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夕方に出かける用事があるときに限ってクールチェンジが思ったタイミングに来ず、行き帰り本来なら別の服着たいんだけど、と思いながら熱い西日に向かって出かける日々です。
まだまだクラシック音楽界隈はホリデーシーズンですがその分他にもアンテナ張って行動せねば、ということで今回はちょっと趣旨が違うイベントに行ってきました。
メルボルンでは今Midsumma FestivalというLGBT+のフェスティバルが開催中。といってもいわゆるPride Marchだけにとどまらず、そしてメルボルンのシティ内にとどまらず周辺のsuburbもひっくるめて色んなイベントをやってます。というか1か月くらいの期間で場所も直接の開催者も色々なんで全貌が見えてこないし個々のイベントを探すにも一苦労。
その中でたまたま見つけたのがこの「Ace of Hearts」というミュージカル。LGBT+のサブグループの中でもなかなかスポットを浴びることのないAsexuality(同性にも異性にも性的興味がない人のこと)を題材にしたミュージカル作品。他人事ではない題材をまさかメルボルンで扱ってくれるとは。ということで興味も応援も兼ねて行ってきました。
Ace of Hearts(リンク)
The MC Showroom, Prahran
監督:Mudit Dhami、振付:Bradley Beard
脚本:Natasha Pearson & Hayden Dun
あらすじをざっと。
Keiraはどちらかというと引っ込み思案な女の子。男性とも女性とも付き合ったことがなく、周りの「恋バナ」についていけないと感じることも多く。これじゃだめだ、もう仲間はずれになりたくないという思いから新しく遊び始めた友達に引っ張られるようにして「大人への一歩」を踏みだそうと心に決めるが・・・?
周りと違う自分、友達とも恋人ともつかない大切な相手、友達からのプレッシャー、家族や友人の無理解、そして自分が何者なのか、何が大切なのか、そして「好き」の形の発見に焦点を当てたコメディありドラマありの作品でした。
役者さんの一人がAsexualであることに加えてAsexualの人やコミュニティがどういった問題に直面しているか、どういった視点で社会を見ているかなどかなり詳細にリサーチするだけでなくasexualの人々だけでなく色んな方面に配慮して作られていたと感じました。それでいてストーリーもなかなかしっかりしてますし、ミュージカル的な表現とも相性が良く。
例えば一般的な誤解だけでなく他のLGBT+の人たちから言われることとかまで含めててなかなか念入り。問題提起的な意味ではかなりいいとこ付いてたんじゃないかな。
主人公のKeiraと彼女にとって大切な存在であるMichaelのすれ違いもありながらお互いを思い「典型的な恋人同士」でない関係を探していく姿勢の描写は色々思うことがありました。Happily ever afterにするのは簡単だけどそれとはまた違った道が示されていたのもまたこの作品の入念さの一つで。
あといわゆる「花より団子」的な意味でAsexualityのシンボル(というか内輪のジョークのネタ)として使われる「ケーキ」が最後の大団円を表すように使われててなんかよかったです。ただのネタを超えたうまい使い方。
それから役者さんの数が少なくて演じられるキャラクターの数も同時に限られる中いろんな属性のキャラクターが共存してたのも(この手の作品・イベントではもうマストではありますが)よかったと思います。
どうしてもしょうがないことなのですが啓発要素が大きくなるとたとえミュージカルにしても情報量や言葉の量が多めにはなるんですよね。うまいこと歌にしちゃうところも多いですしストーリーのテンポに影響することもほとんどなかったですがなかなかバランスが難しいところ。
あとバランスといえば伴奏(録音)の音量がちと大きくて言葉が聞こえにくい部分もちょっとあって残念でした。
あとは欲を言えば紙のプログラムが欲しかったかな。制作に関わった人や団体の名前なんかはもちろんですが、せっかく作中でAsexualityについて一番メジャーな(=だいたいの人がここで知る)フォーラムAVENの名前出したんだからそのURLと他にも作品を作る上で参考にしたリソースなんかもちょろっとしれっと載せとくと気が利いてるな、と思える。
そして2月1日から10日までの公演のなかたまたま昨日が公演後Q&Aセッションがあったのでちょっと残って聴いてきました。描写のある程度の偏りはほんとしょうがないことですよね。みんながみんなKeiraと同じ体験をするわけではないですが一つの作品・キャラクターで描ける範囲は限られてますし。今のところAsexualityに関する作品の絶対数が少ないから偏りが生じるわけで今後もっと広い範囲でカバーできるといいなという話が主でした。
私がメンタルヘルスに関して病院で習ったことを話すときも「決して入院患者だけに有用な情報じゃないんだけどなあ」と思いますがAsexualityに関する話もそう思うことが多いです。特に「好きの形の多様さ」に関してはasexualでない人にも助けになることも色々ある。Asexualityに関する啓蒙が大事な数々の理由の一つだと思ってます。
ということで私からの啓蒙が始まっちゃう前に今日はミュージカルの感想としてここでストップ。制作者にも主催のMidsumma Festvalにも一声かけておいた方がいいんだろうな、なんとか勇気を絞りだしたいところです。
今日の一曲: クロード・ドビュッシー 前奏曲第2集 第12番「花火」
お祭りということで安易に花火。というか今弾いてるので。
こないだエッシャー×Nendo展でエッシャーの描いた花火を見てきましたが伝統的な美術芸術界隈ではそんなに見ない題材なイメージがあります。
そもそもエッシャー(in イタリア)やドビュッシー(おそらくパリ)の見た20世紀初頭の映像録画以前時代の花火ってどんな感じ?というのも見当が付かなかったのでざっとWikipediaで花火の歴史のページを見てみたのですが意外と早くに歴史部分が終わっててもしかしてそんなには今と変わらない?化学の分野としてはちょっと珍しいような。
こないだもクイズ番組のVTRでちょろっとだけパリの新年のエッフェル塔から出てる花火を見たのですがあんな感じかなあ。今は点火が電子制御になってると聞いたことがあるので今ほどは細かい連発はできないか。ただこのドビュッシーの花火を聞いてるとそれなりにバラエティはあったんじゃないかということがうかがえます。
あと花火を音楽で描くのはいいですがそれを一つの「景色」として描いて曲として完成させるのはまた一段階工夫が要る。ドビュッシーは最後に花火が消えた後かすかに聞こえる「ラ・マルセイエーズ」で余韻を表現するのがまた上手い!粋なことをしてくれますよほんとに。
録音はロジェな気分だったのでロジェさんで(笑)前奏曲は特に第1集でそうですがお国巡りみたいな要素があって、第1集も第2集も最終的にパリに戻ってくるのが面白いですね。景色だけじゃなくて時代のスケッチみたいなところもあって楽しい曲集です。
まだまだクラシック音楽界隈はホリデーシーズンですがその分他にもアンテナ張って行動せねば、ということで今回はちょっと趣旨が違うイベントに行ってきました。
メルボルンでは今Midsumma FestivalというLGBT+のフェスティバルが開催中。といってもいわゆるPride Marchだけにとどまらず、そしてメルボルンのシティ内にとどまらず周辺のsuburbもひっくるめて色んなイベントをやってます。というか1か月くらいの期間で場所も直接の開催者も色々なんで全貌が見えてこないし個々のイベントを探すにも一苦労。
その中でたまたま見つけたのがこの「Ace of Hearts」というミュージカル。LGBT+のサブグループの中でもなかなかスポットを浴びることのないAsexuality(同性にも異性にも性的興味がない人のこと)を題材にしたミュージカル作品。他人事ではない題材をまさかメルボルンで扱ってくれるとは。ということで興味も応援も兼ねて行ってきました。
Ace of Hearts(リンク)
The MC Showroom, Prahran
監督:Mudit Dhami、振付:Bradley Beard
脚本:Natasha Pearson & Hayden Dun
あらすじをざっと。
Keiraはどちらかというと引っ込み思案な女の子。男性とも女性とも付き合ったことがなく、周りの「恋バナ」についていけないと感じることも多く。これじゃだめだ、もう仲間はずれになりたくないという思いから新しく遊び始めた友達に引っ張られるようにして「大人への一歩」を踏みだそうと心に決めるが・・・?
周りと違う自分、友達とも恋人ともつかない大切な相手、友達からのプレッシャー、家族や友人の無理解、そして自分が何者なのか、何が大切なのか、そして「好き」の形の発見に焦点を当てたコメディありドラマありの作品でした。
役者さんの一人がAsexualであることに加えてAsexualの人やコミュニティがどういった問題に直面しているか、どういった視点で社会を見ているかなどかなり詳細にリサーチするだけでなくasexualの人々だけでなく色んな方面に配慮して作られていたと感じました。それでいてストーリーもなかなかしっかりしてますし、ミュージカル的な表現とも相性が良く。
例えば一般的な誤解だけでなく他のLGBT+の人たちから言われることとかまで含めててなかなか念入り。問題提起的な意味ではかなりいいとこ付いてたんじゃないかな。
主人公のKeiraと彼女にとって大切な存在であるMichaelのすれ違いもありながらお互いを思い「典型的な恋人同士」でない関係を探していく姿勢の描写は色々思うことがありました。Happily ever afterにするのは簡単だけどそれとはまた違った道が示されていたのもまたこの作品の入念さの一つで。
あといわゆる「花より団子」的な意味でAsexualityのシンボル(というか内輪のジョークのネタ)として使われる「ケーキ」が最後の大団円を表すように使われててなんかよかったです。ただのネタを超えたうまい使い方。
それから役者さんの数が少なくて演じられるキャラクターの数も同時に限られる中いろんな属性のキャラクターが共存してたのも(この手の作品・イベントではもうマストではありますが)よかったと思います。
どうしてもしょうがないことなのですが啓発要素が大きくなるとたとえミュージカルにしても情報量や言葉の量が多めにはなるんですよね。うまいこと歌にしちゃうところも多いですしストーリーのテンポに影響することもほとんどなかったですがなかなかバランスが難しいところ。
あとバランスといえば伴奏(録音)の音量がちと大きくて言葉が聞こえにくい部分もちょっとあって残念でした。
あとは欲を言えば紙のプログラムが欲しかったかな。制作に関わった人や団体の名前なんかはもちろんですが、せっかく作中でAsexualityについて一番メジャーな(=だいたいの人がここで知る)フォーラムAVENの名前出したんだからそのURLと他にも作品を作る上で参考にしたリソースなんかもちょろっとしれっと載せとくと気が利いてるな、と思える。
そして2月1日から10日までの公演のなかたまたま昨日が公演後Q&Aセッションがあったのでちょっと残って聴いてきました。描写のある程度の偏りはほんとしょうがないことですよね。みんながみんなKeiraと同じ体験をするわけではないですが一つの作品・キャラクターで描ける範囲は限られてますし。今のところAsexualityに関する作品の絶対数が少ないから偏りが生じるわけで今後もっと広い範囲でカバーできるといいなという話が主でした。
私がメンタルヘルスに関して病院で習ったことを話すときも「決して入院患者だけに有用な情報じゃないんだけどなあ」と思いますがAsexualityに関する話もそう思うことが多いです。特に「好きの形の多様さ」に関してはasexualでない人にも助けになることも色々ある。Asexualityに関する啓蒙が大事な数々の理由の一つだと思ってます。
ということで私からの啓蒙が始まっちゃう前に今日はミュージカルの感想としてここでストップ。制作者にも主催のMidsumma Festvalにも一声かけておいた方がいいんだろうな、なんとか勇気を絞りだしたいところです。
今日の一曲: クロード・ドビュッシー 前奏曲第2集 第12番「花火」
お祭りということで安易に花火。というか今弾いてるので。
こないだエッシャー×Nendo展でエッシャーの描いた花火を見てきましたが伝統的な美術芸術界隈ではそんなに見ない題材なイメージがあります。
そもそもエッシャー(in イタリア)やドビュッシー(おそらくパリ)の見た20世紀初頭の映像録画以前時代の花火ってどんな感じ?というのも見当が付かなかったのでざっとWikipediaで花火の歴史のページを見てみたのですが意外と早くに歴史部分が終わっててもしかしてそんなには今と変わらない?化学の分野としてはちょっと珍しいような。
こないだもクイズ番組のVTRでちょろっとだけパリの新年のエッフェル塔から出てる花火を見たのですがあんな感じかなあ。今は点火が電子制御になってると聞いたことがあるので今ほどは細かい連発はできないか。ただこのドビュッシーの花火を聞いてるとそれなりにバラエティはあったんじゃないかということがうかがえます。
あと花火を音楽で描くのはいいですがそれを一つの「景色」として描いて曲として完成させるのはまた一段階工夫が要る。ドビュッシーは最後に花火が消えた後かすかに聞こえる「ラ・マルセイエーズ」で余韻を表現するのがまた上手い!粋なことをしてくれますよほんとに。
録音はロジェな気分だったのでロジェさんで(笑)前奏曲は特に第1集でそうですがお国巡りみたいな要素があって、第1集も第2集も最終的にパリに戻ってくるのが面白いですね。景色だけじゃなくて時代のスケッチみたいなところもあって楽しい曲集です。
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