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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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Halcyon Days
前回の短いエントリーに拍手どうもです~

今日はピーターと遊びに行って来ました。
彼と一緒に時を過ごす間のその穏やかさをなんとかちょっと格好付けてエントリーのタイトルにしようとしたらギリシャ神話のアルキュオネーとカワセミと海の凪の神話を思い出して、フレーズ的なものを探してたらWalt Whitmanの詩に「Halcyon Days」という題のがあって、中身を見たら好きで、ある程度心境に合うかな―と思ったのでタイトルに使って詩はメモ(手持ちのWhitman詩集に入ってなかったんですよ)。
Halcyon Daysっていうのはもともと冬の間の穏やかな一時期を指す言葉ですしね、時期的にも天候的にも今ぴったり。

遊びに行った、といっても本当にいつも通り。昼ご飯食べて、散歩に行って。
メルボルンのシティでもBourke St、Swanston StとRussel Stの間は(一本向こうのLittle Bourke Stのチャイナタウンとは別に)アジア系の店が多く、食べるお店、カラオケ、ゲームセンター、100円ショップ風雑貨などが並んでいて。
そこのなかのお店でちょっと軽い物食べて、そしてBourke StをTreasury Gardensに向かって散歩に行きました。

いつも通り話は音楽が中心。
こないだのビオラ祭りまでほとんどノンストップで曲を書いていたので今は休み兼ピアニストモードに戻り中だそうで。
今度の私のリサイタル(ここ数日若干チキン入り始めてたのですが)についてもちょっと話しました。どんな曲を弾くのか、からメシアンの暗譜の苦労、それからリサイタル全体のコンセプトについてちょっと話したり。ここら辺はまだ誰にも話してないことだからピーターに聞いてもらえてよかったです。何を話しても自分をそれでjudgeするようなことはない、という安心感があって。
リサイタルを楽しみにしている、と言ってもらうのはやっぱり嬉しいですね。若干プレッシャーはかかりますが(汗)まだ彼は私のピアノを聞いたことがないですから改めて得意分野で聴かせたい、というのもありますし、このリサイタルのコンセプトも含めて一つの全体的な表現としてちゃんとやりたいな、と思います。

相変わらず、というかピーターは私が弾いてる音楽よりももっと時代的に先の音楽を中心に弾いているとのことで、今度ブーレーズのフルートのためのソナチネ?を弾くらしいです。
それがあんまり楽しみじゃないんだな、と話していて。ブーレーズとかシュトックハウゼンとか、あそこらへんの所謂モダニズムの作曲家の作品は複雑かつ弾くにも難しくて、ピーターほどのピアニストでもなかなか労力と音楽に関する満足感が釣りあわない、というところがあるみたいで。

あの時代って音楽がどんどんエリート方向に進化していって(例えばロックとかポピュラー路線の枝分かれが加速したのもこの反動という面もあるそうです)、音楽がものすごく思想化というか、音楽自体の美しさよりもその思考プロセスとか元の思想に重きを置くような音楽が書かれていて。(ただその中でもベリオは比較的人間のエレメントが強い、との話でした)
だから音楽家としてその思想は面白いし、そこまでの音楽の進化の流れなんかも面白いけれど、実際弾くとなるとあんまり実用的でもなければ楽しいわけでもないし、美しさとか音楽としての価値を考えると・・・うーん、という事になる。
(実体験としての感想はピーターのものですが。私はまだちょこちょこ聴くぐらいであそこらの音楽はまだ向き合ったり弾いたり考えたりしてないんです)

私は私で数日ほどまで「音楽の時代の流れによる自然淘汰」について考えていたところで。
クラシック音楽でもう名曲として確立されている19世紀以前の曲ばっかり演奏するのではなく「今」の音楽、そして一つ前の時代(20世紀)の音楽を弾く大切さについて考えていて。
今&一つ前の時代の音楽が次の世代に残るかどうかを決めるのは今演奏家として活躍している人たちの仕事で、私たちの世代がやらないと良い曲があっても全部一緒くたに埋もれてしまうおそれがあって。
だから20~21世紀の音楽とちゃんと一人一人の演奏家が向き合って何を次の世代に残したいか自分で決めて選んで演奏していかないといけないんじゃないかな、と。
(そういう意味ではメシアンは大分安泰になってきたかな、クラムもいい方向に向かってるはず)

で、そうやって音楽を探し選んで評価していってるうちに例えば前述ピーターが言っているように音楽に関わる思想などは面白いけれど演奏家として弾くのが実用的じゃない、そんなに弾く価値が見いだせない、とかそういう曲は今後淘汰されていくのかな、と思ったわけです。
20世紀の中程のモダニズム、思想はもちろん後に受け継がれるだろうけど「実際の演奏」としては今評価が下され始めているのかな、とピーターの話を聞いて考えるところ色々。
一度ブーレーズとかシュトックハウゼンとか、真摯に向き合って弾こうとしてみたいですけどね。トライはしたい。

あとはブラームス、ショスタコーヴィチの室内楽のピアノパートってソロピアノレパートリーにはない特別なものがあるよね、という話も。(最近バイオリンソナタ類をさらっててこの2人に関しては「こういう音楽が弾きたいんだよ!でもソロでないんだよ!」と強く思ってたのです)
どちらの作曲家も交響曲・協奏曲・大きめの室内楽作品など素晴らしい曲をたくさん残している中、バイオリンソナタ、ビオラソナタ、チェロソナタにある種の真髄があるようなところがあって。
こういう小規模な曲への愛ってクラシックを良く知る人は普段から感じるものですが一般では浸透していない感があって、今度また別になんか書きたいと思ってます(どうまとめるか、がちょっと迷うところなんですが)

そして散歩してるあいだTreasury GardensでWood Duckのつがい2ペアに会いました。まだ若い感じで人にあんまり警戒心がない(というか鳴けばこっちがどっか行ってくれると思っているらしい)。
あんまり都市辺りにいるイメージがない鳥だったのですが植物園も近いですし、シティの周りの庭園って結構こういう鳥もいるみたいです。
その線でいけばいつかフクロウをメルボルン周りで見てみたいですね-。Flagstaff GardenのPowerful Owlのオリヴィアちゃんはまだいるかな?(フクロウって毎年同じ場所を巣にするってききましたが)

いつも通り数時間ピーターと一緒にいただけでしたがタイトルで表現したかったように心が本当に落ち着いて。今年の冬はいつもと比較するとそんなにしんどいわけじゃないのですが、こうやって穏やかな時間を過ごせてありがたい限りです。
あんまり演奏で忙しくなっちゃう前に(そして私が諸々本腰入れる前に)また一緒に遊びにいけたらいいな。
そうそう、ちょこちょこ話を聞くシティの居酒屋「伝」も一緒に、という話があったのでそちらも。居酒屋行きたい!メルボルンでいい居酒屋があったら嬉しいですしね~シティには色々面白そうなところまだまだいっぱいです。


今日の一曲: face to ace 「INTO THE BLUE」



こないだ日本から送ってもらったface to aceのアルバム「FIESTA」から。
まだまだじっくり聞き込みたい曲も結構ある中今日の一曲には2曲に絞っていて。で、このエントリーのタイトルが決まった時点でこっちに決定。こちらも作詩作曲ACEさん。(海月さんの曲は次回~)

face to aceのバラードの中でもものすごーく穏やかで、シンプルでソフトなサウンドが特徴で、手で包めるサイズが愛しいです。本当に必要な音、シンプルな言葉だけで優しく空間を染める、心を満たす感じ。
歌詞にも「夜明け前」だったり「Cloudy day」だったり疑問形のままだったり、必ずしも大変なことじゃないけれどかすかな不安、宙に浮いた感じがあって、そんな中でも歌声とハーモニーとサウンドが心を穏やかにさせ、安心させ包むような。(歌声・作詩・作曲はACEさんですが、編曲は海月さんなのでお二人合わせて素敵なサウンドを作るなあ、と改めて)
必ずしも楽しくなくとも、ポジティブじゃなくても、答えがはっきりなくてもいい、そのままでも大丈夫でほっとできる、ありがたくてここち良い空間と時間。

先ほど話が出ていた、例えばブラームスのソナタとかに似たintimateな音楽ですね。実際にミックステープを作るならブラームスのバイオリンソナタの小さい楽章と合わせたい。モンポウのピアノ曲とか、小さい曲で揃えて大事に繊細に。

face to aceの曲全般自分にとっては大事に聴きたい、心がぴったり合うときに合う物を聴きたい音楽なんですが、中でもこの曲は聴きたい時(心の状態)がものすごくピンポイントになる曲ですね。必要なときにぴったりはまる歌です。

拍手[1回]

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メル響「Beethoven's Fifth and Pines of Rome」
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
一昨日はメル響のコンサートを聴きに行って昨日はレクチャーに。とりあえず時系列に前者の感想を今日。

まずコンサートのプログラム。ちょっと変わってましたがいいプログラムでした:
(指揮者: David Robertson)
ベートーヴェン 交響曲第5番
(休憩)
Dean 「Amphitheatre」
ドビュッシー クラリネットとオーケストラのための狂詩曲(クラリネット: David Thomas)
レスピーギ 「ローマの松」

DeanのAmphitheatreとレスピーギはローマつながり、ということになるのかな?そして交響曲が最後という通常のコンサートプログラムとは違って今回はベートーヴェン5番が序曲扱い。
それに伴ってベートーヴェンのこの曲の演奏もまたどこか「序曲っぽい」弾き方でしたね。楽章間にあまり間をとらず全体的にさくさくした感じで(特に第4楽章)。そして第2楽章がスローな楽章なのに結構ダイナミックでびっくり&楽しかった。
それにしても毎度ながらコントラバスの前のめり感がいいですなあ(笑)音はしっかり出して、ぐいぐい曲を引っ張っていく感じ。そして意外とベートーヴェンの5番ってビオラが前にでるところありますね。

DeanのAmphitheatreは一応録音は持ってるもののあんまり知らない曲でしたが、他のDeanの曲と同じく生演奏に触れるとやっぱりぐっと親しみを感じますね。彼の作品ってどれも複雑な書かれ方をしてるんですが、ここ2年で聞いた10曲以上、どれもものすごく好きです。(といっても音楽をちゃんと理解できてるか、は自信ないですが)
Twitterでもつぶやいてたのですが、彼はオーストラリアの宝で、今の時代の音楽の宝だと思います。オケ使い、楽器使い(特にクラリネット族&打楽器)の緻密さ、複雑さ、そして音楽の組み立て方、全体的な音楽の質の高さ。
是非ともオーストラリアで、そして海外でもっと演奏されて欲しいと思いますし、次の時代にも残ってほしいと私は思います。

それからこのAmphitheatreでコントラバスクラリネットが使われていたのですが、プログラムに書いてあったことによるとメル響が寄付金で購入した新しい楽器だそうです(これまでも使ってますが、レンタルだったようです)。
コントラバスクラリネットを買った、ということはこれからDeanやアデズやその他21世紀の音楽でこの楽器を使う物をどんどん弾いていく意志の表れではないかと私は読んでいます(元を取るため。でないとレンタル続けたはず)。とっても楽しみ。

ドビュッシーのソリストは普段メル響で普段主席クラリネット奏者をやっている方です。
だから普段コンサートでちょこちょこ演奏は聴いているはずなんですが、こうやって改めてソロを、という形は初めて。
面白かったですね、なんか曲と楽器の性質にユーモアはものすごく感じられるんですが、同時に音のベースがとっても真面目そうでまっすぐで。(母には「フランス風?ドイツ風?」と聴かれましたがドイツ風だと思います)

そして今日のメインディッシュ、レスピーギ。これが聴きたくてこのコンサートに行ったんです。
メインディッシュと言っても実はこの曲、4楽章あるのに全部で30分弱。(曲を知ってる人に話すと驚かれますね、ボリュームに対して時間が意外に短いので)
ちょこちょこアンサンブル、テンポのずれはあったのもののエキサイティングな演奏でした。
特にこの曲はバンダ(ステージ以外のところで演奏する)のトランペット、金管隊の存在が特徴的。今回第4楽章の金管バンダはバルコニーの後方、両角にいました。だからホールに座っているクライマックスでは音があらゆる方向から包んで響くような感覚がすごい!

さらに今回メルボルン・タウンホールでのコンサートということで南半球一の大きさのパイプオルガンのペダルノートの低音がすごかった!音程とかじゃなく鼓膜が直接振動する感覚。今月末にはHamer Hallが再開するということで(通りかかったら工事も大分進んでました・・・きっと)、こういう演奏の体験はタウンホールならでは、というところがあると思うので貴重な経験でした。やっぱりローマの松はタウンホールがいいですね。

ローマの松、音楽玄人の友達にこの曲が大好きだと言うと決まって「そんなに?」と言われるのですが(レスピーギの作品全体そうです)、でもやっぱり自分にとっては愛して止まない曲です。本当に好き。特に第2楽章。そして第4楽章も毎回盛り上がる(金管の血が騒ぐんでしょうか)。
反面クラシックに詳しくない人にはレスピーギってまだまだマイナーな作曲家なのでもっともっと広く知られて、聴かれて欲しいと思います。(ローマの松を始め30分くらいで聴ける曲が多いですから、交響曲サイズはちょっと・・・という人でも是非。)


今日の一曲: オットリーノ・レスピーギ 「ローマの松」 第3楽章「ジャニコロの松」



買ったものシリーズを中断してコンサートから。これを機に猛プッシュしておきたいです、ローマの松。
実のところはローマの松は全4楽章が切れ目なしに演奏されますが、一応4つの別々の風景になっています。
第3楽章は「ジャニコロの松」。真夜中で満月に照らされ、夜のそよ風に枝をかすかに揺らす松の風景。ものすごく美しい楽章で、聴き所もたくさん。

まずこの楽章の最初を告げるピアノのソロ。レスピーギはピアノやチェレスタ、ハープをオケ曲に割と多く使う作曲家ですが、そのなかでもこのソロは最高の美しさを誇ります。
さらにそれに続く孤高のクラリネットソロもまたいいですね。サポートする弦楽器のソフトな和音の美しさと相まって満月の風景を表現します。

それから途中でバイオリン(コンマス)、チェロのリーダー、そしてチェレスタのトリオがあるところがまた素敵で。
あそこに夢のような響きを与えるのは本当にチェレスタじゃなくちゃいけないですし、良い感じの引き立て役。

さらにさらに楽章の最後の部分でナイチンゲールの本物の鳴き声をテープで流す部分があるので最後まで注意して聴いてください♪(録音テープを使う曲としては世界初だそうです)
ナイチンゲール(サヨナキドリ)って結構複雑なメロディーを歌ったりすることができるのですが(メシアンの鳥のカタログ「モリヒバリ」などで聴けます)、どんな歌声が聞けるかは演奏によりけりです。

松という植物が日本人にとって身近だったようにまたイタリア人の生活・文化・風景にも身近で、そしてこの曲の(例えば第2楽章とか)にちょこちょこ日本と近いようなエレメントが出てきます。
そんなちょっとだけ似た文化を味わい、そしてレスピーギが愛するローマの美しさをこの曲を通じて、ちょっとした旅行みたいに味わって欲しいな、と思います。
ローマの松、本当に大好きです♪

そしてローマで松をみたついでに同じくレスピーギの「ローマの祭り」「ローマの噴水」と観光を続けてみてはいかがでしょうか(笑) (この三曲はまとめて「ローマ三部作」として知られていて、リンクした録音のように3つまとめて同じCDに収録されていることがたびたびあります)

拍手[1回]

キーワードto音楽: 水にまつわるエトセトラ
前回のエントリーに拍手どうもです~
もうすぐコンサート聞きにいくはずだな・・・と思ったらもう明日でした。メル響でローマの松!楽しみー!
そして火曜日はメンタルヘルス&音楽系のセミナーというかレクチャーがあるので後でアイリッシュパブでご飯食べたれたらなあ。アイリッシュシチューの季節ですよ。

アイリッシュシチューの季節=冬、ということでそろそろこれをやらなきゃ、というキーワードto音楽の四大元素版。
夏にやればよかったですね、水。(炎やったんですよ、それもぴったりではありますが)まあ日本が夏だからまあいいや。
ではさっそく。

1) Fluid: 武満 「夢の引用」
四大元素の中において水の最大の特徴といえば「液体」・「液体的」であること。つかもうとすれば流れ、波打ち、形を変えるなめらかで柔らかく湿った存在。よくよく考えてみると不思議で非現実的?な存在ですね。様々な作曲家が水を題材に色んな曲を書いてますが、そんな不思議で美しい水の性質をものすごくよく表現していると思ったのがこの曲。ドビュッシーの「海」を引用しながら夢のように、固体よりも柔らかく気体よりも存在感を持って流れる曲です。

2) Mirror: アデズ 「Arcadiana」より「Venezia Notturna」
水は昔から物を映す性質から「鏡」のように使われてきました。ナルキッソスの神話が特に有名ですね。揺れながら反映する様子を表すならこの曲。題は「ヴェネツィア夜想曲」という意味で、ヴェネツィアの夜にゴンドラで揺れる水が町の明かりを映す様子を思わせる曲です。鏡と違って寸分違わず、ではないですが風情のある反映ですね。

3) Drowning: スクリャービン 練習曲 op. 42-5
水は潤すこともあれば「溺れさせる」こともある、という危険な一面も。スクリャービンはやっぱ「炎」の作曲家で、この曲もそういう燃えるエネルギーがあるながらも、でもやっぱり「溺れる」といったイメージはこの曲に敵うものはないですねえ。たくさんの音の波に息をつく間もなく溺れるばかり。苦しさの感覚も含めてほんとリアルな「溺れる」曲です。

4) Cleansing: ペルト Summa
炎もそうですが水も「浄化する」イメージがありますね。洗う、濯ぐ、洗い流す。精神的な「心の洗濯」的な意味で言うならやっぱりペルトの音楽がふさわしいと思います。東欧・旧ソヴィエトにおいてミニマルミュージックは(共産主義で宗教が許されないため)宗教に変わる魂の救済・癒やしの役割でしたしね。特にペルトの音楽はその傾向が強い中、音楽が流れるテンポを考えるとこの曲が一番このキーワードに合うんじゃないかしらん。

5) Flow: ホルスト 「惑星」より「海王星」
水は動いている、「流れる」イメージがやっぱり強いですね。例えば川を題材にした曲(シューベルトの「美しい水車小屋の娘」とかスメタナの「モルダウ」とか)はあるながらもここでは「海王星」を推したいです。水の流れに身をゆだねてどこか知らないところへ運ばれる感覚というか、ゆったりながらも逆らえない不可抗力。心地よいけれど、同時に恐ろしい。

6) Transparent: レスピーギ 「ローマの噴水」 第4楽章「黄昏のメディチ荘の噴水」
水にも色々ありますが、「透明」であるのが理想的な形とされます。透き通った水と水を透かして見る景色だったらレスピーギの「ローマの噴水」が良いかな。生き生きしますよね、水が。中でもこの最終楽章ではその透明さが際立っています。噴き上がって散り、きらめく水が夕方の空と豪勢な建築に動き、潤いと輝きを与えます。

7) Depth: クラム 「Songs, Drones and Refrains of Death」より「Casida of the boy wounded by the water」
足のつかないほど深い水、というのは泳げる人でも危険なもので。様々な神話・昔話で見られる「深み」に棲んでいる魔物(ケルピーとか河童とか)は子どもに深い水の危険を教えるためのものらしいです。そんな底の見えない、得体の知れない暗い水のイメージがこの曲。子どもが沈んでいく深い水の底の暗さをまざまざと表した音楽です。

8) Flexible: Nelson 「Metallephonic」 第4楽章「Mercury」
こちらは水星でなく水銀の方のMercuryです。先ほどのFluidと似ていますが、水はそれを入れた入れ物の形になる、どんな形にでもなれる「柔軟さ」を持っています。それも空気と違ってちゃんと満たしている。その変わりやすさ・存在感をどちらも満たすのがこの曲かな。即座に形を変えてその形に落ち着く感がテューバの重み、鉄琴などの柔らかさを持って表現されています。

9) Source: クラム 「鯨の声」
水は生命の「源」。命は水の中で生まれ、水は命を支える。太古の生命が生まれ進化していく舞台としての「水」だったらもうこの曲しかないでしょう。「鯨の声」は始生代から新生代の人間の登場まで、長い年月の間命を抱いてきた海の物語。今回はその時代の変化も合わせて、ということで全楽章ひっくるめてどうぞ。

10) Luring: ラヴェル 「夜のガスパール」 第1楽章「ウンディーネ」
「炎はすぐ危険だとわかるけれど水は一見危険に見えない」よく言われますが、文学などでも湖や川などが美しいと水が「誘っているよう」という表現をちょこちょこ見ます。そのライン上の最高峰がこの「ウンディーネ」ではないかと思います。人間を水中の世界に永遠に引きずりこもうと誘惑する水の精。この音楽もその魅惑的な美しさが表れています。

11) Barrier: メシアン 「鳥のカタログ」 第13楽章「ダイシャクシギ」
川、海など水はこちらとあちらを「隔てるもの」としての役割もあります。川や海に国境などが引かれるのはもちろん、水があると一般的になんらかの別の手段を使って越えなくちゃいけないわけですしね。そして三途の川などこの世とは違う世界が川や海の向こうにある、という伝説も多いです。このダイシャクシギは霧に包まれたヨーロッパの西端の「最果ての地」の向こうを思う曲ということでここにチョイスしました。

12) Storm: ドビュッシー 「海」 第3楽章 「風と海の対話」
Storm=「嵐」。降りしきる雨、雹、渦巻く雲、氾濫する川、荒れる海など水が様々な形で荒れ狂う気象現象です。ここまで紹介してきた水と同じ性質を持ちながら、はるかにダイナミックで暴力的な水の姿。やっぱり「荒れ狂う海」の部分は外せなかったのでドビュッシーの「海」からチョイス。最初は風がメインですが中間部辺りから弦の激しくうねる波のような音型だったり、水の荒々しさが感じられます。


うーん、今回ちょっと文がちょっとぐちゃっとなっててすみません(汗)
あと音楽で水を題材にしてたり水のイメージがあったりする曲って本当に多くて(特にピアノにおいて)、ここで選べなかった曲がたっくさん!あるんです。例えばアデズの「Arcadiana」は上で紹介した以外にも水題材の楽章があったり、ドビュッシーなんかも結構水にまつわる曲書いてますし。
ただキーワードに当てはめるとなるとやっぱりこういうチョイスになるかなあ・・・・
キーワードto音楽シリーズはもうちょっとちょこちょこやらないと形にするのが難しい・・・とちょっと反省してます。


今日の一曲はキーワードto音楽なので今日の一曲はおやすみです。


拍手[1回]

バイオリン&ピアノ、ジャムセッションで弾きたいレパートリー
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~

こないだのBirthday drinksから(というかそれよりずっと以前から)話はでていたけれどまだまだ一つも工面していない友達とのジャムセッション、とりあえず彼女と弾くんだったらこんな曲がいい、というアイディアはまとまってきたのでカウントダウン方式で紹介します。
リストは今回弾きたい、に限ったレパートリーではなくこのコンビでこれからも、という体で。バイオリンとピアノの室内楽としてのコンビが楽しい曲の紹介リストも兼ねています。

おさらいしますと彼女(バイオリン)はバロック~ロマン派中心に割と手堅い、真面目なレパートリーが好き。特にこないだ弾いていたモーツァルト、ブラームス辺りがホームグラウンド。
そして私は後期ロマン派~20,21世紀が専門、メシアンが大本命でフランス音楽中心に普段は弾いています。
そんな2人がなんとか間をとって楽しく弾けるようにするにはこんな曲がいいんじゃないかな・・・

(10) シマノフスキ 「神話」 第1楽章「アレトゥーザの泉」
シマノフスキのバイオリン曲の繊細さってとんでもないレベルですが、その最高峰がこの曲だと思います。バイオリンとピアノの絡み方はもう、繊細かつ濃密、恋人のよう。
でももちろんバイオリンパートも難しいですし、ピアノのパートの音の多さが・・・まあ絶望するほどのもので(笑)いくらシマノフスキの曲を弾いたことをあるといえどもあの人のハーモニーは初見とかじゃあ弾けません。ということで今回は没に。

(9) シマノフスキ 「ノクターンとタランテラ」
これも弾きたいシマノフスキの一つ。こういうマーラーやバルトークあたりから始まった「夜の音楽」がもっと弾きたい!あと無類のタランテラ好きで、この曲の独特な毒が大好きで。勢いがいいんですよね。
ただこれ先ほどのと違ってバイオリンのパートがかなりしんどいんじゃないか、と思われるのでいきなりこれを友達に弾け、というのはさすがに気が引けます。ということで今回(後略)

(8) ペルト 「Fratres」
こないだCD買って「このバージョンも良い!」となったこの曲。ペルトの曲は前から好きで、ピアノのソロ作品が少ないからわがまま言っても体験したいと思ってまして。
これは・・・どうなんだろうな、難易度的には(バイオリンパートは)。ペルトの曲は弾いたことないんでどんなもんなんだか・・・という話からまた後に続きます。

(7) ヒンデミット バイオリンソナタ ホ長調(1935)
ヒンデミットといっても聞きやすいものそうでないものいろいろ。イギリス色が強かったり、たまにはブラームスっぽい曲もあったり。そんななかこのソナタは普段ヒンデミットを弾かない人でも結構いけるんじゃないかな?と思います。
第1楽章はイギリス風でメロディック、第2楽章はMeatyでエキサイティング。あとはピアニストの腕にかかってきます(私だ!)。

(6) 武満 「妖精の距離」
「武満なんかどう?」とこないだ聞いたら「お手柔らかに(汗)」と言われたのですがこの曲はイチオシですよ。メシアンがOKなら(OKだそうです)これも行ける、と思います。ちょっとメシアンっぽいところがある、歌うバイオリン。私もまだ詳しくは知らない曲ですが好きで、そのうちチャレンジ的な意味でいっかいぶつけてみたいです。やったらなんか扉が開くような気がするんですよね。

(5) フランク バイオリンソナタ
やっぱりバイオリンとピアノの室内楽、といったらこれは外せない気がするんです。あの子が大学時代この曲を弾いてるのを聴いてぴったりだな、と思いましたし、ロマン派フランス音楽のレパートリー、そしてロマンチックな表現も広げないとですし。室内楽の体験は教え教わる相互関係ですが、この曲だったら私が学ぶことの方が圧倒的に多いだろうな。学びたい。

(4) ペルト 「鏡の中の鏡」
先ほどの続き。ペルトの音楽と初めましてするならこっちのほうがいいと思うんですよ。ついでに室内楽も数年ぶりですからね、私。他人と弾く勘を取り戻すためにもお手柔らかに、穏やかに・・・ということで技巧的にも曲調も優しい優しいこの曲がいいと思います。

(3) ブラームス バイオリンソナタ 第2番
彼女と私の数少ないがっつり一致の接点がブラームス。ピアノ四重奏で一緒に弾いたこともあります。その中でも第1番はこないだまで彼女が弾いてましたし、第3番は割と大きめで難しめ、ということでやっぱりこの第2番かな。こぢんまりしていて、内向きのブラームス気質が2人の性格にうまく合う気がするんですよね(第2楽章は弾いたことありますし、私も)。

(2) メシアン 「世の終わりのための四重奏曲」 第8楽章 「イエスの不滅性への賛歌」
私がメシアン好きだけじゃなく、彼女も好きな曲。スローな曲の方が初見し易い&合わせやすいですし、お互いの音を聴くのにぴったりだと思うのです。いずれは四重奏曲で・・・と願っていますがチェロの第5楽章、バイオリンの第8楽章は単品で今すぐでも弾いて見たいです。

(1) ショスタコーヴィチ バイオリンソナタ
前からちょこちょこ「弾こう」と言っていた曲。二人とも共通で好きな曲なのでこれはほぼ確実。問題は私の器量ですよ、ピアノ的な(汗)あとこれを二人で弾くとどんな風になるのか、というのも楽しみ。ミステリアスな第1楽章、攻撃的な第2楽章、そして旅のような第3楽章。初見でどれだけ把握できるか、作り上げられるかわくわくします。


曲の中身の紹介まで結局回らなくてすみません(汗)とりあえず「バイオリンとピアノのためにこういうレパートリーがあるんですよ」というのだけでも記憶に残ってくれれば嬉しいです。
とりあえず今日の一曲をこのリストから簡潔に・・・・


今日の一曲: ヨハネス・ブラームス バイオリンソナタ第2番 第2楽章



ブラームスは3つ(+α)バイオリンソナタを書いています。3つとも大分雰囲気が違って、どれも魅力的。
先ほども書いたように第2番はちょっとこぢんまりというか、全体的に控えめな女性的な雰囲気があって。季節で言うなら秋かな。

第2楽章はスローな楽章。ちょっぴり田園的な、暖かみのあるゆっくりしたセクションと、軽やかなダンスのようなセクションが入れ替わり立ち替わり表れます。
その歌と踊りがどちらも素朴さがあって、なんとなく民俗音楽的な雰囲気もありますね。

壮大なロマンスではなく、手のひらサイズの暖かみが愛しい曲です。
こないだ別のバイオリン友達からお薦めがあった(そして買った)アンネ=ゾフィー・ムターの演奏で、全部で3つのソナタを合わせてどうぞ。

拍手[1回]

ほくほくmusic
随分前のエントリーですが数日前に「Musicophilia」のエントリーに拍手いただきありがとうございます~
そういえばこないだ音楽は人間に良い効果も悪い効果も与えうるということを話しましたがMusicophiliaも両方カバーしてますね(悪い効果としては音楽により引き起こされるてんかん発作とか)。

最近さっぱりですねー!
ピアノを弾くにも自分がどう弾きたいか、どう表現するか、形にうまくできず。
絵もスキャンして線を修正したところで色が決まらず。文書きにしてもほぼスタートせず。
でも特別気持ちが沈んでいるということはなく、他の人の作品(および一部自分の作品)を見たり読んだりするのは楽しいですし音楽を聴くのは楽しいし、新しい音楽に出会いたいという気持ちは相変わらずありますし。

要するにアウトプットがだめでインプット向きの状態に入ったようです。
ピアノに関してはもう解釈とか考えてもらちがあかないのでそろそろやらなきゃとおもってた暗譜作業に(弾いたことある曲はほぼ暗譜できてるみたいで安心)。とりあえず仕事に支障がないことでよかった。

そんななかちょうどいいところに日本からの荷物が届きました!
ハイライトは(妹が買った)去年の聖飢魔IIのTribute to JapanミサのDVD、そして自分で買ったface to aceのアルバム3枚(「Fiesta」、ミニアルバム「Fuse」、そして去年でた「Promised Melodies」)。あと父からセゴヴィアによるバッハの作品のギターアレンジのCD。(バイオリンパルティータニ短調のシャコンヌがお目当てなのでした)
いやあほくほくですよ。今日は仕事しながらまずセゴヴィア聴いて、そして夕方に「Fuse」と「Fiesta」を聴きました。
Fuseの弦楽アンサンブルには「おっ」となることも「ん?」となることもありましたが、手元に来て嬉しい曲たくさん。
「Fiesta」はface to aceの曲で聴いたことないような曲もあってなんだか手元にある曲のバランスがとれてきたというか世界が広がってきたというか。
「Promised Melodies」はまだこれから(一部は碓氷峠音楽堂本舗で聴いたことはありますが)。
どうしても大事に聴きたくなるんですよね、face to aceの音楽は。ちゃんと聴いてじっくり味わいたい。

それから同じく今日、妹からのバースデープレゼントのiTunes voucherも届きました。100ドル分。
ネットでしかなかなか見つからないものとかいっぱいあるので慎重に使わないとな、と思いながらまずは去年弾いたトマジのトランペット協奏曲、デザンクロのトランペット協奏曲「Incantation, Threne et Danse」を含むフランスのトランペット協奏曲のCDをダウンロード。
父がトランペットを吹いたことがあるながらも手持ちの音楽はトランペット曲少ないです(もともとのレパートリーの小ささもありますし、オケでの活躍を聴くほうが多いですしね)。トランペットのソロのレパートリーってバロック~古典、20世紀~に分かれてるのが特徴的で、特に20世紀のトランペット音楽は大学に入ってから知り始めたんですよね。
このCDを聴いてもっと知りたい20世紀のトランペット。

他にiTunesで気になってるなーと思うのはいくつかあります。
ショスタコーヴィチのビオラソナタ(つまりビオラ+ピアノ)・・・の、ビオラ+弦楽+チェレスタの編曲があるそうで。ここでチェレスタが入ってくるか!という印象です。元がものすごく好きな曲なので編曲で聴くのはどうかな・・・と思うのですが(あと3つの楽章が1トラックなのも・・・)、でもものすごく知りたい。聴いてみたい。外れてもロスではないような気がする。
それから前回の「今日の一曲」で言及しましたThelonius Monk。クラムの元ネタの'Round Midnight、それからチェレスタが入ってるPannonica、もしかしたらもう1,2曲ほど?アルバムではなくトラックで手元に欲しいです。

そしてこないだ「Celesta」というキーワードでiTunes storeを検索してずーっとみてたのですが、ツィンバロムのための「Psy」という現代音楽のCDがあるみたいで。まだ試聴してないんですけどチェレスタとツィンバロムの入ってるアンサンブル、そして現代音楽におけるツィンバロムの活躍、様々な楽器のタッグにものすごく興味をひかれました。
このキーワード検索で他にチェレスタが様々な分野でどう使われてるか、トラックで拾ってみるのもいいな、と思ってます。

色々地味にできないことがもどかしいけれどある程度時間が経てば、または何らかのきっかけで状態は変わるはずなので、これを機に色々インプット(主に音楽で)を楽しみたいと思います。
コンサートも近いうち聞きにいくはずなのでそちらも。

あ、そうだ。バイオリンとピアノのジャムセッションの曲を決めないと。それについてはまた今度~


今日の一曲: アルヴォ・ペルト 「ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」



こないだThomas' Musicで買ったCDから。
アルヴォ・ペルトは弦楽オーケストラ(そして+α)のために美しい曲を数々残していますが、そのなかでもおそらく一番?有名な曲だと思います。

○○への~という曲一般に言えることですが、捧げられてる相手の名前である程度親しみって湧く気がします。
クラシックにおいて○○に捧げる~という曲が書かれるときは同じ国の偉大な作曲家、同じジャンルだったり、影響を受けたりした作曲家が対象になることが多いのですが、ペルトはエストニアでブリテンはイギリス、と一旦「あれ?」という印象を受けますね。
でもブリテンはショスタコーヴィチやロストロポーヴィチとの親交にみられるようにソヴィエト連邦とも縁が深いので(エストニアはちなみに1940年代からソヴィエト連邦だそうです)、そこら辺のつながりかな・・・あとブリテンは結構旅したと聞いてますし。
でもブリテンが当時すでに国境を越えて高く評価される偉大な作曲家だったことはこの曲の存在でうかがえますよね。

曲自体はあんまり言うことがないです。ミニマルミュージックなのでからくりというか中身は至ってシンプル。
弦楽オーケストラが様々なパーツに分かれてイ短調の音階の音を弾いている、それが曲がゆっくり進むにつれてどんどん下降していく、という。
そして弦楽オーケストラとは別に(西洋の教会で鳴るような、というかかなり楽器化された)鐘の音がときたま聞こえます。
それだけなのに、それだからこそ美しい。ものすごく純粋な印象の音楽。

ちょーっと細かいディテールになりますが最後に弦楽器が全員で一緒の音を弾いているその最後の音が終わった後の余韻に鐘の音の余韻がかすかに聞こえるのが好きです。音の切れ方がやっぱり全然違う。鐘の響き大好き♪

聴いていて自分の心の中でもなにかが沈んでいく、静かになって無になるような音楽。
ペルトの音楽は結構似通っているっちゃあそうですがそれでもやっぱりそれぞれ独特な何かがあります。
結構聴いて知ってるつもりでも、このCDを買って知ってる曲も初めての曲もひっくるめて「買って良かった!」と思いました。是非。

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