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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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ちょこちょこと
今日はちょっとぶりに暑かったメルボルン。
30度・・・くらいが暑い日としてはちょうどいいですね。でもこんな日ももうすぐできっと終わり。
もう夏は終わってしまうのかなあ・・・

速度などをあらわす音楽用語で好きなのはCon fuoco(炎のように)とかMesto(悲しく)とかtumultoso(動揺して)とか。
そして好きな曲のカテゴリーはなんといってもタランテラです。
(タランテラ on wikipedia)
元はイタリアの舞曲だけどやけにロシア方面(ポーランドを含む)でタランテラが書かれているような気がしますがそれもひとつの要因かもしれません。ちなみにどうしてなんでしょうかねえ。ロシア・ポーランド系の作曲家が惹かれるなにかがあるのでしょうか。プロコフィエフなんかタランテラと名のつかないタランテラをいっぱい書いてますし。毒があっていいです、プロコフィエフのタランテラは。
あと子供のための曲でもそこそこしっかりしたタランテラもありますし。

タランテラ、は・・・イタリアの南部でタランチュラグモに刺された人が毒抜きのために激しく踊ったというあんまり医学的な根拠は乏しい言い伝えがある曲です。踊らないと死ぬそうで。(実際にはタランチュラ全般にはそれだけの毒はないらしいですけどね)
やっぱり命がかかってるというか・・・狂気が感じられますね。その速さとぐるぐる回るような音形と、マイナーキーの暗さで。(ショパンのタランテラは長調ですが)
狂乱、というか集団ヒステリーみたいな雰囲気があってそれも好きです。
あともちろん蜘蛛関係の音楽ってことも好きですね(笑)

お気に入りのタランテラ no. 1はチャイコフスキーの「イタリア奇想曲」の最後のほうです。ダントツで。クレイジー感が半端じゃなくて。あとシマノフスキの「ノクターンとタランテラ」もまたまったく別な感じですきですし。プロコフィエフのピアノソナタ第2番の最終楽章とか第3番とかも。

逆に苦手なのはウィンナーワルツでしょうか。
どうしても、わけもなく・・・いらいらするんです。あのリズムの崩し方とか。それにウィンナーワルツを演奏するときって決まって複数弾くんですがどれも一緒に聞こえてきて。それに弾いてて誰にとって楽しいかさえもわからないですし。だれか楽しいですか?教えてください。

あとアメリカンマーチもまた同じような理由で苦手ですね。イギリスマーチは好きなんですけど。特にブラスバンドのイギリスマーチはすがすがしくてかっこいいです。イギリスマーチも結構似たようなのが多いんですけどなんというか、メロディーの良さで許せちゃうところもあったり。

とりとめもなく書いてしまいましたが今日の一曲です。次回はもっとまとまりがあるエントリーを書きたいです。


今日の一曲: ヨハネス・ブラームス ホルン三重奏曲 第4楽章

この暑いのになぜかこの曲が頭を離れなくて。大学時代に友達と弾いたんですよ。ピアノとホルンとバイオリン、ちょっと変わった組み合わせですけどね(有名どころはこの曲とあとこの曲につながりをもたせてかいたリゲティのホルン三重奏曲だけです)。

ブラームスは結構田舎くさいところがありますね。ドイツの山中で森があって、鳥が飛んで、っていう感じの曲をよく書きます。それが好きで好きで。
今見てるN響アワーで指揮者のオットマール・スウィトナーが「ブラームスは大阪的で なく北海道的なのです」と言ってましたが実にそうですよ。
この曲もホルンが狩で使うホルンみたいな役割で、まるで山の中をホルンで呼び合いながら駆けているようで。
弾いてるとすごい楽しいんですよ。で、楽しすぎて比較的簡単なパートのホルンとバイオリンがどんどん速くなってって勘弁してくださいよーとピアニストがなるんですが。それでも弾いてて楽しいです。
聞くのも弾くのにはもしかしたらかなわないかもしれませんが楽しいです♪

普通に調子がよくて盛り上がって。なんか不思議と元気になるんですよね。(暑い中をドイツ音楽聴いてるとばてるんですけど)そして不思議とこの3つの楽器の音色がマッチして。
普通に気軽に聞いてもらえるとうれしいです。ながら聞きでも結構楽しめますよ(なにかしながらでもホルンの音色はなかなか脳に刺さります。わたしだけかもしれませんが)

ブラームスの音楽は基本自然的・人間的なので全般的におすすめです。

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to love and to believe
最近仕事時間が少ないので取引先を増やしてみようか悩んでます。
ただmomentumときっかけさえあればひたすら進んで無茶しかねないので慎重に。
仕事時間がどれくらいであれご飯のあとの時間は趣味に頭をスイッチしたいですね。まだまだそこのところの切り替えがそううまくないかもしれません。

前に音楽の好みの話をしましたが、私の好きな音楽の傾向は案外シンプルだということが最近判明しました。
それは:
1)翼のある音楽
2)命のかかってる音楽
3)死臭のする音楽
4)広い自然の音楽
5)抱きしめたくなる音楽

に大きく分けられる・・・みたいです。

1)はもう・・・音形がどうとか、メロディーがどうかといか言うんじゃなくて直感的に聴いてて翔けるような、飛び回るような音楽がすきなのはきっと自分が翼を持って翔け回りたいからかもしれないですね。
例:スクリャービンの練習曲op.42-5、ブラームスのピアノ協奏曲第1番第3楽章、メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」より「時の終わりを告げる天使のための虹の錯乱」

2)なんでしょうね。命がかかってる音楽って特別なパワーがあるんですよね。命そのもののような。鎮魂曲、戦争題材の曲、その他いろいろ・・・心にぐっと来て離さない、とりこになるなにかがあります。
例:ショスタコーヴィチの交響曲第11番、ブリテンの「戦争レクイエム」、マーラー交響曲第5番

3)私の好きな曲って結構「死」に関する曲が多いんです。最晩年の曲だったり、題材が死に関することだったり。それはそういう題材が好きなこともありますけどそういうエピソードを知らずに好きになって後で話を聞いたりということもけっこうあります。絶対ってことはないけれど死臭らしきものをかぎつけるのかなー・・・って思います。
例:ショスタコーヴィチの交響曲第14番、プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番、ブラームスのピアノ四重奏曲第3番

4)音楽を聴いてなんか幻想的な、またはこの世のどこかにあってほしいようなすばらしい景色・・・または視覚的にそれが見えなくてもぶわっと広がるその雰囲気というかにおいというか・・・それがとっても切なくて、どこか懐かしくて・・・そんな広い世界を感じるのが多分好きみたいです。
例:ラフマニノフ交響曲第2番第2楽章(協奏曲ではなく)、ヴォーン=ウィリアムスの「富める人とラザロ」の5つの異版、メシアンの「鳥のカタログ」より「ダイシャクシギ」

5)なんでしょう、なんかこう・・・スケールや曲風を問わず愛らしい曲ってありますよね。きゅん、とするというか。心がすさんでも許せちゃう、心の中でご機嫌な鈴が鳴る様な(笑)。
例:レスピーギ:「古代舞曲とアリア」第2組曲より「パリの鐘」、ラヴェルの「逝ける王女のためのパヴァーヌ」、クラムの「マクロコスモス」第2巻より「Rain-death Variation」

総括してみると暗い曲が全体的に多いんですよね。本当に自分とつながれる曲は暗い曲が圧倒的に多いです。(例:上記ブラームス、スクリャービンなど)
暗い曲を聴くともっと深く知りたくなるというか、溺れる覚悟でその暗さに飛び込んで自分のものとしてみたくなるというか。

音楽は闇と触れ合うのにいちばんいいものだと思います。自分のリスクが比較的に低く、でもものすごく親密に闇の声を聴くことができます。
特に上記命がかかってる音楽は本当に訴えかけてきますから。

なんというか・・・ポジティブや陽、光ってのももちろん大切ですけどそれは後ろにあるネガティブ、陰や闇の上に成り立ってるもので。
自分を守るためにポジティブばかり自分の中に集めてるだけでは他の人の闇を光に変えることはできないと思うんです。
闇の声に耳を傾けて、心いっぱいで受け止めて、理解して・・・自分のものとして、それでそれとどう付き合うかを考えていきたいなーってのが理想。自分の闇も、他人の闇も。闇は取っ払う派じゃなくて受け入れてうまく付き合うというのが一番いいんじゃないかなと思いますがもちろんまだ人生試行錯誤中。
でもメンタルヘルスや心理学、そして医学全般もそういう感じが芯なような感じですしね。

今行ったようなことが自分の人生にもメンタルヘルスでも実践できるようにがんばりたいです。


今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ ピアノ協奏曲第1番 第4楽章

今日はいっぱい曲を例として出したので手短に。
ピアノ協奏曲としてはそんなにたいしたものじゃないみたいなんですけどショスタコーヴィチの若いころの作品としては珠玉の名曲です。
なんといっても学生のころサイレントムービーに即興でピアノ伴奏をつけるアルバイトをしていたというのがよくわかる感じの曲で、くるくる移り変わるシーンや主にピアノソロによるちょっとしたアクション・アクロバットがなんとも魅力的。

そしてなかなかないトランペット(サブソロ扱い)とピアノのタッグがまたぴかいちですね。バックのオケが弦オンリーなので金属的な二つのソロ楽器の音がまたよく映えます。

なお、この曲は作曲家自身がピアノを弾いている録音もありますがあーんまりおすすめしません。とりあえずショスタコの人となりを知って、この曲をあらかじめ知ってからですかね。

ものすごくテクニックがすごい人で、でも自分の曲となると機械の様に弾く癖があって。ひたすら速く、ジェットコースターのようにがーっと弾いてしまって少なくとも速度による表情はないんですよ。
なんかものすごくユーモアがある(ショスタコがひねくれすぎるまえのユーモア)曲なのでもったいないなあーと思いますし、ショスタコの写真は基本気難しい顔ばっかりなので・・・それもまたもったいないなあと。

私はショスタコのユーモア、好きですから。


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走り書き
今Musicophiliaで音楽がアルコールによって体の統制がとれなくなった人でも音楽が鳴ってる間はその統制を取り戻すっていう効果があるという説というか報告があるって読んだんだけど。

アルコールで体の動きに統制がとれなくなったのを音楽が和らげる効果があるといってたけどそれじゃあバーやクラブってのはアルコールの摂取を音楽によって増加させてるってことになるんじゃ!?(つまり酔ってても音楽が鳴ってたら気づきにくいということで)

しょうがないのはしょうがないにしてもちょーっと問題なような気が・・・


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Brassos' lineage
つまみ食いはなにかと昆布系が多い流 星姫です、こんにちは。
妹は口が寂しいと調理前のパスタをぽりぽりかじるのですが私はおぼろ昆布やフジッコの塩昆布、さらには出汁に使う昆布を多少かじってる事がちょくちょくあります。あとは焼き海苔も食べますね。なんでしょう、この海藻系の多さは。

それはさておき。
楽器に体格や性格などで向き不向きがあるように、その人間の中の「楽器」にも遺伝があるんじゃないか、と思ってます。
前から何度も書いているような気がしますがうちは両親が金管楽器ですが、妹と私は金管楽器を弾きません。
でも少なくとも私の性格や行動、さらには体の仕組みには金管楽器奏者が入ってるんじゃないか?と思うようなことがあります。
大学で知り合った友達を通じて、メルボルンにいるたくさんの金管奏者と知り合いました。トランペットを吹く人、ホルンを吹く人、トロンボーンを吹く人、テューバを吹く人・・・大学にいた5年間、大学以外でも結構縁がありました。オケのマネージャーだったときも一番かわいがってくれたのは金管奏者たちで。ほかのマネージャーと分担作業をしていたときもいつも金管楽器の担当を選んでいました。
生徒だけでなく先生も、プロの奏者も縁がありましたし、そういう人たちも含めて金管奏者といるのが一番楽しくて、自然で心地いいなあーとずっと思ってましたね。やっぱりほかの楽器群と比べて楽器の垣根を越えて全体的に仲がいいそのグループに混ぜてもらって本当にうれしく、心地よかったです。

メルボルンではInternational Festival of Brassという、通称ブラス・フェスティバルというイベントがあります。世界から金管奏者があつまりワークショップをやったりコンサートをやったり、有名なプレイヤーの演奏を聴いたり(あと最終コンサートの後の打ち上げで盛り上がったり)、そして国際的コンペをやったりします。
その国際的コンペに名前が使われている国際的ホルン奏者バリー・タックウェル(オーストラリア人)と友達を通じて私の両親の楽器屋さんの友達とを引き合わせたことがあったんですけど(引き合わせ+通訳でした)、そのときに私と金管奏者とのつながりを話したら「君はそれじゃあ『名誉金管奏者』だ」といわれて、そのことが今でも誇らしくてうれしくて。

金管奏者たちは本当にすばらしい人たちです。みんな底抜けに(?)明るくて、フレンドリーで、ある種の豪快さがあって下ネタを含むユーモアのセンスもあって。(下ネタは多いですが明るいです)
そしてなんといっても男女ともお酒をよく飲む!オーストラリア人自体よく飲みますが金管楽器奏者は特に飲むような気が・・・酔っ払い方は人それぞれですがまあコンサートの打ち上げでは飲む飲む。飲んで談笑する。そして下ネタで盛り上がる(笑)

私は金管奏者ではありませんが、人種・性別・体型の割には結構お酒は強いほうだと思います。(日本人・女性・小柄な人は体の仕組みから弱い傾向にあります)それなりにペース配分をすれば金管奏者とタメをはるくらいは飲めます。しかも飲んでもどうやら外には現れない傾向にあるらしいので確かに強くみえるらしいです。
この上戸っぷりはやっぱり両親の金管遺伝子のおかげ!?と思ってたりします(笑)


今日の一曲: ピョートル・チャイコフスキー 「白鳥の湖」より「ロシアの踊り」

ブラスの話してたんで金管が活躍する曲を・・・とも思ってたんですがただそれは普通に日常でもできるな(笑)ということで・・・

私、「白鳥の湖」は多少飽きてるんです。ユースオケ時代に3年で2回バレエの演奏+一部をコンサートで演奏したもんでほんとすみませんけどしょうがないんです。
あと「白鳥の湖」は情景的な音楽がイマイチなのが多くて・・・(もごもご)

ただパ・ドゥ・ドゥなどの実際のメインダンスナンバーの(そして余談ですが女の子の衣装も)はいいですねー。この「ロシアの踊り」もそんなダンスナンバーのひとつ。
白鳥娘オデットと出会い恋に落ちた王子ジークフリートが当初の予定通り他国のお姫様たちと集団お見合い・・・という場面で、ハンガリー、ロシア、スペイン、ナポリ、そしてポーランドのお姫様たちが王子の気を引こうと踊るご当地ダンスです。

「くるみ割り人形」でもご当地ダンスはありますが、ご当地ダンスってパロディーというかいろんな他文化のミニチュア、踊りであらわす縮図みたいなところがあって好きです。(もちろん衣装もその国をちょっとイメージしてたりしてさらにいいです)
スペインの踊りはカスタネットが使われてたり、ハンガリーの踊りはハンガリーの音楽チャールダッシュの形式だったり。そんななかこの「ロシアの踊り」なんですが・・・

ほかの曲と違うところはこれはチャイコフスキー自身の国の踊りだってことです。
つまりは自分の国の音楽をまるで別の国の人がパロディーしてるみたいに見てる、みたいなところがあってそれが自分的には興味深く。

それでなくても単純に楽しく聴ける、ロシアってこんな感じだなーって思える曲です。オープニングから延々続くバイオリンのソロにも注目!4分半で冷たい寒いロシアの雰囲気をぜひ味わってください。

(ただ実際の演奏になるとこの「ロシアの踊り」は抜かれてることもあります。あーコンマスにいい思いをさせてあげてくださいよー)

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What's your preference?
今日は仕事がなくて3日目。勉強の一環として論文をちょこちょこ読んでノートにデータベースをまとめてるんですけど今日は「音楽と青春期の若者のアイデンティティ」について読みました(大学で「音楽心理学」という科目をとったときのリーディングの一つです)。

・・・とさっき記事の最後まで書いてたんですが記事が消えちゃって・・・やっぱりワープロソフトで書いたほうがいいですね、私のエントリーの長さだと。
いろいろ音楽の好みの話を書いてたのでまあ覚えてるだけまとめます。

ひとくくりにクラシックといってもいろいろありますからね。ほかのジャンルでもそれは一緒ですが。
クラシックが好き、というよりもこの作曲家が好き、とかこの曲が好き、とかそういう風な好みとか趣味とかに長いこと触れ合ってきました。

多分私が知ってる人の中で一番趣味のいい、玄人好みの「間違いない」曲が好きな母、派手好きで結構現代音楽にはチャレンジャーだったりする父、大学でいた20世紀音楽には一歩も足を踏み入れることができない友達や先生、なぜかブラームスが嫌いだったいする友人・・・

個人差はもちろん、楽器によって差もありますし(通常自分の楽器のためにいいものを書いてくれる作曲家は好きな傾向にあります)・・・年齢によっても違います。私の世代はマーラー以降の世代で、ショスタコーヴィチも人気が高いです(私たちより上ではちょっと・・・という反応が多い)。
マーラーやショスタコーヴィチに見られるパワーの大きさは若人には魅力的なものがあるし、ショスタコは
もう権威者への反抗の塊ですからね。
おなじパワーの大きさでもワーグナーは権威者側なのか若者にはあんまり人気がないです(あとヒトラーがワーグナーの音楽を多用してたからという声も結構あります)。むしろ裕福な団塊世代のイメージ?

そういう意味からか「白い巨塔」(ドラマ自体は見てませんが)の財前教授のテーマとしてのワーグナーの「タンホイザー」とか、あと「有頂天ホテル」で若めの政治家がマーラーの2番聞いてたりとか見事な選曲だと思います。

先ほどの若人の話に戻ると結構そういう風に感情移入・・・以上にその思春期の感情やらアイデンティティのいろいろもひっくるめて心ががっつりつながる、感情やパワーや思いを自分のものとするような音楽が大切なんじゃないかと思います。私自身ユースオケでマーラーやショスタコを弾いて「これだ!」みたいな感覚はあったし、それに周りもみんなどうやら思春期あたりでそういう作曲家が好きになったみたいな話ですし。

あとそれ以前も大切だと思います。音楽を自分とつなげる、そして自主的に音楽を選びアイデンティティの指標に使うようになる思春期以前にいろんな音楽を聴いて視野を広げたり音楽はこういうもの、世界はこういうものだという先入観をとっぱらう・・・という考えもあります。(少なくとも私の中には)
私が親がしてくれたことで一番ありがたいことは小さいときから両親が好きなストラヴィンスキーの「春の祭典」とかバルトークの「管弦楽のための交響曲」とか現代音楽を含むいろいろな音楽を聴かせてくれたことです。
大人になってから「これ音楽?」と驚く楽しみはなかったけれど(実際そう思うらしいです。特に「春の祭典」)、でも大人になって本当にいろんな音楽にひるまず出会えて触れ合えたので・・・

音楽の好みと心理状態や性格、音楽の選択に現れるその人の欲求など、音楽環境を作ること・・・こういうことを長期的に音楽をつかったある夢のためにいろいろ考えてるんですよ。そのこともおいおい話したいと思ってますが・・・

とりあえずもう今日は今日の一曲で。
自分の好みや傾向もまた別の機会でお話したいです。


今日の一曲: グスタフ・マーラー 交響曲第2番「復活」 第3楽章

先ほど言った「有頂天ホテル」の挿入曲です。
ただ先に謝りたいのは、私はこの交響曲のことをあんまり知らないんです。この楽章をたまに聴いて、あと1楽章も2,3回聴いたことがあるくらいで・・・

マーラーはまた人物が面白いんで後に話したいんですがなんとなく自分と同じにおいを感じるんですよ。
異様な暗さがあるし(暗いところの暗さは冗談に全くならない)、あとどうも自分の他の交響曲からいろいろ引用したり、逆にこの曲から引用したり・・・なんかコンセプト的な考えがあるんでしょうけど。
でやっぱりどっかひねくれてるのかスケルツォ楽章が軽やかなはずがきまってビートが重たかったり。

でもマーラーはオーケストラを使うことについては天才です。世界をそこに音楽という魔法で創り上げるのも彼に適うものはいないと思います。そして彼がどれだけ自然を愛するか、というのもこの楽章を含むいろんな曲に現れてます。

特にこの楽章に関しては「夜の魔法」みたいなイメージがあります。そしてどっちかというと軽やかさがある暗さ。魅力的に見えてしまうその闇。くるくる回るようなリズムとメロディーの音形、そして計算をつくされたぴったりの楽器の音色の美しさにとりこになってしまいそう。

もしこの曲がぴんとこなくてもマーラーはもっと初心者向けの、共感しやすい曲も書いてますのでまた今度セカンドチャンスをいただけるとうれしいです(汗)


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