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こんにちは。自分の中の世界三大スープバクテー・オニオンコンソメ/グラタンスープ・サムゲタンor味噌汁だと思っております流 星姫です。
ちなみにバクテーはマレーシア風ではなくシンガポール風の透き通ったスープのものが好みです。味もさながら最初の日に時間をかけとけば(といっても市販の スパイスとスペアリブとにんにく入れて煮込むだけ)安価でおいしく楽に3日も昼ごはんとして食べれるところもいいですね。今日はその3日目でした (笑) まだ残ってます。
レポで読ませてもらったこないだのロザン・ノンスタイル・チーモンチョーチュウ・田畑藤本のバレンタインライブで藤本さんと宇治原さんが素数が好きかどうかでプチ盛り上がってた のは(ちなみに私は素数好きです。割り切れないってなんか根性あるじゃないですか)音楽家で減7はどんなキーにも自然に移行できるから好きとかいうのと似 たような感じがします(笑)
補足までにいえば減7でいろんなキーに自由に移行するのはクラシックよりもジャズの手法っぽいですな。
宇治原さんつながりでもう一つ。受験のときは一日に11時間勉強してた、という宇治原さんの話を聞いて「えーすげえー」(口調!口調!)と驚いたんですけどよくよく考えてみれば私も大学時代は一日に8時間ピアノ練習してたなーって思い出しました。別に試験があるときじゃなくても。
もともとのめりこみやすいのが数少ないとりえではあるし、あと練習室の中で一人でいたかった心理が見え隠れしないこともないのですが。脳にとっては重労働ですし体にとっても曲によりけりですから中労働はいくんじゃないかと(極のチョイスとほかにスポーツもなにもやってなかったことを考えれば私にとっては多少重労働に近かったのでは)。
大学の練習室は地下にあって、一つ一つの部屋にボストンのグランドが置いてあって。そのなかでも私は一番奥のただでさえほかの部屋より狭い(形が変)、しかもハープシコードまでおいてある非常識なほど狭い部屋で練習するのが好きでした。
別にハープシコードが目当てじゃないんですよ(調律はんぱなく狂ってましたし)。ただピアノの音のクリアさ(・・・狭い部屋なのでよく響く音量のこともありますが)、こじんまりとした感じでいつもそこにいたのでだいたい友達が探しに来るとどこにいるかわかると。
で、朝9時からこもって昼ごはんを1時に食べに出て2時から再開して6時まで、なんてことを毎日やってたわけです。とりあえず生活は規則正しいですな(苦笑) まあ今でも弾きたい曲がある程度あって、そして体力さえ続けば(指も体力もなまってますからね)今でもできるかなーと思ったりしてます。
大学にいる間はみんな若さとその機会にまかせてけっこう大きな(縦横深さともに)曲を弾く人が多いんですよ。練習室の前を歩いていくとテクニックの試験で弾かれることが多いバッハの平均律とかショパンやラフマニノフのエチュードや、下半期はフリーなプログラムがメインなのでショパンだったらもっと大きいスケルツォとかも良く聴きますし(大体第4番かな)、リストの中規模の曲とかを良く聴きます。
ただ私は手がわりと小さく(一オクターブはOKなので体格からするとまだいいほうなはずですが)さらに性格的にも多少ひねくれたマニアックな若人だったのであんまりショパンとかリストとかラフマニノフとかバッハは弾きませんでしたね。
大学でのピアノの先生がドビュッシーとかラベルといったフランスの20世紀初頭の印象派の専門の人だったのでその影響をじわじわと受けてフランスものはいっぱい弾きました。ドビュッシーよりはラヴェル。ラヴェルよりはメシアン・・・で、結局常に1曲以外は20世紀以降の曲ばっかりというレパートリーに進展していったんです。
真面目にテクニックを磨く人じゃなかった(ここらへんひねくれてるんですよ)けれど表現したいことはいっぱいあったしなんといっても色彩が好きで好きでたまらなくて。体力勝負みたいな感じじゃないし自分の個人的な感情とはどこかちょっと一歩離れたような、そういうフランス音楽と多分ウマがあったんでしょうね。
あとはまあ・・・好きだから、の他には理由は無いのかもしれません。本当に大学にいる間は好き勝手やってましたから(笑)好きだと思ったものはできないと思うとき以外はどんどん弾きましたし。大学のみんなに発表するコンサートクラスでも変な曲ばっかり弾いてると有名で。 ひたすら自分の好きなように自分の道を切り開いてくピアニストではありました。それもこれも先生が寛大であったおかげです(笑)先生とはあんまり趣味が合わない部分もありましたけどかまわないでくれましたし。
やんちゃだったなあ、とは思いますが今またピアノに戻ってもそのやんちゃさはきっと変わらないと思います。自分は弾きたくてピアノを弾いてるんだ、弾きたいものがあってその音楽と翔けたいからそれだけの理由でずっと大学の間はやってきたので・・・その気持ちは今でも変わりません。
ただピアノをそのときみたいに定期的に弾いていないから体が心と頭にまったく追いつかないんですが(笑)
あと、ピアニストは手を大事に・・・とよく言われてるみたいですが私はそっちでもかなりやんちゃしてましたなあ。まあ高校でバレーボールの授業で手抜く理由にはしましたけれど(笑)
でもコンクリートの塀を登ったり、素手で雪遊びしたり、料理も普通に大学に入ってからですがやりましたし、お皿洗いも必ず素手ですし。
それなりに外傷もありました。ブッシュウォーキングで坂で転げたり、自宅のトイレットペーパーのホルダーでぐっさり切れたり(!?)。 指の怪我なら絆創膏なしでも気にせず弾いてたりしましたしね。
あと職業病ともいえる腱鞘炎・・・は、ピアノとまったく関係ないところでならなったことあります(笑)入院してる間退屈を紛らわすためにかぎ編みをやりすぎて腱鞘炎になっただけです。どじ以外の何者でもありません。それはもう単純に馬鹿だったと自分でも思います。
いやあやっぱり記事が基本長くてすみません。 今日の一曲です。
今日の一曲: ABBA “Gimme! Gimme! Gimme! (A Man after Midnight)”
90%くらいはクラシック音楽で占められてると思われる私のipodにもこんなのが入ってます。ちょっと古めの洋楽とか、あとJ-popも入ってますよ。 イントロはものすごく有名なんですけど今日まで曲全体を知らなくてインパクトを受けたので今日はダントツでこれ(笑)調子がいいのが大変気に入った気分です、今日は。
ちなみにバクテーはマレーシア風ではなくシンガポール風の透き通ったスープのものが好みです。味もさながら最初の日に時間をかけとけば(といっても市販の スパイスとスペアリブとにんにく入れて煮込むだけ)安価でおいしく楽に3日も昼ごはんとして食べれるところもいいですね。今日はその3日目でした (笑) まだ残ってます。
レポで読ませてもらったこないだのロザン・ノンスタイル・チーモンチョーチュウ・田畑藤本のバレンタインライブで藤本さんと宇治原さんが素数が好きかどうかでプチ盛り上がってた のは(ちなみに私は素数好きです。割り切れないってなんか根性あるじゃないですか)音楽家で減7はどんなキーにも自然に移行できるから好きとかいうのと似 たような感じがします(笑)
補足までにいえば減7でいろんなキーに自由に移行するのはクラシックよりもジャズの手法っぽいですな。
宇治原さんつながりでもう一つ。受験のときは一日に11時間勉強してた、という宇治原さんの話を聞いて「えーすげえー」(口調!口調!)と驚いたんですけどよくよく考えてみれば私も大学時代は一日に8時間ピアノ練習してたなーって思い出しました。別に試験があるときじゃなくても。
もともとのめりこみやすいのが数少ないとりえではあるし、あと練習室の中で一人でいたかった心理が見え隠れしないこともないのですが。脳にとっては重労働ですし体にとっても曲によりけりですから中労働はいくんじゃないかと(極のチョイスとほかにスポーツもなにもやってなかったことを考えれば私にとっては多少重労働に近かったのでは)。
大学の練習室は地下にあって、一つ一つの部屋にボストンのグランドが置いてあって。そのなかでも私は一番奥のただでさえほかの部屋より狭い(形が変)、しかもハープシコードまでおいてある非常識なほど狭い部屋で練習するのが好きでした。
別にハープシコードが目当てじゃないんですよ(調律はんぱなく狂ってましたし)。ただピアノの音のクリアさ(・・・狭い部屋なのでよく響く音量のこともありますが)、こじんまりとした感じでいつもそこにいたのでだいたい友達が探しに来るとどこにいるかわかると。
で、朝9時からこもって昼ごはんを1時に食べに出て2時から再開して6時まで、なんてことを毎日やってたわけです。とりあえず生活は規則正しいですな(苦笑) まあ今でも弾きたい曲がある程度あって、そして体力さえ続けば(指も体力もなまってますからね)今でもできるかなーと思ったりしてます。
大学にいる間はみんな若さとその機会にまかせてけっこう大きな(縦横深さともに)曲を弾く人が多いんですよ。練習室の前を歩いていくとテクニックの試験で弾かれることが多いバッハの平均律とかショパンやラフマニノフのエチュードや、下半期はフリーなプログラムがメインなのでショパンだったらもっと大きいスケルツォとかも良く聴きますし(大体第4番かな)、リストの中規模の曲とかを良く聴きます。
ただ私は手がわりと小さく(一オクターブはOKなので体格からするとまだいいほうなはずですが)さらに性格的にも多少ひねくれたマニアックな若人だったのであんまりショパンとかリストとかラフマニノフとかバッハは弾きませんでしたね。
大学でのピアノの先生がドビュッシーとかラベルといったフランスの20世紀初頭の印象派の専門の人だったのでその影響をじわじわと受けてフランスものはいっぱい弾きました。ドビュッシーよりはラヴェル。ラヴェルよりはメシアン・・・で、結局常に1曲以外は20世紀以降の曲ばっかりというレパートリーに進展していったんです。
真面目にテクニックを磨く人じゃなかった(ここらへんひねくれてるんですよ)けれど表現したいことはいっぱいあったしなんといっても色彩が好きで好きでたまらなくて。体力勝負みたいな感じじゃないし自分の個人的な感情とはどこかちょっと一歩離れたような、そういうフランス音楽と多分ウマがあったんでしょうね。
あとはまあ・・・好きだから、の他には理由は無いのかもしれません。本当に大学にいる間は好き勝手やってましたから(笑)好きだと思ったものはできないと思うとき以外はどんどん弾きましたし。大学のみんなに発表するコンサートクラスでも変な曲ばっかり弾いてると有名で。 ひたすら自分の好きなように自分の道を切り開いてくピアニストではありました。それもこれも先生が寛大であったおかげです(笑)先生とはあんまり趣味が合わない部分もありましたけどかまわないでくれましたし。
やんちゃだったなあ、とは思いますが今またピアノに戻ってもそのやんちゃさはきっと変わらないと思います。自分は弾きたくてピアノを弾いてるんだ、弾きたいものがあってその音楽と翔けたいからそれだけの理由でずっと大学の間はやってきたので・・・その気持ちは今でも変わりません。
ただピアノをそのときみたいに定期的に弾いていないから体が心と頭にまったく追いつかないんですが(笑)
あと、ピアニストは手を大事に・・・とよく言われてるみたいですが私はそっちでもかなりやんちゃしてましたなあ。まあ高校でバレーボールの授業で手抜く理由にはしましたけれど(笑)
でもコンクリートの塀を登ったり、素手で雪遊びしたり、料理も普通に大学に入ってからですがやりましたし、お皿洗いも必ず素手ですし。
それなりに外傷もありました。ブッシュウォーキングで坂で転げたり、自宅のトイレットペーパーのホルダーでぐっさり切れたり(!?)。 指の怪我なら絆創膏なしでも気にせず弾いてたりしましたしね。
あと職業病ともいえる腱鞘炎・・・は、ピアノとまったく関係ないところでならなったことあります(笑)入院してる間退屈を紛らわすためにかぎ編みをやりすぎて腱鞘炎になっただけです。どじ以外の何者でもありません。それはもう単純に馬鹿だったと自分でも思います。
いやあやっぱり記事が基本長くてすみません。 今日の一曲です。
今日の一曲: ABBA “Gimme! Gimme! Gimme! (A Man after Midnight)”
90%くらいはクラシック音楽で占められてると思われる私のipodにもこんなのが入ってます。ちょっと古めの洋楽とか、あとJ-popも入ってますよ。 イントロはものすごく有名なんですけど今日まで曲全体を知らなくてインパクトを受けたので今日はダントツでこれ(笑)調子がいいのが大変気に入った気分です、今日は。
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