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音楽家誰にでも得意や不得意、好きな作曲家や嫌いな作曲家・・・特別な関係を持つ音楽があるみたいです。
それに出会えるかは弾いたり聴いたり人間的に変わっていったりしていくなかでの時の運もあり・・・
大学時代のバイオリン弾きの先輩でバルトークの名手だった人がいました。ものすごく激しいエネルギーと計算された緻密さを併せ持つバルトークの音楽を自分のものとしていることが今でもうらやましく思えます。
メシアンはある意味音楽が奏者を選ぶみたいなところはあるみたいで・・・
メシアンは駄目な人(私も昔はこのカテゴリー)、聴くのは好きだけど弾こうとは思わない人・・・そんな人が多い中メシアンを選んで弾く人はたいていメシアンを十八番としている人。
私にとってメシアンの音楽は大学でやっとめぐり合った運命の人。こんなに音楽と合うもんだと、理屈での納得もさながらもっと直感的な一致をこれほど感じたことはありませんでした。
他の誰の音楽を習得するよりもメシアンは習得の脳にもぴったりマッチしているのかピアノをそれほど頻繁に弾かなくなった今でも習得の速さは(現代音楽であるということ、そこそこ複雑な音楽であるということを考えると不思議なほど)格段に早いです。
メシアンの音楽が私の恋人ならショスタコーヴィチの音楽は私にとって幼馴染の大親友です。
本当に記憶にあるずっと前からずっと聴いてきて、早い時期の記憶にも残っていて・・・音楽を本格的にやろうと思ったきっかけでもあり、あまり弾くことは比較的少ない作曲家ながらも楽しいとき、辛いとき、一緒にずっと歩んできたような気がします。
弾くのはちょっと勝手が違ってあんまり得意ではないんですが・・・曲想などはものすごく自分に近く親しく感じます。
大学で出会ったクラムの音楽は悪友でしょうか。やりたいことが不思議と一致して、弾くときは何よりも楽しく、ちょっといけないことしてるなあという感じとこのフリーダムが本当にすがすがしくて。音楽にとらわれることも、音楽が私を縛ることもなく思いついたらそれやってみよう!みたいなノリで。
いろんなことを実験したり、探検してみたり、自分が音楽のルールや規則から外れて自分個人でいられる存在でした。
そして今でも付き合いのある学生時代のよき友人がブラームスやラフマニノフの音楽。
たまに弾くと昔のように親しく楽しく、決して忘れちゃいけないサポートです。(実際今付き合いのある友達は小中高校時代の友達ばっかりですしね)
いつだって会ってくれて、そしていつだって普段の生活で忘れがちな何かを補充してくれます。
ストラヴィンスキーやバルトーク、マーラーの音楽はむしろ家族に近いかもしれません。
偉大で大切で自分とずっと一緒にいて・・・気心が知れているようだけれど本当は知らないこともいっぱいある、みたいな。
なんでしょうね、音楽ってものすごく自分に近くて親しくて・・・ただの音楽、じゃないんですよ。上記のようになんか人にも似た「存在」みたいな存在でもあるんです。自分の一部でもあり、まったく別の何かでもあり・・・
こんな感じで一生音楽と付き合っていければ、と願っています。
今日の一曲: ベラ・バルトーク 「舞踏組曲」
(失礼しました、現地語だとバルトーク・ベーラですね)
これもまた昔から覚えてる曲です。インパクトはとにかく強い。
今日ちょうどルーマニアの音楽(エネスクなど)とハンガリー音楽の違いから文化の違いを理解する試みをやっていたんですが・・・もともと歴史もスタンスも違う2国、隣とはいえいろいろ違うんですね。
ルーマニアはどっちかというとメロディー重視、ハンガリーはリズムが強烈(なのでどちらかというと粗暴なイメージもあります)。
この曲もハンガリーを代表する作曲家、そして何よりもリズムがすごいバルトークの「舞踏」曲とあってその独特で強烈なリズムが目立ちます。
けれどこの曲の中にはルーマニアやアラブの音楽もうまく引用されていてその両者のエキゾチックな雰囲気も魅力的です。
ものすごく勢いがあって、リズムや楽器使いで盛り上げるのがうまくて。特に第2曲のトロンボーンのスライドは幼児時代の私の脳裏にも鮮やかに焼きついたほどです。
そしてこういう曲を聴いていると余談になりますがハンガリーの元の騎馬民族・フン族はやっぱりボロディンが音楽で描く騎馬民族「韃靼人」とつながっていて、やっぱり匈奴につながっているんじゃないかなーと思います。
第3曲を聴く際はその東ヨーロッパから西アジアつながる平原やアラビアの砂漠を駆けまわる騎馬民族に思いを馳せてみてはいかがですか?
それに出会えるかは弾いたり聴いたり人間的に変わっていったりしていくなかでの時の運もあり・・・
大学時代のバイオリン弾きの先輩でバルトークの名手だった人がいました。ものすごく激しいエネルギーと計算された緻密さを併せ持つバルトークの音楽を自分のものとしていることが今でもうらやましく思えます。
メシアンはある意味音楽が奏者を選ぶみたいなところはあるみたいで・・・
メシアンは駄目な人(私も昔はこのカテゴリー)、聴くのは好きだけど弾こうとは思わない人・・・そんな人が多い中メシアンを選んで弾く人はたいていメシアンを十八番としている人。
私にとってメシアンの音楽は大学でやっとめぐり合った運命の人。こんなに音楽と合うもんだと、理屈での納得もさながらもっと直感的な一致をこれほど感じたことはありませんでした。
他の誰の音楽を習得するよりもメシアンは習得の脳にもぴったりマッチしているのかピアノをそれほど頻繁に弾かなくなった今でも習得の速さは(現代音楽であるということ、そこそこ複雑な音楽であるということを考えると不思議なほど)格段に早いです。
メシアンの音楽が私の恋人ならショスタコーヴィチの音楽は私にとって幼馴染の大親友です。
本当に記憶にあるずっと前からずっと聴いてきて、早い時期の記憶にも残っていて・・・音楽を本格的にやろうと思ったきっかけでもあり、あまり弾くことは比較的少ない作曲家ながらも楽しいとき、辛いとき、一緒にずっと歩んできたような気がします。
弾くのはちょっと勝手が違ってあんまり得意ではないんですが・・・曲想などはものすごく自分に近く親しく感じます。
大学で出会ったクラムの音楽は悪友でしょうか。やりたいことが不思議と一致して、弾くときは何よりも楽しく、ちょっといけないことしてるなあという感じとこのフリーダムが本当にすがすがしくて。音楽にとらわれることも、音楽が私を縛ることもなく思いついたらそれやってみよう!みたいなノリで。
いろんなことを実験したり、探検してみたり、自分が音楽のルールや規則から外れて自分個人でいられる存在でした。
そして今でも付き合いのある学生時代のよき友人がブラームスやラフマニノフの音楽。
たまに弾くと昔のように親しく楽しく、決して忘れちゃいけないサポートです。(実際今付き合いのある友達は小中高校時代の友達ばっかりですしね)
いつだって会ってくれて、そしていつだって普段の生活で忘れがちな何かを補充してくれます。
ストラヴィンスキーやバルトーク、マーラーの音楽はむしろ家族に近いかもしれません。
偉大で大切で自分とずっと一緒にいて・・・気心が知れているようだけれど本当は知らないこともいっぱいある、みたいな。
なんでしょうね、音楽ってものすごく自分に近くて親しくて・・・ただの音楽、じゃないんですよ。上記のようになんか人にも似た「存在」みたいな存在でもあるんです。自分の一部でもあり、まったく別の何かでもあり・・・
こんな感じで一生音楽と付き合っていければ、と願っています。
今日の一曲: ベラ・バルトーク 「舞踏組曲」
(失礼しました、現地語だとバルトーク・ベーラですね)
これもまた昔から覚えてる曲です。インパクトはとにかく強い。
今日ちょうどルーマニアの音楽(エネスクなど)とハンガリー音楽の違いから文化の違いを理解する試みをやっていたんですが・・・もともと歴史もスタンスも違う2国、隣とはいえいろいろ違うんですね。
ルーマニアはどっちかというとメロディー重視、ハンガリーはリズムが強烈(なのでどちらかというと粗暴なイメージもあります)。
この曲もハンガリーを代表する作曲家、そして何よりもリズムがすごいバルトークの「舞踏」曲とあってその独特で強烈なリズムが目立ちます。
けれどこの曲の中にはルーマニアやアラブの音楽もうまく引用されていてその両者のエキゾチックな雰囲気も魅力的です。
ものすごく勢いがあって、リズムや楽器使いで盛り上げるのがうまくて。特に第2曲のトロンボーンのスライドは幼児時代の私の脳裏にも鮮やかに焼きついたほどです。
そしてこういう曲を聴いていると余談になりますがハンガリーの元の騎馬民族・フン族はやっぱりボロディンが音楽で描く騎馬民族「韃靼人」とつながっていて、やっぱり匈奴につながっているんじゃないかなーと思います。
第3曲を聴く際はその東ヨーロッパから西アジアつながる平原やアラビアの砂漠を駆けまわる騎馬民族に思いを馳せてみてはいかがですか?
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いつもいつも私中心のことなのはどうかなーと思ったので今日は学生時代から友達とやっていたトランプゲームのことについて少し。
説明が下手なので伝わらないかもしれないですがなかなかはまる奥の深いゲームです。
その名は「500」。
通常4人で行うゲームで、「ナポレオン」(といっても私はナポレオンをやったことがありませんが)のようなトリックテイキングゲームです。向かいに座っている2人同士でチームを組んで、10セット(トリック)カードを出し合い2人の間で決まった数のトリックを勝ち取りポイントを稼ぐ・・・というようなゲームです。
とりあえずここにルールが乗ってます・・・
が自分も説明してみます。
使うカードは黒の5~A、赤の4~Aとジョーカー1枚。
それぞれの手札は10枚、プラス3枚の「キティー」があります。
それぞれ手札を見て、このスートを切り札とすればトリックをいくつ取れるか、というビッドを申告します。
最低のビッドはトリック6つ(つまり過半数)、さらにスートには優劣があって(スペード<クラブ<ダイヤ<ハート<ノートランプ、つまり切り札なし)、前の人が「6 Hearts (ハートでトリック6つ)」をビッドしたら次の人はどのスートでも少なくとも7つをビッドしなければなりません。
それで誰かのビッドに対して他の人がみんなパスしたら切り札はその人の申告したスートになり、その人は3枚のキティーを手札に加え、3枚不要だと思うカードを捨て札にします。
そして10トリックの勝負をするわけですが・・・この切り札です。
基本的に最初に出されたスートを出さなければなりませんが、スートがなくなった場合、別のスートを何でも出すのもいいですが切り札のスートのカードを出せば自動的にトリックを勝ち取れます(ただ、次の人がそれより強い切り札を出せばその人の勝ちです)。
切り札のスートがハートだとします。そうすると一番弱い切り札(でも他の切り札でないカードよりは強い)はハートの4、そして数の順に強さを増して10、その次がQ、K、A、それより強いのがダイヤの(つまり同じ色の別のスートの)J、切り札のスートのJ、そして一番強いのがジョーカーになります。
この場合の切り札のスートのJをRight Bower、もうひとつのJをLeft Bowerと呼びます。
Left bowerは切り札があるかどうか手札を見てるときに見落としやすいので注意!
ノートランプでは切り札はジョーカーのみです。
自分がどれくらいどんな強い切り札を持ってるか、他の強さのカードはどうかを考えるのはもちろん、自分のパートナー、そして敵がどんなカードを持ってるかを考えなくちゃいけません。
それを見るのにいいのはビッドで誰がどんなスートを申告するか、そして勝負でどんなカードを出してるかを分析することですねー。そこらへんなんとなく分かり始めてきてるんですけど。
で、申告したビッドを達成するとスートの優劣によって得点が入ります(申告した以上に勝っても追加点はもらえません)。達成しないと同じ得点をマイナスされます。もうひとつのチームには獲得トリック数に応じて(スート関係なし、そして相手チームの勝敗関係なしに)ポイントがもらえます。
こうやってひとつのチームが500ポイントになるまで、またはマイナス500ポイントになるまでゲームを続けます。ただ勝つときは自分のチームがビッドしたのを勝つことでしか勝てません(相手のビッドで何トリックか獲得した得点で500を超えてもだめらしいです)。だから「自分が勝つこと」よりも「相手を負けさせること」のほうが大事になることも。
このゲームの面白いところがまだあります。それは「ミゼール」ルール。
ミゼールをビッドしたら(ビッドが7以上のときのみ)それは自分が10トリック中全部のトリックにおいて負けてみせる、という賭け。
ビッドでミゼールを獲得したらパートナーはお休み、自分で敵二人に負け続けなくちゃいけません。
これは大きく250ポイントがかかってますが普通の勝負とはちょっと違った考え方をしなければいけないことが難しいです。
もしもミゼールをビッドしたのに誰かがそれを超えるビッド(8以上)をしても、できることはあります。それは「オープン・ミゼール」。
ルールはミゼールと一緒ですが、ビッドした人は手札を敵に見せなければなりません。つまり手札に弱点があれば敵にそれをつかれてしまうこともあり。
これは500ポイントかかってる一発勝負で、かなり難しいです。脳がすごい疲れます。そしてあんまり頻繁には見られません。
ここでは伝えられなかったいろんな駆け引きがあるんですよ。そしてこのゲームを習得する唯一の方法は練習、なので・・・友達と遊ぶといろいろと教えてくれるし、見て盗むみたいなところもあります。
その駆け引きがものすごく楽しくて、ものすごく論理として分かりやすいものなので・・・4人そろったら必ずといっていいほど500心が疼きます。
いつか日本で友達100人できたら(!?)広めたいトランプゲームです。
500クラブを始めるのがひそかな夢・・・だったり?
今日の一曲: フランシス・プーランク クラリネットソナタ 第3楽章
ストラヴィンスキーの「カルタ遊び」が出てくると思ったクラシックマニアの皆さん、いたらごめんなさい(笑)
同じ時代でもこれはフランスのプーランクのつつましい編成のクラリネットソナタです。
プーランクって結構音楽の質に曲によってかなり差がでる作曲家ですが、木管楽器の小編成をやらせたら彼は輝きますね。
こう洗練されてシンプル、でも技巧的にも物足りないことは全然ない、そしてフランスの都会のエスプリや20世紀のフレッシュさに満ちていて。楽器の良さが際立ちますし。なんといってもフランス人に木管楽器の名手は多いですしね。(なんだか聞いたところによるとフランス人に良く見られる薄い唇はフルートに特に向いているとか)
クラリネット・・・は、別項で話したいところですが比較的新しい楽器で。ホルンとかが昔の昔にほら貝とか角笛としてあったのと比べると18世紀、つまりモーツァルトの時代に生まれた楽器ですから。
一枚のリードで振るわされた音がすとーんとした形の楽器を通り透明でしなやかな、ひょうひょうとした音になります。
新しい楽器だから機動力にも優れていて、やらせればなんでもできちゃう器用な楽器、というのがこの曲にも現れています。
ロンド形式というさまざまな性格のエピソードが現れるこの曲の中で時にはのびのびと、時にはアクロバティックに立ち回りその楽器の持つさまざまな顔をクラリネットは見せます。
で、なんかほほえましいんですよ、それが。そのエスプリときらきらくるくるとした音楽が。
もともとクラリネットは創作を通じて初めて良く知るようになった楽器ですが・・・本当にこの魅力にとりこになってよかったなーと思わせてくれる曲です。
説明が下手なので伝わらないかもしれないですがなかなかはまる奥の深いゲームです。
その名は「500」。
通常4人で行うゲームで、「ナポレオン」(といっても私はナポレオンをやったことがありませんが)のようなトリックテイキングゲームです。向かいに座っている2人同士でチームを組んで、10セット(トリック)カードを出し合い2人の間で決まった数のトリックを勝ち取りポイントを稼ぐ・・・というようなゲームです。
とりあえずここにルールが乗ってます・・・
が自分も説明してみます。
使うカードは黒の5~A、赤の4~Aとジョーカー1枚。
それぞれの手札は10枚、プラス3枚の「キティー」があります。
それぞれ手札を見て、このスートを切り札とすればトリックをいくつ取れるか、というビッドを申告します。
最低のビッドはトリック6つ(つまり過半数)、さらにスートには優劣があって(スペード<クラブ<ダイヤ<ハート<ノートランプ、つまり切り札なし)、前の人が「6 Hearts (ハートでトリック6つ)」をビッドしたら次の人はどのスートでも少なくとも7つをビッドしなければなりません。
それで誰かのビッドに対して他の人がみんなパスしたら切り札はその人の申告したスートになり、その人は3枚のキティーを手札に加え、3枚不要だと思うカードを捨て札にします。
そして10トリックの勝負をするわけですが・・・この切り札です。
基本的に最初に出されたスートを出さなければなりませんが、スートがなくなった場合、別のスートを何でも出すのもいいですが切り札のスートのカードを出せば自動的にトリックを勝ち取れます(ただ、次の人がそれより強い切り札を出せばその人の勝ちです)。
切り札のスートがハートだとします。そうすると一番弱い切り札(でも他の切り札でないカードよりは強い)はハートの4、そして数の順に強さを増して10、その次がQ、K、A、それより強いのがダイヤの(つまり同じ色の別のスートの)J、切り札のスートのJ、そして一番強いのがジョーカーになります。
この場合の切り札のスートのJをRight Bower、もうひとつのJをLeft Bowerと呼びます。
Left bowerは切り札があるかどうか手札を見てるときに見落としやすいので注意!
ノートランプでは切り札はジョーカーのみです。
自分がどれくらいどんな強い切り札を持ってるか、他の強さのカードはどうかを考えるのはもちろん、自分のパートナー、そして敵がどんなカードを持ってるかを考えなくちゃいけません。
それを見るのにいいのはビッドで誰がどんなスートを申告するか、そして勝負でどんなカードを出してるかを分析することですねー。そこらへんなんとなく分かり始めてきてるんですけど。
で、申告したビッドを達成するとスートの優劣によって得点が入ります(申告した以上に勝っても追加点はもらえません)。達成しないと同じ得点をマイナスされます。もうひとつのチームには獲得トリック数に応じて(スート関係なし、そして相手チームの勝敗関係なしに)ポイントがもらえます。
こうやってひとつのチームが500ポイントになるまで、またはマイナス500ポイントになるまでゲームを続けます。ただ勝つときは自分のチームがビッドしたのを勝つことでしか勝てません(相手のビッドで何トリックか獲得した得点で500を超えてもだめらしいです)。だから「自分が勝つこと」よりも「相手を負けさせること」のほうが大事になることも。
このゲームの面白いところがまだあります。それは「ミゼール」ルール。
ミゼールをビッドしたら(ビッドが7以上のときのみ)それは自分が10トリック中全部のトリックにおいて負けてみせる、という賭け。
ビッドでミゼールを獲得したらパートナーはお休み、自分で敵二人に負け続けなくちゃいけません。
これは大きく250ポイントがかかってますが普通の勝負とはちょっと違った考え方をしなければいけないことが難しいです。
もしもミゼールをビッドしたのに誰かがそれを超えるビッド(8以上)をしても、できることはあります。それは「オープン・ミゼール」。
ルールはミゼールと一緒ですが、ビッドした人は手札を敵に見せなければなりません。つまり手札に弱点があれば敵にそれをつかれてしまうこともあり。
これは500ポイントかかってる一発勝負で、かなり難しいです。脳がすごい疲れます。そしてあんまり頻繁には見られません。
ここでは伝えられなかったいろんな駆け引きがあるんですよ。そしてこのゲームを習得する唯一の方法は練習、なので・・・友達と遊ぶといろいろと教えてくれるし、見て盗むみたいなところもあります。
その駆け引きがものすごく楽しくて、ものすごく論理として分かりやすいものなので・・・4人そろったら必ずといっていいほど500心が疼きます。
いつか日本で友達100人できたら(!?)広めたいトランプゲームです。
500クラブを始めるのがひそかな夢・・・だったり?
今日の一曲: フランシス・プーランク クラリネットソナタ 第3楽章
ストラヴィンスキーの「カルタ遊び」が出てくると思ったクラシックマニアの皆さん、いたらごめんなさい(笑)
同じ時代でもこれはフランスのプーランクのつつましい編成のクラリネットソナタです。
プーランクって結構音楽の質に曲によってかなり差がでる作曲家ですが、木管楽器の小編成をやらせたら彼は輝きますね。
こう洗練されてシンプル、でも技巧的にも物足りないことは全然ない、そしてフランスの都会のエスプリや20世紀のフレッシュさに満ちていて。楽器の良さが際立ちますし。なんといってもフランス人に木管楽器の名手は多いですしね。(なんだか聞いたところによるとフランス人に良く見られる薄い唇はフルートに特に向いているとか)
クラリネット・・・は、別項で話したいところですが比較的新しい楽器で。ホルンとかが昔の昔にほら貝とか角笛としてあったのと比べると18世紀、つまりモーツァルトの時代に生まれた楽器ですから。
一枚のリードで振るわされた音がすとーんとした形の楽器を通り透明でしなやかな、ひょうひょうとした音になります。
新しい楽器だから機動力にも優れていて、やらせればなんでもできちゃう器用な楽器、というのがこの曲にも現れています。
ロンド形式というさまざまな性格のエピソードが現れるこの曲の中で時にはのびのびと、時にはアクロバティックに立ち回りその楽器の持つさまざまな顔をクラリネットは見せます。
で、なんかほほえましいんですよ、それが。そのエスプリときらきらくるくるとした音楽が。
もともとクラリネットは創作を通じて初めて良く知るようになった楽器ですが・・・本当にこの魅力にとりこになってよかったなーと思わせてくれる曲です。
今日はちょっと一人仕事で残業だったので脳が疲れてます・・・
今創作の第6章'sがあとひとつで終わりそうなのでもどかしいですが・・・
(そうそう、私は創作ではひとつのことに絞ることが苦手なので(詰まったときなにもできませんから)今は4~5つ同時に進行してます。昔よりもそれで続くようになりました)
好きなものの幅は広い、と癖のように言う私ですが苦手なものも結構あります。
食べ物に関してはたいていの場合自分が何が苦手か把握していない・忘れている部分もある(ただバナナとマヨネーズは常時苦手です)のですが、音楽は結構把握してるみたいです。
作曲家で言えばワーグナー・グリーグ・シューマンの3人が確定でしょうね。
ワーグナーは・・・もう人柄いやなんですもん。エピソードを見つければ見つけるごとに、そして音楽を聴けば聴くごとに嫌いが増します。megalomanicなところとか、反ユダヤなところとか、ほとんど音楽がつまらなくて無駄に肥大してるところとか・・・すべてが嫌いですね。エゴが音楽に染み出てて(染み出てるどころじゃないです。でもそれはワーグナーだけじゃありません)。
唯一の例外は・・・指輪サイクルの「ワルキューレの騎行」ですね。あれは吹いてる金管奏者が楽しそうなんでついついそっちに感情移入してしまって。トロンボーンとかテューバの人ってよくあれ弾いてるんですもん。楽しそうに。
あとクリエイターとしてはワーグナーは本当にすごいと思います。指輪サイクルの構成とか詳細をよーく見るとああいう創作ってあこがれるんですけど・・・それ以外はだめです。
グリーグは・・・自分でもよくわからないんですけどグリーグのピアノ協奏曲を弾いたはずなのにまったく記憶が残ってないことからきっと始まったんだと思います。脳がそんなに思い出したくないのか、と判断してしまったのでは・・・
ただ「ホルベアの時代から」の「アリア」は本当に美しくて古風で好きです。
シューマンは高校卒業するまで習ってた先生によく弾かされてたんですがなんか知らないけど馬が合わないみたいで。なんでしょうね。シューマンも双極性障害らしいのでそころのところちょっと通じ合えるかな、と思ったんですけど何年たってもだめです。
同じドイツの作曲家でシューマンの弟子だったブラームスの音楽とは親密ですがねー。
シューマンで唯一好きだなーと思った曲は「4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュテュック」ですかね。お察しのとおり4本のホルンがつぼなんです(笑)
ということで今日の一曲は:
今日の一曲: ロベルト・シューマン 「4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュテュック」
ホルンが!かっこいいんですよー!(笑)
やっぱりホルンって4人そろって一緒に吹くのが一番なような気もしますし(キーワードは調和・ハーモニーです)・・・4本のホルンが音を合わせてハーモニーを奏でたり、競うように吹いたりするのがなんといってもほほえましいですしかっこよく、そして輝いてると思います。
ホルンの音量・音質・性格・そして管楽器の間では多分トップクラスの音域の広さを有意義に、そしてフルに使い書かれたこの曲。
一番好きなポイントは2楽章でチェロのソロが入るところですね。しっとりしてるスロー楽章の美しさもそうですがチェロとホルンって似たもの同士なようで違う、とっても性格的にも音色的にも合う不思議なコンビ(これはまた延々と別の機会に語りたいです♪)なので・・・
私が言葉を費やして語るよりもずっとホルンという楽器の魅力を伝えてくれる、その音色と曲想で心をリフレッシュしてください♪
ちなみに創作オケ1では普段のホルンセクションがAll girlsなのでこの曲を弾くとソロがみんな女の子♪想像しただけでかっこいいです~
(覚書:ホルンとチェロの不思議な関係、そして別々に楽器の魅力や性格などを話したいです)
今創作の第6章'sがあとひとつで終わりそうなのでもどかしいですが・・・
(そうそう、私は創作ではひとつのことに絞ることが苦手なので(詰まったときなにもできませんから)今は4~5つ同時に進行してます。昔よりもそれで続くようになりました)
好きなものの幅は広い、と癖のように言う私ですが苦手なものも結構あります。
食べ物に関してはたいていの場合自分が何が苦手か把握していない・忘れている部分もある(ただバナナとマヨネーズは常時苦手です)のですが、音楽は結構把握してるみたいです。
作曲家で言えばワーグナー・グリーグ・シューマンの3人が確定でしょうね。
ワーグナーは・・・もう人柄いやなんですもん。エピソードを見つければ見つけるごとに、そして音楽を聴けば聴くごとに嫌いが増します。megalomanicなところとか、反ユダヤなところとか、ほとんど音楽がつまらなくて無駄に肥大してるところとか・・・すべてが嫌いですね。エゴが音楽に染み出てて(染み出てるどころじゃないです。でもそれはワーグナーだけじゃありません)。
唯一の例外は・・・指輪サイクルの「ワルキューレの騎行」ですね。あれは吹いてる金管奏者が楽しそうなんでついついそっちに感情移入してしまって。トロンボーンとかテューバの人ってよくあれ弾いてるんですもん。楽しそうに。
あとクリエイターとしてはワーグナーは本当にすごいと思います。指輪サイクルの構成とか詳細をよーく見るとああいう創作ってあこがれるんですけど・・・それ以外はだめです。
グリーグは・・・自分でもよくわからないんですけどグリーグのピアノ協奏曲を弾いたはずなのにまったく記憶が残ってないことからきっと始まったんだと思います。脳がそんなに思い出したくないのか、と判断してしまったのでは・・・
ただ「ホルベアの時代から」の「アリア」は本当に美しくて古風で好きです。
シューマンは高校卒業するまで習ってた先生によく弾かされてたんですがなんか知らないけど馬が合わないみたいで。なんでしょうね。シューマンも双極性障害らしいのでそころのところちょっと通じ合えるかな、と思ったんですけど何年たってもだめです。
同じドイツの作曲家でシューマンの弟子だったブラームスの音楽とは親密ですがねー。
シューマンで唯一好きだなーと思った曲は「4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュテュック」ですかね。お察しのとおり4本のホルンがつぼなんです(笑)
ということで今日の一曲は:
今日の一曲: ロベルト・シューマン 「4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュテュック」
ホルンが!かっこいいんですよー!(笑)
やっぱりホルンって4人そろって一緒に吹くのが一番なような気もしますし(キーワードは調和・ハーモニーです)・・・4本のホルンが音を合わせてハーモニーを奏でたり、競うように吹いたりするのがなんといってもほほえましいですしかっこよく、そして輝いてると思います。
ホルンの音量・音質・性格・そして管楽器の間では多分トップクラスの音域の広さを有意義に、そしてフルに使い書かれたこの曲。
一番好きなポイントは2楽章でチェロのソロが入るところですね。しっとりしてるスロー楽章の美しさもそうですがチェロとホルンって似たもの同士なようで違う、とっても性格的にも音色的にも合う不思議なコンビ(これはまた延々と別の機会に語りたいです♪)なので・・・
私が言葉を費やして語るよりもずっとホルンという楽器の魅力を伝えてくれる、その音色と曲想で心をリフレッシュしてください♪
ちなみに創作オケ1では普段のホルンセクションがAll girlsなのでこの曲を弾くとソロがみんな女の子♪想像しただけでかっこいいです~
(覚書:ホルンとチェロの不思議な関係、そして別々に楽器の魅力や性格などを話したいです)
週末に練習作戦、いまのところなんとか順調です。
1時間半~2時間は短いように感じますがいまのところ3曲以上練習するキャパシティがないので・・・
そのうちもっと、と思ってます。
ピアノを弾いてきてそうこう19年ですが、自分と音楽との関わりはもっと長いです。
父と母が大学のブラスバンドでトランペットとホルンをそれぞれ吹いていて、そこがまず始まりだったんでしょうね。二人ともクラシック音楽が好きで、同じオケにいたこともあったり、ワーグナーの「ジークフリートの葬送行進曲」に関してはそれぞれ一冊ずつ勉強したスコアが残ってて。
ちなみに私は一歳のころはオケのリハーサルにつれてかれて泣いたそうですが。でも音楽にいろいろ囲まれていたのは確かです。
特に前話したように父は結構現代音楽とかも聞く人だったのでそういう顔をしかめる人が多いような曲も普通に聴いていました。
芥川也寸志さん(芥川龍之介の息子で作曲家だった人です)が小さいころ父のストラヴィンスキーのレコードをたくさん聴いて育ったものだから後に「月光」などを聴いてやけに単純な音楽だなと思ったといった話、実は私もものすごく共感します。
このころから覚えている曲のリスト:
ハチャトゥリアン「ガイーヌ」から「剣の舞」、ストラヴィンスキー「春の祭典」「火の鳥」、ムソルグスキー「展覧会の絵」、バルトーク「管弦楽のための協奏曲」、ファリャ「恋は魔術師」から「火祭りの踊り」、マーラー交響曲第1番、ラヴェル「逝ける王女のためのパヴァーヌ」など。
初めて音楽に感動したのは9~10歳のとき。それまでは好き嫌いはあるもののどちらかというと受動的に音楽を経験していましたがやっぱり年齢的にもなにかに目覚める時期なんでしょうね。
何に落ちたかと言いますとホルストの「惑星」からの「木星」です。ある日夕食のときに音楽をかけようということになって。ちょうど太陽系にはまってた時期だったからかもしれませんね。
例の「Jupiter」(平原綾香さんのあれの元ネタ)のメロディーにやられましたね。後にこれがイギリス音楽の典型的なすばらしい中間部の一つだということを知りましたが。
そのあと火星の禍々しさと5拍子のリズムに惚れ、そうしてどんどんクラシック音楽にはまっていきました。
次の転機は14歳のとき。メルボルンのユースオケのサマーキャンプでショスタコーヴィチの交響曲第11番の一部分を弾いたとき。これでオーケストラで弾くことのすばらしさ、ショスタコーヴィチの音楽のすごさをがつんと感じまして。それで音楽をメインでやろうかなーと思いました。
同時期にラフマニノフの前奏曲「鐘」でピアノにも味を占めまして。音楽の持つパワーを本格的に操りたいと思った時期でした。
そして大学2年生。それまでピアノで弾くにはメシアンを避けてきた私が先生の「日本の音楽も弾いたらどうか」という言葉で武満徹の音楽を半分不本意に弾くようになったことから、そこから逆流してメシアンの音楽にはまるようになり(武満はメシアンの影響を受けています)。それからマイナーな感じの20世紀の曲を極めるようになりました。
今はそのころほど音楽に打ち込んではいませんが音楽を愛し、そのパワーを操りたいと思う気持ちは同じだと思っています。これからも音楽を職業としなくとも何らかの形で音楽と親しく付き合って生きたいと思います。
音楽の力をなんらかに使えないかも考えながら・・・
今日の一曲: グスタフ・ホルスト 「惑星」より「木星」
先ほどのとおり私が心打たれ音楽に惹かれるようになったきっかけの一曲です。
この「惑星」、天文学ではなく占星術的、神話的なイメージで書かれていて扱われている惑星それぞれに副題がつけられています。木星は「喜びをもたらす者」。
きらきら輝く、明るく活発でおおらかなオープニングに心奪われ、そして中間部の例のメロディーでやられますね。
イギリスのそういうマーチとかの中間部のメロディーってイギリス人じゃなくても愛国的(愛イギリス的)な気持ちに、胸を手に当てて声をそろえて歌いたくなりますよ。弾いてても本当に心がみんなひとつになるようで。
底抜けに明るくておおらかでポジティブな木星ですが、これを好きと思っても嫌いと思ってもぜひ他の惑星も聞いてほしいです。
クラシック初心者からマニアックな玄人まで幅広い人々にさまざまな層で楽しんでもらえる曲集なのでぜひぜひお勧めしている「惑星」ですが、ただ聞き流すにもよしな曲も、とりあえず聴いてみるにいい曲も、ちょっとつっこんで分析してみてもいい曲もそろってますし、惑星それぞれいろいろな性格をしてますので気分や欲求によって合った曲がきっとあると思います。
でも他の惑星の話はまた別の機会に。
1時間半~2時間は短いように感じますがいまのところ3曲以上練習するキャパシティがないので・・・
そのうちもっと、と思ってます。
ピアノを弾いてきてそうこう19年ですが、自分と音楽との関わりはもっと長いです。
父と母が大学のブラスバンドでトランペットとホルンをそれぞれ吹いていて、そこがまず始まりだったんでしょうね。二人ともクラシック音楽が好きで、同じオケにいたこともあったり、ワーグナーの「ジークフリートの葬送行進曲」に関してはそれぞれ一冊ずつ勉強したスコアが残ってて。
ちなみに私は一歳のころはオケのリハーサルにつれてかれて泣いたそうですが。でも音楽にいろいろ囲まれていたのは確かです。
特に前話したように父は結構現代音楽とかも聞く人だったのでそういう顔をしかめる人が多いような曲も普通に聴いていました。
芥川也寸志さん(芥川龍之介の息子で作曲家だった人です)が小さいころ父のストラヴィンスキーのレコードをたくさん聴いて育ったものだから後に「月光」などを聴いてやけに単純な音楽だなと思ったといった話、実は私もものすごく共感します。
このころから覚えている曲のリスト:
ハチャトゥリアン「ガイーヌ」から「剣の舞」、ストラヴィンスキー「春の祭典」「火の鳥」、ムソルグスキー「展覧会の絵」、バルトーク「管弦楽のための協奏曲」、ファリャ「恋は魔術師」から「火祭りの踊り」、マーラー交響曲第1番、ラヴェル「逝ける王女のためのパヴァーヌ」など。
初めて音楽に感動したのは9~10歳のとき。それまでは好き嫌いはあるもののどちらかというと受動的に音楽を経験していましたがやっぱり年齢的にもなにかに目覚める時期なんでしょうね。
何に落ちたかと言いますとホルストの「惑星」からの「木星」です。ある日夕食のときに音楽をかけようということになって。ちょうど太陽系にはまってた時期だったからかもしれませんね。
例の「Jupiter」(平原綾香さんのあれの元ネタ)のメロディーにやられましたね。後にこれがイギリス音楽の典型的なすばらしい中間部の一つだということを知りましたが。
そのあと火星の禍々しさと5拍子のリズムに惚れ、そうしてどんどんクラシック音楽にはまっていきました。
次の転機は14歳のとき。メルボルンのユースオケのサマーキャンプでショスタコーヴィチの交響曲第11番の一部分を弾いたとき。これでオーケストラで弾くことのすばらしさ、ショスタコーヴィチの音楽のすごさをがつんと感じまして。それで音楽をメインでやろうかなーと思いました。
同時期にラフマニノフの前奏曲「鐘」でピアノにも味を占めまして。音楽の持つパワーを本格的に操りたいと思った時期でした。
そして大学2年生。それまでピアノで弾くにはメシアンを避けてきた私が先生の「日本の音楽も弾いたらどうか」という言葉で武満徹の音楽を半分不本意に弾くようになったことから、そこから逆流してメシアンの音楽にはまるようになり(武満はメシアンの影響を受けています)。それからマイナーな感じの20世紀の曲を極めるようになりました。
今はそのころほど音楽に打ち込んではいませんが音楽を愛し、そのパワーを操りたいと思う気持ちは同じだと思っています。これからも音楽を職業としなくとも何らかの形で音楽と親しく付き合って生きたいと思います。
音楽の力をなんらかに使えないかも考えながら・・・
今日の一曲: グスタフ・ホルスト 「惑星」より「木星」
先ほどのとおり私が心打たれ音楽に惹かれるようになったきっかけの一曲です。
この「惑星」、天文学ではなく占星術的、神話的なイメージで書かれていて扱われている惑星それぞれに副題がつけられています。木星は「喜びをもたらす者」。
きらきら輝く、明るく活発でおおらかなオープニングに心奪われ、そして中間部の例のメロディーでやられますね。
イギリスのそういうマーチとかの中間部のメロディーってイギリス人じゃなくても愛国的(愛イギリス的)な気持ちに、胸を手に当てて声をそろえて歌いたくなりますよ。弾いてても本当に心がみんなひとつになるようで。
底抜けに明るくておおらかでポジティブな木星ですが、これを好きと思っても嫌いと思ってもぜひ他の惑星も聞いてほしいです。
クラシック初心者からマニアックな玄人まで幅広い人々にさまざまな層で楽しんでもらえる曲集なのでぜひぜひお勧めしている「惑星」ですが、ただ聞き流すにもよしな曲も、とりあえず聴いてみるにいい曲も、ちょっとつっこんで分析してみてもいい曲もそろってますし、惑星それぞれいろいろな性格をしてますので気分や欲求によって合った曲がきっとあると思います。
でも他の惑星の話はまた別の機会に。
ちょっと1人で翻訳なぞ練習してみて遅くなりました流 星姫です。
今日はメルボルンは天気がすごくて。嵐、雹、洪水ですよ。
私は30分ほど歩いたスーパーまでしか行ってないんですけどその近くの駅の隣のunderpassに水がたまってて・・・とおもってたらシティなんかもっとすごいことになってたらしく。
とりあえずThe Ageというオーストラリアのメジャーな新聞に読者投稿写真集があるのでどうぞごらんになってください。面白いですよ。
www.theage.com.au/photogallery/victoria/wild-weather-hits-melbourne/20100306-pph5.html
結構楽しそうにしてる写真がかなりありますが(笑)これぞオージー精神。
メルボルンは異常気象みたいなものがちょくちょくあります。なんてったって一日に四季があるとまでいわれるほど。山火事のこともいろいろあるし、地球上の異常気象・・・といわれてもそんなにぴんとこないほど(かどうかは知りませんが)変な気候ではあります。
まあそれはいいんですがね。いろいろ天気があってそれなりに楽しいですし。ただメンタルヘルスのことを考えるとちょっときついところがあります。
「季節性情動障害(SAD: seasonal affective disorder)」というものがあります。
季節に合わせて心の調子がよくなったり悪くなったり。よくあるのは冬型鬱。冬になると鬱の症状が出て、さらにその症状の一部が過食傾向、過眠傾向など普通の鬱とは傾向が違うものもあります。
私もまあそんな感じです。秋の終わりから冬を通して調子が悪いことが多いです。
他にもSADじゃなくても(このSADってsadみたいでちょっとお間抜けですね)季節の変わり目とか冬とかに心の調子が崩れる人はいっぱいいます。
天気じゃなくてもたとえば女性のサイクルによってメンタル状態が引っ張られたり(これも私覚えがあります。一応それの対策のためとしてピルをのんでるんですけど。果たしてどれだけ効いているのか。)
そして私は雨にも反応します。
今はどっちかというと身体症状でわかるんですが、雨が降るちょっと前からわけもなくだんだん気持ちが重く、思考が鈍く、ネガティブな方向に行って・・・一番特徴がある症状が鬱のときにも感じる前頭葉の異様な重さ。これが始まると雨が降るんだなーとわかります。たとえ地下のの練習室にこもっててもわかりました。
低気圧なんでしょうかね。そういえば一時自律神経が乱れていたとき一回シティでいきなり息苦しくなって(でもパニック症状とはまた違いますね)それが多分低気圧で酸素濃度が下がったのに体が自律神経が乱れていたために過剰に反応した・・・という仮説になったんですけど。
さきほど行ったように今は身体症状ががっつり来ます。頭の前が重くなって、ちょっぴり息苦しく、それよりも頭痛がひどく。
こんなんじゃこの天気のカオスのような部分がある町で生きてくのも難しいぞーとか自分につっこみをいれながら。
・・・精神症状が軽くなったといえやっぱりでも冬はちょっぴり怖いです。今こうやって元気でいるのは夏で調子がいいから、というような多少ペシミスティックな考え方で。
多少はでも本当にしょうがないんです。夏はすっかり元気ででも冬になったらまた落ちてなんてことは何年もありますから。
だから今やっぱりすごく名残惜しい季節ですね。そしてちょっと心配で。
ことしの冬こそはそれなりの精神状態で仕事も趣味も生活もやっていけますように。
今日の一曲: ルートヴィッヒ・ファン・ベートーヴェン ピアノソナタ第23番「熱情」 第1楽章
今日初めて弾いたんですよー。アパッショナータ(appassionataと英語では言います)。
ベートーヴェンのソナタのなかで多分一番好きなんじゃないかなーと思って。がっつり暗くてパワフル系が弾きたかったので弾いてみたんだけど難しいですねー(当たり前)。でもtotally impossibleではなかったです。初見であれなら一生に一度は・・・という感じ。
なんといってもベートーヴェンらしいです。その力のこもった暗さとか、ハーモニーの使い方とか。
そしてなんか変わってるリズムが使われているところがちらほらあって、でもそれも前衛的なことをいろいろしてたベートーヴェンらしいなーと。
このソナタ、ヘ短調で書かれているんですけどベートーヴェンのころのピアノって下側はちょうどこのソナタの一小節目にでてくる低いファ(つまりへ)までしか音がなくて。だから本当にピアノの深みと音域をフルに使った音楽だなーって感じはするんですよ。
そしてなんか目新しい。何百年もたってるのに、当時の目新しいがいまもなんかフレッシュに聞こえるいい例です。当時としてはこんなにがっつりストレートに激情をピアノでぶつけてくる音楽もなかなかめずらしかったんじゃないかなー。それがやっぱり清清しくて、そしてそれは今でも斬新で。
今個人的にがっつり系の音楽をレパートリーに欲してて・・・弾くには難しかったでしたけどなんかものすごく充実しましたよ。
激情・熱情・斬新・・・構えず恐れずこの曲でどんと受け止めてみてはどうですか?
今日はメルボルンは天気がすごくて。嵐、雹、洪水ですよ。
私は30分ほど歩いたスーパーまでしか行ってないんですけどその近くの駅の隣のunderpassに水がたまってて・・・とおもってたらシティなんかもっとすごいことになってたらしく。
とりあえずThe Ageというオーストラリアのメジャーな新聞に読者投稿写真集があるのでどうぞごらんになってください。面白いですよ。
www.theage.com.au/photogallery/victoria/wild-weather-hits-melbourne/20100306-pph5.html
結構楽しそうにしてる写真がかなりありますが(笑)これぞオージー精神。
メルボルンは異常気象みたいなものがちょくちょくあります。なんてったって一日に四季があるとまでいわれるほど。山火事のこともいろいろあるし、地球上の異常気象・・・といわれてもそんなにぴんとこないほど(かどうかは知りませんが)変な気候ではあります。
まあそれはいいんですがね。いろいろ天気があってそれなりに楽しいですし。ただメンタルヘルスのことを考えるとちょっときついところがあります。
「季節性情動障害(SAD: seasonal affective disorder)」というものがあります。
季節に合わせて心の調子がよくなったり悪くなったり。よくあるのは冬型鬱。冬になると鬱の症状が出て、さらにその症状の一部が過食傾向、過眠傾向など普通の鬱とは傾向が違うものもあります。
私もまあそんな感じです。秋の終わりから冬を通して調子が悪いことが多いです。
他にもSADじゃなくても(このSADってsadみたいでちょっとお間抜けですね)季節の変わり目とか冬とかに心の調子が崩れる人はいっぱいいます。
天気じゃなくてもたとえば女性のサイクルによってメンタル状態が引っ張られたり(これも私覚えがあります。一応それの対策のためとしてピルをのんでるんですけど。果たしてどれだけ効いているのか。)
そして私は雨にも反応します。
今はどっちかというと身体症状でわかるんですが、雨が降るちょっと前からわけもなくだんだん気持ちが重く、思考が鈍く、ネガティブな方向に行って・・・一番特徴がある症状が鬱のときにも感じる前頭葉の異様な重さ。これが始まると雨が降るんだなーとわかります。たとえ地下のの練習室にこもっててもわかりました。
低気圧なんでしょうかね。そういえば一時自律神経が乱れていたとき一回シティでいきなり息苦しくなって(でもパニック症状とはまた違いますね)それが多分低気圧で酸素濃度が下がったのに体が自律神経が乱れていたために過剰に反応した・・・という仮説になったんですけど。
さきほど行ったように今は身体症状ががっつり来ます。頭の前が重くなって、ちょっぴり息苦しく、それよりも頭痛がひどく。
こんなんじゃこの天気のカオスのような部分がある町で生きてくのも難しいぞーとか自分につっこみをいれながら。
・・・精神症状が軽くなったといえやっぱりでも冬はちょっぴり怖いです。今こうやって元気でいるのは夏で調子がいいから、というような多少ペシミスティックな考え方で。
多少はでも本当にしょうがないんです。夏はすっかり元気ででも冬になったらまた落ちてなんてことは何年もありますから。
だから今やっぱりすごく名残惜しい季節ですね。そしてちょっと心配で。
ことしの冬こそはそれなりの精神状態で仕事も趣味も生活もやっていけますように。
今日の一曲: ルートヴィッヒ・ファン・ベートーヴェン ピアノソナタ第23番「熱情」 第1楽章
今日初めて弾いたんですよー。アパッショナータ(appassionataと英語では言います)。
ベートーヴェンのソナタのなかで多分一番好きなんじゃないかなーと思って。がっつり暗くてパワフル系が弾きたかったので弾いてみたんだけど難しいですねー(当たり前)。でもtotally impossibleではなかったです。初見であれなら一生に一度は・・・という感じ。
なんといってもベートーヴェンらしいです。その力のこもった暗さとか、ハーモニーの使い方とか。
そしてなんか変わってるリズムが使われているところがちらほらあって、でもそれも前衛的なことをいろいろしてたベートーヴェンらしいなーと。
このソナタ、ヘ短調で書かれているんですけどベートーヴェンのころのピアノって下側はちょうどこのソナタの一小節目にでてくる低いファ(つまりへ)までしか音がなくて。だから本当にピアノの深みと音域をフルに使った音楽だなーって感じはするんですよ。
そしてなんか目新しい。何百年もたってるのに、当時の目新しいがいまもなんかフレッシュに聞こえるいい例です。当時としてはこんなにがっつりストレートに激情をピアノでぶつけてくる音楽もなかなかめずらしかったんじゃないかなー。それがやっぱり清清しくて、そしてそれは今でも斬新で。
今個人的にがっつり系の音楽をレパートリーに欲してて・・・弾くには難しかったでしたけどなんかものすごく充実しましたよ。
激情・熱情・斬新・・・構えず恐れずこの曲でどんと受け止めてみてはどうですか?
