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前回のエントリーに拍手ありがとうございます!
昨日はちょっと夕方出かけてました。Northcoteの方でちょっと飲んだりなんだり。
おいしいカクテル飲みましたよ。なんかちょっとレモネードみたいな感じの。Lemon Myrtle味のウオッカとかDOM Benedictineとかが入ってて。DOM Benedictineは薬草系リキュールみたいですね。27種類のハーブが入ってるとか。今度はシャルトリューズとか飲みたいなあ。
さて、前回から言っていたハープシコードの話。
たいしたことは書けないのです(笑)なぜなら弾いたことはないので。
ちょっとだけちょろっと触る程度に弾いたことはあります。お気に入りのあのただでさえほかのよりも狭い練習室にピアノと一緒に入ってたので。ただ誰も使わないのかものすごーく音がずれてて気持ち悪く。
よく言われがちなことなのですが、ハープシコードはピアノの前駆楽器ではどうやらないようです。
ピアノの原型もハープシコードと同じ時期に存在していたらしいですし、あと他人のそら似、ではないですがメカニズムはにているけど音を出す方法が違ったり。ピアノはハンマーが弦を「打つ」楽器ですがハープシコードは弦を爪で「はじく」楽器ですし。
ただ時代の音楽や作曲家の需要、音楽のあり方、そしてピアノの改良とかでピアノが台頭した、という流れでしょうか。
なので今の認識としてはハープシコードは主にバロック時代以前に活躍した楽器(+20世紀におけるリバイバル)という感じになっています。
でも弾き方は同じなのでピアニストがハープシコードも弾くんです。
(トゥーランガリラの彼は去年は大学でハープシコードも専攻してました)
それでも違いは多々ありますよ。強弱の幅、そして強弱の変化のしかたが限られてたり、音の伸びはほとんどありませんし、あとオルガンのように鍵盤が連動できたり音色が変えられたりとかしますし。
あとキーのタッチはハープシコードの方が大幅に軽い!なのでスカルラッティとかの作曲家がハープシコードなどを対象にして書いた曲はものすごい速いパッセージとかあるんですよね。今のピアノだと本当に技巧と指がしっかりしてないとちょっと難しい。
(ちゃんと)弾いたことはないですが何回か大学のオケでハープシコードを使ったことがあって、マネージャーとして関わったことはあります。主に運ぶのとか、チューニングを見届けるのとか。
ハープシコードは本体と支える棒と、あと本体を乗せる部分が別になってて、それもねじとかで止めるようなものじゃないのでかなり繊細かつひやひやものなんです。(もちろん楽器自体も古いですし)
しかもチューニングもピアノ以上に時間と労力(プロの調律師の方の)を使いますし、ずれやすい、という印象もあり。(ピアノはずっと改良され続けてますがハープシコードはそうでもないんだろうなあ・・・)
少なくとも私にとっては壊れ物扱いというか、そういう印象があります。どのみちピアノみたいにがつがつ弾いてもそれが反映できない楽器でもありますし。
ハープシコードはチェンバロ、クラヴサンという呼び方もあります。(順に英語、ドイツ語、そしてフランス語での呼び名)
クラヴサンっていいですね、名前。言葉の響きもそうですが、私が好きなハープシコードの曲はバロック時代だとたいていフランスものなので(詳しくはないですがラモーとかクープランとか聞くと好きですね~)。
ピアノでもいつか弾きたいなあ。
前々から母がハープシコードを弾いたらどうか、というんですよ。(いろんな方面からこれはどうだ、あれはどうだと言われるのですがその中の一つです)
弾いてほしい、というよりはハープシコードの蓋に絵を描きたいそうです。
ハープシコードもグランドピアノのように蓋をこちらに向けて斜めに開けて棒で支えて音を聴衆に向かって響かせるのですが、聴衆に向く面(閉じたとき下になる面)に絵が描いてあることが多いんですね。
大学のMelba Hallにあるハープシコードは油絵の具でオーストラリアのoutbackの風景が描かれていて、それがまあ美しい!(オーストラリアの曲以外を弾いていて音楽にマッチするか、という問題は別として・・・)
そういうのが母もやりたいらしくて、私も母が描いたハープシコードで弾いてみたいとは思ってるのですがなかなか実現は難しい(笑)
あんまり古音楽には比較的興味が薄かったのもあって、ハープシコードの音はよく聴いていて親しく好きだったながらも特別な魅力を抱くことは長いことなかったのですがその認識を変えたのはこれまたジョージ・クラムでした。
Songs, Drones, Refrains of Deathという曲はピアノとハープシコードを1人の奏者が(確か)掛け持ちしているのですが、ピアノだけでなくハープシコードもアンプで制御するんです。それでハープシコードにアンプがかかったところに手のひらクラスターを弾く(たたく)、という音がすごい!電気ノイズですよ!(笑)(ただし録音により結構差はでるようです・・・楽器の違いかアンプの調節の違いか)ちなみに第2部の速いSong of the Ridersの部分で何回かやってるので是非お聞きください。おすすめの録音はSpeculum Musicaeの演奏。
とにかくこれで自分のハープシコードに対する認識が一新しまして。
(いや、もともと好きではあるのですが改めて注目するようになった、ということで)
20世紀は古音楽のリバイバル=新古典主義だったり、楽器の弾き方を広げたり(特殊奏法など)、そういう中でハープシコードも(あんまり楽器自体に改良が加えられてないにもかかわらず)新しく注目を浴びるようになって。
その中でも私が際立ってると思うのが去年からちょくちょく話がでているトマス・アデズだと思います。これも一昨年のコンサートで生で彼の新古典主義的な音楽を聴いてからずっと思ってることで。
バロック音楽に見られるIntimateでシンプルで透明な感じを今の言語で表現したみたいな、言葉で説明するのは難しいですが新しさと懐かしさが同居した感じがハープシコードの音にあったりするんですよね。
持ってる録音の中だと(コンサートで聴いたやつは持ってないのが多い・・・)おすすめはSonata da Cacciaですね。ハープシコードにホルン、オーボエというバロック~古典時代あたりで活躍していた楽器(さらに神話時代までさかのぼれる楽器でもありますね)を組み合わせたどこか古くて、でもちょっと現代的なひねくれや洗練がおもしろいです。
今回ちょっと縁がないようであるようで、思い立たないとなかなか扱うことのないエリアについて書けてなんだかほっとしています。
忙しい忙しいとはいうけれどあとはキーワードto音楽を近いうちにできればこのブログに関してはもっと安心するかな・・・とか思ってます。
ちょこちょこ考えためる癖つけないと。
今日の一曲: ヨハン・セバスチャン・バッハ 平均律第2巻 第24番
バッハの書いた音楽のうち今ピアノで弾かれているものは一般的にピアノのために、とかハープシコードのために、とかではなく「鍵盤楽器で弾くため」に書かれているそうで。
なのでもちろんハープシコードの演奏も多々巷にはあります。同じ曲をピアノで、そしてハープシコードで聞き比べてみるのもおもしろいですよ♪
さて、平均律第2巻第24番。2巻あってそれぞれ24曲ある、つまり「平均律クラヴィーア曲集」という名の曲集最後の曲です。ロ短調です。バッハはロ短調に名曲が多い、と一般的にいえると思いますがいかがでしょうか。
第1巻の24番は結構、なんというか・・・神聖な、特別なものという扱いですが(詳しい話はおいおいできれば、と思っています)、第2巻の24番はそんなにメジャーな扱いではないような気がします。生で聴いたことは一回もない。
ただうちに限ってはこの曲はメジャー中のメジャー曲で。
それはなぜかというと、Macintosh用のコンピュータゲーム、「Glimmer!」の冒頭BGMにこの第24番の前奏曲が使われていたから。あの紫と金で表裏を彩られた球が裏返り続けるグラフィックにこの曲はやられますよ。
このゲームは3Dめがねをかけて遊ぶパズルゲームで、シンプルながらもなかなかトリックがあったり幾何学的なデザインが素敵だったりで面白かったのですが、冒頭だけでなくすべてのBGMがバッハの平均律第2巻からとられているんです。(各レベルには一つずつフーガが、そして冒頭に24番の前奏曲、全クリアで1番の前奏曲)
このバッハの音楽のハープシコード演奏がゲームのグラフィックスの幾何学的なデザインとうまくマッチして、ゲームが面白いのに加えて音楽に対しても不思議な好感・共感が感じられます。
この第24番の前奏曲はなんというか「ああこれバッハだよな」という、どこか幾何学的に絡み合うようなデザインの音楽に、さすがはロ短調というような不思議な暗さと渋さがあり。
そしてフーガはどっちかというと組曲の最後に位置する「ジーグ」と呼ばれる踊りに似ていますね。はねたり回ったり(イギリスやスコットランドで見られるのと似てる踊りです)。
確かに第1巻の終わりと比べると荘厳な雰囲気があるわけでもないですが、でもなんだろうな、こういうエンディングも全然ありなんですよね。それは確実にいえるんですが。
とにかくフーガよりも前奏曲推しです。微妙にのめり込む魅力があります(笑)ハープシコードで弾くとなおさらに。響きがもう、なんか小宇宙というか。
いつか弾きたい♪
昨日はちょっと夕方出かけてました。Northcoteの方でちょっと飲んだりなんだり。
おいしいカクテル飲みましたよ。なんかちょっとレモネードみたいな感じの。Lemon Myrtle味のウオッカとかDOM Benedictineとかが入ってて。DOM Benedictineは薬草系リキュールみたいですね。27種類のハーブが入ってるとか。今度はシャルトリューズとか飲みたいなあ。
さて、前回から言っていたハープシコードの話。
たいしたことは書けないのです(笑)なぜなら弾いたことはないので。
ちょっとだけちょろっと触る程度に弾いたことはあります。お気に入りのあのただでさえほかのよりも狭い練習室にピアノと一緒に入ってたので。ただ誰も使わないのかものすごーく音がずれてて気持ち悪く。
よく言われがちなことなのですが、ハープシコードはピアノの前駆楽器ではどうやらないようです。
ピアノの原型もハープシコードと同じ時期に存在していたらしいですし、あと他人のそら似、ではないですがメカニズムはにているけど音を出す方法が違ったり。ピアノはハンマーが弦を「打つ」楽器ですがハープシコードは弦を爪で「はじく」楽器ですし。
ただ時代の音楽や作曲家の需要、音楽のあり方、そしてピアノの改良とかでピアノが台頭した、という流れでしょうか。
なので今の認識としてはハープシコードは主にバロック時代以前に活躍した楽器(+20世紀におけるリバイバル)という感じになっています。
でも弾き方は同じなのでピアニストがハープシコードも弾くんです。
(トゥーランガリラの彼は去年は大学でハープシコードも専攻してました)
それでも違いは多々ありますよ。強弱の幅、そして強弱の変化のしかたが限られてたり、音の伸びはほとんどありませんし、あとオルガンのように鍵盤が連動できたり音色が変えられたりとかしますし。
あとキーのタッチはハープシコードの方が大幅に軽い!なのでスカルラッティとかの作曲家がハープシコードなどを対象にして書いた曲はものすごい速いパッセージとかあるんですよね。今のピアノだと本当に技巧と指がしっかりしてないとちょっと難しい。
(ちゃんと)弾いたことはないですが何回か大学のオケでハープシコードを使ったことがあって、マネージャーとして関わったことはあります。主に運ぶのとか、チューニングを見届けるのとか。
ハープシコードは本体と支える棒と、あと本体を乗せる部分が別になってて、それもねじとかで止めるようなものじゃないのでかなり繊細かつひやひやものなんです。(もちろん楽器自体も古いですし)
しかもチューニングもピアノ以上に時間と労力(プロの調律師の方の)を使いますし、ずれやすい、という印象もあり。(ピアノはずっと改良され続けてますがハープシコードはそうでもないんだろうなあ・・・)
少なくとも私にとっては壊れ物扱いというか、そういう印象があります。どのみちピアノみたいにがつがつ弾いてもそれが反映できない楽器でもありますし。
ハープシコードはチェンバロ、クラヴサンという呼び方もあります。(順に英語、ドイツ語、そしてフランス語での呼び名)
クラヴサンっていいですね、名前。言葉の響きもそうですが、私が好きなハープシコードの曲はバロック時代だとたいていフランスものなので(詳しくはないですがラモーとかクープランとか聞くと好きですね~)。
ピアノでもいつか弾きたいなあ。
前々から母がハープシコードを弾いたらどうか、というんですよ。(いろんな方面からこれはどうだ、あれはどうだと言われるのですがその中の一つです)
弾いてほしい、というよりはハープシコードの蓋に絵を描きたいそうです。
ハープシコードもグランドピアノのように蓋をこちらに向けて斜めに開けて棒で支えて音を聴衆に向かって響かせるのですが、聴衆に向く面(閉じたとき下になる面)に絵が描いてあることが多いんですね。
大学のMelba Hallにあるハープシコードは油絵の具でオーストラリアのoutbackの風景が描かれていて、それがまあ美しい!(オーストラリアの曲以外を弾いていて音楽にマッチするか、という問題は別として・・・)
そういうのが母もやりたいらしくて、私も母が描いたハープシコードで弾いてみたいとは思ってるのですがなかなか実現は難しい(笑)
あんまり古音楽には比較的興味が薄かったのもあって、ハープシコードの音はよく聴いていて親しく好きだったながらも特別な魅力を抱くことは長いことなかったのですがその認識を変えたのはこれまたジョージ・クラムでした。
Songs, Drones, Refrains of Deathという曲はピアノとハープシコードを1人の奏者が(確か)掛け持ちしているのですが、ピアノだけでなくハープシコードもアンプで制御するんです。それでハープシコードにアンプがかかったところに手のひらクラスターを弾く(たたく)、という音がすごい!電気ノイズですよ!(笑)(ただし録音により結構差はでるようです・・・楽器の違いかアンプの調節の違いか)ちなみに第2部の速いSong of the Ridersの部分で何回かやってるので是非お聞きください。おすすめの録音はSpeculum Musicaeの演奏。
とにかくこれで自分のハープシコードに対する認識が一新しまして。
(いや、もともと好きではあるのですが改めて注目するようになった、ということで)
20世紀は古音楽のリバイバル=新古典主義だったり、楽器の弾き方を広げたり(特殊奏法など)、そういう中でハープシコードも(あんまり楽器自体に改良が加えられてないにもかかわらず)新しく注目を浴びるようになって。
その中でも私が際立ってると思うのが去年からちょくちょく話がでているトマス・アデズだと思います。これも一昨年のコンサートで生で彼の新古典主義的な音楽を聴いてからずっと思ってることで。
バロック音楽に見られるIntimateでシンプルで透明な感じを今の言語で表現したみたいな、言葉で説明するのは難しいですが新しさと懐かしさが同居した感じがハープシコードの音にあったりするんですよね。
持ってる録音の中だと(コンサートで聴いたやつは持ってないのが多い・・・)おすすめはSonata da Cacciaですね。ハープシコードにホルン、オーボエというバロック~古典時代あたりで活躍していた楽器(さらに神話時代までさかのぼれる楽器でもありますね)を組み合わせたどこか古くて、でもちょっと現代的なひねくれや洗練がおもしろいです。
今回ちょっと縁がないようであるようで、思い立たないとなかなか扱うことのないエリアについて書けてなんだかほっとしています。
忙しい忙しいとはいうけれどあとはキーワードto音楽を近いうちにできればこのブログに関してはもっと安心するかな・・・とか思ってます。
ちょこちょこ考えためる癖つけないと。
今日の一曲: ヨハン・セバスチャン・バッハ 平均律第2巻 第24番
バッハの書いた音楽のうち今ピアノで弾かれているものは一般的にピアノのために、とかハープシコードのために、とかではなく「鍵盤楽器で弾くため」に書かれているそうで。
なのでもちろんハープシコードの演奏も多々巷にはあります。同じ曲をピアノで、そしてハープシコードで聞き比べてみるのもおもしろいですよ♪
さて、平均律第2巻第24番。2巻あってそれぞれ24曲ある、つまり「平均律クラヴィーア曲集」という名の曲集最後の曲です。ロ短調です。バッハはロ短調に名曲が多い、と一般的にいえると思いますがいかがでしょうか。
第1巻の24番は結構、なんというか・・・神聖な、特別なものという扱いですが(詳しい話はおいおいできれば、と思っています)、第2巻の24番はそんなにメジャーな扱いではないような気がします。生で聴いたことは一回もない。
ただうちに限ってはこの曲はメジャー中のメジャー曲で。
それはなぜかというと、Macintosh用のコンピュータゲーム、「Glimmer!」の冒頭BGMにこの第24番の前奏曲が使われていたから。あの紫と金で表裏を彩られた球が裏返り続けるグラフィックにこの曲はやられますよ。
このゲームは3Dめがねをかけて遊ぶパズルゲームで、シンプルながらもなかなかトリックがあったり幾何学的なデザインが素敵だったりで面白かったのですが、冒頭だけでなくすべてのBGMがバッハの平均律第2巻からとられているんです。(各レベルには一つずつフーガが、そして冒頭に24番の前奏曲、全クリアで1番の前奏曲)
このバッハの音楽のハープシコード演奏がゲームのグラフィックスの幾何学的なデザインとうまくマッチして、ゲームが面白いのに加えて音楽に対しても不思議な好感・共感が感じられます。
この第24番の前奏曲はなんというか「ああこれバッハだよな」という、どこか幾何学的に絡み合うようなデザインの音楽に、さすがはロ短調というような不思議な暗さと渋さがあり。
そしてフーガはどっちかというと組曲の最後に位置する「ジーグ」と呼ばれる踊りに似ていますね。はねたり回ったり(イギリスやスコットランドで見られるのと似てる踊りです)。
確かに第1巻の終わりと比べると荘厳な雰囲気があるわけでもないですが、でもなんだろうな、こういうエンディングも全然ありなんですよね。それは確実にいえるんですが。
とにかくフーガよりも前奏曲推しです。微妙にのめり込む魅力があります(笑)ハープシコードで弾くとなおさらに。響きがもう、なんか小宇宙というか。
いつか弾きたい♪
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