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前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
なんだか相変わらず特になにも書くこともなく全体的に色々思考が止まってしまってもどかしい日々です。
今年リサイタルで弾くプログラムが大体決まった・・・かなあ。
まだまだ他にも曲に目を光らせておきたい。どうもなにかまだ鍵を投入できるような気がしてたまらない。
今弾いてる曲はでも結構軌道に乗って来た感じ。音は指にも頭にも馴染んで来ましたが、全体的な停止状態も手伝って曲をどう弾くとかどう解釈するというかそういうことはまだまだ固まらない。
前回のリサイタルより技巧、音楽性だけでなくて音楽に関するアイディアとかそういうとこもさらに深めていきたい、とは思ってるのですがさてどこまでできるか。
数週間前にトーマス・アデスの「Darknesse Visible」が最初にさらい始めるのが難しい、と書きましたがホントそうですね。最初にものすごーく頭を使ってからは割と楽になりました。音自体はそんなに難しくないですが、これから音の強弱(極端に違う音量で複数音を弾かなくちゃいけない)だったり、ずっと続くトレモロ(同じ音の速い連打)を綺麗に弾くことだったり、細かいとこを詰める段階になるとまた難しくなるかな。それでも最初の壁よりは容易に超えられるはず。
でもその壁にぶちあたってどう攻略するか(猛烈な眠気に襲われながら)考えて取り組み始めたときも楽しかったなあ。分からないのが楽しいというのももちろんあり。そして分からないなりにがむしゃらに進んで顎を痛めながら噛み砕く、誰も通ったことのない道をブルドーザーでがーっとならしていく?のが楽しい、というか。
この頭の限界にチャレンジする感覚は現代音楽ならではなのかどうか分かりませんが、私にとっては現代音楽を弾く醍醐味の一つだと思います。やみつきになります。もっとやりたい。(笑)
そんなへっぽこピアニストは仕事にちょっと間が開いたので大人の科学のプラネタリウムを(旧式!前々回買ったやつをやっと!)組み立てたりゲームに時間を費やしたり。
相変わらずのへっぽこポケモントレーナーです。色々捕まえたり交換(主に後述ミラクル交換)で手に入れたポケモンをどんなもんだか育ててみたりしています。
最近ちょっとエレザードを育ててみました。覚える技がレベルアップ・わざマシンともに多彩で、特性「かんそうはだ」もまた面白いのですが、トレーナー(私)がへっぽこなためうまく活用できていない。でんき・ノーマルはエレザード固有のタイプなため、ノーマルタイプが格闘に弱いことをすっかり忘れてサブウェポンの格闘を食らいまくって倒れる倒れる。(耐久もあんまり強くないですし)
最近気になってるのはメレシーとかサンダーとかヨノワールとかムウマージとか。気になってはいるけど手元にないのもたくさん。
まだまだオーストラリアでは前作からポケモンが連れてこれないのですが日本でポケモンバンクが解禁されたからかミラクル交換で色んなポケモンがやってきて図鑑がちまちま埋まるのがありがたい。
ミラクル交換楽しいですね(笑)条件を指定しないでその場でポケモンを交換する、わらしべ長者みたいなシステム。世界の色んなところから色んなポケモンがやってきて、実際交換するまで何がくるか分からない楽しみがあります。
私は卵を孵したやつをどんどん流してるのですが、どうやら巷でもだいたいそうらしく、ある程度個体値が高いレベル1のポケモンがよく手元にやってきます。
今作で個体値の掛け合わせも容易になったのに合わせて色んな手間が省ける予感。
しかもここ数日だけで掛け合わせれば個体値がすごいことになるメラルバ2匹がやってきてこれはウルガモスを育てよとのお告げなのかなんなのか(汗)一回パーティ組み考えてみるかな・・・
今はなんでも(曲もポケモンもアイディアも)とりあえず手元に集めてばかりで料理せず放置してる状態。これからじっくり考えて形にしていかなければならないです。がんばりなさいよ自分。
今日の一曲はお休み。今弾いてる曲からも徐々に紹介したいです。
なんだか相変わらず特になにも書くこともなく全体的に色々思考が止まってしまってもどかしい日々です。
今年リサイタルで弾くプログラムが大体決まった・・・かなあ。
まだまだ他にも曲に目を光らせておきたい。どうもなにかまだ鍵を投入できるような気がしてたまらない。
今弾いてる曲はでも結構軌道に乗って来た感じ。音は指にも頭にも馴染んで来ましたが、全体的な停止状態も手伝って曲をどう弾くとかどう解釈するというかそういうことはまだまだ固まらない。
前回のリサイタルより技巧、音楽性だけでなくて音楽に関するアイディアとかそういうとこもさらに深めていきたい、とは思ってるのですがさてどこまでできるか。
数週間前にトーマス・アデスの「Darknesse Visible」が最初にさらい始めるのが難しい、と書きましたがホントそうですね。最初にものすごーく頭を使ってからは割と楽になりました。音自体はそんなに難しくないですが、これから音の強弱(極端に違う音量で複数音を弾かなくちゃいけない)だったり、ずっと続くトレモロ(同じ音の速い連打)を綺麗に弾くことだったり、細かいとこを詰める段階になるとまた難しくなるかな。それでも最初の壁よりは容易に超えられるはず。
でもその壁にぶちあたってどう攻略するか(猛烈な眠気に襲われながら)考えて取り組み始めたときも楽しかったなあ。分からないのが楽しいというのももちろんあり。そして分からないなりにがむしゃらに進んで顎を痛めながら噛み砕く、誰も通ったことのない道をブルドーザーでがーっとならしていく?のが楽しい、というか。
この頭の限界にチャレンジする感覚は現代音楽ならではなのかどうか分かりませんが、私にとっては現代音楽を弾く醍醐味の一つだと思います。やみつきになります。もっとやりたい。(笑)
そんなへっぽこピアニストは仕事にちょっと間が開いたので大人の科学のプラネタリウムを(旧式!前々回買ったやつをやっと!)組み立てたりゲームに時間を費やしたり。
相変わらずのへっぽこポケモントレーナーです。色々捕まえたり交換(主に後述ミラクル交換)で手に入れたポケモンをどんなもんだか育ててみたりしています。
最近ちょっとエレザードを育ててみました。覚える技がレベルアップ・わざマシンともに多彩で、特性「かんそうはだ」もまた面白いのですが、トレーナー(私)がへっぽこなためうまく活用できていない。でんき・ノーマルはエレザード固有のタイプなため、ノーマルタイプが格闘に弱いことをすっかり忘れてサブウェポンの格闘を食らいまくって倒れる倒れる。(耐久もあんまり強くないですし)
最近気になってるのはメレシーとかサンダーとかヨノワールとかムウマージとか。気になってはいるけど手元にないのもたくさん。
まだまだオーストラリアでは前作からポケモンが連れてこれないのですが日本でポケモンバンクが解禁されたからかミラクル交換で色んなポケモンがやってきて図鑑がちまちま埋まるのがありがたい。
ミラクル交換楽しいですね(笑)条件を指定しないでその場でポケモンを交換する、わらしべ長者みたいなシステム。世界の色んなところから色んなポケモンがやってきて、実際交換するまで何がくるか分からない楽しみがあります。
私は卵を孵したやつをどんどん流してるのですが、どうやら巷でもだいたいそうらしく、ある程度個体値が高いレベル1のポケモンがよく手元にやってきます。
今作で個体値の掛け合わせも容易になったのに合わせて色んな手間が省ける予感。
しかもここ数日だけで掛け合わせれば個体値がすごいことになるメラルバ2匹がやってきてこれはウルガモスを育てよとのお告げなのかなんなのか(汗)一回パーティ組み考えてみるかな・・・
今はなんでも(曲もポケモンもアイディアも)とりあえず手元に集めてばかりで料理せず放置してる状態。これからじっくり考えて形にしていかなければならないです。がんばりなさいよ自分。
今日の一曲はお休み。今弾いてる曲からも徐々に紹介したいです。
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前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
そしてご無沙汰しています。
調子は結構いいんですが(これが健康な状態なのだなと改めて思うこと色々)とにかく書くことがない。
ちょうど今日仕事が昼美容院に行く前に終わって、ちょうどよい暑さ(30度ちょい)で良い天気のなか出かけてきました。
メルボルンの夏は晴れの日がほんと多いです。田舎の方ではその傾向がさらに強く、乾燥・山火事(ブッシュファイヤー)だけでなく水不足の問題もでるくらい。
メルボルンといえば変わりやすい天気で、クールチェンジがきたときとか雨が降ったり夕立になったり、ゲリラ豪雨が起こったりもするのですが、それ以外のときは「不穏な曇り」とかもなくきっぱりはっきり晴れることが多いです。
なので、といえばいいのかメルボルンの夏は屋外のイベントが多いです。
晴れるだろうという前提があるんだと思います。ただ雨が降ってもそのまま突き進むこともあります(去年だったか一昨年だったか、メル響のSidney Myer Ballの野音コンサートで雨が降ったはず)。
割とオージー雨平気なんでそれでも人が集まったまま、なんてことも珍しくありません。
今夏もやっと夏らしくなって(色々通り超しましたが)、良い天気のなか楽しめる&楽しみなイベントをちょっとこちらで紹介したいと思います。
1)Street Pianos 「Play me, I'm yours」 (今~1月27日)
前回も載せましたこれです。メルボルンのシティ周りの屋外にこういうカラフルに色を塗ったピアノが置いてあって、誰でも弾いていいようになっている、という企画。
あの44度が続いた日々でも炎天下の下家族連れが見ていたり、子供が弾いていたり。若いカップルと思われる2人が連弾してたりもしてました。(上記サイトに写真あり)
私がシティに出かけてたのもちょうどその日々だけで、Princes Bridge、Arts Centreの野外彫刻The Waveの傍、State Theatre前Tram Barの傍、その近くにある写真の1台、そしてNGV前と5台だけ見つけました。サイトにある地図によると自分の行動範囲内に多くあるので見つけたいです。そして一人じゃなければ弾きたいです(笑)
2)メルボルン夏祭り (2月2日)
ここ数年メルボルンで行われているイベントで、日本の祭りを模したフェスティバルを通じて日本の食、文化などを楽しむらしいです。これまでは Docklandsでやってたらしいですがことしはシティの核心、Federation Squareで開催されるそう。こないだのワーグナー祭りの人の集まりようを考えると結構集客期待できるんじゃないかな。特に日本の食べ物は人気ですし(普段もそうですし、Night Noodleのあれでも混んでました)。
屋台がでるのもわくわくですがパフォーマンスのスケジュールが面白い。和太鼓に武道に琴にブレイクダンシングに盆踊りまであります。
特に盆踊り見てみたいなーと思うのですが残念ながらその日は私は遠出でした。
3)White Night Melbourne (2月22日)
去年行ったときからこちらで何度か言及していますがやっぱり期待の高いイベントです。
アート、文化、エンターテインメントなど様々な分野から色んな出し物があり、メルボルンの街を魔法のように変える様子は今から楽しみ。
個々のイベントの情報だけでなく色んなロケーションを回れるようスケジュールをつけられる公式アプリまで出されているのですが今iPhoneの空き容量が大変厳しくて使えてません。でもそろそろ行きたい場所を絞っとかないとな・・・
4)メルボルン交響楽団 Sidney Myer Music Ballコンサートシリーズ (2月15日、19日、22日)
毎年おなじみの無料野外コンサート。今年は3つ。(前回もそうでしたがWhite Night Melbourneと同じ日のコンサートはWhite Nightの一部ともなっています)
毎回前の方の椅子席から後ろの方の芝生まで、老若男女たくさんの人が音楽を楽しみに、そしてワインとピクニックを楽しみに集まります。(ちなみにガラスの食器は持ち込み不可だったはず)
今年のプログラムの目玉は最初のコンサート、オーストラリアのNigel WestlakeがシンガーソングライターLiorとコラボレーションした新しい作品「Compassion」。ここ数週間ちょこちょこ関連情報が入ってくるので好奇心が刺激されます。Westlakeはもともとクラシック以外のジャンルでも活動してる作曲家なのですがこの新作もジャンルを超えた音楽になるはず。
メルボルンの夏はある程度までなら暑くても気持ちよく、青い空の下で日の光を浴び、心地良い空気を感じられる素晴らしい季節。外に行かないのは勿体ないです。
ただこういったイベントだったりそうじゃなかったりで外出するときは注意しなくちゃいけないことも色々。
強い紫外線を避けるためしっかり日焼け止めを塗り(数時間後の塗り直しも!)、サングラスや帽子を忘れず。汗はかくそばから蒸発しますが確実にかくことには変わらないので水分・電解質の補給をしっかり。
あと暑さで携帯電話が機能しなくなくなったり、車や古い型のトラムなどでやけどをしたりなどという目立たないトラブルもありますので注意が必要です。
今日の一曲: モーリス・ラヴェル 「鏡」より「蛾」
最近やってる日替わりラヴェル復習から。やっぱり夏はラヴェルが似合います。一番夏に涼める音楽を書いてる作曲家だと思いますね、ラヴェル。特に「鏡」はぴったり。
虫を題材にした音楽のエントリーで書きましたが、多くの言語では蝶と蛾を同じ言葉で表して区別しないようで。フランス語も「Papillon」で蝶と蛾を表しますが、それとは別に蛾のみを表す言葉で「Noctuelle」という言葉があるそうです(とくにヤガ科の蛾を指す言葉だとか)。このブログの名前でもありますね。
とにかく蛾好きとしてはラヴェルが間違い無く「蛾」を意図して音楽を書いたというそれだけでも大変嬉しいのです。
そしてこの曲がなかなかトリッキーで美しい。
半音階的なハーモニーでめまぐるしく動き回ったり、ときどき伝統的な調に落ち着いてみたり、はたはた(ばたばた)と動く羽を模した音型や気まぐれに現れる休符など正確でビビッドに蛾を描写しながら、光と色彩で美しく音楽を形作っていく。
ラヴェルの透明な色彩と人間とはちょっと別のところにある感覚が光る作品です。
今回日替わりでラヴェルを弾いてると30分という時間内でも割と音はcomfortableに弾けるようになって、ちょっと自分でもびっくりしています。(ラヴェルは独特の入り組んだ指の技巧があってどっちかというと技巧的に難しい分類に入ります)
元々自分の手がラヴェルの音楽に向いているのでなじみやすい→しばらく弾かなくても戻りやすい、というのがあるのか、それとも自分の技巧が全体的に向上しているのか。どっちにしろ嬉しいです。
で嬉しいついでにじゃないんですがこの「蛾」だけでも演奏プログラムに組めるんじゃないかなーと思い始めてたり。ちょっと合うんでですよねー、テーマ的に・・・うーん。悩む。
リンクしたのは手持ちとは別でエマールの演奏。彼はメシアンだろうがリゲティだろうが完璧に弾きこなす技巧を持ってるだけでなく、ラヴェルやリゲティなどの「理系的な」音楽に強い傾向があるのでちょっと気になる録音です。
「鏡」は有名な「道化師の朝の歌」を始め魅力的な曲ばかりなのでまとめておすすめ。というか基本ラヴェルは少数精鋭で(ピアノ曲だったらトータルでも2時間半分くらいしかない)外れがほとんどないのでラヴェル全体おすすめ。「夜のガスパール」、「クープランの墓」と「鏡」の3大ピアノ曲集(仮)から攻めるのがいいです。
そしてご無沙汰しています。
調子は結構いいんですが(これが健康な状態なのだなと改めて思うこと色々)とにかく書くことがない。
ちょうど今日仕事が昼美容院に行く前に終わって、ちょうどよい暑さ(30度ちょい)で良い天気のなか出かけてきました。
メルボルンの夏は晴れの日がほんと多いです。田舎の方ではその傾向がさらに強く、乾燥・山火事(ブッシュファイヤー)だけでなく水不足の問題もでるくらい。
メルボルンといえば変わりやすい天気で、クールチェンジがきたときとか雨が降ったり夕立になったり、ゲリラ豪雨が起こったりもするのですが、それ以外のときは「不穏な曇り」とかもなくきっぱりはっきり晴れることが多いです。
なので、といえばいいのかメルボルンの夏は屋外のイベントが多いです。
晴れるだろうという前提があるんだと思います。ただ雨が降ってもそのまま突き進むこともあります(去年だったか一昨年だったか、メル響のSidney Myer Ballの野音コンサートで雨が降ったはず)。
割とオージー雨平気なんでそれでも人が集まったまま、なんてことも珍しくありません。
今夏もやっと夏らしくなって(色々通り超しましたが)、良い天気のなか楽しめる&楽しみなイベントをちょっとこちらで紹介したいと思います。
1)Street Pianos 「Play me, I'm yours」 (今~1月27日)
前回も載せましたこれです。メルボルンのシティ周りの屋外にこういうカラフルに色を塗ったピアノが置いてあって、誰でも弾いていいようになっている、という企画。
あの44度が続いた日々でも炎天下の下家族連れが見ていたり、子供が弾いていたり。若いカップルと思われる2人が連弾してたりもしてました。(上記サイトに写真あり)
私がシティに出かけてたのもちょうどその日々だけで、Princes Bridge、Arts Centreの野外彫刻The Waveの傍、State Theatre前Tram Barの傍、その近くにある写真の1台、そしてNGV前と5台だけ見つけました。サイトにある地図によると自分の行動範囲内に多くあるので見つけたいです。そして一人じゃなければ弾きたいです(笑)
2)メルボルン夏祭り (2月2日)
ここ数年メルボルンで行われているイベントで、日本の祭りを模したフェスティバルを通じて日本の食、文化などを楽しむらしいです。これまでは Docklandsでやってたらしいですがことしはシティの核心、Federation Squareで開催されるそう。こないだのワーグナー祭りの人の集まりようを考えると結構集客期待できるんじゃないかな。特に日本の食べ物は人気ですし(普段もそうですし、Night Noodleのあれでも混んでました)。
屋台がでるのもわくわくですがパフォーマンスのスケジュールが面白い。和太鼓に武道に琴にブレイクダンシングに盆踊りまであります。
特に盆踊り見てみたいなーと思うのですが残念ながらその日は私は遠出でした。
3)White Night Melbourne (2月22日)
去年行ったときからこちらで何度か言及していますがやっぱり期待の高いイベントです。
アート、文化、エンターテインメントなど様々な分野から色んな出し物があり、メルボルンの街を魔法のように変える様子は今から楽しみ。
個々のイベントの情報だけでなく色んなロケーションを回れるようスケジュールをつけられる公式アプリまで出されているのですが今iPhoneの空き容量が大変厳しくて使えてません。でもそろそろ行きたい場所を絞っとかないとな・・・
4)メルボルン交響楽団 Sidney Myer Music Ballコンサートシリーズ (2月15日、19日、22日)
毎年おなじみの無料野外コンサート。今年は3つ。(前回もそうでしたがWhite Night Melbourneと同じ日のコンサートはWhite Nightの一部ともなっています)
毎回前の方の椅子席から後ろの方の芝生まで、老若男女たくさんの人が音楽を楽しみに、そしてワインとピクニックを楽しみに集まります。(ちなみにガラスの食器は持ち込み不可だったはず)
今年のプログラムの目玉は最初のコンサート、オーストラリアのNigel WestlakeがシンガーソングライターLiorとコラボレーションした新しい作品「Compassion」。ここ数週間ちょこちょこ関連情報が入ってくるので好奇心が刺激されます。Westlakeはもともとクラシック以外のジャンルでも活動してる作曲家なのですがこの新作もジャンルを超えた音楽になるはず。
メルボルンの夏はある程度までなら暑くても気持ちよく、青い空の下で日の光を浴び、心地良い空気を感じられる素晴らしい季節。外に行かないのは勿体ないです。
ただこういったイベントだったりそうじゃなかったりで外出するときは注意しなくちゃいけないことも色々。
強い紫外線を避けるためしっかり日焼け止めを塗り(数時間後の塗り直しも!)、サングラスや帽子を忘れず。汗はかくそばから蒸発しますが確実にかくことには変わらないので水分・電解質の補給をしっかり。
あと暑さで携帯電話が機能しなくなくなったり、車や古い型のトラムなどでやけどをしたりなどという目立たないトラブルもありますので注意が必要です。
今日の一曲: モーリス・ラヴェル 「鏡」より「蛾」
最近やってる日替わりラヴェル復習から。やっぱり夏はラヴェルが似合います。一番夏に涼める音楽を書いてる作曲家だと思いますね、ラヴェル。特に「鏡」はぴったり。
虫を題材にした音楽のエントリーで書きましたが、多くの言語では蝶と蛾を同じ言葉で表して区別しないようで。フランス語も「Papillon」で蝶と蛾を表しますが、それとは別に蛾のみを表す言葉で「Noctuelle」という言葉があるそうです(とくにヤガ科の蛾を指す言葉だとか)。このブログの名前でもありますね。
とにかく蛾好きとしてはラヴェルが間違い無く「蛾」を意図して音楽を書いたというそれだけでも大変嬉しいのです。
そしてこの曲がなかなかトリッキーで美しい。
半音階的なハーモニーでめまぐるしく動き回ったり、ときどき伝統的な調に落ち着いてみたり、はたはた(ばたばた)と動く羽を模した音型や気まぐれに現れる休符など正確でビビッドに蛾を描写しながら、光と色彩で美しく音楽を形作っていく。
ラヴェルの透明な色彩と人間とはちょっと別のところにある感覚が光る作品です。
今回日替わりでラヴェルを弾いてると30分という時間内でも割と音はcomfortableに弾けるようになって、ちょっと自分でもびっくりしています。(ラヴェルは独特の入り組んだ指の技巧があってどっちかというと技巧的に難しい分類に入ります)
元々自分の手がラヴェルの音楽に向いているのでなじみやすい→しばらく弾かなくても戻りやすい、というのがあるのか、それとも自分の技巧が全体的に向上しているのか。どっちにしろ嬉しいです。
で嬉しいついでにじゃないんですがこの「蛾」だけでも演奏プログラムに組めるんじゃないかなーと思い始めてたり。ちょっと合うんでですよねー、テーマ的に・・・うーん。悩む。
リンクしたのは手持ちとは別でエマールの演奏。彼はメシアンだろうがリゲティだろうが完璧に弾きこなす技巧を持ってるだけでなく、ラヴェルやリゲティなどの「理系的な」音楽に強い傾向があるのでちょっと気になる録音です。
「鏡」は有名な「道化師の朝の歌」を始め魅力的な曲ばかりなのでまとめておすすめ。というか基本ラヴェルは少数精鋭で(ピアノ曲だったらトータルでも2時間半分くらいしかない)外れがほとんどないのでラヴェル全体おすすめ。「夜のガスパール」、「クープランの墓」と「鏡」の3大ピアノ曲集(仮)から攻めるのがいいです。
前回のエントリーに拍手どうもです~
熱波も去り家も大分涼しくなりました。数日前と比べると格段に過ごしやすいです。
ただ最近どうも枕がへそを曲げたのかやたらと寝違えるので寝苦しさは暑かったとき以上です。
どうしてこうなったんだろう・・・
仕事の進みはまあまあですがピアノはそこそこ進歩が見られる・・・かも。
今延滞してたヒンデミットの1922年組曲の楽譜を返して手元にないので代わりに日替わりラヴェルやってます。久しぶりの曲もありますがそこそこ指が動いてくれて(そんな難しいやつまでまだ回ってないのですが)なかなか良い感じ。大好きなのですがなかなか演奏までは行ってないのでいずれは演奏レパートリーに組み込みたい。
そういえば今日の早朝(こっち時間で)にベルリン・フィルのデジタル・コンサートホールでクラムの「子供たちの古の声」をズービン・メータの指揮で演奏していたそうです。
時間が時間だけに聞けませんでしたがが、クラムの音楽がこうやって一流の指揮者と奏者で、オケ音楽のコンサートで演奏されること(ちなみに一緒のコンサートでブルックナーの9番も演奏されたそうです)は嬉しいです。
もっとクラムの作品の演奏頻度が増えますように。
ゲームの方は元気に停滞中。
Twitterのフォロー先さんとポケモン交換してもらったりそれでフレンドサファリが解禁されたりなんだりズバット厳選進めたり。
それとポケモンでのパーティの組み方をちょっと調べて勉強したり色々考えてみたり。
パーティ組むの難しいですね。こないだピアノのプログラム組みと似てると書きました、がピアノは好きな曲を選んでなんとかある程度リンクができてつながりますのに対してポケモンは好きなのばっかり選ぶとストーンエッジがやたらと怖くなる(汗)
なので1匹選ぶところから苦手・得意・バランスをそれぞれ順に考えていく考え方をいまトレーニング中。
ポケモンは今718種類いますが、そうやってタイプのバランスを取るように選んでもタイプ内で選ぶポケモンは結局自分が親しみがある・使い勝手を知ってる・好きなポケモンに限られてくるわけで。
例えばじめんポケモンを選ぼう、となるとだいたいドリュウズとかトリトドンとかが先にでてドサイドンとかガマゲロゲとかは大体思いつかない。この傾向はタイプによって差があって、格闘ともなれば名前と大まかな種族値の傾向以外はほとんど知らなかったり。
なのでケースにより最適なのが選べてないだろうなーということは多々あります。
(ただこの偏りはあくまで「自分が使う」パーティに限ったもので、キャラクターに割り当てやるときは大分幅が広がるのがまた不思議なところ)
話は変わりますが先日車のフル免許が来ました。
こちらのシステムだと16歳からLマーク(筆記試験で取得)で保護者等付きで運転の練習を(公道で)始められて、18歳からPマーク(ハザード認識テスト+実技試験で取得)で一人で運転できるようになり、そこから3年経つと自動的にフル免許(Pマークより規制が若干緩い)取得となります。(Pマークも年齢によって2種類あって規制が違うのですが割愛)
私もほとんど運転してないながらあっという間に3年でフル免許。この先どれくらい運転するかわからないのでなんだか微妙な気持ちです。
さて、まだ首が痛いのでそろそろ寝転がりたいです。
その前に今日の一曲。
今日の一曲: ジョージ・クラム 「Apparition」より「Death Carol ("Song Of The Nightbird")」


本文でちょっとだけ言及したのでクラムを選ぼうと思いましたが、「子供たちの古の声」はおそらくほとんど紹介してるので、共にちょっと考えを巡らせていた「Apparition」を。
ものすごく短くて一見印象の薄い楽章ですがその巡らせていた考えの関係で選びました。
クラムは割と早くから、もう長いこと歌曲をたくさん作曲していますが、メゾ・ソプラノ歌手ジャン・デガエタニとコラボしていた頃の作品ってやっぱり特別な魅力があって、特殊な手法を用いているな、と考えていたのです。子供たちの~もそうですし、Apparitionもしかり、Madrigalsも。
これらの作品で使われている、無意味だけれどアーティキュレーションや発音で独特の表現をする音節の連なりだったり、鳥の声を真似るようなパッセージだったり、普通人間の声には無理な(かといって楽器でもあんまりやらない)変わった音の跳躍や表現だったり、そういうのはこの時期に限った表現手法なんですよね。
デガエタニが亡くなった後のアメリカ歌曲集とかには出てこない。少なくともあんまり。
それだけデガエタニがミューズであったということ、そしてその表現スタイルが奏者に依存していた、ということは本当にすごいと思います。そういった他の歌い手とは違うレベルの独特な表現ができるデガエタニも凄いですし、彼女の表現キャパをフルに使い広げるクラムもすごい。さらに言えば彼女が亡くなった後にさらに表現スタイルを別の方向に発展させていったところまですごい。
人間の声で「人間ではない、そして多くの場合現実には存在しない不思議な存在」を表現するここと(別の作曲家だとアデスの「テンペスト」のアリエルでも書きましたね)においてデガエタニは特別な歌い手だと思いますし、そんな彼女の歌を想定して書いたクラムの作品が本当に好きです。
「Apparition」は各楽章のキャラクターが違うだけじゃなくて中心となる存在もまた違ってくるので歌い手の表現の変化が楽しみ。この「Death Carol」はピアノ伴奏がほぼなしで、タイトルにあるように夜鳴く鳥(Whitmanの詩の原文では灰茶色だと書いてあるだけ)の声をアカペラで表しています。
短い楽章ですがちょっと真似してみると面白いですよ。音程だけじゃなくてアーティキュレーション、強弱などクラムがどれだけ繊細に、表現豊かに書いてるかがわかるかも。音楽の解釈のプロセスもちょっと味わえるんじゃないかしらん。
個人的なあれなのですが私にとって夏はクラムの季節です。とくに夏の夜はクラムの音楽にぴったり。(やっぱそういうとこバルトークやマーラーから受け継いでるところがあるんだなー)
好き好き言う割にはあんまりじっくり聞いてないので今夏は夏があるうちにクラムの音楽をもっと楽しみたいと思います。本当は弾きたいです。弾けたらなあ。
リンクはもちろんジャン・デガエタニの演奏で。
画像のみということはmp3アルバムありです。
熱波も去り家も大分涼しくなりました。数日前と比べると格段に過ごしやすいです。
ただ最近どうも枕がへそを曲げたのかやたらと寝違えるので寝苦しさは暑かったとき以上です。
どうしてこうなったんだろう・・・
仕事の進みはまあまあですがピアノはそこそこ進歩が見られる・・・かも。
今延滞してたヒンデミットの1922年組曲の楽譜を返して手元にないので代わりに日替わりラヴェルやってます。久しぶりの曲もありますがそこそこ指が動いてくれて(そんな難しいやつまでまだ回ってないのですが)なかなか良い感じ。大好きなのですがなかなか演奏までは行ってないのでいずれは演奏レパートリーに組み込みたい。
そういえば今日の早朝(こっち時間で)にベルリン・フィルのデジタル・コンサートホールでクラムの「子供たちの古の声」をズービン・メータの指揮で演奏していたそうです。
時間が時間だけに聞けませんでしたがが、クラムの音楽がこうやって一流の指揮者と奏者で、オケ音楽のコンサートで演奏されること(ちなみに一緒のコンサートでブルックナーの9番も演奏されたそうです)は嬉しいです。
もっとクラムの作品の演奏頻度が増えますように。
ゲームの方は元気に停滞中。
Twitterのフォロー先さんとポケモン交換してもらったりそれでフレンドサファリが解禁されたりなんだりズバット厳選進めたり。
それとポケモンでのパーティの組み方をちょっと調べて勉強したり色々考えてみたり。
パーティ組むの難しいですね。こないだピアノのプログラム組みと似てると書きました、がピアノは好きな曲を選んでなんとかある程度リンクができてつながりますのに対してポケモンは好きなのばっかり選ぶとストーンエッジがやたらと怖くなる(汗)
なので1匹選ぶところから苦手・得意・バランスをそれぞれ順に考えていく考え方をいまトレーニング中。
ポケモンは今718種類いますが、そうやってタイプのバランスを取るように選んでもタイプ内で選ぶポケモンは結局自分が親しみがある・使い勝手を知ってる・好きなポケモンに限られてくるわけで。
例えばじめんポケモンを選ぼう、となるとだいたいドリュウズとかトリトドンとかが先にでてドサイドンとかガマゲロゲとかは大体思いつかない。この傾向はタイプによって差があって、格闘ともなれば名前と大まかな種族値の傾向以外はほとんど知らなかったり。
なのでケースにより最適なのが選べてないだろうなーということは多々あります。
(ただこの偏りはあくまで「自分が使う」パーティに限ったもので、キャラクターに割り当てやるときは大分幅が広がるのがまた不思議なところ)
話は変わりますが先日車のフル免許が来ました。
こちらのシステムだと16歳からLマーク(筆記試験で取得)で保護者等付きで運転の練習を(公道で)始められて、18歳からPマーク(ハザード認識テスト+実技試験で取得)で一人で運転できるようになり、そこから3年経つと自動的にフル免許(Pマークより規制が若干緩い)取得となります。(Pマークも年齢によって2種類あって規制が違うのですが割愛)
私もほとんど運転してないながらあっという間に3年でフル免許。この先どれくらい運転するかわからないのでなんだか微妙な気持ちです。
さて、まだ首が痛いのでそろそろ寝転がりたいです。
その前に今日の一曲。
今日の一曲: ジョージ・クラム 「Apparition」より「Death Carol ("Song Of The Nightbird")」
本文でちょっとだけ言及したのでクラムを選ぼうと思いましたが、「子供たちの古の声」はおそらくほとんど紹介してるので、共にちょっと考えを巡らせていた「Apparition」を。
ものすごく短くて一見印象の薄い楽章ですがその巡らせていた考えの関係で選びました。
クラムは割と早くから、もう長いこと歌曲をたくさん作曲していますが、メゾ・ソプラノ歌手ジャン・デガエタニとコラボしていた頃の作品ってやっぱり特別な魅力があって、特殊な手法を用いているな、と考えていたのです。子供たちの~もそうですし、Apparitionもしかり、Madrigalsも。
これらの作品で使われている、無意味だけれどアーティキュレーションや発音で独特の表現をする音節の連なりだったり、鳥の声を真似るようなパッセージだったり、普通人間の声には無理な(かといって楽器でもあんまりやらない)変わった音の跳躍や表現だったり、そういうのはこの時期に限った表現手法なんですよね。
デガエタニが亡くなった後のアメリカ歌曲集とかには出てこない。少なくともあんまり。
それだけデガエタニがミューズであったということ、そしてその表現スタイルが奏者に依存していた、ということは本当にすごいと思います。そういった他の歌い手とは違うレベルの独特な表現ができるデガエタニも凄いですし、彼女の表現キャパをフルに使い広げるクラムもすごい。さらに言えば彼女が亡くなった後にさらに表現スタイルを別の方向に発展させていったところまですごい。
人間の声で「人間ではない、そして多くの場合現実には存在しない不思議な存在」を表現するここと(別の作曲家だとアデスの「テンペスト」のアリエルでも書きましたね)においてデガエタニは特別な歌い手だと思いますし、そんな彼女の歌を想定して書いたクラムの作品が本当に好きです。
「Apparition」は各楽章のキャラクターが違うだけじゃなくて中心となる存在もまた違ってくるので歌い手の表現の変化が楽しみ。この「Death Carol」はピアノ伴奏がほぼなしで、タイトルにあるように夜鳴く鳥(Whitmanの詩の原文では灰茶色だと書いてあるだけ)の声をアカペラで表しています。
短い楽章ですがちょっと真似してみると面白いですよ。音程だけじゃなくてアーティキュレーション、強弱などクラムがどれだけ繊細に、表現豊かに書いてるかがわかるかも。音楽の解釈のプロセスもちょっと味わえるんじゃないかしらん。
個人的なあれなのですが私にとって夏はクラムの季節です。とくに夏の夜はクラムの音楽にぴったり。(やっぱそういうとこバルトークやマーラーから受け継いでるところがあるんだなー)
好き好き言う割にはあんまりじっくり聞いてないので今夏は夏があるうちにクラムの音楽をもっと楽しみたいと思います。本当は弾きたいです。弾けたらなあ。
リンクはもちろんジャン・デガエタニの演奏で。
画像のみということはmp3アルバムありです。
酷暑の日々が続くメルボルンです。
全豪オープンで体調を崩す人が出たり、電車が止まったり遅れたり、停電の恐れがあったり。
やっと来た暑い夏の日はありがたく気持ちいいものですが40度を超える日が続いたり上記のような問題が起こったりするとやっぱり大変です。
今日もシティからの帰宅が大変でした。無事帰って来れてよかったです。
そんな暑い中昨日今日と出かけてきました。もう長いことお世話になっているMelbourne Youth Musicのサマーキャンプに助っ人参戦してきました。オーケストラプログラムではなく指揮者養成プログラムでコープランドの「アパラチアの春」を弾いてきました。
(前書いたときから若干誤解があったことが判明しました。「アパラチアの春」はオケ版だけではなく13人の奏者で弾くちっさいバージョンがあってそっちを今回弾きました。)
メル響でも指揮するBen Northeyの指導の下、十数人の若い指揮者たち(20代前半が主)が課題曲3曲に取り組み、今週は毎日午前中にミニオケを実際に振ってリハーサル、その様子をビデオに撮って午後にそれをみながらフィードバック分析などする、というシステムみたいでした。
指揮者の卵達のレベルは色々差がありました。なかなか実際奏者を前にしてバトンを振るという機会は少ないので今回初めての人もいたんじゃないかな。でもみんなしっかりして頭の良い、才能溢れる若い人たちでした。
アパラチアの春はいくつかのセクションに分かれててそれぞれが違う難易度であるだけでなく違ったスキルを求められるので課題曲としては素晴らしいです。
奏者として演奏したり指導を見て面白いことばかりでした。
指揮がどういう要素で成り立っているか、そして指揮をどうやって教え、学ぶか、とか。奏者として指揮者がやっていることは当たり前の様に読み取れるのですが、それを具体的にこれはこう、と説明されるのも面白い。
その諸々のプロセスをいわば丁寧に再確認するようなところがあって、それだけでもこういう場所で弾けて勉強になりました。
指揮者って一見そんなに難しいことはしてないように見えますがとっても指揮というのはとっても複雑なタスク。
基本的な要素からおおまかに順に書いてみると、まずバトンを振ってテンポは拍を示したり、音の性質や表現を示したり、手や目線で奏者にキューを送ったり、音楽全体の表現を主導したり、リハーサルを主導したり、オケを全体的にまとめたり。
今回バトンをとった若い人達はそれぞれ上記の要素の色んなステージにいましたが、私が居た2日間でもものすごい成長が見られてびっくりしました。特にコープランド2日目の今日はBenが積極的に次のステージにチャレンジするよう押してて、それでぐんとまた伸びて。指揮者に余裕がでてくるとこっちも安心します。
振ることに集中してた子がキューを与えてオケとのコミュニケーションが深まったり、基本テクニックや表現もコミュニケーションも身につけた子がリハーサルの運びをも磨いていったり。
そんな成長途中の指揮者たちに基本奏者は優しいです(笑)ちょっととちったりしてもカバーしますし、テンポが揺らいでも奏者側からテンポを示してあげたり。こういうとこで奏者の役割としては「ここ届いてないぜ」ということを示すこともあるんですが、奏者がオケで経験積んでると自然と色々カバーしようとしてしまう。
奏者にとって普段のリハーサルと違うのは短い時間のなかで複数の指揮者それぞれに順応していかなくちゃいけないところ。特に今回成長途中なので一人一人の個性や癖(悪い癖も含む)ってかなり差がでてきて、さらにまだ指揮者と奏者の間でお互い伝わりにくいこともあるのですが、でもオケで経験を積んでると前述カバーしたり、癖に補正をかけたり、そういうことがほぼ無意識にできるんですよね。
そして今回改めて指揮者と奏者の関係で面白いな、と思ったこと。指揮者と奏者は言葉を使わず、指揮者は身振り手振り(しかも通常の生活で使うものとはちょっと違う)で奏者に音楽の内容を伝え、そして奏者はそれに音楽で答える。つまり双方違う、しかもどちらもかなり曖昧というか抽象的な表現方法で。
これまで数え切れないオケの演奏を考えると最終的に成り立ってて、実際弾いてても指揮者の意図が感じられる、向こうもそれを聞いて判断すると双方向のコミュニケーションが成り立っているように思えます。
ただ、実際のところは指揮者の思惑と奏者の思惑の間、そして個々の奏者による指揮者の思惑の解釈の間に結構誤差が生じてるはずなんですよね。その誤差が積もり積もって打ち消し合ったり合わなかったりして、その全ての結果がオケの音楽なんだなと思うとものすごく興味深いです。
割と色んな方法でのコミュケーションがヘタな私ですが、オケのコミュニケーションは(上記深く考えるとあれですが)ものすごくうまくいってる気がします。
基本中心視野でも周辺視野でも指揮者をガン見していますが(笑)それだけじゃなくて、指揮者のバトンを追うだけじゃなく上手いこと答えられてるような気がするのです。
ソロピアノででないような性質の音を出したり、オケ独特の表現をしたりするんですよね。それを考えるととっても受動的なのが上手く効いてるかもしれません。
今回こうやって弾く機会があってものすごく楽しかったのですが、それだけでなく自分がオケで弾くことが得意だということを再認識しました。Benにもお褒めの言葉をいただきました。オケでもちょっと弾く機会を得るにはどうしたらいいのか聞いてみたのでもちょっと動いてみるかなと思います。完全に手前味噌ですがこのままだと勿体ない。
昨日、今日ととても楽しい、そしてとても貴重な体験をしました。
ユースオケの頃から若い指揮者たちがMelbourne Youth Music界隈で育ち、旅立っていくのを何回も見てますが、指揮者として活躍するのは厳しい道のりです。今回共演した若い指揮者たちの今後の活躍を願っています。
ちょっと遅くなったので今日の一曲はおやすみなのですがStreet Pianosといって今メルボルンのシティ&その周りの屋外にいくつかペイントされたアップライトピアノが置いてあって、写真をとったのでアップしておきます。Flinders Street駅からリハーサル場所のVCAまで実に4台もありました。暑くないときにもっと探してみよう。
全豪オープンで体調を崩す人が出たり、電車が止まったり遅れたり、停電の恐れがあったり。
やっと来た暑い夏の日はありがたく気持ちいいものですが40度を超える日が続いたり上記のような問題が起こったりするとやっぱり大変です。
今日もシティからの帰宅が大変でした。無事帰って来れてよかったです。
そんな暑い中昨日今日と出かけてきました。もう長いことお世話になっているMelbourne Youth Musicのサマーキャンプに助っ人参戦してきました。オーケストラプログラムではなく指揮者養成プログラムでコープランドの「アパラチアの春」を弾いてきました。
(前書いたときから若干誤解があったことが判明しました。「アパラチアの春」はオケ版だけではなく13人の奏者で弾くちっさいバージョンがあってそっちを今回弾きました。)
メル響でも指揮するBen Northeyの指導の下、十数人の若い指揮者たち(20代前半が主)が課題曲3曲に取り組み、今週は毎日午前中にミニオケを実際に振ってリハーサル、その様子をビデオに撮って午後にそれをみながらフィードバック分析などする、というシステムみたいでした。
指揮者の卵達のレベルは色々差がありました。なかなか実際奏者を前にしてバトンを振るという機会は少ないので今回初めての人もいたんじゃないかな。でもみんなしっかりして頭の良い、才能溢れる若い人たちでした。
アパラチアの春はいくつかのセクションに分かれててそれぞれが違う難易度であるだけでなく違ったスキルを求められるので課題曲としては素晴らしいです。
奏者として演奏したり指導を見て面白いことばかりでした。
指揮がどういう要素で成り立っているか、そして指揮をどうやって教え、学ぶか、とか。奏者として指揮者がやっていることは当たり前の様に読み取れるのですが、それを具体的にこれはこう、と説明されるのも面白い。
その諸々のプロセスをいわば丁寧に再確認するようなところがあって、それだけでもこういう場所で弾けて勉強になりました。
指揮者って一見そんなに難しいことはしてないように見えますがとっても指揮というのはとっても複雑なタスク。
基本的な要素からおおまかに順に書いてみると、まずバトンを振ってテンポは拍を示したり、音の性質や表現を示したり、手や目線で奏者にキューを送ったり、音楽全体の表現を主導したり、リハーサルを主導したり、オケを全体的にまとめたり。
今回バトンをとった若い人達はそれぞれ上記の要素の色んなステージにいましたが、私が居た2日間でもものすごい成長が見られてびっくりしました。特にコープランド2日目の今日はBenが積極的に次のステージにチャレンジするよう押してて、それでぐんとまた伸びて。指揮者に余裕がでてくるとこっちも安心します。
振ることに集中してた子がキューを与えてオケとのコミュニケーションが深まったり、基本テクニックや表現もコミュニケーションも身につけた子がリハーサルの運びをも磨いていったり。
そんな成長途中の指揮者たちに基本奏者は優しいです(笑)ちょっととちったりしてもカバーしますし、テンポが揺らいでも奏者側からテンポを示してあげたり。こういうとこで奏者の役割としては「ここ届いてないぜ」ということを示すこともあるんですが、奏者がオケで経験積んでると自然と色々カバーしようとしてしまう。
奏者にとって普段のリハーサルと違うのは短い時間のなかで複数の指揮者それぞれに順応していかなくちゃいけないところ。特に今回成長途中なので一人一人の個性や癖(悪い癖も含む)ってかなり差がでてきて、さらにまだ指揮者と奏者の間でお互い伝わりにくいこともあるのですが、でもオケで経験を積んでると前述カバーしたり、癖に補正をかけたり、そういうことがほぼ無意識にできるんですよね。
そして今回改めて指揮者と奏者の関係で面白いな、と思ったこと。指揮者と奏者は言葉を使わず、指揮者は身振り手振り(しかも通常の生活で使うものとはちょっと違う)で奏者に音楽の内容を伝え、そして奏者はそれに音楽で答える。つまり双方違う、しかもどちらもかなり曖昧というか抽象的な表現方法で。
これまで数え切れないオケの演奏を考えると最終的に成り立ってて、実際弾いてても指揮者の意図が感じられる、向こうもそれを聞いて判断すると双方向のコミュニケーションが成り立っているように思えます。
ただ、実際のところは指揮者の思惑と奏者の思惑の間、そして個々の奏者による指揮者の思惑の解釈の間に結構誤差が生じてるはずなんですよね。その誤差が積もり積もって打ち消し合ったり合わなかったりして、その全ての結果がオケの音楽なんだなと思うとものすごく興味深いです。
割と色んな方法でのコミュケーションがヘタな私ですが、オケのコミュニケーションは(上記深く考えるとあれですが)ものすごくうまくいってる気がします。
基本中心視野でも周辺視野でも指揮者をガン見していますが(笑)それだけじゃなくて、指揮者のバトンを追うだけじゃなく上手いこと答えられてるような気がするのです。
ソロピアノででないような性質の音を出したり、オケ独特の表現をしたりするんですよね。それを考えるととっても受動的なのが上手く効いてるかもしれません。
今回こうやって弾く機会があってものすごく楽しかったのですが、それだけでなく自分がオケで弾くことが得意だということを再認識しました。Benにもお褒めの言葉をいただきました。オケでもちょっと弾く機会を得るにはどうしたらいいのか聞いてみたのでもちょっと動いてみるかなと思います。完全に手前味噌ですがこのままだと勿体ない。
昨日、今日ととても楽しい、そしてとても貴重な体験をしました。
ユースオケの頃から若い指揮者たちがMelbourne Youth Music界隈で育ち、旅立っていくのを何回も見てますが、指揮者として活躍するのは厳しい道のりです。今回共演した若い指揮者たちの今後の活躍を願っています。
ちょっと遅くなったので今日の一曲はおやすみなのですがStreet Pianosといって今メルボルンのシティ&その周りの屋外にいくつかペイントされたアップライトピアノが置いてあって、写真をとったのでアップしておきます。Flinders Street駅からリハーサル場所のVCAまで実に4台もありました。暑くないときにもっと探してみよう。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
数週間前突然「無料で聴力検査受けませんか?」と家に電話がかかってきてなんとなくアポを作られ今日検査だったので行ってきました。
特にこれといって耳の問題に心当たりがあるわけではないのですが、やっぱり音楽やる身ですし聴力検査は日本の小学校の時以来だったはずなので無料だしそこそこ近いしやるっきゃないだろう、と思ったわけです。
小学校のときにやった聴力検査ってどんなもんだったかほとんど記憶がないのですが今回やったのはそういう耳のクリニックでブースに入ってヘッドホンをして行う検査。
いくつか違うオクターブの音が異なった音量で再生されるのでそれが聞こえたら手元のボタンを押す、というものでした。
結果は良好でした。むしろ平均より良いとか。
音量に気をつけてるとはいえヘッドホン(耳かけタイプ)を使うことも少なくないのでちょっと安心です。
チャートはこんな感じ。
横軸に音の高さが周波数として、そして縦軸に音の大きさがプロットしてあって手書きが私の成績。イラストで音の高さや大きさを例えたり、そしてよく見ると特定の子音の発音が中央よりちょっと右上にプロットしてあるのが分かります。中央上にあるのは葉擦れの音?
広く知られているように年齢と共に可聴範囲は高音から狭くなっていくのですが私はまだまだ高音もいけるそうで、年齢平均と比べると高音の聴力もまだまだ残っているそうです。
検査をしてくれた方と後でちょっとしゃべったら音楽をやってる人にそういう傾向は少なからずあるらしく。
同時に音楽やる人全般耳にダメージを与えるリスクも高いです。例えばクラシックだとオケで周りの音が大きかったり、狭い部屋で練習したり、ヘッドホン・イヤホンで音を聞いたり。
オケのリハーサル用に特殊な耳栓を作ったりもどうやらしているみたい。私はとりあえずは大丈夫ですが。
今回検査して分かったのは自分が音を「探す」作業が上手いな、ということ。
最初にそこそこの音量で音が聞こえて、その同じピッチがもっと小さい音で聞こえるというシステムなので音程を覚えていれば音量が小さくてもある程度探せるというか。
音を脳で処理することに関しては結構自信があります。音の方向を探ることとか、オケのなかから楽器の音を探すこととか、音をある程度分解したりとか。視力が弱いから、というのとオケ生活もあるのかな。果たして実際自慢できるレベルなのかは分からないのですが。
でも脳がそういう働きを出来ても耳が健康でなければ聞こえないですからね。
(大学1年生の心理学で習ったことによると)耳が年齢とともに聞こえなくなるのは耳の蝸牛にある有毛細胞が減ってくるというmechanicalな問題で、しかも今のところ不可逆性らしいです。(どっかにあったっけ、有毛細胞の再生を研究している論文)
ところで先ほどのチャートの一番右上に鳥の声が示してあります。
メシアンは鳥の声の基音だけでなくその上の倍音まで書き表すので(なのでピアノ音楽にするときは音を落としているそう)、晩年まで様々な国で聞いた鳥の声を楽譜に起こしていたということは相当高音の聴力が強かったはず。どうやってその耳を維持していたんだろう。(脳で音を処理する能力のすごさももちろんですが)
ということで今回聴力検査の結果も良く一安心ですがこれからも普通に耳に気をつけていかなくちゃなりませんね。
ちなみに再検査は何も問題がなければ5年後でいいそうです。それまで維持につとめます。
今日の一曲: ジェラルド・フィンジ 「Let us garlands bring」より「Fear no more the heat o' the sun」


前回に続いて最近偶然聞いてちょっとビビッと来た曲。
フィンジはイギリスの作曲家なのですがethnic backgroundといい経緯といい独特な人です。日本語Wikipediaにもありますが「生涯」の最初の段落と、それからもちょっと後にあるリンゴの栽培と品種の保存のくだりが特に面白い。
「Let us garlands bring」はシェイクスピアの喜劇いくつかのテキストを歌詞にした歌曲集です。(学校で勉強したのは悲劇ばっかりなので全然元ネタ知らないよー)
全部で5つある歌曲のうち最初の「Come away, come away, death」は大学の伴奏の授業で弾いてものすごく好きでした。そちらもおすすめ。
「Fear no more the heat o' the sun」は戯曲「シンベリン」の中の弔いの歌だそうです。(シンベリンは今ちょっと見たら喜劇にカテゴライズされてるけどちょっと不明確なところあるっぽい)。この作品の中だと一番有名といえる部分だそうで、フィンジの他にも主にイギリスの作曲家が歌曲に仕立てているそう。
改めて歌詞を見てみると素晴らしいのですが、私はとにかく歌を聴いて歌詞が聞こえない人なので惚れたのは曲の方。バリトンの暖かみとピアノのシンプルなパートの美しさが優しい曲です。同じメロディーを調を変えてみたりハーモニーを変えてみたり、ちょっとした変化が綺麗で、曲全体を通した移り変わりもまるで夕暮れの空の色を愛しく見送るよう。
特に最後のセクション(歌詞では調子がちょっと変わる)の、西の空にちょっと残った名残惜しいかすかな光のようなのが好きです。
今日ようつべで色々探していたらどうもこの曲はオケ伴奏版もあるみたいです。ちょっと聞いただけだとピアノ伴奏の方が好きかな。色彩的に。
フィンジは他にも色々書いてるみたいでちょっと探ってみましたが、一遍にたくさん聞くのには向いてない感じもありますが綺麗な曲、面白い曲いろいろあるようです。こんど大学で見つけよう。
リンクしたのは手持ちのイギリス歌曲がいっぱいつまったCD。先ほど紹介した「Come away, come away, death」も合わせてお楽しみください。
数週間前突然「無料で聴力検査受けませんか?」と家に電話がかかってきてなんとなくアポを作られ今日検査だったので行ってきました。
特にこれといって耳の問題に心当たりがあるわけではないのですが、やっぱり音楽やる身ですし聴力検査は日本の小学校の時以来だったはずなので無料だしそこそこ近いしやるっきゃないだろう、と思ったわけです。
小学校のときにやった聴力検査ってどんなもんだったかほとんど記憶がないのですが今回やったのはそういう耳のクリニックでブースに入ってヘッドホンをして行う検査。
いくつか違うオクターブの音が異なった音量で再生されるのでそれが聞こえたら手元のボタンを押す、というものでした。
結果は良好でした。むしろ平均より良いとか。
音量に気をつけてるとはいえヘッドホン(耳かけタイプ)を使うことも少なくないのでちょっと安心です。
チャートはこんな感じ。
横軸に音の高さが周波数として、そして縦軸に音の大きさがプロットしてあって手書きが私の成績。イラストで音の高さや大きさを例えたり、そしてよく見ると特定の子音の発音が中央よりちょっと右上にプロットしてあるのが分かります。中央上にあるのは葉擦れの音?
広く知られているように年齢と共に可聴範囲は高音から狭くなっていくのですが私はまだまだ高音もいけるそうで、年齢平均と比べると高音の聴力もまだまだ残っているそうです。
検査をしてくれた方と後でちょっとしゃべったら音楽をやってる人にそういう傾向は少なからずあるらしく。
同時に音楽やる人全般耳にダメージを与えるリスクも高いです。例えばクラシックだとオケで周りの音が大きかったり、狭い部屋で練習したり、ヘッドホン・イヤホンで音を聞いたり。
オケのリハーサル用に特殊な耳栓を作ったりもどうやらしているみたい。私はとりあえずは大丈夫ですが。
今回検査して分かったのは自分が音を「探す」作業が上手いな、ということ。
最初にそこそこの音量で音が聞こえて、その同じピッチがもっと小さい音で聞こえるというシステムなので音程を覚えていれば音量が小さくてもある程度探せるというか。
音を脳で処理することに関しては結構自信があります。音の方向を探ることとか、オケのなかから楽器の音を探すこととか、音をある程度分解したりとか。視力が弱いから、というのとオケ生活もあるのかな。果たして実際自慢できるレベルなのかは分からないのですが。
でも脳がそういう働きを出来ても耳が健康でなければ聞こえないですからね。
(大学1年生の心理学で習ったことによると)耳が年齢とともに聞こえなくなるのは耳の蝸牛にある有毛細胞が減ってくるというmechanicalな問題で、しかも今のところ不可逆性らしいです。(どっかにあったっけ、有毛細胞の再生を研究している論文)
ところで先ほどのチャートの一番右上に鳥の声が示してあります。
メシアンは鳥の声の基音だけでなくその上の倍音まで書き表すので(なのでピアノ音楽にするときは音を落としているそう)、晩年まで様々な国で聞いた鳥の声を楽譜に起こしていたということは相当高音の聴力が強かったはず。どうやってその耳を維持していたんだろう。(脳で音を処理する能力のすごさももちろんですが)
ということで今回聴力検査の結果も良く一安心ですがこれからも普通に耳に気をつけていかなくちゃなりませんね。
ちなみに再検査は何も問題がなければ5年後でいいそうです。それまで維持につとめます。
今日の一曲: ジェラルド・フィンジ 「Let us garlands bring」より「Fear no more the heat o' the sun」
前回に続いて最近偶然聞いてちょっとビビッと来た曲。
フィンジはイギリスの作曲家なのですがethnic backgroundといい経緯といい独特な人です。日本語Wikipediaにもありますが「生涯」の最初の段落と、それからもちょっと後にあるリンゴの栽培と品種の保存のくだりが特に面白い。
「Let us garlands bring」はシェイクスピアの喜劇いくつかのテキストを歌詞にした歌曲集です。(学校で勉強したのは悲劇ばっかりなので全然元ネタ知らないよー)
全部で5つある歌曲のうち最初の「Come away, come away, death」は大学の伴奏の授業で弾いてものすごく好きでした。そちらもおすすめ。
「Fear no more the heat o' the sun」は戯曲「シンベリン」の中の弔いの歌だそうです。(シンベリンは今ちょっと見たら喜劇にカテゴライズされてるけどちょっと不明確なところあるっぽい)。この作品の中だと一番有名といえる部分だそうで、フィンジの他にも主にイギリスの作曲家が歌曲に仕立てているそう。
改めて歌詞を見てみると素晴らしいのですが、私はとにかく歌を聴いて歌詞が聞こえない人なので惚れたのは曲の方。バリトンの暖かみとピアノのシンプルなパートの美しさが優しい曲です。同じメロディーを調を変えてみたりハーモニーを変えてみたり、ちょっとした変化が綺麗で、曲全体を通した移り変わりもまるで夕暮れの空の色を愛しく見送るよう。
特に最後のセクション(歌詞では調子がちょっと変わる)の、西の空にちょっと残った名残惜しいかすかな光のようなのが好きです。
今日ようつべで色々探していたらどうもこの曲はオケ伴奏版もあるみたいです。ちょっと聞いただけだとピアノ伴奏の方が好きかな。色彩的に。
フィンジは他にも色々書いてるみたいでちょっと探ってみましたが、一遍にたくさん聞くのには向いてない感じもありますが綺麗な曲、面白い曲いろいろあるようです。こんど大学で見つけよう。
リンクしたのは手持ちのイギリス歌曲がいっぱいつまったCD。先ほど紹介した「Come away, come away, death」も合わせてお楽しみください。
