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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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メル響2015年シーズン公開されました!
今日はピアノも休んでだらだらしていたらどうしても眠りに落ちてしまってどうも頭が重いです。どうしてこうなった。動かないにしてもこんなに眠くなることはそんなに多くないはずなんですが・・・

前回のエントリーで書いたとおりメル響(ただいまヨーロッパを演奏旅行中)の来年のコンサートシーズンが最近発表されたので今日はめぼしいコンサートを紹介します。何よりも私が楽しみにするために(あと実際来年シーズン紹介エントリーは後々参照してたりします)。
それではいきなり。(あくまでも自分が面白そうだと思ったコンサートのみで網羅はしてません。室内楽コンサートはだいたい省いてます)

<1月~2月>
メル響の1年が始まるのは1月最後の日、31日のスター・トレックのコンサート。来月もうチケット予約が始まるので宣伝はすでに始まってます。ファンにはたまらないコンサートなんだろうなー。
2月には毎年恒例Sidney Myer Ballでの無料野音コンサートシリーズ。今年は2番目のコンサートでバルトークの管弦楽のための協奏曲をやるのが楽しそう。
さらに2月の終わりには去年に引き続きChinese New Yearコンサートとして中国の作曲家Tan Dunを招いたコンサートが開催されるそうで楽しみ(今年の10月のTan Dunギター協奏曲のコンサートはいけないので)。
そういえば最近お知らせが入ってきて2015年夏にSummersalt Festivalという芸術関係のフェスティバルが6週間メルボルンで開催されることになったそうで、メルボルンの様々な芸術団体が参加する中にメル響も挙げられてたので↑のコンサートのいくつかもその一部になるのかな?

<3月~4月>
今年始まったマーラーサイクルは来年も続いて3月に交響曲第3番の演奏があります。巨大な巨大な交響曲。4月にはバイオリニストSarah Changが来豪してブルッフを弾くそうですがブルッフはともかく(彼女の演奏だったらもうちょっと違う曲が聴きたかった)同じコンサートで演奏されるニールセンの4番とかアイヴスとか、なかなかお目にかかったことがないレパートリー揃いで楽しみです。

<5月>
毎年恒例の新しい音楽の祭典Metropolis Festivalは5月の中旬くらいにいくつかコンサートがあります。武満やシェーンベルクなど様々な現代音楽の作曲家がフィーチャーされるなか私が大学で初めてオケピアノを弾いた曲であるヴァレーズの「砂漠」が演奏されるコンサートTan Dunのチェロ協奏曲「Crouching Tiger Concerto」のコンサートは聴き逃したくない。

<6月>
6月もなかなかすごいラインアップ。ブリテンの戦争レクイエムがあったりマーラーの交響曲第4番があったり。マーラー4番(歌のソリストは母校の先輩!)のコンサートではWispelweyのプロコフィエフ(Sinfonie-Concertante)が今度こそ聞けるかな?(前回は指揮者の都合で曲が変わった)

<7月>
7月も引き続きてんこもり。オーストラリアの作曲家Nigel Westlakeが音楽を書いた豪米制作の映画「ベイブ」の20周年を記念したコンサートシベリウス7番とラヴェルのボレロのコンサート、そしてチャイコフスキーのスラヴ行進曲・プロコフィエフのピアノ協奏曲第2番とブラームス4番という私の好きな曲しかないコンサート

<8月~9月>
8月にはまずスクリャービンが入るちょっと変則的な?オールロシアンコンサートにラフマニノフのピアノ協奏曲第3番とシュトラウス「英雄の生涯」が入ったテンションが上がりそうで濃いコンサートもあり。
9月は声楽方面でRenee Flemingによるラヴェル歌曲など自分がちょっと知ってきょくが演奏されるコンサートもあるようですが行けるかな。

<10月>
なんか今年の年末にもやるような気がしますが来年の10月もシェヘラザードやるそうです。ドヴォルザークのバイオリン協奏曲も聴けるのは嬉しいな。
そして月末にはガーシュインの「パリのアメリカ人」、ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調、サン=サーンスのオルガン交響曲(もちろんタウンホールで!)という終始すっきりな楽しいコンサートもあり。

<11月>
11月の目玉はシベリウス&ニールセンのオール北欧プログラム。これは聞き逃せない。そして同じバイオリンのソリストで弦楽中心のコンサートもMelbourne Recital Centreでやるそう。こちらもいい曲揃いでよさげですねー。
12月は毎年恒例&伝統の「メサイア」とクリスマスキャロルコンサートだけみたいですね。

来年は解説系のコンサート(Ears Open WideやKeys to Music)も増えてますし、クラシック以外のジャンルとのコラボ的なコンサートも幅が広がってますし。
さらに子供向けのコンサートがFamily Classic for KidsとJams for Juniorsに増えてるのも来年からかな?年齢分けがちょっと???ですが時間を短くしたり聴衆参加アクティビティを取り入れたり年齢でその内容をちょこちょこ変えてみたりいろんな試みしてるみたいで面白そう。
子供のためのコンサートでの工夫とか知りたいです。

ということで20世紀以降音楽となるとちょっと自分にはたりない部分も結構ありますが、それでも2015年楽しみです。
(ついでにプロで弾けるようアクションを起こせる年になるか!?とは思ってますが完全にチキンなのでさてどうなるか。)


今日の一曲はお休み。キューはまだ存在しています。面白い曲を紹介できるようぼちぼちがんばります。
(ただクラシック以外にはちょっとの間手が回らなさそうです~)


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ハープとチェレスタ、お隣さん
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
今回は前回のエントリーでちょっと言及したハープの子とした話を一部。いろいろ聴いたり話したりしたのものすごく楽しかったのですがリアルタイムでないからどれくらい伝わるか。

前から何度か書いていますがハープもチェレスタ(他鍵盤楽器)もオーケストラにいつもいるわけではない、ゲストプレーヤーな立場の楽器です。オケの端っこで隣に座るときも多く、弾くパートや音の数なんかもちょっと似通ってたりで、一緒に弾くことも多いのでハープ奏者と一緒になったら声かけたり話したりして仲良くなることが多いです。(私はかなり人見知りではありますがハープ奏者に対してはなんかちょっとそれも和らぐような)
ちゃんとリハーサルの外でもコミュニケーションとってると演奏してるときも連携がうまくいくのはこの楽器に限ったことではないですしね。

チェレスタ奏者としてハープ奏者のパートを見たり聴いたり一緒に弾いたりしてると結構似てるなーと思うところがたくさんあるのですが、そうやってハープ奏者から話を聞いてみると実は違うところ(正反対のところも含め)もたくさんあることが毎回分かって、似たところに共感して盛り上がったりもしますが違うところを知ることもものすごく楽しいです。

ピアノ・チェレスタとハープに関して違うことのほとんどは楽器を弾く際の技巧に関するものがほとんどです。考えてみれば水平な鍵盤と垂直な弦、弾く動きはかなり違います。
例えばピアノなら長いアルペジオ(分散和音)を弾く時には指をくぐらせることでなめらかに弾くのですが、ハープは指をくぐらせるのが苦手で手のポジションを素早く移動させることで同じエフェクトを出すそう。
そしてもちろんハープは♯とか♭を弾くのにペダルを操作するので半音的な動きはかなり難しい。
他にも色々ちょこちょこ(特に伴奏音型とかで)ピアノを想定すると普通でもハープでは弾きにくいことは多数あるそうです。

で、作曲家がハープの得意不得意を分からないままパートを書いちゃうことも多々あるそうです。ピアノと似た前提で書かれちゃうと前述の通り難しいそうで。
特に古い音楽(たとえばモーツァルトとか)ほどその傾向は強く、今では割と分かってくれることも多いそうですがなんせ現代音楽なので元が難しい(半音的な動きも多い)。さらに弾きやすい=弾いてて楽しいわけではないそうで(まあどの楽器でもそうですね)。
今回一緒だったハープの子が「ハープのために弾きやすいいいパートを書いてくれる作曲家」として挙げてたのはラヴェル、ドビュッシー、サン=サーンス、マーラー、ヒンデミットあたりだったかな。もう何人かいた。

それでそういう弾きにくい、または弾けないハープパートがもう何百年も巷に満ちあふれていて仕方がないのでハープ奏者は弾けるようにパートを書き直したりなんだりして弾いて、その書き直したパートを代々受け継いでいるそうです。ここら辺の話は打楽器の事情とちょっと似てるかな。(彼らも特定の性質の音の出し方とか先生にエスカレーションすることが多い)
作曲家が書いた楽譜の音の他に色々ノウハウがあってそれを先生から生徒に受け渡していくシステムがどうやらあるようで。

それとは対照的にピアノやバイオリンは作曲家が書いた楽譜に大抵書いてあるというか、奏者が楽譜から諸々読み取っていくシステム。これがハープ奏者からみると不思議みたいです。
ピアノは確かに楽譜から作曲者の意図や自分の解釈とかを読み取っていくのが自然で、ピアノ音楽の性質からしてもそれでいいと思うのですがオケにおいてのピアノ・チェレスタでは果たしてそのシステムでいいのかな、と今回話を聞いて思いました。
今はオケでピアニストとして諸々弾く時には指揮者の読み方もチェレスタの音の表現も全て自分で試行錯誤して自分にとっていいシステムを編み出していくのですが、誰にもそれを残したり教えたりしないのでノウハウの蓄積が個人単位に限られていくんですよね。
特にチェレスタのポテンシャルを高めるにはそういうシステムが必要なんじゃないかと(ぶつぶつ)

逆にハープとピアノ・チェレスタで似てるなーと思うことはオケにおいての立ち位置に多いと思います。
色んなオケに呼ばれて色んな指揮者さんとお仕事して、ハープ奏者もピアニストも似たようなところみてるんですよね、指揮者の評価に関しては。こうして欲しいなーという需要もだいたい同じ。
ハープやチェレスタみたいな周辺楽器(と私は呼ぶ)に理解があるだけでなくやっぱり細かい性格の、細かいところまでこだわる指揮者の方が好まれるというか。そもそもハープとかチェレスタとかの存在自体がディテールなので。

で、ちょっと思ったのがハープやオケピアノ・チェレスタ(特にハープ)の奏者が作曲家や指揮者と話すというか、啓蒙じゃないけどそういう場があったら・・・と思うのですが需要としては私が面白いと思うほどにはないかなあ。
もうちょっと痒いところに手が届いたら、みたいなことはちょっとだけ思います。今決して不当に扱われてると感じてるわけじゃないですがもうちょっと良く・面白くできるんじゃないかなーと。
少し前にはチェレスタの広報みたいなことがあったらいいのかな、と思ってたのですが昨日話してるうちにそれだけじゃないのかなーとちょっと改めて考えを整理してみたくなりました。整理しないで書くとこの段落みたいな体たらくになるので。

最終的に何もまとまらなくてぐっちゃぐちゃになりましたがハープのこと色々知るのも面白かったですしオケで弾く楽しさを改めてかみしめると共にオケで弾くことについてもっと考えたいことも出てきました。
自分が弾いて楽しむ以上のことは形にするのが難しいなあ・・・

難しいこともあれですがもっとオケで弾きたいよー!(できればまたハープの隣で!)


今日の一曲: Paul Stanhope ピッコロ協奏曲



ちょっと前(数ヶ月くらい?)にメル響がABCで出したアデスのPolarisのCDに収録されていたこの曲。オーストラリアのStanhopeによるピッコロ協奏曲です。
ピッコロはフルートを小さくした楽器(長さが半分=1オクターブ上の音がでる)です。オケの中で最も小さい楽器の一つではありますが音量・音質は場所を間違えれば本気で耳をつんざくほどの鋭いもので、フルオケをバックにしてもなんら遜色のない音。
でも音域が限られたりテクニックがトリッキーなところがあったり?など色々理由があってピッコロを専門にする人は少ないですし(そりゃあフルートで似たような音域+それ以上もつかって音も美しく表現豊かで比較的楽にだせればねえ)、ピッコロのためのソロレパートリーもかなり少ない。

私もピッコロの協奏曲を聴くのはこの曲が初めてでした。そしてStanhopeの曲を聴くのもほぼ初めて。景色を描くような作風にピッコロがまるで景色の一部のようにすっと入ってくる、ソロにしてはちょっと独特の存在感に最初からちょっと心くすぐられました。
ピッコロはフルートが得意な息の長いメロディーよりもリズミカルなパッセージの方が音が映えるのですがオーストラリア音楽に特徴的なリズムとピッコロの音の相性の良さに納得です。
そしてなかなか聞く機会がないピッコロの超絶技巧は第2楽章でたっぷり味わいましょう。

同時にこの協奏曲のソロのパートを成り立たせるためには奏者が最初から最後まで通じて音をかすれさせることなく長い一つの線を描くことが必要になると思うのですがこの演奏はほんと見事です。メル響のピッコロ奏者の方なのですがソロとしてもほんとすごいですね!
マイノリティ楽器を輝かせるということにおいてここまでできたらいいんだけどなあ・・・

Stanhopeの音楽は手元にある分(これ含めて3曲)全部すっと入ってくる感じで好きなのでもっと聴き広げていきたいです。決してキャッチーではないですが聴きにくいようなことはない作風で。馴染むのに苦労はないと思います。

日本のAmazonにもmp3アルバム出てますねー。アデスの「Polaris」もこのブログで何度も紹介してますが21世紀の名曲なので是非聴いてみてください。

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無事コンサート終わりました。
また一つコンサートが終わりました。
Stonnington Symphony Orchestra Malvern Town Hall Seriesコンサート2
Malvern Town Hall 8月17日(日)2時30分開演
指揮者:Roy Theaker
ソリスト: Alison Rae Jones (ソプラノ)、Emily Bauer-Jones (アルト)、Stephen Smith (テノール)、Gary Rowley (バリトン)
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル 「ジョージ2世の戴冠式アンセム」より「司祭ザドク」
ジュゼッペ・ヴェルディ 「聖歌四編」より「スターバト・マーテル」
ルートヴィッヒ・ファン・ベートーヴェン 交響曲第九番「歓喜の歌」

↑を見て前回と違うところがあるのにお気づきでしょうか。バス→バリトンになってるのは私の凡ミスですがバリトンのソリストが変わってます。
一昨日の夜Stonnington Symphony Orchestraのfacebookページにお知らせがあって本来ベートーヴェンでバリトンのソロを歌うはずだった方が体調不良により歌うことができなくなって急遽代打の歌手に来てもらったとの経緯で。
第九は演奏頻度は高いし誰でも知ってる曲ですがバリトンは第4楽章前半に大きなソロもあり、2日で引き受けるのは大変なこと。昔の裏方経験からこういうハプニングには結構ひやひやしますが(実際裏方の人大変だっただろうな!)舞台裏で聞こえてきたソロはものすごく頼りになる声でほっとしました。本番うまくいってよかったー。

とにかくいい感じの演奏になりました。ヘンデルでスタートはやっぱ自信が付くというか整いますね、オケも合唱も。ちゃんと基本を押さえてれば間違い無いし楽しく演奏できる。
今回キーボードがオルガンの音だとタッチで強弱が付かなくて(ピアノの音だと付くのに)いちいち音量ツマミで調整してたのですがそうでなければ合唱+オケがフォルテのときに派手に音出せたんだけどな、というのが自分の演奏に関する唯一の心残り。

ステージの進行上前半のヘンデルで弾いたあとヴェルディもステージ上で聴いてました。合唱もオケも力強いところのヴェルディらしい内向きな派手さがよかったですが弱音部分はちょっとやっぱ難しいですね。
演奏前に前回も一緒だったハープの子と話してたのですが指揮者の方がどうもちょっとテンポ早めにいく傾向があって。ベートーヴェンのスローな第3楽章もそうだったのですが全体的な音楽の流れはよくなるのですがヴェルディみたいに音一つ一つの移り変わりに細やかな美しさと緊張がある曲だとちょっと勿体ない感じにはなるかなー。

ハープ(それから今回はなかったですがチェレスタ)なんかはオケの音楽の中でもかなりディテール担当の方に入るのでもっとディテールに目を向ける指揮者さんの方が弾くには楽かも、という話をしてました。
今回ハープの子とは待ち時間が長くてすっかり話し込んでしまったのですが(ちなみに次回も一緒)色々面白い話が聞けたので次回のエントリーでできたらまとめたいです。

前回はゲネプロが午後で4時コンサートだったのですが今回朝に家を出ることになったため(あと弾くのがプログラムで最初の曲だった)結局一日中出かけてたことになって、だからなのかどっと疲れがでちゃいました。
とりあえずまた一つコンサート終わり、ということで一時帰国(そうです、するんです)までの数週間ちょっと自分のピアノのレパートリーにちゃんと心と頭を向けたいと思います。


今日の一曲: ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル 「ジョージ2世の戴冠式アンセム」より「司祭ザドク」



今ヘンデルのフルネームの日本語表記を調べてたらヘンデルはドイツ生まれでイギリスに帰化した作曲家でイギリスではイギリスの作曲家として扱われてるけど日本ではドイツの作曲家として扱われてる的な話が書いてあってへーとなりました。
オーストラリアはなんだかんだでイギリス圏なのでこっちでもイギリス中心の作品を聞く事が多いですね。「司祭ザドク」もその曲集名で分かるようそんな曲の一つ。

「司祭ザドク」は合唱とオケのための作品で、今回オルガンパートがある版を演奏しましたが通奏低音(主にベースラインをオルガンなどがダブる)がある版もありますし、ハープシコードが入る版もあるそうです。
ヘンデルはバロック時代の作曲家なのでオケの楽器の種類もかなり少なめ。そんななかで唯一の金管楽器であるトランペットのパートはちょこちょこかっこいいことやってるので是非耳をすませて欲しいです。

曲は3部(序奏のゆっくりな部分・3拍子の速い部分・厳かで喜ばしい最後の部分)で成り立ってますが実は歌詞はこれだけしかないです。歌詞を聴き取るの苦手なのでどこをどれくらい繰り返してるか分からないんですが繰り返しすぎでないか(汗)
ちなみにもちろんというかなんというか歌詞は英語です。できるだけオージー訛りは抑えましょう(笑)

この曲、3つの部分全部日本でもどっかで色々テレビとかで使ってるような気がするんですよねー。世界一受けたい授業のあの音楽か?と思ったのですがどうも違うような。うーん。
ヘンデルって多作で、同じキーで似たような曲もたくさん書いてるので特定が難しい。(そもそもこの曲だって「メサイア」のハレルヤコーラスに似てるとこ結構ありますし)
「司祭ザドク」使ってる日本のテレビ番組についての情報があったら教えてほしいなーっとゆるく募集しております。

リンクしたCDはバロック時代とかそこらあたりの音楽色々をケンブリッジ・キングス・カレッジ聖歌隊が歌ってるCD。どうも巷で有名&ポピュラーらしいアレグリの「Miserere」 やヴィヴァルディの「Gloria」からの1曲など収録されてます。

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合唱とのリハーサル終わった!&コンサート服装の話ちびっと
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~

無事!今週の日曜のコンサートのための合唱リハーサルの伴奏終わりました。
まずはそのコンサートのお知らせから:

Stonnington Symphony Orchestra Malvern Town Hall Seriesコンサート2
Malvern Town Hall 8月17日(日)2時30分開演
指揮者:Roy Theaker
ソリスト: Alison Rae Jones (ソプラノ)、Emily Bauer-Jones (アルト)、Stephen Smith (テノール)、Roger Howell (バス)
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル 「ジョージ2世の戴冠式アンセム」より「司祭ザドク」
ジュゼッペ・ヴェルディ 「聖歌四編」より「スターバト・マーテル」
ルートヴィッヒ・ファン・ベートーヴェン 交響曲第九番「歓喜の歌」

全曲合唱付きという大編成のコンサート。合唱のリハーサルも量が多くて大変そうでした。
合唱をみっちりやる部分が多い分私が弾くのは結構少なかったり(最初の音を示すだけがほとんど)。しかも懸念してた第九はほとんど弾かず、主にヴェルディで伴奏パートを弾きました。
ヴェルディはちょっとここ数日の練習で惚れた曲ですがそれについては後ほど今日の一曲で。
今回は合唱のリハーサルで面白かったことを中心に。

リハーサルの時間がかなり限られてるというのもありリハーサル本体を始める前のウォームアップも私が知ってる合唱のウォームアップよりも簡略化したものになってたのですが、なんとウォームアップとしてWaltzing Matildaを歌ってました(笑)これにはびっくり。
でもよく考えてみればオーストラリアで過ごしてれば大体知ってる曲ですし、大体メロディー的にもいい感じで色んな要素を含んでいて確かにウォームアップには向いてるものなのかも。

今回のコンサートはヘンデルで英語、ヴェルディでラテン語、ベートーヴェンでドイツ語と三ヶ国語で歌わなくちゃいけないのが大変そう。(英語といってもオーストラリア英語のなまりで歌っちゃいけなさそうだし)
合唱の指揮者さんが話してた感じだとどうもテキストの内容を把握してない人も結構いるみたいで、アマチュアだからしょうがないとはいえちょっと勿体ない。どんな歌の歌詞でも元の詩を知るのは演奏に大事ですし、あと文学方面に広げる機会にもなる。

ヴェルディは本当に合唱の歌い手たちを試す曲ですね。しっかり(宗教的な)内容のあるラテン語の歌詞、最初のエントリーの音程、キーチェンジの多さ、途中のアカペラ部分、表現の豊かさ、強弱や表現の細かさ、パート同士が独立してることなどなどありますがなによりハーモニーやメロディーの中で自分の歌う音がどういう機能・役割をしてるのかしっかり把握して音程の微調整で音を豊かにしたり表現を高めたりする。昨日のリハーサルで一番時間を割いたのにも納得。

合唱の指揮者さんも面白い人でしたねー。例えとか話の運びとかにちょこちょこユーモアが光ったり、あとクレッシェンドの表現を練習するのに合唱に拳を振り回させたり(他の人に当たらないように!)。あとクイーンズランド出身だそうです。たまにちょっと変わった発音がでるなとは思ってたのですが。クイーンズランドは特徴的だとは言われますが私はなかなかオーストラリア内の訛りの違いってまだわからないですねえ。オケの指揮者さんがちょっとイギリス訛りなので比べて聞くと面白い。

さて、今回のコンサートは最近亡くなったオケに縁の深い方に捧げられていて、その方が自分のお葬式で黒服に赤を足すよう言い残していたのにならってコンサートでも演奏服がオールブラック+ちょっと赤となっています。
なので今日ちょっと近くの石屋さんでガーネットのネックレスを買ってきちゃいました。最近ネックレス入手多いな。

演奏服は私が弾くオケだと(というかメル響以外のほとんどのオケは)男女とも上下黒なのが多いですがそういうイレギュラーもたびたびあります。前も多分この話してる。

以前ユースオケでCancer Council Australia恒例のDaffodil Dayの一貫として?コンサートをやってDaffodil=黄色いスイセンの造花をつけて演奏した記憶もぼんやりありますし、こういうイベントによってオールブラックにワンポイント追加ってのもほどよいインパクトがあって良いなと思います。ちょっと楽しいですよね。

以前一回大学のオケで指揮者さんの意向で急遽上はカラーシャツにした回もあったのですがなんかちょっと浮き足立ってた思い出があります。統一感はやっぱり大切ですね。
あとは例えば学校の生徒のための教育目的コンサートだとセクション毎に違う色のシャツ着たり、なんてのもどっかで見たことある。(とはいえ学童のためのクラシック音楽イベントも今は色々あって必ずしもフォーマルなor本格的なコンサートの形式をとらないことも多いですしね)

さて、もう日曜日は本番。合唱も居ますし聴衆もたくさんくるはずなので(さすが第九というか、かなり早い時点からチケットがものすごく売れていたそうです)人いっぱいでばたばたになることが予想されます。
なにはともあれ人が多いとそれだけコンサートの楽しみを共有できる人が多くなるわけですしおおいに盛り上がるといいなと思ってます。楽しみ。


今日の一曲: ジュゼッペ・ヴェルディ 「聖歌四編」より「スターバト・マーテル」



ピアノ弾きとして出会う音楽の傾向が関係しているのかなんなのか、あんまりイタリアの音楽に惚れることがない私ですが(レスピーギは例外、でもレスピーギの音楽に対する惚れ方もちょっと違うかな)、この曲には惚れました。

ヴェルディは特にオペラで有名なイタリアの作曲家。イタリアはオペラでも有名ですがキリスト教のカトリック宗派が強いことでも有名。
「スターバト・マーテル」は十字架にかけられたキリストを見る聖母マリアを表した曲で、その強い悲しみを含んだシーンが題材として魅力的なのか同じテキストで他にも色んな作曲家が曲を書いているみたいです(私も要フォローアップ。特にプーランク、シマノフスキ、ペルト、ペンデレツキなど)。
ヴェルディのスターバト・マーテルは彼の最晩年の作品で、前からもある意味内向きなところがある作風だったのがさらに内向的に深く深く沈むような曲です。

この曲のなにに惚れたというとハーモニーの美しさ。
西洋音楽って大体ハーモニーの流れ(和音進行)で緊張を作ったり解いたりすることで流れを作っていくのですが(別のやりかたで音楽を作る文化も日本を初めもちろんたくさんあります)、それがヴェルディ尋常じゃないほどうまい。
最初の合唱のエントリーのトライトーン(増4度=減5度の音程、和音の中でも特に緊張が強い和音)から始まりメロディーの中で適宜緊張を増す音をぶっこんではうまいこと和らげていく。

特に合唱のパートはそれがパワフル。オケのパートも大きいですが基本はサポートの役目です(かなりしっかり支えてますがね)。
横のメロディーの流れも縦の和音もどちらも和音・メロディーが効果的に色彩豊かに響くように書かれていて、一つ一つの音が音楽的な役割をしっかり担っている。
ぱっと聞いただけでも美しい曲ですが、美しいだけでなく細部のメカニズムまでしっかりしているのがさらにすごい。

そこにまた歌詞が来るわけですよ。ラテン語は音楽諸方面で見るくらいしかわからないのですが、自分が分かるだけでもメロディーの中での緊張の度合いと歌詞の単語の緊張の度合いがちゃんとぴたっと合ってさらにエフェクトを高めてるのがわかります。しかも強弱の表示でさらに細かい(たまにトリッキーな)表現を作ったり。
この曲において発音する音節一つ一つ、奏でる音一つ一つの重みがすごいのはそういうヴェルディの工夫もあるんだろうな。

で、そこにさらにイタリア(しかもオペラが得意な)の熱い情熱的な魂が宿るわけです。
この熱さゆえに音楽が理屈っぽくならない。でも細かいディテールが後ろで支えてこそ魂がより熱くなるってのはあると思います。

なので普通に聞いてもものすごく美しい、悲しみの表現が素晴らしい曲だと思いますが、もう一歩踏み込んでどうして美しいのか分析してみることでさらに魅力が増す曲でもあります。
(私も伴奏パートを弾いて改めて気づいたのでスコアをさらってみると面白いかも)

まだ手元に録音持ってない上に合唱とかヴェルディとかどこのオケ・合唱団とか指揮者がいいとか全くわからないのでとりあえず見つけたのリンク。有名なヴェルディのレクイエムと一緒に収録されてるやつ。
この曲は「聖歌四編」の1曲、つまり他にも3曲このくくりに入ってます。ゆっくりな曲ばっかりちょっと試聴しただけじゃわかりにくいですが試聴もあります。


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第九に魘されて
ばたばたウィークに入りましたのでまずはお知らせ:

Stonnington Symphony Orchestra Malvern Town Hall Seriesコンサート2
Malvern Town Hall 8月17日(日)2時30分開演
指揮者:Roy Theaker
ソリスト: Alison Rae Jones (ソプラノ)、Emily Bauer-Jones (アルト)、Stephen Smith (テノール)、Roger Howell (バス)
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル 「ジョージ2世の戴冠式アンセム」より「司祭ザドク」
ジュゼッペ・ヴェルディ 「聖歌四編」より「スターバト・マーテル」
ルートヴィッヒ・ファン・ベートーヴェン 交響曲第九番「歓喜の歌」

全編合唱付きの大人数動員のコンサート。今週はリハーサルも増えて大変です。
このうちだと私がパートがあるのは司祭ザドク(オルガンパートをキーボードで)なのですが、今回合唱やソリストのリハーサルにピアノ伴奏が必要というので弾かせてもらうことになりました。

そのうち第九のソリストのリハーサルが今日だったのですが楽譜をもらったのが金曜日、それからトリッキーなオケ編曲のピアノパートをなんとかこなすのがどれだけしんどかったか。
歌い手の伴奏も(伴奏の授業意外は)ほとんど初めてですし、ベートーヴェンを前回真面目に弾いたのが・・・えっと10年前?(汗)妹に「珍しく普通の曲弾いてる」っていわれたけどそれまでとは。

まず第九の第4楽章がそもそも長い曲であることがあり。トータルで20分超えの楽章ってマーラーの交響曲とかでも多くはない。今回ソリスト部分(+木曜の合唱リハに備えてある程度そっちも習得)だけとはいえ結構質量があるんですよね。

そして前述のとおりオケ編曲のピアノ伴奏はだいたい難しい。オーケストラが弾いてる音をピアノで弾くということは結果ピアノにとっては必ずしも弾きやすいものではないもので。むしろ「こんなに違う!?」というくらい弾きにくい。連続オクターブや三度や六度、連打は弾きにくい。
なので書いてある音全部弾く必要はないのですが、どの音を弾くか弾かないかの判断も難しいし、色々音を変えたり抜いたりの箇所が多くて書き込みができない=自分がなにをやるか覚えにくい。
(なので意外と楽譜に書いてあるまま弾いたほうがある意味簡単な場合もたびたびある)

さらに指揮者のバトンに合わせて弾くこともそうですし、ソリストたちを支えるように弾かなきゃいけない。今回は特に歌い手のソリストということで息継ぎ、息の長さも考慮しなくちゃいけないですし、リズムやハーモニーの基点としての役割も果たさなきゃいけない。
本当はそういう余裕があればいいんですがなかなか難しい。初めて会う人たちだし人見知りも重なってパニクる。

そんなわけで今日のリハーサルはものすごく事前に心配でやってる間も心配で終わってもなかな
か「よかったー楽しかった-」とは言えない状態で。

でも結局のところソリストが歌ってるとこは指揮者さんがほぼ全部ベースラインだけでいいよーって言ってて基本左手だけで弾いてることも多く。
なーんだ、と思ったには思ったんですがでも最初の杞憂はただの杞憂でなく、全体を詰め込んでおいたからこそそこから必要に応じて引いたりしていく柔軟さがあるというので、事前にたんと心配してストレスしても全くの損ではないのです。

それに引き始めてソリストが入ってきた瞬間から(自分が望むほど弾けてないにもかかわらず)楽しくなってきて。他の人の音(あと指揮者のバトン)に反応して合わせる、サポート役に回るってのがやっぱ楽しいなーと。
それから歌い手とお仕事したことが少ないのでどういうところを注意してるかというか歌い手同士・歌い手とソリストがどういう話をするかにも興味津々。

なので結局はちょっと安心したし結構楽しかったです。
ただもっと弾けたらなあ、とかもっとそのサポートに関する気が回ったりしたらなあ、とか。あと今回ほぼ初めての経験でしたがもう何回か繰り返したらコツがつかめたり伴奏の授業で昔習ったことも活かせてちょっとはマシになるだろうなあ、とか。悔しいこともたくさん。

明日は通常のオケリハーサルですが木曜日にはこんどは合唱のリハーサルがあります。
ヘンデルとヴェルディのパートはまあ大丈夫そうですが(でもさらわなきゃ)第九がさらに嵩を増すのでまた心配です。
今冬はピアノ少なめでばたばたもあったり、今週も自分のレパートリーになかなか手が付けられない状態ですがとりあえずオケに注力せねば。
ピアノと創作に注力できる心持ちに持って行けるようがんばります。


今日の一曲: Nigel Westlake 「Missa Solis: Requiem for Eli」より「Hymn to the Aten」



ちと魘されすぎて第九を紹介とはいかないので(コンサートのプログラムは後ほど)、こないだABC Shopで買ったCDの紹介。
以前WestlakeのMissa SolisのSolarmax版(IMAX映画のための音楽)から2曲紹介しましたが、こちらのレクイエム版はSolarmax版から一部抜粋がある別の作品だそうです。(でいいんだよね)
Requiem for EliとありますがこのEliとはWestlakeの息子さんのこと。やりきれないとしかいいようのない悲しい出来事により若くして亡くなった息子さんのために書かれた、悲しみももちろんあるけれど壮大で力強い作品です。

オケと合唱とボーイソプラノ(ソロ)というかなり大編成で書かれたこの曲で私が一番ハイライトだと思うのがこの「Hymn to the Aten」の前半部分。
ここはトラックが始まってから3分間ずっと打楽器のみのソロなんです。動画見て数えたら全部で7人かな?ティンパニはもちろん、小さなシンバル(ずっと一定のリズムを刻み続ける曲の心臓ですね)、そして躍動感あふれるリズムを叩くドラム群。ひたすら熱いです。かっこいい。しかもCDはメル響の打楽器軍団なのでエネルギーが半端ない。
(そういえばWestlakeはフュージョンかなんかのバンドでドラム叩いてた経緯もありますし、Compassionの第5楽章も打楽器ソロで始まっててもうここら辺は十八番なんですね)

「アテン」というのはエジプトの太陽神のこと。Missaとは言いますがこの時代必ずしもそれはキリスト教の宗教音楽を示す物ではなく、特にオーストラリアは音楽もそれ意外でも多文化で、このレクイエムにも様々なソースから歌詞が持ってこられて(CDのブックレットちゃんと見てみるとすごく面白いですよ)特定の文化や信仰を強く示すことがない音楽になっています。
ただやっぱりどことなくエジプトっぽいんですよね、この楽章の後半の合唱部分。わりと19世紀後半くらいから「エジプトっぽい」曲にはものすごく共通してる要素があって分かりやすい(&面白い、ただどれくらい本物かはわからない)のですが、それがうすーくこれにも入ってる感が。リズムとか、伴奏のパターンとか。歌詞はもちろんですが。

ということでやっぱりメル響の打楽器軍団で聴いて欲しい!と上に録音をリンクしましたが実はシドニー響の演奏でようつべにも一部試聴動画(ちょうどこのドラムソロの部分の途中からのもありました)がありますし、Bigpond動画では同じ演奏が全曲見れちゃいます。50分弱でそんなには長くないですよ。
Westlakeの得意な映画音楽的なスタイル、だけれどそれを超えた部分も大きい、素晴らしい&聴きやすい作品なので是非聴いてみてください。


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