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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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ステンドグラスデザインできました!
取り急ぎちょっぴり更新です。まだ仕事&ピアノ&休息の両立でなく鼎立モードです。


以前からTwitterでつぶやき続き随分とフリが長かったプロジェクト、公開しました!
オリヴィエ・メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」をモチーフにしたステンドグラスのデザインです。
下手&素人なりにがんばってみました♪

曲についての説明はwikipediaのこの記事で。

プロジェクトのTogetterまとめはこちら。なぜステンドグラスなのか、という経緯などもあるのでぜひご覧下さい。

そして完成品を8枚セット並べて飾るとこうなります。
ステンドグラスデザイン!





(クリックで拡大画像が見れます)
 
 
散々騒ぎながら作業してきましたがやっと完成です。
嬉しいのでtwitterにも上げましたし、togetterで上記まとめも作りましたし。
そして今これを初めとして自分の諸創作物を展示するゆるーいギャラリーも制作しています。
次のプロジェクトもちょっぴり発動中です。

音楽を演奏するのが勿論一番!ですが、音楽を別の表現形態で表現すること、そしてそのプロセスによってより音楽を深く理解して感じたいと思いますし、現代音楽については特に視覚的な要素もあった方がとっつきやすいかなーなんていうちょっとした下心もあります。
とにかくもっと音楽と違った角度から触れあいたいと思うので、またなんだかごちゃごちゃ工程につぶやいててもよろしくお願いします(礼)

ギャラリー、こうやってサイト作成するのはちょっと久しぶりで気恥ずかしさだったり別の後ろめたい?感情もあってなかなか進んでないのですが・・・(汗)完成したあかつきにはそちらも宜しくお願いします。
ブログも書きたいトピックいろいろメモってあるので心と頭に余裕を備えて復帰したいと思います。


今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「世の終わりのための四重奏曲」 第3楽章 「鳥たちの深淵」



もちろん今日はこの一曲!中でもある意味一番ユニークな楽章をチョイスしました。

この四重奏曲は(メシアンの当時の事情から)ピアノ、バイオリン、チェロ、クラリネットという変則的な編成。
全8楽章ある中ずっと全員が弾いているわけではなく、バイオリンが主役(+ピアノ伴奏)だったり、チェロが主役(+ピアノ伴奏)だったり、ピアノ抜きのトリオで演奏したりと楽章によって編成が変わることがあります。

その中でもこの「鳥たちの深淵」はクラリネットだけ、という珍しい編成。
バイオリンも、チェロも、ピアノも一音も弾きません。
クラリネットは木管楽器のなかでもわりと音量に乏しく、透明だけど中身がオーボエみたいにぎゅっと詰まっていない音。それ一本で大丈夫?という一見頼りないような気もしますが・・・
でもこの曲はクラリネットならでは、の名曲だと思います。

クラリネットというのはそもそもモーツァルトの時代に作られた、打楽器やホルン(角笛としての)だったり笛だったりのそれこそ神話時代からあるような楽器と比べるとだいぶ新しい楽器です。
なので例えば(比べるのもちょっと悪いような気がしますが)似たような楽器のオーボエと比べるとソフトな音がスムーズに出たり、音域が広かったり、音を出すのに要る労力が少なかったり。
その優れた能力と、透明でクールな音を買われて特に20世紀(特にフランス)で、さらにジャズやクレズマーにも愛用されるようになった楽器です。

メシアンもクラリネットのその弱音のポテンシャルを存分に発揮させています。
「聞こえない音が吹ける」とまで言われるクラリネット。何もないところからすーっと幽霊よりも気配を消して表れたり、本当の意味で消え入るようなフレーズの終わりだったり。
「吸い込まれるような闇」を表すにはこれ以上ふさわしい楽器はないですね。

でも曲が曲で楽器が楽器ですから、この曲を聴くときは全くの静寂の中でしかこの曲の真髄を感じることはできないと思います。
ステレオでもいいのですが、できたらしんと静まりかえったホールで。
最高の環境、というのが人っ子一人いないホールなんですが・・・つまりは奏者になる、という。
奏者側からそうやって自分の音が闇と静寂に消散していくのをたった一人で味わえる贅沢・・・いいなあ。

なので是非この曲でのクラリネットの透明な音、そして音が消えるその瞬間をつかまえられるようなるべく無音に近い環境で耳を傾けてくださいね♪

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ちょっとばかり・・・
ちょっと最近お仕事が夜まで続いたりしていてブログをまとめる気力がないです・・・
まだもうちょっと続きそうなので数日滞るっぽいです。訪れてくれてる方、本当にありがとうございます、そして申し訳ありません!しばしのお待ちを・・・

今はステンドグラスももうすぐできあがりで、その後ギャラリーをまとめたり、もう次のプロジェクトのアイディアも固まってきていますし。
ちょこちょこやりたいことがあるのでなるべく週末までに仕事を終わらせて休息だったりピアノだったり外に遊びに行ったりもしながら頭と心をのびのびと動かしたいと思います。

ただ今日の一曲は昨日書いてあるので下記参照です~


今日の一曲: カレル・フサ 「プラハのための音楽1968」 第4楽章

楽天市場の録音リンク

父から知った吹奏楽の名曲です。
リンクしました愛知工業大学名電高校の演奏を聴かせてもらったのですが素晴らしい演奏で!
オケ版もありますけどやっぱりかなわないかなーと思ってこっちを。

タイトルの「1968」はチェコを始め東欧にとってかなり激動の年でした。
その年に起きた「プラハの春」というソヴィエトの権力が及んでいる諸国の共産党に対する運動、それに次ぐソヴィエト側の軍事制圧をこの曲は題材としています。
(詳しいところは私もあんまりなので・・・wikipediaへ。)
ショパンがポーランドの危機に怒りを感じ「革命のエチュード」を書いた様にフサもまた自国の危機に怒りを感じそれを音楽としたのです。

チェコの作曲家は全般的にものすごく愛国心が強い印象をうけます。
ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」、スメタナの「我が祖国」、そしてこの曲・・・
チェコの民族音楽を引用したり、利用したり、題材もチェコの国のものだったり。
それ以上に直感的に強烈な愛国心を音楽から感じますね。
同じくノスタルジックなテイストと強い愛国心を持つイギリスの音楽と共通する事もありますが、チェコの音楽にみられる愛国心にはもっと「強烈」という言葉が似合います。

この曲の第3楽章は吹奏楽版もオケ版も打楽器のみの演奏で、その最後の巨大なスネアドラムのクレッシェンドからなだれ込むようにこの楽章のトッカータに入ります。
木管も金管もものすごくパワフル!独特のリズムと暗く激しいサウンドはあえて似ているというならホルストの「惑星」の「火星」だったり、同じく軍事的制圧を題材とするショスタコーヴィチの交響曲第11番にもまた通じるものが。

トッカータの後にはコラールのセクション。
この声をそろえて奏でられるメロディーは他のチェコの音楽でも引用されている
「汝ら、神とその法の戦士たち」という戦いの歌だそう。
軍事的制圧にも屈しない、チェコの人々の誇りと不屈の精神がこのユニゾンのコラール(ショスタコも民衆の声としてたくさんの楽器のユニゾンを使いますね)に表れていると思います。

ショスタコが好きな人はわりとこの曲の精神がすっと入ってくると思います。
そうでない人は第1楽章でなくまずこの最終楽章を聴いていただきたいですね。きっとこれが一番聴きやすいですし、フサの思いやこの歴史的な背景を強く感じられると思うので。

そして是非是非
愛知工業大学名電高校の演奏で!
驚くほどすごい演奏です!目からうろこでした!

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仕事の七つ道具?
今日も仕事6時間、ピアノ2時間。
きっとピアノは納品後まで弾けないでしょうけど今日は割と弾けたのでとりあえず安心です。
レッスンの前に休息、買い物、マッサージなどできるといいな。
実はステンドグラスもスキャン済み、これから色塗りです。次のプロジェクトも決まってるのでこっちもちょこちょこいきたいです。

ただやっぱり頭の中は仕事のことばかり。
特に妹が卒業に向けて大きな課題を終わらせて家事をやってくれるようになった(はず)ので、本当に今はがつがつ働いてます。
在学翻訳で翻訳を初めて10ヶ月。いつも自分の寝室で仕事をしていますが机だったり広さだったりベストでない部分はあるにしろ小さなホームオフィス(仮)として落ち着きつつあります。
今日はそんなホームオフィス(仮)に欠かせない私なりの仕事の七つ道具的なものを紹介します。
全部が全部必需品というわけではないですがあると嬉しいもの達です。

在宅仕事はやっぱりPC周りが重要です。(今はSonyのVAIOちゃんで作業)
PCとインターネット接続(携帯をモデムとして使用するのも試験済み)さえあればどこでも仕事が出来る、というのは先日の旅行でも話しましたが。
家にいるときは手首と手をある程度いたわるためのマウス(ワイヤレス)だったりハンドレストも完備。そして数値データ入力の際にはテンキーも便利です。
一応前のPC(DELLのノート)もとってあって二画面どうしてもいるようなときに使えるようにしてあります。

そして以前紹介しましたこれ。
電子辞書セイコーインスツルのSR-A10002。
医療従事者向けの電子辞書で日本語関係の辞書、英語関係の辞書、医学関係の辞書や大辞典、ブリタニカなども入っててコンテンツは充実過ぎるほど充実。
インターネットで調べられる時代ではありますが、片手でちょちょっと調べられる手軽さはいつでも嬉しいです。
ついでにPASORAMAで前のPCに繋ぐと図面などが拡大カラー表示されるのも(普段はあんまり使いませんが)ありがたいところ。

以前書きましたが仕事中は音楽をかけてます。
音楽がかかってたほうが気が引き締まる、というのが一番単純な理由。
ipod(23日相当の音楽入り)をオールランダムにして、ステレオに繋いで。散歩の時や周りの雑音が多い料理中などはどんどん曲を飛ばすのですが仕事をしているあいだは結構なんでも流します。
仕事時のBGMについてはこちらのエントリーを参照です。
ステレオに繋いで、といいましたが天気のいい暖かな日は窓を開けて仕事をするのでそういうときはイヤホンで聴きます。
家の中は基本涼しい、というか寒くて外の暑さが1日遅れで伝わるので(そして私の寝室は太陽の通らない邦楽である南側の南向き)、やっぱり外が暖かいとその恩恵を受けたくなりますね♪

鳥マグ本当に切羽詰まってるときでないと食べながら仕事はしないのですが、飴はよく舐めますし(笑)なんといってものどの渇きを潤したり、体温調節目的にも液体は大切。
でもまだティーポットやポットにかぶせるカバーだったりをそろえてないので普通のマグにお茶を入れて仕事をするとどうしても冷めてしまう。

ということで購入しました、トラベルマグ。
これは下を外して自分でプリントした絵柄を入れるタイプ。メシアンの「鳥のカタログ」の題になってる鳥の写真を集めて入れてみました。(ダイシャクシギが見えますね)

そしてこのマグ、中にフィルターみたいのがあって、あのレバーを押すティーポットのミニチュア版みたいな感じになってます。なので下にティーバッグ入れっぱなしでも全然オーケー。
さらにこのマグなぜか飲み口が大きい。なぜか分からないけど便利です。

フリーランス翻訳者の仕事の量、時間はイレギュラーなので何らかのスケジュール件ログブックをつけないとなーと思い購入したものがあります。
それがナカバヤシ製スイングロジカルノート「TODAYノート」。ロザンファンなのでそちら方面から知ったのですが・・・
日付は自分で書き入れるのですが、上半分がTodoになってて下半分が時間割スケジュール表なので使い良いです。受注だったり納品だったり作業だったりいろんな予定を書き入れるにはもってこい♪
スイングロジカルは今ダイアリーが出てるので来年はそっちを購入して仕事とその他と一緒に管理できるようにしたいです。何種類かあるそうなのですが早いとこ決めないと来年までに送ってもらわなきゃなので・・・

仕事の時そうでないとき限らず常時使っているものといえば私にとっては毛布です。
リビングにも部屋にもいつも自分が膝にかける用の毛布があって、今を含めいつでも毛布を膝に掛けて過ごしています。
先ほども行った家の中の寒さもあるのですが、わりと暑いときも毛布を掛けてるので・・・これはもう「ピーナッツ」のライナスみたいな「安心毛布」的な、心持ちの問題もどうやらあるみたいです。
どっちももう古い毛布なんですがね・・・だからこそいいというところもあるのかなあ?

そして最後になりましたが、ベルガモットのエッセンシャルオイルも愛用しています。
といっても部屋の中であんまり火は使いたくないし電気のやつだとちょっぴり高いし絡まるコードが増えるのでショットグラスにティッシュを入れてオイルを垂らす、という簡易方法をとっています(笑)
ベルガモットは柑橘系の香りです。柑橘系はネロリだったりオレンジだったりグレープフルーツだったりレモンバームだったり本当に種類がたくさんあるのですがその中でも割と落ち着いた、がっつり「食べるシトラス」的なな匂いでない・・・少しグリーンが入った?香りのベルガモット。
いまちゃっと調べてみたところによると気持ちを落ち着ける作用もupliftingな作用もどっちもあるのですが矛盾しているのかしていないのかさえも分かりません・・・とりあえず良い香りです♪特に部屋からでて戻ってきたとき。

やっぱり寝室兼勉強部屋兼仕事部屋として使ってるとたまーに不便だったりすることも(本当に小さいことですが)ちょこちょこあったりしますが・・・
とりあえず上記7つ道具でいろいろ仕事をするに心地良い空間となってきました。
一番大きかったのはでも最初に昔の勉強机付属の木の椅子からオフィスチェアーに変えたのが本当にすごかったですが(笑)衝撃的でした。
これから納品に向けておそらく2日はずっと仕事なのでとりあえず頑張りたいと思います。
早く暖かくなってまた窓を開けて仕事がしたいぞ!


今日の一曲: ピョートル・チャイコフスキー 「くるみ割り人形」より「情景(戦い)」



(リンクしたCD/DVDセット凄いなあ~)

今日はハロウィンですが全く何もなく何もせず。このままだとクリスマスもすごい勢いで近づいてくるぞ!という戒めを込めてこの曲を。
日本ではクリスマスはベートーベンの第9、こちらはヘンデルの「メサイア」ですがくるみ割り人形ももっとクリスマスにやって欲しいな♪

クリスマスパーティーの諸々が終わり、大人も子供もベッドに入って消灯。
そんな中昼間にドロッセルマイヤーおじさんからもらったクリスマスプレゼントのくるみ割り人形に会いに暗闇のリビングに戻ってきたクララ。
時計が鳴って真夜中になり、そこにドロッセルマイヤーおじさんが現れたかとおもったら彼の魔法でみるみるうちにクリスマスツリーが大きく・・・ではなくクララが小さくなってしまって。
そこに表れたネズミの軍団と(同じくドロッセルマイヤーが魔法で動かした)おもちゃの兵隊達の戦いが始まる、というシーンです。

このシーン、ちょっと苦手なことがあって・・・
戦いの始まりの合図の銃声に本当のスターターピストルを使うんですよ。でもやっぱり舞台にいるのであんまり早くからおおっぴらに耳がふさげなくて・・・(汗)

という裏話はおいて、それでもやっぱり好きな曲です。
普通だったら戦いのラッパはトランペットが担当するのですがこの曲だとおもちゃとネズミの、普通の大きさの人間からみたら小さな小さな戦いを繰り広げているのでオーボエが担当。
音量はもちろんトランペットと比べたら全然小さいですし、ちょっとコミカルな音でもあるので「おもちゃの戦い」にはもってこいなのです。

全体的に曲がコンパクトになってるのもいいですね。でも緊張感があって。
小さな戦いで、きっと兵隊達の動きももろおもちゃのままなんでしょうが(劣勢になるので)、でも衛生上大事な戦いなんですよね。ネズミはきっと夜ご飯の残りを狙っているので!
決して茶化さないところがなんだかすごい。

この緊張感を創り出すには両軍と同じようにオケの統制(特に弦!)もかなり大事。
このバレエ全体そうですが、諸弦楽器の細かいアンサンブルはかなりの難易度です。

小さいけれど、茶化さず細部まで綿密に。
それがバレエの隅々にわたるまであるきらきらとした魅力だったり、リアルなファンタジー感を生み、支えてるのかなー・・・とか。
だからやっぱりクリスマスにはもっと「くるみ割り人形」を楽しみましょう!

(そういう私は「くるみ割り人形」だけでなく同じくクリスマスあたりが題材のメシアンの「20のまなざし」やクラムの「クリスマスのための小組曲」も楽しむ予定です・・・うわあ、アドベントって忙しい(苦笑))


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Take it easy, mate!
今日は外は28℃で晴れ、暖かく心地良い春の日でした。
私は一日仕事だったので窓を開けて仕事。音楽を聴いたりしながら鳥のさえずりに耳を傾け。

今日は昨日のサイエンス&ミュージックのつながりでもう一つ音楽と物理について投下したかったんですが8時間仕事のあとはまったくだめですねー。
物理がもともと苦手なのですが主に「倍音」について話したくて、でも頭がすっかり疲れると苦手分野は問題外になるようです。
今夜はステンドグラスデザインの清書3度目を終わらせて(あと2楽章!)スキャンできるようにしたいので余力を残しとかなきゃ。

まだまだ最近こんなに忙しく働くようになったので(といってもまだフルタイムには届きませんが)家事やピアノとの両立、ペース配分と休憩などとうまくバランスだったり折り合いがついてないような気がします。
このブログでも口癖の様に言うことですが、なにかと無理する性格で。

遺伝的な要素も元々あると言われるのですが、よくうつを引き起こしやすいとされている「無理する性格」に当てはまってるから気をつけなよ、あたりのことを言われますし自分でも言い聞かせてるのに。
ちゃんとした判断ができなくなっている状態にあるわけでもないのに、自分で無理していると分かっているのに無理しちゃう・・・それには正当なとは言いませんがそれなりの理由があるみたいです。

これは特に大学の時なんですが、周りの私に対しての主なイメージは「小さい」というもので、なにかと庇護欲混じりでちょっぴり小さい扱いされてたので・・・
だから少なくとも対等に扱われたい気持ちがあったのか割と普段から背伸びしてた感はあります。
すでに小さいからこれ以上小さくなりたくないんですよねー。甘えるのもたまには良いんですがやっぱり・・・ねえ。多少不本意な部分もなくもなかったです。割と負けず嫌いなところもあるので。

あと楽すると自分が伸びないような気もするんですよね。
英語で言うとPushing the boundary、というのですが自分のリミットを内側から押さなきゃ「出来る範囲」は広がらない、みたいなことがあって。
油断しちゃうとこう、甘えて後退しちゃうような気がします。
これはうつに関しても言えるんですけどある程度調子が上向きになると出来ること+もうちょびっと、というのが基本ですから・・・

性格的には何かになんらかのとっかかりを見つければ際限なくのめり込むタイプでもあります。
さして好きじゃないジャンルのことでも作業を始めると集中力がどんどん芽生えてきて熱中し、だんだんおもしろさがわかってきて愛着心が芽生えさらにのめりこむ、という・・・
それに分からないことがあったり困難があったりすると余計に燃える、というか躍起になるというか(汗)
この傾向は特にピアノで強いですね。自分の弾けるレベルより若干難しいと練習がはかどりますし楽しいです。特に自分の好きな曲だと難しくても弾けるようになりたい思いが強すぎて少しばかりムキになります。

あとそうやって自分にとってちょっとしんどいことをしたりして自分を追い詰めるのがだんだん楽しくなってしまって。自分を追い詰めるのも楽しいですし、追い詰められるのも一種の快感で。
仕事にしてもピアノ弾きにしても、ステンドグラスデザインにしても楽しているとやってる実感がなくて、動力もなかなか回らなくて。(ただ物書きだったりアイディアプラン作業だったりはものすごーくのんびり)
大学でピアノを8時間練習してた頃も疲労が現れはじめる6~7時間目くらいが音楽的・表現的に良いか悪いかはまた別かもしれませんが面白くなってくる(笑)

精神的にある程度極限状態になって初めて感じられるもの、得られる物はあると信じてます。
普通の状態だとそれは難しいですが、ピアノを弾いているときとか独特の精神状態になることはありますね。
ランナーズハイに近いものなのかな?(私はランナーズハイになったことがないのでちょっと近いかわからないんですが・・・)
特に暗く激しい、または苦痛に満ちた曲を弾いてる時ほど音楽と繋がって、苦しみが解き放たれて快感が大きくなる傾向が。
(ちなみにピアノを弾いているときの精神状態についての論文もプリントアウトしてあるんですよねー。早く読みたい♪)

そうやってなんらかの形で精神的に追い詰められてる時に自然と弾きたくなる曲ってやっぱりあるんですよね。
私だとプロコフィエフのアルマンドだったり、スクリャービンの練習曲op.42-5だったり。
で、そういう状態だともはや曲が弾けようがちゃんと弾けまいがかまわなくなるのでプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番の第1楽章カデンツァという死ぬほど難しい曲にまで手をだすこともあります。当然結果アウトプットはめちゃくちゃですが。

疲労もそうですし、うつ状態でもそうなのですが、ある程度心の調子が悪くなってくるとその気持ちを音楽と同化して発散・表現したい欲が急上昇してしまって。
(その「ある程度」を超えると身体も動かなくなってしまうのですが)
その状態でしか感じられないもの、表現できないものってやっぱりあるので発散・表現・破壊欲が強まるとやっぱりこれもまた絶好の機会だ、と歪んだ思考のどこかで言ってて・・・で、歪んだ思考だとは分かっててもやっぱりそこで表現だったり発散しないとどうしても勿体ない!と思ってしまって・・・

でも一応そこで弱ってるところにエネルギーをがんがん使って、それでも回復の目処が立っているときや長期的に影響がでないと自分なりに判断したときだけにそういった無理はとどめてます。一応。
調子が悪い時は本来は無理は禁物ですから。ちゃんとある程度分かっています。

ここまで書いてきてやっぱり主な要素は苦しい状態でも得られる独特のものがあって(そしてなんだか楽しい部分もある)大事な経験なのでそれも大切にして使用したりしないと勿体ないなあ、と思っていることにより多少無理をついついしちゃう、ということでしょうか。
あともう一つ、何かやってて疲労しかけてるところに別のなにか楽しいことがあると疲労レベルが一見リセットされること。それで仕事だピアノだ家事だ趣味だといろいろ抱えて無理するのかもなー。(楽しいことばかりだから切り捨てたり諦めたりあとでにしたりとかしたくなくなるんですよね)

ということで一通り自己分析となってしまいましたが、週末もみっちり仕事(そして少しピアノ)。
休息の大事さをちゃんと言い聞かせながら、頭に余裕が維持できるようがんばっていきたいと思います。


今日の一曲: アルヴォ・ペルト 「Spiegel im Spiegel」



メルボルンの春は7時でもまだ明るいけれど少し夕方の雰囲気。
一日働いて疲れていたところにそんな雰囲気にぴったりなこの曲が疲労をちょっぴり和らげ心と頭を静かにしてくれました。

Spiegel im Spiegel=鏡の中の鏡。
鏡というよりは私にとっては「鏡のように静かな水」に近いイメージ。
バイオリンの静かでシンプルなパートとピアノのゆっくりなアルペジオのみで構成されたシンプル・ビューティー。

ペルトの音楽はミニマル・ミュージックの王道。
特に弦のアンサンブルのサウンドは本当に美しく、そのビブラートを使わないピュアでフラットな音が魅力的です。
バイオリン一本でもそのすらっとした線は心にすっと入って来ますね。
うっとりと心を静め潤すピアノの音もこんなに音が少なくてこんなに美しいものができるんだ!と一つ一つの音をありがたく思います。

あとはヘ長調という調もまたそのリラックス効果をサポートしていると思います。
もともと牧歌などによく使われる調で、聞いていて落ち着く調では私にとってナンバーワン。

この曲、弾く事でもっともっと深く感じたいと思いますが・・・単純だからこその難しさ。
この曲の「鏡のような」静けさと、一つ一つの音の丸い透明な美しさ・・・
考えただけもどんなものになるかわくわくしますし興味津々ですね。
(ペルトの音楽弾いたことないもので。是非この手に欲しい感覚です)

ペルトの音楽ってどの曲でも本当に美しい音が楽しめますし、わりとイージーリスニングで。
落ち着いたスローな音楽が多く気持ちがなんとも落ち着きますしね。
どの曲もおすすめです♪ここでももっと紹介できるといいな。

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Science & Music: 生物学と音楽
疲労疲労といってたら、鏡で顔をみたら結構顔にも表れてるみたいです(汗)
目のくま、レッスン前になんとかしておかないと先生が心配するかも・・・
結構そばかすも出てきてるのでこの夏はケア&慣れない化粧が欠かせないか・・・(ため息)

本題になりますが。
音楽が人の心(感情)に影響を及ぼすことは言うまでもないですし、音楽が人の身体に影響を及ぼして生理的反応を起こすこともまた常識になってきています。
ちょっとそこのところの論文は未読なのですが、生物学的な面を見る前でも結構作曲家が音楽のメカニズムのなかに意図して生物学的な、医学的な比喩をつかったりしてそういった効果を狙ってるのかな?というのにはよく出会います。
そこで今日は生物学的・生理学的な比喩のようなものを効果的に使っている音楽を紹介します。

生理学的な比喩でダントツに一番多く使われているのが心臓の鼓動ではないかと思います。
私たちが自分の興奮・リラックスのレベルを自覚するのも鼓動の速さでみるのが分かりやすいですよね。
通常成人の鼓動は1分に60~100回と言われています。一般的に遅ければ人はリラックス状態にあり、速ければ興奮状態にある・・・はず。

ブラームスのピアノ五重奏曲第3楽章、ピアノ四重奏曲第3番第2楽章、さらにバッハの平均律第一巻ニ短調の前奏曲はどれもそんな心臓の鼓動を模倣したようなパッセージが特徴です。
さらにこれらの曲のテンポもまたいいこと出来ています。
メトロノームで表すテンポも鼓動と同じく1分に何回で表すのですが、上記の曲のだいたいのテンポをメトロノームで表すとこうなります(もちろん演奏によって多少の差異はあります):

ブラームス五重奏3楽章 1拍=120
ブラームス四重奏3番2楽章 1拍=126
バッハ平均律第一巻ニ短調 1拍=132

・・・とそれぞれでのパッセージを鼓動とするなら通常の速さよりも若干速めの頻脈状態。
弾いているときにものすごく実感するのですが(きっと聴いてるときも)、鼓動と似た音を少し速めに聴かせることで聴き手の鼓動を速くして少し興奮状態に持ってく効果があるようです。

きっとかならずとも鼓動的なパッセージを使わずともテンポをここら辺にすることでそういう効果は出せると思います。ただある程度テンポが速くなると人の脳は「1,2,1,2」ではなく「1, 1, 」とまとめて数えやすい、感じやすい遅い拍で処理するようになるので効果は同じではありません。そのためにも適度に通常の鼓動よりも速いテンポで、鼓動的なリズムで拍をはっきりさせるという意味ではこういった比喩は興奮状態を創り出すのに効果的なのかも知れませんね。

鼓動に関しては興味深い曲がもう2つ。
まずは今日の一曲で紹介したことのあるメシアンの「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」から第11番「聖母の最初の聖体拝受」。
この曲の後半でメシアン自身が「聖母マリアの胎内に宿ったイエスの鼓動」と明確に示しているパッセージが。
メシアンの指示通りのテンポで弾いていればこの左手のパッセージはメトロノームで1音=240。成人のそれの2倍の速さである胎児の鼓動の速さぴったりになるようになってます。

そしてリヒャルト・シュトラウスの「死と変容」。
この曲の冒頭のビオラのパッセージは病人の弱々しい鼓動を表すとされていますが(これもまた作曲家自身によってそうだと示されています)、見事な不整脈です。シュトラウス自身も病弱だった時期があるらしいのでもしかしたら自身の体験を音楽で描写してたりして医学的に忠実なものだったりするのかしら?
例えば身体・精神の病気にかかわらず音楽を分析して医学的な診断ができたりしたら面白そうですよね。

もうひとつ人間の状態を左右する重要な生理的要素、呼吸。
呼吸法はリラクゼーションでも大切な役割をするといいますし、鼓動よりも意識的に、自発的にコントロールする実感があるので・・・
昔は前のピアノの先生に弾き手が音楽の息を感じて呼吸をすることでフレージングだったりメロディーの形を自然に美しいものにする大事さを教わりましたが、弾き手が音楽の息を感じてそれを表現するのと同じくらい、聴き手もその音楽を感じて呼吸を自然に音楽と共にするもの。

ちょっと話は逸れますが、チェロの先生が言うにはアンサンブルで複数人が弾く際呼吸を共に同じくすることで共感度をアップする効果があるそうです(これは曲を演奏する側と、同じ空間で曲を聴く側にもいえそうです)。実は詐欺師やスピリチュアルな取り込み・勧誘などで相手に共感させるためにかなり使われているテクニックでもあるそう。

閑話休題。
先ほどのテンポやリズムの速さが鼓動と共感するようにフレーズの長さやメロディーの形は呼吸と共感します。(リラクゼーションに音楽を選ぶのにも大事なポイントかも)
もちろんリラックスする方向に呼吸を持って行くこともできますし、その逆もまた同じくありえます。

その良い例がスクリャービンの前奏曲op.11-14。
この曲の拍子は15分の8というかなりレアな拍子です。まとめてみると5+5+5で大きな3拍子ともとれます。
この拍子が曲者で、同時にすごい効果を生み出すのです。

呼吸というのは呼気(吐く息)と吸気(吸う息)が基本同じ長さです。
音楽でも2拍子が自然なのは歩く際右、左と足2本で動くのもありますが呼気と吸気が対になっているから。
たとえ3拍子でもフレーズが4小節だったり8小節だったり偶数の小節で成り立っているので一小節毎に吸気、呼気を繰り返して呼吸が自然に成り立つのですが・・・

この曲の場合まず15拍子を3つに分けた5拍子グループがまず奇数なので2で割り切れない。
3+2、3+2、3+2を吸気と呼気に当てはめると吸気の方がかならず長くなって過呼吸状態になります。
さらにまとめると3拍子なのでこれもアシメトリー。しかも各5拍子グループが長いので5拍子を一呼気、一吸気にすることもできない。
結果過呼吸を余儀なくされる、という。

呼吸はやっぱり大事だな~と私が思ったのはバーバーの「弦楽のためのアダージョ」を弾いた時のこと。
映画「プラトーン」で有名になった曲、悲愴な曲調ととってもスローなテンポで生み出される独特の張り詰めた雰囲気が心を打つ一曲なのですが・・・
フレーズが長すぎて呼吸が出来ないので私が弾くのにも聴くのにも最も苦手としている曲の一つです。
呼吸が出来なくて苦しいというのももちろんあるのですがある程度呼吸でまとめないと脳が処理しきれないんですよね。一つのフレーズさえもひとまとめとして認識できなかったり。
(ちなみに「弦楽のためのアダージョ」、「Agnus dei」という合唱のための編曲もあるのですが、こちらは実際の呼吸の問題もあり少し速めのテンポで演奏されます。)

最近メンタルヘルスだったり医学だったりを少しずつ勉強したりすると演奏の際も感情に訴えかけるだけじゃなくて生理的な効果も狙ってみたいなあ、と思ってしまうので・・・
もっと探せばそういった比喩を使った曲はもっとありますし、どんな曲でもある程度生理反応に訴えかけることはできると思いますし・・・なんといっても生理反応により心の状態が変わるのと同じくらい感情も生理反応に影響があるのでその相互影響、相乗効果で音楽を弾く方も聴く方もより深く感じることを期待しています。

音楽と人間と心と体の繋がり、これからもっと勉強していきたいです。


今日の一曲: アレクサンドル・スクリャービン 前奏曲op.11-14



先ほど呼吸の項で紹介しました曲です。
先ほどのわかりにくい説明で申し訳ありませんが、聴いていただければこの15分の8という拍子とリズムの特殊さ、そしてスクリャービンがそれをどれだけうまく使ったか、ということがある程度分かってもらえるかと思います。

スクリャービンはわりと変な人でした。
最初はピアニスト志望で、手を無理な練習で痛めてからは改めて作曲の道へ。
そしてなんだかどこかで神秘主義に傾倒して音楽のスタイルから方向性から思想からかなり常人とは離れた領域に行ってしまって。
音楽史や芸術史では前の時代に影響し、次の時代に影響を与えてスタイルというものは移り変わっていくものなんですが、スクリャービンは特にこれという影響も受けず自身のスタイルを創り出し、また彼の後継者的な存在も特にいない、さらにどんなスタイルの分類にも当てはまらない音楽史の「カモノハシ」(Robert Pirsigの「Lila」より)なのです。

ただこの曲はかれの初期の作品。まだまだショパンっぽい音楽をかいていたころ。
自身が優れたピアニストだったのもあり、さらに手も小さかったためかなり一筋縄ではいかなく独特な難しい技巧を書く人。(ただ自分が手が小さいのにやたらと大きな手のためのような曲を書くのできっとそれが手の損傷の原因)
この前奏曲は割とストレートな方ですがオクターブベースの左手だったり和音の連打だったりなんともスクリャービンらしい。

リズムと拍子以外にも変ホ短調という暗く内に向かって激しい調だったりハーモニーだったり曲の盛り上げ方だったりどこをとってもエキサイティングな曲。
スクリャービンの初期の作品は聴きやすいものばかりで、特に前奏曲は本当にミニサイズの短めの曲がたくさん。どれも独自の魅力にあふれているのでこの曲に限らずおすすめです。

演奏はもちろんホロヴィッツで。スクリャービンの独特な感性とスタイルのせいか彼の音楽を特に得意とするピアニストというのはきわめて少ないです。ホロヴィッツはピアノの巨匠であると同時にスクリャービンの名手。
私もあれだけスクリャービンの音楽と一致できたらなあ・・・

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