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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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ホルンとチェロの「オイシイ」パート
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
最近コンサートにリハーサルにブログのトピックは何かとつきないですね。(本当はキーワードto音楽とかもやりたいのですがなかなか余裕ができず)
明日は前にも書きましたがトゥーの彼の作曲した曲(とその他諸々)を聴きに国立アカデミーへ行く予定。
あと先日聖飢魔IIのDVD「まわりやがれ」をやっと通して見れたので(いろいろ背景や経緯など周りのことを全く知らないですが)ちょっと感想も書けたらなーと思ってます。なんとかかけたら。

さて、前々から「チェロとホルンは似たもの同士」みたいなことを母と私の間で話してて。
弦楽器と金管楽器、そして性格の特徴や楽器の大まかな性質のカテゴリ(自分で勝手に使ってるやつ)で違うところはあるんですが、例えば以下のようなところが似てます。
1) メロディーを主に担当する楽器ではない
2) 音域・音量の域がかなり広い
3) でも音は大きくてナンボ・・・というか大きい音で歌い上げるのが好き
オケでも特に後期ロマン派以降の作品なんかだと目立ってるときは似たようなパートを弾いてることが多いです。シュトラウスの「英雄の生涯」の冒頭だったり、エルガーの「南国にて」とか、マーラーやブラームスの交響曲だったり。

そしてホルンとチェロはショスタコーヴィチの音楽でも似たような盛り上がりを見せます。
以前ホルン友達と「ショスタコーヴィチはチェロがホルンが好きか」という議論をしたことがあるのですが(笑)、少なくともオケという舞台ではそれが良い勝負になるくらいどっちのパートも充実している印象があります。
ショスタコの音楽をチェリスト時代に弾いて楽しくないことなんか一つもなかったですし、チェロが弾いてて楽しくない、下手に書かれてるパートもものすごく少ないですし。とにかくチェロをオケで弾いてて充実するのです。
そしてその頃向こうから聞こえてくる、さらに今チェレスタ弾きとして隣で吹いているホルンパートを見ても難しいながらも楽しそうなのがものすごく分かりますし、本当に輝いてると思います。

それで日曜日のリハーサルではチェロ・ホルンにとって本当においしい、楽しい、心満たされるオケのパートってなんだろう、といろいろ考え始めたのです(なんたってずっと休みですからね!)。
とりあえずこれまで弾いた曲で参考になりそうなもので、かつスコアがあるのはマーラー5番、ショスタコ5番とショスタコ11番、プロコフィエフ「ロミオとジュリエット」あたりかな。まだ考えはじめなのでぼんやりとしてますが全般的にちょろっと書いてみます。
(あくまでもいち元チェロ奏者&ホルンファン(笑)の見解ですが・・・)

先ほども書いたのですがオーケストラにおいてホルンもチェロも「主にメロディーを担当するパート」ではないんですよね(バイオリンやフルート、オーボエなどはメインメロディー楽器)。もともとチェロはベースライン担当が進化したもので、ホルンも元は吹ける音とかが限られた難しい楽器だったところから進化したもので。それも近代においてはだいぶ変わりましたが。
この2つの楽器はベースラインから伴奏から内声からメロディーから何でも担当できる楽器なんです。
そんななかメロディーを担当することも少なくないですし、メロディーがもらえるときはかなり情熱的な、meatyな・・・いわば舞台の一番前みたいなパートがもらえることがあって、それももちろん(はめをはずせるくらい)嬉しいですし、楽しいですし、はっきりいって完全に陶酔します(笑)
(ロミジュリの「ティボルトの死」とか、チャイコフスキーの5番の第2楽章とかが良い例ですね)

でもそれだけじゃないんですよ。ホルンとチェロは主演男優(女優)賞をもらって嬉しいのと同じほど助演男優(女優)賞に燃えるようなところがあって。
例えば初めて聞いた人はメインのメロディーに耳が行っててなかなか気づかないようなサポートパートにちょっと命かけてたりとかするのがチェロとホルン。
特にチェロはカウンターメロディー、つまりメインのメロディーの下で流れる(メインメロディーに答えたりなんだりする)別のメロディーに対してちょっとだけフェチみたいのがあるかな、という感があります。そういうのにくすぐられる、みたいな。(特にチェロはなんか趣味が「玄人好み」みたいなイメージがあるのです)

そういうとこやっぱりショスタコは長けてるような気がしますね。
主役じゃないけど、独特の意味があるというか、別の意味で大事というか。
ショスタコの第11番に関してはホルンパートをずっと隣で追ってると一番前に出ることはなかなか少ないけど、例えば5拍子が出てくるとこなんかトリッキーながらも味のある、楽しそうなパートがあるんですよね。
マーラー5番の第1楽章でもバイオリンがメインメロディーを奏でてる下でチェロが別の歌を歌ってるのが楽しかったり。

あとはそのメインの部分と「関係なく動く」みたいなところがいいのかな。
もちろん主役は一番目立たなくちゃいけないですが、その範囲で好きに表現できる感覚。サブキャラクターもメインと同じくらい精巧に作り込まなきゃいけない、という意味ではショスタコとかマーラーはチェロ・ホルンパートをうまく「名脇役」として作り込んでくれてますし、生き生きと全力で脇役を演じたい!と思わせてくれるような曲を書いてくれる作曲家だと思います。
似たようなところで「こんな細部まで完璧に作ってある!」みたいな魅力もあるのかな。

ホルンもチェロも他の楽器を引き立てるのがうまくてそういうのが嫌いじゃないけれど、そればっかりじゃ楽しくないな、みたいなところがあって。
他人のために尽くすのもいいけれど、自分のために、自分が楽しみたい。他の人の話を聞くのもいいけれど自分の言い分も聞いて欲しい。
そして楽しむときはとことん楽しみたい。
例えて言えばそういう欲求をクオリティ高く・バランス良く満たしてくれるのが「良いチェロパート、ホルンパート」になるのかな、と思います。

ここまで書いたら「どの楽器でもそうなんじゃないか」と言われそうですが、でもバイオリンだったらほとんどいつも主役で当たり前、とかビオラは「自分が前に出たい」欲求がそんなには高くなかったり、とか楽器とその役割によって感じ方は違ってくると思います。
チェロもホルンも役割の幅が広いからこそ、みたいなことがあってこういう考えに至ったところがあると思うんですよね。なかなかここんところの思い入れを伝えるのは難しい。うーん。

15の時からユースオケや大学のオケで奏者をやってきて、幸いにもメルボルンのこういう若い人のためのオケってどの楽器にとってもいいチャレンジになる、弾いてて&聴いててものすごく楽しくて充実する大曲・名曲を多く取り扱ってて、演奏するたびチェリストとして、チェレスタとして本当にたくさんの素晴らしい機会に恵まれてきたと思います。
もうチェリストとしてのオケの喜びは味わえないけれど、いろんな曲を深く詳細まで知って他の色んな楽器それぞれの喜びを自分の喜びとしてこっそり共感していけたらいいな、と思います。(音楽として、そして諸々ネタにするためにも!(笑))


今日の一曲: ピョートル・チャイコフスキー 交響曲第5番 第2楽章



あれ、これ以前紹介したかな・・・
脇役としてのホルン・チェロでなくて「主役」として輝く印象が強い曲ですが、それぞれのパートを意識して追ってみるとどっちも伴奏だったりカウンターメロディーだったり幅広く活躍しています。そもそも色んな楽器が本当にいろんな役を演じてる曲ですなあ。それがやっぱいいオケ曲なような気がします。

この曲ってもう4回も弾いてるんですが(笑)第2楽章のホルンソロとそれに続くチェロセクションソロの美しさにはやっぱり弱い!(笑)
(ただこれ先にホルンが吹くメロディーなのにチェロ弾きは「このメロディーは俺達の」と意地になったりもするんですよねー。大人げないぞ(笑))

あとなんでしょうね、チャイコフスキーでよくある「何度聞いても否応なしに盛り上がってしまう」ちょっとオーバーにも思えるセンチメンタリズム。弾いてても、聴いてても歌い上げられずには居られないこのメロディー。
文句なしで幸せですよね、チャイコフスキーの「ロマンチック」って。

もうね、ステレオで(常識内の)大音量でおいしいお酒とおいしいチーズをお供にソファにゆったりくつろいで聴くような贅沢な曲です(笑)そして胸の中から、腹の底から歌い上げてください(笑)

ロマンチックといえばマゼール、というイメージがあるので彼の指揮の録音をチョイスしましたがなんとmp3でチャイコフスキーの交響曲が全部そろっちゃうのですね。オケはちなみにどこなんだろう。

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