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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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大学の時にとったとあるアンケート♪
本題の前に一つ。
ちょっと前に母に「私がお腹の中にいるとき胎教かなんかした?」と聞いたら「さあ、あんたが小さい頃からいつも聞いているような 曲をただきいてたんじゃないの?」という答えが返ってきました。
つまり大きめの曲で言うと:
ストラヴィンスキーの火の鳥、ペトルーシュ カ、春の祭典、ベルリオーズの幻想交響曲、マーラー1番、バルトークの管弦楽のための協奏曲、ショスタコの5番とか・・・ってことですか。そうですか。
やっ ぱりしみついてますなあ。

大学在学中にとあるアンケートを趣味と興味100%でやりまして。
数いる友達のなかで特にオケのレパー トリーにかなり精通している友達をつかまえてこんなことを聞くのです:
「あなたがもっとも偉大だと思う交響曲を5つあげて下さい。」
あく までも「好きな」ではなく「偉大だと思う」です。
その結果がずっとしまってあったのでこっそりここで匿名で発表したいと思います。

サ ンプル数:10人(年齢:21~24歳くらい)(なお、このうちの1人は1つしか挙げられなく、もう1人は2つしか挙げられていません)
内訳: (2つ以上楽器を弾いている・いた人が多いのでのべ人数で)
ピアノ5人、チェロ2人、ビオラ2人、トロンボーン、トランペット、クラリネット、ホ ルン、コントラバス、バイオリン各1人

結果:
1位:マーラー5番&チャイコフスキー6番(各5票)
3位:ショス タコーヴィチ5番&ラフマニノフ2番(各4票)
5位:マーラー9番、マーラー3番、ベートーベン9番(各2票)

少数票(各1 票):
チャイコフスキー4番、5番
ベートーベン3番、5番、6番、7番、8番
マーラー2番、7番
ブルックナー8番、9番
モー ツァルト40番、41番
フランクニ短調
ドヴォルザーク7番
プロコフィエフ5番
ショスタコーヴィチ第13番
シュー ベルト9番
シェーンベルク室内交響曲第1番

作曲家別ランキング:
1位:ベートーベン(6曲)
2位:マーラー(5 曲)
3位:チャイコフスキー(3曲)
4位:モーツァルト&ブルックナー(各2曲)
(1曲の作曲家は省略)

総作曲交響曲数に対しての名前があがった交響曲の割合もフランクの1曲中1曲を除けばベートーベンが一位です(9曲中6曲)。マーラーはちなみに10曲中5曲挙 がってまして、チャイコの6曲中3曲もありこれらも割合としてすごいです。

やっぱり年齢でしょうかね、ハイドンとかぜんぜん入ってないですし(笑)案外シューベルト、ドヴォルザークも少なかったり。ブラームス、シベリウス、ヴォーン=ウィリアムスもランクインせず(厳しいですね!)。
ベートーベンがたくさん上がっていながらも一つ一つの交響曲の票数ではマーラーなどにしっかり負けてます。
全体的な印象としては「手堅い」感じのレパートリーで、そこそこ大きな編成の、表現的にも書かれ方も非の打ち所の無く充実した感じの曲が上位にランクインしてますね。
あんまり演奏する楽器によって選ぶ曲が変わるという傾向はないようです。
そして1人選んだ曲がマーラーかブルックナーのみという変わった人もいますが、だいたい5曲につき4~5人違った作曲をあげています。

選んだ理由、というのもアンケートにいれるべきなのかもしれませんがこのメンバーでこの質問の場合一人につき5つくらい小論文ができてしまう恐れがあるので(笑)

ちなみに私の選んだ5曲は:
ショスタコ5番、ドヴォルザーク7番、マーラー5番、ラフマニノフ2番、チャイコ6番
・・・とドヴォルザーク以外は結構やっぱり手堅いところを選んでます。
好きな交響曲、と言われてもよくよく考えたらやっぱりそんなに変わらないかな・・・

みんなが答えた曲のうちお知り合いになっていないのはシェーンベルク、ベートーベン8番、ブルックナー8番9番、シューベルト9番くらいですかね。
シェーンベルクはこないだCDを買ったんですがまだ聴いていません・・・(汗)

もちろんこれらはあくまでも玄人の(しかも結構コアな玄人の)意見であるのですが、それでも本当にクオリティの高いシンフォニーは何か、ということをものすごく反映していると思いますし、ここで上位に上がった曲は(そして他の曲のほとんども)玄人好みではありますが、決して玄人むけの曲ではありません。
なので(本当は交響曲は全楽章でひとつの芸術なのですが)1楽章ずつでもどんどんみんなが挙げてくれた交響曲をがんがん聴いて欲しいと思います。

最後に全般的に一番評価が高かったと思われるマーラーの言葉:
「交響曲は世界のように全てを包括していなければならない。」


今日の一曲: アントニン・ドヴォルザーク 交響曲第7番 第3楽章



ランキング上位の名曲を紹介したいのはやまやまなんですが、もうどこから手をつけていいかわからない曲ばかりなので私の挙げた5曲の中の少数票のを主張(笑)

偉大は偉大なんですが、他の曲みたいな華のない交響曲・・・なんですよ。
地味、というか渋いというかで。私は地味とか暗い曲が好みなので個人的にプッシュして高く評価していますが。
なので交響曲の入り口とも通常言える第1楽章から聴くとちょっとこれに関しては初対面の印象で損する・・・ような気がするので。

なので、これを初めて聴いた&弾いたときに瞬時に私の心を背筋ともども鷲づかみにした第3楽章を紹介します♪

第3楽章は嵐のスケルツォ。私がこれを初めて知ったのはユースオケのキャンプでの初見でしたが、そのとき指揮者の人が「クレージー・スケルツォ」と呼んでいました。

スケルツォは軽やかに、遊び心たっぷりに。4分の6拍子はまるでめまぐるしいワルツのようで、まるで嵐のように灰色で、気まぐれなつむじ風が吹き、空気と雨が冷たく・・・
プラス中間部の暖かさ、懐かしさ、あどけなさがまた同じ風に乗ってるところがいじらしい(?)

6拍子というのは3+3、そして2+2+2という2パターンにリズムが割れますが、その組み合わせもまた心をくすぐりますね~(リズム大好き♪)
あとメインのメロディーに答えるメロディーもまた本当に素晴らしくて(counter-melody大大好き♪)、聴きながら口ずさむときももう一つ同時に声があったらと思うくらいです。

地味は地味でも優雅さや、厳しさや、切なさや・・・全部繊細なものが詰まってて、ものすごく愛すべき嵐のスケルツォです。
ドヴォルザークは派手な9番、8番、そしてチェロ協奏曲が有名ですが、こんな彼の側面もまたユニークで愛すべきもので・・・是非是非第3楽章から入ってみてください(笑)

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追記
先ほどじっくり曲(仮)と感覚的曲(仮)の話をしましたが、よくよく考えてみると、リサイタルのレパートリーを選ぶときはできれば両方をとりいれていければいいのかな、と。
じっくり曲ばっかりだと緊張と集中力を長時間続けなくちゃ行けないのと、あと演奏前に念頭においておかなくちゃいけないことの量が半端なく感じるであろうので。
逆に感覚的な曲ばっかりだと演奏前に何も考えないでいいような感じが逆にものすごく怖いだろうし、万が一ミスったら頭と心をリセットするのが難しそう。


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Playing of the Piano
自分の行動におけるピアノの比重をもうちょっと大きくしたい欲が出てきた今日この頃。
とりあえず当面の目標は:
1)7月中に先生にレッスンをしてもらう(ラヴェルのソナチネ、もしかしたらメシアンのまなざし第15番、プロコフィエフのリゴードン(op.12から)、あわよくばリゲティの練習曲第11番(En Suspens)あたりも?)
2)8月に新しいラヴェルを初めて冬曲をレパートリーに入れる
3)メシアンの「鳥のカタログ」第3巻とリゲティの練習曲第1巻を誕生日プレゼントにもらう
となっています。

もともと弾く曲に関しては(聴く曲と比べても極端に)偏食ですが、大学を卒業してから少しわがままになったような、同時に許容範囲がちょっと広がったような気がします。
大学での課題や演奏することを意識せず曲が選べるようになったので前よりわがままに(=きがねなく現代音楽寄りに)なり好きな曲ばっかり弾いている、というのがあり。そして大学ではみんな課題にバッハの平均律やショパンの練習曲ばっかり弾いていたので在学中はバッハとショパン全般弾く気にならなかったのですが一人でいるとまあトッカータとかフランス組曲なら弾いてもいいかな~という気になったりで。

今は主に新しい曲中心、プラス大学在学中以前に弾いた曲をさらったりしながらやっています。
基本的に初見は苦手ではないですし、今は先ほども言いましたように好きな曲ばっかり弾くので再習得よりは新しく曲を練習するほうが好きですし楽です。むしろ再習得はもともと苦手で。
その理由はというと・・・

弾く曲にはどうも2種類あって。
一つは練習する過程で解釈をじっくり考えてどうやって表現するか、曲に対しての印象や解釈をひとつひとつ計画して、演奏の際に毎回それを再現できるように練習する曲。
もう一つは練習で音とその他楽譜に書かれてることを練習したあと、解釈などはその時の気分で感覚的に、感じたままに表現する曲。

前者には例えばラヴェルの作品やメシアンの「20のまなざし」、後者にはメシアンの「鳥のカタログ」やクラムの「マクロコスモス」があります。

演奏するとなると後者のほうが楽かと思いきや(まあある意味気楽ではありますが)前者はどちらかというと「できる」という確信が持ちやすく、そしてなんといっても後者は再習得がめんどくさい!
その曲を自由にできる、自分の一部のように操れる感覚がどうも忘れられなくて音をさらう練習がものすごくもどかしく感じるんです。音楽と心が呼び合ってるのに指のあたりでコミュニケーションエラーがものすごく起こっている感じ。で、結果指も回ってないのに心に引っ張られ感じたままに弾いてしまって練習にも何にもならないということです。

今の自分が大学時代と比べてピアニストとして総合的にどうなのか、というのはものすごく解らないものなんですが(今度レッスンにいっても先生リアクションが薄いというかわかりにくいというかなにかとわかりにくい人なのでそっちの線からもわからないです)・・・
とりあえずテクニックはまだ劣化したまま、特に左手の指の周りとスタミナはどうにかしなくちゃいけないことはわかっています。
いろいろ気がはやることばっかりなのですが、将来的にどうしても!どうしてもいつでも弾けるようにしたい曲があるのでその長期目標にむかって頑張って行きたいとおもっています。

覚え書き代わりにその「いつでも弾けるようにしたい曲」のリスト:

スクリャービン:練習曲op.42-5
メシアン:「20のまなざし」より第4番、第11番、第12番、第17番
メシアン:「鳥のカタログ」よりモリヒバリ、モリフクロウ、ダイシャクシギ、ニシコウライウグイス
バッハ:トッカータホ短調
ラフマニノフ:練習曲「音の絵」op.39-4, 7, 8
ショスタコーヴィチ:前奏曲とフーガ第16番
ブラームス:2つのラプソディー
ラヴェル:できるだけ多く
プロコフィエフ:悪魔的暗示、アルマンド、ガヴォット
リゲティ:できるもんならできるだけ多く
Koehne:Twilight Rain
武満:雨の木素描II

・・・案外多いですね。こりゃ相当精進しないと。


今日の一曲: グスタフ・マーラー 交響曲第1番 第3楽章



いやあマーラーはいいですよね~
第1番はどっぷりはまってない方に一番おすすめです♪なんたって母が好きなものですからハズレはないんですよ(笑)

マーラーはシベリウスに「交響曲は世界のように全てを包括してなければいけない」というようなことを説いたのですが、マーラーの交響曲は実に世界そのもの。
自然や、人とその心、時、そういったものが全て詰まってる(公約通り?)・・・彼の音楽を聴くことは他では味わえない素晴らしい類の(人生)経験です。

自然を肌に感じる第1楽章も、力強く花開く第2楽章も、剣をとって巨大な力に果敢に立ち向かう第4楽章も本当にピカイチなのですが今日は第3楽章を。

第3楽章は・・・一言で言えば「円を描いて連なる雨の中の葬送行進」でしょうか。
ヨーロッパの輪唱メロディーで有名な「フレール・ジャック」(ドイツ語:Bruder Martin)のメロディーをまさにいろんな楽器に輪唱させてぐるぐる、というのがメイン。
最初のティンパニの歩みにのるコントラバスのソロはまたレアもので、なかなか難しいらしいですよ(この手のコントラバスソロって音程の不安定さを買われてキャスティングされたのですが最近はみんなぴしっと決めてしまうんですってね)。
その一人の行進にだんだんと楽器が加わって、いつしか暗い服をまとった誰とも付かない集団の行進になって。その無限な暗さと、そしてものすごく・・・無限な感じが不気味な反面ものすごく心が惹かれます。

ただそれだけでなりたってるわけではありません。
この曲の最近気づいた魅力、というのがこの・・・エキゾチックな感覚が至る所にささやかにちりばめられているところ。
ユダヤ風だったり(じっさいはっきりとユダヤ音楽してるところもあります。マーラーはユダヤ系だったそうですし)、スペイン/中東風(スペイン音楽は中東の影響を大きく受けています)だったり、または正体はわからないけれどちょっぴりセクシーでエキゾチックな、どこか非現実的なフレーバーがあって。
それがまた魅惑的で、心をとらえるようで・・・
で、とらえられたら最後フレール・ジャックの渦に飲み込まれて出られなくなっちゃうんですよ。
でもそれさえも快感になっちゃう、地味ーに中毒的な。
最後の方でメロディーが消えて打楽器の影とティンパニの遠ざかる歩みのところまで来ると「終わらないで!」とちょっぴり思ってしまうことうけあいです。

それもこれもでもマーラーの素晴らしいメロディー構築と楽器使いの賜物、ということもあります。
カノンなんでそれぞれの楽器の音もそれが集まるとどうなるかというのもよくわかりやすいです。(あれ、文が迷走気味・・・)

構築的だけれど、ものすごく感情豊かで同時に感覚的で・・・いろんなところに訴えてくるこの曲。
この楽章だけでも結構楽しめますが、マーラー1番まるまる聞くのをお奨めします。
(他の楽章の紹介もまた後ほどします!)
マーラーは個人的には若い人にものすごく聴いて(そして弾いて)もらいたいのですが年代問わずものすごく素晴らしい音楽です。お近づきになって損は決してしないと強く信じています。たとえそれがこの交響曲でなくとも。

マーラー万歳!(といっても表現しきれないほどいまマーラー愛に満ちてます!)

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お試し企画:チェロの鬼門
ピアニストは音楽を聴くと自然と指が動くと言いますがそれよりも自然に舌が動いてしまう流 星姫です。こんにちは。
滑舌は全然ですが管楽器奏者でもないのにそういった人と(家族も併せて)つるみまくった結果ダブルタンギングもトリプルタンギングもできるようになってしまった次第であります。

それはさておき本題へ。
いつもオケの様々な楽器のことを知っておきたいと思う中で、どんな楽器が何を得意としていてなにが苦手か、ということをそういった知識の一つとして頭に入れていたいと思います。
ちょっとそういうことを自分なりにまとめてみたいな~と思ったので、お試し企画として、自分で一番経験があるチェロで、「管弦楽におけるチェロの苦手・鬼門」をテーマにちょっと書いてみます。よろしくお願いします。

チェロのソロのなかでもリーダーのみが弾くソロ、前から何人かが弾くソロ、そしてチェロがセクションとして目立つセクションソロがあります。

リーダーのみのソロの鬼門を二つ。(この2つが一番難しい、というわけではないです。あしからず。)
まずはホルストの「惑星」から「金星」。2カ所ほどソロがあるのですが、一つ(後のほう)は音域・音程のコンビネーションがかなり難しいのですが、問題はむしろ前のソロ。
私の元のチェロの先生がいってたのですが、難易度こそもう一つのソロほどではないものの、件のソロの数小節前にオーボエのソロが全く同じフレーズを弾いてて、彼らにとってはお茶の子さいさいのソロなので相当ハードルが上がるんです!聞いている方はあんまり意識しなくともチェロのリーダーにはかなり!プレッシャーがかかる1フレーズです。
もう一つはスッペの「詩人と農夫」序曲からの長いソロ。これもまあ難しい、というわけじゃないんですけど実際弾いたことが良い思い出になっていないんで・・・高校の時のオケだったんですが、あとで録音したのを聞いてみたらものっそ音程が外れてて。自分の演奏でこんなにトラウマになるとは・・・そのMDは一生封印です。

チェロの集団的ソロではもっと顕著に難しいものがあります。
たとえばプロコフィエフのロミジュリの「ロレンス神父とロミオ」でのソロ。チェロのセクションがいくつものパートにも別れてソロを弾くのですが、ちょっと音域的に苦しいこともあり、とりあえずアンサンブルとしてまとめ、美しくするのがものすごーく難しいパートなのです。
似たようなソロにドビュッシーの「海」の第1楽章、あの有名なロッシーニの「ウィリアム・テル序曲」の冒頭(これは前から5人のソロ)も同じくチェロ同士でそこそこ難しいパートを会わせるのがものすごく難しい、チェロにとっての鬼門です。

あとチェリストの間ではショスタコーヴィチの「祝典序曲」の第2主題(?)のメロディーの難しさは有名です。
曲が速いのもありますが、たとえゆっくりだったって「(真ん中のドのすぐ下の)シ→ミ→ド#(上)」の音程はなかなかとりづらいです。
ここを練習するためにとあるチェリストがチェロと指の間に糸を張って体で覚えるようしてたら、チェリストがいない間に誰かが糸を短くしてしまった、という逸話まであるほどです(ただこれはチャイコの5番の第2楽章、という説もありますが)。

チャイコフスキーのバレエ「白鳥の湖」の緊張感あふれるフィナーレセクションの始めは弦楽器全体にとって鬼門です。
なぜなら調が変ホ短調、つまり6つもフラットがあるから!
弦楽器っていうのは(特にバイオリン)楽器の構造上(難しく言えば開放弦の音程上)、シャープの調の方がフラットの調より弾きやすい仕組みになってるのです。
変ホ短調は特に弾きにくい、音程がとりにくく。早いパッセージは苦戦します。
そんななかチェロのパートはまたチェロの広い音域のなかでも高音域に入るちょっと手前の「弾きにくい」セクションで書かれてて。
もどかしいったらありゃしないんですよ(汗)

あと曲が始まっていきなり高音域でぱっと入らなくちゃいけないストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」も本当に胃に悪いです。是非聞いてみて下さい。
音程以外で難しいのはマーラー5番の第2楽章。嵐の中の本当に不気味な静けさを表す延々としたスローでソフトなソロで、弓をゆっくり動かすのでとにかく腕が痛くなりますし、長い間無表情といってもいいくらいの弾き方なので精神的にもけっこうきついです。

そしてこれは全体的な印象なんですがチェリストはいわゆる「後打ち」(Off-beats)が他の楽器の奏者と比べて下手な傾向がある気がするんですよ。
例えばそういった感じのパートが多いホルン奏者やビオリストにとってはSecond Nature、ごく自然なものですが、チェリストはリズム&伴奏よりはメロディー&副メロディーが多く、それを好むためたまーに後打ちに出くわすと多少ならずとも苦戦するみたいです。

こうやってみるとチェロは必ずしも器用な楽器ではないような印象を受けるかもしれませんが、この楽器はもともと許容範囲がかなり広い楽器なので得意なことも一杯あります。
表現力の豊かさはもちろん、ベースラインとしてのしっかりさなどもあり・・・次回この企画ではチェロの得意、そしてチェロという楽器が輝くソロの例を挙げてみたいと思います。(ただそれは思いつくのが難しいんじゃなくて絞り込むのが難しいのでまだまだ時間がかかるかも!)

今回・次回は自分の(一応)専門分野のチェロですが、これが演奏経験なしの楽器となるとどうまとまるでしょうか。楽しみ?です。


今日の一曲: フランツ・リスト ピアノ協奏曲第1番 第3楽章



誤解を招かない様に一応:「第3楽章」は最終楽章ではなく緩徐楽章とフィナーレの間にあるあの短いやつです。

ピアニストとして自分が邪道だと思う主な理由の一つにリストとショパンがそう好きではないことがあります。
決して嫌いでもないんですが、作曲家としてひっくるめてはちょっと・・・例えばショパンだとバラード第4番とか、そういう風に個々の曲で好きなのはちらほらあるんですがね。

そしてリストの曲で数少ない好きな曲が今日の一曲。これも協奏曲全体としてはそう好きじゃないんですけどこの楽章は本当に愛らしいです。

リストは特に日本ではピアノ得意な作曲家として知られていますが(実際スーパーコンサートピアニストでしたしね!)、オーケストラもできるんだぞ!ということがこの楽章の最初のささやかなトライアングルのソロにすべて表れているような気がしてたまらないんです!
この楽章の随所に現れるトライアングルの尖ったキラキラと、ピアノの踊る音符の丸いキラキラの最高の共演で。
降り踊る雨を表すような軽やかなワルツは、同じくリストの「ラ・カンパネラ」をちょっとおとなしくしたような曲想でものすごーく好きです。

ピアノやリストの魅力、そしてそれよりもトライアングルの魅力が知りたいという方(いるんですか!?)、是非是非おすすめです。

追記: リストのピアノ協奏曲が2つあるということは意外と知られていませんが、結構2番は好みが分かれて、この第1番があんまり好きでない人が第2番を好きだということは結構あるみたいなのでそちらも併せて推薦します。(ただし私はまだ第2番とはお近づきになっていませんので詳しいことは知りません・・・すみません)

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Musical Romances
今度の日曜日に親友がBrunswickにある"a minor place"というカフェにブランチ/ランチに行こう、というメールを送ってきたのですが「イ短調(=a minor)!?」と思ってしまった私。どうがんばってもイ短調にしかみえないんですけどねえ。

昨日ツイッターでつぶやいていたことを少し。
自分コンサートなどはよく友達と(大学時代)、または一人で(今)行くのですが、もしも音楽家の人とおつきあいしたらデートにコンサートは行かないだろうな~と。ストーリーでもいくつか音楽家カップルはいますが、どうもコンサートデートはさせたことがないです。
よーく考えてみると実際音楽家同士でコンサートデートという話を聞かないです。もちろん音楽家カップルでコンサートには行きますが、どうも内容・目的がデート、というケースはないようで。
なんでしょうか、コンサートに行くとどうしても他の音楽家にたくさん出くわして、結果語り合いたくなるので・・・恋人同士というよりは音楽家同士のつきあいになってしまうのですかね。

クラシック音楽家の世界は、少なくともメルボルンではずいぶんと小さい世界なのでそのなかでいろんな人間ドラマがちょこちょこあります。(ちょこちょこ(笑))
もちろん音楽家として出会ってつきあい始めたり、つきあって別れる人もいればそのまま結婚して、さらに次世代音楽家を生む人もいます。
うちもプロじゃないですが音楽によって結ばれた音楽家がプロじゃないけど音楽家を生んだ例ですが、もっとすごいところも居ます。その家族は:
父→プロホルン奏者、母→ピアニスト、子供達→4人とも大学で音楽を専攻、4人併せてちょうど弦楽四重奏ができる
・・・という構成になってます。

実際芸術・表現活動は脳の領域においても感情とものすごく密接な関連があることもあり、音楽を共に奏でることでお互いに特別な感情を抱く、というのはもちろんよくありえることで。
ただやっぱり個人の信条などとかもたくさん関わってくるので心のすれ違いや大げんかもまた同じくらいよくあることで。個人の感情+音楽に関わる感情のdouble complicationです。

プロの音楽家でもメシアン夫妻(メシアンは妻・ロリオ女史と演奏する前提で「アーメンの幻影」を書いてます)、ロストロポーヴィチ夫妻、ブリテン&ピアーズ、そしてメル響にも職場結婚?の夫婦が居ます。

あくまでも個人的なデータですが(一応他にもそう思っている友達が何人かがいます)、どうもチェリストとホルン奏者のカップルがメルボルンには多いような気がするんです。
大学時代で夫婦・カップル・元カップル併せて4組、親友同士が1組、親子が2組くらいは居ましたね。
カップルの場合どっちが男でどっちが女、という傾向は特にないんですけど偶然というにはちょっと多いな~なんて友達と話してました。
楽器性格論でも似たもの同士のようでいろいろ反対・・・というかお互いにうまく補える部分がある楽器同士、という感じですからね・・・やっぱり楽器と性格は関係があるんじゃないか、と思ったきっかけでも実はあるんです。

音楽家同士だと話ももちろんある程度は合いますし、音楽が生活の一部なわけなのでライフスタイルのリズムなども合ったりします。なによりもお互いが音楽を愛すること、そして音楽を奏でることの素晴らしさを理解していることが人間同士の心のつながりにまた新たな味を加える・・・んですかね?ちょっとよく解らないことを語ってしまった気がしますが(汗)

でもやっぱり恋人同士で普段の演奏とは関係なくアンサンブルをやったり、こないだ見た「シャネルとストラヴィンスキー」みたいに親子みんなでピアノを囲んで歌ったり弾いたりするのも楽しそうですし、また憧れでもあります。いつか私もあんな風に・・・?
それに関しては本当に「Only time will tell」ですね(笑)


今日の一曲: コリン・マシューズ 「冥王星」、+α



ホルストの有名な「惑星」。
この曲は火星・金星・水星・木星・土星・天王星・海王星の7楽章から成り立っています。
作曲年が1914~1916年ということもあり、(そしてこの曲が天文学ではなく占星学をイメージしていることもあり)1930年に発見された冥王星はこの組曲に入っていません。
(占星術にはちなみに冥王星を含むようにしたものもあれば、そうでないものもあります)

それでホルストの専門家、コリン・マシューズによって書かれたのがこの「冥王星」。
元の最終楽章である海王星の後に演奏されるように書かれています。
ホルストの惑星にはそれぞれ火星=戦をもたらす者、木星=喜びをもたらす者などと副題が付いていますが、マシューズは冥王星に「再生する者」と名付けています。ある意味、こう・・・「回帰」的な感じで。

この曲が「惑星」の一部としてふさわしいかはもう個人の意見なのですが、曲としては(イギリスのオケ音楽としては)それはそれでなかなか素晴らしいものだと私は思います。
チェレスタのパートも美味しいですし(笑)、ちょっと海王星から繋がっているような宇宙的な雰囲気、そして海王星からどれだけ冥王星が天文学的に離れているか、同時に冥王星という「惑星」がいかに異世界かというものが感じられます。

この「冥王星」がホルストの「惑星」とともに収録されているCDはサイモン・ラトル(Sir Simon Rattleですね)が指揮なんですが、彼はこのwikipediaの記事によると惑星に関連した、でも組曲「惑星」の一部ではなく4つの曲の作曲を委託した、という話で。
その4曲が:
1)小惑星4179:トータティス(カイヤ・サーリアホ)
2)オシリスに向かって(マティアス・ピンチャー)
3)ケレス(マーク=アンソニー・タネジ)
4)コマロフの墜落(ブレット・ディーン)
なんですが。
ブレット・ディーンはオーストラリアと縁の深い作曲家なので興味津々なのもありますが、あえてこの曲達を今日選んだのはこのニュースが入ったから♪
オシリス?!あのオシリス!?と思ってついつい舞い上がってしまいました。

「惑星」を一通りマスターしたと思った方、そしてイギリスの現代音楽に興味がある方、そして天文学好きな方には特にオススメの一枚です。


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