×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
昨夜からヤドカリさんが一匹脱皮を始めていました。
裸で転がって、ほとんどといいほど動かなくて・・・動いてはいるようなのですが、早いところ殻に戻っていただきたいです。
ちょっと地理的?レイアウト的な問題で隔離はできないのですが他の子はちょっかいだしてないように見受けます・・・が、念のため他の子をちょっとだけ外に出して元気に遊ばせて疲れさせてから水槽に戻す、という人間の子供のような作戦をとってます。
今日ちょっと書いてみたかったのは「自分の人生を変えた曲」のこと。
大げさなようですが、逆に新しい曲に出会うたびに自分の心も、思考も、人生も変わっていると思います。
そのなかから特にこれは大きかった!と思うものを紹介。
1) ショスタコーヴィチ 交響曲第11番
部分的ながら初めて弾いた交響曲です。そして初めてショスタコーヴィチの音楽の闇の素晴らしさ、そしてオケで弾く事の楽しさ、オケのパワーを感じた曲でもあります。
ユースオケのサマーキャンプでのことだったのですが、この曲を弾いたのがきっかけでメインのユースオケ(毎週土曜日、一年中)にオーディションすることに踏み切りました。
同時に自分が音楽の背景だったり、作曲家のことだったりに興味を持ち始めたきっかけの曲です。
ショスタコーヴィチの他の曲に興味を広げたのはもちろん、この曲の題材となっている1905年の「血の日曜日」の虐殺のことからショスタコーヴィチの人生、彼とソヴィエト政府との関係、そしてそこからロシア革命やソヴィエト史に興味を持つようになったり。
音楽のメッセージ性だったり、作曲家の思いを知り、汲むことを覚え始めた曲です。
2) マーラー 交響曲第5番
以前も紹介しました、初めてフルで弾いた交響曲です。
そしてこれも以前書いたのですが、本当に辛いときに弾いたことから、その後数年聴かなかった曲です。
つまりは初めてそれだけ心で濃く感じることができた、桁外れに共感できた曲でもあります。
ユースオケに入って2つめのコンサート、ようやく環境にも慣れてきて、周りの音を聞くように、音楽的に・人的に何が起こっているのかに目と耳をよく向けるようになりました。(間接的に脳内オケのはじまりになってるかも?)
音楽と別のところでもかなりいろいろなことが変動していたのでその影響ももちろんあります。
3) 武満徹 「遮られない休息」
20世紀音楽デビューではないのですが、私が「現代音楽」の世界にはまることになった直接のきっかけの曲。
これも前書いた話だとは思いますが、先生が「日本の曲も弾いたら」といって、ほとんど手探りでこの曲を選んで。そこからメシアンやらヒンデミットやらクラムやら広がってしまったのです。
本当に小さな曲ですが、今の私の源を作った曲だと言えると思います。
あれ、もちょっと大事にしなきゃ。そのうちまた弾かなきゃ。
4) クラム 「マクロコスモス第2巻」より第12番 「Agnus Dei」
他の3曲と違ってはっきりと「変わった」と思う曲ではないですが、今振り返ってみて自分に大きな影響を与えていると思う曲です。
説明するのもちょっと難しいのですが、この曲に透明なアクアマリンでできた大きなprayer-wheelを感じたときから、その色と透明さがじわじわと自分に浸透してきて、満たされた結果マクロコスモス第2巻を弾く事になった・・・ような気がします。
最近はあまり図書館でCDを借りたり、CDを買ったりする機会が(少なくとも大学にいたころよりは)減ってしまって、なかなか前みたいに新しい曲に毎週出会える、ということはないんですが・・・
(自分のipodのなかでもかなりまだ知らない・よく知らない曲はあるんですが)
もっともっと自分の中のレパートリーを広げていきたいと思います。
新しい友達を作ると同様(人によってはそれ以上)に素晴らしいことですし、音楽は自分にとって力になりますし、単純にもっともっと知りたいですから。
今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 交響曲第11番 第4楽章
先ほどのショスタコです~
弾いたのは第2楽章ですが、もちろん他の楽章も好きです。特にこの蛾苦笑は入院中に良く聴いて、さらに良くチェロで一人弾いていました。
第1楽章が虐殺の前、第2楽章が虐殺の描写、第3楽章が犠牲者への弔い、そしてこの第4楽章はきっと強いまなざしで前を向きます。
副題は「警鐘」、この虐殺を繰り返すまい、と革命後のソヴィエト政府に訴えかける曲です。
他の楽章と同じく様々な革命歌をモチーフに使い、一番有名な交響曲第5番の第4楽章にもよく似た調子で曲が進みます。
なんといっても凄いのは最後の4分。
しんと静まったところでコール・アングレが一人で革命歌「1月9日」を歌い上げるあの美しさ(本当になにも特別なことしなくても美しいんですよね、コール・アングレのソロ!天性の歌い手ですよ)、それから続く、バスクラから広がって行く暗いざわざわ、そして「警鐘」のベル。
鐘っていいですよね~いっぱい倍音がきこえて複雑な音色になるのはもちろんですが、種類(チューブ状、すり鉢状)による差、個体差もかなり大きいので録音ごとに印象ががらっと変わるので初めての演奏を聴くときはいつも楽しみです。
特に一番低い音はいつまでも耳に残ります。
ショスタコーヴィチは本当にこの曲で厳しい、そして真っ直ぐな目を当時の政府に向けているのが感じられます。彼の思いはたまにプロパガンダのため偽られ、たまに巧妙に隠されるのですが、そんななかでもなんというか、自分の住んでいる「国」がなんとかなってくれたら、という思いが見えるような気がします。
裸で転がって、ほとんどといいほど動かなくて・・・動いてはいるようなのですが、早いところ殻に戻っていただきたいです。
ちょっと地理的?レイアウト的な問題で隔離はできないのですが他の子はちょっかいだしてないように見受けます・・・が、念のため他の子をちょっとだけ外に出して元気に遊ばせて疲れさせてから水槽に戻す、という人間の子供のような作戦をとってます。
今日ちょっと書いてみたかったのは「自分の人生を変えた曲」のこと。
大げさなようですが、逆に新しい曲に出会うたびに自分の心も、思考も、人生も変わっていると思います。
そのなかから特にこれは大きかった!と思うものを紹介。
1) ショスタコーヴィチ 交響曲第11番
部分的ながら初めて弾いた交響曲です。そして初めてショスタコーヴィチの音楽の闇の素晴らしさ、そしてオケで弾く事の楽しさ、オケのパワーを感じた曲でもあります。
ユースオケのサマーキャンプでのことだったのですが、この曲を弾いたのがきっかけでメインのユースオケ(毎週土曜日、一年中)にオーディションすることに踏み切りました。
同時に自分が音楽の背景だったり、作曲家のことだったりに興味を持ち始めたきっかけの曲です。
ショスタコーヴィチの他の曲に興味を広げたのはもちろん、この曲の題材となっている1905年の「血の日曜日」の虐殺のことからショスタコーヴィチの人生、彼とソヴィエト政府との関係、そしてそこからロシア革命やソヴィエト史に興味を持つようになったり。
音楽のメッセージ性だったり、作曲家の思いを知り、汲むことを覚え始めた曲です。
2) マーラー 交響曲第5番
以前も紹介しました、初めてフルで弾いた交響曲です。
そしてこれも以前書いたのですが、本当に辛いときに弾いたことから、その後数年聴かなかった曲です。
つまりは初めてそれだけ心で濃く感じることができた、桁外れに共感できた曲でもあります。
ユースオケに入って2つめのコンサート、ようやく環境にも慣れてきて、周りの音を聞くように、音楽的に・人的に何が起こっているのかに目と耳をよく向けるようになりました。(間接的に脳内オケのはじまりになってるかも?)
音楽と別のところでもかなりいろいろなことが変動していたのでその影響ももちろんあります。
3) 武満徹 「遮られない休息」
20世紀音楽デビューではないのですが、私が「現代音楽」の世界にはまることになった直接のきっかけの曲。
これも前書いた話だとは思いますが、先生が「日本の曲も弾いたら」といって、ほとんど手探りでこの曲を選んで。そこからメシアンやらヒンデミットやらクラムやら広がってしまったのです。
本当に小さな曲ですが、今の私の源を作った曲だと言えると思います。
あれ、もちょっと大事にしなきゃ。そのうちまた弾かなきゃ。
4) クラム 「マクロコスモス第2巻」より第12番 「Agnus Dei」
他の3曲と違ってはっきりと「変わった」と思う曲ではないですが、今振り返ってみて自分に大きな影響を与えていると思う曲です。
説明するのもちょっと難しいのですが、この曲に透明なアクアマリンでできた大きなprayer-wheelを感じたときから、その色と透明さがじわじわと自分に浸透してきて、満たされた結果マクロコスモス第2巻を弾く事になった・・・ような気がします。
最近はあまり図書館でCDを借りたり、CDを買ったりする機会が(少なくとも大学にいたころよりは)減ってしまって、なかなか前みたいに新しい曲に毎週出会える、ということはないんですが・・・
(自分のipodのなかでもかなりまだ知らない・よく知らない曲はあるんですが)
もっともっと自分の中のレパートリーを広げていきたいと思います。
新しい友達を作ると同様(人によってはそれ以上)に素晴らしいことですし、音楽は自分にとって力になりますし、単純にもっともっと知りたいですから。
今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 交響曲第11番 第4楽章
先ほどのショスタコです~
弾いたのは第2楽章ですが、もちろん他の楽章も好きです。特にこの蛾苦笑は入院中に良く聴いて、さらに良くチェロで一人弾いていました。
第1楽章が虐殺の前、第2楽章が虐殺の描写、第3楽章が犠牲者への弔い、そしてこの第4楽章はきっと強いまなざしで前を向きます。
副題は「警鐘」、この虐殺を繰り返すまい、と革命後のソヴィエト政府に訴えかける曲です。
他の楽章と同じく様々な革命歌をモチーフに使い、一番有名な交響曲第5番の第4楽章にもよく似た調子で曲が進みます。
なんといっても凄いのは最後の4分。
しんと静まったところでコール・アングレが一人で革命歌「1月9日」を歌い上げるあの美しさ(本当になにも特別なことしなくても美しいんですよね、コール・アングレのソロ!天性の歌い手ですよ)、それから続く、バスクラから広がって行く暗いざわざわ、そして「警鐘」のベル。
鐘っていいですよね~いっぱい倍音がきこえて複雑な音色になるのはもちろんですが、種類(チューブ状、すり鉢状)による差、個体差もかなり大きいので録音ごとに印象ががらっと変わるので初めての演奏を聴くときはいつも楽しみです。
特に一番低い音はいつまでも耳に残ります。
ショスタコーヴィチは本当にこの曲で厳しい、そして真っ直ぐな目を当時の政府に向けているのが感じられます。彼の思いはたまにプロパガンダのため偽られ、たまに巧妙に隠されるのですが、そんななかでもなんというか、自分の住んでいる「国」がなんとかなってくれたら、という思いが見えるような気がします。
PR