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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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考えるだけならタダなので
前々回のエントリーに拍手ありがとうございます。

プロコフィエフのパート難しいですねー(笑)弾けない!難しい!って感じじゃなくて地味にちょこちょこ難しい。そして地味に難しいところで決まって目立つ。ロミジュリでもそうだったなー懐かしい。

決して華やかだったりピアノの技巧を披露できるパートではなく、つまりはソロのピアノとは全然性質が違うピアノのパートですが私にとってはもう満足なパートです。オケの一部であり、交響曲の一部であることを強く感じます。

一方新しい作曲家の曲はそれと比べるとどうしても首をかしげる事が多い。そりゃあ元々ピアノ弾きじゃない人ですしピアノのパートって書くの難しいでしょうしそもそもプロコフィエフとか偉大な作曲家と比べちゃあいけないかなという気はしますが、これまで色々若い作曲家の作品でありがたくパートをいただいて弾いてきた経験でなんとなく似たような首のかしげ方を何回かしてきたので。
それじゃあ「オケにおける良いピアノパート」って何なんだろう?ということをオケピアノ人生20年目になって改めて考え始めてみました。

ピアノという楽器の特徴をいくつか考えてみると速く弾ける、和音が弾ける(しかも大きな・音が多い和音が弾ける)、はっきりしたアタックがある、音量の幅がある、ペダルで独特の響きがでる、とかかな。
速く弾けるから木管楽器(高音)と一緒のパートも結構多いですし和音が弾けることで金管楽器と一緒に弾いたりポピュラー寄りジャンルでのコード伴奏みたいなのもある。はっきりしたアタックで打楽器の役割を担うこともありますし音量の幅により主役も背景も器用にこなす。などなど。

奏者としてじゃなくて聴衆として聞いてみるとオケでピアノのパートがいいな、と思う一つの要素はピアノの音というか音色が聞こえてきてかっこいいとき・・・かも。ショスタコの1番とか5番とかが良い例ですね。やっぱりあの金属的で硬い音が聞こえてくると「これはピアノしかできない」みたいな気持ちになるので。(これは他の楽器だとベルリオーズの幻想交響曲の第2楽章のハープのパートの存在感にも似てるかも)

もちろん「良いパート」というのはそういう存在感のある主役部分以外も評価対象で。いかにオケを支える方面で意味ある、上手な仕事をさせるか。多分ここで首かしげることが多いんじゃないかな。ちょこちょこ目にする、私が言うところの「謎分散和音」なピアノパートはこういうところで機能に苦しんでいるのかも。

かならずしもピアノパートを特別に、他の楽器と独立させる必要はないんですよね。ただ音量と音質の関係で他の楽器とも上手く組み合わせないと悪目立ちするリスクもあり。
でも同時に音量があるからこそ他の楽器と共鳴して引き立たせるように使う事も可能。きっとプロコ5番もそういう使いかたしている。

色々まだ考え途中を話してるので所々端折った感じになってますかね?自分でもどれくらい理解できる文章で書いてるか分からないのですが(汗)
こうやって書いてみるとピアノのパートもオケの他の楽器と変わらないはずなんですけどね。でもやっぱりピアノパートを書くのは他より難しいみたいなんだよなー・・・

それじゃあ奏者としてこれはいいピアノパートだ!と思った曲は何だろう、と思ったのでとりあえず10曲リストしてみました。
(1) ショスタコーヴィチ 交響曲第5番
(2) プロコフィエフ 交響曲第5番
(3) オルフ カルミナ・ブラーナ
(4) ラフマニノフ 交響的舞曲
(5) レスピーギ ローマの松
(6) マルティヌー オーボエ協奏曲
(7) ショスタコーヴィチ 交響曲第1番
(8) プロコフィエフ ロミオとジュリエット
(9) バルトーク 不思議な中国の役人
(10) バーンスタイン ウェストサイド・ストーリー

自分で弾いた曲が多くなりましたが(なので思い出せてない曲もあるかも)自分では弾いてない曲も入ってますね。そしてもちろんですがチェレスタパートは除外してます。あとペトルーシュカとかソロパートに近いやつも入れてません。
こうやってみると色々だなー(笑)そしてマルティヌーはその中でもちょっとやっぱり異質かも。
でも主役としても脇役としてもどっちも楽しい曲揃いですしそれぞれに色んな他の楽器との絡みもある。これからも色んな作品のピアノパートを経験したいですし若い作曲家たちもどんどんオケにピアノパートを入れることに挑戦して欲しいです。首をかしげることになってもパートをもらえて弾けることはとても光栄ですし感謝しているので。


今日の一曲: セルゲイ・プロコフィエフ 交響曲第5番第1楽章



交響曲ってのはオーケストラにおいてスケール・演奏時間・メジャーさ全てで最大のジャンルではないかと思われます。そんな交響曲というジャンルでピアノが弾くようになったのはショスタコーヴィチの1番以来。チェレスタよりも後の参戦です。もちろん楽器自体はよく知られてますがまだまだルーキーです。

そして交響曲というジャンルはそれだけ大きいジャンルにもかかわらず多くの場合特定の題材や物語や言葉がない純粋な器楽で抽象的な音楽。他のジャンルの音楽から来ると取っつきづらく感じるのかなあ。
・・・ということをこのプロコフィエフの5番、特に第1楽章を聞くと思ってしまいます。
特に不協和音が多いとか聞きにくいとかそういうことじゃないんですけどね、曲を知っててこういう音楽に耳が慣れてる自分でも特定のイメージを想像しにくい性質の音楽。
第2楽章とか第3楽章はキャラの塊みたいな感じなんですけどね。

でも頭の中に景色を描くような風に聞いてないからこそオケの楽器の働きに注目(耳)がいくというところはあるかな。最初のテーマが金管楽器で繰り返し出てくるとことか気持ちいいですし、プロコフィエフならではみたいなラインの重なり方とか動き方というか不思議な建築を見ているようで。

リハーサルではどれくらい各楽章に時間を割くか分かりませんが(どれも難しいけど第4楽章が一番難しいかなー)オケの中で弾く事で第1楽章にも愛着が湧くといいなと思ってます。

どういう録音でオススメしたらいいかなーと思ったのですが同じプロコフィエフでいうと意外とロミジュリあたりが一部ちょっと感覚的に似てるかなあと思うこともあったので(特に第2,4楽章)ロミジュリの組曲とのカップリングを探そうとしたのですが意外と無かったです(汗)ということでてんこもりの録音をリンク。

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