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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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ミュージカル
まずは昨日の追記から: ホロコーストを題材として扱った作品にPaul Celanの詩「Death Fugue」があるのを忘れていました!あの詩は本当に凄いです。フーガというタイトルがなんとなく分かります。英語がちょっと特殊なので分かりづらいのですが(そういう風に書いてあるんです。なので頭の中で言葉をつなぎ合わせて行く感じもまたたまらないです)オススメです。

そして今日はめでたく運転テスト(実技)を合格して免許を取得しました!
といってもProbationary Licenseといって、フルライセンスよりは細かい制限があるのですが、これで一人で運転できます!
・・・といってもまずは車を購入しなきゃ。
次はメル響のオーディション、それから永住権、と手に入れていきたいです。

今日はちょっと昔を振り返って。
以前何回か書いてますが、私の学校(幼稚園~高校一貫)は女子校で、そして徒歩5分のところに兄弟校の男子校がありまして(同じく幼稚園~高校一貫)。
いろいろ合同イベントをやるんですけど、中でも音楽での合同コンサートなどのイベントは比較的大規模で。
毎年秋頃になると中学の学年(7~9年生)、高校の学年(10~12年生)に分かれて、男女合同で劇をやるのが恒例でした。
そしてそのうちの1つは必ずミュージカルなんですよね(毎年交代)。

ミュージカルの場合、私が最初進学した頃は学校でいろいろな楽器を教えてる先生達が集まって(生徒も何人か)少人数オケパートを担当する、というシステムでした。
私が10年生の時がまさにそうで、中学学年の「オズの魔法使い」で、本当に少人数で先生ばっかり+2人ほどの先輩達と舞台の中にあるピットに入って狭い中で弾いていました。ちなみにチェロで。
楽しかったですねえ。打楽器の先生と、厳しいことで有名な(でも合唱をものすごく鍛え上げた)音楽の一番偉い先生がバトってるのを見たり、音が外れたらちょっとだけみんなで笑いあったり。
前に座っているうちの学校のバイオリンの先生、隣に座ってるビオラの先生はもう仲良しで。そしてその隣にキーボードを担当している男子校の方で一番偉い先生も少し仲良くさせてもらって。内気で優しい先生でめっちゃ好きです(笑)

次の年は高校学年の「オクラホマ!」。これは劇の内容も音楽ももちょっと楽しい感じで、オケもピットではなく舞台の前で若干大きめの編成で。(私はまたチェロ)生徒も多めでオケは学校のオケの一番前の方の席とほとんど代わり映えなく。
リハーサルも舞台の上が高校学年なのでわりとさくさく進んだ覚えがあります。(「オズ」はいろいろ待ち時間が多かった・・・)

異色だったのが次の年。ここまでは名作といわれるミュージカルを選んできたのですが、なんと私たちのファイナルイヤーでは「ロミオ&ジュリエット」をロックテイストで(言語はシェークスピアのまま)アレンジ、という荒技をすることになって。
で、音楽は生徒のオケ+バンド、楽譜はあってもないようなものでドラマを教えている先生が作った骨組みにそれぞれ即興で弾く、というものでした。(ちなみにまたチェロ)
オケ部分のメンバーほとんど私の友達で埋まってたんですが、classically trainedなので即興は初めて。でもリハーサルを重ねてちょっとコツをつかむとこれが楽しい!もう1回こういうフォーマットの演奏やってもいいですね~♪
ほとんど観れなかったけどダンスも実はすごかったらしいです!(オケで弾いてると座ってるポジションにかかわらず舞台の上を見る余裕がないです。そういう意味ではちょっと残念)

大学時代に、メルボルン大学の寮主催のミュージカルでもウェスト・サイド・ストーリーでチェロを弾いたことがあるのですが・・・やっぱり環境がこう、ホームではないというか、そのためだけに集まってるのでお互いをあんまり知らない、というか・・・(ただオケは音楽科の友達が結構いました。でもこっちはこっち、演者は演者で固まってしまうので。)
レベルこそこっちの方が高けれど、学校の時の方が楽しかったなあ、とかついつい思ってしまったり。

これから先あんまりミュージカルで弾く、なんていうことは縁がないような気もしますが(諦めない方がいいですが、ね)、本当にいい思い出です。なんとなく思い出のままにしておきたい(笑)

ただ観るにはまだほとんどミュージカルは観たことないので、そのうちお金と時間に余裕があって良い演目やってるときは行きたいです!
(どうしてもオケコンサート優先なので)


今日の一曲: レナード・バーンスタイン 「ウェスト・サイド物語」より「Tonight Quintet」



学校の時にやったミュージカルは昔すぎてなかなか音楽自体が思い出せなかったので・・・
ウェスト・サイド物語だったら「マリア」とか「アメリカ」とかももちろん名曲としてあるんですが、この「Tonight Quintet」みたいな曲ってなかなかないと思います!(もしかしたらオペラで似たような構造の曲はあるかも?ですが)
Jets とSharksの対決の前夜のそれぞれのキャラクターの思惑、思いを一曲で、前へ前へ動く、気がはやるテンポにのせて、しかも他の歌のメロディーなども使って見事に描写しているこの歌。

マリアとトニーは対決を止めたがっているし、それぞれのグループはこの対決が待ちきれないでいるし、アニータは対決の後にベルナルドとあんなことやこんなことをすることばかり考えてるし(笑)
音楽的にもこの十人十色の掛け合いや、同時に歌ったりするが本当に格好いいですし、ストーリーのターニングポイントまで持ってく盛り上がりも含めてうまくできてるなあ、さすがバーンスタイン!とおもっちゃいます。

ウェスト・サイド物語や、ものすごく調子のいい指揮のスタイルで有名なバーンスタインですが、実はポピュラー系統でない作曲もたくさん書いています。
がっつり20世紀なスタイルで、社会的なテーマを題材にしたりしたものが多いのですが、まだまだ面と向き合えてないのでいつかそちらも紹介したいです。
バーンスタインのそちらの顔も本当に凄い人物だとわずかながら知っていることから思えるので、大事だと思うんです。

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Schindler, Night and Holocaust
妹が友達と旅行中なので久しぶりにDVDを借りて観ました。
オーシャンズシリーズを全部見てないのでとりあえず11を久しぶりに見て、それからall-time favouriteのモンティ・パイソンのHoly Grail。
そして昨日は初めて「シンドラーのリスト」を観ました。

テーマ音楽が名曲なこと(そして弾いた事があるのもありますね~ジョン・ウィリアムスはどんな映画でもぴったり、ハズレがない!)ももちろんあって、その影響も随分強いのですが、本当に良い映画でした。(「良い」の詳細についてはおいおい)もっと早くに観ればよかったです。きっかけはものすごくたくさんあったのに。

この映画の舞台となっている時代を歴史の中で好き・・・というのはちょっと間違っている気もしますが、本当に思い入れが深い時代です。
第二次世界大戦が地理的には二つの戦争に分かれていたようなところもあって、ヨーロッパの学校では例えば日本の原爆やなんかのことが比較的あまり教えられなくて、逆に日本の学校ではホロコーストなどのヨーロッパ側のことがあまり教えられていない傾向があるように思えます。
オーストラリアはというと、太平洋側の戦争はもちろん当事者ですし(ダーウィン空襲など)、ヨーロッパの影響も文化・歴史的に大きいのでどっちも習った気がします。

そもそも10年生の歴史でこの時代をやったときは、2人で組んでやるリサーチプロジェクトが主な勉強でした。
トピックをそれぞれ選んで(もちろんグループ数よりもトピック数の方が断然少ないですので偏りを少しでも減らすようなっています)、提出と共にクラスにプレゼン。それでお互いから学んでこの複雑な戦争のいろんな側面をカバーする、というシステムです。
トピックにはオーストラリアに深く関連するKokodaでの戦い、ダーウィン空襲、それからヨーロッパ側ではロンドン空襲もあったかな?私はこのときアウシュヴィッツの強制収容所について調べました。
Powerpointのプレゼンテーションで、自分でテンプレートも作って(わずかに黒ずんだ赤のバックに黒い太陽をあしらったものでした)、アウシュヴィッツのツアーみたいな形でプレゼンをしました。

それがきっかけで(正直自分のプロデュースが自分の心に一番響いてしまった)、ナチスとユダヤ、ホロコーストのことに興味を持ち始めて。今もそうですが、本当にあったこととは信じられないような部分もあり(でも今語り継がれたり記録にあることは大部分本当だとされています)・・・
ただこのトピックに関しては歴史の授業でなく、12年生の英語の授業でさらに深く習いました。

12年生の英語の授業でElie Wieselの「Night」という本を勉強しました。
著者がまだ十代だったころ体験したホロコーストの経験を綴った本で(ただ全部本当かどうかは疑わしく、どれだけが本当のことかは今でも議論が続いているらしいです)、薄いながらも内容の濃さは半端ありません。
自分の命と家族(または他人)との繋がりや犠牲、自分の信仰を捨てるかどうか、そして同時に極限状態において人がどれだけ変わるか、など・・・
この本も私ものすごく好きです。信仰やアイデンティティの問題などが興味深く、他にも多くのことが心にストレートで来て、ちょっと大げさかもしれませんが「人間」についていろいろなことを教えてくれるような気がします。

ショスタコーヴィチなどの音楽に現れるユダヤ音楽の影響や引用を通じてユダヤ音楽を愛するようになりながら、同時にこの時代への興味を増し(手塚治虫の「アドルフに告ぐ」も読みました)・・・なんというか「どうしてこんなことになったんだろう」とか「実際何があったんだろう」「どうなったんだろう」という果てしない心が痛くなるほど好奇心が湧いてきて。
(ユダヤ音楽の興味についてはこちらのエントリーでも語っております)

そして今回「シンドラーのリスト」を観て。
「Night」で読んだような行為が目の前で映像として起きていることになんとなく「ああ、やっぱりなのか・・・」という気持ちがあったり(実際ホロコーストをあまり知らない人がこの映画をいきなりみちゃうとどうなんだろう、というのが気になりました。だいたいどんなことが起こるか分かってるとあるていど耐性ができますからね)。
シンドラーが聖人でないことが描写されていましたし、SS側のGoethも人間的なところを描写していましたし。映画においての描写の仕方(小さい女の子の赤いドレス、銃の光に照らされる窓など)もすごかったですし。
そして音楽がいいです。メインテーマだけでなく、劇中のユダヤの歌とか、なんだか・・・懐かしいってのも変ですが。
あと他にもちょこちょこツボったところがたくさんありましたが割愛させていただきます。

少なくともサントラを買おうと思ってます。もしかしたらいつかDVDも。
映画は映画ですが、実際に映像を見て自分の中でホロコーストあたりに関して抱いてた思いに関して少し固まったな、ということもありますし。
今でもやっぱりもっと知りたい、と思います。

フォローアップというかあれですが、シンドラーがこの映画の中で作っていたリストの実物のカーボンコピーがオーストラリアのNSW州立図書館にあるそうです。映画の原作の小説「Schindler's ark」を書いたオーストラリアの作家Thomas Keneallyの資料の中に埋もれてたそうです。

そして日本人でも「日本のシンドラー」と呼ばれ多くの人をナチスの手から逃がした事に多大な貢献をした方がいるそうですよ。私も昨日母に聴いたばかりなのですが、杉原千畝さんという人らしいです。
世の中には人のためにものすごい危険を冒す人がいるのですね。


今日の一曲: モーリス・ラヴェル 「ヘブライの2つの歌」より「カディッシュ」(バイオリン版)



本当に迷いました。シンドラーのリストのメインテーマ、シェーンベルクの「ワルシャワの生存者」(1回しか聴いてませんが)、ブルッフのコル・ニドライ、AchronのHebrew Melody、ショスタコーヴィチのトリオ第4楽章・・・本当にたくさんあるなかでこの曲を。
ラヴェルがヘブライ?とはちょっと違和感があるかもしれませんが、彼の半分はスペインに文化的に近いバスクの血、スペインはイスラムの影響を大きく受けていて、イスラムとヘブライは祈りなどでメロディー的に近い部分がある・・・という間接的なあれで惹かれたのだろうと思います。(推測です)

実際にヘブライの曲やフォーマット(いろいろ難しいらしいです、どんなスタイルの音楽や歌をどんな場面で使うか、とか)を使った曲ではないらしいのですが、フレーズやメロディーの雰囲気やスタイルはユダヤ音楽を参考にしているそうです。

そもそも「カディッシュ」は神を讃える祈りで(ユダヤ人である指揮者・作曲家のバーンスタインは題と題材にカディッシュを用いた交響曲第3番を書いてます。テキストはNightにすこし繋がるところが)。
さらにこの祈りは死者に捧げる祈りとしても使われています。先ほどの「Night」では特に重要な祈りとして扱われていたり。

哀愁を帯びたメロディーに、バイオリン版だと特に顕著に表れるラヴェルらしい音の透明さ。
ヘブライ関係はバイオリンに限る・・・と言いたいところですがこれ、クラリネットでもいけるんじゃないか?聴いてみたい!あ、あとフルートも・・・

心が洗われるような、っていうのはきっとこういう音楽のことを言うんだと思います。物凄く美しい。
もっともっと演奏されて欲しい曲の一つです♪
(リンクの録音は試聴もありますよ!ぜひぜひ!)

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A Rainbow of Colours
ファンブログではないのですが、ちょっとだけ。
ロザンさん二人とも、2010年国際教育学会・舘糾賞を受賞することが決まったらしいです!
素直にまずすごいなあ、と思ったのですが過去数年(2007年ごろからある賞のようです)の受賞者リストを振り返ってみるとなんだか桁外れに凄いことが・・・!
昨日はオトメアワード2010おーち賞も受賞とのニュースが入ってきてまして、なんだか異色のダブル受賞・・・
とにかくめでたいです!さらなる活躍を南の大陸の片隅から願っています♪

今日は久しぶりにキーワードto音楽です。10の色に合う曲のコレクション。
一つの曲は本当に様々な色でできているのであまり「この曲はこの色!」とか単純化してしまうのは好ましくないのですが、いろいろ連想して集めてみました。
では早速。

赤: アデズ 「Arcadiana」四重奏曲より「Et... (Tango Mortale)」
一番最初の音から出血してますからね、この曲。他の何物でもない、血の色。
しかも感情がその中に凝縮されている、そんな色。痛みと苦しみと、その素直な吐露の真っ赤な色。

橙: スクリャービン 練習曲 op.8-12
嬰ニ短調という超がつくほどのレアな調で書かれた曲、ショパンの「革命」に影響を受けているとあって、かなりの共通点が見られます。向こうは虐殺の血の赤、こちらは熱せられた鉄のオレンジ。
スクリャービンは翼のある音楽が本当に得意ですが、この曲の翼は燃える炎なんだなあ。

黄: メシアン 「鳥のカタログ」より「ニシコウライウグイス」
選んでおいてなんですが、この曲は「黄」とはいってはいけない気がします。なによりも「黄金」ですから。
このなんといってもこの主役の鳥の黄金色の見事さ!そしてそれと早朝の朝日をを音楽で表す見事さ!
夏の早朝が愛しくなる色です。

緑: ブラームス 間奏曲 op.118-6
本当は新緑の緑を選びたかった、でも先に深い闇の緑が来てしまいました。
なんでこの闇はこんなに緑なんだろう、他の色を帯びるのとは違うんだろう、と思います。
やっぱりこれも変ホ短調という調の影響が多いのかな。

青: ドビュッシー 「映像」第I巻より「ラモー礼賛」
以前も言ったと思いますが「シャガールのステンドグラスのブルー」です。
あのステンドグラスが「こんなにも贅沢に、ふんだんに青を!」というほど青を使っているように、この曲も和音の色に限らずただひたすら青を感じる曲です。

紫: メシアン 「20のまなざし」より「十字架のまなざし」
メシアンは数ある色彩の中で特に紫を好んでいたそうです。そして彼がキリストの受難を扱うときは(この曲だけでなく「アーメンの幻影」の第3楽章も)強烈な紫、それから少しの黄緑のコンビネーションを感じます。
英語で言うとExcruciating、強い苦しみと痛みを伴うユニークな色彩です。

白: アデズ 「Living Toys」より「Angels」
もちろんタイトルもあります。ただこの曲の高みに上りつめる透明な音、その不思議な空間と時間は本当に「白」がふさわしいと思います。
やっぱりこう、音が高いと色が薄くなる傾向はあるようです。

黒: ブリテン 「シンフォニア・ダ・レクイエム」より「ラクリモーサ」
戦争レクイエムや、ショスタコの音楽にも真っ黒な感じのはあるのですが、なんといってもこれ。
冒頭から震え上がるような闇。ラクリモーサにしては暗すぎるんじゃないか!?とちょっと思ってしまうほどの。
涙も出ないぞ(ラクリモーサは涙の日という意味)!

灰: ショスタコーヴィチ 前奏曲とフーガ 変ロ短調
これは最初に好きになってからずっと譲らないですね。フーガで様々な調に変わっていく中でもベースは灰色で、灰色がかった○○色、とかそういうイメージで。その灰色の中でずっと心地良く沈んでいくような、浸ってしまうような・・・灰色の無限の可能性。

桃: フォーレ 「パヴァーヌ」
ピンク!という感じの明るいピンクではなく、ちょっと紫がかった、落ち着いた・・・というか少し渋い、大人のピンク。とっても女性的な、花のような、儚くも美しい曲です。
フォーレはわりと渋くて深いピンクが得意なような気がします。

うーん、なんかいつも通り一つ二つ納得いかないものはありますが・・・
・・・やっぱり曲を一つの色にしぼるのは難しい、というかもうこれっきりにしたいです(笑)
最近ブログちょっとだけ迷走気味なので「よし」と思えるエントリーが書けるようになりたいですね。


今日の一曲: ベンジャミン・ブリテン  「シンフォニア・ダ・レクイエム」より「ラクリモーサ」



先ほどの真っ黒けの曲です。
最近BBSでの二重被爆者の話について話題になっていますが・・・
私が最初に思ったのは「イギリスユーモアだけど結構やりすぎたなあ」ということ、次に「日本人って真面目だなあ」ということ、そしてその次に思ったのが「ああ、なんだかブリテンのシンフォニア・ダ・レクイエムの話を思い出すなあ」と思いました。

この曲、勿論「戦争レクイエム」とは別の曲で、合唱なしのオケのためのレクイエムです。
話によると日本政府により皇紀2600年奉祝曲として作られた曲らしいです。けっこう締め切り押してたらしいです。でも宗教的なフレーバーだったり、暗い曲調などのためもあってか演奏拒否になったそうです。
日本政府もまあこのころはブリテンの音楽みたいな音楽に理解がなかったでしょうし、最初からなんで頼んだかなあ、という思いもありますし、ブリテンもこういう曲をなぜ贈ったかなあ、という思いもあります。
(ただ一説としてブリテンはあまりにも締め切りが厳しかったので当時別の目的で書いていた曲を使わざるを得なかった、という話もあります)
(あ、それから演奏拒否については第2次世界大戦のこともありうやむやになってたのですが終戦後10年くらいに日本でちゃんと初演できたようです)

先ほど言いましたように「ラクリモーサ」としてはものすごく厳しく、暗い曲です。
最初の打撃から始まって、重く重く、悲しさを通り越して、暗く・・・

実はこの曲、よく知っていて、ものすごく好きなのですが、あまり書くことがありません。
なぜかというと、実際真っ向から向き合って解釈したことがないからです。
勿論、「戦争レクイエム」とは別のテーマを扱っていて、全く別の音楽なんだということは分かるのですが、それが何なのか、また自分の中では固まっていません。
この楽章だけでなく、全部。
それがなんだか悔しいのですが、いつかできたらな、と思います。

もちろん音楽を聴くのに私の解釈はいちいち要りませんのでとりあえず聴いてみてくださいね(笑)

(これ、今Amazonでリンク探してたんですがほとんどと言っていいほどレビューがありませんね!そんなに日本で浸透してないマイナーな曲なの!?それとも上記事情を引きずっているとか・・・(勿論冗談ですよ!))


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Mahler the Great (パート2)
今日も引き続きマーラーの話です。
いろいろ崇拝してるとも言える程度まで彼の音楽の素晴らしさを昨日語りました(笑)
実際に一つ一つの曲を見ても一人の人間が創り上げるには凄すぎる、そんな音楽をたくさんたくさん(クオリティのむらもあんまりなく?)書いてきた人ですが・・・

だからといってマーラーを天才、というのはなんだか違う気がします。
なんだかその・・・言葉に違和感があるというか。
確かに類い希なる感性と思考、表現力をもってはいます。
ただ彼を天才とするにはマーラーは人間臭すぎて、闇の世界にどっぷりつかっていて、音楽が壮大すぎて・・・なんでしょう、天才という言葉が軽々しくうつってしますのです。

マーラーは迷信深い人でした。
不吉な予兆・感じを信じる人で、俗に言う「交響曲第9番の呪い」という、ベートーヴェン、シューベルト、ブルックナーなどが9つの交響曲を書いて死んでいるということから生まれたジンクスを信じている節があったと言われています。
なんというか性格的にもわりとmorbidなテイストの人だったらしく、闇や死を身近に感じながら生きていたような感があります。
一つ有名なエピソードですが、彼がアルマ・シントラー(後にマーラーについて伝記を書いたり死た人です。まあ多少の脚色はあるようですが)と結婚して子供をもうけたあとも、幼い子供と遊ぶ傍らで「亡き子をしのぶ歌」の作曲作業を進めたりしてアルマをぞっとさせたらしいです。
ただ私の解釈ですが、マーラーにとって生と死は紙の裏表のように一体のようなものだったと思います。こういうマーラーだったからこそ、全てを包括した一つの世界のような音楽が書けた、と。
実際弟を自殺で亡くしたり、子供を亡くしたり(プラス自身心臓病を患ったり)と彼は「死」を身近に見てきた経験が多いようです。

マーラーが実際鬱を患っていたという記述やエピソードは実は直接的なものは見つかってないんですが・・・
なんらかの精神疾患に関連したパーソナリティ特性を持ってたのかな、と解釈しています。
(あと彼は偏頭痛持ちだったのですが、いつだか偏頭痛と鬱は遺伝的な要因によって併発しやすい傾向がある、ということを論文で読んだので。)
その根拠は彼について書かれた文章以上に彼の音楽に強く表れている、とも思います。
マーラーの交響曲や歌曲に現れる深く暗い闇は心に何かそういう疾患や傾向、状態がなければ感じることも表現することも無理なんじゃないか!?と思われるスケールの、そして性質の闇があります。
なかなか説明するのが難しいんですが、音楽から感じる闇とか、その表現の仕方とか。

で、闇が深いからこそ彼の音楽にある光は強く、眩し過ぎるほどに眩しく、それから恋しい、というか・・・強いあこがれと切望、それ以上のものがあります。
なんというか、鬱を何年も患っているせいか「光」を眩しすぎるという感じがあるんですが、まさにそれ。ただやっぱり上記光への切望をマーラーの音楽には感じてしまう。

大学時代色んな友達と離した経験からの話なのですが、マーラーの音楽に思い入れが深い人ほど彼の音楽の闇の部分に思い入れが深い傾向があるような気がします。
そしてこれもなんとなくなのですが、鬱だったりそういう傾向・状態を経験した人の方がマーラーの音楽に共感しやすいようなことがあります。
私がマーラー5番を弾いたのも実は鬱のかなりひどい時期で、マーラーの音楽にはまった、ロックオンしたのは偉大さももちろんありますがその闇と共感したのも大きいのではないかと。
さらに演奏が終わった後何年かはこの曲を聴くと当時の辛い気持ちが蘇るからといって聴かなかった(心の中で再生は一部セーフ)経験もあります。

マーラーの交響曲は若い人のオケにどんどん弾いて欲しい音楽でもあります。
まず長いですし、楽器ごとのパートも難しいですし、指揮者の力量や音楽性もかなり問われる、さらにまとめるのも難しいですが、本当に弾きごたえがあって、モチベーションも上がるような難しさですし、なんといっても本当にクオリティが高い音楽を、オケの一体感とそれぞれのパートの大切さをかみしめながら弾ける曲なので。
(といってもユースオケでは5番と1番しか弾いてないんですよね~私も。あとのは一段と難しいのですがもっと弾きたかった!)

聴く面においてもマーラーはもっと若い人にどんどん聴いて欲しい音楽でもあります。
思春期に感じる、自分のキャパシティを超えるほどの感情の殺到をがっつり共感してその壮大なスケールと包容力で受け止めてくれる、巨大に感じる感情を形作ってくれる、というので・・・
そしてマーラーの音楽にあるエネルギー、生命力、そして闇や光、内なるパワー、自然の壮大さを音楽のエネルギーとして感じるあのパワフルさに聴き手も(ある程度精神力を消費しながらも)でっかいエネルギーをもらえるような気がします。

若い・年をとったにかかわらずマーラーの音楽が素晴らしいもので、彼の音楽を聴くということが本当にユニークで素晴らしい経験だと言うことは本当に念を押しても押しきれない気持ちです。
一番良いのは交響曲。そしてオケ伴奏の歌曲。長いのは承知ですが、できるだけ完全な形で(=全楽章)聴いてもらいたいなーと思います。
特定のオススメについてはおいおい今日の一曲でご紹介したいです!


今日の一曲: グスタフ・マーラー 交響曲第6番 第2楽章



出してしまいました、マーラー6番。
マーラーを初めて聞く、と言う方にはオススメとは言えないのですが、共感してはまりつつあるのに拍車をかける目的、それからなんというか、がっつり向き合ってチャレンジが欲しい方には物凄くオススメです。

この曲を最初に聴いたとき第1楽章と第2楽章の冒頭がものすごく似ててびっくりしました。
確かに似てるのですが、第1楽章は4拍子、第2楽章は3拍子で曲の性格もだんだん違ってくるのでとりあえずびっくりだけ(笑)

以前スケルツォについてこのブログで話した覚えがありますが、マーラーのスケルツォは全体的にlight-heartedなユーモアとは離れたところにあります。結構重めで、皮肉がかってて。ブラックユーモア的な。ショスタコーヴィチのスケルツォにも似たところが。
この第6番第2楽章もそんなマーラーらしいスケルツォの一つ・・・というかかなり!ヘビーなキャラクターです。

なんというか、マーラーのスケルツォって生と死だったり正気と狂気の間の綱渡りを楽しんでる、その間を自由に行き来しながら、死に神と戯れたり、光や闇を翻し、気まぐれに身を投じたり。
ハーモニーに光と闇が同時に現れたりして、その強さ、それよりも危うさが独特のテイストで、病みつきになります。
(そういえば4番のスケルツォには実際に死神が登場しますね。)

この楽章で耳を傾け・・・いえ、いやでも耳に入ってくるのはホルン軍団。全部で9人、その威力は恐ろしいです。
ホルンと言えば普段は高貴で丸い、明るい音が特徴ですがこの曲では暗く、激しく、奏でるパッセージはわりと下品(?)な方向に行ってます。なかなかこういうテイストをここまでもってくるのは珍しいです。
わけがわからなくなってしまいましたが、この曲のホルン軍団のパートがめちゃくちゃ好きなんですよ!

この曲のmacabreな、死の匂いを帯びたテイストがたどり着く先は最後のクライマックス。
大学の友達で私よりもずっとずっと博識な人の話なのですが、このクライマックスの甲高い音は、子供(しかもマーラーの娘)の叫び声だ、という説があるらしいです。
聞いたらきっとすぐ分かります。背筋をぞっと凍らせるような、恐ろしい音なので・・・
(余談ですが人間は黒板をひっかく音を先祖の猿のころから遺伝的に・本能的に嫌うようにプログラミングされてるらしい、という話を聞いたことがあります。奇しくもこれも「子供の叫び声」に由来するそうで、きっとこの曲のこの和音、音色も本能的に神経を逆撫でされるような音なのではないか、と思います。)

いくら死と友達になり、光や闇、生や死と戯れているつもりでも最後に笑うのは死。
その刃は予期せず私たちを襲い、その手から逃れられる者はいない。
そんな死だったり闇の圧倒的な力を本当に身近に感じ、共感できる曲です。

(テンシュテットの録音をリンクしましたが、この曲の録音の中では鬼気迫るキャラクター、パワーなどにおいt桁外れにすごいとの評判です。ぜひ彼の指揮で聴いてみてくださいね♪)

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Mahler the Great (パート I)
今日はなんだか気道の調子が悪いです・・・
前回こう気道が過敏に息苦しくなったのは一時ネットをお休みしていたとき。ストレスが身体に現れることがはっきりわかったんですが、今回はそんなにストレスらしいストレスは自覚していません。
一応昼の部はピアノも仕事もお休みしましたし、この案件を金曜に終わらせて週末はゆっくりしたいです。
明日を含めて運転レッスンももう2回。テストに向けてあんまり疲れを蓄積しないようにしなきゃ。

ブログ、そして特にTwitterではクラムやメシアンの音楽についてはよく話しますが、ショスタコーヴィチやマーラーの音楽については比較的話をしない傾向があるようで・・・
結構スケールが大きいからなのが一つの理由としてあると思いますが・・・なにはともあれ今日はマーラーのことについて。

オーケストラ楽器を弾いている人でマーラーの音楽が好きでない人に出会ったことがまずありません。
ピアノについては彼はほとんど曲を書いてないのであまり知られていませんが、他の楽器を弾く若い音楽家達に圧倒的な支持を得ている作曲家です。

彼の作品の中でも最高峰とされているのが交響曲。そのどれもが偉大で、本当に・・・偉大で。(汗)
もう、彼の音楽を言葉で表すことは不可能です!
マーラーは同じく交響曲の名作曲家として知られるようになったシベリウスに「交響曲は世界のように全てを包括していなくてはいけない」と語ったそうで、まさにその言葉に違わない曲たちで。
人間らしく、でも大自然やとても大きな力、そして私たちが積み重ねの上に成り立ってる見えない小さな力の働きまで、命という命に満ちた、巨大なスケールと綿密なディテールを兼ね備えながら、しっかりした構造、間違いない楽器使い、豊かな音楽性と感情、大きな空間と長い時間を全て包括していると思います。

マーラーの曲の中で、交響曲第1番はもう生涯ずっと親しんできましたが、私がマーラーの音楽に目覚めたのは15歳の時、交響曲第5番をユースオケで弾いた時。
私にとって初めてのマーラー演奏経験でしたが、同時にフルで交響曲を弾くのも初めてでした(断片的にならそれ以前にショスタコの11番を弾いています)。
その感覚を表現することはものすごく難しいですが、衝撃でした。誇張でなく、自分の人生が変わってます。
まずはその音楽の巨大さ、包容力、それから闇の深さ、愛の深さ・・・そしてリハーサルを重ねるにつれてこの曲がどんなに綿密に、どんなに細かいところまで気を配って完璧に書き詰めてるかを体感しました。
今でもマーラーの曲をマクロ単位(感情・パワーなど)で感じても、ミクロ単位(楽器使い、和音など)単位で感じてもよくぞくぞくっとします。

その楽器使いというか音楽の書き方、といいますか・・・マーラーに敵う者はいないと思います。
どの楽器を弾いても弾きごたえのあるパートで、音楽全体から考えて無駄のない、まるで世界の一員のようにしっかり貢献しています。たまにスコアを見ると(マーラーを聴くのにスコアがあると一段と違います!)これ細かすぎるんじゃないか!?というようなところが多々あるけれど、きっと人間の脳が意識的にプロセスできないところで、無意識にはちゃんと取り込まれて、人間の心に影響を与えているのでは?と信じています。

マーラーの交響曲および歌曲はそれぞれのジャンルの標準的な曲の長さよりも随分と長いです。
長い・深い・濃いと三拍子そろったと言いましょうか。交響曲第8番「千人の交響曲」ではオケ・合唱など合わせて本当に1000人で演奏しろといったり、第9番の最終楽章の永遠に続くような感じだったり・・・CDにするには難しそうですが(汗)とにかくでっかいです。交響曲の中の楽章一つ一つもがっつり一食。
これだけ壮大で隙もない音楽に全身全霊を注いで、よく交響曲9つ(+α)分生きたな!と思います。どっかで生命力使い果たしちゃいそうな気もしますよ。

なかなか個々の曲について離すのは難しいのですが、今日はここら辺で一旦切って明日マーラーの人物についてちょっとと、マーラーの音楽の内面に迫ってみたいと思います。


今日の一曲: グスタフ・マーラー 交響曲第5番 第4楽章 (「アダージェット」)



でました!一番定番のやつ!でもマーラーは定番でも他の曲に遜色ないですよ。
でも5番だったら第1楽章や第2楽章の方が好きで・・・ただまだ好きすぎて文章にできないです。

この曲が名曲として名を馳せたのは2つの主な理由があります。
一つは映画「ベニスに死す」で使われたこと。映画の内容もかなりインパクトがあるようですが(なんでまだ観てないんだ、私)、この曲の使われ方、そしてこの曲の性質、そして曲に込められた感情が映画の内容と結びついての効果が相乗したのかかなり有名になったらしいです。

もう一つの理由ですが・・・
どんな曲も有名になるには曲自体のクオリティも大切ですが、曲にまつわるエピソードも大切なエレメントだったりします。
この「アダージェット」に関しては曲もエピソードもインパクト大です。
あくまで言い伝え(リハーサルの時に聞いた)ですが、この曲を書いた当時マーラーはアルマと結婚したばかりで、彼女への愛を表現した曲、と言われています。

その言い伝えに違わず本当にロマンティックな曲で、息の長い弦のメロディーとハープの落ち着いた丸い音で創られるintimateな世界は暖かく、官能的で口説かれてるみたいで(笑)
(ちなみに弦とハープのみ弾く楽章です)
マーラーは合唱や声楽を交響曲に用いますが、この5番は楽器のみの編成・・・なのですが、どことなくやっぱり歌っぽい性格がありますね。
ただ歌だとしたらどんだけゆっくり歌ってどんだけ息が長く続くんだという。

これで口説かれたら少なくともムードに押されて折れますよ(笑)いや本当に。
洒落にならないくらいロマンチックで、大人の恋愛事の匂いがぷんぷんします。心に響くのはもちろん、本能に働きかけてきます(マーラーはなにかと生物学・心理学が絡んできますね、印象的に。フロイトと繋がりがあったらしいですし)。

先ほど言及しました「もっと思い入れの深い楽章」もありますので、ぜひこの交響曲のCDを借りて・買って、その時にはこの楽章でなく全部の楽章を聴いて欲しいです。
どの楽章も一つ一つ素晴らしいものですが、交響曲全体として聞いてもまたさらに完全な世界を感じられます。

ちなみに私マーラーと誕生日1日違い!(何にも関係ない!)


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