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音楽は世界共通の言語だというまあ真偽色々ある説がありますが、でも音楽はいろんな外国語に触れ合う機会となるものだと思います。
私が聞いた話で一番好きなのはドイツ語を話せない音楽愛好者がドイツに旅行に行ってレストランで「Die Forelle!」といったらシューベルトのその名の曲のとおり「鱒」が出てきたという話です。
とりあえず基本から:だいたいの場合楽譜に書いてあるallegroとかdal segnoとかそういう言葉はイタリア語です。
あとイタリア語はイタリアのオペラでも使われてますね。
次に多いのはドイツ語。
これは3大Bをはじめとする様々な偉大なドイツ・オーストリア出身の作曲家がバロックから現代まで活躍してますし、あとドイツとオーストリアもオペラ、歌曲などの歌詞が入った曲が多く書かれてます。なんたってシューベルト(オーストリア)がその31年の生涯で少なくとも500は歌曲を書いてるのが大きいです。
あとドイツは文学もその長い時期においてさかんなので歌曲を書く詞にもきっと溢れてたんでしょうね。
3番目はラテン語。
これはレクイエムを含むミサ曲がラテン語で書かれているので多分3番かなーと。
レクイエムは形式(もとの言葉を含め)が決まってるのでいろんな作曲家で同じ歌詞が使われています。
そしてラテン語音楽のもう1つが今日の一曲で紹介したことのある「カルミナ・ブラーナ」です。あれはほとんどラテン語で一部古代ドイツ語で書かれているとか。
その次はフランス語。
これは歌曲などでの詞もありますが、器楽曲でもフランスの作曲家はタイトル、そして速度の指示などに全てフランス語を使うという傾向があったのと、そういう時にただ「速く」とか書くんじゃなくてなんかもっと長い何かを書いてくるんです。ドビュッシー、サティ、そしてメシアンの楽譜にこれは良く見られますね。メシアンは自分で前書きとか全部フランス語で書いたりもします。
英語ももちろんあります。
イギリス・アメリカ・オーストラリアはもちろん英語圏ですし、イギリス生まれの詩や劇を基にいろいろな曲が作られてます。
余談ですがエドガー・アラン・ポーの「鐘」を詞としたラフマニノフの「鐘」は原文の元の言語・英語で演奏される場合とラフマニノフが元として使用したロシア語の訳で歌われる場合とどっちもあります。確かに原文は英語ですけど音楽がもろロシアなので個人的にロシア語版の詞のほうが音楽に合う気がします。
あとはマイノリティになるでしょうか。ロシア語(歌曲など)、スペイン語(歌曲、スペインの器楽曲、そしてアメリカ人ですがクラムの声楽曲はほとんどロルカの詞なので)、チェコ語(ドヴォルザークの「ラサルカ」が代表的です)、ハンガリー語(バルトークとリゲティの楽曲が主かな)、ポーランド語(個人的にはシマノフスキの器楽曲のタイトルで見たのみ)、ポルトガル語(ヴィラ=ロボス)、ギリシャ語(クセナキス)、イディッシュ語(ユダヤ関係)くらいですかね、お目にかかったことがあるのは。
こういう風に触れ合うようになると(特に合唱曲のリハーサルでオーケストラにいると)だんだん単語を覚えてきたりするんですよね。ただほとんどランダムに覚わるみたいですけど(笑)
たとえばリゲティのおかげでハンガリー語で「3」(Harom)っていうのを覚えたり、「カルミナ・ブラーナ」から三人称の「飲む」(bibit) っていうのを覚えたり。
でもハンガリー語が一番難しいですわー・・・メジャーどころの言語と共通点が極端に少なくて。
イタリア語やドイツ語だったら音的にも聞き取りやすいしなにかと生活になじんだ言葉がいっぱいでてくるんですけど(それの最たる例がさっきの「鱒」ですね)・・・
フランス音楽専攻の私はフランス語で書いたものが少し読めてもフランス語という言語の性質のため聞いてもわからない、発音が分からない、しかもフランス音楽にでてくるフランス語ってホント使えないですよ(笑)
メシアンにおいてはだいたい鳥と聖書関連ですから。
でもこうやって音楽を通じて覚えるのもまた言語を習得する方法であり、言語とその文化に触れ合ういい方法でもあると思うんですよ。
なんたって歌うのは楽しいですし。メロディーは歌えても歌詞がわからなかったり、あと私の場合母音と子音半分づつぐらいわかってるのでなんとなく歌いをするんですがそれよりも歌詞がわかってた方が楽しい!
うまく書かれてる曲はちゃんと歌詞の意味と音楽がぴったり合うように書いてますしね。
ああ、フランス語だけはいつか私はちゃんとしようかなあ・・・(遠い目)
今日の一曲: ベンジャミン・ブリテン 「戦争レクイエム」より「One Ever Hangs (Agnus Dei」
出しましたねー。歌曲というカテゴリーではないけれど私の一番好きな歌曲です。
ブリテンって結構暗く激しい曲を書きます。偉大なチェリスト、ロストロポーヴィチを通じてショスタコーヴィチと親交があった(すごいコネだなあ)んですけどショスタコと似た暗さ&激しさをもって。
その暗さ&激しさ、そして第1次世界大戦に散ったウィルフレッド・オーウェンというイギリスの詩人の詩を使い戦争の悲惨さを強く激しく訴える曲を書いた、それがこの曲。
(オーウェンの詩もいいですよ。こんど紹介します。(めもめも))
戦争のむなしさを伝える詩と、現代戦争の破壊を表すような、そしてたまには皮肉も存分に満ちた音楽の真っ只中にこのOne Ever Hangsがオアシスのように配置されているんです。
戦争が悲惨だ、というよりも「大きな愛」を歌う英語の詞をテノールソロが歌い、「神の羊(Agnus Dei」のラテン語の歌詞を合唱が歌います。(このレクイエム自体が多層構造になってるんですがそれは長くなるのでまた今度)
その合唱の声がまたものすごくふんわりしていて。5拍子の揺れるリズムでふわふわと上に行ったり、下に行ったり。
極め付きはでもテノールソロです。そこそこ高い音域でまるで天使のように、「大きな愛」に悟った人のように静かに、やわらかく、やさしく。
もともとブリテンのテノールのための曲ってみんな彼のミューズであり生涯のパートナー(オープンにゲイなんです)であったピーター・ピアーズのために書かれてます。彼の声は一部からは「色のない声」なんて揶揄されているけれど高音がもう透明で、むしろ白は全部の色が混ざったというような感じの豊かな白い声で。
まさに天使の歌声なんですよ。なのでこの曲を聴くときは上にもリンク張りましたがピーター・ピアーズの歌声でぜひ。
そして最後にテノールが歌う1フレーズが本当に圧巻です。
元のレクイエムのテキストには入っていないけれど、合唱の羽毛クッションの上にラテン語でこの一言:
「Dona nobis pacem...」
我らに平和を与えたまえ、という意味です。
この天国に消え入るような美しい歌声・・・本当にたまらないです。
この後の世界の破滅がくるのが分かっててもこないでほしいと願いたくなるくらい・・・
(ぶちこわしですみませんがカラオケでこれ歌いたいです。入ってないでしょうが。ちょうど音域がいい感じなんですよねー)
私が聞いた話で一番好きなのはドイツ語を話せない音楽愛好者がドイツに旅行に行ってレストランで「Die Forelle!」といったらシューベルトのその名の曲のとおり「鱒」が出てきたという話です。
とりあえず基本から:だいたいの場合楽譜に書いてあるallegroとかdal segnoとかそういう言葉はイタリア語です。
あとイタリア語はイタリアのオペラでも使われてますね。
次に多いのはドイツ語。
これは3大Bをはじめとする様々な偉大なドイツ・オーストリア出身の作曲家がバロックから現代まで活躍してますし、あとドイツとオーストリアもオペラ、歌曲などの歌詞が入った曲が多く書かれてます。なんたってシューベルト(オーストリア)がその31年の生涯で少なくとも500は歌曲を書いてるのが大きいです。
あとドイツは文学もその長い時期においてさかんなので歌曲を書く詞にもきっと溢れてたんでしょうね。
3番目はラテン語。
これはレクイエムを含むミサ曲がラテン語で書かれているので多分3番かなーと。
レクイエムは形式(もとの言葉を含め)が決まってるのでいろんな作曲家で同じ歌詞が使われています。
そしてラテン語音楽のもう1つが今日の一曲で紹介したことのある「カルミナ・ブラーナ」です。あれはほとんどラテン語で一部古代ドイツ語で書かれているとか。
その次はフランス語。
これは歌曲などでの詞もありますが、器楽曲でもフランスの作曲家はタイトル、そして速度の指示などに全てフランス語を使うという傾向があったのと、そういう時にただ「速く」とか書くんじゃなくてなんかもっと長い何かを書いてくるんです。ドビュッシー、サティ、そしてメシアンの楽譜にこれは良く見られますね。メシアンは自分で前書きとか全部フランス語で書いたりもします。
英語ももちろんあります。
イギリス・アメリカ・オーストラリアはもちろん英語圏ですし、イギリス生まれの詩や劇を基にいろいろな曲が作られてます。
余談ですがエドガー・アラン・ポーの「鐘」を詞としたラフマニノフの「鐘」は原文の元の言語・英語で演奏される場合とラフマニノフが元として使用したロシア語の訳で歌われる場合とどっちもあります。確かに原文は英語ですけど音楽がもろロシアなので個人的にロシア語版の詞のほうが音楽に合う気がします。
あとはマイノリティになるでしょうか。ロシア語(歌曲など)、スペイン語(歌曲、スペインの器楽曲、そしてアメリカ人ですがクラムの声楽曲はほとんどロルカの詞なので)、チェコ語(ドヴォルザークの「ラサルカ」が代表的です)、ハンガリー語(バルトークとリゲティの楽曲が主かな)、ポーランド語(個人的にはシマノフスキの器楽曲のタイトルで見たのみ)、ポルトガル語(ヴィラ=ロボス)、ギリシャ語(クセナキス)、イディッシュ語(ユダヤ関係)くらいですかね、お目にかかったことがあるのは。
こういう風に触れ合うようになると(特に合唱曲のリハーサルでオーケストラにいると)だんだん単語を覚えてきたりするんですよね。ただほとんどランダムに覚わるみたいですけど(笑)
たとえばリゲティのおかげでハンガリー語で「3」(Harom)っていうのを覚えたり、「カルミナ・ブラーナ」から三人称の「飲む」(bibit) っていうのを覚えたり。
でもハンガリー語が一番難しいですわー・・・メジャーどころの言語と共通点が極端に少なくて。
イタリア語やドイツ語だったら音的にも聞き取りやすいしなにかと生活になじんだ言葉がいっぱいでてくるんですけど(それの最たる例がさっきの「鱒」ですね)・・・
フランス音楽専攻の私はフランス語で書いたものが少し読めてもフランス語という言語の性質のため聞いてもわからない、発音が分からない、しかもフランス音楽にでてくるフランス語ってホント使えないですよ(笑)
メシアンにおいてはだいたい鳥と聖書関連ですから。
でもこうやって音楽を通じて覚えるのもまた言語を習得する方法であり、言語とその文化に触れ合ういい方法でもあると思うんですよ。
なんたって歌うのは楽しいですし。メロディーは歌えても歌詞がわからなかったり、あと私の場合母音と子音半分づつぐらいわかってるのでなんとなく歌いをするんですがそれよりも歌詞がわかってた方が楽しい!
うまく書かれてる曲はちゃんと歌詞の意味と音楽がぴったり合うように書いてますしね。
ああ、フランス語だけはいつか私はちゃんとしようかなあ・・・(遠い目)
今日の一曲: ベンジャミン・ブリテン 「戦争レクイエム」より「One Ever Hangs (Agnus Dei」
出しましたねー。歌曲というカテゴリーではないけれど私の一番好きな歌曲です。
ブリテンって結構暗く激しい曲を書きます。偉大なチェリスト、ロストロポーヴィチを通じてショスタコーヴィチと親交があった(すごいコネだなあ)んですけどショスタコと似た暗さ&激しさをもって。
その暗さ&激しさ、そして第1次世界大戦に散ったウィルフレッド・オーウェンというイギリスの詩人の詩を使い戦争の悲惨さを強く激しく訴える曲を書いた、それがこの曲。
(オーウェンの詩もいいですよ。こんど紹介します。(めもめも))
戦争のむなしさを伝える詩と、現代戦争の破壊を表すような、そしてたまには皮肉も存分に満ちた音楽の真っ只中にこのOne Ever Hangsがオアシスのように配置されているんです。
戦争が悲惨だ、というよりも「大きな愛」を歌う英語の詞をテノールソロが歌い、「神の羊(Agnus Dei」のラテン語の歌詞を合唱が歌います。(このレクイエム自体が多層構造になってるんですがそれは長くなるのでまた今度)
その合唱の声がまたものすごくふんわりしていて。5拍子の揺れるリズムでふわふわと上に行ったり、下に行ったり。
極め付きはでもテノールソロです。そこそこ高い音域でまるで天使のように、「大きな愛」に悟った人のように静かに、やわらかく、やさしく。
もともとブリテンのテノールのための曲ってみんな彼のミューズであり生涯のパートナー(オープンにゲイなんです)であったピーター・ピアーズのために書かれてます。彼の声は一部からは「色のない声」なんて揶揄されているけれど高音がもう透明で、むしろ白は全部の色が混ざったというような感じの豊かな白い声で。
まさに天使の歌声なんですよ。なのでこの曲を聴くときは上にもリンク張りましたがピーター・ピアーズの歌声でぜひ。
そして最後にテノールが歌う1フレーズが本当に圧巻です。
元のレクイエムのテキストには入っていないけれど、合唱の羽毛クッションの上にラテン語でこの一言:
「Dona nobis pacem...」
我らに平和を与えたまえ、という意味です。
この天国に消え入るような美しい歌声・・・本当にたまらないです。
この後の世界の破滅がくるのが分かっててもこないでほしいと願いたくなるくらい・・・
(ぶちこわしですみませんがカラオケでこれ歌いたいです。入ってないでしょうが。ちょうど音域がいい感じなんですよねー)
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昨日のそうそうたる自分の好きな作曲家の中に忘れてはならない人がひとり抜けてました!
それは・・・ラヴェル!あーごめんなさい(誰にか分からないんですけど)
でもラヴェルの音楽は難しいんですよねー・・・親友でもありそうだし恋人でもおかしくなさそうだし・・・はたまた自分、といっても(多少怒られそうですが)自分にぴったり合ってるようで・・・
ものすごく近くて。全部まっさらになった自然体で居れて。頭も心もいい感じに動くしなんといってもいつ弾いても聴いても間違いない、という・・・計算もエキゾチックも色彩もみんな。
母が読んだ本で文系=ドビュッシー、理系=ラヴェルって感じのことが書いてあったらしいですがそれでいうと母と私はやっぱり理系ですねー。断然ラヴェル派ですからねー。ちなみにうちの先生はドビュッシー派みたい。実際の学歴も文系のコースだったからやっぱりそうなのかも。
それでは後ほどまた。
それは・・・ラヴェル!あーごめんなさい(誰にか分からないんですけど)
でもラヴェルの音楽は難しいんですよねー・・・親友でもありそうだし恋人でもおかしくなさそうだし・・・はたまた自分、といっても(多少怒られそうですが)自分にぴったり合ってるようで・・・
ものすごく近くて。全部まっさらになった自然体で居れて。頭も心もいい感じに動くしなんといってもいつ弾いても聴いても間違いない、という・・・計算もエキゾチックも色彩もみんな。
母が読んだ本で文系=ドビュッシー、理系=ラヴェルって感じのことが書いてあったらしいですがそれでいうと母と私はやっぱり理系ですねー。断然ラヴェル派ですからねー。ちなみにうちの先生はドビュッシー派みたい。実際の学歴も文系のコースだったからやっぱりそうなのかも。
それでは後ほどまた。
音楽家誰にでも得意や不得意、好きな作曲家や嫌いな作曲家・・・特別な関係を持つ音楽があるみたいです。
それに出会えるかは弾いたり聴いたり人間的に変わっていったりしていくなかでの時の運もあり・・・
大学時代のバイオリン弾きの先輩でバルトークの名手だった人がいました。ものすごく激しいエネルギーと計算された緻密さを併せ持つバルトークの音楽を自分のものとしていることが今でもうらやましく思えます。
メシアンはある意味音楽が奏者を選ぶみたいなところはあるみたいで・・・
メシアンは駄目な人(私も昔はこのカテゴリー)、聴くのは好きだけど弾こうとは思わない人・・・そんな人が多い中メシアンを選んで弾く人はたいていメシアンを十八番としている人。
私にとってメシアンの音楽は大学でやっとめぐり合った運命の人。こんなに音楽と合うもんだと、理屈での納得もさながらもっと直感的な一致をこれほど感じたことはありませんでした。
他の誰の音楽を習得するよりもメシアンは習得の脳にもぴったりマッチしているのかピアノをそれほど頻繁に弾かなくなった今でも習得の速さは(現代音楽であるということ、そこそこ複雑な音楽であるということを考えると不思議なほど)格段に早いです。
メシアンの音楽が私の恋人ならショスタコーヴィチの音楽は私にとって幼馴染の大親友です。
本当に記憶にあるずっと前からずっと聴いてきて、早い時期の記憶にも残っていて・・・音楽を本格的にやろうと思ったきっかけでもあり、あまり弾くことは比較的少ない作曲家ながらも楽しいとき、辛いとき、一緒にずっと歩んできたような気がします。
弾くのはちょっと勝手が違ってあんまり得意ではないんですが・・・曲想などはものすごく自分に近く親しく感じます。
大学で出会ったクラムの音楽は悪友でしょうか。やりたいことが不思議と一致して、弾くときは何よりも楽しく、ちょっといけないことしてるなあという感じとこのフリーダムが本当にすがすがしくて。音楽にとらわれることも、音楽が私を縛ることもなく思いついたらそれやってみよう!みたいなノリで。
いろんなことを実験したり、探検してみたり、自分が音楽のルールや規則から外れて自分個人でいられる存在でした。
そして今でも付き合いのある学生時代のよき友人がブラームスやラフマニノフの音楽。
たまに弾くと昔のように親しく楽しく、決して忘れちゃいけないサポートです。(実際今付き合いのある友達は小中高校時代の友達ばっかりですしね)
いつだって会ってくれて、そしていつだって普段の生活で忘れがちな何かを補充してくれます。
ストラヴィンスキーやバルトーク、マーラーの音楽はむしろ家族に近いかもしれません。
偉大で大切で自分とずっと一緒にいて・・・気心が知れているようだけれど本当は知らないこともいっぱいある、みたいな。
なんでしょうね、音楽ってものすごく自分に近くて親しくて・・・ただの音楽、じゃないんですよ。上記のようになんか人にも似た「存在」みたいな存在でもあるんです。自分の一部でもあり、まったく別の何かでもあり・・・
こんな感じで一生音楽と付き合っていければ、と願っています。
今日の一曲: ベラ・バルトーク 「舞踏組曲」
(失礼しました、現地語だとバルトーク・ベーラですね)
これもまた昔から覚えてる曲です。インパクトはとにかく強い。
今日ちょうどルーマニアの音楽(エネスクなど)とハンガリー音楽の違いから文化の違いを理解する試みをやっていたんですが・・・もともと歴史もスタンスも違う2国、隣とはいえいろいろ違うんですね。
ルーマニアはどっちかというとメロディー重視、ハンガリーはリズムが強烈(なのでどちらかというと粗暴なイメージもあります)。
この曲もハンガリーを代表する作曲家、そして何よりもリズムがすごいバルトークの「舞踏」曲とあってその独特で強烈なリズムが目立ちます。
けれどこの曲の中にはルーマニアやアラブの音楽もうまく引用されていてその両者のエキゾチックな雰囲気も魅力的です。
ものすごく勢いがあって、リズムや楽器使いで盛り上げるのがうまくて。特に第2曲のトロンボーンのスライドは幼児時代の私の脳裏にも鮮やかに焼きついたほどです。
そしてこういう曲を聴いていると余談になりますがハンガリーの元の騎馬民族・フン族はやっぱりボロディンが音楽で描く騎馬民族「韃靼人」とつながっていて、やっぱり匈奴につながっているんじゃないかなーと思います。
第3曲を聴く際はその東ヨーロッパから西アジアつながる平原やアラビアの砂漠を駆けまわる騎馬民族に思いを馳せてみてはいかがですか?
それに出会えるかは弾いたり聴いたり人間的に変わっていったりしていくなかでの時の運もあり・・・
大学時代のバイオリン弾きの先輩でバルトークの名手だった人がいました。ものすごく激しいエネルギーと計算された緻密さを併せ持つバルトークの音楽を自分のものとしていることが今でもうらやましく思えます。
メシアンはある意味音楽が奏者を選ぶみたいなところはあるみたいで・・・
メシアンは駄目な人(私も昔はこのカテゴリー)、聴くのは好きだけど弾こうとは思わない人・・・そんな人が多い中メシアンを選んで弾く人はたいていメシアンを十八番としている人。
私にとってメシアンの音楽は大学でやっとめぐり合った運命の人。こんなに音楽と合うもんだと、理屈での納得もさながらもっと直感的な一致をこれほど感じたことはありませんでした。
他の誰の音楽を習得するよりもメシアンは習得の脳にもぴったりマッチしているのかピアノをそれほど頻繁に弾かなくなった今でも習得の速さは(現代音楽であるということ、そこそこ複雑な音楽であるということを考えると不思議なほど)格段に早いです。
メシアンの音楽が私の恋人ならショスタコーヴィチの音楽は私にとって幼馴染の大親友です。
本当に記憶にあるずっと前からずっと聴いてきて、早い時期の記憶にも残っていて・・・音楽を本格的にやろうと思ったきっかけでもあり、あまり弾くことは比較的少ない作曲家ながらも楽しいとき、辛いとき、一緒にずっと歩んできたような気がします。
弾くのはちょっと勝手が違ってあんまり得意ではないんですが・・・曲想などはものすごく自分に近く親しく感じます。
大学で出会ったクラムの音楽は悪友でしょうか。やりたいことが不思議と一致して、弾くときは何よりも楽しく、ちょっといけないことしてるなあという感じとこのフリーダムが本当にすがすがしくて。音楽にとらわれることも、音楽が私を縛ることもなく思いついたらそれやってみよう!みたいなノリで。
いろんなことを実験したり、探検してみたり、自分が音楽のルールや規則から外れて自分個人でいられる存在でした。
そして今でも付き合いのある学生時代のよき友人がブラームスやラフマニノフの音楽。
たまに弾くと昔のように親しく楽しく、決して忘れちゃいけないサポートです。(実際今付き合いのある友達は小中高校時代の友達ばっかりですしね)
いつだって会ってくれて、そしていつだって普段の生活で忘れがちな何かを補充してくれます。
ストラヴィンスキーやバルトーク、マーラーの音楽はむしろ家族に近いかもしれません。
偉大で大切で自分とずっと一緒にいて・・・気心が知れているようだけれど本当は知らないこともいっぱいある、みたいな。
なんでしょうね、音楽ってものすごく自分に近くて親しくて・・・ただの音楽、じゃないんですよ。上記のようになんか人にも似た「存在」みたいな存在でもあるんです。自分の一部でもあり、まったく別の何かでもあり・・・
こんな感じで一生音楽と付き合っていければ、と願っています。
今日の一曲: ベラ・バルトーク 「舞踏組曲」
(失礼しました、現地語だとバルトーク・ベーラですね)
これもまた昔から覚えてる曲です。インパクトはとにかく強い。
今日ちょうどルーマニアの音楽(エネスクなど)とハンガリー音楽の違いから文化の違いを理解する試みをやっていたんですが・・・もともと歴史もスタンスも違う2国、隣とはいえいろいろ違うんですね。
ルーマニアはどっちかというとメロディー重視、ハンガリーはリズムが強烈(なのでどちらかというと粗暴なイメージもあります)。
この曲もハンガリーを代表する作曲家、そして何よりもリズムがすごいバルトークの「舞踏」曲とあってその独特で強烈なリズムが目立ちます。
けれどこの曲の中にはルーマニアやアラブの音楽もうまく引用されていてその両者のエキゾチックな雰囲気も魅力的です。
ものすごく勢いがあって、リズムや楽器使いで盛り上げるのがうまくて。特に第2曲のトロンボーンのスライドは幼児時代の私の脳裏にも鮮やかに焼きついたほどです。
そしてこういう曲を聴いていると余談になりますがハンガリーの元の騎馬民族・フン族はやっぱりボロディンが音楽で描く騎馬民族「韃靼人」とつながっていて、やっぱり匈奴につながっているんじゃないかなーと思います。
第3曲を聴く際はその東ヨーロッパから西アジアつながる平原やアラビアの砂漠を駆けまわる騎馬民族に思いを馳せてみてはいかがですか?
今日はちょっと一人仕事で残業だったので脳が疲れてます・・・
今創作の第6章'sがあとひとつで終わりそうなのでもどかしいですが・・・
(そうそう、私は創作ではひとつのことに絞ることが苦手なので(詰まったときなにもできませんから)今は4~5つ同時に進行してます。昔よりもそれで続くようになりました)
好きなものの幅は広い、と癖のように言う私ですが苦手なものも結構あります。
食べ物に関してはたいていの場合自分が何が苦手か把握していない・忘れている部分もある(ただバナナとマヨネーズは常時苦手です)のですが、音楽は結構把握してるみたいです。
作曲家で言えばワーグナー・グリーグ・シューマンの3人が確定でしょうね。
ワーグナーは・・・もう人柄いやなんですもん。エピソードを見つければ見つけるごとに、そして音楽を聴けば聴くごとに嫌いが増します。megalomanicなところとか、反ユダヤなところとか、ほとんど音楽がつまらなくて無駄に肥大してるところとか・・・すべてが嫌いですね。エゴが音楽に染み出てて(染み出てるどころじゃないです。でもそれはワーグナーだけじゃありません)。
唯一の例外は・・・指輪サイクルの「ワルキューレの騎行」ですね。あれは吹いてる金管奏者が楽しそうなんでついついそっちに感情移入してしまって。トロンボーンとかテューバの人ってよくあれ弾いてるんですもん。楽しそうに。
あとクリエイターとしてはワーグナーは本当にすごいと思います。指輪サイクルの構成とか詳細をよーく見るとああいう創作ってあこがれるんですけど・・・それ以外はだめです。
グリーグは・・・自分でもよくわからないんですけどグリーグのピアノ協奏曲を弾いたはずなのにまったく記憶が残ってないことからきっと始まったんだと思います。脳がそんなに思い出したくないのか、と判断してしまったのでは・・・
ただ「ホルベアの時代から」の「アリア」は本当に美しくて古風で好きです。
シューマンは高校卒業するまで習ってた先生によく弾かされてたんですがなんか知らないけど馬が合わないみたいで。なんでしょうね。シューマンも双極性障害らしいのでそころのところちょっと通じ合えるかな、と思ったんですけど何年たってもだめです。
同じドイツの作曲家でシューマンの弟子だったブラームスの音楽とは親密ですがねー。
シューマンで唯一好きだなーと思った曲は「4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュテュック」ですかね。お察しのとおり4本のホルンがつぼなんです(笑)
ということで今日の一曲は:
今日の一曲: ロベルト・シューマン 「4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュテュック」
ホルンが!かっこいいんですよー!(笑)
やっぱりホルンって4人そろって一緒に吹くのが一番なような気もしますし(キーワードは調和・ハーモニーです)・・・4本のホルンが音を合わせてハーモニーを奏でたり、競うように吹いたりするのがなんといってもほほえましいですしかっこよく、そして輝いてると思います。
ホルンの音量・音質・性格・そして管楽器の間では多分トップクラスの音域の広さを有意義に、そしてフルに使い書かれたこの曲。
一番好きなポイントは2楽章でチェロのソロが入るところですね。しっとりしてるスロー楽章の美しさもそうですがチェロとホルンって似たもの同士なようで違う、とっても性格的にも音色的にも合う不思議なコンビ(これはまた延々と別の機会に語りたいです♪)なので・・・
私が言葉を費やして語るよりもずっとホルンという楽器の魅力を伝えてくれる、その音色と曲想で心をリフレッシュしてください♪
ちなみに創作オケ1では普段のホルンセクションがAll girlsなのでこの曲を弾くとソロがみんな女の子♪想像しただけでかっこいいです~
(覚書:ホルンとチェロの不思議な関係、そして別々に楽器の魅力や性格などを話したいです)
今創作の第6章'sがあとひとつで終わりそうなのでもどかしいですが・・・
(そうそう、私は創作ではひとつのことに絞ることが苦手なので(詰まったときなにもできませんから)今は4~5つ同時に進行してます。昔よりもそれで続くようになりました)
好きなものの幅は広い、と癖のように言う私ですが苦手なものも結構あります。
食べ物に関してはたいていの場合自分が何が苦手か把握していない・忘れている部分もある(ただバナナとマヨネーズは常時苦手です)のですが、音楽は結構把握してるみたいです。
作曲家で言えばワーグナー・グリーグ・シューマンの3人が確定でしょうね。
ワーグナーは・・・もう人柄いやなんですもん。エピソードを見つければ見つけるごとに、そして音楽を聴けば聴くごとに嫌いが増します。megalomanicなところとか、反ユダヤなところとか、ほとんど音楽がつまらなくて無駄に肥大してるところとか・・・すべてが嫌いですね。エゴが音楽に染み出てて(染み出てるどころじゃないです。でもそれはワーグナーだけじゃありません)。
唯一の例外は・・・指輪サイクルの「ワルキューレの騎行」ですね。あれは吹いてる金管奏者が楽しそうなんでついついそっちに感情移入してしまって。トロンボーンとかテューバの人ってよくあれ弾いてるんですもん。楽しそうに。
あとクリエイターとしてはワーグナーは本当にすごいと思います。指輪サイクルの構成とか詳細をよーく見るとああいう創作ってあこがれるんですけど・・・それ以外はだめです。
グリーグは・・・自分でもよくわからないんですけどグリーグのピアノ協奏曲を弾いたはずなのにまったく記憶が残ってないことからきっと始まったんだと思います。脳がそんなに思い出したくないのか、と判断してしまったのでは・・・
ただ「ホルベアの時代から」の「アリア」は本当に美しくて古風で好きです。
シューマンは高校卒業するまで習ってた先生によく弾かされてたんですがなんか知らないけど馬が合わないみたいで。なんでしょうね。シューマンも双極性障害らしいのでそころのところちょっと通じ合えるかな、と思ったんですけど何年たってもだめです。
同じドイツの作曲家でシューマンの弟子だったブラームスの音楽とは親密ですがねー。
シューマンで唯一好きだなーと思った曲は「4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュテュック」ですかね。お察しのとおり4本のホルンがつぼなんです(笑)
ということで今日の一曲は:
今日の一曲: ロベルト・シューマン 「4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュテュック」
ホルンが!かっこいいんですよー!(笑)
やっぱりホルンって4人そろって一緒に吹くのが一番なような気もしますし(キーワードは調和・ハーモニーです)・・・4本のホルンが音を合わせてハーモニーを奏でたり、競うように吹いたりするのがなんといってもほほえましいですしかっこよく、そして輝いてると思います。
ホルンの音量・音質・性格・そして管楽器の間では多分トップクラスの音域の広さを有意義に、そしてフルに使い書かれたこの曲。
一番好きなポイントは2楽章でチェロのソロが入るところですね。しっとりしてるスロー楽章の美しさもそうですがチェロとホルンって似たもの同士なようで違う、とっても性格的にも音色的にも合う不思議なコンビ(これはまた延々と別の機会に語りたいです♪)なので・・・
私が言葉を費やして語るよりもずっとホルンという楽器の魅力を伝えてくれる、その音色と曲想で心をリフレッシュしてください♪
ちなみに創作オケ1では普段のホルンセクションがAll girlsなのでこの曲を弾くとソロがみんな女の子♪想像しただけでかっこいいです~
(覚書:ホルンとチェロの不思議な関係、そして別々に楽器の魅力や性格などを話したいです)
週末に練習作戦、いまのところなんとか順調です。
1時間半~2時間は短いように感じますがいまのところ3曲以上練習するキャパシティがないので・・・
そのうちもっと、と思ってます。
ピアノを弾いてきてそうこう19年ですが、自分と音楽との関わりはもっと長いです。
父と母が大学のブラスバンドでトランペットとホルンをそれぞれ吹いていて、そこがまず始まりだったんでしょうね。二人ともクラシック音楽が好きで、同じオケにいたこともあったり、ワーグナーの「ジークフリートの葬送行進曲」に関してはそれぞれ一冊ずつ勉強したスコアが残ってて。
ちなみに私は一歳のころはオケのリハーサルにつれてかれて泣いたそうですが。でも音楽にいろいろ囲まれていたのは確かです。
特に前話したように父は結構現代音楽とかも聞く人だったのでそういう顔をしかめる人が多いような曲も普通に聴いていました。
芥川也寸志さん(芥川龍之介の息子で作曲家だった人です)が小さいころ父のストラヴィンスキーのレコードをたくさん聴いて育ったものだから後に「月光」などを聴いてやけに単純な音楽だなと思ったといった話、実は私もものすごく共感します。
このころから覚えている曲のリスト:
ハチャトゥリアン「ガイーヌ」から「剣の舞」、ストラヴィンスキー「春の祭典」「火の鳥」、ムソルグスキー「展覧会の絵」、バルトーク「管弦楽のための協奏曲」、ファリャ「恋は魔術師」から「火祭りの踊り」、マーラー交響曲第1番、ラヴェル「逝ける王女のためのパヴァーヌ」など。
初めて音楽に感動したのは9~10歳のとき。それまでは好き嫌いはあるもののどちらかというと受動的に音楽を経験していましたがやっぱり年齢的にもなにかに目覚める時期なんでしょうね。
何に落ちたかと言いますとホルストの「惑星」からの「木星」です。ある日夕食のときに音楽をかけようということになって。ちょうど太陽系にはまってた時期だったからかもしれませんね。
例の「Jupiter」(平原綾香さんのあれの元ネタ)のメロディーにやられましたね。後にこれがイギリス音楽の典型的なすばらしい中間部の一つだということを知りましたが。
そのあと火星の禍々しさと5拍子のリズムに惚れ、そうしてどんどんクラシック音楽にはまっていきました。
次の転機は14歳のとき。メルボルンのユースオケのサマーキャンプでショスタコーヴィチの交響曲第11番の一部分を弾いたとき。これでオーケストラで弾くことのすばらしさ、ショスタコーヴィチの音楽のすごさをがつんと感じまして。それで音楽をメインでやろうかなーと思いました。
同時期にラフマニノフの前奏曲「鐘」でピアノにも味を占めまして。音楽の持つパワーを本格的に操りたいと思った時期でした。
そして大学2年生。それまでピアノで弾くにはメシアンを避けてきた私が先生の「日本の音楽も弾いたらどうか」という言葉で武満徹の音楽を半分不本意に弾くようになったことから、そこから逆流してメシアンの音楽にはまるようになり(武満はメシアンの影響を受けています)。それからマイナーな感じの20世紀の曲を極めるようになりました。
今はそのころほど音楽に打ち込んではいませんが音楽を愛し、そのパワーを操りたいと思う気持ちは同じだと思っています。これからも音楽を職業としなくとも何らかの形で音楽と親しく付き合って生きたいと思います。
音楽の力をなんらかに使えないかも考えながら・・・
今日の一曲: グスタフ・ホルスト 「惑星」より「木星」
先ほどのとおり私が心打たれ音楽に惹かれるようになったきっかけの一曲です。
この「惑星」、天文学ではなく占星術的、神話的なイメージで書かれていて扱われている惑星それぞれに副題がつけられています。木星は「喜びをもたらす者」。
きらきら輝く、明るく活発でおおらかなオープニングに心奪われ、そして中間部の例のメロディーでやられますね。
イギリスのそういうマーチとかの中間部のメロディーってイギリス人じゃなくても愛国的(愛イギリス的)な気持ちに、胸を手に当てて声をそろえて歌いたくなりますよ。弾いてても本当に心がみんなひとつになるようで。
底抜けに明るくておおらかでポジティブな木星ですが、これを好きと思っても嫌いと思ってもぜひ他の惑星も聞いてほしいです。
クラシック初心者からマニアックな玄人まで幅広い人々にさまざまな層で楽しんでもらえる曲集なのでぜひぜひお勧めしている「惑星」ですが、ただ聞き流すにもよしな曲も、とりあえず聴いてみるにいい曲も、ちょっとつっこんで分析してみてもいい曲もそろってますし、惑星それぞれいろいろな性格をしてますので気分や欲求によって合った曲がきっとあると思います。
でも他の惑星の話はまた別の機会に。
1時間半~2時間は短いように感じますがいまのところ3曲以上練習するキャパシティがないので・・・
そのうちもっと、と思ってます。
ピアノを弾いてきてそうこう19年ですが、自分と音楽との関わりはもっと長いです。
父と母が大学のブラスバンドでトランペットとホルンをそれぞれ吹いていて、そこがまず始まりだったんでしょうね。二人ともクラシック音楽が好きで、同じオケにいたこともあったり、ワーグナーの「ジークフリートの葬送行進曲」に関してはそれぞれ一冊ずつ勉強したスコアが残ってて。
ちなみに私は一歳のころはオケのリハーサルにつれてかれて泣いたそうですが。でも音楽にいろいろ囲まれていたのは確かです。
特に前話したように父は結構現代音楽とかも聞く人だったのでそういう顔をしかめる人が多いような曲も普通に聴いていました。
芥川也寸志さん(芥川龍之介の息子で作曲家だった人です)が小さいころ父のストラヴィンスキーのレコードをたくさん聴いて育ったものだから後に「月光」などを聴いてやけに単純な音楽だなと思ったといった話、実は私もものすごく共感します。
このころから覚えている曲のリスト:
ハチャトゥリアン「ガイーヌ」から「剣の舞」、ストラヴィンスキー「春の祭典」「火の鳥」、ムソルグスキー「展覧会の絵」、バルトーク「管弦楽のための協奏曲」、ファリャ「恋は魔術師」から「火祭りの踊り」、マーラー交響曲第1番、ラヴェル「逝ける王女のためのパヴァーヌ」など。
初めて音楽に感動したのは9~10歳のとき。それまでは好き嫌いはあるもののどちらかというと受動的に音楽を経験していましたがやっぱり年齢的にもなにかに目覚める時期なんでしょうね。
何に落ちたかと言いますとホルストの「惑星」からの「木星」です。ある日夕食のときに音楽をかけようということになって。ちょうど太陽系にはまってた時期だったからかもしれませんね。
例の「Jupiter」(平原綾香さんのあれの元ネタ)のメロディーにやられましたね。後にこれがイギリス音楽の典型的なすばらしい中間部の一つだということを知りましたが。
そのあと火星の禍々しさと5拍子のリズムに惚れ、そうしてどんどんクラシック音楽にはまっていきました。
次の転機は14歳のとき。メルボルンのユースオケのサマーキャンプでショスタコーヴィチの交響曲第11番の一部分を弾いたとき。これでオーケストラで弾くことのすばらしさ、ショスタコーヴィチの音楽のすごさをがつんと感じまして。それで音楽をメインでやろうかなーと思いました。
同時期にラフマニノフの前奏曲「鐘」でピアノにも味を占めまして。音楽の持つパワーを本格的に操りたいと思った時期でした。
そして大学2年生。それまでピアノで弾くにはメシアンを避けてきた私が先生の「日本の音楽も弾いたらどうか」という言葉で武満徹の音楽を半分不本意に弾くようになったことから、そこから逆流してメシアンの音楽にはまるようになり(武満はメシアンの影響を受けています)。それからマイナーな感じの20世紀の曲を極めるようになりました。
今はそのころほど音楽に打ち込んではいませんが音楽を愛し、そのパワーを操りたいと思う気持ちは同じだと思っています。これからも音楽を職業としなくとも何らかの形で音楽と親しく付き合って生きたいと思います。
音楽の力をなんらかに使えないかも考えながら・・・
今日の一曲: グスタフ・ホルスト 「惑星」より「木星」
先ほどのとおり私が心打たれ音楽に惹かれるようになったきっかけの一曲です。
この「惑星」、天文学ではなく占星術的、神話的なイメージで書かれていて扱われている惑星それぞれに副題がつけられています。木星は「喜びをもたらす者」。
きらきら輝く、明るく活発でおおらかなオープニングに心奪われ、そして中間部の例のメロディーでやられますね。
イギリスのそういうマーチとかの中間部のメロディーってイギリス人じゃなくても愛国的(愛イギリス的)な気持ちに、胸を手に当てて声をそろえて歌いたくなりますよ。弾いてても本当に心がみんなひとつになるようで。
底抜けに明るくておおらかでポジティブな木星ですが、これを好きと思っても嫌いと思ってもぜひ他の惑星も聞いてほしいです。
クラシック初心者からマニアックな玄人まで幅広い人々にさまざまな層で楽しんでもらえる曲集なのでぜひぜひお勧めしている「惑星」ですが、ただ聞き流すにもよしな曲も、とりあえず聴いてみるにいい曲も、ちょっとつっこんで分析してみてもいい曲もそろってますし、惑星それぞれいろいろな性格をしてますので気分や欲求によって合った曲がきっとあると思います。
でも他の惑星の話はまた別の機会に。
