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シュミットホフとプロコフィエフのエントリーに拍手ありがとうございます~
今日は仕事してました~
やっぱり和英より英和翻訳の方が難しいです!
なんでしょう、自分が日本語でofficialな文を書くことになれていないのも勿論ありますが、日本語は文学的な文にではその美しさを存分に発揮しますが技術的な文書だとわりとくどくなるというか歯切れが悪いというか・・・あくまでも仕事で日本語と英語と濃く触れあってきての個人的な印象ですが。
バイリンガルというと何語で考えるの?何語で夢見るの?などいろいろ聞かれますが仕事休憩中に先ほどのことを思ったり自分のとっちらかった本棚(汗)を見たりしていたらふと私にとっての英語・日本語の棲み分けについてまとめたくなってみたので今日はそれでいきたいと思います。
<読む>
読むのは日本語の方が英語よりも断然早いです。(これもまた翻訳が和英の方が得意な要因かも?)
やっぱり漢字でぱっと見て意味がすぐわかる、というのもありますし、おそらく日本語の本の方がよく読んでるので・・・(ここ近年でそれも変わりつつありますが)。
あとは日本の文庫本のサイズの小ささも読むのの早さに関係しているかも?一ページまるまる視界に入ってしかも漢字が目に入ってoverviewみたいなものが読む際にまず見えるので。
<書く>
仕事での文書は英語の方が書くのが得意ですが、創作では反対に日本語の方がスムーズに書けます。
創作で細切れに書くため先ほど書きましたようにざっと振り返れることもあるでしょうね。
今現在同時進行の4つのストーリーは3つ日本語で1つ英語です。二次創作要素が入ってるストーリーは日本語ですし、メルボルンのオケ関連のストーリーは英語。その他は執筆はじめのフィーリングで決めてます。
ちなみに高校では日本語は母国語なので1カ国語目扱いでしたし、英語も滞在年数から1カ国語目扱いでした(結局日本語はとりませんでしたが)。
<話す・聞く>
これは日・英互角でしょう。基本家では(家族とは)日本語ですが、外では日本人の知り合いは一人もいないので、常に英語。もちろんどちらにも支障はないです。在豪14年半ですが多少日本語訛り(もしくは別のなんらかの訛り)が残っています。よく顔で中国・韓国人に間違われますが「あなたの言語しゃべれません」と言う以前に私のしゃべりを聞くとそっち系の人じゃないんだな、ってことがわかるらしいですね。
ちなみに妹も私も日本語のボキャブラリーが穴あきなのでたまに英語の単語混じりで話すのですが(とりあえず家族にはそれで通じるので慣れっこになっちゃって・・・日本の日本人としゃべるときは気をつけなきゃ)、二人とも混じって話す英語はかならずカタカナ発音です。(私の場合発音システムがそんなにうまくスイッチしないというか、舌が日本語と英語と切り替えが聞かないというか・・・脳の問題?)
とっさに出る言葉、というのも日本語・英語どっちもあります。
日本語の「あーもう」だったり英語の「Oh God, no!」だったり、日本語の「おっと」だったり英語の「Oopsie」だったり、どっちも(環境に左右されながらも)ある程度ランダムに同じくらいでてるような気がします。
こういうのは一度ピアノ練習しているときの独り言を録音してみると分かるんじゃないかなーと思うのですが。もちろん恥ずかしいのでそんなことはしません。
<考える>
これもまた日本語、英語どっちもありますし、どっちの言語でもない、また言語で考えていない場合もあります。
はっきりと日本語、英語とわかるのはそれぞれの言語で話しているとき、書いている場合。こういったときはまず間違いなく話している・書いているのと同じ言語で考えてる・・・はずです。
例えば音楽を聴いているときとか弾いているときとかは思考も言語とは別の形で動いているような気がします。
客観的な分析は難しいですし今日の趣旨から少し離れるので(という言い訳で)いつかまた機会があれば。
<夢を見る>
実はこれ、母が一番知りたがってたところ。
私は(特に最近、でも常に)よく夢を見るのでこれははっきり答えが出せます。
90%以上は何の言語でもない言語で夢を見て、残り数%たまに意識的に日本語や英語が聞こえたり、話したり。
私が知りたいところがこの「何の言語でもない言語」が覚醒時の思考でも用いられているか、というところですね。
ちなみに関係ありませんが夢はほとんどの場合フルカラーで見ます。
あとはまだ自分の身近な問題ではないのですが子供をバイリンガルで育てる、とか皆さん悩むようですね。
私はとりあえず今は考えないようにしてます。難しいので(汗)
とりあえず例えば妹と別々に住むようになったときは特にそうなのですが、ちゃんと日本語も英語も高いレベルで維持して仕事だけでなく日常、趣味でもなるべく完璧に正しく美しく、そして楽しく使えるようにしていくための努力できっと精一杯です。
よくQさまでアナウンサーの方々を「言葉のスペシャリスト」と称していますが、私も職種はきっとそのくくりに入るっぽいですからね。しかも英語も日本語も(汗)
明日も仕事の続き。友達の家でハロウィーンパーティーに呼ばれたり、メル教のコンサート(シャルル・デュトワ指揮!)に行ったり、マッサージに行きたかったり、そしてなんといってもピアノのレッスンの日時が決まったので適度にはりきっていきたいです♪
今日の一曲: 武満徹 「雨の木素描II」
私がメシアンの音楽にどっぷりはまるきっかけとなった武満の音楽。
でも当時私が弾いてたのはこの曲じゃなくて「遮られない休息」の方でした。
1992年にメシアンの追悼の意味を込めて書かれた曲ですし、こっちのほうが理解しやすい・弾きやすいですしこっちで初めてもよかったかなーという気持ちはありますが・・・
(その「遮られない休息」を私が弾いているちょうどその時同門の同級生がこの曲を弾いててちょっぴり羨ましくおもったのですが)
ただ結局は同じ道にたどりついたかな、と(笑)
武満はメシアンの音楽にかなり影響を受けている、と話には聞いているのですがこの曲はそんなテイストがものすごく強い曲です。
メシアンのモザイクみたいな色彩だったり、独特の光だったり・・・ああいうものはどうやって得るんでしょうね。
楽譜をちょっと見てみると主にリズムに関してメシアンぽい楽譜面かも?
武満の音楽は不思議なもので。
ものすごく抽象的なイメージなんだけれど、ものすごく心と体になじむ音楽です。
それがブラスアンサンブル(Day Signal, Night Signal)であろうと、オーケストラ(Twill by Twilightなど)であろうと、小編成のアンサンブル(妖精の距離、オリオンなど)であろうと、ピアノであろうと。
暗闇の中に表れる優しい色や光、時の流れがまるですぐ傍にあるようで、緩やかに流れているようで、まるでそれらに触れられなくとも指を通すことができそうで。
大好きです、武満の音楽。
本当に目を閉じたり電気を消して、他になにもせずただただゆっくり聞いているには最高の音楽ですよ。
この「雨の木素描II」はちょっと例外的な感じがします。
やっぱりメシアンを意識している、ということもありますが・・・色と光の動きが違う。
暗闇でなく・・・ただただ「Celestially Light(天国のように明るい)」な光が天から降ってきて。それを見上げてるイメージ。
まるで木漏れ日のようにその光がゆれて動いて・・・
・・・ああ、書いててなんだかメシアンもマダム・ロリオももういないんだ、ということがまた心に湧いてきて実感してしまいます。
天国なんてものは信じないのですが、なんだかこの曲の光の向こうに二人がいるんだなあ、と思うと・・・なんで泣けて来ちゃうんでしょ。
でもなんだかこの曲の光はメシアンの暖色系のゴールドとは違う、寒色系(というか木の葉を通して光を見たときの色がかった)のゴールドで、そこがまた不思議な雰囲気を出してるなあ。
これもまた心に収まる、手のひらに抱けるサイズの小品。
日本の音楽のなかでも特別な存在で、特別な光を放つ一曲なので是非聴いてみてください。
今日は仕事してました~
やっぱり和英より英和翻訳の方が難しいです!
なんでしょう、自分が日本語でofficialな文を書くことになれていないのも勿論ありますが、日本語は文学的な文にではその美しさを存分に発揮しますが技術的な文書だとわりとくどくなるというか歯切れが悪いというか・・・あくまでも仕事で日本語と英語と濃く触れあってきての個人的な印象ですが。
バイリンガルというと何語で考えるの?何語で夢見るの?などいろいろ聞かれますが仕事休憩中に先ほどのことを思ったり自分のとっちらかった本棚(汗)を見たりしていたらふと私にとっての英語・日本語の棲み分けについてまとめたくなってみたので今日はそれでいきたいと思います。
<読む>
読むのは日本語の方が英語よりも断然早いです。(これもまた翻訳が和英の方が得意な要因かも?)
やっぱり漢字でぱっと見て意味がすぐわかる、というのもありますし、おそらく日本語の本の方がよく読んでるので・・・(ここ近年でそれも変わりつつありますが)。
あとは日本の文庫本のサイズの小ささも読むのの早さに関係しているかも?一ページまるまる視界に入ってしかも漢字が目に入ってoverviewみたいなものが読む際にまず見えるので。
<書く>
仕事での文書は英語の方が書くのが得意ですが、創作では反対に日本語の方がスムーズに書けます。
創作で細切れに書くため先ほど書きましたようにざっと振り返れることもあるでしょうね。
今現在同時進行の4つのストーリーは3つ日本語で1つ英語です。二次創作要素が入ってるストーリーは日本語ですし、メルボルンのオケ関連のストーリーは英語。その他は執筆はじめのフィーリングで決めてます。
ちなみに高校では日本語は母国語なので1カ国語目扱いでしたし、英語も滞在年数から1カ国語目扱いでした(結局日本語はとりませんでしたが)。
<話す・聞く>
これは日・英互角でしょう。基本家では(家族とは)日本語ですが、外では日本人の知り合いは一人もいないので、常に英語。もちろんどちらにも支障はないです。在豪14年半ですが多少日本語訛り(もしくは別のなんらかの訛り)が残っています。よく顔で中国・韓国人に間違われますが「あなたの言語しゃべれません」と言う以前に私のしゃべりを聞くとそっち系の人じゃないんだな、ってことがわかるらしいですね。
ちなみに妹も私も日本語のボキャブラリーが穴あきなのでたまに英語の単語混じりで話すのですが(とりあえず家族にはそれで通じるので慣れっこになっちゃって・・・日本の日本人としゃべるときは気をつけなきゃ)、二人とも混じって話す英語はかならずカタカナ発音です。(私の場合発音システムがそんなにうまくスイッチしないというか、舌が日本語と英語と切り替えが聞かないというか・・・脳の問題?)
とっさに出る言葉、というのも日本語・英語どっちもあります。
日本語の「あーもう」だったり英語の「Oh God, no!」だったり、日本語の「おっと」だったり英語の「Oopsie」だったり、どっちも(環境に左右されながらも)ある程度ランダムに同じくらいでてるような気がします。
こういうのは一度ピアノ練習しているときの独り言を録音してみると分かるんじゃないかなーと思うのですが。もちろん恥ずかしいのでそんなことはしません。
<考える>
これもまた日本語、英語どっちもありますし、どっちの言語でもない、また言語で考えていない場合もあります。
はっきりと日本語、英語とわかるのはそれぞれの言語で話しているとき、書いている場合。こういったときはまず間違いなく話している・書いているのと同じ言語で考えてる・・・はずです。
例えば音楽を聴いているときとか弾いているときとかは思考も言語とは別の形で動いているような気がします。
客観的な分析は難しいですし今日の趣旨から少し離れるので(という言い訳で)いつかまた機会があれば。
<夢を見る>
実はこれ、母が一番知りたがってたところ。
私は(特に最近、でも常に)よく夢を見るのでこれははっきり答えが出せます。
90%以上は何の言語でもない言語で夢を見て、残り数%たまに意識的に日本語や英語が聞こえたり、話したり。
私が知りたいところがこの「何の言語でもない言語」が覚醒時の思考でも用いられているか、というところですね。
ちなみに関係ありませんが夢はほとんどの場合フルカラーで見ます。
あとはまだ自分の身近な問題ではないのですが子供をバイリンガルで育てる、とか皆さん悩むようですね。
私はとりあえず今は考えないようにしてます。難しいので(汗)
とりあえず例えば妹と別々に住むようになったときは特にそうなのですが、ちゃんと日本語も英語も高いレベルで維持して仕事だけでなく日常、趣味でもなるべく完璧に正しく美しく、そして楽しく使えるようにしていくための努力できっと精一杯です。
よくQさまでアナウンサーの方々を「言葉のスペシャリスト」と称していますが、私も職種はきっとそのくくりに入るっぽいですからね。しかも英語も日本語も(汗)
明日も仕事の続き。友達の家でハロウィーンパーティーに呼ばれたり、メル教のコンサート(シャルル・デュトワ指揮!)に行ったり、マッサージに行きたかったり、そしてなんといってもピアノのレッスンの日時が決まったので適度にはりきっていきたいです♪
今日の一曲: 武満徹 「雨の木素描II」
私がメシアンの音楽にどっぷりはまるきっかけとなった武満の音楽。
でも当時私が弾いてたのはこの曲じゃなくて「遮られない休息」の方でした。
1992年にメシアンの追悼の意味を込めて書かれた曲ですし、こっちのほうが理解しやすい・弾きやすいですしこっちで初めてもよかったかなーという気持ちはありますが・・・
(その「遮られない休息」を私が弾いているちょうどその時同門の同級生がこの曲を弾いててちょっぴり羨ましくおもったのですが)
ただ結局は同じ道にたどりついたかな、と(笑)
武満はメシアンの音楽にかなり影響を受けている、と話には聞いているのですがこの曲はそんなテイストがものすごく強い曲です。
メシアンのモザイクみたいな色彩だったり、独特の光だったり・・・ああいうものはどうやって得るんでしょうね。
楽譜をちょっと見てみると主にリズムに関してメシアンぽい楽譜面かも?
武満の音楽は不思議なもので。
ものすごく抽象的なイメージなんだけれど、ものすごく心と体になじむ音楽です。
それがブラスアンサンブル(Day Signal, Night Signal)であろうと、オーケストラ(Twill by Twilightなど)であろうと、小編成のアンサンブル(妖精の距離、オリオンなど)であろうと、ピアノであろうと。
暗闇の中に表れる優しい色や光、時の流れがまるですぐ傍にあるようで、緩やかに流れているようで、まるでそれらに触れられなくとも指を通すことができそうで。
大好きです、武満の音楽。
本当に目を閉じたり電気を消して、他になにもせずただただゆっくり聞いているには最高の音楽ですよ。
この「雨の木素描II」はちょっと例外的な感じがします。
やっぱりメシアンを意識している、ということもありますが・・・色と光の動きが違う。
暗闇でなく・・・ただただ「Celestially Light(天国のように明るい)」な光が天から降ってきて。それを見上げてるイメージ。
まるで木漏れ日のようにその光がゆれて動いて・・・
・・・ああ、書いててなんだかメシアンもマダム・ロリオももういないんだ、ということがまた心に湧いてきて実感してしまいます。
天国なんてものは信じないのですが、なんだかこの曲の光の向こうに二人がいるんだなあ、と思うと・・・なんで泣けて来ちゃうんでしょ。
でもなんだかこの曲の光はメシアンの暖色系のゴールドとは違う、寒色系(というか木の葉を通して光を見たときの色がかった)のゴールドで、そこがまた不思議な雰囲気を出してるなあ。
これもまた心に収まる、手のひらに抱けるサイズの小品。
日本の音楽のなかでも特別な存在で、特別な光を放つ一曲なので是非聴いてみてください。
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今日はピアノの練習が結構良かったのでご機嫌・・・なのですが大抵ピアノと仕事のことで頭がいっぱいで(そして若干昼寝もあり)あんまり頭に余裕がなかった感じです。
これから先生にレッスンのメール出したり、ステンドグラスの清書パート3(方眼なしの紙に!スキャン一歩手前です)をしたり、ゲームをしたり・・・
なんだか最近創作・想像・創造に(ピアノでもそうですが)十分ゆとりをもって頭を使えてない気がするんですよね・・・
これからちょっぴり長い仕事があるのですが余裕を少しでも作っていきたいと思います。
ということでネタも空っぽだったのですが、ゆるーく今日はキーワードto音楽を。
あんまり占星術とか星占いとかそういったものでの性格判断は信じてはいないのですが、結構創作でいろいろとまとめたり決めたり参考にしたりするのには都合がよかったりするので結構調べています。
ということで12の星座をイメージして(注:マクロコスモスは今回まるっきり無視で!)今回は音楽を連想したいと思います~
おひつじ座: レナード・バーンスタイン 「キャンディード」序曲
おひつじ座は作曲家だとベルリオーズな気がするのですがなんだか具体的な曲で「これだ!」というものがなかったです。明るく外向的でちょっとせっかちという描写がいろんな占星術性格分析であるのですが、キャンディード序曲は明るいほど、派手なほどエキサイティングでそしてある程度スピードが不可欠。
いつもいつも明るい方に、何かアクションが起きてる方にぐいぐい引っ張られてく曲です。
おうし座: ヨハネス・ブラームス 交響曲第1番 第1楽章
おうし座の石橋を叩いて渡るような、慎重で内向的なタイプという性格描写を見ると真っ先にブラームスが浮かぶのです(ちなみにブラームス自身おうし座です(笑))。
やっぱり「交響曲を書くならベートーベンの第9を超えなきゃ」と21年もかけて書いた弧の曲がふさわしいんじゃないかと。ハ短調と♭系の調で書かれてるのもまたおうし座的かなーと。
ふたご座: セルゲイ・プロコフィエフ 交響曲第1番 第3楽章
改善の余地ありかな・・・ふたご座と言えば二面性、という描写が多いのですが色んな二面性が矛盾しているようで矛盾しなく共存しているプロコフィエフがいいかな、と思い。実際この曲はバロックや古典時代のガヴォットという舞曲のスタイルとプロコフィエフの楽器使いやテイストが共存しています。基本あんまり暗いことはなく、ちょっと毒はあってもマイペースで前向きで、速すぎずも遅すぎずもしないテンポで。
(ちなみにプロコフィエフはバレエ「ロミオとジュリエット」でもこの曲を使ってるのですが、編曲はこっちの方がふたご座に合うかも?)
かに座: グスタフ・マーラー 交響曲第6番 第3楽章
かに座はメシアンかマーラーだな、と思ってました。決して自分がかに座でメシアンとマーラーが好きだからではなく。かに座でよく言われる「包容力」の質を直感的に音楽で例えるならメシアンだったりマーラーだったりかなーと。ちょっぴりメランコリックなテイストもあり、センチメンタルなところもありながら懐は深く、芯はしなやかで強く。そんな感じです。
しし座: リヒャルト・シュトラウス 「ドン・ファン」序曲
リーダーシップ、情熱、行動力のしし座、やはりリヒャルト・シュトラウスかなー。
上へ前へどんどん進む、太陽のような明るさ。「英雄の生涯」も良いけれど♯系の調なのと推進力、オープニングのインパクトとかで勝るかも。
しし座には金管も弦楽器もバランス良く聞こえるといいな~というのがなんかありますね・・・
おとめ座: クロード・ドビュッシー 「映像」第1巻より「水に映る影」
繊細さ、芯の強さ、知性・・・ということでラヴェルかドビュッシーか迷って、なんとなくドビュッシーに。
何でしょう、「印象派」っぽいですよね~なんだか芸術的センスがあるとか、そういうのもありそうで。
暗すぎないけど昼よりは夜、火よりは水や風と結びつくイメージ。
テンポは遅めで、でも音が細かく繊細な技巧のこの曲をチョイスしました。
てんびん座: セザール・フランク バイオリンソナタ 第1楽章
柔軟で直感・さりげないセンスがあって。決して意志は強固ではないけど調和を好む・・・でしたっけ。
このソナタのオープニングのバイオリンの揺れ動くメロディーだったり繊細で美しい音だったり。フランクの独特のフランスらしくロマン派らしいハーモニーもぴったりかな、というのがチョイスの理由。
例えば同じフランスでも印象派だったらちょっと違ったかも・・・?
さそり座: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 交響曲第5番 第1楽章
まず調としては嬰ハ短調をイメージしてたんですがうまく該当する曲が無く。内なる炎、情熱、そして粘着質ということでショスタコーヴィチが一番フィットするかと。(でも半音違いのニ短調、色彩はだいぶ当初欲しかったのと違いますねー)
先ほどの3つのポイントにショスタコの音楽全般当てはまるのでなるべく粘着力と火力が強いやつを選びました。(うーん、スクリャービンでもよかったかなあ・・・)
いて座: バルトーク・ベーラ 「ディヴェルティメント」 第1楽章
単純明快、調は変ロ長調かト長調、弦楽器メイン・・・と考えた末の結論(調は若干ずれましたが)。
さっぱりしてて、行動力があって。いて座はケンタウロスなので少し動物というか獣が入っているけれどそれでも整然としたところがあるバルトークの音楽は結局ぴったりなのかな。
この弦特有の角のあるアタックとか、バルトークが愛用するリズムだったりが他の星座ではなくいて座特有のクオリティと結びつきそう。
やぎ座: アントニン・ドヴォルザーク 交響曲第9番 「新世界より」 第1楽章
ちょっぴり後ろ向きで慎重派、わりとのびのびしててマイペース・・・を意識しようとしたのですが、ノスタルジックを前に出した音楽を選んでしまいました。でもなかなか説明しにくいところでドヴォルザークの音楽全体だったりこの曲だったりにやぎ座っぽいエレメントはあるような・・・ここもまた改善の余地ありかな。
でも直感的に「そうかも?」という部分は強いです、それでも。
みずがめ座: モーリス・ラヴェル 「鏡」より「道化師の朝の歌」
やった!ラヴェル残しといてよかった!(なるべくかぶらないようにしてきたので)
機転だったりインスピレーションや直感だったり、回転の速い知性だったり、ちょっぴり理系の暗示だったり天才肌だったり、ラヴェルの音楽はわりとみずがめ座っぽい?この曲のスペイン下地の独特な雰囲気もまた名配役だったかな、と自負しております。
うお座: フレデリック・ショパン 「雨だれのプレリュード」
ショパン自身がうお座生まれなのもありますが、このセンチメンタルさ半端ない音楽はうお座だろう、と前々から思ってました。ただ「雨だれのプレリュード」か練習曲「Aeolian Harp」かで迷いましたが技巧で展開する方じゃない、メロディー本位のプレリュードの方を選択。どっちにしてもそうだったのですが、うお座は基本♭系の調だと思います。
・・・うわー、なかなか疲れました。遊びにしてもどうしてもこうムキになってしまう部分も・・・(苦笑)
ネタにしては結構星座に割り当てられた性格特徴とかよく知ってるな-と自分でびっくりしているのですが・・・
そしてマニアックなカテゴリーに入る曲があんまり出なかったことにも自分でびっくりです。
そして今日も今日の一曲はお休み。
ブログエントリー一つ書くのに無理しちゃ行けませんからまた頭に余裕をつくって書きたいですね。
やっぱり書きたいことがあるときに書くのが一番です。(ただ書きたいけど何を書いていいか分からないときにこういうエントリーで頭を動かすのも結構好きです)。
心も頭も心地良く動きますように・・・
これから先生にレッスンのメール出したり、ステンドグラスの清書パート3(方眼なしの紙に!スキャン一歩手前です)をしたり、ゲームをしたり・・・
なんだか最近創作・想像・創造に(ピアノでもそうですが)十分ゆとりをもって頭を使えてない気がするんですよね・・・
これからちょっぴり長い仕事があるのですが余裕を少しでも作っていきたいと思います。
ということでネタも空っぽだったのですが、ゆるーく今日はキーワードto音楽を。
あんまり占星術とか星占いとかそういったものでの性格判断は信じてはいないのですが、結構創作でいろいろとまとめたり決めたり参考にしたりするのには都合がよかったりするので結構調べています。
ということで12の星座をイメージして(注:マクロコスモスは今回まるっきり無視で!)今回は音楽を連想したいと思います~
おひつじ座: レナード・バーンスタイン 「キャンディード」序曲
おひつじ座は作曲家だとベルリオーズな気がするのですがなんだか具体的な曲で「これだ!」というものがなかったです。明るく外向的でちょっとせっかちという描写がいろんな占星術性格分析であるのですが、キャンディード序曲は明るいほど、派手なほどエキサイティングでそしてある程度スピードが不可欠。
いつもいつも明るい方に、何かアクションが起きてる方にぐいぐい引っ張られてく曲です。
おうし座: ヨハネス・ブラームス 交響曲第1番 第1楽章
おうし座の石橋を叩いて渡るような、慎重で内向的なタイプという性格描写を見ると真っ先にブラームスが浮かぶのです(ちなみにブラームス自身おうし座です(笑))。
やっぱり「交響曲を書くならベートーベンの第9を超えなきゃ」と21年もかけて書いた弧の曲がふさわしいんじゃないかと。ハ短調と♭系の調で書かれてるのもまたおうし座的かなーと。
ふたご座: セルゲイ・プロコフィエフ 交響曲第1番 第3楽章
改善の余地ありかな・・・ふたご座と言えば二面性、という描写が多いのですが色んな二面性が矛盾しているようで矛盾しなく共存しているプロコフィエフがいいかな、と思い。実際この曲はバロックや古典時代のガヴォットという舞曲のスタイルとプロコフィエフの楽器使いやテイストが共存しています。基本あんまり暗いことはなく、ちょっと毒はあってもマイペースで前向きで、速すぎずも遅すぎずもしないテンポで。
(ちなみにプロコフィエフはバレエ「ロミオとジュリエット」でもこの曲を使ってるのですが、編曲はこっちの方がふたご座に合うかも?)
かに座: グスタフ・マーラー 交響曲第6番 第3楽章
かに座はメシアンかマーラーだな、と思ってました。決して自分がかに座でメシアンとマーラーが好きだからではなく。かに座でよく言われる「包容力」の質を直感的に音楽で例えるならメシアンだったりマーラーだったりかなーと。ちょっぴりメランコリックなテイストもあり、センチメンタルなところもありながら懐は深く、芯はしなやかで強く。そんな感じです。
しし座: リヒャルト・シュトラウス 「ドン・ファン」序曲
リーダーシップ、情熱、行動力のしし座、やはりリヒャルト・シュトラウスかなー。
上へ前へどんどん進む、太陽のような明るさ。「英雄の生涯」も良いけれど♯系の調なのと推進力、オープニングのインパクトとかで勝るかも。
しし座には金管も弦楽器もバランス良く聞こえるといいな~というのがなんかありますね・・・
おとめ座: クロード・ドビュッシー 「映像」第1巻より「水に映る影」
繊細さ、芯の強さ、知性・・・ということでラヴェルかドビュッシーか迷って、なんとなくドビュッシーに。
何でしょう、「印象派」っぽいですよね~なんだか芸術的センスがあるとか、そういうのもありそうで。
暗すぎないけど昼よりは夜、火よりは水や風と結びつくイメージ。
テンポは遅めで、でも音が細かく繊細な技巧のこの曲をチョイスしました。
てんびん座: セザール・フランク バイオリンソナタ 第1楽章
柔軟で直感・さりげないセンスがあって。決して意志は強固ではないけど調和を好む・・・でしたっけ。
このソナタのオープニングのバイオリンの揺れ動くメロディーだったり繊細で美しい音だったり。フランクの独特のフランスらしくロマン派らしいハーモニーもぴったりかな、というのがチョイスの理由。
例えば同じフランスでも印象派だったらちょっと違ったかも・・・?
さそり座: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 交響曲第5番 第1楽章
まず調としては嬰ハ短調をイメージしてたんですがうまく該当する曲が無く。内なる炎、情熱、そして粘着質ということでショスタコーヴィチが一番フィットするかと。(でも半音違いのニ短調、色彩はだいぶ当初欲しかったのと違いますねー)
先ほどの3つのポイントにショスタコの音楽全般当てはまるのでなるべく粘着力と火力が強いやつを選びました。(うーん、スクリャービンでもよかったかなあ・・・)
いて座: バルトーク・ベーラ 「ディヴェルティメント」 第1楽章
単純明快、調は変ロ長調かト長調、弦楽器メイン・・・と考えた末の結論(調は若干ずれましたが)。
さっぱりしてて、行動力があって。いて座はケンタウロスなので少し動物というか獣が入っているけれどそれでも整然としたところがあるバルトークの音楽は結局ぴったりなのかな。
この弦特有の角のあるアタックとか、バルトークが愛用するリズムだったりが他の星座ではなくいて座特有のクオリティと結びつきそう。
やぎ座: アントニン・ドヴォルザーク 交響曲第9番 「新世界より」 第1楽章
ちょっぴり後ろ向きで慎重派、わりとのびのびしててマイペース・・・を意識しようとしたのですが、ノスタルジックを前に出した音楽を選んでしまいました。でもなかなか説明しにくいところでドヴォルザークの音楽全体だったりこの曲だったりにやぎ座っぽいエレメントはあるような・・・ここもまた改善の余地ありかな。
でも直感的に「そうかも?」という部分は強いです、それでも。
みずがめ座: モーリス・ラヴェル 「鏡」より「道化師の朝の歌」
やった!ラヴェル残しといてよかった!(なるべくかぶらないようにしてきたので)
機転だったりインスピレーションや直感だったり、回転の速い知性だったり、ちょっぴり理系の暗示だったり天才肌だったり、ラヴェルの音楽はわりとみずがめ座っぽい?この曲のスペイン下地の独特な雰囲気もまた名配役だったかな、と自負しております。
うお座: フレデリック・ショパン 「雨だれのプレリュード」
ショパン自身がうお座生まれなのもありますが、このセンチメンタルさ半端ない音楽はうお座だろう、と前々から思ってました。ただ「雨だれのプレリュード」か練習曲「Aeolian Harp」かで迷いましたが技巧で展開する方じゃない、メロディー本位のプレリュードの方を選択。どっちにしてもそうだったのですが、うお座は基本♭系の調だと思います。
・・・うわー、なかなか疲れました。遊びにしてもどうしてもこうムキになってしまう部分も・・・(苦笑)
ネタにしては結構星座に割り当てられた性格特徴とかよく知ってるな-と自分でびっくりしているのですが・・・
そしてマニアックなカテゴリーに入る曲があんまり出なかったことにも自分でびっくりです。
そして今日も今日の一曲はお休み。
ブログエントリー一つ書くのに無理しちゃ行けませんからまた頭に余裕をつくって書きたいですね。
やっぱり書きたいことがあるときに書くのが一番です。(ただ書きたいけど何を書いていいか分からないときにこういうエントリーで頭を動かすのも結構好きです)。
心も頭も心地良く動きますように・・・
昨日のエントリーをメモなしで書いたので恒例のおことわりを忘れていました。
1)これらの性格分析は私個人の観察と楽器の特性から導き出したものです。
2)あんまり真剣にとらないでいただけると嬉しいです。それなりに分析はしてますが、とりあえずネタということで。
3)メルボルン発データなので環境要因があると思われ日本人の場合どうなっているかは未知です。
4)個人攻撃、誹謗中傷は全く意図していません。
そして先ほどよくよく見たら拍手がぱちぱちされてるではありませんか!それも4つ!
24keysvirus、Trust、オイスター関係と昨日のトランペットとこのブログでカバーしているいくつかのメイントピックを結構網羅していてなんだか本当にありがたいです。そして設置しておいて気づかなくてなんだか申し訳ない・・・
アクセスも徐々に上がってるようで、本当に本当に読んでくださる人には感謝です。
これからもいろいろ書いていくと思いますがよろしくお願いします。
ここ数日心の調子が芳しくなく。
疲労、気分の微妙な落ち込みに加えてピアノの練習途中での急な集中力の低下・・・
程度としては(疲労以外は)大したことないですし、これといって原因も見つからないので一時的なものだと思いますが、だからっていつものようにがんがん前に前にじゃいけません。
(・・・とか言いながら仕事もピアノも(レッスンに向けて?)勉強も家事もやってますが・・・)
こういうときは食べ物でも弾く曲でも聴く音楽でも何かと「あれもいやだ、これもいやだ」となりがち。
そして胃が悪いときには刺激物を避けた方がいいのと同じように、見るもの聴くもの心を動かすものにちょーっと気をつけた方がいいな、というのは経験から覚えてきました。
普段から(決して調子が悪くてひねくれてるわけじゃないです、普段からのひねくれです)結構「癒し」という言葉の安易さに対してかなり疑問を抱いているというか懐疑的だというか・・・
なので一つ断っておきますが「癒しの音楽」について今回話したいわけではないのです。
心を「癒す」とか回復を促す音楽ではなく、心が弱ってる時に聴くと心がささくれ立たないような、心に優しいというか穏やかな状態にさせてくれる音楽を自分の経験から紹介したいと思います。
(注:作曲家の名前で参照することが多いですが、その作曲家の曲全部に当てはまるわけではありません)
ネガティブに説明するのも何ですが、まずは避けたい音楽。
派手だったり外向的な音楽は割と心が防御的になって萎縮しちゃうように思えます。リスト、ワーグナーがぱっと浮かびますが、シューマンもこの類に入ります。シューマンの場合本人の精神の不安定さが若干音楽に表れるのもまたこういう状態には向かない理由でもありますね。
声が入る音楽はぼーっと心を穏やかにして聴くにはやっぱり向いてないかなーという部分もあるような気がします。
人間の耳と脳はやっぱり同じ人間の声に自然と耳を傾けてしまう働きがあるそうなので。
そして何にしても複雑な音楽だと弱った脳が(聞き流すにしても)情報を処理しきれない様子。
自分にとってはなによりもハーモニーが重要らしいです。いつもは大好きなメシアンも心が弱ってると色彩の複雑さがちょっぴりしんどい・・・(汗)でも別の意味で複雑なリゲティはそのメカニカルで幾何学的な性格が心地良く感じます。
あとは強弱が激しかったり、曲が長すぎたり、強いリズムだったり(バルトークなど)、強い感情だったり・・・
それからプロコフィエフの音楽もこういう状態の時は結構苦手かも。というのもプロコフィエフの書く音楽のおそらく一番の特徴というのが「飛躍するメロディー」。とにかく平気で一オクターブとか一気に飛んじゃうアップダウンの激しいメロディーに心がつり上げられたり落とされたりで結構しんどいです。
総括するとおすすめなのは:
1)長すぎず、分厚すぎず、激しすぎず
2)コンパクトなスケール
3)ハーモニーがシンプル
4)自然なメロディー
5)内向的
・・・という特徴をもってるのかなー、なんて・・・
作曲家でいうとおすすめはモンポウ、ラヴェル、ヴォーン=ウィリアムスあたり。
ラヴェルはあの透明な色彩と不思議な軽さが調子が悪い時でも私にはすっと自然に入って来ます。色彩も音楽全体も生き生きとしているのでちょっぴり元気やエネルギーももらえたり。
モンポウは以前「今日の一曲」でも紹介しましたがカタルーニャの民族音楽を扱う作曲家で、カタルーニャの民族音楽のピカイチなメロディーと手のひらに収まるようなコンパクトでシンプルな音楽にかなり重症の時でも穏やかさをもたらしてくれました。
ヴォーン=ウィリアムスに限らずイギリスの音楽はノスタルジックな性格で、せかさないというか「後ろ向きでも全然いいよー」という姿勢がいいいな、と個人的に思います。ヴォーン=ウィリアムスの音楽に感じる景色と雰囲気にものすごーく思い入れがあって。
曲で言ったらなにがいいかなー・・・
1) モーリス・ラヴェル マ・メール・ロワ
ラヴェルの音楽で手のひらサイズ、しかも童心に帰って子供のように愛してくれる純粋な曲。
ピアノ版もオケ版もありますが、どっちも違う魅力があります。
落ち着きだったらピアノ版、暖かさだったらオケ版・・・かな?
2) フェデリコ・モンポウ 内なる印象
いつだったか入院し退院したあとふと惹かれてしまったこの曲。
内なる印象というタイトルのとおり心に秘めるような音楽で、まあるくて大切な小曲集です。
特におすすめは第一楽章、そして「Parjaro Triste( 悲しい鳥)」。
どちらも必要最小限の音とちょうど良いスペースでうまいこと心を静かに動かしてくれます。
3) ヴォーン=ウィリアムス 揚げひばり
ヴォーン=ウィリアムスってこんな曲ばっかり書くよねーという部分もあるのですが、でもだからって憎むことはできないこの曲。メロディーの自然さ、広がる草原、吹くそよ風・・・
心が窮屈に感じたとき、本当に欲している世界を与えてくれる音楽。
4) オリヴィエ・メシアン 幼子イエスに注ぐ20のまなざし 第1番「父のまなざし」
メシアンは複雑な色彩を書くときが生き生きしていますが、こんな曲も。
テンポが一音=一秒というのがやっぱり効きますね(といっても誰も厳密にそれを守ってるわけじゃありませんが)。鼓動に近いテンポだとやっぱり神経はどうも落ち着くようです。ずーっとその一音一秒で変化がなく、音楽自体もものすごく穏やかな弧を書いていて。父性の暖かさ。
5) ヨハネス・ブラームス 交響曲第1番第2楽章
ブラームスは内向的な音楽の性格と、あと子守歌が得意なこともあって心が不調なときに向いていますがなんといってもブラームスの音楽は親身になって傍にいてくれるのですねー。
包容力があって、暖かくて、人間的で。例えばヴォーン=ウィリアムスだと広い空間が心地良い反面ちょっぴり淋しく感じるのですが、ブラームスの音楽はそうやって隣にいてくれる存在の暖かさと心地よさを味わえます。
音楽には本当に人の心をいろんな風に動かすことができる力を持っていて。
心を癒すというのは分からないのですが人自身が力を取り戻せるように支えてくれる、ちょっと手を貸してくれることはできます。
世界津々浦々色々な音楽があって、探せば自分の心のその都度都度の状態にぴったり合う音楽がみつかります。
上記は私個人の経験から見つけた曲ですが、(前にも言いましたが)もっと他の人の心を支える手助けができる音楽を見つけるお手伝いができたらいいなあーと思っています。
ただ今は休息ですね。はい。これから衣替えです。
明日からはまた仕事だから回復するためになるべく自分にとっていいこと、正しいことをしていこうと思います。
今日の一曲はお休みです。
1)これらの性格分析は私個人の観察と楽器の特性から導き出したものです。
2)あんまり真剣にとらないでいただけると嬉しいです。それなりに分析はしてますが、とりあえずネタということで。
3)メルボルン発データなので環境要因があると思われ日本人の場合どうなっているかは未知です。
4)個人攻撃、誹謗中傷は全く意図していません。
そして先ほどよくよく見たら拍手がぱちぱちされてるではありませんか!それも4つ!
24keysvirus、Trust、オイスター関係と昨日のトランペットとこのブログでカバーしているいくつかのメイントピックを結構網羅していてなんだか本当にありがたいです。そして設置しておいて気づかなくてなんだか申し訳ない・・・
アクセスも徐々に上がってるようで、本当に本当に読んでくださる人には感謝です。
これからもいろいろ書いていくと思いますがよろしくお願いします。
ここ数日心の調子が芳しくなく。
疲労、気分の微妙な落ち込みに加えてピアノの練習途中での急な集中力の低下・・・
程度としては(疲労以外は)大したことないですし、これといって原因も見つからないので一時的なものだと思いますが、だからっていつものようにがんがん前に前にじゃいけません。
(・・・とか言いながら仕事もピアノも(レッスンに向けて?)勉強も家事もやってますが・・・)
こういうときは食べ物でも弾く曲でも聴く音楽でも何かと「あれもいやだ、これもいやだ」となりがち。
そして胃が悪いときには刺激物を避けた方がいいのと同じように、見るもの聴くもの心を動かすものにちょーっと気をつけた方がいいな、というのは経験から覚えてきました。
普段から(決して調子が悪くてひねくれてるわけじゃないです、普段からのひねくれです)結構「癒し」という言葉の安易さに対してかなり疑問を抱いているというか懐疑的だというか・・・
なので一つ断っておきますが「癒しの音楽」について今回話したいわけではないのです。
心を「癒す」とか回復を促す音楽ではなく、心が弱ってる時に聴くと心がささくれ立たないような、心に優しいというか穏やかな状態にさせてくれる音楽を自分の経験から紹介したいと思います。
(注:作曲家の名前で参照することが多いですが、その作曲家の曲全部に当てはまるわけではありません)
ネガティブに説明するのも何ですが、まずは避けたい音楽。
派手だったり外向的な音楽は割と心が防御的になって萎縮しちゃうように思えます。リスト、ワーグナーがぱっと浮かびますが、シューマンもこの類に入ります。シューマンの場合本人の精神の不安定さが若干音楽に表れるのもまたこういう状態には向かない理由でもありますね。
声が入る音楽はぼーっと心を穏やかにして聴くにはやっぱり向いてないかなーという部分もあるような気がします。
人間の耳と脳はやっぱり同じ人間の声に自然と耳を傾けてしまう働きがあるそうなので。
そして何にしても複雑な音楽だと弱った脳が(聞き流すにしても)情報を処理しきれない様子。
自分にとってはなによりもハーモニーが重要らしいです。いつもは大好きなメシアンも心が弱ってると色彩の複雑さがちょっぴりしんどい・・・(汗)でも別の意味で複雑なリゲティはそのメカニカルで幾何学的な性格が心地良く感じます。
あとは強弱が激しかったり、曲が長すぎたり、強いリズムだったり(バルトークなど)、強い感情だったり・・・
それからプロコフィエフの音楽もこういう状態の時は結構苦手かも。というのもプロコフィエフの書く音楽のおそらく一番の特徴というのが「飛躍するメロディー」。とにかく平気で一オクターブとか一気に飛んじゃうアップダウンの激しいメロディーに心がつり上げられたり落とされたりで結構しんどいです。
総括するとおすすめなのは:
1)長すぎず、分厚すぎず、激しすぎず
2)コンパクトなスケール
3)ハーモニーがシンプル
4)自然なメロディー
5)内向的
・・・という特徴をもってるのかなー、なんて・・・
作曲家でいうとおすすめはモンポウ、ラヴェル、ヴォーン=ウィリアムスあたり。
ラヴェルはあの透明な色彩と不思議な軽さが調子が悪い時でも私にはすっと自然に入って来ます。色彩も音楽全体も生き生きとしているのでちょっぴり元気やエネルギーももらえたり。
モンポウは以前「今日の一曲」でも紹介しましたがカタルーニャの民族音楽を扱う作曲家で、カタルーニャの民族音楽のピカイチなメロディーと手のひらに収まるようなコンパクトでシンプルな音楽にかなり重症の時でも穏やかさをもたらしてくれました。
ヴォーン=ウィリアムスに限らずイギリスの音楽はノスタルジックな性格で、せかさないというか「後ろ向きでも全然いいよー」という姿勢がいいいな、と個人的に思います。ヴォーン=ウィリアムスの音楽に感じる景色と雰囲気にものすごーく思い入れがあって。
曲で言ったらなにがいいかなー・・・
1) モーリス・ラヴェル マ・メール・ロワ
ラヴェルの音楽で手のひらサイズ、しかも童心に帰って子供のように愛してくれる純粋な曲。
ピアノ版もオケ版もありますが、どっちも違う魅力があります。
落ち着きだったらピアノ版、暖かさだったらオケ版・・・かな?
2) フェデリコ・モンポウ 内なる印象
いつだったか入院し退院したあとふと惹かれてしまったこの曲。
内なる印象というタイトルのとおり心に秘めるような音楽で、まあるくて大切な小曲集です。
特におすすめは第一楽章、そして「Parjaro Triste( 悲しい鳥)」。
どちらも必要最小限の音とちょうど良いスペースでうまいこと心を静かに動かしてくれます。
3) ヴォーン=ウィリアムス 揚げひばり
ヴォーン=ウィリアムスってこんな曲ばっかり書くよねーという部分もあるのですが、でもだからって憎むことはできないこの曲。メロディーの自然さ、広がる草原、吹くそよ風・・・
心が窮屈に感じたとき、本当に欲している世界を与えてくれる音楽。
4) オリヴィエ・メシアン 幼子イエスに注ぐ20のまなざし 第1番「父のまなざし」
メシアンは複雑な色彩を書くときが生き生きしていますが、こんな曲も。
テンポが一音=一秒というのがやっぱり効きますね(といっても誰も厳密にそれを守ってるわけじゃありませんが)。鼓動に近いテンポだとやっぱり神経はどうも落ち着くようです。ずーっとその一音一秒で変化がなく、音楽自体もものすごく穏やかな弧を書いていて。父性の暖かさ。
5) ヨハネス・ブラームス 交響曲第1番第2楽章
ブラームスは内向的な音楽の性格と、あと子守歌が得意なこともあって心が不調なときに向いていますがなんといってもブラームスの音楽は親身になって傍にいてくれるのですねー。
包容力があって、暖かくて、人間的で。例えばヴォーン=ウィリアムスだと広い空間が心地良い反面ちょっぴり淋しく感じるのですが、ブラームスの音楽はそうやって隣にいてくれる存在の暖かさと心地よさを味わえます。
音楽には本当に人の心をいろんな風に動かすことができる力を持っていて。
心を癒すというのは分からないのですが人自身が力を取り戻せるように支えてくれる、ちょっと手を貸してくれることはできます。
世界津々浦々色々な音楽があって、探せば自分の心のその都度都度の状態にぴったり合う音楽がみつかります。
上記は私個人の経験から見つけた曲ですが、(前にも言いましたが)もっと他の人の心を支える手助けができる音楽を見つけるお手伝いができたらいいなあーと思っています。
ただ今は休息ですね。はい。これから衣替えです。
明日からはまた仕事だから回復するためになるべく自分にとっていいこと、正しいことをしていこうと思います。
今日の一曲はお休みです。
なんだかちょっと疲れ気味のこの頃。今日は心の調子もちょっぴりいまいちな部分が・・・
でもチェロはもう少しで奪回できるし(チェロに関しては奪回した後にまた詳しく!)、天気はもう春だしいいこともたくさん。
引き続きのステンドグラスデザイン作業もありますし、明日もピアノにスーパーで買い物に衣替えにいろいろ頑張らなくちゃけないので頑張ってかなきゃ!
ということで景気づけになるような楽器で(珍しくメモなし&ノープランで)楽器と性格第4弾をやっていきたいと思います。
音楽や絵画で頻繁に「天使の奏でる楽器」とされているのがトランペット。
新約聖書の「ヨハネの黙示録」での世を滅ぼす7つのトランペットとを始め、なにかと繋がりが強いイメージです。
(反対に悪魔の楽器はバイオリンというイメージが強いですね)
なので基本的に輝かしい、力強い役割が多く、リヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」以外では悪役に回ることがない(というか自分が思いつかない)楽器。
奏者の方もなかなか正義感が強い人がけっこういます。
間違ってた・曲がった事が許せない、自分の信条に真っ直ぐな人柄がトランペット奏者の一番の特徴なんじゃないかと思います。
その強く一途な思いはチェロ奏者と共通するところがありますが、チェロ奏者が自分の信条を基準として判断するのに対してトランペット奏者は「正しいか正しくないか」で判断。わりと社会的正義感も強いタイプです。
なのでトランペット奏者と口論したらまず勝てないのでは?と思いますねえ・・・向こうは向こうなりの正義でものを考えてるのでそこが相容れなければ堂々巡りになるだけかも・・・?
議論の展開、突き詰めの過程で熱くなるというよりはやっぱり白黒つけたくてやっきになるというタイプが多く見受けられます。
あともう一つチェロとトランペットが似てるのは一途だからこそのちょっとした不器用さ。
どちらも伴奏をわりと苦手としている楽器で・・・(ただトランペットは楽器の性質上伴奏パートを弾くのが難しいのですが、チェロは楽器はできるのに奏者があんまり伴奏が好きでない、という・・・)
伴奏が苦手、というのはあとやっぱり目立ちたがり屋なところがあるせいも?と思います。
トランペットのメロディーだったりソロだったりというのは輝かしくなんといってもかっこいいもので・・・
そういったトランペットならではのソロをこなしているうちに目立つのも、かっこよくあるのも快感に感じる様になってしまう、という楽器を弾くことによって発達する性格的要素ではないかと思います。
その音からも分かるようにトランペットの人は基本明るく真っ直ぐ、単純で竹を割ったような性格。
判断力があり行動的で、子供のように無邪気にはしゃぐこともあり、ちょっぴり空回りしたり短気だったりもします。
でもなんといっても基本真面目。特に演奏するときはそうですね。
私は実はトランペット奏者の特徴の多くが心のツボにはまってるのですがその中でもトランペット奏者という人達に対して特別に敬意を抱いていることがあります。
トランペットという楽器は唇と息の加減一つで音が外れる楽器。しかも楽器の元々の音量がかなり大きいです。かといって躊躇しながら弾くと余計に音が外れる、という・・・
トランペットでソロを成功させるには「Just go for it」な精神、つまり「案ずるよりも産むが易し」、くよくよ悩まないでただ突進・突撃あるのみ!という精神で向かわなければならないのです。
どんな難しいパッセージでも迷うことなく100%で、音を外すにしても潔く立ち向かうトランペット奏者の演奏と姿勢にいつでも私は惚れ惚れしているのです。
惚れ惚れ、といえば自分データだとトランペット奏者には結構男前が多い気が・・・
ユースオケの演奏旅行の際に女子メンバーが男子メンバーを格付けした結果「ハンサムNo.1」、「抱かれたい男No.1」共に同じトランペット奏者だったのもそうですし、プロ奏者でも何人か心当たりがあります。
ちなみにうちの父もトランペット奏者ですが、客観的に冷静に見るとなかなかですしね。
ただやっぱり顔だけでなく、上記気質の男前さ、というかそういうものがそろってこそのトランペット奏者=男前の気質だと思うのであーんまりルックスは強調しないでおきたいのですが・・・
トランペット奏者の男前、というのは一番クラシックな男前男性像だったり一番スタンダードな男気なのかな~とか思います。
キャラだったり人物だったりに楽器を割り当てるとき、トランペット奏者は性格よりも重視している、ただただ一つの要素があります。
それは「目」。二次元だろうが実在の人物だろうが、トランペット奏者だな、と思う人を見分けるにはその人の目を見ればいい、という100%個人的見解を持っていて。
トランペットが向いてるだろうな、と思う人は尋常なく強く真っ直ぐな目をしてますね。言葉で説明しにくいんですが独特のまなざしです。
・・・と言って実はここで歴史的人物とかから例を引っ張り出してくるはずだったのですがぱっと思いつかず・・・またの機会に!
(例えば封神演義だったらだんぜん黄天化なんですが・・・果たして何人が分かってくれるのか・・・(汗))
弦楽器だったらバイオリンが自然とリーダー的存在になるように、金管でのリーダーはトランペット
軍隊で使われることも多いので(天使もまた神のために戦う戦士でもありますが)想像がつくかも知れませんが、ホルン、トロンボーン、テューバという基本ほんわかしてたりマイペースだったりする楽器をきびきびとまとめて、先陣を切って金管軍団を率いる存在でもあります。
トランペットの音っていつ聴いても心が引き締まるし、奮い立つしで・・・そして先ほど言いました奏者達の勇気を思うと本当にこちらも勇気が出ます。
私にとってこんな奏者・人間になりたいなと思うあこがれの存在・・・かもしれません。
・・・こうくると次はホルンかな?ホルンは結構ほとんどインサイダーなので話したい事はいろいろあるのですが(チェロとホルンの関係性もまた面白いですし)・・・さあどうまとまるかしら。
時間がかかったらごめんなさいね~(汗)
今日の一曲: バルトーク・ベーラ ピアノ協奏曲第2番第2楽章
トランペットに縁のある曲を選びました、といったら信じてもらえるでしょうか(笑)
選んだ理由はおいおい・・・
バルトークはオケ使いが独特なスタイルでピカイチなのですが、なんといっても金管の使い方がすごい!
金管に和音を吹かせたりソロを吹かせるだけでなく、それぞれのパートが別々のメロディーで動くポリフォニーが得意です。第1奏者だけでなく第2、第3奏者のソロもあってみんな気が抜けません!
ピアノ協奏曲でもオケのパートがめっちゃ充実していて(この曲をユースオケでやった時にすごいリハーサル時間かけました!)、ポリフォニー、複雑でワイルドなリズム、数えにくい休み小節(私だけ?自分の音楽的なカンにはものすごく自信があるのですがバルトークだけは勘が効きにくいです)・・・
もちろん金管楽器もものすごく活躍するコンチェルトです。
で、なぜ弦抜きで管楽器のセミオーケストラが活躍する第1楽章でなくスローで一見金管は目立たない第2楽章を選んだか。
この楽章はスローなセクションの後、スケルツォにあたる速い軽快なセクションがあって、またスローなセクションが戻る、というこの時代なんだか地味に流行りだった形式?(ラフマニノフとかも使ってます)なんですが・・・
そのスケルツォの最後の最後にあるトランペットの一音!それが私がおそらくどんなレパートリーのなかでも一番かっこいいと思うトランペットソロなのです。
弦や木管、時には打楽器がピアノの音と絡み合い、ちょっぴり幾何学的で、バルトーク&ハンガリー音楽のワイルドさも備えかねたちょっと変わった意味で幻想的な音楽を奏でて(あえて言えばちょっとだけデュカの「魔法使いの弟子」に似てるとこもあるかなー)、その最後のセクションに音がひょいひょいと上り詰めて、その頂上にトランペットソロ!しかも真ん中のドから2オクターブ上のドという超高音!
実はトランペットはCDで聴いてみると少なくともこのソロの前40秒間は弾いていません。(ソロを弾くのが第1奏者なのですが、その40秒前に聞こえるトランペットの音が第1奏者によって弾かれているかどうかわからないので「少なくとも」なのです)
で、何も弾かないところからその超高音をぱっと真っ直ぐ外さず吹かなくちゃいけないこの難しさ!
その40秒間奏者はそうとうどきどきしてるんでしょうね・・・
でも聴いている方もそうとうはらはらしてたのでそのソロが決まってそのまっすぐな高音が聞こえたときの快感だったりたまらないですね!
全部踏まえて本当に惚れちゃいますよ、このトップのドを決めたトランペット奏者!
スローなセクションには触れなかったのですが、これもまた神秘的なバルトークの「夜の音楽」の世界。
バルトークの「夜の音楽」というくくりについてはまだ不勉強なのですが(汗)確かにこういった緩徐楽章は「夜」のものすごく神秘的で、静かで、どこか恐怖があって・・・という側面そのものだなあ、という気がします。
耳で聞いているはずなのに、なんだか全身で音楽を感じてしまうような不思議な感覚もあります。
とりあえずこのトランペットソロは曲の知名度もありますがあまりその大変さが知られてないような気がして。
でも私にとってはそういった大変さだったりも含めて最高にかっこいいソロだと思います。
なので次回この曲を聴いた際には耳を傾けてみてくださいね♪(そしてできれば一緒にはらはらしたり・・・)
でもチェロはもう少しで奪回できるし(チェロに関しては奪回した後にまた詳しく!)、天気はもう春だしいいこともたくさん。
引き続きのステンドグラスデザイン作業もありますし、明日もピアノにスーパーで買い物に衣替えにいろいろ頑張らなくちゃけないので頑張ってかなきゃ!
ということで景気づけになるような楽器で(珍しくメモなし&ノープランで)楽器と性格第4弾をやっていきたいと思います。
音楽や絵画で頻繁に「天使の奏でる楽器」とされているのがトランペット。
新約聖書の「ヨハネの黙示録」での世を滅ぼす7つのトランペットとを始め、なにかと繋がりが強いイメージです。
(反対に悪魔の楽器はバイオリンというイメージが強いですね)
なので基本的に輝かしい、力強い役割が多く、リヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」以外では悪役に回ることがない(というか自分が思いつかない)楽器。
奏者の方もなかなか正義感が強い人がけっこういます。
間違ってた・曲がった事が許せない、自分の信条に真っ直ぐな人柄がトランペット奏者の一番の特徴なんじゃないかと思います。
その強く一途な思いはチェロ奏者と共通するところがありますが、チェロ奏者が自分の信条を基準として判断するのに対してトランペット奏者は「正しいか正しくないか」で判断。わりと社会的正義感も強いタイプです。
なのでトランペット奏者と口論したらまず勝てないのでは?と思いますねえ・・・向こうは向こうなりの正義でものを考えてるのでそこが相容れなければ堂々巡りになるだけかも・・・?
議論の展開、突き詰めの過程で熱くなるというよりはやっぱり白黒つけたくてやっきになるというタイプが多く見受けられます。
あともう一つチェロとトランペットが似てるのは一途だからこそのちょっとした不器用さ。
どちらも伴奏をわりと苦手としている楽器で・・・(ただトランペットは楽器の性質上伴奏パートを弾くのが難しいのですが、チェロは楽器はできるのに奏者があんまり伴奏が好きでない、という・・・)
伴奏が苦手、というのはあとやっぱり目立ちたがり屋なところがあるせいも?と思います。
トランペットのメロディーだったりソロだったりというのは輝かしくなんといってもかっこいいもので・・・
そういったトランペットならではのソロをこなしているうちに目立つのも、かっこよくあるのも快感に感じる様になってしまう、という楽器を弾くことによって発達する性格的要素ではないかと思います。
その音からも分かるようにトランペットの人は基本明るく真っ直ぐ、単純で竹を割ったような性格。
判断力があり行動的で、子供のように無邪気にはしゃぐこともあり、ちょっぴり空回りしたり短気だったりもします。
でもなんといっても基本真面目。特に演奏するときはそうですね。
私は実はトランペット奏者の特徴の多くが心のツボにはまってるのですがその中でもトランペット奏者という人達に対して特別に敬意を抱いていることがあります。
トランペットという楽器は唇と息の加減一つで音が外れる楽器。しかも楽器の元々の音量がかなり大きいです。かといって躊躇しながら弾くと余計に音が外れる、という・・・
トランペットでソロを成功させるには「Just go for it」な精神、つまり「案ずるよりも産むが易し」、くよくよ悩まないでただ突進・突撃あるのみ!という精神で向かわなければならないのです。
どんな難しいパッセージでも迷うことなく100%で、音を外すにしても潔く立ち向かうトランペット奏者の演奏と姿勢にいつでも私は惚れ惚れしているのです。
惚れ惚れ、といえば自分データだとトランペット奏者には結構男前が多い気が・・・
ユースオケの演奏旅行の際に女子メンバーが男子メンバーを格付けした結果「ハンサムNo.1」、「抱かれたい男No.1」共に同じトランペット奏者だったのもそうですし、プロ奏者でも何人か心当たりがあります。
ちなみにうちの父もトランペット奏者ですが、客観的に冷静に見るとなかなかですしね。
ただやっぱり顔だけでなく、上記気質の男前さ、というかそういうものがそろってこそのトランペット奏者=男前の気質だと思うのであーんまりルックスは強調しないでおきたいのですが・・・
トランペット奏者の男前、というのは一番クラシックな男前男性像だったり一番スタンダードな男気なのかな~とか思います。
キャラだったり人物だったりに楽器を割り当てるとき、トランペット奏者は性格よりも重視している、ただただ一つの要素があります。
それは「目」。二次元だろうが実在の人物だろうが、トランペット奏者だな、と思う人を見分けるにはその人の目を見ればいい、という100%個人的見解を持っていて。
トランペットが向いてるだろうな、と思う人は尋常なく強く真っ直ぐな目をしてますね。言葉で説明しにくいんですが独特のまなざしです。
・・・と言って実はここで歴史的人物とかから例を引っ張り出してくるはずだったのですがぱっと思いつかず・・・またの機会に!
(例えば封神演義だったらだんぜん黄天化なんですが・・・果たして何人が分かってくれるのか・・・(汗))
弦楽器だったらバイオリンが自然とリーダー的存在になるように、金管でのリーダーはトランペット
軍隊で使われることも多いので(天使もまた神のために戦う戦士でもありますが)想像がつくかも知れませんが、ホルン、トロンボーン、テューバという基本ほんわかしてたりマイペースだったりする楽器をきびきびとまとめて、先陣を切って金管軍団を率いる存在でもあります。
トランペットの音っていつ聴いても心が引き締まるし、奮い立つしで・・・そして先ほど言いました奏者達の勇気を思うと本当にこちらも勇気が出ます。
私にとってこんな奏者・人間になりたいなと思うあこがれの存在・・・かもしれません。
・・・こうくると次はホルンかな?ホルンは結構ほとんどインサイダーなので話したい事はいろいろあるのですが(チェロとホルンの関係性もまた面白いですし)・・・さあどうまとまるかしら。
時間がかかったらごめんなさいね~(汗)
今日の一曲: バルトーク・ベーラ ピアノ協奏曲第2番第2楽章
トランペットに縁のある曲を選びました、といったら信じてもらえるでしょうか(笑)
選んだ理由はおいおい・・・
バルトークはオケ使いが独特なスタイルでピカイチなのですが、なんといっても金管の使い方がすごい!
金管に和音を吹かせたりソロを吹かせるだけでなく、それぞれのパートが別々のメロディーで動くポリフォニーが得意です。第1奏者だけでなく第2、第3奏者のソロもあってみんな気が抜けません!
ピアノ協奏曲でもオケのパートがめっちゃ充実していて(この曲をユースオケでやった時にすごいリハーサル時間かけました!)、ポリフォニー、複雑でワイルドなリズム、数えにくい休み小節(私だけ?自分の音楽的なカンにはものすごく自信があるのですがバルトークだけは勘が効きにくいです)・・・
もちろん金管楽器もものすごく活躍するコンチェルトです。
で、なぜ弦抜きで管楽器のセミオーケストラが活躍する第1楽章でなくスローで一見金管は目立たない第2楽章を選んだか。
この楽章はスローなセクションの後、スケルツォにあたる速い軽快なセクションがあって、またスローなセクションが戻る、というこの時代なんだか地味に流行りだった形式?(ラフマニノフとかも使ってます)なんですが・・・
そのスケルツォの最後の最後にあるトランペットの一音!それが私がおそらくどんなレパートリーのなかでも一番かっこいいと思うトランペットソロなのです。
弦や木管、時には打楽器がピアノの音と絡み合い、ちょっぴり幾何学的で、バルトーク&ハンガリー音楽のワイルドさも備えかねたちょっと変わった意味で幻想的な音楽を奏でて(あえて言えばちょっとだけデュカの「魔法使いの弟子」に似てるとこもあるかなー)、その最後のセクションに音がひょいひょいと上り詰めて、その頂上にトランペットソロ!しかも真ん中のドから2オクターブ上のドという超高音!
実はトランペットはCDで聴いてみると少なくともこのソロの前40秒間は弾いていません。(ソロを弾くのが第1奏者なのですが、その40秒前に聞こえるトランペットの音が第1奏者によって弾かれているかどうかわからないので「少なくとも」なのです)
で、何も弾かないところからその超高音をぱっと真っ直ぐ外さず吹かなくちゃいけないこの難しさ!
その40秒間奏者はそうとうどきどきしてるんでしょうね・・・
でも聴いている方もそうとうはらはらしてたのでそのソロが決まってそのまっすぐな高音が聞こえたときの快感だったりたまらないですね!
全部踏まえて本当に惚れちゃいますよ、このトップのドを決めたトランペット奏者!
スローなセクションには触れなかったのですが、これもまた神秘的なバルトークの「夜の音楽」の世界。
バルトークの「夜の音楽」というくくりについてはまだ不勉強なのですが(汗)確かにこういった緩徐楽章は「夜」のものすごく神秘的で、静かで、どこか恐怖があって・・・という側面そのものだなあ、という気がします。
耳で聞いているはずなのに、なんだか全身で音楽を感じてしまうような不思議な感覚もあります。
とりあえずこのトランペットソロは曲の知名度もありますがあまりその大変さが知られてないような気がして。
でも私にとってはそういった大変さだったりも含めて最高にかっこいいソロだと思います。
なので次回この曲を聴いた際には耳を傾けてみてくださいね♪(そしてできれば一緒にはらはらしたり・・・)
Twitterでご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、今メシアンの「世の終わりのための四重奏」の8つの楽章をモチーフにステンドグラスをデザインしてみてます。
今の状態はこちら。方眼紙にサインペンでペン入れして、クーピー(60色セット)で着色したところ。もう一回清書した後白紙に写して(トレース台的なものが無いので着色したままだと写せない)、PCにスキャン、着色の予定です。色彩は若干変わるかもです。
着色プランニング工程はあんまり悩みませんでしたね。メシアン自身色の名前を各楽章の前書きで言及しているのもありますし、ある程度自分の中でも自分が感じてる色彩が意識的に分かってますし。ただこのデザインで自分の感じている色彩をどれくらい表現出来たか、といったらやっぱり1割にも満たないかなーという感じはするのですが・・・
共感覚では同じものを聴いても人によって感じる色彩が違うので、このメシアンの感じる色彩と自分の感じる色彩の融合、という形で作業をしたのが本当に楽しくて、言葉にはできない感覚を味わえました。
このステンドグラスデザインの完成品(あくまでデザインですが、本当は実際にガラスでやって光を通したい!)を始めもろもろの完成品、半固形的なものを近いうちにゆる~いギャラリー的なところを作ってアップしたいと思っています・・・が詳細は後日。
次に読む予定の論文が視覚と聴覚の共感覚を診断する方法、ということについて言及している論文で、なかなか楽しみにしています。
共感覚については以前もこのエントリーでいろいろ書いているのですが、一応おそらく私も視覚と聴覚の共感覚保持者なので、実際にそういう診断がでたら面白いなあ~とか。それで例えば平成教育学院☆放課後でやってたみたいに脳と共感覚の研究に参加できたらおもしろいな~と思うんです。
自分が共感覚保持者か、というのは少なくとも私にとってはわかりにくいなーという気がします。
確かに音(ことに和音)を聴いて色彩をある程度感じることはできるんですけど、もしかしたら想像力の働きだったり連想する脳のネットワークが速かったりするだけかもしれませんし。
あとなんとか自分でその感覚を捕まえて意識的に感じるようにここ数年(現代音楽を弾くのに特に)頑張ってきたんですか共感覚に鍛錬できる分が果たしてあるのか、というところも気になりますし。
やっぱり共感覚があるとしたらやっぱり強いのは視覚と聴覚の繋がり(つまり音楽と色彩の繋がり)だとおもうんです。ただ他にもちょろちょろ繋がってる感覚があるっぽいんだけどそれは果たして共感覚なのかなんなのか(はたまた想像力の働き(後略)だったりするのか)自分でもよくわからないなーという事が多いです。
例えば。
自分が文字と色の共感覚を持ってるなーとはあんまり思わないんですが気になるところが。
仕事柄医学用語を扱うことが多いんですが、「血」を表す接頭辞はアメリカ綴りで「Hema~」、イギリス綴りで「Haema~」と書かれます。
これはやっぱりイギリス綴りで育ったこともきっとあるのでしょうが、でも英語で書かれてる文をざーっと読んでいるときアメリカ綴りの「Hema~」という接頭辞に直感的に「血」だったり赤という色を感じないんですよ。
だから本当にアメリカ綴りだとざーっと読んでると目がピックアップしないのでじっくり読まなくちゃいけなかったり。自分で書いててもちょっと(ぱっと見)分からなくなるのでなるべくHaema~で書いてます。
あとは世界の国を漢字略称で書いた場合(独、仏、韓など)、覚えにくいのと覚えやすいものになんとなく差があることが最近判明してます。
で、よくよく見てみると自分が国を表す漢字を見て連想する色と、その国に対してイメージのある色(国旗、イメージ、スポーツチームなど)とが一致するとやっぱり覚えやすいような傾向があるような無いような・・・
例えばフィンランド(芬)、スウェーデン(典)、エジプト(埃)は覚えやすいですが、メキシコ(墨)、ブラジル(伯)、
ポーランド(波)は覚えにくい。
これは連想の問題か、共感覚なのか、自分だと区別がつきません。
他にも音楽の特定の箇所で味を感じたり、色彩を意識的に感じた場合触感も一緒についてきたり。
それからワインに関する言語に見られる共感覚的比喩(共感覚を感じるのではなく、ある感覚を別の種類の感覚によって描写表現することのこと)についての論文を読んだときに視覚という感覚を色彩と「光」(明暗など)に分けて考えてたのも気になってて。
もう本当に感覚を感じて、それを伝えることがこんなに難しいことだとは!
で、そのワインに関する言語の論文の参考文献にワイン以外での共感覚比喩についての論文ものってて、まだそちらには手が回ってないのですが・・・
でも確かに日常生活でも「冷たい視線」だったり「暖かい音色」だったり「茶色い味」(これビタミンBが入ってるビタミン剤で思いません?妹も言うんですが)だったり、後者はあまり一般的でなくともそういうある感覚を他のタイプの感覚に例えて表現することって結構ありますよね。
それと共感覚がなにか関係しているのか、共感覚を持つ人と持たない人で比喩の表現や感じ方は違うのか、共感覚を持たない人がどうやってそういう比喩を生み出すのか、というのとか。
いろいろ分からないことは多いですが、共感覚を持っていてもそれが普通で感じるだけで特に役立つことがないという人が多い中、音楽を弾く際の解釈への影響だったり、音楽の理解のためだったり、メシアンなどの音楽をより深く感じる(?)ことだったり、はたまた今回のステンドグラスデザインだったり、この共感覚だかどうだかわからない感覚を何かに有効に使えているのがなんだかとってもうれしいです。
だから共感覚かどうか分からなくても全然楽しいんですが、やはり心理学などをかじった身としては脳内ネットワークがどうなると共感覚が起こるのか、どういうメカニズムになっててどういう影響があるのか、脳の発達に影響があるのかとかものすごーく気になります。
平成教育学院☆放課後では共感覚保持者の中野君を手が出るほど欲しいと研究者の人がおっしゃってましたが、私にできることがあれば研究に参加してもいいかなーとか思いますし、そっち関係の研究も面白いなーと思いますし。
今Musicophiliaは親友に貸してるのですが、Musicophiliaだったり他の本だったり論文だったりでもっともっと知りたいなーと思いながら今日もまた様々なタイプの色彩にあふれた世界で生きていくのでした。
(ちなみにブログのタイトルに「虹の錯乱」を選んだのは好きだから、そしてメシアンの音楽にあらわれる共感覚の簡潔で的を射た表現というのもありますが、自分にとって自分の生きているこの世界は色彩めまぐるしい不思議な世界なんだ、という意味合いもあるのです。完全に余談ですが。)
今日の一曲: トマス・アデズ 「Living Toys」より「H.A.Lの死」
この曲を知ってしばらく経ちますが、このHALが何のことだか実はつい最近まで知りませんでした。
スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」(とその続編)に登場するAI(人工知能)のHAL9000、その最期の事を指してるんだ!
・・・と思ったあととりあえず手っ取り早く動画でそのシーンを探して見たらあらまあ心にがんと一撃くらわされました。さらにもう一回この曲にもどってもう一撃。
実際にHALが死ぬ(=電源を切られる)ときに「デイジー・ベル」を歌うのがこの曲でも再現されていて。
あの低い低いスローになった声を地の底から出でるようなコントラバスーンの声で再現ってかなりリアルで映画並みにダメージきますね!
「2001年宇宙の旅」といったらリゲティが音楽を手がけてる部分もあるとか(あとシャイニングも)なんですが、このアデズの小さな曲もまた断片的にちょこちょことしかしらないキューブリックの映画のあの緊張だったり独特の恐怖のテイストだったりに近いものがありますね。
数時間前音楽→映画のシーン→音楽のシーケンスを調べ物がてらに経験したのですがいまでもちょっぴり余波がちょっと心に残ってますね。
もともとアデズの音楽も好きですし、Living Toysもものすごく好きなのですが、この一連のショックを伴う経験でもっと好きになっちゃいました。
で、動画の方からの影響でキューブリックの映画がもっと見たいな-なんて・・・
サイコホラーは割りと苦手で、先ほども言いましたがわりとその5分強でもものすごくダメージ受けたんですが、でもそれでも素直に「凄いこのシーン!」と思いましたし、その短いシーンで味わったものがショッキングで怖くて同時にものすごく魅力があって、思い返すともう一回体験したいなあ、なんておもってるので・・・
とりあえずリゲティも携わってることですし「2001年宇宙の旅」と「シャイニング」はそのうちみたいです。
なんだかでも曲自体の話にあんまり言及してないなあ。この曲を音楽として総括的にみても、いろいろ分析しても好きなところだらけなのですが・・・
Living Toys全体に関してはまた次回・・・
今の状態はこちら。方眼紙にサインペンでペン入れして、クーピー(60色セット)で着色したところ。もう一回清書した後白紙に写して(トレース台的なものが無いので着色したままだと写せない)、PCにスキャン、着色の予定です。色彩は若干変わるかもです。
着色プランニング工程はあんまり悩みませんでしたね。メシアン自身色の名前を各楽章の前書きで言及しているのもありますし、ある程度自分の中でも自分が感じてる色彩が意識的に分かってますし。ただこのデザインで自分の感じている色彩をどれくらい表現出来たか、といったらやっぱり1割にも満たないかなーという感じはするのですが・・・
共感覚では同じものを聴いても人によって感じる色彩が違うので、このメシアンの感じる色彩と自分の感じる色彩の融合、という形で作業をしたのが本当に楽しくて、言葉にはできない感覚を味わえました。
このステンドグラスデザインの完成品(あくまでデザインですが、本当は実際にガラスでやって光を通したい!)を始めもろもろの完成品、半固形的なものを近いうちにゆる~いギャラリー的なところを作ってアップしたいと思っています・・・が詳細は後日。
次に読む予定の論文が視覚と聴覚の共感覚を診断する方法、ということについて言及している論文で、なかなか楽しみにしています。
共感覚については以前もこのエントリーでいろいろ書いているのですが、一応おそらく私も視覚と聴覚の共感覚保持者なので、実際にそういう診断がでたら面白いなあ~とか。それで例えば平成教育学院☆放課後でやってたみたいに脳と共感覚の研究に参加できたらおもしろいな~と思うんです。
自分が共感覚保持者か、というのは少なくとも私にとってはわかりにくいなーという気がします。
確かに音(ことに和音)を聴いて色彩をある程度感じることはできるんですけど、もしかしたら想像力の働きだったり連想する脳のネットワークが速かったりするだけかもしれませんし。
あとなんとか自分でその感覚を捕まえて意識的に感じるようにここ数年(現代音楽を弾くのに特に)頑張ってきたんですか共感覚に鍛錬できる分が果たしてあるのか、というところも気になりますし。
やっぱり共感覚があるとしたらやっぱり強いのは視覚と聴覚の繋がり(つまり音楽と色彩の繋がり)だとおもうんです。ただ他にもちょろちょろ繋がってる感覚があるっぽいんだけどそれは果たして共感覚なのかなんなのか(はたまた想像力の働き(後略)だったりするのか)自分でもよくわからないなーという事が多いです。
例えば。
自分が文字と色の共感覚を持ってるなーとはあんまり思わないんですが気になるところが。
仕事柄医学用語を扱うことが多いんですが、「血」を表す接頭辞はアメリカ綴りで「Hema~」、イギリス綴りで「Haema~」と書かれます。
これはやっぱりイギリス綴りで育ったこともきっとあるのでしょうが、でも英語で書かれてる文をざーっと読んでいるときアメリカ綴りの「Hema~」という接頭辞に直感的に「血」だったり赤という色を感じないんですよ。
だから本当にアメリカ綴りだとざーっと読んでると目がピックアップしないのでじっくり読まなくちゃいけなかったり。自分で書いててもちょっと(ぱっと見)分からなくなるのでなるべくHaema~で書いてます。
あとは世界の国を漢字略称で書いた場合(独、仏、韓など)、覚えにくいのと覚えやすいものになんとなく差があることが最近判明してます。
で、よくよく見てみると自分が国を表す漢字を見て連想する色と、その国に対してイメージのある色(国旗、イメージ、スポーツチームなど)とが一致するとやっぱり覚えやすいような傾向があるような無いような・・・
例えばフィンランド(芬)、スウェーデン(典)、エジプト(埃)は覚えやすいですが、メキシコ(墨)、ブラジル(伯)、
ポーランド(波)は覚えにくい。
これは連想の問題か、共感覚なのか、自分だと区別がつきません。
他にも音楽の特定の箇所で味を感じたり、色彩を意識的に感じた場合触感も一緒についてきたり。
それからワインに関する言語に見られる共感覚的比喩(共感覚を感じるのではなく、ある感覚を別の種類の感覚によって描写表現することのこと)についての論文を読んだときに視覚という感覚を色彩と「光」(明暗など)に分けて考えてたのも気になってて。
もう本当に感覚を感じて、それを伝えることがこんなに難しいことだとは!
で、そのワインに関する言語の論文の参考文献にワイン以外での共感覚比喩についての論文ものってて、まだそちらには手が回ってないのですが・・・
でも確かに日常生活でも「冷たい視線」だったり「暖かい音色」だったり「茶色い味」(これビタミンBが入ってるビタミン剤で思いません?妹も言うんですが)だったり、後者はあまり一般的でなくともそういうある感覚を他のタイプの感覚に例えて表現することって結構ありますよね。
それと共感覚がなにか関係しているのか、共感覚を持つ人と持たない人で比喩の表現や感じ方は違うのか、共感覚を持たない人がどうやってそういう比喩を生み出すのか、というのとか。
いろいろ分からないことは多いですが、共感覚を持っていてもそれが普通で感じるだけで特に役立つことがないという人が多い中、音楽を弾く際の解釈への影響だったり、音楽の理解のためだったり、メシアンなどの音楽をより深く感じる(?)ことだったり、はたまた今回のステンドグラスデザインだったり、この共感覚だかどうだかわからない感覚を何かに有効に使えているのがなんだかとってもうれしいです。
だから共感覚かどうか分からなくても全然楽しいんですが、やはり心理学などをかじった身としては脳内ネットワークがどうなると共感覚が起こるのか、どういうメカニズムになっててどういう影響があるのか、脳の発達に影響があるのかとかものすごーく気になります。
平成教育学院☆放課後では共感覚保持者の中野君を手が出るほど欲しいと研究者の人がおっしゃってましたが、私にできることがあれば研究に参加してもいいかなーとか思いますし、そっち関係の研究も面白いなーと思いますし。
今Musicophiliaは親友に貸してるのですが、Musicophiliaだったり他の本だったり論文だったりでもっともっと知りたいなーと思いながら今日もまた様々なタイプの色彩にあふれた世界で生きていくのでした。
(ちなみにブログのタイトルに「虹の錯乱」を選んだのは好きだから、そしてメシアンの音楽にあらわれる共感覚の簡潔で的を射た表現というのもありますが、自分にとって自分の生きているこの世界は色彩めまぐるしい不思議な世界なんだ、という意味合いもあるのです。完全に余談ですが。)
今日の一曲: トマス・アデズ 「Living Toys」より「H.A.Lの死」
この曲を知ってしばらく経ちますが、このHALが何のことだか実はつい最近まで知りませんでした。
スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」(とその続編)に登場するAI(人工知能)のHAL9000、その最期の事を指してるんだ!
・・・と思ったあととりあえず手っ取り早く動画でそのシーンを探して見たらあらまあ心にがんと一撃くらわされました。さらにもう一回この曲にもどってもう一撃。
実際にHALが死ぬ(=電源を切られる)ときに「デイジー・ベル」を歌うのがこの曲でも再現されていて。
あの低い低いスローになった声を地の底から出でるようなコントラバスーンの声で再現ってかなりリアルで映画並みにダメージきますね!
「2001年宇宙の旅」といったらリゲティが音楽を手がけてる部分もあるとか(あとシャイニングも)なんですが、このアデズの小さな曲もまた断片的にちょこちょことしかしらないキューブリックの映画のあの緊張だったり独特の恐怖のテイストだったりに近いものがありますね。
数時間前音楽→映画のシーン→音楽のシーケンスを調べ物がてらに経験したのですがいまでもちょっぴり余波がちょっと心に残ってますね。
もともとアデズの音楽も好きですし、Living Toysもものすごく好きなのですが、この一連のショックを伴う経験でもっと好きになっちゃいました。
で、動画の方からの影響でキューブリックの映画がもっと見たいな-なんて・・・
サイコホラーは割りと苦手で、先ほども言いましたがわりとその5分強でもものすごくダメージ受けたんですが、でもそれでも素直に「凄いこのシーン!」と思いましたし、その短いシーンで味わったものがショッキングで怖くて同時にものすごく魅力があって、思い返すともう一回体験したいなあ、なんておもってるので・・・
とりあえずリゲティも携わってることですし「2001年宇宙の旅」と「シャイニング」はそのうちみたいです。
なんだかでも曲自体の話にあんまり言及してないなあ。この曲を音楽として総括的にみても、いろいろ分析しても好きなところだらけなのですが・・・
Living Toys全体に関してはまた次回・・・
