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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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合唱とのリハーサル終わった!&コンサート服装の話ちびっと
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~

無事!今週の日曜のコンサートのための合唱リハーサルの伴奏終わりました。
まずはそのコンサートのお知らせから:

Stonnington Symphony Orchestra Malvern Town Hall Seriesコンサート2
Malvern Town Hall 8月17日(日)2時30分開演
指揮者:Roy Theaker
ソリスト: Alison Rae Jones (ソプラノ)、Emily Bauer-Jones (アルト)、Stephen Smith (テノール)、Roger Howell (バス)
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル 「ジョージ2世の戴冠式アンセム」より「司祭ザドク」
ジュゼッペ・ヴェルディ 「聖歌四編」より「スターバト・マーテル」
ルートヴィッヒ・ファン・ベートーヴェン 交響曲第九番「歓喜の歌」

全曲合唱付きという大編成のコンサート。合唱のリハーサルも量が多くて大変そうでした。
合唱をみっちりやる部分が多い分私が弾くのは結構少なかったり(最初の音を示すだけがほとんど)。しかも懸念してた第九はほとんど弾かず、主にヴェルディで伴奏パートを弾きました。
ヴェルディはちょっとここ数日の練習で惚れた曲ですがそれについては後ほど今日の一曲で。
今回は合唱のリハーサルで面白かったことを中心に。

リハーサルの時間がかなり限られてるというのもありリハーサル本体を始める前のウォームアップも私が知ってる合唱のウォームアップよりも簡略化したものになってたのですが、なんとウォームアップとしてWaltzing Matildaを歌ってました(笑)これにはびっくり。
でもよく考えてみればオーストラリアで過ごしてれば大体知ってる曲ですし、大体メロディー的にもいい感じで色んな要素を含んでいて確かにウォームアップには向いてるものなのかも。

今回のコンサートはヘンデルで英語、ヴェルディでラテン語、ベートーヴェンでドイツ語と三ヶ国語で歌わなくちゃいけないのが大変そう。(英語といってもオーストラリア英語のなまりで歌っちゃいけなさそうだし)
合唱の指揮者さんが話してた感じだとどうもテキストの内容を把握してない人も結構いるみたいで、アマチュアだからしょうがないとはいえちょっと勿体ない。どんな歌の歌詞でも元の詩を知るのは演奏に大事ですし、あと文学方面に広げる機会にもなる。

ヴェルディは本当に合唱の歌い手たちを試す曲ですね。しっかり(宗教的な)内容のあるラテン語の歌詞、最初のエントリーの音程、キーチェンジの多さ、途中のアカペラ部分、表現の豊かさ、強弱や表現の細かさ、パート同士が独立してることなどなどありますがなによりハーモニーやメロディーの中で自分の歌う音がどういう機能・役割をしてるのかしっかり把握して音程の微調整で音を豊かにしたり表現を高めたりする。昨日のリハーサルで一番時間を割いたのにも納得。

合唱の指揮者さんも面白い人でしたねー。例えとか話の運びとかにちょこちょこユーモアが光ったり、あとクレッシェンドの表現を練習するのに合唱に拳を振り回させたり(他の人に当たらないように!)。あとクイーンズランド出身だそうです。たまにちょっと変わった発音がでるなとは思ってたのですが。クイーンズランドは特徴的だとは言われますが私はなかなかオーストラリア内の訛りの違いってまだわからないですねえ。オケの指揮者さんがちょっとイギリス訛りなので比べて聞くと面白い。

さて、今回のコンサートは最近亡くなったオケに縁の深い方に捧げられていて、その方が自分のお葬式で黒服に赤を足すよう言い残していたのにならってコンサートでも演奏服がオールブラック+ちょっと赤となっています。
なので今日ちょっと近くの石屋さんでガーネットのネックレスを買ってきちゃいました。最近ネックレス入手多いな。

演奏服は私が弾くオケだと(というかメル響以外のほとんどのオケは)男女とも上下黒なのが多いですがそういうイレギュラーもたびたびあります。前も多分この話してる。

以前ユースオケでCancer Council Australia恒例のDaffodil Dayの一貫として?コンサートをやってDaffodil=黄色いスイセンの造花をつけて演奏した記憶もぼんやりありますし、こういうイベントによってオールブラックにワンポイント追加ってのもほどよいインパクトがあって良いなと思います。ちょっと楽しいですよね。

以前一回大学のオケで指揮者さんの意向で急遽上はカラーシャツにした回もあったのですがなんかちょっと浮き足立ってた思い出があります。統一感はやっぱり大切ですね。
あとは例えば学校の生徒のための教育目的コンサートだとセクション毎に違う色のシャツ着たり、なんてのもどっかで見たことある。(とはいえ学童のためのクラシック音楽イベントも今は色々あって必ずしもフォーマルなor本格的なコンサートの形式をとらないことも多いですしね)

さて、もう日曜日は本番。合唱も居ますし聴衆もたくさんくるはずなので(さすが第九というか、かなり早い時点からチケットがものすごく売れていたそうです)人いっぱいでばたばたになることが予想されます。
なにはともあれ人が多いとそれだけコンサートの楽しみを共有できる人が多くなるわけですしおおいに盛り上がるといいなと思ってます。楽しみ。


今日の一曲: ジュゼッペ・ヴェルディ 「聖歌四編」より「スターバト・マーテル」



ピアノ弾きとして出会う音楽の傾向が関係しているのかなんなのか、あんまりイタリアの音楽に惚れることがない私ですが(レスピーギは例外、でもレスピーギの音楽に対する惚れ方もちょっと違うかな)、この曲には惚れました。

ヴェルディは特にオペラで有名なイタリアの作曲家。イタリアはオペラでも有名ですがキリスト教のカトリック宗派が強いことでも有名。
「スターバト・マーテル」は十字架にかけられたキリストを見る聖母マリアを表した曲で、その強い悲しみを含んだシーンが題材として魅力的なのか同じテキストで他にも色んな作曲家が曲を書いているみたいです(私も要フォローアップ。特にプーランク、シマノフスキ、ペルト、ペンデレツキなど)。
ヴェルディのスターバト・マーテルは彼の最晩年の作品で、前からもある意味内向きなところがある作風だったのがさらに内向的に深く深く沈むような曲です。

この曲のなにに惚れたというとハーモニーの美しさ。
西洋音楽って大体ハーモニーの流れ(和音進行)で緊張を作ったり解いたりすることで流れを作っていくのですが(別のやりかたで音楽を作る文化も日本を初めもちろんたくさんあります)、それがヴェルディ尋常じゃないほどうまい。
最初の合唱のエントリーのトライトーン(増4度=減5度の音程、和音の中でも特に緊張が強い和音)から始まりメロディーの中で適宜緊張を増す音をぶっこんではうまいこと和らげていく。

特に合唱のパートはそれがパワフル。オケのパートも大きいですが基本はサポートの役目です(かなりしっかり支えてますがね)。
横のメロディーの流れも縦の和音もどちらも和音・メロディーが効果的に色彩豊かに響くように書かれていて、一つ一つの音が音楽的な役割をしっかり担っている。
ぱっと聞いただけでも美しい曲ですが、美しいだけでなく細部のメカニズムまでしっかりしているのがさらにすごい。

そこにまた歌詞が来るわけですよ。ラテン語は音楽諸方面で見るくらいしかわからないのですが、自分が分かるだけでもメロディーの中での緊張の度合いと歌詞の単語の緊張の度合いがちゃんとぴたっと合ってさらにエフェクトを高めてるのがわかります。しかも強弱の表示でさらに細かい(たまにトリッキーな)表現を作ったり。
この曲において発音する音節一つ一つ、奏でる音一つ一つの重みがすごいのはそういうヴェルディの工夫もあるんだろうな。

で、そこにさらにイタリア(しかもオペラが得意な)の熱い情熱的な魂が宿るわけです。
この熱さゆえに音楽が理屈っぽくならない。でも細かいディテールが後ろで支えてこそ魂がより熱くなるってのはあると思います。

なので普通に聞いてもものすごく美しい、悲しみの表現が素晴らしい曲だと思いますが、もう一歩踏み込んでどうして美しいのか分析してみることでさらに魅力が増す曲でもあります。
(私も伴奏パートを弾いて改めて気づいたのでスコアをさらってみると面白いかも)

まだ手元に録音持ってない上に合唱とかヴェルディとかどこのオケ・合唱団とか指揮者がいいとか全くわからないのでとりあえず見つけたのリンク。有名なヴェルディのレクイエムと一緒に収録されてるやつ。
この曲は「聖歌四編」の1曲、つまり他にも3曲このくくりに入ってます。ゆっくりな曲ばっかりちょっと試聴しただけじゃわかりにくいですが試聴もあります。


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進学するとか環境の変化とか思い出して
ああああ明日今度は合唱とのリハーサルなのにまだ弾けないものが多すぎるううううう
・・・とのたうち回っています。弾ける弾けないというかこんだけのボリュームの音楽(というかどんな情報でも)をこの短期間で頭に詰め込むのがなにより大変。
明日もリハーサル前に練習するけどどこらへんまで出来るか。パニック補正もかかるからなあ・・・

と大変な1週間のまっただ中ですがちょっと面白い記事が入ってきてちょっと思う事あったので紹介。
The Ageに掲載された、発達障害を持つ若い人達の大学進学についての記事(英語)。写真&インタビュー受けたのは私の友人です。(学校以来の友人の家族、が正しいですが家族ぐるみで長くおつきあいさせてもらってるのです)。
記事にある通り(日本でいうところの)中学時代に発達障害と診断されて、今も発達障害のサポートグループで活動してるのはfacebookでちょくちょくポストを見て知ってたのですが新聞記事になるとは。

記事の内容は主に発達障害を持つ人が大学に進学するときの留意点、ではないですが対応とか経験とかについて。
中学高校で学校集会のときに人が多いところでパニックになった経験から大学でのレクチャーで同じことが起こるかもしれない、と予測してあらかじめ大学側に発達障害があることを伝えてレクチャーや試験を調整してもらったり。周りの友人にも驚かないでね、という意味でも早くから伝えておいたり。大学側のサポートについては詳しくは書いてなかったのですが伝えることでできることって結構あるみたいです。

なにがすごいっていうとこの人は自分の状態とかキャパシティとかを冷静に分析して把握してることと、あとなにより行動力がすごい。前述サポートグループもそうですけど大学に入るに当たって全くの新しい環境で大学にアプローチするってのはなかなかみんなが出来ることじゃあないだろうなあ。

小中高から大学への移行って発達障害を持つ人じゃなくても結構難しいし大きな変化ですよね。
(小中高の間の移行は学校の区切りでも色々変わってくるので小中高一貫だった自分はなんとも言いにくい)
このころまだ診断名が鬱だった(軽躁方面の症状はほぼなかったはず)私はどうだったかなーとと思い出すと、幸いにも12年生~大学1年頃は比較的状態がよかったような記憶が。
(母が日本に帰るころもそんなに状態は悪くなかったはず)
今ほどイレギュラー・変化には弱くなかったしそこそこ乗り切れてたはず。

さっきの記事の話もそうですが大学に入って周りの人の数が増えるってのは本当に大きいです。
人が多いのもそうですが困ったときの連絡先や諸々の手続き先も複雑ですし、場所や人で落ち着くところを見つけるのも難しい。
音楽科は完全に弱小というか人数が少ない科で場所も人もある程度限られてたり、比較的おさまりやすいところではありましたが、法律とか医学とか人数の多いところだと図書館に行っても人がたくさんいて落ち着かないという話も。

ただ人が多いというか色んな人が混在してるってのが良かったこともあります。
小中高のころは私の鬱の諸々に周りが戸惑うことが多く、ほとんどの人がそういう人に関わるのが初めてだったのですが(驚くことではないですが)、大学まで来ると鬱を患ったことのある人は少なくとも似たような状態を経験したことがある、または知り合いでそういう人がいる、という人がものすごく多くなります。
病院に入院したときもユースオケに入ったときもそうですが学校での集まりでなく色んなところから人が集まることで開ける道もあると思います。

小中高→大学の移行時のメンタルヘルスのサポートってみんな(諸々専門の人や家族や患者さん自身)どうしてるんだろうなーと気になりました。
あとさっきも書きましたが大学が発達障害やその他の障害などに対してどうサポートがあるのかも気になる。例えばメルボルン大学だとDisability Liaison serviceというところでそういう対応なんかをしてくれるみたい。
ずーっと前に行ったレクチャーでも(特に統合失調症の患者さんのための)復職支援だけでなく復学支援を行うことについて話がありましたし。

でもそういったサービスが必要になるくらいしんどい状態になると対応するのも考えるのもものすごく難しくなるので(あとサポートを受けるに当たって自分の状態などをちゃんと伝えることも)、できるなら事前から知っておいて「具合が悪くなっても頼れるところがある」ってのを意識しておくのが一番なんですよね。なんでもそうですが。

あのときこうすればよかったなーと思ってるわけではないですが、どうしても(もはや自分が考える必要がないことながら)考えてしまい今回のエントリーを書くに至ったわけです。
メンタルヘルス話はなるべく自分が考えた新鮮なうちに、というのもそうですがあと音楽から若干逃避したい気持ちもあり(汗)
次回の更新にはちょっとは楽になってるはず。新しくCD2枚iTunes storeで買って聴き込む楽しさもありますし、あとメル響の2015年シーズンも発表されたのでいずれ。


今日の一曲はお休み。

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第九に魘されて
ばたばたウィークに入りましたのでまずはお知らせ:

Stonnington Symphony Orchestra Malvern Town Hall Seriesコンサート2
Malvern Town Hall 8月17日(日)2時30分開演
指揮者:Roy Theaker
ソリスト: Alison Rae Jones (ソプラノ)、Emily Bauer-Jones (アルト)、Stephen Smith (テノール)、Roger Howell (バス)
ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル 「ジョージ2世の戴冠式アンセム」より「司祭ザドク」
ジュゼッペ・ヴェルディ 「聖歌四編」より「スターバト・マーテル」
ルートヴィッヒ・ファン・ベートーヴェン 交響曲第九番「歓喜の歌」

全編合唱付きの大人数動員のコンサート。今週はリハーサルも増えて大変です。
このうちだと私がパートがあるのは司祭ザドク(オルガンパートをキーボードで)なのですが、今回合唱やソリストのリハーサルにピアノ伴奏が必要というので弾かせてもらうことになりました。

そのうち第九のソリストのリハーサルが今日だったのですが楽譜をもらったのが金曜日、それからトリッキーなオケ編曲のピアノパートをなんとかこなすのがどれだけしんどかったか。
歌い手の伴奏も(伴奏の授業意外は)ほとんど初めてですし、ベートーヴェンを前回真面目に弾いたのが・・・えっと10年前?(汗)妹に「珍しく普通の曲弾いてる」っていわれたけどそれまでとは。

まず第九の第4楽章がそもそも長い曲であることがあり。トータルで20分超えの楽章ってマーラーの交響曲とかでも多くはない。今回ソリスト部分(+木曜の合唱リハに備えてある程度そっちも習得)だけとはいえ結構質量があるんですよね。

そして前述のとおりオケ編曲のピアノ伴奏はだいたい難しい。オーケストラが弾いてる音をピアノで弾くということは結果ピアノにとっては必ずしも弾きやすいものではないもので。むしろ「こんなに違う!?」というくらい弾きにくい。連続オクターブや三度や六度、連打は弾きにくい。
なので書いてある音全部弾く必要はないのですが、どの音を弾くか弾かないかの判断も難しいし、色々音を変えたり抜いたりの箇所が多くて書き込みができない=自分がなにをやるか覚えにくい。
(なので意外と楽譜に書いてあるまま弾いたほうがある意味簡単な場合もたびたびある)

さらに指揮者のバトンに合わせて弾くこともそうですし、ソリストたちを支えるように弾かなきゃいけない。今回は特に歌い手のソリストということで息継ぎ、息の長さも考慮しなくちゃいけないですし、リズムやハーモニーの基点としての役割も果たさなきゃいけない。
本当はそういう余裕があればいいんですがなかなか難しい。初めて会う人たちだし人見知りも重なってパニクる。

そんなわけで今日のリハーサルはものすごく事前に心配でやってる間も心配で終わってもなかな
か「よかったー楽しかった-」とは言えない状態で。

でも結局のところソリストが歌ってるとこは指揮者さんがほぼ全部ベースラインだけでいいよーって言ってて基本左手だけで弾いてることも多く。
なーんだ、と思ったには思ったんですがでも最初の杞憂はただの杞憂でなく、全体を詰め込んでおいたからこそそこから必要に応じて引いたりしていく柔軟さがあるというので、事前にたんと心配してストレスしても全くの損ではないのです。

それに引き始めてソリストが入ってきた瞬間から(自分が望むほど弾けてないにもかかわらず)楽しくなってきて。他の人の音(あと指揮者のバトン)に反応して合わせる、サポート役に回るってのがやっぱ楽しいなーと。
それから歌い手とお仕事したことが少ないのでどういうところを注意してるかというか歌い手同士・歌い手とソリストがどういう話をするかにも興味津々。

なので結局はちょっと安心したし結構楽しかったです。
ただもっと弾けたらなあ、とかもっとそのサポートに関する気が回ったりしたらなあ、とか。あと今回ほぼ初めての経験でしたがもう何回か繰り返したらコツがつかめたり伴奏の授業で昔習ったことも活かせてちょっとはマシになるだろうなあ、とか。悔しいこともたくさん。

明日は通常のオケリハーサルですが木曜日にはこんどは合唱のリハーサルがあります。
ヘンデルとヴェルディのパートはまあ大丈夫そうですが(でもさらわなきゃ)第九がさらに嵩を増すのでまた心配です。
今冬はピアノ少なめでばたばたもあったり、今週も自分のレパートリーになかなか手が付けられない状態ですがとりあえずオケに注力せねば。
ピアノと創作に注力できる心持ちに持って行けるようがんばります。


今日の一曲: Nigel Westlake 「Missa Solis: Requiem for Eli」より「Hymn to the Aten」



ちと魘されすぎて第九を紹介とはいかないので(コンサートのプログラムは後ほど)、こないだABC Shopで買ったCDの紹介。
以前WestlakeのMissa SolisのSolarmax版(IMAX映画のための音楽)から2曲紹介しましたが、こちらのレクイエム版はSolarmax版から一部抜粋がある別の作品だそうです。(でいいんだよね)
Requiem for EliとありますがこのEliとはWestlakeの息子さんのこと。やりきれないとしかいいようのない悲しい出来事により若くして亡くなった息子さんのために書かれた、悲しみももちろんあるけれど壮大で力強い作品です。

オケと合唱とボーイソプラノ(ソロ)というかなり大編成で書かれたこの曲で私が一番ハイライトだと思うのがこの「Hymn to the Aten」の前半部分。
ここはトラックが始まってから3分間ずっと打楽器のみのソロなんです。動画見て数えたら全部で7人かな?ティンパニはもちろん、小さなシンバル(ずっと一定のリズムを刻み続ける曲の心臓ですね)、そして躍動感あふれるリズムを叩くドラム群。ひたすら熱いです。かっこいい。しかもCDはメル響の打楽器軍団なのでエネルギーが半端ない。
(そういえばWestlakeはフュージョンかなんかのバンドでドラム叩いてた経緯もありますし、Compassionの第5楽章も打楽器ソロで始まっててもうここら辺は十八番なんですね)

「アテン」というのはエジプトの太陽神のこと。Missaとは言いますがこの時代必ずしもそれはキリスト教の宗教音楽を示す物ではなく、特にオーストラリアは音楽もそれ意外でも多文化で、このレクイエムにも様々なソースから歌詞が持ってこられて(CDのブックレットちゃんと見てみるとすごく面白いですよ)特定の文化や信仰を強く示すことがない音楽になっています。
ただやっぱりどことなくエジプトっぽいんですよね、この楽章の後半の合唱部分。わりと19世紀後半くらいから「エジプトっぽい」曲にはものすごく共通してる要素があって分かりやすい(&面白い、ただどれくらい本物かはわからない)のですが、それがうすーくこれにも入ってる感が。リズムとか、伴奏のパターンとか。歌詞はもちろんですが。

ということでやっぱりメル響の打楽器軍団で聴いて欲しい!と上に録音をリンクしましたが実はシドニー響の演奏でようつべにも一部試聴動画(ちょうどこのドラムソロの部分の途中からのもありました)がありますし、Bigpond動画では同じ演奏が全曲見れちゃいます。50分弱でそんなには長くないですよ。
Westlakeの得意な映画音楽的なスタイル、だけれどそれを超えた部分も大きい、素晴らしい&聴きやすい作品なので是非聴いてみてください。


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国立音楽アカデミーコンサート「Simone Young Conducts」感想
今回のエントリーは昨日行ったコンサートの感想ですが、その前に一つ。

昨日、オーストラリアを代表する作曲家Peter Sculthorpeの訃報が入ってきました。
オーストラリアはイギリスから人間とともに文化も持ち込み引き継いで出来た国ですが、一つの国としてその存在が確立してくるとともにイギリスとは違ったオーストラリア独自の音楽文化を創りだしていくのですが、その中で「他の何物でもないオーストラリアの音楽」を作ったのがSculthorpeなのです。
原住民の音楽や楽器、アジアの音楽文化、そしてなによりオーストラリアの大地の景色から音楽を作りあげたSculthorpe。Sun MusicシリーズやKakadu、Requiemといった大規模作品だけでなく弦楽四重奏曲を多数残していることでも有名で、オーストラリア内外の作曲家、演奏家に多大な影響を与えました。
(ABC Classic 2に彼についての基本を押さえた紹介記事(英語)がアップされてたのでリンク。ようつべの動画が埋め込んであって作品も聞けますよ)
惜しい人を亡くしたという思いもそうですが、今までのSculthorpeの貢献から新しい世代の時代になっていくということでもあり。まだまだオーストラリアの音楽はこれからも伸びるぞ。楽しみ。

ということで急遽Peter Sculthorpeに捧げられました昨日のコンサート。
オーストラリア国立音楽アカデミー(ANAM)のオーケストラのコンサートでした。
ANAMに初めて行った(私は通ったことはないですが)10年前は人数も少なかったのに今はここ数年における管楽器・打楽器などの枠充実により今や(ゲスト奏者もいるものの)21世紀の作品ができるほどのオケのサイズになってびっくり。(国の補助と個人・企業の寄付で生徒の学費などがまかなわれているのでここまで大きくなるってのはすごいことなんだろうな)

指揮者にオーストラリア出身の女性指揮者Simone Youngを迎え演奏したプログラムがこちら。
国立アカデミーコンサート「Simone Young Conducts」
指揮:Simone Young
オリヴィエ・メシアン L'Ascension
Brett Dean ビオラ協奏曲(ビオラ:Brett Dean)
(休憩)
ヨハネス・ブラームス 交響曲第4番

なかなか渋いプログラム。どれも録音は持ってて少し聴いたことはあるながら詳しくは知らない、生で聴くのは初めての曲。生で聴ける機会はそんなに多くない曲ばかりで貴重な演奏でした。

メシアンは初期の作品でしたが(前奏曲集と似たような時代かな)すでにしっかりメシアンの音楽言語もオケのスタイルも出来てて面白い。金管がかっこいいんですよね、コラ-ルのような長い和音。きっと音程を合わせるのも長く伸ばすのも簡単ではなかったりするのかもしれないけど(メシアンオルガン弾きなので)、でも聴いててマジメシアンでした(笑)
演奏としてはちょっとあっさりめで透明感があったのも面白かったです。それから第3楽章の最後の踊りのようなセクションが良かった。狂喜というほどではないですがバイタリティに溢れた力強い音楽、弦の元気さに心躍りましたね。

Brett Deanのビオラ協奏曲は作曲家曰くバイオリンともチェロとも違うビオラならではの声を目指したそうですが確かにビオラにしかできないこと、ビオラでしか出せない音満載の協奏曲でした。
Deanらしい難解で複雑な曲調は健在なのですが、ビオラを主役にしてしまうとその難解なのもなんか(分からないながらも)しっくりきちゃうのが不思議。ビオラならではまた一つ。

Deanのまっすぐで力強く渋さもあるビオラの音はこれぞビオラ!みたいな印象だったのですが、中でも第2楽章、第3楽章で見れたビオラのTrue Berserker状態が最高でした。こんなに荒々しく鋭い牙をむくんだ!ビオラの凶暴方面のポテンシャルは知ってたはずですがこんな演奏を生で聴いちゃうとさらにびっくり。ビオラってかっこいいぜ。

あとDeanの音楽の音量が低い場所を生で聴くとそれがものすごーいうすーいレイヤーがいくつも重なってできているのが視覚的・聴覚的に分かってこれまた面白い。ソクラテスとかもそうなんだろうなあ、また聴いてみたい。

それから指揮者のSimone YoungがまたDeanの音楽と相性が良い。
前回彼女の指揮を見たのが確かメル響のDeanのソクラテス聞いたときかな。同じタッグなんですよね。その時を振り返ってみるとそうだったのですが音楽が複雑であればあるほど指揮が的確に感じるというか、分かってる頼もしさがあるというか。それでいてあのパワフルな指揮と音楽性を音楽の複雑さで損なうことないのもすごい。
(ちなみにあんな体力使うビオラ協奏曲弾いた後なのにBrett Deanが後半のブラームスではオケに混じってビオラ弾いてました。これもまたすごい。)

ブラームスはやっぱ冬ですね!特にこの第4番の渋さと厳しさが昨日聴きにいってぴったりだと思いました。ブラームスの交響曲だと大体お気に入りは普段第1番か第4番か、みたいな感じなのですがこの演奏で僅差でトップになりました。
メシアンでもそうでしたがブラームスでも指揮者が終始ぐいぐい引っ張っていくのが効いていて。こないだ聴いたマーラー1番と似たようなざくざく進んでいくような厳しさがここでも味わえました。

そして普段はあんまり好きではない第3楽章の演奏が素晴らしかったです。アンサンブルが一番ぴたっと合ってたのがこの楽章で、そのぴたっと具合が音楽的にもものすごく効果的でパワフルでした。
第4楽章の剣のような鋭さもかっこよかった。あのエッジは生で聴いて肌で感じてこそ。

ということで冬にこのブラームスを味わえてよかったですしコンサート全体楽しかったです。
まだまだ夜も寒い日が続きますが色々コンサートやってるのでめんどくさがらず聴きにいきたいです(と自分に言い聞かせる)。


今日の一曲: Peter Scuthorpe Sun Music III



コンサートでやった曲は要フォローアップなのでSculthorpeの曲を紹介。
作品数も多く、初聴きでちょっと聴きやすくないものもあるので私だったら初めてのSculthorpe候補としてこの曲をあげるかな、と。
実際この曲も大学のオケでやったときはみんな最初はそんなに好評でなかったのですが弾いているうちにみんな口を揃えて良い曲だと言うようになった、やっぱ最初の印象だけで音楽を決めるもんでもないな、といういい例だったり。

前述のとおりSculthorpeは音楽におけるオーストラリアのアイデンティティを確立した作曲家で、特に白人としてのオーストラリアの文化のルーツであるイギリス(ヨーロッパ)でなく地理的に近いアジアの音楽文化に目を向けた人でもあります。
(実際オセアニアとはいいますが原住民含めた文化はオーストラリアはNZや他のオセアニア諸国よりもアジアに近いんですよ)
その試みの代表的な作品が4つのSun Music。オーケストラのために書かれた作品で、特にユニークな打楽器群が活躍するのが特徴的。

 4つの中で多分一番聴きやすいSun Music IIIで活躍するのはビブラフォーンをはじめとした金属の打楽器たち。東洋の音楽で使われるペンタトニック(五音音階)を奏でるビブラフォーンや、小さいシンバル(Crotales)をつなぎ合わせ打ち合わせる音や、とにかく金属の音が魅力的。

金属の音といえばこの曲はトロンボーンのソロがとても好きで。大きいソロではないのですがトロンボーンのゆったりした音が味わえるのがいい。そして控えめ音量でも魅力的だってのもまた好き。

結局(少なくとも私から見ると)Sculthorpeや他のオーストラリアの作曲家が見いだした「オーストラリアの音楽」はこの曲ほどアジア寄りでもなかったのですが、でも影響は確かにあるような。どこが、と言われると難しいのですが。でもやっぱりつながってる。

Sculthorpeの音楽は大学の図書館で借りれないのが多く、置いてないのも少なくないのでなかなか聞けていません。とりあえずリンクしたCDは買ったのですが。
これから自分が聴きたいSculthorpeの作品は(とりあえずのところ)レクイエムとKakaduあたりかな。そしてクロノス・カルテットが弦楽四重奏曲を演奏してるのでそちらもいずれ。
まだまだ勉強することたくさんで追いつけない!生で聴く機会もあるといいなあ・・・


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目とか眼鏡とか
過去のエントリーに拍手があるのに最近気づきました。
face to aceのアルバムについて書いたエントリーに2つ、楽器と性格コントラバスのエントリーに1つ拍手ありがとうございます~
時によっていろんな方面に偏りがちですが引き続きよろしくおねがいします。

以前マレーシアに行ったとき空港で看板の文字が読みにくい!と思って以来そろそろ眼鏡の替え時かと思っていたのですがばたばしていて何にもできず昨日やっと目の検査に行ってきました。
ついでにここしばらくどうも暗い中で見えにくい感があるようなのでそれも相談しに行って結局昨日今日と2回検査をすることになりました。

普通の視力検査と視野検査と、あと瞳を大きくする目薬をさして網膜を見たりなんだり(これで検査後見えにくくなるので家に直帰して休むため2日に分けた)。
視野と最後の検査は結果良好、特に心配することはないとのこと。ただ視力については右が3段階ほど悪くなっていたそうでびっくり(左も近視・乱視ともにちょっとずつ悪くなってましたが)。
そういえば最近まっすぐ前を見るときに首がまっすぐじゃないような感じはあったかも。

ちなみにオーストラリアは日本とは視力の表示方法(単位?)が違います(翻訳の仕事でもちょっと気をつけなくちゃいけない)。あんまり頻繁に測らないですしものすごく目が悪くなった状態の数値しか見たことがないので未だにオーストラリアの視力の表示がよくわからない。今手元に眼鏡の処方箋もないですし。

で、右と左の視力が違うもんでそれぞれの目に最適な度にはしないほうがいい、と言われました。両目ではっきり見える(けど右目だけで見るとぼやける)程度に左右の差をとどめておくのがいいよということでそうしてもらいました。
それにしてもどうやって右(一応利き側の目)だけ悪くなったのか不思議。

そして暗いところで見にくい件は新しい眼鏡にしてしばらく慣れてそれでもだめだったらもう一回来てとのこと。
実際昔から変わってないのか異常なのかどうなのかも分からないんですよね。今回視力検査など受けて分かったのですが「見え方」という主観的な諸々って難しい。

ところで眼鏡でおしゃれ、とは言うもののあんまり度が強いとフレームの形も結構限られてくるみたいですよ。
今の流行はレンズが大きいタイプですが眼鏡屋のお姉さんが私の度だとそういうのは無理と言われました。元々ちょっと細い形(+上半分だけフレーム)の方が好きなんで流行じゃなくても良いには良いんですがそういう形のフレームがあんまり出回ってないのはちょっと不便。
とりあえず今かけてる眼鏡と似てる感じの素敵なフレームが見つかってよかったー。

ちなみに前聞いたのですが楽器やる人ってちょっと眼鏡に関して気をつけた方がいいこともあるみたいです。
フレームの縦幅が極端に狭いと楽譜の1頁まるまる視界に入らない、なんてこともありえますし。あと楽器を弾くときの楽譜の位置って近くも遠くもない距離であることが多い(オケなんか特にそう実感しますね)ですし。
さらに(特にピアノ)その距離に対してかなり細かい音符・文字などを読むことが多く。
普通に生活したり文字を読むよりも読みにくいストレスが意外なところで起こりやすいので楽器を弾く人はそういうことがあることを知っておいて損はないと思います。
(私は近眼・乱視のことしか分からないのですが遠視・老眼なんかはそこんところどうなんだろう)

新しい眼鏡は日本から輸入なので2週間ほどかかるそうですがとりあえず日本に行くまでに(まだいつかわからない)新しい眼鏡に出来てよかった。ちょっと予期せぬ支出でしたがこれでまた数年大丈夫そう。そしてそんなに右だけ悪くなってるので替えて正解でした。これ以上悪くならないといいんですが。

明日は急遽?コンサートに行くことになったので楽しみです(あ、眼鏡新しくしたらオケのコンサートもよく見えるようになる)。感想を次回に。


今日の一曲は遅くなったのでお休み。ちとペースが落ち気味だな。


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