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~名もない蛾と虹の錯乱~ 内の思いと外の色彩をつらつらと。
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MCO&ANAMコンサート 「Double Entendre」感想
コンサートラッシュ引き続き!明日の2つでとりあえず聴きに行くのに忙しいのは終わりですがその後に感想など書くので終わりと言えるのはちょっと遅れます。

その感想の前に一つ。
タスマニアのホバート近郊(いまだに正確な場所はわからない)にある現代芸術を専門にするMuseum of Old and New Artsで2年前だったかな?メシアンの音楽を中心に音楽や美術などの分野を駆使した「Synaesthesia」(共感覚)というイベントをやってたんですが、この「Synaesthesia」が今年8月にまた開催されるとのことです。メシアンやスクリャービンの演奏やら色々企画されてるようでわくわく。行きたい!ただお値段が!そして8月ってタスマニアすごく寒いよ!

さて昨日のコンサートの感想。こないだ行ったばかりの国立アカデミー(ANAM)にまた行ってきました。
今回は弦楽器を主とした室内オーケストラMelbourne Chamber Orchestra(MCO)とANAMの共同コンサート。室内オケが1つではなく2つに分かれたdouble chamber orchestraという編成(バロック時代に特に使われた編成で、その後もちょこちょこレパートリーがあります)で書かれた現代の音楽4曲が演奏されました。うち2曲はオーストラリアの作曲家の作品で世界初演。
2つに分けたオケをどう扱うかがちょっとずつ違ってきて面白いです。

プログラムは以下の通り。
MCO & ANAM 「Double Entendre」
指揮者:Michael Dahlenburg
Director:William Hennessy
Gordon Kerry 「Music for Double Chamber Orchestra」(2014年)
フランク・マルタン バイオリン独奏と2つの小編成の弦楽オーケストラのための「Polyptyque」(1973年)(バイオリン:Doretta Balkizas)
(休憩)
Peter de Jager 「Fugue, Forest, Chorale & Toccata」(2014年)
マイケル・ティペット 二重弦楽オーケストラのための協奏曲(1934年)

演奏時間は1時間半くらいですが長さとか曲の規模とか関係なくMassiveでした。質量と密度がすごい。弾く方も指揮する方も大変そう。聞いててもちょっと捉えられない部分が多かった。
なのでなんとか感想が書けそうなマルタンとピーターの曲に絞って書きます。

マルタンは今回初めて聞いた&聴いた作曲なのですがなんでもスイスの作曲家(これも初)で数学とか科学とかをやっていた人だそうで、キリスト教関連の題材で多く曲を残しているそう。
一見そんなにものすごく変わったことはしていないような作風なのですが無調的な曲調と過去の伝統から流れてきてるような曲調がそれぞれ独特で、さらにそのバランスというか棲み分けがまた独特。
「Polyptyque」の曲自体の美しさもすごいのですがバイオリンソロの演奏には驚きの連続。レガートで音をつなげるそのつなげ方がものすごく粘度が高いというか、なめらかを超えたつながり方をしてものすごく濃い音で。ああいう感じの音はこれまでに聞いたことがなかったかも。

そして今回目当てで楽しみに行ったピーターの「Fugue, Forest, Chorale & Toccata」。
ものすごく好みな曲でしたが同時にものすごく難しい曲でした。
その複雑さから2つの室内オケを使っている感がちょっと薄い感じはしたかな。2つのパーツの掛け合いというレベルでない楽器の絡み合い。
4つのセクションそれぞれにユニークなtextureがあって各々の世界を展開していくのですが中でもフーガとForestが特に良かったと思います。

Forestでの自然を思わせる音の風景の静と動、まるで命を持っているような音の動き。そしてフーガの緻密さ。ものすごく詳細まで作り込んであって、顕微鏡レベルで耳をすますと後から後から主題が見つかるまるでフラクタル。それでいてマクロレベルで聞くtextureの魅力。フーガという形式に、そしてtextureという言葉をさらに高いレベルまで持ってったような印象です。
(このフーガを参考にこれまでのフーガの解釈・演奏の仕方を改めて見直したくなります、ほんとに)

ピーターの書く曲は良くも悪くも「安定している」というか、決まった一つの世界の中の秩序みたいなイメージがあります。それが良い方に働いたのがフーガで(完全な秩序未満だとカオスになりかねない)、逆にトッカータでは動きがないような印象になってしまっているような。たたみかけるようなエレメントがあるといいのかなあ、と思ったり。
あとピーターの作曲した音楽を聴くといつも絵を描きたくなります。幾何学的な作風だったり自分の書くステンドグラス風の絵が上記「決まった一つの世界の中の秩序」に合うところがあったりで。気が向いたらまた絵もやりたいです。しばらく手付けてないからなー。

今回のコンサートは作曲家(ピーター)と指揮者(ユースオケ以来のチェロ仲間で大学も同級生)だけが知り合いというちょっと変わった感じでした。
(directorはでも大学ではホビットにしか見えなかったり髪の毛をネタにされたり色々と有名な人で、まだまだ現役で演奏など続けててちょっと安心しました)
なので作曲サイドの話も聞きましたし指揮サイドの話も聞きましたし、そしてあとで飲みに行って初めまして(またはほぼ初めまして)の人から演奏サイドの裏話も聞いて。いろんなとこで難しいこと多々あったみたいでやっぱ演奏関連諸々楽しいことばかりじゃないんだな、と改めて思いましたが何より本番の演奏が良い結果で良かった。

そしてここしばらくのコンサートラッシュで色んな人に久しぶりだったり初めましてだったり会って音楽に関係あることないこと色々話してほんと楽しいです。コンサートとそのあとの打ち上げに関しては音楽関係者でよかったと毎回思います。次の機会が楽しみ。

ということで明日は2つコンサートに行ってきます。ホームじゃないジャンルのコンサートもありますがなんとか感想を書けたらいいな(汗)


今日の一曲: フランク・マルタン バイオリン独奏と2つの小編成の弦楽オーケストラのための「Polyptyque」より第4楽章「Image de Géthsémané」



今回のコンサートで演奏された曲は初演以外も結構知名度が低い曲だそうですが、マルタンのこの曲は是非紹介したいと思い初聴きで今日の一曲に挑戦。(一応録音とかもいくつか出てる曲だしピーターの曲よりは紹介しやすいはず・・・)

本文でも書きましたがマルタン(マーティンって英語読みで読んでた・・・)はスイス出身の作曲家でキリスト教関連の作品を色々書いていますが、「Polyptyque」もその一つ。~ptyqueという言葉には「~枚セットの(特に宗教的な)絵画」という意味があって、他にもTriptyqueとかDiptyqueなどがあります。(Poly=たくさんの、ですがpolyptyqueっていう言葉の字面がなんかむずむずします。ポリープ入ってるし。)

「Polyptyque」はキリストの受難を題材にした絵のセットとして書かれた音楽で、エルサレム入り(現代で祝われるPalm Sunday)から神に召されるまでを6つの楽章で描いています。
構成としてはエルサレム入り→弟子たちとの対話→ユダ→キリストが独りで瞑想する→キリスト十字架にかけられる→神の栄光になってます。
バイオリンのソロはほとんどの楽章でキリストを演じているようです(ユダの楽章のみユダなんだろうか)。このソロパートの一人のキャラクター感というか、独立したパートでありキャラクターに溢れているのがまた魅力的。

第4楽章のImage de Géthsémanéは前述要約でいうと「キリストが独りで瞑想する」部分にあたり、バイオリンのソロカデンツァを始めソロパートがものすごくでかい楽章です。(それでいてバックの弦楽オケが醸し出す雰囲気や感情もまた見事)

作品を通じてこの美しくも不思議な作風はもっと知りたくなりますね。いわゆる十二音技法みたいなのを使ってるのですがそれがトータル・セリーのスタイルとは全然違って、強いて言うならショスタコーヴィチの晩年の十二音技法に似てるかも。ショスタコもそうですが音楽の美しさを保ったまま20世紀の新しい音楽言語に進化しているという感があって、そこが自分にとってはツボなのかな。(あと特に宗教的な題材で以前の時代の形式を意識したり進化させたりの作曲ってのもあるのか)

とにかく埋もれさせておくにはものすごく勿体ない曲だと思います。大学の図書館で録音が見つからなかったのが残念ですが是非手元に欲しい曲。そしてマルタンの他の曲も知りたいです。

とりあえずAmazonでmp3録音は見つかりました。これ以外にもあるみたいですしNaxosからもCDが出てますし(Naxosはなんでもありますね)。試聴でどれくらい味わえるか微妙な曲の性質ですが是非。

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まだまだ続くコンサート(国立アカデミーFellowship Project)
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
引き続きコンサートの感想を。

一昨日行ったコンサートは国立音楽アカデミーの卒業生によるコンサート。
友達2人が弾くというのでこれはいかなきゃ、と聴きに行きました。
プログラムは以下の通り:

国立音楽アカデミー Fellowship Project
Jessica Foot(オーボエ)&Peter de Jager(ハープシコード)
国立アカデミーの生徒&先生&卒業生

フランソワ・クープラン 趣味の融合 コンセール11番
アンリ・デュティユー 「Les Citations(引用)」
クラウス・フーバー 「Noctes intelligibilis lucis」
マニュエル・デ・ファリャ クラヴサン協奏曲
(アンコール:「アダムズ・ファミリー」のテーマ)

オーボエもハープシコードもソロで生で聴くことが少ない楽器ですがこのコンビのためのレパートリーが意外とあることにびっくり(それでもオーボエのレパートリー自体が小さくて知名度が低いらしいですが)。そもそも音の性質がオーボエの丸さに対してハープシコードのツメではじく尖った音で正反対とも言えますし。
そしてクープランはバロック時代で他は20世紀。ハープシコードは後述のとおりその間の時代には使われない楽器なのですがオーボエももしかしたらソロレパートリーはその2つの時代に集中してるのかな。

なのでオーボエの音色の印象もそのバロック・現代で大きく分かれます。クープランでの丸くてなめらかで黄金に光るような音の輝かしさはもう素晴らしかったですが、現代作品での暗さと緊張感のある音色もまた魅力的。
そしてオーボエといえばやっぱりメロディーを歌い上げる楽器。クープランはバロック時代によくある踊りを集めた組曲なのですが終始踊りよりも歌のキャラクターが強い。そしてフーバーみたいな抽象的でアップダウンが激しい(2オクターブとか音が平気で飛ぶ)曲でもひとつながりの線が世界を創る、旋律の力強さ。

反面ハープシコードはピーター曰くすでに音ができあがってる楽器で変えることができない部分も多いらしいです。あといわゆる車にオートとマニュアルがあるのとちょっと似てハープシコードでも色々ペダルで調整できるのとできないのがあって、今回オート(仮)のハープシコードだったためレバー調整とかが大変だったそうです。
20世紀のハープシコード音楽ってものすごい!不協和音の響き方も独特ですし、キーがピアノより軽いのもあり遠慮無く速いパッセージ入ってきますし。なんかキャラクターとしてはカムバック前と全く別物として捉えられているみたいです。

それにしても今回知らない曲ばかりで(ファリャだけ録音持ち、でも改めて聴かなきゃ)、しかもデュティユーとかフーバーとかものすごく難解でびっくりしました。1回聴いただけじゃ分からないなあ・・・
でも特にデュティユーはジャズっぽいところがあったり(ベースがかっこよかった!)引用のエレメントがあったりで魅力はつかみかけた感が。デュティユーという作曲家は木管友達からは良く名前を聞くのに他では全然聴かない作曲家ですが、書いてるのは必ずしも木管作品に限らないのでこれを縁にまたいつかフォローアップしたいです。

そしてアンコールのアダムズ・ファミリーですがこれは国立アカデミーのdirector、Paul Deanがファリャの楽器編成(フルート、クラリネット、オーボエ、バイオリン、チェロ、ハープシコード)のためにアンコール用として編曲したものだそう。最初のドアがきしむ音をハープシコードの蓋で表すところからずっと面白かったです。弾いてて絶対楽しいじゃないですか。

そうそう、普通こういうメインの奏者がいて共演者が何人かいるコンサートではメインの奏者が共演者にチョコレートやワインとかお礼に贈ることが多いのですが今回ジェシカは共演者に鉢植えの植物をプレゼントしていました。これには驚きました(ただ過去にカボチャあげたりしたこともあるそうです)。

コンサートの後には国立アカデミーの(主に大学卒業してから初めて出会った)友達と近くのバーで飲んだり食べたりしてきました。今回演奏したジェシカも含め久しぶりの人も多くかなり新鮮な集まり。色々励まされることも多く感謝しきれません。最近ちょっと低めで推移しているので(特にピアノで)引き続きがんばらなきゃ。

明日行くコンサートも国立アカデミーでのコンサート。Melbourne Chamber Orchestraと国立アカデミーのジョイントコンサートで、特にバロック時代であったような弦楽オケが2つある編成で書かれた20世紀以降の作品を演奏するそうです。指揮者が大学時代のチェロ友達で、あと演奏される曲にピーター作曲の新しい作品もあるので大変楽しみです。



今日の一曲: マニュエル・デ・ファリャ クラヴサン協奏曲 第2楽章



今Wikipediaで調べたら正式な題名は「チェンバロ(またはピアノ)、フルート、オーボエ、クラリネット、ヴァイオリンとチェロのための協奏曲」だそうです。
協奏曲というと普通ソロ+バックにオケという編成が浮かびますがこの曲はチェンバロと他の5つの楽器のみが演奏する室内楽作品でもある協奏曲。

言い忘れましたがクラヴサン=チェンバロ=ハープシコードです。バッハやクープランなどが生きたバロック時代ではメインの鍵盤楽器として使われていますがピアノの台頭(ピアノはハープシコードとは別の仲間で派生したものではないそうです)とともに廃れ、19世紀にはハープシコードのための音楽はみんなピアノで弾かれていたそうで。

それが20世紀になってワンダ・ランドフスカというピアニストがチェンバロを再興しようと作曲の委嘱や演奏に動き出し、ファリャ作曲のオペラ「ペドロ親方の人形芝居」を皮切りに20世紀でもハープシコードの演奏が始まり、ハープシコードのために曲が書かれるようになったそうです。(この協奏曲もランドフスカの委嘱、演奏で世に出た作品)

この曲を聴いているとハープシコードのための協奏曲というよりも、そして室内楽作品というよりも6つの楽器全員のための協奏曲という印象です。(つまり正式な題名が正確に表しているわけですね)
6人が一つの音楽を一体になって作っている、というよりも6人がそれぞれの役目をこなしながら適宜ソロとして一歩前に出る、みたいな感じ。

第2楽章の最初で見られるようなハープシコードの即興的なアルペジオはバロック時代のハープシコード音楽をちょっと思わせます。全体としてはスペインの祭りなどである宗教的な行進を表しているそうで、宗教的なテイストもありエキゾチックな色彩もあり民族的な素朴さもありでものすごく不思議な曲調。なかなかぱっと馴染むものではないのかもしれませんがすごく面白いです。生で聴いて好きになりました。

今リンクする録音を探していたらデュトワ指揮のファリャのオケ作品集のCDの演奏がちょっと宗教的な風味が強くて面白かったのでリンク。収録されてるのはほとんど知らない曲ですが、前述のハープシコード付きのオペラも入ってますね。

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コンサートラッシュ!(ACO「Timeline」感想)
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~

木曜日から続くコンサートラッシュまっただ中です!
ブログの更新がない夜はコンサート行って、コンサートがない夜にブログに感想を書くというシステム。
仕事もちょっとスケジュール間違えて仕事がちょっとぎりぎり的な中で夜はコンサートに行って慌ただしい!
ほんとはちょこちょこ用事もあるしピアノも最近まばらだし書き物なんか触れられてもいないのですがとりあえずこの忙しさを抜けてから。

とりあえずまずは月曜に行ったコンサートの感想から。
Australian Chamber Orchestraによる一風変わったコンサート「Timeline」でした。

↑のプログラムはpdf版が公式サイトからダウンロードできるようになっています。213曲のラインアップがどんなもんか是非見てみてください。
ちょうど親指があるところには「4万2000年の音楽・213曲・1つの演奏」と書いてあります。
その文の通りこのコンサートでは古代から現代まで音楽の演奏を録音音源・演奏・映像で一続きに味わうパフォーマンス。
ゲストにオーストラリアのエレクトロ・デュオThe Presetsを始め様々な演奏家を迎えクラシックに限らず多彩な音楽が演奏されました。

「Timeline」は宇宙の誕生・ビッグバンの音のシミュレーションから始まり、その余韻がオーストラリアの伝統楽器ディジェリドゥの響きになり、古代・中世・ルネッサンス・バロックとヨーロッパを中心に歴史をなぞっていきます。
前半はビッグバン~1900年までで、休憩を挟んで後半は1900年~2014年をカバー。曲の数と移り変わりの速さで現代に向かってめまぐるしくなっていく様子を表します。
映像は各時代・文化を表すシンボルや絵がスクリーンに映し出され、万華鏡のような動きでプレゼンされることもあり。

ビッグバン→ディジェリドゥの流れもそうですが曲の順序にも意味があるようで。
特にこれは意図してそうなってると思うのですがワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」でこれで音楽が一度終わる感覚からブラームスの「惜しみなく与えよ」の『気を落とすことなかれ』から黒人霊歌「That's All Right」でガムラン経由、そしてサティのジムノペディ第1番でふと足下に新しい音楽の花が咲いている、みたいな感じにちょっとうるっと来ました。

それが後半になると曲の順序というよりミックスになってきます。違うジャンルの曲同士をミックスしたり、録音と生演奏で合わせたり(特にクラシックの前衛的なのとポピュラー系統を合わせるのは楽しそう)。フィリップ・グラスとエミネムとか、クセナキスとマイケル・ジャクソンとかすれ違う数秒の面白さ。

だんだん音楽が入り乱れたカオス(ただしコントロールされたカオスが多い)になっていくなかで1960年台が特にカオスですごかった!(笑)クラシック含め色んな音楽がいろんな方向にぶっとんでて、それをうまく合わせてまたすごい混沌に。

で、1990年台から2014年までほとんどACOは弾かず(録音音源中心)、フィナーレで全員が演奏というフォーマットでした。このフィナーレがACOのdirectorであるRichard TognettiとThe Presetsが共同でこのプロジェクトのために作曲した「Continuum」という曲の世界初演(つまり正に今現在!)。

音楽的にいうと色んな音楽がちょこちょこっとずつ楽しめる反面どの音楽も少しずつしか味わえない、ちょっと不完全燃焼なところもあるのですが、様々なジャンルの音楽に出会う機会としてはなかなか面白いセッティングで(なのであとでプログラムにチェック入れてあとでフォローアップする楽しみもあります。私はリヒャルト・シュトラウスのMetamorphosen要フォローアップ)。
そしてこの「Timeline」のテーマは「走馬燈が聞こえる(life flashes before your ears)」で、そもそも個々の音楽を味わうことでなく音楽とともに駆け抜けてきた人間の歴史を音楽により体験すること。時代を表す音楽のチョイスやその移り変わりなどアイディア、プレゼン含めパフォーマンス全体としてはほんとうに素晴らしいと思いました。

こんな体験は他ではできませんし、一回だけ味わうのもすごく勿体ないと思いますし(そして私の説明の拙さではどうも伝わらなさそうですし)、是非ACOにはDVD(映像も欲しいので)を作って欲しいと思うのですがどうでしょう。出来たら買いたい。
(あと完全に余談ですがACOのACO Virtual企画もちょくちょくどこかでやって欲しいです。あれも楽しかったしアイディアが良かった。)

明日は昨日のコンサートの感想を書く予定です。
そして今日の一曲はお休み。213曲の中から1曲ピックアップするのもなあ、と思ったので。


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メル響トリビアナイト感想!
前回のエントリーに拍手ありがとうございます!
今回は金曜に行ったメルボルン交響楽団のトリビアナイトの感想を。

メル響トリビアナイト
Melbourne Town Hall 5月30日(金)6:30開演
演奏:メルボルン交響楽団
司会:Phillip Sametz
指揮者:Richard Gill
ソプラノ:Antoinette Halloran

トリビアナイトとは英語圏ではどうやらよくあるらしいクイズ大会のこと。
大体大人数の集まりでテーブル毎にチームを作る団体戦のフォーマットをとります。
問題の内容は普通はいわゆるGeneral Knowledge(一般教養や文化などの知識)ですが、今回メル響主催ということで内容はクラシック音楽に関するもの。
そして問題の間の時間だけでなく実際の出題などにもメル響による生演奏がたくさんありました。

今回場所はメルボルン・タウンホールのフロアに円卓がところ狭しと42チーム分並んでいて、オケのいるステージ側とあと反対側ののバルコニー側にスクリーンが設置してありました。ちなみにやっと写真に撮れましたがここのパイプオルガンは南半球一の大きさなんですよ。

今回私は大学のピアノ友達に誘われて同じメルボルン大学音楽科卒業してて演奏メインでやってない面々でチームを組みました。ガヤなんかも飛び出す若干行儀は悪いかもしれない、でもノリのいいチームでした(でも奏者も聴衆もみんな楽しいノリだった!)

ちなみにテーブルにはそれぞれチーム名がついていて(メル響側で考えたみたいです)、作曲家の名前+同じ文字・音で始まるスポーツチーム風のフレーズで構成されていました。例えばうちのテーブルはこんな感じ。ヤナーチェク・ヤンキーズです。もっと面白い名前もあったけどスコアボードでしか見なかったので覚えてない。

イベント全体ものすごく楽しかったですしうまいこと企画されてたと思いますがとりあえず実際のクイズ問題よかったです。
問題の種類にもバラエティがあって、問題を普通に読み上げて筆記で答える一問一答の形式だったり、オケが演奏した曲のタイトルと作曲家を挙げたり、聴衆参加型の問題もありました。

ビオラがソロで弾く別の楽器のソロの曲名・作曲家名・元の楽器の名前を書く問題ではラプソディー・イン・ブルーの冒頭のクラリネットソロをビオラで弾くのに拍手と歓声が起きたり。
4つのラウンド全てにある「音楽メドレー」問題ではオケがいくつかひく曲の曲名・作曲家名を書いていくだけでなく全ての曲に共通するテーマを答えたり。
あとはソプラノ歌手が歌っている歌とそれが途中で変化する曲名を答えるのはよく出来てた!ラ・ボエームが途中でブリトニー・スピアーズになって一同笑いました!

それからベートーヴェン逆再生問題もすごかった。ベートーヴェンの交響曲の一部を一音一音逆に生演奏で(!)メル響が演奏するというもの。答えるのも楽しいですがこれは作るのが大変でしょう。
もう一つ問題作成者good job!と思ったのが(あまり知られていない作曲家の)奇妙な死因の三択問題。三択なので実際の奇怪な死因の他にも同じくらい奇怪なフェイクの死因の話を作らなくちゃいけないのですがなかなか凄かったです。
(ちなみに問題にあった作曲家はヨハン・ショーベルト、ジャン=バティスト・リュリ、あともう一人が思い出せない。気になったらググってみると色々作曲家の変な死因の話が出てきますよ)
ちなみに一番難しかったのが肖像画問題の一つ、3つある肖像画のうちどれが作曲家でどれがブッシュレンジャーか答えてさらにそれぞれの人物の名前を答える、というもの。結局2枚ブッシュレンジャーだった。ブッシュレンジャーなんかネッド・ケリーしか知らないし!


そして前述聴衆参加の問題。聴衆から何人かが選ばれて作曲家のコスプレをしたり、有名なクラシックのフレーズを初見で弾いたり、オペラの登場人物のコスプレをしたり。その様子が上記。上の写真の左側、うちのテーブルから選ばれた彼(そうです、女装させられました)は誰のコスプレでしょう?
ヒント:夫の不在の間に・・・

最終成績ですがヤナーチェク・ヤンキーズは42チーム中10位でした!結構すごかった!
中間成績で7位だったり他にも同じ大学出身チームが3位獲って賞品もらってたりしててあれですがなかなかの健闘でした。
自分でいうのもなんですがほぼエースでした。とにかくオケ関連に強いのが幸いして、他の人がちょっと抜けがちな20世紀前半(さすがに後半はでない)を正解できたり。
そして私があんまり詳しくないオペラ方面や映画方面は得意なチームメイトがいてうまくカバーし合えたり。
チームワークもよく楽しくチャレンジできてさらに好成績、とあって次回はトップを狙いにいけそうです。

今回メル響の初トリビアナイトでしたがすごい楽しかったです。前述のとおり問題も良かったですし雰囲気・ノリもよかったですし音楽・演奏もよかったですし。
それから会場内で食べ物飲み物を買える場所があって、5ドルでパイとか2.5ドルでブラウニー(うまかったー)とかを購入できるシステムだったのですがこういうイベントにしては安いですし手軽に食べれるもので。
ついでに参加費も20ドルで(テーブル単位で予約した場合)かなりお手頃な価格。実際儲かってるのかなあ、という話もありましたがどうなんだろう。でも来年も開催する予定でいるそうなので今からもう楽しみです。


今日の一曲はお休み。


そしてさっきの写真のコスプレしているオペラの登場人物はワーグナーの指輪サイクルの第2作「ワルキューレ」に登場するジークリンデです。

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弾いたコンサートと聴いたコンサート
まずは無事弾いてきました!から。

Stonnington Symphony Orchestra
Malvern Town Hallシリーズ コンサート1
2014年5月31日(土)16時開演
指揮者:Mark Shiell
Frederick Septimus Kelly 弦楽のためのエレジー
ジョージ・バターワース 「緑の枝垂れ柳の岸辺」
エドワード・エルガー チェロ協奏曲(チェロ:Kalina Krusteva)
ヴォーン=ウィリアムズ 交響曲第3番「田園交響曲」(ソプラノ:Alexandra Flood)

演奏まで色んなハプニング・アクシデントがありましたが演奏はなかなかでした。
前半も楽屋で聞こえる分はよかったですし、実際弾いた後半もちゃんとまとまり。チェレスタ弾きとして数少ない音を届けてきました。
やっぱりリハーサルでも本番でもアマチュアとユース精鋭との違いってあるんですけど、でもそれでもいい演奏でした。

ヴォーン=ウィリアムズは奏者には結構評判良かったのですが聴衆的にはどうだったのかな。ヴォーン=ウィリアムズの交響曲はちょっと演奏頻度低いのでもちょっと演奏されるようになればいいな、と密かに思いつつ。
あと今回ハープを弾いてた子(前もどっかで共演してる)と話が弾んで楽しかったです。こないだのオケピアノの話で書くの忘れましたがオケピアニスト・チェレスタ弾きは積極的にハープ奏者と仲良くすると楽しいです。ハープの世界もまた別世界ですしね。

で、一昨日はMelbourne Recital Centreで先生のリサイタルに行ってきました。

ピアノ:Stephen McIntyre
フランツ・シューベルト 3つのピアノ曲
フレデリック・ショパン アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
フランツ・リスト ピアノソナタロ短調

さすが先生というか、シューベルトの気まぐれさ(と私はいうのですが先生が書いたであろうプログラムの文には様々な感情が混在しているという「同時的」な解釈をしていました)だったり、ショパンの誇り高き繊細さだったり、ピアノらしいピアノのプログラムの中にピアノという楽器とその表現の核を感じました。

中でもリストのソナタの素晴らしいことといったら。
リストが好きでないとかピアノ弾きとしておいおいなことを言いますがそんな私にとってもリストのソナタは別格、というか特別。
音楽であるという以上に命であり人生でありある意味神でもある、言葉で語ることができない音楽と心の直接の対話。ピアノ曲として特別なだけでなく音楽として、一つの作品としてものすごい高みに存在している曲だと思ってます。
(なので聴くにも弾くにも容易に近づけない曲で、この曲を弾くならもっと年を重ねて他諸々成長しないと無理なのですが、でも弾くことにしたとき自分がこの曲にどう立ち向かうか、どう弾くかはちょっと楽しみだったり)

先生のリストは凄かった。魂をまるっと持って行かれました。なんか振り返ってみようとするとあの演奏が別の世界のもののようで。先生がああいう風に演奏するのを聴いたことはなかったかも、色んな意味で。やっぱりピアニストとしてとか音楽家としてとかいう以上に人間としての存在の結晶なんだろうな、あの演奏は。こりゃ一生敵わない、と思いました。

さて、あとは昨日のトリビアナイトの話ですがそれはちょっと長くなりそうなのと今までの文はさっき全部書いて消えてからの書き直しでもう疲れたのでまた次回。(すごい楽しかったのでゆっくり余裕を持って書きたいです)


今日の一曲: ヴォーン=ウィリアムズ 交響曲第3番 第1,2楽章



急ぎなのと1つずつ紹介できる自信がないので残りの楽章まとめて。
一応1ヶ月くらい弾いてきた曲ではありますが諸々の事情で体感的には短い付き合いでした。

聴けば聴くほど美しいながらも同時に地味さが目立つこの交響曲。割と4つの楽章どれも似たような緩い(かならずしも遅くはない)テンポで、どれも調性がはっきりせず似たようなハーモニーを使うなか何を楽しみに聴けばいいかというとその懐かしく切ない響きと、草を揺らして流れていく風のような音楽の流れと、あと具体的にはそこここで現れるソロ楽器の活躍でしょうか。

ほとんどの楽章でコール・アングレやフルートのソロがあったり、ビオラのソロがどっかであったり(どの楽章だっけ(汗))。どの楽器もすっと現れては自分の歌を歌い、また消えて行くようなところがあります。(それは第4楽章の歌のソロも少しそうですね)
そしてそれを時と風の流れとともに運び、過去に押し去っていくように常に音楽を動かす弦の流れ。

あと第2楽章にはトランペットのソロとホルンのソロもあります。このド→ソから始まるメロディーは軍隊のトランペット(ビューグル)の音色を表したもの。オーストラリアでも11月11日の終戦記念日にThe Last Postと呼ばれるビューグルの演奏でおなじみです。
この曲の演奏ではビューグルでなくナチュラル・トランペットというバルブ(キー)のないトランペットを使います。音色だけでなく音程もちょっと独特。

この交響曲に最初に触れて以来色々イメージを自分なりに膨らませようとしていました。
とんでもない規模の戦争が終わって残ったもの、その景色。
戦争で破壊された場所にも、残骸や死体が埋められた跡にもやがてまた雑草が根を張り、緑に変えていく。そしてその緑をたたえ時は流れていく。
最初戦争関連の話を聞く前からなんとなく松尾芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」という句が頭をよぎってたんですよね。ちょっと上記とは性質が違いますが。

あとは今日はっきりしたのですが第4楽章がどうもWilfred Owenの「A New Heaven」という詩のイメージとつながってたり。Owenの詩では一番お気に入りなんですが、人を殺して死んだ兵士たちの魂はどこに安らぎを求めるか、という内容でそれがこの第4楽章の雰囲気とうまく合う。(同じ戦争の話ですしね)

という自分の解釈を長々と書いてしまいましたがヴォーン=ウィリアムズの音楽全般景色を描くというか「景色を求める」のがいいアプローチではないかと思います。みんなどんな景色を見ているんだろう。


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