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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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Biggest Gratitude for Father's Day
さて、昨日は父の日でしたがブログも更新できず、父もテレビ電話繋がず、とぐだぐだでしたが。

多分私たち姉妹に取って父の主な特徴を3つあげるなら:
1)海外出張
2)トランペットとギター
3)エミューに好かれる
・・・だと思います。

海外出張はもうすごいですよ。
絶対行ったと解ってる国だけでオーストラリア、韓国、中国、シンガポール、タイ、イラン、UAE、南アフリカ、モロッコ、スペイン、フランス、イタリア、ドイツ、オーストリア、イギリス、アメリカ、ブラジル、インド、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ニュージーランドは行ってますからね~。
私が生まれたときも確かマレーシアに居たとか。そして私たちがオーストラリアにいるのも父の転勤のおかげ。
50歳前後で今の会社に転職したのもまだまだ海外を飛び回りたいから、という理由もあったとか。

家を留守にすることは多いですし、いっぱいいつも働いてくれている父ですが、家族と過ごす時間はオージー並みに大切にしてくれてます。
父がオーストラリアにいるときは本当に「観光客」気分でいろんなところにつれてってくれましたし、シンガポールに行ったときも同じ。
料理も時間があるときは作ってくれるし、その他家族サービスもたくさん。
お金に関しても本当にたくさん私たち子供のために費やしてくれました。

例えば外国にいったりしたときにものすごく頼もしかったり、こっちでの会社でも頼もしい存在だったという話を同僚の方達から聞いたり、いろんな方面の知識に豊富な印象が強くなんでも小さい頃答えてくれた父ですが、家では結構抜けたところもあります。
4人家族で3人女なのに、家族で出かけるときはどうしたことかよくわからないんですが、いつも父が一番最後に準備が終わったり。
たまに父の「ひえ~」という声がするのでなにかとみると蜘蛛がいるだけだったり(足の多いものにはめっぽう弱いらしいです)。
動物園でクジャクの鳴き真似をしたり。
そして動物園でやたらとエミューになつかれる。髪型が似ているせいなのか、やたらとエミューが寄ってくるんですよね。
そして熱いものを食べると必ずといってむせる。これは体質だとは思いますが、ラーメンでも鍋でも熱いお茶でもたまにむせてます。

そんな父、もといパパは多分内の中で一番実用的な考え方をもった人で、性格的に頼もしいのは母かもしれませんが(笑)一家の大黒柱としては頼れる存在です。
私が色々病気で大変な時も率先して心配と家族としての大切さを表してくれた、優しい人でもあります。
出張、転勤で家族が離ればなれに住むことは多いですが(今は母=日本、父=インドネシア、子供達=オーストラリアですしね)、そんな中で心が離ればなれにならなかったのは父の努力も大きいです。

反抗期も加えて、うちの家族は家族の間であんまりけんかなったり、親子間でへだたりができたことはほとんどといってありません。
赴任は家族を引き裂く、と言う人もいますが努力次第ではそれも防げるみたいですし、むしろうちの場合は父が「いつも家にいるわけじゃない」ことで父のありがたみがわかったり、自然と娘→父の反抗がなくなったんじゃないかな~と思ってます。

何度も出張で訪れているとはいえ異国/異文化の地で一人(そしてたまに出るゴキブリと。ゴキブリもだめなんです、父は)がんばって働き生活している父に改めて感謝したいと思います。
今は出張者の接待が多いそうですが9月には父も母もこっちにこれるかも・・・というようなことを言っていたらしいので楽しみにしています!


今日の一曲: エクトール・ベルリオーズ 幻想交響曲 第4楽章 「断頭台への行進」



母の日には母にちなんで5楽章をセレクトしましたがその時にも書きましたように父は断然こっち派です。
なぜなら父はかっこいい&派手系統の曲が好きなので。
それにトランペットも活躍してますしね♪

前回書いたこの交響曲のあらすじのコピペ:
ある男は失恋の苦しみからアヘンを飲んで自殺しようとする。ただ、服用した量は致死量に至らず、彼は一連の不思議な幻覚と夢を見始める。
その中では彼は現世で恋い焦がれた女性と出会い、恋に落ち、恋ゆえに彼女を殺害し、そして断頭台にて処刑され、そして死んだ彼は魔女達のサバトの騒ぎの中 で彼女に再会する・・・というもの。

やっぱり処刑は断頭台、とはフランスらしく。
なんか物語にしては結構割り切っちゃってる感じの曲想ですが、なんか・・・フランスのマーチっていいですよね。処刑どうこうかまわず。

フランスらしい、といえばファゴット(バスーン)の活躍。
元祖フランスの巨匠は他の国ではサポートの役割に入り忘れられがちな彼らのことを見捨ててません。
ベルリオーズはいろんな楽器の可能性を発掘・実験しているのですが、この楽章でのバスーンのソロを聴くとバスーン冥利につきるだろうな~とそれだけでも感動します。

そしてトランペットのファンファーレ風メロディーのかっこよさの下、弦楽器の見えない努力のまた下に聞こえるばりばりばり、というバストロンボーンとチューバ(当時はオフィクライドという楽器でした)の活躍!
今持ってるCDだとそうでもないんですけど、ユースオケでは担当が調子乗るのと、あと自分が座ってるところからもう5mもない距離でばりばりやってるんで・・・なんでしょう、騒音なんですけど(笑)たまらないです。
ベルリオーズも先ほど行ったように発掘&実験した結果彼らのためにそういう素晴らしいパートを書いてくれたわけで、そこんところ本当に感謝です。

全体的なミリタリーな感じ、暗い感じの音楽もそうですが、なによりも最後まで耳を傾けて欲しいです。
断頭台に首がセットされ、天を仰ぎ見ながら自分が手にかけた恋人のことを思う主人公、それを残酷に断ち切るギロチンの落下はもちろん、そのあと(首とったどーの太鼓の前)よーく聴くと主人公の頭が断頭台を転がり落ちる(バウンスする)音が聞こえます。
余談ですが、ブラームスのピアノのためのバラードニ短調も同じように断頭台への行進(とぼとぼしてますが)で、最後に首が落ちて転がる音が入ってるんですよ。
映像と比較したい方は映画「マクベス」をオススメします(余計だ!)

生々しいですし、決して縁起は良くないですけど(苦笑)これはこれで素晴らしい、それも結構有名な曲なのでテンションをちょっとあげたいときに聴くのをおすすめします。
(あー微妙に不謹慎続きでごめんなさい)

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父の日、父の日なんですが・・・
今日はいろいろあって疲れたので当初計画していた父の日の話は明日に持ち越しということにしました。
明日は朝ちょっとだけ仕事なんできっと昼は元気もでて、書きたい気もちになっているはず。

そういえば父さん(実際にはパパ、ですが)ちゃんとネットでテレビ電話繋いでくれるかしらん・・・なんかさいきんジャカルタに出張者の人が多く来てるらしくゴルフとか食事とかこないだはなぜかカラオケまで行ってましたし。
うーん。忙しくて日本にもなかなか帰れないんじゃないかなあ。

ちなみにオーストラリアでは父の日は9月です。
なんで違うのかはよく解らないんですけど・・・

それではまた明日~。

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ちょっぴりだけ
いろいろこのごろ考えてたうち、少しだけ。

大学在学中(もちろん音楽です)、自分の創作のために精神医学の勉強を始めたとき。
このストーリーに関しては本当になるべく実際の医学に近づけて、少なくともそのエリアではリアリティをとことん追求したい、と強く思ったので本格的にちゃんと勉強を自分なりにしようと思った、その理由は・・・
なによりも、精神医学に関する知識を、正しく使いたかったからです。

どんな分野でもプロフェッショナル、と呼ばれるのはスキルと知識のレベルからだけではないと思います。
特に法学、医学のエリアでは他人や社会、命までに大きな影響を与えかねない特別な知識を、その「身につけた知識を正しく使える」ことが大きいと思うんです。だから特に先ほどのエリアだと倫理などがものすごーく大切になってくるわけですが。

音楽家としては、そのエリアの知識は大抵自分のために使うもので、どんどんためてどんどん応用できるものなのですが、上記精神医学の勉強を始めたときにその知識の影響の重さをもろに感じて同時にこれだけ重い知識をちゃんと正しく使えるように、そして人のために使えるようになりたいと思うようになったわけで。
(同時に音楽に関してためた知識もその同じ目的に利用できるようになればいいな、と思ったのですがそれはまた別の話。)

インターネットで自己診断してお医者さんにいく人が日本で増えているという話を聞きますが、なんというか情報が誰でもどこでもアクセスできる社会になった弊害の典型的例ですよね。
法律だと意図的に知識を正しく使わない人が多いのに対し、医学の場合は意図せずいろんな人が正しく知識を使っていない、その例が前記の話なのかな、と思います。
誰でも知識にアクセスできる、ということはそれを正しく使わない、使えない、そのことに気づいていない人が本来なら専門のための情報にアクセスできる、というわけで。
知識や情報の「重さ」が減ってきているような気がします。知識にこめられた影響などが軽んじられているような。
倫理などに代表される分厚い底の層の上に浮いている「facts」という名の知識の表層部だけが軽々しく切り売りされているように感じる今日この頃。

最低でも精神医学やメンタルヘルスのエリアでは知識を持つ人よりも知識を正しく使える人になりたいです。
使えるようになるにはもちろん知識がなければいけませんが。
病気や身体についてのことだけでなく、倫理、一人一人の心と真剣に向き合い真剣に考えることなどを含めて自分が持っている知識をフル動員しながらそれを操れるような人間になりたいのです。

ファンタジー作品では「力は使いよう」みたいなテーマがよくありますが、知識や情報も本当にそうであるべきで、もっと認識を持って、丁重にそれらは扱われるべきだと今強く思っています。

(今日の一曲はお休みです。昨日あんなに書いちゃいましたしね)


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The World of Poetry
昔ちょっと素敵なハードカバーのノートを買って、自分のお気に入りの格言や詩などを書き入れたQuotebookを作ったのですが、つい最近一目惚れしたノートの使い道を考え考えまくった結果、もうすぐ私も生誕25周年ということで新しいQuotebookを作ろうと決めました。
今ちょうど書き入れるものを探しているのですが、今回は前回はあんまり知らなかった俳句、短歌なども含める予定です。

詩・・・は昔から好きで。
一時は自分にとって一番しっくりくる表現形態だったこともありますが、15~6歳の時に書いた「死の島」(ベックリンの絵をもとにしたラフマニノフの交響詩をもとにしました(笑))を超えるものは書けないと気づいたのと、あとピアノやストーリー書きがある程度自分にしっくりくるようになって以来詩は書いていません。
ちなみに「死の島」を書くにあたって参考にした「Lament for the Makers」という詩もあるんですが、かなり長いので今回のQuotebookには入らない恐れが・・・残念です。

なのでいまはすっかり詩に関しては読み専です。
やっぱり新しい詩や詩人を知るファーストコンタクトは音楽(特に歌曲)ですがね。そのつながりで今ヴィクトール・ユーゴーの詩集を探して買おうかな、なんて考えていますし、あとブリテンの「戦争レクイエム」からWilfred Owenの詩が大好きになりました。
他にもAnna Akhmatova, Guillaume Apollinaire, Rainer Maria Rilke、エドガー・アラン・ポーなどの詩が好きです。
中でも面白いのがFederico Garcia Lorca。何が面白いかというとプーランクは彼の死を悼んで名曲であるバイオリンソナタを作曲しましたし、ショスタコーヴィチは交響曲第14番の中で彼の詩をいくつか使ってますし、なによりもクラムが彼の詩を音楽に多用しているところです。3人の作曲家の心をこうも強く掴んだ詩人としてロルカはものすごく興味深いですが、時代的に(あの3人と同じ時代に生きてた)まだ著作権の問題があってなかなか英語の翻訳にはめぐりあえていません。

日本語だと武満徹の音楽を通じて知った瀧口修造、小さい頃から親しんできた谷川俊太郎、そして母の古い本(母は国語教師をやっていて指導要領みたいのを持ってるのですが、これがいろんなところでものすごくUseful!)で出会った立原道造が好きです。
やっぱりなんというか、日本の文学にはなかなか疎いほうなので・・・(ついつい優先順位を後らせてしまうのです)

でも立原道造の詩は本当に心から愛しています。
今の日本人が失ってしまった何か、そして外国人が日本人に想像しているというか期待しているクオリティみたいなものがあるようで、そしてなにかと複雑なものを好んだり、複雑な世界を周りに感じてしまう私にとって本当に大切なもの、これだけあれば幸せだな、というものを教えてくれる詩の数々。
物静かで、色彩にあふれて。頭が気づかない、心が求めているものを形にしてあるような。
私が詩を書いていた時代は自分の精神状態からいってこんなものはとうていかけなかったでしょうが、こんな詩が書きたかったなあーとものすごく思います。

本当に好きな詩に出会うと、心が癒されるとか何かを感じる、というよりは心がその詩の中にあるクオリティを求めてものすごく前に前に出ようとするんですよね。自分がこれといったものに関しては単純に貪欲なのは音楽でもなんでもどうやら一緒らしいです。

前述Wilfred Owenの詩はまた違うクオリティも持ち合わせています。
彼の詩は全般反戦を題材としているのですが(ちなみに彼が師と仰いでいたSiegfried Sassoonという詩人もまた素晴らしい反戦の詩を書いていて、そして戦争で亡くなっています)、そのやり方というかがものすごく見事です。
彼の詩の中では戦勝国も、敗戦国も、攻めた方も、攻められた方の人々もみんな同じ「戦争に巻き込まれた被害者」で、例えば自分の国のことに限定して語らず、ものすごく国的に、サイド的に中立した立場で語ります。
(ちなみに彼の詩を使うブリテンの「戦争レクイエム」もまたイギリス臭というかイギリス特有の愛国的音楽の特徴が比較的弱い音楽です。)
その「被害者」のなかで彼は特に戦争に参加することとなった若人(もちろんどこの国の、というのは無関係)です。
そして彼は強い反戦の気持ちを「戦争はいけない」というような方法で伝えるのではなく、時には聖書のエピソードをもじったりもしながら、反戦のメッセージを伝えるというよりは「読み手に戦争は怖い、むなしい、いけない」と思わせるような物語を詩によって綴るところがまた良いです。

一番好きなのは(手持ちの詩集には入ってないのですがネットで読めます) 「A New Heaven」です。(戦争で人を殺したために)いろんな神話や信仰での「天国」にはたどり着けなかったけれど、せめて故郷の母の胸で眠りたい、というものすごく優しく、切ない詩です。思い出すだけでちょっと泣きそうに・・・(すみませんねえ、なんか変なところで最近センチメンタルなんですよ)

これからもいろいろ詩を読んでいきたいと思いますが、同時にいつかまた自分は詩を書きたいと思い、書くようになるのかな~と思わずにはいられません。
でも未来をわかるすべはないので、もしかしたら、そのうち・・・その時が来るのを楽しみに待ちたいと思います。


今日の一曲: ベンジャミン・ブリテン 「戦争レクイエム」 「Offertorium - So Abram Rose」




ロルカの話も出ましたが、こっちの方が詳しいのとこっちの方をいまプッシュしたい気分なのでブリテンを。

子供の合唱団とオルガンのアンサンブルから始まるこの楽章は、前半はレクイエム・ミサの「Offertorium」 (Domine Jesu Christe...)のテキストを用い、そして後半はWilfred Owenの「The Parable of the Old Man and the Young」を用います。
音楽的にはなかなかストレートで(特に後半は。テノール、バリトン、そして楽器がそれぞれ劇のように役割を担ってるので)解説は要らないと思うので歌詞と音楽の関係について少し紹介したいと思います。

この「The Parable of the Old Man and the Young」という詩は、旧約聖書の信心深いイサクが神に息子を生け贄として捧げるように、と言われたそこそこ有名?な逸話のパロディーで。
聖書では息子にナイフを振り下ろそうとしたイサクのもとに天使が表れて「神はあなたの信心の深さがよく分かった。代わりにあそこにいる牡羊を捧げなさい」といい最終的に羊が生け贄になるのですが、Owenの詩の中ではイサクが天使の言うことを聞かず、息子を殺す、という展開になってます。
解説すれば、これは戦争で世界の父親達が息子達を国のために、と戦いに出し、結果殺すことになることを皮肉っている詩なのです。

そんなやっぱりちょっとぞっとするような詩なのですが、ブリテンも作曲家としてもっとぞっとすることをやってくれます。
天使が表れて先ほどの旨を伝えた部分のあと、「イサクが息子を殺す」部分ではブリテンは歌詞の反復や、音楽的なことでその部分を強調することなく、むしろ淡々とその殺害をスルーしてしまうんです。
(その後の「And half the seed of Europe, one by one」の部分は執拗に繰り返すのに!)
めちゃくちゃ二度見ですよ!音楽なのに!で、それでスルーされたと解ったとたんにものすごくぞっとします。
まるでイサクが息子を殺すことが、父親が息子を国のためにと戦争に送り出すことが当たり前のように・・・
そして最後の子供の合唱がうらめしいような、淋しいような、切ないようなで・・・
ああ怖い。これがでも詩人&作曲家の意図そのものなんですよね。

音楽的には本当にあんまり言及することが少ない楽章なので、今日詩と絡めて紹介できてよかったなーと思います。あるいみ心のつっかえが一つとれました。
でも言及することが少ないからといって音楽の価値が低いわけではありません。ものすごく音楽としても心からオススメの一つであり、さらにこのレクイエムの重要なピースでもあります。

戦争レクイエムはこれでAgnus Dei、Offertoriumと2楽章制覇ですね。これからまた他の楽章も紹介していき、この偉大で素晴らしい作品の全貌を語っていけるようにしたいと思います。

最後に:戦争レクイエムはあくまでもイギリスの作曲家がイギリスの詩人の作品をテキストとして用い書いたものですが、変にその戦勝国としてのイギリスという国にこだわらないで素直に聞いて欲しいです。
ブリテンも、オーウェンも、言いたいことは戦争は勝った国にも負けた国にも、戦争の始まりからずっと未来まで大きな悲しみと苦しみをもたらし、それはどの国にも共通した辛さだということで・・・彼らはその国境や国の立場を超えた思いを素晴らしい形で表現したと思いますし、その違いをうまく超えて表現したと思います。

「日本人」という立場からは共感しづらいトピックではありますが、音楽にはそれを超える力があり、聴き手さえ心を閉じさえしなければ本当に音楽を通じてわかり合えることは可能だと思います。

現代音楽ですし、まだまだ記憶に新しい歴史ですし、ものすごく生々しく辛さと苦しさが表れる音楽ではありますが、全ての人に一度聴いて、同時に感じ、考えて欲しいと私は強く願ってます。
子供にはちょっと早いかもしれませんけれど大人にとっては「戦争」というものを考える教材の一つであっていいのではないか、と思います。

長々と失礼しました。


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譜めくりのススメ
音楽をやっていて、いつでもなるべく好きな曲が多い方がいいな~と思うのですが。
ソロで弾いたり、オケで弾いたり、伴奏したり、はたまた聴いたり・・・音楽とふれあう方法はもう色々とあるのですが、そのなかでも私にとって一番確実に関わった音楽を好きになる触れあい方があります。

それは意外と思えるかもしれませんが「譜めくり」です。

自分で自分が弾いてる分には楽譜のページをめくるのはだいっきらいで。
暗譜するのも自然とページめくりが難しい場所や、ページをめくった後のセクションからで。
ラヴェルのとある曲に関してはページめくりが特に難しいところがあって、そのページが見事に根本からちぎれたりで。
そういうところは大体の場合はページのコピーをとって別の場所でめくれるようにしているのですが。
だからといって楽譜がデジタル化しちゃうのもなんか違う気がします。見にくそうですし。
気軽に鉛筆で書き込んだり消したりもそうですし、スクロールできちゃうと暗譜するときに「楽譜のどこにあるか」で頭の中で浮かべることができなくなりますしね。

他の人にページをめくってもらうのもまた別の問題があって。ただ単にちょっぴり人間不信で自分のことは自分でやりたい気質が災いしてちょっとページをめくってもらうのに気後れしてしまいます。

でも他のピアニストの譜めくりをするのは大好きです。
特に伴奏や室内楽、そしてコンチェルトをピアノで伴奏する場合で、ピアニストが座ってるちょっと左斜め後ろにちょこんと座って、ページをめくるときになったらすっと立ってページをめくってあげる。
これで少しお小遣いも稼げる場合もある、ちょっとしたお仕事ですが、曲によってはピアニストにとって大切な人です、譜めくりさんは。
ちなみに譜めくりは本番前に頼まれることもあれば、1,2回リハーサルをするときもあり。
だいたいピアノ弾きがピアノ弾きのためにやることが多いですね。

で、こうやって譜めくりしていると大抵めくった曲は好きになるんです。
私が譜めくりで好きになった曲は例えばラヴェルのピアノ協奏曲(ト長調)、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番、チャイコフスキーのピアノ三重奏などがあります。

どうして譜めくりで曲が好きになるかというといくつかの理由があります。
1つは聴いただけじゃやっぱり脳に入ってくる情報の量に限りがあります。音は時間と共に去っていくので、譜めくりをする時に楽譜を見ながら音を聞くのを同時に一生懸命やっているとそれだけでずいぶんと(リハーサルが一回、または本番ぶっつけでも)その曲を深く知り、感じることができるのです。
2つめはピアニストの傍にいるので臨場感がハンパなくあるので結構感情移入しやすいのと、逆に実際にひいてはいないので客観的に、というか統括的に音楽と楽譜を見ることができるので、かなりいいとこ取りなようなポジションでもあります。

譜めくりといってもただ楽譜をめくる、という仕事ではありません。
やっぱり弾き手が不便を感じないように存在する人なので、そのためのテクニックも多少必要で。
どこに座るか、いつ立つか、いつめくるか、どこを持ってめくるか・・・
弾き手の好みもありますので、それも教わったり学んだりしなければなりません。
あと今年ちょっと土壇場でちょこっとめくる機会があったんですが、手が乾いてるとかなりしんどいです(当たり前!)
あとはもう集中力ありけりです。とっても大切です。特に現代音楽(特に作曲家の新作の初演など事前に録音が聴けないもの!)では本当に真面目にちゃんと楽譜をフォローしてないと弾き手もものすごく大変ですからね!

私が譜めくりしたので一番大変だったのはラヴェルのピアノ協奏曲ト長調の最終楽章でしょうか。
なんてったって速い!ほとんど立ちっぱなし!そしてだからこそ絶対めくるのはとちれない!
あとなにかと同じパッセージが続いたりするのでちゃんと一小節ごとに目を皿のようにして見ていないと迷子になります。
万が一ミスしても奏者もめくれませんからね!まあお互い怖いです。

音楽を知るにはものすごく有効で、そして曲を好きになるにも経験から譜めくりはとっても有効な方法であると思います。
目立たない仕事、いえ仕事というにもまたちょっと微妙なところなんですが(笑)
なかなか面白い、音楽家とのしてのポジションとしてオススメさせてもらいます♪


今日の一曲: モーリス・ラヴェル ピアノ協奏曲ト長調 第3楽章



先ほど私にとって譜めくり最難関だった、といった曲です。

この頃(20世紀初頭~)はフランスではあんまりコンチェルトって書かれなかったんですよね。
同時代のドビュッシーは協奏曲と名の付く協奏曲を書いてませんし・・・フランス音楽はそういった演奏形態から脱出している、そういう時代なのですが。
そのなかでこの曲は正統派の超名曲です。
ラヴェルは「左手のためのピアノ協奏曲」も書いてますが今日は話に縁のあり、さらにより聞きやすくポピュラーなこちらをチョイスです。

この楽章に最もぴったりなフレーズはMoto perpetuoでしょう。ダントツで。
意味は「無窮動」または「常動曲」。ノンストップの弾丸の速さでまるで走馬燈のようにあっという間に駆け抜けていく最終楽章です。
オケのパートもソロが多く、まるで車で通りすぎていく景色のように入っては去り、入っては去り、そしてだんだんいつの間にかピアノと一緒に駆け、だんだんと一緒に駆ける人数が増えていってみんなでフィニッシュを迎えます。

そんななか一つエピソードを。
コンチェルトはオケと弾く機会があるときはピアノで伴奏するんですが、コンサートクラスなどだとピアノ伴奏でも演奏させてくれます。
(そして譜めくりはその伴奏のパートをする、ということで。)
伴奏のパートはもちろんピアノながらオケの全ての楽器を網羅するのですが、そこはラヴェルなのでオーケストラの充実をピアノに凝縮するのは難しいです。
特にこのコンチェルトのなかで効果的に使われる「鞭」の音。打楽器全般そうですが、いわゆるオケのスパイスなのでこのアクセントがないと物足りない、ということで。
ソリストであった私の友達はちょうどそこに一拍休みがあるソリストのピアニストが手を鞭の音に似せて一発叩く、という方法でこれを解決!
傍で見てると(そして聴衆側からも)なかなかコミカルですが、でも「ここはこれがなきゃ!」という友達のこだわりからうまれたこの一発、なかなかおすすめですよ(笑)

とりあえずこの曲は本当に聴いていて楽しいです(弾くと楽しい余裕もありません!)。
聞いてうずうずするエキサイティングな感覚を是非経験してください♪

他の楽章もかなりおすすめなのでまたそれは今度!

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