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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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シュミットホフに捧ぐ・・・
今日は少しメンタルヘルスを交えて音楽のことを話したいと思います。
特に今日触れるエリア、自殺についてはいろいろ思うこともありながらものすごく繊細なエリアでもあり、まだまだ未熟な私は勉強することもたくさんあり、表現の仕方も考えなくちゃいけないので・・・
なのでとりあえずワンクッション、というほどでもありませんが自殺が悪いとか間違っているとかそうでないとかそういうのを一度取っ払ってもらってそれに関連した音楽の話を、というのが今日の試みです。

ロシア、いえソヴィエトの有名な音楽家、セルゲイ・プロコフィエフ。
若いころはモダニズムの新生児としてぶいぶいいわせてたらしいです(笑)
そんな中彼を襲った悲劇が・・・親友の死。
その親友の名はMaximilian Schmidthof。(発音がわからないので英語発音カタカナで表記させてもらいます)
1913年4月、彼はこんな手紙をプロコフィエフに遺してピストルで自身を撃ち殺しました。
「セリョージャ(「セルゲイ」の愛称形)へ 僕は最新のニュースを伝えるためにこの手紙を書いている・・・僕は自分を撃ち殺した。そんなに取り乱すことなく、むしろ無関心で受け止めてくれ。実際それ以上の価値はないんだから。さよなら。マックス 理由は重要ではない。」
まあ私の訳の下手なこと・・・ではなくてシュミットホフがどういう人物で、プロコフィエフとどういった関係で、どういった経緯で自殺にいたったのかはわかりません。
ただ自殺した理由は彼の言うように重要ではないとは思えませんがね。重要じゃない理由で生という本能を乗り越えることは不可能に近いような気がします。
一見そっけない遺書の中にはプロコフィエフを彼なりに気遣う様子が見られるような。「理由は重要ではない」とあとで足したところもきっとプロコフィエフのことを思ってなのかも?
遺書についてはいろいろまだ勉強しなくちゃいけないことばかりなので詳しいことはえらそうにいえませんが。

プロコフィエフがどう彼の死を受け止めたかは伝えられていませんが、彼はシュミットホフのために4つの曲を捧げています。
それまでに書き終えてあったピアノソナタ第2番と第4番(第4番はまだ聴いたことがありません!聴きたいです!)、書いている途中であっただろうピアノ協奏曲第2番、そして作品番号12「10の小品」から「アルマンド」の4曲です。
このうち第2番と第4番はすでに書きあがってたので別として、協奏曲とアルマンドに軽く焦点を当ててみたいと思います。

プロコフィエフがシュミットホフの死をどう受け止めたか、というのは個人的にものすごく気になるところで。ただ文ではヒントは残されていないためそれなら音楽で探ろうじゃないかと大学在学中に思ったわけで・・・

まずはすでに知っていた協奏曲のほう。
何回か自分は「死臭のする音楽」が好きだ、そういうものに惹かれるといいましたがこれも死に関わっていると知らずに好きになった曲の一つ。
この協奏曲は一度火事で原稿が燃えて、後に書き直されたというのできっとプロコフィエフも思い入れが深いんでしょう。(でもだから最初に書いた当時の気持ちが表現されている、というわけではないんですよね)
数あるピアノ協奏曲の中で際立って難しく、暗く、重く、痛々しい曲。ほかのいろいろな協奏曲となにか別世界にあるような・・・技巧の難しさもそれを見せびらかすというよりは表現したいものを表現するのに必要(そしてまだまだ足りない)、みたいな・・・ピアノ協奏曲だけれど焦点はピアノでもオーケストラでもなくどこか得体の知れない別のところみたいな気もします。

第一楽章の長い長いカデンツァはまるで死ぬほどの苦しみにのたうちまわるモノローグのよう。そして第三楽章は本当に生身の人間にこんなものが書けるのか、という何かをひどく逸したような作風。
苦しみの表現がストレートで、本当にプロコフィエフはすごい表現力だなあ・・・と思いながらこれは「何の苦しみ」なのか、といつも思いをめぐらせます。
若くして親友を自殺によりなくした苦しみか、それとも自殺した友人の身になって表現した苦しみか・・・後者はやっぱり当事者としてはそんな余裕もないし実際難しそうですが、でもこの曲を聴いて直感的に「死の淵」みたいなものを感じるので(個人的な直感的な感覚ですが)・・・

この演奏時間50分ほどもする協奏曲のどこを書いているときにその事件が起こったかというのはもちろんわかりません。
そしてアルマンドについても1913年作曲となっているのでシュミットホフの自殺を受けて書いたか、というのはもちろんわかるはずもなく(ただ「10の小品」は一曲一曲が彼の友人に捧げられているので自殺がなくとももともとシュミットホフに一曲捧げられるはずだったとは思います)

ただ協奏曲の第3楽章とアルマンドはどうも似通っていて。
深読みしすぎかもしれませんが第3楽章の「間奏曲」というフォーマットも引っかかっていて。
そっちは難しいんでとりあえずアルマンドを弾いてみようと大学在学中に初めて、最近またはじめましたが・・・
アルマンドもちなみに古の舞曲とは似てもつかず、というところもまた引っかかり。
重い歩みのリズムと暗い曲風、似たようなパッセージもいくつかありますし、クライマックスあたりもどことなーく似てるような。

弾いてるとアルマンドはシュミットホフの死後に書かれたような気がひしひしします。第1楽章のカデンツァの苦しみとはちょっと違うような、どこか変なところが麻痺してるような・・・
そうなると第3楽章も?ということなんですが。
うーん。
ただショスタコーヴィチの場合特にそうですけど小編成のintimateな曲ほど個人的な感情が表現される傾向があったりなのでアルマンドは大きなヒントになるかも?

今アルマンドを弾いていて本当にどう弾くべきか迷ってるんです。
重い歩みにはどこか機械的なところがあって・・・こめられている苦しみという感情と理論的に構成された機械的な性格の間で今のところ煮え切らない中途半端な感じで。
やっぱり自殺により友を亡くした苦しみと、彼が遺した「無関心で受け止め」るようにその苦しみを心のそこに無理やり押しやって心を機械にするはざまの迷い・・・みたいなところがあるんでしょうか。
そのバランスをセクションによって変えたりしていって感情の盛り上げを作ったりするのでしょうか。

アルマンドは決して技巧的にも音楽的にも難しい曲ではないけれど、私にとっては自殺する人と遺された人の思いになにかヒントを与えてくれるような曲でもありますし。いくら問いかけてもはっきりした答えはくれないけれど、苦しみの感情がものすごく訴えかけてきて。なにかそういう知恵の輪のような感じがして。
協奏曲に手が届くかはわかりませんが、私が「シュミットホフ曲集」と勝手に呼んでるこの曲たちには音楽としても、メンタルヘルス関係としてもずっと取り組んでいけたらな、と思います。


今日の一曲: セルゲイ・プロコフィエフ 10の小品 op.12より「アルマンド」



Naxosはあんまり好きではないんですが、この曲はこのCDが一番でした。
まあそれはあくまで「自分がしっくりくる解釈の演奏」なので玄人さんは好みが分かれてもおかしくはないですが。

プロコフィエフは結構破天荒なことをしたり、カオスだったり、激情を表現したりしますがそれでもベースはかなりロジカル。
全部全部計算済み、でもそれをあんまり感じさせないところがすごいです。
(ただ練習していると実際音を理論的に捕らえますけどね)

そんな理路整然としたところがアルマンドにもあり。
苦しみは存分に表現されているのに、さきほども言ったように機械的で。
そんな二面性が強烈な印象を与えます。

その二面性を私も操れるようになりたいですわー。

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感想2つ+α+β
先日の船便で着いた「ロザンのベスト08+」、やっと観ました!
数日だったのにずいぶん我慢した気もします(笑)



まずは:ロザンのコントは面白い!
漫才よりもインパクトがありますしネタ作ってる菅ちゃんの世界が見えるような気がしますねー。
二人の動きももっとダイナミックで特に宇治原さんのまくしたてるようなせりふ+コミカルな動きには二度笑ってしまいます。

あと個人的なあれなんですがコント「バイオリン」の「なぜなら、演奏だけでは~」の台詞をはじめいろいろ音楽家を皮肉ったような台詞には音楽家としてものすごく共感してそれで爆笑しました(笑)嘘は教えてませんけど(もちろん)でもちょっと誘惑としてはありますね。(ただ私に習ってる時点でどっかが間違ってる可能性はありますが)

でも一番は「ベスト刑事」第2弾でしたね。コントじゃなくてもサプライズやいたずらでも一回はやってみたくなるネタをあのテンポでやられたら笑いのツボに来ざるをえないです。

あとはドライブ。菅ちゃんのはしゃぎ具合ももちろん、宇治原さんの振り回されっぷりも二人の仲のよさも本当に見てて安心しましたしたくさんたくさん笑わせてもらいました。宇治原さんの卒業文集も相当でしたが菅ちゃんの「宝くじがもし当たったら」の意味不明さもすごかったですね。すっかり迷宮入りじゃないですか。

これからの季節、元気がないときに安心と笑いとエネルギーを分けてもらえそうなお宝DVDです♪

そして今日はこないだ買った武満のCDを聴きました。



基本クラシックは大雑把に言えば「郷に入れば郷に従え」ではありませんけど作曲家と同じ国の奏者がやっぱり演奏としては一番いい、みたいな評判が全般にありまして(もちろん例外はたくさんありますが、でもあまりクラシックの奏者を知らなくても、曲を知らなくても大体そういう選び方をすれば間違いないみたいなことですね)。
日本は比較的その傾向が薄いという印象があったのですが(今思うと先生に日本の曲を弾きなさいと勧められたのはそういう理由もあるんでしょうかね)このCDで本当に安心しました。

このCDには武満徹のピアノ曲・ピアノ+バイオリン、ピアノ+チェロ、そしてピアノ三重奏曲が詰まっていて。どれもが珠玉の作品、そして演奏ばかり。
よくいわれるメシアンの影響を曲に感じますし、演奏にはどこか「和」な感性を感じます。
武満は瀧口修造の詩を元に曲を書いているんですがどことなく詩的な性格の曲はたくさんありますね。

中でも自分が一番ぐっときたのは「妖精の距離」。その詩的なバイオリンのメロディーと、説明しがたいんですが「ああ、これが武満の世界なんだな」という確信をもてるスタイル。聴いてて何か幸せになります。

あと子供のためのピアノ曲も実は何気に注目してたり。さらっと弾いたりしても武満の世界が味わえそうです。

全体的にいいCDです。いい買い物をしたと思いますし、それに日本でもオーストラリアでも(私の先生の生徒は私を含め何人か弾いていますが)もっと武満をはじめとする日本の現代作曲家が聞かれ・演奏されるようになるといいと感じさせられました。

そしてこれはまだ聴いてる途中なのですが・・・


今のところ交響曲第4番とバイオリン協奏曲を聴きましたが・・・うーん。
やっぱりシマノフスキは小編成にとどめておこうかなーと・・・(汗)
オーケストラ使いはまあまあですがスタイルがなんとも。悪く言えばヴォーン=ウィリアムズの2級品みたいな。
私がシマノフスキの魅力と感じていたエレメントがあんまり見れませんでした。ちょっと残念。

でもZehetmair(バイオリン)の演奏はかなりのものです。イザイを聴いていたときにも思ったのですがオーソドックスだけれど陳腐ではまったくなく、力強くて演奏にも解釈にもブレがない。
もっともっとこの奏者のいろんな演奏を聞いてみたいな、と改めて思いました。


今日は少しまた調子が悪くて。
また、というのは今度は体でなくて精神の方。どうやら天気が良くなくなるのを察知して勝手に弱っていたようです。
今がイースター休みで本当に良かったと思います。
明日から泊りがけで友達の家に遊びに行くので多分明日は更新はありません。天気が良くて向こうでもまったりできたらなあ、と思います。


今日の一曲・・・はさきほどの武満徹 「妖精の距離」ということで。

それではまた次回に。

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お休みです。
体調不良につきブログは今日はお休みです。
なんてったって普段普通に書いててあれですから調子が悪いとかけないですね(笑)
心の調子が悪いんじゃなくて別物ですので心配ないです。

今日はシティにいって新しい財布と医学統計学の教科書とショートブーツ(前のやつジッパーが壊れたので)を買ってきました。
財布・・・今コインが12ドル分もあるんですよ。入りません(笑)あとドイツ製のブランドなので免許書が免許書ポケットに入らないのがちょっぴりネック。そしてちょーっとばかり厚みが心配ですが・・・
でも結構気に入っているので大事に使いたいと思います。

イースターです。
今日は夜ずっと寝てたんで出かけるプランもまだまったくわからず。

仕事を休んだんでゆっくりしたいですがね。
もちろん勉強もしたいですがゆっくりしたいです。
船便でロザンのベスト08+DVDが来てるのでそれも早いところ見てみたいですし♪
(祖父から来たDVDでここ数日クイズ三昧だったのでそれも見終わりつつあるところなので・・・)

さて、まだ体が多少しんどいので12ドル分のコインをどうするか考えながら休みたいと思います。

また明日。

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室内楽のなにがし
一人でソロを弾くのも、大人数でわいわいオケをやるのも楽しいですが、室内楽もなかなかたのしいですよ。

室内楽、それは少人数で音楽を作ること。
(余談ですが室内楽といっても屋外で弾くこともよくありますね。とくに結婚式なんかで弦楽四重奏などを手配する人も多く、大学生はそれで一部お金を稼いだりするらしいです。たまに海風吹く桟橋とかで弾かされるらしくて楽器やら楽譜やら傷むやら飛ぶやらで大変らしいです)

一番ポピュラーなのはバイオリン2人+ビオラ+チェロの弦楽四重奏とピアノ+バイオリン+チェロのピアノ三重奏ですかね。
他にもいろいろありますがWikipediaのこのページがずっと詳しいです。
探せばいろんなコンビネーションがありますが、いい曲があるとは限りません。

あと「バイオリン・ソナタ」とか言われるものも室内楽扱いするものも多くあります。ピアノとそのソロの楽器が対等な関係なら室内楽、っていう感じでしょうかね。
ブラームスとかのソナタは「伴奏」していると室内楽してる感じに近いです。

私が一番好きなのは前日話しましたピアノ四重奏。三重奏だと3人ソリストがいてそれぞれの負担が大きいですし、五重奏だとピアノ+弦楽四重奏と二つに分かれてまう。ですがピアノ四重奏だとみんなががっちり対等にしっかり組み合った感じでいいんですよ♪それにビオラの音があると厚みが違いますし、音楽や音の複雑さも変わってきます。

今一番弾きたいのはブラームスのピアノ四重奏第3番。
第1番が有名なんですけど第3番が個人的にしっくりきますし心に近いです。
そしてブラームスにしては技巧的に無理が少ないですしね。

リハーサルとか楽しいですよ。みんなでわいわい弾いたりあーだこーだ言ったり、たまにさぼりぎみだったり。
でも4人も集まるとなかなかスケジュール調整が難しくて、本当は週1でリハーサルしたいのになかなか・・・ってこともあります。

あと室内楽って少人数で音楽を創り合うのでものすごく個人的な感情のぶつかりあいなので、室内楽でメンバーの仲が悪くなったり、けんかになったりなんてこともよくあるそうです(大学での室内楽担当の先生談)。

私が友達とブラームスのホルン三重奏をやっていたとき大学のホルンの先生のコネでかの有名なホルン奏者バリー・タックウェルにチュートリアルを受けたとき、バリーが言うにはそのブラームスのホルン三重奏をアシュケナージとパールマンとやっているとき何もかもがうまくいかなくてみんないらいらして、どこもぴったり合うところがなくて、ぴったりだったのは第3楽章のオープニングだけ(ただそこはピアノが一人で弾いているというオチです(笑))、という話を聞きました。
室内楽は人と人、心と心がかなり密接に関わりあう音楽活動なんだなあ、と実感。

室内楽のいろんな種類によりその関係性もさまざまです。
私がすごいと思うのは木管五重奏ですね。
フルートは金属製で息を直接管に吹き込む楽器、オーボエは小さな二枚のリードを震わせる木の楽器、クラリネットはリード一枚の木の楽器、ホルンは金属製で唇を震わせることで音をだす楽器、そしてファゴットは大きめのリード二枚を使って音を出す木の塊のような楽器。
全部の楽器がそれぞれ違った仕組みの楽器で(オーボエとファゴットは音の出し方では親戚ですが)、音の質ももちろんぜんぜん違って。
なのに一緒に吹くと音楽としてしっかり成り立つんですよ。
みんなが好きなことをやっているようで個人主義のようだけれど、アンサンブルとしてしっかり一体化してて。
不思議で不思議で。

私がいま執筆しているオケストーリーの箇所でも「室内楽をやるといいわよ」的なことが言われてるんですけど本当にそうですよ。同じ音楽家同士触れ合うのに最高の形だと思います。
ストーリーでもいろいろ室内楽で人間関係をいろいろ表したりできたらなーとも思います。


今日の一曲: ヨハネス・ブラームス ピアノ四重奏曲第3番 第1楽章


ブラームスが彼の最初の交響曲を書くときに「ベートーベンの第9を超えなければ意味がない」といって21年費やしたのは有名な話ですが、その同じ21年間にこの曲は書かれ、しかも同じハ短調という調なんです。
(まあ21年といってもただ単に偶然で、その間未完成で放っておかれてたらしいです。)

なんでもブラームスはゲーテの「若きウェルテルの悩み」の一シーンを参考にしたとかで。この第1楽章のオープニングはウェルテルが頭にピストルを構えるところを想定しているらしく、ピアノの最初の音はまるで悲しい銃声のよう。

ブラームスのシリアスで重厚でシリアスな性格と、子守唄やワルツに見られるような母性本能的な部分と、ベートーベンの後継者として一番に名が挙がるのがわかるような激しい悲劇的な音楽性がみんな詰まってます。
そして私がブラームスで一番好きなエレメント、すさまじいまでの内向的さもこの曲は(どの楽章でも)強いです。

ブラームスって案外でも計算的なんですよね。
たとえばこの楽章で言うとクライマックスにかけてビオラがバイオリンのメロディーを追っかける部分があるんですけど、フレーズごとにバイオリンとビオラの距離を縮めていったり。
で、クライマックスから下るところと、最初のテーマの回帰をオーバーラップしてみたり。
そういう彼なりの考えのプロセスが見えるのもなんとなく作曲家に親しみを覚えますね。

そしてビオラの使い方がうまい。
サポートとしてのビオラ(でも結構目立ってます!)はもう文句なし。ピアニスト視点からしてもこういうパートだとビオラにいてもらって心強いです。

ブラームスはいいやつです。師シューマンが精神の病に倒れた後も彼の妻クララにプラトニックな思いを抱き続いたことでも見られる内向的な性格、最初の交響曲に21年費やしたまじめで努力家な面・・・そんなブラームスがみんなこの曲には詰まっています。
普通に音楽を聴くにも本当にはずれのない作曲家で、人間的で心にものすごく近い音楽を書いていつだって(夏は多少暑いですが)聴く人の心をしっかり抱きとめてくれます。
本当はエントリーのメインでしっかりじっくり語っても(今度やりたいですね)彼の魅力については語り足りないけれど・・・

なので知らない人も知っている人もぜひともヨハネス・ブラームスをよろしくお願いします。

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タコ5のち酒は飲んでも飲まれるな
今日日本からの船便がついて服や食べ物、とりぱんなどと共に誕生日に買ってもらったWest SideのCD、ロザンのDVD、さらにショスタコーヴィチの交響曲第5番のCDが入ってました。(DVDはちょっとだけ見ましたがあとは後でのお楽しみ♪)
指揮はムラヴィンスキー、演奏はレニングラード・フィルハーモニー管弦楽団。1984年の生演奏です。

物心ついたころからずっとバーンスタイン&NYフィルの演奏ばかり聞いて育ってきて、自分で弾くまでは他の演奏もほとんど聴いたことがなかったので・・・バーンスタインの録音は結構異端なところがあるらしいので、「主流」的なものをそろそろ聴いたほうがいいな、と思い買ってもらいました。

やっぱり本場はいいですね!ソヴィエトの時代に録られたソヴィエトオケでのレコーディング、やっぱり時代性と国民性が現れますし、なにかものすごく歴史的なものを感じます。
ブラスの重厚さ、そして解釈のスタイルにもものすごく重みを感じます。

なんといってもホルンセクションの元気さと第1ホルンのすごさに感服です。オケのオーディションにもでるような難易度高いセクションソロ・一人のソロも完璧で、生演奏だってことを感じさせない完成度でした。

やはり長年別の録音を聞いてきたので慣れないところもありますが、それはこれからゆっくり付き合っていきたいですね。


話は変わって、オーストラリアの飲酒年齢は何歳でしょう?
昔授業で習ったのは(現状を見ると今は変わってるかもですが)「親と一緒で親の許可があって食事の場でなら何歳でもいい」という感じらしいです。大まかに言えば。
それでなければ18歳です。そしてバーなどだと運転免許書(Learner'sでも可)の年齢認証が必要です。

私は一応親に20歳まで、といわれていたので(一回それ以前に飲んでますが)、それから飲み始めました。(あと1年間わけあって禁酒していたこともあります)
飲むのは主にオケの打ち上げと友達のバンドがバーで弾くのを見に行ったときでですね。あと友達の誕生パーティーなどでも飲みますし。(あんまり社交的でないので他にあんまりイベントとか遊びにいったりとかないです)

あ、ちなみにその間も薬は飲んでいましたがちゃんと薬を変えたりするときは精神医にあらかじめお酒を飲んでも大丈夫かチェックして大丈夫な場合のみ適度に飲むようにしています。適度に、とは前も言いましたがたとえばリチウムを飲んでいるので水分補給に気をつける、向精神薬は鎮静作用がありアルコールとの似た作用と相乗効果になるので量は控えめに、とかそういうことです。

食事にはやっぱりワインですね。オーストラリアはワイン大国なので詳しくなってみたいなーいろいろ試したいなーとは思うんですがまだまだぜんぜんです(笑)
それにワインは夜遅くに飲むと二日酔いを起こす傾向にあることがわかったので食事以外(または家にある料理用のをいただく以外)はあんまり飲みません。

ビールも・・・オーストラリアでは色々作られてますしさらにポピュラーですけどどうも・・・Coronaなら行けるんですけど。ちょっとでもぬるくなってくるときついですね。

バーなどで飲むのはスピリッツが主です。レモンライムウォッカ、ジントニック、あとベイリーズ(アイリッシュ・クリームのリキュール)をオンザロックで、などなど。
ミドリ+レモネードなどもいいですね。でもあれば一番すきなのはライチリキュール+トニックウォーター、そしてボトルのスミノフ・ダブルブラック。

そしてカクテルもいいのがあれば、ですね。こないだのポリーなんかだとカクテルしか飲みません。カクテルは度が強いし高いのでそうたくさんは飲めませんがちょっとした芸術だったりして飲んでて楽しいです。

だいたい一回のセッションで$20くらい飲むようにしています。たとえばオケのコンサートが11時に終わるとすると11時から20~30分毎に飲むと終電までだいたい$20くらいになりますね。ペース的にもこれくらいがいいです。

量的にはもっとのめるんですけどね、そのペースでいくと。
日本人があまり持っていないといわれる酒飲み酵素(と勝手に呼ぶ)はあるようなので、妹と父はすぐ赤くなって酔うのに対し私と母はそこそこ飲めます。(これも前言いましたね)
酔ってもでもそう変わらないとは言われますね。こないだ前述田舎に住んでる友達のところで自家製ウォッカをストレートで飲んだら視界のすべてのものにピントがあって結果何もはっきりと見えてない、なんてことはありましたが思考もなかなか普通で通ります。

実際酔った状態でピアノを弾いたりQさまのクイズを解いたりとかしてみたいですけどね、どれだけ影響があるのか。
酔ったときにピアノを弾いたピアノ友達は楽しかったーって言ってますけどいつか試したいです。
あんまり早くからは飲まないようにしてるんで(まあたまには・・・昼からみんなで飲むこともありますけど)。

お酒の失敗も・・・何回かあります。その少ない件数のうちのほとんどは実際つぶれようと酔ったんですが。
最近はちなみにありませんね。
ただ先ほど言ったような酔い方なので大丈夫と意識ほとんどなしの間が無に等しいので普段は一応細心の注意をはらってます。それに先ほどのペースでいくと自分が酔いつぶれるような量を飲めるお金はありませんが(笑)

メルボルンはおいしいお酒がいろんなところにいろんな形であるし、いろんなおいしいお酒があるので体に気をつけてたしなむ程度に楽しみたいです♪


今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 交響曲第5番 第1楽章



もう今日はこれです。これしかないです。

ショスタコーヴィチが交響曲第4番と同時期の「マクベス夫人」でソヴィエト政府から痛烈な批判を受けて、そしてつらいといっても言い足りないくらいつらい時期を経て、そしてその批判への返答として書いたのがこの名曲。
ショスタコーヴィチの作品のなかで一番有名で、とくに4楽章はテレビなどでも使われますね(こないだオレワンの瞬間記憶の回で菅ちゃんのBGMとして使われてて爆笑しました!)

でも今日聴いてやっぱり一番心にぐっと来たのは第1楽章。一番長いですがショスタコーヴィチの音楽のいいところがみんなつまってるといっても過言ではありません。
とりあえずかいつまんで。

1.ホルンセクションがすごい!
途中でホルンのオケオーディションでも必ずといっていいほど課題に挙がるセクションがあります。それはホルン全員で吹く低音の箇所なんですが、これが力強いと腹にきますね!それにここのピアノの重いメタリックな登場といったらかっこいいですねー。
そしてクライマックスの後のフルートとホルンソロの掛け合いでのホルンのパートは難しいことで有名ですがこののびのびとしたメロディーはむしろ弾くには拷問、でも聞くにはのびのびしていると本当に落ち着きます。

2.ショスタコーヴィチの真髄は「ユニソンの力」にあると思います。ショスタコーヴィチが一番力強いのはさまざまな楽器が(またはピアノ曲でもそうですが)ユニソン、オクターブで同じメロディーを奏でるときで、ショスタコーヴィチがそういうことをすると他の作曲家よりも特別な気がします。
やっぱりあれですかね、ロシア革命、そしてその後の独裁体制での「人々の叫び」の象徴なのでしょうか。
この楽章のクライマックスもまたそんな力強いユニソンが心を貫きます。

3.エンディングのチェレスタの音でなかなか死ねます。
チェレスタは精神不安定をあらわすようなこともある、と以前言いましたが、この楽章の最後に現れるチェレスタのソロの半音階はものすごく不吉で不安定な何かがあって好きです。
ちなみにこの録音のチェレスタ、やっぱり録音が1984年ということもあって結構古い感じの音がします。それが大学で私が使ってたチェレスタにそっくりな音で・・・ん?あのチェレスタもそんなに古いものだったのか?

エキサイティングで、したたかで、力強くて、繊細さもある・・・ショスタコーヴィチのこと、ソヴィエトのことを知るために、またはそれ全部抜きにしてもぜひぜひお勧めの一曲です。(この録音で!)

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