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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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なつかしのTomorrowシリーズ
今週末はイースター。親友と休みが続くのでどこか行こうか、ということになっていたんですがどうやら泊まりは無理そうで。近場で日帰り、ということになりそうです。

泊まりでないといったところで没になったプランの一つに「Tomorrowシリーズ」の舞台になった「Hell」のあるところに行く、というのがありました。


こちらにも紹介があります)
この「Tomorrowシリーズ」、オーストラリアの若年層文学の中ではもっとも有名な類に入るジョン・マーズデンの代表作。第1作の「Tomorrow, when the war began (邦題:明日、戦争が始まったら)」から第7作「The Other Side of Dawn(邦題:明日への扉)」まであって。
第1作は多分私がこっちに来る前に出版されてて、私の英語が途中で追いついて多分第6作くらいからリアルタイムで読んでたかな。私の友達も読んでいて、第7作で完結する!というときにはずいぶんテンションがあがった思い出があります。

この話は主人公の女の子(まだ高校生)、エリーが彼女と彼女の友達に起こった出来事を書いて記録に残している、という形で(少なくとも途中までは)書かれています。
エリーはオーストラリア南部の田舎に住む女の子。家は農場をやっていて、友達もだいたいそういう家が多く。
ある日友達を集めてキャンプをしようと企みます。
ギリシャ系のホーマーは破天荒なやんちゃ男子、親友のコリーにその彼氏のちょっといけすかなかったりするケヴィン、(ここまではみんな農場経営)、家が町(といっても小さそう)にあるアジア系で家族がそっち系レストランの男の子リー、ちょっと天然で他の子よりも田舎くささがないフィオーナ(フィ)、そして信心深い女の子ロビンの7人が集まってキャンプにいくことになり・・・

キャンプから帰ってくるとどこの家にも誰もいない。家で管理してる動物は無残な状態になっている。テレビもつかないし、周りにも人っ子一人いない。
これはおかしい、ということで不安な気持ちをぬぐえないまま町の様子を見に出たとき、7人は驚愕の真実を知ることとなる。
・・・この国は侵略を受け、彼らの家族をはじめとする人々は捕らえられている、と。
そしてエリーたちは自分の身を守るため、生き延びるためときには逃げ、ときには戦いながらサバイバルの道を歩むことを決意する・・・という話で。

アクションはもちろん、まだ大人になりきっていない彼らのこの経験を通じての成長や、登場人物一人一人の思いとその変化、そして登場人物の人間関係なども魅力的で。
それにしても今の時代は非国家主体によるテロの恐怖が主流の時代になってしまったのでこのシリーズで描写されるようなアクションは少しもう古いのかしら。
私はちなみにロビンとフィが好きです。エリーも欠点はあるけれどしっかりしてるしタフで好印象男子だとホーマーが好きかな。

それにこないだこっちに来て以来の友達が経営してる農場(家がずっと農場をやってて。今は育児ケアもやってるらしいです)に遊びにいったんですけど、それが地域的にもTomorrowシリーズでエリーたちが住んでいるであろうエリアで、同じように農場があって、ちょっと離れたところに町があってってパーフェクトで。
そうか、あの話はこういうところの話なんだなーって、やっと情景がはっきり浮かびました。
なのでオーストラリア南部を知らない方にはそこのところ読んでてどうなのかなーと気にはなります。

で、そのもうちょっと東の先のブッシュ、というか山の方にエリーたちがキャンプしに行った場所のモデルロケーションがあるんです。
Mt HowittのあたりのTailor's Stitch、そのあたりのDevil's Staircaseが小説で言うSatan's Stepsで、その険しい岩の崖を下ったところにエリーたちの言うHellがあるんです。
Hellは小説の中では昔自分の妻と子供を殺した男が隠れ住んだ場所となっていて、7人にとって秘密のキャンプ場所で、戦争が始まってからは隠れ家的な場所となっていました。地獄という名前に反して暮らしいいところで(笑)とくに戦争中はむしろ外の世界のほうが地獄でしたから。

ずっとそれをみたい、見たい、といってたので今回は没でもいつか親友と一緒に行こうとおもってます。
ただ途中までしか車でいけなくて、それでDevil's Staircaseまでは少なくとも1日ブッシュウォーキングらしいので時間があるときに。さらに冬になるとスキー場もあるエリアなので雪でいけなくなるなんてこともあるらしいのでなるべく寒くないときに行きたいですね。

ただシリーズとしては・・・Tomorrow シリーズは途中と最後がちょっといまいち、という感じでしたね。少なくとも第1巻、第2巻はものすごくお勧めです。ただ5巻と7巻が・・・(ぶつぶつ)

Tomorrow Seriesの邦訳はこちら
私はでも鉄条網をあしらった初版のカバーデザインが一番好きです。最終巻の初回特別版はカバー真っ黒で鉄条網だけ、というデザインがかっこよかったですが今はもしかしたら出版されてないかも。
日本語はもちろん、英語もそんなに難しくないので(もともと現地の中学生が読んだりする本ですし、私も来て3年目くらいで読み始めてるはずなので)自信のある方はぜひ英語で。

なんとこのTomorrow Series、こちらでは今年映画化されるとのことで、かなり楽しみにしています。(日本ではやるのかな?)キャスティングを見る限り役者さんは知らない子ですがみんななかなかイメージぴったりです。ストーリーも元がいいのでシリーズを通じていい映画になるといいです。そしてあわよくばこの映画化で世界にもっとこのシリーズが知られるようになるといいな、と思ってます。


今日の一曲: フランツ・リスト 「超絶技巧練習曲」より第5番 「鬼火」


フランス語で Feux Follet、英語で Will 'o wisp。
リストって全体的にあんまり好きじゃない曲が多いんですけど(外向的なんですよねー。リスト自身が弾いて技巧などを見せびらかすために作った曲が多いのでね)
この曲も大学時代にはそう好きではなかったのですが最近じわじわとどうやら来ているようです。

「超絶技巧」の練習曲の一曲とあって確かに技巧はスーパー難しいです。
イントロの後のメインのセクションの右手を楽譜を見ながら弾こうとすると本当に指がもつれそうで。
ものすごく細やかで繊細で極小回り重視の指の機動力のテクニックの練習曲です(ただここ以外の場所に応用が見つからないんですが)。

突然現れたり飛んだり光ったり消えたり、気まぐれな鬼火とその怪しい揺らめきが上記技巧によってあらわされるわけです。その軽くて実態がないような感じ、そして・・・ゆらゆら怪しく、でもきらきら輝く感じ。
予測不可能な鬼火の動きに心をくすぐられっぱなしです。

たとえばこれをアンコールで弾いたら(メインのプログラムでばてて死んでなかったら)なんかものすごく聴衆の心をくすぐることもできるし、自分がこの曲の技巧に重圧を感じることもないんじゃないかと思います。
なんとなく軽い、ファンタジックなユーモアとともにリサイタルをしめるのも楽しそうです(弾けたら!)


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Small body, small hands...
もう何回か話に出たかとは思いますが、私日本人としても結構小柄なもので。
オーストラリアに住んでるとバーのカウンターが高かったり(声を届かせるためにいつも足が宙に浮くほど乗り出してます)なんだかトイレの高さも微妙に違ったり(おなじく小柄な母談)、人に埋もれたりいろいろちょっとばかり不便なことはあったり。

ピアノの世界でもちょーっとだけ不都合がでます。まあ手は体の割りには大きいほうなのか1オクターブはとりあえず楽勝なんですけどそれ以上はきつくなったり。
他にもコンサートグランドピアノを全体重で押しても動かないという話もありますが、とりあえず手の話を。

私より手の小さい人も大学にはいたんであんまり言い訳したり贅沢いっちゃいけないのかもしれませんが、それでも普通のサイズの手の人の「普通」をやろうとすると手を傷める恐れがあり。
大学での私のピアノの先生は体格は普通なのに手が小さめらしく在学中はいろいろこのことについて話してくれました。

例えば曲を選ぶときもあんまり無理しちゃいけない、とか。ラフマニノフやリストのように自身が手が大きくて自分で弾くために書く作曲家の曲は気をつける、とか。(スクリャービンは自身が手が小さいのに小さい手には恐ろしい曲をたくさん書いてるんですよ。どうしてだろう。)
オクターブばっかり休みなく続く曲(ショパンの練習曲op. 25-10が思い浮かびます)や大きな和音ばっかりの曲(リストのリゴレットとか?)はとりあえずあきらめなさいと。

そしていつでもなるべく手は「閉じた」形にする、広げたままにしておかない、という風にもよく言われました。

あと先生はいい人なんですが多少せっかちで(例:演奏が終わって音が鳴り終わってないのにもう立ち上がる)怠けものなところがちょーっとありまして。
だからもちろん手を傷めないためなんですけど多少手に無理をさせるような箇所は音を抜いて良いよ、っていうんです。もちろん曲の音になるべく支障がでないようにしますが。でもたまに私が多少音的にこだわってるところも抜こうとするのであせります。
先生は安全第一だけれど私は若いから(?)多少無理したってそうたいして痛くもないから大丈夫よ♪的な、むしろ音楽に関しては少しくらい無理したいみたいなところがあるので。

で、無事今でもピアノに関して怪我をしたことはありません。入院中にかぎ編みのし過ぎで腱鞘炎になったことはありますが。あと薬の副作用で一回レッスンで指が動かなくなったこともあります。あ、それから精神的ショックで手が固まったことも。
なんにしろ原因はピアノを弾くことではないのでこの際オッケーです。

ただ手が小さいからといって小回りが効くとかそういうことは・・・自分に関しては自信がないです。テクニックは多少避けて通るというか二の次みたいなピアニストでしたので・・・

先生に・・・メールかかなきゃな、と思います。無事職をみつけて、またピアノもやってるってことが伝えたくて。
ただ先生は本当に口数少なくて、在学中はまあ奔放にピアノをやってた私のこともかわいがってくれたけれど今はどうかなーって気持ちもあり。

先生、大好きなんです。
こういう人
なんですけど。
ミケランジェリに師事した経験があって(つまり私はミケランジェリの孫弟子!?チェロもね・・・私のチェロの先生、シュタルケルに習ったことがあるっていうんで私はシュタルケルの孫弟子・・・)、彼と同じくドビュッシーを得意としていて。
全体的に印象派が得意だけれど生徒が弾く分にはまあ結構心の広い人です。ただ基本ゆっくり過ぎる曲と難しい曲、あと毒がある曲は好きでないと私の経験によりわかりました(笑)私よりもずっと趣味のいい人ですから。
私に日本の音楽を弾いたらどうかと薦め、現代音楽専攻の道を示した人でもあり・・・
ほとんど毎年、ピアノのみの一日コンサートシリーズを主催(奏者は自身、大学での先生たち、そして優秀な生徒たち)したり、Port Fairyでの音楽フェスティバルの主催もやったりメルボルンの音楽の活動に貢献してる人です。

大学内の寮に一人で住んでいて、そこではコンサートグランドが3台あったり、おびただしい量の楽譜や本があったりでなかなか私は先生の家が好きで(笑)

実は私のチェロの先生(元)とも仲がよく、そして私の第2の師で友達でもあるメシアン弾きのマイケル・ハーヴィーと仲がよく。なにかとコネがいいんですよね。(ただマイケルは私の友達の先生でもあってそっちから知り合ったんですが)
生徒たちも本当にすごい人とかいっぱいいますし。

言動がどことなくコミカルでユニークで。生徒たちを知ってか知らずか笑わせてくれます。先ほど言いましたように口数は少ない人でいまいち何を考えてるか何を感じてるかわからないみたいなところもあり。

でもなにかにつけて優しい人です。
前述指がレッスンで動かなくなったときも自分も高血圧の薬を飲んでるから副作用があったりそれがつらかったりすることはよくわかる、というふうに慰めてくれましたし、うつがひどくて練習することもままならないときはなんとか無理せず少しずつ続けていけるよう支えてくれましたし。

本当に迷惑かけてばっかりで、そんなに演奏家としては先生のおめがねにかなうことはなかった生徒でしたけれど私が表現しようとしてること、冒険しようとしてること、そういうことは本当に認めてくれてある程度評価してくれてるようだったので・・・
またレッスンするならまずは先生にまた習いたいと思います。先生と呼びたい、呼べる人は彼しかいないと信じてますので。

なので今週メールを書かなきゃ!


今日の一曲: ポール・ロヴァット=クーパー 「Earth's Fury」

レコーディングはこちら

これだけピアノの話をしといて無神経にもほどがありますがブラスバンドのための曲です。
この録音で演奏しているトロンボーン奏者、ブレット・ベイカーのために書かれたコンチェルトにも似た感じの曲。
このブレット・ベイカーがすごいんですよ!トロンボーンって金管楽器で唯一スライド式、つまりは唯一音程を取るのに指じゃなくて腕の筋肉を使うじゃないですか。それがこんな超絶技巧で!
腕の筋肉ってそんなに細かく動くんですか!?といった印象です。

そして彼とともに弾いているのがBlack Dyke Band。彼らは本当にすごいです。技巧はもちろん、ブラスの音、というものの真髄を骨の髄から全身に感じます。

たとえこの曲が例えばオーケストラで聴くような名曲のような音楽的深さは不足していても、ブラスバンドというものはこの金管楽器たちの音の素晴らしさというものでカバーするどころかカバーする以上の素晴らしさがあって。
まっすぐで、輝かしくて、豊かで、明るくて、いくつもの音が全く一つにとけあい、あったかいブラスの音は最高です。

Earth's Furyとは大地の怒り、といったところでしょうか。「Twister」、「Fallen Memories」、「Succeed the Storm」の3楽章からなるこの曲は自然の猛威とそれとともに生きる人間の心を描いてるのかなーと思います。
だからでしょうかね、私は「Succeed the Storm」の前向きに突っ走っていく性格が好きです。

トロンボーンという楽器の限界、ブラスの集合体の音の素晴らしさを聴くにはもってこいの、エキサイティングで感動的な(メロディーとかよりは音に)一曲です。


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ファウスト・・・の感想みたいなそうでないような
(ネタばれ注意です)


ゲーテのファウスト、何年か前に読んだんだけど今日またちょっと思い出すところがありまして。

日本語で読んだんですけど(でも英語のほうが面白かったかな・・・?訳によりけりでしょうが)結構好きで、コミカルな面が心に残ってます。

「ファウスト」は私にとってはファウストの物語というよりもメフィストフェレス主体の物語でした。

神様ととんだ賭けをしてしまったばかりに人間に振り回されて苦労してはそんな役回りを演じ続け、骨折り損の果てにファウストの魂まで天国に持っていかれるし。

こういう文学って神様や天使よりも悪魔がどちらかというと人間的に、魅力的に書かれていて・・・そういうのが好きです。
神にこの賭けで勝つためならば、とファウストの望みをなんでもかなえてやるとはりきっていろいろ策をめぐらしたものの、ファウストはグレートヒェンと恋に落ちてこの娘がまたメフィストフェレスの一番苦手そうなタイプで。それで無用の殺人はするわ南に逃げなくちゃいけないわで。
南に逃げたら逃げたで向こうの悪魔の祭りでタイプじゃない女悪魔たちに絡まれるわ、地道に経済再建するファウストに手下ともども地味な肉体労働にかりだされるわ・・・賭けに勝つ条件を果たしたと思えばあれやあれやと天使たちにファウストの魂を騙し取られるわで。

とんだ人生ですよね(笑)でもそうやって苦労症のメフィストフェレスが好きで好きで。

悪魔からみた人間ってこんなんなのかなーって思います。この話の人間を外から見るような視点も好きです。
あの「瞬間よ止まれ、汝はいかにも美しい」ってシーンもどうも他人事のように見てしまう。メフィストフェレス視点で、そう言うファウストの横顔のその表情を見ながら・・・メフィストフェレスはきっと不思議に思うんだろうなーと。

こんど読むときは南北の悪魔の集まりのところをもうちょっとまじめに読みたいですね。どんな生き物が出てるかだけ見ながらざーっと読み進めてしまったので。

もともとは自分の創作のスラーヴァというキャラの設定のためにメフィストフェレス目当てでこの本を読んだんですけど・・・結局参考になったのかどうかというと・・・うーん(笑)
まだまだいろいろ吟味したり、読み返したり、考えたりしなければならないようです。

ファウストは音楽や漫画、映画や小説などいろんな媒体でリメイクされてますが・・・いつかお近づきになりたいところです。


今日の一曲・・・じゃなくて今日は2曲です。

今日の一曲 その1: セルゲイ・ラフマニノフ ピアノソナタ第1番 第3楽章



20世紀音楽ばっかりシリーズ、見事に続いてますね(笑)
ちなみにラフマニノフは後期ロマン派扱いされることが多いですが、結構やってることは20世紀ばりばりではないかと私はいつも言ってたら大学では結構賛同 者がいました
そもそも今日ファウストのことを考えてたかというとこの曲のおかげで。

聞いたところによるとこのソナタの全3楽章はゲーテのファウストを題材にしているとか。
第1楽章はファウスト、第2楽章はグレートヒェン、そしてこの第3楽章はメフィストフェレスがモデルらしいです。
第3楽章のメフィストフェレスについてはラフマニノフをそこそこ知ってる人なら曲中に出てくる「怒りの日」のテーマの引用に裏付けられていると思います。
そしてどことなくなにかが例えばリストのメフィスト・ワルツに似てたりも。

あんまり弾かれないんですよねーこの第1番。ピアノソナタの癖に演奏時間が40分以上あるのが原因でしょうか。ラフマニノフの初期の作品に漂うそこはかとない渋さがものすごく魅力的なんですが。

人間としての哲学的な思いにふけるファウスト、淡い愛に溺れ戸惑うグレートヒェンの後にこの跳ねるような、暗躍し策をめぐらし魔法を使うメフィストフェレス。3者3様、それぞれの魅力が生きてソナタ全体としてもひとつの大きな世界を表現するちょっと長いながらもものすごく心に近いソナタです。


今日の一曲 その2: リゲティ・ジェルジュ(ハンガリーですので) ピアノのための練習曲 第13番 「悪魔の階段」



悪魔と思ったらこれは外せなくて・・・という理由での今日の2曲目。
13番で悪魔、そして悪魔のように難しい!
数学的な音楽を書くリゲティのこと、もしかしたらこの練習曲の番号の13だけじゃなくて曲の中にもなんらかの形で13が入ってるんじゃないかと思ってるんですけど・・・知ってても教えないでくださいね!いつか楽譜を買って自分で探しますから!

まるで無限の階段を上り下りするような音形は本当に無限の空間に広がっているようで。
どこか腹黒い(全体的に色の黒い曲です)、どこかにトラップが仕掛けてあるような・・・無機質だけれど一瞬の気も抜けない(まあ奏者はもちろん気の抜けないほど難しい曲ですが!)音楽です。

どこかわくわくするんですよね。まるでマリオみたいなゲームをやってるがごとく。
そして前述メフィストフェレスが策をめぐらし、魔法をかけ、そして四方八方奔走する様に。

無機質だけれど、ものすごく生き生きしている、ものすごく生きているエチュードです。


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セカンド・ファミリー
オーストラリアに来て今月25日で14年になりました。
学校に初めて行ったのはその一ヶ月後ですが、その最初の日からずーっと付き合いのある親友がいまして。
14年いろいろ(主に私の鬱がひどい時期は)ありましたが、今でも家族ぐるみで仲良くしてもらってます。

両親が日本に帰ってから(といっても父はいまジャカルタに単身赴任中。そんな父の話はまた今度)は例えばクリスマスなんかは親友の家に呼んでもらえるし、いろいろとお世話になっていてもう第二の家族と呼んでもいいくらいです。

親友のうちは7人家族。両親と4人姉妹、そして母方のおばあちゃん。超女系家族です。
親友は上から2番目で、下の二人の妹は二卵性双生児。
海に歩いていけないことはないくらいの地域で二軒分の土地にひとつの家をたてて、裏庭にはおばあちゃんの家となっている離れがあります。そこは昔は野菜畑があって。昔は豆をもいでよく食べてました。
そしてすごいのが先祖に2人もイギリスからの流刑者がいるということ。その後の移民が先祖という人がマジョリティを占め、先祖には1人いる人もそう多くないなかこれは珍しいです。(ただ親友はまえ南アフリカ系の訛りがあるといわれましたが。なぜ??)

スーパーハイテンションの小さな犬と、数羽の鶏飼ってますが、昔はウサギなんかも飼ってましたし私が学校で拾ったインコのひなも(お母さんがそのかわいさにほだされて)育ててくれました。・・・が、その2週間もしないうちに別のところで2回また同じ種類のインコのひなを拾ったり(笑)
そのインコのひな時代がこちら:
ゴシキセイガイインコ、別名レインボーロリキートまだふわふわの灰色い羽根のときですが、これからゴシキセイガイインコの名のとおりカラフルになります。
このときはちょうどそこらでもかもめやらスズメやら写真を撮る鳥好きの父がシンガポールから?遊びにきていたこともあって数日間預からせてもらってました。
右の子が私の拾った子。もう一匹は足が悪かったのでこういう格好なのです。

超女系家族ということもあって家のボスはお母さん。
姉妹仲はいいようで特に下の3人はとても仲がよく。姉妹でいろいろしたりもしますし、妹たちも親友の友達に混ざって遊ぶこともあり。
そして一家そろってインテリ。みんな成績優秀です。
学校にいる間はみんな何らかの楽器を弾いていて、ただそれがファゴット(親友)やビオラ、チェロなので家で学校のオケなどでやった曲を口ずさむと誰もメロディーを歌ってないとか(それはうちでも同じですが)。

あと家に二つ使い物にならないくらい古いピアノが2台あるんですよね。どちらももらいものらしいですが。
どっちも修復不可能なほど調律がずれてて、しかもお互いにまたずれてるんでデュエットするにも使い物になりません。音はでるので使ってるみたいですが。

エアコンがなくても良いほど通気がいい家はいつも裏口が開いていて、大きな庭に通じてます。大きな庭の大きな木にはよく登りました。今は枝がどんどん少なくなって上まで登るのは不可能に近いですが、昔は上るとシティの方まで見えました。
登るといえばガレージ(兼倉庫)の上にも登れますが屋根のトタンが古いため友達が足をずぼっと突き入れてしまいました。

親友がジャグリングをやってたりすることもあってそういう道具もあったり、木につるして登るものもあったり、お父さんはなんと碁盤を手作りしたらしいですし(お父さんに親友の彼氏と一緒に碁を習いました。オージーに碁を習ってオージーと碁で遊ぶって不思議ですね)、他にも一輪車、背の高い竹馬、外の暖炉みたいなものなど面白いものたくさんでどれだけ長くいても飽きません。

基本物持ちのいい一家なんですよ。質素で、悪く言えばけちに見えるところもありますが子供の教育や楽しみにはちゃんとお金かけてますしお母さんはとってもしっかりものです。ただ親友はけちにまだ価値がついてきてないところも多少あり。

家族仲がよくて、よくキャンプなどに行ったりしているみたいです。まだ姉妹だれも家を出てなくてまあずっとこうなのかなーという感じです。家を出てもきっとちょくちょく帰ってきたりするんじゃないかと。
なので私もまだまだ親友の家に家族に近い存在としてちょくちょくお世話になるんじゃないかと思います。

典型的なオーストラリアの家族、というわけではきっとないのでしょうが私はセカンド・ファミリーといるとオーストラリアにいるっていいなーって思います。たとえ碁を打ってても(笑)
本当にいつも私を家族に加えてくれて、がっつりオーストラリア生活させてくれてすごくありがたく思っています。

でも14年前は小さかった双子の妹たちも今ではしっかりバイトもやってますし。時って本当に移り変わるものなんだなあーとみんなといると実感しますね。


今日の一曲: カロル・シマノフスキ 「神話」より「アレトゥーザの泉」



あれ、私の持ってる録音がamazonにない!(汗)

最近20世紀続きですみませんがこれも比較的聞きやすいほうです。
シマノフスキ・・・はポーランドの作曲家。聴いてるとポーランドを代表するショパンよりもある意味「あ、ポーランドってこういう感じなんだ」と思えるところがあります。
ロシア音楽にちょっと似た冷たさ、でもパワーで押すのではなくものすごく繊細で。
フランス音楽の印象派に似たところもあるけれどもっともっと(ラヴェルよりも?)透明で。
なんか自分の好きなところを採って組み合わせたような感じで。なんか好きです。

この「神話」はバイオリンとピアノのための3曲のセットです。
バイオリンの一番繊細なところがふんだんに使われていて。ピアノもバイオリンも限りなく透明な音。
豊かな音、というよりも細くしなやかに。
結構技巧的なんですけどそれが音楽にごくごく自然に絡んでいます(技巧のための曲というものがあんまり好きでない私にはこういうところも好感度アップ)。

そのうちこの「アレトゥーザの泉」は中でも一番秀逸だと思います。
それはその音楽、そしてバイオリンの音色の官能的さ。もう心臓をきゅっとがんじがらめにして締め付けるような、脊髄にぞわっと琴線が触れられたときのどうしようもない感じ、そしてそれ以上にやばいものを(笑)感じます。

もうその繊細さと官能さのコンビネーションは他のどんな曲もかないませんね。

ショパンもすこしそうなんですけどシマノフスキはものすごく女性的な音楽が得意ですね。他の曲もこう線の細い、感情が繊細でどことなく女性的な何かがあってそれがたまらなく魅力的です。


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ladies and ladies
トライアル一社比較的いけるかも、と思ったところが落ちたのでまあもうひとつもだめだなーと思いながら多少へこみつつ、イースター明けにまた別のところにトライしたいと思いつつ。
精進精進。最近は医薬系の仕事がなかなかないので早くそちらの仕事も経験もほしいと心は焦るけれど、とりあえずはあせらず勉強です。基礎知識のエリアも広げなきゃいけないけれどもうちょっと書類翻訳の練習もやらなきゃ。
明日はいまのところ仕事が入ってないので勉強の見直し&リスタート、と。

本題へ。
いつも思うんですが文を書く人は主人公が自分と同じ性別のほうが書きやすい、という人が多いのでしょうか。
でも例えばオーストラリアで若い人向けの本で有名な作家、ジョン・マーズデンの代表作「Tomorrow, when the war began」のシリーズ(トゥモロー・シリーズと呼ばれてます)では主人公のエリーを始め女の子たちがものすごく魅力的なキャラクターたちなんですよ。
このトゥモロー・シリーズ第1作は今年映画化されるらしく、もしかしたら私もそのモデルになった場所にいくかもしれないのでどちらも情報が固まったらまた別の機会に。

私は自分が女なのとあとこっちに来てから学校が女子校、家族も女系なのが合わさったのか創作の中でも女性キャラに力が入っているような気がします。
さまざまなストーリーで主人公が女性なのは多少まあ事情があるんですけど、それ以外でも強いのはいつも女の子。
自分が読むほうでもやっぱり女性キャラが魅力的か、というのは特別目をつけてるポイントなような気もします。

あんまり自分は特にフェミニストとか思ってないんですけどでも女性の持つ力、というものはあるような気がします。
アマゾネスや女性剣闘士の話を聴くとわくわくする一方あーやっぱりそっちのほうがいいよなーという気持ちもしますし、中世などから続く魔女の件に関してもやっぱり男性にはない力を女性が持っていたと、そして男性がそういう得体の知れない恐れを抱く存在、とみなしてたんだなあと思ったり。
やっぱり産むということは今のところ女性のみしか(例外はありますが)できないことですし、そのために(例えばその痛みに耐えるために)進化したみたいなところはありますし。
女性は男性より強い力をもってるんじゃないか、というぼんやりした信条を持ってたりします。

それを最初に感じ取ったのは欧米の有名な弦楽器奏者の演奏を聴いたときです。
バイオリンで言えばアンネ=ゾフィー・ムッター、ビオラだったらキム・カシュカシアン、チェロだったらジャックリン・ドゥ・プレあたりですかね。女性は感情的な生き物といわれますがそれを表現するパワーとテクニックがあれば男性以上に力強い音楽を奏でるんだなーとぼんやり思って。

それ以前にもストーリーで「強い女性」を書きたがる癖みたいなものはありましたけどねー。
あらゆることについて今でも方向性みたいなものは皆無といっていいんですが強い女の子は好きです。書いてても。
可愛い、には今のところあんまり重きはおいていないんですけど可愛いも普通に好き・・・なんですけどね。自分が可愛いというタイプとかけはなれてるから書きにくいのかしら。

ストーリーもキャラも増え続ける一方ですがその中で「女性」というものがなんだろう、と創作を通じて(というか創作の外をでないんですが)どうやら自分の知らないうちに探ってるような感じになっちゃってるみたいで。
女性の強さ、女性の神秘、女性の心・・・というものが描きたい、それと同時に知りたい、という思いがどこかにあるんでしょうか。

それにあわせてどうも男の魅力、というものがわかっていないのか私の男性キャラはキャラとして弱めっぽいです。魅力的な男性キャラがかけるようにはなりたいですね。
ただそれができたとしてもストーリーはきっと女性中心に回り続けると思いますが。

個々のキャラの魅力を追求するのももちろんですが、人種や背景、その一つとして女特有の魅力、男特有の魅力というものももっと考えていきたいなーと最近思っている次第です。


今日の一曲: Aqua 「Lollipop」



スウェーデンのバンド「Aqua」。「Barbie Girl」で知っている方も多いんじゃないでしょうか。
なんでこのアルバムが家にあったかはまったく覚えていないんですけれどティーン時代にSpice Girlsとこれとクラシックと古めの洋楽(これはラジオで)を聴いていた覚えがあります。
友達とのお泊りで(全員女の子にもかかわらず)デュエットとかで歌った思い出も。
解散したのは聞いていたけど最近再結成したのは知りませんでした!
今年までもう何年も聞いていなくて。そのうち他のアルバムも買っちゃうかも・・・とか思ってたりします(笑)

Aquaといえばファンタジックな世界も面白いですし、でも一番好きなのが歌の出だし。「Turn Back Time」(これも好きです!)や「Dr Jones」、「My oh my」、そしてこの「Lollipop」もイントロでスイッチが入ってテンションが即上がるところがまずいいです。
あと歌によって歌詞がちょっとエロいところも密かにツボだったりします。

「Lollipop」は・・・キーボードのイントロとハ短調というキーに個人的にやられました(笑)
インストラメンタルのパートのハーモニーとかリズムも調子いいし好きですねー。
男性ボーカル・レネーのパートが他の歌よりもメロディックなのも特別さの理由のひとつかも。
(「Good Morning Sunshine」のラップはいまいちだったので・・・)

女性ボーカル・リーナのキュートなセクシーさ(だって歌詞ちょっとエロいんだもん)がものすごく魅力的な一曲ですねー。
あーこんなキャラ書きたいーって思っちゃいます(結局はさっきのトピックに戻りましたが)


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