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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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「Australian Voices - Nigel Westlake」感想
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
一昨日書いたのですがコンサート行ってきました。
私の第2の師、といえる(or である)Michael Kieran Harveyが演奏するコンサート、ということでいったのですが国立アカデミー主催なのでほかにも知ってる人結構いました。
コンサートはこんな感じでした。

<Australian Voices - Nigel Westlake>
Matthew Hoy (チェロ、監督)
Michael Kieran Harvey (ピアノ)
+国立アカデミーの生徒

プログラム:
Westlake 「Tall Tales But True」
Westlake ピアノソナタ第1番
Westlake 「High Tension Wires」
Westlake 「Rare Sugar」

上記にあるように今回はオーストラリアの作曲家Nigel Westlakeをフィーチャーしたコンサートでした。
ABC Classicsの20世紀カウントダウンではオーストラリアの作曲家のなかで一番高い順位にランクインしていましたWestlake(第29位、「Antarctica Suite」)。IMAXでも上映された映画「Antarctica」や世界的に有名な「ベイブ」など映画音楽も多く手がけたり、テレビ音楽、ニュースのテーマ音楽など広く作曲を手がけている人で。
そして元はフュージョンバンドでドラムをたたいてたこともあるそうです。
ということでいわゆるクラシック音楽のコンサートですがどの曲もクラシックの外にもたくさん影響が感じられるコンサートでした。

そしてさすがはドラマー、というかリズムの強さ!(オーストラリア音楽全体リズムが強い傾向はあります)
なんかリズムの細胞みたいのがあって、それが増殖するみたいな感覚だったり、特定のリズムのパターンが進化ししたりする感覚がリズム好きとしてはたまらない!
さらに演奏する側もさすがアカデミーの若人たち、若い前向きなエネルギーにあふれていますよ。弾いててどの曲も(特にHigh Tension Wires)ものすごーく楽しそうでした。特に複数の奏者が一緒に弾くとエネルギーが増幅するみたいなところのある音楽。

マイケル演奏のピアノソナタ第1番に関しては一言:
もうめちゃくちゃやるなあこの人!(奏者に向けて)
なんでしょうね、前々から頭脳と感性と感情と表現(ピアノを弾くこと)がぶっといラインでつながってるような人なんですが、この曲をものすごく瞬時に、でもものすごく包括的に・詳細に解っている、頭と両手でがっちり把握している感じがひしひしと。あとタッチが瞬時に自由自在に変えられるのが本当にすごい。
そしてこの曲、マイケルのためにWestlakeが書いた曲で、初めて書いた大規模ピアノ曲だそうですが、ピアニストじゃない作曲家がこんなピアノソナタを初めてで書くのか!というのもまあびっくり。
リズムから主にくるものだと思うのですが私もすこーしだけこの曲に何か求めるもの、通じるもの、ちょっとだけもしかしたら理解しかもしれない?ものを感じたのでいつか弾ける・・・かなあ・・・と思いました。

そしてコンサートの後は顔見知りに挨拶して、マイケルに挨拶して。久しぶりでした、前回いつだったかなあ・・・
そうやってマイケルにくっついてたらスタッフ側中心のピアニスト(+監督だったチェリスト)との集まりに混じることになり。
で、初対面の人もいる中いきなり「男できた?」と聞くのにはもうツッコミ入れるあれもなく「できてないよ!(笑)」と普通に答えてしまった(笑)
そしてそこからピアニスト・教育者が集まってるにも関わらず延々とウサギの話に。マイケルと私は元ウサギ飼い主友達でもあるのです(笑)といっても私はもう数年飼ってないですし、今回マイケルのウサギもお亡くなりになったという事情ですが。
ウサギの行動についての話やケガ・病気の話だったり本当に長々とそんな話ばっかりで(笑)

でもそれに混じって、そしてその後改めてゆっくりとありがたい話も聞けました。
マイケルは今のオーストラリアの音楽の行方を案じてるだけでなく、政治や科学や世界全体の行方などについて本当に真剣に考えてる人で。
なかなか自分にはついていけない部分もあるんですが、世界が深刻な状況にあっても音楽をやることの意義だとか、少しでも反芻して学べるところがあったらな、と思っています。

オーストラリアの中でも格差はあるようですが、それでも今アメリカとかと比べるとオーストラリアはまだ音楽において前に進む力が強い、みたいなことをマイケルはいってました。ここ数年オーストラリアで今まさに作曲されているような音楽をいろいろ聴いてますが、確かにオーストラリアの現代音楽ってまだ勢いと前向きなエネルギーにあふれてるように思えますし、奏者のスタイルにしてもそうですし(昨日の演奏を聴くと若い人しっかり地元の音楽引っ張ってるな!と本当に思います)。

自分にできるのは今の作曲家の背中を押すことだ、というマイケル。奏者としてまだまだオーストラリアの「イマココ」の音楽を引っ張ってってるイメージがあるのですが最近は1時間以上は演奏しない、とか数年たったら最後のメルトダウン(実際どういうものかはわからないですが)がくるかも、とかいわれるとなんだかやっぱり悲しいものがあるな、と。
なんかそういう言われ方すると、ね・・・後を追っかけてるオーストラリアのメシアン弾きとしてもっと自分ちゃんとしなくちゃいけないなあ、と思っちゃうのです。(できたらやっぱりオーストラリアの現代音楽ももっと弾きたいです。ただやっぱり優先順位があって・・・)

そんな強烈に考え、感じ、表現して、強烈に後ろ向きで前向きで、現実的ながら一部それを超えてるようなところもあり、とにかくクレイジーなマイケルをある種のRole modelとして、心の中でも師として、これからピアノ弾きとして(メシアン弾きとして、ある種の現代音楽弾きとして)進んでいければなあ、と思わされた一晩でした。

ということで明日はメル響のコンサートに行ってきます~
そういえば秋ですしキーワードto音楽もそろそろやりたいですなあ。


今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ 「二人でお茶を」より「タヒチ・トロット」



コンサートで初めましての曲って「今日の一曲」ができる場合とできない場合があるのですが、今回はできない場合でした(汗)
オケ曲が最近少なかったですし、最近買ったCDからも紹介していきたいと思うのでちょっとツボったこの曲を。

正確に言えばショスタコーヴィチの作曲でなくてミュージカル曲の編曲なんですよね、このタヒチ・トロットという曲は。
ショスタコーヴィチといえば交響曲、弦楽四重奏曲など「お堅い」ジャンルがメジャーですが、映画音楽も多く手がけている作曲家なんです(あれ、Westlakeと重なるところが)。若い頃はサイレントムービーにピアノ即興で音楽をつけるアルバイトもやってたそうで、ポピュラー音楽文化には結構親しみが深かったようです。
その独特な闇と皮肉と毒が特徴的なのでショスタコーヴィチが音楽スタイル的に「器用」というイメージはちょっとないですが、でもジャズ組曲(同じCDに入ってる)にしろ、この曲にしろ、映画音楽のオケアレンジにしろ、いろいろ聞いてみると「この人いろんなスタイルをものにしてるなー」という感がじわじわ出てきます(これもちょっとWestlakeににてるとこあるかも)

そもそもショスタコだって明るい、Light-heartedで無邪気な曲をかけるんだよ、という(笑)
手回しオルガンっをちょっと思わせる音色や、ちょっとだけ崩したような、カジュアルでリラックスしたおしゃれなスタイルもお手の物。
やっぱりチェレスタ弾きとしてはちょこちょこフレーズの終わりに合いの手を入れるチェレスタパートやハープや鉄琴との絡みがいとおしい♪

コンサートのアンコール(プログラムによってはきっと効果覿面ではないかと)だったりライトミュージックコンサートだったり、デザート的な味を添えるような使い方が見てみたいですね。

(リンクしたCDは持っているのと同じです。なかなかショスタコーヴィチをいいアングルから捕らえてる、聞いてて楽しいかっこいい曲揃いです)

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