、自殺の手段について具体的な話があるので。
私は一応心理学も精神医学関連の知識も少しずつあるのと、学術的なアプローチとそちらの好奇心が強いので物凄く好きな本なのですが・・・でもそうでない人にも得る物はある、と思います。強く。
またメンタルヘルス関係で良い本に出会えることを祈っています。この本よりももっと自信をもって薦められる自殺についての本、それから他の分野の本。
今日の一曲はお休みです。
これからもたまに更新してきます~♪
さて、今日も本の感想です。
ケイ・ジャミソン著「生きるための自殺学」(改題前は「早すぎる夜の訪れ」、原題「Night Falls Fast」)。
私が日本で買ってきた本ですが、まだ原語では読んでいません。
今リンクを貼ったときにちょっとAmazonのレビューも読んでみましたがイマイチみたいですねえ(苦笑)
でも言ってることものすごくわかります。それについてはまた後ほど。
簡潔に説明しますと、この本は「自殺」についてさまざまな方面から考察を展開している本です。
自殺の歴史、定義、精神医学的な考察、さまざまな研究結果に加えて実際の自殺のケースのエピソードや自殺者の遺書などによる自殺に至るプロセスや心理、自殺の手段、あとスティグマについての話も多いですし、自殺予防策、そして自殺が遺された人に及ぼす影響・・・それから自殺の縁で苦しんだ作家などによるその状態の心理の表現、著者の実体験の話もあります。
↑でわかると思うのですが、とにかく内容が多いです。
レビューのネガティブな部分もその点についてが多いのですが・・・
ただやっぱり自殺について偏った見方をしてはいけないから、なるべく広い範囲をカバーしようとしたんだ、という見方を私はしています。
資料とか専門知識が多いのも確かで、その分取っつきにくくなってるのも確かにそうです。
(ついでにいえば1990年代に書かれた本なのでちょっぴりデータが古かったりもしますし、欧米中心ではあります)
ただやっぱり自分にとっては勉強になる本でもありますし、自殺に際した人の心をしっかと感じる、思い出すための本でもありますし、自分の目指す道を確認して見据えるための本でもあって、なんだかとっても心強い本なんです。
歯に衣着せぬ、というのとはちょっと違いますが、この本は自殺の「現実」の一部を容赦なくつきつけてきます。
たとえば自殺した子供の遺書、自殺に実際に使われた手段など・・・検死側の話などのなかなか普通はアクセスできない、目に入らないような話や資料も出てきます。
本当に色んな意味でしんどい本だと思います。
自殺者の心理を知って理解し、向き合うことがまず1種類。自殺の手段について生々しい記述が出てくるのがもう1種類。また医学的・薬学的な情報やデータが多いのがもう1種類。
でもできたら敬遠して欲しくないな、と思うのです。
私がこの本で一番頼りにしていることはデータなどの海の中で、著者がスティグマと戦っている、ということ。
特に「自殺は自分勝手な行為ではない」という部分に関して著者の思いが直接語られていることもそうですが、自殺者の心理にフォーカスしている部分は他人からしたら想像することしかできない(しかも実際に「それ」が起こってから、パニック状態になって想像できない場合が多い)、想像もつかない、さらに想像したくもないとされる部分に関してクローズアップしてくれるので。
自殺の危機にいる人の辛さとか、自殺で身近な人を亡くした人の思いを知ったフリをしないためにも(残された人にはそれが辛いそうです)こういった「リアル」な、患者さんや遺族の主観的な情報は大切です。
そして自殺は自分勝手な行動でも、その人が自分の行動にコントロールを持ってすることでは必ずしもないという、自殺は何によって引き起こされているかというのを分かるにも医学的な考察は必要で。
この本で私個人が心に残ったと思うトピックをちょっとリストします:
1) 「II 自殺の心理と精神病理」の章(自殺者の心理についてクローズアップ、主観的な感情など)
2) 作家や詩人などの自殺とその周りにまつわる状態の表現 (人は一般的に鬱状態などに陥ると表現・思考・自分の状態を見る事が難しくなるので。あとやっぱり「闇の表現」は音楽やる人としても興味深いです)
3) 遺された人の話。特に、子供が小さいときに親が自殺した場合、その事をどう伝えるか、など。
4) スティグマ。先ほどちょっと言及した分、それから社会的に地位がある人の自殺に対する社会の反応、遺された人が恐れ、苦しめられるもの、などなど。
5) 歴史的な話の中で、昔々には自殺が文化社会的に容認されていた時代があったということ
この本を読み終わった上で私が今したいと思ってるのは上記1)の部分を読み返したいということ、それからこの本で引用されている詩や作品をちょっと追っかけてみたりしたいな、ということ・・・ですかね。
もっと共感したい、表現を知りたい、と。
先ほどこの本は割としんどい本だと言いましたが、ある意味この「しんどさ」こそこの本で向き合ってもらいたいものなんだと思います。
自殺に際している人は実際どういう思いでその行為に及ぶのか、遺された人の気持ちはどういったものなのか・・・と。
自殺を考えている人向けの本ではありません。内容がうつなどで弱った頭・心には難しすぎることもありますし、自殺の手段について具体的な話があるので。
私は一応心理学も精神医学関連の知識も少しずつあるのと、学術的なアプローチとそちらの好奇心が強いので物凄く好きな本なのですが・・・でもそうでない人にも得る物はある、と思います。強く。
またメンタルヘルス関係で良い本に出会えることを祈っています。この本よりももっと自信をもって薦められる自殺についての本、それから他の分野の本。
今日の一曲はお休みです。
