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やった!終わりました!
ジョージ・クラムの「天体の力学(マクロコスモス第4巻)」の各楽章をモチーフとしたサンキャッチャーをサイトの方のギャラリーにアップしました~
こちら、または右のメニューからどうぞ。
サンキャッチャーは一言で表すと「窓辺に吊すきらきらするやつ」。
音楽から感じられる神話的な星と、天文学的、宇宙的な星を感じて、作ってみました。
ただ未だに忙しくてスコアを見ながら聴けてません(汗)
音楽をお題としたいろいろ物作りはこれからも続きそうです。
今すでに2つ曲集で進めてるのがあって。メシアンとリゲティ。
どっちも「弾けないから別のフォーマットで表現する」のではなく、音楽を音楽の外の色々な方向から解釈したり、感じたり、理解したりしてみる目的が強いです。
あとただ思いついた!やりたい!というのも強いです(笑)思い立っちゃうとどうしても外に出したくなるので・・・
アップした写真はなかなかクオリティがあれですが、これらのサンキャッチャーが輝くのを少しでも感じてもらえれば、と思います。
今日の一曲: クロード・ドビュッシー 「牧神の午後への前奏曲」
お待たせしました、バレエ・リュスにまつわる名曲1つ。
先日の本文でも書きましたが、ニジンスキーが振り付けを担当&牧神を演じ、その卑猥な振り付けでスキャンダルとなった曲です。
ちなみに画像でどっかで見た+文による記述を読んだ記憶があるんですけど、確かに自慰行為を表してることははっきりしているのですが踊りの振り付けとしては私は全然許容範囲内だと思いました。
まあ牧神という存在自体そっち系の欲に特徴的なものがあるので、削ったらなんだかキャラクターが失われる感もあるような気がします。
けだるい暑い夏の昼下がりに牧神が見た官能的な夢を表すこの曲は、どこか魔法のようで、そしてリアルな(でもリアル以上に鮮やかで不思議な)色彩に満ちていて・・・ロマンチックで官能的な「美」の塊のような曲です。
オーケストラの音色の豊かさ、甘さ、そして夢のような心地よさ・・・それをオープニングから支えているのがフルート。元になったギリシャ神話でもよく出てくる葦笛を表す音です。
この冒頭のソロ、弾く側としてはかなりきつい音域だったりで難しいそうですが、静寂に一人このフルートの半音階的な、魔法のような音色を聴くだけで本当に幸せな気分になります。
ドビュッシーのハーモニーや、キャラクター付けをいきいきとするモチーフ、さらに素晴らしいのは息の長いフレーズのこの描き方。永遠に広がるような、でも呼吸をしていて、生きていて。
「夢」を音楽で表そうとした音楽家はたくさんいますが、その中でも一番成功に近いのでは?と思います(ただベルリオーズはちょっと別の意味で成功に近づいていますが・・・幻想交響曲を参照。)
こののびのびしたファンタジックな音楽の中でニジンスキーは本当に自由に表現し、踊ったんでしょうね。
ゆっくりした曲だから本当に一つ一つの動きに気を遣って。まるで人間ではないような動きをしたのかしら。
想像はふくらみます。
一つ弁解したいことが。この曲の直接の題材となっているのはマラルメの詩なのですが、マラルメの文学的なスタイルとドビュッシーの音楽のコネクションを語れるほど知識がなくてなんだか申し訳ないです(汗)一部の人にはそれに物凄く興味がありそうで、実際私もそうなのですがなんだか不勉強で・・・
でもドビュッシーの音楽を文学畑の方でカップリングさせるならきっとマラルメの詩なんじゃないか、と思います。かなり限られた知識からの印象ですが。
あーオープニングのフルートソロが聴きたくなってきました。他にも好きなところはたくさんあるし、最初を聴いたらどうしてもそのまま引き込まれずにはいられないので・・・
堪能したいなあ。
ジョージ・クラムの「天体の力学(マクロコスモス第4巻)」の各楽章をモチーフとしたサンキャッチャーをサイトの方のギャラリーにアップしました~
こちら、または右のメニューからどうぞ。
サンキャッチャーは一言で表すと「窓辺に吊すきらきらするやつ」。
音楽から感じられる神話的な星と、天文学的、宇宙的な星を感じて、作ってみました。
ただ未だに忙しくてスコアを見ながら聴けてません(汗)
音楽をお題としたいろいろ物作りはこれからも続きそうです。
今すでに2つ曲集で進めてるのがあって。メシアンとリゲティ。
どっちも「弾けないから別のフォーマットで表現する」のではなく、音楽を音楽の外の色々な方向から解釈したり、感じたり、理解したりしてみる目的が強いです。
あとただ思いついた!やりたい!というのも強いです(笑)思い立っちゃうとどうしても外に出したくなるので・・・
アップした写真はなかなかクオリティがあれですが、これらのサンキャッチャーが輝くのを少しでも感じてもらえれば、と思います。
今日の一曲: クロード・ドビュッシー 「牧神の午後への前奏曲」
お待たせしました、バレエ・リュスにまつわる名曲1つ。
先日の本文でも書きましたが、ニジンスキーが振り付けを担当&牧神を演じ、その卑猥な振り付けでスキャンダルとなった曲です。
ちなみに画像でどっかで見た+文による記述を読んだ記憶があるんですけど、確かに自慰行為を表してることははっきりしているのですが踊りの振り付けとしては私は全然許容範囲内だと思いました。
まあ牧神という存在自体そっち系の欲に特徴的なものがあるので、削ったらなんだかキャラクターが失われる感もあるような気がします。
けだるい暑い夏の昼下がりに牧神が見た官能的な夢を表すこの曲は、どこか魔法のようで、そしてリアルな(でもリアル以上に鮮やかで不思議な)色彩に満ちていて・・・ロマンチックで官能的な「美」の塊のような曲です。
オーケストラの音色の豊かさ、甘さ、そして夢のような心地よさ・・・それをオープニングから支えているのがフルート。元になったギリシャ神話でもよく出てくる葦笛を表す音です。
この冒頭のソロ、弾く側としてはかなりきつい音域だったりで難しいそうですが、静寂に一人このフルートの半音階的な、魔法のような音色を聴くだけで本当に幸せな気分になります。
ドビュッシーのハーモニーや、キャラクター付けをいきいきとするモチーフ、さらに素晴らしいのは息の長いフレーズのこの描き方。永遠に広がるような、でも呼吸をしていて、生きていて。
「夢」を音楽で表そうとした音楽家はたくさんいますが、その中でも一番成功に近いのでは?と思います(ただベルリオーズはちょっと別の意味で成功に近づいていますが・・・幻想交響曲を参照。)
こののびのびしたファンタジックな音楽の中でニジンスキーは本当に自由に表現し、踊ったんでしょうね。
ゆっくりした曲だから本当に一つ一つの動きに気を遣って。まるで人間ではないような動きをしたのかしら。
想像はふくらみます。
一つ弁解したいことが。この曲の直接の題材となっているのはマラルメの詩なのですが、マラルメの文学的なスタイルとドビュッシーの音楽のコネクションを語れるほど知識がなくてなんだか申し訳ないです(汗)一部の人にはそれに物凄く興味がありそうで、実際私もそうなのですがなんだか不勉強で・・・
でもドビュッシーの音楽を文学畑の方でカップリングさせるならきっとマラルメの詩なんじゃないか、と思います。かなり限られた知識からの印象ですが。
あーオープニングのフルートソロが聴きたくなってきました。他にも好きなところはたくさんあるし、最初を聴いたらどうしてもそのまま引き込まれずにはいられないので・・・
堪能したいなあ。
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今日はチェロが帰ってきました。
フルサイズが大きいからといって数年前ちょっと小さいチェロに買い替えたのですが、やっぱり自分のチェロはこっちだ、ということで必要なリストアをして取り戻してきて。もう放しません(笑)私のチェロです、世界に一つの。148歳、まだまだこれからも私よりもずっと長生きして響くことができる楽器なので。
ただリストアに相当お金がかかったのでキャンベラ行きは諦めかな・・・と。バレエ・リュスの衣装展、行きたいんだけどなあ・・・
(以下のバレエ・リュスについてのエントリーの後半には同性愛的な話が出てきます。お嫌いな方、不快に感じる方はご注意を。)
20世紀音楽が好き、20世紀歴史が好き・・・というなかで20世紀初頭のフランスはいろんな方面からわくわくするような時代です。
バロック時代以降、ドイツやオーストリア、イタリアなどの国が音楽の都として栄え。例えばロマン派はドイツの文学から起こったムーブメントで・・・フランスが主流となったり、フランスがお国柄だとかフランスの良さを引き出すような芸術の流れではない、という印象が強いですが・・・
20世紀の初頭になって、熟れすぎたロマン派から時代が変わってやっとフランスが芸術の中心となったのです。印象派などの絵画、様々な音楽、パリ万博から広がったオリエンタリズム、ファッション・・・
それらが花開いたきっかけの一つとして、「バレエ・リュス」の活動があると思います。
(実は大学在学中に自分の弾く音楽にものすごく関係が深いこの時代を「Paris! Berlioz to Ballet Russes」という音楽史の授業で勉強したことがあります。あと「Impressionism to Postmodernism」という音楽スタイルの授業でもちょっとカバーしたかな?)
バレエ・リュスはロシア発祥のバレエ団。パリを中心にして当時活躍し、モダンバレエの基礎を築き、ヨーロッパに向けて発信していました。
ただこのバレエ・リュスは普通イメージするようなバレエ団の役割を大きく超えた、もっと色んな事を成し遂げていた集団です。
バレエ・リュスをまとめていたのはセルゲイ・ディアギレフ。彼は芸術プロデューサーとしてバレエ団をまとめ、さらに多くの若く才気溢れた芸術家達をこのバレエ団を通して世に出し・・・音楽の分野でもストラヴィンスキーを世に出したり、彼の「三大バレエ」(火の鳥、ペトルーシュカ、春の祭典)をはじめとする様々な作曲家の作品の初演を行っていました。
で、こういう場からコネというものもいろいろ生まれるわけですよね。バレエ・リュス関係かどうかは分かりませんが、ストラヴィンスキーの交友関係として同業者のドビュッシー、画家のピカソ、作家のコクトー、そして映画の題材にもなりましたココ・シャネルが知られています。色んな芸術分野の先端のアーティスト達が集まり交流したり、お互いを刺激し合ったり、共同で作業をしたり。
そうそう、ディアギレフに「春の祭典」の曲を始めて発表する際にストラヴィンスキーとピアノ連弾して聞かせたのはドビュッシーだったそうで。
実際バレエ・リュスで、またはその外で他の芸術家達とコラボレーションしたり、作品に触れる機会が多い中でやっぱり芸術家個人の思惑だったり軋轢だったりもあったらしいですが、やっぱりその機会があるということが素晴らしいんだろうな~
芸術家達が集まり花開く場、というこの時代のパリに憧れますし、萌えますね(笑)
ディアギレフは凄い人物だと思います。
多くの芸術家達をまとめ、会社としてバレエ・リュスを運営して、様々な人材を発掘して、世に出して。
色んな人が色んな思惑がある中でそういう場を作って、芸術を花開かせるという共通目的のためにさまざまなスタイル、分野、毛色の芸術家を助けたことについて彼の右に出る人は歴史の中で居ないのではないか、と思います。そしてそれは過大評価ではないと思います。
さらに、彼は大衆にうけるスタイルという安全地帯にとどまるのではなく、当時フランスに育ちつつあった新しい音楽や他の芸術形態の芽を見つけて育て、それをフランスの民衆にぶつける、ということをして成功させた人で・・・
もちろんそういう方針だからこそかなりでこぼこ道もありました。「春の祭典」の初演で、その振り付けと音楽の奇怪さに大騒ぎが起きたこともあります。それでも時代と共に人々がそれらに追いついて、春の祭典は20世紀の名曲の一つ、クラシックの名曲・大曲の一つに数えられています。
経営などを考えるとかなりハイリスクなやりかたではありますが、彼のこういった方針が20世紀フランスを芸術の都としフランスの国民性を芸術の発展に反映し、最先端のアートだけでなく他の芸術をも大きく発展させた・・・それが私がディアギレフを深く尊敬する一番の理由です。今の時代、ポピュラーなものばかりがはこびるクラシック音楽界を思うと余計にあの時代に憧れます。
ディアギレフが世に出した才能溢れる芸術家の中に群を抜いた人物が居ました。
それがヴァーツラフ・ニジンスキー。ウクライナ生まれのダンサーで、若きトップダンサーおよび振付師としてバレエ・リュスで活躍していました。
彼は踊りにより表現することに天才的なうえに、踊り・振り付けにおいて類い希なる感性の持ち主で・・・「天才」という言葉は彼のためにあるのではないか、と私は思ってますね~(そして私が唯一「イケメン」という言葉で形容する人物でもあります。余談ですが)
ただその感性は繊細、独創的でありながら突飛なものでもあり、それに一般の人々がついて行けないものであったようです。ドビュッシー作曲の「牧神の午後の前奏曲」ではその振り付けに自慰行為をはっきり思わせるような動きがあったことにより批判を受けたり、前述「春の祭典」ではヨーロッパ化する前の文化を受け継ぐロシアの奥地の生け贄の儀式を表した振り付けが粗暴で野蛮なものだと批判され・・・
ただディアギレフはそんな彼の才能を愛し、重用していました。
ついでながらディアギレフはニジンスキーと一時期愛人関係にあったのこと。まだニジンスキーがずいぶん若い頃のことで、後にニジンスキーは女性と恋に落ち、結婚をディアギレフに反対され解雇されたことによりその関係は終わったのですが・・・
そこがなんというか、ディアギレフの唯一の弱点だったのかな、と思います。彼の才能を愛してはいたけれど、彼が新しい恋と女性との結婚などにより芸術家としてさらなる成長を遂げることを願ってやれなかった、プロデューサーとして芸術家の彼をサポートしてやることができなかった・・・というのは仕方がないことなのかもしれないけれど、本当に惜しいことだな、と思います。
その後ディアギレフは再びダンサー・振付師としてニジンスキーを呼び戻し、ニジンスキーもそれに応じるのですが、それも短い間で・・・ニジンスキーが統合失調症を発症し仕事ができない状態になり、29歳でそのキャリアを終えることになったので。(ただ彼自身は63歳まで生きています)
私にとってニジンスキーは一番好きな芸術家の一人です。(ディアギレフを尊敬してるのと同じくらい)
彼の演じた「牧神」の画像はGoogleで検索しても出てきますし、彼自身の踊りの映像も、彼の振り付けの映像もそのものはほとんどといっていいほど残っていませんが、振り付けの再現ならYoutubeで動画があります。私がよく観る彼の振り付けの「春の祭典」(初演の騒動を含む再現)はこちら(プレイリスト)。
感性が人並み外れてますもの。静止画でみる存在感も本当に信じられないほどの特別さがあって。溢れる才能、神秘的な存在、自由な感性もそうですが、その波乱の人生と多くの苦しみ、病気による長く続いた悲劇もひっくるめて本当に(別分野ながらも)憧れ、ある意味ものすごく愛しい存在です。
長くなってしまいましたが、まだまだ語り足りないです。(笑)またゆっくり育ててここら辺の芸術の話はしたいですね~
ニジンスキーの生涯を題材にした映画はあるようですが、パリと芸術をディアギレフとその周りを中心として、(ディアギレフとニジンスキーの関係もあり)、ディアギレフ視点で?描いた映画があったらなーと思います。小説でもいいんですけど音楽と踊りがないと、ね。
今回も今日の一曲はおやすみです。長くなってしまったので・・・次回この時代から一曲選びたいと思います。
フルサイズが大きいからといって数年前ちょっと小さいチェロに買い替えたのですが、やっぱり自分のチェロはこっちだ、ということで必要なリストアをして取り戻してきて。もう放しません(笑)私のチェロです、世界に一つの。148歳、まだまだこれからも私よりもずっと長生きして響くことができる楽器なので。
ただリストアに相当お金がかかったのでキャンベラ行きは諦めかな・・・と。バレエ・リュスの衣装展、行きたいんだけどなあ・・・
(以下のバレエ・リュスについてのエントリーの後半には同性愛的な話が出てきます。お嫌いな方、不快に感じる方はご注意を。)
20世紀音楽が好き、20世紀歴史が好き・・・というなかで20世紀初頭のフランスはいろんな方面からわくわくするような時代です。
バロック時代以降、ドイツやオーストリア、イタリアなどの国が音楽の都として栄え。例えばロマン派はドイツの文学から起こったムーブメントで・・・フランスが主流となったり、フランスがお国柄だとかフランスの良さを引き出すような芸術の流れではない、という印象が強いですが・・・
20世紀の初頭になって、熟れすぎたロマン派から時代が変わってやっとフランスが芸術の中心となったのです。印象派などの絵画、様々な音楽、パリ万博から広がったオリエンタリズム、ファッション・・・
それらが花開いたきっかけの一つとして、「バレエ・リュス」の活動があると思います。
(実は大学在学中に自分の弾く音楽にものすごく関係が深いこの時代を「Paris! Berlioz to Ballet Russes」という音楽史の授業で勉強したことがあります。あと「Impressionism to Postmodernism」という音楽スタイルの授業でもちょっとカバーしたかな?)
バレエ・リュスはロシア発祥のバレエ団。パリを中心にして当時活躍し、モダンバレエの基礎を築き、ヨーロッパに向けて発信していました。
ただこのバレエ・リュスは普通イメージするようなバレエ団の役割を大きく超えた、もっと色んな事を成し遂げていた集団です。
バレエ・リュスをまとめていたのはセルゲイ・ディアギレフ。彼は芸術プロデューサーとしてバレエ団をまとめ、さらに多くの若く才気溢れた芸術家達をこのバレエ団を通して世に出し・・・音楽の分野でもストラヴィンスキーを世に出したり、彼の「三大バレエ」(火の鳥、ペトルーシュカ、春の祭典)をはじめとする様々な作曲家の作品の初演を行っていました。
で、こういう場からコネというものもいろいろ生まれるわけですよね。バレエ・リュス関係かどうかは分かりませんが、ストラヴィンスキーの交友関係として同業者のドビュッシー、画家のピカソ、作家のコクトー、そして映画の題材にもなりましたココ・シャネルが知られています。色んな芸術分野の先端のアーティスト達が集まり交流したり、お互いを刺激し合ったり、共同で作業をしたり。
そうそう、ディアギレフに「春の祭典」の曲を始めて発表する際にストラヴィンスキーとピアノ連弾して聞かせたのはドビュッシーだったそうで。
実際バレエ・リュスで、またはその外で他の芸術家達とコラボレーションしたり、作品に触れる機会が多い中でやっぱり芸術家個人の思惑だったり軋轢だったりもあったらしいですが、やっぱりその機会があるということが素晴らしいんだろうな~
芸術家達が集まり花開く場、というこの時代のパリに憧れますし、萌えますね(笑)
ディアギレフは凄い人物だと思います。
多くの芸術家達をまとめ、会社としてバレエ・リュスを運営して、様々な人材を発掘して、世に出して。
色んな人が色んな思惑がある中でそういう場を作って、芸術を花開かせるという共通目的のためにさまざまなスタイル、分野、毛色の芸術家を助けたことについて彼の右に出る人は歴史の中で居ないのではないか、と思います。そしてそれは過大評価ではないと思います。
さらに、彼は大衆にうけるスタイルという安全地帯にとどまるのではなく、当時フランスに育ちつつあった新しい音楽や他の芸術形態の芽を見つけて育て、それをフランスの民衆にぶつける、ということをして成功させた人で・・・
もちろんそういう方針だからこそかなりでこぼこ道もありました。「春の祭典」の初演で、その振り付けと音楽の奇怪さに大騒ぎが起きたこともあります。それでも時代と共に人々がそれらに追いついて、春の祭典は20世紀の名曲の一つ、クラシックの名曲・大曲の一つに数えられています。
経営などを考えるとかなりハイリスクなやりかたではありますが、彼のこういった方針が20世紀フランスを芸術の都としフランスの国民性を芸術の発展に反映し、最先端のアートだけでなく他の芸術をも大きく発展させた・・・それが私がディアギレフを深く尊敬する一番の理由です。今の時代、ポピュラーなものばかりがはこびるクラシック音楽界を思うと余計にあの時代に憧れます。
ディアギレフが世に出した才能溢れる芸術家の中に群を抜いた人物が居ました。
それがヴァーツラフ・ニジンスキー。ウクライナ生まれのダンサーで、若きトップダンサーおよび振付師としてバレエ・リュスで活躍していました。
彼は踊りにより表現することに天才的なうえに、踊り・振り付けにおいて類い希なる感性の持ち主で・・・「天才」という言葉は彼のためにあるのではないか、と私は思ってますね~(そして私が唯一「イケメン」という言葉で形容する人物でもあります。余談ですが)
ただその感性は繊細、独創的でありながら突飛なものでもあり、それに一般の人々がついて行けないものであったようです。ドビュッシー作曲の「牧神の午後の前奏曲」ではその振り付けに自慰行為をはっきり思わせるような動きがあったことにより批判を受けたり、前述「春の祭典」ではヨーロッパ化する前の文化を受け継ぐロシアの奥地の生け贄の儀式を表した振り付けが粗暴で野蛮なものだと批判され・・・
ただディアギレフはそんな彼の才能を愛し、重用していました。
ついでながらディアギレフはニジンスキーと一時期愛人関係にあったのこと。まだニジンスキーがずいぶん若い頃のことで、後にニジンスキーは女性と恋に落ち、結婚をディアギレフに反対され解雇されたことによりその関係は終わったのですが・・・
そこがなんというか、ディアギレフの唯一の弱点だったのかな、と思います。彼の才能を愛してはいたけれど、彼が新しい恋と女性との結婚などにより芸術家としてさらなる成長を遂げることを願ってやれなかった、プロデューサーとして芸術家の彼をサポートしてやることができなかった・・・というのは仕方がないことなのかもしれないけれど、本当に惜しいことだな、と思います。
その後ディアギレフは再びダンサー・振付師としてニジンスキーを呼び戻し、ニジンスキーもそれに応じるのですが、それも短い間で・・・ニジンスキーが統合失調症を発症し仕事ができない状態になり、29歳でそのキャリアを終えることになったので。(ただ彼自身は63歳まで生きています)
私にとってニジンスキーは一番好きな芸術家の一人です。(ディアギレフを尊敬してるのと同じくらい)
彼の演じた「牧神」の画像はGoogleで検索しても出てきますし、彼自身の踊りの映像も、彼の振り付けの映像もそのものはほとんどといっていいほど残っていませんが、振り付けの再現ならYoutubeで動画があります。私がよく観る彼の振り付けの「春の祭典」(初演の騒動を含む再現)はこちら(プレイリスト)。
感性が人並み外れてますもの。静止画でみる存在感も本当に信じられないほどの特別さがあって。溢れる才能、神秘的な存在、自由な感性もそうですが、その波乱の人生と多くの苦しみ、病気による長く続いた悲劇もひっくるめて本当に(別分野ながらも)憧れ、ある意味ものすごく愛しい存在です。
長くなってしまいましたが、まだまだ語り足りないです。(笑)またゆっくり育ててここら辺の芸術の話はしたいですね~
ニジンスキーの生涯を題材にした映画はあるようですが、パリと芸術をディアギレフとその周りを中心として、(ディアギレフとニジンスキーの関係もあり)、ディアギレフ視点で?描いた映画があったらなーと思います。小説でもいいんですけど音楽と踊りがないと、ね。
今回も今日の一曲はおやすみです。長くなってしまったので・・・次回この時代から一曲選びたいと思います。
早速ですが、昨日のエントリーに2つも拍手ありがとうございます♪
今年もよろしくお願いいたします。
昨日のエントリーでは精神関係のいろいろについて全く触れなかったのですが、これにはちゃんとわけがありまして・・・
抱負や目標とはちょっと違うのですが去年一年自分の体験、勉強、論文や本を読むことから自分が心理学、メンタルヘルスや精神医学のどんなエリアに興味を持っているか、もしも(もし!)研究するんだったらどんなエリアを専門にしたいか、とかだんだん焦点が絞れてきたような気がして。
もちろん基礎は広くカバーしなければなりませんし、大学に戻って勉強するのもいつのことになるやらわかりませんが、一つの「ここまでやったぞ!」的な何かということで気が早いのは承知でちょっとまとめてみます。
1)若い人のメンタルヘルス
特に摂食障害。若い人に特有の病気、病気の表れ方(症状など)、問題:アイデンティティ、心理的・身体的発達、家族関係、病気を乗り越え上手く付き合いながら社会に出て行くことなど。
(子供のメンタルヘルスについてはまだあまり知らないなあ・・・これも今後に。)
2)音楽と脳
脳に関する音楽の特別な性質、音楽の脳内処理、それにともなう生理的、感情的反応、それらをひっくるめた音楽による「体験」、音楽が人間やその脳にとってどんな「意味」があるか、音楽の認知&感覚、音楽が人間に対して働きかけるポテンシャル、共感覚など。
きっとアートセラピー、音楽療法に近い部分も出てくると思います。「音楽を勧める仕事」という夢はおそらくここに分類されます。
3)メンタルヘルスと表現
精神疾患やその他心のトラブルで見られる「表現の問題」。音楽が関わる余地、精神疾患などを抱えた芸術家達(いろんな形態で)が自分たちの状態をどのように表現しようとしたか、精神疾患のある側面を表すものとしてのこれらの作品の重要さ、表現したものから感じ取ること、患者さんにとってなんらかの形で表現することの大切さ、表現を促したり。
ここはまだ始まったばっかりのエリアですが、自分にとって合ってるんじゃないかな?と思われるトピックです。
4)認知、感覚、思考、感じることと表現すること
(インプットとアウトプットの脳内でのルート、そのルートで起きる問題など)
高校・大学でちょっとずつ心理学をやって、それから今の仕事をやって思うのは「やっぱり生物学・化学が好きだ!)ということで。神経科学あたりでがっつり生物学的なアプローチで心理学をやってみたい、という気持ちは強いです。
ただ勉強不足なんでこういうふわっとした形に今はなっているのですが。
(あと薬学も好きかもしれないのでそちらも視野にいれたいところ)
5)認知行動療法
セオリー、メンタルヘルスでの実用、他にも身体的な病気(特に慢性的なもの)、リハビリにおいての活用、健常者にとって有用な「スキル」としての活用。
これは論文とか探して見るとありそうなんだけれどイマイチ手が回ってなく(汗)。でも精神疾患の心理療法の広いエリアをみるとpsychotherapyよりはこっちの方が患者としての自分にも、それから勉強の対象としても合うのでは、と思います。
6)精神病症状
脳内メカニズム、関連する病気の種類、遺伝、実際の症状、認知能力の低下、感覚の異常などについて。
これはまだ本当に基礎もなにも分かってないところが多いのですが、脳の異常としては昔から不思議に思うことが多い症状群で。分からないし難しいからこそ何とか理解したい気持ちが先走っています。
基本勉強して知れば知るほどもっと知りたいことが指数的というかネズミ講的に増えていく体質なので(音楽でもそうなのですが、音楽オタクの典型的な好奇心パターンではあると思います)・・・
突き詰めれば突き詰めようとするほど興味が広がる可能性はたんとあります。
これからももっと広く深く(そしてこのキーワードはチェロ気質でよく使いますね)勉強していつかのために積み上げていきたいと思います。
今日の一曲はお休みです~
今年もよろしくお願いいたします。
昨日のエントリーでは精神関係のいろいろについて全く触れなかったのですが、これにはちゃんとわけがありまして・・・
抱負や目標とはちょっと違うのですが去年一年自分の体験、勉強、論文や本を読むことから自分が心理学、メンタルヘルスや精神医学のどんなエリアに興味を持っているか、もしも(もし!)研究するんだったらどんなエリアを専門にしたいか、とかだんだん焦点が絞れてきたような気がして。
もちろん基礎は広くカバーしなければなりませんし、大学に戻って勉強するのもいつのことになるやらわかりませんが、一つの「ここまでやったぞ!」的な何かということで気が早いのは承知でちょっとまとめてみます。
1)若い人のメンタルヘルス
特に摂食障害。若い人に特有の病気、病気の表れ方(症状など)、問題:アイデンティティ、心理的・身体的発達、家族関係、病気を乗り越え上手く付き合いながら社会に出て行くことなど。
(子供のメンタルヘルスについてはまだあまり知らないなあ・・・これも今後に。)
2)音楽と脳
脳に関する音楽の特別な性質、音楽の脳内処理、それにともなう生理的、感情的反応、それらをひっくるめた音楽による「体験」、音楽が人間やその脳にとってどんな「意味」があるか、音楽の認知&感覚、音楽が人間に対して働きかけるポテンシャル、共感覚など。
きっとアートセラピー、音楽療法に近い部分も出てくると思います。「音楽を勧める仕事」という夢はおそらくここに分類されます。
3)メンタルヘルスと表現
精神疾患やその他心のトラブルで見られる「表現の問題」。音楽が関わる余地、精神疾患などを抱えた芸術家達(いろんな形態で)が自分たちの状態をどのように表現しようとしたか、精神疾患のある側面を表すものとしてのこれらの作品の重要さ、表現したものから感じ取ること、患者さんにとってなんらかの形で表現することの大切さ、表現を促したり。
ここはまだ始まったばっかりのエリアですが、自分にとって合ってるんじゃないかな?と思われるトピックです。
4)認知、感覚、思考、感じることと表現すること
(インプットとアウトプットの脳内でのルート、そのルートで起きる問題など)
高校・大学でちょっとずつ心理学をやって、それから今の仕事をやって思うのは「やっぱり生物学・化学が好きだ!)ということで。神経科学あたりでがっつり生物学的なアプローチで心理学をやってみたい、という気持ちは強いです。
ただ勉強不足なんでこういうふわっとした形に今はなっているのですが。
(あと薬学も好きかもしれないのでそちらも視野にいれたいところ)
5)認知行動療法
セオリー、メンタルヘルスでの実用、他にも身体的な病気(特に慢性的なもの)、リハビリにおいての活用、健常者にとって有用な「スキル」としての活用。
これは論文とか探して見るとありそうなんだけれどイマイチ手が回ってなく(汗)。でも精神疾患の心理療法の広いエリアをみるとpsychotherapyよりはこっちの方が患者としての自分にも、それから勉強の対象としても合うのでは、と思います。
6)精神病症状
脳内メカニズム、関連する病気の種類、遺伝、実際の症状、認知能力の低下、感覚の異常などについて。
これはまだ本当に基礎もなにも分かってないところが多いのですが、脳の異常としては昔から不思議に思うことが多い症状群で。分からないし難しいからこそ何とか理解したい気持ちが先走っています。
基本勉強して知れば知るほどもっと知りたいことが指数的というかネズミ講的に増えていく体質なので(音楽でもそうなのですが、音楽オタクの典型的な好奇心パターンではあると思います)・・・
突き詰めれば突き詰めようとするほど興味が広がる可能性はたんとあります。
これからももっと広く深く(そしてこのキーワードはチェロ気質でよく使いますね)勉強していつかのために積み上げていきたいと思います。
今日の一曲はお休みです~
ご挨拶の前に・・・
記憶についてのエントリ-、それから大晦日のエントリーに拍手1つずつありがとうございます♪
今年もきっとこんな調子でいきますが宜しくお願いいたします。
めでたく2011年明けました。
皆様明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。
今日は昨日の足のまめ、疲れに振り回されゆっくりのお正月。
ピアノはやりました。
ブログ書き終わった後はすこしでも創作にエネルギーをさきたいところです。
今年はメインの創作書き物をないがしろにしないのが目標です(汗)
仕事仕事だと技術文書の文体が染みついてしまうので・・・それに何よりも自分にとっていろんな創作を続けることの大切さ、その中でもストーリープラン&書くことの大切さを今年はもっと感じていきたいです。
ということで今夜はちょっとでも進めるぞー
仕事は年末にありがたい言葉をいただいたので、今年はコンスタントに仕事をもらいながら単価が上がるといいな、と思ってます。
それから1月25日の運転テスト。レッスンお休みしていたので再開しなきゃ。
ピアノに関しては今年一番大切なのがメル響のオーディション。
夏の間・・・というか1月の間に何とかしなくちゃ!というのがあります。
果たしてオーディションを受け付けているのかどうか、チャンスはあるのか。
レパートリーとしても弾きたい曲いっぱい。
夏の間にKoehneのTwilight Rainを弾く、というところから始めて以下の曲を弾きたいなーと思ってます:
メシアンの20のまなざしより「天使のまなざし」、「十字架のまなざし」、「預言者、羊飼いと東方の三博士のまなざし」、他前弾いたものの復習
メシアンの鳥のカタログ「ヒメコウテンシ」、「ニシコウライウグイス」
プロコフィエフ 4つの小品より「悪魔的暗示」をもう一回、それからもしかしたら他のも
プロコフィエフ ピアノソナタ第2番
ラフマニノフ 前奏曲とか練習曲とか
バッハ 平均律第I巻変ロ短調(これは近いうちに)
ラヴェルたくさん
リゲティの練習曲少なくとも一つ
ヴィラ=ロボス ブラジルのバッハ第4番
ショスタコーヴィチ 前奏曲とフーガロ短調など
それからクラムに復帰したいところですな。
冬は去年はブラームスにちょっと力をいてたのですが、今年はがっつりロシア音楽の冬にしたいと思ってます。
あ、あとシュニトケの音楽とお知り合いになりたい。
こうやって見るとたくさんですがまだ1年は始まったばっかり。あとは無理しないようにがんばっていきたいです。
これからの1年でどれくらいこなせるか楽しみです。
心理学・精神医学・メンタルヘルス関係のいろいろはまた次回。
私は一応4日から仕事始め、と決めていますが・・・
みなさんもゆっくりお正月を過ごせることを願っています♪
今日の一曲: カロル・シマノフスキ 「メトープ」より「セイレーンの島」
いまめちゃくちゃ練習で苦戦している曲です(笑)
シマノフスキの、特にメトープの各楽章に感じる女性像ってモローの絵画に通じるものがあると思ってきました。
理論はなく、直感的に。色彩的に。
昨日モロー展で彼のセイレーンの絵を何枚か見ました。ブログにも書いたとおりちょっと人間くさいセイレーンだったんですが、色彩だったり「女性」に感じるなにか、というのは確かに共通するなにかがあるようで。
この曲はセイレーンの歌を縫うようにトレモロやトリルなどに満ちていて(それとも反対?)。まるで羽毛のような、震えるような・・・ものすごく繊細なのに,その下に妖しく渦巻く何かがあって。カリュプソーの時とはまた違う、ダークな感じのセクシーさがたまらない!
それにしてもカリュプソーの時よりも技巧的に難しいです。ハーモニーの複雑さもありますし、曲全体を支配する9度という音程をベースに組み立てられた和音は私の手にはちょっと大きすぎる!ああ恨めしい!
でも自分の手だけでなく存在を実在以上にするのが音楽家の仕事でもありますしね(汗)
決して最初聴いた時からぐっとくるような曲ではないけれど、気がついたら彼女たちの歌声とその姿、色彩に魅了されていた、という、ある意味「らしすぎる」曲。
私もあのハーモニー、トリルやトレモロにすっかり虜になっているのですが・・・果たしてその色気や妖しさ、不思議な存在を表現できるようになるのでしょうか(汗)
弾くよりは聴くほうがずーーーっと簡単なので(実際弾く時にこんなむずかしいの!と思っちゃいました)、ぜひ一度聴いてみるのをおすすめします。
記憶についてのエントリ-、それから大晦日のエントリーに拍手1つずつありがとうございます♪
今年もきっとこんな調子でいきますが宜しくお願いいたします。
めでたく2011年明けました。
皆様明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。
今日は昨日の足のまめ、疲れに振り回されゆっくりのお正月。
ピアノはやりました。
ブログ書き終わった後はすこしでも創作にエネルギーをさきたいところです。
今年はメインの創作書き物をないがしろにしないのが目標です(汗)
仕事仕事だと技術文書の文体が染みついてしまうので・・・それに何よりも自分にとっていろんな創作を続けることの大切さ、その中でもストーリープラン&書くことの大切さを今年はもっと感じていきたいです。
ということで今夜はちょっとでも進めるぞー
仕事は年末にありがたい言葉をいただいたので、今年はコンスタントに仕事をもらいながら単価が上がるといいな、と思ってます。
それから1月25日の運転テスト。レッスンお休みしていたので再開しなきゃ。
ピアノに関しては今年一番大切なのがメル響のオーディション。
夏の間・・・というか1月の間に何とかしなくちゃ!というのがあります。
果たしてオーディションを受け付けているのかどうか、チャンスはあるのか。
レパートリーとしても弾きたい曲いっぱい。
夏の間にKoehneのTwilight Rainを弾く、というところから始めて以下の曲を弾きたいなーと思ってます:
メシアンの20のまなざしより「天使のまなざし」、「十字架のまなざし」、「預言者、羊飼いと東方の三博士のまなざし」、他前弾いたものの復習
メシアンの鳥のカタログ「ヒメコウテンシ」、「ニシコウライウグイス」
プロコフィエフ 4つの小品より「悪魔的暗示」をもう一回、それからもしかしたら他のも
プロコフィエフ ピアノソナタ第2番
ラフマニノフ 前奏曲とか練習曲とか
バッハ 平均律第I巻変ロ短調(これは近いうちに)
ラヴェルたくさん
リゲティの練習曲少なくとも一つ
ヴィラ=ロボス ブラジルのバッハ第4番
ショスタコーヴィチ 前奏曲とフーガロ短調など
それからクラムに復帰したいところですな。
冬は去年はブラームスにちょっと力をいてたのですが、今年はがっつりロシア音楽の冬にしたいと思ってます。
あ、あとシュニトケの音楽とお知り合いになりたい。
こうやって見るとたくさんですがまだ1年は始まったばっかり。あとは無理しないようにがんばっていきたいです。
これからの1年でどれくらいこなせるか楽しみです。
心理学・精神医学・メンタルヘルス関係のいろいろはまた次回。
私は一応4日から仕事始め、と決めていますが・・・
みなさんもゆっくりお正月を過ごせることを願っています♪
今日の一曲: カロル・シマノフスキ 「メトープ」より「セイレーンの島」
いまめちゃくちゃ練習で苦戦している曲です(笑)
シマノフスキの、特にメトープの各楽章に感じる女性像ってモローの絵画に通じるものがあると思ってきました。
理論はなく、直感的に。色彩的に。
昨日モロー展で彼のセイレーンの絵を何枚か見ました。ブログにも書いたとおりちょっと人間くさいセイレーンだったんですが、色彩だったり「女性」に感じるなにか、というのは確かに共通するなにかがあるようで。
この曲はセイレーンの歌を縫うようにトレモロやトリルなどに満ちていて(それとも反対?)。まるで羽毛のような、震えるような・・・ものすごく繊細なのに,その下に妖しく渦巻く何かがあって。カリュプソーの時とはまた違う、ダークな感じのセクシーさがたまらない!
それにしてもカリュプソーの時よりも技巧的に難しいです。ハーモニーの複雑さもありますし、曲全体を支配する9度という音程をベースに組み立てられた和音は私の手にはちょっと大きすぎる!ああ恨めしい!
でも自分の手だけでなく存在を実在以上にするのが音楽家の仕事でもありますしね(汗)
決して最初聴いた時からぐっとくるような曲ではないけれど、気がついたら彼女たちの歌声とその姿、色彩に魅了されていた、という、ある意味「らしすぎる」曲。
私もあのハーモニー、トリルやトレモロにすっかり虜になっているのですが・・・果たしてその色気や妖しさ、不思議な存在を表現できるようになるのでしょうか(汗)
弾くよりは聴くほうがずーーーっと簡単なので(実際弾く時にこんなむずかしいの!と思っちゃいました)、ぜひ一度聴いてみるのをおすすめします。
