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昨日の怪我の話の続き・・・なようなそうでないような。
どんなに健康にしていても(私の場合そういうケースではないのですが)お医者さんにお世話になることはちょくちょくあります。
日本の医療というものはほとんど覚えていないんですけど(鬱になったのはこっちに来てから少したったときのことだったので)、こちらではいろいろとオーストラリアの医療制度というものにたびたび救われてきました。
今こうやって自分でいろいろと管理する身になって冷静に見てみるとなかなか面白いんですよね。
保険制度は医療事務のコースで少しやったんですけど、国の保険(オーストラリア人+永住者加入)Medicareがあって、それで入院費・外来・薬がある程度カバーされて、プラス他の保険で残りをカバーしたり・・・となってますが復習なしで詳しく語るのはいけないので先に復習させてください(汗)
こっちで具合が悪くなるとまずかかりつけの一般開業医、GPに行きます。(目、歯以外・・・だったかな)
口コミで聞いたり、電話帳で近くの開業医を探したりして予約をとり、かかりつけのお医者さんを決めます。かかりつけのお医者さんは変えることもできます。実際私は自分のGPと都合のいい時間にアポがとれなかったり、産休だったりして最近同じクリニックの別のお医者さんに診てもらったりもしてます。
で、GPでとりあえず診てもらってそこで問題がわかって薬で治るようだったら薬を処方してもらい(→薬局で薬を買い)、そうでなければ専門医へ照会状を書いてもらい、専門医のところに行ったりします。
メンタル的なこともまずGPに行った覚えがあります。
そこでPsychologist(臨床心理士)への照会状を書いてもらい。Psychologistにて診断を受け、カウンセリング・心理療法を受けた後、もっと生物学的な内因があってさらなる診断および薬による治療が必要だと判断されたらPsychiatrist,つまり精神医への照会を書いてもらい、そこで初めて薬による治療の可能性を探っていきます。
まずは心因的な治療を、という方針ですね。たとえ生物学的な内因があったとしてもそれを食い止める治療は心理療法で可能ということもありますし、それに家族療法などで周りの環境を整えることもあります。
いきなり精神医にかかりつけになって薬による治療、というよりは本人にも周りにとってもワンクッションとなりますし。
まずGPに、というのも精神疾患に関して助けを求めるのに敷居が高くなくていいのかもしれませんし。
さて、病院ですが、これは基本的に緊急時、または入院時のためのものです。病院にいったといったらたいていおおごとなイメージです。
Public Hospitalでの入院費は保険でカバーされていますが、待ち時間が生じる場合があり。
Private Hospitalでの入院費は保険でカバーされない場合も多いですが、待ち時間は少ないです。それに個室というオプションもあったり。
例えば昨日の手を切った怪我の場合のように夜GPのクリニックが開いていない場合は病院の救急外来に行ったりもします。
私が入院した精神病院はPrivate Hospitalで、基本的には精神疾患はPrivate Hospitalの方がいろいろといいらしいです。ECT治療はあそこの病院を含む少数の病院でしか受けられませんし、確かあそこの病院のみ外来でECTが受けれるんだとか。
ちなみに私の精神医がその病院をベースとしているので(結構えらいポジションだとか・・・若いんですけどすごい人です。)それで入院はそこ、と半自動的に決まってます。いい治療を受けれるから満足。
これは医療全般にいえることなんですけど、セカンド;オピニオンのシステムもこっちはしっかりしてますね。
うちの(?)精神病院はたくさん精神医がそろっていてネットワークがすごいので別のお医者さんの意見も聞いてみよう、と自発的に、またはお医者さんがそういってセカンド・オピニオンにつながることも多いです。
精神医療、についてはこれもまた復習やいろいろ思い出すことが必要な上、気をつけないと入院生活で楽しかったことの話になってしまうので(苦笑)また今度じっくり取り組みたいです。
さて、先ほどの薬の処方のことですが、だいたいお医者さんとアポをとって処方箋を書いてもらうことが基本ですが、たまに!緊急時には(つまり薬がなくなってしまった!というときなど)電話でその旨を伝えてお医者さんと直接話し、処方箋を送ってもらう、ということも・・・あったりします。(たまに忘れるんです。最近アポとアポの間の期間が長いので)
それにしてもGPってやっぱりすごいです。
まずはみんなの窓口なのでいろんな疾患やその対応についてひととおり知ってなくちゃいけませんから。
ちなみにメルボルン大学の医学コースでは専攻として例えば精神医学、歯科学、外科、そしてGP専攻もあります。やっぱり一番需要高いですしね。私の友達が一人GP専攻してます。
自分はオーストラリアの医療制度を高く評価しています。保険からメンタルヘルスケア、そしてGP制度まで。
ただここで話したことはだいたい都市部のことで、地方にはまだまだ行き届いていないというのが現実です。医師不足の問題は都心部では目立ちませんが地方ではかなり絶望的だったり。
だから医学部ではローテーションの一部として地方の病院で働いたりすることもやっていますね。
それで思い出しましたが数年前そのGP専攻の友達が私たちのすんでる近くの、というか病院としては一番近くのところの分娩室で研修を一年することになって、「妊娠するなとは言わないけど産むときは別の病院にして!」と言ってました(笑)たしかに気まずいですよね。
健康に越したことはありませんが、テタニーの予防接種も今年~来年中に済ませなくちゃいけませんし、いろいろ他にもあったりなかったりするので恵まれた医療制度の恩恵を賢く受けていきたいと思います。
精神医療・・・はどうしましょう。とりあえず今話したいことは:
1)病院での治療プログラム
2)ECT治療
3)精神医という人たちについて
・・・などですが。
別に全然プロフェッショナルじゃないですけど一応経験者として素人なりにたくさんのことを適切に伝えたいと思っています。
そしていつか素人から一歩踏み出すことを願って。
今日の一曲: 日本民謡 「知覧節」
ヨーヨー・マのチェロと打楽器アンサンブルによるアレンジの「知覧節」です。
ヨーヨー・マはクラシックでもかなり高レベルの奏者で、室内楽なんかでも彼のすばらしさは見られますが、さまざまな民俗音楽をも得意としています。
変にクラシック化しすぎない(と私は思うんですが)彼の演奏スタイルが好きです。
このCDには「さくら」や「ずいずいずっころばし」などのオリジナルアレンジが入っていて、そのなかでこの「知覧節」は一番最後に入っています。
知覧節は九州は鹿児島の民謡。
元を知らないのでどれくらい原型が残っているのか私にはわかりませんが、他の曲から察するにメロディーはそのまま残っているのではないかと。
日本の音楽ってどのジャンルにしてもメロディーにずいぶん重きを置いている気がしますね。西洋音楽と比べてもそれは顕著だと私は思います。
特にオーストラリアの音楽はクラシックも民族音楽もものすごくリズム中心で。
知覧節はそんなメロディーに日本独特の艶があるような気がします。
チェロの音もなんとなくマッチして。
ヨーヨー・マならではの文化適応だと思います。
日本生まれとはいえあくまでも外国人としての私からみた意見なので日本の方がこのCDを聞いてどう思うかまったくわかりませんが、日本民謡の1つの形として日本の方にこれを聞いてもらうことを願っています。
どんなに健康にしていても(私の場合そういうケースではないのですが)お医者さんにお世話になることはちょくちょくあります。
日本の医療というものはほとんど覚えていないんですけど(鬱になったのはこっちに来てから少したったときのことだったので)、こちらではいろいろとオーストラリアの医療制度というものにたびたび救われてきました。
今こうやって自分でいろいろと管理する身になって冷静に見てみるとなかなか面白いんですよね。
保険制度は医療事務のコースで少しやったんですけど、国の保険(オーストラリア人+永住者加入)Medicareがあって、それで入院費・外来・薬がある程度カバーされて、プラス他の保険で残りをカバーしたり・・・となってますが復習なしで詳しく語るのはいけないので先に復習させてください(汗)
こっちで具合が悪くなるとまずかかりつけの一般開業医、GPに行きます。(目、歯以外・・・だったかな)
口コミで聞いたり、電話帳で近くの開業医を探したりして予約をとり、かかりつけのお医者さんを決めます。かかりつけのお医者さんは変えることもできます。実際私は自分のGPと都合のいい時間にアポがとれなかったり、産休だったりして最近同じクリニックの別のお医者さんに診てもらったりもしてます。
で、GPでとりあえず診てもらってそこで問題がわかって薬で治るようだったら薬を処方してもらい(→薬局で薬を買い)、そうでなければ専門医へ照会状を書いてもらい、専門医のところに行ったりします。
メンタル的なこともまずGPに行った覚えがあります。
そこでPsychologist(臨床心理士)への照会状を書いてもらい。Psychologistにて診断を受け、カウンセリング・心理療法を受けた後、もっと生物学的な内因があってさらなる診断および薬による治療が必要だと判断されたらPsychiatrist,つまり精神医への照会を書いてもらい、そこで初めて薬による治療の可能性を探っていきます。
まずは心因的な治療を、という方針ですね。たとえ生物学的な内因があったとしてもそれを食い止める治療は心理療法で可能ということもありますし、それに家族療法などで周りの環境を整えることもあります。
いきなり精神医にかかりつけになって薬による治療、というよりは本人にも周りにとってもワンクッションとなりますし。
まずGPに、というのも精神疾患に関して助けを求めるのに敷居が高くなくていいのかもしれませんし。
さて、病院ですが、これは基本的に緊急時、または入院時のためのものです。病院にいったといったらたいていおおごとなイメージです。
Public Hospitalでの入院費は保険でカバーされていますが、待ち時間が生じる場合があり。
Private Hospitalでの入院費は保険でカバーされない場合も多いですが、待ち時間は少ないです。それに個室というオプションもあったり。
例えば昨日の手を切った怪我の場合のように夜GPのクリニックが開いていない場合は病院の救急外来に行ったりもします。
私が入院した精神病院はPrivate Hospitalで、基本的には精神疾患はPrivate Hospitalの方がいろいろといいらしいです。ECT治療はあそこの病院を含む少数の病院でしか受けられませんし、確かあそこの病院のみ外来でECTが受けれるんだとか。
ちなみに私の精神医がその病院をベースとしているので(結構えらいポジションだとか・・・若いんですけどすごい人です。)それで入院はそこ、と半自動的に決まってます。いい治療を受けれるから満足。
これは医療全般にいえることなんですけど、セカンド;オピニオンのシステムもこっちはしっかりしてますね。
うちの(?)精神病院はたくさん精神医がそろっていてネットワークがすごいので別のお医者さんの意見も聞いてみよう、と自発的に、またはお医者さんがそういってセカンド・オピニオンにつながることも多いです。
精神医療、についてはこれもまた復習やいろいろ思い出すことが必要な上、気をつけないと入院生活で楽しかったことの話になってしまうので(苦笑)また今度じっくり取り組みたいです。
さて、先ほどの薬の処方のことですが、だいたいお医者さんとアポをとって処方箋を書いてもらうことが基本ですが、たまに!緊急時には(つまり薬がなくなってしまった!というときなど)電話でその旨を伝えてお医者さんと直接話し、処方箋を送ってもらう、ということも・・・あったりします。(たまに忘れるんです。最近アポとアポの間の期間が長いので)
それにしてもGPってやっぱりすごいです。
まずはみんなの窓口なのでいろんな疾患やその対応についてひととおり知ってなくちゃいけませんから。
ちなみにメルボルン大学の医学コースでは専攻として例えば精神医学、歯科学、外科、そしてGP専攻もあります。やっぱり一番需要高いですしね。私の友達が一人GP専攻してます。
自分はオーストラリアの医療制度を高く評価しています。保険からメンタルヘルスケア、そしてGP制度まで。
ただここで話したことはだいたい都市部のことで、地方にはまだまだ行き届いていないというのが現実です。医師不足の問題は都心部では目立ちませんが地方ではかなり絶望的だったり。
だから医学部ではローテーションの一部として地方の病院で働いたりすることもやっていますね。
それで思い出しましたが数年前そのGP専攻の友達が私たちのすんでる近くの、というか病院としては一番近くのところの分娩室で研修を一年することになって、「妊娠するなとは言わないけど産むときは別の病院にして!」と言ってました(笑)たしかに気まずいですよね。
健康に越したことはありませんが、テタニーの予防接種も今年~来年中に済ませなくちゃいけませんし、いろいろ他にもあったりなかったりするので恵まれた医療制度の恩恵を賢く受けていきたいと思います。
精神医療・・・はどうしましょう。とりあえず今話したいことは:
1)病院での治療プログラム
2)ECT治療
3)精神医という人たちについて
・・・などですが。
別に全然プロフェッショナルじゃないですけど一応経験者として素人なりにたくさんのことを適切に伝えたいと思っています。
そしていつか素人から一歩踏み出すことを願って。
今日の一曲: 日本民謡 「知覧節」
ヨーヨー・マのチェロと打楽器アンサンブルによるアレンジの「知覧節」です。
ヨーヨー・マはクラシックでもかなり高レベルの奏者で、室内楽なんかでも彼のすばらしさは見られますが、さまざまな民俗音楽をも得意としています。
変にクラシック化しすぎない(と私は思うんですが)彼の演奏スタイルが好きです。
このCDには「さくら」や「ずいずいずっころばし」などのオリジナルアレンジが入っていて、そのなかでこの「知覧節」は一番最後に入っています。
知覧節は九州は鹿児島の民謡。
元を知らないのでどれくらい原型が残っているのか私にはわかりませんが、他の曲から察するにメロディーはそのまま残っているのではないかと。
日本の音楽ってどのジャンルにしてもメロディーにずいぶん重きを置いている気がしますね。西洋音楽と比べてもそれは顕著だと私は思います。
特にオーストラリアの音楽はクラシックも民族音楽もものすごくリズム中心で。
知覧節はそんなメロディーに日本独特の艶があるような気がします。
チェロの音もなんとなくマッチして。
ヨーヨー・マならではの文化適応だと思います。
日本生まれとはいえあくまでも外国人としての私からみた意見なので日本の方がこのCDを聞いてどう思うかまったくわかりませんが、日本民謡の1つの形として日本の方にこれを聞いてもらうことを願っています。
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この10年間患ってきたいつものやつ(とそれ関係)を除くと、私の場合さして大きな怪我や病気はしたことはありません。
骨折・脱臼も未経験ですし、まあスポーツをあんまりやらないからか捻挫などもほとんどしたことなく。
胃はなにかと文句を言いますが、それでも病気らしい病気は8年生のキャンプにての胃腸炎くらいしかなく。
腎臓もリチウムを飲み始めて9年近く、副作用などで悲鳴を上げたこともなく。
鼻血が生涯一回も出たことないのもひそかに自慢です。
ピアニストの職業病なるものともとりあえず無縁ですごしてきました。
ただちょくちょく変な怪我とかやらかすんですよね。
今日はそんな変な怪我の事件簿を思いつくだけ公開しようと思います。なぜなら何よりも自分が興味あるので記録を残しておきたいからなのですが。
症例1:右手首、腱鞘炎
経緯:数年前2週間ほど入院していて。とはいっても頭はそこそこはっきりしていて、感情症状や思考症状よりも生物的・身体症状がひどかった時期なので多少退屈しはじめて・・・で、他の患者さんが結構編み物やってる人がいるなあ・・・そうだ、家にかぎ網のセットがあるから持ってきてもらおう、ということになり。やったのはいいんですけど、時間をもてあましすぎて編み物過剰になってついには右手首がそれで腱鞘炎になってしまったという。
普通の四角いマフラーだったらよかったんですけどきっと三角で中心から扇のように往復で編んでいくストールを作ってたのでだんだん一列が長くなったのも原因なのではと。
いわずとも退院後少しの間ピアノも弾いちゃいけませんでした。情けない。
症例2:左薬指、切り傷
うちのトイレってせまくて。しかもペーパーのホルダーが金属でできてて、そこでなにともなくざっくりやってしまったわけです。血が止まらないので夜中に病院にいきました。さして別状はなかったんですけどね。
症例3:右手・・・が固まった
とある事情で、とある精神ショックを受けた数時間後動かなくなりました。ちょうどユースオケで「くるみ割り人形」を弾かせてもらってるときだったのにやむなくバトンタッチ。
怪我がどうのこうの言うよりもそのタイミングの悪さとよっぽどショックを受けたんだなってところが記憶に残ります。
症例4:右手人差し指、火傷。
仕事を始めてから仕事のやりかた上キーボードよりもトラックパッドをよく使うことが多くなり。それでどうやらじわじわと火傷になったようで。プラス皿洗いの手あれもあり。
・・・で、これが火傷かもしれない、と気がついたとき料理をしてたんですけどなぜかその箇所に2回も!お湯をかけてしまい。
まあ最近はマウスを使用しましたし、そんなにひどいものではないですけど他の指とは今でも様子が違います。
症例5:目・・・がなんかなったのかしら?
小さいころ父が買ってきたウツボカズラの中の消化液が目に入りました。以上。
症例6:膀胱炎
9歳くらいのとき?公園のブランコの周りの低い手すりを渡ってたら運が悪いところに落ちました。
まあ子供ですからそういうことは1度2度あってもおかしくないですかね。
さして面白い話でもありませんでしたが・・・日常の些細な怪我にももうちょっと気をつけて生きていきたいです、という反省を込めて。
特に手の怪我は仕事にも趣味にも影響を及ぼしますしね。
今日の一曲: ジョン・ウィリアムス 「スターウォーズ エピソード1」のメドレー
メドレーはきっとないと思うのでサントラを。
これはユースオケで弾きました。曲の順番は:メインテーマ→アナキンのテーマ→ジャージャー・ビンクス→オージーの大楽隊→運命の戦いです。
ライトミュージックコンサートは奏者にはかなり退屈なものですがこういう曲が入るとテンションあがりますね。
なんてったってジョン・ウィリアムスは映画音楽の名作曲家。
彼が作曲を手がけた映画音楽は私が今覚えてるだけでスーパーマン、シンドラーのリスト、スターウォーズシリーズ、ハリーポッターシリーズ、インディ・ジョーンズシリーズなどがあり、ロス五輪のあの有名なテーマも彼の作曲です。
このアレンジだとオージーの大楽隊で弦楽器奏者がみんなで声を合わせて歌ったりカズーを吹いたりして、それがたのしくて楽しくて。2つのパートを誰がどこ歌うとか決まってないのでみんな適当に好きなパートを歌ってて。
そして「運命の戦い」でのトランペット・トロンボーン・打楽器のかっこよさって言ったらもうたまらないですね。今でもこの曲を聴くたびにエキサイトします。当時のユースオケは結構そういう楽器にいい奏者がいましたし。
それにこういう派手なかっこいい曲って弾いてて楽しいし、とくに若い人のパワーとエネルギーと新鮮さが演奏にもものを言うんじゃないかと思います。
映画ももちろんおすすめですが、音楽に注目したり、サントラで音楽だけ聴いてみてもまた2度3度楽しめます♪
もうかなりのお年になってますが、ジョン・ウィリアムスの映画音楽をまだまだ私は楽しみにしています。
骨折・脱臼も未経験ですし、まあスポーツをあんまりやらないからか捻挫などもほとんどしたことなく。
胃はなにかと文句を言いますが、それでも病気らしい病気は8年生のキャンプにての胃腸炎くらいしかなく。
腎臓もリチウムを飲み始めて9年近く、副作用などで悲鳴を上げたこともなく。
鼻血が生涯一回も出たことないのもひそかに自慢です。
ピアニストの職業病なるものともとりあえず無縁ですごしてきました。
ただちょくちょく変な怪我とかやらかすんですよね。
今日はそんな変な怪我の事件簿を思いつくだけ公開しようと思います。なぜなら何よりも自分が興味あるので記録を残しておきたいからなのですが。
症例1:右手首、腱鞘炎
経緯:数年前2週間ほど入院していて。とはいっても頭はそこそこはっきりしていて、感情症状や思考症状よりも生物的・身体症状がひどかった時期なので多少退屈しはじめて・・・で、他の患者さんが結構編み物やってる人がいるなあ・・・そうだ、家にかぎ網のセットがあるから持ってきてもらおう、ということになり。やったのはいいんですけど、時間をもてあましすぎて編み物過剰になってついには右手首がそれで腱鞘炎になってしまったという。
普通の四角いマフラーだったらよかったんですけどきっと三角で中心から扇のように往復で編んでいくストールを作ってたのでだんだん一列が長くなったのも原因なのではと。
いわずとも退院後少しの間ピアノも弾いちゃいけませんでした。情けない。
症例2:左薬指、切り傷
うちのトイレってせまくて。しかもペーパーのホルダーが金属でできてて、そこでなにともなくざっくりやってしまったわけです。血が止まらないので夜中に病院にいきました。さして別状はなかったんですけどね。
症例3:右手・・・が固まった
とある事情で、とある精神ショックを受けた数時間後動かなくなりました。ちょうどユースオケで「くるみ割り人形」を弾かせてもらってるときだったのにやむなくバトンタッチ。
怪我がどうのこうの言うよりもそのタイミングの悪さとよっぽどショックを受けたんだなってところが記憶に残ります。
症例4:右手人差し指、火傷。
仕事を始めてから仕事のやりかた上キーボードよりもトラックパッドをよく使うことが多くなり。それでどうやらじわじわと火傷になったようで。プラス皿洗いの手あれもあり。
・・・で、これが火傷かもしれない、と気がついたとき料理をしてたんですけどなぜかその箇所に2回も!お湯をかけてしまい。
まあ最近はマウスを使用しましたし、そんなにひどいものではないですけど他の指とは今でも様子が違います。
症例5:目・・・がなんかなったのかしら?
小さいころ父が買ってきたウツボカズラの中の消化液が目に入りました。以上。
症例6:膀胱炎
9歳くらいのとき?公園のブランコの周りの低い手すりを渡ってたら運が悪いところに落ちました。
まあ子供ですからそういうことは1度2度あってもおかしくないですかね。
さして面白い話でもありませんでしたが・・・日常の些細な怪我にももうちょっと気をつけて生きていきたいです、という反省を込めて。
特に手の怪我は仕事にも趣味にも影響を及ぼしますしね。
今日の一曲: ジョン・ウィリアムス 「スターウォーズ エピソード1」のメドレー
メドレーはきっとないと思うのでサントラを。
これはユースオケで弾きました。曲の順番は:メインテーマ→アナキンのテーマ→ジャージャー・ビンクス→オージーの大楽隊→運命の戦いです。
ライトミュージックコンサートは奏者にはかなり退屈なものですがこういう曲が入るとテンションあがりますね。
なんてったってジョン・ウィリアムスは映画音楽の名作曲家。
彼が作曲を手がけた映画音楽は私が今覚えてるだけでスーパーマン、シンドラーのリスト、スターウォーズシリーズ、ハリーポッターシリーズ、インディ・ジョーンズシリーズなどがあり、ロス五輪のあの有名なテーマも彼の作曲です。
このアレンジだとオージーの大楽隊で弦楽器奏者がみんなで声を合わせて歌ったりカズーを吹いたりして、それがたのしくて楽しくて。2つのパートを誰がどこ歌うとか決まってないのでみんな適当に好きなパートを歌ってて。
そして「運命の戦い」でのトランペット・トロンボーン・打楽器のかっこよさって言ったらもうたまらないですね。今でもこの曲を聴くたびにエキサイトします。当時のユースオケは結構そういう楽器にいい奏者がいましたし。
それにこういう派手なかっこいい曲って弾いてて楽しいし、とくに若い人のパワーとエネルギーと新鮮さが演奏にもものを言うんじゃないかと思います。
映画ももちろんおすすめですが、音楽に注目したり、サントラで音楽だけ聴いてみてもまた2度3度楽しめます♪
もうかなりのお年になってますが、ジョン・ウィリアムスの映画音楽をまだまだ私は楽しみにしています。
メルボルンもイースターを過ぎるともう秋です。
だんだん涼しい日が多くなって、雨の質も少しずつ違ってきて・・・
なによりもある日(今年は先週の木曜日)を境に体で感じる、第六感的に感じるものがだいぶ違ってきます。
これから寒くなるし、天気も悪くなる頻度も多くなるし、それに従って自分の体調も・・・という恐れがひしひしと感じられるので(プラス寒くてどうしてもおっくうになりますしね)「今のうちにどこかに出かけたいなー」という焦りを感じるようになりますね。
実際夏の間も特別どこかいったということもなかったですし、勿体無かったなーという後悔もあり・・・
行きたい所は結構ありますね。
メルボルンが私にとってHomeだとしても(とりあえず税金的にはオーストラリアの住人ですし)、まだまだ観光根性は尽きることがなく。ヴィクトリア州はオーストラリアで2番目に小さい州ですがいろんなものが詰まってます。
Melwayという地図帳を見てはどこか面白そうなところを探しました。
まだまだ車は運転免許取れてませんし、メルボルンの公共交通機関のだらしなさたるやあいた口もふさがりませんが、それでも友達と一緒に行ったり、ある程度は電車で行けたりしますし。
そうやって大学時代はたまにプチ一人旅に行ってました。
そんな中見つけたのがHastings。
メルボルンがあるPort Phillip湾を囲む二つの半島を湾を抱く腕だとすればHastingsは左ひじ~二の腕の外側辺り。そっち側にもう1つ湾があって(フィリップ島などを含む湾)、そこには地図によるとマングローブがあるということで、唯一電車の駅に近い(様な感じの)Hastingsにゴー!となったわけで。
全然行ったこともなかったんだけどまあ大体こんな感じでした:
シティからFrankston Lineの電車に乗って、終点のFrankstonでStony Point Lineに乗り換え、その後Hastings駅で下車、左=東に歩いていくとなにやら海沿いに自然公園みたいなエリアがあって、そのなかに通る道をずーっと南下し。
たどり着いたところがBitternのJacks Beach。(実はHastingsの次の駅からも歩いてこれる)ここで実際にマングローブが間近で見られます。別に泳いではいけないとか入っちゃいけないとか書いてないんで裸足で入ったらマングローブの芽を踏んづけてしまいましたが。
(いけないような気が・・・こんなに高緯度でマングローブって珍しそうですし)
過去2回ここに来たときほとんど誰もいなくて(そこまでずっと歩いてくる間もそう)、そういうところも好きです。
内海なので天気が穏やかだと海が鏡のようで。
どっちの駅からきても歩くには遠いですけどまた行って延々と座っていたいです。
海といえば2つの半島の腕の左手の手のひらあたりにあるPortseaあたりもいいですね。
あそこらへんも海が静かで。ずーっと遠浅なんですよ。
5年生のキャンプで行きましたけど海岸をずっとキャンプ場からSorrentoという大きな桟橋があるところまで歩きました。あれは楽しかったです(それもこっちにきて半年もしてないころだったから新鮮だったんでしょうねー)。
半島の裏側にもすぐ行けて、そっちは外海なのでまったく違った表情が見れるところも魅力的。
グレート・オーシャン・ロード全体も運転できるようになったらいきたいです。
特にLorneの近くにあるErskine Fallsという滝がすごい。滝自体じゃなくて、その滝を見た後ずっと森の奥に入っていくちょっぴりアドベンチャーな道があるんです。途中までしか行ったことがないので森の妖精になるまでずっと奥に入ってみたい!
内陸のほうでも見所はたくさん。
ずっと西のほうにあるGrampiansという山のエリアはほとんど行ったことがないけれど、キャンプ好きの親友が言うにはそうとう楽しい場所らしいです。観光地としても州内外、海外の人にも有名ですが、まだ行ったことがない観光旅行者失格の私です。
観光旅行者失格といえばWilson's Promontoryにも行ってないなあ・・・
そんな親友とそのうち行こうと思っているのが東北東にあるMt Howitt。
ここは先日紹介しました「Tomorrowシリーズ」の舞台になったところで、実際に降りれるかどうかはわかりませんがHellもありますし。ただここに行くにはがっつりブッシュウォーキング&がっつりキャンプですけどね。(そこんとこなんとかしなきゃなあ・・・)
ただあそこら一帯スキーのエリアでもあるので冬は雪も降り・・・道路閉鎖になるし行くのは危ないし。
やっぱりこれは春まで待たなきゃいけないのかなあ・・・
あとは北の、New South Wales州との境にあるLake Mulwala ですかね。
特に何をする、ということでもないんですが(距離があるのでそういう態度は多少問題?)そのダムによって作られたLake Mulwalaの湖にたくさん木が生えている景色は本当に心に突き刺さって離れなくて。ボートかなんかでもっと近づけたらいいなあーとか思ってます。
New South Wales州とは東側でも接してますが、そのあたりのLakes Entranceもそのうち行きたいですね。
海のそばに湖がいくつかあって(汽水湖なのかな?)前回家族と行った思い出としては景色がどこか不思議で素敵だったような記憶があります。
最後の3つは本当に日にちに余裕ができないと実現不可能ですし、友達と行くと約束している場所も多いですが・・・
せめてささやかな一人旅のネタが浮かんでこないかなーとまた近いうちに(寒くならないうちに!)Melwayをめくることとなりそうです。
今日の一曲: ヨハン・セバスチャン・バッハ 「パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV 582」
ここまできてやっとバッハ!それも今日はいくつか候補があった中でのこのチョイス。
バッハは・・・偉大ですよ。
私みたいにひねくれたのでも認めざるを得ない偉大な作曲家です。
いろいろと弾く・聴く機会が多くて少し侮られてる感もないことないですが、バッハをあんまり知らないうちから飽きてる人も、知ってると思って飽きてる人もこの曲を聴いて改めて考え直してほしいなーと思います。
まずはこのハ短調という調がずいぶん昔から私にとってツボなんですがそれはまずおいといて。
パッサカリア・・・という曲のフォームも面白いです。
パッサカリアというのは・・・(といいつつ保険のためにwikipediaリンク)
まずベースラインがあって、それを延々と繰り返しながらバリエーションみたいに上に乗せる音楽を変えていく、という。
バロック時代と20世紀に良く使われている、という不思議な形式で。20世紀だとショスタコーヴィチとかブリテンとか私が好きな作曲家に使われる傾向があり。パッサカリアに関してははずれに出会ったことがないですね。
バッハはたとえば平均律でのフーガなどを見ると真面目で、四角四面で、完璧な音楽を書いて、人間というよりはどっちかというと「創造主」に近い音楽の組み立てだなーって思われますが・・・
まあこの曲もそうなんですよ。そうなんですけど・・・よくよく聞き込んでみるとバッハにしてはなにかすごく「吐き出してる」感があるんですよね。
苦悩、痛み、重さ、そういうものがあって。
自身がオルガニストだったこともあり、オルガン曲はやっぱりバッハのホームグラウンドだと思います。(メシアンもそうですが)
だからバッハのオルガン曲はしっくりくるし、すばらしいということもありますが、オルガンという楽器自体結構特殊なものだということもあり。
息を継がない管楽器、というのもそうですし、ストップなどを変えることで無限に音色が変わったり、音域の広さもそうですし。
ただそれよりも特殊なのはオルガンというのはオルガンの設置してある例えば教会も楽器の一部だということ。
楽器の本体が楽器の共鳴部の中にある、みたいな見方ができます。
そしてオルガンの音色を聞いているときは楽器の中で聴いている、という。
だからやっぱりオルガンは生で聴くのが一番なんでしょうけど・・・
・・・とりあえずバッハという作曲家、そしてオルガンという楽器のすばらしさをこの曲で知ってほしいです。
できれば教会で。それでなければサラウンドシステムで。でなければ普通にステレオで。でもイヤホンでも結構味わえます。
だんだん涼しい日が多くなって、雨の質も少しずつ違ってきて・・・
なによりもある日(今年は先週の木曜日)を境に体で感じる、第六感的に感じるものがだいぶ違ってきます。
これから寒くなるし、天気も悪くなる頻度も多くなるし、それに従って自分の体調も・・・という恐れがひしひしと感じられるので(プラス寒くてどうしてもおっくうになりますしね)「今のうちにどこかに出かけたいなー」という焦りを感じるようになりますね。
実際夏の間も特別どこかいったということもなかったですし、勿体無かったなーという後悔もあり・・・
行きたい所は結構ありますね。
メルボルンが私にとってHomeだとしても(とりあえず税金的にはオーストラリアの住人ですし)、まだまだ観光根性は尽きることがなく。ヴィクトリア州はオーストラリアで2番目に小さい州ですがいろんなものが詰まってます。
Melwayという地図帳を見てはどこか面白そうなところを探しました。
まだまだ車は運転免許取れてませんし、メルボルンの公共交通機関のだらしなさたるやあいた口もふさがりませんが、それでも友達と一緒に行ったり、ある程度は電車で行けたりしますし。
そうやって大学時代はたまにプチ一人旅に行ってました。
そんな中見つけたのがHastings。
メルボルンがあるPort Phillip湾を囲む二つの半島を湾を抱く腕だとすればHastingsは左ひじ~二の腕の外側辺り。そっち側にもう1つ湾があって(フィリップ島などを含む湾)、そこには地図によるとマングローブがあるということで、唯一電車の駅に近い(様な感じの)Hastingsにゴー!となったわけで。
全然行ったこともなかったんだけどまあ大体こんな感じでした:
たどり着いたところがBitternのJacks Beach。(実はHastingsの次の駅からも歩いてこれる)ここで実際にマングローブが間近で見られます。別に泳いではいけないとか入っちゃいけないとか書いてないんで裸足で入ったらマングローブの芽を踏んづけてしまいましたが。
(いけないような気が・・・こんなに高緯度でマングローブって珍しそうですし)
過去2回ここに来たときほとんど誰もいなくて(そこまでずっと歩いてくる間もそう)、そういうところも好きです。
内海なので天気が穏やかだと海が鏡のようで。
どっちの駅からきても歩くには遠いですけどまた行って延々と座っていたいです。
海といえば2つの半島の腕の左手の手のひらあたりにあるPortseaあたりもいいですね。
あそこらへんも海が静かで。ずーっと遠浅なんですよ。
5年生のキャンプで行きましたけど海岸をずっとキャンプ場からSorrentoという大きな桟橋があるところまで歩きました。あれは楽しかったです(それもこっちにきて半年もしてないころだったから新鮮だったんでしょうねー)。
半島の裏側にもすぐ行けて、そっちは外海なのでまったく違った表情が見れるところも魅力的。
グレート・オーシャン・ロード全体も運転できるようになったらいきたいです。
特にLorneの近くにあるErskine Fallsという滝がすごい。滝自体じゃなくて、その滝を見た後ずっと森の奥に入っていくちょっぴりアドベンチャーな道があるんです。途中までしか行ったことがないので森の妖精になるまでずっと奥に入ってみたい!
内陸のほうでも見所はたくさん。
ずっと西のほうにあるGrampiansという山のエリアはほとんど行ったことがないけれど、キャンプ好きの親友が言うにはそうとう楽しい場所らしいです。観光地としても州内外、海外の人にも有名ですが、まだ行ったことがない観光旅行者失格の私です。
観光旅行者失格といえばWilson's Promontoryにも行ってないなあ・・・
そんな親友とそのうち行こうと思っているのが東北東にあるMt Howitt。
ここは先日紹介しました「Tomorrowシリーズ」の舞台になったところで、実際に降りれるかどうかはわかりませんがHellもありますし。ただここに行くにはがっつりブッシュウォーキング&がっつりキャンプですけどね。(そこんとこなんとかしなきゃなあ・・・)
ただあそこら一帯スキーのエリアでもあるので冬は雪も降り・・・道路閉鎖になるし行くのは危ないし。
やっぱりこれは春まで待たなきゃいけないのかなあ・・・
あとは北の、New South Wales州との境にあるLake Mulwala ですかね。
特に何をする、ということでもないんですが(距離があるのでそういう態度は多少問題?)そのダムによって作られたLake Mulwalaの湖にたくさん木が生えている景色は本当に心に突き刺さって離れなくて。ボートかなんかでもっと近づけたらいいなあーとか思ってます。
New South Wales州とは東側でも接してますが、そのあたりのLakes Entranceもそのうち行きたいですね。
海のそばに湖がいくつかあって(汽水湖なのかな?)前回家族と行った思い出としては景色がどこか不思議で素敵だったような記憶があります。
最後の3つは本当に日にちに余裕ができないと実現不可能ですし、友達と行くと約束している場所も多いですが・・・
せめてささやかな一人旅のネタが浮かんでこないかなーとまた近いうちに(寒くならないうちに!)Melwayをめくることとなりそうです。
今日の一曲: ヨハン・セバスチャン・バッハ 「パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV 582」
ここまできてやっとバッハ!それも今日はいくつか候補があった中でのこのチョイス。
バッハは・・・偉大ですよ。
私みたいにひねくれたのでも認めざるを得ない偉大な作曲家です。
いろいろと弾く・聴く機会が多くて少し侮られてる感もないことないですが、バッハをあんまり知らないうちから飽きてる人も、知ってると思って飽きてる人もこの曲を聴いて改めて考え直してほしいなーと思います。
まずはこのハ短調という調がずいぶん昔から私にとってツボなんですがそれはまずおいといて。
パッサカリア・・・という曲のフォームも面白いです。
パッサカリアというのは・・・(といいつつ保険のためにwikipediaリンク)
まずベースラインがあって、それを延々と繰り返しながらバリエーションみたいに上に乗せる音楽を変えていく、という。
バロック時代と20世紀に良く使われている、という不思議な形式で。20世紀だとショスタコーヴィチとかブリテンとか私が好きな作曲家に使われる傾向があり。パッサカリアに関してははずれに出会ったことがないですね。
バッハはたとえば平均律でのフーガなどを見ると真面目で、四角四面で、完璧な音楽を書いて、人間というよりはどっちかというと「創造主」に近い音楽の組み立てだなーって思われますが・・・
まあこの曲もそうなんですよ。そうなんですけど・・・よくよく聞き込んでみるとバッハにしてはなにかすごく「吐き出してる」感があるんですよね。
苦悩、痛み、重さ、そういうものがあって。
自身がオルガニストだったこともあり、オルガン曲はやっぱりバッハのホームグラウンドだと思います。(メシアンもそうですが)
だからバッハのオルガン曲はしっくりくるし、すばらしいということもありますが、オルガンという楽器自体結構特殊なものだということもあり。
息を継がない管楽器、というのもそうですし、ストップなどを変えることで無限に音色が変わったり、音域の広さもそうですし。
ただそれよりも特殊なのはオルガンというのはオルガンの設置してある例えば教会も楽器の一部だということ。
楽器の本体が楽器の共鳴部の中にある、みたいな見方ができます。
そしてオルガンの音色を聞いているときは楽器の中で聴いている、という。
だからやっぱりオルガンは生で聴くのが一番なんでしょうけど・・・
・・・とりあえずバッハという作曲家、そしてオルガンという楽器のすばらしさをこの曲で知ってほしいです。
できれば教会で。それでなければサラウンドシステムで。でなければ普通にステレオで。でもイヤホンでも結構味わえます。
ピアノ歴もうすぐ20年、チェロは9年くらい?なんらかのオーケストラにいたのは11年くらい・・・とちょっと自慢から始まってしまって済みませんが、これだけそういう活動をしていると複数回同じ曲を弾く、ということは珍しくありません。
ピアノに関しては特に思い入れの強い曲、または見直してみたい曲は(特に最近も)あんまりためらいなく何回も弾いたりしてるので(スクリャービンの練習曲op42-5が極端な例ですね。16歳の時から2年に一回は戻ってきてるような気がします)、オーケストラで何回か弾いた曲についてまずは少し話したいです。
(まずは、というのはどれだけあるか今の時点でわからないので。)
ピョートル・チャイコフスキー 交響曲第5番 (4回!)
なんで4回も弾いてるんでしょうね、これ?本当に小さいころから聞いてきた曲なのでもはや何回弾こうが聴こうが関係ないんですけど(それゆえに弾いた記憶が薄い)、1回3楽章を抜かして弾いているのをあわせて4回ユースオケ関係で弾いてます(それもピアノ系パートがないので全部チェロで)。
そこそこいいですし、よく知られているメロディーもありますし聞きやすいポピュラーな曲なんですが・・・
弾くほうとしては第1楽章と、あとホルン奏者なら第2楽章以外そんなにたくさん弾いても面白くない曲なので(笑)
レイフ・ヴォーン=ウィリアムス トマス・タリスの主題による幻想曲 (3回)
英語圏ではかなりポピュラーなこの曲、フルのオケではなく弦楽だけなのと尋常じゃなく感動的な曲なのでよく弾かれますね。
確かこれがヴォーン=ウィリアムスの音楽に触れた初めてだったのと、そのときはチェロセクションのみの練習が多かったので最初はとっつきがたい曲だった思い出があります。もしかしたらビオラという楽器を意識しはじめたのもこの曲が初めてだったかも?(中間部のビオラソロはもう文句なしに美しいですものね)
この曲はそれぞれの楽器がいくつかのパートに分かれてるので多分毎回違うパートを弾いてます(座ってる場所で決まるので)。でも学校でもまだリーダーじゃないときだったからチェロのソロのパートは結局弾いたことがありませんでした。
ピョートル・チャイコフスキー 白鳥の湖 (2.5回)
バレエ全曲をバレエとして(つまりは踊りありで)2回弾いて(しかも演奏としては昼と夕の二回公演だった覚えが)、そして抜粋をコンサートで弾いたことがあります。
結構いい曲もありますが(第2幕のパ・ドゥ・ドゥのチェロのソロなんかかっこいいですね~♪)「情景」関係の曲が多少退屈なので2回目はさすがにぐったりしましたが。踊りを見るならそれくらい楽勝で見れるんだけどなあ・・・
イーゴリ・ストラヴィンスキー ペトルーシュカ (2回)
これは一回目はチェロで、二回目はチェレスタで弾きました。チェレスタパートあるんですよ。最初の手回しオルガンのところでちょこっとオーケストラのほかの楽器とは別のメロディーを奏でてます♪
でもやっぱりピアノで弾きたかった。そりゃあピアノパートはコンチェルト並に難しいですけどこれ以上自分はコンチェルトを弾くことに大学では近づけなかった気がするんですよ。がんばれば弾けたんじゃないかと思うんですけど・・・
それにしてもチェロの最初のエントリー(開始10秒くらい?)って地味にかなり難しいです。あそこらへんの真ん中のドの上のシ(これが最初の音)とかラ#とかソ#とか音程とりにくくて大っ嫌いなんですよね(苦笑)
曲的・思い出的にめぼしいのはこれくらいですかね。実を言うと「もう一回出会えてよかった!」と再会を心から喜べて新しく取り組むことができた曲は本当に少なそう。
基本的に音楽も一期一会。いろんな形で出会い、同じ曲でも違うオケ、違う指揮者、違うコンサートのセッティングにて出会って、毎回新しく学ぶことがあり。
そんな出会いをできたオケという場所がとても懐かしく思えます。
それはもう名残惜しくて。
もう一回弾きたかった、こんな曲も弾いてみたかったっていうのもあります。
<もう一回弾きたかった曲ベスト5>
1)オットリーノ・レスピーギ ローマの松
ちょうど心が音楽から離れている時期にやったのでどうも心が入っていなくて悔むこといっぱいです。すばらしい曲で、うまく書かれて、ピアノのパートも素晴らしいので本当にもったいなかったなあ・・・
2)セルゲイ・ラフマニノフ 交響曲第2番
コンチェルトのほうは2回弾きましたが。でもこの曲は本当に本当に素晴らしくて、聞くだけでも満足できますがその音楽の真っ只中に居たい、という気持ちが今でもあります。
3)バルトーク・ベーラ 管弦楽のための協奏曲
バルトーク全体なんだか弾き足りないような気がします。たしかにそんなには弾いてないんですけど。あんな計算&エネルギーは他のどの作曲家も代わりになりませんから。
4)ドミトリ・ショスタコーヴィチ 交響曲第5番
チェロパートもすごいいいんですけどピアノ&チェレスタパートが弾きたかった!ただただそれだけです!
5)セルゲイ・ラフマニノフ 「鐘」
チェレスタパートの最高峰といっても過言じゃないですし、いろんな意味でチャレンジだった思いもあり・・・前よりももっと上手く弾きたいという気持ちが強い曲です。
(他にも惑星、マ・メール・ロワ、マーラー5番、春の祭典など・・・)
<弾きたかったけど弾いてない曲ベスト5>
1)ピョートル・チャイコフスキー 交響曲第6番
5番は4回も弾いてるのになんで6番は一回も弾いていないんだろう。こっちのほうが名曲で、いかにもユースオケやなんかの若い人の集まりで弾くような曲なのに。
2)グスタフ・マーラー 交響曲第6番
チェレスタ弾きとしても、マーラー好きとしてもはずせませんもの。でも本当にめったに弾かれないですね、みんなにとって難しいから。
3)ベンジャミン・ブリテン 戦争レクイエム
これもまためったに弾かれない・・・ただ単に好きで、目立たないけどピアノのパートがあるのがちょうどいいですね。
4)オットリーノ・レスピーギ 「鳥」
マイナーなチェレスタ名曲。最終楽章のソロで死ぬほど緊張しながら弾いてみたい♪
5)オリヴィエ・メシアン トゥーランガリラ交響曲
やっぱりメシアン弾きとしてはここにたどりつきたいんですけど・・・たとえ今ピアノを続けてたとしてもなかなか弾く機会は一生にあるかないかだよなあ・・・
本当はもっとメジャーどころも結構弾いてないもたーんとあるんですが(笑)たとえば新世界とか、ベートーベンとか結構弾いてないんですよ。でも・・・でもメジャーどころは弾かなくてもいいか、って気にもなっちゃって。
ここまでたくさん曲を出しといて今日の一曲には悩みましたが結局・・・
今日の一曲: レイフ・ヴォーン=ウィリアムス トマス・タリスの主題による幻想曲
感動的・・・という言葉で片付けちゃあいけないような気がひしひしする曲ですね。
ヴォーン=ウィリアムスの得意な(というか英国音楽には自然に存在している)懐かしさという情の一番繊細なところにその見事な弦の音とメロディーとハーモニーをすべて駆動して訴えてきますね。
弦楽器って人間の声と一緒で個々の楽器の音の差が大きいので合唱で感じるような感動が味わえます。
ただ声よりもずっと音域も広いし、もっと複雑な動きができて。
そういうところをあまねく使った感がものすごくある曲です。
そしてものすごい・・・自由な感じも好きです。
中間部に現れるビオラのソロは他のヴォーン=ウィリアムスの曲と同じに聞こえますが(CDの他の曲参照)、でもどこで聞いてもこのフリーな感じが、鳥が大空を飛び回るような、即興が混じったような感じが好きで好きで。
個人的なツボはさまざまな箇所での副メロディー、そして再現部でのバイオリンソロとヴィオラソロのまるで許されない恋をしてるかのような秘めた激情と最高の繊細さ(言い過ぎ?ドラマ化すぎ?)を持ち合わせた絡みが好きです。
この曲では実際に泣いたことがありますが泣き所多すぎです。
ちなみに上に貼ってあるCD、ヴォーン=ウィリアムスの最高傑作を集めたような曲が詰まっていて、しかも演奏しているアンサンブルもエクセレントなのでぜひこの録音でお勧めです。
ピアノに関しては特に思い入れの強い曲、または見直してみたい曲は(特に最近も)あんまりためらいなく何回も弾いたりしてるので(スクリャービンの練習曲op42-5が極端な例ですね。16歳の時から2年に一回は戻ってきてるような気がします)、オーケストラで何回か弾いた曲についてまずは少し話したいです。
(まずは、というのはどれだけあるか今の時点でわからないので。)
ピョートル・チャイコフスキー 交響曲第5番 (4回!)
なんで4回も弾いてるんでしょうね、これ?本当に小さいころから聞いてきた曲なのでもはや何回弾こうが聴こうが関係ないんですけど(それゆえに弾いた記憶が薄い)、1回3楽章を抜かして弾いているのをあわせて4回ユースオケ関係で弾いてます(それもピアノ系パートがないので全部チェロで)。
そこそこいいですし、よく知られているメロディーもありますし聞きやすいポピュラーな曲なんですが・・・
弾くほうとしては第1楽章と、あとホルン奏者なら第2楽章以外そんなにたくさん弾いても面白くない曲なので(笑)
レイフ・ヴォーン=ウィリアムス トマス・タリスの主題による幻想曲 (3回)
英語圏ではかなりポピュラーなこの曲、フルのオケではなく弦楽だけなのと尋常じゃなく感動的な曲なのでよく弾かれますね。
確かこれがヴォーン=ウィリアムスの音楽に触れた初めてだったのと、そのときはチェロセクションのみの練習が多かったので最初はとっつきがたい曲だった思い出があります。もしかしたらビオラという楽器を意識しはじめたのもこの曲が初めてだったかも?(中間部のビオラソロはもう文句なしに美しいですものね)
この曲はそれぞれの楽器がいくつかのパートに分かれてるので多分毎回違うパートを弾いてます(座ってる場所で決まるので)。でも学校でもまだリーダーじゃないときだったからチェロのソロのパートは結局弾いたことがありませんでした。
ピョートル・チャイコフスキー 白鳥の湖 (2.5回)
バレエ全曲をバレエとして(つまりは踊りありで)2回弾いて(しかも演奏としては昼と夕の二回公演だった覚えが)、そして抜粋をコンサートで弾いたことがあります。
結構いい曲もありますが(第2幕のパ・ドゥ・ドゥのチェロのソロなんかかっこいいですね~♪)「情景」関係の曲が多少退屈なので2回目はさすがにぐったりしましたが。踊りを見るならそれくらい楽勝で見れるんだけどなあ・・・
イーゴリ・ストラヴィンスキー ペトルーシュカ (2回)
これは一回目はチェロで、二回目はチェレスタで弾きました。チェレスタパートあるんですよ。最初の手回しオルガンのところでちょこっとオーケストラのほかの楽器とは別のメロディーを奏でてます♪
でもやっぱりピアノで弾きたかった。そりゃあピアノパートはコンチェルト並に難しいですけどこれ以上自分はコンチェルトを弾くことに大学では近づけなかった気がするんですよ。がんばれば弾けたんじゃないかと思うんですけど・・・
それにしてもチェロの最初のエントリー(開始10秒くらい?)って地味にかなり難しいです。あそこらへんの真ん中のドの上のシ(これが最初の音)とかラ#とかソ#とか音程とりにくくて大っ嫌いなんですよね(苦笑)
曲的・思い出的にめぼしいのはこれくらいですかね。実を言うと「もう一回出会えてよかった!」と再会を心から喜べて新しく取り組むことができた曲は本当に少なそう。
基本的に音楽も一期一会。いろんな形で出会い、同じ曲でも違うオケ、違う指揮者、違うコンサートのセッティングにて出会って、毎回新しく学ぶことがあり。
そんな出会いをできたオケという場所がとても懐かしく思えます。
それはもう名残惜しくて。
もう一回弾きたかった、こんな曲も弾いてみたかったっていうのもあります。
<もう一回弾きたかった曲ベスト5>
1)オットリーノ・レスピーギ ローマの松
ちょうど心が音楽から離れている時期にやったのでどうも心が入っていなくて悔むこといっぱいです。すばらしい曲で、うまく書かれて、ピアノのパートも素晴らしいので本当にもったいなかったなあ・・・
2)セルゲイ・ラフマニノフ 交響曲第2番
コンチェルトのほうは2回弾きましたが。でもこの曲は本当に本当に素晴らしくて、聞くだけでも満足できますがその音楽の真っ只中に居たい、という気持ちが今でもあります。
3)バルトーク・ベーラ 管弦楽のための協奏曲
バルトーク全体なんだか弾き足りないような気がします。たしかにそんなには弾いてないんですけど。あんな計算&エネルギーは他のどの作曲家も代わりになりませんから。
4)ドミトリ・ショスタコーヴィチ 交響曲第5番
チェロパートもすごいいいんですけどピアノ&チェレスタパートが弾きたかった!ただただそれだけです!
5)セルゲイ・ラフマニノフ 「鐘」
チェレスタパートの最高峰といっても過言じゃないですし、いろんな意味でチャレンジだった思いもあり・・・前よりももっと上手く弾きたいという気持ちが強い曲です。
(他にも惑星、マ・メール・ロワ、マーラー5番、春の祭典など・・・)
<弾きたかったけど弾いてない曲ベスト5>
1)ピョートル・チャイコフスキー 交響曲第6番
5番は4回も弾いてるのになんで6番は一回も弾いていないんだろう。こっちのほうが名曲で、いかにもユースオケやなんかの若い人の集まりで弾くような曲なのに。
2)グスタフ・マーラー 交響曲第6番
チェレスタ弾きとしても、マーラー好きとしてもはずせませんもの。でも本当にめったに弾かれないですね、みんなにとって難しいから。
3)ベンジャミン・ブリテン 戦争レクイエム
これもまためったに弾かれない・・・ただ単に好きで、目立たないけどピアノのパートがあるのがちょうどいいですね。
4)オットリーノ・レスピーギ 「鳥」
マイナーなチェレスタ名曲。最終楽章のソロで死ぬほど緊張しながら弾いてみたい♪
5)オリヴィエ・メシアン トゥーランガリラ交響曲
やっぱりメシアン弾きとしてはここにたどりつきたいんですけど・・・たとえ今ピアノを続けてたとしてもなかなか弾く機会は一生にあるかないかだよなあ・・・
本当はもっとメジャーどころも結構弾いてないもたーんとあるんですが(笑)たとえば新世界とか、ベートーベンとか結構弾いてないんですよ。でも・・・でもメジャーどころは弾かなくてもいいか、って気にもなっちゃって。
ここまでたくさん曲を出しといて今日の一曲には悩みましたが結局・・・
今日の一曲: レイフ・ヴォーン=ウィリアムス トマス・タリスの主題による幻想曲
感動的・・・という言葉で片付けちゃあいけないような気がひしひしする曲ですね。
ヴォーン=ウィリアムスの得意な(というか英国音楽には自然に存在している)懐かしさという情の一番繊細なところにその見事な弦の音とメロディーとハーモニーをすべて駆動して訴えてきますね。
弦楽器って人間の声と一緒で個々の楽器の音の差が大きいので合唱で感じるような感動が味わえます。
ただ声よりもずっと音域も広いし、もっと複雑な動きができて。
そういうところをあまねく使った感がものすごくある曲です。
そしてものすごい・・・自由な感じも好きです。
中間部に現れるビオラのソロは他のヴォーン=ウィリアムスの曲と同じに聞こえますが(CDの他の曲参照)、でもどこで聞いてもこのフリーな感じが、鳥が大空を飛び回るような、即興が混じったような感じが好きで好きで。
個人的なツボはさまざまな箇所での副メロディー、そして再現部でのバイオリンソロとヴィオラソロのまるで許されない恋をしてるかのような秘めた激情と最高の繊細さ(言い過ぎ?ドラマ化すぎ?)を持ち合わせた絡みが好きです。
この曲では実際に泣いたことがありますが泣き所多すぎです。
ちなみに上に貼ってあるCD、ヴォーン=ウィリアムスの最高傑作を集めたような曲が詰まっていて、しかも演奏しているアンサンブルもエクセレントなのでぜひこの録音でお勧めです。
やっと読み終わりました!いやー大変でした。
この本は「禅とオートバイ修理技術」で知られるロバート・パーシグによる、その続きともいえる本です。
前作で「クオリティ」という名の人間にとっての高度な「価値」のような概念を追求した主人公(そして作者の分身)、パイドロスの新しい旅についての話です。
彼にとって旅とは自身の体が移動することではなく、哲学的思考の旅。そういう意味ではパイドロスは一週間で地球一周してるようなものです(笑)
・・・なので物語のプロットよりも哲学的追求がメインなところが多々あるのでいちいちそこで話が止まってぐるぐるするのが嫌いな方にはお勧めしません。
作者の知的レベルの高さと作風・文体が相乗効果でそこらを消化しにくくするので呼んでてちょっと疲れます。
パイドロスはこの本ではアメリカを船で渡っていて、そのうちにリラという若い女性に出会います。彼女は登場するやいなや厄介者オーラが漂ってるんですがパイドロスはどことなく彼女に惹かれ、あろうことか肉体関係を持ってしまいます。(前作でも結構ストイックな印象があったのでちょっぴりびっくり)
で、その件について彼とともに旅をする友人であり、リラと面識があるらしいリゲルがいったいなんでお前はそんなことするんだ、とパイドロスを説教し始め。それならリラにはお前の言う「クオリティ」でもあるのか、という話になり、パイドロスは自分でもあんまり理解していないながらも自分はリラにある種のクオリティがある、と答え・・・
そこからタイトルにある彼の「モラルの追求」が始まる、というわけです。
人間学にメスを入れる部分とか、アメリカの文化の源泉を追求する話とか、パイドロスの思考はいろんな方向に枝分かれします。いろいろありすぎて本当に例を挙げるのもむしろ面倒になるんですけど、たとえば人間と社会の関係性(人間が社会を創っているのか、社会が人間を支配しているのか、など)や、カモノハシを例に取った「例外」の話。
彼が人間も、素粒子にも同じくクオリティがあって、それにしたがって動いていて、人が細胞の動きでできているように街もまた人間の動きでできているという感じのことを語るので人間にもほかの物質にも同じ力が働いてるーって話は好きです。
共感するのは難しい部分もありますが、前作と同じくどこをとっても考えさせられる本です。
リラ・・・という存在も面白いです。彼女はいろんな意味でパイドロスのいうところの「カモノハシ」で、社会的には彼女はとるにたらない人物なのかもしれませんがパイドロスの思考にはいろんなヒントを与える人物でもあります。
ただこの本はパイドロス主体なので彼女はあくまで彼の興味の対象、にすまないところもあって。
彼女を通じてパイドロスはいろんな思考をめぐらせますが彼女自身をあんまり生身の人間として扱うことは少ないです。読んでてもリラが人間としてあんまり写らないところが多々。
ただリラが心のバランスを崩していてパイドロスと喧嘩したときパイドロスがその感情の爆発を「そういうこともある」と冷静に受け止めたところは自分の経験と重ね合わさったのか妙な安心を覚えました。
物語としてはなかなか納得のいかないエンディング・・・ではあります。ただ本を読み進めていくとこれは仕方がないのかな、この道を進むのが不本意ながら一番なのかな、という不思議なあきらめみたいなものはあり。
そういうところもまああんまりお勧めじゃないのかなあーとか思いますが・・・
なんにしてもとっつきづらい本ではあります。
まずこの本(そして前作も)がアメリカを舞台にしていて、アメリカのことを中心に話を進めているのでやっぱり外国人としては多少なじみが薄いということがあります。
そしてパイドロス自身が多少人間離れした性格であり、多少スノッブなところもあり、意見が偏ってることももちろんありで共感しにくい上反感を持つ方も多いかとおもいます。
パイドロス以外のキャラクターも好感度を持てるキャラは皆無ですしね。
さらに彼が思考の旅に出てしまうとかなり理論的な、無機質な思考の連なりになってしまうことがあって、アイディア自体は実世界を検討するに面白いのですがこうやって読むとむしろしんどいところもあります。
とくにメンタルヘルスの箇所になってくるとそれが顕著に現れますね。この人は人の心を扱ってるんじゃないなーってのがひしひしと。
ただ彼がこの本で語る人と社会、人と価値についての思索は難しくとも、反感を持とうとも、一度読んで知ってみて、それから自分でどう思うか考える価値はあると思います。彼の語ることは理論的ではありますが、現代社会について考える課題とも十分以上になりえるので。
パーシグの本は「好き、嫌い」ではなく自分が彼の本を読んで何を思ったか、何を考えさせられたか、そしてその結果自分はどんな意見や思いを持ったか、ということが大切だと思っていますので。
まったく焦点のぼやけた感想ですみません。そこんとこ難しい本なんですが自分も至らないことをお詫びします。
今度は前作を買って読み返したいと思います。
今日の一曲: ルートヴィッヒ・ファン・ベートーヴェン チェロソナタ第3番 第3楽章
この曲で一番好きなこと、それを簡潔にまとめると・・・
ピアノとチェロがこんなに相思相愛でラブラブな曲はないでしょう!
音楽のよさもありますが二つの楽器の関係にソナタ全楽章萌えっぱなし(笑)
いえいえ、本当にまじめな話、チェロもピアノもどちらが優勢ということもなく、お互いのパートで自身が引き立てられ。聴いていると特にこの最終楽章はどっちも楽しそうで。
あーんな気難しい顔したベートーベンの肖像を見慣れてる方にはちょっと意外かも?
わくわくするような音形、スピード的にも前へ前へと駆けて。
一緒に駆けながらお互いにちょっかいを出し合って、テンポのいい駆け合いで。
なんか笑みが、お互いに向ける笑いが見えるような曲です。
この演奏で弾いているロストロポーヴィチとリヒテル、どちらもそれぞれの楽器でトップ奏者といっても過言ではないですが、この二人は幾度も共演しているらしく・・・やっぱり気心が知れているのでしょうか、そんな感じがこの録音を聞いているとしますね。
室内楽は個人的な感情の絡み、といいましたがお互いリラックスして音楽を楽しんでるんでしょうね。
真剣に音楽を創っているけど、何よりも楽しく、途中でなぜか笑いたくなってしまう。
ピアノとチェロと一緒に、駆け出したくなって、一緒に笑い合いたくなってしまう。
そんなこの曲は、もし私の恋人がチェリストだったら一緒に弾きたい曲ナンバーワンです♪
