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今年も残すところ1時間半。(日本より2時間早く新年を迎えさせていただきます)
皆様、2010年本当にありがとうございました。ブログも、ツイッターも含めて。
(写真はメルボルン今年最後の日没です)
一年色々ありました。ツイッタークライアントを見てみると登録したのが今年の1月で、ブログもそのちょっと後から始めてるみたいなのでもうすぐ丸1年ですね。
音楽もメンタルヘルス関係もいろいろと書いてきました。創作についてはまあ公開してることが少ないのであれですが。一応カテゴリしてあります。決断ができたときのために。
サイトも立ち上げましたし(いかん、サンキャッチャーのアップ!)、裏庭もこっそり。
色んな方から影響を受けたり、色んな自分の中のsparkに動かされ、本当にいろいろなことをやってきました。
精神状態も不調(どっちの方向にも!)・好調、色々ありました。
仕事も今年から始めて、1年目でフリーランスにしてはずいぶん順調にいってます。
ピアノもいろいろ思い立ったり、悩んだり、レッスンをやったりコンサートに行ったり、なんだか嬉しいことを言われちゃったりして・・・来年はメル響のカジュアルプレイヤーのオーディションに挑戦して、プロとして活動できるようになりたいです。とりあえずお問い合わせを1月のうちにして。
今日はメルボルンは40℃。(これから嵐が来るそうなのですが、帰ってくるときは少し涼しくなってきたのでそろそろかしら?)
美術館でモロー展を見ました。
ちょっとツイッターの方からコピペ失礼します:
ダリの時と比べてずいぶん小規模でしたが楽しかったです。サロメで1コーナーがっつり割けるくらいの作品数はそろってましたし。題材も割と自分にとって身近な神話が多かったのですが、でも絵の中の東洋の影響については知らなかったので驚きもありました。
そして油絵・水彩画をよく見るモローですが、構図決めとか「エチュード」などの鉛筆(&チャコールなど)のスケッチにより心を動かされました。やっぱり思考過程がしっかり残って公開されてるというのは大きいですし、鉛筆の線だけでも世界が広がる・・・というかディテールは鉛筆画の方が断然すごい。
モローは絵の中の人物の身体言語だったりポーズがどれだけ大切か教えてくれますね。リアルな身体の描写に加えて、生き生きとして、静止していてもダイナミックで人物の心理や動き、思いをはっきりと感じ取れるモローのポージングに憧れます。
で、そのシマノフスキの今弾いてる曲集「メトープ」とモローの作品全体に共通する「女性という性」のテーマ。セイレーン、サロメ、スフィンクス、サッポー、エウロパ、マグダラのマリア、トロイのヘレナ・・・他にもいっぱい見ましたが、このテーマはこれから振り返って熟考・消化していきたいです。
実は新約聖書で母の命を受けるサロメよりもオスカー・ワイルド&シュトラウスの作品の、自分の意志で動くサロメの印象が強いのですがモローの絵でのサロメの「役割」ってなかなか難しいですね。作品によってずいぶん変わるのはモローの解釈が時と共に変わったからなんでしょうかね。
特にぐっと来た絵が2枚。1枚目はマクベス夫人の油絵。「悪夢」的な感じが赤の使い方に出ていてどろどろな感じが凄く好きでした。そしてもう1枚目はサッポーの鉛筆画。衣装と楽器が物凄くオリエンタルな感じで、一見インドを思い起こすんですが、ポーズがタイで見た舞踊の天使のポーズと重なって。鉛筆ならではのディテールにも惚れ惚れ。
モローの描く女性の不思議な色っぽさがあって普通に見てるだけでもいいですよね。たまに人間離れしてたり、どの絵にも女性の美以外のいろんな側面だったり深みが見えたりして。もう一回行けるかな、どうだろう。キャンベラのあれも行きたいしな。
・・・ということです。
その後シティにちょっと寄って、それからDocklandsを暑い中散歩して(Docklandsの公園が好きなんですよ)、それからCrown Casinoのカジノじゃない部分をたむろしたのちフードコートで鴨ラーメン、そしてサウスバンクまで歩いてTutto Beneのジェラート(バニラ+ピスタチオ)。
クリスマスはみんな家で過ごすんですが大晦日はみんな花火見に来たりと出かける人が多く、結構賑やかでした。
私はこれから家呑みです。モスコミュールに挑戦するんですよ♪生のショウガのすり下ろし(冷凍ストックから(笑))を入れて。初めて家でウォッカ開けるんでストレートで少なめのショットも。
最後に。
このブログを訪れてくださる方へ、一年どうもありがとうございました。
皆様良いお年をお迎えください。そして来年またよろしくお願いいたします。
(来年になったらサイトも更新します~(汗))
流 星姫
今日の一曲: ジョージ・クラム 「夏の夜の音楽(マクロコスモス第3巻)」より「星屑の音楽」
普段は好きすぎて&大事すぎて紹介したくないという曲ですが、今日は奮発します!
マクロコスモスと名のつく4つの曲集の中で比較的言及する頻度が低い曲です。
その一つは上記の理由もありますが、なんといっても「夏の夜の音楽」というタイトルからも分かるように夏の曲なんですよね。しかもこの曲の場合夕方~夜にかけて暑いときにやっとその真価を発揮する曲なので・・・わりとタイミングが限られてくるのです。私のこだわりからすると。
この曲集の編成はピアノ2台、そして様々ないくつもの打楽器を2人の奏者が受け持ちます。
その中にはアジアのお寺の鐘みたいなのの小さいのだったり、スライドホイッスル、小学校の音楽室にもあるような金属のきらきらっていうやつなどなど・・・そして一番大切なのは「クロタール」というシンバルを小さくしたような形状のものです。
このクロタール、優れもので、叩き合わせたり、ばちで叩く以外にもいっぱい連ねてぶつけあわせたり、弦楽器の弓でその縁を弾くことでいろんな音色が出せるのです。
そしてクロタールの私が一番惚れているところは、その音の鋭さ。叩いた際にでる音は鉄琴のような音ですが、もっともっと透明で、鋭い音がします。(だからこそ音量も大きく、近くでやられると耳が純粋に痛いのですが・・・)この鋭さがこの「星屑の音楽」の中で星が光る音を表現する際に本当にキーとなってくるのです。
あとピアノの音が素晴らしく。
ピアノの弦のところ(グランドピアノですよ)に紙を敷くとその音域で弾くときだけノイズが入るんです。そのノイズがなんともノスタルジック、といいいますか、まるで古い古いレコードや電波の悪いラジオを聴いているような。
そしてピアノの音はこの曲で打楽器の音にものすごく引き立てられるんですよね(逆にピアノは打楽器にメロディーや和音を提供している、お互い高め合う関係)。透明なという意味でも、繊細なという意味でも本当にピアノがガラスでできているようになるんです。
この曲を聴いてもらえばクラムの「サウンド」の表現の深さと広さが(あまり不快で難解な音楽と向き合わなくとも)わかってもらえるかと思います。
何かを告げるような鐘の音、ガラスが規則正しく割れ崩れていくような音、宇宙の彼方で響くような鐘の音、透明に光り伸び、超新星の爆発のようにはじける音・・・
サウンドスケープとしては本当にこんなに愛しいものはないです、私にとって。
光と闇、記憶と未来、心の中の世界と果てしない宇宙の世界・・・色彩、光、空間、時間が全て鮮やかに存在していて。
エンディングの書かれ方も「終わって欲しくない!」と思わせる、ずっとずっとこの曲の全てを感じていたいと思わせる、そんな風で。
あとなんとなーく、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に通じないこともないかなーと思います。
この曲を聴いて欲しいのは勿論夏の夜。
夜になっても気温が下がらないけれど、晴れた夜空に星を見上げ・・・
できたら自然の中で。自分の周りにある程度パーソナルスペース以上の空間を感じられるところで。
実際そういうところに物理的に居られなくても、そういった場所を感じることでこの曲が一層生きてくると私は思います。
私は今日帰宅する時に聴きました。駅から家まででほとんどぴったりの長さ。
見える空は限られてますが・・・本当に夏の暑さが風流で愛しいな、と思いますし、クラムがこうやって書いた音楽の端々に見られるようになんとなく神秘的なものがあるんだなーと感じます。
願わくは今夏もこの曲が似合うような夏らしい気候の夏になりますように。
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今日美容院の帰りにキャンベラのNational Gallery of Australiaで現在バレエ・リュスの衣装展を(3月20日まで)やってるというポスターを見て、なんとか行きたいなあとあたふた。
メルボルンでもモロー展があるのでそっちはもちろん行く予定。3月にはアデレードで友達と一緒にWorld Music Festivalにも行く予定なのでキャンベラはきついかしら。
どっちにしろめちゃくちゃ気持ちだけ先走ってるので冷静に。
昨日今回の不調で記憶を初めとした認知エリアに症状が出た、という話をしました。
わりと普段から鬱状態になると新しいことを記憶したりする能力ががた落ちで・・・もちろん読解力など情報を取り込む能力も落ちるんですけど、それらを保持することがものすごく難しくなります。
そんなに普段から記憶が良いというわけでもないですが・・・
目立って記憶に問題があったことはあります。
もちろんECTによる一時的な短期記憶の低下により卒業式を含め当時の入院時代のことをあまり覚えてなかったり、というのもありますが、それよりあとに健忘症みたいな状態だったこともあります。
その当時はどちらかというと「アレキシサイミア」という、日本語名は失感情症なのですが感情がなくなるというよりは感情の認知・表現が困難になる状態にあったので、きっと記憶の保持に大切な、感情だったり感覚的な認知が欠落するために記憶をキープしたり引き出したりすることが難しくなるのかなーという感じです。
あとはうつの病気としての状態が一番ひどかった8~10年生あたりの記憶もかなり消えています。
人間の脳は不快な(自身に害があると判断した)記憶を消そうとする働きがあるので当然っちゃあ当然ですね。
全部が全部消えているわけではないですので、メンタルヘルス関係の色々で共感したり、自分の経験を活用するのには使えるところは使いたいです。
記憶と学習について10年生?のドイツの授業で先生と面白い話をしたことを覚えてます。
学習する上の記憶法は人それぞれだから自分に合った方法を見つけていくことの大切さ、という話で。
耳で聞くことで覚える方法だったり、photographic memoryといって見たものをぱっと覚える能力の話だったり(クラスに1人居ました)、パターンや規則を見つけて覚える方法だったり、繰り返しで覚えたり・・・他にもあったんですが。
わりとパターンだったり共通点、リンクを見つけて覚えるのは日本人は得意かも、という話になった覚えがあります。私は耳で聞くこととパターン記憶のコンビで覚えることが多い印象が。
音楽となると・・・まず暗譜についてはここのエントリーで書いた事がありますが。
メロディーとハーモニーは主に耳で覚えます。リズムは小脳が司ってると聞いたことがありますが実際に体を動かさないにしても確かに体で覚える、と似た感覚があります。理論とかとは別な次元にある印象。
現代音楽に特化した脳内処理や記憶、というのはあるのかなあ、とよく思います。マイケルと自分のことを考えると思うんですが。わりとパターンや繰り返しに乏しい、ぱっと聞いただけではひもとけないような音楽があるので。
あとちょっと話ずれますが現代音楽は脳内で処理する情報が多いのか、がむしゃらに練習するよりも「一晩寝かせる」ことによって身につくことがたくさんある感じがします。音が覚えられない、と思っても次の日起きて弾いたら無意識レベルに身についてたり。
寝るというのは記憶・・・というか脳の働きで興味深い&大事なことがいろいろあるようで。
寝てる間に脳の中で情報の整頓が行われるのが夢になる、という説もありますし。
記憶は蓄積も大切ですが整頓・・・というか不要な記憶を上手く切り捨てるのも大事という話も大学時代の心理学の授業でぼんやり聞いたような。(人間の記憶キャパシティも無限ではありませんものね)
自分の家や部屋と同じで要らないものは捨てて、要るものはそろえて、要るものは要るときに引き出せるようにする、というのがどうやらミソらしいです。
こないだ母が「ハンニバル」を読み終えて(これで「ハンニバル・ライジング」を残すのみかな?)、電話で私と母でレクター博士の「記憶の宮殿」の記憶法が興味深いね、という話をしていて。これ実際に存在するコンセプトなんですよ。
理論的にかなってるコンセプトですし、レクター博士がすごい!というのもありますし、使えたら勉強して使ってみるのも面白いし、なんといっても純粋に好奇心をそそられるんですよ。
気持ちと時間に余裕があったら今度追っかけてみようかな、と思います。
記憶と言えば来年のチャレンジを迎えるに当たっていろいろ曲を暗譜しなきゃなあ、と思うのですがなんだか自信がつかなくて。できる気がしない、というのは・・・まだ少し残るうつの記憶低下を考慮してのことなのか、それともその気持ち自体がまだ少し残るうつの悲観思考なのか。果たして。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「鳥のカタログ」より「イソヒヨドリ」
Michael Kieran Harveyの録音(Move Records)
今日の曲はこれしかない!と思いました。今日一日この曲に心を奪われっぱなし!
小さい頃に図鑑で見たイソヒヨドリは、周りの茶色の鳥たちからひときわ目立つ、ブルーの体と煉瓦色の腹。
図鑑にはなかなか鳴き声って載ってないですがそのヴィジュアルで何年も色あせず心に残った鳥。
メシアンがこの鳥の鳴き声、そして色彩を愛したことはこの曲から本当に感じ取れます。
海のサファイア・ブルー、青、緑がかった青、そしてイソヒヨドリの紫が入ったブルー、この曲は鮮やかな青の喜びで満ちあふれています。
岩に当たって砕ける波の荒々しさに飲み込まれず優しく響く「バリの音楽を思わせるようなその歌声」。
ダイナミックで力強く、きらきら輝く音楽に惚れ惚れとしています。
「鳥のカタログ」に限らず、自然は美しいけど厳しいもの。
岩山だったり、崖だったり、波、荒れ地、暑さ・・・鳥のカタログにもフランスの美しい、でも厳しい自然がピアノの音で表現されています。そのなかを自由に飛び交い、心の底から歌う鳥たちは強く美しいなあ、ときっとメシアンは思ってたんだろうな。
曲自体の紹介には結局手が回らずでしたが・・・まだ恋に落ちたばっかりなのでまだまだそこは(笑)
末永く愛していきたいと思います。
メルボルンでもモロー展があるのでそっちはもちろん行く予定。3月にはアデレードで友達と一緒にWorld Music Festivalにも行く予定なのでキャンベラはきついかしら。
どっちにしろめちゃくちゃ気持ちだけ先走ってるので冷静に。
昨日今回の不調で記憶を初めとした認知エリアに症状が出た、という話をしました。
わりと普段から鬱状態になると新しいことを記憶したりする能力ががた落ちで・・・もちろん読解力など情報を取り込む能力も落ちるんですけど、それらを保持することがものすごく難しくなります。
そんなに普段から記憶が良いというわけでもないですが・・・
目立って記憶に問題があったことはあります。
もちろんECTによる一時的な短期記憶の低下により卒業式を含め当時の入院時代のことをあまり覚えてなかったり、というのもありますが、それよりあとに健忘症みたいな状態だったこともあります。
その当時はどちらかというと「アレキシサイミア」という、日本語名は失感情症なのですが感情がなくなるというよりは感情の認知・表現が困難になる状態にあったので、きっと記憶の保持に大切な、感情だったり感覚的な認知が欠落するために記憶をキープしたり引き出したりすることが難しくなるのかなーという感じです。
あとはうつの病気としての状態が一番ひどかった8~10年生あたりの記憶もかなり消えています。
人間の脳は不快な(自身に害があると判断した)記憶を消そうとする働きがあるので当然っちゃあ当然ですね。
全部が全部消えているわけではないですので、メンタルヘルス関係の色々で共感したり、自分の経験を活用するのには使えるところは使いたいです。
記憶と学習について10年生?のドイツの授業で先生と面白い話をしたことを覚えてます。
学習する上の記憶法は人それぞれだから自分に合った方法を見つけていくことの大切さ、という話で。
耳で聞くことで覚える方法だったり、photographic memoryといって見たものをぱっと覚える能力の話だったり(クラスに1人居ました)、パターンや規則を見つけて覚える方法だったり、繰り返しで覚えたり・・・他にもあったんですが。
わりとパターンだったり共通点、リンクを見つけて覚えるのは日本人は得意かも、という話になった覚えがあります。私は耳で聞くこととパターン記憶のコンビで覚えることが多い印象が。
音楽となると・・・まず暗譜についてはここのエントリーで書いた事がありますが。
メロディーとハーモニーは主に耳で覚えます。リズムは小脳が司ってると聞いたことがありますが実際に体を動かさないにしても確かに体で覚える、と似た感覚があります。理論とかとは別な次元にある印象。
現代音楽に特化した脳内処理や記憶、というのはあるのかなあ、とよく思います。マイケルと自分のことを考えると思うんですが。わりとパターンや繰り返しに乏しい、ぱっと聞いただけではひもとけないような音楽があるので。
あとちょっと話ずれますが現代音楽は脳内で処理する情報が多いのか、がむしゃらに練習するよりも「一晩寝かせる」ことによって身につくことがたくさんある感じがします。音が覚えられない、と思っても次の日起きて弾いたら無意識レベルに身についてたり。
寝るというのは記憶・・・というか脳の働きで興味深い&大事なことがいろいろあるようで。
寝てる間に脳の中で情報の整頓が行われるのが夢になる、という説もありますし。
記憶は蓄積も大切ですが整頓・・・というか不要な記憶を上手く切り捨てるのも大事という話も大学時代の心理学の授業でぼんやり聞いたような。(人間の記憶キャパシティも無限ではありませんものね)
自分の家や部屋と同じで要らないものは捨てて、要るものはそろえて、要るものは要るときに引き出せるようにする、というのがどうやらミソらしいです。
こないだ母が「ハンニバル」を読み終えて(これで「ハンニバル・ライジング」を残すのみかな?)、電話で私と母でレクター博士の「記憶の宮殿」の記憶法が興味深いね、という話をしていて。これ実際に存在するコンセプトなんですよ。
理論的にかなってるコンセプトですし、レクター博士がすごい!というのもありますし、使えたら勉強して使ってみるのも面白いし、なんといっても純粋に好奇心をそそられるんですよ。
気持ちと時間に余裕があったら今度追っかけてみようかな、と思います。
記憶と言えば来年のチャレンジを迎えるに当たっていろいろ曲を暗譜しなきゃなあ、と思うのですがなんだか自信がつかなくて。できる気がしない、というのは・・・まだ少し残るうつの記憶低下を考慮してのことなのか、それともその気持ち自体がまだ少し残るうつの悲観思考なのか。果たして。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「鳥のカタログ」より「イソヒヨドリ」
Michael Kieran Harveyの録音(Move Records)
今日の曲はこれしかない!と思いました。今日一日この曲に心を奪われっぱなし!
小さい頃に図鑑で見たイソヒヨドリは、周りの茶色の鳥たちからひときわ目立つ、ブルーの体と煉瓦色の腹。
図鑑にはなかなか鳴き声って載ってないですがそのヴィジュアルで何年も色あせず心に残った鳥。
メシアンがこの鳥の鳴き声、そして色彩を愛したことはこの曲から本当に感じ取れます。
海のサファイア・ブルー、青、緑がかった青、そしてイソヒヨドリの紫が入ったブルー、この曲は鮮やかな青の喜びで満ちあふれています。
岩に当たって砕ける波の荒々しさに飲み込まれず優しく響く「バリの音楽を思わせるようなその歌声」。
ダイナミックで力強く、きらきら輝く音楽に惚れ惚れとしています。
「鳥のカタログ」に限らず、自然は美しいけど厳しいもの。
岩山だったり、崖だったり、波、荒れ地、暑さ・・・鳥のカタログにもフランスの美しい、でも厳しい自然がピアノの音で表現されています。そのなかを自由に飛び交い、心の底から歌う鳥たちは強く美しいなあ、ときっとメシアンは思ってたんだろうな。
曲自体の紹介には結局手が回らずでしたが・・・まだ恋に落ちたばっかりなのでまだまだそこは(笑)
末永く愛していきたいと思います。
でこぼこ道ではありますが、だんだん調子は上向きになってるようです。
今日はまずこんなものを。
ここ数週間サイトに上げたステンドグラスと同じく、音楽の曲集をモチーフにいろいろ作ってみるプロジェクトみたいなもので、窓際に吊すサンキャッチャーを作ってみました。
モチーフにしたのはジョージ・クラムの「天体の力学(マクロコスモス第4巻)」で、この写真はそのうちの一つ。
西日を受けて輝くのがあまりにも綺麗でアップしてしまいました。
残りも拙いですが一応写真を撮ってあるのでそのうちまとめてサイトに展示しますね~
回復もまだなのに気が早いようですが今回の不調は主に仕事からのストレスでちょっと弱ってたところに他の要因が入って来た、という形だったようです。
気分の落ち込みが朝に顕著な、うつで典型的に見られる日内変動、エネルギー・活動レベルの低下、若干の食欲の低下・・・とここら辺までは冬の不調にもよくある症状。
それに加えて認知関係に影響があったり、不安系の症状がでたり、さらにはストレスでこないだの咳喘息の気道過敏がぶり返したり(これにはびっくり!初めてだったので・・・10年以上患ってる病気でも新しい発見は次々と)。
認知関係では記憶力の低下、情報処理能力の低下(これらは今までの不調でもよく現れる症状)に加えて手書きでメモ・ノートをとってて漢字が思い出せない、書いている文字が途中で分からなくなったり、いつも使い慣れてるスーパーのセルフレジで操作が分からなくなったり・・・といった症状も。やけにもたつく、自然だったことが地味にできなくなるのがかなり困りました。
不安系の症状だとおもに息切れ、わけのわからない恐怖感&焦燥だったり。ピアノでなんだか自分にプレッシャーをかけてたのかわりと練習中にこれらの症状を感じることが。一応原因となる曲は決着をつけたのできっとここらは大丈夫になるはず。
こういう状態だと自分の思考と並行して病気の言い分が聞こえて実にうるさかったり、Looking for troublesといいますか自分に悪いことについつい引っ張られちゃったり悪いことをしてしまったりで。
何年もやってきてどうしても改善しないというか、それが病気の症状の一つで仕方がないんだけど分かっててやっちゃうのが嫌なところの一つです。
音楽を聴くのもちょっと少なめでしたね。仕事をしてても途中で音楽を止めたりで。
ただやっぱりこういう状態のときは俗に癒しというような音楽よりはがっつりショスタコ、プロコフィエフ、ルトスワフスキなど暗く、パワフルかつ角のある曲がほどよい刺激と共感・発散で元気と支えをくれました。
ひき続きここら辺については詳しく考察していきたいところですが。
なんというか・・・今回「やっぱ治ってないな-」と思いましたね。
普段ちゃんとコントロールできてるけど、ちゃんと管理してないと、無理しちゃったりすると落ちるもんだなあ、と。
この季節にこんな状態になることが珍しいのでなんだか本当に反省しています。もっと自分を大切にして、ちゃんと自分の精神状態の管理だったり、回復のための自分なりのいろいろをしないとな、という事を思い知りました。
病気の状態だといろいろベストまでできないのは仕方がないのですが、なるべく次回に生かしたいと思います。
話は変わりますが、今日贔屓にしていただいてる翻訳会社さんが仕事納めで感謝のメールと電話をいただいてしまいました(汗)自分が「仕事ができる人」になるとは思ってもいなかったのでものすごく恐縮なのですが・・・なによりもメールかく時ものすごく時間かけて敬語とかチェックしてるので電話でちゃんと日本語でしゃべれるボキャブラリーが少なくてものすごくあたふたしてしまいました(汗)
来年は新しいチャレンジもありますが、これからも引き続き頑張って行きたいと思います。
それではまだ毎日更新とは行かないかも知れませんがまたよろしくお願いします♪
今日の一曲: ジョージ・クラム マクロコスモス第1巻第1楽章「原始の音たち(創世記I)」
お休みしている間にジョージ・クラムの分析&解釈ノートの制作を始めました。
音楽の音列を分析したり、タイトルなどから連想されるコンセプトや神話を自分なりにリサーチしたり、そこか想像をふくらませてメモしたり、とにかく自分が彼の音楽に対して感じること、広げたいこと、創造したいことを形にする試みです。
なにか思いついたら追加できるようにしてあるので長期的に大事にしていきたいです。
その中でも一番最初に当たるこの曲をここ数日重点的に分析していました。
「原始の音たち(創世記I)」。
創世記、といえば自然と連想するのは(特にクラムの母国であるアメリカでは)旧約聖書の「創世記」。
神は7日で世界を創り、人を創ったというあれです。
その「7日の創造」を表す数字の「7」がこの曲でも深く深く掘り下げるといっぱいいっぱい出てきて。
例えば最初に聞こえる7つの和音。この7つの和音でこのサイクルは始まります。
創世神話はなにもユダヤ・キリスト教に限ったものではありません。エジプト神話、ギリシャ神話など、「混沌」のなかから世界が生まれた神話はたくさん。
そして旧約聖書、エジプト神話など世界が生まれる前の混沌を「海」に例える神話はたくさんあります。
生物史でも全ての生命の源は海で生まれました。(胎内の羊水もまたその音だったりから海と繋げられることがありますね)
20世紀の音楽には割と科学を(おおっぴらでなくても)題材にしていたりする曲がちらほらあって。クラムも割とそういう傾向があるせいか、自分にとっては神話以前に科学的な「生命の原始」を感じました。
今私たちが知っている海よりもずっと温度が高く二酸化酸素や硫黄を含んだ海、雲に覆われた暗い空、むき出しの荒々しい岩石、波のうなり・・・そういう情景が浮かびます。
この曲を弾く予定はまだないですが、もしも弾く機会があるのなら、自分のこの二つの手を混沌の中にさしのべて岩と海に満ちた世界を創るつもりでパワフルに演奏したいです♪
今日はまずこんなものを。
モチーフにしたのはジョージ・クラムの「天体の力学(マクロコスモス第4巻)」で、この写真はそのうちの一つ。
西日を受けて輝くのがあまりにも綺麗でアップしてしまいました。
残りも拙いですが一応写真を撮ってあるのでそのうちまとめてサイトに展示しますね~
回復もまだなのに気が早いようですが今回の不調は主に仕事からのストレスでちょっと弱ってたところに他の要因が入って来た、という形だったようです。
気分の落ち込みが朝に顕著な、うつで典型的に見られる日内変動、エネルギー・活動レベルの低下、若干の食欲の低下・・・とここら辺までは冬の不調にもよくある症状。
それに加えて認知関係に影響があったり、不安系の症状がでたり、さらにはストレスでこないだの咳喘息の気道過敏がぶり返したり(これにはびっくり!初めてだったので・・・10年以上患ってる病気でも新しい発見は次々と)。
認知関係では記憶力の低下、情報処理能力の低下(これらは今までの不調でもよく現れる症状)に加えて手書きでメモ・ノートをとってて漢字が思い出せない、書いている文字が途中で分からなくなったり、いつも使い慣れてるスーパーのセルフレジで操作が分からなくなったり・・・といった症状も。やけにもたつく、自然だったことが地味にできなくなるのがかなり困りました。
不安系の症状だとおもに息切れ、わけのわからない恐怖感&焦燥だったり。ピアノでなんだか自分にプレッシャーをかけてたのかわりと練習中にこれらの症状を感じることが。一応原因となる曲は決着をつけたのできっとここらは大丈夫になるはず。
こういう状態だと自分の思考と並行して病気の言い分が聞こえて実にうるさかったり、Looking for troublesといいますか自分に悪いことについつい引っ張られちゃったり悪いことをしてしまったりで。
何年もやってきてどうしても改善しないというか、それが病気の症状の一つで仕方がないんだけど分かっててやっちゃうのが嫌なところの一つです。
音楽を聴くのもちょっと少なめでしたね。仕事をしてても途中で音楽を止めたりで。
ただやっぱりこういう状態のときは俗に癒しというような音楽よりはがっつりショスタコ、プロコフィエフ、ルトスワフスキなど暗く、パワフルかつ角のある曲がほどよい刺激と共感・発散で元気と支えをくれました。
ひき続きここら辺については詳しく考察していきたいところですが。
なんというか・・・今回「やっぱ治ってないな-」と思いましたね。
普段ちゃんとコントロールできてるけど、ちゃんと管理してないと、無理しちゃったりすると落ちるもんだなあ、と。
この季節にこんな状態になることが珍しいのでなんだか本当に反省しています。もっと自分を大切にして、ちゃんと自分の精神状態の管理だったり、回復のための自分なりのいろいろをしないとな、という事を思い知りました。
病気の状態だといろいろベストまでできないのは仕方がないのですが、なるべく次回に生かしたいと思います。
話は変わりますが、今日贔屓にしていただいてる翻訳会社さんが仕事納めで感謝のメールと電話をいただいてしまいました(汗)自分が「仕事ができる人」になるとは思ってもいなかったのでものすごく恐縮なのですが・・・なによりもメールかく時ものすごく時間かけて敬語とかチェックしてるので電話でちゃんと日本語でしゃべれるボキャブラリーが少なくてものすごくあたふたしてしまいました(汗)
来年は新しいチャレンジもありますが、これからも引き続き頑張って行きたいと思います。
それではまだ毎日更新とは行かないかも知れませんがまたよろしくお願いします♪
今日の一曲: ジョージ・クラム マクロコスモス第1巻第1楽章「原始の音たち(創世記I)」
お休みしている間にジョージ・クラムの分析&解釈ノートの制作を始めました。
音楽の音列を分析したり、タイトルなどから連想されるコンセプトや神話を自分なりにリサーチしたり、そこか想像をふくらませてメモしたり、とにかく自分が彼の音楽に対して感じること、広げたいこと、創造したいことを形にする試みです。
なにか思いついたら追加できるようにしてあるので長期的に大事にしていきたいです。
その中でも一番最初に当たるこの曲をここ数日重点的に分析していました。
「原始の音たち(創世記I)」。
創世記、といえば自然と連想するのは(特にクラムの母国であるアメリカでは)旧約聖書の「創世記」。
神は7日で世界を創り、人を創ったというあれです。
その「7日の創造」を表す数字の「7」がこの曲でも深く深く掘り下げるといっぱいいっぱい出てきて。
例えば最初に聞こえる7つの和音。この7つの和音でこのサイクルは始まります。
創世神話はなにもユダヤ・キリスト教に限ったものではありません。エジプト神話、ギリシャ神話など、「混沌」のなかから世界が生まれた神話はたくさん。
そして旧約聖書、エジプト神話など世界が生まれる前の混沌を「海」に例える神話はたくさんあります。
生物史でも全ての生命の源は海で生まれました。(胎内の羊水もまたその音だったりから海と繋げられることがありますね)
20世紀の音楽には割と科学を(おおっぴらでなくても)題材にしていたりする曲がちらほらあって。クラムも割とそういう傾向があるせいか、自分にとっては神話以前に科学的な「生命の原始」を感じました。
今私たちが知っている海よりもずっと温度が高く二酸化酸素や硫黄を含んだ海、雲に覆われた暗い空、むき出しの荒々しい岩石、波のうなり・・・そういう情景が浮かびます。
この曲を弾く予定はまだないですが、もしも弾く機会があるのなら、自分のこの二つの手を混沌の中にさしのべて岩と海に満ちた世界を創るつもりでパワフルに演奏したいです♪
日本の皆様、オーストラリアの皆様、他の国からもブログを訪れてくださってる人がいるのならそういった方々も・・・Merry Christmas!
タイトルの「Season's Greetings」はメリークリスマスと同じような意味をもった「季節のご挨拶」。特に無神論者の方々が(に対して)使う言葉なのでちょっとプッシュしてみました。
今日は昼間に動物園に行った後(長くなるのでまたもしかしたら別の機会に)、毎年恒例となってるセカンドファミリー(親友の家族)と一緒のクリスマスを過ごしました。
今年はなんと親友の妹の双子達のそれぞれの彼氏もいました。まったく大きくなったものです。4人で明日からキャンプにいくらしくテンションが大分高めでした。
散々騒いで、ご飯をごちそうになって(ベジタブルキッシュが本当においしかった!)、それから親友と親友の彼氏、そして親友のお父さんと私の4人で500の真剣(?)勝負。好きなんですよね~戦略の細かさが結構なレベル。親友のお父さんにそういう上級の(?)戦略とかも教わりながらがっつり頭を動かしました。
左は前回来たときに組み立てを手伝ったジンジャーブレッドハウス。丸いのはSmarties、そしてタイルなどにはリコリスのお菓子をスライスして使っています。もう大分食べられてますが。
右は500用のトランプ。普通のデッキでもできるのですが、6人でプレイする場合は数字の11,12,13が入るんです。(5人以上でやったことないけど・・・)そしてジョーカーの蛇を捕らえるワライカワセミが特徴的。
大丈夫かなー疲れるかなーと思ってましたが、本当に楽しい、落ち着いた1日でした。
そして親友のお姉さんから紹介してもらった本を一冊。
「猫はみんなアスペルガー症候群」と訳したらいいのかな、題は?
可愛い猫の写真集であると同時に、猫の行動・習性を通してアスペルガー症候群の人達の行動を解りやすく、親しみやすくしてくれる本です。(ちなみに犬とADHDのもあるみたいです)
アスペルガー症候群の(と私は今日初めて正式に聞いたのですが)親友のお姉さんのお墨付きです。なるほどなるほど!と思わず共感してしまいました。
まだお休み期間は続きそうですが、このブログを訪れてくださってる全ての人がfestivityの季節を安全に幸せに楽しめることを願っています。
今日の一曲: クリスマス賛美歌 Away in a Manger
小中高とアングリカン(イギリス教会)の学校で過ごしたのですが、年も終わりになると(注:オーストラリアの学校は最終学期である4学期が12月半ばに終わります。1学期の初めは1月末)幼稚園から12年生まで一堂に集まってクリスマスの礼拝があります。
普段の礼拝でも使うHymn bookにはクリスマスのいろんな賛美歌があるのですが、小さい子供達にダントツで大人気なのがこのAway in a Mangerなんです。
歌詞や題材がクリスマスの子供向けの部分にフォーカスしているのもありますし、どこか子守歌のような(そしてケルト風?)親しみやすいメロディーが子供に大変なじみやすいようで。
あとこの賛美歌はヘ長調で歌われることが多く、その調のゆったりふんわり落ち着いた心の広い性格もまたイメージに貢献していると思います。
(イースターの賛美歌のAlleluia, Alleluia, give thanks to the risen lordという賛美歌も酷似したオープニング、同じ調でまた小さい子に人気が高いです!)
この動画では割とプロな子供が歌ってるのですが、普通にそこら辺のちびっ子が集まると息継ぎのフレーズがものすごく短くてそれもまた愛らしい(笑)(前述Alleluia, alleluiaも同じく)
特に子供が好きだとか得意でない私でも本当にたくさんの意味でいいなあ、と思ってしまいます♪
最近はポップのクリスマスソングも多く流れたり出回ったりしていますが、キャロルを聴かなければこのシーズンは実感がない!日本ではあまり知られていないクリスマスソングもあって、雰囲気・文化的な背景・経験の記憶を抜いても音楽的にそれなりに良い曲というのは多いですので・・・
雰囲気だけでも本当に良いものが感じられるこの季節。宗教・国・言葉・音楽の好みをそばに置いてクリスマスキャロルに耳を傾けて欲しいな、と思います♪
タイトルの「Season's Greetings」はメリークリスマスと同じような意味をもった「季節のご挨拶」。特に無神論者の方々が(に対して)使う言葉なのでちょっとプッシュしてみました。
今日は昼間に動物園に行った後(長くなるのでまたもしかしたら別の機会に)、毎年恒例となってるセカンドファミリー(親友の家族)と一緒のクリスマスを過ごしました。
今年はなんと親友の妹の双子達のそれぞれの彼氏もいました。まったく大きくなったものです。4人で明日からキャンプにいくらしくテンションが大分高めでした。
散々騒いで、ご飯をごちそうになって(ベジタブルキッシュが本当においしかった!)、それから親友と親友の彼氏、そして親友のお父さんと私の4人で500の真剣(?)勝負。好きなんですよね~戦略の細かさが結構なレベル。親友のお父さんにそういう上級の(?)戦略とかも教わりながらがっつり頭を動かしました。
右は500用のトランプ。普通のデッキでもできるのですが、6人でプレイする場合は数字の11,12,13が入るんです。(5人以上でやったことないけど・・・)そしてジョーカーの蛇を捕らえるワライカワセミが特徴的。
大丈夫かなー疲れるかなーと思ってましたが、本当に楽しい、落ち着いた1日でした。
そして親友のお姉さんから紹介してもらった本を一冊。
「猫はみんなアスペルガー症候群」と訳したらいいのかな、題は?
可愛い猫の写真集であると同時に、猫の行動・習性を通してアスペルガー症候群の人達の行動を解りやすく、親しみやすくしてくれる本です。(ちなみに犬とADHDのもあるみたいです)
アスペルガー症候群の(と私は今日初めて正式に聞いたのですが)親友のお姉さんのお墨付きです。なるほどなるほど!と思わず共感してしまいました。
まだお休み期間は続きそうですが、このブログを訪れてくださってる全ての人がfestivityの季節を安全に幸せに楽しめることを願っています。
今日の一曲: クリスマス賛美歌 Away in a Manger
小中高とアングリカン(イギリス教会)の学校で過ごしたのですが、年も終わりになると(注:オーストラリアの学校は最終学期である4学期が12月半ばに終わります。1学期の初めは1月末)幼稚園から12年生まで一堂に集まってクリスマスの礼拝があります。
普段の礼拝でも使うHymn bookにはクリスマスのいろんな賛美歌があるのですが、小さい子供達にダントツで大人気なのがこのAway in a Mangerなんです。
歌詞や題材がクリスマスの子供向けの部分にフォーカスしているのもありますし、どこか子守歌のような(そしてケルト風?)親しみやすいメロディーが子供に大変なじみやすいようで。
あとこの賛美歌はヘ長調で歌われることが多く、その調のゆったりふんわり落ち着いた心の広い性格もまたイメージに貢献していると思います。
(イースターの賛美歌のAlleluia, Alleluia, give thanks to the risen lordという賛美歌も酷似したオープニング、同じ調でまた小さい子に人気が高いです!)
この動画では割とプロな子供が歌ってるのですが、普通にそこら辺のちびっ子が集まると息継ぎのフレーズがものすごく短くてそれもまた愛らしい(笑)(前述Alleluia, alleluiaも同じく)
特に子供が好きだとか得意でない私でも本当にたくさんの意味でいいなあ、と思ってしまいます♪
最近はポップのクリスマスソングも多く流れたり出回ったりしていますが、キャロルを聴かなければこのシーズンは実感がない!日本ではあまり知られていないクリスマスソングもあって、雰囲気・文化的な背景・経験の記憶を抜いても音楽的にそれなりに良い曲というのは多いですので・・・
雰囲気だけでも本当に良いものが感じられるこの季節。宗教・国・言葉・音楽の好みをそばに置いてクリスマスキャロルに耳を傾けて欲しいな、と思います♪
カウンターが回ってるのでアクセス解析みてみたら検索からなど色々な人が来てくれてるのですね!
お探しの諸々の一部でもここで見つけられたかは解りませんがご訪問ありがとうです♪
さてさて、ここ数日調子が芳しくない・・・というかそれ以上なのでちょっとTwitterとブログお休みしています。
(サイトの方は休んでても解らないほど更新してませんが(汗))
仕事も忙しいですしね、とりあえずやることをぐっと絞って無理せずできる分だけ・・・というのもありますし。
情報のインプット・アウトプットどちらにも問題があるので。
それから今判断力その他もろもろがちょとあれなんで「自分によいこと」「自分の心のために正しいこと」をちゃんと考えてできないのでとりあえず「自分にとって悪いこと」をしないようにする、という手段をとってます。
もちろん「自分にとって良いことをする」の代替にはなりませんが。
とりあえず仕事と、アドベントと、あとサントラメモ。
やりたくなくても、意味がないように思えてもこの3つで。
もうすぐ仕事もきっと休みですし。
習慣が崩れて自然消滅・・・ということになってもおかしくないのですが、戻りたいと思ったら面倒くさがらず戻ってくるようにします(苦笑)
いちおうブログで書きたいネタがあったときはメモしてますから。
調子が悪いのも上手く利用しようとしてはいます。
とりあえず仕方がない部分もありながらできることはやってるので心配無用です。
ではまたそのうち。
お探しの諸々の一部でもここで見つけられたかは解りませんがご訪問ありがとうです♪
さてさて、ここ数日調子が芳しくない・・・というかそれ以上なのでちょっとTwitterとブログお休みしています。
(サイトの方は休んでても解らないほど更新してませんが(汗))
仕事も忙しいですしね、とりあえずやることをぐっと絞って無理せずできる分だけ・・・というのもありますし。
情報のインプット・アウトプットどちらにも問題があるので。
それから今判断力その他もろもろがちょとあれなんで「自分によいこと」「自分の心のために正しいこと」をちゃんと考えてできないのでとりあえず「自分にとって悪いこと」をしないようにする、という手段をとってます。
もちろん「自分にとって良いことをする」の代替にはなりませんが。
とりあえず仕事と、アドベントと、あとサントラメモ。
やりたくなくても、意味がないように思えてもこの3つで。
もうすぐ仕事もきっと休みですし。
習慣が崩れて自然消滅・・・ということになってもおかしくないのですが、戻りたいと思ったら面倒くさがらず戻ってくるようにします(苦笑)
いちおうブログで書きたいネタがあったときはメモしてますから。
調子が悪いのも上手く利用しようとしてはいます。
とりあえず仕方がない部分もありながらできることはやってるので心配無用です。
ではまたそのうち。
