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今日は内分泌系のノート取りをしてたら体のメカニズムがものすごく神秘的というか素晴らしいものに見えた。
なにかあるとホルモンが分泌されて、それでそのホルモンを抑制したり放出したりするホルモンがまたあって・・・なんか・・・すごいなーと思いました。
で、病気もそのホルモンが多すぎるか少なすぎるかだけなのにそれが本当に内臓の病気と別のいろいろな症状として現れて・・・
医学だったら(精神医学以外で)内分泌系を勉強したいなーと思いました。
さて。今日の本題。
よくテレビとか(あと人から聞いたりするんですけど)で「コンサートでずっと弾き続けるバイオリンの人と少ししか弾かないシンバルの人が一緒のギャラなのはどうしてなんだろう」という話を聞きますけど・・・
シンバルをはじめ打楽器の人の本当の姿って知られてないなーと思います。
私自身大学のオケのマネージャーになるまであんまり縁が無かったんですがその1年で本当に打楽器に関してはその活動、演奏などいろいろと学びました。
まず・・・
1)打楽器奏者は一曲で複数の楽器を弾いている。
他の楽器を弾くことが物理的に無理なティンパニ奏者(比較的弾くのが多く、さらにティンパニに囲まれてる)を除くとたいていシンバルとカスタネットとか、バスドラムと鉄琴、さらには曲によっては3つ以上掛け持ちしてることもあります。
フル稼働だとティンパニ奏者を除く4人でシンバル、スネアドラム、バスドラム、タムタム、鉄琴、鐘、木琴などを弾いてたりします。休みの時間はそれでも多いんですが結構ちょろちょろせわしくもあります。
2)ずっと弾くよりも一発勝負のほうがある意味しんどい。
私自身は打楽器奏者ではありませんが休みを数えるのが大大嫌いで。それをメインで(?)やってる打楽器の人はすごいなーと思います。
あと打楽器は弾けばたいていソロですからね。誰もが聞こえる大音量でここぞ!というパートなので・・・プレッシャーも半端じゃないし、もちろんなければまったく音楽のテンションが違いますしね。
ちなみに例外的に打楽器が長く活躍する曲もあります。たとえばフサの「プラハのための音楽 1968」の3楽章は打楽器オンリーですし、ラヴェルの「ボレロ」やそれをもじったショスタコーヴィチの交響曲第7番第1楽章の一部はスネアドラムにはかーなーりきつい持久戦が待ってます。
3)打楽器奏者には弾くよりも大変なことがある!
打楽器奏者はセットアップするために現場に一番最初に来て(マネージャーよりも早いときも!マネージャー失格ですね、私)、そして片付けるために一番最後までいる(マネージャーを除く)。リハーサルやコンサートでも最初の曲で使わないものも(そして最初のリハーサルのブロックで弾かない人もやってきて)みんなセットアップする。そしてみんな後で片付ける。
で、私のときの大学のオケの打楽器セクションは5~6人いるうち男の子が一人、それももやしみたいな子で。あとはみんな私並みに小柄な女の子ばっかり。
打楽器は楽器自体も重いものが多いんですけど楽器スタンドや楽器をばらして(ばらせるなら)入れるケースとかも重いものが結構あります。ティンパニなんかあのまま四角いマジックで使うような箱に一つずつ入れますしなんか正体不明の重いものがあったり。タムタム(いわゆる銅鑼)はまあ運べるけれどちょっと大きいし。シンバルは案外ケースは重い(実物も重いですけどね、よくあれ持ち上げてたたき合わせられるなあ)ですし。
あと小さい楽器がまとめて入ってる箱とか、それを置く台をばらしたものとか・・・(これか?重いのは)。
私は運べないものをみんな運ぶんですよねー。大体打楽器の扱いを熟知してるのは打楽器奏者なので任せて欲しい的な空気があるんですけど・・・みんなすごいです。
バイオリンとかとはそこの点で大違いですよ。(弦楽器は管楽器みたいにつばぬきもしなくてもいいし結構楽)
で、ギャラの話とは関係なく打楽器セクションってすごく結束力高いんですよ。で、一番のがんばりやさん。
それは本当に関係者になって見なきゃわからないかもしれないけど・・・でもそんな打楽器セクションのがんばり、輝きを思い、そして存分に味わってもらいたい曲が今日の一曲です。
今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 交響曲第11番 「1905年」 第2楽章 「1月9日」
打楽器のための交響曲です。これ以上彼らが輝く曲はありません。
とりあえずあらすじを:要するにロシア革命の発端の一つとなったモスクワで1905年1月9日(ロシア旧暦)に起きた「血の日曜日」事件の描写で。第2楽章は群集が集まり、冬の広場に行進しそこで軍隊に虐殺される様を描いた音楽です。
本当描写に関してはこれほどリアルな曲は無いと思います。民衆の不安とか、集まり行進する人のうねりとか、冬の広場で足を止めたときの冷たい静けさとか、虐殺の場面とか、死体が一面に転がる事後の震える静けさとか。
そしてなんといっても打楽器が交響曲を通してかっこいい。特にティンパニがいいですね。遠雷のような静かな音から、パンチの効きすぎてるクライマックスでの渾身の一撃一撃まで。
そして群集に最初に発砲しカオスを始めるのはスネアドラム。銃声以外の何者でもない凶悪さ。ショスタコーヴィチのスネアドラムはうまいですよーなんたってソヴィエト時代で軍隊を皮肉った音楽が多いですから。
そして腹の底に響くバスドラムの深い打撃、爆発的に輝くシンバルのクラッシュ、接触点からぐわっと背筋に電撃が走るほど広がるタムタムの音、そしてフルオーケストラを凌ぐ乾いた音の木琴・・・
どの楽器もしっかり聞こえると思いますので彼らが渾身で演奏するのを是非聞いて欲しいです♪
曲的にも個人的にはトップ軍団に入ってるのでプッシュプッシュ♪(笑)
なにかあるとホルモンが分泌されて、それでそのホルモンを抑制したり放出したりするホルモンがまたあって・・・なんか・・・すごいなーと思いました。
で、病気もそのホルモンが多すぎるか少なすぎるかだけなのにそれが本当に内臓の病気と別のいろいろな症状として現れて・・・
医学だったら(精神医学以外で)内分泌系を勉強したいなーと思いました。
さて。今日の本題。
よくテレビとか(あと人から聞いたりするんですけど)で「コンサートでずっと弾き続けるバイオリンの人と少ししか弾かないシンバルの人が一緒のギャラなのはどうしてなんだろう」という話を聞きますけど・・・
シンバルをはじめ打楽器の人の本当の姿って知られてないなーと思います。
私自身大学のオケのマネージャーになるまであんまり縁が無かったんですがその1年で本当に打楽器に関してはその活動、演奏などいろいろと学びました。
まず・・・
1)打楽器奏者は一曲で複数の楽器を弾いている。
他の楽器を弾くことが物理的に無理なティンパニ奏者(比較的弾くのが多く、さらにティンパニに囲まれてる)を除くとたいていシンバルとカスタネットとか、バスドラムと鉄琴、さらには曲によっては3つ以上掛け持ちしてることもあります。
フル稼働だとティンパニ奏者を除く4人でシンバル、スネアドラム、バスドラム、タムタム、鉄琴、鐘、木琴などを弾いてたりします。休みの時間はそれでも多いんですが結構ちょろちょろせわしくもあります。
2)ずっと弾くよりも一発勝負のほうがある意味しんどい。
私自身は打楽器奏者ではありませんが休みを数えるのが大大嫌いで。それをメインで(?)やってる打楽器の人はすごいなーと思います。
あと打楽器は弾けばたいていソロですからね。誰もが聞こえる大音量でここぞ!というパートなので・・・プレッシャーも半端じゃないし、もちろんなければまったく音楽のテンションが違いますしね。
ちなみに例外的に打楽器が長く活躍する曲もあります。たとえばフサの「プラハのための音楽 1968」の3楽章は打楽器オンリーですし、ラヴェルの「ボレロ」やそれをもじったショスタコーヴィチの交響曲第7番第1楽章の一部はスネアドラムにはかーなーりきつい持久戦が待ってます。
3)打楽器奏者には弾くよりも大変なことがある!
打楽器奏者はセットアップするために現場に一番最初に来て(マネージャーよりも早いときも!マネージャー失格ですね、私)、そして片付けるために一番最後までいる(マネージャーを除く)。リハーサルやコンサートでも最初の曲で使わないものも(そして最初のリハーサルのブロックで弾かない人もやってきて)みんなセットアップする。そしてみんな後で片付ける。
で、私のときの大学のオケの打楽器セクションは5~6人いるうち男の子が一人、それももやしみたいな子で。あとはみんな私並みに小柄な女の子ばっかり。
打楽器は楽器自体も重いものが多いんですけど楽器スタンドや楽器をばらして(ばらせるなら)入れるケースとかも重いものが結構あります。ティンパニなんかあのまま四角いマジックで使うような箱に一つずつ入れますしなんか正体不明の重いものがあったり。タムタム(いわゆる銅鑼)はまあ運べるけれどちょっと大きいし。シンバルは案外ケースは重い(実物も重いですけどね、よくあれ持ち上げてたたき合わせられるなあ)ですし。
あと小さい楽器がまとめて入ってる箱とか、それを置く台をばらしたものとか・・・(これか?重いのは)。
私は運べないものをみんな運ぶんですよねー。大体打楽器の扱いを熟知してるのは打楽器奏者なので任せて欲しい的な空気があるんですけど・・・みんなすごいです。
バイオリンとかとはそこの点で大違いですよ。(弦楽器は管楽器みたいにつばぬきもしなくてもいいし結構楽)
で、ギャラの話とは関係なく打楽器セクションってすごく結束力高いんですよ。で、一番のがんばりやさん。
それは本当に関係者になって見なきゃわからないかもしれないけど・・・でもそんな打楽器セクションのがんばり、輝きを思い、そして存分に味わってもらいたい曲が今日の一曲です。
今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 交響曲第11番 「1905年」 第2楽章 「1月9日」
打楽器のための交響曲です。これ以上彼らが輝く曲はありません。
とりあえずあらすじを:要するにロシア革命の発端の一つとなったモスクワで1905年1月9日(ロシア旧暦)に起きた「血の日曜日」事件の描写で。第2楽章は群集が集まり、冬の広場に行進しそこで軍隊に虐殺される様を描いた音楽です。
本当描写に関してはこれほどリアルな曲は無いと思います。民衆の不安とか、集まり行進する人のうねりとか、冬の広場で足を止めたときの冷たい静けさとか、虐殺の場面とか、死体が一面に転がる事後の震える静けさとか。
そしてなんといっても打楽器が交響曲を通してかっこいい。特にティンパニがいいですね。遠雷のような静かな音から、パンチの効きすぎてるクライマックスでの渾身の一撃一撃まで。
そして群集に最初に発砲しカオスを始めるのはスネアドラム。銃声以外の何者でもない凶悪さ。ショスタコーヴィチのスネアドラムはうまいですよーなんたってソヴィエト時代で軍隊を皮肉った音楽が多いですから。
そして腹の底に響くバスドラムの深い打撃、爆発的に輝くシンバルのクラッシュ、接触点からぐわっと背筋に電撃が走るほど広がるタムタムの音、そしてフルオーケストラを凌ぐ乾いた音の木琴・・・
どの楽器もしっかり聞こえると思いますので彼らが渾身で演奏するのを是非聞いて欲しいです♪
曲的にも個人的にはトップ軍団に入ってるのでプッシュプッシュ♪(笑)
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こんにちは。自分の中の世界三大スープバクテー・オニオンコンソメ/グラタンスープ・サムゲタンor味噌汁だと思っております流 星姫です。
ちなみにバクテーはマレーシア風ではなくシンガポール風の透き通ったスープのものが好みです。味もさながら最初の日に時間をかけとけば(といっても市販の スパイスとスペアリブとにんにく入れて煮込むだけ)安価でおいしく楽に3日も昼ごはんとして食べれるところもいいですね。今日はその3日目でした (笑) まだ残ってます。
レポで読ませてもらったこないだのロザン・ノンスタイル・チーモンチョーチュウ・田畑藤本のバレンタインライブで藤本さんと宇治原さんが素数が好きかどうかでプチ盛り上がってた のは(ちなみに私は素数好きです。割り切れないってなんか根性あるじゃないですか)音楽家で減7はどんなキーにも自然に移行できるから好きとかいうのと似 たような感じがします(笑)
補足までにいえば減7でいろんなキーに自由に移行するのはクラシックよりもジャズの手法っぽいですな。
宇治原さんつながりでもう一つ。受験のときは一日に11時間勉強してた、という宇治原さんの話を聞いて「えーすげえー」(口調!口調!)と驚いたんですけどよくよく考えてみれば私も大学時代は一日に8時間ピアノ練習してたなーって思い出しました。別に試験があるときじゃなくても。
もともとのめりこみやすいのが数少ないとりえではあるし、あと練習室の中で一人でいたかった心理が見え隠れしないこともないのですが。脳にとっては重労働ですし体にとっても曲によりけりですから中労働はいくんじゃないかと(極のチョイスとほかにスポーツもなにもやってなかったことを考えれば私にとっては多少重労働に近かったのでは)。
大学の練習室は地下にあって、一つ一つの部屋にボストンのグランドが置いてあって。そのなかでも私は一番奥のただでさえほかの部屋より狭い(形が変)、しかもハープシコードまでおいてある非常識なほど狭い部屋で練習するのが好きでした。
別にハープシコードが目当てじゃないんですよ(調律はんぱなく狂ってましたし)。ただピアノの音のクリアさ(・・・狭い部屋なのでよく響く音量のこともありますが)、こじんまりとした感じでいつもそこにいたのでだいたい友達が探しに来るとどこにいるかわかると。
で、朝9時からこもって昼ごはんを1時に食べに出て2時から再開して6時まで、なんてことを毎日やってたわけです。とりあえず生活は規則正しいですな(苦笑) まあ今でも弾きたい曲がある程度あって、そして体力さえ続けば(指も体力もなまってますからね)今でもできるかなーと思ったりしてます。
大学にいる間はみんな若さとその機会にまかせてけっこう大きな(縦横深さともに)曲を弾く人が多いんですよ。練習室の前を歩いていくとテクニックの試験で弾かれることが多いバッハの平均律とかショパンやラフマニノフのエチュードや、下半期はフリーなプログラムがメインなのでショパンだったらもっと大きいスケルツォとかも良く聴きますし(大体第4番かな)、リストの中規模の曲とかを良く聴きます。
ただ私は手がわりと小さく(一オクターブはOKなので体格からするとまだいいほうなはずですが)さらに性格的にも多少ひねくれたマニアックな若人だったのであんまりショパンとかリストとかラフマニノフとかバッハは弾きませんでしたね。
大学でのピアノの先生がドビュッシーとかラベルといったフランスの20世紀初頭の印象派の専門の人だったのでその影響をじわじわと受けてフランスものはいっぱい弾きました。ドビュッシーよりはラヴェル。ラヴェルよりはメシアン・・・で、結局常に1曲以外は20世紀以降の曲ばっかりというレパートリーに進展していったんです。
真面目にテクニックを磨く人じゃなかった(ここらへんひねくれてるんですよ)けれど表現したいことはいっぱいあったしなんといっても色彩が好きで好きでたまらなくて。体力勝負みたいな感じじゃないし自分の個人的な感情とはどこかちょっと一歩離れたような、そういうフランス音楽と多分ウマがあったんでしょうね。
あとはまあ・・・好きだから、の他には理由は無いのかもしれません。本当に大学にいる間は好き勝手やってましたから(笑)好きだと思ったものはできないと思うとき以外はどんどん弾きましたし。大学のみんなに発表するコンサートクラスでも変な曲ばっかり弾いてると有名で。 ひたすら自分の好きなように自分の道を切り開いてくピアニストではありました。それもこれも先生が寛大であったおかげです(笑)先生とはあんまり趣味が合わない部分もありましたけどかまわないでくれましたし。
やんちゃだったなあ、とは思いますが今またピアノに戻ってもそのやんちゃさはきっと変わらないと思います。自分は弾きたくてピアノを弾いてるんだ、弾きたいものがあってその音楽と翔けたいからそれだけの理由でずっと大学の間はやってきたので・・・その気持ちは今でも変わりません。
ただピアノをそのときみたいに定期的に弾いていないから体が心と頭にまったく追いつかないんですが(笑)
あと、ピアニストは手を大事に・・・とよく言われてるみたいですが私はそっちでもかなりやんちゃしてましたなあ。まあ高校でバレーボールの授業で手抜く理由にはしましたけれど(笑)
でもコンクリートの塀を登ったり、素手で雪遊びしたり、料理も普通に大学に入ってからですがやりましたし、お皿洗いも必ず素手ですし。
それなりに外傷もありました。ブッシュウォーキングで坂で転げたり、自宅のトイレットペーパーのホルダーでぐっさり切れたり(!?)。 指の怪我なら絆創膏なしでも気にせず弾いてたりしましたしね。
あと職業病ともいえる腱鞘炎・・・は、ピアノとまったく関係ないところでならなったことあります(笑)入院してる間退屈を紛らわすためにかぎ編みをやりすぎて腱鞘炎になっただけです。どじ以外の何者でもありません。それはもう単純に馬鹿だったと自分でも思います。
いやあやっぱり記事が基本長くてすみません。 今日の一曲です。
今日の一曲: ABBA “Gimme! Gimme! Gimme! (A Man after Midnight)”
90%くらいはクラシック音楽で占められてると思われる私のipodにもこんなのが入ってます。ちょっと古めの洋楽とか、あとJ-popも入ってますよ。 イントロはものすごく有名なんですけど今日まで曲全体を知らなくてインパクトを受けたので今日はダントツでこれ(笑)調子がいいのが大変気に入った気分です、今日は。
ちなみにバクテーはマレーシア風ではなくシンガポール風の透き通ったスープのものが好みです。味もさながら最初の日に時間をかけとけば(といっても市販の スパイスとスペアリブとにんにく入れて煮込むだけ)安価でおいしく楽に3日も昼ごはんとして食べれるところもいいですね。今日はその3日目でした (笑) まだ残ってます。
レポで読ませてもらったこないだのロザン・ノンスタイル・チーモンチョーチュウ・田畑藤本のバレンタインライブで藤本さんと宇治原さんが素数が好きかどうかでプチ盛り上がってた のは(ちなみに私は素数好きです。割り切れないってなんか根性あるじゃないですか)音楽家で減7はどんなキーにも自然に移行できるから好きとかいうのと似 たような感じがします(笑)
補足までにいえば減7でいろんなキーに自由に移行するのはクラシックよりもジャズの手法っぽいですな。
宇治原さんつながりでもう一つ。受験のときは一日に11時間勉強してた、という宇治原さんの話を聞いて「えーすげえー」(口調!口調!)と驚いたんですけどよくよく考えてみれば私も大学時代は一日に8時間ピアノ練習してたなーって思い出しました。別に試験があるときじゃなくても。
もともとのめりこみやすいのが数少ないとりえではあるし、あと練習室の中で一人でいたかった心理が見え隠れしないこともないのですが。脳にとっては重労働ですし体にとっても曲によりけりですから中労働はいくんじゃないかと(極のチョイスとほかにスポーツもなにもやってなかったことを考えれば私にとっては多少重労働に近かったのでは)。
大学の練習室は地下にあって、一つ一つの部屋にボストンのグランドが置いてあって。そのなかでも私は一番奥のただでさえほかの部屋より狭い(形が変)、しかもハープシコードまでおいてある非常識なほど狭い部屋で練習するのが好きでした。
別にハープシコードが目当てじゃないんですよ(調律はんぱなく狂ってましたし)。ただピアノの音のクリアさ(・・・狭い部屋なのでよく響く音量のこともありますが)、こじんまりとした感じでいつもそこにいたのでだいたい友達が探しに来るとどこにいるかわかると。
で、朝9時からこもって昼ごはんを1時に食べに出て2時から再開して6時まで、なんてことを毎日やってたわけです。とりあえず生活は規則正しいですな(苦笑) まあ今でも弾きたい曲がある程度あって、そして体力さえ続けば(指も体力もなまってますからね)今でもできるかなーと思ったりしてます。
大学にいる間はみんな若さとその機会にまかせてけっこう大きな(縦横深さともに)曲を弾く人が多いんですよ。練習室の前を歩いていくとテクニックの試験で弾かれることが多いバッハの平均律とかショパンやラフマニノフのエチュードや、下半期はフリーなプログラムがメインなのでショパンだったらもっと大きいスケルツォとかも良く聴きますし(大体第4番かな)、リストの中規模の曲とかを良く聴きます。
ただ私は手がわりと小さく(一オクターブはOKなので体格からするとまだいいほうなはずですが)さらに性格的にも多少ひねくれたマニアックな若人だったのであんまりショパンとかリストとかラフマニノフとかバッハは弾きませんでしたね。
大学でのピアノの先生がドビュッシーとかラベルといったフランスの20世紀初頭の印象派の専門の人だったのでその影響をじわじわと受けてフランスものはいっぱい弾きました。ドビュッシーよりはラヴェル。ラヴェルよりはメシアン・・・で、結局常に1曲以外は20世紀以降の曲ばっかりというレパートリーに進展していったんです。
真面目にテクニックを磨く人じゃなかった(ここらへんひねくれてるんですよ)けれど表現したいことはいっぱいあったしなんといっても色彩が好きで好きでたまらなくて。体力勝負みたいな感じじゃないし自分の個人的な感情とはどこかちょっと一歩離れたような、そういうフランス音楽と多分ウマがあったんでしょうね。
あとはまあ・・・好きだから、の他には理由は無いのかもしれません。本当に大学にいる間は好き勝手やってましたから(笑)好きだと思ったものはできないと思うとき以外はどんどん弾きましたし。大学のみんなに発表するコンサートクラスでも変な曲ばっかり弾いてると有名で。 ひたすら自分の好きなように自分の道を切り開いてくピアニストではありました。それもこれも先生が寛大であったおかげです(笑)先生とはあんまり趣味が合わない部分もありましたけどかまわないでくれましたし。
やんちゃだったなあ、とは思いますが今またピアノに戻ってもそのやんちゃさはきっと変わらないと思います。自分は弾きたくてピアノを弾いてるんだ、弾きたいものがあってその音楽と翔けたいからそれだけの理由でずっと大学の間はやってきたので・・・その気持ちは今でも変わりません。
ただピアノをそのときみたいに定期的に弾いていないから体が心と頭にまったく追いつかないんですが(笑)
あと、ピアニストは手を大事に・・・とよく言われてるみたいですが私はそっちでもかなりやんちゃしてましたなあ。まあ高校でバレーボールの授業で手抜く理由にはしましたけれど(笑)
でもコンクリートの塀を登ったり、素手で雪遊びしたり、料理も普通に大学に入ってからですがやりましたし、お皿洗いも必ず素手ですし。
それなりに外傷もありました。ブッシュウォーキングで坂で転げたり、自宅のトイレットペーパーのホルダーでぐっさり切れたり(!?)。 指の怪我なら絆創膏なしでも気にせず弾いてたりしましたしね。
あと職業病ともいえる腱鞘炎・・・は、ピアノとまったく関係ないところでならなったことあります(笑)入院してる間退屈を紛らわすためにかぎ編みをやりすぎて腱鞘炎になっただけです。どじ以外の何者でもありません。それはもう単純に馬鹿だったと自分でも思います。
いやあやっぱり記事が基本長くてすみません。 今日の一曲です。
今日の一曲: ABBA “Gimme! Gimme! Gimme! (A Man after Midnight)”
90%くらいはクラシック音楽で占められてると思われる私のipodにもこんなのが入ってます。ちょっと古めの洋楽とか、あとJ-popも入ってますよ。 イントロはものすごく有名なんですけど今日まで曲全体を知らなくてインパクトを受けたので今日はダントツでこれ(笑)調子がいいのが大変気に入った気分です、今日は。
今日2度目になりますが、ロザンが京都のオケとのオーケストラディスカバリーのレポをいくつかこっそり読ませてもらって、そしてナビゲーターを今年も続けることを知ってうれしかったので(笑)
本当にうれしいですよ。自分のすごく好きな人が自分の専門(といまだに言い張る)となんらかの形でかかわっているのは。
それに偏屈な類の玄人からみてもなかなか良いプログラムでそれもうれしいです。日本のクラシックのコンサートは何かとポピュラー路線が多いので・・・(N響は例外ですが。N響アワーも送ってもらってます)
今回のコンサートでチェレスタが出てきたらしくてそれもまたうれしく。
私にもしも天職というものがあるとしたらそれはチェレスタ弾きだと信じてるんですよ。
誇れる仕事でした。チェレスタを専門でやる人はほとんどいなくとも実力は認めてもらえてたし、楽しかったし、オケのみんなも私がチェレスタを弾くと顔や心を向けたりしてくれて。それにサイズ的にものすごく親しみがわくサイズなんですよ(笑)
天職が天職となりえないのはなによりも職になるほど出番が少ないからもあって。
チャイコフスキーの「くるみ割り人形」のお披露目から楽器の歴史が始まる(結構遅いほうですよ)のもあり、そしてその後の作曲家もなんかこだわりがないとチェレスタは使わないし。あったとしても出番はかなり少ないし。ソロレパートリーなんてものはほとんど皆無だってことも痛いですね(笑)
あとメカニズムはピアノとだいたい一緒なので普段はオケにいないピアニストが弾くこともあってあんまりメインとしては扱われない楽器なんですよ。
ピアノと比べて音色とかテクニックとか音域に深みがなくてできることが限られてる・・・というので(もっとざっくりいえば可愛い音色を出すだけだと思われてるので)あんまり真剣に取られないというか。
大学にあったチェレスタの楽器も古くてなんかホコリがたまってるしタッチはへぼろいし音は出にくいしで。
でもなぜかそれを極めたくなったんです。どうしてかは覚えていないんですけどこの楽器にはもっとできることがある、と。不思議と惹かれたその楽器をもっと活躍させてあげたくて。
ついでに言えばピアノもオーケストラの一員として(つまりはコンチェルト=協奏曲ではなく)弾く事も少ないんですよね。私はオケにいるのが、オケで弾くのが楽しかったのとチェロをオケで弾いたことで身に着けた指揮者とのコミュニケーションのとりかた、オケでの自分の居場所の探し方、オケの一員として弾くこと、ついでに磨き上げたオケ演奏の勘(オケでは結構なんでも勘に頼ってたところがあります(笑))、それをそのころ知り合った指揮者の人に買われてオケでよく弾くようになり、専門っぽい扱いをしたんですけど(あと自分がマネージャーだと多少は融通が利きます)。
チェレスタってまず音量がそうないんですよね。特に低音域は本当にテクスチャだけ、って感じがしないでもなく。でも弾き方しだいでは「鉄琴かと思った」といわれたり指揮者に多少やりすぎだといわれる(どちらも実体験)音量もだせます。
音域の狭さは・・・まあしょうがないと思いますね。ないのは主に低音、楽器にある以上に増やしたらきっと聞こえません。
あと何しても間違いなくそれなりの質の音が出ますから(笑)そこから成長する余地もほかの楽器ほどはなくて、それはそれで残念なんですけど。
成長しないことはないんですよ。でもやっぱり「可愛い音」「ちりんちりん」っていうイメージが抜けない、つまりは人間で言えば「可愛いだけで中身が無い」みたいなイメージが付きまとってるんですよ。
その元凶は名曲ながらもデビュー曲「くるみ割り人形」の「金平糖の精の踊り」のイメージなんでしょうかねえ。
でも大学で作曲科の生徒がオケで曲を弾いてもらうセッションのときはチェレスタの新境地が開けたと本当に思いました。作曲科の先生が私のために(本当ですよ!)「チェレスタがいるからパートを入れて欲しい」とリクエストしたらしく、6曲中4曲にチェレスタが入ってました。それだけでもありがたいのにそのチェレスタの使い方がまた斬新で。
なんというか・・・精神的な危うさとか幻覚、病的な心の不安定さとか闇の属性でいっぱい使っていただいたんです。そういうのが私はまた好きな人で(笑)
21世紀の新しいチェレスタの形だな、と本気で思いましたよ。世界でもそうなることを今でも願ってます。
そんなことがいろいろ積み重なってチェレスタは私の楽器というような気持ちになっていったんです。
プロのオケとかの舞台裏やってる友達からも「メルボルンで一番のチェレスタ弾きだ」といってもらえて。
上達するっていう実感がほとんど涌かない楽器だけれど、やっぱり上達すると愛着も深まり。
音質の範囲が広くなるのが一番愛着が深まりますね。低音域のくぐもった、でもふかふかであったかい(ただたまに「カビが生えてるみたいな」って形容するけど)音、高音域は鋭くなりすぎないように(それは鉄琴に任せ)、ほかの音とちゃんと混ざるように。
ペダルは(ちょっと高い位置にあるので足は組んだまま弾かないと操作できないけれど)ピアノでのペダル以上に音の質と表情に影響して。
言葉で言い表せないほど好きなんです。
・・・とチェレスタの話をしてしまったのでチェレスタ活躍オケ曲を「今日の一曲」第2弾目に。
今日の一曲:セルゲイ・ラフマニノフ「鐘」
ポーの同名の詩を歌詞としたカンタータっぽいもの。第1楽章と第4楽章(第2楽章も弾いてるけど目だってない)のチェレスタの鐘・鈴の音は本当にいいとこどりで魅力振りまきまくりです。
第1楽章は銀の鈴。中高音域がきらきら銀色に輝いて。第4楽章は死を表す鉄の鐘。ところどころで中低音域の深さとあったかさがにじみ出てきます。
ラフマニノフはなにかとピアノ曲が有名ですが(自身もピアノの巨匠でしたし)、オケの書き方も本当にうまいです。そしてロマン派と思われがちだけれどちょっと20世紀的なところもあったりして。
ベタなようで奥が深くて幅広い人に末永く楽しめる作曲家です。
本当にうれしいですよ。自分のすごく好きな人が自分の専門(といまだに言い張る)となんらかの形でかかわっているのは。
それに偏屈な類の玄人からみてもなかなか良いプログラムでそれもうれしいです。日本のクラシックのコンサートは何かとポピュラー路線が多いので・・・(N響は例外ですが。N響アワーも送ってもらってます)
今回のコンサートでチェレスタが出てきたらしくてそれもまたうれしく。
私にもしも天職というものがあるとしたらそれはチェレスタ弾きだと信じてるんですよ。
誇れる仕事でした。チェレスタを専門でやる人はほとんどいなくとも実力は認めてもらえてたし、楽しかったし、オケのみんなも私がチェレスタを弾くと顔や心を向けたりしてくれて。それにサイズ的にものすごく親しみがわくサイズなんですよ(笑)
天職が天職となりえないのはなによりも職になるほど出番が少ないからもあって。
チャイコフスキーの「くるみ割り人形」のお披露目から楽器の歴史が始まる(結構遅いほうですよ)のもあり、そしてその後の作曲家もなんかこだわりがないとチェレスタは使わないし。あったとしても出番はかなり少ないし。ソロレパートリーなんてものはほとんど皆無だってことも痛いですね(笑)
あとメカニズムはピアノとだいたい一緒なので普段はオケにいないピアニストが弾くこともあってあんまりメインとしては扱われない楽器なんですよ。
ピアノと比べて音色とかテクニックとか音域に深みがなくてできることが限られてる・・・というので(もっとざっくりいえば可愛い音色を出すだけだと思われてるので)あんまり真剣に取られないというか。
大学にあったチェレスタの楽器も古くてなんかホコリがたまってるしタッチはへぼろいし音は出にくいしで。
でもなぜかそれを極めたくなったんです。どうしてかは覚えていないんですけどこの楽器にはもっとできることがある、と。不思議と惹かれたその楽器をもっと活躍させてあげたくて。
ついでに言えばピアノもオーケストラの一員として(つまりはコンチェルト=協奏曲ではなく)弾く事も少ないんですよね。私はオケにいるのが、オケで弾くのが楽しかったのとチェロをオケで弾いたことで身に着けた指揮者とのコミュニケーションのとりかた、オケでの自分の居場所の探し方、オケの一員として弾くこと、ついでに磨き上げたオケ演奏の勘(オケでは結構なんでも勘に頼ってたところがあります(笑))、それをそのころ知り合った指揮者の人に買われてオケでよく弾くようになり、専門っぽい扱いをしたんですけど(あと自分がマネージャーだと多少は融通が利きます)。
チェレスタってまず音量がそうないんですよね。特に低音域は本当にテクスチャだけ、って感じがしないでもなく。でも弾き方しだいでは「鉄琴かと思った」といわれたり指揮者に多少やりすぎだといわれる(どちらも実体験)音量もだせます。
音域の狭さは・・・まあしょうがないと思いますね。ないのは主に低音、楽器にある以上に増やしたらきっと聞こえません。
あと何しても間違いなくそれなりの質の音が出ますから(笑)そこから成長する余地もほかの楽器ほどはなくて、それはそれで残念なんですけど。
成長しないことはないんですよ。でもやっぱり「可愛い音」「ちりんちりん」っていうイメージが抜けない、つまりは人間で言えば「可愛いだけで中身が無い」みたいなイメージが付きまとってるんですよ。
その元凶は名曲ながらもデビュー曲「くるみ割り人形」の「金平糖の精の踊り」のイメージなんでしょうかねえ。
でも大学で作曲科の生徒がオケで曲を弾いてもらうセッションのときはチェレスタの新境地が開けたと本当に思いました。作曲科の先生が私のために(本当ですよ!)「チェレスタがいるからパートを入れて欲しい」とリクエストしたらしく、6曲中4曲にチェレスタが入ってました。それだけでもありがたいのにそのチェレスタの使い方がまた斬新で。
なんというか・・・精神的な危うさとか幻覚、病的な心の不安定さとか闇の属性でいっぱい使っていただいたんです。そういうのが私はまた好きな人で(笑)
21世紀の新しいチェレスタの形だな、と本気で思いましたよ。世界でもそうなることを今でも願ってます。
そんなことがいろいろ積み重なってチェレスタは私の楽器というような気持ちになっていったんです。
プロのオケとかの舞台裏やってる友達からも「メルボルンで一番のチェレスタ弾きだ」といってもらえて。
上達するっていう実感がほとんど涌かない楽器だけれど、やっぱり上達すると愛着も深まり。
音質の範囲が広くなるのが一番愛着が深まりますね。低音域のくぐもった、でもふかふかであったかい(ただたまに「カビが生えてるみたいな」って形容するけど)音、高音域は鋭くなりすぎないように(それは鉄琴に任せ)、ほかの音とちゃんと混ざるように。
ペダルは(ちょっと高い位置にあるので足は組んだまま弾かないと操作できないけれど)ピアノでのペダル以上に音の質と表情に影響して。
言葉で言い表せないほど好きなんです。
・・・とチェレスタの話をしてしまったのでチェレスタ活躍オケ曲を「今日の一曲」第2弾目に。
今日の一曲:セルゲイ・ラフマニノフ「鐘」
ポーの同名の詩を歌詞としたカンタータっぽいもの。第1楽章と第4楽章(第2楽章も弾いてるけど目だってない)のチェレスタの鐘・鈴の音は本当にいいとこどりで魅力振りまきまくりです。
第1楽章は銀の鈴。中高音域がきらきら銀色に輝いて。第4楽章は死を表す鉄の鐘。ところどころで中低音域の深さとあったかさがにじみ出てきます。
ラフマニノフはなにかとピアノ曲が有名ですが(自身もピアノの巨匠でしたし)、オケの書き方も本当にうまいです。そしてロマン派と思われがちだけれどちょっと20世紀的なところもあったりして。
ベタなようで奥が深くて幅広い人に末永く楽しめる作曲家です。
