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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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国毎に音楽紹介:オーストラリア編
前回のエントリーに拍手ありがとうございます♪

ABCのClassic 100 Countdown、まだまだ続いております。スポーツに匹敵する盛り上がりです、一人で(笑)(まとめはこちら
今日は41位まで来ましたが、Sculthorpe2曲(Kakadu、Small Town)にEdwards2曲(Dawn Mantras、バイオリン協奏曲Maninyas)とオーストラリアの音楽祭りでした♪いいですね!オーストラリアの音楽を国民が票を入れるほど愛しているということも素晴らしいですが、違うスタイルで「オーストラリアの音楽」を探して言った2人の作曲家の作品を対照的に聴けるのもまた貴重。
まだSculthorpeもEdwardsもまだ候補曲が残ってますし(Sculthorpeのレクイエム入ってないかな)、Vineなどの作曲家も居ますし。世界中で名曲とされている曲のなかにオーストラリアの曲がどれくらい上位に食い込んでくるか楽しみです。
そしてオーストラリアの曲に出会えてよかったです(Maninyas以外はお初)。そしてオーストラリアの音楽にものすごくほっとするもの、これがHomeだ、みたいな感覚を本当に覚えて。(それについてはまたちょっと後に)
本当によかったです。

ということで本来は今回は同じ「国毎に音楽紹介」でドイツ音楽をやろうと思ってたのですが、急遽オーストラリアにチェンジすることにしました。ネタはだいたいまとまってるのでドイツもあんまり間開けずにやりたいと思います(礼)

実はオーストラリアの音楽についてはこちらのエントリーで前取り扱ってますが、それを二番せ・・・じゃなくてちょっとだけ参照しながら話を進めたいと思います。

オーストラリアはイギリスから来た流刑囚(このことについては上記エントリーを参照)だったり、それよりもはるかに多いイギリスを初めとしたヨーロッパからの移民によりたてられた国です。
なので白人社会においての民族音楽的影響はヨーロッパ、特にイギリスが大変強いです。少なくともオーストラリア建国当時口ずさまれていた歌や奏でられていた音楽は移民するまえのお国のもので、それをベースにオーストラリアの新しい音楽が作られた、という経緯でしょうね。

そして歴史を積み重ねていく内に原住民アボリジニとの関係だったり、イギリスとの関係だったり、周りの国の関係だったり、いろいろオーストラリアの国としてのスタンスが変わっていって。
それと同時に音楽的なオーストラリアのアイデンティティについても見直す必要がでてきます。
それで見つめ直した結果今も進歩し続けるオーストラリアの音楽ができたわけです。

イギリス・ヨーロッパ以外のオーストラリア音楽への影響はなにがあるか。
まずは原住民アボリジニの音楽ですね。長く伸ばされるドローン(民族楽器Didjeridooをまねたり、実際に使ったり)や、打楽器の変拍子だったり速く長く繰り返されるリズムなどに見られます。(このリズムの強さが例えば日本の音楽よりも自分がオーストラリアの音楽を心に近く感じる要因だと思います)
Peter Sculthorpeなどは地理的に近いアジアの影響も指摘しています。例えばtuned percussion(音の高低があるベルや銅鑼など)の使い方なんかはなるほどインドネシアのガムランだったり、日本を含む他のアジア諸国の音楽の影響がちらほら見られたり。

でもなんといってもオーストラリアの音楽にアイデンティティを見つけるに当たって作曲家たちが目を付けたのがこの国の自然ですね。世界の他のどこにも見つからない色彩や生き物や気候や、そういうものを表現しようとした結果今のオーストラリアの音楽のユニークさがあるのかな、と思います。

あとは現代社会の(例えばクラシック以外のジャンルの音楽の)イメージやエレメントを取り入れてみたり、というのにも割と積極的だったり。
でも社会的なトピックを直接的に扱うことは少ないような気がします。シンボリック、というか抽象的、というか。それもまたお国柄なのかな。

そんなオーストラリアのクラシック音楽は現代音楽、というか今正に進歩中で、話に上る作曲家のほとんどが今も存命中・活動中です。
さらに私の友達でも作曲をやっている友達が何人かいて、オーストラリアの作曲の未来を担っています。
カウントダウンについてもかきましたが、オーストラリアではクラシック音楽のいわゆるマニアじゃない人でもオーストラリアの現代音楽を愛してサポートしている人が結構いるようなので。
ただただ素晴らしいと思いますね。もっと外にもオーストラリアの音楽が知られて欲しいです。

(実際この企画でいろんな人が投票して、好き嫌いはともかくオーストラリア内外の現代音楽に興味をもったり出会ったり発見したりしているようで。とっても良い機会になっているようですね)

それではオーストラリアの主な作曲家とスタイルを前回にならって紹介します。
(ジャンル紹介はするほど得意ジャンルがかたまってなかった・・・)

パーシー・グレインジャー (子供たちのマーチ「丘を越えて彼方へ」、ロンドンデリーの歌、リンカーンシャーの花束) 古き良きイギリスを持ってきたような、民謡に基づいた作品が多いです。あと吹奏楽も。
ピーター・スカルソープ (レクイエム、カカドゥ、小さな町、太陽の音楽IIII) 私の印象としては「湿ったオーストラリア」。熱帯雨林などのイメージが強く、Didjeridooを使ったり、原住民の音楽の影響が濃い音楽。
ロス・エドワーズ (バイオリン協奏曲Maninyas、Ecstatic Dances, Dawn Mantras) 虫の声を模したようなスタイル、変拍子のリズムが特徴的で、尺八を用いることでも知られています。
カール・ヴァイン (ピアノ協奏曲、ピアノソナタ(3曲)、5つのバガテル) 私の友人であるマイケルとの活動が多く、そのためピアノ曲を多く書いて、かなりリズムが強く技巧の凝った音楽を書きます。
ブレット・ディーン (Polysomnography、Ariel's Music、Komarov's Fall) とっても理系で複雑な、綿密だけれど繊細な音楽を書きます。最後の曲はサイモン・ラトルの「惑星」関連のプロジェクトに向けた一曲。
マシュー・ハインドソン (Speed、罪と罰、AK-47) 現代社会・都会よりのスタイル。テクノをベースにしたSpeedはよく知ってますが他のはまだ・・・
グレアム・クーネ (Elevator Music、Inflight Entertainment、Powerhouse) こちらもモダンなリズムが特徴的なスタイル。オーケストラの中での打楽器の活躍がめざましいです。
マイケル・キーラン・ハーヴィー (48 Fugues for Frank、Addict、ピアノソナタ) 上記マイケルです(笑)本人のものすごい思考と感情と技巧を尽くして表現するピアノ作品が印象的。クラシック音楽の伝統の精神を組みながら強く現代と結びつけるスタイルです。

他にもBrenton Broadstock、Nigel Westlake、Malcolm Williamsonなどたくさん居ますがまだ聞き込まないと書けないので割愛させていただきます。
オーストラリアの諸作曲家のプロフィールや作品などはAustralian Music Centreのウェブサイトでデータベース化されています。試聴・楽譜などもある様子?

そして今日カウントダウンで放送されていたオーストラリアの音楽はこちらのバックナンバー(part 9, 10)で聴けます。なかなかない機会だとおもうので是非お試しあれ。


今日の一曲: ピーター・スカルソープ 「小さな町」



今日初めてであった曲です(もちろんカウントダウンで)。

諸外国のオーストラリアに対するイメージ、というのはやっぱり「田舎」というのがあるかもしれません。
ただっぴろいほぼ不毛な土地にみすぼらしい小屋建てて羊飼ってカンガルーがはねてて・・・というのは若干言い過ぎかもしれませんがそういうイメージを抱かれてるな、という感じはありますよ(笑)

田舎は田舎でもやっぱり日本の田舎とも、アメリカの田舎とも、イギリスの田舎とも違います。
足下の枯れた草、めまぐるしく移り変わる空、つねに皮がむけてるユーカリの木、鳥の声・・・
そしてそこに流れる乾いた、ゆっくりとした、そしてどこかそれでも厳しいものがある、そんなユーカリの匂いをした空気がまた独特で。

この曲を聴いたときそんなオーストラリアの「田舎」を強く思いました。
まるでユーカリのあの灰緑の色と、空の青と、大地の赤が見えるような。
そこに流れる空気と時を感じられるような。
そして周りの果てしなくはないけれどゆったりとした、がらんとした距離を感じるような。
完全に人間の世界でもなければ完全に自然世界でもないこの境界にたたずんでいるような、そんな感じでした。

この曲ではあるメロディーが引用されます。
それは11月11日、終戦記念日(第1次世界大戦)で黙祷を捧げるときにトランペット(正確にはビューグル)のソロで演奏される「Last Post」というファンファーレのようなもの。(静かなファンファーレですが)
結構田舎の方にいくと戦争の記念碑が建ってたりするのをよく見ますし、きっとああいう町だと町の一カ所で黙祷と共に奏でられるビューグルの音が周りのbushに響き渡っていくのかな、と・・・
(そういうこともあってこの「小さな町」自体も11月11日に演奏されることが結構あるですよ、ラジオのトークによると)

こうやってこの曲だったり、カカドゥ、Dawn Mantras、Maninyasを聞いてると自分がいかにオーストラリアに馴化したか、というのが身にしみます。
自分にとって「故郷」というのはとりあえずのところないと思ってるのですが、こういう音楽を聴いてるとat homeな感覚というか、「オーストラリアっぽい」のが親しく、誇りに思えて、自分のことのように思えて。
音楽って結構みんなそうなんですが、自分の愛するオーストラリアをこの国の音楽には感じます。
もっとそんなオーストラリアの音楽と出会いたいですね。

リンクはメルボルン交響楽団の演奏(試聴付)。指揮者は大分お年ですが偉大な指揮者として有名なJohn Hopkinsです。(一度だけ彼のバトンで弾いたことあります・・・チェロを)
同じCDに入っています以前紹介した太陽の音楽IIIもおすすめの曲です♪

拍手[1回]

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コンサート「Otaka Conducts Brahms」感想
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~

コンサートの感想の前にFacebookでのメルボルン音楽家界隈ネタ2つ。
1)今日国立アカデミーにHyperbass Fluteなるものが現れ当事者およびFacebookで写真を見た人みんなを騒がせていました。もはやフルートとは思えないその姿。写真はLow Flutesというサイトのこんな写真があります。
フルートもクラリネットも大きくなればなるほど配管風になりますねえ・・・

2)自分のツイートコピペ: こちらの友達が日本の大学にメールを書いたら返事がぼろぼろの機械翻訳で返ってきて、facebookで大変ネタになっております。恥ずかしいのは英語を知らないことではなくて、労力と時間を費やさないこと。海外からも興味を持って問い合わせている人に対して失礼ではないかと。
メール自体はネタになるだけあってかなり笑えるものですし、憤慨するよりは笑いで反応するオージー友達ですがちゃーんと見てますよ。
(この手の話はやっぱり自分が翻訳やってることもそうですが、「気持ちを込める・伝える」というのは音楽でもそうですからついつい小言っぽくなってしまいます・・・まだ頭のなかでいろいろ言いたいことが。)

さて、昨日のメル響のコンサートの感想。
プログラムはこんな感じ:

指揮者: 尾高忠明
フォーレ 「ペレアスとメリザンド」組曲
武満 A String around Autumn (ビオラ: Lawrence Power)(この作品はオーストラリア初演でした)
(休憩)
ブラームス 交響曲第1番

この前メル響のFacebookから聞いていたのですが、メル響でコールアングレを演奏していた方が今回の公演でお別れ、ということで(ブラームスではパートがないため)前半の終わりでステージ上で花束を渡されお別れの挨拶を。その数日前にオケからお別れにいただいていたケーキがまた傑作なのでこちらを参照。

フォーレは彼の繊細さ、柔軟さが十分楽しめた演奏でした。最終楽章の「メリザンドの死」、いいですねー。同じくフォーレのレクイエムの「Libera Me」のような(というか同じ調ですね、確か)。濃いわけじゃないんだけどものすごく暗いなにかは確かにあって。
あと「シシリエンヌ」のフルート、そしてハープの美しさ!やっぱり素直にいいですわー。

武満はこのコンサートで一番輝いてたかな。
やっぱり彼の音楽を一番特徴付ける打楽器群(ビブラフォーン!シンバル)がすごかった、というのとあと弦のサウンドが素晴らしく「武満の宇宙サウンド」で。指揮だったり解釈もものすごーく心地良くて、ああこれが武満の音楽なんだな、という感じがすごくしました。
武満の音楽ってすごく好きなんですけどあんまり深くはまだ理解したり感じたりできていないのであんまり語れないんですよね・・・感覚的には自分が求めているもの、自分が創りたいもの、感じたいものそのもの、みたいなところもあるのでなんとかとっかかりが欲しいです。
ピアノではちょっと弾いてるのですが、オーケストラで弾きたいという気持ちが強いですね。そうじゃなくちゃ感じ取れないものがあるような気がして。

ブラームスは第1楽章がちょっとこじんまりしてたのがちょっと残念だったりしましたが他は素晴らしい演奏でした。
なんといっても第1楽章・第4楽章でのホルンセクションのかっこよさ!勇ましいぞ!
あと第4楽章のトロンボーンのコラールが昔からこの交響曲で1番に好きなところだったのですが、これもまた涙ぐみそうになるほど神々しくて。(ちなみに同じブラームスのドイツレクイエムの最終楽章のトロンボーンのコラールもすごいですよ~)
それから第2楽章のコンマスと第1ホルンのソロだったり、あと第2楽章や第3楽章のオーボエやクラリネットや、聞き所は本当にたくさんあって。

尾高さんが指揮しているのを見ていると自分の中での「指揮者像」(なんだかPhaedrusの話だったっけこういうの)というのは彼のことなのかなあ、と思います。
指揮においての振り方だったり、たたずまいだったり、いろいろ。きっと小さい頃思い描いていた「指揮者」の姿なのかな。
あとなんとなくリハーサル風景を見てみたいなあ、と思いました。

こないだのエントリーでも書きましたが今年のメル響のコンサートは次回、来週で行き納め。ショスタコの5番です!楽しみ!

そしてABCのClassic 100 20th Century、続いています。まとめも続いています。
すごいですねえ、イギリス勢の安定した食い込み。ブリテン絶好調!
そしてどうしてもみんなマーラーに票を入れてしまう、という。みんなやっぱりマーラーには弱いのかな(私を含めて)。
「入れられなかった!」とか「入れれば良かった!」と思うような良い曲、手堅い曲ががんがん入ってきているのでまだまだ毎日楽しみです♪


今日の一曲: ヨハネス・ブラームス 交響曲第1番 第4楽章



もう有名中の有名と言えるこの曲・この楽章。
ブラームスが「ベートーヴェンを超えなきゃ」と思いながら21年かけて悩みながら書き上げた名曲としても有名です。
そしてこの第4楽章もそのメインテーマの美しいメロディーで有名ですね。

20代から40代までかけた、ということでこの曲は本当にブラームスの人生だったり人格をとっても反映している、むしろ移入している感じがあります。
この第4楽章はこの曲の中でも特にベートーヴェンの第9だったり運命だったりに似たところがあって。それはやっぱり「超えるべき存在」であった偉大な先人ベートーヴェンへの尊敬だったり、自分が影響を受けてもそれは仕方ないことだという悩みの末の開き直りみたいなものもちょっとあり。

あとこのフィナーレにこの交響曲で出てきたテーマやメロディーがいちいち戻ってくるのは「なんとか交響曲という一つの世界として(これもベートーヴェン的なシンフォニーの哲学、みたいな)ちゃんと完結したい」という思いが表れているようでもあり。なんかものすごく迷走するんですよね、ブラームスの音楽のエンディングって。どういう風に終わらせようか、と悩んでるうちにどんどん長くなる。でもそんなブラームスが好き。

だからあのトロンボーンのコラールが最後の方でフルオーケストラで高らかに奏でられるころには心の底からブラームスに感情移入してなんともいえない気持ちになるんです。「よかったねえ!」というのと「やっと!」という感情と、その他諸々混じり合って。

ブラームスの音楽は本当に人間であること、この地球、この世界に生まれその一部となったことに対する賛歌のようですね。
それもまたベートーヴェンの精神をすごく濃く受け継いでいるんじゃないかな、と思います。(むしろ自分にとってはベートーヴェンよりもブラームスの方が「人間のエッセンス!」という気がします)

ブラームスの音楽ってものすごく好きなんですがこういう風に外的刺激がないとなかなか語れない感じで・・・これから夏にかけてブラームスを聴く・語る機会がちょっと減ると思いますが(苦笑)思いは忘れずちょこちょこここで紹介していきたいと思います。

(リンクしましたのはベルリンフィルの演奏。がっつり系・重厚系が好みなので)

拍手[1回]

赤ちゃんが眠るときの音楽セレクション
前回のエントリーに拍手ありがとうございます♪
興奮的なものは大分治まってきたようですが薬の副作用としての眠気に朝悩まされております。
薬への慣れもありますし、あんまり長くは飲まなくて良いはずなのでもうちょっとこのまま様子見となりそうです。

こないだの週末に友達のところに泊まりで遊びに行きまして、その時にちょっと頼み事をされまして。
その友達の赤ちゃんが眠る時に眠る合図みたいな、ルーチン作りみたいなものとしていくつか曲を選んで欲しい、ということで。
何回かここでも「様々な用途に合った音楽を人とふれ合って人の気持ちと音楽について考えながら選んでみたい」ということを書いていますが、その第一歩が叶った、ということで大変嬉しく思っています。色々最近ありますが楽しんで悩みながら考えさせていただいています。

基本的な要望としては聞き流せる位の、強弱のアップダウンが激しくないもの、ということでした。
週末赤ちゃん(とお母さん)の暮らしを間近で見ていましたが、風邪を引いている時以外は寝付くのもあんまり問題なかったようで。しかも夜もずっと9~10時くらいから朝まで一晩寝てくれるようで。
音楽を選ぶ側としてはあんまり神経質にならなくて良さそうで一安心。

大きな音や突然音が大きくなったりなどは赤ちゃんがびっくりするのでアウト、というのは当たり前で。
あと以前行った音楽と発達心理学に関するレクチャーで乳児はメロディーや調、拍子やリズムなどほとんどの音楽的要素の「相対的な変化」が分かるそうなんですよ。一見赤ちゃんには難しいだろうと思われるような物でもちゃんと脳は分かって学ぼうとしている。
だから乳児が学ぶに当たっては本当に様々な音楽を聞かせることで興味を広げることができますし、それを今回は逆に利用して「変化を制限する」ことで刺激を少なくする、ということもできます。

とりあえず私が今回曲を選ぶにあたって考慮したのは以下の点です。
1) 強弱のアップダウンが激しくないものを選ぶ
2) 楽器編成は比較的小さめ
3) CDを通して楽器編成やテンポなどをあんまり変えすぎない
4) 感情的なcontentを抑える
5) 音域も小さく抑える
6) 短すぎる曲は変化を起こすのでなるべく避ける(今回一応3分くらいを目安としました)
・・・などなど。つまりは小さいスケールで穏やか、または感情がフラット気味な曲を選んで、それぞれの曲の間に大きな変化がないようにする、ということになります。
それから人間の声(しかも知らない人間の声)がない方がいいかな、と思ったのと、お母さんの声を聞いたほうがいいぞ、という思いから器楽曲にしぼってあります。ついでながら(自分の感覚ですが)安定感を重視して伴奏ありの器楽曲をなるべく選ぶようにしてみました。
必ずしも、というわけではないですが楽器編成を絞るに当たって弦楽器周りが多くなったのでそっちに制限してみました。音域についても同じような経緯で高音域寄りに。

実際に選んだ曲は以下のとおり。今回CD一枚分、としたことで若干「時間稼ぎ」っぽいチョイスもありますが、全体的にもこれで最終調整としています。
赤ちゃんもまた人それぞれでみんながみんなこのチョイス、となる訳ではありませんが一般的に赤ちゃん(そして大人)が眠るときに特におすすめできる曲は*でマークしますね~

1) アルヴォ・ペルト 「鏡の中の鏡」(Spiegel Im Spiegel)*
2) モーリス・ラヴェル 「マ・メール・ロワ」より第1楽章、第2楽章(オーケストラ版)*
3) フランソワ・プーランク フランス組曲より「パヴァーヌ」(チェロ+ピアノ版)*
4) オットリーノ・レスピーギ 「鳥たち」(Gli Uccelli)より「はと」、「ナイチンゲール」*
5) エリック・サティ ジムノペディ 第2番*
6) アレクサンドル・スクリャービン ピアノのための練習曲 op. 8-8
7) オリヴィエ・メシアン 「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」より 第1楽章「父のまなざし」*
8) モーリス・ラヴェル 「鏡」より「鐘の谷」*
9) Peggy Granville Hicks ハープのためのソナタより「パストラール」
10) レイフ・ヴォーン=ウィリアムス 幻想五重奏(Phantasy Quintet) 第3楽章*
11) モーリス・ラヴェル カディッシュ(バイオリン+ピアノ版)*
12) フェデリコ・モンポウ 「内なる印象」(Impresion Intimas)より「悲しい鳥」*
13) フランソワ・プーランク ギターのためのサラバンド
14) エンリケ・グラナドス スペインの踊りより「オリエンタール」*
15) ドミトリ・ショスタコーヴィチ 24の前奏曲とフーガより フーガ第13番(嬰ヘ長調)*

基本的に最初は楽器と作曲家で絞りました。
ラヴェルやモンポウ、サティ、メシアンのスローな曲は真っ先にみるところです。あとは小編成といえばレスピーギやプーランク、ヴォーン=ウィリアムスあたりも目の付け所。
楽器で言えばまずピアノ。それからバイオリン、ハープ、ギターあたり。それから弦楽オーケストラもちょこちょこ。弦楽四重奏やビオラは音的にフィットするものが意外と手持ちにはなかったです。
ギターに関してはもっと自分がぱっと取り出せるような知識を持ってたらもっと入れてたかもしれません。バロック時代の曲のギター版とか、いろいろあるような気がするんですよねえ・・・

あとは記憶内に検索をかけて曲単位で「こんなのもあったぞ」というものを一つずつチェック。
ショスタコーヴィチやグラナドスなんかは作曲家から入ると適してないイメージがあり除外されがちですが、曲単位で考えると結構あったりするんですよね。特にショスタコ。前奏曲とフーガだったり弦楽四重奏だったり、たまーに単独で用途に合う物があるんです。

あとは演奏のチョイスまでこだわりたいところ。一番顕著な例がメシアンの「父のまなざし」なのですが、これは演奏する人によってかなりテンポが変わるわけです(それこそ2~3倍の速さとかいう単位で)。手持ちので一番ゆっくりだったのはマイケルの録音で、勿論それを選んだわけですがこの用途の場合もっと遅くてもいいですし、なるべく遅い方がいい。
派手な演奏、感情的な演奏はやっぱり除外。あとグレン・グールドはスタイル的にいいながらも鼻歌歌うんでちょっと除外したい気持ちが(笑)
あと録音の状態がよい(=一般的に新しい)ものを選ぶのも基本ですね。ノイズは極力避けること。

で、あんまり偏りがないようにいろいろ並べて。眠りにつくまでどれくらいの時間がかかるか分からないのですがとりあえず第1曲目、第2曲目には長い(つまりなるべく変化しない)ものを配置。
似たような作曲家やスタイルの曲ばっかり集めるとどっかでリミットにたどり着いて落差が生じるかな、と思ったのでちょこちょこっとバラエティに富ませて見ました。
なんせ赤ちゃんの好みはわからないですし、あとは音楽がある方向に偏ってると気に入らなかった時にちょっと精神状態が違ったときに全部だめーってことになるような気もちょっとするので、そこのところのバランス難しいんですが実験的にある程度幅を持たせてみました。
まあ赤ちゃんも成長速いですし(需要は見えないレベルで変わる可能性大)、今の時点で暫定として、というところもありますし。
もうちょっと微調整したら連絡して送りたいな、と思います。

最後に今回のこれと直接関係あることではないのですが赤ちゃんと音楽について一つ。
赤ちゃんにとってお母さんの歌声を聞くことは本当に大切です。「赤ちゃん言葉」にもみられるとおりメロディーを伴う言葉は赤ちゃんにとって感情が(普通の言葉より)伝わりやすいもので、お母さん自身の声と音楽のコンビネーションは大切なコミュニケーションでもあります。
さらに、子供が成長するにあたって歌を歌うことを恥ずかしく思って躊躇うようになってしまう昨今の傾向に関しても母親が子供に、そして子供と歌ってあげる、ということがキーになる、という話もありました。
上手でなくてもいいからお母さん自身の声を聞かせてあげる、歌うところを見せるのが大切だそうですよ。

今回選んだ曲が友達と赤ちゃんの助けになってくれるよう願っています。
(そしてまたこういう依頼がどこかからくることを願っています♪)


今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 24の前奏曲とフーガ 第13番



24の前奏曲とフーガはショスタコーヴィチがいろんなスタイルでいろいろ書いてみたためショスタコーヴィチ「らしくない」曲もいっぱい混じってます。
そんななかで「24の前奏曲とフーガ」の本家であるバッハに一番似ているスタイルのものを一つ私が選ぶとしたらこの第13番、嬰ヘ長調になると思います。

前奏曲はむしろ他のショスタコーヴィチの「牧歌的」な前奏曲ににています。どこか即興的な、蝶が舞うようなあでやかさと気まぐれさと繊細さがあり。
そして今回のセレクションに入れたフーガがまた見事なのです。
ショスタコーヴィチの「24の前奏曲とフーガ」の中で唯一の5声のフーガ。楽譜も堂々の3段です(といっても特にあれですが)。
かなり長く、ゆったりとした、あまり飾らないし毒も少ない、悠々と流れる音楽です。

どこがバッハに似ているか、と言われると難しいのですが、実際こういう主題で始まるバッハのフーガがあること、そしてなんといってもたたずまいがバッハ風だと私は思います。
先ほど「悠々」という言葉を使いましたし、「たたずまい」という言葉も使いましたし。なんかこうゆったりと構えている、悟ったような、でも超越はしていなくて現実的に冷静に見つめる感じ。
人であり、神であり・・・というのは言い過ぎでしょうか。

本来(というのも変ですが)♯を読むのがものすごく苦手で、♯6つの嬰ヘ長調なんか見てもやるものか、と思ってたんですがクラムのお気に入りだったというバッハの平均律の第2巻嬰ニ短調も♯6つですし、これもなかなか心に呼びかけるものがありますし・・・
そのうちどちらも弾きたいと思います。いつか。

拍手[1回]

コンサート「From Dawn to Dusk - the Terrifying Beauty of George Crumb」感想
前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
まだまだ回復しません。スクリャービン×不安定な調子のコンビネーションはいろんな意味で笑える・・・ようで笑えません(汗)ただし音楽に関しては(本当に身を削るという形ですが)なにか掴むものがあったようなところも。

昨日は大雨で調子がさらに悪い中コンサートにいってきました。
なんといってもジョージ・クラムの音楽を大々的にフィーチャーするコンサートと言われたら黙ってられないです(笑)
今回のコンサートはSyzygy Ensembleというアンサンブルのコンサートでしたが、ゲストアーティストには2人も知り合いが居たり。
ちなみにプログラムはこんな感じ。

クラム Vox Balaenae(鯨の声)
クラム Apparition(幽霊)
グレツキ 弦楽四重奏第1番「Already it is dusk」
(休憩)
クラム Black Angels

最高の俺得プログラムで今見てもにやにやしちゃいます。
場所はこないだも訪れたMelbourne Recital Centreの小さい方のホール(Salon)だったのですが、壁の波のような、泡のような模様がVox Balaenaeにぴったり!青い照明(作曲家指定)に映えて、まるで切り取った海の底で音楽を聴いているようでした。
Vox Balaenaeはフルート奏者のfluttertongueなどのパルスが力強くてものすごくワイルドなところも、繊細なところも全て「クラムらしい」、というかクラムがきっと意図したような音楽を感じました。

そしてApparition。いやあこれが歌えるソプラノ歌手ってすごいですね!かっこよかったです!(ちなみに服装がパンツスタイルなのは意図があったのかな)
クラムはアメリカの作曲家ですし、歌詞の詩を書いたWalt Whitmanもアメリカの人ですがそことなくイギリス歌曲みたいな雰囲気があるのが好きです。そして全体的にある暗い夜の闇や毒の草花のような雰囲気も好きですし。弾きたいねえ弾きたいねえ!(実はVox Balaenaeを将来的に昨日一緒だったフルートの友達と弾くかもしれないのですが、弾きたい!という気持ちはこっちのほうが強い)
ソプラノのパートでのこの曲特有の難しさとすばらしさはやっぱり弱音スペクトルにありますね。今回の様な小さなホールの方が向いてますが、どんな場所でもいかにして繊細さを残したままささやきや弱音をはっきりと聞かせ、さらに暗さを出すか、というのがあります。
今回のソプラノの方は声の表情、そして顔の表情においてもものすごくこの曲にぴったりな表現で、音楽以外においても素晴らしい演奏でした。

そして今回初めましてのグレツキ。
繊細な部分とワイルドな部分のコントラストが素晴らしい、どこかヤナーチェクの四重奏曲を思わせるような曲でした。
この曲と次の曲では「惑星」を指揮した彼が第1バイオリンを弾いてたのですが、この2曲は本当にその指揮の経験が生かされるような曲でよかったです。スタンダードな四重奏曲のレパートリーよりもはるかに強いリーダーシップが生かされる、という。

そしてBlack Angels。
途中でチェロの弦が切れる、というアクシデントもありながらものすごくタイトにまとまった、パワフルで独特の雰囲気をひしひしと感じるものすごい演奏でした。
銅鑼を叩いたりガラスの棒を使ったり、水を入れたグラスを弾いたり等スコアや録音でよくしる特殊効果も目の前で見るとやっぱり違いますね。
この曲は胴体がない形の電子楽器を使うのですが(なんとヤマハがこのコンサートのためにそろえてくれたそうで。持つ者は良きパートナーですね!)、それで弾くと最初の部分でまるで戦闘用のヘリコプターが旋回するような音(ノイズ)が聞こえて、それもまたびっくり。はっきりいって怖いです。でもそれが素晴らしい。

まるで長い旅のようなコンサートの後にはちょっといろんな人に挨拶しました。
「惑星」を指揮した彼からは今回のコンサートの事だったり、あとオーケストラプロジェクトにまつわるさらなる事実(オフレコ!)だったり。今回弾いてらしたピアニストの方(先ほどのフルート友達の伴奏を今してるそうです)とはクラムの音楽について盛り上がったり。
さらに四重奏曲2つで第2バイオリンを弾いた人とは5年ぶりの再会。彼が大学のオケでバルトークのバイオリン協奏曲第2番を弾いた時私はチェレスタ弾いてて、覚えててくれたみたいです。なんとこのコンサートには代打として参加してて2日前からしかリハーサルしてないらしく・・・それであの演奏とは本当にたまげました。

Vox Balaenaeを一緒に弾こう、といってる友達(でも口笛がまだ吹けないとのこと(笑))は実はブラジルの音楽にもものすごく興味があって、こんどヴィラ=ロボスのブラジルのバッハ4番練習してみるんだ、といったら演奏するときは呼んでね!と言われまして(笑)私がピアノを弾くのを楽しみにしてくれている人がまた一人増えました。
ただ(特に今の状態では)演奏のことはまだまだ考えることはできないし、やったとしてもヴィラ=ロボスという他の作曲家から大分かけはなれている人の音楽をどうやってプログラムに組もうか、ものすごーく悩むところです。逃避じゃなくて純粋にこれはno idea。

コンサートもものすごく良かったですし、いろんな人と話せて楽しかったですが全体的に言えば自分の調子にはあんまり良いことしてないな、と後から思います。
あんまり今はできることが少ないですしポジティブなoutlookというものは無いに等しいのですがとりあえずしばらく少しでも療養に向けられたらと思います。


今日の一曲: ヘンリク・グレツキ 弦楽四重奏第1番 「Already it is dusk」


グレツキは去年の今頃亡くなったポーランドの作曲家で、そのことを当時ブログに書いたのですが、「もっと彼の音楽を知りたい」という思いがやっと1年経って少し叶うことになるとは。

Already it is dusk=「もう日は暮れて」、という意味です。元になっているのは子供が眠る前に唱える祈りだそうで、訳するとだいたいこういう祈りの言葉になります:

もう日は暮れて、夜は近づく
さあ、私たちに助けの手を賜るよう主に祈りを捧げましょう
私たちを悪からお守りになるよう
そして闇を悪事に用いる者たちから私たちをお守りになるように。

この祈りのメロディーがこの曲のベースにすこしなっている、という訳です。

といっても結構不協和音的で、闇と力に満ちたこの曲。以前紹介した「悲歌のシンフォニー」とはかなり違うスタイルであることを覚悟してください(汗)
でも私を含めて音楽家仲間にはかなりウケがよかったですねー。弦楽四重奏のフルパワー、キャパシティをあまねく使ってるということもありますし、弦楽四重奏だなあ!という音が本当に素晴らしかったのもありますし。
たまに四重奏と言うよりはもう弦楽オーケストラくらいの勢いのときもあって圧巻でした。

ちなみにこれはグレツキが1988年に作曲した曲。結構遅い時期なんです。
それでやっと弦楽四重奏第1番、というのは(他の曲をあんまり知らないながら)もったいない気もしますね。こんなに素晴らしいもの書けるんならもっと早くに始めたらよかったのに!というおせっかいをどうしても考えてしまいます(笑)

心をぐっとわしづかみにするところもあり、同時に心の深いところまでじわじわ、すーっと入ってくるようなところもあり。ものすごく不思議な闇と不思議な音をたたえた音楽です。

ちなみに今回のコンサートでも弾かれたBlack Angelsで有名な、20世紀音楽を多く演奏するKronos Quartetでこの曲の録音があったのでリンクしておきます。(弦楽四重奏第1,第2番が入ってますが第3番も別にあるそうで)好きそうだな、というかさすがやっぱりカバーしてるな、という感じですね(笑)彼らのBlack Angelsも激しくおすすめですよ!

拍手[1回]

近況・近況レパートリーなど
前回のエントリーに拍手ありがとうございます!
このシリーズもあと2回。あんまり間があかないようにします~

最近ちょっと仕事の手違い?というのかな?で数日休みがあり。
ピアノの練習だったり家のことだったりしながら過ごしてました。(明日からまた仕事です)
最近暖かくはなってきたものの天気が不安定で、低気圧から高気圧に変わるときにどうもうとうとしてしまって。
ほとんど毎日昼寝していました。どうしても体が必要とするんですよね。

そんななか今週末に向けてのプランが動き出しました。
8月21日に出産した友達の、その赤ちゃんに会いにまた北東の方へ向かうことになったのです♪
Facebookで写真はもう何枚か見てその可愛いことやたまらない!のですが実際に会いに行くのはこれが初めて。大変楽しみです。
(Facebookでみた写真、お父さんが写真をとってるのかお父さんと赤ちゃんの写真はまだないんですよねー。でも友達がすっかりお母さんの表情になってて本当にびっくり!オーストラリアで初めて学校に行ったあの5年生の日に初めて話した時のことを思い出しました・・・)
Southern Cross駅からバスで金曜の夜みんな(というほど多くもないですが)で出発、日曜の夜戻る、というプラン。もしかしたら仕事持ってかなきゃいけないかもですがまた息抜きになるといいな、と思います。
向こうのバス停からいきなり相乗りになるけど赤ちゃんびっくりしないでねー(汗)

ピアノの練習はわりとはかどってる感じです。
というのも割と苦になることなく音楽的に自分にしっくり来る、好きで弾いてる感じの曲ばっかりなので。
ちなみに以前のせたのとあんまり変わってませんがリストはこんな感じ:

メシアン 「鳥のカタログ」より第8楽章「ヒメコウテンシ」
クラム Eine Kleine Mitternachtmusik
プロコフィエフ ピアノソナタ第2番 第2楽章
ラヴェル 「クープランの墓」より「フーガ」
バルトーク 「戸外にて」より第1番「笛と太鼓と」、第4番「夜の音楽」
スクリャービン 「炎に向かって」

今クラムでいろいろ迷ってますね-。一応1~4楽章まで弾いてますが曲全体、各楽章のイメージ・・・というか自分の創り出したい世界がまだまだはっきりしてなくて。
ツイッターでも真夜中に延々つぶやいてたんですが、「都会の音楽」が得意じゃないのと、元になった音楽がまたジャズなのがまだうまいこと「つかめて」ない要因だったり。
ゆっくりブレインストームとかイメージをふくらませるようなmind frameになってないんで・・・(特にこの曲は夜に考えるのが一番なので、夜にもうちょっと心に余裕を持ちたいところ・・・)
あとはシティで夜バーでお酒飲んだり歩いたりして、ってのもこの曲には効きそうかも・・・?せっかく暖かくなったんだからもうちょっと飲みに行きたいぞー。

その分バルトークの「夜の音楽」やメシアン、ラヴェルなんかは日本で経験した夏の風景やsoundscape、こちらで今感じ始めている春夏の感覚をぐんぐん表現に繋げて行けてるかな、と思います。
「自然の音楽」という属性もそうですが、「ピアノをピアノでなく他の音に似せる」という曲が性に合ってるような気がします。

スクリャービンとプロコフィエフはどっちかというと最近妹のDVDで見てる聖飢魔IIの演奏の影響をちらほらと目立たないところで(=ちょっと言葉では説明しにくいのでしないでおく)感じています(笑)いえ、まじめな話。スクリャービン特に。
スクリャービンは今ページがちょっと破れつつあるので暗譜中(笑)音さえ覚えられれば表現の方はゆるぎない!という感じ。この曲が自分にしっくり来てるのがちょっとまだびっくりながら本当に心地良い!
(でも暗譜難しいですね・・・音の連なりがロジカルじゃないので。)

スクリャービンもラヴェルも音の連なりを見ながら聴きながら弾いていくだけでそれらを「どう」弾くかが自ずと分かってくるのがとっても気持ちいいです。ラヴェルはそのままナチュラルにそれを変えず、スクリャービンはそれをちょっと誇張して、というかもうちょっと増幅して。
クラムは他の曲よりももっともっと表現を大げさに、がキーかな、と思ってます。パロディーだったりジャズやブルースっぽいのだったり、ちょっとtheatricalな方向に持っていけるか・・・うーん。

クラムに関してはちょっと焦ったりしてる節もあります。トゥーランガリラの彼も近いうちこの曲を弾き始めるので、それまでに完璧に弾けなくてもいいけど自分なりの解釈だったりアイディアだったりをしっかり持っておきたい、というのがやっぱり本音かな。
あんまり意識しちゃあいけないけれど、頑張らなきゃ。

今はまだですが、そのうち「プログラムに組める曲」というのを集め始めなきゃ、と思ってます。ただ曲を集めるんじゃなくなんか共通点を繋いでみたり、弾くのとは違う表現方法。
とりあえず数集めなきゃ始まりませんがね-(苦笑)
でも今弾いてる曲はそのための力になってくれると思います。特にスクリャービン。そして力になるかわからない曲の生かし方も考えたいです。

一応昨日一時帰国のときから構想してる絵に手を付けたもののいろいろできてないことやりたいことまだまだいっぱいで。
あと会いたい友達もいっぱい居るんでなんとか都合を付けないとなあー・・・
もっと外にでたい欲が高まるメルボルンの11月です(笑)


今日の一曲: ジョージ・クラム 「Eine Kleine Mitternachtmusik」より第4楽章「Cobweb and Peaseblossom」



ただいま考えあぐねたり音をさらったりいろいろ楽しんでる一曲です。
CobwebとPeaseblossomはシェークスピア「真夏の夜の夢」にでてくる妖精の女王ティターニアに仕える妖精たちの名前(他にMothとMustardがいるそうです)。
「夜」と「魔法」がこの曲に登場することになった要因となるキーワードかなー・・・これもまた弾き手(私)の解釈の加減で変わりますが・・・

「真夏の夜の夢」といえばメンデルスゾーンがバレエにしたのが有名ですが、この楽章が「スケルツォ」であること以外はメンデルスゾーンの作品とはどうやら関連はない様子・・・?(メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」で一番有名な楽曲の一つが「スケルツォ」、というつながりで)
これらの妖精の扱いもまたどうやら原作とバレエでは違いそうなので、きっとクラムはシェークスピアの原作をベースにしている・・・と思われます。

この曲自体はクラムの典型的なスケルツォ。
(マクロコスモス第1巻の第2楽章「プロテウス」と似ていますが、性格の違うマクロコスモス第2巻第6楽章「ガーゴイル」とも似たところがあったり)
気まぐれで唐突な強弱差だったり、断片的なパッセージの遊技だったり、ふいに訪れるサスペンスに満ちた休符だったり・・・
あー、なんでクラムはこの楽章に「パック」の名を付けなかったんでしょうね、というくらいの悪戯、気まぐれ、小さなささやかな魔法。

はねたり転がったりはじけたり・・・決して派手ではないし大がかりでもないけれど、この手で自由に動かせるのに思わず悪戯妖精のような笑みを浮かべてしまいます(笑)
クラムもこういうスケルツォをいくつも書いたのは彼自身こういう悪戯的な音楽が、魔法が好きだったからなのかな・・・と推測しています。

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