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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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ドビュッシーの「映像」周り
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~

あんまり特定の曲、とか特定の曲集、とかについてエントリーをさくことがここでは割とないんですよね。
もっと一曲にフォーカスして・・・という書き方もしてみたいんですがどうもかなわず。
大きな理由として「今日の一曲」コーナーがあるじゃん、というのもあるのですが、エントリー丸まる一つ書くくらい思い入れがある曲集は逆に言葉として思いを形にするのが難しかったり。
そんなことを思っていたのですが今日ちょっと「これ話したいかも?」という曲集ができたのでそのなんとなくのテンションでまとめてみたいと思います。(例によって「解説」ではないです)

前回のエントリーで昨日ドビュッシーの「映像」第2集の「葉ずえを渡る鐘」を弾き始めた、と書きました。
ピアノに復帰してから「映像」は第1集・第2集どちらも少しずつ弾いてきて。ものすごく情熱的に「弾きたい!」と思う曲じゃないんですけど前々から弾きたい曲でした。

ドビュッシー全体、情熱的に「弾きたい!」と思う作曲家ではないふしがあります、私にとって。恋い焦がれてる程度はラヴェルの方が明らかに強いはず。
でもドビュッシーももちろん好きで、例えば前奏曲集は第1巻から第5~10番、第2巻から第5,10番を弾いてたり割とたくさん、そして楽しんで弾いてきました。とくに第1巻の「沈める寺」は大切な曲として大事にしまってます。

同じドビュッシーだとでも前奏曲集よりも「映像」の方が好きですね。「ベルガマスク組曲」とか「子どもの領分」とか「練習曲集」とか色々ある中自分にとって一番すっとくるのが「映像」第1,2集、みたいな立ち位置。
理由は・・・よく分からないんですよね。例えば前奏曲集のお国巡り的な楽しさもあるけれど、「映像」の方が抽象的なのが惹かれるのかなあ。
あとは色彩も大きいかも。前奏曲集は(特に第1巻)割とはっきりしたような印象だけれど、「映像」はもっと入り組んだ色彩。あと青とか水のイメージとか東洋風な雰囲気とか好みの物が多いかも。

ドビュッシーのピアノのための「映像」はこんな構成になっています:
<第1集>
1. 水に映る影 Reflets dans l'eau
2. ラモー礼賛 Hommage à Rameau
3. 動き Mouvement
<第2集>
1. 葉ずえを渡る鐘 Cloches à travers les feuilles
2. 廃寺にかかる月 Et la lune descend sur le temple qui fut
3. 金色の魚 Poissons d'or

このうち今まで弾いてきたのは第1集の2と3、そして第2集の1(今回)と2。
復帰してから、ということなので先生の推薦とそれから楽譜面(笑)で決めてきました。
なので残っているのは楽譜面が複雑な2曲(笑)

弾いてて今のところ難しかったのは「動き」ですね。とにかくこう、アルペジオ的なテクニカルなあれが苦手で(汗)でも頭で理解するにはものすごくストレート。ハーモニーがですね、ものすごく論理的、しかも単純な論理に基づいて構築されてるのでどの音を弾くか分かりやすいし覚えやすい。暗譜してるのに弾けないというジレンマ!

シンプルだったのは「廃寺にかかる月」。でも音をバランスするタッチの細かさ、空間を作り出す間のとりかたとかはちょっとコツがいりますね。自分のピアノは全般的にドビュッシーに向いてない(音がはっきりくっきりして細いので音をブレンドしづらい)ので他のピアノで色々試してみたいところ。あとガムラン風のテクニックやペンタトニックの現れ方とかシンプルな美しさがいいですね、あの曲は。

最初に弾いたのが「ラモー礼賛」だったかな。この曲を以前紹介したときに書いたんですがとにかく「シャガールのブルー」なんですよね。(フランスのどこだったかな、ステンドグラスの。見に行きたい)ちょっと和音がchunkyなのが少ししんどいのですが、ドビュッシーの「和音がメロディー」という感覚だったり、音と色の深さが本当に喜ばしい曲です。

で、今弾いている「葉ずえを渡る鐘」。「映像」の中でもなかなか渋い色合いの曲ですね。あとタイトルの抽象的なこと半端なし!他の曲(そしてドビュッシー以外)でも見られるピアノを「鐘」・idiophoneのように使うテクニック(?)。音を丸く丸く、流れるようにがこれからの課題かも。

弾いてないうち「水に映る影」(「水の反映」とも訳す)は単独でも有名ですね。なんか自分にとってはこれがドビュッシー!みたいな印象がありますし。あとこれがドビュッシーのピアノ!という印象も。ピアノらしいんですよね、他の曲と比べて。それからやっぱり「水」のイメージが手に触れられるほどのリアルさで。
そして「金色の魚」は日本の漆器の金箔の魚がモチーフだそうで。(うちの先生この「映像」第1,2集とも録音してるので今度日本に行ったら探してきたい)一番テクニックが細かそうなのがこの曲で、同時にものすごく気に入ってる曲でもあるので(一番は決められないですね~)最後に弾くことになると思います。

先ほども書いたようにこの「映像」って第1集、第2集と分かれてるんですが弾き始めて以来別々に考えたことがなくて。
でももしも将来的に人前で演奏するなら別々・・・になりそうですよね。6曲で30分、うーん。
第1集、第2集それぞれの曲集としての性格を一旦考えてみなきゃなあ、とは思ってるんです。
前奏曲集の第1巻、第2巻の間と同じくらいには色彩とか性格に差があるような気がするんですが。
少なくとも質量はどうやら第1集の方が大きそうです。

なんだかんだで復帰以来ドビュッシーもオンオフ続いてて、遠くないうちには曲集がコンプリートになるのが見えてき始めた今現在。もちろんまだまだ弾いてない曲も弾いた曲でちゃんとできてないところもあったりするのですが、「映像」は自分のピアノにおいての大事なレパートリーになりつつあるようです。
ただ最初に書いたようになんというか情熱的に恋してる曲というわけではないのでその実感もちょっと薄かったり・・・勿体ないことですわ(汗)
いずれは人前で弾きたい曲なのでそれまでには実感しないとですね・・・弾くときは他にもラヴェルとかメシアンとか色々フランスのピアノ曲をとりそろえたいとぼんやり思ってます。「水」を中心にするのもいいかも。
こんなことばっかり言ってたら鬼が笑いますが。


今日の一曲: クロード・ドビュッシー 管弦楽のための「映像」より「ジーグ」



ややこしいですが、ドビュッシーはピアノのための「映像」第1集・第2集とはまた別にオーケストラのために「映像」という曲集を書いています。(つまり編曲じゃない、ということです)
その中の第1曲、「ジーグ」。

「ジーグ」というのはイギリスあたりのテンポの速い踊りの名前です。ドビュッシーは前奏曲第1巻第8番「亜麻色の髪の乙女」、第2巻第5番「ヒースの荒野」などスコットランドにちなんだ曲をいくつか残しているのでこの曲もそちらの影響かな。

でもメロディーにスコットランドのスタイルは見られるものの、オーケストラ使いとかハーモニーとかはがっつりフランス・ドビュッシーですね!(チェレスタが入ると途端にフランス風になるのなんかすごいですな)
例えていうならスコットランドの食材を使ってフランス料理を作ったくらいフランス風味が強い。
でも最初の霧を表すような感じは確かにスコットランドを思わせたり・・・するかな。
あと途中で木管楽器のソロが下降するメロディーを吹いたりするとこだったり、あとリズムをくずような部分もスコットランドの味がしますね。

この曲は4管編成と木管が多く、木管楽器がたくさん活躍しますね。オーボエがいっぱいソロを吹くのはバグパイプの再現かな?それから色彩を作り上げるにあたってハープやチェレスタの音色は欠かせないスパイスです♪
最初に聞いたとき全体的に感じられるオーケストラの色も素晴らしいですが、こうやって各楽器にフォーカスしてみるのも面白いですよ。(いつも書いてますね、これ)

リンクする録音はデュトワ!と最初から指揮者指定で検索しました。
このCDは2枚組でドビュッシーのオケ曲がいっぱい詰まっています。私はやっぱり「海」が一番好き。「牧神の午後の前奏曲」も有名ですね。
私もデュトワで聴きたいな・・・・



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