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(最近英語タイトル続きだな・・・)
わりと無調の世界の住人の私ですが、以前の24keysvirus企画でも分かりますように結構「調」について思い入れがあったりします。
同じ曲でも調が違うと随分イメージが変わりますと思いますし、和音は音楽の色彩を形作るのに一番大きなエレメントだと思います。
おなじみの作曲家達も調に関してなんらかのこだわりを持っていたような痕跡がいろいろあります。
ショ パンは変イ長調を好んでいた、という話がまず分かりやすいですが、他にもベートーヴェンの名曲にハ短調が多かったり(最後のソナタ、悲愴、運命など)、 バッハの最も厳かで宗教的なキャラクターが強い名曲にロ短調が多かったり(ロ短調ミサ、平均律第1巻ロ短調など)・・・思えばラフマニノフのニ短調の曲は メジャーな者もマイナーなものも独特の共通する雰囲気が味わい深いです。
好きという方向の思い入れなのか、それとも特定のイメージをより鮮やかに表現するためにはその調がふさわしいという思い入れなのか・・・
そしてやっぱり調が違うと曲のイメージも変わる、ということの例もあります。
ブラームスは最初の交響曲を書くに当たって偉大な先輩と尊敬するベートーヴェンの第9を超えないと意味がない、と思い詰めて完成させるのに20年かけてしまった、という有名な(そしてブラームスの性格をものすごくよく表す)エピソードがあります。
実はこの同じ20年間に19年にわたって書かれたもう一つの曲があります。
それがピアノ四重奏曲第3番。奇しくも交響曲第1番と同じハ短調の曲なのですが・・・
最初はどうやら嬰ハ短調として書かれたものらしいです。
基音はドとド#、半音違いですがハ短調は♭4つ、嬰ハ短調は#4つと音楽を知ってるに人にはわかるのですが(知らない人はごめんなさい(汗))、かなり違う世界・色彩の調です。
で、ブラームスは最初は嬰ハ短調でこの曲を書き始めたのですが、どうも煮詰まってしまったのか曲を書くのをほっぽりだして(?)しまって・・・で、後にハ短調に書きあらためて曲を完成させた、ということのようです。
全般的に言うと#系の調は外向的、♭系の調は内向的なので、この曲の内に情熱を秘め育てる感じ、そしてどろどろとした執念にもにた性格はやはりハ短調がふさわしかったのかも・・・?
あとビオラとチェロは開放弦にCがあるのでハ長調・ハ短調は得意なのもあります。
楽器によって調に不得意、得意があることもどうやらあるようです。
ざっくり言えば管楽器はどっちかというと♭系が得意で、弦は#系が得意です。
あ んまり詳細なことは説明が下手であれなんですが、例えばトランペットは「ドレミファソラシド」と吹くと聞こえは「シ♭ドレミ♭ファソラシ♭」になること だったり、バイオリンは開放弦がソ・レ・ラ・ミとなっていることなどの楽器の作りによって弾くのが難しかったり簡単だったりすることはあって、それもまた 楽器の個性。
楽器と調の話でもう一つ。
変ホ短調は6つ♭がある調で、「ドレミファソラシド」のうち「ファ」とたまに「ラ」以外フラットがついてしまうなどの理由で基本の「ドレミファソラシド」とかけ離れている調。
なのでほとんどの楽器、さらに歌うことでもかなり難しい調で、バロック時代の作曲家シャルパンティエも「恐ろしい調」と言ってます。フラットの調の内向的に加えさらに弦楽器の開放弦も使うことが少ないのもあってくぐもった響きにもなります。
かなり暗い、おどろおどろしいキーで、独特の暗さ、重さなどの雰囲気から用いられることは少なめです。
でも最近は電子楽器が使われていて、多少事情が変わったのかポップなどでよく使われますね。
変ホ短調はかなりファンなので、なんだかちょっと残念なような印象がどうもぬぐいきれなかったり。
変ホ短調、ハ短調、ヘ短調・・・私が好きな調は(金管奏者の娘だからか、それとも内向的なもの好きだからか)♭系が多いです。
その中でも自分にあってるなーと思うのが変ロ短調。
理由はよく分からないですし、特別この調で好きな曲が多い、というわけでもないのですが・・・
一番自分になじむ、というのでしょうか。聴いてて、そしてそれよりも弾いてて一番自然と入ってくる、自然体で入れるような気がします。
反対にどうしても合わないのがロ長調。
もともとシャープが多すぎると楽譜が読めなくなるのもありますが、サウンド面でもなんだか耳にまぶしすぎるところがあって・・・
なんでこういう好き嫌いができるか解明できる方法はないのかなあ。曲の好き嫌いと関係はどうなんだろう?
なんだか不思議ですね-・・・で終わらせるのもなんですが。
調は音楽を弾く側は意識することは多いのですが、聴く側の意識は案外少ないかのかしら?
もっと色彩を感じて音楽を楽しむために調でもまたなにかできたらな、と思います。
それが演奏としても、曲をおすすめすることでも(そしてその際の一言二言でも)、24keysvirusのような他の形でも。
今日の一曲: ヨハン・セバスチャン・バッハ 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第22番
これがピアニストがよく弾いてる「平均律」というやつです。
そして同時に24keysvirusの「親ウイルス」でもあり。
平均律クラヴィーア曲集。それは24の調それぞれで前奏曲とフーガのセットを書いたもの。第1巻と第2巻があります。
鍵盤楽器(ピアノは当時なかったのでハープシコードなどを想定)を弾く上で大事なテクニックだったり、フーガを作曲するテクニックにおいても大事な曲集ですが、これらによって調の「性格」が初めて確立されたという意味でもまた大事な曲集です。
この後ショパンの前奏曲だったり、後世の作曲家が24の調で曲集を書くようになったのもこの曲集が源なんですよね。(ということで親ウイルス)
その中でも最も美しい前奏曲とフーガの一つと評価され、大学でも弾く人が多かったこの第22番。
私のアットホームな調(と勝手に思っている)変ロ短調です。
前奏曲もフーガもゆるやかなテンポで心地良い♪
先ほど書きましたようにバッハの時代は今の「ピアノ」は全くなかったのですが(ハープシコードはメカニズムからして他人のそら似なのです)、この前奏曲はピアノで弾くのがなんと美しいことか!
まあるいピアノの音がこの曲の繊細なハーモニーとメロディーの動きにぴったり♪
もしかしたらバッハは今私たちが知っているようなこの曲のサウンドを意図していなかったのかもしれませんが、でも・・・ね。美しいしバッハの音楽以外の何物でもない、特別な場所におさまっているようです。
フーガもまた前奏曲と同じ美しさ、繊細さを持っていますが(そして割と短め)、5声とかなり複雑な構造。
フーガは複数のメロディーがそれぞれ別に動く形式。なので4声あると大体片手で2声ずつ(平均)請け負うことができるのですが、5声だとたまに片手で3声動かさなくちゃいけない、ということで。
でも前奏曲もフーガもどっちかというとハーモニー重視な曲。
そこがまた私好みではあるのですが(笑)
バッハは「音楽の父」としてどこでもその名を聞く作曲ですが、本当に奥が深くて、有名だからといってあなどることが絶対できない作曲家。
私のようなひねくれ者でも愛せずには、そして尊敬せずにはいられない作曲家です。
ちなみに先生がこの曲弾いて言ってくれたんでもうちょっと焦らしてうれしさをかみしめようと思います(笑)
曲が好きなこと、美しいことに加えて変ロ短調。嬉しいことづくしです♪
できればグールドみたいな変わり者な演奏でなく、ニコラーエヴァなどの王道的な演奏でお聞きください。
ちなみに私のお気に入りのブラスアンサンブルMNOZIL Brassがこの前奏曲をアレンジして弾いてます。
これもまたなんだかものすごく好きです♪
私はライブで聴いたのですが、動画もあるみたいなので埋め込み。(そしてはみ出し)
わりと無調の世界の住人の私ですが、以前の24keysvirus企画でも分かりますように結構「調」について思い入れがあったりします。
同じ曲でも調が違うと随分イメージが変わりますと思いますし、和音は音楽の色彩を形作るのに一番大きなエレメントだと思います。
おなじみの作曲家達も調に関してなんらかのこだわりを持っていたような痕跡がいろいろあります。
ショ パンは変イ長調を好んでいた、という話がまず分かりやすいですが、他にもベートーヴェンの名曲にハ短調が多かったり(最後のソナタ、悲愴、運命など)、 バッハの最も厳かで宗教的なキャラクターが強い名曲にロ短調が多かったり(ロ短調ミサ、平均律第1巻ロ短調など)・・・思えばラフマニノフのニ短調の曲は メジャーな者もマイナーなものも独特の共通する雰囲気が味わい深いです。
好きという方向の思い入れなのか、それとも特定のイメージをより鮮やかに表現するためにはその調がふさわしいという思い入れなのか・・・
そしてやっぱり調が違うと曲のイメージも変わる、ということの例もあります。
ブラームスは最初の交響曲を書くに当たって偉大な先輩と尊敬するベートーヴェンの第9を超えないと意味がない、と思い詰めて完成させるのに20年かけてしまった、という有名な(そしてブラームスの性格をものすごくよく表す)エピソードがあります。
実はこの同じ20年間に19年にわたって書かれたもう一つの曲があります。
それがピアノ四重奏曲第3番。奇しくも交響曲第1番と同じハ短調の曲なのですが・・・
最初はどうやら嬰ハ短調として書かれたものらしいです。
基音はドとド#、半音違いですがハ短調は♭4つ、嬰ハ短調は#4つと音楽を知ってるに人にはわかるのですが(知らない人はごめんなさい(汗))、かなり違う世界・色彩の調です。
で、ブラームスは最初は嬰ハ短調でこの曲を書き始めたのですが、どうも煮詰まってしまったのか曲を書くのをほっぽりだして(?)しまって・・・で、後にハ短調に書きあらためて曲を完成させた、ということのようです。
全般的に言うと#系の調は外向的、♭系の調は内向的なので、この曲の内に情熱を秘め育てる感じ、そしてどろどろとした執念にもにた性格はやはりハ短調がふさわしかったのかも・・・?
あとビオラとチェロは開放弦にCがあるのでハ長調・ハ短調は得意なのもあります。
楽器によって調に不得意、得意があることもどうやらあるようです。
ざっくり言えば管楽器はどっちかというと♭系が得意で、弦は#系が得意です。
あ んまり詳細なことは説明が下手であれなんですが、例えばトランペットは「ドレミファソラシド」と吹くと聞こえは「シ♭ドレミ♭ファソラシ♭」になること だったり、バイオリンは開放弦がソ・レ・ラ・ミとなっていることなどの楽器の作りによって弾くのが難しかったり簡単だったりすることはあって、それもまた 楽器の個性。
楽器と調の話でもう一つ。
変ホ短調は6つ♭がある調で、「ドレミファソラシド」のうち「ファ」とたまに「ラ」以外フラットがついてしまうなどの理由で基本の「ドレミファソラシド」とかけ離れている調。
なのでほとんどの楽器、さらに歌うことでもかなり難しい調で、バロック時代の作曲家シャルパンティエも「恐ろしい調」と言ってます。フラットの調の内向的に加えさらに弦楽器の開放弦も使うことが少ないのもあってくぐもった響きにもなります。
かなり暗い、おどろおどろしいキーで、独特の暗さ、重さなどの雰囲気から用いられることは少なめです。
でも最近は電子楽器が使われていて、多少事情が変わったのかポップなどでよく使われますね。
変ホ短調はかなりファンなので、なんだかちょっと残念なような印象がどうもぬぐいきれなかったり。
変ホ短調、ハ短調、ヘ短調・・・私が好きな調は(金管奏者の娘だからか、それとも内向的なもの好きだからか)♭系が多いです。
その中でも自分にあってるなーと思うのが変ロ短調。
理由はよく分からないですし、特別この調で好きな曲が多い、というわけでもないのですが・・・
一番自分になじむ、というのでしょうか。聴いてて、そしてそれよりも弾いてて一番自然と入ってくる、自然体で入れるような気がします。
反対にどうしても合わないのがロ長調。
もともとシャープが多すぎると楽譜が読めなくなるのもありますが、サウンド面でもなんだか耳にまぶしすぎるところがあって・・・
なんでこういう好き嫌いができるか解明できる方法はないのかなあ。曲の好き嫌いと関係はどうなんだろう?
なんだか不思議ですね-・・・で終わらせるのもなんですが。
調は音楽を弾く側は意識することは多いのですが、聴く側の意識は案外少ないかのかしら?
もっと色彩を感じて音楽を楽しむために調でもまたなにかできたらな、と思います。
それが演奏としても、曲をおすすめすることでも(そしてその際の一言二言でも)、24keysvirusのような他の形でも。
今日の一曲: ヨハン・セバスチャン・バッハ 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第22番
これがピアニストがよく弾いてる「平均律」というやつです。
そして同時に24keysvirusの「親ウイルス」でもあり。
平均律クラヴィーア曲集。それは24の調それぞれで前奏曲とフーガのセットを書いたもの。第1巻と第2巻があります。
鍵盤楽器(ピアノは当時なかったのでハープシコードなどを想定)を弾く上で大事なテクニックだったり、フーガを作曲するテクニックにおいても大事な曲集ですが、これらによって調の「性格」が初めて確立されたという意味でもまた大事な曲集です。
この後ショパンの前奏曲だったり、後世の作曲家が24の調で曲集を書くようになったのもこの曲集が源なんですよね。(ということで親ウイルス)
その中でも最も美しい前奏曲とフーガの一つと評価され、大学でも弾く人が多かったこの第22番。
私のアットホームな調(と勝手に思っている)変ロ短調です。
前奏曲もフーガもゆるやかなテンポで心地良い♪
先ほど書きましたようにバッハの時代は今の「ピアノ」は全くなかったのですが(ハープシコードはメカニズムからして他人のそら似なのです)、この前奏曲はピアノで弾くのがなんと美しいことか!
まあるいピアノの音がこの曲の繊細なハーモニーとメロディーの動きにぴったり♪
もしかしたらバッハは今私たちが知っているようなこの曲のサウンドを意図していなかったのかもしれませんが、でも・・・ね。美しいしバッハの音楽以外の何物でもない、特別な場所におさまっているようです。
フーガもまた前奏曲と同じ美しさ、繊細さを持っていますが(そして割と短め)、5声とかなり複雑な構造。
フーガは複数のメロディーがそれぞれ別に動く形式。なので4声あると大体片手で2声ずつ(平均)請け負うことができるのですが、5声だとたまに片手で3声動かさなくちゃいけない、ということで。
でも前奏曲もフーガもどっちかというとハーモニー重視な曲。
そこがまた私好みではあるのですが(笑)
バッハは「音楽の父」としてどこでもその名を聞く作曲ですが、本当に奥が深くて、有名だからといってあなどることが絶対できない作曲家。
私のようなひねくれ者でも愛せずには、そして尊敬せずにはいられない作曲家です。
ちなみに先生がこの曲弾いて言ってくれたんでもうちょっと焦らしてうれしさをかみしめようと思います(笑)
曲が好きなこと、美しいことに加えて変ロ短調。嬉しいことづくしです♪
できればグールドみたいな変わり者な演奏でなく、ニコラーエヴァなどの王道的な演奏でお聞きください。
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これもまたなんだかものすごく好きです♪
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今日は久しぶりにレッスンしてきました!
レッスン代がうやむやになったのでそれに決着をつけるためにもまた近いうちにレッスンしてもらいたいですね。
今日はメルボルンは晴れ、28℃。
大学の音楽科での先生のレッスン室は夏にはかなり暑くなるのですが今日くらいの天気なら窓から入るそよ風が心地良い。ただ隣の建物で工事していてうるさいのですが(汗)
ラヴェルの「古風なメヌエット」、ドビュッシーの「映像」第1集から「ラモー礼賛」、シマノフスキの「メトープ」から「カリュプソー」、そしてメシアン「鳥のカタログ」から「モリフクロウ」。
モリフクロウはトータルセリーぽい「夜」のところは聴いてもらえなかったのですが(やっぱりメシアンはまたマイケルにも聞いてもらいたいですね)、シマノフスキも気に入ってもらえてよかったです。(シマノフスキはこれからまたレパートリーの新しい引き出しとして重宝する予定です!)
ラヴェルとドビュッシー、つまりフランス「印象派」と呼ばれる作曲家が専門の先生、やっぱり「印象派」っぽい感じの曲には先生も惹かれるのかしら。
私もイタリアの印象派っぽいレスピーギや、ポーランドの印象派っぽいシマノフスキ・・・いろいろ私も先生に聴かせてるなあ・・・
キーの重い、音のくぐもった先生のレッスン室のピアノ(スタインウェイ)。
家のピアノはキーが軽いのでレッスンの時は若干しんどいところもありますが、先生のピアノは音に深みがあって、音がブレンドしやすい。だから先生のピアノでフランス音楽を弾くのは本当に楽しいです。
あーいつかグランド買いたいな~あんないいやつでなくてもいいから音とキーに深みがある、クラムが弾けるピアノが!
大好きな先生、でもいつも何を考えてるかわからない。
今日のレッスンで演奏の次に大事だったのが来年の割と早いうちにメル響でチェレスタ・ピアノのオーディションを受けるためのアクションを起こしてみること、そして永住権をとったら(年齢制限にひっかからないうちに)国立アカデミーのオーディションを受けてみること。
先生ノーリアクションで大変困った(汗)
でもとりあえずそのためにこの夏はテクニカル重視のレパートリーに転換。
ベートーベン、スカルラッティ、ハイドン、バッハといつもならレパートリーに入らない曲で技巧を確立して、それにくわえて得意レパートリーのラヴェル、ドビュッシー、メシアン、シマノフスキなども交え。
夏の終わりまでにはオーディションに自分の強さをいかせる「オーディション向きの曲」がいくつかあるといいな、と思いながらなんとかレパートリーを今一生懸命組んでいるところです。
レパートリーを組むのも本当に楽しくて。オーディションなんて随分と久しぶりだし、あんまり経験がなくて。
でも今リストした曲の中で使えるかな-、と思える曲はありますし、なんといっても過程でいろいろ弾きたい曲もありますし・・・なんとかこなしていきたい。
メル響、やっぱりこないだのコンサート聴きに行ったときに決心がついて。
卒業前からやりたいと思ってたことなんですが、プロの夢、そしてオーケストラの中に存在することはやっぱり諦めたくない、ということで。
ソロももちろんやりたいですけれど自分の強み、そして喜びはやっぱりオケのなかでの働きかな、と信じています。
私の持ってるオケというものの知識からするときっと今の仕事と両立できる、むしろ両立したいと思うのです。
ピアノ復帰してから結構ゆるーくやってきたけれど、もう一つステップアップして、もう1レベル根性とやる気を入れて、もいちど気合い入れて追いかけてみようかな、なんて思いながら・・・少し気がはやってしまっています(笑)
今までどおりレパートリーを広げて、自分の心と繋がり表現できる曲をもっともっと弾けるようになりたいですけど、そのためにはきっとここで頑張って(ちょっと我慢して)なにかと粗い私の演奏を磨いていかないと。
にやにやしてます。数ヶ月後、オーディションが受けられることになったら何を携えていくのかな、と。
そもそもカジュアルプレイヤーのシステムが今現在どうなってるかさえも分からないのですが・・・
楽しみなのです。絶対お問い合わせのメール書くときはぐだぐだ悩むでしょうが(笑)
とりあえず今週はレッスンでやった曲の総仕上げ。
今やってる、そして近く手放す曲もステップアップした後に弾いてさらに良くなってるといいな。
自分の心の中で目覚め動き出し、跳ね回り始めてる「音楽家」という名の子供をどう育てていくか・・・楽しみでたまりません。
今日の一曲: クロード・ドビュッシー 「映像」第1集より「ラモー礼賛」
今日のレッスンで演奏した曲のうち、紹介してないのはモリフクロウとこれだけ。
モリフクロウはいつでも書く気になれそうなので、こちらを。
ラモーはフランスのバロック時代の作曲家。フランス・オペラの大家です。
私はあんまり詳しいことを知らないのですが・・・(単なる不勉強!)
バロック時代はフランスにフランス独特の音楽があったのですが、古典派とロマン派の時代はフランスって割と文化的に弱い国だったんですよね。どちらの時代もドイツ・オーストリアが中心に音楽が動いていて・・・
ロマン派の終わりがワーグナーの音楽の過熟により告げられたとき、やっとフランスの時代がやってきたのです。
そのときフランスでは古き良き時代のフランスのアイデンティティを持った音楽を振り返る「新古典派」という動きが出て、そしてこの曲もまたフランスオペラの名作曲家の遺した音楽に思いを馳せる、というような趣旨で新古典派の一つの作品と言えるでしょう。
曲はバロック時代にもあったスローな舞踊、サラバンドの形式をゆるーくとっていて。
ハーモニーの色彩、暖かさ、厚みがとってもドビュッシーらしいです。
優しい夢を見るような心地よさが弾いてても聴いていても嬉しくなりますね♪
どうもこの曲は私にとって青のイメージ。
いつだったかテレビでみたシャガールのステンドグラスのあの鮮やかで深い青。
フランス建築だったり、絵画だったり、衣装だったり・・・フランス的なものばかりイメージが浮かんで、自然とあこがれと愛を感じてしまう曲です。
ポストロマン派、印象派だからってロマンチックじゃない、というのもよくよくわかるとっても人間的な曲です。
感情を色彩にのせて豊かに表現して、心のやわらかいところに響きます。
ドビュッシーかラヴェルかで言えば断然ラヴェル派で、あまりロマンチックな曲はあんまり・・・な私なのですが、ものすごく親しみがわいて、自然と愛を抱いてしまった曲。
バロック時代に築かれたフランスの音楽文化も含めてフランスっていいなあーとついつい浸っちゃって(笑)
でもなんでしょう、どうしても好きになっちゃう美しさと豊かさと色彩があって。あのシャガールのブルーに魅了されてしまいます。
一つ一つの和音を大事に味わって仕上げていきたいです♪
レッスン代がうやむやになったのでそれに決着をつけるためにもまた近いうちにレッスンしてもらいたいですね。
今日はメルボルンは晴れ、28℃。
大学の音楽科での先生のレッスン室は夏にはかなり暑くなるのですが今日くらいの天気なら窓から入るそよ風が心地良い。ただ隣の建物で工事していてうるさいのですが(汗)
ラヴェルの「古風なメヌエット」、ドビュッシーの「映像」第1集から「ラモー礼賛」、シマノフスキの「メトープ」から「カリュプソー」、そしてメシアン「鳥のカタログ」から「モリフクロウ」。
モリフクロウはトータルセリーぽい「夜」のところは聴いてもらえなかったのですが(やっぱりメシアンはまたマイケルにも聞いてもらいたいですね)、シマノフスキも気に入ってもらえてよかったです。(シマノフスキはこれからまたレパートリーの新しい引き出しとして重宝する予定です!)
ラヴェルとドビュッシー、つまりフランス「印象派」と呼ばれる作曲家が専門の先生、やっぱり「印象派」っぽい感じの曲には先生も惹かれるのかしら。
私もイタリアの印象派っぽいレスピーギや、ポーランドの印象派っぽいシマノフスキ・・・いろいろ私も先生に聴かせてるなあ・・・
キーの重い、音のくぐもった先生のレッスン室のピアノ(スタインウェイ)。
家のピアノはキーが軽いのでレッスンの時は若干しんどいところもありますが、先生のピアノは音に深みがあって、音がブレンドしやすい。だから先生のピアノでフランス音楽を弾くのは本当に楽しいです。
あーいつかグランド買いたいな~あんないいやつでなくてもいいから音とキーに深みがある、クラムが弾けるピアノが!
大好きな先生、でもいつも何を考えてるかわからない。
今日のレッスンで演奏の次に大事だったのが来年の割と早いうちにメル響でチェレスタ・ピアノのオーディションを受けるためのアクションを起こしてみること、そして永住権をとったら(年齢制限にひっかからないうちに)国立アカデミーのオーディションを受けてみること。
先生ノーリアクションで大変困った(汗)
でもとりあえずそのためにこの夏はテクニカル重視のレパートリーに転換。
ベートーベン、スカルラッティ、ハイドン、バッハといつもならレパートリーに入らない曲で技巧を確立して、それにくわえて得意レパートリーのラヴェル、ドビュッシー、メシアン、シマノフスキなども交え。
夏の終わりまでにはオーディションに自分の強さをいかせる「オーディション向きの曲」がいくつかあるといいな、と思いながらなんとかレパートリーを今一生懸命組んでいるところです。
レパートリーを組むのも本当に楽しくて。オーディションなんて随分と久しぶりだし、あんまり経験がなくて。
でも今リストした曲の中で使えるかな-、と思える曲はありますし、なんといっても過程でいろいろ弾きたい曲もありますし・・・なんとかこなしていきたい。
メル響、やっぱりこないだのコンサート聴きに行ったときに決心がついて。
卒業前からやりたいと思ってたことなんですが、プロの夢、そしてオーケストラの中に存在することはやっぱり諦めたくない、ということで。
ソロももちろんやりたいですけれど自分の強み、そして喜びはやっぱりオケのなかでの働きかな、と信じています。
私の持ってるオケというものの知識からするときっと今の仕事と両立できる、むしろ両立したいと思うのです。
ピアノ復帰してから結構ゆるーくやってきたけれど、もう一つステップアップして、もう1レベル根性とやる気を入れて、もいちど気合い入れて追いかけてみようかな、なんて思いながら・・・少し気がはやってしまっています(笑)
今までどおりレパートリーを広げて、自分の心と繋がり表現できる曲をもっともっと弾けるようになりたいですけど、そのためにはきっとここで頑張って(ちょっと我慢して)なにかと粗い私の演奏を磨いていかないと。
にやにやしてます。数ヶ月後、オーディションが受けられることになったら何を携えていくのかな、と。
そもそもカジュアルプレイヤーのシステムが今現在どうなってるかさえも分からないのですが・・・
楽しみなのです。絶対お問い合わせのメール書くときはぐだぐだ悩むでしょうが(笑)
とりあえず今週はレッスンでやった曲の総仕上げ。
今やってる、そして近く手放す曲もステップアップした後に弾いてさらに良くなってるといいな。
自分の心の中で目覚め動き出し、跳ね回り始めてる「音楽家」という名の子供をどう育てていくか・・・楽しみでたまりません。
今日の一曲: クロード・ドビュッシー 「映像」第1集より「ラモー礼賛」
今日のレッスンで演奏した曲のうち、紹介してないのはモリフクロウとこれだけ。
モリフクロウはいつでも書く気になれそうなので、こちらを。
ラモーはフランスのバロック時代の作曲家。フランス・オペラの大家です。
私はあんまり詳しいことを知らないのですが・・・(単なる不勉強!)
バロック時代はフランスにフランス独特の音楽があったのですが、古典派とロマン派の時代はフランスって割と文化的に弱い国だったんですよね。どちらの時代もドイツ・オーストリアが中心に音楽が動いていて・・・
ロマン派の終わりがワーグナーの音楽の過熟により告げられたとき、やっとフランスの時代がやってきたのです。
そのときフランスでは古き良き時代のフランスのアイデンティティを持った音楽を振り返る「新古典派」という動きが出て、そしてこの曲もまたフランスオペラの名作曲家の遺した音楽に思いを馳せる、というような趣旨で新古典派の一つの作品と言えるでしょう。
曲はバロック時代にもあったスローな舞踊、サラバンドの形式をゆるーくとっていて。
ハーモニーの色彩、暖かさ、厚みがとってもドビュッシーらしいです。
優しい夢を見るような心地よさが弾いてても聴いていても嬉しくなりますね♪
どうもこの曲は私にとって青のイメージ。
いつだったかテレビでみたシャガールのステンドグラスのあの鮮やかで深い青。
フランス建築だったり、絵画だったり、衣装だったり・・・フランス的なものばかりイメージが浮かんで、自然とあこがれと愛を感じてしまう曲です。
ポストロマン派、印象派だからってロマンチックじゃない、というのもよくよくわかるとっても人間的な曲です。
感情を色彩にのせて豊かに表現して、心のやわらかいところに響きます。
ドビュッシーかラヴェルかで言えば断然ラヴェル派で、あまりロマンチックな曲はあんまり・・・な私なのですが、ものすごく親しみがわいて、自然と愛を抱いてしまった曲。
バロック時代に築かれたフランスの音楽文化も含めてフランスっていいなあーとついつい浸っちゃって(笑)
でもなんでしょう、どうしても好きになっちゃう美しさと豊かさと色彩があって。あのシャガールのブルーに魅了されてしまいます。
一つ一つの和音を大事に味わって仕上げていきたいです♪
取り急ぎちょっぴり更新です。まだ仕事&ピアノ&休息の両立でなく鼎立モードです。
以前からTwitterでつぶやき続き随分とフリが長かったプロジェクト、公開しました!
オリヴィエ・メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」をモチーフにしたステンドグラスのデザインです。
下手&素人なりにがんばってみました♪
曲についての説明はwikipediaのこの記事で。
プロジェクトのTogetterまとめはこちら。なぜステンドグラスなのか、という経緯などもあるのでぜひご覧下さい。
そして完成品を8枚セット並べて飾るとこうなります。
(クリックで拡大画像が見れます)
散々騒ぎながら作業してきましたがやっと完成です。
嬉しいのでtwitterにも上げましたし、togetterで上記まとめも作りましたし。
そして今これを初めとして自分の諸創作物を展示するゆるーいギャラリーも制作しています。
次のプロジェクトもちょっぴり発動中です。
音楽を演奏するのが勿論一番!ですが、音楽を別の表現形態で表現すること、そしてそのプロセスによってより音楽を深く理解して感じたいと思いますし、現代音楽については特に視覚的な要素もあった方がとっつきやすいかなーなんていうちょっとした下心もあります。
とにかくもっと音楽と違った角度から触れあいたいと思うので、またなんだかごちゃごちゃ工程につぶやいててもよろしくお願いします(礼)
ギャラリー、こうやってサイト作成するのはちょっと久しぶりで気恥ずかしさだったり別の後ろめたい?感情もあってなかなか進んでないのですが・・・(汗)完成したあかつきにはそちらも宜しくお願いします。
ブログも書きたいトピックいろいろメモってあるので心と頭に余裕を備えて復帰したいと思います。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「世の終わりのための四重奏曲」 第3楽章 「鳥たちの深淵」
もちろん今日はこの一曲!中でもある意味一番ユニークな楽章をチョイスしました。
この四重奏曲は(メシアンの当時の事情から)ピアノ、バイオリン、チェロ、クラリネットという変則的な編成。
全8楽章ある中ずっと全員が弾いているわけではなく、バイオリンが主役(+ピアノ伴奏)だったり、チェロが主役(+ピアノ伴奏)だったり、ピアノ抜きのトリオで演奏したりと楽章によって編成が変わることがあります。
その中でもこの「鳥たちの深淵」はクラリネットだけ、という珍しい編成。
バイオリンも、チェロも、ピアノも一音も弾きません。
クラリネットは木管楽器のなかでもわりと音量に乏しく、透明だけど中身がオーボエみたいにぎゅっと詰まっていない音。それ一本で大丈夫?という一見頼りないような気もしますが・・・
でもこの曲はクラリネットならでは、の名曲だと思います。
クラリネットというのはそもそもモーツァルトの時代に作られた、打楽器やホルン(角笛としての)だったり笛だったりのそれこそ神話時代からあるような楽器と比べるとだいぶ新しい楽器です。
なので例えば(比べるのもちょっと悪いような気がしますが)似たような楽器のオーボエと比べるとソフトな音がスムーズに出たり、音域が広かったり、音を出すのに要る労力が少なかったり。
その優れた能力と、透明でクールな音を買われて特に20世紀(特にフランス)で、さらにジャズやクレズマーにも愛用されるようになった楽器です。
メシアンもクラリネットのその弱音のポテンシャルを存分に発揮させています。
「聞こえない音が吹ける」とまで言われるクラリネット。何もないところからすーっと幽霊よりも気配を消して表れたり、本当の意味で消え入るようなフレーズの終わりだったり。
「吸い込まれるような闇」を表すにはこれ以上ふさわしい楽器はないですね。
でも曲が曲で楽器が楽器ですから、この曲を聴くときは全くの静寂の中でしかこの曲の真髄を感じることはできないと思います。
ステレオでもいいのですが、できたらしんと静まりかえったホールで。
最高の環境、というのが人っ子一人いないホールなんですが・・・つまりは奏者になる、という。
奏者側からそうやって自分の音が闇と静寂に消散していくのをたった一人で味わえる贅沢・・・いいなあ。
なので是非この曲でのクラリネットの透明な音、そして音が消えるその瞬間をつかまえられるようなるべく無音に近い環境で耳を傾けてくださいね♪
以前からTwitterでつぶやき続き随分とフリが長かったプロジェクト、公開しました!
オリヴィエ・メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」をモチーフにしたステンドグラスのデザインです。
下手&素人なりにがんばってみました♪
曲についての説明はwikipediaのこの記事で。
プロジェクトのTogetterまとめはこちら。なぜステンドグラスなのか、という経緯などもあるのでぜひご覧下さい。
そして完成品を8枚セット並べて飾るとこうなります。
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嬉しいのでtwitterにも上げましたし、togetterで上記まとめも作りましたし。
そして今これを初めとして自分の諸創作物を展示するゆるーいギャラリーも制作しています。
次のプロジェクトもちょっぴり発動中です。
音楽を演奏するのが勿論一番!ですが、音楽を別の表現形態で表現すること、そしてそのプロセスによってより音楽を深く理解して感じたいと思いますし、現代音楽については特に視覚的な要素もあった方がとっつきやすいかなーなんていうちょっとした下心もあります。
とにかくもっと音楽と違った角度から触れあいたいと思うので、またなんだかごちゃごちゃ工程につぶやいててもよろしくお願いします(礼)
ギャラリー、こうやってサイト作成するのはちょっと久しぶりで気恥ずかしさだったり別の後ろめたい?感情もあってなかなか進んでないのですが・・・(汗)完成したあかつきにはそちらも宜しくお願いします。
ブログも書きたいトピックいろいろメモってあるので心と頭に余裕を備えて復帰したいと思います。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「世の終わりのための四重奏曲」 第3楽章 「鳥たちの深淵」
もちろん今日はこの一曲!中でもある意味一番ユニークな楽章をチョイスしました。
この四重奏曲は(メシアンの当時の事情から)ピアノ、バイオリン、チェロ、クラリネットという変則的な編成。
全8楽章ある中ずっと全員が弾いているわけではなく、バイオリンが主役(+ピアノ伴奏)だったり、チェロが主役(+ピアノ伴奏)だったり、ピアノ抜きのトリオで演奏したりと楽章によって編成が変わることがあります。
その中でもこの「鳥たちの深淵」はクラリネットだけ、という珍しい編成。
バイオリンも、チェロも、ピアノも一音も弾きません。
クラリネットは木管楽器のなかでもわりと音量に乏しく、透明だけど中身がオーボエみたいにぎゅっと詰まっていない音。それ一本で大丈夫?という一見頼りないような気もしますが・・・
でもこの曲はクラリネットならでは、の名曲だと思います。
クラリネットというのはそもそもモーツァルトの時代に作られた、打楽器やホルン(角笛としての)だったり笛だったりのそれこそ神話時代からあるような楽器と比べるとだいぶ新しい楽器です。
なので例えば(比べるのもちょっと悪いような気がしますが)似たような楽器のオーボエと比べるとソフトな音がスムーズに出たり、音域が広かったり、音を出すのに要る労力が少なかったり。
その優れた能力と、透明でクールな音を買われて特に20世紀(特にフランス)で、さらにジャズやクレズマーにも愛用されるようになった楽器です。
メシアンもクラリネットのその弱音のポテンシャルを存分に発揮させています。
「聞こえない音が吹ける」とまで言われるクラリネット。何もないところからすーっと幽霊よりも気配を消して表れたり、本当の意味で消え入るようなフレーズの終わりだったり。
「吸い込まれるような闇」を表すにはこれ以上ふさわしい楽器はないですね。
でも曲が曲で楽器が楽器ですから、この曲を聴くときは全くの静寂の中でしかこの曲の真髄を感じることはできないと思います。
ステレオでもいいのですが、できたらしんと静まりかえったホールで。
最高の環境、というのが人っ子一人いないホールなんですが・・・つまりは奏者になる、という。
奏者側からそうやって自分の音が闇と静寂に消散していくのをたった一人で味わえる贅沢・・・いいなあ。
なので是非この曲でのクラリネットの透明な音、そして音が消えるその瞬間をつかまえられるようなるべく無音に近い環境で耳を傾けてくださいね♪
疲労疲労といってたら、鏡で顔をみたら結構顔にも表れてるみたいです(汗)
目のくま、レッスン前になんとかしておかないと先生が心配するかも・・・
結構そばかすも出てきてるのでこの夏はケア&慣れない化粧が欠かせないか・・・(ため息)
本題になりますが。
音楽が人の心(感情)に影響を及ぼすことは言うまでもないですし、音楽が人の身体に影響を及ぼして生理的反応を起こすこともまた常識になってきています。
ちょっとそこのところの論文は未読なのですが、生物学的な面を見る前でも結構作曲家が音楽のメカニズムのなかに意図して生物学的な、医学的な比喩をつかったりしてそういった効果を狙ってるのかな?というのにはよく出会います。
そこで今日は生物学的・生理学的な比喩のようなものを効果的に使っている音楽を紹介します。
生理学的な比喩でダントツに一番多く使われているのが心臓の鼓動ではないかと思います。
私たちが自分の興奮・リラックスのレベルを自覚するのも鼓動の速さでみるのが分かりやすいですよね。
通常成人の鼓動は1分に60~100回と言われています。一般的に遅ければ人はリラックス状態にあり、速ければ興奮状態にある・・・はず。
ブラームスのピアノ五重奏曲第3楽章、ピアノ四重奏曲第3番第2楽章、さらにバッハの平均律第一巻ニ短調の前奏曲はどれもそんな心臓の鼓動を模倣したようなパッセージが特徴です。
さらにこれらの曲のテンポもまたいいこと出来ています。
メトロノームで表すテンポも鼓動と同じく1分に何回で表すのですが、上記の曲のだいたいのテンポをメトロノームで表すとこうなります(もちろん演奏によって多少の差異はあります):
ブラームス五重奏3楽章 1拍=120
ブラームス四重奏3番2楽章 1拍=126
バッハ平均律第一巻ニ短調 1拍=132
・・・とそれぞれでのパッセージを鼓動とするなら通常の速さよりも若干速めの頻脈状態。
弾いているときにものすごく実感するのですが(きっと聴いてるときも)、鼓動と似た音を少し速めに聴かせることで聴き手の鼓動を速くして少し興奮状態に持ってく効果があるようです。
きっとかならずとも鼓動的なパッセージを使わずともテンポをここら辺にすることでそういう効果は出せると思います。ただある程度テンポが速くなると人の脳は「1,2,1,2」ではなく「1, 1, 」とまとめて数えやすい、感じやすい遅い拍で処理するようになるので効果は同じではありません。そのためにも適度に通常の鼓動よりも速いテンポで、鼓動的なリズムで拍をはっきりさせるという意味ではこういった比喩は興奮状態を創り出すのに効果的なのかも知れませんね。
鼓動に関しては興味深い曲がもう2つ。
まずは今日の一曲で紹介したことのあるメシアンの「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」から第11番「聖母の最初の聖体拝受」。
この曲の後半でメシアン自身が「聖母マリアの胎内に宿ったイエスの鼓動」と明確に示しているパッセージが。
メシアンの指示通りのテンポで弾いていればこの左手のパッセージはメトロノームで1音=240。成人のそれの2倍の速さである胎児の鼓動の速さぴったりになるようになってます。
そしてリヒャルト・シュトラウスの「死と変容」。
この曲の冒頭のビオラのパッセージは病人の弱々しい鼓動を表すとされていますが(これもまた作曲家自身によってそうだと示されています)、見事な不整脈です。シュトラウス自身も病弱だった時期があるらしいのでもしかしたら自身の体験を音楽で描写してたりして医学的に忠実なものだったりするのかしら?
例えば身体・精神の病気にかかわらず音楽を分析して医学的な診断ができたりしたら面白そうですよね。
もうひとつ人間の状態を左右する重要な生理的要素、呼吸。
呼吸法はリラクゼーションでも大切な役割をするといいますし、鼓動よりも意識的に、自発的にコントロールする実感があるので・・・
昔は前のピアノの先生に弾き手が音楽の息を感じて呼吸をすることでフレージングだったりメロディーの形を自然に美しいものにする大事さを教わりましたが、弾き手が音楽の息を感じてそれを表現するのと同じくらい、聴き手もその音楽を感じて呼吸を自然に音楽と共にするもの。
ちょっと話は逸れますが、チェロの先生が言うにはアンサンブルで複数人が弾く際呼吸を共に同じくすることで共感度をアップする効果があるそうです(これは曲を演奏する側と、同じ空間で曲を聴く側にもいえそうです)。実は詐欺師やスピリチュアルな取り込み・勧誘などで相手に共感させるためにかなり使われているテクニックでもあるそう。
閑話休題。
先ほどのテンポやリズムの速さが鼓動と共感するようにフレーズの長さやメロディーの形は呼吸と共感します。(リラクゼーションに音楽を選ぶのにも大事なポイントかも)
もちろんリラックスする方向に呼吸を持って行くこともできますし、その逆もまた同じくありえます。
その良い例がスクリャービンの前奏曲op.11-14。
この曲の拍子は15分の8というかなりレアな拍子です。まとめてみると5+5+5で大きな3拍子ともとれます。
この拍子が曲者で、同時にすごい効果を生み出すのです。
呼吸というのは呼気(吐く息)と吸気(吸う息)が基本同じ長さです。
音楽でも2拍子が自然なのは歩く際右、左と足2本で動くのもありますが呼気と吸気が対になっているから。
たとえ3拍子でもフレーズが4小節だったり8小節だったり偶数の小節で成り立っているので一小節毎に吸気、呼気を繰り返して呼吸が自然に成り立つのですが・・・
この曲の場合まず15拍子を3つに分けた5拍子グループがまず奇数なので2で割り切れない。
3+2、3+2、3+2を吸気と呼気に当てはめると吸気の方がかならず長くなって過呼吸状態になります。
さらにまとめると3拍子なのでこれもアシメトリー。しかも各5拍子グループが長いので5拍子を一呼気、一吸気にすることもできない。
結果過呼吸を余儀なくされる、という。
呼吸はやっぱり大事だな~と私が思ったのはバーバーの「弦楽のためのアダージョ」を弾いた時のこと。
映画「プラトーン」で有名になった曲、悲愴な曲調ととってもスローなテンポで生み出される独特の張り詰めた雰囲気が心を打つ一曲なのですが・・・
フレーズが長すぎて呼吸が出来ないので私が弾くのにも聴くのにも最も苦手としている曲の一つです。
呼吸が出来なくて苦しいというのももちろんあるのですがある程度呼吸でまとめないと脳が処理しきれないんですよね。一つのフレーズさえもひとまとめとして認識できなかったり。
(ちなみに「弦楽のためのアダージョ」、「Agnus dei」という合唱のための編曲もあるのですが、こちらは実際の呼吸の問題もあり少し速めのテンポで演奏されます。)
最近メンタルヘルスだったり医学だったりを少しずつ勉強したりすると演奏の際も感情に訴えかけるだけじゃなくて生理的な効果も狙ってみたいなあ、と思ってしまうので・・・
もっと探せばそういった比喩を使った曲はもっとありますし、どんな曲でもある程度生理反応に訴えかけることはできると思いますし・・・なんといっても生理反応により心の状態が変わるのと同じくらい感情も生理反応に影響があるのでその相互影響、相乗効果で音楽を弾く方も聴く方もより深く感じることを期待しています。
音楽と人間と心と体の繋がり、これからもっと勉強していきたいです。
今日の一曲: アレクサンドル・スクリャービン 前奏曲op.11-14
先ほど呼吸の項で紹介しました曲です。
先ほどのわかりにくい説明で申し訳ありませんが、聴いていただければこの15分の8という拍子とリズムの特殊さ、そしてスクリャービンがそれをどれだけうまく使ったか、ということがある程度分かってもらえるかと思います。
スクリャービンはわりと変な人でした。
最初はピアニスト志望で、手を無理な練習で痛めてからは改めて作曲の道へ。
そしてなんだかどこかで神秘主義に傾倒して音楽のスタイルから方向性から思想からかなり常人とは離れた領域に行ってしまって。
音楽史や芸術史では前の時代に影響し、次の時代に影響を与えてスタイルというものは移り変わっていくものなんですが、スクリャービンは特にこれという影響も受けず自身のスタイルを創り出し、また彼の後継者的な存在も特にいない、さらにどんなスタイルの分類にも当てはまらない音楽史の「カモノハシ」(Robert Pirsigの「Lila」より)なのです。
ただこの曲はかれの初期の作品。まだまだショパンっぽい音楽をかいていたころ。
自身が優れたピアニストだったのもあり、さらに手も小さかったためかなり一筋縄ではいかなく独特な難しい技巧を書く人。(ただ自分が手が小さいのにやたらと大きな手のためのような曲を書くのできっとそれが手の損傷の原因)
この前奏曲は割とストレートな方ですがオクターブベースの左手だったり和音の連打だったりなんともスクリャービンらしい。
リズムと拍子以外にも変ホ短調という暗く内に向かって激しい調だったりハーモニーだったり曲の盛り上げ方だったりどこをとってもエキサイティングな曲。
スクリャービンの初期の作品は聴きやすいものばかりで、特に前奏曲は本当にミニサイズの短めの曲がたくさん。どれも独自の魅力にあふれているのでこの曲に限らずおすすめです。
演奏はもちろんホロヴィッツで。スクリャービンの独特な感性とスタイルのせいか彼の音楽を特に得意とするピアニストというのはきわめて少ないです。ホロヴィッツはピアノの巨匠であると同時にスクリャービンの名手。
私もあれだけスクリャービンの音楽と一致できたらなあ・・・
目のくま、レッスン前になんとかしておかないと先生が心配するかも・・・
結構そばかすも出てきてるのでこの夏はケア&慣れない化粧が欠かせないか・・・(ため息)
本題になりますが。
音楽が人の心(感情)に影響を及ぼすことは言うまでもないですし、音楽が人の身体に影響を及ぼして生理的反応を起こすこともまた常識になってきています。
ちょっとそこのところの論文は未読なのですが、生物学的な面を見る前でも結構作曲家が音楽のメカニズムのなかに意図して生物学的な、医学的な比喩をつかったりしてそういった効果を狙ってるのかな?というのにはよく出会います。
そこで今日は生物学的・生理学的な比喩のようなものを効果的に使っている音楽を紹介します。
生理学的な比喩でダントツに一番多く使われているのが心臓の鼓動ではないかと思います。
私たちが自分の興奮・リラックスのレベルを自覚するのも鼓動の速さでみるのが分かりやすいですよね。
通常成人の鼓動は1分に60~100回と言われています。一般的に遅ければ人はリラックス状態にあり、速ければ興奮状態にある・・・はず。
ブラームスのピアノ五重奏曲第3楽章、ピアノ四重奏曲第3番第2楽章、さらにバッハの平均律第一巻ニ短調の前奏曲はどれもそんな心臓の鼓動を模倣したようなパッセージが特徴です。
さらにこれらの曲のテンポもまたいいこと出来ています。
メトロノームで表すテンポも鼓動と同じく1分に何回で表すのですが、上記の曲のだいたいのテンポをメトロノームで表すとこうなります(もちろん演奏によって多少の差異はあります):
ブラームス五重奏3楽章 1拍=120
ブラームス四重奏3番2楽章 1拍=126
バッハ平均律第一巻ニ短調 1拍=132
・・・とそれぞれでのパッセージを鼓動とするなら通常の速さよりも若干速めの頻脈状態。
弾いているときにものすごく実感するのですが(きっと聴いてるときも)、鼓動と似た音を少し速めに聴かせることで聴き手の鼓動を速くして少し興奮状態に持ってく効果があるようです。
きっとかならずとも鼓動的なパッセージを使わずともテンポをここら辺にすることでそういう効果は出せると思います。ただある程度テンポが速くなると人の脳は「1,2,1,2」ではなく「1, 1, 」とまとめて数えやすい、感じやすい遅い拍で処理するようになるので効果は同じではありません。そのためにも適度に通常の鼓動よりも速いテンポで、鼓動的なリズムで拍をはっきりさせるという意味ではこういった比喩は興奮状態を創り出すのに効果的なのかも知れませんね。
鼓動に関しては興味深い曲がもう2つ。
まずは今日の一曲で紹介したことのあるメシアンの「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」から第11番「聖母の最初の聖体拝受」。
この曲の後半でメシアン自身が「聖母マリアの胎内に宿ったイエスの鼓動」と明確に示しているパッセージが。
メシアンの指示通りのテンポで弾いていればこの左手のパッセージはメトロノームで1音=240。成人のそれの2倍の速さである胎児の鼓動の速さぴったりになるようになってます。
そしてリヒャルト・シュトラウスの「死と変容」。
この曲の冒頭のビオラのパッセージは病人の弱々しい鼓動を表すとされていますが(これもまた作曲家自身によってそうだと示されています)、見事な不整脈です。シュトラウス自身も病弱だった時期があるらしいのでもしかしたら自身の体験を音楽で描写してたりして医学的に忠実なものだったりするのかしら?
例えば身体・精神の病気にかかわらず音楽を分析して医学的な診断ができたりしたら面白そうですよね。
もうひとつ人間の状態を左右する重要な生理的要素、呼吸。
呼吸法はリラクゼーションでも大切な役割をするといいますし、鼓動よりも意識的に、自発的にコントロールする実感があるので・・・
昔は前のピアノの先生に弾き手が音楽の息を感じて呼吸をすることでフレージングだったりメロディーの形を自然に美しいものにする大事さを教わりましたが、弾き手が音楽の息を感じてそれを表現するのと同じくらい、聴き手もその音楽を感じて呼吸を自然に音楽と共にするもの。
ちょっと話は逸れますが、チェロの先生が言うにはアンサンブルで複数人が弾く際呼吸を共に同じくすることで共感度をアップする効果があるそうです(これは曲を演奏する側と、同じ空間で曲を聴く側にもいえそうです)。実は詐欺師やスピリチュアルな取り込み・勧誘などで相手に共感させるためにかなり使われているテクニックでもあるそう。
閑話休題。
先ほどのテンポやリズムの速さが鼓動と共感するようにフレーズの長さやメロディーの形は呼吸と共感します。(リラクゼーションに音楽を選ぶのにも大事なポイントかも)
もちろんリラックスする方向に呼吸を持って行くこともできますし、その逆もまた同じくありえます。
その良い例がスクリャービンの前奏曲op.11-14。
この曲の拍子は15分の8というかなりレアな拍子です。まとめてみると5+5+5で大きな3拍子ともとれます。
この拍子が曲者で、同時にすごい効果を生み出すのです。
呼吸というのは呼気(吐く息)と吸気(吸う息)が基本同じ長さです。
音楽でも2拍子が自然なのは歩く際右、左と足2本で動くのもありますが呼気と吸気が対になっているから。
たとえ3拍子でもフレーズが4小節だったり8小節だったり偶数の小節で成り立っているので一小節毎に吸気、呼気を繰り返して呼吸が自然に成り立つのですが・・・
この曲の場合まず15拍子を3つに分けた5拍子グループがまず奇数なので2で割り切れない。
3+2、3+2、3+2を吸気と呼気に当てはめると吸気の方がかならず長くなって過呼吸状態になります。
さらにまとめると3拍子なのでこれもアシメトリー。しかも各5拍子グループが長いので5拍子を一呼気、一吸気にすることもできない。
結果過呼吸を余儀なくされる、という。
呼吸はやっぱり大事だな~と私が思ったのはバーバーの「弦楽のためのアダージョ」を弾いた時のこと。
映画「プラトーン」で有名になった曲、悲愴な曲調ととってもスローなテンポで生み出される独特の張り詰めた雰囲気が心を打つ一曲なのですが・・・
フレーズが長すぎて呼吸が出来ないので私が弾くのにも聴くのにも最も苦手としている曲の一つです。
呼吸が出来なくて苦しいというのももちろんあるのですがある程度呼吸でまとめないと脳が処理しきれないんですよね。一つのフレーズさえもひとまとめとして認識できなかったり。
(ちなみに「弦楽のためのアダージョ」、「Agnus dei」という合唱のための編曲もあるのですが、こちらは実際の呼吸の問題もあり少し速めのテンポで演奏されます。)
最近メンタルヘルスだったり医学だったりを少しずつ勉強したりすると演奏の際も感情に訴えかけるだけじゃなくて生理的な効果も狙ってみたいなあ、と思ってしまうので・・・
もっと探せばそういった比喩を使った曲はもっとありますし、どんな曲でもある程度生理反応に訴えかけることはできると思いますし・・・なんといっても生理反応により心の状態が変わるのと同じくらい感情も生理反応に影響があるのでその相互影響、相乗効果で音楽を弾く方も聴く方もより深く感じることを期待しています。
音楽と人間と心と体の繋がり、これからもっと勉強していきたいです。
今日の一曲: アレクサンドル・スクリャービン 前奏曲op.11-14
先ほど呼吸の項で紹介しました曲です。
先ほどのわかりにくい説明で申し訳ありませんが、聴いていただければこの15分の8という拍子とリズムの特殊さ、そしてスクリャービンがそれをどれだけうまく使ったか、ということがある程度分かってもらえるかと思います。
スクリャービンはわりと変な人でした。
最初はピアニスト志望で、手を無理な練習で痛めてからは改めて作曲の道へ。
そしてなんだかどこかで神秘主義に傾倒して音楽のスタイルから方向性から思想からかなり常人とは離れた領域に行ってしまって。
音楽史や芸術史では前の時代に影響し、次の時代に影響を与えてスタイルというものは移り変わっていくものなんですが、スクリャービンは特にこれという影響も受けず自身のスタイルを創り出し、また彼の後継者的な存在も特にいない、さらにどんなスタイルの分類にも当てはまらない音楽史の「カモノハシ」(Robert Pirsigの「Lila」より)なのです。
ただこの曲はかれの初期の作品。まだまだショパンっぽい音楽をかいていたころ。
自身が優れたピアニストだったのもあり、さらに手も小さかったためかなり一筋縄ではいかなく独特な難しい技巧を書く人。(ただ自分が手が小さいのにやたらと大きな手のためのような曲を書くのできっとそれが手の損傷の原因)
この前奏曲は割とストレートな方ですがオクターブベースの左手だったり和音の連打だったりなんともスクリャービンらしい。
リズムと拍子以外にも変ホ短調という暗く内に向かって激しい調だったりハーモニーだったり曲の盛り上げ方だったりどこをとってもエキサイティングな曲。
スクリャービンの初期の作品は聴きやすいものばかりで、特に前奏曲は本当にミニサイズの短めの曲がたくさん。どれも独自の魅力にあふれているのでこの曲に限らずおすすめです。
演奏はもちろんホロヴィッツで。スクリャービンの独特な感性とスタイルのせいか彼の音楽を特に得意とするピアニストというのはきわめて少ないです。ホロヴィッツはピアノの巨匠であると同時にスクリャービンの名手。
私もあれだけスクリャービンの音楽と一致できたらなあ・・・
今日はピアノの練習が結構良かったのでご機嫌・・・なのですが大抵ピアノと仕事のことで頭がいっぱいで(そして若干昼寝もあり)あんまり頭に余裕がなかった感じです。
これから先生にレッスンのメール出したり、ステンドグラスの清書パート3(方眼なしの紙に!スキャン一歩手前です)をしたり、ゲームをしたり・・・
なんだか最近創作・想像・創造に(ピアノでもそうですが)十分ゆとりをもって頭を使えてない気がするんですよね・・・
これからちょっぴり長い仕事があるのですが余裕を少しでも作っていきたいと思います。
ということでネタも空っぽだったのですが、ゆるーく今日はキーワードto音楽を。
あんまり占星術とか星占いとかそういったものでの性格判断は信じてはいないのですが、結構創作でいろいろとまとめたり決めたり参考にしたりするのには都合がよかったりするので結構調べています。
ということで12の星座をイメージして(注:マクロコスモスは今回まるっきり無視で!)今回は音楽を連想したいと思います~
おひつじ座: レナード・バーンスタイン 「キャンディード」序曲
おひつじ座は作曲家だとベルリオーズな気がするのですがなんだか具体的な曲で「これだ!」というものがなかったです。明るく外向的でちょっとせっかちという描写がいろんな占星術性格分析であるのですが、キャンディード序曲は明るいほど、派手なほどエキサイティングでそしてある程度スピードが不可欠。
いつもいつも明るい方に、何かアクションが起きてる方にぐいぐい引っ張られてく曲です。
おうし座: ヨハネス・ブラームス 交響曲第1番 第1楽章
おうし座の石橋を叩いて渡るような、慎重で内向的なタイプという性格描写を見ると真っ先にブラームスが浮かぶのです(ちなみにブラームス自身おうし座です(笑))。
やっぱり「交響曲を書くならベートーベンの第9を超えなきゃ」と21年もかけて書いた弧の曲がふさわしいんじゃないかと。ハ短調と♭系の調で書かれてるのもまたおうし座的かなーと。
ふたご座: セルゲイ・プロコフィエフ 交響曲第1番 第3楽章
改善の余地ありかな・・・ふたご座と言えば二面性、という描写が多いのですが色んな二面性が矛盾しているようで矛盾しなく共存しているプロコフィエフがいいかな、と思い。実際この曲はバロックや古典時代のガヴォットという舞曲のスタイルとプロコフィエフの楽器使いやテイストが共存しています。基本あんまり暗いことはなく、ちょっと毒はあってもマイペースで前向きで、速すぎずも遅すぎずもしないテンポで。
(ちなみにプロコフィエフはバレエ「ロミオとジュリエット」でもこの曲を使ってるのですが、編曲はこっちの方がふたご座に合うかも?)
かに座: グスタフ・マーラー 交響曲第6番 第3楽章
かに座はメシアンかマーラーだな、と思ってました。決して自分がかに座でメシアンとマーラーが好きだからではなく。かに座でよく言われる「包容力」の質を直感的に音楽で例えるならメシアンだったりマーラーだったりかなーと。ちょっぴりメランコリックなテイストもあり、センチメンタルなところもありながら懐は深く、芯はしなやかで強く。そんな感じです。
しし座: リヒャルト・シュトラウス 「ドン・ファン」序曲
リーダーシップ、情熱、行動力のしし座、やはりリヒャルト・シュトラウスかなー。
上へ前へどんどん進む、太陽のような明るさ。「英雄の生涯」も良いけれど♯系の調なのと推進力、オープニングのインパクトとかで勝るかも。
しし座には金管も弦楽器もバランス良く聞こえるといいな~というのがなんかありますね・・・
おとめ座: クロード・ドビュッシー 「映像」第1巻より「水に映る影」
繊細さ、芯の強さ、知性・・・ということでラヴェルかドビュッシーか迷って、なんとなくドビュッシーに。
何でしょう、「印象派」っぽいですよね~なんだか芸術的センスがあるとか、そういうのもありそうで。
暗すぎないけど昼よりは夜、火よりは水や風と結びつくイメージ。
テンポは遅めで、でも音が細かく繊細な技巧のこの曲をチョイスしました。
てんびん座: セザール・フランク バイオリンソナタ 第1楽章
柔軟で直感・さりげないセンスがあって。決して意志は強固ではないけど調和を好む・・・でしたっけ。
このソナタのオープニングのバイオリンの揺れ動くメロディーだったり繊細で美しい音だったり。フランクの独特のフランスらしくロマン派らしいハーモニーもぴったりかな、というのがチョイスの理由。
例えば同じフランスでも印象派だったらちょっと違ったかも・・・?
さそり座: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 交響曲第5番 第1楽章
まず調としては嬰ハ短調をイメージしてたんですがうまく該当する曲が無く。内なる炎、情熱、そして粘着質ということでショスタコーヴィチが一番フィットするかと。(でも半音違いのニ短調、色彩はだいぶ当初欲しかったのと違いますねー)
先ほどの3つのポイントにショスタコの音楽全般当てはまるのでなるべく粘着力と火力が強いやつを選びました。(うーん、スクリャービンでもよかったかなあ・・・)
いて座: バルトーク・ベーラ 「ディヴェルティメント」 第1楽章
単純明快、調は変ロ長調かト長調、弦楽器メイン・・・と考えた末の結論(調は若干ずれましたが)。
さっぱりしてて、行動力があって。いて座はケンタウロスなので少し動物というか獣が入っているけれどそれでも整然としたところがあるバルトークの音楽は結局ぴったりなのかな。
この弦特有の角のあるアタックとか、バルトークが愛用するリズムだったりが他の星座ではなくいて座特有のクオリティと結びつきそう。
やぎ座: アントニン・ドヴォルザーク 交響曲第9番 「新世界より」 第1楽章
ちょっぴり後ろ向きで慎重派、わりとのびのびしててマイペース・・・を意識しようとしたのですが、ノスタルジックを前に出した音楽を選んでしまいました。でもなかなか説明しにくいところでドヴォルザークの音楽全体だったりこの曲だったりにやぎ座っぽいエレメントはあるような・・・ここもまた改善の余地ありかな。
でも直感的に「そうかも?」という部分は強いです、それでも。
みずがめ座: モーリス・ラヴェル 「鏡」より「道化師の朝の歌」
やった!ラヴェル残しといてよかった!(なるべくかぶらないようにしてきたので)
機転だったりインスピレーションや直感だったり、回転の速い知性だったり、ちょっぴり理系の暗示だったり天才肌だったり、ラヴェルの音楽はわりとみずがめ座っぽい?この曲のスペイン下地の独特な雰囲気もまた名配役だったかな、と自負しております。
うお座: フレデリック・ショパン 「雨だれのプレリュード」
ショパン自身がうお座生まれなのもありますが、このセンチメンタルさ半端ない音楽はうお座だろう、と前々から思ってました。ただ「雨だれのプレリュード」か練習曲「Aeolian Harp」かで迷いましたが技巧で展開する方じゃない、メロディー本位のプレリュードの方を選択。どっちにしてもそうだったのですが、うお座は基本♭系の調だと思います。
・・・うわー、なかなか疲れました。遊びにしてもどうしてもこうムキになってしまう部分も・・・(苦笑)
ネタにしては結構星座に割り当てられた性格特徴とかよく知ってるな-と自分でびっくりしているのですが・・・
そしてマニアックなカテゴリーに入る曲があんまり出なかったことにも自分でびっくりです。
そして今日も今日の一曲はお休み。
ブログエントリー一つ書くのに無理しちゃ行けませんからまた頭に余裕をつくって書きたいですね。
やっぱり書きたいことがあるときに書くのが一番です。(ただ書きたいけど何を書いていいか分からないときにこういうエントリーで頭を動かすのも結構好きです)。
心も頭も心地良く動きますように・・・
これから先生にレッスンのメール出したり、ステンドグラスの清書パート3(方眼なしの紙に!スキャン一歩手前です)をしたり、ゲームをしたり・・・
なんだか最近創作・想像・創造に(ピアノでもそうですが)十分ゆとりをもって頭を使えてない気がするんですよね・・・
これからちょっぴり長い仕事があるのですが余裕を少しでも作っていきたいと思います。
ということでネタも空っぽだったのですが、ゆるーく今日はキーワードto音楽を。
あんまり占星術とか星占いとかそういったものでの性格判断は信じてはいないのですが、結構創作でいろいろとまとめたり決めたり参考にしたりするのには都合がよかったりするので結構調べています。
ということで12の星座をイメージして(注:マクロコスモスは今回まるっきり無視で!)今回は音楽を連想したいと思います~
おひつじ座: レナード・バーンスタイン 「キャンディード」序曲
おひつじ座は作曲家だとベルリオーズな気がするのですがなんだか具体的な曲で「これだ!」というものがなかったです。明るく外向的でちょっとせっかちという描写がいろんな占星術性格分析であるのですが、キャンディード序曲は明るいほど、派手なほどエキサイティングでそしてある程度スピードが不可欠。
いつもいつも明るい方に、何かアクションが起きてる方にぐいぐい引っ張られてく曲です。
おうし座: ヨハネス・ブラームス 交響曲第1番 第1楽章
おうし座の石橋を叩いて渡るような、慎重で内向的なタイプという性格描写を見ると真っ先にブラームスが浮かぶのです(ちなみにブラームス自身おうし座です(笑))。
やっぱり「交響曲を書くならベートーベンの第9を超えなきゃ」と21年もかけて書いた弧の曲がふさわしいんじゃないかと。ハ短調と♭系の調で書かれてるのもまたおうし座的かなーと。
ふたご座: セルゲイ・プロコフィエフ 交響曲第1番 第3楽章
改善の余地ありかな・・・ふたご座と言えば二面性、という描写が多いのですが色んな二面性が矛盾しているようで矛盾しなく共存しているプロコフィエフがいいかな、と思い。実際この曲はバロックや古典時代のガヴォットという舞曲のスタイルとプロコフィエフの楽器使いやテイストが共存しています。基本あんまり暗いことはなく、ちょっと毒はあってもマイペースで前向きで、速すぎずも遅すぎずもしないテンポで。
(ちなみにプロコフィエフはバレエ「ロミオとジュリエット」でもこの曲を使ってるのですが、編曲はこっちの方がふたご座に合うかも?)
かに座: グスタフ・マーラー 交響曲第6番 第3楽章
かに座はメシアンかマーラーだな、と思ってました。決して自分がかに座でメシアンとマーラーが好きだからではなく。かに座でよく言われる「包容力」の質を直感的に音楽で例えるならメシアンだったりマーラーだったりかなーと。ちょっぴりメランコリックなテイストもあり、センチメンタルなところもありながら懐は深く、芯はしなやかで強く。そんな感じです。
しし座: リヒャルト・シュトラウス 「ドン・ファン」序曲
リーダーシップ、情熱、行動力のしし座、やはりリヒャルト・シュトラウスかなー。
上へ前へどんどん進む、太陽のような明るさ。「英雄の生涯」も良いけれど♯系の調なのと推進力、オープニングのインパクトとかで勝るかも。
しし座には金管も弦楽器もバランス良く聞こえるといいな~というのがなんかありますね・・・
おとめ座: クロード・ドビュッシー 「映像」第1巻より「水に映る影」
繊細さ、芯の強さ、知性・・・ということでラヴェルかドビュッシーか迷って、なんとなくドビュッシーに。
何でしょう、「印象派」っぽいですよね~なんだか芸術的センスがあるとか、そういうのもありそうで。
暗すぎないけど昼よりは夜、火よりは水や風と結びつくイメージ。
テンポは遅めで、でも音が細かく繊細な技巧のこの曲をチョイスしました。
てんびん座: セザール・フランク バイオリンソナタ 第1楽章
柔軟で直感・さりげないセンスがあって。決して意志は強固ではないけど調和を好む・・・でしたっけ。
このソナタのオープニングのバイオリンの揺れ動くメロディーだったり繊細で美しい音だったり。フランクの独特のフランスらしくロマン派らしいハーモニーもぴったりかな、というのがチョイスの理由。
例えば同じフランスでも印象派だったらちょっと違ったかも・・・?
さそり座: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 交響曲第5番 第1楽章
まず調としては嬰ハ短調をイメージしてたんですがうまく該当する曲が無く。内なる炎、情熱、そして粘着質ということでショスタコーヴィチが一番フィットするかと。(でも半音違いのニ短調、色彩はだいぶ当初欲しかったのと違いますねー)
先ほどの3つのポイントにショスタコの音楽全般当てはまるのでなるべく粘着力と火力が強いやつを選びました。(うーん、スクリャービンでもよかったかなあ・・・)
いて座: バルトーク・ベーラ 「ディヴェルティメント」 第1楽章
単純明快、調は変ロ長調かト長調、弦楽器メイン・・・と考えた末の結論(調は若干ずれましたが)。
さっぱりしてて、行動力があって。いて座はケンタウロスなので少し動物というか獣が入っているけれどそれでも整然としたところがあるバルトークの音楽は結局ぴったりなのかな。
この弦特有の角のあるアタックとか、バルトークが愛用するリズムだったりが他の星座ではなくいて座特有のクオリティと結びつきそう。
やぎ座: アントニン・ドヴォルザーク 交響曲第9番 「新世界より」 第1楽章
ちょっぴり後ろ向きで慎重派、わりとのびのびしててマイペース・・・を意識しようとしたのですが、ノスタルジックを前に出した音楽を選んでしまいました。でもなかなか説明しにくいところでドヴォルザークの音楽全体だったりこの曲だったりにやぎ座っぽいエレメントはあるような・・・ここもまた改善の余地ありかな。
でも直感的に「そうかも?」という部分は強いです、それでも。
みずがめ座: モーリス・ラヴェル 「鏡」より「道化師の朝の歌」
やった!ラヴェル残しといてよかった!(なるべくかぶらないようにしてきたので)
機転だったりインスピレーションや直感だったり、回転の速い知性だったり、ちょっぴり理系の暗示だったり天才肌だったり、ラヴェルの音楽はわりとみずがめ座っぽい?この曲のスペイン下地の独特な雰囲気もまた名配役だったかな、と自負しております。
うお座: フレデリック・ショパン 「雨だれのプレリュード」
ショパン自身がうお座生まれなのもありますが、このセンチメンタルさ半端ない音楽はうお座だろう、と前々から思ってました。ただ「雨だれのプレリュード」か練習曲「Aeolian Harp」かで迷いましたが技巧で展開する方じゃない、メロディー本位のプレリュードの方を選択。どっちにしてもそうだったのですが、うお座は基本♭系の調だと思います。
・・・うわー、なかなか疲れました。遊びにしてもどうしてもこうムキになってしまう部分も・・・(苦笑)
ネタにしては結構星座に割り当てられた性格特徴とかよく知ってるな-と自分でびっくりしているのですが・・・
そしてマニアックなカテゴリーに入る曲があんまり出なかったことにも自分でびっくりです。
そして今日も今日の一曲はお休み。
ブログエントリー一つ書くのに無理しちゃ行けませんからまた頭に余裕をつくって書きたいですね。
やっぱり書きたいことがあるときに書くのが一番です。(ただ書きたいけど何を書いていいか分からないときにこういうエントリーで頭を動かすのも結構好きです)。
心も頭も心地良く動きますように・・・
