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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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趣味の一つとお友達参上?
昨日こんなものを作っちゃいました。

ビーズで手作りしおり前作ってその少し後ばらしたビーズキットのなにかに使われていたビーズを9ピンでチェーンの切れ端に取り付けてブックマークピースにくっつけてしおりを作りました。
(ちなみにMusicophiliaのタイトルロゴすごい可愛いですよね)

何年前からビーズクラフトは趣味としてやってます。特にスワロフスキービーズを使ったモチーフやアクセサリーはよく作ってました。
基本いろんなものを作ってはなにか改善点や新しいアイディアが湧いたらばらして作り直す・・・という方式なので最近はそんなには新しいビーズは買ってませんがまだいろいろ残ってるのでこれからネックレスやイヤリングなど作ろうかなーと思ってます。

デザインはすでにあるレシピを参考にしたりしながら自分の持ってるビーズでやりくりしたり、ちょっと変えてみたりなどすることもあります。結局は色使いなどインスピレーションがなければまったく作ることができないみたいで(パーツが足りないよりも動けなくなります)いまもちょうど上記のアクセサリーについてじっくり考えているところです。

そうやってクリエイティブな側面があるということももちろんですが細かい作業をしたり(編んだり、ピンを曲げたり)、そういった細かい作業にがっつり集中したり図形的に作品やレシピを見ることで結構脳のいろんなところが酷使される感じです。
自分のオリジナルアクセサリーをデザインしたり、作ったりつけたりも楽しいですけどそうやって脳を酷使する部分からも楽しいです。

またこれからつくる作品も前作って愛用しているものもここに載せますね。

そして今日はもう一つ。私の長年のお友達を紹介します。
えみなさん昔父が車を買ったときにその姉妹版(?)の車のぬいぐるみ(または車内用枕?)がついてきました。
それがこのえみなさん。
あんまりぬいぐるみとかには興味がない(そしてしばらくなかった)私ですがつい最近この子にぞっこんです。

その一つの理由はサイズでしょうか。ちょうど私の胴体と同じ長さで抱きしめるにちょうどいい。

そしてやわらかさもぎゅっとするにも枕にするにもなかなかちょうどいいです。

一番の理由はなんともいえないいもむしらしさでしょうね。この子は車じゃなくいもむしとして扱われてます。

なんだかんだでもう10年以上うちにいて可愛がられてます。まだまだ現役いもむしとしてこれからも可愛がられることでしょう。


今日の一曲: ロス・エドワーズ バイオリン協奏曲「Maninyas」 第1楽章

オーストラリア人によるなんともオーストラリアらしいバイオリン協奏曲です。もちろん国外ではほとんど知られてませんが・・・かなりいい曲ですよ。

オーストラリアはご存知ヨーロッパからその文化が受け継がれましたがこの国初めての(?)偉大な作曲家スカルソープのオーストラリアの音楽はヨーロッパの音楽と違うという主張からオーストラリアの音楽のアイデンティティ探しが始まった・・・といったところでしょうか。(ちなみにスカルソープはどっちかというとアジアに近いと思ってたようです)

ヨーロッパ音楽もそして和楽もメロディー重視の音楽文化ですがこの曲を聞くとオーストラリアの音楽は第一にリズム!といことが感じられます。むしろアフリカの音楽に通じるところがある?
でもハーモニーなんかは20世紀初期のクラシックなので聞きやすく、なんかその融合がまたオーストラリアだなあと思って。

スローテンポではゆれうごき、速いセクションでは躍動するイレギュラーなリズムの動きがこの曲では最高で。
とくにクライマックスのボンゴとバイオリンソロのかけあいのかっこよさったらありません。

原始的なリズムにオーストラリアの自然を思わせる色彩とさまざまな風景・・・この曲を聴いてそれに触れてみたくなったらぜひオーストラリアへおいでください!(論点すりかわってます)


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走り書き
今Musicophiliaで音楽がアルコールによって体の統制がとれなくなった人でも音楽が鳴ってる間はその統制を取り戻すっていう効果があるという説というか報告があるって読んだんだけど。

アルコールで体の動きに統制がとれなくなったのを音楽が和らげる効果があるといってたけどそれじゃあバーやクラブってのはアルコールの摂取を音楽によって増加させてるってことになるんじゃ!?(つまり酔ってても音楽が鳴ってたら気づきにくいということで)

しょうがないのはしょうがないにしてもちょーっと問題なような気が・・・


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Brassos' lineage
つまみ食いはなにかと昆布系が多い流 星姫です、こんにちは。
妹は口が寂しいと調理前のパスタをぽりぽりかじるのですが私はおぼろ昆布やフジッコの塩昆布、さらには出汁に使う昆布を多少かじってる事がちょくちょくあります。あとは焼き海苔も食べますね。なんでしょう、この海藻系の多さは。

それはさておき。
楽器に体格や性格などで向き不向きがあるように、その人間の中の「楽器」にも遺伝があるんじゃないか、と思ってます。
前から何度も書いているような気がしますがうちは両親が金管楽器ですが、妹と私は金管楽器を弾きません。
でも少なくとも私の性格や行動、さらには体の仕組みには金管楽器奏者が入ってるんじゃないか?と思うようなことがあります。
大学で知り合った友達を通じて、メルボルンにいるたくさんの金管奏者と知り合いました。トランペットを吹く人、ホルンを吹く人、トロンボーンを吹く人、テューバを吹く人・・・大学にいた5年間、大学以外でも結構縁がありました。オケのマネージャーだったときも一番かわいがってくれたのは金管奏者たちで。ほかのマネージャーと分担作業をしていたときもいつも金管楽器の担当を選んでいました。
生徒だけでなく先生も、プロの奏者も縁がありましたし、そういう人たちも含めて金管奏者といるのが一番楽しくて、自然で心地いいなあーとずっと思ってましたね。やっぱりほかの楽器群と比べて楽器の垣根を越えて全体的に仲がいいそのグループに混ぜてもらって本当にうれしく、心地よかったです。

メルボルンではInternational Festival of Brassという、通称ブラス・フェスティバルというイベントがあります。世界から金管奏者があつまりワークショップをやったりコンサートをやったり、有名なプレイヤーの演奏を聴いたり(あと最終コンサートの後の打ち上げで盛り上がったり)、そして国際的コンペをやったりします。
その国際的コンペに名前が使われている国際的ホルン奏者バリー・タックウェル(オーストラリア人)と友達を通じて私の両親の楽器屋さんの友達とを引き合わせたことがあったんですけど(引き合わせ+通訳でした)、そのときに私と金管奏者とのつながりを話したら「君はそれじゃあ『名誉金管奏者』だ」といわれて、そのことが今でも誇らしくてうれしくて。

金管奏者たちは本当にすばらしい人たちです。みんな底抜けに(?)明るくて、フレンドリーで、ある種の豪快さがあって下ネタを含むユーモアのセンスもあって。(下ネタは多いですが明るいです)
そしてなんといっても男女ともお酒をよく飲む!オーストラリア人自体よく飲みますが金管楽器奏者は特に飲むような気が・・・酔っ払い方は人それぞれですがまあコンサートの打ち上げでは飲む飲む。飲んで談笑する。そして下ネタで盛り上がる(笑)

私は金管奏者ではありませんが、人種・性別・体型の割には結構お酒は強いほうだと思います。(日本人・女性・小柄な人は体の仕組みから弱い傾向にあります)それなりにペース配分をすれば金管奏者とタメをはるくらいは飲めます。しかも飲んでもどうやら外には現れない傾向にあるらしいので確かに強くみえるらしいです。
この上戸っぷりはやっぱり両親の金管遺伝子のおかげ!?と思ってたりします(笑)


今日の一曲: ピョートル・チャイコフスキー 「白鳥の湖」より「ロシアの踊り」

ブラスの話してたんで金管が活躍する曲を・・・とも思ってたんですがただそれは普通に日常でもできるな(笑)ということで・・・

私、「白鳥の湖」は多少飽きてるんです。ユースオケ時代に3年で2回バレエの演奏+一部をコンサートで演奏したもんでほんとすみませんけどしょうがないんです。
あと「白鳥の湖」は情景的な音楽がイマイチなのが多くて・・・(もごもご)

ただパ・ドゥ・ドゥなどの実際のメインダンスナンバーの(そして余談ですが女の子の衣装も)はいいですねー。この「ロシアの踊り」もそんなダンスナンバーのひとつ。
白鳥娘オデットと出会い恋に落ちた王子ジークフリートが当初の予定通り他国のお姫様たちと集団お見合い・・・という場面で、ハンガリー、ロシア、スペイン、ナポリ、そしてポーランドのお姫様たちが王子の気を引こうと踊るご当地ダンスです。

「くるみ割り人形」でもご当地ダンスはありますが、ご当地ダンスってパロディーというかいろんな他文化のミニチュア、踊りであらわす縮図みたいなところがあって好きです。(もちろん衣装もその国をちょっとイメージしてたりしてさらにいいです)
スペインの踊りはカスタネットが使われてたり、ハンガリーの踊りはハンガリーの音楽チャールダッシュの形式だったり。そんななかこの「ロシアの踊り」なんですが・・・

ほかの曲と違うところはこれはチャイコフスキー自身の国の踊りだってことです。
つまりは自分の国の音楽をまるで別の国の人がパロディーしてるみたいに見てる、みたいなところがあってそれが自分的には興味深く。

それでなくても単純に楽しく聴ける、ロシアってこんな感じだなーって思える曲です。オープニングから延々続くバイオリンのソロにも注目!4分半で冷たい寒いロシアの雰囲気をぜひ味わってください。

(ただ実際の演奏になるとこの「ロシアの踊り」は抜かれてることもあります。あーコンマスにいい思いをさせてあげてくださいよー)

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Li2CO3
2010年、考えてみればある意味メモリアルな年であることが判明しました。

わたくし、平たく言えばうつを患ってるんですけど、今年で公式に診断を下されてから10年になります。
でも「うつかもしれない」ってその前からも言われてたので実際患ってたのはそれ以上になりますかね。
途中で診断が変わって(というか病状が変わったり診断が最初は正確でなかったりはよくあることで、しょうがないことなのです)今は一応双極性障害のII型(躁状態が少ないタイプ。昔は双極性障害は躁うつ病と呼ばれてましたね)です。

いろいろありました。入院も3回ほどしましたし。そのうちの1回はティーンエージャーセクションで、今でも宝物にしているいい思い出がたくさんありますし、そのときの経験や思いから今メンタルヘルスのことを思う私の心があることもまた大切なことです。
あと前回の入院ではECTも受けました。それで良くなったかどうかは良くわからないんですがいろいろECTについての正しい知識を身につけたり、ほかの患者さんの経験も聞いたり、なんといっても全身麻酔を経験できたこともよかったです。
入院に関してはそのときの病状に反して冷静だったことが多いのでいい経験になりました。

何よりも特に大学に入ってからは周りの人の理解によって助けられました。やっぱり中学生、高校生だといろいろトラブルに発展することも多かったですが(ただ病院のティーンエージャー仲間は本当にお互いに理解的ですよ。彼らからいろいろと見習いたい、いろんな人に見習ってほしいことはありますが後ほどゆっくり考えて分にしてみたいです)、大学になると友達にまあ多少理由があって鬱をカミングアウトすると決まって「自分もうつじゃなかったかもしれないけど辛い時期があったから少しはわかるよ」といって自然に私の状態に応じて適切な態度をとってくれる人がどんなに多かったことか。

カミングアウトにしてはやっぱり早いうちで言うべきだと思うんです。何かがあってからじゃ、自分の口で冷静にいえない状態になってからじゃ遅いし、お互いに混乱を招くだけだとおもうので。「こういう風になることもあるからそのときはこういう風にしてほしい」っていうのをちゃんと伝えられれば一番なのかな、と思います。
(たとえば調子が悪くてリハーサルドタキャンすることもある、とかそういうことだけでも)

そして最初のうちは薬も飲んでなかったのですがこの10年の中で抗鬱剤、抗不安剤、抗精神病薬(非定型とよばれる新しいタイプのは鬱にも効くことがあるとか)、抗痙攣剤(私の飲んでたのは双極性障害のうつの部分に効果があるという抗痙攣剤でした)、気分安定剤など11種類ほど(同時にではないですが)飲んだことがあります。
精神疾患の薬については個人個人に効くかは試してみなくちゃわからないし、ほかの人に効いたからといって自分に効くとはかぎらないし・・・確率は60%だと病院で専門家から聞きました。

その中で一番長くお世話になってて多分効き目が自分にとってあったと思えるのは気分安定剤の炭酸リチウムです。なんとメルボルンで気分安定剤として開発され、双極性の躁に特に効果があり、若い人に関しても成績がいいとか。メルボルン博物館で私の家にあるのと同じ薬剤ボトルが展示してあります(笑)
今はちなみにそれだけ飲んでます。

リチウムはでもちょっと大変なんですよね。
治療用量範囲が狭く、ちょっと超えると中毒症状がでたりしますから。
だから血中リチウム濃度を定期的に血液検査でチェックして治療範囲に入ってるかどうか調べなければなりません。

で、自分でも気をつけないとリチウム濃度ってあがっちゃうもので。
たとえば脱水したり、そして血中のナトリウムなどの塩(イオン)の濃度が下がるとリチウム濃度があがるんです。
だからメルボルンの夏はリチウムを飲んでる人にとって鬼門。暑くて乾燥してるのですぐ脱水するし、汗をかいてることにも気づかないことが多く・・・私はスポーツドリンクが手放せません。
リチウムを飲んでてもお酒はNGじゃない、といわれましたが飲酒によって脱水することはNGです。
いろいろと脱水に関して敏感になったり、対策をちょこちょこと思いつくようになりますねー。

あと腎臓はいたわらないと腎臓が悪くなるとリチウムの排泄も悪くなり堆積するらしいので。
私の腎臓いつもお疲れ様です。私が死んだらゆっくり休ませてあげたいです。

今は結構状態が落ち着いてるのでリチウムも一応メンテとして飲んでるのみですが・・・女としてホルモンの影響があったり、あと個人的に天気や季節にもメンタル状態が左右されるのでやっぱりバックアップとしてあったほうがいいのかも、と思います。

薬・・・もそうですが、いろいろメンタルヘルスでは話したいことがたくさんあるのでおいおい適切な表現を見つけて伝えていきたいと思います。


今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 弦楽四重奏第8番

シューマンみたいに実際に精神疾患を患ってたことがわかってる作曲家もいれば、音楽を聴いたりその作曲家の人生のエピソードから「この人もそうなんじゃないか?」って思う作曲家もいます。

ショスタコーヴィチはそんな感じですね。特にこの曲に関しては・・・
まあソヴィエト政府といろいろあって(ざっくりしすぎ!)うつ状態に陥り、この曲を残して死のうとしてたのを友人たちに止められた、というエピソードもあるくらいで。
エピソードはそれだけでは信憑性に欠けるところもありますが、当時のあの国の事情を考え、この曲を聴くと結構信用できますよ。

ショスタコの交響曲が公のためなら四重奏曲はプライベートのため。彼の本音は内輪で発表、演奏したカルテットに凝縮されてます。辛辣な政治批判とか自分の辛さとかがこの曲にも例外なく詰まってます。

でてくるのはたくさんの引用、引用、引用・・・これはまたそれだけで記事を書けるんですけど今日の所はとりあえずこの曲を聴いてショスタコーヴィチの思いを少しでも感じてもらえたらと思います。

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What's your preference?
今日は仕事がなくて3日目。勉強の一環として論文をちょこちょこ読んでノートにデータベースをまとめてるんですけど今日は「音楽と青春期の若者のアイデンティティ」について読みました(大学で「音楽心理学」という科目をとったときのリーディングの一つです)。

・・・とさっき記事の最後まで書いてたんですが記事が消えちゃって・・・やっぱりワープロソフトで書いたほうがいいですね、私のエントリーの長さだと。
いろいろ音楽の好みの話を書いてたのでまあ覚えてるだけまとめます。

ひとくくりにクラシックといってもいろいろありますからね。ほかのジャンルでもそれは一緒ですが。
クラシックが好き、というよりもこの作曲家が好き、とかこの曲が好き、とかそういう風な好みとか趣味とかに長いこと触れ合ってきました。

多分私が知ってる人の中で一番趣味のいい、玄人好みの「間違いない」曲が好きな母、派手好きで結構現代音楽にはチャレンジャーだったりする父、大学でいた20世紀音楽には一歩も足を踏み入れることができない友達や先生、なぜかブラームスが嫌いだったいする友人・・・

個人差はもちろん、楽器によって差もありますし(通常自分の楽器のためにいいものを書いてくれる作曲家は好きな傾向にあります)・・・年齢によっても違います。私の世代はマーラー以降の世代で、ショスタコーヴィチも人気が高いです(私たちより上ではちょっと・・・という反応が多い)。
マーラーやショスタコーヴィチに見られるパワーの大きさは若人には魅力的なものがあるし、ショスタコは
もう権威者への反抗の塊ですからね。
おなじパワーの大きさでもワーグナーは権威者側なのか若者にはあんまり人気がないです(あとヒトラーがワーグナーの音楽を多用してたからという声も結構あります)。むしろ裕福な団塊世代のイメージ?

そういう意味からか「白い巨塔」(ドラマ自体は見てませんが)の財前教授のテーマとしてのワーグナーの「タンホイザー」とか、あと「有頂天ホテル」で若めの政治家がマーラーの2番聞いてたりとか見事な選曲だと思います。

先ほどの若人の話に戻ると結構そういう風に感情移入・・・以上にその思春期の感情やらアイデンティティのいろいろもひっくるめて心ががっつりつながる、感情やパワーや思いを自分のものとするような音楽が大切なんじゃないかと思います。私自身ユースオケでマーラーやショスタコを弾いて「これだ!」みたいな感覚はあったし、それに周りもみんなどうやら思春期あたりでそういう作曲家が好きになったみたいな話ですし。

あとそれ以前も大切だと思います。音楽を自分とつなげる、そして自主的に音楽を選びアイデンティティの指標に使うようになる思春期以前にいろんな音楽を聴いて視野を広げたり音楽はこういうもの、世界はこういうものだという先入観をとっぱらう・・・という考えもあります。(少なくとも私の中には)
私が親がしてくれたことで一番ありがたいことは小さいときから両親が好きなストラヴィンスキーの「春の祭典」とかバルトークの「管弦楽のための交響曲」とか現代音楽を含むいろいろな音楽を聴かせてくれたことです。
大人になってから「これ音楽?」と驚く楽しみはなかったけれど(実際そう思うらしいです。特に「春の祭典」)、でも大人になって本当にいろんな音楽にひるまず出会えて触れ合えたので・・・

音楽の好みと心理状態や性格、音楽の選択に現れるその人の欲求など、音楽環境を作ること・・・こういうことを長期的に音楽をつかったある夢のためにいろいろ考えてるんですよ。そのこともおいおい話したいと思ってますが・・・

とりあえずもう今日は今日の一曲で。
自分の好みや傾向もまた別の機会でお話したいです。


今日の一曲: グスタフ・マーラー 交響曲第2番「復活」 第3楽章

先ほど言った「有頂天ホテル」の挿入曲です。
ただ先に謝りたいのは、私はこの交響曲のことをあんまり知らないんです。この楽章をたまに聴いて、あと1楽章も2,3回聴いたことがあるくらいで・・・

マーラーはまた人物が面白いんで後に話したいんですがなんとなく自分と同じにおいを感じるんですよ。
異様な暗さがあるし(暗いところの暗さは冗談に全くならない)、あとどうも自分の他の交響曲からいろいろ引用したり、逆にこの曲から引用したり・・・なんかコンセプト的な考えがあるんでしょうけど。
でやっぱりどっかひねくれてるのかスケルツォ楽章が軽やかなはずがきまってビートが重たかったり。

でもマーラーはオーケストラを使うことについては天才です。世界をそこに音楽という魔法で創り上げるのも彼に適うものはいないと思います。そして彼がどれだけ自然を愛するか、というのもこの楽章を含むいろんな曲に現れてます。

特にこの楽章に関しては「夜の魔法」みたいなイメージがあります。そしてどっちかというと軽やかさがある暗さ。魅力的に見えてしまうその闇。くるくる回るようなリズムとメロディーの音形、そして計算をつくされたぴったりの楽器の音色の美しさにとりこになってしまいそう。

もしこの曲がぴんとこなくてもマーラーはもっと初心者向けの、共感しやすい曲も書いてますのでまた今度セカンドチャンスをいただけるとうれしいです(汗)


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