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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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メルボルン国際金管フェスティバル:Empire Brassコンサート感想
自分のルーツを再確認する期間、メルボルン国際金管フェスティバル。
毎年一つはコンサートに行ってちょっとでも参加・貢献したい!と目標をもっているのですが今年もいってきました!
結構1週間前くらいまでお値段を考えて国内のアンサンブルにするかそれともちょっと奮発して海外アーティストのコンサートにするか迷ってたのですが・・・奮発して大正解でした!

金管フェスティバルは奏者として参加している人も聴きに来ている人もはたまた裏方でボランティアをやってる人も結構知り合いが多くて。
チケットをさばいてる人にも私を大学時代から覚えている人がいてびっくりしたと思ったら色々とお世話になったホルンの先生だったり、席に座ったらなんだか周りに大学時代の知り合いばっかりわらわら集まってミニ同窓会状態になってしまったり・・・
それだけでもなんだか楽しくなって、忘れていた感覚を久しぶりに取り戻せたようでくすぐったかったんですが・・・

もちろんコンサート自体も凄かった!そして楽しかった!
Empire Brassはアメリカの金管五重奏(トランペット×2、ホルン、トロンボーン、テューバ)。
クラシックを中心にジャズやミュージカルの音楽まで手がけるアンサンブル。
なんと自分たちでクラシックの名曲などを金管五重奏のためにアレンジして、アレンジした物は公式サイトから購入できるようになっています。

昨日のコンサートのプログラムは前半はクラシックの名曲選みたいな感じで、後半は主にクラシックとジャズをまたぐアメリカ生まれの名曲が色々入ってました。

本音を言えば(周りの金管奏者一同も言ってましたが)ファーストトランペットの方の音がちょっと・・・なんでも2日前にアメリカからこちらに着いたばかりでコンディションがあまり良くなかったとのこと。やっぱり金管楽器は身体の調子の変化が唇という繊細な筋肉に多大な影響を及ぼすのですね-。

ピアノ曲だったりオーケストラ曲だったりを金管五重奏のためにアレンジすると結構ホルン・トロンボーン辺りのパートがたまーに凄い恐ろしいことに(音域、音の細かさ等)なったりするんですよ。
全体的にはものすごく堅実なアレンジメントなのに例えばドボルザークのスラブ舞曲ハ長調のホルンの高音とか、モーツァルトのトルコ行進曲でのテューバのパートとか奏者の超絶技巧を自然と披露させる様なアレンジメントが本当に秀逸で。
そしてそれを弾きこなしちゃうメンバー達も凄い!特にトロンボーン弾きの方には音も技巧も惚れ惚れとしました。

そして金管奏者は常時笑顔が絶えなく、なんといってもトークが面白い!
ホルン弾きの方が子だくさんで、3人目の子供が生まれたときにこのグループで演奏旅行に出ていた後4人目が出来て妻の要望でグループをお休みして、その後「よっしゃ演奏に戻るぞ」と思ったら5人目が出来て・・・
という話に爆笑でした。ちなみに公式サイトの写真の女性はきっとその時に代わりに入ったホルン奏者なのですね。長いお休みだったそうですから(笑)

ルネッサンス系というかイギリス系の音楽はやっぱりアメリカ出身のアンサンブルなのでちょっといまいちかなーと思ったのですが・・・でもやっぱり金管でルネッサンス・バロックは素晴らしいですね!このコンサートだとシェークスピアの時代に爆発的に人気のあったAnthon Holborneの「Gigue」という、アンサンブルで即興を投げかけ合う曲が楽しくて。雰囲気がものすごく良かったです。
でもやっぱりアメリカ出身のアンサンブル、ガーシュインなどのアメリカ音楽はまさに本場のクオリティ。
有名なガーシュインの「ポーギーとベス」の「サマータイム」なんか聴いてて気持ちよかったです♪

あとお気に入りはMeredith Willsonの「The Music Man」というミュージカルからの「76 Trombones」。
聴衆に手拍子を促されたとこから楽しかったのですが、トロンボーン奏者のセンスと想像を超える超絶技巧には口があんぐり。顎が落ちました!
録音でそういったものは聴いたことがあるのですが目の前で見るとまた違いますね~。このトロンボーン奏者のスライドさばきの手つきがちょっと手話みたいな手つきで、手首をわりと使うあまり見たことのないスタイルでそれもまた興味深かったです。

コンサートをひとしきり楽しんだ後久しぶりの友達と打ち上げに行きました。
飲みはしなかったのですが、金管奏者のお酒の席の集まりの雰囲気を楽しんできました。
海軍のバンドの話とか、オーストラリアやアメリカ、ヨーロッパのバンド事情を聞いたり・・・
たとえばイギリスではブラスバンドが主流だけれど、アメリカでは吹奏楽(木管も入ってる)の方が主流だ、とか。
ヨーロッパではイギリススタイルが伝統も長く主流とされていて、スタンダードが高くても違うスタイルの他の国のバンドはちょっと壁にぶつかったりすることがあったり、とか・
(イギリススタイルは私も好きなんですが、でも新しい流派がその壁を越えてブレイクして欲しいな、と思ってます!)

久しぶりの人々、雰囲気・・・やっぱり色んな意味で楽しかったですし、色々振り返ることができて良かったな、と思います。
金管奏者の娘で、友でよかった!と心から思いました。
今年のフェスティバルはまだ始まったばかり。奏者・参加者・ボランティア共々楽しいフェスティバルになることを願っていますし、なんといってもBarry Tuckwell Prizeの決勝で演奏する奏者たちを応援しています。
来年もまた・・・来年は昨年聞き逃したMNOZIL Brassが戻ってきてくれるかな?
楽しみですね!


今日の一曲: アーロン・コープランド 「アパラチアの春」



昨日のコンサートでアンコール的な扱いで一部が演奏されたこの曲。
アレンジ版もオーケストラを聴いているような綿密さ。素敵なエンディングでした。

アメリカの有名な山脈と言えば西のロッキー山脈ですが、東のアパラチア山脈も忘れてはいけません。
アメリカに人が移住したのは西側からで、アパラチア山脈はそんな彼らの前にそびえ立っていたのです。
ちょうど昨日、ちょっと前から読み進めてる平凡社「世界史百科」でアメリカ独立のくだりにさしかかって・・・それで独立宣言をした後、アメリカは増加する人口を抱え西の方に入植を進めることになった、という話を読んでいたのです。
ナポレオンが売却したルイジアナを買い取って、アパラチア山脈の西側にどんどん領土を広げていって。ネイティブアメリカンの迫害などもありながら独立同時の13州から大陸を網羅するように大国となっていった、という・・・

実際この曲はアパラチア山脈とは(作曲家によると)なにもないそうなのですが、アメリカの春の祭り、結婚式みたいなあらすじがあるようで。アメリカというある意味自由の新天地での生活というか暮らし、というか・・・自然から人からいろんな風景がこの曲から伝わってきます。。
今のアメリカではなくまだ子供であったころの古き良きアメリカの素朴な姿。

その素朴さと希望と明るさが一番伝わるのが昨日のコンサートで演奏された最後の部分。
以前「Lord of the dance」をこの今日の一曲で紹介しましたときに言及しました「シンプル・ギフト」というメロディーの変奏になっているのですが、親しみやすいメロディーと明るく輝かしい音がものすごく心地良い曲です。

ストラヴィンスキーの「春の祭典」、レスピーギの「ボッティチェリの3枚の絵」の「春」、ヴィヴァルディの「四季」の「春」・・・いろいろと春の喜びだったり独特のあのエネルギーを表す曲がありますが、そのラインアップのなかで決して忘れてはいけない曲だと思います。
春の晴れた朝、是非是非そっとかけてあげてください♪

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お祭り騒ぎ×2+α
巷はすっかりお祭りシーズン!
・・・というと多少語弊があるのですが。
今は小中高校も休みで、Royal Melbourne Showというお祭りも今週末までやっていて。
加えて昨日メルボルンでおそらく一番盛り上がるイベントがありました。
それはオーストラリアン・フットボール、ことFootieのグランドファイナル!
それまでのシーズン1位と2位が戦う試合で、今年は対戦するのはどっちもVIC州内のチーム。(リーグのチームがほとんどVIC州のチームなのですが、ここ数年グランドファイナルで戦うのがどちらも州内のチーム、というのはあんまり無かったです・・・)
普段はあまりクリケットもFootieも応援してるとかしているわけでもないんですが、やっぱりメルボルン中が熱狂するこの季節はどうしても気になっちゃいますね~。

しかも昨日のその大事な試合は結果引き分け、来週に再試合となりました。
なんでも史上3回目のグランドファイナル引き分け、ということなのですが、この再試合をするルールについては見直しがされるかも・・・?という話もあるのですが、とりあえず来週末もお祭り騒ぎは続きそうです。

ただ私の心が一番躍るお祭りと言えば・・・メルボルン国際金管フェスティバル!
公式サイトはここなのですが・・・今日から一週間サウスメルボルンの国立音楽アカデミーでコンサートなどの公開イベントの他、奏者のためのウォームアップセッション、クラス、マスタークラス、コンペなどのイベントを開催している、金管奏者による金管奏者のための金管フェスティバルなのです。
毎年海外からもたくさん奏者やアンサンブルが来豪してコンサートやマスタークラスを受け持ちますし、同時にそういった奏者との触れあいやBarry Tuckwell Brass Prize(毎回違う金管楽器のためのコンペ)を初め若い金管奏者が羽ばたくための機会を提供する場でもあります。

大学にいた頃は金管奏者の友達が多かったこともありコンサートにいったり、ウォームアップの話を聞いたり、ファイナルコンサートの後の打ち上げについてったりよくしたものですが、卒業してからはあんまりで。
でも毎年1つは金管フェスティバルのコンサートに行こうと決めています。
なぜなら両親が金管奏者である私にとってブラスは自分のルーツ。自分のルーツである音、音楽、そして金管奏者という人々を再確認するという意味でもこのフェスティバルは私にとってものすごく大切なイベントなのです。

金管奏者の方々がみんな好きで、一緒にいて楽しくて。
オケのマネージャー時代でも一番可愛がってくれたのは金管奏者達。みんな良い奴で、陽気で楽しい人達。
私もピアニストながら少し金管コミュニティに貢献できたことがありまして。
主にホルンに関して楽器の購入やとある名奏者である友達の日本デビューについて家族で裏で糸ひいてたり(笑)
その際オーストラリア人の世界的ホルン奏者のバリー・タックウェル(先述コンペの人ですね)の通訳を非公式ながらつとめたり。
タックウェル氏に「名誉金管奏者」だね、と称号をいただいたこともあります(笑)
それくらい好きで、何かできることがあったら力になりたくて。金管コミュニティというものは。

そうやって金管奏者と触れあっているうちにいろんなことを学びました。
楽器の形こそ違えど音の出し方が同じで繋がっている集団のチームワークの大切さ。
唇というものがいかに繊細で可能性を秘めた筋肉かということ。
金管楽器の音の美しさ、凄さ、アンサンブルとしての音の圧倒的さ。
エクササイズやウォームアップの文化、そして呼吸エクササイズのやり方。
そしてなによりもコンサートの後に金管楽器達で集まって音楽やら全然関係ない事やら下ネタを肴にお酒を飲んで談笑し騒ぐことの楽しさ。
もちろん両親はメルボルンで金管楽器をやってたわけじゃないですが、こういう集団が私の源だと思うとなんだか楽しくて誇らしくて。

だから明日、Empire Brassのコンサートに行ってきます。
海外アーティストのコンサートはちょっぴりお値段がはるんですけどお値段以上の価値があること間違いなし!コンサート前の美味しいピッツァも合わせて楽しみです!

最後に金管フェスティバルで何年か前にやってて友達から伝授された呼吸エクササイズを一つ。
(注:拍のスピードと一回に数・吐く息の量は終始一定です)
8拍吸う→8拍吐くを2回
4拍吸う→4拍吐くを2回
2拍吸う→2拍吐くを2回
1拍吸う→1拍吐くを4回
これ慣れてないと最後のほうでちょっと過呼吸になります。なんたって最初に8拍吸って吐いてる同じ量の息を8分の1の時間で吸って吐くんですから。
何に効く・・・というのはちょっと聞いてないんですが(爆)でもやってみた感じ(今は咳がいまだにひどいのでやってませんが)横隔膜の動きが良くなるというか、肺活量の増加にも息のコントロール(同じ量を違う時間で呼吸してるので)にも効くんじゃないかと思います。
ついでなんですが、病院でやってたリラクゼーションも呼吸が大切なんですよね。これやってると数えることと息のコントロールに集中が行くんで結構落ち着く感じが個人的にします。

うーん、まだまだ金管の魅力とか思い出とか楽しさとか伝えきれていない気がする!
このブログでも今の創作ストーリーでも勿論ですが、いつか4コマ漫画かなんかでオケ生活を描いてみたいものです。


今日の一曲: ジャン=バティスト・アルバン 「ベニスの謝肉祭」



金管のショーピースといったらこれ・・・と思うのは安易でしょうか?いまいち自信がないのですが・・・(汗)
でもトランペットやホルンでこの曲を吹いてるのは耳にたこができるほど聞いたことがありますし、トロンボーンはわからないのですがテューバのバージョンがあるという話も聞いています。

バリエーション型のショーピースであるこの曲は・・・
その書各々のバリエーションでさまざまな演奏テクニックを披露するきらびやかな音楽です。
元のメロディのノリの良さ、伴奏をしているブラスバンドのノリの良さもあって例えばipodのランダム再生でまわってくると毎回聞いちゃう楽しい曲です。

で、一応ダブルタンギングもトリプルタンギングもいつの間にかできるようになった私は金管奏者になったつもりでちょっと鼻歌的にソロパートを歌ってみたり、声は全く出さなくとも舌と口の中のわずかな声だけで真似したりするのが個人的に楽しいです。(むしろ舌が勝手に動く!)
ただやっぱり最終バリエーション無理!「つもり」も全く駄目!(笑)
友達がホルンでこれ弾いてたときびっくりしましたがああいう1オクターブジャンプ、つまり指ではなく唇の変化を一秒の約12分の1(推定)でやるのは神技の域に入ります!(ちなみにその友人、オクターブトリルができるそうで(汗))
声であれをやろうとおもうともう駄目-(笑)でも駄目だなあ、と思うのも楽しいです。

うちにあるCDは父のさすがのチョイス、ウィンストン・マルサリスの録音。彼は神、というか「The God」ですからね。(ニュアンスの違い)
そのCDに他に入ってる曲でものすごいものがありますよ。マルサリスはCircular breathing、つまり息を吸ってる間に同時に吐ける、息継ぎの入らない演奏を出来る人なんですが・・・普段はちゃんと息を継ぐのですが、一曲聞いてて息継ぎが無く苦しいやつがあります。
でもそれも合わせて、音楽性・センス・パワー・テクニックみんなひっくるめて脱帽ですわー(白旗)

ブラス用の曲ってなんだか金管奏者達の楽しさ、というものが聞いて少し感じられるような気もします。
ぜひぜひこの曲でもコンサート後のどんちゃん飲めや歌えやの楽しい騒ぎをちょっぴり味わってください(笑)

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Drivin' Around
公共交通機関がなんだかいまいちな街、メルボルン。
生活にも車があると便利ですし、観光にはほとんど不可欠、就職にも有利だという話も。
やっぱり運転できた方がいい!ということで今年から私も運転レッスンを受けています。

そもそもここヴィクトリア州では。
16歳になるとLearners免許(L)という「運転を習い始めてもいいですよ」&「フル免許の人同伴でのみ運転できますよ」的な免許を筆記試験で(コンピューターでですが)受けることができて。(ちなみにL免許はID&年齢証明になるので18歳になるときまでにはとっとくと便利です)

そして18歳になると同伴なしで運転できるProbationary免許(P)を取得するためにハザードテスト+運転テストを受けることができるのです。

この州に限らずオーストラリアでは若い人の運転事故が多いので、P免許については最近いろいろ運転条件とか取得条件を厳しくしたりされていますが、私は先に免許をとった友達と同じくややこしいことはなにもせず運転レッスンで経験を積んでテストを受けます。

運転を習う方法は・・・
1)ドライビングスクールの先生に来てもらって先生の車で練習。基本家から拾ってもらって家に戻ってきますが希望により別の場所まで連れてってもらうこともOK。
2)個人の運転の先生に習う。
3)親に習う。家の車で。
いずれも運転初めてのセッションからいきなり公道でレッスンです。

私は1)の方法をとってます。45分レッスンで。
家のある通りの両側にずらっと路上駐車があるのを抜けたり、ロータリーを回ったり、70km/hの道を走ったり。
そこらの民家の前の車の後ろに路上駐車する練習をしたり。方向転換の練習も。
ハンドルさばきはだいぶ今日ほめられましたが大きな道に入ったり車線変更だったりという「判断力」はまだまだですね。ロータリーに入るタイミングとか黄色信号のタイミングはちょっと上手くなりましたが。

今日聞いてみたらめでたくテストは11月頃には受けれる、との話で。
やったあ、と思う反面普通のコンディションでは運転できても例えば車庫入れとか、夜の運転、トラムの通ってる道での運転、そしてシティなどであるフックターン(トラムの通ってる道で左車線から右折する)、Uターンとか高速道路の運転(&合流)とか長時間の運転などまだまだ経験していないこともたくさん。
一人で運転できるようになるとはいえ、まだまだ自分でも心配だな~なんて思ってます。

こんな自分を見るとこないだのTomorrow, when the war beganでエリー達が17歳にしてバイクや4WDを乗り回しているのをみるとしっかりしてるなー田舎っ子オージーは・・・なんて思っちゃいますよ。

ちなみにP免許でなくフル免許になるのは取得3年後、たしか自動的に送られてくるんです。
ずいぶん先の話なんですが・・・その時には山道だろうが田舎道だろうがある程度度胸をもって立ち向かえるように・・・なるかしら?

P免許が取れて、車を購入したらモーニントン半島に一人でドライブに行きたいな、と思ってます。
あそこならちょっと遠くても道は普通ですし。電車ではいけないところですから。
長時間運転できるならいつかはLakes Entranceまでゆったり旅行にいったり・・・というかそれにはまだ気が早すぎますね!
あとはフェリー(Spirit of Tasmania)に愛車と乗り込んでタスマニア旅行、なんて。

夢はいろいろありますがなによりも安全運転。
事故には気をつけてうまくやっていきたいものです。


今日の一曲: カレン・ハチャトゥリアン チェロソナタ 第4楽章



今日初めて聞いて「すげえ!!」と歩きながら妙な方向に盛り上がってしまった一曲。
ちなみに「剣の舞」のアラム・ハチャトゥリアンではなく、甥っ子だそうです。

そもそも昔チェロでショスタコーヴィチのチェロソナタを弾いている時代、ショスタコーヴィチがピアノで、彼と深い親交があった今は亡きチェロの巨匠ロストロポーヴィチがチェロを弾く演奏があると聞いてCDを買ったのです。これも名演・名曲なのでまた別の機会に紹介しますが・・・

そのCDは、ロストロポーヴィチと親交のあったソヴィエトの作曲家の作品をロストロ+作曲家の生演奏でお送りする、というもので。
基本ソヴィエト音楽はポスト・ショスタコとなるとやっぱりうーーーん・・・という印象があって。
カバレフスキーを聞くならハチャトゥリアンの方が良いし、でもハチャトゥリアンを聞くんだったらプロコフィエフのほうが格段上だし・・・

ただ生涯で一番最初に好きになった曲は「剣の舞」ですし、ショスタコの音楽も小さい頃から好きで強烈に影響を受けて・・・
なんでしょうね、その強烈に冷徹で残酷で熱いブラック&グレーのコンクリートの世界がたまらないんでしょうか。

このチェロソナタもその「強烈に冷徹で残酷で熱いブラック&グレーのコンクリートの世界」そのもので。
なんてったって単純に「凶悪」です!
トッカータとは名付いていますが本性は凶暴なタランチュラ・・・ではなくタランテラ。
ものすごくねじまがった方向に一途で突っ走ってて。
トリッキーなんだけど、凶暴さがものすごく勝ってます。

カレン・ハチャトゥリアンは作曲家としてすげえなあ!とこの曲で思ったのですが、よくよく考えてみるとピアノパートは彼が弾いているわけで・・・演奏の凶悪さも半端ないですね!
繰り返される不協和音のHammeringといったら・・・なんだか弟子入りしたくなりますわ。
なんでしょう、ソヴィエト・・・だから、ということもあるんでしょうか。ショスタコーヴィチやシュニットケにも見られる暴力的だけど冷徹(ここがハンガリーとは違う)なエネルギー。

最後に・・・楽譜面にまだお目にかかってないのですが、チェロのパートどうやらかなり難しいようで・・・生演奏録音だと言いましたが、あの!ロストロポーヴィチが苦戦している!姿を見れるのはこの曲のエンディングが初めて!かなりレアものですよ~
恐るべし、カレン・ハチャトゥリアン!

(Amazonで再入荷見込みがたってないだとー!)

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楽器と性格に関する大事な話「ステレオタイプ化について」
楽器の奏者の性格傾向について話すとき、慎重になるのは・・・このステレオタイプというものの諸刃の剣的な性質に主な理由があると思います。
どんな集団(ユダヤ人、チェリスト、精神疾患患者等)をステレオタイプ化してジョークなどに仕立て上げるときに仕立てる本人はその集団に対して親しみや理 解と自分なりの観察があって愛を持って仕立てるんですが、特にこういう公共の場ではそういうものが全くない人が読んでる可能性も十分あるわけで。
そういう人がそういった多少誇張されたり全般化されたりした(特にネガティブな)特徴を鵜呑みにしてしまうと困るわけです。

ジョークなどは愛や親しみがあってこそ冗談・ネタととれて同じ愛や親しみを持つ人とそういった感情を笑いを通して共有できる、というのが味ですが・・・ただ しジョークなどに使われている同じ特徴が特定の集団に対して偏見・差別をもつことに繋がることも忘れてはいけないことだと思います。
集団の内の個人個人を知らないで全般的なイメージを押しつけるのはいけないことですしね。
特に集団がアイデンティティとなる(=区切りを付けたがる。くくることで疎外する傾向にある)、わりとまだ様々な集団に対して偏見が多い、メディアからの 情報などの比重が大きい日本(他アジア)文化ではステレオタイプは危険なものとなりかねなく。1について知ったことを10にそのまま調整もなく適用してし まう擬論理的な(完全に造語です)傾向はありますからね。

例えば最も私がインサイダー事情に詳しいチェリストについては良いことも一杯知ってますが、悪いこともたくさん知ってます。
プライドが高いとかひねくれてるとか口論すると泥沼になるからやめといた方がいい、とかそういうこともでもチェリスト達を愛しているからこそ言えることであり、愛しているからこそ「しょうがないなあ」とポジティブに見れることでもあり。
決して誹謗中傷を意図してはいなんですが、でもそういう親しみや理解が無い人が見たらただのいやなやつにしか見えない、ということがものすごくわかるので特にチェロについてはまだまだ言及を控えているのですが・・・

それにこれは主に私が見て経験した「自分なりの理解」に基づいている物ですからね。
全員が全員そういう性質ではもちろんないですし、全員が全員同じ見解を持っているとは限らない。
私の見解を不本意に思う人もいるであろうし、そもそもステレオタイプでくくられるのも自分がくくられたらちょっと不本意だな、とか思っちゃうところもあります。
でもみんなが私の経験したオケ生活を経験できるわけではないですし、それを未経験の人に表現形態で伝えよう、とおもったら確かに少しくらい Caricatureにしてしまうほうが分かりやすいですし(人間の思考の仕組み上)キャラクターとしても魅力ができます(一番良い例が「ヘタリア」だと 思います)。
愛するからこそ皮肉る、なんですけどそこをちゃんと上手く調整していくのが大変なのです。

なので毎回「これはネタでしかないですよ」とお断りするのは私が色んな楽器の奏者を好きだから、オケという場や音楽がものすごく好きだから、だからこそ私が愛と親しみをもって表現したことをその私が好きな人たちの攻撃に使われたくない、と強く思うからなんですよね。
今でも創作のオケストーリーでちょろちょろ性格傾向は使ったりしてますが、本当は例えば4コマ漫画的なフォーマットでオケ生活、楽器と奏者の性格傾向と音 楽が織りなす人間関係や音楽風景などをコミカルに、というかステレオタイプをどんどん取り入れて皮肉も愛も全部詰めてその自分が感じ取っているオーケスト ラ生活への愛や親しみ、出来事や心理などを分かち合いたい、と思っているんですが。絵の腕の話はとりあえず棚に置いておいて、そんな風な表現ができるのは まだまだハードルが高いのかな、という気はひしひしします。

マイノリティと呼ばれる人をはじめ、いろんな集団がそれぞれお互いの、そして自らの良いところ、悪いところも笑えるようになったらなあ、という気持ちはあります。実際それがある意味オーケストラの人間関係と音楽関係のバックボーンの一つだと信じてますし。
ただ笑いあって欲しい人達が(とくに精神疾患患者さん達の場合)笑えるような立場や状態に社会のなかでいられないも確かなことですね。そういう集団に属していることで辛い思いをされたり後ろ指をさされたり(それでなくても辛い場合もありますし)、なので。
でも同時にそれを達成するには集団の外の社会にステレオタイプ化されたイメージ以外でもその集団のことを知ってもらって偏見をなくすのはもちろん、社会全体がそういったジョーク他を愛と理解と親しみをもって受け止め、さらに笑いあえるよう他の方面の努力も必要だと思います。

私がこのブログでやっている楽器性格分析を「きっかけ」としてクラシックに興味を持ってくれたらいいなあ、という意図は全く持っていません。むしろクラシックに対して何も知らない人は読まない方がいい、と思います。
ステレオタイプ化されたイメージをとっかかりにするのは一種のギャンブルっぽいですし・・・
なんでもそうなんですけど、見解や視野を広げる意図の無い人がステレオタイプ化されたイメージや、または特定の1つの作品やコンセプトからジャンルに入ることに危険を感じることがあります。
まあここを広げると別の話(というか愚痴)になってしまうんですが・・・クラシック音楽の視野とかの話は別の機会に。

これから多少チキンながらも楽器奏者の性格について語っていくかと思いますが・・・
どうか本当にネタとしてだけ捉えてくれれば、と願います。


今日の一曲: スティーブ・ライヒ 「エレクトリック・カウンターポイント」



以前ミニマル・ミュージックにはヨーロッパスタイルとアメリカスタイルがあると書きましたが、ライヒはアメリカンのミニマル・ミュージックの流派に属する作曲家です。
実はこっちの流派は学校の授業で習った曲(ライリーのin Cとかアダムスの「中国のニクソン」とか。どっちも面白い曲ですよ♪)の断片しかしらなくて、正直あんまりヨーロッパ派ほどは魅力を感じないのですが・・・
ただ大学の授業のリスニングテスト(課題の曲があり、期末のテストで冒頭を聞いて曲を当てるというもの)のリストに入ってたのでずっとipodに入れてあるのですが・・・こう、じわじわと魅力を感じる曲ではあります。

この曲はエレキギターのために書かれていて、ミニマル・ミュージックの最大の特徴である「繰り返し」を中心にできています。
3楽章あるうち3つとも違うテクニックというか書き方をしていますが、なんといってもすごい!と思ったのが第1楽章。ギターたちは終始同じ音を弾いているのですが、強弱を変えることによりハーモニーが変わったように錯覚させるという、不思議な不思議な音楽です。
でも音の響きで一番好きなのは第2楽章。枝分かれしていくような音楽と、どこかでつながっているような、響くような・・・問い答えるような・・・不思議な心持ちになる音楽です。

基本ミニマル・ミュージックというものは驚きの要素が少なく、じわじわと自然に音楽が変化していく、というスタイルなのですが・・・それでも小さな驚きにはあふれています。
あとミニマル・ミュージックは「瞑想的」(特にヨーロッパ流派は)な性格があるとも言われています。繰り返される音楽を聴いていると心が落ち着いてなんだか無になってくる感じはものすごくわかりますね~。
なので会話などを妨げなくさりげなく背景に流せるBGMとしても有用らしいですね。

最後に、この曲はエレキギターの音の繊細さ、というものも味わうことが出来ます。ミニマル・ミュージックの繊細で自然な変化を表現するのにエレキギターでこんなにすごい世界が広がるんだ、というのもちょっとしたいい驚きです!

追記:このリンクしたCDにカップリングされてる「ディファレント・トレインズ」。題材のこともあってこちらも聞いてみたいです♪

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訂正
昨日の今日の一曲でガランタは現スロベニア領と言いましたが現スロバキア領の間違いです。
よく間違えるなあ、このあたり。東ヨーロッパには強くなりたいのですが・・・

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