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ツタンカーメン展エントリーに拍手ありがとうございます!
今日は精神関係エントリーがご無沙汰なのが気がかりながら今日も音楽関係です。とあるtwitterフォロー先さんとの話から派生です。
エントリーとしてはまとめていなかった様子なので・・・
大学を卒業して複数年になりますが、今でも(ここでたまに書きますが)ピアノのレッスンを受けに行くことがあります。演奏を控えていなくてももちろんそれを大変に必要としていて。
私がレッスンを受けようと思った時にコンタクトする人は2人います。
まずは私が大学の時にレッスンを受けていたStephen McIntyre(以下スティーブン)。
そしてさらに私の先生の友達であり友達の先生であり、今は大切な友人でもあるMichael Kieran Harvey(以下マイケル)。
以前書いてると思いますが、大学に入るときは大学で教えている先生に既に習っている場合を除いて、大学受かった後、授業が始まる前のオーディションのような場でその楽器グループ(ピアノ、弦など)の一番偉い先生が先生と生徒のマッチングを行います。
そうやって出会いましたスティーブン。大学で2番目・3番目くらいに偉いピアノの先生だそうで。(現在肩書きはPrincipal Fellowだそうです)
プロフィールには(例:大学の)ナディア・ブーランジェ、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリに師事していたと書いてあります。
今いくつなのか全く分からないのですがもう少し若い頃はスティーブンはオーストラリアのみならず世界各地で演奏していたそうです(日本もリストされてますがどっかに記録ないですかね?)。
スティーブンの専門はフランス音楽、特に「印象派」と呼ばれる作曲家の音楽。ラヴェルよりはドビュッシーの方が合ってるのかなーというのは私の勝手な印象ですが。(そんな曲を集めたのが以前紹介しましたアルバムThe Impressionistsです)
ラヴェルに関しては昔ラヴェルのピアノ音楽全曲(当時発見されていたうち全部)2時間半分を一つのコンサートで演奏したりしたそうです。
先生の人柄といえば・・・常にマイペース、感情をあまり表に出さない感じ。
ピアノの選曲とかについては割と安全志向。なるべく楽に、音楽を楽しむようにという感じですね(ただ私は苦痛が多少伴っても、とか苦痛も必要とか欲しいとか思ってしまう感じです(笑))
でもせっかちなところがあって過度に遅い、長い曲を大変苦手としている様子です・・・
あとなんせ感情が表に出ないうえに口数もわりと少ないので(リアクションが薄いのです)なかなか先生が何を考えているのか思ってるのかわかりにくいです。
で、ちょっとおちゃめなユーモアをぶっこんでくるため生徒はツッコミ・絡みに大変困るのです(笑)
その独特な雰囲気に和んだり、愛嬌を感じたりする生徒達は多いですが。
あ、あと先生は大分アナログ人間の様子です。
なんだかんだで優しい先生で、在学中もよく心配かけたことありました。
鬱の状態が悪くなって練習・レッスンができなくなったときも、変えた薬の副作用でレッスン中に指が動かなくなったときも(やはりピアノ、しかもラヴェルは細やかな動きですからね。ちなみに薬をやめたら治りましたよ)・・・やはり戸惑いはありながらも優しい心遣いで接してくれました。
結局レベル分けで上のPerformance Streamには入れなかったものの(=ピアノにおいて優等生ではなかったものの)、そしてわりと男子生徒贔屓だという噂があれども、ずっと先生なりに私のことを可愛がってくれたようで・・・(去年のPiano Landmarkの「先生が私を心配している疑惑」もありましたし)。
私も戸惑いあれども(主につっこむべきなのかどうなのか、ということ)先生はやっぱり大好きなんです。
私のピアノにおいての専門も先生のと若干かぶってますし。どこかからマイナーな曲を引っ張りだしてきてもとりあえずは聴いてくれますし、基本生徒の曲の解釈には口出ししませんし。表現と成長を支えてくれる感じ。
とにかくこう、自由に育てられたのが本当に心地良かったです(あ、現在進行形ですね)。それで今の私、そして現代音楽弾きの私がいるわけですし。
(以前書いたか分かりませんが先生の生徒というのは音楽・ピアノの他にもやりたいことがあったり、レパートリーがスタンダードとちょっと違ったり、あと反体制だったり(笑)する生徒が多いです、ちなみに)
先生との思い出はいろいろありますね~あんまり学校・レッスンの外はないんですが(会話さえ続けばコーヒーでも一緒に飲みたいです♪)、Port Fairy Spring Music Festivalを先生が主催してた時のこととか。
あと先生の生徒一同リアクションに困った迷言?とか。
いい意味で力が抜けるんですよ(きっと)。
第2のピアノの師であるマイケル(彼は公式サイト持ってます)とは大学在学中に会いました。
メシアンを弾き始めて少し経ってから友達と話してて「メシアン弾いてるんなら一回マイケルに聞いてもらったら?」という話が出て。
ということでスティーブンに相談した後当時マイケルに師事していた別の友達のコネでコンタクトして。
マイケルはオーストラリアにおいてトップのピアニストの1人として数えられています。
ハンガリーのリスト・アカデミーで学んだこともあるそうで(その時の先生がシャンドール・ファルヴァイだそうです)、今はちょこちょこピアノを教えながら主に演奏家、そして作曲家として活動しています。
マイケルの専門はメシアン、リスト(入ってるよね?)、そして何よりもオーストラリアの現代音楽。今活動しているこちらの作曲家たちと広いコネがあって、初演や録音などを多く手がけています。
メシアンに関しては20のまなざしや鳥のカタログなどの録音があります。彼の演奏はMove Recordsからでています。
マイケルの曲だと私は48 Fugues for Frankが一番好きかも・・・
演奏に関しては独特のアクがあるのと(曲によってはちょっと・・・ですが。何を弾いてもマイケル色、ということは少なくないです)、曲によって演奏のレベルが上下したりすることもあるのですが、それもひっくるめて好きだなと。
マイケルはよく音楽家たちから「クレイジー」と呼ばれています。
まず弾き方が!一見めちゃくちゃというか・・・ジェスチャーが大きくて、でもそれは本当に彼の中からピアノを通って出る有り余るほどのエネルギーがそうさせるもので。
皮肉も交えたちょっとおかしなユーモアのセンス、たまにぶっとんだ曲の解釈と音楽へのアプローチもまたその要員となっています。
あとメシアンのレッスン中に鳥の鳴き声の真似したりとか(難しいはずのマグパイが結構上手い)、それもあるかな。
激情と爆発するようなエネルギーが詰まった彼の音楽(演奏・作曲両方)、でも同時に物凄い思考回路というか頭の回転というかもあり。
科学、思想なんかにも造詣が深く本当に知的好奇心が強く。ついでに政治だったり宗教だったりに関しても強いスタンスで(Greens支持、激しく無神論者)。
いろんな話や議論を傍で聞いてると本当に面白いです。
とにかくインパクトが強く、そして一緒に居て飽きない。
マイケルが私をいつも心配して可愛がってる理由にはメシアン弾きであり、友人であり(友人の弟子、弟子の友人でもあり)、それに加えてメンタルヘルス関係のこともあります。
若い頃なにか本当に辛い経験(おそらく私と似たものだろう、とマイケルの生徒だった友達は言います)があり、それで私が双極性障害を患っていると聞いて共感だったり親近感だったりを感じている・・・ような。
実際今マイケルがどこを拠点としているかわかりにくいのですが(汗)ホバートに住んでるころはタスマニア旅行ついでにマイケルの家にお邪魔させてもらったこともあります。夕飯もごちそうになったり。
レッスン外で過ごした時間はスティーブンよりもマイケルの方が多いんじゃないかなあ。
マイケルは本当に脳と心と演奏が直結しているような人で。そしてものすごく生命力に溢れていて。
ほんっとうに楽しい人なんですよね(笑)あと音楽をやる人としていろいろ影響を受けてしまう(良い意味で、主に)人。
ただ一回スティーブンとマイケルとどこかでお茶したことがあったんですが2人ボケポジションで独特のテイストがあって自分どうやってつっこむの、と大変困惑した記憶も。
本当に2人と一緒にいるの好きなんで贅沢な悩みですがね・・・
スティーブンもマイケルも大好きで。親馬鹿ならぬ子馬鹿、というか弟子馬鹿。
生徒として、友人として(?)可愛がってもらってるのはなんというか庇護欲的なものもあると思うのですが、でもこの2人に師事して、目をかけられて幸せです。
願わくは私がもっと「できる」ピアニストになって。(特にマイケルはレッスン数えるほどしかしてもらってないのでもっとピアニストとして認められたいですわ。)
もっと2人と時を過ごしたいと思います。
今日の一曲: モーリス・ラヴェル 「夜のガスパール」 「スカルボ」
Stephen McIntyre演奏CD "The Impressionists"
Michael Kieran Harvey演奏CD "Tensile Flame"
今スティーブンとマイケルどちらも演奏を録音として持っているという唯一の曲がこの「夜のガスパール」。
第1楽章「ウンディーネ(水の精)」は先生の演奏が好きで、そして第3楽章の「スカルボ」はマイケルの演奏が好き。
第2楽章「絞首台」は願わくば私がいつかこの曲を弾いたとき自分の演奏が一番好きでいれるよう。
(ラヴェルはもう全部弾かなくちゃ、ですし、この2人が弾いてるなら私も弾きたいです)
「夜のガスパール」はアロイジウス・ベルトランの詩をモチーフとした曲集です。
(これも詩集揃えるかな・・・日本語版はどこかにあるのでしょうか)
スカルボとは夜に出てきては家の中でイタズラをする妖精のこと。
ものを落としたり、音を立てたり、走り回ったり跳ね回ったり。
そして朝の光が差すとどこへともなく消えていく。
このいたずらっ子感とダークさがマイケルに向いてるな、というのもありますがこの「スカルボ」、実は「ピアノのレパートリーで一番難しい曲」としても知られています(実のところ現代音楽のいろいろがあって評価は難しいのですが、バラキレフの「イスラメイ」が一番難しいとされていた後にスカルボがそれを超えた、という認識から来ています)。
このラヴェル独特のトリッキーな技巧をふんだんに使ったこの曲・・・マイケルの技巧とパワフルさを持ってしてものすごく生きるんですよね~
難しさは怖いですが(弾く側として)本当に不思議な夜の魅力に満ちた曲。
今はもちろん弾けないのですがいつか・・・とついつい惹かれてしまいます。
本当にピアノらしい音楽で、ピアノでしかできないようなことで、本当にピアノの魅力が詰まっているんですが同時にピアノ離れした何かがあって。
不思議な曲です・・・
今日は精神関係エントリーがご無沙汰なのが気がかりながら今日も音楽関係です。とあるtwitterフォロー先さんとの話から派生です。
エントリーとしてはまとめていなかった様子なので・・・
大学を卒業して複数年になりますが、今でも(ここでたまに書きますが)ピアノのレッスンを受けに行くことがあります。演奏を控えていなくてももちろんそれを大変に必要としていて。
私がレッスンを受けようと思った時にコンタクトする人は2人います。
まずは私が大学の時にレッスンを受けていたStephen McIntyre(以下スティーブン)。
そしてさらに私の先生の友達であり友達の先生であり、今は大切な友人でもあるMichael Kieran Harvey(以下マイケル)。
以前書いてると思いますが、大学に入るときは大学で教えている先生に既に習っている場合を除いて、大学受かった後、授業が始まる前のオーディションのような場でその楽器グループ(ピアノ、弦など)の一番偉い先生が先生と生徒のマッチングを行います。
そうやって出会いましたスティーブン。大学で2番目・3番目くらいに偉いピアノの先生だそうで。(現在肩書きはPrincipal Fellowだそうです)
プロフィールには(例:大学の)ナディア・ブーランジェ、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリに師事していたと書いてあります。
今いくつなのか全く分からないのですがもう少し若い頃はスティーブンはオーストラリアのみならず世界各地で演奏していたそうです(日本もリストされてますがどっかに記録ないですかね?)。
スティーブンの専門はフランス音楽、特に「印象派」と呼ばれる作曲家の音楽。ラヴェルよりはドビュッシーの方が合ってるのかなーというのは私の勝手な印象ですが。(そんな曲を集めたのが以前紹介しましたアルバムThe Impressionistsです)
ラヴェルに関しては昔ラヴェルのピアノ音楽全曲(当時発見されていたうち全部)2時間半分を一つのコンサートで演奏したりしたそうです。
先生の人柄といえば・・・常にマイペース、感情をあまり表に出さない感じ。
ピアノの選曲とかについては割と安全志向。なるべく楽に、音楽を楽しむようにという感じですね(ただ私は苦痛が多少伴っても、とか苦痛も必要とか欲しいとか思ってしまう感じです(笑))
でもせっかちなところがあって過度に遅い、長い曲を大変苦手としている様子です・・・
あとなんせ感情が表に出ないうえに口数もわりと少ないので(リアクションが薄いのです)なかなか先生が何を考えているのか思ってるのかわかりにくいです。
で、ちょっとおちゃめなユーモアをぶっこんでくるため生徒はツッコミ・絡みに大変困るのです(笑)
その独特な雰囲気に和んだり、愛嬌を感じたりする生徒達は多いですが。
あ、あと先生は大分アナログ人間の様子です。
なんだかんだで優しい先生で、在学中もよく心配かけたことありました。
鬱の状態が悪くなって練習・レッスンができなくなったときも、変えた薬の副作用でレッスン中に指が動かなくなったときも(やはりピアノ、しかもラヴェルは細やかな動きですからね。ちなみに薬をやめたら治りましたよ)・・・やはり戸惑いはありながらも優しい心遣いで接してくれました。
結局レベル分けで上のPerformance Streamには入れなかったものの(=ピアノにおいて優等生ではなかったものの)、そしてわりと男子生徒贔屓だという噂があれども、ずっと先生なりに私のことを可愛がってくれたようで・・・(去年のPiano Landmarkの「先生が私を心配している疑惑」もありましたし)。
私も戸惑いあれども(主につっこむべきなのかどうなのか、ということ)先生はやっぱり大好きなんです。
私のピアノにおいての専門も先生のと若干かぶってますし。どこかからマイナーな曲を引っ張りだしてきてもとりあえずは聴いてくれますし、基本生徒の曲の解釈には口出ししませんし。表現と成長を支えてくれる感じ。
とにかくこう、自由に育てられたのが本当に心地良かったです(あ、現在進行形ですね)。それで今の私、そして現代音楽弾きの私がいるわけですし。
(以前書いたか分かりませんが先生の生徒というのは音楽・ピアノの他にもやりたいことがあったり、レパートリーがスタンダードとちょっと違ったり、あと反体制だったり(笑)する生徒が多いです、ちなみに)
先生との思い出はいろいろありますね~あんまり学校・レッスンの外はないんですが(会話さえ続けばコーヒーでも一緒に飲みたいです♪)、Port Fairy Spring Music Festivalを先生が主催してた時のこととか。
あと先生の生徒一同リアクションに困った迷言?とか。
いい意味で力が抜けるんですよ(きっと)。
第2のピアノの師であるマイケル(彼は公式サイト持ってます)とは大学在学中に会いました。
メシアンを弾き始めて少し経ってから友達と話してて「メシアン弾いてるんなら一回マイケルに聞いてもらったら?」という話が出て。
ということでスティーブンに相談した後当時マイケルに師事していた別の友達のコネでコンタクトして。
マイケルはオーストラリアにおいてトップのピアニストの1人として数えられています。
ハンガリーのリスト・アカデミーで学んだこともあるそうで(その時の先生がシャンドール・ファルヴァイだそうです)、今はちょこちょこピアノを教えながら主に演奏家、そして作曲家として活動しています。
マイケルの専門はメシアン、リスト(入ってるよね?)、そして何よりもオーストラリアの現代音楽。今活動しているこちらの作曲家たちと広いコネがあって、初演や録音などを多く手がけています。
メシアンに関しては20のまなざしや鳥のカタログなどの録音があります。彼の演奏はMove Recordsからでています。
マイケルの曲だと私は48 Fugues for Frankが一番好きかも・・・
演奏に関しては独特のアクがあるのと(曲によってはちょっと・・・ですが。何を弾いてもマイケル色、ということは少なくないです)、曲によって演奏のレベルが上下したりすることもあるのですが、それもひっくるめて好きだなと。
マイケルはよく音楽家たちから「クレイジー」と呼ばれています。
まず弾き方が!一見めちゃくちゃというか・・・ジェスチャーが大きくて、でもそれは本当に彼の中からピアノを通って出る有り余るほどのエネルギーがそうさせるもので。
皮肉も交えたちょっとおかしなユーモアのセンス、たまにぶっとんだ曲の解釈と音楽へのアプローチもまたその要員となっています。
あとメシアンのレッスン中に鳥の鳴き声の真似したりとか(難しいはずのマグパイが結構上手い)、それもあるかな。
激情と爆発するようなエネルギーが詰まった彼の音楽(演奏・作曲両方)、でも同時に物凄い思考回路というか頭の回転というかもあり。
科学、思想なんかにも造詣が深く本当に知的好奇心が強く。ついでに政治だったり宗教だったりに関しても強いスタンスで(Greens支持、激しく無神論者)。
いろんな話や議論を傍で聞いてると本当に面白いです。
とにかくインパクトが強く、そして一緒に居て飽きない。
マイケルが私をいつも心配して可愛がってる理由にはメシアン弾きであり、友人であり(友人の弟子、弟子の友人でもあり)、それに加えてメンタルヘルス関係のこともあります。
若い頃なにか本当に辛い経験(おそらく私と似たものだろう、とマイケルの生徒だった友達は言います)があり、それで私が双極性障害を患っていると聞いて共感だったり親近感だったりを感じている・・・ような。
実際今マイケルがどこを拠点としているかわかりにくいのですが(汗)ホバートに住んでるころはタスマニア旅行ついでにマイケルの家にお邪魔させてもらったこともあります。夕飯もごちそうになったり。
レッスン外で過ごした時間はスティーブンよりもマイケルの方が多いんじゃないかなあ。
マイケルは本当に脳と心と演奏が直結しているような人で。そしてものすごく生命力に溢れていて。
ほんっとうに楽しい人なんですよね(笑)あと音楽をやる人としていろいろ影響を受けてしまう(良い意味で、主に)人。
ただ一回スティーブンとマイケルとどこかでお茶したことがあったんですが2人ボケポジションで独特のテイストがあって自分どうやってつっこむの、と大変困惑した記憶も。
本当に2人と一緒にいるの好きなんで贅沢な悩みですがね・・・
スティーブンもマイケルも大好きで。親馬鹿ならぬ子馬鹿、というか弟子馬鹿。
生徒として、友人として(?)可愛がってもらってるのはなんというか庇護欲的なものもあると思うのですが、でもこの2人に師事して、目をかけられて幸せです。
願わくは私がもっと「できる」ピアニストになって。(特にマイケルはレッスン数えるほどしかしてもらってないのでもっとピアニストとして認められたいですわ。)
もっと2人と時を過ごしたいと思います。
今日の一曲: モーリス・ラヴェル 「夜のガスパール」 「スカルボ」
Stephen McIntyre演奏CD "The Impressionists"
Michael Kieran Harvey演奏CD "Tensile Flame"
今スティーブンとマイケルどちらも演奏を録音として持っているという唯一の曲がこの「夜のガスパール」。
第1楽章「ウンディーネ(水の精)」は先生の演奏が好きで、そして第3楽章の「スカルボ」はマイケルの演奏が好き。
第2楽章「絞首台」は願わくば私がいつかこの曲を弾いたとき自分の演奏が一番好きでいれるよう。
(ラヴェルはもう全部弾かなくちゃ、ですし、この2人が弾いてるなら私も弾きたいです)
「夜のガスパール」はアロイジウス・ベルトランの詩をモチーフとした曲集です。
(これも詩集揃えるかな・・・日本語版はどこかにあるのでしょうか)
スカルボとは夜に出てきては家の中でイタズラをする妖精のこと。
ものを落としたり、音を立てたり、走り回ったり跳ね回ったり。
そして朝の光が差すとどこへともなく消えていく。
このいたずらっ子感とダークさがマイケルに向いてるな、というのもありますがこの「スカルボ」、実は「ピアノのレパートリーで一番難しい曲」としても知られています(実のところ現代音楽のいろいろがあって評価は難しいのですが、バラキレフの「イスラメイ」が一番難しいとされていた後にスカルボがそれを超えた、という認識から来ています)。
このラヴェル独特のトリッキーな技巧をふんだんに使ったこの曲・・・マイケルの技巧とパワフルさを持ってしてものすごく生きるんですよね~
難しさは怖いですが(弾く側として)本当に不思議な夜の魅力に満ちた曲。
今はもちろん弾けないのですがいつか・・・とついつい惹かれてしまいます。
本当にピアノらしい音楽で、ピアノでしかできないようなことで、本当にピアノの魅力が詰まっているんですが同時にピアノ離れした何かがあって。
不思議な曲です・・・
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更新がちょこちょこ空いてすみません~そんな中訪問くださりありがとうございます。
昨日はメル響のコンサートを聴きにいきました・・・が、その前に。
昼過ぎからユースオケがトゥーランガリラ交響曲のリハーサルを始めるというのでちょっと聴きに(そして楽譜に指揮者の指示など書き込みに)行きました。
チェレスタパート弾かない?と指揮者のFabianに言われたのですが今日はチェレスタ予約してないので鍵がかかってて。まだ練習不足なのでもともと今日は聴くだけにしたかったのですが・・・
生涯一の無茶ぶりをされました。なんと見たことも弾いた事もないピアノパートの方を第6楽章の鳥の声、弾いてくれないかとFabianに頼まれまして。
心の中では芸人さんばりのリアクションをしながらあれよあれよというまに初見でスコアからピアノパートを弾く事に。
さんざんな結果になったのですが、まあ怖かったです!この楽章ばかりはチェレスタとピアノのパートは全く別物なので・・・
いくらピアノパートが弾きたくともこういうシチュエーションばかりは(汗)
本当に好きな曲で、メシアン弾きと自負している自分のプレッシャーもすごく。
・・・でも一晩寝た後強く感じるのは悔しさ。いくら無茶ぶり甚だしいシチュエーションとはいてもっと上手く弾きたかった、もっと弾きたかったという思いばかり。
でもまあ、それよりもなによりも次のリハーサル(28日)までにもっと自分のチェレスタパートを磨かないとですね。主に曲の後半に弱さが見つかったので。
さて、コンサートの感想を。
メル響は毎年Metropolisといって新しい音楽のためのミニシリーズをMalthouse Theatreで開いています。
Malthouseは元々ビールの醸造所だったらしいのですが、劇やコンサートなどの比較的小さな演奏場として今は機能しています。古い煉瓦の建物で(ちなみに隣のAustralian Centre for Contemporary Artは典型的なわけわからんモダン建築)、5つほど劇場があって、あとカフェみたいなところもあったり芸術関係の本も売ってたり。
フロントの感じがなんだか秘密基地みたいでわくわくしますね~
で、劇場に入るとステージはなくて、端にハープのケースとか台とかいろいろ置いてあって。
そして聴衆席がオケにめちゃくちゃ近い!4列目に座ってびっくりしました(汗)
いつも通りコントラファゴットはコントラフォルテ使用、ちょうど座ったところから真ん前を見るとコントラバスクラリネット!あの配管みたいなルックスにわくわくします。
そしてなにやらコントラバス(ちなみに5弦だったりエクステ付きだったり)がなんか「ばちっ」と音の鳴るピチカート(俗称:バルトーク・ピチカート)を練習して?遊んでいたり。
やはり新しい音楽ということで小規模な聴衆を期待していてこの場所、ということなのでしょうがほとんど満員と行っていいほどいっぱいお客さん入ってました。
なんでも今年50歳の記念にMetropolisでウィーン関連の音楽と共にフィーチャーされているオーストラリア(そしてイギリス)の作曲家、Brett Deanが小学校でワークショップをやったということで家族連れも多かったです。
Metropolis今年最後のコンサートのプログラムは:
ヴェーベルン 夏風の中で
Furrer ピアノ協奏曲 (ソリスト:Michael Kieran Harvey)
ヴェーベルン ピアノのための変奏曲 (ピアノ:Michael Kieran Harvey)
Dean Beggars and Angels
でした。今年フィーチャーのBrett Dean、今日は指揮もしてました。
「夏風の中で」はヴェーベルンの初期の、ウィーンに来たばかりの時代の作品。後に「新ウィーン学派」と呼ばれるスタイルで音楽を書きましたがやはり若い頃はいろいろ前人に影響を受けて。
特にマーラーっぽいとこいっぱいありましたね。あとリヒャルト・シュトラウスだったり、ワーグナーなんかも。
弦の音はワーグナーっぽいな、とおもったんですが。(それにしても毎回書くような気がしますがメル響は弦が強い!)
でもやっぱり完成されたヴェーベルンじゃないのでこういうところじゃないとなかなか出会わない曲じゃないですね。知れて良かったです。
そして音楽とは関係ないですがオケにStand-upをするときホルンのリーダーに指揮者が「どうぞ」としたらホルンのリーダーがセクション全員立たせたのはよかったですね~♪それでこそホルン軍団!という。
(ちなみにそのリーダーの人、イベントによっては「バイキング」を名乗ってます(笑))
Furrerのコンチェルト。いやあ面白かったですね(笑)はたしてお客さんどれくらい楽しんでたか分かりませんが。
どんな曲か、というと説明しにくいのですが、Furrerは別のStillという曲を書くときにチェーンソーの音をインスピレーションとしたという話で、その精神がこの曲にも受け継がれている・・・といえば少しは分かるかな、と。
チェーンソーの音色、それが孕む危険と暴力、そして「響き」(Resonance)。
どこか機械的で、(ホールの音響がドライなのが悔やまれますが)不思議な響きがあり。響きといえばある楽器の音の響きを他の楽器が引き継ぐみたいな、そういうエフェクトがあったりで。
そしてチェーンソーと言えば(!?!?)ふさわしいのは我らがマイケル。私の第2の師であり、大切にしてくれる友人でもあり。
彼のエネルギーは時に曲に有り余るものなのですが、この曲のスケールとエネルギーはマイケルのホームグラウンドのようで。そして曲のリズム、そして先ほどの響きもまた彼の弾き方、作曲と通じるものがあるな、と。
本当に人間の域を超えたパワフルな演奏でした。
(ピアノが第1・第2バイオリンの間にあったんですがピアノのすぐ傍のオケメンバーは防音スタンド使ってました。だって要るもの!)
そうそう、それからこの協奏曲はオケピアノがソロピアノをエコーしたり対照的に動いたりする大きいパートを受け持ってて。こっちもすごい演奏でした!
そして休憩(ピアノ調律あり(笑)でも弦が切れなくて良かったです)のちマイケルのヴェーベルン変奏曲。
こちらはうって変わってマイケルのとってもデリケートなタッチが楽しめて。
あのヴェーベルンの薄暗いような雰囲気や不思議な規則性が好きでした。
意外に思ったのですがマイケルはこの曲を演奏するのが初めてらしく。私も好きな曲ですがなんとなくこう、手が回らなくて弾いたりしたことがないんですよね・・・でもこれで改めていつか弾く、弾きたい曲だと自覚しました。
最後のBeggars and Angels。
なんですかね、やはり現代はシングルリードの時代なのでしょうか。バスクラ2本の活躍といったら!
アデズもそういうとこあって、似てる雰囲気があるながらもDeanの音楽はもっとぎゅっと詰まっている、うねりとパワーに溢れているというか。
そして先ほどのコントラバスのあれはここで生きてました(笑)楽しそうな様子にちょっとにやにや(もちろん他のところでもにやにやしてますが)。
面白かったのは弦楽器の「エア」弾き。どうやら弦じゃなくて楽器の胴体を弓で弾いてるような。これは生演奏じゃないとわからないなあ。それも不思議、という次元でなくみんなでそれをやってるのを間近で見て、音を聞くとわりとぞっとしますね。
あと先ほどに続き弦のパワー、そしてなによりもドラムキット(大学の時にオケでお世話になった打楽器の先生でした。いわゆる悪人面なのですが今回びっくりするほど格好良かった!)。
とっても魅力に溢れた曲でしたね。一応ipodに持ってるのでもっと聞き込まないとなあ、と思います。
結局昨日は現代音楽にくるまれ過ごした、めちゃくちゃ楽しい一日でした。こういうのもいいですね~(にやにや)もっとあってもいいのに。
ちなみにマイケルともコンサートの後会って次回メルボルンに来たときはゆっくり話そうと約束もしました(ソリストはコンサート後忙しいので)。いつも慌ただしいので久しぶりにちゃんと話せるのは本当に楽しみです。
(そいえばまだ返事が来てない前回のソリスト、メール入れなきゃ。あ、あと先生にもユースオケのこと言ってない(汗))
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン トゥーランガリラ交響曲 「愛のまどろみの庭」
先ほど言及しましたスーパー無茶ぶりの曲です(笑)
トゥーランガリラ交響曲、というのは愛、生命、時間などをテーマにしたメシアンの交響曲です。
タイトルはサンスクリット語から来てるそうで・・・メシアンは例えばリズムなどにおいてインド音楽の影響を受けてますがこの交響曲全体西洋音楽とはちょっと離れたところにある雰囲気がありますね。
(まだちょっと勉強不足なので交響曲全体についてはWikipediaへのリンクを貼っときます(汗)
次また近いうちに扱いますがそのときまでには・・・)
今張りましたリンクにあるトゥーランガリラとは何か、という説明を読むとなんだか神話的な感じをぎゅっと凝縮した感じがありますね。
この第6楽章「愛のまどろみの庭」はある意味とってもメシアンらしいですね。
(例えば20のまなざしの第5番、そして四重奏曲の第1楽章にものすごーく似ている)
サイクルのように繰り返される「時」を表すような音型、そして鳥の声、そして甘美でゆっくりしたメロディー。
本当にまどろむような、全てが心地良い音楽。
楽器の音だとチェレスタとビブラフォンの優しいきらめき、オンド・マルトノ(電子楽器。テルミンに似てるみたいです)のビブラート、ピアノの一つ一つの音の余韻。
めっちゃメシアンだな~と思いながらも同時に別世界の音楽みたいでもあり。
トゥーランガリラ交響曲にはちょっと??となるような音楽も多いのですが、この楽章は最初に聴いて欲しいと思う楽章の一つです。
他の楽章も自分がもっと勉強、そして弾いて愛着を覚えるごとに追って紹介していきます♪
録音は(古いものもありますが)メシアンの奥さんユヴォンヌ・ロリオがピアノを弾いているものを強くお勧め。彼女の妹、ジャンヌ・ロリオがオンド・マルトノを弾いてる録音もありますよ~
昨日はメル響のコンサートを聴きにいきました・・・が、その前に。
昼過ぎからユースオケがトゥーランガリラ交響曲のリハーサルを始めるというのでちょっと聴きに(そして楽譜に指揮者の指示など書き込みに)行きました。
チェレスタパート弾かない?と指揮者のFabianに言われたのですが今日はチェレスタ予約してないので鍵がかかってて。まだ練習不足なのでもともと今日は聴くだけにしたかったのですが・・・
生涯一の無茶ぶりをされました。なんと見たことも弾いた事もないピアノパートの方を第6楽章の鳥の声、弾いてくれないかとFabianに頼まれまして。
心の中では芸人さんばりのリアクションをしながらあれよあれよというまに初見でスコアからピアノパートを弾く事に。
さんざんな結果になったのですが、まあ怖かったです!この楽章ばかりはチェレスタとピアノのパートは全く別物なので・・・
いくらピアノパートが弾きたくともこういうシチュエーションばかりは(汗)
本当に好きな曲で、メシアン弾きと自負している自分のプレッシャーもすごく。
・・・でも一晩寝た後強く感じるのは悔しさ。いくら無茶ぶり甚だしいシチュエーションとはいてもっと上手く弾きたかった、もっと弾きたかったという思いばかり。
でもまあ、それよりもなによりも次のリハーサル(28日)までにもっと自分のチェレスタパートを磨かないとですね。主に曲の後半に弱さが見つかったので。
さて、コンサートの感想を。
メル響は毎年Metropolisといって新しい音楽のためのミニシリーズをMalthouse Theatreで開いています。
Malthouseは元々ビールの醸造所だったらしいのですが、劇やコンサートなどの比較的小さな演奏場として今は機能しています。古い煉瓦の建物で(ちなみに隣のAustralian Centre for Contemporary Artは典型的なわけわからんモダン建築)、5つほど劇場があって、あとカフェみたいなところもあったり芸術関係の本も売ってたり。
フロントの感じがなんだか秘密基地みたいでわくわくしますね~
で、劇場に入るとステージはなくて、端にハープのケースとか台とかいろいろ置いてあって。
そして聴衆席がオケにめちゃくちゃ近い!4列目に座ってびっくりしました(汗)
いつも通りコントラファゴットはコントラフォルテ使用、ちょうど座ったところから真ん前を見るとコントラバスクラリネット!あの配管みたいなルックスにわくわくします。
そしてなにやらコントラバス(ちなみに5弦だったりエクステ付きだったり)がなんか「ばちっ」と音の鳴るピチカート(俗称:バルトーク・ピチカート)を練習して?遊んでいたり。
やはり新しい音楽ということで小規模な聴衆を期待していてこの場所、ということなのでしょうがほとんど満員と行っていいほどいっぱいお客さん入ってました。
なんでも今年50歳の記念にMetropolisでウィーン関連の音楽と共にフィーチャーされているオーストラリア(そしてイギリス)の作曲家、Brett Deanが小学校でワークショップをやったということで家族連れも多かったです。
Metropolis今年最後のコンサートのプログラムは:
ヴェーベルン 夏風の中で
Furrer ピアノ協奏曲 (ソリスト:Michael Kieran Harvey)
ヴェーベルン ピアノのための変奏曲 (ピアノ:Michael Kieran Harvey)
Dean Beggars and Angels
でした。今年フィーチャーのBrett Dean、今日は指揮もしてました。
「夏風の中で」はヴェーベルンの初期の、ウィーンに来たばかりの時代の作品。後に「新ウィーン学派」と呼ばれるスタイルで音楽を書きましたがやはり若い頃はいろいろ前人に影響を受けて。
特にマーラーっぽいとこいっぱいありましたね。あとリヒャルト・シュトラウスだったり、ワーグナーなんかも。
弦の音はワーグナーっぽいな、とおもったんですが。(それにしても毎回書くような気がしますがメル響は弦が強い!)
でもやっぱり完成されたヴェーベルンじゃないのでこういうところじゃないとなかなか出会わない曲じゃないですね。知れて良かったです。
そして音楽とは関係ないですがオケにStand-upをするときホルンのリーダーに指揮者が「どうぞ」としたらホルンのリーダーがセクション全員立たせたのはよかったですね~♪それでこそホルン軍団!という。
(ちなみにそのリーダーの人、イベントによっては「バイキング」を名乗ってます(笑))
Furrerのコンチェルト。いやあ面白かったですね(笑)はたしてお客さんどれくらい楽しんでたか分かりませんが。
どんな曲か、というと説明しにくいのですが、Furrerは別のStillという曲を書くときにチェーンソーの音をインスピレーションとしたという話で、その精神がこの曲にも受け継がれている・・・といえば少しは分かるかな、と。
チェーンソーの音色、それが孕む危険と暴力、そして「響き」(Resonance)。
どこか機械的で、(ホールの音響がドライなのが悔やまれますが)不思議な響きがあり。響きといえばある楽器の音の響きを他の楽器が引き継ぐみたいな、そういうエフェクトがあったりで。
そしてチェーンソーと言えば(!?!?)ふさわしいのは我らがマイケル。私の第2の師であり、大切にしてくれる友人でもあり。
彼のエネルギーは時に曲に有り余るものなのですが、この曲のスケールとエネルギーはマイケルのホームグラウンドのようで。そして曲のリズム、そして先ほどの響きもまた彼の弾き方、作曲と通じるものがあるな、と。
本当に人間の域を超えたパワフルな演奏でした。
(ピアノが第1・第2バイオリンの間にあったんですがピアノのすぐ傍のオケメンバーは防音スタンド使ってました。だって要るもの!)
そうそう、それからこの協奏曲はオケピアノがソロピアノをエコーしたり対照的に動いたりする大きいパートを受け持ってて。こっちもすごい演奏でした!
そして休憩(ピアノ調律あり(笑)でも弦が切れなくて良かったです)のちマイケルのヴェーベルン変奏曲。
こちらはうって変わってマイケルのとってもデリケートなタッチが楽しめて。
あのヴェーベルンの薄暗いような雰囲気や不思議な規則性が好きでした。
意外に思ったのですがマイケルはこの曲を演奏するのが初めてらしく。私も好きな曲ですがなんとなくこう、手が回らなくて弾いたりしたことがないんですよね・・・でもこれで改めていつか弾く、弾きたい曲だと自覚しました。
最後のBeggars and Angels。
なんですかね、やはり現代はシングルリードの時代なのでしょうか。バスクラ2本の活躍といったら!
アデズもそういうとこあって、似てる雰囲気があるながらもDeanの音楽はもっとぎゅっと詰まっている、うねりとパワーに溢れているというか。
そして先ほどのコントラバスのあれはここで生きてました(笑)楽しそうな様子にちょっとにやにや(もちろん他のところでもにやにやしてますが)。
面白かったのは弦楽器の「エア」弾き。どうやら弦じゃなくて楽器の胴体を弓で弾いてるような。これは生演奏じゃないとわからないなあ。それも不思議、という次元でなくみんなでそれをやってるのを間近で見て、音を聞くとわりとぞっとしますね。
あと先ほどに続き弦のパワー、そしてなによりもドラムキット(大学の時にオケでお世話になった打楽器の先生でした。いわゆる悪人面なのですが今回びっくりするほど格好良かった!)。
とっても魅力に溢れた曲でしたね。一応ipodに持ってるのでもっと聞き込まないとなあ、と思います。
結局昨日は現代音楽にくるまれ過ごした、めちゃくちゃ楽しい一日でした。こういうのもいいですね~(にやにや)もっとあってもいいのに。
ちなみにマイケルともコンサートの後会って次回メルボルンに来たときはゆっくり話そうと約束もしました(ソリストはコンサート後忙しいので)。いつも慌ただしいので久しぶりにちゃんと話せるのは本当に楽しみです。
(そいえばまだ返事が来てない前回のソリスト、メール入れなきゃ。あ、あと先生にもユースオケのこと言ってない(汗))
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン トゥーランガリラ交響曲 「愛のまどろみの庭」
先ほど言及しましたスーパー無茶ぶりの曲です(笑)
トゥーランガリラ交響曲、というのは愛、生命、時間などをテーマにしたメシアンの交響曲です。
タイトルはサンスクリット語から来てるそうで・・・メシアンは例えばリズムなどにおいてインド音楽の影響を受けてますがこの交響曲全体西洋音楽とはちょっと離れたところにある雰囲気がありますね。
(まだちょっと勉強不足なので交響曲全体についてはWikipediaへのリンクを貼っときます(汗)
次また近いうちに扱いますがそのときまでには・・・)
今張りましたリンクにあるトゥーランガリラとは何か、という説明を読むとなんだか神話的な感じをぎゅっと凝縮した感じがありますね。
この第6楽章「愛のまどろみの庭」はある意味とってもメシアンらしいですね。
(例えば20のまなざしの第5番、そして四重奏曲の第1楽章にものすごーく似ている)
サイクルのように繰り返される「時」を表すような音型、そして鳥の声、そして甘美でゆっくりしたメロディー。
本当にまどろむような、全てが心地良い音楽。
楽器の音だとチェレスタとビブラフォンの優しいきらめき、オンド・マルトノ(電子楽器。テルミンに似てるみたいです)のビブラート、ピアノの一つ一つの音の余韻。
めっちゃメシアンだな~と思いながらも同時に別世界の音楽みたいでもあり。
トゥーランガリラ交響曲にはちょっと??となるような音楽も多いのですが、この楽章は最初に聴いて欲しいと思う楽章の一つです。
他の楽章も自分がもっと勉強、そして弾いて愛着を覚えるごとに追って紹介していきます♪
録音は(古いものもありますが)メシアンの奥さんユヴォンヌ・ロリオがピアノを弾いているものを強くお勧め。彼女の妹、ジャンヌ・ロリオがオンド・マルトノを弾いてる録音もありますよ~
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
そちらでも書いてますがOrthorexiaについてはまだ情報が少ないこと、そして一日中怒って書いていたことで情報と表現の正確さが少し妥協されているかもしれません。どうか鵜呑みになさらないようお願い致します。
ちなみに今日は両親の結婚記念日。旅行に泊まりで行くとかいう話があったような・・・
いつもならメルボルンに遊びに来たりする季節なんですがここ数年行き来はこちらも向こうも少ないです。
一時帰国でも両親が遊びに来るのも近いうちに実現すればいいなあ・・・
Twitterのフォロー先さんで何人か音楽をかけながら眠ったり、という話をちょこちょこ聞くので「おやすみタイムの曲おすすめ」みたいなのをやりたいな~と思ってました。
私は最近音楽をかけて寝ることはないのですが(音楽をかけながら眠ってしまうとき以外)、昔は聞いてたときもありました。
寝るとき音楽をかけるかかけないか、その向き不向きはその人その人、そしてその時々によると思います。
ただそれがやっぱり心地良いときもあるということで今日はCD一枚分、曲をおすすめしようと思います。
もちろんこれからリストする以外にも寝るとき聞くと心地良い曲はたくさんあります。
とりあえず今日選んだときに心がけたポイントは:
1) テンポはゆっくり、音の動きがあまり忙しくない
2) 強弱は弱め、とにかく強弱の差が大きくない
3) 声よりも楽器。合唱はなるべく選ばないように(人の声にどうしても人間の脳は反応するので)
4) 楽器だとお勧め度は金管<木管<弦=ピアノかな。でもブラスアンサンブルだとこの限りではなく。
5) 曲の長さは長め。短いところころ曲が変わるので。
6) フレーズは息長め、あまりうねりがあるのは避け
7) 高音が過度に強いものは避け
あと私が昔コンピレーションしたおやすみMDとかCDとかで寝てたときはランダム再生にしていました。いいのか悪いのかはわかりませんが。
それではおやすみコンピレーション行きます~
1) シューベルト 菩提樹
シューベルトの歌曲あんまり持ってないんですがこの良い感じの弧の書き方とか、男声の暖かさ、伴奏の音型がみんな心地良い。
噂ではこの曲、ホルンアンサンブルのバージョンがあるそうで。それもきっといいだろうな~
2) ショスタコーヴィチ 弦楽四重奏第15番 第1楽章
ショスタコーヴィチはショスタコーヴィチでも最晩期のものは透明で穏やかな曲がちらほらと。(眠り、というか永遠の眠りのあれですからね・・・)
弦楽四重奏の響きとか、この曲のとてもフラットな感じとか・・・実際に寝るときに聴いた経験があります。
3) エルガー 弦楽セレナード 第2楽章
弦の暖かい音、そして穏やかな盛り上がりなど、なんとなーく心地良い眠りを約束してくれそうな感じがします。
わりとイギリス音楽って夕方~睡眠時に向いてるんですよね。全部が全部ではないですが。
この曲については第1,3楽章もわりと穏やか目。日本でどれだけ知られてるか分かりませんが・・・
4) ブラームス 6つの小品 第5番「ロマンス」
ブラームスは子守歌のプロ。包容力と暖かさ、そして肯定的なゆったりさ。
この曲のヘ長調というのもゆったりした牧歌的な性格をしていて。
ちなみに同じ曲集の第2番もポピュラーですが、これもおやすみ時にいいかも。
5) ヴォーン=ウィリアムス 「揚げひばり」
ヴォーン=ウィリアムスの音楽で弦楽器メインのはクライマックスのドラマチックさをのぞけば本当に寝るときにいいですね~♪こればかりは個人の睡眠パターンによりけりなのですが(=クライマックスのときに浅い眠りだと起きてしまったり深い眠りの邪魔になったり)。
6) ペルト 「Spiegel im Spiegel」
ペルトを始めヨーロッパのミニマル・ミュージックの作曲家は睡眠には一番いいのではないかと素人ながらに思います。心地良い穏やかさ、スローなテンポ、ゆるやかな繰り返しなど。
そのなかでもこの曲はピアノとバイオリンの音のシンプルさが光るイチオシの曲です。
7) ドビュッシー 「映像」第2集より「廃寺にかかる月」
同じ穏やかな曲でも昼を連想させる曲、夜を連想させる曲とありますが、寝るときには夜を連想させる曲の方が馴染みやすいだろうと思います。
現代は夜も明るかったり電気機器を使ったりしますから、暗い静かな夜をイメージすることも心地良い眠りをサポートするのでは、と思います。
透明で、ピアノの音の丸みが楽しめて。高音のきらきらも過剰じゃないのがいいですね。
8) ラヴェル 「2つのヘブライの歌」よりカディッシュ(バイオリン版)
これもまた息が長く穏やかな曲。ヘブライ・ユダヤの音楽というと癖が強いように思えますがラヴェルの手にかかるとまた違う風に。やはり声よりはバイオリンのほうが眠れるかな~どうなんだろう~
9) メシアン 「世の終わりのための四重奏曲」より第8楽章「イエスの不滅性への賛歌」
メシアンのスローな楽章は本当に眠くなるほどゆっくり(笑)なので例えばこの四重奏曲の第5楽章、20のまなざしの「父のまなざし」などおやすみ時に眠りを誘う曲がいっぱいあります。
なんとなく、どの曲も暖かな夢が見れるような印象がありますね。
10) レスピーギ 「鳥たち」より「ナイチンゲール」
レスピーギや他の作曲家がその時代によくやってた、もっと昔の曲のアレンジ・カバーの一つですが。とにかくシンプル、穏やかで何となくこう、「今日も終わり、よくやった」と思える感じで。
ほほえみと共に眠るためにお勧めの1曲です。
ということで今日も「今日の一曲」はお休みです。
今日紹介しました曲以外にもいろいろなおやすみ用にふさわしい曲はありますし、あとこれらの曲はもちろん起きて聴いても良い物です(ぜひ起きたままも聴いて下さいね!)。
特にヴォーン=ウィリアムスなどイギリス音楽、メシアンのスローな曲、そして何よりもペルトの音楽を特にプッシュしたいです。
そちらでも書いてますがOrthorexiaについてはまだ情報が少ないこと、そして一日中怒って書いていたことで情報と表現の正確さが少し妥協されているかもしれません。どうか鵜呑みになさらないようお願い致します。
ちなみに今日は両親の結婚記念日。旅行に泊まりで行くとかいう話があったような・・・
いつもならメルボルンに遊びに来たりする季節なんですがここ数年行き来はこちらも向こうも少ないです。
一時帰国でも両親が遊びに来るのも近いうちに実現すればいいなあ・・・
Twitterのフォロー先さんで何人か音楽をかけながら眠ったり、という話をちょこちょこ聞くので「おやすみタイムの曲おすすめ」みたいなのをやりたいな~と思ってました。
私は最近音楽をかけて寝ることはないのですが(音楽をかけながら眠ってしまうとき以外)、昔は聞いてたときもありました。
寝るとき音楽をかけるかかけないか、その向き不向きはその人その人、そしてその時々によると思います。
ただそれがやっぱり心地良いときもあるということで今日はCD一枚分、曲をおすすめしようと思います。
もちろんこれからリストする以外にも寝るとき聞くと心地良い曲はたくさんあります。
とりあえず今日選んだときに心がけたポイントは:
1) テンポはゆっくり、音の動きがあまり忙しくない
2) 強弱は弱め、とにかく強弱の差が大きくない
3) 声よりも楽器。合唱はなるべく選ばないように(人の声にどうしても人間の脳は反応するので)
4) 楽器だとお勧め度は金管<木管<弦=ピアノかな。でもブラスアンサンブルだとこの限りではなく。
5) 曲の長さは長め。短いところころ曲が変わるので。
6) フレーズは息長め、あまりうねりがあるのは避け
7) 高音が過度に強いものは避け
あと私が昔コンピレーションしたおやすみMDとかCDとかで寝てたときはランダム再生にしていました。いいのか悪いのかはわかりませんが。
それではおやすみコンピレーション行きます~
1) シューベルト 菩提樹
シューベルトの歌曲あんまり持ってないんですがこの良い感じの弧の書き方とか、男声の暖かさ、伴奏の音型がみんな心地良い。
噂ではこの曲、ホルンアンサンブルのバージョンがあるそうで。それもきっといいだろうな~
2) ショスタコーヴィチ 弦楽四重奏第15番 第1楽章
ショスタコーヴィチはショスタコーヴィチでも最晩期のものは透明で穏やかな曲がちらほらと。(眠り、というか永遠の眠りのあれですからね・・・)
弦楽四重奏の響きとか、この曲のとてもフラットな感じとか・・・実際に寝るときに聴いた経験があります。
3) エルガー 弦楽セレナード 第2楽章
弦の暖かい音、そして穏やかな盛り上がりなど、なんとなーく心地良い眠りを約束してくれそうな感じがします。
わりとイギリス音楽って夕方~睡眠時に向いてるんですよね。全部が全部ではないですが。
この曲については第1,3楽章もわりと穏やか目。日本でどれだけ知られてるか分かりませんが・・・
4) ブラームス 6つの小品 第5番「ロマンス」
ブラームスは子守歌のプロ。包容力と暖かさ、そして肯定的なゆったりさ。
この曲のヘ長調というのもゆったりした牧歌的な性格をしていて。
ちなみに同じ曲集の第2番もポピュラーですが、これもおやすみ時にいいかも。
5) ヴォーン=ウィリアムス 「揚げひばり」
ヴォーン=ウィリアムスの音楽で弦楽器メインのはクライマックスのドラマチックさをのぞけば本当に寝るときにいいですね~♪こればかりは個人の睡眠パターンによりけりなのですが(=クライマックスのときに浅い眠りだと起きてしまったり深い眠りの邪魔になったり)。
6) ペルト 「Spiegel im Spiegel」
ペルトを始めヨーロッパのミニマル・ミュージックの作曲家は睡眠には一番いいのではないかと素人ながらに思います。心地良い穏やかさ、スローなテンポ、ゆるやかな繰り返しなど。
そのなかでもこの曲はピアノとバイオリンの音のシンプルさが光るイチオシの曲です。
7) ドビュッシー 「映像」第2集より「廃寺にかかる月」
同じ穏やかな曲でも昼を連想させる曲、夜を連想させる曲とありますが、寝るときには夜を連想させる曲の方が馴染みやすいだろうと思います。
現代は夜も明るかったり電気機器を使ったりしますから、暗い静かな夜をイメージすることも心地良い眠りをサポートするのでは、と思います。
透明で、ピアノの音の丸みが楽しめて。高音のきらきらも過剰じゃないのがいいですね。
8) ラヴェル 「2つのヘブライの歌」よりカディッシュ(バイオリン版)
これもまた息が長く穏やかな曲。ヘブライ・ユダヤの音楽というと癖が強いように思えますがラヴェルの手にかかるとまた違う風に。やはり声よりはバイオリンのほうが眠れるかな~どうなんだろう~
9) メシアン 「世の終わりのための四重奏曲」より第8楽章「イエスの不滅性への賛歌」
メシアンのスローな楽章は本当に眠くなるほどゆっくり(笑)なので例えばこの四重奏曲の第5楽章、20のまなざしの「父のまなざし」などおやすみ時に眠りを誘う曲がいっぱいあります。
なんとなく、どの曲も暖かな夢が見れるような印象がありますね。
10) レスピーギ 「鳥たち」より「ナイチンゲール」
レスピーギや他の作曲家がその時代によくやってた、もっと昔の曲のアレンジ・カバーの一つですが。とにかくシンプル、穏やかで何となくこう、「今日も終わり、よくやった」と思える感じで。
ほほえみと共に眠るためにお勧めの1曲です。
ということで今日も「今日の一曲」はお休みです。
今日紹介しました曲以外にもいろいろなおやすみ用にふさわしい曲はありますし、あとこれらの曲はもちろん起きて聴いても良い物です(ぜひ起きたままも聴いて下さいね!)。
特にヴォーン=ウィリアムスなどイギリス音楽、メシアンのスローな曲、そして何よりもペルトの音楽を特にプッシュしたいです。
昨日はレクチャーに行ってきました~感想は後日。いつまとめられるか目処がついてないので・・・
どうも全体的にもたついてる感じです・・・
そうそう、昨日連絡があって、ユースオケが今度メシアンのトゥーランガリラ交響曲を弾くのですがそこでチェレスタパートを弾かせてもらえることになりました。やった!根回しした甲斐があった(爆)
あしたパート取りに行くのですが、大学在学中にスコアを見た限りソリスト扱いのピアノとあんまり変わらない感じだった記憶が。メシアン和音いっぱいあったような気がするんですよね~
実際に目立つところってのは少ないと思いますが。
久しぶりのチェレスタ、久しぶりのオケ、久しぶりの人前演奏。さらにメシアンのトゥーランガリラ!
気合いがいやでも入ります!たーんと楽しんで精一杯頑張りたいですね♪
ちなみにコンサートは7月2日と3日の2回。また追っていろいろ報告します。
音楽で面白いな~と思うことの一つに「引用」があります。
編曲(既にある曲全曲を別の楽器編成のためにアレンジする)ではなく、既存の曲の一部を自分の曲の中にそれとわかるように(わかりやすさの程度はまちまちですが)挿入すること。
ちょうど今日もイベールのDivertissementの「Cortege」という楽章でメンデルスゾーンの「結婚行進曲」(「真夏の夜の夢」)がちょろっと聞こえましたね。
引用っていうのはどんなにあからさまに挿入されてても引用の元を知らないとおもしろみが分からない、いわば内輪のジョークみたいなものなんですが・・・
面白いのが引用は必ずはっきりとした意図があって行われる行為で、どうしてその曲をそこで使ったか、どうやって使っているか(分かりやすさも含め)、そういうことを通じてなんとなく作曲家の心というか、ユーモアのセンスとかひねった表現力とかが分かるんですよね。
私の贔屓作曲家、クラムはやたらと・・・ではないですがかなり多く引用を使ってます。
引用の使い方についてはショスタコーヴィチとクラムはずば抜けて凄いセンスがあるような気がします。
引用は何を=What、どこで=Where, どうして=Why、そしてどうやって=How、使うというのが効果の大きさを左右するんですけど、クラムは特にHowの部分がすごいなあと。
なので今日はちょっとクラムの「引用」についてちょっと紹介します。
<What & Why>
クラムはほとんどの場合ご丁寧にも引用の部分、さらに引用元を書いてくれてます。
「鯨の声」では進化の中に現れる「人間」を表すのにリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」のパロディ化した一節を挿入したり(ちなみに言われるまで分からなかったです、私は)。
マクロコスモス第1巻第5楽章「Phantom Gondelier」では幽霊船頭の不思議な詠唱、その悪魔的な性質を表すためにベルリオーズの「ファウストの功罰」の一シーンで魔物達が創作言語で呼びかけている場面を引用したり。
あと「Eine Kleine Mitternachtmusik」の「Golliwog Revisited」では曲自体がドビュッシーの「子供の領分」の「Golliwog's Cakewalk」のパロディなのにそこにリヒャルト・シュトラウスの「ティル・オイレンシュピーゲル」が姿を現したり。推測なんですが、この奇っ怪な、歪んだGolliwogの世界の中でさらにそれをかき回してくれる、というか・・・ユーモアと奇怪さをプラスする、という意図ではないかと思います。
<How>
クラムが凄い、と思うのは引用部分の、いわばプロデュースのしかた。
例えば絵でも文でも音楽でも、引用が使われてると「あ、これは○○だな」と思ったり、「ここでこれを持ち出すのは○○な意味があるのか」とか「ここでこれを持ち出すのは粋だな」とか思ったり、そういう効果があります。
でもクラムは引用を行うことで、本当に不思議で魔法のような、引用元の音楽自体とは違った、そしてそれ以上の意味と魅力を持つようになるんです。
まずは「Ancient Voices of Children」から「Todas los Tardes~」。バッハの「アンナ・マクダレーナ・バッハのための音楽帳」からの一節がトイピアノで奏でられます。時が静止したようなこの雰囲気の中でいかに儚く、まるでふるいおもちゃのような音でこのシンプルな(子供を表すような)音楽が奏でられて朽ちていく。長い「世界」の時間の中で、あのバッハの音楽もまた朽ちていくのか・・・という感じです。
そして「Black Angels」の「Pavane Lachrymae」。ここではシューベルトの歌曲+弦楽四重奏「死と乙女」が引用されています。特殊奏法(今日の一曲参照)で、しかもだんだん奏者がピッチを低くしていきながら弾く、という。これもまた「朽ち」を感じますね。前者と同じ「死にゆく」感覚。
さらにマクロコスモス第1巻第11楽章「Dream Images (Love-Death Music)」にはショパンの「幻想即興曲」の一節が。現れては消える響きのなかにふっと現れて、ほどけて行く。まるで夢の中のような、そしてまるで切ない初恋の思い出のような(loveとdeathの内Loveを表していることは確かですね)。この時周りの音楽のスタイルやタッチをちゃんとクラム風に、そして引用部分をしっかりショパン風に弾く事でコントラスト的な効果が得られる、ということもありますが、引用の最後の部分をスローダウンした上にペダルでぼかすことによって本当にほどけていく、夢の中に溶けていくような感覚が。
そういう風にクラムの音楽において引用は「過去」だったり「時間の流れ」を示す(またはそれに関連している)よう使われていることが結構あるような気がします。振り返る、心持ち。
クラムに限りませんが、引用は「シンボル」なんですよね。十字架や、非常口サインといっしょで。形に意味を持たせ、注意を引き、すぐさまその形が何を表しているかぴんとくるようにする。
でもどっちかというと暗号ですよね。もともとそのシンボルが何を意味しているかわからないといけない。でもその周りの状況からどうしてその曲がそこに使われているか、どうして使われているかというのを推察することもできます。
クラムの音楽の「引用が醸し出す効果」というのは物凄いと思います。もともと空間と時間を操るというか、そういう感じがあるのですがそれをさらに引用という「シンボル」を使うことで自分の音楽、元の音楽の意味と効果を増幅させて。
もともと暗号とか、シンボルとかサインとか好きなのでやっぱそういうところに惹かれるのかな~
勿論弾くにしてもクラムの意図とその音楽の魅力を最大限に引き出さなくちゃいけません。弾き方によってその効果は半減もしますし、倍増もします。楽しみながらその魅力を自在に操れるようになりたいですねえ・・・
いつのことになるやら・・・(汗)
今日の一曲: ジョージ・クラム 「Black Angels」より「Pavane Lachrymae」
先ほど言及があった、Black Angelsという四重奏曲の一部です。
Black Angelsはいろいろ構造的に、数字に関してもいろいろ面白いことがあるのですがそれは別の楽章の話にとっておきます。
Black Angelsは3つのセクション、13の楽章(4+5+4)から成っていますが、このPavane Lachrymaeはその第2セクション「Absence」の最初に位置しています。
カルテットのうち3人がシューベルトの「死と乙女」の引用を弾いて、もう1人は全く別の、不思議な虫の鳴き声みたいな音楽を奏でる2層構造になっています。
さきほど触れましたが「死と乙女」のパッセージは特殊奏法で弾かれます。
普通はバイオリンなどはボディの部分、ブリッジに近いところを弓で弾いて首の部分、つまりボディでなく頭に近い方を弦を左手で押さえて音程を操りますが、この曲ではその逆になります。
つまり首のほうを弓で弾いて、ブリッジの方を左手で押さえる。伝わるかな~(汗)
この奏法には「音を不安定にさせる」という効果があります。こういう風に弾くのになれていないということだけでなく、弦楽器において音程、というのは弦の長さの中央から対称になってるので左手の動き(というのかな)も逆になりますし、それから張力の高い部分を指で押さえ張力の低い部分を弓で弾くことで音程を操りにくくし同時に音色のintensityを弱くする・・・
全てクラムは計算済ですよ♪
このPavane Lachrymaeは実は楽譜には2バージョン書かれています。
一つは「死と乙女」がそのまま引用されてるバージョン。
もう一つは「別版」として「死と乙女」を演奏する際だんだんと音程を下げていくバージョン。(先ほど書きましたが)
どちらも録音があります。このカルテットをSignatureとしているクロノス・カルテットは1つめのバージョン、そしてBrodsky Quartetは2つめのバージョン。
全体的な演奏、解釈や雰囲気はクロノスが上ですがBrodskyの比較的トラディショナルながらクロノスとは別の意味でクラムらしい演奏、そしてこの音程の見事な下がりっぷりもまた捨てがたいです。
Black Angelsを聴くときはどちらの演奏でもいいですが、同時にどっちの演奏も比べて聴くのがベストです。
終わりみたいになっちゃいましたが(汗)この「音程の下がるエフェクト」が恐ろしく効果的で。
最初は気づかないのにだんだん確実に音程が下がってる!ちょっと気持ち悪いけどそれがきっと狙った効果なんだな、と。正に音楽が朽ちていく感じ。
(弾く方は3人同時なので下がる度合いを合わせるのが大変そうです!)
Black Angelsは例えば冒頭はわりと騒音的な部分もあって、初めてクラムを聴く人、20世紀音楽に耳が慣れている人(慣れている人でも)にはちょっときついところもあるかと思います。
でもそれでこの曲を敬遠しないで欲しいな、と本当に強く思います。この曲でしか味わえないような美もありますし、慣れとクラムの音楽について知ることで騒音的な部分の意味や感覚が分かるようになり、楽しめるようになる、と確信しているので。
全力でおすすめ。
一応Brodsky Quartetの演奏をリンクしますね。私はこちらから聴きました。サウンドは先ほど書きましたがこちらが従来の弦楽四重奏に近い感じです。あとトラック分けが各楽章になってるのも良いです(クロノスの録音は各セクションでトラック分け)。
そしてなんとカップリング曲がここで引用されたシューベルトの「死と乙女」四重奏曲(こちらも弦楽四重奏曲最高峰の一つ!)、ということで2つの名曲、そしてその繋がりまで楽しむことができますよ♪
どうも全体的にもたついてる感じです・・・
そうそう、昨日連絡があって、ユースオケが今度メシアンのトゥーランガリラ交響曲を弾くのですがそこでチェレスタパートを弾かせてもらえることになりました。やった!根回しした甲斐があった(爆)
あしたパート取りに行くのですが、大学在学中にスコアを見た限りソリスト扱いのピアノとあんまり変わらない感じだった記憶が。メシアン和音いっぱいあったような気がするんですよね~
実際に目立つところってのは少ないと思いますが。
久しぶりのチェレスタ、久しぶりのオケ、久しぶりの人前演奏。さらにメシアンのトゥーランガリラ!
気合いがいやでも入ります!たーんと楽しんで精一杯頑張りたいですね♪
ちなみにコンサートは7月2日と3日の2回。また追っていろいろ報告します。
音楽で面白いな~と思うことの一つに「引用」があります。
編曲(既にある曲全曲を別の楽器編成のためにアレンジする)ではなく、既存の曲の一部を自分の曲の中にそれとわかるように(わかりやすさの程度はまちまちですが)挿入すること。
ちょうど今日もイベールのDivertissementの「Cortege」という楽章でメンデルスゾーンの「結婚行進曲」(「真夏の夜の夢」)がちょろっと聞こえましたね。
引用っていうのはどんなにあからさまに挿入されてても引用の元を知らないとおもしろみが分からない、いわば内輪のジョークみたいなものなんですが・・・
面白いのが引用は必ずはっきりとした意図があって行われる行為で、どうしてその曲をそこで使ったか、どうやって使っているか(分かりやすさも含め)、そういうことを通じてなんとなく作曲家の心というか、ユーモアのセンスとかひねった表現力とかが分かるんですよね。
私の贔屓作曲家、クラムはやたらと・・・ではないですがかなり多く引用を使ってます。
引用の使い方についてはショスタコーヴィチとクラムはずば抜けて凄いセンスがあるような気がします。
引用は何を=What、どこで=Where, どうして=Why、そしてどうやって=How、使うというのが効果の大きさを左右するんですけど、クラムは特にHowの部分がすごいなあと。
なので今日はちょっとクラムの「引用」についてちょっと紹介します。
<What & Why>
クラムはほとんどの場合ご丁寧にも引用の部分、さらに引用元を書いてくれてます。
「鯨の声」では進化の中に現れる「人間」を表すのにリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」のパロディ化した一節を挿入したり(ちなみに言われるまで分からなかったです、私は)。
マクロコスモス第1巻第5楽章「Phantom Gondelier」では幽霊船頭の不思議な詠唱、その悪魔的な性質を表すためにベルリオーズの「ファウストの功罰」の一シーンで魔物達が創作言語で呼びかけている場面を引用したり。
あと「Eine Kleine Mitternachtmusik」の「Golliwog Revisited」では曲自体がドビュッシーの「子供の領分」の「Golliwog's Cakewalk」のパロディなのにそこにリヒャルト・シュトラウスの「ティル・オイレンシュピーゲル」が姿を現したり。推測なんですが、この奇っ怪な、歪んだGolliwogの世界の中でさらにそれをかき回してくれる、というか・・・ユーモアと奇怪さをプラスする、という意図ではないかと思います。
<How>
クラムが凄い、と思うのは引用部分の、いわばプロデュースのしかた。
例えば絵でも文でも音楽でも、引用が使われてると「あ、これは○○だな」と思ったり、「ここでこれを持ち出すのは○○な意味があるのか」とか「ここでこれを持ち出すのは粋だな」とか思ったり、そういう効果があります。
でもクラムは引用を行うことで、本当に不思議で魔法のような、引用元の音楽自体とは違った、そしてそれ以上の意味と魅力を持つようになるんです。
まずは「Ancient Voices of Children」から「Todas los Tardes~」。バッハの「アンナ・マクダレーナ・バッハのための音楽帳」からの一節がトイピアノで奏でられます。時が静止したようなこの雰囲気の中でいかに儚く、まるでふるいおもちゃのような音でこのシンプルな(子供を表すような)音楽が奏でられて朽ちていく。長い「世界」の時間の中で、あのバッハの音楽もまた朽ちていくのか・・・という感じです。
そして「Black Angels」の「Pavane Lachrymae」。ここではシューベルトの歌曲+弦楽四重奏「死と乙女」が引用されています。特殊奏法(今日の一曲参照)で、しかもだんだん奏者がピッチを低くしていきながら弾く、という。これもまた「朽ち」を感じますね。前者と同じ「死にゆく」感覚。
さらにマクロコスモス第1巻第11楽章「Dream Images (Love-Death Music)」にはショパンの「幻想即興曲」の一節が。現れては消える響きのなかにふっと現れて、ほどけて行く。まるで夢の中のような、そしてまるで切ない初恋の思い出のような(loveとdeathの内Loveを表していることは確かですね)。この時周りの音楽のスタイルやタッチをちゃんとクラム風に、そして引用部分をしっかりショパン風に弾く事でコントラスト的な効果が得られる、ということもありますが、引用の最後の部分をスローダウンした上にペダルでぼかすことによって本当にほどけていく、夢の中に溶けていくような感覚が。
そういう風にクラムの音楽において引用は「過去」だったり「時間の流れ」を示す(またはそれに関連している)よう使われていることが結構あるような気がします。振り返る、心持ち。
クラムに限りませんが、引用は「シンボル」なんですよね。十字架や、非常口サインといっしょで。形に意味を持たせ、注意を引き、すぐさまその形が何を表しているかぴんとくるようにする。
でもどっちかというと暗号ですよね。もともとそのシンボルが何を意味しているかわからないといけない。でもその周りの状況からどうしてその曲がそこに使われているか、どうして使われているかというのを推察することもできます。
クラムの音楽の「引用が醸し出す効果」というのは物凄いと思います。もともと空間と時間を操るというか、そういう感じがあるのですがそれをさらに引用という「シンボル」を使うことで自分の音楽、元の音楽の意味と効果を増幅させて。
もともと暗号とか、シンボルとかサインとか好きなのでやっぱそういうところに惹かれるのかな~
勿論弾くにしてもクラムの意図とその音楽の魅力を最大限に引き出さなくちゃいけません。弾き方によってその効果は半減もしますし、倍増もします。楽しみながらその魅力を自在に操れるようになりたいですねえ・・・
いつのことになるやら・・・(汗)
今日の一曲: ジョージ・クラム 「Black Angels」より「Pavane Lachrymae」
先ほど言及があった、Black Angelsという四重奏曲の一部です。
Black Angelsはいろいろ構造的に、数字に関してもいろいろ面白いことがあるのですがそれは別の楽章の話にとっておきます。
Black Angelsは3つのセクション、13の楽章(4+5+4)から成っていますが、このPavane Lachrymaeはその第2セクション「Absence」の最初に位置しています。
カルテットのうち3人がシューベルトの「死と乙女」の引用を弾いて、もう1人は全く別の、不思議な虫の鳴き声みたいな音楽を奏でる2層構造になっています。
さきほど触れましたが「死と乙女」のパッセージは特殊奏法で弾かれます。
普通はバイオリンなどはボディの部分、ブリッジに近いところを弓で弾いて首の部分、つまりボディでなく頭に近い方を弦を左手で押さえて音程を操りますが、この曲ではその逆になります。
つまり首のほうを弓で弾いて、ブリッジの方を左手で押さえる。伝わるかな~(汗)
この奏法には「音を不安定にさせる」という効果があります。こういう風に弾くのになれていないということだけでなく、弦楽器において音程、というのは弦の長さの中央から対称になってるので左手の動き(というのかな)も逆になりますし、それから張力の高い部分を指で押さえ張力の低い部分を弓で弾くことで音程を操りにくくし同時に音色のintensityを弱くする・・・
全てクラムは計算済ですよ♪
このPavane Lachrymaeは実は楽譜には2バージョン書かれています。
一つは「死と乙女」がそのまま引用されてるバージョン。
もう一つは「別版」として「死と乙女」を演奏する際だんだんと音程を下げていくバージョン。(先ほど書きましたが)
どちらも録音があります。このカルテットをSignatureとしているクロノス・カルテットは1つめのバージョン、そしてBrodsky Quartetは2つめのバージョン。
全体的な演奏、解釈や雰囲気はクロノスが上ですがBrodskyの比較的トラディショナルながらクロノスとは別の意味でクラムらしい演奏、そしてこの音程の見事な下がりっぷりもまた捨てがたいです。
Black Angelsを聴くときはどちらの演奏でもいいですが、同時にどっちの演奏も比べて聴くのがベストです。
終わりみたいになっちゃいましたが(汗)この「音程の下がるエフェクト」が恐ろしく効果的で。
最初は気づかないのにだんだん確実に音程が下がってる!ちょっと気持ち悪いけどそれがきっと狙った効果なんだな、と。正に音楽が朽ちていく感じ。
(弾く方は3人同時なので下がる度合いを合わせるのが大変そうです!)
Black Angelsは例えば冒頭はわりと騒音的な部分もあって、初めてクラムを聴く人、20世紀音楽に耳が慣れている人(慣れている人でも)にはちょっときついところもあるかと思います。
でもそれでこの曲を敬遠しないで欲しいな、と本当に強く思います。この曲でしか味わえないような美もありますし、慣れとクラムの音楽について知ることで騒音的な部分の意味や感覚が分かるようになり、楽しめるようになる、と確信しているので。
全力でおすすめ。
一応Brodsky Quartetの演奏をリンクしますね。私はこちらから聴きました。サウンドは先ほど書きましたがこちらが従来の弦楽四重奏に近い感じです。あとトラック分けが各楽章になってるのも良いです(クロノスの録音は各セクションでトラック分け)。
そしてなんとカップリング曲がここで引用されたシューベルトの「死と乙女」四重奏曲(こちらも弦楽四重奏曲最高峰の一つ!)、ということで2つの名曲、そしてその繋がりまで楽しむことができますよ♪
いつになく長いタイトルですが・・・
結構前から「クラシックをあんまり知らない人にCDを一枚買ってクラシックを好きになってもらうとしたら何を勧めるか」ということをちょこちょこ考えた事が何度もあって。
それをちょこちょこ暫定チョイスとして今日は書き出したいと思います。
基本的に自分が考える事は:
1)とっつきやすさ
2)クオリティの高さ
3)弾いてる楽器(さらにその組み合わせ)の魅力を最大限に
4)作曲家の魅力の最大限に
5)1回だけでなく長く(できれば一生)楽しめる、深さのある曲
6)音楽の可能性を最大限に表す曲
さらには自分が魅力を感じる曲を選ぶこと(もちろん例外はあります)、それから「好きになって欲しい!」と思う気持ちを大切にする、ということを考慮しています。
毎回自分の中でこの話になると最初に思いつくし一番納得がいくのがホルストの「惑星」ですね。
日本でもカバーされて(というかそれ以前に)「木星」は本当に有名ですし、親しみやすいですし。
火星もテレビでたまに使われてますし。
あと交響曲だと各楽章に多少の違いはあっても一楽章嫌いだと他も嫌いになりそうな気がするんですよね。あとは交響曲だと全部の楽章で一つ、というのがあるので1楽章ずつ聞いてもぴんとこなかったり、各楽章が長かったり。
そういう問題点を「惑星」は全部クリアしてるんですよね。
7つの楽章は全て性格が異なり、一つだけで聞いても遜色なく。各楽章は10分を超えることも無いです。
「惑星」は本当に一生ものだと思っています。
一番ポピュラーな木星から入って、時と共に他の惑星にまた違った魅力を覚えて。そして既に知ってる惑星にもどんどん新しい発見ができて。
私の経験だと9歳頃に木星と初めまして→火星→金星→天王星→海王星→水星→土星の順に愛着が湧きました。今でも木星や火星で「ええ、こここんなんだったんだ!」というのがありますし(スコアも持ってますが)、なによりも土星海王星にどっぷりで。
オーケストラの魅力といえば「惑星」はピカイチで。オーケストラのでっかいスケールだったり、細部までのディテールだったり、音色の複雑さ、美しさ。各楽器、ソロ楽器、そしてアンサンブルの魅力全部高レベル。聴き手が体験する「経験」としても本当に深いです。
さらに「惑星」は冨田勲のシンセサイザーバージョンもあって違った味わいができるそうです。
他にも何曲か欲しいなあ~と思った時やっぱり詰まるんですよね。
「惑星」がダントツですから。
で、悩んだ上に次に思いついたのがベルリオーズの「幻想交響曲」です。
なんというかまず最初に単純に面白いかな~と。
あとはオケの魅力楽器の魅力に関してももちろん凄いですし。
それから言葉なしで音楽で「ストーリーを語る」ということに関しては本当に表現豊かですし、そして音楽とそれを書いた作曲家のエピソードや関係だったり、そういうのにはまるきっかけにもなると思います。
有名な第4楽章の「断頭台への行進」だったり、第5楽章の魔物達のどんちゃん騒ぎだったり・・・何よりもまず、面白いと思うんですよねえ。(そして面白いだけじゃすまないところがまた。)
あとはなんとなくこう、普段からみんなもっとマーラーの音楽の素晴らしさを知ってもらいたい!という気持ちがあって。
それならやっぱり交響曲、そしてやっぱり1番かな~・・・
交響曲第1番がマーラーの魅力を全て表すかというとそうではないんですよね。初期の作品ですし。でも「お、すごいなこの音楽」と興味を持ってもらうにはいいかな、と思います。
物凄く魅力が詰まってますもの、この交響曲。日本人の自然好きに訴えかける感じの性質を持っていると思いますし、あとファンタジーが好きな人にはうけがいいかも、と思ってます(第4楽章)
上記オケのスケール、マクロとミクロの表現力に関してはどんなマーラーの曲も最高峰のものを持ち合わせていて。あと第3楽章のカノンで本当にいろんな楽器の音が聞けるのもあり。
ここで第1番が好きでもそうでなくても次は5番をお勧めしたいですね。
そしてなんか、巷で思われている美しいとか癒しとか、メロディーが美しいとかそういうクラシック音楽のイメージをちょっと崩してみたりしたい気持ち、そして聴き手をちょっと驚かして見たい気持ち。
そうなるとストラヴィンスキーの「春の祭典」はやっぱり外せない。
ディズニーのファンタジア(初代)で知ってる人も多いとは思いますが、初めてでもなんとなく知ってる人でも音楽やってる人でも改めて聞いてびっくり、という声が多く。(この曲で音楽史がひっくりかえりましたからね~その新鮮さが今でも色あせない!というのも不思議です)
決して聞きにくい曲ではないんですよね。とってもエキサイティングで、本能に訴えかけてくるような音楽。
そして最後に「音楽の闇に関する可能性」の広さと深さをいかに体感してもらえるか、ということも。
そうだとやっぱり(特に若い人に対しては)ショスタコーヴィチだな、でも第5番だと「闇」に関してはまだまだかなー・・・晩期の曲だととっつきやすくはないですしスケール、インパクトとしてはじわじわ系統だし・・・うーん・・・
となるとこの目的に特化した曲と言えばやっぱり交響曲第11番「1905年」でしょうかね。
もちろん先ほどの特徴は備えています。ただこの残虐さ、恐怖、恐ろしさの表現はMAX級で、とてつもなく非日常な体験を味わうことができ。
先ほどのベルリオーズと同じくストーリー性が強い曲であり、この曲の背景を通じて作曲家のこと、時代背景などのエレメントとの繋がりを知ることにもつながり。
結局うだうだと書いてしまいましたが結局「惑星」を超えるお勧めが見つからなかった、ということで。
繰り返しになりますがホルストの「惑星」はCD一枚で長く楽しめる曲だと本当に思います。
どっぷりはまって聞くだけじゃなく、車でかけたり食事の時にかけたり(実はそれが私にとっての木星との出会いです)、BGMみたいに聞き流すようにかけても(全部の楽章があてはまるわけではないですが)いろいろな場面で楽しめる曲です。
今日の一曲はお休みです~
(なぜかというと幻想とか惑星とかは既に数楽章使ってしまったからちょとけちってるんですよ~また別の機会に。)
結構前から「クラシックをあんまり知らない人にCDを一枚買ってクラシックを好きになってもらうとしたら何を勧めるか」ということをちょこちょこ考えた事が何度もあって。
それをちょこちょこ暫定チョイスとして今日は書き出したいと思います。
基本的に自分が考える事は:
1)とっつきやすさ
2)クオリティの高さ
3)弾いてる楽器(さらにその組み合わせ)の魅力を最大限に
4)作曲家の魅力の最大限に
5)1回だけでなく長く(できれば一生)楽しめる、深さのある曲
6)音楽の可能性を最大限に表す曲
さらには自分が魅力を感じる曲を選ぶこと(もちろん例外はあります)、それから「好きになって欲しい!」と思う気持ちを大切にする、ということを考慮しています。
毎回自分の中でこの話になると最初に思いつくし一番納得がいくのがホルストの「惑星」ですね。
日本でもカバーされて(というかそれ以前に)「木星」は本当に有名ですし、親しみやすいですし。
火星もテレビでたまに使われてますし。
あと交響曲だと各楽章に多少の違いはあっても一楽章嫌いだと他も嫌いになりそうな気がするんですよね。あとは交響曲だと全部の楽章で一つ、というのがあるので1楽章ずつ聞いてもぴんとこなかったり、各楽章が長かったり。
そういう問題点を「惑星」は全部クリアしてるんですよね。
7つの楽章は全て性格が異なり、一つだけで聞いても遜色なく。各楽章は10分を超えることも無いです。
「惑星」は本当に一生ものだと思っています。
一番ポピュラーな木星から入って、時と共に他の惑星にまた違った魅力を覚えて。そして既に知ってる惑星にもどんどん新しい発見ができて。
私の経験だと9歳頃に木星と初めまして→火星→金星→天王星→海王星→水星→土星の順に愛着が湧きました。今でも木星や火星で「ええ、こここんなんだったんだ!」というのがありますし(スコアも持ってますが)、なによりも土星海王星にどっぷりで。
オーケストラの魅力といえば「惑星」はピカイチで。オーケストラのでっかいスケールだったり、細部までのディテールだったり、音色の複雑さ、美しさ。各楽器、ソロ楽器、そしてアンサンブルの魅力全部高レベル。聴き手が体験する「経験」としても本当に深いです。
さらに「惑星」は冨田勲のシンセサイザーバージョンもあって違った味わいができるそうです。
他にも何曲か欲しいなあ~と思った時やっぱり詰まるんですよね。
「惑星」がダントツですから。
で、悩んだ上に次に思いついたのがベルリオーズの「幻想交響曲」です。
なんというかまず最初に単純に面白いかな~と。
あとはオケの魅力楽器の魅力に関してももちろん凄いですし。
それから言葉なしで音楽で「ストーリーを語る」ということに関しては本当に表現豊かですし、そして音楽とそれを書いた作曲家のエピソードや関係だったり、そういうのにはまるきっかけにもなると思います。
有名な第4楽章の「断頭台への行進」だったり、第5楽章の魔物達のどんちゃん騒ぎだったり・・・何よりもまず、面白いと思うんですよねえ。(そして面白いだけじゃすまないところがまた。)
あとはなんとなくこう、普段からみんなもっとマーラーの音楽の素晴らしさを知ってもらいたい!という気持ちがあって。
それならやっぱり交響曲、そしてやっぱり1番かな~・・・
交響曲第1番がマーラーの魅力を全て表すかというとそうではないんですよね。初期の作品ですし。でも「お、すごいなこの音楽」と興味を持ってもらうにはいいかな、と思います。
物凄く魅力が詰まってますもの、この交響曲。日本人の自然好きに訴えかける感じの性質を持っていると思いますし、あとファンタジーが好きな人にはうけがいいかも、と思ってます(第4楽章)
上記オケのスケール、マクロとミクロの表現力に関してはどんなマーラーの曲も最高峰のものを持ち合わせていて。あと第3楽章のカノンで本当にいろんな楽器の音が聞けるのもあり。
ここで第1番が好きでもそうでなくても次は5番をお勧めしたいですね。
そしてなんか、巷で思われている美しいとか癒しとか、メロディーが美しいとかそういうクラシック音楽のイメージをちょっと崩してみたりしたい気持ち、そして聴き手をちょっと驚かして見たい気持ち。
そうなるとストラヴィンスキーの「春の祭典」はやっぱり外せない。
ディズニーのファンタジア(初代)で知ってる人も多いとは思いますが、初めてでもなんとなく知ってる人でも音楽やってる人でも改めて聞いてびっくり、という声が多く。(この曲で音楽史がひっくりかえりましたからね~その新鮮さが今でも色あせない!というのも不思議です)
決して聞きにくい曲ではないんですよね。とってもエキサイティングで、本能に訴えかけてくるような音楽。
そして最後に「音楽の闇に関する可能性」の広さと深さをいかに体感してもらえるか、ということも。
そうだとやっぱり(特に若い人に対しては)ショスタコーヴィチだな、でも第5番だと「闇」に関してはまだまだかなー・・・晩期の曲だととっつきやすくはないですしスケール、インパクトとしてはじわじわ系統だし・・・うーん・・・
となるとこの目的に特化した曲と言えばやっぱり交響曲第11番「1905年」でしょうかね。
もちろん先ほどの特徴は備えています。ただこの残虐さ、恐怖、恐ろしさの表現はMAX級で、とてつもなく非日常な体験を味わうことができ。
先ほどのベルリオーズと同じくストーリー性が強い曲であり、この曲の背景を通じて作曲家のこと、時代背景などのエレメントとの繋がりを知ることにもつながり。
結局うだうだと書いてしまいましたが結局「惑星」を超えるお勧めが見つからなかった、ということで。
繰り返しになりますがホルストの「惑星」はCD一枚で長く楽しめる曲だと本当に思います。
どっぷりはまって聞くだけじゃなく、車でかけたり食事の時にかけたり(実はそれが私にとっての木星との出会いです)、BGMみたいに聞き流すようにかけても(全部の楽章があてはまるわけではないですが)いろいろな場面で楽しめる曲です。
今日の一曲はお休みです~
(なぜかというと幻想とか惑星とかは既に数楽章使ってしまったからちょとけちってるんですよ~また別の機会に。)
