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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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A pianist is not always alone
ピアニスト・・・といえば一人のリサイタルや、他の奏者の伴奏、そしてコンチェルトなどでのソリストとしての立場が目立ちます。
何にしても一人で弾くことが多いピアニストは多少美化して言えば孤高の存在みたいなところがあります。
でもチャイコフスキー以降の作曲家はオーケストラにチェレスタのパートを書いたりしてるときもありますし、ショスタコーヴィチ以降ではピアノのパートを書いたりしているときもあって、オーケストラの一員として弾くときもありますし、なによりも室内楽の重要な一員となることも多いです。

室内楽に関してはエントリーを書きましたが、そこでも言った・・・ようなきがします・・・がピアノはいつも室内楽に用いられるものではありません。
むしろ現実問題昨日言ったようにいろんなイベントとかで弾いてお金を稼ぐんだったらピアノなしのグループの方がピアノがなくても演奏できるので演奏機会が多く、さらに演奏会を開く場所にも自由がきき結果経済的でもあります。

ただ単純に音の数・音楽の複雑さで言うとピアノがあったほうが断然そういうものに富んでいますし、特に中低音の楽器は伴奏以外のパートも回ってきやすいのでチェロを弾いていた身としては大変都合がいいです。

ピアノが入る室内楽にはいろいろ種類があります。
定番はピアノ三重奏(ピアノ+バイオリン+チェロ)やその変形のピアノ+バイオリン+クラリネット、ピアノ+バイオリン+ホルン、さらにピアノ+フルート+バイオリン、ピアノ+オーボエ+ファゴットなど。
ピアノ四重奏だとピアノ+バイオリン+ビオラ+チェロ。
ピアノ五重奏だとピアノ+バイオリン2台+ビオラ+チェロ。
他にもピアノ+木管五重奏(フルート+オーボエ+クラリネット+ホルン+ファゴット)などあって。
いろいろな楽器を伴奏するだけあってピアノはさまざまな楽器と組み合わせやすいです。

弦楽四重奏とピアノ三重奏の配置を比べた場合、弦楽四重奏が結構近く弧を描いて座っているのに対しピアノ三重奏は二人の弦楽器が前に座って、ちょっと離れたところにピアノ・・・という印象です。
ピアノは(とくにコンサートで使う長いコンサートグランドピアノは)楽器自体が大きいのでどうしても座るのに他の奏者と離れてしまいます。
特にピアノ五重奏では配置的にも音的にもピアノ+弦楽四重奏という形になっているので・・・気持ちさびしかったような印象もあります。

室内楽の音楽においてピアニストは必ずしも主導権があるわけではありませんが(それはもう曲と曲の部分によりけりです)、でもパートが他の楽器に比べて著しく複雑なのでいろいろと他のメンバーが合わせてくれることもあり、さらに弾いていて他の楽器を自然と引っ張る形になります。
いろいろ細かいところを管理して音楽を動かすマネージャーのような存在でしょうか。

先ほども言いましたようにピアノを含んだアンサンブルにはいろいろなものがあります。
例えばフルートとバイオリン、そしてバイオリンとホルンなど組み合わせてもなかなか音の溶け合いなどの意味でなかなか音楽が成り立ちにくいものもあります。
そこにピアノが入ると音色だけでなく音を増やすことで音楽的仲介みたいな役割を果たしたり。

そしてそのピアノが他のメンバーと地理的に離れている・・・のに加えてピアニストの楽譜は(ピアニストのみ!)スコアとなっていて他のパートも記されているので、音楽を総括的に、一歩はなれた状態で見ているという見方もできます。
なのでざっくり言えばピアノは室内楽においてのツッコミ・・・と私は思ってます。
実際淡くそういう感じになっちゃうんですよね。まとめ役で、グループの中に入るとどっちかというと常識人になっちゃって、なにかとわちゃわちゃする音楽家の集まりのなかでどうもなんかツッコミといえるような役割に自然と回ってしまう・・・という仮説ですがそれでもはっきりした役割ではないので実例とかは出せません。あしからず。

ピアノはそれ1つでも重厚なハーモニーも、複雑な多数のメロディーやリズムの絡み・組み合わせもできてしまい、自立した・・・ある意味自給自足の楽器です。たまに音楽家の間でお高くとまってると思われます。(笑)
一人で演奏するのも、一人で練習するのも慣れっこです。
でも・・・たまには他の楽器と弾きたくなるんですよね。寂しいから、というよりは(私はそれもたまにありますが)他の楽器と弾くことで得られるもの、それでしか経験できない音楽体験があり。
それがピアノ+1人であろうが、5人であろうが、はたまたもっと大きいアンサンブルであろうが、ピアニストにとって他の音楽家とタッグを組んで音 楽における社会性を学んだりすることも大切ですし・・・
なんといっても思い出作りにはなかなかいいです♪

個人的にピアノ四重奏での負担の負い具合はちょうどいいと思います。
前も言いましたが結構ラクなんですよね。ちゃんとみんなで分け合ってる感があり。
この世界は四角形中心の世界ですが音楽でも弦楽四重奏やピアノ四重奏などはやっぱり安定しているようです。

ただ・・・今日の一曲ではピアノ五重奏を紹介したいと思います。どうぞ。


今日の一曲: ヨハネス・ブラームス ピアノ五重奏曲 第3楽章



ブラームス嫌いのとある友人でさえも数あるさまざまなピアノ五重奏曲の中で最高だと認める名曲です。
実を言うと第4楽章が今日にかぎらずツボだったのですがなんか本の結末を話しているときに似たうしろめたさがあったのでその次にツボのこちら。

ピアノ五重奏、というのはピアノ+弦みたいな構成になっていて。特にこの五重奏はピアノ+弦→ピアノ=ピアノ2台のためにアレンジがされてます(by作曲者)。ピアノ2台でオケ曲を弾くこともあることを考えるとピアノ五重奏はオーケストラに匹敵できるアンサンブルである、というわけです。

まあ難しいことはなしで(もう遅い!?)、とりあえずまずこの楽章を聴いてほしいです。クラシック音楽にあまり親しみのない人はむしろこの五重奏曲は頭からでなくこの楽章から聴いてほしいですね。
なんとなーく楽器の役割と絡みについて把握するにはうってつけです。

なかなかチェロがいい味だしてますね。
チェロはアンサンブルの最低音、ベース担当と思われがちですがこの曲ではそのベースラインパートしての究極の気の利いたパート、そしてその役割を超えたチェロとしての生き生きしてる音楽創りが聴けます。
特に中間部でピアノだけでもいいようなところをチェロの最低音で支えることによってどんなに安心感がアップするか!(きっと弾いててもピアニスト安心しますよ~味わってみたいです!)
あとチェロは冒頭の低音のピチカート(弦を指ではじく)がまるで心臓の鼓動の音のよう。ブラームスは本当に「生きている」「Biological」な音楽が得意ですねえ。

私個人的にはブラームスはジャズハーモニーと映画音楽のルーツだと思っていて。この曲のクライマックスあたりのハーモニーなんかずいぶんjazzyで好きです♪(ジャズより数倍重厚な構造ですが)
なので特に私の紹介するクラシックのなかではブラームスの音楽は何らかの意味で比較的親しみが広く感じられる音楽だと思います。

ブラームスの音楽の魅力・・・を話し始めるときりがなさそうですが、とりあえずクラシックorブラームス入門の方も、すでに知っている方も、百文は一聴にしかずなので(何でもそうですが)とりあえず聴いてもらえると嬉しいです。

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オーストラリアとその音楽
突然ですが、自分にとって音楽はいろいろな別の分野に開く窓・・・みたいな存在でもあります。
例えば国の文化や歴史を理解するのに音楽を参照しながら理解を深めたり、音楽がきっかけとなってそういうものに興味を持ったりすることが多いです。
もちろんそれだけでは理解の幅も限られてしまうので、そこから広げる別の努力をしなければいけませんが。

オーストラリアという国の一側面も音楽と照らし合わせて考えると面白いです。

そもそもオーストラリアという国はイギリスからの流刑囚によって作られた国です。
いきなり余談ですが流刑囚といっても単にイギリスの収容所・監獄にもう人が入らなくなったからという理由なので、罪の重さはまちまちで。ついでにイギリスのそういう制度もあまりなってなかったらしいですね。
むしろ流刑になったほうがイギリスに普通に暮らすよりもいい暮らしができたと評判だったとか。
ただ始めたのは流刑囚ですがその後オーストラリアの大半がそういった人でなくさまざまな国からの移民によって占められるようになったので今私の年齢くらいの人だと先祖に流刑囚は1人いるかいないか、がほとんどらしいですね。

とにもかくにも、オーストラリアの白人の文化はイギリスから来たといって自然でしょう。
実際オーストラリアで初めて作曲家として有名になったパーシー・グレンジャーの音楽はまさにイギリスから来たオーストラリアの文化を表しています。
代表作は「カントリー・ガーデン」や「デリー地方のアイルランド民謡」など。タイトルでもわかるようにイギリスを題材にしたり、イギリスの民謡などを使った曲が多いです。

ただ国としてオーストラリアがイギリスとは違う道を歩み始めると、自然と国のアイデンティティを見直すようになりました。それは先住民の文化を見直すということも含まれ。
芸術は社会をあらわすので、音楽でももちろんそういう動きはあって、ピーター・スカルソープという作曲家がオーストラリアの音楽はヨーロッパ的でなく、もっと別のところに近しい源がある、というようなことを解いて。
彼なりの答えは、オーストラリアの音楽的アイデンティティはアジアと近いものだ、というもので。「太陽の音楽」(I~IV)や「日本の音楽」はそんな彼の思想を表しています。
スカルソープは他にもオーストラリアの伝統楽器ディジェリドゥーをオーケストラとともに用いたり、オーストラリアの自然を題材とした曲を多く書いています。

オーストラリアの先住民、アボリジニは東南アジアの諸民族と同じルーツの民族だったと言われていますので、アジアも東南アジアならたしかにルーツは近いのでは、と思います。
そして歴史的に考えて同じくイギリスの植民地から国になったアメリカともかなり音楽的に似ているところは多いと思います。
本当に直感的な所見なのですが、イギリスの音楽はものすごくノスタルジックな性格をしています。そしてそれとは対照的にアメリカの音楽は前に前に、という性格をしていて、これはスカルソープ以降のオーストラリアの音楽にもある程度いえること。

ただそれだけではオーストラリアの音楽、というものは説明がつかないような気がします。
今やオーストラリアには著名な作曲家が何人もいます。
ロス・エドワーズ、カール・ヴァイン、Graeme Koehne、Matthew Hindsonなどなど・・・それに加えて自分が知っている作曲家たちや作曲家の音楽をよくよく考えてみると、ぼんやりとした印象がだんだん固まってきました。

それは・・・オーストラリアの音楽は何よりもリズムを重視する、ということです。
私の知っているオーストラリアの曲のどれもがメロディーの美しさでは他の国に劣っているけれど、それでも魅力で劣っていないのはリズムの魅力とパワーが大変強いから、という印象を持っています。

一番わかりやすい例を挙げれば、先ほどの伝統楽器ディジェリドゥー。
基本あまりピッチに自由が利かないディジェリドゥーは、音色をアクセントなどで変えるリズムで音楽を作り出しています。

そういう風に考えるとむしろオーストラリアの音楽は意外とアフリカの音楽に近いところもあるのではないか、という気がします。アフリカから文化的に影響を多く受けているはずのアメリカよりもずっとその傾向は強く。
ただこれは純粋に音楽的な面からいったもので、他の歴史や文化的側面から見たらどうかわからないんですけど・・・

もちろんオーストラリアには他の文化の影響もありますし、まだまだこれから変わっていくことも多いと思いますが、こうやって音楽で考えただけでもこの国の文化は面白いなーと思います。
自分はメロディーよりもずっとリズムに惹かれる人間なので、このリズム文化がオーストラリアの音楽で大きく発展していくことを願っています。

今日の一曲の前に主なオーストラリアの作曲家とその代表作(というか個人的なお勧め)を一曲ずつリストしていきたいと思います。
(表記は英語で統一させていただきます。あしからず。)

Percy Grainger - Country Garden
Peter Sculthorpe - Sun Music III
Peggy Glanville-Hicks - Harp Sonata
Carl Vine  - Piano Concerto
Ross Edwards - Violin Concerto  "Maninyas"
Graeme Koehne - Elevator Music
Matthew Hindson - Speed
Michael Kieran Harvey - Pink Nautilus

最後の作曲家は知り合いなんですが入れさせてもらいました(笑)
他にもKeith Humble, Bruce Rowland, Nigel Westlake, Malcolm Williamson, Barry Conynghamなどの作曲家がいます。
いろいろ見てみると知らない作曲家もいっぱいいますし、知ってる作曲家も知らない作品がたくさんあるので・・・これからもどんどん聴いていかなくちゃ、と思います。


今日の一曲: Matthew Hindson 「Speed」

視聴はこちら

なんというか・・・いい曲、よりも自分が紹介したい曲、で選ばせてもらいました。
Hindsonは今もばりばり現役のシドニーの作曲家。モダンなシティな感じの曲を書く人です。
そんな中この「Speed」はなんとオーケストラでテクノをやっちゃおう!・・・というテンションかはしりませんがとにかくそういう曲です。
テクノと言えばやっぱりリズム。さまざまなリズムパターンを繰り返しその繰り返しによってどんどんテンションがあがっていく弾いてると不思議と楽しい曲です。聴いていてもやっぱりテンションあがりっぱなし。これもリズムのなせる業ですね。

実は私昔この曲をオーストラリア中のユースオケが集まったコンサートで460人のオーケストラで弾いた経験があります。若い人が弾くには文化的にもテンション的にもぴったりです。
ただそのときはLiteバージョンだったので短めのバージョン。フルバージョンは16分の長丁場です!

その16分の間で気づくことが少々。
トロンボーンとドラムキットが尋常ない頻度で演奏している!
ドラムキットは役割上本当にしょうがないとして、ちょっとトロンボーンが気になります。
本来トロンボーンはあんまり弾かないのですが(ざっくり)、それはやはり体力を消耗する楽器だと言うこともあり。なのでこの曲の16分間ぶっつづけとはいかなくてもかなり続けて弾いているのはちょっと不思議と言うか心配と言うか。
特に第1、第2トロンボーンは最初から聞こえるスライドを交互に延々と弾いていたりして。大丈夫?死んでない?と思ったところ曲のもう一番最後のクライマックスでとんでもないものが待ってます。
最後の方で不可能ともいえるほど難しいリズムパターンを大音量で一人ずつやらかさなくちゃいけなく、それでクライマックスにフルオーケストラで持っていくという・・・
スコアで確認したんですがここら辺はいかにも即興に聞こえるのにちゃんと一音一音スコアに作曲家が書いているんです!これは地獄だ!
体力自慢の体育会系トロンボーン奏者でぜひ最後までパワフルな演奏を聞きたいものです(私の持ってる演奏ももう奇跡的に最後までパワフルです)

あともう1つ私の心を捉えて離さない箇所は、中間部いろんな楽器がソロを奏でるスローなセクションであるハープのソロ。
「えー!?こんな曲でこんなハープのソロが!」と思いますが本当にあの喧騒(失礼、でもいわゆるクラブみたいな雰囲気の曲ですからね、そういう意図で)の間にこんな透明な心洗われるハープのソロがあるなんて、まるでオアシスのようで。
場違いのようながら、かなりいい味出してます。

名曲、というのとは違うかもしれませんが、本当にエキサイティングで、どこか今の社会の一側面を強くあらわすなかなか興味深い曲です。Rave、ダンス、クラブ、ドラッグみたいな文化を(ポピュラー文化にはとんとうとくてごめんなさい)
オーケストラでそういうものを味わってみるのもまた一興ですね。

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pieces, pieces
ピアノ歴もうすぐ20年、チェロは9年くらい?なんらかのオーケストラにいたのは11年くらい・・・とちょっと自慢から始まってしまって済みませんが、これだけそういう活動をしていると複数回同じ曲を弾く、ということは珍しくありません。
ピアノに関しては特に思い入れの強い曲、または見直してみたい曲は(特に最近も)あんまりためらいなく何回も弾いたりしてるので(スクリャービンの練習曲op42-5が極端な例ですね。16歳の時から2年に一回は戻ってきてるような気がします)、オーケストラで何回か弾いた曲についてまずは少し話したいです。
(まずは、というのはどれだけあるか今の時点でわからないので。)

ピョートル・チャイコフスキー 交響曲第5番 (4回!)
なんで4回も弾いてるんでしょうね、これ?本当に小さいころから聞いてきた曲なのでもはや何回弾こうが聴こうが関係ないんですけど(それゆえに弾いた記憶が薄い)、1回3楽章を抜かして弾いているのをあわせて4回ユースオケ関係で弾いてます(それもピアノ系パートがないので全部チェロで)。
そこそこいいですし、よく知られているメロディーもありますし聞きやすいポピュラーな曲なんですが・・・
弾くほうとしては第1楽章と、あとホルン奏者なら第2楽章以外そんなにたくさん弾いても面白くない曲なので(笑)

レイフ・ヴォーン=ウィリアムス トマス・タリスの主題による幻想曲 (3回)
英語圏ではかなりポピュラーなこの曲、フルのオケではなく弦楽だけなのと尋常じゃなく感動的な曲なのでよく弾かれますね。
確かこれがヴォーン=ウィリアムスの音楽に触れた初めてだったのと、そのときはチェロセクションのみの練習が多かったので最初はとっつきがたい曲だった思い出があります。もしかしたらビオラという楽器を意識しはじめたのもこの曲が初めてだったかも?(中間部のビオラソロはもう文句なしに美しいですものね)
この曲はそれぞれの楽器がいくつかのパートに分かれてるので多分毎回違うパートを弾いてます(座ってる場所で決まるので)。でも学校でもまだリーダーじゃないときだったからチェロのソロのパートは結局弾いたことがありませんでした。

ピョートル・チャイコフスキー 白鳥の湖 (2.5回)
バレエ全曲をバレエとして(つまりは踊りありで)2回弾いて(しかも演奏としては昼と夕の二回公演だった覚えが)、そして抜粋をコンサートで弾いたことがあります。
結構いい曲もありますが(第2幕のパ・ドゥ・ドゥのチェロのソロなんかかっこいいですね~♪)「情景」関係の曲が多少退屈なので2回目はさすがにぐったりしましたが。踊りを見るならそれくらい楽勝で見れるんだけどなあ・・・

イーゴリ・ストラヴィンスキー ペトルーシュカ (2回)
これは一回目はチェロで、二回目はチェレスタで弾きました。チェレスタパートあるんですよ。最初の手回しオルガンのところでちょこっとオーケストラのほかの楽器とは別のメロディーを奏でてます♪
でもやっぱりピアノで弾きたかった。そりゃあピアノパートはコンチェルト並に難しいですけどこれ以上自分はコンチェルトを弾くことに大学では近づけなかった気がするんですよ。がんばれば弾けたんじゃないかと思うんですけど・・・
それにしてもチェロの最初のエントリー(開始10秒くらい?)って地味にかなり難しいです。あそこらへんの真ん中のドの上のシ(これが最初の音)とかラ#とかソ#とか音程とりにくくて大っ嫌いなんですよね(苦笑)

曲的・思い出的にめぼしいのはこれくらいですかね。実を言うと「もう一回出会えてよかった!」と再会を心から喜べて新しく取り組むことができた曲は本当に少なそう。
基本的に音楽も一期一会。いろんな形で出会い、同じ曲でも違うオケ、違う指揮者、違うコンサートのセッティングにて出会って、毎回新しく学ぶことがあり。
そんな出会いをできたオケという場所がとても懐かしく思えます。

それはもう名残惜しくて。
もう一回弾きたかった、こんな曲も弾いてみたかったっていうのもあります。

<もう一回弾きたかった曲ベスト5>
1)オットリーノ・レスピーギ ローマの松
ちょうど心が音楽から離れている時期にやったのでどうも心が入っていなくて悔むこといっぱいです。すばらしい曲で、うまく書かれて、ピアノのパートも素晴らしいので本当にもったいなかったなあ・・・
2)セルゲイ・ラフマニノフ 交響曲第2番
コンチェルトのほうは2回弾きましたが。でもこの曲は本当に本当に素晴らしくて、聞くだけでも満足できますがその音楽の真っ只中に居たい、という気持ちが今でもあります。
3)バルトーク・ベーラ 管弦楽のための協奏曲
バルトーク全体なんだか弾き足りないような気がします。たしかにそんなには弾いてないんですけど。あんな計算&エネルギーは他のどの作曲家も代わりになりませんから。
4)ドミトリ・ショスタコーヴィチ 交響曲第5番
チェロパートもすごいいいんですけどピアノ&チェレスタパートが弾きたかった!ただただそれだけです!
5)セルゲイ・ラフマニノフ 「鐘」
チェレスタパートの最高峰といっても過言じゃないですし、いろんな意味でチャレンジだった思いもあり・・・前よりももっと上手く弾きたいという気持ちが強い曲です。
(他にも惑星、マ・メール・ロワ、マーラー5番、春の祭典など・・・)

<弾きたかったけど弾いてない曲ベスト5>
1)ピョートル・チャイコフスキー 交響曲第6番
5番は4回も弾いてるのになんで6番は一回も弾いていないんだろう。こっちのほうが名曲で、いかにもユースオケやなんかの若い人の集まりで弾くような曲なのに。
2)グスタフ・マーラー 交響曲第6番
チェレスタ弾きとしても、マーラー好きとしてもはずせませんもの。でも本当にめったに弾かれないですね、みんなにとって難しいから。
3)ベンジャミン・ブリテン 戦争レクイエム
これもまためったに弾かれない・・・ただ単に好きで、目立たないけどピアノのパートがあるのがちょうどいいですね。
4)オットリーノ・レスピーギ 「鳥」
マイナーなチェレスタ名曲。最終楽章のソロで死ぬほど緊張しながら弾いてみたい♪
5)オリヴィエ・メシアン トゥーランガリラ交響曲
やっぱりメシアン弾きとしてはここにたどりつきたいんですけど・・・たとえ今ピアノを続けてたとしてもなかなか弾く機会は一生にあるかないかだよなあ・・・

本当はもっとメジャーどころも結構弾いてないもたーんとあるんですが(笑)たとえば新世界とか、ベートーベンとか結構弾いてないんですよ。でも・・・でもメジャーどころは弾かなくてもいいか、って気にもなっちゃって。

ここまでたくさん曲を出しといて今日の一曲には悩みましたが結局・・・


今日の一曲: レイフ・ヴォーン=ウィリアムス トマス・タリスの主題による幻想曲



感動的・・・という言葉で片付けちゃあいけないような気がひしひしする曲ですね。
ヴォーン=ウィリアムスの得意な(というか英国音楽には自然に存在している)懐かしさという情の一番繊細なところにその見事な弦の音とメロディーとハーモニーをすべて駆動して訴えてきますね。

弦楽器って人間の声と一緒で個々の楽器の音の差が大きいので合唱で感じるような感動が味わえます。
ただ声よりもずっと音域も広いし、もっと複雑な動きができて。
そういうところをあまねく使った感がものすごくある曲です。

そしてものすごい・・・自由な感じも好きです。
中間部に現れるビオラのソロは他のヴォーン=ウィリアムスの曲と同じに聞こえますが(CDの他の曲参照)、でもどこで聞いてもこのフリーな感じが、鳥が大空を飛び回るような、即興が混じったような感じが好きで好きで。

個人的なツボはさまざまな箇所での副メロディー、そして再現部でのバイオリンソロとヴィオラソロのまるで許されない恋をしてるかのような秘めた激情と最高の繊細さ(言い過ぎ?ドラマ化すぎ?)を持ち合わせた絡みが好きです。
この曲では実際に泣いたことがありますが泣き所多すぎです。

ちなみに上に貼ってあるCD、ヴォーン=ウィリアムスの最高傑作を集めたような曲が詰まっていて、しかも演奏しているアンサンブルもエクセレントなのでぜひこの録音でお勧めです。

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シュミットホフに捧ぐ・・・
今日は少しメンタルヘルスを交えて音楽のことを話したいと思います。
特に今日触れるエリア、自殺についてはいろいろ思うこともありながらものすごく繊細なエリアでもあり、まだまだ未熟な私は勉強することもたくさんあり、表現の仕方も考えなくちゃいけないので・・・
なのでとりあえずワンクッション、というほどでもありませんが自殺が悪いとか間違っているとかそうでないとかそういうのを一度取っ払ってもらってそれに関連した音楽の話を、というのが今日の試みです。

ロシア、いえソヴィエトの有名な音楽家、セルゲイ・プロコフィエフ。
若いころはモダニズムの新生児としてぶいぶいいわせてたらしいです(笑)
そんな中彼を襲った悲劇が・・・親友の死。
その親友の名はMaximilian Schmidthof。(発音がわからないので英語発音カタカナで表記させてもらいます)
1913年4月、彼はこんな手紙をプロコフィエフに遺してピストルで自身を撃ち殺しました。
「セリョージャ(「セルゲイ」の愛称形)へ 僕は最新のニュースを伝えるためにこの手紙を書いている・・・僕は自分を撃ち殺した。そんなに取り乱すことなく、むしろ無関心で受け止めてくれ。実際それ以上の価値はないんだから。さよなら。マックス 理由は重要ではない。」
まあ私の訳の下手なこと・・・ではなくてシュミットホフがどういう人物で、プロコフィエフとどういった関係で、どういった経緯で自殺にいたったのかはわかりません。
ただ自殺した理由は彼の言うように重要ではないとは思えませんがね。重要じゃない理由で生という本能を乗り越えることは不可能に近いような気がします。
一見そっけない遺書の中にはプロコフィエフを彼なりに気遣う様子が見られるような。「理由は重要ではない」とあとで足したところもきっとプロコフィエフのことを思ってなのかも?
遺書についてはいろいろまだ勉強しなくちゃいけないことばかりなので詳しいことはえらそうにいえませんが。

プロコフィエフがどう彼の死を受け止めたかは伝えられていませんが、彼はシュミットホフのために4つの曲を捧げています。
それまでに書き終えてあったピアノソナタ第2番と第4番(第4番はまだ聴いたことがありません!聴きたいです!)、書いている途中であっただろうピアノ協奏曲第2番、そして作品番号12「10の小品」から「アルマンド」の4曲です。
このうち第2番と第4番はすでに書きあがってたので別として、協奏曲とアルマンドに軽く焦点を当ててみたいと思います。

プロコフィエフがシュミットホフの死をどう受け止めたか、というのは個人的にものすごく気になるところで。ただ文ではヒントは残されていないためそれなら音楽で探ろうじゃないかと大学在学中に思ったわけで・・・

まずはすでに知っていた協奏曲のほう。
何回か自分は「死臭のする音楽」が好きだ、そういうものに惹かれるといいましたがこれも死に関わっていると知らずに好きになった曲の一つ。
この協奏曲は一度火事で原稿が燃えて、後に書き直されたというのできっとプロコフィエフも思い入れが深いんでしょう。(でもだから最初に書いた当時の気持ちが表現されている、というわけではないんですよね)
数あるピアノ協奏曲の中で際立って難しく、暗く、重く、痛々しい曲。ほかのいろいろな協奏曲となにか別世界にあるような・・・技巧の難しさもそれを見せびらかすというよりは表現したいものを表現するのに必要(そしてまだまだ足りない)、みたいな・・・ピアノ協奏曲だけれど焦点はピアノでもオーケストラでもなくどこか得体の知れない別のところみたいな気もします。

第一楽章の長い長いカデンツァはまるで死ぬほどの苦しみにのたうちまわるモノローグのよう。そして第三楽章は本当に生身の人間にこんなものが書けるのか、という何かをひどく逸したような作風。
苦しみの表現がストレートで、本当にプロコフィエフはすごい表現力だなあ・・・と思いながらこれは「何の苦しみ」なのか、といつも思いをめぐらせます。
若くして親友を自殺によりなくした苦しみか、それとも自殺した友人の身になって表現した苦しみか・・・後者はやっぱり当事者としてはそんな余裕もないし実際難しそうですが、でもこの曲を聴いて直感的に「死の淵」みたいなものを感じるので(個人的な直感的な感覚ですが)・・・

この演奏時間50分ほどもする協奏曲のどこを書いているときにその事件が起こったかというのはもちろんわかりません。
そしてアルマンドについても1913年作曲となっているのでシュミットホフの自殺を受けて書いたか、というのはもちろんわかるはずもなく(ただ「10の小品」は一曲一曲が彼の友人に捧げられているので自殺がなくとももともとシュミットホフに一曲捧げられるはずだったとは思います)

ただ協奏曲の第3楽章とアルマンドはどうも似通っていて。
深読みしすぎかもしれませんが第3楽章の「間奏曲」というフォーマットも引っかかっていて。
そっちは難しいんでとりあえずアルマンドを弾いてみようと大学在学中に初めて、最近またはじめましたが・・・
アルマンドもちなみに古の舞曲とは似てもつかず、というところもまた引っかかり。
重い歩みのリズムと暗い曲風、似たようなパッセージもいくつかありますし、クライマックスあたりもどことなーく似てるような。

弾いてるとアルマンドはシュミットホフの死後に書かれたような気がひしひしします。第1楽章のカデンツァの苦しみとはちょっと違うような、どこか変なところが麻痺してるような・・・
そうなると第3楽章も?ということなんですが。
うーん。
ただショスタコーヴィチの場合特にそうですけど小編成のintimateな曲ほど個人的な感情が表現される傾向があったりなのでアルマンドは大きなヒントになるかも?

今アルマンドを弾いていて本当にどう弾くべきか迷ってるんです。
重い歩みにはどこか機械的なところがあって・・・こめられている苦しみという感情と理論的に構成された機械的な性格の間で今のところ煮え切らない中途半端な感じで。
やっぱり自殺により友を亡くした苦しみと、彼が遺した「無関心で受け止め」るようにその苦しみを心のそこに無理やり押しやって心を機械にするはざまの迷い・・・みたいなところがあるんでしょうか。
そのバランスをセクションによって変えたりしていって感情の盛り上げを作ったりするのでしょうか。

アルマンドは決して技巧的にも音楽的にも難しい曲ではないけれど、私にとっては自殺する人と遺された人の思いになにかヒントを与えてくれるような曲でもありますし。いくら問いかけてもはっきりした答えはくれないけれど、苦しみの感情がものすごく訴えかけてきて。なにかそういう知恵の輪のような感じがして。
協奏曲に手が届くかはわかりませんが、私が「シュミットホフ曲集」と勝手に呼んでるこの曲たちには音楽としても、メンタルヘルス関係としてもずっと取り組んでいけたらな、と思います。


今日の一曲: セルゲイ・プロコフィエフ 10の小品 op.12より「アルマンド」



Naxosはあんまり好きではないんですが、この曲はこのCDが一番でした。
まあそれはあくまで「自分がしっくりくる解釈の演奏」なので玄人さんは好みが分かれてもおかしくはないですが。

プロコフィエフは結構破天荒なことをしたり、カオスだったり、激情を表現したりしますがそれでもベースはかなりロジカル。
全部全部計算済み、でもそれをあんまり感じさせないところがすごいです。
(ただ練習していると実際音を理論的に捕らえますけどね)

そんな理路整然としたところがアルマンドにもあり。
苦しみは存分に表現されているのに、さきほども言ったように機械的で。
そんな二面性が強烈な印象を与えます。

その二面性を私も操れるようになりたいですわー。

拍手[3回]

室内楽のなにがし
一人でソロを弾くのも、大人数でわいわいオケをやるのも楽しいですが、室内楽もなかなかたのしいですよ。

室内楽、それは少人数で音楽を作ること。
(余談ですが室内楽といっても屋外で弾くこともよくありますね。とくに結婚式なんかで弦楽四重奏などを手配する人も多く、大学生はそれで一部お金を稼いだりするらしいです。たまに海風吹く桟橋とかで弾かされるらしくて楽器やら楽譜やら傷むやら飛ぶやらで大変らしいです)

一番ポピュラーなのはバイオリン2人+ビオラ+チェロの弦楽四重奏とピアノ+バイオリン+チェロのピアノ三重奏ですかね。
他にもいろいろありますがWikipediaのこのページがずっと詳しいです。
探せばいろんなコンビネーションがありますが、いい曲があるとは限りません。

あと「バイオリン・ソナタ」とか言われるものも室内楽扱いするものも多くあります。ピアノとそのソロの楽器が対等な関係なら室内楽、っていう感じでしょうかね。
ブラームスとかのソナタは「伴奏」していると室内楽してる感じに近いです。

私が一番好きなのは前日話しましたピアノ四重奏。三重奏だと3人ソリストがいてそれぞれの負担が大きいですし、五重奏だとピアノ+弦楽四重奏と二つに分かれてまう。ですがピアノ四重奏だとみんなががっちり対等にしっかり組み合った感じでいいんですよ♪それにビオラの音があると厚みが違いますし、音楽や音の複雑さも変わってきます。

今一番弾きたいのはブラームスのピアノ四重奏第3番。
第1番が有名なんですけど第3番が個人的にしっくりきますし心に近いです。
そしてブラームスにしては技巧的に無理が少ないですしね。

リハーサルとか楽しいですよ。みんなでわいわい弾いたりあーだこーだ言ったり、たまにさぼりぎみだったり。
でも4人も集まるとなかなかスケジュール調整が難しくて、本当は週1でリハーサルしたいのになかなか・・・ってこともあります。

あと室内楽って少人数で音楽を創り合うのでものすごく個人的な感情のぶつかりあいなので、室内楽でメンバーの仲が悪くなったり、けんかになったりなんてこともよくあるそうです(大学での室内楽担当の先生談)。

私が友達とブラームスのホルン三重奏をやっていたとき大学のホルンの先生のコネでかの有名なホルン奏者バリー・タックウェルにチュートリアルを受けたとき、バリーが言うにはそのブラームスのホルン三重奏をアシュケナージとパールマンとやっているとき何もかもがうまくいかなくてみんないらいらして、どこもぴったり合うところがなくて、ぴったりだったのは第3楽章のオープニングだけ(ただそこはピアノが一人で弾いているというオチです(笑))、という話を聞きました。
室内楽は人と人、心と心がかなり密接に関わりあう音楽活動なんだなあ、と実感。

室内楽のいろんな種類によりその関係性もさまざまです。
私がすごいと思うのは木管五重奏ですね。
フルートは金属製で息を直接管に吹き込む楽器、オーボエは小さな二枚のリードを震わせる木の楽器、クラリネットはリード一枚の木の楽器、ホルンは金属製で唇を震わせることで音をだす楽器、そしてファゴットは大きめのリード二枚を使って音を出す木の塊のような楽器。
全部の楽器がそれぞれ違った仕組みの楽器で(オーボエとファゴットは音の出し方では親戚ですが)、音の質ももちろんぜんぜん違って。
なのに一緒に吹くと音楽としてしっかり成り立つんですよ。
みんなが好きなことをやっているようで個人主義のようだけれど、アンサンブルとしてしっかり一体化してて。
不思議で不思議で。

私がいま執筆しているオケストーリーの箇所でも「室内楽をやるといいわよ」的なことが言われてるんですけど本当にそうですよ。同じ音楽家同士触れ合うのに最高の形だと思います。
ストーリーでもいろいろ室内楽で人間関係をいろいろ表したりできたらなーとも思います。


今日の一曲: ヨハネス・ブラームス ピアノ四重奏曲第3番 第1楽章


ブラームスが彼の最初の交響曲を書くときに「ベートーベンの第9を超えなければ意味がない」といって21年費やしたのは有名な話ですが、その同じ21年間にこの曲は書かれ、しかも同じハ短調という調なんです。
(まあ21年といってもただ単に偶然で、その間未完成で放っておかれてたらしいです。)

なんでもブラームスはゲーテの「若きウェルテルの悩み」の一シーンを参考にしたとかで。この第1楽章のオープニングはウェルテルが頭にピストルを構えるところを想定しているらしく、ピアノの最初の音はまるで悲しい銃声のよう。

ブラームスのシリアスで重厚でシリアスな性格と、子守唄やワルツに見られるような母性本能的な部分と、ベートーベンの後継者として一番に名が挙がるのがわかるような激しい悲劇的な音楽性がみんな詰まってます。
そして私がブラームスで一番好きなエレメント、すさまじいまでの内向的さもこの曲は(どの楽章でも)強いです。

ブラームスって案外でも計算的なんですよね。
たとえばこの楽章で言うとクライマックスにかけてビオラがバイオリンのメロディーを追っかける部分があるんですけど、フレーズごとにバイオリンとビオラの距離を縮めていったり。
で、クライマックスから下るところと、最初のテーマの回帰をオーバーラップしてみたり。
そういう彼なりの考えのプロセスが見えるのもなんとなく作曲家に親しみを覚えますね。

そしてビオラの使い方がうまい。
サポートとしてのビオラ(でも結構目立ってます!)はもう文句なし。ピアニスト視点からしてもこういうパートだとビオラにいてもらって心強いです。

ブラームスはいいやつです。師シューマンが精神の病に倒れた後も彼の妻クララにプラトニックな思いを抱き続いたことでも見られる内向的な性格、最初の交響曲に21年費やしたまじめで努力家な面・・・そんなブラームスがみんなこの曲には詰まっています。
普通に音楽を聴くにも本当にはずれのない作曲家で、人間的で心にものすごく近い音楽を書いていつだって(夏は多少暑いですが)聴く人の心をしっかり抱きとめてくれます。
本当はエントリーのメインでしっかりじっくり語っても(今度やりたいですね)彼の魅力については語り足りないけれど・・・

なので知らない人も知っている人もぜひともヨハネス・ブラームスをよろしくお願いします。

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