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・・・というのはちょっと気が早いですが。
今日は10個に絞れなかったので(ここまで削るのも苦労しました!)10+1=11つの夏の季語から連想する音楽、さっそく行きます。
いつもといっしょで季語は日本ですが季節はオーストラリアのメルボルンを想定しています。
祝融: メシアン 「世の終わりのための四重奏曲」 第6楽章「7つのトランペットのための狂乱の踊り」
祝融(しゅくゆう)とは中国の古代の火の神。火事があった、ということを「祝融に遭った」などという言い方をするとか。とにかく火の神、ということでなんとなくやっぱり火と踊りと神性でこの曲を選択。メシアンのリズムはインドだったりアジアだったりに色んな意味で通じますのでね。
今朝の夏: ラヴェル 「クープランの墓」より「前奏曲」
朝起きて温度と光の感じで「ああ、夏の日だ」と思ってわくわくする気持ち、というチョイスです。
顔を洗う水の冷たさとか、朝日のあの角度とか、まだ涼しい風とか・・・でもこれからきっと暑くなる、そんな約束が感じられます。色彩がきらきらして、まぶしくて。物凄く好きな曲です(夏のうちに取りかかれるといいな!)
夏嵐: ラフマニノフ 練習曲「音の絵」 op.39 変ホ短調
例えばブリテンの「ピーター・グライムス」やマーラーの5番みたいな壮大さとは別なところにある、急に暗雲がやってきて生暖かい風が吹いて、大粒の雨がやってきて、旋風が起こって・・・そしてあっという間に夏の気温を連れて去っていく・・・みたいな、夏ならではの嵐です。
夕凪ぐ: ヴォーン=ウィリアムス 幻想的五重奏曲 第1楽章
ヴォーン=ウィリアムスは夕方の弦の音が本当に自分の中でイメージ強くて。
そのなかでも「凪ぐ」という感覚、あの静かな時までもが止まりそうな雰囲気、そしてやっと訪れた紫の夜と宵の明星・・・そしてだんだん心地良い、まだ暖かみをもった闇に沈んでいく感じ。
虹の帯: ラヴェル ピアノ三重奏曲 第4楽章
この三重奏曲全体が「雨」のイメージがあって、短編ストーリーを書いたこともあるんですが、メルボルンのざあーっと激しく降った雨の後のあのぶっとい眩しい虹にはこれくらい鮮やかな色と音がなきゃ!ということでこれを選びました。雨に濡れるのも、虹のまぶしさを感じ楽しみにするのも本当に楽しい季節。
砂灼くる: クラム 「子供たちのいにしえの声」より「いにしえの大地の踊り」
例えばウルルのあたりだったりで見られる真っ赤でさらさらの乾いた砂。裸足で踏みしめれば塵のように舞い上がる・・・オーストラリアの音楽ではないけれど、「乾いたオーストラリアの夏」にものすごく通じるものがあります。温度、というよりもなんといってもその乾燥を音楽から感じてしまうところが。
びいどろ: サン=サーンス 「動物の謝肉祭」より「水族館」
いつだったかガラスは固体ではなく流体が動かなくなったもの、と聞いたところからの連想でしょうか。透明さときらりと光るのと、まるで動き出しそうなカラーリング・・・そしてこの鉄琴の音からやっぱりどうしてもガラスを思い出してしまいます。どことなく風鈴を思い出し・・・ませんか?
夕涼み: アデズ 「アルカディアナ」四重奏曲より第1楽章「ヴェネツィアの夜想曲」
アルカディアナの各楽章は「水」または「地」に関連があるようになっていますが、これは水の楽章。ヴェネツィアの運河の情景から夜だったり水に足を浸したりなんだり、星と人里の光がまたたいていたり、ということを想像しました。実際この曲、本当に涼しげで良いです♪
トビウオ; メシアン 前奏曲集より第8番「風に映える影・・・」
空と海の間を飛ぶように移動するトビウオ。そのスピード感だったり、水面の上と下を行き交う姿だったり、その自由感、羽ばたき・・・メシアンが意図しているイメージとは違うことを承知でぴったりだな!と。
躍動感と爽やかさが夏にぴったり。
月下美人: クラム 「幽霊」より第1楽章「The night in silence under many a star」
なんといっても闇と月光を吸い上げて妖しく輝く、というのとあと多肉植物なのでそれなりに奇妙な雰囲気がいいかなあーと。そしたらやっぱりクラムの音楽の内でも闇が深い、そしてメゾソプラノの声が本当に美しく妖しいこの曲がよさそう、ということで。ただ綺麗なだけじゃいけませんからね。
空蝉: クラム 「子供たちのいにしえの声」より「幽霊の踊り」
魂を持った本体は抜けて出ているけれど、抜け殻にも確かに風情があって、そしてなんだか見えないものが残っているような感じ。無機質に近いマラカスなどの打楽器の音と、そしてなによりも音の間の「静寂」から感じられるものが、殻になったセミの抜け殻の割れ目の空虚と少し似ているような・・・?
今日の一曲はお休みです。いろいろ時間かけてしまったので(汗)
今日は10個に絞れなかったので(ここまで削るのも苦労しました!)10+1=11つの夏の季語から連想する音楽、さっそく行きます。
いつもといっしょで季語は日本ですが季節はオーストラリアのメルボルンを想定しています。
祝融: メシアン 「世の終わりのための四重奏曲」 第6楽章「7つのトランペットのための狂乱の踊り」
祝融(しゅくゆう)とは中国の古代の火の神。火事があった、ということを「祝融に遭った」などという言い方をするとか。とにかく火の神、ということでなんとなくやっぱり火と踊りと神性でこの曲を選択。メシアンのリズムはインドだったりアジアだったりに色んな意味で通じますのでね。
今朝の夏: ラヴェル 「クープランの墓」より「前奏曲」
朝起きて温度と光の感じで「ああ、夏の日だ」と思ってわくわくする気持ち、というチョイスです。
顔を洗う水の冷たさとか、朝日のあの角度とか、まだ涼しい風とか・・・でもこれからきっと暑くなる、そんな約束が感じられます。色彩がきらきらして、まぶしくて。物凄く好きな曲です(夏のうちに取りかかれるといいな!)
夏嵐: ラフマニノフ 練習曲「音の絵」 op.39 変ホ短調
例えばブリテンの「ピーター・グライムス」やマーラーの5番みたいな壮大さとは別なところにある、急に暗雲がやってきて生暖かい風が吹いて、大粒の雨がやってきて、旋風が起こって・・・そしてあっという間に夏の気温を連れて去っていく・・・みたいな、夏ならではの嵐です。
夕凪ぐ: ヴォーン=ウィリアムス 幻想的五重奏曲 第1楽章
ヴォーン=ウィリアムスは夕方の弦の音が本当に自分の中でイメージ強くて。
そのなかでも「凪ぐ」という感覚、あの静かな時までもが止まりそうな雰囲気、そしてやっと訪れた紫の夜と宵の明星・・・そしてだんだん心地良い、まだ暖かみをもった闇に沈んでいく感じ。
虹の帯: ラヴェル ピアノ三重奏曲 第4楽章
この三重奏曲全体が「雨」のイメージがあって、短編ストーリーを書いたこともあるんですが、メルボルンのざあーっと激しく降った雨の後のあのぶっとい眩しい虹にはこれくらい鮮やかな色と音がなきゃ!ということでこれを選びました。雨に濡れるのも、虹のまぶしさを感じ楽しみにするのも本当に楽しい季節。
砂灼くる: クラム 「子供たちのいにしえの声」より「いにしえの大地の踊り」
例えばウルルのあたりだったりで見られる真っ赤でさらさらの乾いた砂。裸足で踏みしめれば塵のように舞い上がる・・・オーストラリアの音楽ではないけれど、「乾いたオーストラリアの夏」にものすごく通じるものがあります。温度、というよりもなんといってもその乾燥を音楽から感じてしまうところが。
びいどろ: サン=サーンス 「動物の謝肉祭」より「水族館」
いつだったかガラスは固体ではなく流体が動かなくなったもの、と聞いたところからの連想でしょうか。透明さときらりと光るのと、まるで動き出しそうなカラーリング・・・そしてこの鉄琴の音からやっぱりどうしてもガラスを思い出してしまいます。どことなく風鈴を思い出し・・・ませんか?
夕涼み: アデズ 「アルカディアナ」四重奏曲より第1楽章「ヴェネツィアの夜想曲」
アルカディアナの各楽章は「水」または「地」に関連があるようになっていますが、これは水の楽章。ヴェネツィアの運河の情景から夜だったり水に足を浸したりなんだり、星と人里の光がまたたいていたり、ということを想像しました。実際この曲、本当に涼しげで良いです♪
トビウオ; メシアン 前奏曲集より第8番「風に映える影・・・」
空と海の間を飛ぶように移動するトビウオ。そのスピード感だったり、水面の上と下を行き交う姿だったり、その自由感、羽ばたき・・・メシアンが意図しているイメージとは違うことを承知でぴったりだな!と。
躍動感と爽やかさが夏にぴったり。
月下美人: クラム 「幽霊」より第1楽章「The night in silence under many a star」
なんといっても闇と月光を吸い上げて妖しく輝く、というのとあと多肉植物なのでそれなりに奇妙な雰囲気がいいかなあーと。そしたらやっぱりクラムの音楽の内でも闇が深い、そしてメゾソプラノの声が本当に美しく妖しいこの曲がよさそう、ということで。ただ綺麗なだけじゃいけませんからね。
空蝉: クラム 「子供たちのいにしえの声」より「幽霊の踊り」
魂を持った本体は抜けて出ているけれど、抜け殻にも確かに風情があって、そしてなんだか見えないものが残っているような感じ。無機質に近いマラカスなどの打楽器の音と、そしてなによりも音の間の「静寂」から感じられるものが、殻になったセミの抜け殻の割れ目の空虚と少し似ているような・・・?
今日の一曲はお休みです。いろいろ時間かけてしまったので(汗)
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