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仕事のための勉強、全般的な勉強、そして趣味を兼ねて論文を読んでいます。
広い範囲の勉強には向いていませんし、論文を読むだけでは(論文に使われる言語を勉強する以外には)勉強にはなりませんが、いろいろ面白いトピックで、一点集中型の深い検討だったり、最新の研究などが読めるので楽しいです。
最近ジョージ・クラムの音楽についての興味深い論文を2つ見つけることができて、いろいろ分析のこととか理解できていない部分もありながらも楽しく読みました♪現代音楽の分析、とくにクラムはわりと文献が少ないので貴重ですし、改めて学んだこと、自分の思いを確認したことも多く再読を楽しみにしています。
クラムの音楽を初めて知ったのはとある弦楽四重奏曲についての本で。
現代音楽の四重奏曲の名曲の一つとしてクラムの「ブラック・エンジェルズ」が掲載されていて。
まずはタイトルに惹かれました(笑)
実際にそれを聴いたのは何年か経ってからのことで、初めて聴いた当初はその「不快な音」に気圧されて正直好きになれないこともありましたが・・・
メシアンを好きになった後いろんな音楽に抵抗が少なくなってから改めてクラムに出会い直してからじわじわ心が支配されて、今では自分の演奏、そして自分の人生に不可欠な音楽となっています。
大学の音楽史だったり音楽の流派の授業でも一応クラムのことに言及はあります。
ただモダニズムの一部の「実験音楽」の一部としてわりとキワモノ扱いで、彼の表現・音楽の意図だったり哲学だったりについてはまったく言及がなくて・・・ぱっと聴いた印象も手伝って音楽をやる人(かなりの玄人でも)もそうでない人もちょっとばかり誤解しているかなーという感じがひしひしするのです。
以前私が好きな現代音楽は先進的なものでなく、様々な意味で「古風」なエレメントがあるものが好きだと書いた覚えがあるのですが、特にクラムの音楽はその傾向に当てはまっていると思います。
クラムの作品の様々なタイトルだったり、雰囲気だったりは(今日読んでいた論文にも書いてありますが)なによりも神話的。
どこの神話、とかそういうものではなく、古の自然と不思議、そして世界ができていく過程のメカニクスみたいなものを全般的に、universalに表現したもの。
クラムが「実験音楽」のくくりに入るのは彼が「特殊奏法」を多用する作曲家だから、という理由があります。
例えばフルートに息を吹き入れながら同時に声も吹き入れたり、ピアノ(グランドピアノ)の中の弦をつま弾いたり。声でもメロディーというよりは話すような歌い方をしたり。彼の音楽が不思議なサウンド、不快とされる原因です。
声はまた面白いですね。クラムは「意味のない音節」をよく使いますが、これにはいくつか意味があります。
一つは声を楽器として使っている、ということ。ざっくり言えば子音は音のアタック、母音は音質なので意味がない「言葉」により様々な楽器の音が作れる、ということ。
もう一つは今日読んだ論文にあったものなのですが、この「意味のない音節」によりどの言語でもないエキゾチックな言葉だったり、言葉を覚える前の子供の言語を表したり、ということもあるようです。
様々な技巧だったり特殊奏法をつかった声で、人間ではない存在を表現している、というのもあります。
クラムの表現するものは例えば「鯨の声」では古代の海と時代の移り変わりだったり、「天体の力学」での宇宙の無限に思える距離の中の天体の動き、「夏の夜の音楽」だったら星達の輝き、夜に動き歌い出す不可思議な「虫」たちの命・・・
日常に確かに普通に存在しているけれど私たちが意識しない、または今は見えないけれど何らかの形で残っている(神話的なエレメント)もの。
そういった人間の創ったもの、人間の世界とは別なものを表現するためには特殊奏法などで楽器のポテンシャルを広げ、あらゆる手を尽くして表現し、さらに人間の書いた音楽とは違うサウンドを追求することはごく自然なことだと思います。
クラムの音楽でもう一つ特徴的なのは円だったり、十字架だったり、螺旋の形をした楽譜の表記。
ジョージ・クラム公式ページのトップにもありますがこういう感じなんですが・・・
「こんな形にしても意味ないでしょ?」と言われますが・・・間接的には意味があると思います。
こういう形にするとまずフレーズの長さが形によって決まりますし、今日読んでいた論文によるとクラムはこうやって「シンボル」(マクロコスモス第1,2巻ではこういう変な形の楽譜の楽章は[Symbol]と表記があります)を見せることで聴き手が何を連想して、何を感じるかというのを引き出そうとしている意図もある、ということらしいです。
一見複雑で不可思議なタイトルだったり、特殊奏法などの細かい指示だったり、楽譜にある諸々の書き込みだったりでクラムの音楽はかなり細かく作曲家の意図を伝えようと口うるさい印象があるのですが・・・
実際のところクラムの音楽の演奏は演奏家によっての解釈・演奏の差にかなりばらつきがあります。
つまりクラムの音楽のスタイル、そしてタイトルや書き込みは弾き手に作曲家の感じて表現している世界についての様々なヒントを与え、連想だったり想像により奏者の内なる世界にあるいろんなエレメントの引き金を刺激して奏者に自由な表現を促している、という風にも取れます。
実際自分がクラムを弾いている時は本当に素直に自分のなかの想像力が表現出来る、ものすごい自由を感じます。
覚悟はしていましたが長くなるので次回に続きます。
クラムの音楽の影響、題材・タイトルの例、クラムの音楽の演奏についての諸々を話したいと思います。
もうクラムの音楽は語りきれないほどの思いがあるので・・・なんとかまとめます、次回(笑)
今日の一曲: ジョージ・クラム マクロコスモス第2巻 第5楽章「Ghost-Nocturne, for the Druids of Stonehenge(Night-Music II)」
割とチャレンジなものをご紹介。
クラムは(明日ちょっと言及あるかもですが)夜の音楽マイスターの一人だと思います。
夜の恐怖、神秘、そして人間が見えないものがうごめき出す時間としての夜・・・そういったものを網羅した音楽を創りだすことができる作曲家です。
この曲はかなり「奇妙」な音を用いています。
なんとガラスのコップを弦にそってころころ転がしたり、コップを転がしておいたまま鍵を弾くことでコップがはねて「がしゃん」というような音を出したり、ピアニストが意味のない音節を発したり。
私にとってマクロコスモス第2巻とは世界の終わりの諸過程。(ちなみにマクロコスモス第1巻は世界の始まりから始まってるので対称となっています)
その中でもなかなか解釈が難しい楽章なのですが・・・
この楽章の後に起こる完膚無きまでの破滅を考えると少しだけ分かるような気がします。
自分の解釈のイメージだとストーンヘンジで儀式を行うドルイドたちの前に突然現れる破滅の予言。
なんだか通常ではない精神状態にある彼らが目撃するヴィジョンはこれから世界の破滅が訪れることを示している・・・という感じです。
解釈の過程としては:
コップが跳ねて出る音は確かにびっくりするし突然のものなんですけど、それは今現在ここで起きている悲劇だったり破壊を表すものではない、という風に思います。
むしろそれはその儀式を行うドルイド達の不思議な精神状態、おそらくはトランスで自然と繋がっている状態(なので普通の奏法と特殊奏法が交錯している)状態のものを突然妨げ乱す、あくまでも彼らと自然の繋がりの中で起こっていること。
ただやっぱり不穏だったり不安、恐怖みたいなものはもたらしていて。
その破滅が確実に起こるもので、確実にその時が近づいていることが感じられる気がします。
クラムの音楽には(これも明日言及する気がしますが)本当に想像力が総動員される気がします。
弾き手としても、聴き手としても。
小さい頃から想像の世界を心に住まわせていたからか、やはりこういう音楽の存在は本当に嬉しくて・・・
だからクラムの音楽と離れられない、というのもあるのかも。
明日の一曲もまたクラムの予定ですが、明日はクラム入門に向いている聴きやすい曲を紹介したいと思います。
広い範囲の勉強には向いていませんし、論文を読むだけでは(論文に使われる言語を勉強する以外には)勉強にはなりませんが、いろいろ面白いトピックで、一点集中型の深い検討だったり、最新の研究などが読めるので楽しいです。
最近ジョージ・クラムの音楽についての興味深い論文を2つ見つけることができて、いろいろ分析のこととか理解できていない部分もありながらも楽しく読みました♪現代音楽の分析、とくにクラムはわりと文献が少ないので貴重ですし、改めて学んだこと、自分の思いを確認したことも多く再読を楽しみにしています。
クラムの音楽を初めて知ったのはとある弦楽四重奏曲についての本で。
現代音楽の四重奏曲の名曲の一つとしてクラムの「ブラック・エンジェルズ」が掲載されていて。
まずはタイトルに惹かれました(笑)
実際にそれを聴いたのは何年か経ってからのことで、初めて聴いた当初はその「不快な音」に気圧されて正直好きになれないこともありましたが・・・
メシアンを好きになった後いろんな音楽に抵抗が少なくなってから改めてクラムに出会い直してからじわじわ心が支配されて、今では自分の演奏、そして自分の人生に不可欠な音楽となっています。
大学の音楽史だったり音楽の流派の授業でも一応クラムのことに言及はあります。
ただモダニズムの一部の「実験音楽」の一部としてわりとキワモノ扱いで、彼の表現・音楽の意図だったり哲学だったりについてはまったく言及がなくて・・・ぱっと聴いた印象も手伝って音楽をやる人(かなりの玄人でも)もそうでない人もちょっとばかり誤解しているかなーという感じがひしひしするのです。
以前私が好きな現代音楽は先進的なものでなく、様々な意味で「古風」なエレメントがあるものが好きだと書いた覚えがあるのですが、特にクラムの音楽はその傾向に当てはまっていると思います。
クラムの作品の様々なタイトルだったり、雰囲気だったりは(今日読んでいた論文にも書いてありますが)なによりも神話的。
どこの神話、とかそういうものではなく、古の自然と不思議、そして世界ができていく過程のメカニクスみたいなものを全般的に、universalに表現したもの。
クラムが「実験音楽」のくくりに入るのは彼が「特殊奏法」を多用する作曲家だから、という理由があります。
例えばフルートに息を吹き入れながら同時に声も吹き入れたり、ピアノ(グランドピアノ)の中の弦をつま弾いたり。声でもメロディーというよりは話すような歌い方をしたり。彼の音楽が不思議なサウンド、不快とされる原因です。
声はまた面白いですね。クラムは「意味のない音節」をよく使いますが、これにはいくつか意味があります。
一つは声を楽器として使っている、ということ。ざっくり言えば子音は音のアタック、母音は音質なので意味がない「言葉」により様々な楽器の音が作れる、ということ。
もう一つは今日読んだ論文にあったものなのですが、この「意味のない音節」によりどの言語でもないエキゾチックな言葉だったり、言葉を覚える前の子供の言語を表したり、ということもあるようです。
様々な技巧だったり特殊奏法をつかった声で、人間ではない存在を表現している、というのもあります。
クラムの表現するものは例えば「鯨の声」では古代の海と時代の移り変わりだったり、「天体の力学」での宇宙の無限に思える距離の中の天体の動き、「夏の夜の音楽」だったら星達の輝き、夜に動き歌い出す不可思議な「虫」たちの命・・・
日常に確かに普通に存在しているけれど私たちが意識しない、または今は見えないけれど何らかの形で残っている(神話的なエレメント)もの。
そういった人間の創ったもの、人間の世界とは別なものを表現するためには特殊奏法などで楽器のポテンシャルを広げ、あらゆる手を尽くして表現し、さらに人間の書いた音楽とは違うサウンドを追求することはごく自然なことだと思います。
クラムの音楽でもう一つ特徴的なのは円だったり、十字架だったり、螺旋の形をした楽譜の表記。
ジョージ・クラム公式ページのトップにもありますがこういう感じなんですが・・・
「こんな形にしても意味ないでしょ?」と言われますが・・・間接的には意味があると思います。
こういう形にするとまずフレーズの長さが形によって決まりますし、今日読んでいた論文によるとクラムはこうやって「シンボル」(マクロコスモス第1,2巻ではこういう変な形の楽譜の楽章は[Symbol]と表記があります)を見せることで聴き手が何を連想して、何を感じるかというのを引き出そうとしている意図もある、ということらしいです。
一見複雑で不可思議なタイトルだったり、特殊奏法などの細かい指示だったり、楽譜にある諸々の書き込みだったりでクラムの音楽はかなり細かく作曲家の意図を伝えようと口うるさい印象があるのですが・・・
実際のところクラムの音楽の演奏は演奏家によっての解釈・演奏の差にかなりばらつきがあります。
つまりクラムの音楽のスタイル、そしてタイトルや書き込みは弾き手に作曲家の感じて表現している世界についての様々なヒントを与え、連想だったり想像により奏者の内なる世界にあるいろんなエレメントの引き金を刺激して奏者に自由な表現を促している、という風にも取れます。
実際自分がクラムを弾いている時は本当に素直に自分のなかの想像力が表現出来る、ものすごい自由を感じます。
覚悟はしていましたが長くなるので次回に続きます。
クラムの音楽の影響、題材・タイトルの例、クラムの音楽の演奏についての諸々を話したいと思います。
もうクラムの音楽は語りきれないほどの思いがあるので・・・なんとかまとめます、次回(笑)
今日の一曲: ジョージ・クラム マクロコスモス第2巻 第5楽章「Ghost-Nocturne, for the Druids of Stonehenge(Night-Music II)」
割とチャレンジなものをご紹介。
クラムは(明日ちょっと言及あるかもですが)夜の音楽マイスターの一人だと思います。
夜の恐怖、神秘、そして人間が見えないものがうごめき出す時間としての夜・・・そういったものを網羅した音楽を創りだすことができる作曲家です。
この曲はかなり「奇妙」な音を用いています。
なんとガラスのコップを弦にそってころころ転がしたり、コップを転がしておいたまま鍵を弾くことでコップがはねて「がしゃん」というような音を出したり、ピアニストが意味のない音節を発したり。
私にとってマクロコスモス第2巻とは世界の終わりの諸過程。(ちなみにマクロコスモス第1巻は世界の始まりから始まってるので対称となっています)
その中でもなかなか解釈が難しい楽章なのですが・・・
この楽章の後に起こる完膚無きまでの破滅を考えると少しだけ分かるような気がします。
自分の解釈のイメージだとストーンヘンジで儀式を行うドルイドたちの前に突然現れる破滅の予言。
なんだか通常ではない精神状態にある彼らが目撃するヴィジョンはこれから世界の破滅が訪れることを示している・・・という感じです。
解釈の過程としては:
コップが跳ねて出る音は確かにびっくりするし突然のものなんですけど、それは今現在ここで起きている悲劇だったり破壊を表すものではない、という風に思います。
むしろそれはその儀式を行うドルイド達の不思議な精神状態、おそらくはトランスで自然と繋がっている状態(なので普通の奏法と特殊奏法が交錯している)状態のものを突然妨げ乱す、あくまでも彼らと自然の繋がりの中で起こっていること。
ただやっぱり不穏だったり不安、恐怖みたいなものはもたらしていて。
その破滅が確実に起こるもので、確実にその時が近づいていることが感じられる気がします。
クラムの音楽には(これも明日言及する気がしますが)本当に想像力が総動員される気がします。
弾き手としても、聴き手としても。
小さい頃から想像の世界を心に住まわせていたからか、やはりこういう音楽の存在は本当に嬉しくて・・・
だからクラムの音楽と離れられない、というのもあるのかも。
明日の一曲もまたクラムの予定ですが、明日はクラム入門に向いている聴きやすい曲を紹介したいと思います。
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