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今日はレクチャーに行ってきました。
聞いたこと学んだこと思った事いろいろあるのですが後日まとめます~
念願のアイリッシュシチューとスミノフDouble Blackもいただきました。
これからトゥーランガリラが終わるまでブログ更新できないと思うので今日はとりあえず告知だけ載せときます。
<メルボルン・ユース・オーケストラ コンサート2>
指揮者: Fabian Russell
[プログラム]
Chisholm "Pierre Boulez à la Discothèque"
メシアン トゥーランガリラ交響曲 (ピアノ: Peter de Jager、オンド・マルトノ: Jacob Abela)
会場: Australian National Academy of Music (ANAM、国立音楽アカデミー(サウス・メルボルン))
第1公演: 7月2日 午後7:00開演
第2公演: 7月3日 午後2:30開演
チケットはMelbourne Youth Musicのサイトに注文フォームがあります。
大人:25ドル Concession(pension/学生など):20ドル 6歳未満の子供:無料
もうすぐ終わっちゃうと思うとすでに寂しいですね。
大好きなメシアン、大好きなチェレスタ・・・そしてトゥーランガリラを生で聴いたり弾いたりする機会は一生にあと一回あるかどうか、というくらいですから・・・
そんな、プロでも難しい曲ですがユースオケの若い音楽家達はものすごーく頑張ってます。
これでメシアンに出会った人ってのも多いんじゃないかな・・・
あとは金・土で磨き上げるだけ。パーフェクトとはいえないし、余裕がある演奏にはならないかもしれないけど、それでも素晴らしい演奏、(弾く側・聴く側にとって)貴重な体験になるでしょう。
それではコンサートが2公演終わるまでに更新はできないと思いますが、事後報告しますのでまたよろしくお願いします♪
聞いたこと学んだこと思った事いろいろあるのですが後日まとめます~
念願のアイリッシュシチューとスミノフDouble Blackもいただきました。
これからトゥーランガリラが終わるまでブログ更新できないと思うので今日はとりあえず告知だけ載せときます。
<メルボルン・ユース・オーケストラ コンサート2>
指揮者: Fabian Russell
[プログラム]
Chisholm "Pierre Boulez à la Discothèque"
メシアン トゥーランガリラ交響曲 (ピアノ: Peter de Jager、オンド・マルトノ: Jacob Abela)
会場: Australian National Academy of Music (ANAM、国立音楽アカデミー(サウス・メルボルン))
第1公演: 7月2日 午後7:00開演
第2公演: 7月3日 午後2:30開演
チケットはMelbourne Youth Musicのサイトに注文フォームがあります。
大人:25ドル Concession(pension/学生など):20ドル 6歳未満の子供:無料
もうすぐ終わっちゃうと思うとすでに寂しいですね。
大好きなメシアン、大好きなチェレスタ・・・そしてトゥーランガリラを生で聴いたり弾いたりする機会は一生にあと一回あるかどうか、というくらいですから・・・
そんな、プロでも難しい曲ですがユースオケの若い音楽家達はものすごーく頑張ってます。
これでメシアンに出会った人ってのも多いんじゃないかな・・・
あとは金・土で磨き上げるだけ。パーフェクトとはいえないし、余裕がある演奏にはならないかもしれないけど、それでも素晴らしい演奏、(弾く側・聴く側にとって)貴重な体験になるでしょう。
それではコンサートが2公演終わるまでに更新はできないと思いますが、事後報告しますのでまたよろしくお願いします♪
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日曜日はユースオケとトゥーランガリラのリハーサルでした。午前は打楽器+ピアノ+オンド・マルトノ+チェレスタのリハーサル、そして午後はフルオケで。
(ちょっと自分用メモになるのですが第3楽章でテンポががくっとちょっと遅くなるセクションの少人数アンサンブルとっても好き!まるで時が遅くなったような感覚で、お互いの音に自然と耳が行って。チェレスタのパートも粋ですし。第3楽章全体リハーサルを始めてから株急上昇してます(笑))
オンド・マルトノは不思議な楽器ですね~といっても結構遠く(ピアノの向こう)にあるのと「触っちゃいけない」と言われてるのであんまり見れてないです。
土曜日と比べると大分まとまってたのできっと本番は大丈夫でしょう。(もちろんその前にまだリハーサルはありますが)
コンサートが楽しみです♪
そして昨日はメル響のコンサートへ。
プログラムはこんな感じ:
(指揮者: Jakub Hrusa)
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第1番 (ピアノ:Simon Trpceski)
オルフ カルミナ・ブラーナ
(ソプラノ:Hyeseoung Kwon、テノール:Paul McMahon、バリトン:Jose Carbo。合唱団:Melbourne Symphony Orchestra Chorus (Chorus master: Jonathan Grievs Smith), Concordis Chamber Choir (Artistic Director: Andrew Hunter), The National Boys Choir of Australia (Artistic Director: Peter Casey))
素直に楽しめるプログラムでしたね~♪
(カルミナだけでも十分コンサート一つ成り立つんですが、これはこれで面白いです)
まずはラフマニノフ。
とっても素直なラフマニノフでした。
というのは決して派手だったり華やかなわけじゃないけどとても自然で、まるで湧いてくるような演奏でした。
巷でいろんなピアニストが派手すぎ・ロマンチック過ぎな、ショーっぽいラフマニノフの弾き方をするのに普段から疑問を抱いてるのでこういうあっさりした、音楽が元々持ってるロマンや色彩を誇張せずにそのまま差し出されるのは本当に心地良かったです。
あとラフマニノフの音楽って特に小さい手の持ち主にはものすごくhard-workingというか、労力が見えるくらい大変なのであんなに自然に弾けるのは羨ましいです。
ラフマニノフの最初の協奏曲とはいえ、既にスタイルが確立して、晩期の作品でも良く聴くようなおなじみのパッセージがあったりしてにやりと。
そういえば今回のソリストの方、よくオーケストラの方に頭を向けてみるというか、むしろ弾きながら指揮するのに近いジェスチャーをしてました。指揮をする(またはモーツァルトとかで弾きながら指揮することがある)方なのかな?
そして今回アンコールはなんとメル響メンバーを迎えてのトリオでの演奏!
バルコニーの一番後ろで聞こえにくかったのですが旧ソビエト連邦のどこかの国の曲で(作曲家がなんとかスキーという名前で、曲自体はバルトークのルーマニア民族舞踊に似てました)。
なんだか不思議なリズムで、どうやら2+2+3+2+2という対称的な11拍子?東欧のバイタリティに溢れる曲でした。バルトークが弾きたくなりました(笑)
ラフマニノフは飾らない感じでしたがカルミナ・ブラーナはめっちゃはじけてました!
なによりも真っ先に言いたいのはメル響は特に打楽器セクションに恵まれてますね!
あのセクションは本当に聴いてても心強いです。
O Fortunaでのティンパニのアクセントの力強さ、全曲通してのシンバルの冴えたヒットや全員の連係プレーなど自然と目が行くセクションでした。
(ただEgo sum Abbasは金管+打楽器の音量がすごくて合唱全然聞こえなかったですよ)
一番の見所は第2部、酒飲み歌が続く中、Olim lacusで焼かれた白鳥に扮するテノール歌手、そして次のEgo sum Abbasで架空の酒飲み修道院長に扮するバリトン歌手のまるで演技合奏のようなナンバーが本当に楽しかったです♪
テノールの方は最後に曲が終わったあとも歯に突き刺され食べられてしまう白鳥の迫真の演技を続けてました(笑)カルミナ・ブラーナは演奏毎にこのナンバーでテノール歌手の茶目っ気と演出が違うのでやっぱり生演奏に限ります。
ソプラノの方も(曲が曲なんで真面目路線ですが)、例えばIn Truitinaでの暖かさと柔らかさ、Dulcissimeでの余裕のある華やかさだったり、見事でしたね♪
韓国はレベルの高いソプラノ歌手もたくさん輩出してるみたいですね。
(曲には関係ないのですがドレスのが赤が東洋人の肌にパーフェクトに合う色だったのが印象強かったのと、あと拍手の間ステージを行き来している間に何回か子供合唱団に拍手を送ってたのも印象に残りました。)
そして忘れちゃいけないのがいつも通りの弦楽器のエネルギッシュな演奏。
たまにテンポの関係もありアンサンブルが崩れる箇所もありましたが、カルミナ・ブラーナは聖音楽でなく中世の「俗」の音楽・生活を表しているので荒削りな感じがなんだかリアルな感じ(生活感?)がして良かったです。
指揮者の解釈もなんだか臨場感があるような・・・基本前にたたみかけるような感じでとってもダイナミック。
カルミナ・ブラーナはほとんどのナンバーで2~3番と繰り返しが入るのですが、1,2番で抑え気味にして3番で盛り上げるという手法(1番ずつ盛り上げてくのではなく)が終始使われてました。特に合唱でその効果がうまく働いてたのですが、私としては例えばFortune plangoの各番の終わりのブラスとかもっと聴きたかったな~と思ったり。
あと指揮者の方たまに飛んでました。といっても踏み切っているわけではなく全身で腕を振り上げた拍子に身体が浮き上がってしまうという感じ(なので足の裏面は地面と平行のまま)。
あと後ろの席に座ってた私と同じくらいの年の女性が高地ドイツ語とラテン語が入ってるカルミナの歌詞を見て「高地ドイツ語とラテン語って意外と似てるのね~」と言ってるのが耳に入りました。
言われてみると確かにそうですし、以前ブログで感想を書きましたBryce Courtenayの「Sylvia」でシルヴィアがラテン語を習いたいけれど女性は許されてなかったという話を思い出しました。(シルヴィアはケルンの出身なのですが調べてみたら一応高地ドイツ語圏ですね)こんど再読したいです。
総合して本当にエキサイティングでした。とっても楽しかった!
拍手も(ソリストや合唱団などたくさんいたのもありますが)とっても長く続き。あと今回総じてステージ上のハグが多かった(笑)カルチャーショックとかじゃ全然ないですがちょっとだけびっくりしました。
こういう出会いも含めてプロオケ生活に憧れますね~
あと今回アイリッシュパブに言ったら9時過ぎでキッチンが終わっててアイリッシュシチューが食べれなくて残念でした・・・(汗)
忙しい1週間は始まったばかり。
あまり無理せず頑張ります~
今日の一曲: カール・オルフ カルミナ・ブラーナより「In Taverna Quando Sumus」
カルミナで弾き手・聴き手共におそらく一番盛り上がる曲でしょう!
酒飲み歌の鑑!といいますか・・・
お酒はいろんな文化に共通、そしてお酒に酔えば万人平等、そんな陽気な酔っぱらいの集いです。
やっぱり合唱がメインではありますが、この曲で耳を向けて欲しいのはたまに聞こえるテューバの音。ここではどんどん図々しく前に出てくるのが気持ちいいのです♪楽しいんだろうな~
そしてこの曲を聴くときは歌詞もみてみることをお勧めします。
その内容の面白さももちろんですが、ラテン語が韻を踏むことの楽しさも味わえて。
ラテン語はほとんど知らないのですが語呂が良いってこういうことなのかな、と。
先ほど臨場感、生活感の話が出ましたが男声合唱にパブで集まる男性の「集団」を感じ、そして低音を中心とした楽器の使い方にパブの暗さだったり、汚さだったり、お酒の臭いだったり・・・そういうセッティングを全て感じらルのもまた素晴らしいと思います。
お酒を飲むのもやっぱり周りの人や、その場の雰囲気で盛り上がりって大分変わりますし(笑)
あとはとにかく盛り上がれるのがいいですね!単純に楽しい!
弾く側も聴く側もまるで垣根も距離もないように、堅苦しいこと抜きにしてこの曲で楽しみましょう♪
(ちょっと自分用メモになるのですが第3楽章でテンポががくっとちょっと遅くなるセクションの少人数アンサンブルとっても好き!まるで時が遅くなったような感覚で、お互いの音に自然と耳が行って。チェレスタのパートも粋ですし。第3楽章全体リハーサルを始めてから株急上昇してます(笑))
オンド・マルトノは不思議な楽器ですね~といっても結構遠く(ピアノの向こう)にあるのと「触っちゃいけない」と言われてるのであんまり見れてないです。
土曜日と比べると大分まとまってたのできっと本番は大丈夫でしょう。(もちろんその前にまだリハーサルはありますが)
コンサートが楽しみです♪
そして昨日はメル響のコンサートへ。
プログラムはこんな感じ:
(指揮者: Jakub Hrusa)
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第1番 (ピアノ:Simon Trpceski)
オルフ カルミナ・ブラーナ
(ソプラノ:Hyeseoung Kwon、テノール:Paul McMahon、バリトン:Jose Carbo。合唱団:Melbourne Symphony Orchestra Chorus (Chorus master: Jonathan Grievs Smith), Concordis Chamber Choir (Artistic Director: Andrew Hunter), The National Boys Choir of Australia (Artistic Director: Peter Casey))
素直に楽しめるプログラムでしたね~♪
(カルミナだけでも十分コンサート一つ成り立つんですが、これはこれで面白いです)
まずはラフマニノフ。
とっても素直なラフマニノフでした。
というのは決して派手だったり華やかなわけじゃないけどとても自然で、まるで湧いてくるような演奏でした。
巷でいろんなピアニストが派手すぎ・ロマンチック過ぎな、ショーっぽいラフマニノフの弾き方をするのに普段から疑問を抱いてるのでこういうあっさりした、音楽が元々持ってるロマンや色彩を誇張せずにそのまま差し出されるのは本当に心地良かったです。
あとラフマニノフの音楽って特に小さい手の持ち主にはものすごくhard-workingというか、労力が見えるくらい大変なのであんなに自然に弾けるのは羨ましいです。
ラフマニノフの最初の協奏曲とはいえ、既にスタイルが確立して、晩期の作品でも良く聴くようなおなじみのパッセージがあったりしてにやりと。
そういえば今回のソリストの方、よくオーケストラの方に頭を向けてみるというか、むしろ弾きながら指揮するのに近いジェスチャーをしてました。指揮をする(またはモーツァルトとかで弾きながら指揮することがある)方なのかな?
そして今回アンコールはなんとメル響メンバーを迎えてのトリオでの演奏!
バルコニーの一番後ろで聞こえにくかったのですが旧ソビエト連邦のどこかの国の曲で(作曲家がなんとかスキーという名前で、曲自体はバルトークのルーマニア民族舞踊に似てました)。
なんだか不思議なリズムで、どうやら2+2+3+2+2という対称的な11拍子?東欧のバイタリティに溢れる曲でした。バルトークが弾きたくなりました(笑)
ラフマニノフは飾らない感じでしたがカルミナ・ブラーナはめっちゃはじけてました!
なによりも真っ先に言いたいのはメル響は特に打楽器セクションに恵まれてますね!
あのセクションは本当に聴いてても心強いです。
O Fortunaでのティンパニのアクセントの力強さ、全曲通してのシンバルの冴えたヒットや全員の連係プレーなど自然と目が行くセクションでした。
(ただEgo sum Abbasは金管+打楽器の音量がすごくて合唱全然聞こえなかったですよ)
一番の見所は第2部、酒飲み歌が続く中、Olim lacusで焼かれた白鳥に扮するテノール歌手、そして次のEgo sum Abbasで架空の酒飲み修道院長に扮するバリトン歌手のまるで演技合奏のようなナンバーが本当に楽しかったです♪
テノールの方は最後に曲が終わったあとも歯に突き刺され食べられてしまう白鳥の迫真の演技を続けてました(笑)カルミナ・ブラーナは演奏毎にこのナンバーでテノール歌手の茶目っ気と演出が違うのでやっぱり生演奏に限ります。
ソプラノの方も(曲が曲なんで真面目路線ですが)、例えばIn Truitinaでの暖かさと柔らかさ、Dulcissimeでの余裕のある華やかさだったり、見事でしたね♪
韓国はレベルの高いソプラノ歌手もたくさん輩出してるみたいですね。
(曲には関係ないのですがドレスのが赤が東洋人の肌にパーフェクトに合う色だったのが印象強かったのと、あと拍手の間ステージを行き来している間に何回か子供合唱団に拍手を送ってたのも印象に残りました。)
そして忘れちゃいけないのがいつも通りの弦楽器のエネルギッシュな演奏。
たまにテンポの関係もありアンサンブルが崩れる箇所もありましたが、カルミナ・ブラーナは聖音楽でなく中世の「俗」の音楽・生活を表しているので荒削りな感じがなんだかリアルな感じ(生活感?)がして良かったです。
指揮者の解釈もなんだか臨場感があるような・・・基本前にたたみかけるような感じでとってもダイナミック。
カルミナ・ブラーナはほとんどのナンバーで2~3番と繰り返しが入るのですが、1,2番で抑え気味にして3番で盛り上げるという手法(1番ずつ盛り上げてくのではなく)が終始使われてました。特に合唱でその効果がうまく働いてたのですが、私としては例えばFortune plangoの各番の終わりのブラスとかもっと聴きたかったな~と思ったり。
あと指揮者の方たまに飛んでました。といっても踏み切っているわけではなく全身で腕を振り上げた拍子に身体が浮き上がってしまうという感じ(なので足の裏面は地面と平行のまま)。
あと後ろの席に座ってた私と同じくらいの年の女性が高地ドイツ語とラテン語が入ってるカルミナの歌詞を見て「高地ドイツ語とラテン語って意外と似てるのね~」と言ってるのが耳に入りました。
言われてみると確かにそうですし、以前ブログで感想を書きましたBryce Courtenayの「Sylvia」でシルヴィアがラテン語を習いたいけれど女性は許されてなかったという話を思い出しました。(シルヴィアはケルンの出身なのですが調べてみたら一応高地ドイツ語圏ですね)こんど再読したいです。
総合して本当にエキサイティングでした。とっても楽しかった!
拍手も(ソリストや合唱団などたくさんいたのもありますが)とっても長く続き。あと今回総じてステージ上のハグが多かった(笑)カルチャーショックとかじゃ全然ないですがちょっとだけびっくりしました。
こういう出会いも含めてプロオケ生活に憧れますね~
あと今回アイリッシュパブに言ったら9時過ぎでキッチンが終わっててアイリッシュシチューが食べれなくて残念でした・・・(汗)
忙しい1週間は始まったばかり。
あまり無理せず頑張ります~
今日の一曲: カール・オルフ カルミナ・ブラーナより「In Taverna Quando Sumus」
カルミナで弾き手・聴き手共におそらく一番盛り上がる曲でしょう!
酒飲み歌の鑑!といいますか・・・
お酒はいろんな文化に共通、そしてお酒に酔えば万人平等、そんな陽気な酔っぱらいの集いです。
やっぱり合唱がメインではありますが、この曲で耳を向けて欲しいのはたまに聞こえるテューバの音。ここではどんどん図々しく前に出てくるのが気持ちいいのです♪楽しいんだろうな~
そしてこの曲を聴くときは歌詞もみてみることをお勧めします。
その内容の面白さももちろんですが、ラテン語が韻を踏むことの楽しさも味わえて。
ラテン語はほとんど知らないのですが語呂が良いってこういうことなのかな、と。
先ほど臨場感、生活感の話が出ましたが男声合唱にパブで集まる男性の「集団」を感じ、そして低音を中心とした楽器の使い方にパブの暗さだったり、汚さだったり、お酒の臭いだったり・・・そういうセッティングを全て感じらルのもまた素晴らしいと思います。
お酒を飲むのもやっぱり周りの人や、その場の雰囲気で盛り上がりって大分変わりますし(笑)
あとはとにかく盛り上がれるのがいいですね!単純に楽しい!
弾く側も聴く側もまるで垣根も距離もないように、堅苦しいこと抜きにしてこの曲で楽しみましょう♪
1週間前ということでお知らせから:
<メルボルン・ユース・オーケストラ コンサート2>
指揮者: Fabian Russell
[プログラム]
Chisholm "Pierre Boulez à la Discothèque"
メシアン トゥーランガリラ交響曲 (ピアノ: Peter de Jager、オンド・マルトノ: Jacob Abela)
会場: Australian National Academy of Music (ANAM、国立音楽アカデミー(サウス・メルボルン))
第1公演: 7月2日 午後7:00開演
第2公演: 7月3日 午後2:30開演
チケットはMelbourne Youth Musicのサイトに注文フォームがあります。
大人:25ドル Concession(pension/学生など):20ドル 6歳未満の子供:無料
今日はまたロルカでフレンチトーストを食べて(今度がいつになるか分からないですが甘くない料理をトライするつもりです)、そして楽譜バッグを買って。
そして午後はみっちりトゥーランガリラのリハーサル。
全てがうまくいったわけではないですが楽しく有意義なリハーサルでした。
結局ちょろっと通したものも含めてほぼ全楽章弾けました。弾いてないのはまだちょっと心配な第6楽章。明日はやると思いますが・・・
メルボルン・ユース・オーケストラは私がチェロで入ってた2001年頃から若干の強弱はありながら(メンバーが替わりますからね)結構ハイレベルなセミプロオケとしてプロ顔負けのレパートリーを演奏して来ました・・・が、今回のプログラムは格段にハードです。(指揮者にとってもめちゃくちゃハードです!)
なのでもちろんみんな弱いところはありますし、まだまだ心もとないところもありますがなんとかまとまってきてます。
以前も書きましたが一番近いお隣さんがホルンで、たまに攪乱されます(汗)
上手い下手ではなく、普段録音では第1、第2ホルンの音を頼りにしているのですが実際リハーサルをすると第3、第4ホルンの音の方が大きく聞こえるので、という理由と・・・
そして録音では聞こえなかったけどリハーサルで聞こえるようになってきたパートがちょうど自分のパートとかみ合わない感じだったり。
ピアノか鉄琴とほぼ常にかぶってて、音量も出ずなかなか聞こえにくいパートとはいえ、指揮者が私チェレスタのことを忘れずいてくれるのは嬉しいですね♪
たまにキューがもらえて目が合った時の嬉しさは思わず弾きながらにやっとしてしまいます(笑)
なんてったって私が何回も一緒にお仕事させてもらっている大好きな指揮者さんですし、何かと忘れられがちなパートですし、そしてこの感覚がとにかく久しぶりなんです!
曲の複雑でテンポがめまぐるしく変わるなどの性質もありますが、元々オケで弾く時は指揮者をガン見している時間が長いので(まあ普通なのかもわかりませんが)、じっと見てるうちにたまーにこっちを見てもらえるのは嬉しいですし安心しますし。
Fabianはリハーサルの外でも優しくしてくれます。ちょっと強面で怖いところもあり、厳しいですが素晴らしい指揮者です。何年も良くしていただいています。
(ちなみに指揮者として活動し始める前はメル響のテューバ奏者だったんですよ)
これまで何年かチェレスタを弾いてきましたが楽器の作りから微妙に大変な事もあります。
ピアノだと一つ一つの音のトーン(音色・音量)が均一になってるのが当たり前、なのですがチェレスタはものすごくuneven。響かない音があったり、耳障りな程きんきん響く音があったり。それもパターンがあるわけでもなくランダムで。(しかもペダルを使う・使わないでまた変わる)
トリルを弾いてても2つの音の一つしか聞こえなかったり、メロディーを弾いてるとたまに音が途切れたり。
(この特徴は今やってるトゥーランガリラよりも次の「惑星」で問題なんですがね・・・)
たまにちょっと気抜いて気をつけるのを忘れると高音が物凄いpiercingに目立ってしまって指揮者に「ちょっと音量下げて」とジェスチャーされちゃうんです(汗)
あとチェレスタを弾いていて、そしてトゥーランガリラで特にしんどいのが膝。
以前書いてると思いますがチェレスタはピアノよりも高い位置にペダルがあるので足が届かず、足を組んだ状態で右足でペダルを操作します。
(なので靴はピアノの時と違ってかかとががっつりある方が安定したり)
でもずーっとそのままだと左の膝がしんどいのでパートに休みがあると組んだ足を解いたりしてます・・・が、トゥーランガリラではチェレスタは全楽章なんらか弾くところがあって休みが比較的少ないので大分膝が痛くなります・・・
本番はどんな感じか分からないのですがとにかくリハーサルの後は左足をちょっとだけ引きずるようにして帰路につきます。膝が壊れるほどチェレスタ弾いてるわけじゃありませんが毎日弾いてたら壊れるかも・・・?
そんなこんなで明日もリハーサルです。
午後はフルオケですがその前に朝はピアノ、オンド・マルトノ、打楽器とチェレスタだけのリハーサル。この曲のバックボーンですからね、これらの楽器は。今日は打楽器は7人だけ、オンド・マルトノはまだ到着してませんでしたが明日は14人(+指揮者)勢揃いすることを願って楽しみにしています。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン トゥーランガリラ交響曲 第9楽章 「トゥーランガリラ III」
今日のリハーサルで特に楽しかった曲としてチョイスです。
そのことはもちょっと後で・・・
第8楽章「愛の敷衍」と第10楽章「終曲」の間にある、つまり第8楽章で盛り上げて第10楽章で最後にはじける、その間にある曲なのですが、そう考えるとちょっと異様な楽章ですね。
割と地味でおおむね静かめ、しかも同じテーマを延々と繰り返す、前と後ろの楽章のダイナミックさはかけらもないような曲です。
そのテーマも全く新鮮というよりはこの交響曲のどこかで聴いたような、というちょっとしたもやもやもある性質で。
他の「トゥーランガリラ」と名の付いた楽章と同じくリズム重視の音楽で、さらに複数の楽器が奏でる断片の集まりが一つの音楽を創り上げる不思議な空間も共通要素ですね。
色んな楽器がいろんな周期でそれぞれのパターンを奏でてて、それが重なり合って不思議な流れを創り出して。
その様子が何に似ているか、といえばチベット仏教などであるPrayer Wheel=マニ車だと思います。
マニ車というのは(用途によっていろいろのサイズの)筒状・タイヤ状のつくりの「車」の曲面に経文だったり祈りの言葉が書いてあって、それを回して指でなぞりながら書いてある言葉を詠む、というものらしいです。
(実はこのマニ車、最初はクラムのマクロコスモス関連で出会ったんです)
トゥーランガリラ交響曲でチェレスタが弾く割合が多い、といってもそれでもほとんどの楽章では休みの方がまだまだおおいのですが、この第9楽章はほとんど弾きっぱなしといってもいいでしょう。
といっても聞こえる箇所は少ないです(笑)
でも所々チェレスタだけしか弾いてない音もあって(自分の持ってる録音では聞こえないんですが・・・)。
指揮者が振ってる間のアクションにその音を示してくれたり、目を見てキューをくれたり、本当に至れり尽くせりで本当に嬉しかったんですよ!
「トゥーランガリラ」と名の付く楽章は以前ちょっととっつきにくいと言いましたし、さっきもぱっとしない曲・地味な曲とは言いましたが、楽器それぞれの音、リズムに耳を傾け、できればサイクルや「トゥーランガリラ」のコンセプトにも思いを馳せてみるとじわじわと来る音楽だと思います。
<メルボルン・ユース・オーケストラ コンサート2>
指揮者: Fabian Russell
[プログラム]
Chisholm "Pierre Boulez à la Discothèque"
メシアン トゥーランガリラ交響曲 (ピアノ: Peter de Jager、オンド・マルトノ: Jacob Abela)
会場: Australian National Academy of Music (ANAM、国立音楽アカデミー(サウス・メルボルン))
第1公演: 7月2日 午後7:00開演
第2公演: 7月3日 午後2:30開演
チケットはMelbourne Youth Musicのサイトに注文フォームがあります。
大人:25ドル Concession(pension/学生など):20ドル 6歳未満の子供:無料
今日はまたロルカでフレンチトーストを食べて(今度がいつになるか分からないですが甘くない料理をトライするつもりです)、そして楽譜バッグを買って。
そして午後はみっちりトゥーランガリラのリハーサル。
全てがうまくいったわけではないですが楽しく有意義なリハーサルでした。
結局ちょろっと通したものも含めてほぼ全楽章弾けました。弾いてないのはまだちょっと心配な第6楽章。明日はやると思いますが・・・
メルボルン・ユース・オーケストラは私がチェロで入ってた2001年頃から若干の強弱はありながら(メンバーが替わりますからね)結構ハイレベルなセミプロオケとしてプロ顔負けのレパートリーを演奏して来ました・・・が、今回のプログラムは格段にハードです。(指揮者にとってもめちゃくちゃハードです!)
なのでもちろんみんな弱いところはありますし、まだまだ心もとないところもありますがなんとかまとまってきてます。
以前も書きましたが一番近いお隣さんがホルンで、たまに攪乱されます(汗)
上手い下手ではなく、普段録音では第1、第2ホルンの音を頼りにしているのですが実際リハーサルをすると第3、第4ホルンの音の方が大きく聞こえるので、という理由と・・・
そして録音では聞こえなかったけどリハーサルで聞こえるようになってきたパートがちょうど自分のパートとかみ合わない感じだったり。
ピアノか鉄琴とほぼ常にかぶってて、音量も出ずなかなか聞こえにくいパートとはいえ、指揮者が私チェレスタのことを忘れずいてくれるのは嬉しいですね♪
たまにキューがもらえて目が合った時の嬉しさは思わず弾きながらにやっとしてしまいます(笑)
なんてったって私が何回も一緒にお仕事させてもらっている大好きな指揮者さんですし、何かと忘れられがちなパートですし、そしてこの感覚がとにかく久しぶりなんです!
曲の複雑でテンポがめまぐるしく変わるなどの性質もありますが、元々オケで弾く時は指揮者をガン見している時間が長いので(まあ普通なのかもわかりませんが)、じっと見てるうちにたまーにこっちを見てもらえるのは嬉しいですし安心しますし。
Fabianはリハーサルの外でも優しくしてくれます。ちょっと強面で怖いところもあり、厳しいですが素晴らしい指揮者です。何年も良くしていただいています。
(ちなみに指揮者として活動し始める前はメル響のテューバ奏者だったんですよ)
これまで何年かチェレスタを弾いてきましたが楽器の作りから微妙に大変な事もあります。
ピアノだと一つ一つの音のトーン(音色・音量)が均一になってるのが当たり前、なのですがチェレスタはものすごくuneven。響かない音があったり、耳障りな程きんきん響く音があったり。それもパターンがあるわけでもなくランダムで。(しかもペダルを使う・使わないでまた変わる)
トリルを弾いてても2つの音の一つしか聞こえなかったり、メロディーを弾いてるとたまに音が途切れたり。
(この特徴は今やってるトゥーランガリラよりも次の「惑星」で問題なんですがね・・・)
たまにちょっと気抜いて気をつけるのを忘れると高音が物凄いpiercingに目立ってしまって指揮者に「ちょっと音量下げて」とジェスチャーされちゃうんです(汗)
あとチェレスタを弾いていて、そしてトゥーランガリラで特にしんどいのが膝。
以前書いてると思いますがチェレスタはピアノよりも高い位置にペダルがあるので足が届かず、足を組んだ状態で右足でペダルを操作します。
(なので靴はピアノの時と違ってかかとががっつりある方が安定したり)
でもずーっとそのままだと左の膝がしんどいのでパートに休みがあると組んだ足を解いたりしてます・・・が、トゥーランガリラではチェレスタは全楽章なんらか弾くところがあって休みが比較的少ないので大分膝が痛くなります・・・
本番はどんな感じか分からないのですがとにかくリハーサルの後は左足をちょっとだけ引きずるようにして帰路につきます。膝が壊れるほどチェレスタ弾いてるわけじゃありませんが毎日弾いてたら壊れるかも・・・?
そんなこんなで明日もリハーサルです。
午後はフルオケですがその前に朝はピアノ、オンド・マルトノ、打楽器とチェレスタだけのリハーサル。この曲のバックボーンですからね、これらの楽器は。今日は打楽器は7人だけ、オンド・マルトノはまだ到着してませんでしたが明日は14人(+指揮者)勢揃いすることを願って楽しみにしています。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン トゥーランガリラ交響曲 第9楽章 「トゥーランガリラ III」
今日のリハーサルで特に楽しかった曲としてチョイスです。
そのことはもちょっと後で・・・
第8楽章「愛の敷衍」と第10楽章「終曲」の間にある、つまり第8楽章で盛り上げて第10楽章で最後にはじける、その間にある曲なのですが、そう考えるとちょっと異様な楽章ですね。
割と地味でおおむね静かめ、しかも同じテーマを延々と繰り返す、前と後ろの楽章のダイナミックさはかけらもないような曲です。
そのテーマも全く新鮮というよりはこの交響曲のどこかで聴いたような、というちょっとしたもやもやもある性質で。
他の「トゥーランガリラ」と名の付いた楽章と同じくリズム重視の音楽で、さらに複数の楽器が奏でる断片の集まりが一つの音楽を創り上げる不思議な空間も共通要素ですね。
色んな楽器がいろんな周期でそれぞれのパターンを奏でてて、それが重なり合って不思議な流れを創り出して。
その様子が何に似ているか、といえばチベット仏教などであるPrayer Wheel=マニ車だと思います。
マニ車というのは(用途によっていろいろのサイズの)筒状・タイヤ状のつくりの「車」の曲面に経文だったり祈りの言葉が書いてあって、それを回して指でなぞりながら書いてある言葉を詠む、というものらしいです。
(実はこのマニ車、最初はクラムのマクロコスモス関連で出会ったんです)
トゥーランガリラ交響曲でチェレスタが弾く割合が多い、といってもそれでもほとんどの楽章では休みの方がまだまだおおいのですが、この第9楽章はほとんど弾きっぱなしといってもいいでしょう。
といっても聞こえる箇所は少ないです(笑)
でも所々チェレスタだけしか弾いてない音もあって(自分の持ってる録音では聞こえないんですが・・・)。
指揮者が振ってる間のアクションにその音を示してくれたり、目を見てキューをくれたり、本当に至れり尽くせりで本当に嬉しかったんですよ!
「トゥーランガリラ」と名の付く楽章は以前ちょっととっつきにくいと言いましたし、さっきもぱっとしない曲・地味な曲とは言いましたが、楽器それぞれの音、リズムに耳を傾け、できればサイクルや「トゥーランガリラ」のコンセプトにも思いを馳せてみるとじわじわと来る音楽だと思います。
今日あると思ったレクチャーが来週に繰り越しされてました(汗)
来週はメル響のカルミナ・ブラーナだったり友達とディナーだったりユースオケだったり、夕方に出かけて外食することが多くなりそうです。
あんまり無理はできませんがいろいろなものが食べれるのは楽しみです。
ブログの方も(夕飯時に居ないので)更新がちょっと滞るかもしれないので今のうちにトゥーランガリラ交響曲についての話をいろいろしておきたいな、と今回は・・・(以前もちょこちょこ書いてますが改めてエントリーとして。過去の分はトゥーランガリラで検索すると出てくるかな?)
といってもまだ大きい方の楽章はオケと弾いてないので後でこれ書いてない、これ書けば良かったーというのが出てくるかとは思いますが。
トゥーランガリラ交響曲。メシアンのオーケストラのための曲です。
決してメシアンの最大スケールの曲ではありませんが、メシアンの音楽世界の集大成とも言える曲。
ちょっとここから以前も出た話になりますがちょっとの間お付き合いください。
「トゥーランガリラ」は実際にはサンスクリット語のTurangaとLilaの2語から成っていて。
説明はWikipediaのこの曲についての記事が詳しいですが、自分の言葉でまとめてみます。
トゥーランガリラは愛、生命、死、季節の流れ、時、リズム、歌、踊り・・・などなど。
私の解釈ではそれは「世界を動かすもの全て」と思っています。
人が愛し合い、命を産み、死んで他の生物の糧になり、リズムに時の流れが命を運んでいく・・・というイメージです。
とにかくリズムが凄い!下記にあるとおりリズムセクションの大きさだったり、リズムだけの部分もありますし、本当にリズムが強いのです。(メシアン自身自分はリズムの作曲家、だと言ってます)
メシアンのリズムは踊りのリズム。それも人間の踊りでなく天体や世界、空気や命、全てがが躍動している、喜びの究極の表現であり全てのものの動力源でもありますから。
メシアンは割と大きなオケを使うのですが、この曲も結構大きなオーケストラで演奏されます。
特に打楽器は11人体制(普段は多めで5人くらいかな)。楽器の種類も弾く頻度も多いのでこの人数。
交響曲ですがソリストが居ます。それがピアニストとオンド・マルトノ。
オンド・マルトノはテルミンのような電子楽器。知らない人が聴いて分かるかなあ・・・・そんなに目立ってはいなかったり。
メシアンが生きてた頃のこの曲の演奏では彼の妻ユヴォンヌ・ロリオとがピアノを弾いていてその妹ジャンヌ・ロリオがオンド・マルトノを弾いていたそうですよ。
(そしてチェレスタもいるよ!ソリスト扱いじゃないけど!)
トゥーランガリラは交響曲にしてはちょっと多い、10楽章編成です。
第1楽章 序章 Introduction
第2楽章 愛の歌1 Chant d'Amour 1
第3楽章 トゥーランガリラ1 Turangalîla 1
第4楽章 愛の歌2 Chant d'Amour 2
第5楽章 星たちの血の喜悦 Joie du Sang des Étoiles
第6楽章 愛のまどろみの庭 Jardin du Sommeil d'Amour
第7楽章 トゥーランガリラ2 Turangalîla 2
第8楽章 愛の敷衍 Développement d'Amour
第9楽章 トゥーランガリラ3 Turangalîla 3
第10楽章 終曲 Final
・・・と、こーんな感じ。
まず聴くときには(鳥のカタログと同じく)第1楽章から聴くととっつきづらく感じると思います。「20のまなざし」「鳥のカタログ」などもそうですが、まず一つずつの楽章と親しんで、それから全体的な構成を理解して行く方向が一番いいと思います。
最初に聴くといいかな、という楽章を3つあげると・・・第5楽章、第6楽章、そして第10楽章。
理由はまあ聴きやすいかな、という印象ですね。あとスローな楽章とリズミック・ダイナミックな楽章どっちもカバーできますし。メシアンの売りである色彩、リズムどちらもが味わえます。
私が最初に好きになったのはちなみにこの3つの楽章です。
そこから次に行くなら第8楽章と「愛の歌」シリーズですかね~
「トゥーランガリラ」とタイトルが着いている楽章はちょっと慣れが必要かもしれません。メロディーがなくても音楽は全然成り立つじゃん!と思えるくらいかなあ・・・
(まだ実際のオケとは弾いてない楽章ももちろんありますが)この交響曲全体、オケのみんな一人一人にとって、そしてオケ全体として本当に難易度が高いです。もう長いことユースオケで弾いてますが、ユースオケのレパートリーでもこんな難しいのは今までにも例がないです(普段もマーラーとかバルトークとか難しい曲をやるのが常ですが)。
そんな中チェレスタ弾きとして難しい!と思った楽章Top3は第10楽章、第8楽章、そして第5楽章。
第5楽章と第10楽章は割と親しみやすいし拍子自体は変わらないのですが、弾くところが多いしものすごく速く曲が進んでいくので兎にも角にもぼーっとできない!
第8楽章は同じく弾くところが多く、さらにテンポと拍子が両方めまぐるしく変わること。なんと言っても指揮者が一番大変なはずですが、頭の切り替え、集中力、そしてみんな自分のパートの楽譜の上の複雑なパートだけでなく周りの複雑な音楽も知っていて、そこから一つの大変に複雑な音楽=世界を創っていくことが本当に難しいのです。
いろいろ練習したり聴いたりしてきて私が好きなトゥーランガリラの楽章をいくつか挙げると・・・第6楽章、第3楽章、第4楽章、そして第5楽章ですね。
第6楽章はもう美しくて!弦楽器とオンド・マルトノがメロディー(=愛の眠り、と解釈)を弾いて、ピアノが不思議な鳥の声を奏で。そしてその周りで私(チェレスタ)だったり鉄琴だったりビブラフォーンがサイクル的なパターンを弾いてるんですが、そのサイクルを弾いてると突然パートに「はまって」音楽の中心がメロディーじゃなくてサイクルになって、自分がまるで「時」になったような感覚に陥るんです。その感覚がたまらなく好き。
第3楽章も似たような音楽・時になる感覚が良いです。ものすごい不可解な色彩と時間の洪水のような流れが愛しいです。
第4楽章はなんか最初のテーマからのどこかかわいげがある感じ、歌っぽい部分の快い甘さ、そしてどこか東洋風の雰囲気、自分のパート(笑)、そしてなんといってもエンディングが・・・!ため息が!
そして第5楽章は一番馴染みも深いですし、その「星」のきらめき、天体の動きのダイナミックさを感じる、メシアンの色彩とリズム、躍動感を全身で感じられる素晴らしい曲です♪
(第10楽章も最近愛着が芽生えつつありますが、どうもhalfway pointのこの曲の方が盛り上がるんですよね、なんだか・・・)
最初に書きました「トゥーランガリラ」の意味合いからも感じられると思いますが、この交響曲は全ての意味において壮大で、決して単純なものではなく・・・
メシアンの音楽に耳慣れていないとものすごいショックのように、音の洪水に感じるかもしれません。
でもそれを「嫌悪」に繋げることなく「新鮮な驚き」としてひとつずつゆっくりひもといて、向き合っていければ、と願っています。
この曲自体には本当に沢山の愛が詰まっています。人間同士の愛だけではなく、神秘の愛、そしてこの世界を動かす全てのものが1時間半弱の音楽に凝縮されていて・・・
だからこの曲が孕んでいる愛、そして世界をもっと多くの人に愛して欲しいな、と思います。
リハーサル楽しみだな~そしてコンサートももう少し。またもちょっとしたら宣伝のせちゃいますね。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン トゥーランガリラ交響曲 第10楽章 「終曲」
この交響曲をしめくくる第10楽章。
体力的に、そして精神的に結構しんどい交響曲ですが最後まで気は抜けませんし、音楽の方も容赦ないですよ(笑)
フィナーレは輝かしく、喜ばしく、そして華々しく。
エネルギーの爆発、狂喜という面からすると先ほど書きましたように第5楽章にちょっと劣るかな、という感じはしないでもないです。
でもあっちは全宇宙巻き込んだ賛歌と天文学的なスケールの乱舞、そしてこっちは命一つ一つの喜びと愛、とみればなんとか言い訳はつく・・・かな。
第5楽章もそうですが、第10楽章はとっても速い3拍子でできてます。
2拍子、または偶数拍子は前半分と後ろ半分が同じ長さなので安定していますが、3拍子、または奇数拍子は違う長さになるため、これがmomentumというか動力になる、ということで。これをメシアンはこの交響曲全体で本当に有効に活用しています。
この楽章の難しいことといったら!(笑)
まずは以前も書きましたがウッドブロックのパートを担当してる人は作曲家を一回殴る権利があると思います(苦笑)
何が難しいかというとまず速いこと、そして他の楽章の一部そうですが同じメロディーがなぜか小節の別の箇所から始まる、という奇妙な現象。なら変拍子にしろよ、ということでもないみたいです。
だからこの楽章はむしろ指揮者を見ないで、他のパートのメロディーを聴いて自分のパートをフィットするのが賢明かと。あとは勘がめちゃくちゃ大切です。私はたまに100%勘で入って来るときありますもの(それが実は一番確実だったりするんですよ、箇所によっちゃ)。
難しいけど楽しい。こんだけ難しいと逆に燃える!という感覚と、慣れたら楽しい!という感覚と、そして何よりもこの曲自体が内包している喜びのエネルギーがなせる技だと思います。
トゥーランガリラ全体弾きながら(または待ちながら)踊り出したくなる、踊り出してしまう、そして踊るのを抑えなくちゃいけないような気分になります。
実際家でトゥーランガリラ練習してるときって大抵踊りながらですけどね~
この曲を聴いて是非是非メシアンお得意の「狂喜乱舞」を味わって貰いたいと思います!
(注:メシアンを、特にトゥーランガリラ交響曲を聴いてると私はよく「気分がつり上げられる」感じになります。つまり音楽が軽躁状態を引き起こすような。なので感情が不安定な時はあんまりお勧めしません。)
来週はメル響のカルミナ・ブラーナだったり友達とディナーだったりユースオケだったり、夕方に出かけて外食することが多くなりそうです。
あんまり無理はできませんがいろいろなものが食べれるのは楽しみです。
ブログの方も(夕飯時に居ないので)更新がちょっと滞るかもしれないので今のうちにトゥーランガリラ交響曲についての話をいろいろしておきたいな、と今回は・・・(以前もちょこちょこ書いてますが改めてエントリーとして。過去の分はトゥーランガリラで検索すると出てくるかな?)
といってもまだ大きい方の楽章はオケと弾いてないので後でこれ書いてない、これ書けば良かったーというのが出てくるかとは思いますが。
トゥーランガリラ交響曲。メシアンのオーケストラのための曲です。
決してメシアンの最大スケールの曲ではありませんが、メシアンの音楽世界の集大成とも言える曲。
ちょっとここから以前も出た話になりますがちょっとの間お付き合いください。
「トゥーランガリラ」は実際にはサンスクリット語のTurangaとLilaの2語から成っていて。
説明はWikipediaのこの曲についての記事が詳しいですが、自分の言葉でまとめてみます。
トゥーランガリラは愛、生命、死、季節の流れ、時、リズム、歌、踊り・・・などなど。
私の解釈ではそれは「世界を動かすもの全て」と思っています。
人が愛し合い、命を産み、死んで他の生物の糧になり、リズムに時の流れが命を運んでいく・・・というイメージです。
とにかくリズムが凄い!下記にあるとおりリズムセクションの大きさだったり、リズムだけの部分もありますし、本当にリズムが強いのです。(メシアン自身自分はリズムの作曲家、だと言ってます)
メシアンのリズムは踊りのリズム。それも人間の踊りでなく天体や世界、空気や命、全てがが躍動している、喜びの究極の表現であり全てのものの動力源でもありますから。
メシアンは割と大きなオケを使うのですが、この曲も結構大きなオーケストラで演奏されます。
特に打楽器は11人体制(普段は多めで5人くらいかな)。楽器の種類も弾く頻度も多いのでこの人数。
交響曲ですがソリストが居ます。それがピアニストとオンド・マルトノ。
オンド・マルトノはテルミンのような電子楽器。知らない人が聴いて分かるかなあ・・・・そんなに目立ってはいなかったり。
メシアンが生きてた頃のこの曲の演奏では彼の妻ユヴォンヌ・ロリオとがピアノを弾いていてその妹ジャンヌ・ロリオがオンド・マルトノを弾いていたそうですよ。
(そしてチェレスタもいるよ!ソリスト扱いじゃないけど!)
トゥーランガリラは交響曲にしてはちょっと多い、10楽章編成です。
第1楽章 序章 Introduction
第2楽章 愛の歌1 Chant d'Amour 1
第3楽章 トゥーランガリラ1 Turangalîla 1
第4楽章 愛の歌2 Chant d'Amour 2
第5楽章 星たちの血の喜悦 Joie du Sang des Étoiles
第6楽章 愛のまどろみの庭 Jardin du Sommeil d'Amour
第7楽章 トゥーランガリラ2 Turangalîla 2
第8楽章 愛の敷衍 Développement d'Amour
第9楽章 トゥーランガリラ3 Turangalîla 3
第10楽章 終曲 Final
・・・と、こーんな感じ。
まず聴くときには(鳥のカタログと同じく)第1楽章から聴くととっつきづらく感じると思います。「20のまなざし」「鳥のカタログ」などもそうですが、まず一つずつの楽章と親しんで、それから全体的な構成を理解して行く方向が一番いいと思います。
最初に聴くといいかな、という楽章を3つあげると・・・第5楽章、第6楽章、そして第10楽章。
理由はまあ聴きやすいかな、という印象ですね。あとスローな楽章とリズミック・ダイナミックな楽章どっちもカバーできますし。メシアンの売りである色彩、リズムどちらもが味わえます。
私が最初に好きになったのはちなみにこの3つの楽章です。
そこから次に行くなら第8楽章と「愛の歌」シリーズですかね~
「トゥーランガリラ」とタイトルが着いている楽章はちょっと慣れが必要かもしれません。メロディーがなくても音楽は全然成り立つじゃん!と思えるくらいかなあ・・・
(まだ実際のオケとは弾いてない楽章ももちろんありますが)この交響曲全体、オケのみんな一人一人にとって、そしてオケ全体として本当に難易度が高いです。もう長いことユースオケで弾いてますが、ユースオケのレパートリーでもこんな難しいのは今までにも例がないです(普段もマーラーとかバルトークとか難しい曲をやるのが常ですが)。
そんな中チェレスタ弾きとして難しい!と思った楽章Top3は第10楽章、第8楽章、そして第5楽章。
第5楽章と第10楽章は割と親しみやすいし拍子自体は変わらないのですが、弾くところが多いしものすごく速く曲が進んでいくので兎にも角にもぼーっとできない!
第8楽章は同じく弾くところが多く、さらにテンポと拍子が両方めまぐるしく変わること。なんと言っても指揮者が一番大変なはずですが、頭の切り替え、集中力、そしてみんな自分のパートの楽譜の上の複雑なパートだけでなく周りの複雑な音楽も知っていて、そこから一つの大変に複雑な音楽=世界を創っていくことが本当に難しいのです。
いろいろ練習したり聴いたりしてきて私が好きなトゥーランガリラの楽章をいくつか挙げると・・・第6楽章、第3楽章、第4楽章、そして第5楽章ですね。
第6楽章はもう美しくて!弦楽器とオンド・マルトノがメロディー(=愛の眠り、と解釈)を弾いて、ピアノが不思議な鳥の声を奏で。そしてその周りで私(チェレスタ)だったり鉄琴だったりビブラフォーンがサイクル的なパターンを弾いてるんですが、そのサイクルを弾いてると突然パートに「はまって」音楽の中心がメロディーじゃなくてサイクルになって、自分がまるで「時」になったような感覚に陥るんです。その感覚がたまらなく好き。
第3楽章も似たような音楽・時になる感覚が良いです。ものすごい不可解な色彩と時間の洪水のような流れが愛しいです。
第4楽章はなんか最初のテーマからのどこかかわいげがある感じ、歌っぽい部分の快い甘さ、そしてどこか東洋風の雰囲気、自分のパート(笑)、そしてなんといってもエンディングが・・・!ため息が!
そして第5楽章は一番馴染みも深いですし、その「星」のきらめき、天体の動きのダイナミックさを感じる、メシアンの色彩とリズム、躍動感を全身で感じられる素晴らしい曲です♪
(第10楽章も最近愛着が芽生えつつありますが、どうもhalfway pointのこの曲の方が盛り上がるんですよね、なんだか・・・)
最初に書きました「トゥーランガリラ」の意味合いからも感じられると思いますが、この交響曲は全ての意味において壮大で、決して単純なものではなく・・・
メシアンの音楽に耳慣れていないとものすごいショックのように、音の洪水に感じるかもしれません。
でもそれを「嫌悪」に繋げることなく「新鮮な驚き」としてひとつずつゆっくりひもといて、向き合っていければ、と願っています。
この曲自体には本当に沢山の愛が詰まっています。人間同士の愛だけではなく、神秘の愛、そしてこの世界を動かす全てのものが1時間半弱の音楽に凝縮されていて・・・
だからこの曲が孕んでいる愛、そして世界をもっと多くの人に愛して欲しいな、と思います。
リハーサル楽しみだな~そしてコンサートももう少し。またもちょっとしたら宣伝のせちゃいますね。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン トゥーランガリラ交響曲 第10楽章 「終曲」
この交響曲をしめくくる第10楽章。
体力的に、そして精神的に結構しんどい交響曲ですが最後まで気は抜けませんし、音楽の方も容赦ないですよ(笑)
フィナーレは輝かしく、喜ばしく、そして華々しく。
エネルギーの爆発、狂喜という面からすると先ほど書きましたように第5楽章にちょっと劣るかな、という感じはしないでもないです。
でもあっちは全宇宙巻き込んだ賛歌と天文学的なスケールの乱舞、そしてこっちは命一つ一つの喜びと愛、とみればなんとか言い訳はつく・・・かな。
第5楽章もそうですが、第10楽章はとっても速い3拍子でできてます。
2拍子、または偶数拍子は前半分と後ろ半分が同じ長さなので安定していますが、3拍子、または奇数拍子は違う長さになるため、これがmomentumというか動力になる、ということで。これをメシアンはこの交響曲全体で本当に有効に活用しています。
この楽章の難しいことといったら!(笑)
まずは以前も書きましたがウッドブロックのパートを担当してる人は作曲家を一回殴る権利があると思います(苦笑)
何が難しいかというとまず速いこと、そして他の楽章の一部そうですが同じメロディーがなぜか小節の別の箇所から始まる、という奇妙な現象。なら変拍子にしろよ、ということでもないみたいです。
だからこの楽章はむしろ指揮者を見ないで、他のパートのメロディーを聴いて自分のパートをフィットするのが賢明かと。あとは勘がめちゃくちゃ大切です。私はたまに100%勘で入って来るときありますもの(それが実は一番確実だったりするんですよ、箇所によっちゃ)。
難しいけど楽しい。こんだけ難しいと逆に燃える!という感覚と、慣れたら楽しい!という感覚と、そして何よりもこの曲自体が内包している喜びのエネルギーがなせる技だと思います。
トゥーランガリラ全体弾きながら(または待ちながら)踊り出したくなる、踊り出してしまう、そして踊るのを抑えなくちゃいけないような気分になります。
実際家でトゥーランガリラ練習してるときって大抵踊りながらですけどね~
この曲を聴いて是非是非メシアンお得意の「狂喜乱舞」を味わって貰いたいと思います!
(注:メシアンを、特にトゥーランガリラ交響曲を聴いてると私はよく「気分がつり上げられる」感じになります。つまり音楽が軽躁状態を引き起こすような。なので感情が不安定な時はあんまりお勧めしません。)
前回のエントリーに拍手ありがとうございます!励みになります。
仕事でちょこちょこ「抜けてる」感じのミスがコメントチェックで帰って来たりもう一歩気をつけなきゃいけないようです・・・
今週末はユースオケのリハーサルがいくつかあります。実は土曜日には去年ちょっとのぞきに行ったWorn WildというAlternativeファッションマーケットがあるのですが時間が丸かぶりなので行けそうにないです。
前回初めて行って、何も買わずにどんなブランドがあるか見てるだけだったのですが、今回は購入も視野に入れてもう一歩、と思ったのですが・・・(実際に買うかどうかは別として。ちょっとやっぱり勇気が要るんですよね!)
でも今年はメルボルンであと数回Worn Wildが開催される、とHPに書いてあるので次回参戦を願ってます♪
今日はどうやらもう冬至らしいですね。これから日が長くなってくれると思うと心強いです。(といってもそこまで早く日が沈んでる実感はなかったのですが)
ということでいい加減キーワードto音楽、冬の季語です。
冬を題材とした曲って本当に多くて、しかもタイトルはっきりと入ってるものが多いんですよね。それらを避けるのにかなり苦労しました(汗)
師走(しわす): シベリウス フィンランディア
やっぱり北欧の作曲家の音楽には冬が似合う!厳しさだったり寒さだったり、雪の情景だったり。特にこの曲の背景には時代のものすごい厳しさがあります。そんな中でも希望と明るさを失わず、動き回る人々。この曲が師走と通じるような感じがするのはそういう自然や環境と人との関係を思うから・・・なのかしら。
星冴ゆる(ほしさゆる): クラム マクロコスモス第2巻 第10楽章「かんむり座より聞こえる声」
冬は空気が乾いて澄んで星が綺麗に見える、ということで静まりかえった夜空に瞬く星のイメージで。まるで時が止まってしまったような、そしてなんといっても孤独。ただの孤独ではなく、寒さを伴った孤独ですね。ちなみにかんむり座自体は冬に見える星座ではないそうです。
凍曇(いてぐもり): ブラームス 間奏曲 op.117-2
冬のあのどんよりした曇り空。メルボルンは比較的湿った気候なのですが雨が降りそうで降らないけれど風もない、ただただmiserableな寒い日というのも多いです。そんな天候と冬における自分の全体的な鬱状態の「灰色」にはこの曲がぴったりです。
冬三日月(ふゆみかづき): アデズ Living Toys 「Angels」
黒い夜に細く白く光る三日月。その透明でクリアな光はアデズの音楽がぴったり。以前「白」の曲として紹介した曲ですが、その白の色彩がちょうど天気の良い日のお月様に似てると思います。その時にも言いましたがなんとなく上を向くような音楽でもありますしね。
涙の時雨(なみだのしぐれ): モーツァルト レクイエム 「Lacrimosa」
ラクリモーサ=涙の日。モーツァルトが若くして亡くなった時点で彼はこのレクイエムの「ラクリモーサ」まで書き終えてた、と言われていて。そしてそんなモーツァルトが亡くなったのは冬でした。彼の死を思うとなんとなくこうどんよりした、涙雨が降るような天気を思うのです。
霜凪(しもなぎ): バーバー 弦楽のためのアダージョ
しんしんと心にしみいるような静けさだったり、そのなかで静かに食い入る心の痛みだったり。空気一つ動くことなく、心は不思議と穏やかで・・・でも冷たく。この曲もまた悲痛なクライマックスに来てもどこか冷めているところがあって。冬独特の感覚だと思います。
雪女(ゆきおんな): チャイコフスキー 「白鳥の湖」よりオディールの登場(注:プロダクションによって曲の順番、使い方は変わります。ト短調・三拍子のちょっとゆっくり目の曲)
私がユースオケで白鳥の湖を弾いたときにオディールの登場に使われた曲。彼女はクールビューティーのイメージで、内に邪悪だったり激しいものを秘めていて。そしてそれが色っぽい。それは雪女のイメージとどこか通じるところがあるような気がするのです。
冬茜(ふゆあかね): ショパン 練習曲 op.25-7
チェロで弾いたら良いよな、というこの曲(やってみましたが音域がちょっと足りなかったです)、その哀愁だったり深さだったりがどの季節よりも冬の夕暮れにふさわしいと思います。なんかしっかりしてる中に大変なはかなさがあるような。
冬枯道(ふゆがれみち): ショスタコーヴィチ ピアノ五重奏曲 第4楽章
ショスタコーヴィチのゆっくり目の曲ってソヴィエトの冬の情景が見えるような、そんな曲が多いですね。がらんとした草原の中に通る道、すっかり葉を落とした並木が等間隔に並んでいて・・・たまにすれ違う人はコートにマフラーに首を埋めて。本当はどういうところなんだろう。
冬苺(ふゆいちご): オルフ カルミナ・ブラーナ Stetit Puella
雪の中で冷たく赤く育つ甘酸っぱい苺を初心な少女に例えた、単純にそれだけです(笑)実際に歌詞の中にも「赤いチュニック」が出てきますしね。きっと肌も雪のように白い女の子ではないかと思いますよ~
そして今日は2曲ほど録音をアップさせていただきます。
最初はショパンの前奏曲第20番ハ短調。
ラフマニノフも変奏曲のテーマとして用いた、単純ながらもピアニストに割と愛されてる曲です。
1つめのテイクと2つめのテイクの違いは強弱。1つめは楽譜に忠実に、2つめはちょっと気を抜くとこうなる=自分が自然に感じる解釈、ということで。ちょーっと印象が変わります。
[VOON] Chopin Prelude C minor (take 1)
[VOON] Chopin Prelude C minor (take 2)
そしてプロコフィエフの「悪魔的暗示」。もちょっと楽に弾けるようになるといいけどなあ。
この曲はもうこれからちょくちょく何年も付き合って行きたいと思ってます。とりあえず今のベストかな。
[VOON] Prokofiev Suggestions Diabolique
今日の一曲はお休みです~
仕事でちょこちょこ「抜けてる」感じのミスがコメントチェックで帰って来たりもう一歩気をつけなきゃいけないようです・・・
今週末はユースオケのリハーサルがいくつかあります。実は土曜日には去年ちょっとのぞきに行ったWorn WildというAlternativeファッションマーケットがあるのですが時間が丸かぶりなので行けそうにないです。
前回初めて行って、何も買わずにどんなブランドがあるか見てるだけだったのですが、今回は購入も視野に入れてもう一歩、と思ったのですが・・・(実際に買うかどうかは別として。ちょっとやっぱり勇気が要るんですよね!)
でも今年はメルボルンであと数回Worn Wildが開催される、とHPに書いてあるので次回参戦を願ってます♪
今日はどうやらもう冬至らしいですね。これから日が長くなってくれると思うと心強いです。(といってもそこまで早く日が沈んでる実感はなかったのですが)
ということでいい加減キーワードto音楽、冬の季語です。
冬を題材とした曲って本当に多くて、しかもタイトルはっきりと入ってるものが多いんですよね。それらを避けるのにかなり苦労しました(汗)
師走(しわす): シベリウス フィンランディア
やっぱり北欧の作曲家の音楽には冬が似合う!厳しさだったり寒さだったり、雪の情景だったり。特にこの曲の背景には時代のものすごい厳しさがあります。そんな中でも希望と明るさを失わず、動き回る人々。この曲が師走と通じるような感じがするのはそういう自然や環境と人との関係を思うから・・・なのかしら。
星冴ゆる(ほしさゆる): クラム マクロコスモス第2巻 第10楽章「かんむり座より聞こえる声」
冬は空気が乾いて澄んで星が綺麗に見える、ということで静まりかえった夜空に瞬く星のイメージで。まるで時が止まってしまったような、そしてなんといっても孤独。ただの孤独ではなく、寒さを伴った孤独ですね。ちなみにかんむり座自体は冬に見える星座ではないそうです。
凍曇(いてぐもり): ブラームス 間奏曲 op.117-2
冬のあのどんよりした曇り空。メルボルンは比較的湿った気候なのですが雨が降りそうで降らないけれど風もない、ただただmiserableな寒い日というのも多いです。そんな天候と冬における自分の全体的な鬱状態の「灰色」にはこの曲がぴったりです。
冬三日月(ふゆみかづき): アデズ Living Toys 「Angels」
黒い夜に細く白く光る三日月。その透明でクリアな光はアデズの音楽がぴったり。以前「白」の曲として紹介した曲ですが、その白の色彩がちょうど天気の良い日のお月様に似てると思います。その時にも言いましたがなんとなく上を向くような音楽でもありますしね。
涙の時雨(なみだのしぐれ): モーツァルト レクイエム 「Lacrimosa」
ラクリモーサ=涙の日。モーツァルトが若くして亡くなった時点で彼はこのレクイエムの「ラクリモーサ」まで書き終えてた、と言われていて。そしてそんなモーツァルトが亡くなったのは冬でした。彼の死を思うとなんとなくこうどんよりした、涙雨が降るような天気を思うのです。
霜凪(しもなぎ): バーバー 弦楽のためのアダージョ
しんしんと心にしみいるような静けさだったり、そのなかで静かに食い入る心の痛みだったり。空気一つ動くことなく、心は不思議と穏やかで・・・でも冷たく。この曲もまた悲痛なクライマックスに来てもどこか冷めているところがあって。冬独特の感覚だと思います。
雪女(ゆきおんな): チャイコフスキー 「白鳥の湖」よりオディールの登場(注:プロダクションによって曲の順番、使い方は変わります。ト短調・三拍子のちょっとゆっくり目の曲)
私がユースオケで白鳥の湖を弾いたときにオディールの登場に使われた曲。彼女はクールビューティーのイメージで、内に邪悪だったり激しいものを秘めていて。そしてそれが色っぽい。それは雪女のイメージとどこか通じるところがあるような気がするのです。
冬茜(ふゆあかね): ショパン 練習曲 op.25-7
チェロで弾いたら良いよな、というこの曲(やってみましたが音域がちょっと足りなかったです)、その哀愁だったり深さだったりがどの季節よりも冬の夕暮れにふさわしいと思います。なんかしっかりしてる中に大変なはかなさがあるような。
冬枯道(ふゆがれみち): ショスタコーヴィチ ピアノ五重奏曲 第4楽章
ショスタコーヴィチのゆっくり目の曲ってソヴィエトの冬の情景が見えるような、そんな曲が多いですね。がらんとした草原の中に通る道、すっかり葉を落とした並木が等間隔に並んでいて・・・たまにすれ違う人はコートにマフラーに首を埋めて。本当はどういうところなんだろう。
冬苺(ふゆいちご): オルフ カルミナ・ブラーナ Stetit Puella
雪の中で冷たく赤く育つ甘酸っぱい苺を初心な少女に例えた、単純にそれだけです(笑)実際に歌詞の中にも「赤いチュニック」が出てきますしね。きっと肌も雪のように白い女の子ではないかと思いますよ~
そして今日は2曲ほど録音をアップさせていただきます。
最初はショパンの前奏曲第20番ハ短調。
ラフマニノフも変奏曲のテーマとして用いた、単純ながらもピアニストに割と愛されてる曲です。
1つめのテイクと2つめのテイクの違いは強弱。1つめは楽譜に忠実に、2つめはちょっと気を抜くとこうなる=自分が自然に感じる解釈、ということで。ちょーっと印象が変わります。
[VOON] Chopin Prelude C minor (take 1)
[VOON] Chopin Prelude C minor (take 2)
そしてプロコフィエフの「悪魔的暗示」。もちょっと楽に弾けるようになるといいけどなあ。
この曲はもうこれからちょくちょく何年も付き合って行きたいと思ってます。とりあえず今のベストかな。
[VOON] Prokofiev Suggestions Diabolique
今日の一曲はお休みです~
