×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
前々回?でも語りましたように日々自分の知識が進化していくことを願う私ですが、知識は勉強だけでなく実践ももちろん大切。
前「自分のこだわり」をこのブログに書きましたが、あのころから実践により進化したトピックが一つ。
それは・・・大好きな大好きな蜂蜜です♪
ここ数ヶ月間でいろんな試みをしてきました。
まず、蜂蜜の食べ比べ。
最近思い出せるだけで、スーパーで購入したRed Gum, Blue Gum, Yellow Box, Iron Barkの四つを食べてます。どれもユーカリの種類です。プラスHoneycomb、つまり蝋入りの蜂蜜も2種類食べました。
味の感想を大変簡単に:
Red Gum - フレッシュで、癖はちょっぴり?軽いかと思ったら他のと比べてみるとちょっとボディがある感じ。
Blue Gum - すっきり系でなんか若さがあります。名前の印象もあるんでしょうが。ユーカリの風味が爽やか。
Iron Bark - あったかくて、わりとユーカリ風味が和らいだ感じです。オージーハニー初心者におすすめ。
Yellow Box - トップノート的な・・・深みには欠けるけれどUpliftingな味です。
Honeycombは・・・いまのところ蝋の飲み込みに多少苦戦してます。でもこれはどうやら種類によるらしいです(だって数年前お土産屋さんで買ったときはそんなことなかったですもん・・・)
あの蝋はなんか身体にいいことあるのかしら?とか疑問に思いながら食べてたり。
あとこちらのスーパーでは蜂蜜は「逆さまボトル」がいまや主流です。(例えばBeechworthというブランドのはこんな感じ)
下に蓋があって、ボトルの側面を押すと弁を通して蜂蜜がでて、押すのをやめるとぴたっと止まります。あんまり下手にやらなければ垂れたりすることはありません(表面張力万歳)。最後まで綺麗に出せるというてんでもガラスの瓶などと比べたら比較的良い感じです。
(Honeycombは四角の浅い箱に必ず入ってます)
今年はマヌカハニーも試しました。
よくマヌカの植物は「ニュージーランドにしかない」と言われますが、オーストラリア南東部にもあります。
マヌカ、というのはマオリ族の言葉で、オーストラリアでは「ティー・ツリー」と呼ばれエッセンシャルオイルにも使われています。
で、味のほうはというと・・・個人的には蜂蜜の中でいったらあんまり上位にはランクしない味かな、と思います。
濃いめなのとユーカリとはまた違う独特のフレーバーがあるのでそのまま舐めるのにも、料理などに使うにもちょっと難しいかな、という印象も受けました(パンにはでも良さそう)。
同じ濃いのだったらとことん主張が強いLeatherwoodあたりを選んでしまいそう。
難しいなあ、と思ったのにもう一つ。オレンジの花の蜂蜜もまたこれもどこかオレンジのエッセンシャルオイルを思わせるような風味があって。それ以外の風味(蜂蜜としての風味)は結構薄いんですよね。
あれはでも大根の皮を漬けると不思議な世界が味わえます。
自分にとって蜂蜜のスタンダードな用途、というのは以下の通りです。
1)パンにぬる
2)そのまま舐める
3)紅茶、または他のお茶に入れる
4)大根の切った後の端っことか皮とかを漬けて喉のためにする
このうち1)と2)はもうほとんどなんでも大丈夫で、あとは気分次第、という(笑)
3)のうちの紅茶に入れるというのはユーカリ系ではなかなか難しいです。紅茶自体の風味が消える場合が多いです。
最近Yellow Box をカモミール茶に入れてるのですが、これがなかなか相性がいいです。Yellow Box の味の浅さがいい方向に働いてるみたいです。あとは入れる量を・・・
4)に関しては色の薄い(=味の濃くない)蜂蜜で結構いろいろ行けますね。私はblue gum(ただやっぱり大根は皮でやってたりするので全体的に青臭くなったり)、Iron bark(まろやかになります!)あたりが好きです。そしてさっき言いましたようにオレンジの花はまた別世界です。
で、いろいろ考えあぐねた結果もう一つ新しい用途ができました。
それは・・・ベーコンエッグマフィンとの共演(笑)
肉類と合うんですよ。たとえばでっかいソーセージとか焼いて蜂蜜かけたりとかしたらおいしいだろうな~とか。
しょっぱい肉で、もっと味に「深み」が欲しい、と思うことが多々あった結果、この共演をいろいろ試行錯誤してみたんです。
結論はというと:
1)マフィンは暖めるのはいいけれど、断面がかりかりしてしまうとあとで蜂蜜が流れやすくなる
2)使う蜂蜜はIron barkがベスト。ソフトだけれどまろやかさがちょうど望んでいたものそのもの。
3)蜂蜜はマフィンの断面に、具を挟むちょっと前に塗って少し染みこませておく(油と混ざって流れてしまうので)
4)トーストに塗る蜂蜜の感覚よりも少なめで。あまり端には塗りすぎない。
5)胡椒必須。
これさえできてれば本当に美味しくなります。
自分のイメージしてた味の足し算が本当に現実になったので美味しい以上にまた嬉しいのですが(笑)
オーストラリアというのは輸入、持ち込みがものすごく厳しい国なので日本の蜂蜜専門店などのサイトを見るとよだれを垂らすしかないのですが、でもオーストラリアだってたくさん蜂蜜があって、それはそれで充実しています。
逆にオーストラリアの蜂蜜、日本ではあんまり輸入してないそうで・・・これもまたユーカリの蜂蜜は他の植物とは違う味なのでもったいないなーと思ってるのですが。
もっともっと蜂蜜をいろんな場面で使えるようになりたいな~と密かに闘志を燃やしている次第であります。
今日の一曲: セルゲイ・ラフマニノフ 交響曲第3番 第2楽章
蜂蜜にちょっぴりちなんだ、そんな感じの曲です。
映画的なロマンチック音楽はラフマニノフの十八番ですが、例えば彼の有名なピアノ曲や、協奏曲よりももっと・・・その甘さにあふれた曲がこの楽章。同じ交響曲でも第2番のアダージョはもっと壮大で、もっともっと切ないのですが、この曲はこの曲でものすごく魅力的。
蜂蜜に例えたらIron Barkあたりでしょうか。ロマンチックに伴う痛み(切なさなど)の先端をなるべく丸めたような、そんな曲です。
ハープとかチェレスタとかバイオリンとかホルンとかフルートの使い方とかでもうメロメロですよ(笑)
あとラフマニノフってちょっぴりスペインのハーモニー進行をつかったりするんですよね。(代表的な例がピアノ協奏曲第2番の最終楽章のメインメロディー)ちょっと短和音をつかったりで。それがちょっとエキゾチックな雰囲気をかもしだして・・・リンゴの甘いお菓子にシナモン、みたいな感じで。
で、それよりも私をとりこにしたのが中間部の、これはきっとスケルツォなんでしょうね。
曲の詳細よりも先にその「スロー楽章のなかにスケルツォ」というのが不思議で。
ラフマニノフのこの曲のほかに、映画「シャイン」で有名なピアノ協奏曲第3番、そしてバルトークのピアノ協奏曲第2番、バイオリン協奏曲第2番でも同じような形式がとられてるんですが、誰が始めて、どうしてこう地味ーに流行ってるのかわからなくて(笑)
アイディア自体は好きなんですよ。実際に創られたものも良いですし。ただどうしてこんなことになったかがわからなくて。
マーラーとかかしらん。あの人ならやってそう。(スローな楽章が何かと長いのと、いろんな楽想のセクションを織り交ぜたりするので)
中間部のスケルツォ、なんですが。
チェレスタ弾きとしてこんなに地味に達成感を感じる、というか作曲家に可愛がってもらってる感を感じる曲はなかなかありません(笑)
あと主題のビオラかっこいい(笑)ソロというわけでもなさそうですが、あそこはビオラのサポートがかっこいいです。
マーラー以降のダークでパワフルなビオラが好きで。
あとこのセクションはデュカの「魔法使いの弟子」にどこか似てますね。
主題のメロディーもそうですし、飛び交う色彩とか、茶目っ気とか。
ほんとうにこう、わくわくするような、魔法のような。
これが再現部に溶けていくところもまた素敵です。
あとはもうハーモニーの複雑で渋い色彩がやっぱりラフマニノフは晩年がすごいなーって思いますね。
作品番号でいうと33(練習曲1セット目)を超えたあたりからが本当の味だな、って(それ以前の音楽も素晴らしいですが)。
とりあえず、蜂蜜のように甘い、ロマンチックの一つの体系ということで紹介しました。
恋人と聞くには・・・どうでしょう。おすすめかな。自分自身が恋人と何を聞きたいか、というのはもうちょっと考えあぐねさせてもらいます(笑)
追記: 録音にはベルリン・フィル&マゼールの「ラフマニノフ交響曲全集」を選びましたが、マゼールはロマンチックの大王みたいな人なので本当にこれでおすすめです!(同じのはもってませんが、2番はマゼール&ベルリンフィルで持ってます。そのロマンチックさも素晴らしいです!)
前「自分のこだわり」をこのブログに書きましたが、あのころから実践により進化したトピックが一つ。
それは・・・大好きな大好きな蜂蜜です♪
ここ数ヶ月間でいろんな試みをしてきました。
まず、蜂蜜の食べ比べ。
最近思い出せるだけで、スーパーで購入したRed Gum, Blue Gum, Yellow Box, Iron Barkの四つを食べてます。どれもユーカリの種類です。プラスHoneycomb、つまり蝋入りの蜂蜜も2種類食べました。
味の感想を大変簡単に:
Red Gum - フレッシュで、癖はちょっぴり?軽いかと思ったら他のと比べてみるとちょっとボディがある感じ。
Blue Gum - すっきり系でなんか若さがあります。名前の印象もあるんでしょうが。ユーカリの風味が爽やか。
Iron Bark - あったかくて、わりとユーカリ風味が和らいだ感じです。オージーハニー初心者におすすめ。
Yellow Box - トップノート的な・・・深みには欠けるけれどUpliftingな味です。
Honeycombは・・・いまのところ蝋の飲み込みに多少苦戦してます。でもこれはどうやら種類によるらしいです(だって数年前お土産屋さんで買ったときはそんなことなかったですもん・・・)
あの蝋はなんか身体にいいことあるのかしら?とか疑問に思いながら食べてたり。
あとこちらのスーパーでは蜂蜜は「逆さまボトル」がいまや主流です。(例えばBeechworthというブランドのはこんな感じ)
下に蓋があって、ボトルの側面を押すと弁を通して蜂蜜がでて、押すのをやめるとぴたっと止まります。あんまり下手にやらなければ垂れたりすることはありません(表面張力万歳)。最後まで綺麗に出せるというてんでもガラスの瓶などと比べたら比較的良い感じです。
(Honeycombは四角の浅い箱に必ず入ってます)
今年はマヌカハニーも試しました。
よくマヌカの植物は「ニュージーランドにしかない」と言われますが、オーストラリア南東部にもあります。
マヌカ、というのはマオリ族の言葉で、オーストラリアでは「ティー・ツリー」と呼ばれエッセンシャルオイルにも使われています。
で、味のほうはというと・・・個人的には蜂蜜の中でいったらあんまり上位にはランクしない味かな、と思います。
濃いめなのとユーカリとはまた違う独特のフレーバーがあるのでそのまま舐めるのにも、料理などに使うにもちょっと難しいかな、という印象も受けました(パンにはでも良さそう)。
同じ濃いのだったらとことん主張が強いLeatherwoodあたりを選んでしまいそう。
難しいなあ、と思ったのにもう一つ。オレンジの花の蜂蜜もまたこれもどこかオレンジのエッセンシャルオイルを思わせるような風味があって。それ以外の風味(蜂蜜としての風味)は結構薄いんですよね。
あれはでも大根の皮を漬けると不思議な世界が味わえます。
自分にとって蜂蜜のスタンダードな用途、というのは以下の通りです。
1)パンにぬる
2)そのまま舐める
3)紅茶、または他のお茶に入れる
4)大根の切った後の端っことか皮とかを漬けて喉のためにする
このうち1)と2)はもうほとんどなんでも大丈夫で、あとは気分次第、という(笑)
3)のうちの紅茶に入れるというのはユーカリ系ではなかなか難しいです。紅茶自体の風味が消える場合が多いです。
最近Yellow Box をカモミール茶に入れてるのですが、これがなかなか相性がいいです。Yellow Box の味の浅さがいい方向に働いてるみたいです。あとは入れる量を・・・
4)に関しては色の薄い(=味の濃くない)蜂蜜で結構いろいろ行けますね。私はblue gum(ただやっぱり大根は皮でやってたりするので全体的に青臭くなったり)、Iron bark(まろやかになります!)あたりが好きです。そしてさっき言いましたようにオレンジの花はまた別世界です。
で、いろいろ考えあぐねた結果もう一つ新しい用途ができました。
それは・・・ベーコンエッグマフィンとの共演(笑)
肉類と合うんですよ。たとえばでっかいソーセージとか焼いて蜂蜜かけたりとかしたらおいしいだろうな~とか。
しょっぱい肉で、もっと味に「深み」が欲しい、と思うことが多々あった結果、この共演をいろいろ試行錯誤してみたんです。
結論はというと:
1)マフィンは暖めるのはいいけれど、断面がかりかりしてしまうとあとで蜂蜜が流れやすくなる
2)使う蜂蜜はIron barkがベスト。ソフトだけれどまろやかさがちょうど望んでいたものそのもの。
3)蜂蜜はマフィンの断面に、具を挟むちょっと前に塗って少し染みこませておく(油と混ざって流れてしまうので)
4)トーストに塗る蜂蜜の感覚よりも少なめで。あまり端には塗りすぎない。
5)胡椒必須。
これさえできてれば本当に美味しくなります。
自分のイメージしてた味の足し算が本当に現実になったので美味しい以上にまた嬉しいのですが(笑)
オーストラリアというのは輸入、持ち込みがものすごく厳しい国なので日本の蜂蜜専門店などのサイトを見るとよだれを垂らすしかないのですが、でもオーストラリアだってたくさん蜂蜜があって、それはそれで充実しています。
逆にオーストラリアの蜂蜜、日本ではあんまり輸入してないそうで・・・これもまたユーカリの蜂蜜は他の植物とは違う味なのでもったいないなーと思ってるのですが。
もっともっと蜂蜜をいろんな場面で使えるようになりたいな~と密かに闘志を燃やしている次第であります。
今日の一曲: セルゲイ・ラフマニノフ 交響曲第3番 第2楽章
蜂蜜にちょっぴりちなんだ、そんな感じの曲です。
映画的なロマンチック音楽はラフマニノフの十八番ですが、例えば彼の有名なピアノ曲や、協奏曲よりももっと・・・その甘さにあふれた曲がこの楽章。同じ交響曲でも第2番のアダージョはもっと壮大で、もっともっと切ないのですが、この曲はこの曲でものすごく魅力的。
蜂蜜に例えたらIron Barkあたりでしょうか。ロマンチックに伴う痛み(切なさなど)の先端をなるべく丸めたような、そんな曲です。
ハープとかチェレスタとかバイオリンとかホルンとかフルートの使い方とかでもうメロメロですよ(笑)
あとラフマニノフってちょっぴりスペインのハーモニー進行をつかったりするんですよね。(代表的な例がピアノ協奏曲第2番の最終楽章のメインメロディー)ちょっと短和音をつかったりで。それがちょっとエキゾチックな雰囲気をかもしだして・・・リンゴの甘いお菓子にシナモン、みたいな感じで。
で、それよりも私をとりこにしたのが中間部の、これはきっとスケルツォなんでしょうね。
曲の詳細よりも先にその「スロー楽章のなかにスケルツォ」というのが不思議で。
ラフマニノフのこの曲のほかに、映画「シャイン」で有名なピアノ協奏曲第3番、そしてバルトークのピアノ協奏曲第2番、バイオリン協奏曲第2番でも同じような形式がとられてるんですが、誰が始めて、どうしてこう地味ーに流行ってるのかわからなくて(笑)
アイディア自体は好きなんですよ。実際に創られたものも良いですし。ただどうしてこんなことになったかがわからなくて。
マーラーとかかしらん。あの人ならやってそう。(スローな楽章が何かと長いのと、いろんな楽想のセクションを織り交ぜたりするので)
中間部のスケルツォ、なんですが。
チェレスタ弾きとしてこんなに地味に達成感を感じる、というか作曲家に可愛がってもらってる感を感じる曲はなかなかありません(笑)
あと主題のビオラかっこいい(笑)ソロというわけでもなさそうですが、あそこはビオラのサポートがかっこいいです。
マーラー以降のダークでパワフルなビオラが好きで。
あとこのセクションはデュカの「魔法使いの弟子」にどこか似てますね。
主題のメロディーもそうですし、飛び交う色彩とか、茶目っ気とか。
ほんとうにこう、わくわくするような、魔法のような。
これが再現部に溶けていくところもまた素敵です。
あとはもうハーモニーの複雑で渋い色彩がやっぱりラフマニノフは晩年がすごいなーって思いますね。
作品番号でいうと33(練習曲1セット目)を超えたあたりからが本当の味だな、って(それ以前の音楽も素晴らしいですが)。
とりあえず、蜂蜜のように甘い、ロマンチックの一つの体系ということで紹介しました。
恋人と聞くには・・・どうでしょう。おすすめかな。自分自身が恋人と何を聞きたいか、というのはもうちょっと考えあぐねさせてもらいます(笑)
追記: 録音にはベルリン・フィル&マゼールの「ラフマニノフ交響曲全集」を選びましたが、マゼールはロマンチックの大王みたいな人なので本当にこれでおすすめです!(同じのはもってませんが、2番はマゼール&ベルリンフィルで持ってます。そのロマンチックさも素晴らしいです!)
PR
ブログの更新の時間を自由にしてみました。
やっぱり書きたくなくなるとき、というものはあるので。
最近祖父からDVDがきたので夕飯後はクイズに忙しいのもありまして(笑)
ピアノも最近仕事がなくても弾いてないんですよ。
あれもまた気分がちょっと乗らないと「うーん」となっちゃって。
筋肉痛でもそうでなくとも結構些細なことでhinderされるというか。
そのくせ夜の1時とかにふとリゲティが弾きたくなるとか困ったことになるんですよね。
プロでもないのに将来は防音室とか・・・でしょうか。
(まあ聞く方にも使えますしね)
とりあえずピアノにしてもブログにしてもあんまり間が空くとより書かなくなるぞ!と自分を脅して(!?)とりあえずいつも思っている、考えてることをここにかくことにしました。しばしおつきあいください。
こういった本がまずあるんですよ。母が面白そうと買ったのを読んだのですがなかなか内輪ネタで面白い(爆)
で、楽器別に性格の傾向がある、というはなしが主にされているのですが、実はこの本を読む前も私もそれについて考えたことが多々ありまして。(でも必ずしも本の内容と一致するわけではないです。なんせ国が違うもので。これは大きいです)
実際私だけじゃなく友達と話しててそういう話になったこともあります。
その一番顕著な例が下の通りです。
ホルンの友達と、ホルン友達の関係者である友達といて、ホルン奏者の性格について語り合った際の結論:
1)男性ホルン奏者は基本自信家。単純で、ロジカルな思考の持ち主。
2)女性ホルン奏者は「強い女」に見えて、実際内面ものすごく打たれやすいところがあったり、男女関係に関しては些細なことで疑心暗鬼になっちゃったり。
他にも、オケピアニスト・オケマネージャーとしてかなり近い立場で第3者としてオケ全体を見回せる位置にいて例えばチェロとホルンのカップル(ないし親友、家族同士)がどうして多いんだろう、とかトロンボーンの結束はやっぱり強いなあーとか、いろいろ思うことはあるのです。
そしてそういったことも創作の臓器とも言える大事な部分になってたり。
上の本で茂木さんが書いたように、楽器と奏者の関係は相互的だと思います。
人がある性格の特徴を持っているから(または身体的特徴からある楽器がより容易に弾けることで)ある楽器に惹かれ、そして楽器の特徴(弾く姿勢、作曲家がその楽器に求める役割、音、音の出し方、そして演奏に関わる行動など)が奏者の人間性に影響していく、という。
(プラス同じ楽器の人とのつきあいでもまた変わるでしょう。同じ楽器どうしで集まりやすいホルンやチェロ、ビオラなんかは特に)
例えばトランペットやトロンボーン奏者のあの姿勢。
クラリネットが音域によっていろんな違う音色がでるところ。
オーボエ奏者がリードを自分の納得いくようにけずるところ。
ビオラがいつも派手なパートをもらえないところ。
コントラバスの楽器のサイズとそれから推測される奏者の力持ちさ。
テューバのレパートリーの狭さ、そして逆にバイオリンのレパートリーの広さ。
みんなみんな意味があって、それでお互いに影響し合っていくのが自分にとってはやっぱり素敵な関係だな~と。
(注:こういったことから導き出すのはあくまでも自分の奏者や彼らの行動、楽器の観察と、楽器の知識から自分なりの解釈ででたものでみんながそう思うというわけではありません。)
私個人としては(クラシックに限らず)誰にでも一人に一つ(最低でも)、運命の楽器があるんじゃないかと思います。
もちろんさっきいったように人は楽器に影響されるのでもともとパーフェクトマッチ、というわけでもないですが、きっとそうやってお互い影響し合ってぴったり合っていき、お互いにいい影響をもたらす人と楽器の組み合わせがあるんじゃないかとおもうんですよ。上手下手は別として(ただ、「合う」楽器は上達が早いのでは?と根拠なく思っております)
そして教える人や、楽器との相性(安いオーボエでは自分との相性がわかりませんしね、例えば)などいろんな要因がかかわってくるのでしょうが。
私に関しては・・・ピアノはもともと器が広いというかな楽器なのであれですが、でもチェロに関してはわりと・・・他の楽器よりもあってたかな、と思います。性格的には主にチェロで、ちょっとビオリスト的性格も入ってると自己分析しております。
チェロ奏者の性格を分析・考えてると耳が痛いんですよね(苦笑)どうやら私の欠点の多くはチェリストの欠点のようで・・・
タイトルにもあるようにこれは序曲、いや序章で。
いろんな楽器にこうじゃないか、という説はあるのですが、また今度の機会にとっておきます。
チェロとホルンについては結構詳細があるんですが・・・面白いので。
またちゃんと文にできることを願ってます。(Crossing fingers)
今日の一曲: エドゥワール・ラロ 「スペイン交響曲」 第3楽章
バイオリン。
それはピアノに次ぐ機動力を持つ、どこでも運べる、悪魔が弾く楽器とも言われる、そして個々の楽器や奏者により最も差がでやすい楽器。
その最も差が出やすいところと、バイオリン人口の多さを考えるとバイオリンの性格タイプ、というのはひとえにいえないものだとばかり思ってましたが、最近2次創作を含めて自分のプランしたオケの中で「変装」または「変身」をするキャラがほとんど全員といっていいほどバイオリンを弾いていることに気づき、たまげました。無意識ですよ、オケ3つ分!(笑)
あんな不自然な姿勢で、あんな小さい楽器に魂を込めることでどんなに感情が圧縮された音が出るか、というのがバイオリンの音の醍醐味の一つであると思ってます。
同時にバイオリンの音は七変化。軽やかだったり、ひょうひょうしてたり、情熱的だったり。気まぐれ、とか意のまま、という言葉がぴったりです。
技巧のポテンシャルはもうまるで楽器が身体の一部のよう。演じているけどものすごく身についてるからリアリティがあったり?
そんなバイオリンの魅力がつまったこの曲。
情熱と、気まぐれさと、浮気性と、不思議なナチュラルさ。
目の前で姿を変えたり、話術を巧みに操ったり、いろんな表情を見せたり。
どこか狂ったような、でもそうだとしていても本人は至って正気なような。
「悪魔の楽器」バイオリンとしての面も見られます。
そしてこのアンネ=ゾフィー・ムターとうバイオリニストが好きで好きで。
この曲にぴったりのクレイジーさ、強さ、表現の広さと技巧の自然さ、そして自由さを持っていると思います。
彼女の演奏には男性バイオリニストにはないものがあって。それはまた多くの女性バイオリニストが持っていない者でもあるのですが、でもその直感的な印象は「なによりも女性らしい」もので。
ガッツ、というか、強さというか。
よく女性は痛みに強いという話を聞きますけどそういう感じの強さなんですよね。
女性は男性なんか比べものにならないものを生まれながらに与えられていて。
優しさ、繊細さももちろんですが、それも全部持った上でタフなところ。
女性として生まれ持ったパワーの一番極端な例を彼女の音に聞くんです。
もっとこういう路線のバイオリニストが(特に日本からは)増えて欲しいと切実に願ってます。
(実は大学の友達に一人いたんですけどね。私とそうかわらない体格なのにパワーはすごかった!)
だって今は男女平等の社会。もっともっと女性にパワフルに花咲かせてもらいたいです。
やっぱり書きたくなくなるとき、というものはあるので。
最近祖父からDVDがきたので夕飯後はクイズに忙しいのもありまして(笑)
ピアノも最近仕事がなくても弾いてないんですよ。
あれもまた気分がちょっと乗らないと「うーん」となっちゃって。
筋肉痛でもそうでなくとも結構些細なことでhinderされるというか。
そのくせ夜の1時とかにふとリゲティが弾きたくなるとか困ったことになるんですよね。
プロでもないのに将来は防音室とか・・・でしょうか。
(まあ聞く方にも使えますしね)
とりあえずピアノにしてもブログにしてもあんまり間が空くとより書かなくなるぞ!と自分を脅して(!?)とりあえずいつも思っている、考えてることをここにかくことにしました。しばしおつきあいください。
こういった本がまずあるんですよ。母が面白そうと買ったのを読んだのですがなかなか内輪ネタで面白い(爆)
で、楽器別に性格の傾向がある、というはなしが主にされているのですが、実はこの本を読む前も私もそれについて考えたことが多々ありまして。(でも必ずしも本の内容と一致するわけではないです。なんせ国が違うもので。これは大きいです)
実際私だけじゃなく友達と話しててそういう話になったこともあります。
その一番顕著な例が下の通りです。
ホルンの友達と、ホルン友達の関係者である友達といて、ホルン奏者の性格について語り合った際の結論:
1)男性ホルン奏者は基本自信家。単純で、ロジカルな思考の持ち主。
2)女性ホルン奏者は「強い女」に見えて、実際内面ものすごく打たれやすいところがあったり、男女関係に関しては些細なことで疑心暗鬼になっちゃったり。
他にも、オケピアニスト・オケマネージャーとしてかなり近い立場で第3者としてオケ全体を見回せる位置にいて例えばチェロとホルンのカップル(ないし親友、家族同士)がどうして多いんだろう、とかトロンボーンの結束はやっぱり強いなあーとか、いろいろ思うことはあるのです。
そしてそういったことも創作の臓器とも言える大事な部分になってたり。
上の本で茂木さんが書いたように、楽器と奏者の関係は相互的だと思います。
人がある性格の特徴を持っているから(または身体的特徴からある楽器がより容易に弾けることで)ある楽器に惹かれ、そして楽器の特徴(弾く姿勢、作曲家がその楽器に求める役割、音、音の出し方、そして演奏に関わる行動など)が奏者の人間性に影響していく、という。
(プラス同じ楽器の人とのつきあいでもまた変わるでしょう。同じ楽器どうしで集まりやすいホルンやチェロ、ビオラなんかは特に)
例えばトランペットやトロンボーン奏者のあの姿勢。
クラリネットが音域によっていろんな違う音色がでるところ。
オーボエ奏者がリードを自分の納得いくようにけずるところ。
ビオラがいつも派手なパートをもらえないところ。
コントラバスの楽器のサイズとそれから推測される奏者の力持ちさ。
テューバのレパートリーの狭さ、そして逆にバイオリンのレパートリーの広さ。
みんなみんな意味があって、それでお互いに影響し合っていくのが自分にとってはやっぱり素敵な関係だな~と。
(注:こういったことから導き出すのはあくまでも自分の奏者や彼らの行動、楽器の観察と、楽器の知識から自分なりの解釈ででたものでみんながそう思うというわけではありません。)
私個人としては(クラシックに限らず)誰にでも一人に一つ(最低でも)、運命の楽器があるんじゃないかと思います。
もちろんさっきいったように人は楽器に影響されるのでもともとパーフェクトマッチ、というわけでもないですが、きっとそうやってお互い影響し合ってぴったり合っていき、お互いにいい影響をもたらす人と楽器の組み合わせがあるんじゃないかとおもうんですよ。上手下手は別として(ただ、「合う」楽器は上達が早いのでは?と根拠なく思っております)
そして教える人や、楽器との相性(安いオーボエでは自分との相性がわかりませんしね、例えば)などいろんな要因がかかわってくるのでしょうが。
私に関しては・・・ピアノはもともと器が広いというかな楽器なのであれですが、でもチェロに関してはわりと・・・他の楽器よりもあってたかな、と思います。性格的には主にチェロで、ちょっとビオリスト的性格も入ってると自己分析しております。
チェロ奏者の性格を分析・考えてると耳が痛いんですよね(苦笑)どうやら私の欠点の多くはチェリストの欠点のようで・・・
タイトルにもあるようにこれは序曲、いや序章で。
いろんな楽器にこうじゃないか、という説はあるのですが、また今度の機会にとっておきます。
チェロとホルンについては結構詳細があるんですが・・・面白いので。
またちゃんと文にできることを願ってます。(Crossing fingers)
今日の一曲: エドゥワール・ラロ 「スペイン交響曲」 第3楽章
バイオリン。
それはピアノに次ぐ機動力を持つ、どこでも運べる、悪魔が弾く楽器とも言われる、そして個々の楽器や奏者により最も差がでやすい楽器。
その最も差が出やすいところと、バイオリン人口の多さを考えるとバイオリンの性格タイプ、というのはひとえにいえないものだとばかり思ってましたが、最近2次創作を含めて自分のプランしたオケの中で「変装」または「変身」をするキャラがほとんど全員といっていいほどバイオリンを弾いていることに気づき、たまげました。無意識ですよ、オケ3つ分!(笑)
あんな不自然な姿勢で、あんな小さい楽器に魂を込めることでどんなに感情が圧縮された音が出るか、というのがバイオリンの音の醍醐味の一つであると思ってます。
同時にバイオリンの音は七変化。軽やかだったり、ひょうひょうしてたり、情熱的だったり。気まぐれ、とか意のまま、という言葉がぴったりです。
技巧のポテンシャルはもうまるで楽器が身体の一部のよう。演じているけどものすごく身についてるからリアリティがあったり?
そんなバイオリンの魅力がつまったこの曲。
情熱と、気まぐれさと、浮気性と、不思議なナチュラルさ。
目の前で姿を変えたり、話術を巧みに操ったり、いろんな表情を見せたり。
どこか狂ったような、でもそうだとしていても本人は至って正気なような。
「悪魔の楽器」バイオリンとしての面も見られます。
そしてこのアンネ=ゾフィー・ムターとうバイオリニストが好きで好きで。
この曲にぴったりのクレイジーさ、強さ、表現の広さと技巧の自然さ、そして自由さを持っていると思います。
彼女の演奏には男性バイオリニストにはないものがあって。それはまた多くの女性バイオリニストが持っていない者でもあるのですが、でもその直感的な印象は「なによりも女性らしい」もので。
ガッツ、というか、強さというか。
よく女性は痛みに強いという話を聞きますけどそういう感じの強さなんですよね。
女性は男性なんか比べものにならないものを生まれながらに与えられていて。
優しさ、繊細さももちろんですが、それも全部持った上でタフなところ。
女性として生まれ持ったパワーの一番極端な例を彼女の音に聞くんです。
もっとこういう路線のバイオリニストが(特に日本からは)増えて欲しいと切実に願ってます。
(実は大学の友達に一人いたんですけどね。私とそうかわらない体格なのにパワーはすごかった!)
だって今は男女平等の社会。もっともっと女性にパワフルに花咲かせてもらいたいです。
学校に入る前から、「勉強」というものがかなり好きですか。
・・・というか自分のありあまる好奇心を「知る」ということで満たそうとしながら追いつかなくて持てあましているんです。昔も今も。
どうがんばっても自分が学ぶスピードは自分の好奇心に一生追いつかないのは自覚していますが、でもそれをなんとかできるだけ満たす行為がなんともいえなく好きなんです。
もちろん今の仕事の分野は入りたてですので本当に勉強することがいっぱいあります。
なんというか、「日本語を学ぶ」ことにかなり労力を費やしているような気がします(笑)
基本的な医学全般のことをざーっと覚えるだけでも大変。
でも何でも面白く思えます。今のところ内分泌系や神経系のことを読んでいるのが特に興味深いです。なんというか、身体の働きのなかでかなりメカニカルなのが面白いらしいです(笑)
あとは創作のために勉強もします。
調べ物はもういつもの事ですし、あと精神医学の知識の多くも創作のための勉強によって身につけたりもしてます。
そのストーリーはそこら辺経験ないこともリアリティが出したい!と思っていて。今はちょっぴりそこまでハードな勉強は中断した形になってますが、まだまだできることはある!と感じて静かに燃えてます(笑)
あとは日本のTVのクイズとかでも勉強ですね。
Qさまでは特に分からない問題があると悔しいです(笑)
漢字問題だと1から10のうち8と10、とかが分からなかったりします。なんにせよ分からなかったものは覚えよう!と意気込んでます。
スピード漢字のときは妹と一緒にScrap paperにTVに合わせて問題をやったりしますし、複数答えがあるクイズ(例:タイムショックの「12アンサーズ」、ヘキサゴンで昔やってた「PKクイズ」など)は一旦DVDを止めてどれだけ答えを思いつけるか妹と競ったりします。
クイズにでてるタレントさんで好きな人も多いんですけど、でも一番楽しい&嬉しいのは自分が正解したとき!ですね(笑)日本史はどっちかというと苦手なのですが、生物、故事成語、世界地理などは比較的得意なのでそれらが回ってくるのを心待ちにしています。
そして日本からDVDが届くのはちょっと時間がかかったり、時間が空いたりするので再放送もがんがんしてます。Qさまや平成教育なんかだと3回くらいみちゃいますね。
ちなみに、これからの目標は平成教育学院の「マス北野の算数」をちゃんとまじめに解いてみる努力をすること」です(笑)
そして最近母とテレビ電話で世界史について盛り上がっていたのですが、自分は世界史が比較的強いけれど、実際知らないことがいっぱいあって、個々の年表が繋がらない(たとえば一つの国でなにかが起こっているとき別の国でなにが起こっているか、とか)ので、そこをちょっとなんとかしたいな~と思いまして。
で、平凡社の「カラー世界史百科」を最初から片っ端から読むことにしました。
それでも限界はありますが、でも年表と図を読むことで、興味があるエリアを探し、絞って後々詳しく読んで行けたらな~と思ってます。
あくまで印象ですが日本の授業だと世界史はあんまり面白くないだろうな~と思うのです。だからやっぱりこじんまりしてわかりやすい日本史が圧倒的人気なのかなーと。
オーストラリアは自国の歴史というものが大変小さいので授業でも世界史が大半を占めています。高校3年でみっちりやったロシア&辛亥革命の歴史の一コマとしてのおもしろさ、高校2年でプロジェクトをやった強制収容所のプレゼン、興味を持って小説を読みまくった古代中国史、そして大学でもたくさんやった音楽史・・・
日本史にはない文化や価値観の衝突や交流などがたまらなく魅力的です♪
世界史は学ぶには大きすぎるようだけれどどこをとっても面白いので、なんとか工夫して学んでいきたいです。
一日に上のどのエリアからでも最低でも一つ何かを学んだり覚えたりしていくことが当面の目標。
できれば「仕事の勉強とは別で」一つ何かを学んだりしたいなあ~と思っています。
実は世界史は次読むページは騎馬民族。これは個人的興味とともに創作にも参考する予定なので楽しみたいです♪
今日の一曲: リゲティ・ジェルジュ ピアノのための練習曲 第11番「En Suspens」
妹に楽譜を大学で借りてもらって今日初見で弾きました!
結構何年か前に一聞き惚れだった曲で、リゲティの練習曲のなかでは結構易しい方です。
そのタイトルが示すように(といってもぼんやりとしか意味が分からないのですが、Suspendという英語の言葉と同じ語源のフランス語っぽいです)不安定でふわふわした曲想がなんといっても好きです。
楽譜を見ると、右手の調と左の調が違うのがまず見て取れます。
これ、途中で反対になるんですけど、算数だと1+2は2+1と同じなのに、音楽は1+2と2+1が耳にずいぶん違って聞こえます。ちゃんとキーチェンジして聞こえますもの。
でもこの二つの調が共生しているがためのこの不安定さ。調性的にもかなりグレーゾーンです。
そしてそのグレーゾーンのなかで揺れるようなリズム。これもまた左と右で違うビートにより動いていて。
けだるくて、ふわふわしていて。
そしてそのけだるさに心地良いグリッサンドが流れたり。
リゲティの音楽はその細胞の、メカニックの一つ一つまで愛すべきエレメントにあふれています。
彼は多分クラシック音楽史上一番「理系」の音楽をかく作曲家で、テクニックの難しさが目立ちますが、そんななかこの曲は繊細な彼の音楽のメカニックがsubtleに生きるのを聴くことができます。
弾くにも聴くにも大のおすすめですよ♪
・・・というか自分のありあまる好奇心を「知る」ということで満たそうとしながら追いつかなくて持てあましているんです。昔も今も。
どうがんばっても自分が学ぶスピードは自分の好奇心に一生追いつかないのは自覚していますが、でもそれをなんとかできるだけ満たす行為がなんともいえなく好きなんです。
もちろん今の仕事の分野は入りたてですので本当に勉強することがいっぱいあります。
なんというか、「日本語を学ぶ」ことにかなり労力を費やしているような気がします(笑)
基本的な医学全般のことをざーっと覚えるだけでも大変。
でも何でも面白く思えます。今のところ内分泌系や神経系のことを読んでいるのが特に興味深いです。なんというか、身体の働きのなかでかなりメカニカルなのが面白いらしいです(笑)
あとは創作のために勉強もします。
調べ物はもういつもの事ですし、あと精神医学の知識の多くも創作のための勉強によって身につけたりもしてます。
そのストーリーはそこら辺経験ないこともリアリティが出したい!と思っていて。今はちょっぴりそこまでハードな勉強は中断した形になってますが、まだまだできることはある!と感じて静かに燃えてます(笑)
あとは日本のTVのクイズとかでも勉強ですね。
Qさまでは特に分からない問題があると悔しいです(笑)
漢字問題だと1から10のうち8と10、とかが分からなかったりします。なんにせよ分からなかったものは覚えよう!と意気込んでます。
スピード漢字のときは妹と一緒にScrap paperにTVに合わせて問題をやったりしますし、複数答えがあるクイズ(例:タイムショックの「12アンサーズ」、ヘキサゴンで昔やってた「PKクイズ」など)は一旦DVDを止めてどれだけ答えを思いつけるか妹と競ったりします。
クイズにでてるタレントさんで好きな人も多いんですけど、でも一番楽しい&嬉しいのは自分が正解したとき!ですね(笑)日本史はどっちかというと苦手なのですが、生物、故事成語、世界地理などは比較的得意なのでそれらが回ってくるのを心待ちにしています。
そして日本からDVDが届くのはちょっと時間がかかったり、時間が空いたりするので再放送もがんがんしてます。Qさまや平成教育なんかだと3回くらいみちゃいますね。
ちなみに、これからの目標は平成教育学院の「マス北野の算数」をちゃんとまじめに解いてみる努力をすること」です(笑)
そして最近母とテレビ電話で世界史について盛り上がっていたのですが、自分は世界史が比較的強いけれど、実際知らないことがいっぱいあって、個々の年表が繋がらない(たとえば一つの国でなにかが起こっているとき別の国でなにが起こっているか、とか)ので、そこをちょっとなんとかしたいな~と思いまして。
で、平凡社の「カラー世界史百科」を最初から片っ端から読むことにしました。
それでも限界はありますが、でも年表と図を読むことで、興味があるエリアを探し、絞って後々詳しく読んで行けたらな~と思ってます。
あくまで印象ですが日本の授業だと世界史はあんまり面白くないだろうな~と思うのです。だからやっぱりこじんまりしてわかりやすい日本史が圧倒的人気なのかなーと。
オーストラリアは自国の歴史というものが大変小さいので授業でも世界史が大半を占めています。高校3年でみっちりやったロシア&辛亥革命の歴史の一コマとしてのおもしろさ、高校2年でプロジェクトをやった強制収容所のプレゼン、興味を持って小説を読みまくった古代中国史、そして大学でもたくさんやった音楽史・・・
日本史にはない文化や価値観の衝突や交流などがたまらなく魅力的です♪
世界史は学ぶには大きすぎるようだけれどどこをとっても面白いので、なんとか工夫して学んでいきたいです。
一日に上のどのエリアからでも最低でも一つ何かを学んだり覚えたりしていくことが当面の目標。
できれば「仕事の勉強とは別で」一つ何かを学んだりしたいなあ~と思っています。
実は世界史は次読むページは騎馬民族。これは個人的興味とともに創作にも参考する予定なので楽しみたいです♪
今日の一曲: リゲティ・ジェルジュ ピアノのための練習曲 第11番「En Suspens」
妹に楽譜を大学で借りてもらって今日初見で弾きました!
結構何年か前に一聞き惚れだった曲で、リゲティの練習曲のなかでは結構易しい方です。
そのタイトルが示すように(といってもぼんやりとしか意味が分からないのですが、Suspendという英語の言葉と同じ語源のフランス語っぽいです)不安定でふわふわした曲想がなんといっても好きです。
楽譜を見ると、右手の調と左の調が違うのがまず見て取れます。
これ、途中で反対になるんですけど、算数だと1+2は2+1と同じなのに、音楽は1+2と2+1が耳にずいぶん違って聞こえます。ちゃんとキーチェンジして聞こえますもの。
でもこの二つの調が共生しているがためのこの不安定さ。調性的にもかなりグレーゾーンです。
そしてそのグレーゾーンのなかで揺れるようなリズム。これもまた左と右で違うビートにより動いていて。
けだるくて、ふわふわしていて。
そしてそのけだるさに心地良いグリッサンドが流れたり。
リゲティの音楽はその細胞の、メカニックの一つ一つまで愛すべきエレメントにあふれています。
彼は多分クラシック音楽史上一番「理系」の音楽をかく作曲家で、テクニックの難しさが目立ちますが、そんななかこの曲は繊細な彼の音楽のメカニックがsubtleに生きるのを聴くことができます。
弾くにも聴くにも大のおすすめですよ♪
今日はもうどうでもいいことを話したいと思います。
人の好みはさまざま、たでを食う虫も好き好き、なんやらかんやらいいますが。
(ちなみにあの毒の強いキョウチクトウを食草としてる虫もいるんですよ!やっぱり競争を避けてそういった草を食べるように進化したんでしょうか・・・おっと、話がそれました。)
音楽やなんかの好みはちょっぴりマニアックかな?マニアックでありたいって気持ちもあり?なんですが、人、ことに異性に関しての好みは先述の虫たちほどは変わっていません。
それはもう単純明快。
ずばり「年上好き」です。
女子校にいたのもありますが、なんといっても父親に対して反抗期らしい反抗期がなかったことが大きな要因となっています。父はこっちにいるときも結構出張が多くて(海外出張大好き人間なのです(笑))あんまり接してなかった、という経緯がありまして。
いまでも私たち姉妹は母のことは「お母さん」と呼びますが父のことは「パパ」と呼んでいます。これはまあ・・・なんというか、あの人は「パパ」という名前なんだ、との認識らしく。
そういうことがあって、どっちかというと「年上好き」には「ファザコン」的なフレーバーがあったりですね・・・(苦笑)
実際妹も大きく年上(3歳上の私よりもまだ何年か年上ですからね)の男性と付き合ってますし、ファザコン説はもう確立だと思います。
(ちなみに関係ありませんが親友も結構年上の男性と付き合ってます。ただ精神年齢はすっかり少年。)
あと友達に言われたのは私が兄弟(姉妹、ですね)の一番上だからやっぱり年下よりは年上の、お兄さんのように頼れる存在を求めてるんじゃないだろうか、という説も・・・
いわずもがな図星です(笑)
思春期真っ盛りから例えば同じ学生よりは先生の方に惹かれたりしていて。
今でもいわゆる「ときめき」を覚えるのは例えば親世代、またはそれよりちょっと下・・・くらいで。
その傾向に気づいたのは案外最近なんですけど(汗)
でも例えば音楽の話で本当に深く盛り上がれる人、といったら自慢じゃありませんけど知識の量は年上の人でないと私が驚くようなことを次から次に知っている、という人はなかなかいませんし。
音楽に限らず、一緒に居るなら話も尽きない、一緒に心地良い時間を過ごすならやっぱり尊敬できる人、と思いますし・・・
あとやっぱり追われるよりは追うほうがいい性質らしいので、なんらかの意味で自分のライバルである、または自分が後ろ姿をずっと追っていける人が理想かな・・・とか最近思ってます。
ここに書いたことはあくまでも全般的な傾向なのであしからず。
結構なにかと(何でもそうですが)好みにはうるさいので・・・(笑)
以上どうでもいい話でした。
どうでもいいけれど、自分の好みがどうしてそうなったか、どんな傾向にあるか、そういう心理を自分なりに分析してみるのもなかなか面白いです。私には。ブログでやってなんだかごめんなさいですけど。
今日はアウトプットに向いてきてるので、そろそろ創作が進むかな?
また新しいストーリーのアイディアが始まってしまったのですが・・・今書いている方も気を抜かないで進めたいと思います。
今日の一曲: アルノルト・シェーンベルク 「月に憑かれたピエロ」
こないだ15ドルで買ったCDを今日改めて聴きました!
なんだか・・・もうクラムとかケージとかそういうものもいっぱい聴いていますが世界が広がりますね!
元のアルベール・ジローの詩の雰囲気もものすごく好きなのですが(録音がないもんだから詩ばっかり読んでたんですよ)、この音楽の何ともいえない・・・どこかが「外れた」ような、夢の中で見るような夜の町を奇妙に散策するような曲調が好きです。
そしてさすがシェーンベルクですね。バイオリン、ビオラ、フルートファミリー、クラリネットファミリー、ピアノと声をそれぞれ1人ずつという限られた、しかもこれだけじゃなかなか物足りないんじゃないかと思うような楽器の組み合わせでこれだけ表現できるのかーと感動ないし感心しました。
あとなんといっても声の使い方がとっても魅力的。
声一つでこんなにも広い世界が、Surrealな世界が豊かに広く表現できるのかと思うほど不意をつかれました。
クラムの声の使い方もこういうところに源があるんだろうなあ・・・
今日はまだ一回聴いただけですが、シェーンベルクの音楽は好きながらもまだ自分に近しくするには努力が必要なので、この曲を筆頭にそこのところを精進していきたいと思います♪
人の好みはさまざま、たでを食う虫も好き好き、なんやらかんやらいいますが。
(ちなみにあの毒の強いキョウチクトウを食草としてる虫もいるんですよ!やっぱり競争を避けてそういった草を食べるように進化したんでしょうか・・・おっと、話がそれました。)
音楽やなんかの好みはちょっぴりマニアックかな?マニアックでありたいって気持ちもあり?なんですが、人、ことに異性に関しての好みは先述の虫たちほどは変わっていません。
それはもう単純明快。
ずばり「年上好き」です。
女子校にいたのもありますが、なんといっても父親に対して反抗期らしい反抗期がなかったことが大きな要因となっています。父はこっちにいるときも結構出張が多くて(海外出張大好き人間なのです(笑))あんまり接してなかった、という経緯がありまして。
いまでも私たち姉妹は母のことは「お母さん」と呼びますが父のことは「パパ」と呼んでいます。これはまあ・・・なんというか、あの人は「パパ」という名前なんだ、との認識らしく。
そういうことがあって、どっちかというと「年上好き」には「ファザコン」的なフレーバーがあったりですね・・・(苦笑)
実際妹も大きく年上(3歳上の私よりもまだ何年か年上ですからね)の男性と付き合ってますし、ファザコン説はもう確立だと思います。
(ちなみに関係ありませんが親友も結構年上の男性と付き合ってます。ただ精神年齢はすっかり少年。)
あと友達に言われたのは私が兄弟(姉妹、ですね)の一番上だからやっぱり年下よりは年上の、お兄さんのように頼れる存在を求めてるんじゃないだろうか、という説も・・・
いわずもがな図星です(笑)
思春期真っ盛りから例えば同じ学生よりは先生の方に惹かれたりしていて。
今でもいわゆる「ときめき」を覚えるのは例えば親世代、またはそれよりちょっと下・・・くらいで。
その傾向に気づいたのは案外最近なんですけど(汗)
でも例えば音楽の話で本当に深く盛り上がれる人、といったら自慢じゃありませんけど知識の量は年上の人でないと私が驚くようなことを次から次に知っている、という人はなかなかいませんし。
音楽に限らず、一緒に居るなら話も尽きない、一緒に心地良い時間を過ごすならやっぱり尊敬できる人、と思いますし・・・
あとやっぱり追われるよりは追うほうがいい性質らしいので、なんらかの意味で自分のライバルである、または自分が後ろ姿をずっと追っていける人が理想かな・・・とか最近思ってます。
ここに書いたことはあくまでも全般的な傾向なのであしからず。
結構なにかと(何でもそうですが)好みにはうるさいので・・・(笑)
以上どうでもいい話でした。
どうでもいいけれど、自分の好みがどうしてそうなったか、どんな傾向にあるか、そういう心理を自分なりに分析してみるのもなかなか面白いです。私には。ブログでやってなんだかごめんなさいですけど。
今日はアウトプットに向いてきてるので、そろそろ創作が進むかな?
また新しいストーリーのアイディアが始まってしまったのですが・・・今書いている方も気を抜かないで進めたいと思います。
今日の一曲: アルノルト・シェーンベルク 「月に憑かれたピエロ」
こないだ15ドルで買ったCDを今日改めて聴きました!
なんだか・・・もうクラムとかケージとかそういうものもいっぱい聴いていますが世界が広がりますね!
元のアルベール・ジローの詩の雰囲気もものすごく好きなのですが(録音がないもんだから詩ばっかり読んでたんですよ)、この音楽の何ともいえない・・・どこかが「外れた」ような、夢の中で見るような夜の町を奇妙に散策するような曲調が好きです。
そしてさすがシェーンベルクですね。バイオリン、ビオラ、フルートファミリー、クラリネットファミリー、ピアノと声をそれぞれ1人ずつという限られた、しかもこれだけじゃなかなか物足りないんじゃないかと思うような楽器の組み合わせでこれだけ表現できるのかーと感動ないし感心しました。
あとなんといっても声の使い方がとっても魅力的。
声一つでこんなにも広い世界が、Surrealな世界が豊かに広く表現できるのかと思うほど不意をつかれました。
クラムの声の使い方もこういうところに源があるんだろうなあ・・・
今日はまだ一回聴いただけですが、シェーンベルクの音楽は好きながらもまだ自分に近しくするには努力が必要なので、この曲を筆頭にそこのところを精進していきたいと思います♪
今日はピアノの練習で多少後退したなあ~とちょっぴり悔しく思うことがありました。
大学のときと比べちゃいけないのは重々承知なんですけどね。
でもやっぱり今になって「あのころの自分はどういうピアニストだったんだろう」と考えることで、このいわゆるピアノ弾きとしてのニューステージをどう進んでいくか、ということが見えてくるような気がしないでもないのでちょっと今日はそこらへんを考えてみたいと思います。
自分のピアニストとしての大きな弱点はまとめると2つあったと思います。
1つはテクニックの弱さ、もう1つはレパートリーに関してたいてい好きなものしか弾かなかったことです。
どちらも今も健在なのですが・・・
それはどちらもやっぱりピアニストとしての態度に問題があったのかなあと。表現することにはまじめだけれど「ピアノを弾く」ということに対しては不真面目ですから・・・うーん・・・
レパートリーは偏食・・・というのはもはやピアニストならではの贅沢ですね。
手の小ささですでにある程度弾けるレパートリーが狭まってるのにそれでもまだつべこべ言ってもまだ一生かかっても弾ききれないほどの曲があるのでそれに若干甘えちゃってるようなところがある私です。
音楽を知れば知るほど、弾きたい曲も増えるわけで、そんなにたくさん弾きたいものがあるとテクニックのためメインに曲を弾くことに時間を費やしたくなくなるんですよ。人生短し、表現したいことは無限なので。で、
・・・という言い訳なのです。
それが自分の進む道だ、と思ってたわけではないのですがとにかく曲を弾きたい!という思いが強すぎていろんなものをないがしろにしてきたことはうすうす気づいていましたが・・・
やっぱり大学も4年間だけ、ということであえて見ない振りをしてやってきちゃったわけです。
反対に自分のピアニストとしての強みはどこか、というと・・・
どうしても「ピアニストとして」ではなくて「音楽家としての」強みになってしまうのですが、なによりもまず「音楽的なカンの良さ」だと思います。
これに関しては本当に自分の中で自慢できる少ない一つなんですが・・・ただ「勘がいい」イコール「センスがいい」というわけではないのであしからず。
「勘の良さ」を説明するのは難しいのですが、とにかく自分はオーケストラでは特にずっとカンに頼って弾いてたような印象を受けます。
例えば休みの小節を数えなくていいとか(元々周りの楽器のやってることを聴いて判断してるのですが)、リズムは考えなくてもいい、感じることができるとか・・・そういうことをみんなひっくるめてカンと言わせてもらいます。
この勘の良さのおかげでオーケストラで弾く時はほとんど技術面以外で苦労をしたことはありません・・・が!ただバルトークの音楽だけは本当に躍起になって「こりゃいかん」と思いました。
そこで初めて「音楽的なカン」の存在に気づいた覚えがあります。
ただやっぱり勘の良さというのは自分のピアニストとしての能力にはかなり強みとなってくれて。
それはなんといってもオケピアニストとしての活動にものをいいました。
チェリストとしてオケで弾いた経験もそうですが、そこらへんの能力も一役買ってたのでは?と思います。
オケでの活動と、オケピアニストの特殊なところはまた別の機会に(本当は書きたかったのですがすでにここまでの文をみてこんなぐだぐだではいけないと思いましたので・・・すみません)
ピアノを弾くことが今自分にとってなんなのか、それさえも分からないのですが。
とりあえずピアノを弾きたいと思う以上、それによって表現したいと思う以上はやっぱり練習も、そしてピアニストとしての自分磨き、自分の表現を磨くこと、そしてそれを全部楽しむことを続けていきたいと思います。
ほんっとぐだぐだな文で本当にごめんなさい!磨くべきことはここにもありましたね・・・(汗)
今日の一曲: エンリケ・グラナドス 「ゴイェスカス」より「エピローグ」
今日はクラシック以外にしようかな~と思ったんですけどまた別の日に。
リアルでは特にロマンチックとは言えない私ですが(少なくとも表では)、音楽や小説ではロマンチックも気分によっては全然行けます。
この「ゴイェスカス」もそんなロマンチックな音楽の一つ。ジャンルは情熱と悲恋です。
前も言いましたが最終楽章から紹介するのはどうかなあ・・・と思いながら今回はエピローグを紹介させてもらいます。
ざっくりあらすじを。
マホとマハは恋人同士。二人は毎晩(?)愛を語り合う仲なのだけど、マホが決闘で殺され、死が二人の仲を引き裂いてしまう。悲しむマハの前にマホの亡霊が現れ、二人は歌い踊るけれど、朝を告げる鐘が鳴り、マホはギターを奏でながら消えてしまう。
これはスペイン人によるスペイン音楽なのですが(結構多くのスペイン音楽がフランス人によって書かれてます。例えばビゼーのカルメンとか)、スペイン音楽ってそこまで派手でもないんだなーという印象を受けますね。
でもやっぱり情熱的なことには変わりませんし、独特の土臭さもまたやみつきにないます。
なによりもやっぱりロマンスを求めるならこの曲はある意味最高のものを与えてくれると思います。
例えばこの曲集の前の楽章で使われたマホとマハの愛を表すテーマの展開(まるでお互い触れられないですれ違うようでまたきゅんとします!)もまたその効果を増幅しますし、個人的なツボは最後の最後で朝の鐘が鳴り、マホが消えるときに弾き手を失ったギターの開放弦が鳴るところですかね。あれはもう切なすぎて。
今日はこの楽章を薦めさせてもらいましたが、とりあえず最初から最後までまずは聴くことをおすすめします。
他の楽章(とくに「灯火のファンダンゴ」、「愛と死」)も名曲ですよ♪
そして願わくは他の楽章を紹介するときには文がもう少しまともになっていますように・・・(汗)
大学のときと比べちゃいけないのは重々承知なんですけどね。
でもやっぱり今になって「あのころの自分はどういうピアニストだったんだろう」と考えることで、このいわゆるピアノ弾きとしてのニューステージをどう進んでいくか、ということが見えてくるような気がしないでもないのでちょっと今日はそこらへんを考えてみたいと思います。
自分のピアニストとしての大きな弱点はまとめると2つあったと思います。
1つはテクニックの弱さ、もう1つはレパートリーに関してたいてい好きなものしか弾かなかったことです。
どちらも今も健在なのですが・・・
それはどちらもやっぱりピアニストとしての態度に問題があったのかなあと。表現することにはまじめだけれど「ピアノを弾く」ということに対しては不真面目ですから・・・うーん・・・
レパートリーは偏食・・・というのはもはやピアニストならではの贅沢ですね。
手の小ささですでにある程度弾けるレパートリーが狭まってるのにそれでもまだつべこべ言ってもまだ一生かかっても弾ききれないほどの曲があるのでそれに若干甘えちゃってるようなところがある私です。
音楽を知れば知るほど、弾きたい曲も増えるわけで、そんなにたくさん弾きたいものがあるとテクニックのためメインに曲を弾くことに時間を費やしたくなくなるんですよ。人生短し、表現したいことは無限なので。で、
・・・という言い訳なのです。
それが自分の進む道だ、と思ってたわけではないのですがとにかく曲を弾きたい!という思いが強すぎていろんなものをないがしろにしてきたことはうすうす気づいていましたが・・・
やっぱり大学も4年間だけ、ということであえて見ない振りをしてやってきちゃったわけです。
反対に自分のピアニストとしての強みはどこか、というと・・・
どうしても「ピアニストとして」ではなくて「音楽家としての」強みになってしまうのですが、なによりもまず「音楽的なカンの良さ」だと思います。
これに関しては本当に自分の中で自慢できる少ない一つなんですが・・・ただ「勘がいい」イコール「センスがいい」というわけではないのであしからず。
「勘の良さ」を説明するのは難しいのですが、とにかく自分はオーケストラでは特にずっとカンに頼って弾いてたような印象を受けます。
例えば休みの小節を数えなくていいとか(元々周りの楽器のやってることを聴いて判断してるのですが)、リズムは考えなくてもいい、感じることができるとか・・・そういうことをみんなひっくるめてカンと言わせてもらいます。
この勘の良さのおかげでオーケストラで弾く時はほとんど技術面以外で苦労をしたことはありません・・・が!ただバルトークの音楽だけは本当に躍起になって「こりゃいかん」と思いました。
そこで初めて「音楽的なカン」の存在に気づいた覚えがあります。
ただやっぱり勘の良さというのは自分のピアニストとしての能力にはかなり強みとなってくれて。
それはなんといってもオケピアニストとしての活動にものをいいました。
チェリストとしてオケで弾いた経験もそうですが、そこらへんの能力も一役買ってたのでは?と思います。
オケでの活動と、オケピアニストの特殊なところはまた別の機会に(本当は書きたかったのですがすでにここまでの文をみてこんなぐだぐだではいけないと思いましたので・・・すみません)
ピアノを弾くことが今自分にとってなんなのか、それさえも分からないのですが。
とりあえずピアノを弾きたいと思う以上、それによって表現したいと思う以上はやっぱり練習も、そしてピアニストとしての自分磨き、自分の表現を磨くこと、そしてそれを全部楽しむことを続けていきたいと思います。
ほんっとぐだぐだな文で本当にごめんなさい!磨くべきことはここにもありましたね・・・(汗)
今日の一曲: エンリケ・グラナドス 「ゴイェスカス」より「エピローグ」
今日はクラシック以外にしようかな~と思ったんですけどまた別の日に。
リアルでは特にロマンチックとは言えない私ですが(少なくとも表では)、音楽や小説ではロマンチックも気分によっては全然行けます。
この「ゴイェスカス」もそんなロマンチックな音楽の一つ。ジャンルは情熱と悲恋です。
前も言いましたが最終楽章から紹介するのはどうかなあ・・・と思いながら今回はエピローグを紹介させてもらいます。
ざっくりあらすじを。
マホとマハは恋人同士。二人は毎晩(?)愛を語り合う仲なのだけど、マホが決闘で殺され、死が二人の仲を引き裂いてしまう。悲しむマハの前にマホの亡霊が現れ、二人は歌い踊るけれど、朝を告げる鐘が鳴り、マホはギターを奏でながら消えてしまう。
これはスペイン人によるスペイン音楽なのですが(結構多くのスペイン音楽がフランス人によって書かれてます。例えばビゼーのカルメンとか)、スペイン音楽ってそこまで派手でもないんだなーという印象を受けますね。
でもやっぱり情熱的なことには変わりませんし、独特の土臭さもまたやみつきにないます。
なによりもやっぱりロマンスを求めるならこの曲はある意味最高のものを与えてくれると思います。
例えばこの曲集の前の楽章で使われたマホとマハの愛を表すテーマの展開(まるでお互い触れられないですれ違うようでまたきゅんとします!)もまたその効果を増幅しますし、個人的なツボは最後の最後で朝の鐘が鳴り、マホが消えるときに弾き手を失ったギターの開放弦が鳴るところですかね。あれはもう切なすぎて。
今日はこの楽章を薦めさせてもらいましたが、とりあえず最初から最後までまずは聴くことをおすすめします。
他の楽章(とくに「灯火のファンダンゴ」、「愛と死」)も名曲ですよ♪
そして願わくは他の楽章を紹介するときには文がもう少しまともになっていますように・・・(汗)
