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今日は朝大学の図書館に行って、そしてシティの日本マッサージやさん(Miyabi)でマッサージを受けてきました。
今の大学の図書館のメンバーシップだと借りれる時期が短いCDや楽譜は借りれないのもあり色々借りれずじまいでした。
マッサージは今日はオイルマッサージを試してみようと思ったら今ちょうどアロマを使ったマッサージが少し値引きになってたので同じオイルでもそちらにしてみました。
ブレンドはよく分からないのですがアドバイスだったり親しみもありでローズマリー、ベルガモットとラベンダーの組み合わせにしてみました。
結構なくすぐったがりなのですが、気持ちよかったです。結構強く?やってもらったので深いとこまでほぐれた気がします。やっぱり腰が張ってると言われて・・・うーん。
今日はちょっとだけ検索ワードがらみで・・・(結構以前のエントリーとかぶるところはあると思います)
何回かここでも話していますけど、ピアノの目的においては私の手は小さい方です。(でも体のサイズからしたら結構大きい方だと思います)
シマノフスキをやってからちょっとだけ広がった感じがあるのですが相変わらず基本何もないところからがっちり捕まえられるのは1オクターブが限界。
ピアノの先生も少し手が小さめなのであんまり無理しないように、との方針でやってきました。
和音が届かない、という時の解決法は大抵決まってます。
1)和音の音をばらばらに弾く
2)反対の手が近くにあればそっちで受け持つ
3)和音の音の一部を抜かす(または+和音の別の音を代わりに弾いて抜けたのを補う)
1)をやらないように、という箇所も少なくないので(特にリゲティでは)案外3)が役に立つことが多いです。
これらの策をとらないと手が小さい人にとってはかなりレパートリーが狭まるので・・・
(自分で弾くように曲を書いていたリストやラフマニノフなんかは自身手が大きかったりしたので)
でもなんとか工夫して弾ける曲って結構あるんですよね。
今弾いてるシマノフスキも9度のハーモニー中心で完全にダメもとでやってみたのが案外できてますし。
ブラームスも弾いてますし、ラフマニノフも結構弾いてますし。
何ごともとりあえずトライあり、初見ありだとは思います。
それでも「いかん!」と思う曲はもちろんあります。
オクターブが長く続いたりして手が開きっぱなしになる曲、3)がきかないほど音が少なく広くにわたっている曲、いろいろありますがとりあえず弾いてみて手が極端に不自然に感じたり、痛くなったりしたら危険です。
指自体でなく前腕部の筋が痛くなったら要注意!
経験から、手に危ないな、と思って諦めた曲をいくつか。
1)ラフマニノフ 練習曲「音の絵」op.39-6(中間部の速いのがいけない)
2)ブラームス 51の練習曲(単純に先生がダメっていったのでその判断を信じました)
3)リスト パガニーニ練習曲第2番(中間部のオクターブ続きがimpossibleでした)
4)ベートーヴェン ピアノソナタ21番「Waldstein」(最後の方が恐ろしいことになってました)
5)スクリャービン 練習曲op.8-12(音が少なく広くにわたっているカテゴリー。スクリャービン自身手が小さくて、手を痛めてますが・・・)
まだあると思いますが、ざっとここらで。
得意分野の現代音楽からはでてませんがどうも思いつかないので・・・たとえばメシアンは和音が分厚くて割と融通が利いたり、クラムはなかなかそんな大きな和音には出くわさなかったりで。
以前のエントリーで小さい手のピアニストも結構いること、そしてピアノのレパートリーは広いので例えば王道のリストなどが弾けなくとも世界は広いこと、いろいろ言ってると思いますが・・・
例えば手が小さいとラヴェルなどの細かい手の重なる動きで自分の手が邪魔にならない、とかピアノは本当に自分の強みがどっかで生かせる世界ですので悩んでる人がいたら諦めず道を探し続けて欲しいな、と思います。
あ、あと以前のエントリーから最後に訂正。Focal dystoniaは手に無理をさせることに直接は関係ありません。
誤情報を流したことをお詫びいたします。
今日の一曲: カミーユ・サン=サーンス 「サムソンとデリラ」よりバッカナール
今日Twitterで2回TLに出てきたのでチョイス。(1回は私からではないです)珍しいパターンです。
サムソンとデリラは旧約聖書に出てくる話です。
イスラエルの怪力の英雄、サムソンを倒すためにペリシテ人が一計を案じ、美女デリラを使ってその弱点を探ろうとします。
サムソンは何回か偽の弱点を教え、そのたびに教えられたペリシテ人が彼をとらえようとやってくるのですが反撃され。3回目だったかな?とうとうデリラの色香にやられて本当の弱点が髪の毛であることを教えてしまいます。
酒に酔って(?)眠っているサムソンの髪をデリラが切り、そのままペリシテ人にサムソンはとらえられてしまう・・・という話です。
バッカナール、とはギリシャの酒の神バッカスが語源で、お酒がある宴会の席でのお祭り騒ぎ(またはそれ以上のいろいろ)を指す曲の名前です。他にもワーグナーなどが書いてますね。
この曲で本当に面白いな、と思うのが同じサン=サーンスのピアノ協奏曲第5番「エジプト風」の第2楽章だったり、ヴェルディの「アイーダ」だったり、とにかくエジプト風の曲と本当に似た音楽材料を使ってること。
リズムだったり、ハーモニー、メロディーや音階まで、まるで教科書にそって書いているように似ています。
この曲で好きなのはこの雰囲気を作り出すのに一役買っている打楽器軍団、地味にものすごく活躍してるハープ、そしてオーボエです。それから低い弦で最後の方がんがんひくバイオリン達。
聞いてて楽しいですし、高校で弾いた時も楽しかったです。やっぱりお祭り騒ぎは素直に楽しい。
実はこのオペラの他の曲を知らないのですが、デュエットなどでそこそこ有名な曲もあるそうなのでいつか・・・と思ってます。
でもやっぱりオペラは聴くだけじゃなくて舞台上の色々含め視覚でも楽しみたいですね!
今の大学の図書館のメンバーシップだと借りれる時期が短いCDや楽譜は借りれないのもあり色々借りれずじまいでした。
マッサージは今日はオイルマッサージを試してみようと思ったら今ちょうどアロマを使ったマッサージが少し値引きになってたので同じオイルでもそちらにしてみました。
ブレンドはよく分からないのですがアドバイスだったり親しみもありでローズマリー、ベルガモットとラベンダーの組み合わせにしてみました。
結構なくすぐったがりなのですが、気持ちよかったです。結構強く?やってもらったので深いとこまでほぐれた気がします。やっぱり腰が張ってると言われて・・・うーん。
今日はちょっとだけ検索ワードがらみで・・・(結構以前のエントリーとかぶるところはあると思います)
何回かここでも話していますけど、ピアノの目的においては私の手は小さい方です。(でも体のサイズからしたら結構大きい方だと思います)
シマノフスキをやってからちょっとだけ広がった感じがあるのですが相変わらず基本何もないところからがっちり捕まえられるのは1オクターブが限界。
ピアノの先生も少し手が小さめなのであんまり無理しないように、との方針でやってきました。
和音が届かない、という時の解決法は大抵決まってます。
1)和音の音をばらばらに弾く
2)反対の手が近くにあればそっちで受け持つ
3)和音の音の一部を抜かす(または+和音の別の音を代わりに弾いて抜けたのを補う)
1)をやらないように、という箇所も少なくないので(特にリゲティでは)案外3)が役に立つことが多いです。
これらの策をとらないと手が小さい人にとってはかなりレパートリーが狭まるので・・・
(自分で弾くように曲を書いていたリストやラフマニノフなんかは自身手が大きかったりしたので)
でもなんとか工夫して弾ける曲って結構あるんですよね。
今弾いてるシマノフスキも9度のハーモニー中心で完全にダメもとでやってみたのが案外できてますし。
ブラームスも弾いてますし、ラフマニノフも結構弾いてますし。
何ごともとりあえずトライあり、初見ありだとは思います。
それでも「いかん!」と思う曲はもちろんあります。
オクターブが長く続いたりして手が開きっぱなしになる曲、3)がきかないほど音が少なく広くにわたっている曲、いろいろありますがとりあえず弾いてみて手が極端に不自然に感じたり、痛くなったりしたら危険です。
指自体でなく前腕部の筋が痛くなったら要注意!
経験から、手に危ないな、と思って諦めた曲をいくつか。
1)ラフマニノフ 練習曲「音の絵」op.39-6(中間部の速いのがいけない)
2)ブラームス 51の練習曲(単純に先生がダメっていったのでその判断を信じました)
3)リスト パガニーニ練習曲第2番(中間部のオクターブ続きがimpossibleでした)
4)ベートーヴェン ピアノソナタ21番「Waldstein」(最後の方が恐ろしいことになってました)
5)スクリャービン 練習曲op.8-12(音が少なく広くにわたっているカテゴリー。スクリャービン自身手が小さくて、手を痛めてますが・・・)
まだあると思いますが、ざっとここらで。
得意分野の現代音楽からはでてませんがどうも思いつかないので・・・たとえばメシアンは和音が分厚くて割と融通が利いたり、クラムはなかなかそんな大きな和音には出くわさなかったりで。
以前のエントリーで小さい手のピアニストも結構いること、そしてピアノのレパートリーは広いので例えば王道のリストなどが弾けなくとも世界は広いこと、いろいろ言ってると思いますが・・・
例えば手が小さいとラヴェルなどの細かい手の重なる動きで自分の手が邪魔にならない、とかピアノは本当に自分の強みがどっかで生かせる世界ですので悩んでる人がいたら諦めず道を探し続けて欲しいな、と思います。
あ、あと以前のエントリーから最後に訂正。Focal dystoniaは手に無理をさせることに直接は関係ありません。
誤情報を流したことをお詫びいたします。
今日の一曲: カミーユ・サン=サーンス 「サムソンとデリラ」よりバッカナール
今日Twitterで2回TLに出てきたのでチョイス。(1回は私からではないです)珍しいパターンです。
サムソンとデリラは旧約聖書に出てくる話です。
イスラエルの怪力の英雄、サムソンを倒すためにペリシテ人が一計を案じ、美女デリラを使ってその弱点を探ろうとします。
サムソンは何回か偽の弱点を教え、そのたびに教えられたペリシテ人が彼をとらえようとやってくるのですが反撃され。3回目だったかな?とうとうデリラの色香にやられて本当の弱点が髪の毛であることを教えてしまいます。
酒に酔って(?)眠っているサムソンの髪をデリラが切り、そのままペリシテ人にサムソンはとらえられてしまう・・・という話です。
バッカナール、とはギリシャの酒の神バッカスが語源で、お酒がある宴会の席でのお祭り騒ぎ(またはそれ以上のいろいろ)を指す曲の名前です。他にもワーグナーなどが書いてますね。
この曲で本当に面白いな、と思うのが同じサン=サーンスのピアノ協奏曲第5番「エジプト風」の第2楽章だったり、ヴェルディの「アイーダ」だったり、とにかくエジプト風の曲と本当に似た音楽材料を使ってること。
リズムだったり、ハーモニー、メロディーや音階まで、まるで教科書にそって書いているように似ています。
この曲で好きなのはこの雰囲気を作り出すのに一役買っている打楽器軍団、地味にものすごく活躍してるハープ、そしてオーボエです。それから低い弦で最後の方がんがんひくバイオリン達。
聞いてて楽しいですし、高校で弾いた時も楽しかったです。やっぱりお祭り騒ぎは素直に楽しい。
実はこのオペラの他の曲を知らないのですが、デュエットなどでそこそこ有名な曲もあるそうなのでいつか・・・と思ってます。
でもやっぱりオペラは聴くだけじゃなくて舞台上の色々含め視覚でも楽しみたいですね!
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昨日は友達の誕生日でLygon Streetに夜ご飯食べに行きました。
まあまあ美味しかったです。天気がちょっと残念でしたね、なによりも。
今日のエントリーはこないだのから派生したような話です。
以前パズルブックで楽器を構えてるポーズ、パントマイムのような絵から弾いてる楽器を当てる、という問題がありまして。
それでもはっきりと分かるくらいオーケストラでのそれぞれの楽器ってものすごく独特な姿勢やジェスチャーで弾くんですよね。
特にバイオリンは冷静に考えてみると結構不思議な姿勢で演奏します。
よくよく分析してみると普通に首を掴んで楽器を持った状態からそのまま持ち替えず楽器を顎に挟んだ状態・・・なんですよね。
なぜ顎に挟んだか、というと例えば関連楽器である馬頭琴なんかは膝の間に挟みますがバイオリンは幅が狭く腰がくびれてるものですから膝ではさむには難しい。じゃあ何処に挟んで楽器を弾いてるときに安定させるか、ということで顎にはさむようになった・・・と私は考えています。
理論的にかなってるような気はしますがなんといっても不自然な体勢。
特に左手のねじれが目立ちますし、背中にも負担がかかります。習っている間にちょっと変な癖がついて直されずにいると後に怪我につながったりすることがあって・・・なので大学で徹底的にAlexander techniqueなどによる姿勢矯正などを行う場合も多いです。
バイオリンはあのサイズの楽器にものすごく、溢れるほどの感情を詰め込まなくちゃいけません。そして同じくその楽器のサイズも影響してそれぞれの奏者のジェスチャーのスタイルは本当に十人十色。
前後ろに動く動作がメインだったり、ちょっとロボットダンスみたいな感じだったり。足の開き方も色々。
同じくジェスチャーが大きい傾向があるのがクラリネット。オーボエのような吹いたときの大きい抵抗がなく音がすっと抜けるような感覚があるからなのか、感情をこめようこめようとしてジェスチャーが大きくなるようです。
オーボエは(私の吹き方の悪さもあるとは思いますが)体のいろんなところに力が入ると思います。
口はもちろん、指や、そして目にも力はいってるのではないかと。こう、下から見上げる印象があります。
チェロとコントラバスはどちらも前屈みになって弾く楽器。
特にチェロは楽器を「構える」というよりは座ってるところに楽器をフィットさせる感がある、わりと自然な姿勢ではあるのですが、高音を弾いて左手が下の方へいくとものすごく猫背になってしまう。
チェロもコントラバスも楽器が前方にあってスパイクで固定されてるためにある程度動くのは限られていますが基本右腕と一緒に横に動くことが多いように思われます。
猫背気味+どちらも運ぶに重いがっきとあって結構肩こりが多そうですがそこのところどうなんでしょう。
横に動くと言えばフルートもちょっと横に動き気味かな。フルートの持ち方もよく間違われますが実はリコーダーなどの縦笛を構えたまま右腕を上げた形になります。吹き口に気持ちをこめるよう前に動くのが楽器が横に伸びていることによって少し右側にベクトルが向く、という印象です。
猫背になりがちなチェロ・コントラバスとは反対に弾いているとき常に胸を張るのが金管楽器。
もちろん肺のキャパシティを最大限にするには胸を張るのは必要ですね。
特にトロンボーンは前に伸びている楽器が重いものですからそれを支えるためによけいに背中が反っているような気がします。
例えて言うならオードリーの春日さんの姿勢。独特ともいえる姿勢ですが、あの姿勢にトロンボーン持たせたらものすごく自然ですよ。
そして打楽器もまた見てて姿勢が良いなあ、と思う楽器です。
膜が水平に張られているティンパニやスネアドラムなんかは膜面が結構下にあるのにみんな背筋を伸ばして弾いている。(クラッシュシンバルはちなみに演奏エリアを最大限にするために背は伸ばしますね)
そしてもちろんバスドラム、銅鑼なんかは背をかがめて・・・中腰?
打楽器軍団は姿勢と言うよりも動きが面白いので見てて飽きませんしまた別の話として話したいですね。
ハープもまた楽器を体の方に傾けてフィットさせる楽器ですが、未だにバランスが分からないです。
楽器も傾いていますし、奏者の両足も(ピアノ以上に断然に)忙しく動いているので一体支点は決まったところにあるのかなあ、とか・・・
最後にピアノ。ピアノのマエストロは猫背でピアノを叩くイメージがありますがやっぱりそうなっちゃう・・・というか・・・
いわば指に全体重、心の全てを叩き込むわけですし、音楽やそのセクションの性質によってはそういうこともあります。でもいつもそうではないです。
(そして指揮者については本当に長くなりそうで・・・個人差があるのと打楽器と一緒で「動き」の話になるので割愛。)
どんな楽器でも姿勢やジェスチャーは自分の求めている表現を達成するための手段。楽器を弾くためにしなくてはいけない動作、感情をこめると自然とそうなってしまう動作、そしてある意味「楽器を弾いている」ことを忘れさせるため、より表現を自然に、自分の心から音までがなるべくスムーズな道になるようする動作で・・・
だからジェスチャー大げさだなあ、と思っても多くの場合は理由があってそうだということが多いです。
でもなんだかんだいってもやっぱり体一つではないですのでどう自然にと頑張ってもちょっと体に負担はかかります。
そして悪い癖が染みついたり、知らないうちに体に力が入ってたり、客観的にジェスチャーや姿勢を見てくれる人がいなかったりで体に負担がかかる音楽家は多いと思います。
そこで昨日の提案です。音楽家のためのマッサージだったりPhysiotherapyだったり、音楽家に特化した気軽に行けるアドバイザーだったり、授業でそういうケアの仕方や注意点を習ったり。
もちろん先述Alexander Techniqueも現在広く知られていますし、メルボルン大学の音楽科では弦楽器のクラスで取り入れられたりもしてますが、それに限らず多くの音楽家が体をケアしながら演奏できるなんらかの(ささやかな)体制ができるといいなあーと思います。
今日の一曲: バルトーク・ベーラ 「中国の不思議な役人」
今日スコアを見ながら聴きました!といっても半分ぐらいフォローできてなかったかも・・・
ミニスコアでページ見開きごとの小節数が少ないので(たまに90度回転プリントで見開き1ページに1小節とかあるので)めくる頻度が半端ないのがまずあって。
その上速いところは容赦なくがんがん進むので・・・もともとの音楽の複雑さもあって本当に難しかったです。
中国の不思議な役人。
バルトークはバレエ、オペラ、パントマイムを一つずつ書いているのですが、順に「かかしの王子」、「青ひげ公の城」、そして「中国の不思議な役人」となっています。
本作のあらすじは持ち金が尽きた3人の流れ者とその仲間となっている少女が追いはぎを行おうとする話で。
少女が窓で男を誘惑して部屋に上がってきたところを隙を突いて男達が取り押さえ金品を奪う、という策。
最初の二人は金目の物を持ってなく蹴り出されたのですが3番目に来たのは不気味な中国の役人。全員(とくに少女は)気味悪がるのですがどうかんがえてもお金をもってる風貌なので男達は少女に彼を誘惑するよう命令する。
でもその誘惑に役人がものすごく本気になってしまって逃げる少女、襲いかかって役人から金目のものを奪う男達。
少女の安全のためにも(?)この中国の役人を殺そうと図る流れ者達。ただ枕で窒息させても剣で刺しても吊しても死なない。(真っ先にラスプーチンを思い浮かべました。私だけじゃないと思います。)
そこで少女が彼は彼女への思いを遂げていないから死ねないのだ、と悟りその身を彼に預ける。思いを遂げた中国の役人は息絶える。
・・・なかなか刺激的、というかちょっと「う~ん」と思う人が多いストーリーラインですが、音楽自体はバルトークの真骨頂ともいえるものだと思います。
暗さだったり、凶暴なワイルドさと緻密で完璧な計算、数学的であり爆発的なエネルギーと音型の展開。
さらに見事な楽器使い。分配したり、重ねたり、とにかく構成の仕方とその効果が絶大です。
そしてどの楽器にも難しい!
とくにトロンボーンのパート(細かい動き)、ホルンのパート(音の高低)、ビオラのパート(技巧的な難しさ、パワー、そして目立つ頻度)が目立って凄い。
そしてハープも無調やそれに近い音楽は難しいといいますし、ピアノパートもオケではなかなかないほどの難易度。
まるでハープのようにグリッサンドが続く箇所もあって聴いてるだけで手が痛くなります!
一番エキサイティングなのは中国の役人が少女を追い回すシーンです。本当に血が熱くなって。ここだけで聴くこともしばしば。(ホルンのパートkillerだな!と思うのも特にここ。トロンボーン、トランペットも大活躍!)
でも今日聴いて一番感銘を受けたのが中国の役人を天井の明かりに吊すシーン。
トロンボーン、ピアノ、ティンパニ、チェロの低音の深く暗いグリッサンドがものすごく不気味で、その上に乗せるスローな和音もまた不思議な緊張感を煽って。
その後で役人が生き返るときの合唱の使い方も思わず「うわあ」となりますね。
19世紀末からこういうエログロ交えた系統の音楽もかなり出てくるのですが(シュトラウス「サロメ」、ベルク「ルル」、シェーンベルク「月に憑かれたピアノ」などなど)、そういうダークサイドも含めて本当に素晴らしい音楽で。
そしてエログロ無しでは語れない音楽ですよね。
ルルもなあ、まだちゃんと聴いてないなあ。青ひげも。
もっとどっぷり浸りたい、闇の音楽。
(そしてこの「中国の不思議な役人」、ブーレーズの指揮で聴きたい!彼のバルトークは頭脳&論理派のクールかつ情熱のホットで本当に気持ちが良いので!)
まあまあ美味しかったです。天気がちょっと残念でしたね、なによりも。
今日のエントリーはこないだのから派生したような話です。
以前パズルブックで楽器を構えてるポーズ、パントマイムのような絵から弾いてる楽器を当てる、という問題がありまして。
それでもはっきりと分かるくらいオーケストラでのそれぞれの楽器ってものすごく独特な姿勢やジェスチャーで弾くんですよね。
特にバイオリンは冷静に考えてみると結構不思議な姿勢で演奏します。
よくよく分析してみると普通に首を掴んで楽器を持った状態からそのまま持ち替えず楽器を顎に挟んだ状態・・・なんですよね。
なぜ顎に挟んだか、というと例えば関連楽器である馬頭琴なんかは膝の間に挟みますがバイオリンは幅が狭く腰がくびれてるものですから膝ではさむには難しい。じゃあ何処に挟んで楽器を弾いてるときに安定させるか、ということで顎にはさむようになった・・・と私は考えています。
理論的にかなってるような気はしますがなんといっても不自然な体勢。
特に左手のねじれが目立ちますし、背中にも負担がかかります。習っている間にちょっと変な癖がついて直されずにいると後に怪我につながったりすることがあって・・・なので大学で徹底的にAlexander techniqueなどによる姿勢矯正などを行う場合も多いです。
バイオリンはあのサイズの楽器にものすごく、溢れるほどの感情を詰め込まなくちゃいけません。そして同じくその楽器のサイズも影響してそれぞれの奏者のジェスチャーのスタイルは本当に十人十色。
前後ろに動く動作がメインだったり、ちょっとロボットダンスみたいな感じだったり。足の開き方も色々。
同じくジェスチャーが大きい傾向があるのがクラリネット。オーボエのような吹いたときの大きい抵抗がなく音がすっと抜けるような感覚があるからなのか、感情をこめようこめようとしてジェスチャーが大きくなるようです。
オーボエは(私の吹き方の悪さもあるとは思いますが)体のいろんなところに力が入ると思います。
口はもちろん、指や、そして目にも力はいってるのではないかと。こう、下から見上げる印象があります。
チェロとコントラバスはどちらも前屈みになって弾く楽器。
特にチェロは楽器を「構える」というよりは座ってるところに楽器をフィットさせる感がある、わりと自然な姿勢ではあるのですが、高音を弾いて左手が下の方へいくとものすごく猫背になってしまう。
チェロもコントラバスも楽器が前方にあってスパイクで固定されてるためにある程度動くのは限られていますが基本右腕と一緒に横に動くことが多いように思われます。
猫背気味+どちらも運ぶに重いがっきとあって結構肩こりが多そうですがそこのところどうなんでしょう。
横に動くと言えばフルートもちょっと横に動き気味かな。フルートの持ち方もよく間違われますが実はリコーダーなどの縦笛を構えたまま右腕を上げた形になります。吹き口に気持ちをこめるよう前に動くのが楽器が横に伸びていることによって少し右側にベクトルが向く、という印象です。
猫背になりがちなチェロ・コントラバスとは反対に弾いているとき常に胸を張るのが金管楽器。
もちろん肺のキャパシティを最大限にするには胸を張るのは必要ですね。
特にトロンボーンは前に伸びている楽器が重いものですからそれを支えるためによけいに背中が反っているような気がします。
例えて言うならオードリーの春日さんの姿勢。独特ともいえる姿勢ですが、あの姿勢にトロンボーン持たせたらものすごく自然ですよ。
そして打楽器もまた見てて姿勢が良いなあ、と思う楽器です。
膜が水平に張られているティンパニやスネアドラムなんかは膜面が結構下にあるのにみんな背筋を伸ばして弾いている。(クラッシュシンバルはちなみに演奏エリアを最大限にするために背は伸ばしますね)
そしてもちろんバスドラム、銅鑼なんかは背をかがめて・・・中腰?
打楽器軍団は姿勢と言うよりも動きが面白いので見てて飽きませんしまた別の話として話したいですね。
ハープもまた楽器を体の方に傾けてフィットさせる楽器ですが、未だにバランスが分からないです。
楽器も傾いていますし、奏者の両足も(ピアノ以上に断然に)忙しく動いているので一体支点は決まったところにあるのかなあ、とか・・・
最後にピアノ。ピアノのマエストロは猫背でピアノを叩くイメージがありますがやっぱりそうなっちゃう・・・というか・・・
いわば指に全体重、心の全てを叩き込むわけですし、音楽やそのセクションの性質によってはそういうこともあります。でもいつもそうではないです。
(そして指揮者については本当に長くなりそうで・・・個人差があるのと打楽器と一緒で「動き」の話になるので割愛。)
どんな楽器でも姿勢やジェスチャーは自分の求めている表現を達成するための手段。楽器を弾くためにしなくてはいけない動作、感情をこめると自然とそうなってしまう動作、そしてある意味「楽器を弾いている」ことを忘れさせるため、より表現を自然に、自分の心から音までがなるべくスムーズな道になるようする動作で・・・
だからジェスチャー大げさだなあ、と思っても多くの場合は理由があってそうだということが多いです。
でもなんだかんだいってもやっぱり体一つではないですのでどう自然にと頑張ってもちょっと体に負担はかかります。
そして悪い癖が染みついたり、知らないうちに体に力が入ってたり、客観的にジェスチャーや姿勢を見てくれる人がいなかったりで体に負担がかかる音楽家は多いと思います。
そこで昨日の提案です。音楽家のためのマッサージだったりPhysiotherapyだったり、音楽家に特化した気軽に行けるアドバイザーだったり、授業でそういうケアの仕方や注意点を習ったり。
もちろん先述Alexander Techniqueも現在広く知られていますし、メルボルン大学の音楽科では弦楽器のクラスで取り入れられたりもしてますが、それに限らず多くの音楽家が体をケアしながら演奏できるなんらかの(ささやかな)体制ができるといいなあーと思います。
今日の一曲: バルトーク・ベーラ 「中国の不思議な役人」
今日スコアを見ながら聴きました!といっても半分ぐらいフォローできてなかったかも・・・
ミニスコアでページ見開きごとの小節数が少ないので(たまに90度回転プリントで見開き1ページに1小節とかあるので)めくる頻度が半端ないのがまずあって。
その上速いところは容赦なくがんがん進むので・・・もともとの音楽の複雑さもあって本当に難しかったです。
中国の不思議な役人。
バルトークはバレエ、オペラ、パントマイムを一つずつ書いているのですが、順に「かかしの王子」、「青ひげ公の城」、そして「中国の不思議な役人」となっています。
本作のあらすじは持ち金が尽きた3人の流れ者とその仲間となっている少女が追いはぎを行おうとする話で。
少女が窓で男を誘惑して部屋に上がってきたところを隙を突いて男達が取り押さえ金品を奪う、という策。
最初の二人は金目の物を持ってなく蹴り出されたのですが3番目に来たのは不気味な中国の役人。全員(とくに少女は)気味悪がるのですがどうかんがえてもお金をもってる風貌なので男達は少女に彼を誘惑するよう命令する。
でもその誘惑に役人がものすごく本気になってしまって逃げる少女、襲いかかって役人から金目のものを奪う男達。
少女の安全のためにも(?)この中国の役人を殺そうと図る流れ者達。ただ枕で窒息させても剣で刺しても吊しても死なない。(真っ先にラスプーチンを思い浮かべました。私だけじゃないと思います。)
そこで少女が彼は彼女への思いを遂げていないから死ねないのだ、と悟りその身を彼に預ける。思いを遂げた中国の役人は息絶える。
・・・なかなか刺激的、というかちょっと「う~ん」と思う人が多いストーリーラインですが、音楽自体はバルトークの真骨頂ともいえるものだと思います。
暗さだったり、凶暴なワイルドさと緻密で完璧な計算、数学的であり爆発的なエネルギーと音型の展開。
さらに見事な楽器使い。分配したり、重ねたり、とにかく構成の仕方とその効果が絶大です。
そしてどの楽器にも難しい!
とくにトロンボーンのパート(細かい動き)、ホルンのパート(音の高低)、ビオラのパート(技巧的な難しさ、パワー、そして目立つ頻度)が目立って凄い。
そしてハープも無調やそれに近い音楽は難しいといいますし、ピアノパートもオケではなかなかないほどの難易度。
まるでハープのようにグリッサンドが続く箇所もあって聴いてるだけで手が痛くなります!
一番エキサイティングなのは中国の役人が少女を追い回すシーンです。本当に血が熱くなって。ここだけで聴くこともしばしば。(ホルンのパートkillerだな!と思うのも特にここ。トロンボーン、トランペットも大活躍!)
でも今日聴いて一番感銘を受けたのが中国の役人を天井の明かりに吊すシーン。
トロンボーン、ピアノ、ティンパニ、チェロの低音の深く暗いグリッサンドがものすごく不気味で、その上に乗せるスローな和音もまた不思議な緊張感を煽って。
その後で役人が生き返るときの合唱の使い方も思わず「うわあ」となりますね。
19世紀末からこういうエログロ交えた系統の音楽もかなり出てくるのですが(シュトラウス「サロメ」、ベルク「ルル」、シェーンベルク「月に憑かれたピアノ」などなど)、そういうダークサイドも含めて本当に素晴らしい音楽で。
そしてエログロ無しでは語れない音楽ですよね。
ルルもなあ、まだちゃんと聴いてないなあ。青ひげも。
もっとどっぷり浸りたい、闇の音楽。
(そしてこの「中国の不思議な役人」、ブーレーズの指揮で聴きたい!彼のバルトークは頭脳&論理派のクールかつ情熱のホットで本当に気持ちが良いので!)
前回のブログちょっと訂正。
今日の一曲の途中でブラームスの話をしていてワーグナーがベートーヴェンの後継者を名乗っていた話をしましたが、私が言いたかったのは「それでも自分はブラームスこそがドイツ音楽の伝統の継承者だと思う」ということでした。なんだか読み返してちょっと逆の意味になってたようだったので・・・
めちゃくちゃ急ぎの案件を(高いレートで)いただいて、作業が終わったとおもったら次の仕事がはいりました!
昨日今日とピアノ弾いてないので週末はピアノと仕事です。明日はお出かけもありますが。
月曜日の午前中は大学の図書館+マッサージ。帰ってきたらピアノかしら。
長期の案件もあるので調整しながらいきたいところです。
仕事をするようになってから腰に負担がかかるようになった・・・のはまあ当たり前ですが。
座って仕事、座ってピアノ、夜は座ってPC弄り。
座る対象は変わりますがお尻が痛いことに変わりはないです。
仕事用の椅子はもともとは学習机の椅子だったのですが仕事を始めてからはさすがにオフィスチェアーを買いました。
(机はまだ学習机ですが・・・要検討)
長時間座ってて背中・腰がしんどいときは枕を背中にしいたりしています。
使ってるのがノートPCなので姿勢には余計影響があるかな・・・
ピアノの椅子はもう長年使ってます。がたがたしないし高さも調整できるんで文句は何一つないです。
ただピアノの椅子の自分にとっての最適な高さ・・・ってよく分からないんですよね。
ある程度の範囲の間でなら違わないような、違うような・・・どこに合わせても100%しっくりくることはないです。
大学時代は私はよく「椅子が高すぎる!」と言われました。
レッスンの時だったり、コンサートクラスの時だったり、弾く人自身が弾きやすい高さに合わせるのですが、私のあとに弾く人は調節するのに大変らしいです・・・(汗)
座高が高い=足が短い、ということももちろんあるのですが・・・
やっぱり低く座り過ぎると手首が低くなってへこむ側に曲がって圧がかかるのが分かりますし、明らかに不自然というか怪我しそうな感じなので・・・
あとは弾く時にともすれば体格上パワー不足になるのでなるべく重力を味方につけたい気持ちもあります。
練習室のピアノ椅子は固くて高さが調節できないタイプだったので自分の楽譜をお尻に敷いて練習していました。
椅子といえばオケで椅子に一番こだわるのはおそらくチェリストではないでしょうか。
マネージャー時代はリハーサルの場所に高さが調節できる椅子があったときは真っ先にハープとチェロに優先的に回してました。(この二つの楽器は弾く時に座ることが必要な楽器なのですよね)
この椅子は前側と後ろ側の高さをハンドルを回すことで調節するもので、高さはもちろんですが座面の傾きを変えることができる、というのが大きいです。メルボルンコンサートホール(現Hamer Hallですが)など大きいコンサート会場だと全部こういう椅子でものすごく助かります。
リハーサルやコンサートの後などでステージを片付けるときに席順とメンバ-、そしてその椅子の調節ぶりを繋げ合わせたり(もちろん急いではいますが)。体格が十人十色なのど同じく椅子の様子もまた人それぞれです。
(ただあんまり違うと重ねるの大変なんですよね~)
椅子と言えばコントラバスの椅子も特殊。ステージの備え付けでなくて自分の物を使うのが常なんです。
(立って弾く人もいますがコンサート長いですし他の弦楽器よりも休みが多かったりもしますしね)
楽器も大きく(大抵ソフトケースですが)弓も別のケースに入れてる場合も多いのに椅子も、とかなりの大荷物。
なのでコンサート前日打楽器・機材をトラックに乗せる際はコントラバスの方々にも楽器とか椅子とか乗せて良いよ、とオファーしてます。たいてい場所は空いてますので。
見たところしっかりしていてクッションもあるモダンなメタル椅子よりも軽い木製の椅子の方がよく使われてます。
たまに思うのですが音楽家ってちょっと特殊な姿勢でいろいろ特殊な筋肉を使う活動するので音楽に特化したマッサージがあるといいなあ、と・・・
マッサージと兼ねてちょっと軽いPhysiotherapy的なアドバイスをしたりなんだり(ここの筋が固まってるのはこの指の動きが原因、とか)。むしろそれは音楽の勉強の一部に組み込んだらいいのかもしれないですが。
例えばチェロの人は覆い被さるような姿勢が特徴的だから他の楽器の人と違うところが凝ると思いますし、バイオリンは本当に学んでいるうちに姿勢の問題がいろいろ表面化するらしいですし。
姿勢についてはまた別に話したいですのでここら辺で。
とにかく月曜日のマッサージが楽しみです!そしてちょっとは休めるといいなあ・・・
今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ チェロ協奏曲第1番 第4楽章
チェロの男気もういっちょ!
きっと私にとって一番好きで、一番馴染みの深いチェロ協奏曲。
といってもチェロでは弾いていません。難しいので。でも伴奏はみっちりがっつりやりましたよ。
ショスタコーヴィチらしく、そしてチェロらしく。
そんな協奏曲の最終楽章は技巧的にもピークに達します。
相も変わらずホルンとの名タッグを繰り広げながら(強調してもしきれない!)、機動力のあるオケのパートとも絶妙な絡みを繰り広げ。
ショスタコーヴィチはバイオリン協奏曲第1番の最終楽章(これはバーレスク風だったはず)だったりピアノ協奏曲2つの最終楽章だったり、最終楽章でサーカスのようなロンドを繰り広げるパターンが多いですね。
チェロは4本弦があるので最大4つまで同時(orほぼ同時)に弾けます。
バイオリンよりも4本の弦の間(が描く孤)が長いのと、弦が太く張力が大きいので3つ、4つ音を同時に弾く時はものすごいパワーと大きなジェスチャーが必要です。
チェロの弓はバイオリンよりも若干太く短いのですが、その弓を団子握りのように掴んでがしがし弾く姿がこの曲の最後の最後でも見れます。
(でもまあよく最後の最後でこんな難しくて体力のいるもんぶっこんだもんだ、と良く思います(笑))
男気があるチェロの曲ってものすごくパワフルで、硬派で、荒っぽいところもありながら理性・感情がっちりそろってて・・・それがやっぱりチェロの本領だと思います。
息に全てを込めなくちゃ行けない管楽器や一点勝負の打楽器はもちろん、弦楽器でもこんなに全身でパワーをぶつけられる楽器はチェロだけではないか、と思います。(あとピアノもそうですね)
ちなみに楽器と性格でも話したいのですが女性チェリストは大抵男勝りです。そして格好いいです。
このコンチェルトについてはまた別の機会に・・・他の楽章で話したい事たくさんなので!
今日の一曲の途中でブラームスの話をしていてワーグナーがベートーヴェンの後継者を名乗っていた話をしましたが、私が言いたかったのは「それでも自分はブラームスこそがドイツ音楽の伝統の継承者だと思う」ということでした。なんだか読み返してちょっと逆の意味になってたようだったので・・・
めちゃくちゃ急ぎの案件を(高いレートで)いただいて、作業が終わったとおもったら次の仕事がはいりました!
昨日今日とピアノ弾いてないので週末はピアノと仕事です。明日はお出かけもありますが。
月曜日の午前中は大学の図書館+マッサージ。帰ってきたらピアノかしら。
長期の案件もあるので調整しながらいきたいところです。
仕事をするようになってから腰に負担がかかるようになった・・・のはまあ当たり前ですが。
座って仕事、座ってピアノ、夜は座ってPC弄り。
座る対象は変わりますがお尻が痛いことに変わりはないです。
仕事用の椅子はもともとは学習机の椅子だったのですが仕事を始めてからはさすがにオフィスチェアーを買いました。
(机はまだ学習机ですが・・・要検討)
長時間座ってて背中・腰がしんどいときは枕を背中にしいたりしています。
使ってるのがノートPCなので姿勢には余計影響があるかな・・・
ピアノの椅子はもう長年使ってます。がたがたしないし高さも調整できるんで文句は何一つないです。
ただピアノの椅子の自分にとっての最適な高さ・・・ってよく分からないんですよね。
ある程度の範囲の間でなら違わないような、違うような・・・どこに合わせても100%しっくりくることはないです。
大学時代は私はよく「椅子が高すぎる!」と言われました。
レッスンの時だったり、コンサートクラスの時だったり、弾く人自身が弾きやすい高さに合わせるのですが、私のあとに弾く人は調節するのに大変らしいです・・・(汗)
座高が高い=足が短い、ということももちろんあるのですが・・・
やっぱり低く座り過ぎると手首が低くなってへこむ側に曲がって圧がかかるのが分かりますし、明らかに不自然というか怪我しそうな感じなので・・・
あとは弾く時にともすれば体格上パワー不足になるのでなるべく重力を味方につけたい気持ちもあります。
練習室のピアノ椅子は固くて高さが調節できないタイプだったので自分の楽譜をお尻に敷いて練習していました。
椅子といえばオケで椅子に一番こだわるのはおそらくチェリストではないでしょうか。
マネージャー時代はリハーサルの場所に高さが調節できる椅子があったときは真っ先にハープとチェロに優先的に回してました。(この二つの楽器は弾く時に座ることが必要な楽器なのですよね)
この椅子は前側と後ろ側の高さをハンドルを回すことで調節するもので、高さはもちろんですが座面の傾きを変えることができる、というのが大きいです。メルボルンコンサートホール(現Hamer Hallですが)など大きいコンサート会場だと全部こういう椅子でものすごく助かります。
リハーサルやコンサートの後などでステージを片付けるときに席順とメンバ-、そしてその椅子の調節ぶりを繋げ合わせたり(もちろん急いではいますが)。体格が十人十色なのど同じく椅子の様子もまた人それぞれです。
(ただあんまり違うと重ねるの大変なんですよね~)
椅子と言えばコントラバスの椅子も特殊。ステージの備え付けでなくて自分の物を使うのが常なんです。
(立って弾く人もいますがコンサート長いですし他の弦楽器よりも休みが多かったりもしますしね)
楽器も大きく(大抵ソフトケースですが)弓も別のケースに入れてる場合も多いのに椅子も、とかなりの大荷物。
なのでコンサート前日打楽器・機材をトラックに乗せる際はコントラバスの方々にも楽器とか椅子とか乗せて良いよ、とオファーしてます。たいてい場所は空いてますので。
見たところしっかりしていてクッションもあるモダンなメタル椅子よりも軽い木製の椅子の方がよく使われてます。
たまに思うのですが音楽家ってちょっと特殊な姿勢でいろいろ特殊な筋肉を使う活動するので音楽に特化したマッサージがあるといいなあ、と・・・
マッサージと兼ねてちょっと軽いPhysiotherapy的なアドバイスをしたりなんだり(ここの筋が固まってるのはこの指の動きが原因、とか)。むしろそれは音楽の勉強の一部に組み込んだらいいのかもしれないですが。
例えばチェロの人は覆い被さるような姿勢が特徴的だから他の楽器の人と違うところが凝ると思いますし、バイオリンは本当に学んでいるうちに姿勢の問題がいろいろ表面化するらしいですし。
姿勢についてはまた別に話したいですのでここら辺で。
とにかく月曜日のマッサージが楽しみです!そしてちょっとは休めるといいなあ・・・
今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ チェロ協奏曲第1番 第4楽章
チェロの男気もういっちょ!
きっと私にとって一番好きで、一番馴染みの深いチェロ協奏曲。
といってもチェロでは弾いていません。難しいので。でも伴奏はみっちりがっつりやりましたよ。
ショスタコーヴィチらしく、そしてチェロらしく。
そんな協奏曲の最終楽章は技巧的にもピークに達します。
相も変わらずホルンとの名タッグを繰り広げながら(強調してもしきれない!)、機動力のあるオケのパートとも絶妙な絡みを繰り広げ。
ショスタコーヴィチはバイオリン協奏曲第1番の最終楽章(これはバーレスク風だったはず)だったりピアノ協奏曲2つの最終楽章だったり、最終楽章でサーカスのようなロンドを繰り広げるパターンが多いですね。
チェロは4本弦があるので最大4つまで同時(orほぼ同時)に弾けます。
バイオリンよりも4本の弦の間(が描く孤)が長いのと、弦が太く張力が大きいので3つ、4つ音を同時に弾く時はものすごいパワーと大きなジェスチャーが必要です。
チェロの弓はバイオリンよりも若干太く短いのですが、その弓を団子握りのように掴んでがしがし弾く姿がこの曲の最後の最後でも見れます。
(でもまあよく最後の最後でこんな難しくて体力のいるもんぶっこんだもんだ、と良く思います(笑))
男気があるチェロの曲ってものすごくパワフルで、硬派で、荒っぽいところもありながら理性・感情がっちりそろってて・・・それがやっぱりチェロの本領だと思います。
息に全てを込めなくちゃ行けない管楽器や一点勝負の打楽器はもちろん、弦楽器でもこんなに全身でパワーをぶつけられる楽器はチェロだけではないか、と思います。(あとピアノもそうですね)
ちなみに楽器と性格でも話したいのですが女性チェリストは大抵男勝りです。そして格好いいです。
このコンチェルトについてはまた別の機会に・・・他の楽章で話したい事たくさんなので!
今日はクラムの「Ancient Voices of Children(子供の古の声)」をスコアを読みながら聴いてみました。
A3より大きいスコアです♪(それだけでもわくわくするんですよね)もう何回も聴いてる曲ですが、スコアを見ながらあらためて聴いてみると惚れ惚れしますね!
詳しいことは今日の一曲で・・・
で、クラムの音楽でのロルカの詩の使われ方もまた見事なのをここ数ヶ月で本当に思い知ってきたのですが、それがなんだか「自分だったら歌曲にどんな詩を使うかな」と考え始めて。
ロルカの詩はまだ手元に詩集など手に入れてないのですが、他の詩でいろいろ考えてみました。
今のところ実際に作曲することは考えていません。なんだか無理そうな気がします。
その1:リルケの詩で歌曲集を
リルケはショスタコーヴィチの交響曲第14番で出会った詩人です。
結構短めで共通した雰囲気みたいなものを持つ物が多くて、ドイツテイストがものすごくほっこりするので例えばブラームスの歌曲みたいな感じの、オケ伴奏の歌曲集なんかにしてみたら素敵だなあ、と思います。
(実際いろんなところで使われてそうですが)
使いたいな、と思うのは例えば「私がその中から生まれてきた闇よ」とか、「嘆き」とか「秋」とか「眠りに落ちるときに」とか・・・
結構多いんですよね、なんかやっぱり共通の(目立たない糸的な)テーマでくくるのが面白そうです。7つ、というのがなんだか直感的に良さそうな数。
声のパートはアルト。オケのパートは本当にブラームスが使ってるようなオーソドックスで保守的なロマン派オケで、弦楽器中心で。
あったかみが大切ですね。
その2:アポリネールの「Le Pont Mirabeau」
アポリネールもまたショスタコ14番経由。これに入ってる「ローレライ」「自殺」など以外だと「The House of the Dead」が好きです。
・・・が、この詩は歌曲にするにはちょっと長い。なので有名な「Le Pont Mirabeau」をピアノ伴奏(もしかしたら+α)で、というのが面白そうです。
ピアノの伴奏はもちろん川の流れを表す音型で。ペダルたっぷり。声はテノールかな。
その3:Wildred Owenの「A New Heaven」
Owenの詩は戦争レクイエムで歌詞として使われましたが、使われなくて残念だった!と後に思ったのがこの「A New Heaven」でした。
やっぱりこれは(心残りもあり)イギリス風テノールで歌っていただきたい。そして伴奏はハープと、弦楽四重奏+少数の木管+ホルン1・・・みたいなアンサンブルで。ハープとホルンは絶対だなあ。「戦争レクイエム」の小さい方のオケの編成に影響受けまくってるのは明らかですが。
その4:Paul Celan「Death Fugue」
高校時代に「Night」を授業でやってるとき英語の先生が紹介してくれた詩。
独特の繰り返しだったり、棘だったり、題材のホロコースト繋がりと言い、良い音楽に乗せれば恐怖の部分がかなり増幅されるのではと思います。
私が思い描いているのはバリトンによる歌曲。ショスタコやユダヤ音楽のスタイル路線で伴奏にピアノ、バイオリンとクラリネット。(死、ユダヤ風といった性質をより際立たせるため!)
半分無調、というか十二音技法を取り入れた感じ(これも後期ショスタコーヴィチの特徴・・・影響されすぎ?)。
その5:William Dunber「Lament for the makers」
先ほどアポリネールの「House of the Dead」は歌曲には長すぎる、と書きましたがもっと長いこの詩はむしろちょっとTheatre形式を取り入れて(程度としてはクラムの「Lux Aeterna」+αかな?)、人間(テノール)と死神(バリトン)の二人による割とstaticな歌+舞台・・・を想定。
小道具とか一切無しで照明もミニマムで。ミニマム舞台。
伴奏はバイオリン+ビオラ+チェロ+コントラバスそれぞれ1台ずつとか。もちょっと増やしても良いかな。中世のハーモニーやスタイルも取り入れながらクラムみたいな特殊奏法もあったり。
実現できたらいいのになあ~と思いながら具体的なことは浮かばないのが私の音楽妄想。
他にもオーストラリア版鳥のカタログとか(これはあるていどまとまったらサイトの方に展示したいです)、そういうのも考えたり。
尊敬している作曲家に対してオマージュ、だったらやっぱり曲を書きたいな、と思うのですが。
今は妄想+プランで、でもちゃんと書き留めて保管しておきます。
今日の一曲: ジョージ・クラム 「Ancient Voices of Children」より「Se ha llenado de luces mi corazon de seda」
(徐々にクラムの音楽のストックを崩してます・・・)
Ancient Voices of Childrenの最終楽章。今日改めて聴いてみて鷲づかみにされてしまいました。
この曲全体がどこか遠い、今はないし知りようがない古の地に不思議な望郷の念を心に湧き起こして・・・
果てしなく広がる空と裸足の足裏で踏みしめる乾いた大地をリアルに感じる曲です。
編成はピアノ(増幅あり、そして+トイピアノ)、マンドリン、ハープ、オーボエ、打楽器3人(かなりの種類)、ソプラノ歌手、そしてボーイソプラノ歌手。
どの楽器も特殊でハイレベルな技巧を必要とするのですがソプラノ歌手のパートが全曲通して目立って凄い!声でできることを全部使い尽くして大変豊かで広く、深い表現をする・・・という技巧的にも音楽的にもソプラノパートとしては最難関、同時にある意味最高峰の音楽ではないかと思います。
あとはオーボエもかっこいいです。クラシックに洗練されるまえのワイルドで力強く原石のような魅力を持つ音です♪
この「Se ha llenado~」はAncient Voicesの最終楽章。
歌詞になっているロルカの詩にもでてくる「鐘」の音が特徴的です(西洋のオケで使われる筒状のベルと、東洋の・・・というか日本の釣り鐘(小さめ)が同時に使われているのが興味深いですね)。
そして舞台にいたオーボエ奏者が舞台裏に歩いて去り、その後またさらに遠ざかるという不思議な現象もみられます(以前にいましたがオーボエは音量に下限がありまして、消え入るような効果は難しいのです)。
この楽章は先ほど書きましたような古の地の日没を思わせます。
ものすごく色彩がはっきりしてて、あのオレンジ、赤、紫、そして東の空の青・・・そして太陽が強く輝き、広がる地平線の向こうに沈んでいき・・・そして静かな中に闇が訪れ星が輝く、そんなイメージを今日抱きました。
この曲全体を通して「地」、そしておそらく「火」が次に強いと思われるこの曲。
そしてこの楽章では風がぴたっと止まってしまったようで。クラムってそうやって動きと静止を操って空間・時間を創り上げるのが上手すぎる・・・
メルボルンの本来の夏だったら夕方に聴くとぴったりだったんだけどなあ。でもそれでなくてもビビッドなイメージを心に直接届けてくれる曲です。
(録音はクラムの絶大を得、この曲を始めたくさんのクラムの音楽の初演を手がけたJan DeGaetaniがソプラノパートを歌っている演奏をぜひ!彼女はこの道、そして声での表現のマスターです。)
A3より大きいスコアです♪(それだけでもわくわくするんですよね)もう何回も聴いてる曲ですが、スコアを見ながらあらためて聴いてみると惚れ惚れしますね!
詳しいことは今日の一曲で・・・
で、クラムの音楽でのロルカの詩の使われ方もまた見事なのをここ数ヶ月で本当に思い知ってきたのですが、それがなんだか「自分だったら歌曲にどんな詩を使うかな」と考え始めて。
ロルカの詩はまだ手元に詩集など手に入れてないのですが、他の詩でいろいろ考えてみました。
今のところ実際に作曲することは考えていません。なんだか無理そうな気がします。
その1:リルケの詩で歌曲集を
リルケはショスタコーヴィチの交響曲第14番で出会った詩人です。
結構短めで共通した雰囲気みたいなものを持つ物が多くて、ドイツテイストがものすごくほっこりするので例えばブラームスの歌曲みたいな感じの、オケ伴奏の歌曲集なんかにしてみたら素敵だなあ、と思います。
(実際いろんなところで使われてそうですが)
使いたいな、と思うのは例えば「私がその中から生まれてきた闇よ」とか、「嘆き」とか「秋」とか「眠りに落ちるときに」とか・・・
結構多いんですよね、なんかやっぱり共通の(目立たない糸的な)テーマでくくるのが面白そうです。7つ、というのがなんだか直感的に良さそうな数。
声のパートはアルト。オケのパートは本当にブラームスが使ってるようなオーソドックスで保守的なロマン派オケで、弦楽器中心で。
あったかみが大切ですね。
その2:アポリネールの「Le Pont Mirabeau」
アポリネールもまたショスタコ14番経由。これに入ってる「ローレライ」「自殺」など以外だと「The House of the Dead」が好きです。
・・・が、この詩は歌曲にするにはちょっと長い。なので有名な「Le Pont Mirabeau」をピアノ伴奏(もしかしたら+α)で、というのが面白そうです。
ピアノの伴奏はもちろん川の流れを表す音型で。ペダルたっぷり。声はテノールかな。
その3:Wildred Owenの「A New Heaven」
Owenの詩は戦争レクイエムで歌詞として使われましたが、使われなくて残念だった!と後に思ったのがこの「A New Heaven」でした。
やっぱりこれは(心残りもあり)イギリス風テノールで歌っていただきたい。そして伴奏はハープと、弦楽四重奏+少数の木管+ホルン1・・・みたいなアンサンブルで。ハープとホルンは絶対だなあ。「戦争レクイエム」の小さい方のオケの編成に影響受けまくってるのは明らかですが。
その4:Paul Celan「Death Fugue」
高校時代に「Night」を授業でやってるとき英語の先生が紹介してくれた詩。
独特の繰り返しだったり、棘だったり、題材のホロコースト繋がりと言い、良い音楽に乗せれば恐怖の部分がかなり増幅されるのではと思います。
私が思い描いているのはバリトンによる歌曲。ショスタコやユダヤ音楽のスタイル路線で伴奏にピアノ、バイオリンとクラリネット。(死、ユダヤ風といった性質をより際立たせるため!)
半分無調、というか十二音技法を取り入れた感じ(これも後期ショスタコーヴィチの特徴・・・影響されすぎ?)。
その5:William Dunber「Lament for the makers」
先ほどアポリネールの「House of the Dead」は歌曲には長すぎる、と書きましたがもっと長いこの詩はむしろちょっとTheatre形式を取り入れて(程度としてはクラムの「Lux Aeterna」+αかな?)、人間(テノール)と死神(バリトン)の二人による割とstaticな歌+舞台・・・を想定。
小道具とか一切無しで照明もミニマムで。ミニマム舞台。
伴奏はバイオリン+ビオラ+チェロ+コントラバスそれぞれ1台ずつとか。もちょっと増やしても良いかな。中世のハーモニーやスタイルも取り入れながらクラムみたいな特殊奏法もあったり。
実現できたらいいのになあ~と思いながら具体的なことは浮かばないのが私の音楽妄想。
他にもオーストラリア版鳥のカタログとか(これはあるていどまとまったらサイトの方に展示したいです)、そういうのも考えたり。
尊敬している作曲家に対してオマージュ、だったらやっぱり曲を書きたいな、と思うのですが。
今は妄想+プランで、でもちゃんと書き留めて保管しておきます。
今日の一曲: ジョージ・クラム 「Ancient Voices of Children」より「Se ha llenado de luces mi corazon de seda」
(徐々にクラムの音楽のストックを崩してます・・・)
Ancient Voices of Childrenの最終楽章。今日改めて聴いてみて鷲づかみにされてしまいました。
この曲全体がどこか遠い、今はないし知りようがない古の地に不思議な望郷の念を心に湧き起こして・・・
果てしなく広がる空と裸足の足裏で踏みしめる乾いた大地をリアルに感じる曲です。
編成はピアノ(増幅あり、そして+トイピアノ)、マンドリン、ハープ、オーボエ、打楽器3人(かなりの種類)、ソプラノ歌手、そしてボーイソプラノ歌手。
どの楽器も特殊でハイレベルな技巧を必要とするのですがソプラノ歌手のパートが全曲通して目立って凄い!声でできることを全部使い尽くして大変豊かで広く、深い表現をする・・・という技巧的にも音楽的にもソプラノパートとしては最難関、同時にある意味最高峰の音楽ではないかと思います。
あとはオーボエもかっこいいです。クラシックに洗練されるまえのワイルドで力強く原石のような魅力を持つ音です♪
この「Se ha llenado~」はAncient Voicesの最終楽章。
歌詞になっているロルカの詩にもでてくる「鐘」の音が特徴的です(西洋のオケで使われる筒状のベルと、東洋の・・・というか日本の釣り鐘(小さめ)が同時に使われているのが興味深いですね)。
そして舞台にいたオーボエ奏者が舞台裏に歩いて去り、その後またさらに遠ざかるという不思議な現象もみられます(以前にいましたがオーボエは音量に下限がありまして、消え入るような効果は難しいのです)。
この楽章は先ほど書きましたような古の地の日没を思わせます。
ものすごく色彩がはっきりしてて、あのオレンジ、赤、紫、そして東の空の青・・・そして太陽が強く輝き、広がる地平線の向こうに沈んでいき・・・そして静かな中に闇が訪れ星が輝く、そんなイメージを今日抱きました。
この曲全体を通して「地」、そしておそらく「火」が次に強いと思われるこの曲。
そしてこの楽章では風がぴたっと止まってしまったようで。クラムってそうやって動きと静止を操って空間・時間を創り上げるのが上手すぎる・・・
メルボルンの本来の夏だったら夕方に聴くとぴったりだったんだけどなあ。でもそれでなくてもビビッドなイメージを心に直接届けてくれる曲です。
(録音はクラムの絶大を得、この曲を始めたくさんのクラムの音楽の初演を手がけたJan DeGaetaniがソプラノパートを歌っている演奏をぜひ!彼女はこの道、そして声での表現のマスターです。)
脱皮中の小さなヤドカリさんがなんだか怪しい状態になってます。
死んじゃったかどうかわからないのですがさっきちょいちょい触ってたので生きてたら生きてたで大丈夫か心配・・・
まだ脱皮し始めてから一週間も経ってないし昨日まで動いてたのでまだ希望は捨てたくないです。
唐突ですが音楽は大まかに分けると4つの要素から成り立ってます。
1) Pitch(音程。音程の連なりが音階だったりメロディーですね。主にメロディーとしてここでは扱います)
2) Harmony(ハーモニー。和音・和声とも。調はハーモニーと関係が深いです)
3) Rhythm (リズム。拍子はリズムのものさしみたいなもの・・・?)
4) Timbre(音色。楽器や声など)
全部必要な要素か、というと難しいことろなんですけどね。
少なくともハーモニーは楽器一つの無伴奏の曲だったら実質ないわけですし(ただメロディーなどを使ってハーモニーを示唆することはもちろんあります)
そしてその要素の重要さは曲によって、作曲家によって、その作曲家を取り巻く文化によっても変わります。
国でのこの要素のウェイトの違いってものすごく面白いと思います。
たとえばイタリアはCanto=歌の国だけあってメロディー(pitch)が物凄く発達しています。ハーモニーは原色使い、というかシンプルな場合が多いです。
ハーモニーが複雑で発達しているのはフランス。ドビュッシーやラヴェルなど、和音の進行がメロディーのような役割を果たしている、そしてメシアンなどにみられる複雑なハーモニーの追求だったり。
リズムがはっきりしているのはヨーロッパでいったらハンガリーですね。お隣のルーマニアがちょっとメロディー重視なのに対してものすごく野性的なリズムが特徴です。
リズム、そして同じくらい音色が大切になるのがちょっと大陸変わってアフリカの様々な地方。打楽器が中心なのでリズムがダントツかと思いきや様々な打楽器の「音色」もまた音楽を構成して特徴付けるために大事です。
日本はメロディー重視でしょう、ダントツで。その次に音色。伝統音楽を聴いても常にハーモニーによる伴奏があるわけじゃない、というかメロディーでかなりハーモニーを濃く示唆してると思います。(歌を詠むときも旋律ですよね)単旋律のメロディー楽器がものすごく多いですしね(琴もハーモニー可ながらメロディーに回ることがたびたびあります)。リズムも刻みが細かいのは珍しいですし。
今のポップ音楽でも結構メロディーが他のエレメントと比べてずばぬけて重要とされている感はあります。
オーストラリアはリズムが強い!主にアボリジニ文化からのものなのですが、伝統楽器Didjeridooも音域がものすごく限られて様々なアクセントを色々な箇所につけることで音楽を創り出す、リズム楽器です。
オーストラリアの伝統音楽のリズムはアフリカのリズムにものすごく似たところがありますよ。
ちなみにメロディーに関して一番だと思うのはスペインのカタルーニャ地方とアイルランド。どちらも本当に美しい旋律が特徴的な伝統音楽です。
作曲家のこれらの要素のバランスも結構生まれたり育ったりした国の傾向に準拠する場合が多いような気がします。同時に他の作曲家や国の影響ももちろん受けますし。
ただこの要素のバランスがたまに変わったりすると「お、新鮮だな」とか「○○らしくないけど上手くできてるな」とか新しい驚きがあっていいです。
初めてヴォーン=ウィリアムスの音楽を聴いたとき、イギリス音楽はメロディーが売りなようなイメージがぼんやりあったのでそのハーモニーの美しさに本当にびっくりすると同時に心動かされました。こないだ紹介したラフマニノフも「スタンダードなロシアの音楽」とくらべてハーモニーの複雑さの比重が大きいからこそ「異色」に感じるんだろうな、と思います。
私自身のなかでの割合としては大きい順からハーモニー、リズム、音色、メロディーの順になると思います。
まず小さいときにストラヴィンスキーやバルトークの音楽の影響があったためリズムに関しては昔から深く根付いているものがあると思います。リズムは「原始的な脳」である小脳で扱われるといわれますが正に「本能」に近い物があると思います(少なくとも私にとっては)。
ただそれを若干超えるのがハーモニーかもしれないです。ハーモニーというよりは音色もちょっと入った「色彩」を意識していつも追いかけていて。
ハーモニーに心捕らわれたのとメロディーに対しての執着が目立って薄くなったのは同じきっかけだったりします。メシアンの「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」の第17番「沈黙のまなざし」を聴いて弾くようになった時「メロディー要らないじゃん!」と開眼してその曲の全ての色彩を愛するようになった経緯があります。
音色についてですが、ピアノ弾きでありながらどうしてもやっぱりオケが聴くにも弾くにも愛しいと思うくらいですから楽器の音色とその化学反応を大事には思っているんです。ただ上位2つへの意識的な思い入れが半端ないので比較的にこの位置、ということに・・・
もちろん弾く時はどのエレメントも意識しなければなりませんし、聴くときもなるべく全部のエレメントを深く味わいたいです。
でもやっぱりそのバランスが私の音楽だったり私のスタイル、解釈、感じ方に影響があるわけで、そしてそれは音楽を書く側も同じことで・・・
風水地火の話も以前しましたがもっと色んなエレメントを音楽において自由にできるようになれればいいなあ、と思います。特にハーモニーとリズム(やっぱり)。
今日の一曲: エイトル・ヴィラ=ロボス 「ブラジル風バッハ」第4番 第3楽章
昨日の一人初見祭りでの主役だったこの曲。私にとって初めて弾く曲ですが本当に長いこと知っている曲です。
ヴィラ=ロボスはなんとブラジルの作曲家。ちなみにお隣のアルゼンチンもジナステラ(ヒナステラとも読む)という作曲家を輩出しています。(残念ながら未体験な作曲家です。今年はお知り合いになりたい!)
父の初めての海外が中南米で私が生まれる前はブラジルに行ったり、ギターを弾いてボサノバが好きだったり、とにかく父がブラジル好きでヴィラ=ロボス好きで昔からこの曲を聴いていました。
普段は母と好みが近いのでフランス物とか母の好みの曲を弾く傾向がありますが、父の好みの曲であるこの曲も今年はいつかチャレンジしたい!と思ってます。
「ブラジルのバッハ」。第4番とあるからには勿論他の番号もあります。ただピアノのために書いてあるのは第4番だけ。シリーズですが色んな楽器のために書かれています(ベリオの「Sequenza」と似たような感じですね)。
なぜこういう名前かというとブラジルの民族音楽とバッハの作曲スタイルを融合させるのが目的らしく。楽章のタイトルも西洋音楽風だったり、ブラジルを思わせるものだったり。
なんとなーくですがこの第4番の最初の3つの楽章も、例えばバッハの前奏曲とフーガにおける前奏曲みたいなまとまりかたがあるような気もします。
第3楽章を選んだのは今日話しましたリズムのエレメントで少し特別なものがあるから。
第3楽章は「賛歌」で、悲しげで、苦しげで(これはハーモニーが良い味出してます)、どこかやっぱり民俗音楽の雰囲気があるメロディーを中心とした冒頭から始まって・・・
そして中間でサンバのリズムに似たいかにもラテンアメリカ!というようなリズムの速いセクションが現れます。
初見で弾くとちょっと手が戸惑いますね!こういうリズムは西洋の音楽にはあんまりないですから、リズムを知ってて感じられてても上手く弾けないもどかしさに思わず「ブラジル-!」と叫んでしまった、と余談ですが。
もっともっとリズムが感じたくなる、そしてハーモニーで心をきゅっとする曲です。
死んじゃったかどうかわからないのですがさっきちょいちょい触ってたので生きてたら生きてたで大丈夫か心配・・・
まだ脱皮し始めてから一週間も経ってないし昨日まで動いてたのでまだ希望は捨てたくないです。
唐突ですが音楽は大まかに分けると4つの要素から成り立ってます。
1) Pitch(音程。音程の連なりが音階だったりメロディーですね。主にメロディーとしてここでは扱います)
2) Harmony(ハーモニー。和音・和声とも。調はハーモニーと関係が深いです)
3) Rhythm (リズム。拍子はリズムのものさしみたいなもの・・・?)
4) Timbre(音色。楽器や声など)
全部必要な要素か、というと難しいことろなんですけどね。
少なくともハーモニーは楽器一つの無伴奏の曲だったら実質ないわけですし(ただメロディーなどを使ってハーモニーを示唆することはもちろんあります)
そしてその要素の重要さは曲によって、作曲家によって、その作曲家を取り巻く文化によっても変わります。
国でのこの要素のウェイトの違いってものすごく面白いと思います。
たとえばイタリアはCanto=歌の国だけあってメロディー(pitch)が物凄く発達しています。ハーモニーは原色使い、というかシンプルな場合が多いです。
ハーモニーが複雑で発達しているのはフランス。ドビュッシーやラヴェルなど、和音の進行がメロディーのような役割を果たしている、そしてメシアンなどにみられる複雑なハーモニーの追求だったり。
リズムがはっきりしているのはヨーロッパでいったらハンガリーですね。お隣のルーマニアがちょっとメロディー重視なのに対してものすごく野性的なリズムが特徴です。
リズム、そして同じくらい音色が大切になるのがちょっと大陸変わってアフリカの様々な地方。打楽器が中心なのでリズムがダントツかと思いきや様々な打楽器の「音色」もまた音楽を構成して特徴付けるために大事です。
日本はメロディー重視でしょう、ダントツで。その次に音色。伝統音楽を聴いても常にハーモニーによる伴奏があるわけじゃない、というかメロディーでかなりハーモニーを濃く示唆してると思います。(歌を詠むときも旋律ですよね)単旋律のメロディー楽器がものすごく多いですしね(琴もハーモニー可ながらメロディーに回ることがたびたびあります)。リズムも刻みが細かいのは珍しいですし。
今のポップ音楽でも結構メロディーが他のエレメントと比べてずばぬけて重要とされている感はあります。
オーストラリアはリズムが強い!主にアボリジニ文化からのものなのですが、伝統楽器Didjeridooも音域がものすごく限られて様々なアクセントを色々な箇所につけることで音楽を創り出す、リズム楽器です。
オーストラリアの伝統音楽のリズムはアフリカのリズムにものすごく似たところがありますよ。
ちなみにメロディーに関して一番だと思うのはスペインのカタルーニャ地方とアイルランド。どちらも本当に美しい旋律が特徴的な伝統音楽です。
作曲家のこれらの要素のバランスも結構生まれたり育ったりした国の傾向に準拠する場合が多いような気がします。同時に他の作曲家や国の影響ももちろん受けますし。
ただこの要素のバランスがたまに変わったりすると「お、新鮮だな」とか「○○らしくないけど上手くできてるな」とか新しい驚きがあっていいです。
初めてヴォーン=ウィリアムスの音楽を聴いたとき、イギリス音楽はメロディーが売りなようなイメージがぼんやりあったのでそのハーモニーの美しさに本当にびっくりすると同時に心動かされました。こないだ紹介したラフマニノフも「スタンダードなロシアの音楽」とくらべてハーモニーの複雑さの比重が大きいからこそ「異色」に感じるんだろうな、と思います。
私自身のなかでの割合としては大きい順からハーモニー、リズム、音色、メロディーの順になると思います。
まず小さいときにストラヴィンスキーやバルトークの音楽の影響があったためリズムに関しては昔から深く根付いているものがあると思います。リズムは「原始的な脳」である小脳で扱われるといわれますが正に「本能」に近い物があると思います(少なくとも私にとっては)。
ただそれを若干超えるのがハーモニーかもしれないです。ハーモニーというよりは音色もちょっと入った「色彩」を意識していつも追いかけていて。
ハーモニーに心捕らわれたのとメロディーに対しての執着が目立って薄くなったのは同じきっかけだったりします。メシアンの「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」の第17番「沈黙のまなざし」を聴いて弾くようになった時「メロディー要らないじゃん!」と開眼してその曲の全ての色彩を愛するようになった経緯があります。
音色についてですが、ピアノ弾きでありながらどうしてもやっぱりオケが聴くにも弾くにも愛しいと思うくらいですから楽器の音色とその化学反応を大事には思っているんです。ただ上位2つへの意識的な思い入れが半端ないので比較的にこの位置、ということに・・・
もちろん弾く時はどのエレメントも意識しなければなりませんし、聴くときもなるべく全部のエレメントを深く味わいたいです。
でもやっぱりそのバランスが私の音楽だったり私のスタイル、解釈、感じ方に影響があるわけで、そしてそれは音楽を書く側も同じことで・・・
風水地火の話も以前しましたがもっと色んなエレメントを音楽において自由にできるようになれればいいなあ、と思います。特にハーモニーとリズム(やっぱり)。
今日の一曲: エイトル・ヴィラ=ロボス 「ブラジル風バッハ」第4番 第3楽章
昨日の一人初見祭りでの主役だったこの曲。私にとって初めて弾く曲ですが本当に長いこと知っている曲です。
ヴィラ=ロボスはなんとブラジルの作曲家。ちなみにお隣のアルゼンチンもジナステラ(ヒナステラとも読む)という作曲家を輩出しています。(残念ながら未体験な作曲家です。今年はお知り合いになりたい!)
父の初めての海外が中南米で私が生まれる前はブラジルに行ったり、ギターを弾いてボサノバが好きだったり、とにかく父がブラジル好きでヴィラ=ロボス好きで昔からこの曲を聴いていました。
普段は母と好みが近いのでフランス物とか母の好みの曲を弾く傾向がありますが、父の好みの曲であるこの曲も今年はいつかチャレンジしたい!と思ってます。
「ブラジルのバッハ」。第4番とあるからには勿論他の番号もあります。ただピアノのために書いてあるのは第4番だけ。シリーズですが色んな楽器のために書かれています(ベリオの「Sequenza」と似たような感じですね)。
なぜこういう名前かというとブラジルの民族音楽とバッハの作曲スタイルを融合させるのが目的らしく。楽章のタイトルも西洋音楽風だったり、ブラジルを思わせるものだったり。
なんとなーくですがこの第4番の最初の3つの楽章も、例えばバッハの前奏曲とフーガにおける前奏曲みたいなまとまりかたがあるような気もします。
第3楽章を選んだのは今日話しましたリズムのエレメントで少し特別なものがあるから。
第3楽章は「賛歌」で、悲しげで、苦しげで(これはハーモニーが良い味出してます)、どこかやっぱり民俗音楽の雰囲気があるメロディーを中心とした冒頭から始まって・・・
そして中間でサンバのリズムに似たいかにもラテンアメリカ!というようなリズムの速いセクションが現れます。
初見で弾くとちょっと手が戸惑いますね!こういうリズムは西洋の音楽にはあんまりないですから、リズムを知ってて感じられてても上手く弾けないもどかしさに思わず「ブラジル-!」と叫んでしまった、と余談ですが。
もっともっとリズムが感じたくなる、そしてハーモニーで心をきゅっとする曲です。
