忍者ブログ
~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

キーワードto音楽:悲しみを表す言葉
前回のエントリーに拍手ありがとうございます♪
相変わらずの舞い上がり様で(汗)
舞い上がりついでに余談ちょっと。指揮者さんが19歳でプロのオケで弾き始めたと書きながら「すげえな自分は19歳のとき何やってたんだろう」と思い返してみたら、ちょうど彼に出会ったのが私が19の時でした。
おあとがよろしいようで。

今日はキーワードto音楽、悲しみを表す言葉です。
今回は自分で言葉を見つけてcompileしました。「喜び」よりも「悲しみ」の方が作曲家が偏るような気配があったのですがなんとかだぶりは2つに押さえました。
やっぱりこういう感情の方が得意不得意がある、ということなのか。

悲嘆(ひたん): ショスタコーヴィチ 交響曲第14番 第9楽章「O Delvig, Delvig!」
悲しい、に加えて対象の人間に対する嘆く、惜しむ、やりきれないような感情を激しく、涙をともなって表現するようなイメージでのチョイス。この曲の「嘆く」弦の音が本当に強烈で、悲しみの中の悲しみとも言えそうな感情のかたまりです。

絶望(ぜつぼう): マーラー 交響曲第6番 第4楽章
闇のなかで光を求めて苦しみ抜いて、何度ともなく堕とされて、それでもまた光に憧れる。望みを全て失う、それまでの壮絶な苦しみはこの曲でしか味わえないと思います。最後の最後のとどめの和音なんかもうすごい、ここまで打ちのめすのか、という。マーラーならではの体感です。

慟哭(どうこく): プロコフィエフ 「ロミオとジュリエット」より「ジュリエットの葬式」
これはもうダントツで。ロミオが仮死状態のジュリエットを抱いて踊るシーン、イタリア人のステレオタイプみたいな激情が踊りにも、そして音楽にも表れます。まるで声を上げているのが聞こえるような、オーケストラが叫ぶような。(でも弾いてるとめっちゃ楽しいんですよ)

愁傷(しゅうしょう): ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 第2楽章
「愁」という文字に「秋」という字が入ってるのがもろに影響しているチョイス。心がちくちく痛むような、寂しげな空気が漂うような、もの悲しげで思いにふけるような。ピアノの音もオーケストラの音もものすごーく繊細で、特に速いスケルツォから出てくるところのほどけるような音楽が素敵。

断腸(だんちょう): イザイ 無伴奏バイオリンソナタ 第3番
これはバイオリンの弦がかつて(そして一部今も)動物の腸で作られていることにちょっとかけています。でもそれを除いても「断腸」と言えるほど、内からの苦しみにのたうちまわる、心が締め上げられるような音楽です。さすがバイオリン、というかバイオリンでしか表現できない狂おしさですね。

沈鬱(ちんうつ): ブラームス ピアノ四重奏曲第3番 第1楽章
作曲家自身により「自分の頭にピストルを向けている」イメージが語られているこの曲(「若きウェルテルの悩み」からの一シーンだそうで)。ひたすら暗く、内向きに、どうしようもなく迷い苦しむ、重みとふさぎ込んだ感がある音楽。なんといってもビオラとチェロの深みがこの言葉には似合います。

悲痛(ひつう): フォーレ エレジー
チェロで表す、痛みを伴った悲しみ。ハ短調という調とチェロの音色(特に高音にかけて)の強烈さ、感情の強さ。やっぱり主人公チェロが負うものが大きいのか、ピアノ伴奏版でもオケ伴奏版でも印象は結構変わりません。
(extra episode: 私が最初に精神病院のティーンセクションに入院したとき、ピアノがなかったんでチェロを持ち込んでもらったんですがそれに影響を受けて患者仲間の一人も一度両親にチェロを持ってきてもらったみたいで、夜にこの曲を弾いているのを聴いたのがものすごく思い出に残っています。)

哀切(あいせつ): バーバー 弦楽のためのアダージョ
悲しみを表す曲の王道といったらこの曲なんですが、どの言葉に当てはめるかが問題でした。断腸、とも違う、もっと鋭い「切る」という字が入ったこの言葉にどうだろう、という結論で。やっぱり悲しみに伴う「痛み」に関しては弦楽器が強いですね。クライマックスにかけての痛々しさはリアルな、という感覚を通り越した極みがあります。

傷心(しょうしん): チャイコフスキー 「白鳥の湖」 第4幕より「小さな白鳥の踊り」
これもさっきのロミジュリと一緒でバレエの主人公の心象からのチョイス。王子は(悪気はないとはいえ)おディールを選んでしまい、人間にもどる望みも断たれ、愛にも破れ。白鳥の湖でのオケの主人公はオーボエですがこの曲はクラリネットが活躍。ため息、悲しみ、そしてあきらめが感じ取られます。

悲愴(ひそう): ショスタコーヴィチ バイオリン協奏曲第1番 第3楽章
「悲愴」と名の付く曲はいくつかありますが、今回もそれらは省き。そうするとやっぱりこの曲は「悲愴」と呼ぶにふさわしいのでは、と思います。各所で私からの言及がほとんどない曲ですが、それもまたこの曲に対する思いの強さ、音楽の性質として言葉で語れないような強烈さがあって。改めてこの言葉とともにこの曲をおすすめします。

ここにリストした曲、普段はあんまり言及が少ないことを改めて思い知ってます(汗)
これをきっかけとしておすすめできれば、そしてここをきっかけに聴いてもらえば、と思います。

明日はちょっとコンサートに行って来ます。
国立アカデミーの生徒、そしてトゥーランガリラの彼がBrett Deanの音楽をMelbourne Recital CenterのSalonで演奏、ということで。
聴いたことないタイトルばっかりなので比較的新作が多いのかな。そして楽器編成もわからないし誰が弾いてるかも未だにほとんど知らない。
ということでいろいろ楽しみです。ただMelbourne Recital Centerは初めてなのですでに場所見知り(汗)数年前にできた、2つホールがある素敵そうなところですがね~


今日の一曲はまたお休みです。キーワードto音楽なので。

拍手[1回]

PR
チェレスタ、指揮者と惚れっぽいチェレスタ奏者
昨日のエントリーに拍手ありがとうございます♪
「悲しみを表す言葉」の方も書いたらよろしくお願いします。

なによりも先に・・・
Happy Birthday to George Crumb!!
私の最も愛する音楽を書く作曲家の一人であるクラムの82歳の誕生日です。
マクロコスモス第1巻では自分を「幽霊船頭(Phantom Gondelier)」になぞらえましたがまだまだ生身の人間として活躍しております。
長く生きて素晴らしい音楽をたくさん書いてくれることを祈っています。

そしてお知らせ。

<メルボルン大学音楽科オーケストラ コンサート4>

指揮者:Fabian Russell

[プログラム」
ラヴェル 道化師の朝の歌
デザンクロ Incantation, Threne et Danse (トランペット:Josh Rogan)
ストラヴィンスキー 春の祭典

会場:Melbourne Town Hall
10月30日 午後5時開演 入場無料

(コンサートの詳細はメルボルン大学音楽科サイトのページに)


そんなわけで今日はリハーサル行って来ました~
といっても前半がずっと春の祭典で、パートがあるデザンクロも第2楽章は通しただけだったのでほとんど待機ばっかりでした。
デザンクロ(Incantation, Threne et Danse)、第1楽章はまだ理解が及ばず、第2楽章はちょっと聞きやすい感じですがテンパってたのでなかなかゆっくり聴けず・・・
でも第3楽章には恋に落ちましたね!なにこれ!と思いました。
途中が5拍子のワルツになってて、雰囲気的に映画の挿入曲みたいな、ちょっと暗さもあるさりげなくセクシーな感じがぞくぞくっと来て。
人に恋に落ちるとき並に聴きながらドキドキしましたもの(笑)
結構曲に恋に落ちるんです私(笑)でもこんな風なときめきはちょっとぶりかも・・・あ、違う、ダフニスもそうだった。

トランペットのソロのパートもかっこよかったのですが(トリプルタンギング!)、こういう言い方もなんですがトランペット協奏曲のフォーマットに入れておくにはちょっともったいない、というか・・・
もっと大きな曲の一部として展開があったらよかったなーと思うのです。
(余談ですが今回のソリストはトマジのときと一緒の子がやってます。(指揮者・ハープ奏者も同じ~)あの子がもっと年を重ねて大人になって、今着てるあのレザージャケットも持ってるトランペットバッグも年期が入りまくった頃、彼がこの曲を吹くのをまた聴きたいなーと思ってます)

今日リハーサル前にちょっと聞きかじった話なんですが、今年私が使ってきたメルボルン大学Victorian College of Arts所有のチェレスタはこの夏修理に出されるようです。
前々から外側の金網のへこみ、破れ、横の穴、トーンの不均一さ、音量、内外の大量の埃など問題点は多々あり。それでもなんとか楽器の癖を把握していろいろ弾いてきました。
なんといっても自分の楽器じゃないですし、たまーにしか弾けないですし、でも自分がいない間に穴が開いたりとかしてるとやっぱり辛いしもどかしいし。
なので改めてこうやって直してもらえて、良いコンディションに(そしてタフに)してもらって、それでまた弾く機会があるかどうかも分からないのですが、それでも安心するな、と思うんですよ。
今回のコンサートを無事に終えてきれいに弾きやすくなってるといいな~

こないだも書いたと思いますが今回も一緒にお仕事させてもらってる指揮者のFabianは9月末のブラスフェスティバル→ユースオケのダフニスとクロエ→大学の春の祭典(イマココ1!)とノンストップで指揮してます。
指揮を実際にやるとどうなのかわかりませんが一奏者としてずっとみてるとしんどくないのかなーと気になりますね。きっと大変なことなんだと思うんですが。(平気な顔してはいますがねー)
疲れてても見せないとは思いますが、でも普段から無理しても大丈夫な人なのかもなーとも思います。
指揮者としてもできる人ですし、プロのテューバ奏者としても凄い人でしたし(Musicpageの演奏録音を聴いても分かるのですが、調べてみるとなんと19歳で1枠しかないプロオケのテューバ奏者としてデビューしたそうで・・・)。

それ故というか、奏者から「できない奏者としての苦労がなかなかわからないから無理させることもある」みたいなことも言われることもあり。それはまあそういうところもあると思います。
でも決して奏者とかにいつもものすごく無理させるような人ではないんですよね。マネージャー(兼奏者)時代はなんだか「無理しないで」と言われた記憶がなんだかあって。
・・・色々見てて、全部ひっくるめて指揮者ってすごいなと思うのです。無理ばっかりはしてほしくないな、と密かに思いつつ。

自分がやりたいことを実現させるのに指揮というのは最も近い方法の一つかもしれない、ということを何回か書いてると思うんですが自分にはああなるのは無理だなーと思います。
体力・精神力・視野の広さ・集中力・人とのふれあいなどなど自分に欠けてるものばっかり(笑)でもメルボルンの音楽シーンは私の年齢くらいから奏者から指揮者になる人がでてきて、大学時代を共に過ごした人の前でバトンを振るので指揮者に対しては割と暖かい、サポートするようなスタンスがあるんだろうなと思います。

おそらくこれが今年最後のチェレスタのお仕事、そしてFabianとの今年最後の仕事。
もうリハーサルは金土日、コンサートが日曜の夕方とあっというまですが精一杯楽しみたいです♪


今日の一曲: アルフレッド・デザンクロ 「Incantation, Threne et Danse」 第3楽章「Danse」

(ただいま録音が見つかりません!)

今日恋に落ちた曲!
ちょっとぎき、最初の方はちょっとわかりにくい?部分もありますがティンパニのリズムに乗って現れる5拍子のワルツはぐっと心を掴みます♪
まるで薄暗い照明のなかでお酒を飲めるような、ちょっとセクシーでどこかアンバランス、フランスならではの複雑で微妙な色彩を創り出すハーモニーが本当に気持ちいいです。

特に途中でキーが変わって変ホ短調っぽくなったときのトランペットの艶なんかたまらないです。
そんななかでもトリプルタンギングで技巧を披露したり、ものすごい上昇音階だったり(普通の音階じゃない、というか)。ちゃんと一応トランペット協奏曲みたいなフォーマットにはなってます。

私のチェレスタパートは打楽器パートの一部として書かれてますので自分が弾かない第1,3楽章は打楽器のパートの一部を見ています。
なのでやっぱりビブラフォーンが活躍してたり、タンバリンが粋だったり、そういうのはすでに愛着が湧いてきてます。
他だとやっぱりハープのパートはさりげなくかっこいいですし、あと5拍子のところでの弦のピチカート伴奏のわくわくすることだったり、派手ではないけど色々と魅力に詰まった曲です。

まだ初めて聴いたばかりなのでこんな程度しか書けなくてなかなかどうしてこの曲にときめいたのか伝わってないとは思いますが、これからまた深めていきたいと思います(汗)

拍手[1回]

キーワードto音楽:喜びを表す言葉
週末は仕事に明け暮れていました流 星姫です。
なんとか練習と明日のリハーサルへの希望で自分を持たせながら進んでおります(汗)
明日のリハーサルに加えて水曜聴きに行くコンサートもあり。楽しみにしたり舞い上がったりする要素多くて幸せです(笑)

今日は久しぶりのキーワードto音楽。(国別音楽とか楽器と性格とかはもうちょっとお待ちくださいませ~)
今回はふと思い出して「喜びを表す言葉」をテーマにしてみました。
そして今回のリストはそのきっかけとなった2009年のQさまのドボン問題にあった言葉をそのまま使わせてもらいました~(ネットで探すとでてきますねー)
もちろん今回もタイトルに当該言葉が入っているものは除外しています。

歓喜(かんき): レスピーギ 「ボッティチェッリの3枚の絵」より第1楽章「春」
レスピーギは底抜けに明るいイタリアの喜び的な音楽が大の得意。「ローマの松」の第1楽章とかなり悩んだのですがこの曲に決めました。春だからこそ感じられる、本能的な、内からわき出るような喜びにあふれている音楽です。

満足(まんぞく): マーラー 交響曲第5番第5楽章
このチョイスは全く迷い無し!前の楽章たちを通して波瀾万丈してたのがここで落ち着く、そんな感じが強い曲です。派手さだったらこの交響曲の最初の2つの楽章や、第1番の最終楽章などの方が輝かしかったりするけれど、「これでいいんだ」と受け入れる懐の深さを備えたどっしりした喜びに満ちています。

破顔(はがん): スクリャービン 練習曲op. 8-4
「顔をほころばせて笑う」という意味があるこの言葉。最初の5連符でふわりと正に「ほころぶ」この曲で決まりですね♪スクリャービンの初期のピアノの、あのショパンの様な、女性的な繊細さで、まるで花のようなほほえみを表現しているような音楽です。

至福(しふく): メシアン 「世の終わりのための四重奏曲」より第8楽章「イエスの不滅性への賛歌」
もうこの手のメシアンの音楽だったらどれも至福!なんですけどその中でも選りすぐってみました。音というか、音をとりまく響き全てが幸せを歌い、上りつめる様はいかにも切なく・・・これ以上の天国、これ以上の幸せはないような音楽が心を満たします。

欣快(きんかい): ラフマニノフ 前奏曲変ロ長調
「喜ばしく気持ちいいこと」、という意味だそうで。すがすがしく男らしく突き抜けるようなさわやかさ、といえばこの曲でしょう。変ロ長調という調がすでに清々しいのですが、ラフマニノフのピアノ音楽の力強さ、ピアノの輝かしさとハーモニーの明るさもまたたまらない!

恐悦(きょうえつ): ドヴォルザーク バイオリン協奏曲第3楽章
「つつしんで喜ぶこと」、ということで人が集まっている場所で周りの人に感謝と喜びの言葉をちょっと改まって述べ、あたりが喜びに包まれる、というようなシチュエーションを想像。民族色の強い音楽に、決して派手ではないけれどあたりに幸せをふりまくような、雰囲気も込みで分かち合う喜び。

狂喜(きょうき): メシアン 「トゥーランガリラ交響曲」より第10楽章「終曲」
原則としてキーワードto音楽では作曲家をだぶらせないよう努力しているのですがこればかりはしょうがない!この曲に該当するのはトゥーランガリラでは2つあって・・・第5楽章・第10楽章で悩んでいたのですが一応「人間の喜び」により近い第10楽章にしました。私にとって軽躁のトリガーともなるほど、狂うほどの喜びにはやっぱりこの曲でしょう♪

雀躍(じゃくやく): エドワーズ バイオリン協奏曲「Maninyas」 第3楽章
「こおどりして喜ぶこと」だったら上記メシアンの様な巨大なスケールの曲よりももっともっと小さく、例えば鳥を思わせる自然の精霊の密かな、でも全身で表す喜びのイメージということでこのチョイス。小さくてもエネルギーに満ちて、まぶしい光と共に生き生きとした踊りをくりひろげます。

哄笑(こうしょう): ブラームス 交響曲第3番 第1楽章
「大口を開けて声高く笑うこと」という意味。自分は自由だ!と空に、大地に、世界に向けて人間として誇り笑える、そんな曲です。辛いことがあっても、苦しくても、一人の人間でしかないけど、それでも人間でよかった!という感じかな。命の喜びを表情と声で表現する、人としての喜びを体現するような音楽です。

快哉(かいさい): ベートーヴェン 交響曲第7番 第3楽章
先ほど書いた理由で第9は外さなくちゃいけなかったのですが、人間としての喜びだったらベートーヴェンも得意中の得意です。そんななかでも「痛快」な喜びに合うかな、と思ったのが第7番のスケルツォ。まるで笑いがきこえるような、人が集まった時のあの陽気な雰囲気が感じられるような、最高に楽しい音楽です。


実は「悲しみを表す言葉」(Qさまソースではありませんが)も準備してあります。これも近いうちにまとめますね♪


キーワードto音楽だったので今日の一曲はお休みです~

拍手[1回]

20世紀クラシック音楽のトップ100!?
日曜のコンサートの余韻、まだ続いています(笑)
先ほどFacebookの方で指揮者さんがユースオケのメンバーに宛てて素敵なメッセージを送ってくださって。
その文面にこめられたたくさんの感謝の何倍も感謝を返したい気持ちでいっぱいです。
ユースオケなので奏者は若い人ばかりだけどいつだってみんなに深い敬意を表してくれて、一緒に素晴らしい音楽を作り、共に経験するいつもの姿勢がぎゅっと濃縮された感じの文でした。
ついついしんみりしてしまったけど、大学のオケのリハーサルがある月曜日はもうすぐそこなんだった!(笑)

さて、最近こちらの音楽友達の一部のなかで話題になっているのがオーストラリアのラジオチャンネル、ABC Classicsで行われているあるイベント。
The Classic 100 20th Century、というのなのですが・・・
なんと1900年以降のクラシック音楽の名曲に投票(1人10曲まで)して集計して、20世紀クラシック音楽のトップ100チャートを作り、それをラジオで順々放送していって最後はアデレード交響楽団の演奏でフィニッシュ!ということらしいです。

20世紀音楽といえば私もだまっていられるはずがなく(笑)
贅沢な悩み、楽しみにのたうちまわりながらもなんとか10曲票入れてきました。
それにしても難しい!単純に曲の多さもありますがそれ以上に!
(ちなみにリストから選択制なのですが、入れたい曲が見つからないときは手動で追加できるようになってます)
まずはこのくくりが「1900年以降」となってるところがくせ者。そこからだと例えばマーラーの交響曲がぞろぞろ入ってきてしまう!(正確には調べないと分かりませんが少なくとも第5番は1905年くらいに書かれてるはず)
それからあらゆる楽器編成の曲が入り乱れてるため、一つのものさしで評価することがほとんど不可能、という。

なんにしても考えるのは楽しいですし、選ぶために考えると本当に一つ一つの曲への思い入れだったり、曲のすばらしさだったり、そういうものを真剣に考えるのもいいですし。
悩んで悩んで私が最終的に選んだのはこの10曲です。

1) メシアン トゥーランガリラ交響曲
2) ショスタコーヴィチ ビオラソナタ
3) クラム 夏の夜の音楽(マクロコスモス第3巻)
4) ラフマニノフ 交響的舞曲
5) ラヴェル マ・メール・ロワ
6) ブリテン 戦争レクイエム
7) ルトスワフスキ 管弦楽のための協奏曲
8) マーラー 交響曲第6番
9) メシアン 鳥のカタログ
10) ヴォーン=ウィリアムス 交響曲第5番

ちなみに5,6に関しては複数版がありますが楽器編成は特定してませんでした。手動で追加したのは9のみ。
ほとんど「オケピアノ・チェレスタ奏者らしいチョイス」が並んでしまってますね(1,3,4,5,6,7,8)。
8に関して、マーラーはやっぱり「20世紀」というくくりとはちょっと違うのですが(fin-de-siecleというか、変化のまっただ中ですからねー)やっぱりマーラーが母集団に入ってるならどうしても選ばないわけにはいかない、と思ってしまいます・・・
7のルトスワフスキ、「管弦楽のための協奏曲」といえばバルトークはどうしたんだ、と言われそうですがバルトークは正直どの曲を選んでもおかしくない分どの曲も選べなかったという・・・もごもご。
2は本当に個人的な強烈な思いというか、ただただ好きなんです。ショスタコーヴィチを入れるとは分かっていたけれどどんな交響曲も協奏曲をも超えてこれを選んでしまった。
ラヴェルもまた「なぜこれ?」という感がありますが私はやっぱりこの曲に弱いんです(笑)10のヴォーン=ウィリアムスも同じく、最近思い入れの強い8番とはかりにかけた結果抜かすのが本当に惜しかった、という経緯が。

結局は「名曲」とか投票結果とかはあんまり重視せず自分の「好み」で10曲選んだ、という形になりました。玄人好み、と父には言われました(でも本当に良い曲は玄人好みだと思いますよ、一般的に)。
なので「自分が好きなのはこれだ!」というだけでなくて本当に胸を張って「20世紀を代表してくれ!」という思いを持って差し出せるのは1,3,4,6,9くらいですね。
(好きで20世紀を代表、といえばストラヴィンスキーの春の祭典もそうですが、どさくさで抜けちゃいました)
クラムの「夏の夜の音楽」はもっと評価されて欲しいです。決して大編成ではないですし大曲でもないですがすごくいい音楽だ、と真摯に思いますし。
そしてトゥーランガリラに関しては「20世紀を代表する交響曲」であって欲しいです(すでにそうでなければ)。20世紀はいろいろなことがありましたがトゥーランガリラが書かれたことはその中でもトップクラスに偉大なことだと思います。
戦争レクイエムは音楽、文学、そして歴史的にも大変貴重で素晴らしい作品ですし、これを抜かしてこの世紀は語れない、みたいなところがありますし。

もちろん自分のチョイスに100%納得はしてませんがそこまで思い詰めるようなものではないですしね(笑)
あの母集団の大きさのなかで100曲、というと最終的には結局比較的ベタな曲がランクインすることになるとは思います。自分の選んだ10曲だとトゥーランガリラが入るか入らないか、くらいになりそうですが・・・
Facebookからの雰囲気だと私よりもさらに音楽オタクの目、そして私よりも冷静な判断力を持った友人たちも投票するみたいなので(きっとプロの人も票入れるはず)、さてどれくらい影響があるかこれから楽しみです。


今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「鳥のカタログ」より「ヒメコウテンシ」

Move RecordsのMichael Kieran Harveyによる録音

鳥のカタログに言及があったのと、あと最近このヒメコウテンシを弾き始めたので今日はこれで。
ヒメコウテンシ=姫告天子、と書きます。ヒバリの仲間。
ヒバリと言えば鳥のカタログには「モリヒバリ」も居ますが、あちらは夜の闇と月の光のなかで歌い、こちらは乾いた夏の熱と日照りのなかで歌うヒバリです。

ヒメコウテンシには他にもチョウゲンボウや、他のヒバリたち、そしてウズラなどが登場します。(あと低音で聞こえるのは蟬の声だそうです)
もともと短い曲ですが(おそらく最短?)、鳥の鳴き声意外のところが少ない、というかそっけないようにも思えるのはやっぱりあたりに草木の生えていない、ちょっと荒れ地のような環境なのが伺えます。

そんな地上の情景とは対照的といいますか、ヒバリは「天高い」という言葉が似合います。太陽の輝く、青い抜けるような空を象徴するような鳥・・・
小さいながらも天を自由に翔け、喜びを歌で表す鳥ですね。

この曲の最後の方で聞こえるヒバリ(種名がヒバリのヒバリ)の歌声は本当に凄いですね。
私のピアノではまだまだ再現できないのですが、本当に空を貫くような鋭さと跳躍の自由さと。高揚感が半端ないです!

拍手[0回]

コンサートからコンサートへ、ソロレパートリーのこともちょっと。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます!
一日ずっと音楽もオケも全てが輝いていました~

そんなコンサートの日の最終リハーサルで撮影された写真が今ちょうどMelbourne Youth MusicのFacebookページにアップされていました。こちらです~
今回がっつり写っておりますチェレスタ奏者(笑)木管セクションの楽器持ったショットとかも好きな写真です。そして指揮者さんはやっぱり黒シャツの方が似合いますね♪
写真撮影するのは知ってたんで気持ちみんな背伸ばしてる感もありますがちょっとリハーサルの雰囲気が伝わるかな、と思います。是非ご覧ください~

そんなコンサートの余韻も感謝の思いも冷めないまますでに次の演奏のお仕事が来ました。

<メルボルン大学音楽科オーケストラ コンサート4>

指揮者:Fabian Russell

[プログラム」
ラヴェル 道化師の朝の歌
デザンクロ Incantation, Threne et Danse (トランペット:Josh Rogan)
ストラヴィンスキー 春の祭典

会場:Melbourne Town Hall
10月30日 午後5時開演 入場無料

(コンサートの詳細はメルボルン大学音楽科サイトのページに)


私はデザンクロの第2楽章(Threne)でパートがあるそうで。チェレスタパートが打楽器のパートに書き込まれていたため見落とされてたそうです(笑)昔はチェレスタは主に打楽器奏者が弾いてましたからね~
見て分かると思いますが前回のコンサートと指揮者・ソリストともに同じ。オケのメンバーもおおかたユースオケとかぶってると思います(笑)
基本使えるとこは在学生を使う大学オケなので参戦は卒業以来。指揮者さん自らからのお呼びで、なんだかお抱えチェレスタ奏者みたいになってます(笑)
また彼と、そしてトランペットの彼と、それから他のたくさんの奏者とお仕事できて嬉しいです。このコンサート期間もあっという間なのでなるべく長く自分の中で続くことを願っています。

今週はコンサートが終わって一段落、といくつか新しい曲をピアノの方でも始めました。
今のレパートリーはこんな感じ:

メシアン 「鳥のカタログ」より第8楽章「ヒメコウテンシ」
クラム Eine Kleine Mitternachtmusik
プロコフィエフ ピアノソナタ第2番 第2楽章
ラヴェル 「クープランの墓」より「フーガ」
バルトーク 「戸外にて」より第1番「笛と太鼓と」
スクリャービン 「炎に向かって」

クラムは早いとこ楽譜をコピーしていろいろ解釈とか書き込みたいですねー!色々分析してがっつり考えたいのにできないもどかしさ!
ヒメコウテンシはネットで鳥の鳴き声を一つずつ確認しながら(フランス語ですがこのサイトがものすごく使えます)音をさらってよりピアノっぽさを消すよう、より鳥に近づけるよう試行錯誤中。
プロコフィエフとラヴェルはどっちも一見そんなに難しくないながらかなりトリッキー(でも難しい、というのとは違うかな-)な曲で頭、腕・指をひねっています。
春夏に向かって心地良く心を傾けられる曲がそろったところで遠くないうちにレッスンを受けれるように(先生に渡すお土産もありますし)がんばりたいと思います。

今日はメルボルンは暖かく28℃くらいありましたし(精神医とのアポのついでにFitzroyのVictorian Gothicというお店でアルケミーゴシックの品揃えを見てきました~)、明日もまた暑くなりそうですが明日はどうやら一日仕事と練習で忙しくなりそうです。
音楽の方をいろいろやってるとたまに翻訳の仕事も比較的しんどく感じますがなんとか進まないと、ですね。

オーケストラ生活に戻る来週の月曜日が楽しみです♪


今日の一曲: モーリス・ラヴェル 「クープランの墓」より「フーガ」



「新古典派」としてのラヴェルを語るときにかならず引き合いにだされるピアノ曲「クープランの墓」。各楽章が第一次世界大戦で亡くなったラヴェルの友人に捧げられている、バロックや古典といわれる時代の様式にのっとって書かれた曲です。
のっとって、とは言いましたが曲の性格自体はとってもラヴェルらしい、ハーモニーなんかもこの時代のフランスの感じがものすごく強いです。

バロックからロマン派初期までの時代には「フーガを素晴らしく書くこと」が作曲家としての技量の一つのものさしだったと言われています。バッハが当時から高く評価されてきたこともそれに関わってますし、ベートーヴェンなんかはフーガがかけない作曲家、と言われることに悩んでいた節もあると聞いています。
(ベートーヴェンの表現はああいう曲には向いてないのかな、と思います。様式を壊したがる人ですから。ただベートーヴェンの書くフーガも決して下手とかじゃないんですよ。ちょっと変わってますが)

所謂理系な感じの作曲家の筆頭にあがるラヴェルがフーガという様式をどうやって操るか、生かすか、その中で羽ばたくか、というのは興味深いものがあります。
この曲は間違いなくフーガでありながらものすごーくラヴェルらしい!と言う特徴も多いです。アーティキュレーションの使い方だったり、透明なハーモニー、透明さを失わないような声部の重ね方・・・
ものすごく不思議な曲で、それが私はものすごく好きです。
これは他の作曲家にも他の様式でも再現することのできない、本当に唯一無二の音楽だと思います。

ちなみに20世紀においてフーガという様式の枠をどんどん広げ変えるような動きが起きましたが、それはこの曲だけでなくヒンデミットやショスタコーヴィチもやってることで、20世紀のフーガの広がり、そしてバロック時代との比較など見てみるといろいろ面白いと思いますよ。

それからクープランの墓は一部の楽章がオーケストラ編曲(ラヴェル自身)、そして木管五重奏のために編曲(複数)されています。ちょろっときいた限りではラヴェルのフレーバーを失わない、魅力的でナチュラルな編曲です♪

拍手[0回]