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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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Thomas Joiner著「Myths about Suicide」感想
いきなりですが問題。
自殺に関する次の記述は本当でしょうか、根拠ない誤解でしょうか。
(1)自殺は生きる勇気がない臆病者のすることである。
(2)自殺の多くは衝動的なものである。
(3)自殺者の多くは遺書を残す。
(4)人が亡くなった場所の現場検証から死因が自殺でないことがわかる。
(5)10歳未満の子供が自殺することはない。

答えは5つ全て「根拠ない誤解」です。
「自殺」という行為は多くの文化・宗教でタブーとされていて精神医学的な研究も難しいところが多く、これまで自殺について人々が抱いてきたイメージは根拠に乏しいことがだんだん研究で分かってきています。

その様々な誤解を考察し、一つ一つ丁寧に解いていくのがこの本。
著者Thomas Joinerは精神医学の中でも自殺にフォーカスした研究者で、父を自殺で亡くしている遺族でもあります(ちなみに自殺の研究に注力したのは父が亡くなる前で特にそれと関係はないそう)。

ちょっと注意した方がいいと思うのがこの本には実際の自殺のケースや方法についての記述があること。読んでて結構しんどいところありました。実際しんどい話は避けて通れないトピックですし、データや研究の結果だけでなく実際のケースを紹介することで厳しい現実が目の前につきつけられる。
ただこれまで積み重ねてきた研究の結果やデータを存分に使っての誤解への反論とはいえ、それだけではないのがこの本の強み。個々のケースの扱いで自殺が一般論で語れないものであること、人間の死であることになんら変わりないことの重要さが強調されています。(ただし自殺という行為にある程度共通する要素ももちろんあって、繰り返し強調されています)

自殺についてこの本で紹介されているような誤解はそもそもどうして浸透してしまってるかというとなんとなくそう見える・解釈できるからだったり、フィクションの作品からの印象だったりメディアの報道の仕方だったり、様々な原因があります。
(ただフィクションでの自殺の扱いについてはポジティブなものもあり、その少ないケースはかなり意外な形と切り口で結構びっくりしました)
自殺を実際は関連のない要素と結びつけたり、一部のインパクトがあるケースを自殺全体に一般論として当てはめたりして作られたそんな誤解を著者はこれまでに積み重ねられた研究結果で反論していきます。
この本が書かれたのは2010年ですがオーストラリア含め色んな国で調査・研究したデータが集まってきていて全貌が明らかになりつつある部分がちょこちょこあるのが読んでいて分かります。(そして困難もあるであろうその研究方法にも言及があるのがまた良い)

そして「一見関連あるような要素の関連性を否定する」科学的なプロセスがしっかり書いてあるのもこの本の特徴。自殺に限らずそういった考え方、分析方法について学ぶことも多いです。
さらに各項における考察や説明の充実はもちろん、章や項の順番がうまいことなっていて前に言及されたケースや概念を交えて編み込んでいくみたいな全体通しての流れがあり。こういう本でもなかなかそこまでの構成は見たことがない。

この本で問題提起されているのがこういった「誤解」が自殺に対する根強いスティグマや偏見につながっていること。
様々な誤解について読んでると自殺に関して当事者でない人は自殺を遠く他人事として遠ざけて忌みたいんだなあ、と思います。自殺のケース一つ一つを見ず、一般論としてイメージだけで語って現実がどうかを見ない、自分のいる世界には起こらないことにしてしまう。
でもそれはこの本の中で何度も言及されているように人間が死に自ら向き合うのはものすごく恐ろしい事で、著者が強調するとおりその「恐れ」は正常であり取っ払ってはいけないもの。でもだからといって偏見が正当化されるわけでも正しい理解が通らないわけでもありません。

あとはこの本で自殺に関してカバーしてるトピックの幅もすごいです。
例えば子供の自殺についてだったり(しんどいけど興味深い)、人間以外の生物における自殺的行動(動物だけでなく植物にも言及あり)、自殺の好発時期、そして自殺テロリストは自殺として扱われるべきかという話も(この話はとても面白かったです)。
それから印象に残ってるのが睡眠と自殺の関連を考察する項。睡眠障害は鬱を始め様々な精神疾患に関連していますが、その様々な要素を取り除いて「自殺そのもの」と「睡眠障害」の関連性を調べた徹底さ。実際関連があるという結果、そしてどうしてそうなるのかの理由まで含めて興味深かったです。

長々と書いていますが心の底から大事だと思える本でした。
それは当事者としてこういう誤解が現実そうでないことを経験で分かっていても説明ができないのをしっかり科学的に説明してくれるから、というのもありますし、自殺について興味を持つ(自殺願望ではなく)のはタブーでも悪でもないというのが分かるってのもありますし、でも何よりものすごく!勉強になるのと、このアングルでしか見られない人間の深いところを垣間見るようで面白いのと。

でもこういう本ってなかなか広くは読まれない性質なんですよねえ・・・
後で貼るAmazonのリンク先のレビューだと評価高いのですが読者が当事者・なんらかの関係者に偏ってる=すでにある程度知識を得てる層に偏ってる可能性もありますし。
私も当事者だからこの本を手にとって、自殺について知ることに躊躇いがなくすんなり触れられたところもあり(ただ当事者だからこそのしんどさはありました)。前述の通り自殺というものに近づくのさえ恐怖を伴うのが自然な反応ですしね。
さらに内容の濃さとかアカデミックな内容の密度もそうですし、さっと読んですっと理解できるようなものではなく。
ただ前述のようにフィクション作品とかメディアがある程度間違ったイメージ作りに荷担してる部分があるという記述があって特にそっち方面の人にもっと読んでもらえればなあ、と思うのですが。
メンタルヘルス関連全般まだまだ当事者とそうでない人の間に壁があるけど自殺に関しては特にハードル高いんだろうな・・・

面白い本ですよ。さっき書きましたが一見関連してる要素の関連性を否定するケースの良い例になってますし。たとえ「自分は誤解してない」と思ってる人でも最近の研究から分かったこととかで新しく知ることがあるはず。
もっとこの大事な本を広く読んでもらえる術はないのかな。




今日の一曲はお休み。

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