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昨日の勢いに任せて今日も楽器と性格、いってみたいと思います。
昨日のLower Brassと同じくチームワークがオケではかなりものをいう打楽器セクションを今日は特集?したいと思います。
実は打楽器セクションについてはエントリー「Rhythm of Life」で結構取り扱っていたのですが今日は重複を気にせず(?)いきたいと思います。
打楽器セクションは一日そこで私も一員として過ごしたことがあるのです。
元々キーボード担当でMilduraに遠征したとき、チャイコフスキーの1812年序曲のあの大砲のパートがコンサート当日「もう一人いると助かるな」という一声で私が担当することになり。デジタルパッドで演奏の仕方を習い、ほとんどぶっつけ本番(笑)
大学マネージャー時代も随分といろいろ打楽器セクションと触れあい学んだことが多く、良い経験ばかりでした。
打楽器セクション・・・は。
彼らの使う楽器そのものが壁となってちょっとオケのメインパートと地理的に(笑)離れているのと、結構独立した機関として動いているので、他の楽器からはちょっと疎遠なイメージがあります。
あと基本打楽器同士で固まっていることが多いので余計にそういう印象があるのかも。
トロンボーンよりも打楽器はでももしかしたら「ビジネスパートナー」としての関係に近いかもしれませんね。
ソロパートや、ティンパニのみの一人一人でもしっかりしている、セクションとして集まっても一人一人独立してしっかりそれぞれ動いている印象が大変強いです。
打楽器奏者はとにかく真面目、しっかりしていて几帳面。
世の音楽家ジョークではちょっと抜けてる、おバカな扱いが多いのですが・・・(真面目バカではある場合もなくはないですが)
リハーサル時は一番最初に来てリハーサルする曲に応じて楽器を並べ。
演奏中は休みが多いけれどきっちり休みを数えて次のエントリーに間に合うようにスタンバイ。
ずらっとならんだ楽器を複数担当してちょろちょろ後ろで動きまわる様子がなんだか整ってて、事前にちゃんと決めてあるみたいで。
リハーサルが終わると最後まで残ってしっかり片付け。特にコンサート前の日の片付けはトラックに全部積むように徹底してます。
コンサート前は機材のリストをきちっとそろえてくれますし。
なんといってもリズムの正確さがそのまま几帳面さに繋がっていると思います。
ついでに言えば打楽器はちょっとアクションが違っても違う音色が出てしまう繊細な楽器でもあるので、そこのところの細かい追求とこだわりも半端ないですよ。
大学のオケの打楽器のセクションはみんな小柄の女の子+ひょろっとした男の子1人だったのですが、みんなもくもくと効率的に力仕事(トラックに積む準備とか)をシステマティックにこなしてしまって。
本当に駄目マネージャーな私は頭が下がる思いなんですよ(汗)
打楽器の機材って本当にいろいろなものがあって、軽いものから重いものから、さらには色々入れる箱があって、ちゃんとした順番で入れないとふたが閉まらないとかもあって。
几帳面さと効率的さ、合理的さですね。
とにかく演奏に関してビジネスライクなアーティスト達です。
マネージャー本当に助かる!(笑)
みんな大変気さくな人達ですしね。
あ、それから彼らの強みは一点集中・一発入魂。
性格的にもそこらへんintenseな人がちょくちょくいます。
あと打楽器が特殊だな、と思ったのがなんかその・・・ギルド制度みたいなものがあるぽくて。
大学のホールの後ろのウォームアップルームの後ろに打楽器の部屋があるんですが、そこでなにが起こっているかは他の楽器の人達にはわからなく。しょっちゅう練習の音は聞こえてるんですが、例えばどういうレッスンなのか、打楽器クラスは何をするんだか、全く分かりません。
師→弟子への伝授みたいなものが強いのかなあ、という印象はあります。
それに関しては今日の一曲の方でまた・・・
でも最初に話しましたようにこういうところがなんだか一線ひいてるように感じるのかなあ、ということです。
打楽器の世界もまた奥深いのですが、残念ながら私はそこまで知りません。
でもみんな気さくな人達で、喜んで教えてくれるのであんまり怖がらないであげて下さい(笑)
今日の一曲: ニコライ・リムスキー=コルサコフ 「シェヘラザード」 第4楽章
前の打楽器エントリーでショスタコ11番を使っちゃったのであちゃーと思ったのですが、打楽器のチームワークを語るのにはこれもあるじゃないか!と思い出した一曲。
シェヘラザードとは簡単に言えば千一夜物語。賢姫シェヘラザードがスルタンに語った物語のフィナーレがこの第4楽章です。シンドバッドがバグダッド(はい、あのバグダッドです)でお祭り騒ぎのあとまた航海に出て船が座礁してみんな沈んでしまう、というお話。
リムスキー=コルサコフはオーケストレーションの天才で、シェヘラザード全体も本当にどの楽器に満足行くようなパートが書かれていて。みんなが活躍します。
でも打楽器の回にあえてこの第4楽章を選んだのは途中でリハーサル中「すごい!」と思ったところがあるからです。
シンバルの人とスネアドラムの人が並んで立っているんですが、途中シンバルの人が二枚たたき合わせてるなーと思ったらいきなり腕をひょいっと上げてシンバルを一枚つり下げる形にして、隣のスネアの人がスネアドラムを叩いてたスティックでそのシンバルを連打!
この景色伝わるかな-?つたない言葉なんですが、軽く衝撃を受けました。
要するに、連打の部分が打ち合わせ式のシンバルだとスピードが全然足りないのですが、前後に打ち合わせるシンバルのパートがあるのでサスペンションに切り替えられない。だから連打の部分はちょうど休みがあってさらもスティック持ちのスネアドラム奏者が担当する、という仕組みらしいです。
全てのオケでこうかどうかはわかりませんがね・・・サスペンションシンバルで全部やっちゃうのも可能っちゃあ可能ですから。
このくだり、作曲者自身はそこまで計算してなかったんでしょうね。スコアには指示はまったくないんです。
きっとこれが例の「師→弟子への伝授」的なものなのかな、と勝手に想像しております。
それにしても演奏をみてていきなりの「腕ひょい」への驚き、さらにその行為に表れるチームワークの綿密さには頭が下がるを通り越して本当にときめいてしまいました♪
前の打楽器のエントリーでも話したのですが、打楽器は曲の文化的背景を決める大事な「美術さん」的なポジション。バグダッドでの祭り、そして難破の瞬間など彼らの活躍なくしてはシェヘラザードの語る物語のリアルさは伝わってきません。
最後になりますが、リムスキー=コルサコフは「祭り」の音楽が大得意。派手でエキサイティングで良い意味でみんな集まって狂乱する、そんな盛り上げ音楽をハイクオリティで提供してくれます。
昨日のLower Brassと同じくチームワークがオケではかなりものをいう打楽器セクションを今日は特集?したいと思います。
実は打楽器セクションについてはエントリー「Rhythm of Life」で結構取り扱っていたのですが今日は重複を気にせず(?)いきたいと思います。
打楽器セクションは一日そこで私も一員として過ごしたことがあるのです。
元々キーボード担当でMilduraに遠征したとき、チャイコフスキーの1812年序曲のあの大砲のパートがコンサート当日「もう一人いると助かるな」という一声で私が担当することになり。デジタルパッドで演奏の仕方を習い、ほとんどぶっつけ本番(笑)
大学マネージャー時代も随分といろいろ打楽器セクションと触れあい学んだことが多く、良い経験ばかりでした。
打楽器セクション・・・は。
彼らの使う楽器そのものが壁となってちょっとオケのメインパートと地理的に(笑)離れているのと、結構独立した機関として動いているので、他の楽器からはちょっと疎遠なイメージがあります。
あと基本打楽器同士で固まっていることが多いので余計にそういう印象があるのかも。
トロンボーンよりも打楽器はでももしかしたら「ビジネスパートナー」としての関係に近いかもしれませんね。
ソロパートや、ティンパニのみの一人一人でもしっかりしている、セクションとして集まっても一人一人独立してしっかりそれぞれ動いている印象が大変強いです。
打楽器奏者はとにかく真面目、しっかりしていて几帳面。
世の音楽家ジョークではちょっと抜けてる、おバカな扱いが多いのですが・・・(真面目バカではある場合もなくはないですが)
リハーサル時は一番最初に来てリハーサルする曲に応じて楽器を並べ。
演奏中は休みが多いけれどきっちり休みを数えて次のエントリーに間に合うようにスタンバイ。
ずらっとならんだ楽器を複数担当してちょろちょろ後ろで動きまわる様子がなんだか整ってて、事前にちゃんと決めてあるみたいで。
リハーサルが終わると最後まで残ってしっかり片付け。特にコンサート前の日の片付けはトラックに全部積むように徹底してます。
コンサート前は機材のリストをきちっとそろえてくれますし。
なんといってもリズムの正確さがそのまま几帳面さに繋がっていると思います。
ついでに言えば打楽器はちょっとアクションが違っても違う音色が出てしまう繊細な楽器でもあるので、そこのところの細かい追求とこだわりも半端ないですよ。
大学のオケの打楽器のセクションはみんな小柄の女の子+ひょろっとした男の子1人だったのですが、みんなもくもくと効率的に力仕事(トラックに積む準備とか)をシステマティックにこなしてしまって。
本当に駄目マネージャーな私は頭が下がる思いなんですよ(汗)
打楽器の機材って本当にいろいろなものがあって、軽いものから重いものから、さらには色々入れる箱があって、ちゃんとした順番で入れないとふたが閉まらないとかもあって。
几帳面さと効率的さ、合理的さですね。
とにかく演奏に関してビジネスライクなアーティスト達です。
マネージャー本当に助かる!(笑)
みんな大変気さくな人達ですしね。
あ、それから彼らの強みは一点集中・一発入魂。
性格的にもそこらへんintenseな人がちょくちょくいます。
あと打楽器が特殊だな、と思ったのがなんかその・・・ギルド制度みたいなものがあるぽくて。
大学のホールの後ろのウォームアップルームの後ろに打楽器の部屋があるんですが、そこでなにが起こっているかは他の楽器の人達にはわからなく。しょっちゅう練習の音は聞こえてるんですが、例えばどういうレッスンなのか、打楽器クラスは何をするんだか、全く分かりません。
師→弟子への伝授みたいなものが強いのかなあ、という印象はあります。
それに関しては今日の一曲の方でまた・・・
でも最初に話しましたようにこういうところがなんだか一線ひいてるように感じるのかなあ、ということです。
打楽器の世界もまた奥深いのですが、残念ながら私はそこまで知りません。
でもみんな気さくな人達で、喜んで教えてくれるのであんまり怖がらないであげて下さい(笑)
今日の一曲: ニコライ・リムスキー=コルサコフ 「シェヘラザード」 第4楽章
前の打楽器エントリーでショスタコ11番を使っちゃったのであちゃーと思ったのですが、打楽器のチームワークを語るのにはこれもあるじゃないか!と思い出した一曲。
シェヘラザードとは簡単に言えば千一夜物語。賢姫シェヘラザードがスルタンに語った物語のフィナーレがこの第4楽章です。シンドバッドがバグダッド(はい、あのバグダッドです)でお祭り騒ぎのあとまた航海に出て船が座礁してみんな沈んでしまう、というお話。
リムスキー=コルサコフはオーケストレーションの天才で、シェヘラザード全体も本当にどの楽器に満足行くようなパートが書かれていて。みんなが活躍します。
でも打楽器の回にあえてこの第4楽章を選んだのは途中でリハーサル中「すごい!」と思ったところがあるからです。
シンバルの人とスネアドラムの人が並んで立っているんですが、途中シンバルの人が二枚たたき合わせてるなーと思ったらいきなり腕をひょいっと上げてシンバルを一枚つり下げる形にして、隣のスネアの人がスネアドラムを叩いてたスティックでそのシンバルを連打!
この景色伝わるかな-?つたない言葉なんですが、軽く衝撃を受けました。
要するに、連打の部分が打ち合わせ式のシンバルだとスピードが全然足りないのですが、前後に打ち合わせるシンバルのパートがあるのでサスペンションに切り替えられない。だから連打の部分はちょうど休みがあってさらもスティック持ちのスネアドラム奏者が担当する、という仕組みらしいです。
全てのオケでこうかどうかはわかりませんがね・・・サスペンションシンバルで全部やっちゃうのも可能っちゃあ可能ですから。
このくだり、作曲者自身はそこまで計算してなかったんでしょうね。スコアには指示はまったくないんです。
きっとこれが例の「師→弟子への伝授」的なものなのかな、と勝手に想像しております。
それにしても演奏をみてていきなりの「腕ひょい」への驚き、さらにその行為に表れるチームワークの綿密さには頭が下がるを通り越して本当にときめいてしまいました♪
前の打楽器のエントリーでも話したのですが、打楽器は曲の文化的背景を決める大事な「美術さん」的なポジション。バグダッドでの祭り、そして難破の瞬間など彼らの活躍なくしてはシェヘラザードの語る物語のリアルさは伝わってきません。
最後になりますが、リムスキー=コルサコフは「祭り」の音楽が大得意。派手でエキサイティングで良い意味でみんな集まって狂乱する、そんな盛り上げ音楽をハイクオリティで提供してくれます。
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昨日ふと純粋に音楽のために音楽を創る気持ちを忘れないために演奏は続けよう、直接純粋な形で音楽と音楽の心に触れているようにしよう、と思ったりしていました。
今日の練習もなんだか堅実確実に歩みを進められている気持ちでがぜんやるきが出てしまって。あんまり空回りしたり無理しないよう頑張ります。
さて、そろそろ一つやっとくべきかな、と思いまして・・・楽器と性格の話を。
割と自分に近いところから始めます。
まず最初におことわり:
1)これらの性格分析は私個人の観察と楽器の特性から導き出したものです。
2)あんまり真剣にとらないでいただけると嬉しいです。それなりに分析はしてますが、とりあえずネタということで。
3)メルボルン発データなので環境要因があると思われ日本人の場合どうなっているかは未知です。
4)個人攻撃、誹謗中傷は全く意図していません。
楽器内で結束が強い楽器ナンバーワンといったらほとんど間違いなく低音金管だと思います。
「低音金管」というのは実は日本語であるかわからないフレーズなのですが、トロンボーンとテューバをひとくくりにしたのをこっちではLower Brassというのでそれを日本語になんとか直した言葉です。あしからず。
オーケストラだと通常トロンボーンが3人いて、テューバが1人います。3人のトロンボーンのうち1人はバストロンボーンという1オクターブ低い(見かけはほとんど一緒)楽器を担当。
トロンボーン3人は共に和音を奏でたり、二人で1つのメロディーを分割して吹いたり。バストロはその中のベースを担当することもあればテューバとオクターブ離れて同じパートを吹いたり。
とにかく低音金管が一体となって音楽を創ることが多いのでチームワークと結束は天下一品!
リハーサル外でもよく4人でつるんでることがほとんどです。
ホルン奏者の母によるとホルンやトロンボーンなんかは一緒に和音を奏でる、それぞれの音を合わせて一つにすることが一番の喜び。
なのでだいたい低音金管は人間関係でも「調和」を大事にします。
オーケストラの楽器の奏者に関する性格について本を書いている茂木大輔さんによると、トロンボーンは呑兵衛が多いんだそうです。私もこれはそうだとおもうのですが、金管奏者全般かなり飲みますよ!(笑)
トロンボーンやテューバはでも結構体力勝負な楽器なのでがたいのいい人が多いので余計にそうなのかもしれません。(テューバの人は大抵大柄な人ですね。実際私のテューバ弾き友人は「太ってるから」という理由で学校でテューバを吹かされたのが始めだったとか。でも名手になって結果良かったね、って話をしてました)
ちなみにコンサート後の打ち上げでも大体4人一緒に座って飲んでいます。
低音楽器は出番こそ少なけれど(ベートーベン以前はオペラのみ、その後も曲的にも出演の割合は少なく、曲の中で吹いている時間も短めです)、肺活力を始めかなり体力がものを言う楽器です。
大学のトロンボーンクラスでは走らされたこともあったとか。
なのでオケの中では割と体育系な面が強い楽器たちでもあります。
体力必要の一部はやっぱりトロンボーンだと音程をとるのが腕の筋肉、というオケの楽器の中ではきわめて稀なメカニズムもあると思います。
こんな大きな筋肉ではさすがに機動力は落ちるので、ソロレパートリーのかなりスーパーvirtuosoとかでないと、あんまり速い動きは求められません。
大体大きくのびのびと音を出したり、和音を美しく合わせたり。
なのでせかせかした人はトロンボーン奏者ではほとんど見ません。
リハーサルもみんなものすごーく早く来るのですが、早く来てのんびり(大抵みんな一緒に)音あわせとかロングトーンとかウォームアップとかホールでするため、というわけで。
せかされるのは得意ではないですし、好きではない。
良くも悪くものんびりしている人達です。
テューバの場合、のんびりというよりはマイペース。
与えられたパートが「うんぱ、うんぱ」的なベースラインだけでも、「太ってるからテューバね」と言われてテューバを与えられても、嫌な顔の一つもせずもくもくと自分の仕事をこなす職人気質。
やっぱり一人のセクションですからね、なにやらいろいろ自分で自分の道や技術を開拓したり。
彼なりのやり方や信念があるのでそこはそっとしておいた方が無難です。
楽器の音のオープンさというか音量の大きさというかがおそらく繋がっていると思われるのが奏者のあけっぴろげでオープンな態度。あ、あと弾く時の姿勢もまた「どんとこい」的な。開けた感じが。
懐が広いはそうなのですが、まあ良いことも悪いことも包み隠ししないですね。ぐずぐずせず、ごくカジュアルに、オープンに。悪いニュースもためらわずに教えてくれます。
ただ楽器の音量に関しても言えることですが、本人達に全く悪気はないのです。
ついでながらこれも音に関連しているのか、金管奏者の下ネタ好き。
低音金管に限ったことでないのですが、かーなーりトロンボーンとかテューバ奏者も悪のりしますよ-(笑)
下品なことで陽気に笑って楽しんじゃうのは下品な音を出すのを楽しんじゃうのと・・・どうなんだろう。関連性。
でも確かに言えることはリハーサル中に曲の下ネタエピソードを出す確率が多いのは大抵金管出身の指揮者だなあ。
なので自然と4人の間柄、というのは男の友情的なものがあるのですね。性別に関係なく。
たまに女性のトロンボーン奏者(バストロだとよけいかっこいい!)もいるのですが雰囲気というかオーラがもう姉御的な、頼れる感じがでてます。
きっとトロンボーン奏者同士でとか付き合わないんだろうなあ。完全に男の友情なので(笑)
なによりも低音金管はタフな人達です。
体力も、音楽も、お酒も、性格も。
そしてなぜか私の知っている低音金管の人達は悪人面が多く・・・(きっと私の知り合いだけ・・・?)
全員コンサートの黒ずくめでパブに一緒にたまってると別のグループの方々に見えてしまうと言う・・・(笑)
でもみんな気は良い、優しくて力持ちな集団です。
マネージャーとして仕事をしてると可愛がってもらいましたし、力仕事も(先ほど話したようにきまって早くホールにいるので)快く手伝ってくれちゃいますし。
一緒に飲むのもかなり楽しいですし。一緒に陽気に悪のりしたくなっちゃいますよ。(はて、実際にしたっけか・・・)
なによりも彼らのチームワークを見守り、彼らののんびりさを一緒に感じると彼らの奏でる和音がより一層力強く、調和して美しく聞こえると思います。
どの楽器も、そのメカニズム、奏者の性格というか傾向というか、そして関係性、そしてオケでのポジションや役割を理解して共感することでそれらの楽器の音がもっと魅力的に感じ、さらには音楽をより深く感じることができると私は信じています。
なのでとりあえず第1弾でしたが、お楽しみになってもらえたら光栄です。先述の理由でもっと音楽を知ってもらうために、感じてもらうためにこれからも続けます。
次オケの音楽を聴く際に、低音金管の方々に目と耳を向けていただければ嬉しいですね♪
そんな彼らが大活躍の今日の一曲です。
今日の一曲: リヒャルト・ワーグナー 「指輪サイクル」の「ワルキューレ」より「ワルキューレの騎行」
私、ワーグナーが大大大嫌い!なのでございます。
音楽も神経を逆なでされるものがほとんどで、人物も知れば知るほど嫌いになる、という稀に見るpet hateなのですが・・・
その嫌いさをあるものが上回ってしまうこの曲。
それは・・・金管奏者のDNA(笑)
金管奏者の血がこの曲でめっちゃ騒ぐんですよ!心と頭では不本意な部分ががっつりあるのに血と遺伝子レベルで楽しんでしまう。
でも本当に金管奏者が楽しいと私もものすごく楽しくて。
トロンボーンやテューバの人達はしょっちゅうこの曲を(それもみんな合わせて)吹いていて。
練習室でそんな彼らの楽しそうな様子をずっと見てきたんですよ。
様子、といっても顔とか身体言語じゃなくて純粋に音が楽しい!って言ってるんです。
さて、曲自体の話なんですけれど。
戦乙女が空を駆ける(変換ミスではありません)様子の音楽。
普通の曲とは逆のピラミッドになってまして、低音金管がほとんどのメロディーを担当していて、木管、弦楽器のパートはすっかり効果音兼伴奏。
例えばバイオリンのパートは彼女たちがその上を飛んでいる雲や風。チェロやファゴットなどの駆けるリズムは彼女たちの愛騎の駆ける様子。
トロンボーン(そして後にテューバ)で表される彼女たちの勇姿・・・っていうのを考えてしまうとでも先ほどの分析からだと相当男勝りな腕っ節の強い乙女達ですね。肉食系女子。
有名なのは承知ですが、聞きどころを。
その1、テンポが遅くなってテューバが初めて!入ってくるところ
その2,その後で先ほどの同じ形のセクションには無かったトロンボーンのエントリー
とにかくホルン・トロンボーン・テューバの力と楽しさの完全解放を味わっていただきたいです♪
いわばLower Brass Unleashed!
今日の練習もなんだか堅実確実に歩みを進められている気持ちでがぜんやるきが出てしまって。あんまり空回りしたり無理しないよう頑張ります。
さて、そろそろ一つやっとくべきかな、と思いまして・・・楽器と性格の話を。
割と自分に近いところから始めます。
まず最初におことわり:
1)これらの性格分析は私個人の観察と楽器の特性から導き出したものです。
2)あんまり真剣にとらないでいただけると嬉しいです。それなりに分析はしてますが、とりあえずネタということで。
3)メルボルン発データなので環境要因があると思われ日本人の場合どうなっているかは未知です。
4)個人攻撃、誹謗中傷は全く意図していません。
楽器内で結束が強い楽器ナンバーワンといったらほとんど間違いなく低音金管だと思います。
「低音金管」というのは実は日本語であるかわからないフレーズなのですが、トロンボーンとテューバをひとくくりにしたのをこっちではLower Brassというのでそれを日本語になんとか直した言葉です。あしからず。
オーケストラだと通常トロンボーンが3人いて、テューバが1人います。3人のトロンボーンのうち1人はバストロンボーンという1オクターブ低い(見かけはほとんど一緒)楽器を担当。
トロンボーン3人は共に和音を奏でたり、二人で1つのメロディーを分割して吹いたり。バストロはその中のベースを担当することもあればテューバとオクターブ離れて同じパートを吹いたり。
とにかく低音金管が一体となって音楽を創ることが多いのでチームワークと結束は天下一品!
リハーサル外でもよく4人でつるんでることがほとんどです。
ホルン奏者の母によるとホルンやトロンボーンなんかは一緒に和音を奏でる、それぞれの音を合わせて一つにすることが一番の喜び。
なのでだいたい低音金管は人間関係でも「調和」を大事にします。
オーケストラの楽器の奏者に関する性格について本を書いている茂木大輔さんによると、トロンボーンは呑兵衛が多いんだそうです。私もこれはそうだとおもうのですが、金管奏者全般かなり飲みますよ!(笑)
トロンボーンやテューバはでも結構体力勝負な楽器なのでがたいのいい人が多いので余計にそうなのかもしれません。(テューバの人は大抵大柄な人ですね。実際私のテューバ弾き友人は「太ってるから」という理由で学校でテューバを吹かされたのが始めだったとか。でも名手になって結果良かったね、って話をしてました)
ちなみにコンサート後の打ち上げでも大体4人一緒に座って飲んでいます。
低音楽器は出番こそ少なけれど(ベートーベン以前はオペラのみ、その後も曲的にも出演の割合は少なく、曲の中で吹いている時間も短めです)、肺活力を始めかなり体力がものを言う楽器です。
大学のトロンボーンクラスでは走らされたこともあったとか。
なのでオケの中では割と体育系な面が強い楽器たちでもあります。
体力必要の一部はやっぱりトロンボーンだと音程をとるのが腕の筋肉、というオケの楽器の中ではきわめて稀なメカニズムもあると思います。
こんな大きな筋肉ではさすがに機動力は落ちるので、ソロレパートリーのかなりスーパーvirtuosoとかでないと、あんまり速い動きは求められません。
大体大きくのびのびと音を出したり、和音を美しく合わせたり。
なのでせかせかした人はトロンボーン奏者ではほとんど見ません。
リハーサルもみんなものすごーく早く来るのですが、早く来てのんびり(大抵みんな一緒に)音あわせとかロングトーンとかウォームアップとかホールでするため、というわけで。
せかされるのは得意ではないですし、好きではない。
良くも悪くものんびりしている人達です。
テューバの場合、のんびりというよりはマイペース。
与えられたパートが「うんぱ、うんぱ」的なベースラインだけでも、「太ってるからテューバね」と言われてテューバを与えられても、嫌な顔の一つもせずもくもくと自分の仕事をこなす職人気質。
やっぱり一人のセクションですからね、なにやらいろいろ自分で自分の道や技術を開拓したり。
彼なりのやり方や信念があるのでそこはそっとしておいた方が無難です。
楽器の音のオープンさというか音量の大きさというかがおそらく繋がっていると思われるのが奏者のあけっぴろげでオープンな態度。あ、あと弾く時の姿勢もまた「どんとこい」的な。開けた感じが。
懐が広いはそうなのですが、まあ良いことも悪いことも包み隠ししないですね。ぐずぐずせず、ごくカジュアルに、オープンに。悪いニュースもためらわずに教えてくれます。
ただ楽器の音量に関しても言えることですが、本人達に全く悪気はないのです。
ついでながらこれも音に関連しているのか、金管奏者の下ネタ好き。
低音金管に限ったことでないのですが、かーなーりトロンボーンとかテューバ奏者も悪のりしますよ-(笑)
下品なことで陽気に笑って楽しんじゃうのは下品な音を出すのを楽しんじゃうのと・・・どうなんだろう。関連性。
でも確かに言えることはリハーサル中に曲の下ネタエピソードを出す確率が多いのは大抵金管出身の指揮者だなあ。
なので自然と4人の間柄、というのは男の友情的なものがあるのですね。性別に関係なく。
たまに女性のトロンボーン奏者(バストロだとよけいかっこいい!)もいるのですが雰囲気というかオーラがもう姉御的な、頼れる感じがでてます。
きっとトロンボーン奏者同士でとか付き合わないんだろうなあ。完全に男の友情なので(笑)
なによりも低音金管はタフな人達です。
体力も、音楽も、お酒も、性格も。
そしてなぜか私の知っている低音金管の人達は悪人面が多く・・・(きっと私の知り合いだけ・・・?)
全員コンサートの黒ずくめでパブに一緒にたまってると別のグループの方々に見えてしまうと言う・・・(笑)
でもみんな気は良い、優しくて力持ちな集団です。
マネージャーとして仕事をしてると可愛がってもらいましたし、力仕事も(先ほど話したようにきまって早くホールにいるので)快く手伝ってくれちゃいますし。
一緒に飲むのもかなり楽しいですし。一緒に陽気に悪のりしたくなっちゃいますよ。(はて、実際にしたっけか・・・)
なによりも彼らのチームワークを見守り、彼らののんびりさを一緒に感じると彼らの奏でる和音がより一層力強く、調和して美しく聞こえると思います。
どの楽器も、そのメカニズム、奏者の性格というか傾向というか、そして関係性、そしてオケでのポジションや役割を理解して共感することでそれらの楽器の音がもっと魅力的に感じ、さらには音楽をより深く感じることができると私は信じています。
なのでとりあえず第1弾でしたが、お楽しみになってもらえたら光栄です。先述の理由でもっと音楽を知ってもらうために、感じてもらうためにこれからも続けます。
次オケの音楽を聴く際に、低音金管の方々に目と耳を向けていただければ嬉しいですね♪
そんな彼らが大活躍の今日の一曲です。
今日の一曲: リヒャルト・ワーグナー 「指輪サイクル」の「ワルキューレ」より「ワルキューレの騎行」
私、ワーグナーが大大大嫌い!なのでございます。
音楽も神経を逆なでされるものがほとんどで、人物も知れば知るほど嫌いになる、という稀に見るpet hateなのですが・・・
その嫌いさをあるものが上回ってしまうこの曲。
それは・・・金管奏者のDNA(笑)
金管奏者の血がこの曲でめっちゃ騒ぐんですよ!心と頭では不本意な部分ががっつりあるのに血と遺伝子レベルで楽しんでしまう。
でも本当に金管奏者が楽しいと私もものすごく楽しくて。
トロンボーンやテューバの人達はしょっちゅうこの曲を(それもみんな合わせて)吹いていて。
練習室でそんな彼らの楽しそうな様子をずっと見てきたんですよ。
様子、といっても顔とか身体言語じゃなくて純粋に音が楽しい!って言ってるんです。
さて、曲自体の話なんですけれど。
戦乙女が空を駆ける(変換ミスではありません)様子の音楽。
普通の曲とは逆のピラミッドになってまして、低音金管がほとんどのメロディーを担当していて、木管、弦楽器のパートはすっかり効果音兼伴奏。
例えばバイオリンのパートは彼女たちがその上を飛んでいる雲や風。チェロやファゴットなどの駆けるリズムは彼女たちの愛騎の駆ける様子。
トロンボーン(そして後にテューバ)で表される彼女たちの勇姿・・・っていうのを考えてしまうとでも先ほどの分析からだと相当男勝りな腕っ節の強い乙女達ですね。肉食系女子。
有名なのは承知ですが、聞きどころを。
その1、テンポが遅くなってテューバが初めて!入ってくるところ
その2,その後で先ほどの同じ形のセクションには無かったトロンボーンのエントリー
とにかくホルン・トロンボーン・テューバの力と楽しさの完全解放を味わっていただきたいです♪
いわばLower Brass Unleashed!
ちょーっとここ数日うまく元気が回っておりません。
でもこないだはじめたばかりのシマノフスキ(カリュプソー♪)が不思議と定着して来ています。
あ、これいけるじゃん、と(笑)耳と脳が慣れてきた、といいますか。
twitterでもたった今話してましたが現代音楽はやっきになって練習するよりも一旦寝かせて、というか自分が寝て脳に整理させてから望むのがいい、と大学以来の私の経験により思います。
特に私は短期記憶が多少弱いほうなので、長期記憶に切り替えてもらった方が断然落ち着きます(不安はいやです。落ち着きたいです)
さて、音楽の話で一つ。
只今プロでもなく(一応指はクロスしていますが)、音楽で何をしたいんだ、という疑問が自分の中にはいつもあって。
演奏は勿論したいです。弾くという行為はいつだったか悟ったように自分にとって表現として必要なものですし、なんといっても楽しくて。まだまだやりたいことはありますし、最近はちょっと舞台に立ちたい欲が恥ずかしながら頭をもたげてまして・・・(笑)
でもそれ以外でもやりたい、と思ってることはあります。
それはある意味私がメンタルヘルスでやりたいことにも一部繋がっていて・・・
色んな人に音楽を勧められるようになりたいなあ、と。
例えばメンタルヘルス関係で、患者さん(必ずしも「患者」ではないのですが)が自発的に聞いた音楽から心理を分析みたいなことをしたり・・・自発的に音楽を聴く、というある意味受動的な表現から自分の状態をモニタリングする試みだったり・・・患者さんの心を治癒するのではなく、例えば自分の状態を振り返ったり、客観的に自分を見れるようにするため、はたまたネガティブな思いを浄化?するために適切な音楽を勧めたり。
メンタルヘルス以外でも、例えばクラシックを知らない人でどこからはじめたら良いのか分からない人に初めのとっかかりを提供したり・・・TPOに合った音楽を推薦したり。その他特定の作曲家のお薦め、または好きな曲に似た曲を、とか「どんな曲を?」という疑問にお答えできるようになりたいです。
これは大学の時にいろんな楽器奏者の友達に室内楽やソロで「何を弾こうか?」といった相談にのってなかなか好評だったのと何よりも私が楽しかったことから派生した夢で。
オケマネージャーとして色んな楽器の人の好みや強さ、レパートリーを理解して、共感しようと努力して、自分の音楽のレパートリーの知識を広げて来ましたが、その広げるプロセスも楽しくて。
あとは昨日の論文でもありました音楽が人間の心全般(=個人個人でなく)を動かす力とそのプロセスに興味津々で。セオリーだけじゃなくそれを音楽やメンタルヘルスに実際に使いたい、という思いもあり。
さらにその「共感」する部分です。
人の気持ちに共感して、一人一人の心が求めているものに対してサポートを与えたい。
メンタルヘルスで強く感じることが、音楽を勧めるという行為に対しても強く感じることなんです。
音楽のレパートリーをそういう目的のために検索するには目に見える形の(パソコンなどでの)データベースも有用ですが、何よりも自分の脳でもっと感覚的な、直感的なキーワードやエレメントで検索できることも大切なのかな、と思います。
そこのところ確実さ・効率を改善するためそれらを組み合わせたシステムをなんらかの形で創り上げたいな、という願いも・・・
音楽のレパートリーの知識に関しても、共感することに関しても、まだまだ半人前なのですが・・・
でも音楽が人の心を動かせる力を信じていますし、もっとクラシック音楽を、そしてクラシック音楽の色々なエリアや曲を知ってもらいたいという気持ちも強いですし。
もっと人の心とふれあいたい、人の力になりたい、そして人が一人で立っていけるようにサポートもしたいですし。もっと人の心を動かしたい。
そして演奏で人の心を動かすのもそうですが、演奏以外にももっと音楽の力を発揮させたい。
だからこそメンタルヘルスも、演奏も、音楽アドバイザー的なこともやりたい。
多分三位一体じゃあないですけど自分の思いが成り立つには全部が大切なような気がして・・・
何かと欲張りで最近困るんですが、欲張りをやめる気になりません(汗)
もっと音楽のために、心のために・・・何か出来るようになりたい!
今日の一曲: ジャン=ミシェル・ダマーズ 木管五重奏曲のための17の変奏曲
今日もまた知名度が若干曖昧な一曲ですが・・・木管奏者の人はみんな知ってる的な曲なんですかね?
フランス音楽を身近に感じれるようになってから木管五重奏、というアンサンブルにはまるようになりまして・・・
木管五重奏というのは・・・フルート、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットの5人によるアンサンブル。
・・・あれ?と思われる方もいるかもしれませんが、金管楽器であるホルンも大事なメンバーです。
そもそも木管楽器といっても共通点は「木でできた管」ということのみ。
フルート、オーボエ&ファゴット、クラリネットはそれぞれそもそも音の出し方から違うのです。
兄弟分であるオーボエ&ファゴットもリード・楽器の大きさからかなり音の質は違います。
作りと弾き方、音の出し方が同じ弦楽四重奏や金管アンサンブルとの大きな差はそこなのかもしれません。
なので5人が5人、全く違う音で一緒に弾いている、という不思議な光景。
音楽的にも和音を奏でるというのでなくそれそれ独立したパートを弾いている感じ。
みんながみんな、それぞれ好きなことをやっているのにアンサンブルは一体としてちゃんと機能している。
そんな木管五重奏の不思議な魅力が味わえるのがこの変奏曲。
なんと言ったらいいのか、オーソドックスかつ粋なバリエーションで(笑)
シンプルなテーマがどんどん展開していく(けれど元の面影を残したまま)様子がわくわくする、そんな一曲です。
中でも印象が強いのがファゴットソロのみの変奏。
ファゴットソロだけ、というのが室内楽では特に珍しく、このジャズ風のアレンジがなかなかかっこいい♪
そして最終変奏で一人がメロディーを演奏しながら、他の四人が四分音符、八分音符、三連符、十六分音符と別々の速さで刻んでます。そのばらばらなようで同じ基準で動いてるところがなんとなく時計のメカニズムを思わせます。
フランス音楽はちょっとわかりにくい独特のニュアンスというかユーモアのセンス、エスプリみたいなのがありますが、わりとストレートな方なので気軽にお奨めです♪
ちなみにリンクしましたCDには他にも素敵な木管五重奏のための曲がいっぱいです♪
でもこないだはじめたばかりのシマノフスキ(カリュプソー♪)が不思議と定着して来ています。
あ、これいけるじゃん、と(笑)耳と脳が慣れてきた、といいますか。
twitterでもたった今話してましたが現代音楽はやっきになって練習するよりも一旦寝かせて、というか自分が寝て脳に整理させてから望むのがいい、と大学以来の私の経験により思います。
特に私は短期記憶が多少弱いほうなので、長期記憶に切り替えてもらった方が断然落ち着きます(不安はいやです。落ち着きたいです)
さて、音楽の話で一つ。
只今プロでもなく(一応指はクロスしていますが)、音楽で何をしたいんだ、という疑問が自分の中にはいつもあって。
演奏は勿論したいです。弾くという行為はいつだったか悟ったように自分にとって表現として必要なものですし、なんといっても楽しくて。まだまだやりたいことはありますし、最近はちょっと舞台に立ちたい欲が恥ずかしながら頭をもたげてまして・・・(笑)
でもそれ以外でもやりたい、と思ってることはあります。
それはある意味私がメンタルヘルスでやりたいことにも一部繋がっていて・・・
色んな人に音楽を勧められるようになりたいなあ、と。
例えばメンタルヘルス関係で、患者さん(必ずしも「患者」ではないのですが)が自発的に聞いた音楽から心理を分析みたいなことをしたり・・・自発的に音楽を聴く、というある意味受動的な表現から自分の状態をモニタリングする試みだったり・・・患者さんの心を治癒するのではなく、例えば自分の状態を振り返ったり、客観的に自分を見れるようにするため、はたまたネガティブな思いを浄化?するために適切な音楽を勧めたり。
メンタルヘルス以外でも、例えばクラシックを知らない人でどこからはじめたら良いのか分からない人に初めのとっかかりを提供したり・・・TPOに合った音楽を推薦したり。その他特定の作曲家のお薦め、または好きな曲に似た曲を、とか「どんな曲を?」という疑問にお答えできるようになりたいです。
これは大学の時にいろんな楽器奏者の友達に室内楽やソロで「何を弾こうか?」といった相談にのってなかなか好評だったのと何よりも私が楽しかったことから派生した夢で。
オケマネージャーとして色んな楽器の人の好みや強さ、レパートリーを理解して、共感しようと努力して、自分の音楽のレパートリーの知識を広げて来ましたが、その広げるプロセスも楽しくて。
あとは昨日の論文でもありました音楽が人間の心全般(=個人個人でなく)を動かす力とそのプロセスに興味津々で。セオリーだけじゃなくそれを音楽やメンタルヘルスに実際に使いたい、という思いもあり。
さらにその「共感」する部分です。
人の気持ちに共感して、一人一人の心が求めているものに対してサポートを与えたい。
メンタルヘルスで強く感じることが、音楽を勧めるという行為に対しても強く感じることなんです。
音楽のレパートリーをそういう目的のために検索するには目に見える形の(パソコンなどでの)データベースも有用ですが、何よりも自分の脳でもっと感覚的な、直感的なキーワードやエレメントで検索できることも大切なのかな、と思います。
そこのところ確実さ・効率を改善するためそれらを組み合わせたシステムをなんらかの形で創り上げたいな、という願いも・・・
音楽のレパートリーの知識に関しても、共感することに関しても、まだまだ半人前なのですが・・・
でも音楽が人の心を動かせる力を信じていますし、もっとクラシック音楽を、そしてクラシック音楽の色々なエリアや曲を知ってもらいたいという気持ちも強いですし。
もっと人の心とふれあいたい、人の力になりたい、そして人が一人で立っていけるようにサポートもしたいですし。もっと人の心を動かしたい。
そして演奏で人の心を動かすのもそうですが、演奏以外にももっと音楽の力を発揮させたい。
だからこそメンタルヘルスも、演奏も、音楽アドバイザー的なこともやりたい。
多分三位一体じゃあないですけど自分の思いが成り立つには全部が大切なような気がして・・・
何かと欲張りで最近困るんですが、欲張りをやめる気になりません(汗)
もっと音楽のために、心のために・・・何か出来るようになりたい!
今日の一曲: ジャン=ミシェル・ダマーズ 木管五重奏曲のための17の変奏曲
今日もまた知名度が若干曖昧な一曲ですが・・・木管奏者の人はみんな知ってる的な曲なんですかね?
フランス音楽を身近に感じれるようになってから木管五重奏、というアンサンブルにはまるようになりまして・・・
木管五重奏というのは・・・フルート、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットの5人によるアンサンブル。
・・・あれ?と思われる方もいるかもしれませんが、金管楽器であるホルンも大事なメンバーです。
そもそも木管楽器といっても共通点は「木でできた管」ということのみ。
フルート、オーボエ&ファゴット、クラリネットはそれぞれそもそも音の出し方から違うのです。
兄弟分であるオーボエ&ファゴットもリード・楽器の大きさからかなり音の質は違います。
作りと弾き方、音の出し方が同じ弦楽四重奏や金管アンサンブルとの大きな差はそこなのかもしれません。
なので5人が5人、全く違う音で一緒に弾いている、という不思議な光景。
音楽的にも和音を奏でるというのでなくそれそれ独立したパートを弾いている感じ。
みんながみんな、それぞれ好きなことをやっているのにアンサンブルは一体としてちゃんと機能している。
そんな木管五重奏の不思議な魅力が味わえるのがこの変奏曲。
なんと言ったらいいのか、オーソドックスかつ粋なバリエーションで(笑)
シンプルなテーマがどんどん展開していく(けれど元の面影を残したまま)様子がわくわくする、そんな一曲です。
中でも印象が強いのがファゴットソロのみの変奏。
ファゴットソロだけ、というのが室内楽では特に珍しく、このジャズ風のアレンジがなかなかかっこいい♪
そして最終変奏で一人がメロディーを演奏しながら、他の四人が四分音符、八分音符、三連符、十六分音符と別々の速さで刻んでます。そのばらばらなようで同じ基準で動いてるところがなんとなく時計のメカニズムを思わせます。
フランス音楽はちょっとわかりにくい独特のニュアンスというかユーモアのセンス、エスプリみたいなのがありますが、わりとストレートな方なので気軽にお奨めです♪
ちなみにリンクしましたCDには他にも素敵な木管五重奏のための曲がいっぱいです♪
明日からメルボルンにつかの間の春の第一歩が来るようです♪
ここ1週間ほどの精神の調子からもみて、実際の春が来るのもそう遠くないような気がします・・・
最近勉強と趣味を兼ねて自分の大学時代の、親友から借りた、さらにインターネット上にある論文的なものを読んでいます。
日本語と英語、そして医学関係、精神関係、芸術関係、その他の4つのカテゴリーにわけて。
読んだものはなるべく(でもあんまり実現してない)ノートに詳細をまとめて、抄訳を写し&翻訳して(練習です!)。
その中でも昨日は今の自分とこれからのことになにかちょっと勉強になりそうな、興味深い論文を読んでいました。
本文は有料なのですが、ここに抄訳があります。(英語)
Kreutzらによる「音楽により感情を引き起こす:音楽の好みと熱中度の影響」(自分の訳下手ですみません)、という論文で。
なんでも西洋クラシック音楽の器楽曲レパートリーから抜粋を「楽しい」「悲しい」「怒り」「恐怖」「安心」の5つの「意図される感情」の基本カテゴリーから選び、99人の成人参加者に5つの感情のうちどれを感じたか、感じた感情の強さ、心地よさと興奮の度合いを答えてもらう、というもので。
参加者については音楽的背景とAbsorption(感情移入の度合い・・・あ、感情移入でよかったんだ!)も調査して。
結果は意図される感情はほとんどの場合聴き手に同じ物が感じられ(ただ怒り・恐怖と悲しい・安心の間に類似が見られ)、音楽によて感情を引き起こせることがわかり、さらに音楽の感情を強く感じる程度は音楽をプロでやっていてもアマチュアでも全くでも有意な違いはないのですが、クラシック音楽を好きな人はよりその音楽を強く感じる、という傾向が見られたらしいです。
で、これを読んで思ったのは・・・
まず一つはとりあえずクラシックを気負わず聴いて欲しいな、ということ。好きになるまではわからないので、とりあえず聴いてみて、好きな曲に一つでも出会って・・・そこから音楽にこめられた思いをより深く感じるとっかかりになったらいいな、と。
そしてもう一つは結果でそれぞれの曲の感情ごとのスコアを見ているとこうやって曲を数値化・パラメータ化してみると面白いな-、と。同時に音楽の「意図された」感情を考慮してリサイタルプログラムを組んで、演奏の聴衆に対する効果を増してみるのも面白いなあ・・・とか。
実際どかーんと突き落としてあとで暖かく癒すのはブリテンの戦争レクイエムのLibera Me~Let us sleep nowとか、メシアンの20のまなざしの18~19番でも見られる効果ですし。
いろいろしたいこと、応用したいことについては明日のエントリーでの話になるのですが・・・
とにかく音楽に関して、人の心理に関しての一部について勉強になった気がします。
(論文は一つのトピックについて深く学べますが、広い範囲は望めません・・・)
で、論文の付録として実験で使った25曲のリストが載ってて、それも興味深かったです。
いくつか候補があるなかから、研究者全員が一つの感情カテゴリーに賛同したものを選んだそうで、器楽曲の中でかなり時代・作曲家の出身国など結構バランスが取れていて・・・
なんといってもヴァレーズとかメシアンを繰り出してきたところがすごい!とちょっと思いました。
なので私も5曲×5カテゴリー、25曲選んでみました。
一人で選ぶと言うことでより融通が利くと言うことでよりバランスに重視をおいてみました。
クラシック音楽といっても色々なものがあるので、より普遍的なサンプルを、と言いますか・・・
テンポ、楽器編成、時代、知名度、作曲家の出身国になるべくばらつきを心がけた結果こうなりました。
「楽しい」
ロス・エドワーズ バイオリン協奏曲「Maninyas」 第3楽章
シャブリエ 「スペイン」
ドビュッシー 前奏曲第1巻より第5番 「アナカプリの丘」
ブラームス ホルン三重奏曲 第4楽章
ドボルザーク 弦楽四重奏第12番「アメリカ」 第4楽章
「悲しい」
チャイコフスキー 「白鳥の湖」第4幕から「小さな白鳥たちの踊り」
グリーク 「ホルベアの時代から」より「アリア」
ショスタコーヴィチ ピアノ五重奏曲 第1楽章
ブリテン ロシアの葬送
バッハ 「甘き死よ、来たれ」
「怒り」
バルトーク 「不思議な中国の役人」より「幕が上がる」
ブラームス ピアノ四重奏曲第1番 第4楽章
ブリテン 「ピーター・グライムズ」より「嵐」
リゲティ 練習曲集第2巻より第14番「永遠の柱」
ヴィヴァルディ 「四季」より「夏」 第3楽章
「恐怖」
ショスタコーヴィチ 弦楽四重奏第15番 第2楽章
アデズ 「Living Toys」より「Battle」
プロコフィエフ 交響曲第3番 第3楽章
ラフマニノフ 練習曲「音の絵」 作品39の6
バルトーク ディヴェルティメント 第2楽章
「安心」
シューベルト 交響曲第7番「未完成」 第2楽章
グレインジャー デリー地方のアイルランド民謡
ラヴェル 「クープランの墓」より「メヌエット」
武満 「夢の引用」
イベール 3つの小品 第2楽章
・・・明らかに恐怖だけ20世紀偏りなのはしょうがないのかしら。そして古典前半が見事に抜けてしまった(汗)
こうやって分析的に曲を見てみるのも本当に面白いです!
こんなに曲をリストしてしまったんで、今日の一曲はここから。
今日の一曲: セルゲイ・プロコフィエフ 交響曲第3番 第3楽章
プロコフィエフはいつだったか(正確な言葉は分からないのですが)不協和音はスパイスのようなもので、使いすぎると料理がみんな胡椒の味しかしないようになってしまう、というような言葉を残しています。
実際そういう風に悟ったのが新古典派方面に転向したからなのかはわからないのですが、ただその転向するまえは彼もかなりとんがってましたよー。なんたってモダニズムの寵児。
けっこうつっぱった難解な音楽を書く人でした。
彼の書いた「炎の天使」というオペラもそういった感じの作品で。そのオペラが不成功に終わる前なのか後なのか、オペラから派生するという形で生まれたのがこの交響曲。
あらすじ、というのが一応ありまして・・・主人公の若い女性は「炎の天使」(実は悪魔)をヴィジョンとして長い間見てきて、彼を愛してしまっていた。そんな彼女に惚れた騎士はその「天使」の化身である人物を彼女と一緒に探す。だがその化身と思われた伯爵は彼女と付き合うも彼女の元を去り、彼女は神にその身を捧げるために修道院に入るが、炎の天使がらみで彼女につきまとう魑魅魍魎が修道院の面々にらんちき騒ぎを起こし、主人公は魔女として逮捕される・・・というような話でした。
こうやって下手な説明だとあれなんですが、私にとっては結構初めましてのころからなんだか興味をそそられるストーリーです。
第3楽章は二人がとある洞窟に魔術師を訪ねていった場面で(曲の途中で重々しい扉のノックが聞こえますね)。
曲としてもあらすじとしても最初からいろいろねじれて曲がっているのがこの楽章に表れていると思います。
なんといっても私がこの曲を中学生で最初に聴いたときにすごい!と思ったのが冒頭から少し後。
洞窟の中を飛び回る得体の知れない霊やら魔物やらエネルギー体やらを表すランダムな弦楽器のパッセージ。
これは実は弦楽器全体が13のパートに分かれていて、わりとみんなが違うときに演奏してる、というわけです。なので空間的に色んな所からひゅん、という音が聞こえて来るように感じるというわけです。
プロコフィエフやストラヴィンスキーってたまに「これ人間が書いた/思いついた!?」と思うようなパッセージがあるんですよ。
ショスタコーヴィチの音楽が劣ってるわけではないのですが、こういう末恐ろしく感じる、人間離れした表現をすることはまずありません。
プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番とか、ストラヴィンスキーの春の祭典など・・・どうしたらこんな音を考えついて、それをこんなにも鮮やかに表現することができるのか。
この第3楽章の先ほどのパートはその人間が思いついて書いたとは到底思えないような感性をヴィヴィッドに表しています。
かなりがっつりモダンですが、あらゆる意味で非日常で超常現象的な体験をさせてくれる、強烈過ぎる一曲です。
ここ1週間ほどの精神の調子からもみて、実際の春が来るのもそう遠くないような気がします・・・
最近勉強と趣味を兼ねて自分の大学時代の、親友から借りた、さらにインターネット上にある論文的なものを読んでいます。
日本語と英語、そして医学関係、精神関係、芸術関係、その他の4つのカテゴリーにわけて。
読んだものはなるべく(でもあんまり実現してない)ノートに詳細をまとめて、抄訳を写し&翻訳して(練習です!)。
その中でも昨日は今の自分とこれからのことになにかちょっと勉強になりそうな、興味深い論文を読んでいました。
本文は有料なのですが、ここに抄訳があります。(英語)
Kreutzらによる「音楽により感情を引き起こす:音楽の好みと熱中度の影響」(自分の訳下手ですみません)、という論文で。
なんでも西洋クラシック音楽の器楽曲レパートリーから抜粋を「楽しい」「悲しい」「怒り」「恐怖」「安心」の5つの「意図される感情」の基本カテゴリーから選び、99人の成人参加者に5つの感情のうちどれを感じたか、感じた感情の強さ、心地よさと興奮の度合いを答えてもらう、というもので。
参加者については音楽的背景とAbsorption(感情移入の度合い・・・あ、感情移入でよかったんだ!)も調査して。
結果は意図される感情はほとんどの場合聴き手に同じ物が感じられ(ただ怒り・恐怖と悲しい・安心の間に類似が見られ)、音楽によて感情を引き起こせることがわかり、さらに音楽の感情を強く感じる程度は音楽をプロでやっていてもアマチュアでも全くでも有意な違いはないのですが、クラシック音楽を好きな人はよりその音楽を強く感じる、という傾向が見られたらしいです。
で、これを読んで思ったのは・・・
まず一つはとりあえずクラシックを気負わず聴いて欲しいな、ということ。好きになるまではわからないので、とりあえず聴いてみて、好きな曲に一つでも出会って・・・そこから音楽にこめられた思いをより深く感じるとっかかりになったらいいな、と。
そしてもう一つは結果でそれぞれの曲の感情ごとのスコアを見ているとこうやって曲を数値化・パラメータ化してみると面白いな-、と。同時に音楽の「意図された」感情を考慮してリサイタルプログラムを組んで、演奏の聴衆に対する効果を増してみるのも面白いなあ・・・とか。
実際どかーんと突き落としてあとで暖かく癒すのはブリテンの戦争レクイエムのLibera Me~Let us sleep nowとか、メシアンの20のまなざしの18~19番でも見られる効果ですし。
いろいろしたいこと、応用したいことについては明日のエントリーでの話になるのですが・・・
とにかく音楽に関して、人の心理に関しての一部について勉強になった気がします。
(論文は一つのトピックについて深く学べますが、広い範囲は望めません・・・)
で、論文の付録として実験で使った25曲のリストが載ってて、それも興味深かったです。
いくつか候補があるなかから、研究者全員が一つの感情カテゴリーに賛同したものを選んだそうで、器楽曲の中でかなり時代・作曲家の出身国など結構バランスが取れていて・・・
なんといってもヴァレーズとかメシアンを繰り出してきたところがすごい!とちょっと思いました。
なので私も5曲×5カテゴリー、25曲選んでみました。
一人で選ぶと言うことでより融通が利くと言うことでよりバランスに重視をおいてみました。
クラシック音楽といっても色々なものがあるので、より普遍的なサンプルを、と言いますか・・・
テンポ、楽器編成、時代、知名度、作曲家の出身国になるべくばらつきを心がけた結果こうなりました。
「楽しい」
ロス・エドワーズ バイオリン協奏曲「Maninyas」 第3楽章
シャブリエ 「スペイン」
ドビュッシー 前奏曲第1巻より第5番 「アナカプリの丘」
ブラームス ホルン三重奏曲 第4楽章
ドボルザーク 弦楽四重奏第12番「アメリカ」 第4楽章
「悲しい」
チャイコフスキー 「白鳥の湖」第4幕から「小さな白鳥たちの踊り」
グリーク 「ホルベアの時代から」より「アリア」
ショスタコーヴィチ ピアノ五重奏曲 第1楽章
ブリテン ロシアの葬送
バッハ 「甘き死よ、来たれ」
「怒り」
バルトーク 「不思議な中国の役人」より「幕が上がる」
ブラームス ピアノ四重奏曲第1番 第4楽章
ブリテン 「ピーター・グライムズ」より「嵐」
リゲティ 練習曲集第2巻より第14番「永遠の柱」
ヴィヴァルディ 「四季」より「夏」 第3楽章
「恐怖」
ショスタコーヴィチ 弦楽四重奏第15番 第2楽章
アデズ 「Living Toys」より「Battle」
プロコフィエフ 交響曲第3番 第3楽章
ラフマニノフ 練習曲「音の絵」 作品39の6
バルトーク ディヴェルティメント 第2楽章
「安心」
シューベルト 交響曲第7番「未完成」 第2楽章
グレインジャー デリー地方のアイルランド民謡
ラヴェル 「クープランの墓」より「メヌエット」
武満 「夢の引用」
イベール 3つの小品 第2楽章
・・・明らかに恐怖だけ20世紀偏りなのはしょうがないのかしら。そして古典前半が見事に抜けてしまった(汗)
こうやって分析的に曲を見てみるのも本当に面白いです!
こんなに曲をリストしてしまったんで、今日の一曲はここから。
今日の一曲: セルゲイ・プロコフィエフ 交響曲第3番 第3楽章
プロコフィエフはいつだったか(正確な言葉は分からないのですが)不協和音はスパイスのようなもので、使いすぎると料理がみんな胡椒の味しかしないようになってしまう、というような言葉を残しています。
実際そういう風に悟ったのが新古典派方面に転向したからなのかはわからないのですが、ただその転向するまえは彼もかなりとんがってましたよー。なんたってモダニズムの寵児。
けっこうつっぱった難解な音楽を書く人でした。
彼の書いた「炎の天使」というオペラもそういった感じの作品で。そのオペラが不成功に終わる前なのか後なのか、オペラから派生するという形で生まれたのがこの交響曲。
あらすじ、というのが一応ありまして・・・主人公の若い女性は「炎の天使」(実は悪魔)をヴィジョンとして長い間見てきて、彼を愛してしまっていた。そんな彼女に惚れた騎士はその「天使」の化身である人物を彼女と一緒に探す。だがその化身と思われた伯爵は彼女と付き合うも彼女の元を去り、彼女は神にその身を捧げるために修道院に入るが、炎の天使がらみで彼女につきまとう魑魅魍魎が修道院の面々にらんちき騒ぎを起こし、主人公は魔女として逮捕される・・・というような話でした。
こうやって下手な説明だとあれなんですが、私にとっては結構初めましてのころからなんだか興味をそそられるストーリーです。
第3楽章は二人がとある洞窟に魔術師を訪ねていった場面で(曲の途中で重々しい扉のノックが聞こえますね)。
曲としてもあらすじとしても最初からいろいろねじれて曲がっているのがこの楽章に表れていると思います。
なんといっても私がこの曲を中学生で最初に聴いたときにすごい!と思ったのが冒頭から少し後。
洞窟の中を飛び回る得体の知れない霊やら魔物やらエネルギー体やらを表すランダムな弦楽器のパッセージ。
これは実は弦楽器全体が13のパートに分かれていて、わりとみんなが違うときに演奏してる、というわけです。なので空間的に色んな所からひゅん、という音が聞こえて来るように感じるというわけです。
プロコフィエフやストラヴィンスキーってたまに「これ人間が書いた/思いついた!?」と思うようなパッセージがあるんですよ。
ショスタコーヴィチの音楽が劣ってるわけではないのですが、こういう末恐ろしく感じる、人間離れした表現をすることはまずありません。
プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番とか、ストラヴィンスキーの春の祭典など・・・どうしたらこんな音を考えついて、それをこんなにも鮮やかに表現することができるのか。
この第3楽章の先ほどのパートはその人間が思いついて書いたとは到底思えないような感性をヴィヴィッドに表しています。
かなりがっつりモダンですが、あらゆる意味で非日常で超常現象的な体験をさせてくれる、強烈過ぎる一曲です。
えーっと。
日本からの荷物のスイングロジカルノート、蒸気でホットアイマスク、DVD、イヤホンなどにほくほくしたり、仕事もしたりしながらあることをこつこつやってまして。
それはPiano Landmarksでのオープニングトークでの「24の調をセットとして曲集を書くというバッハが始めたウイルスにショパンやショスタコーヴィチが伝染した」というのでそれにあやかって?24の調ウイルスに感染してみたくなりまして。
前奏曲もフーガも書けませんが、何が出来るかなーと思ったところ、お題的、というかタロットカード的なものをデザイン・・・という形になりました。
Twitterではこちら、またはハッシュタグ「 #24keysvirus」で繰り広げております。
とりあえず表にまとめてみました。(twitterでの方が若干詳しい解説です)
これらはあくまでも私個人の見解というか印象ですが、色んな昔の作曲家が曲を書くときにある調を選ぶのは楽器の弾きやすさだけでなくもっと音楽的な、表現的な理由があると思います。
バッハの多くの厳かな名曲はロ短調で書かれていますし、ショパンは実際変イ長調が好きだった、という話が残ってますし。
ショスタコーヴィチがニ短調を得意としている印象があるのも、そしてショパンの革命エチュード、ユダヤ音楽の多く、ショスタコの弦楽四重奏第8番などがハ短調で書かれているのもきっと意味があるんだ、ということを日頃から思ってきました。
これはそんな思いの(ネタを交えた)一種の表現、さらに音楽の色彩の中枢をなす「調」というもの、色彩、そしてそれらにこめられた思いを何とか理解して、形にしてみようとした結果の産物です。
まあ、といっても私は無調の音楽専門なんですが(汗)
こういった調のイメージのルーツはバッハの「平均律」第1巻の24つの調の前奏曲とフーガ群にあって。
(あとはベートーヴェンの作品も結構イメージ確立に大きく貢献してますね)
第2巻はどっちかというとその自分で確立したイメージに逆らうような所があってそれもまた面白いです。
ショスタコーヴィチの24の前奏曲とフーガはもっとはっきりとその「伝統的な」イメージに挑戦、それを破壊するようなところがあってさらに面白いです。
なので意識しているのは私だけじゃないようです(笑)
いまプレビューしてみたのですが表が見にくいながらここまでおつきあいいただき有り難うございます。
今日の一曲はそんな前奏曲とフーガから一つ。
今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 24の前奏曲とフーガより第8番嬰ヘ短調
調のイメージに沿ってる曲はWikipediaで調の名前を引くと見つかると思うので、あえて逆らう側を。
ショスタコーヴィチは彼の前奏曲とフーガで調に関しての伝統的なイメージを壊すような曲を書くと言いましたが、これはなかなか良い例だと思います。
嬰ヘ短調は「抒情詩人」。ロマンチックさ、センチメンタルさ。バッハの平均律の第2巻の嬰ヘ短調のちょっと異例なロマンチックさに加えて、チャイコフスキーのバレエなどロマン派の音楽でもその美しい、芸術的な憂いは繊細な独特の色彩を備えています。
この曲のうち前奏曲は軽快で不気味な、ショスタコ得意の毒づきスケルツォ。半音動きや、割って入ってくるフラット系のハーモニー、奇妙に跳ね回るスタカートなどは色んなものがtwistedな「不思議の国」を思わせます。
でも圧巻なのは実はフーガの方。
詩人であり、美麗なハーモニーやメロディーで魅せるのが得意な嬰ヘ短調のはずが!
・・・たとえて言えば腐りかけ、でしょうか(汗)
はっきりした調をもたないまま、とぎれとぎれのメロディーとも言い難いテーマから始まり、ぐだぐだぐだぐだと赤緑茶の混ざったような不可思議な色彩で延々と6分間。
はっきりした色彩もなければ、方向性もなく。この曲を退屈に聞こえないようにするには相当自分の中ではっきりしたビジョンと、繊細な表現力が求められますね!
この曲にツボる気持ちの状態、ってなかなか難しいと思うんですけど・・・でもツボって心全体でこの曲を感じられる時は本当にこの曲は繊細で、深くて、ユニークなフレーバーを持ってると思います。
なんといいますか・・・発酵食品のように。
・・・単体では妙な曲ですけど、プログラムの組みようでは深ーい珍しいフレーバーをリサイタルにもたらすことができる曲なのかしら?
日本からの荷物のスイングロジカルノート、蒸気でホットアイマスク、DVD、イヤホンなどにほくほくしたり、仕事もしたりしながらあることをこつこつやってまして。
それはPiano Landmarksでのオープニングトークでの「24の調をセットとして曲集を書くというバッハが始めたウイルスにショパンやショスタコーヴィチが伝染した」というのでそれにあやかって?24の調ウイルスに感染してみたくなりまして。
前奏曲もフーガも書けませんが、何が出来るかなーと思ったところ、お題的、というかタロットカード的なものをデザイン・・・という形になりました。
Twitterではこちら、またはハッシュタグ「 #24keysvirus」で繰り広げております。
とりあえず表にまとめてみました。(twitterでの方が若干詳しい解説です)
| ハ長調 | トリックスター | The Trickster | 自由自在、リアリズム、トリッキー。初め&始め。全ての色を有す白。 |
| イ短調 | 戦乙女 | The War Maiden | はっきりした強さ、内面の不安、しなやかさ。 |
| ト長調 | 旋風 | Vortices | 頭の回転の速さ、機動力、翼。メッセージ、弁舌、軽敏さ。 |
| ホ短調 | 荒野 | The Wasteland | 広漠、過去、自由孤独。失うこと、未来へのサイクル。 |
| ニ長調 | 八芒星 | The Octagram | 太陽、権威。剛健さ、単純さ。希望。 |
| ロ短調 | 孤高の騎士 | The Lone Knight | ストイック、孤立、保守的。信念を貫き左右されない。 |
| イ長調 | 花束 | The Bouquet | 慎ましい喜び、家族、祝福。羽目を外すことの暗示も。 |
| 嬰ヘ短調 | 抒情詩人 | The Lyric Poet | 感傷的、表現、芸術。感情に振り回される。 |
| ホ長調 | 黄金の鐘 | The Golden Bells | 良い報せ、祭り事、商売と利益。活発。 |
| 嬰ハ短調 | 竜 | The Dragon | 激情、鋭さならびに冷たさ、隠れた繊細さ。 |
| ロ長調 | 高揚 | Exaltation | エクスタシー、開眼、精神の解放。同時に奇癖、狂乱。 |
| 嬰ト短調 | 稲妻回路 | Lighting Circuits | すぐれた効率、機転、几帳面さ。冷徹。 |
| 変ト長調 | 蜃気楼 | The Mirage | 夢見心地、浮遊、願望。非現実的、理想。 |
| 変ホ短調 | 深淵 | The Abyss | 陰鬱、内面的、束縛、本質の追求。絶望。 |
| 変ニ長調 | 博愛 | Benevolence | おおらか、優しさ。自己意志の欠如。 |
| 変ロ短調 | 蛾 | The Moths | 不安定、気まぐれ、感受性の強さ。中立性。 |
| 変イ長調 | 無邪気 | Innocence | 純潔、明るさ、ナイーブさ。調和。 |
| ヘ短調 | 血 | Blood | 情熱、犠牲、生命。行動を伴った強固な意志。 |
| 変ホ長調 | 征服者 | The Conqueror | 高貴、勝利。横柄さ、権力欲。 |
| ハ短調 | 焔 | Inferno | 反乱、激動、熱いエネルギー。より大きな力に振り回される。 |
| 変ロ長調 | 天空 | The Sky | 若さ、澄んだ心、比較的外面的。真っ直ぐさ。 |
| ト短調 | 蒼い泉 | The Pale Fountain | 涙、浄化、救い。一時的な停滞。 |
| ヘ長調 | 春 | Spring | 誕生、暖かさ、母性、豊穣。 |
| ニ短調 | 鋼鉄の鉤爪 | The Talon of Steel | 冷酷非情、運命、災害。とてつもなく巨大な力のコントロール。 |
これらはあくまでも私個人の見解というか印象ですが、色んな昔の作曲家が曲を書くときにある調を選ぶのは楽器の弾きやすさだけでなくもっと音楽的な、表現的な理由があると思います。
バッハの多くの厳かな名曲はロ短調で書かれていますし、ショパンは実際変イ長調が好きだった、という話が残ってますし。
ショスタコーヴィチがニ短調を得意としている印象があるのも、そしてショパンの革命エチュード、ユダヤ音楽の多く、ショスタコの弦楽四重奏第8番などがハ短調で書かれているのもきっと意味があるんだ、ということを日頃から思ってきました。
これはそんな思いの(ネタを交えた)一種の表現、さらに音楽の色彩の中枢をなす「調」というもの、色彩、そしてそれらにこめられた思いを何とか理解して、形にしてみようとした結果の産物です。
まあ、といっても私は無調の音楽専門なんですが(汗)
こういった調のイメージのルーツはバッハの「平均律」第1巻の24つの調の前奏曲とフーガ群にあって。
(あとはベートーヴェンの作品も結構イメージ確立に大きく貢献してますね)
第2巻はどっちかというとその自分で確立したイメージに逆らうような所があってそれもまた面白いです。
ショスタコーヴィチの24の前奏曲とフーガはもっとはっきりとその「伝統的な」イメージに挑戦、それを破壊するようなところがあってさらに面白いです。
なので意識しているのは私だけじゃないようです(笑)
いまプレビューしてみたのですが表が見にくいながらここまでおつきあいいただき有り難うございます。
今日の一曲はそんな前奏曲とフーガから一つ。
今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 24の前奏曲とフーガより第8番嬰ヘ短調
調のイメージに沿ってる曲はWikipediaで調の名前を引くと見つかると思うので、あえて逆らう側を。
ショスタコーヴィチは彼の前奏曲とフーガで調に関しての伝統的なイメージを壊すような曲を書くと言いましたが、これはなかなか良い例だと思います。
嬰ヘ短調は「抒情詩人」。ロマンチックさ、センチメンタルさ。バッハの平均律の第2巻の嬰ヘ短調のちょっと異例なロマンチックさに加えて、チャイコフスキーのバレエなどロマン派の音楽でもその美しい、芸術的な憂いは繊細な独特の色彩を備えています。
この曲のうち前奏曲は軽快で不気味な、ショスタコ得意の毒づきスケルツォ。半音動きや、割って入ってくるフラット系のハーモニー、奇妙に跳ね回るスタカートなどは色んなものがtwistedな「不思議の国」を思わせます。
でも圧巻なのは実はフーガの方。
詩人であり、美麗なハーモニーやメロディーで魅せるのが得意な嬰ヘ短調のはずが!
・・・たとえて言えば腐りかけ、でしょうか(汗)
はっきりした調をもたないまま、とぎれとぎれのメロディーとも言い難いテーマから始まり、ぐだぐだぐだぐだと赤緑茶の混ざったような不可思議な色彩で延々と6分間。
はっきりした色彩もなければ、方向性もなく。この曲を退屈に聞こえないようにするには相当自分の中ではっきりしたビジョンと、繊細な表現力が求められますね!
この曲にツボる気持ちの状態、ってなかなか難しいと思うんですけど・・・でもツボって心全体でこの曲を感じられる時は本当にこの曲は繊細で、深くて、ユニークなフレーバーを持ってると思います。
なんといいますか・・・発酵食品のように。
・・・単体では妙な曲ですけど、プログラムの組みようでは深ーい珍しいフレーバーをリサイタルにもたらすことができる曲なのかしら?
