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前回のエントリーに拍手どうもです!
なんだか終わってしまったのが実感できないような不思議な感じ。
忙しさもありますが綺麗さっぱり終わってしまった感じ。
愛着のある曲々ではありましたが演奏にしてもプログラムとして形にすることに関してもしっかりやりきって悔いの少ないものだったので、むしろ良いことなんじゃないかな。
忙しいです!日本にいく準備ももちろんですが(今日一日買い物してました。まだ終わってない)、明日は朝早くバスに乗って田舎の友達を訪ねに行くので早いとこ荷造りしなければ(汗)
なのでピアノはリサイタルの後は昨日弾いただけ(&明日・明後日も弾けない)。
リサイタルが終わってこれで新しい曲が弾けるぞー!・・・とは意外とならないんですよね。
一度アイディアを出して育てて手放して白紙に戻った、つまり手持ちがゼロにリセットされた状態。
0を1にするのは大変で、今どっちの方向に行くかもまだ分からずぽかんとしています。
でも日曜日は色々弾いてみました。弾いたことのある曲ない曲いろいろ。
スクリャービンの黒ミサソナタとか、ショスタコの前奏曲とフーガ嬰ト短調とか、リゲティの練習曲第5番(虹)とか、プロコフィエフの悪魔的暗示とか、ドビュッシーの映像第1集の「水の反映」とか。
ゼロに戻ったとはいえちょこちょこアイディアの種くらいはある様子。この曲とこの曲は相性がいいな、とかそういうのはあります。例えばショスタコの前奏曲とフーガ嬰ト短調はバッハの平均律第2巻の嬰ニ短調と相性がいいですし、黒ミサソナタは悪魔的暗示と(タイトル以上に)相性がよかったり。あとシマノフスキのメトープは(まだ弾いたことないですが)クセナキスのエヴリアリと相性がよさそう。
これからどんどん初めての曲を弾き広げて古い曲を掘り起こしてそういうアイディアの種を育てていきたいです。
そのためには日本から帰ってきた後になりますが大学でまた楽譜を借りてこないと。
弾くだけじゃなくて聴く方も新しく広げたいながら色々迷ってます。
日本側では聖飢魔IIは何買うか、たまは何買うか、etc. etc.
そしてiTunes storesの方ではこないだクロノス・カルテットの中国琵琶との共演「Ghost Opera」が欲しいかなーと書きましたがこないだ2009年のCD「Floodplain」を試聴したらそっちも欲しくなりました。
Floodplainは中東周りのいろんな国の音楽をクロノスが演奏するのですがヘブライ圏、アラビア圏、スラヴ圏、アフリカ圏など色んな国(英語ですがトラックリストと国のリストはこちら)の音楽が揃っているのがものすごく面白くて魅力的で、ここ数年特にアラビアとかヘブライとかの音楽にとにかく弱くて。こっちにしちゃうかも。
それからジョン・アダムズのCDをどうするか。City Noirにするか、バイオリン協奏曲とHallelujah Junctionと入ってるのにするか。
さらにクロノス、アダムズを1枚ずつ買う場合はもう1枚何にするか。ほんとうに音楽の世界が広くて贅沢すぎる悩み!
もっともっと新しい音楽に出会って親しみたいです。
さて、荷造りをしなければ。一泊とは言え必要な物はいろいろ。
また向こうでの諸々は明後日以降に。
今日の一曲:ドミトリ・ショスタコーヴィチ 前奏曲とフーガ第12番 嬰ト短調
前パッサカリア特集をやったときにショスタコはバイオリン協奏曲の第3楽章を紹介したのですが、この前奏曲もとってもわかりやすくクラシックなパッサカリアの形式をしています。
繰り返されるベースラインはバッハのパッサカリアとフーガハ短調にも匹敵するくらい表現豊かというか、一つの世界がそれで出来てる感があって、ちょこちょこ上にのっけるハーモニーによって和音進行が変わって表情を変えることがあるのににやりとします。(弾く時はそういうさりげないとこも大事にしたいですね)
ただバッハのパッサカリアみたいな荘厳な感じはちょっとはありますが強くはなく、どこかショスタコには珍しい?感じの切ないところがある曲。迷いながら内向きにぐるぐる歩く感じで、弾いていて心が旅にでます。
そしてそんな「古い」形式で割と保守的でセンチメンタルに書かれた前奏曲とは対照的にフーガはストレートに20世紀の音楽です。
5拍子という変則的で非対称な拍子に、リズミックで尖った印象的なテーマ。そのテーマが複雑に絡み合い(4声のフーガですがそれよりも複雑に聞こえます)、まるで電気の網のように広がるのはとにかくかっこいい!
ちなみにこのフーガのテーマ、前奏曲の最後の部分ですでに演奏されるんです。かなり特徴的な形のメロディーなので気づくと思いきや、前奏曲のゆっくりなテンポと丸くて長いフレーズが続いているので言われてみなくちゃ気づかない。
このテーマは音の高さだけでなくあのテンポと鋭いスタイルがあってこそ生きるものなんだな、と改めて実感。
3つ手元にある録音(アシュケナージ、ニコラーエヴァ、キース・ジャレット)の中だとこの嬰ト短調を聴くにはアシュケナージの演奏が一番角があって好きです。MP3アルバムでも出てるみたいなのでリンク。
この曲は弾く優先度が高い曲の一つなのでまたそのうち紹介したいです。
なんだか終わってしまったのが実感できないような不思議な感じ。
忙しさもありますが綺麗さっぱり終わってしまった感じ。
愛着のある曲々ではありましたが演奏にしてもプログラムとして形にすることに関してもしっかりやりきって悔いの少ないものだったので、むしろ良いことなんじゃないかな。
忙しいです!日本にいく準備ももちろんですが(今日一日買い物してました。まだ終わってない)、明日は朝早くバスに乗って田舎の友達を訪ねに行くので早いとこ荷造りしなければ(汗)
なのでピアノはリサイタルの後は昨日弾いただけ(&明日・明後日も弾けない)。
リサイタルが終わってこれで新しい曲が弾けるぞー!・・・とは意外とならないんですよね。
一度アイディアを出して育てて手放して白紙に戻った、つまり手持ちがゼロにリセットされた状態。
0を1にするのは大変で、今どっちの方向に行くかもまだ分からずぽかんとしています。
でも日曜日は色々弾いてみました。弾いたことのある曲ない曲いろいろ。
スクリャービンの黒ミサソナタとか、ショスタコの前奏曲とフーガ嬰ト短調とか、リゲティの練習曲第5番(虹)とか、プロコフィエフの悪魔的暗示とか、ドビュッシーの映像第1集の「水の反映」とか。
ゼロに戻ったとはいえちょこちょこアイディアの種くらいはある様子。この曲とこの曲は相性がいいな、とかそういうのはあります。例えばショスタコの前奏曲とフーガ嬰ト短調はバッハの平均律第2巻の嬰ニ短調と相性がいいですし、黒ミサソナタは悪魔的暗示と(タイトル以上に)相性がよかったり。あとシマノフスキのメトープは(まだ弾いたことないですが)クセナキスのエヴリアリと相性がよさそう。
これからどんどん初めての曲を弾き広げて古い曲を掘り起こしてそういうアイディアの種を育てていきたいです。
そのためには日本から帰ってきた後になりますが大学でまた楽譜を借りてこないと。
弾くだけじゃなくて聴く方も新しく広げたいながら色々迷ってます。
日本側では聖飢魔IIは何買うか、たまは何買うか、etc. etc.
そしてiTunes storesの方ではこないだクロノス・カルテットの中国琵琶との共演「Ghost Opera」が欲しいかなーと書きましたがこないだ2009年のCD「Floodplain」を試聴したらそっちも欲しくなりました。
Floodplainは中東周りのいろんな国の音楽をクロノスが演奏するのですがヘブライ圏、アラビア圏、スラヴ圏、アフリカ圏など色んな国(英語ですがトラックリストと国のリストはこちら)の音楽が揃っているのがものすごく面白くて魅力的で、ここ数年特にアラビアとかヘブライとかの音楽にとにかく弱くて。こっちにしちゃうかも。
それからジョン・アダムズのCDをどうするか。City Noirにするか、バイオリン協奏曲とHallelujah Junctionと入ってるのにするか。
さらにクロノス、アダムズを1枚ずつ買う場合はもう1枚何にするか。ほんとうに音楽の世界が広くて贅沢すぎる悩み!
もっともっと新しい音楽に出会って親しみたいです。
さて、荷造りをしなければ。一泊とは言え必要な物はいろいろ。
また向こうでの諸々は明後日以降に。
今日の一曲:ドミトリ・ショスタコーヴィチ 前奏曲とフーガ第12番 嬰ト短調
前パッサカリア特集をやったときにショスタコはバイオリン協奏曲の第3楽章を紹介したのですが、この前奏曲もとってもわかりやすくクラシックなパッサカリアの形式をしています。
繰り返されるベースラインはバッハのパッサカリアとフーガハ短調にも匹敵するくらい表現豊かというか、一つの世界がそれで出来てる感があって、ちょこちょこ上にのっけるハーモニーによって和音進行が変わって表情を変えることがあるのににやりとします。(弾く時はそういうさりげないとこも大事にしたいですね)
ただバッハのパッサカリアみたいな荘厳な感じはちょっとはありますが強くはなく、どこかショスタコには珍しい?感じの切ないところがある曲。迷いながら内向きにぐるぐる歩く感じで、弾いていて心が旅にでます。
そしてそんな「古い」形式で割と保守的でセンチメンタルに書かれた前奏曲とは対照的にフーガはストレートに20世紀の音楽です。
5拍子という変則的で非対称な拍子に、リズミックで尖った印象的なテーマ。そのテーマが複雑に絡み合い(4声のフーガですがそれよりも複雑に聞こえます)、まるで電気の網のように広がるのはとにかくかっこいい!
ちなみにこのフーガのテーマ、前奏曲の最後の部分ですでに演奏されるんです。かなり特徴的な形のメロディーなので気づくと思いきや、前奏曲のゆっくりなテンポと丸くて長いフレーズが続いているので言われてみなくちゃ気づかない。
このテーマは音の高さだけでなくあのテンポと鋭いスタイルがあってこそ生きるものなんだな、と改めて実感。
3つ手元にある録音(アシュケナージ、ニコラーエヴァ、キース・ジャレット)の中だとこの嬰ト短調を聴くにはアシュケナージの演奏が一番角があって好きです。MP3アルバムでも出てるみたいなのでリンク。
この曲は弾く優先度が高い曲の一つなのでまたそのうち紹介したいです。
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前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
無事リサイタルを終えてきました。
<ピアノリサイタル 「Tableaux」>
9月28日 午後2時半開演
Richmond Uniting Church
プログラム:
メシアン 「鳥のカタログ」より第3曲「イソヒヨドリ」
ドビュッシー 「映像」第2集
メシアン 「鳥のカタログ」より第8曲「ヒメコウテンシ」
フォーレ 前奏曲 op.103より第3、8、6、5、7番
ラフマニノフ 練習曲「音の絵」op.39より第4、8、7番
メシアン 「鳥のカタログ」より第13曲「ダイシャクシギ」
ちょこちょこ「ここで!?」みたいなミスはあったものの概ね良い演奏ができました。
余裕を持って弾けたというか、のびのびと弾けたというか。ほとんど緊張しませんでしたね。
今の自分の演奏として満足の出来です。
(というのは次回弾いたらもっとうまいこと弾けるかもな、という曲もありました)
イソヒヨドリは中間部で乗ってからは本当に自己ベストの演奏でした。弾けるようになって良かった!そしてこれから他の鳥カタに挑戦するのにつなげていける、と思う演奏になって良かった。
ラフマニノフはまだ(特に第4番が技巧的に)改善の余地ありでしたがドビュッシー、フォーレ、ヒメコウテンシはもうあんま細かいとこつつく必要ないです。ただ録音で聞くのはちょっと怖いですが(笑)
ダイシャクシギは謎の部分スキップ(自分でも一瞬気づかないくらい自然につながる短い箇所を飛ばしたのですが)がなにより謎でした。あれさえ無ければ、とも思うのですがあまりにも自然でまだ戸惑っています。
今回のリサイタルを録音してくれた友達(音楽界隈から唯一の聴衆)はラフマニノフの第8番がベスト演奏だと言ってくれました。
それから親友とその彼がちょっとプログラム組みについて色々感想をくれました。イソヒヨドリでスタートは音楽背景が比較的強くない聴衆にとってちょっとハードルが高いというか、耳が慣れたり入り込むのに時間がかかる、とのこと。むしろ最後まで聞いてから最初の曲を聴きたかったそうで(笑)次回のプログラム組みにはそういうところもちょっと考慮してみようと思います。
やっぱり集客がまだ次も課題ですね。CD配って聞いてもらうトータル人数分>その場にいる人数ですから。音楽界隈から友達に来てもらわないと。(今回先生も欠席でしたから)
今はまだちょっと考えられてませんが次何弾こうか楽しみです。
今回のレパートリーが自然色で絵画的な、全般的に健全な曲ばっかりともいえるラインアップだったので不健康な曲とかバランスが崩れ気味とか不安定とか闇の曲とか弾きたいです。
レパートリーとして揃えるのはまだ先として早いうちにちょっと挑戦してみたい曲もあります。夜ガス(ラヴェルの夜のガスパールを略してみました)とか。次弾きたい鳥カタはすでに弾いたことがある小さい2曲(のつもりでいる)なので20のまなざしも進めたい。
最近スコアも買ってなかったんでそこら辺の買い物も楽しみ。
買い物といえば日本に行く前に買い物がたくさんあるんですよ。お土産はもちろんですがこの秋冬、下手すりゃもっと長い間ちゃんと服を買ってないので(汗)
明日も仕事ありますし、それから田舎の友達のところに遊びに行く予定もあるのでそこもしっかりせんとです。
とりあえず、お疲れ様。新しい一年へ。
そして支えてくれた周りの皆に感謝。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「鳥のカタログ」より「ダイシャクシギ」
メシアンの音楽に並ならぬ思い入れがある私ですが、その中でダイシャクシギという作品に対する愛も大変なものです。何度もここで書いていますが。
鳥のカタログでもこの曲に似てる曲ってないですし、メシアンの作品まで広げてもほとんどないと思います。
似てる、という話なら舞台になってる場所がブルターニュでケルトの文化影響があるのが関わってるのかイギリス音楽で近い作品があるかも・・・?ピアノ作品では分かりませんが。
それからメルボルンに住んでると(前回紹介したイソヒヨドリとは対照的に)なかなか見られない景色なんですよね、この曲は。外国の景色で、異世界の景色。
いつか行ってみたいです、ウェッサン島。ついでにブルターニュの本土の方で美味しい牡蠣とか海鮮とかガレットとかいただいたりして。できたらダイシャクシギがいる季節に(日本と同じく向こうも秋冬あたりの渡り鳥だったはず)。
そういえばこの曲を弾いたり聞いたりすると萩尾望都の漫画で読んだレイ・ブラッドベリの「霧笛」という話を思い出します。というか今振り返ってみると(母のところにあるんで思い出すくらいしかできないんですよ)自分のこの「ダイシャクシギ」の解釈ってそこに源がちょっとあったりするかもしれない、と思うこともあったり。
霧や海が別の世界につながる、というようなアイディアは確かにそこらへんから来てるかもしれない。
弾いている間に曲の解釈に関するイメージが膨らんだり、全く新しいアイディアがとってかわったりという曲もあるのですがダイシャクシギは当分今のイメージのままだと思います。なんたってメシアンが最初にかなり詳細に書き記してくれちゃってるので大きくは変わりようがなかったり(笑)
その分そのイメージがマンネリにならないよう、いつまでも鮮明に自分の心に抱いて演奏していきたいと思います。
次この曲を演奏できる機会を作れることを願って。
無事リサイタルを終えてきました。
<ピアノリサイタル 「Tableaux」>
9月28日 午後2時半開演
Richmond Uniting Church
プログラム:
メシアン 「鳥のカタログ」より第3曲「イソヒヨドリ」
ドビュッシー 「映像」第2集
メシアン 「鳥のカタログ」より第8曲「ヒメコウテンシ」
フォーレ 前奏曲 op.103より第3、8、6、5、7番
ラフマニノフ 練習曲「音の絵」op.39より第4、8、7番
メシアン 「鳥のカタログ」より第13曲「ダイシャクシギ」
ちょこちょこ「ここで!?」みたいなミスはあったものの概ね良い演奏ができました。
余裕を持って弾けたというか、のびのびと弾けたというか。ほとんど緊張しませんでしたね。
今の自分の演奏として満足の出来です。
(というのは次回弾いたらもっとうまいこと弾けるかもな、という曲もありました)
イソヒヨドリは中間部で乗ってからは本当に自己ベストの演奏でした。弾けるようになって良かった!そしてこれから他の鳥カタに挑戦するのにつなげていける、と思う演奏になって良かった。
ラフマニノフはまだ(特に第4番が技巧的に)改善の余地ありでしたがドビュッシー、フォーレ、ヒメコウテンシはもうあんま細かいとこつつく必要ないです。ただ録音で聞くのはちょっと怖いですが(笑)
ダイシャクシギは謎の部分スキップ(自分でも一瞬気づかないくらい自然につながる短い箇所を飛ばしたのですが)がなにより謎でした。あれさえ無ければ、とも思うのですがあまりにも自然でまだ戸惑っています。
今回のリサイタルを録音してくれた友達(音楽界隈から唯一の聴衆)はラフマニノフの第8番がベスト演奏だと言ってくれました。
それから親友とその彼がちょっとプログラム組みについて色々感想をくれました。イソヒヨドリでスタートは音楽背景が比較的強くない聴衆にとってちょっとハードルが高いというか、耳が慣れたり入り込むのに時間がかかる、とのこと。むしろ最後まで聞いてから最初の曲を聴きたかったそうで(笑)次回のプログラム組みにはそういうところもちょっと考慮してみようと思います。
やっぱり集客がまだ次も課題ですね。CD配って聞いてもらうトータル人数分>その場にいる人数ですから。音楽界隈から友達に来てもらわないと。(今回先生も欠席でしたから)
今はまだちょっと考えられてませんが次何弾こうか楽しみです。
今回のレパートリーが自然色で絵画的な、全般的に健全な曲ばっかりともいえるラインアップだったので不健康な曲とかバランスが崩れ気味とか不安定とか闇の曲とか弾きたいです。
レパートリーとして揃えるのはまだ先として早いうちにちょっと挑戦してみたい曲もあります。夜ガス(ラヴェルの夜のガスパールを略してみました)とか。次弾きたい鳥カタはすでに弾いたことがある小さい2曲(のつもりでいる)なので20のまなざしも進めたい。
最近スコアも買ってなかったんでそこら辺の買い物も楽しみ。
買い物といえば日本に行く前に買い物がたくさんあるんですよ。お土産はもちろんですがこの秋冬、下手すりゃもっと長い間ちゃんと服を買ってないので(汗)
明日も仕事ありますし、それから田舎の友達のところに遊びに行く予定もあるのでそこもしっかりせんとです。
とりあえず、お疲れ様。新しい一年へ。
そして支えてくれた周りの皆に感謝。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「鳥のカタログ」より「ダイシャクシギ」
メシアンの音楽に並ならぬ思い入れがある私ですが、その中でダイシャクシギという作品に対する愛も大変なものです。何度もここで書いていますが。
鳥のカタログでもこの曲に似てる曲ってないですし、メシアンの作品まで広げてもほとんどないと思います。
似てる、という話なら舞台になってる場所がブルターニュでケルトの文化影響があるのが関わってるのかイギリス音楽で近い作品があるかも・・・?ピアノ作品では分かりませんが。
それからメルボルンに住んでると(前回紹介したイソヒヨドリとは対照的に)なかなか見られない景色なんですよね、この曲は。外国の景色で、異世界の景色。
いつか行ってみたいです、ウェッサン島。ついでにブルターニュの本土の方で美味しい牡蠣とか海鮮とかガレットとかいただいたりして。できたらダイシャクシギがいる季節に(日本と同じく向こうも秋冬あたりの渡り鳥だったはず)。
そういえばこの曲を弾いたり聞いたりすると萩尾望都の漫画で読んだレイ・ブラッドベリの「霧笛」という話を思い出します。というか今振り返ってみると(母のところにあるんで思い出すくらいしかできないんですよ)自分のこの「ダイシャクシギ」の解釈ってそこに源がちょっとあったりするかもしれない、と思うこともあったり。
霧や海が別の世界につながる、というようなアイディアは確かにそこらへんから来てるかもしれない。
弾いている間に曲の解釈に関するイメージが膨らんだり、全く新しいアイディアがとってかわったりという曲もあるのですがダイシャクシギは当分今のイメージのままだと思います。なんたってメシアンが最初にかなり詳細に書き記してくれちゃってるので大きくは変わりようがなかったり(笑)
その分そのイメージがマンネリにならないよう、いつまでも鮮明に自分の心に抱いて演奏していきたいと思います。
次この曲を演奏できる機会を作れることを願って。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
明日は現地でリハーサルしてラーメン食べにいく予定なのでおそらくこれがリサイタル前最後のブログ更新。
ということでお知らせ。
<ピアノリサイタル 「Tableaux」>
明日は現地でリハーサルしてラーメン食べにいく予定なのでおそらくこれがリサイタル前最後のブログ更新。
ということでお知らせ。
<ピアノリサイタル 「Tableaux」>
9月28日 午後2時半開演
Richmond Uniting Church
プログラム:
メシアン 「鳥のカタログ」より第3曲「イソヒヨドリ」
ドビュッシー 「映像」第2集
メシアン 「鳥のカタログ」より第8曲「ヒメコウテンシ」
フォーレ 前奏曲 op.103より第3、8、6、5、7番
ラフマニノフ 練習曲「音の絵」op.39より第4、8、7番
メシアン 「鳥のカタログ」より第13曲「ダイシャクシギ」
リサイタル準備にかける時間、集客、リサイタル前のメンタル的な臨み方とか色々すでに反省したいこと色々あるのですがとりあえず演奏自体に関しては今これ以上望むものはほぼないかな、なんとか。
ただ明後日の天気が心配。16度で雨。一応午前中にあられありで午後に向かって和らいでいくとはあるんですが、それでも天気が悪くて寒いことに変わりない。いちおう教会もヒーターがあるんですが去年もっと暖かいときにリサイタルやってたら演奏中にどんどん緊張で指が冷えてったようなこともあるのでどうしてもgrumble grumbleしています。
前も書いたと思いますが同日同時刻に同地域でオーストラリアンフットボール(Footie)のグランドファイナルなんですよね。Hawthorn HawksとFreemantle Dockers。
リサイタルよりもそっちのほうが天候の影響は大きいですものね。毎年この春という天気が変わりやすくしかも風とか霰とかぐっちゃぐちゃになりやすい季節にプロテクターなしの男たちがぶつかりあうという。ただでさえ激しいスポーツの熱狂するファイナルなんですが。
話は逸れましたがそんなわけで(人に来てもらえるかどうかも心配ですが)弾いてる間鳥の反応はなかなか望めそうにないです。そこは残念。いると本当に心強いですし、なんとなく自分にとってホームな感覚をつかめると思うので。
それにしてもやっぱりちょっと諸々曲を長いこと弾き過ぎたかなーという感はなくもなく。
ただ「イソヒヨドリ」はほんと難しくて時間がかかりましたし、弾きたくて待ってる時期も長かったので(もっと速く習得できればよかったと思いながらも)長く弾いて全然OKだったな、と。
そして同じく鳥カタから「ダイシャクシギ」は明後日が最後になるのがとにかく寂しいです(他の曲もそうですがこれは特別)。
もちろん一生にこれが最後にはしないですが、ダイシャクシギは弾くとしたらプログラムの最後にしたくなることが多いため使いどころが難しく、色んな性質のプログラムを弾く中でそう頻繁には演奏できない。なので次弾くのは少なくとも数年後になるかな。大好きなんですがこればかりはしょうがない。
今はちょっと(フライングで)考え始めたくも考えないようにしてる、これから弾きたい諸々のこともちゃんと考えれられるようになるのが楽しみ。
欲求の方向性は大体定まってるのでプログラムが固まるのは時間がかからないかな。
そうそう、話はかなり変わりますが以前クロノス・カルテットのコンサートに行ったとき最初に演奏されたBryce Dessnerの「Aheym」という曲がこんどクロノスが出すCD「Aheym」に収録されるそうです。
私はクロノスはほぼ電子媒体で揃えてるのでiTunesでダウンロードの予約注文をしましたが、この「Aheym」はmp3アルバム、CD、さらにLPでもリリースするそうです。
で、その「Aheym」からの「Aheym」のフル試聴がようつべにアップされたのでこちらに動画をリンク。ユダヤの影響が聞き取れる、とにかくかっこいい曲です。
アルバムは11月上旬にリリース、それも楽しみにしています。
あと日本に行く前に何枚かCD買いたい(&日本で拾うように注文したい)のでそれも楽しみ。ちゃんと決めな。
その前にちゃんとがんばってきます、リサイタル。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「鳥のカタログ」より「イソヒヨドリ」
ここ1年この曲にチャレンジできて、ある程度というか結構自分のものにできたことは本当に幸せです。
弾いてて楽しいですし、最初っから迷いなしに崖の和音をぶつけることができるのが今回のリサイタルの第1曲としてふさわしい曲だと思います。
今回のリサイタルのプログラムは海に始まり海に終わり、途中で水を思わせる曲もいくつかありますが本当に青い水を表すのは実はこの曲だけ。他の曲は灰色がかってたりニュアンスが曲によって大分違ってきます。
空の青も海の青も、そしてイソヒヨドリの青も色合いは違えどみなビビッドで爽快な青。
メルボルンに住んでいて少なからず親しみがある色彩です。
やっぱり一番好きなのは(イソヒヨドリの歌声自体もありますが)中間部のガムラン的な舞踏的なダイナミックな部分。
メシアンのリズムと、独特な東洋の影響、そしてハーモニーや鳥の声が凝縮されたあっというまのクライマックスです。
実は家のピアノで弦が切れたのはここら辺なんで最近ちょっと無意識にためらいがあるような気もしてたんですが、本番では臆せずがっつり楽しみたいです。
鳥カタにはこの曲に似た地方を扱ってたり、似たような鳥の種類を扱ってたりする曲がもういくつかあります。そのなかでもこの「イソヒヨドリ」が特別なのがその主役のイソヒヨドリの歌声の扱い方かな。
他の曲もまた似たような地方・景色を描いていても別の鳥やエレメントに焦点をあててたり、それぞれの魅力があって面白いです。
鳥カタとしては中規模のちょっと長めの曲で今後どれだけプログラムに組み込む機会があるか分かりませんが機会があればその青さを生かせるプログラムにしたい。
自分にとって大切なレパートリー、鳥カタコンプリートに向けて&一生大事にしてきたいです。
リサイタル準備にかける時間、集客、リサイタル前のメンタル的な臨み方とか色々すでに反省したいこと色々あるのですがとりあえず演奏自体に関しては今これ以上望むものはほぼないかな、なんとか。
ただ明後日の天気が心配。16度で雨。一応午前中にあられありで午後に向かって和らいでいくとはあるんですが、それでも天気が悪くて寒いことに変わりない。いちおう教会もヒーターがあるんですが去年もっと暖かいときにリサイタルやってたら演奏中にどんどん緊張で指が冷えてったようなこともあるのでどうしてもgrumble grumbleしています。
前も書いたと思いますが同日同時刻に同地域でオーストラリアンフットボール(Footie)のグランドファイナルなんですよね。Hawthorn HawksとFreemantle Dockers。
リサイタルよりもそっちのほうが天候の影響は大きいですものね。毎年この春という天気が変わりやすくしかも風とか霰とかぐっちゃぐちゃになりやすい季節にプロテクターなしの男たちがぶつかりあうという。ただでさえ激しいスポーツの熱狂するファイナルなんですが。
話は逸れましたがそんなわけで(人に来てもらえるかどうかも心配ですが)弾いてる間鳥の反応はなかなか望めそうにないです。そこは残念。いると本当に心強いですし、なんとなく自分にとってホームな感覚をつかめると思うので。
それにしてもやっぱりちょっと諸々曲を長いこと弾き過ぎたかなーという感はなくもなく。
ただ「イソヒヨドリ」はほんと難しくて時間がかかりましたし、弾きたくて待ってる時期も長かったので(もっと速く習得できればよかったと思いながらも)長く弾いて全然OKだったな、と。
そして同じく鳥カタから「ダイシャクシギ」は明後日が最後になるのがとにかく寂しいです(他の曲もそうですがこれは特別)。
もちろん一生にこれが最後にはしないですが、ダイシャクシギは弾くとしたらプログラムの最後にしたくなることが多いため使いどころが難しく、色んな性質のプログラムを弾く中でそう頻繁には演奏できない。なので次弾くのは少なくとも数年後になるかな。大好きなんですがこればかりはしょうがない。
今はちょっと(フライングで)考え始めたくも考えないようにしてる、これから弾きたい諸々のこともちゃんと考えれられるようになるのが楽しみ。
欲求の方向性は大体定まってるのでプログラムが固まるのは時間がかからないかな。
そうそう、話はかなり変わりますが以前クロノス・カルテットのコンサートに行ったとき最初に演奏されたBryce Dessnerの「Aheym」という曲がこんどクロノスが出すCD「Aheym」に収録されるそうです。
私はクロノスはほぼ電子媒体で揃えてるのでiTunesでダウンロードの予約注文をしましたが、この「Aheym」はmp3アルバム、CD、さらにLPでもリリースするそうです。
で、その「Aheym」からの「Aheym」のフル試聴がようつべにアップされたのでこちらに動画をリンク。ユダヤの影響が聞き取れる、とにかくかっこいい曲です。
アルバムは11月上旬にリリース、それも楽しみにしています。
あと日本に行く前に何枚かCD買いたい(&日本で拾うように注文したい)のでそれも楽しみ。ちゃんと決めな。
その前にちゃんとがんばってきます、リサイタル。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「鳥のカタログ」より「イソヒヨドリ」
ここ1年この曲にチャレンジできて、ある程度というか結構自分のものにできたことは本当に幸せです。
弾いてて楽しいですし、最初っから迷いなしに崖の和音をぶつけることができるのが今回のリサイタルの第1曲としてふさわしい曲だと思います。
今回のリサイタルのプログラムは海に始まり海に終わり、途中で水を思わせる曲もいくつかありますが本当に青い水を表すのは実はこの曲だけ。他の曲は灰色がかってたりニュアンスが曲によって大分違ってきます。
空の青も海の青も、そしてイソヒヨドリの青も色合いは違えどみなビビッドで爽快な青。
メルボルンに住んでいて少なからず親しみがある色彩です。
やっぱり一番好きなのは(イソヒヨドリの歌声自体もありますが)中間部のガムラン的な舞踏的なダイナミックな部分。
メシアンのリズムと、独特な東洋の影響、そしてハーモニーや鳥の声が凝縮されたあっというまのクライマックスです。
実は家のピアノで弦が切れたのはここら辺なんで最近ちょっと無意識にためらいがあるような気もしてたんですが、本番では臆せずがっつり楽しみたいです。
鳥カタにはこの曲に似た地方を扱ってたり、似たような鳥の種類を扱ってたりする曲がもういくつかあります。そのなかでもこの「イソヒヨドリ」が特別なのがその主役のイソヒヨドリの歌声の扱い方かな。
他の曲もまた似たような地方・景色を描いていても別の鳥やエレメントに焦点をあててたり、それぞれの魅力があって面白いです。
鳥カタとしては中規模のちょっと長めの曲で今後どれだけプログラムに組み込む機会があるか分かりませんが機会があればその青さを生かせるプログラムにしたい。
自分にとって大切なレパートリー、鳥カタコンプリートに向けて&一生大事にしてきたいです。
前回の記事に拍手どうもですー。
前回書き忘れたのですがアルケミーゴシックのHolmes-Baker Patent Kinetic Nargileが金曜日に届きました。写真はこちら。
ネットで一応比較対象がある写真を探したのですが、思ったよりでかかった。参考にした写真でこれをもってる人の手がでかかったのが原因かと(笑)
でも実際着けてみると汎用性が高いというか、ハードなゴシック方向じゃなくても、さらには黒っぽい服じゃなくても使える感じがあります。
そして見てわかると思いますがチェーンが短め。体格的に長さがちょうどよくなります。
これは阿片とかを吸うための装置をモチーフにしていますが、そのため左側の吸い口のとこは引っかけたり外せるようになってます。3色のpewter、胴の透明なガラスの球、そしてゴム製のチューブなど多彩な材質でできてる面白い作品。着けるのが楽しみ。
そして一昨日めでたくポケモンブラック2で四天王+チャンピオンをクリアしました。
殿堂入りメンバーは以下の通り:
シンボラー♀(NN:Quetzal)
ウルガモス♀(NN:Amaterasu)
ペンドラー♂(NN:Byzantium)
ラプラス♀(NN:Nifl)
シュバルゴ♀(NN:Andraste)
ゾロアーク♂
ゾロアークにニックネームがないのはゲーム内イベントでもらったNのポケモン(つまり違う「おや」扱い)なため。タイプの都合上&イカサマ・けたぐりという便利な技を持ってる都合で攻撃には結構活躍したのですがなんせ耐久が心許ないので四天王一人倒すのにかならず倒されてました(汗)申し訳ない。対戦wikiをみてこれは(卵つくって一から育てても)しょうがないものなのか後で調べます。
そして以前悩んでたはがね枠にはシュバルゴが。選択は間違ってませんでした。
チャンピオン・アイリスのラプラスのなみのりを耐えながら(とはいえ特殊耐久はそこまででもない)アイアンヘッドで攻めるのはシュバルゴじゃなくちゃできなかった。
ただ次回作ではがねが悪・霊半減しなくなると聞いてシュバルゴの運用はそんなには変わらないはずですが涙目。これからも耐えて殴っての戦法でがんばってもらいたい。
シンボラーは夢特性なのでやっぱりマジックガード+いのちのたまの安定さはのぞめなかったですね。ひやひやするところもいくつか。ウルガモスもサブウェポンなどで岩技に出会うことが少なくなくてちょっとひやひやしたのですが特殊耐久の高さでサザンドラのなみのりを耐えたりなかなかすごい子。ペンドラーは(ブラックで使った子は速さが一番の自慢だったのですが)防御の堅さが意外と役に立ったり。
そしてラプラスは終始こおり技しか使ってなかった気が(笑)結構やってることが偏ってた印象でした。戦術的にはもっと色んなことが出来る子なんです。
ということで一巡目が終わって色々やることも増えたりなんだりしましたが今作は再戦トレーナーがそこここに居たり、一巡目クリア後に様々なトレーナーと戦えるようになってるので楽しみ。そして新しいトーナメントも。
さらにダイヤ版等以前で捕まえられる重要ポケモンも捕まえられるようになって図鑑完成(に近いなにか)に向けてちょっとモチベーションが上がります。(なんたって伝説のポケモンが向こうから出向いてくれるバージョンですしね)
ただラティアスだけ捕まえられないそうなので慌ててハートゴールドで捕まえてきました。
対戦wikiでラティオス・ラティアスの名前はちょこちょこ出てたのでどんなポケモンか気になります。
先ほどもちょろっと言及しましたが新作(X&Y)の情報もちょこちょこ出てきてますね。
私はYを予約注文して(毒のタツノオトシゴ目当て)、友達で2人フオッコ選びそうな人がいるのでケロマツでスタートしようと思ってるのですがストーリー中で初代御三家も一匹選べる?とのことなのでそちらはフシギダネにしようかな。アチャモが配信であるそうですし。
御三家もなかなか全部揃えるのには一苦労。
そしてある程度揃ったら育成もせねば。いつの話になるかわかりませんが。楽しみなんですがねえ・・・
今日の一曲: セルゲイ・ラフマニノフ 練習曲「音の絵」op.39-7
結局最後まで先生にぴんと来なかったラフマニノフ(先生は本番来れないのです)。
私のせいでなくラフマニノフのせい、と先生はおっしゃるのですが奏者として覆すことができないのはちょっと悔しいというか。
音楽って書き手・弾き手・聴き手それぞれが変数なので弾き手が音楽の評価を左右するのって限られてるのは分かってるんですけどね。それでも悔しさはある。
そもそも自分がこの曲にピンポイントではまったきっかけは覚えてるのですが理由を問われるとちょっと分からない。
ロシア独特の土臭さとか、葬送音楽なところが好きとか、ロシアの教会の鐘が好きだとか、ミクロ規模はあるんですが、全体的にもやっぱり好きなんだよなあ~でもどこがツボってるんだか分からないんだよな~と思いながら演奏することになりそうです。
ラフマニノフにしては珍しく、比較的無駄の多いと思われるとこもあるんですよね。必ずしもラフマニノフの最高作品の範囲には入らない、でもなんか惹かれるものがある。
そういえば数ヶ月前ロシアのオペラ作品をいくつか調べてて、死んで教会に鐘の音とともに迎えられて祝福されたりだったり戦地で死んだ英雄の葬列による凱旋だったり、後から考えてみるとどの作品だか分からなかったり実際そういうシーンやイメージがあったかどうかも曖昧なんですが、そういった断片的なイメージが今の自分にとってのこの曲のイメージを作っています。
そんなわけで必ずしもわかりやすく心に響く曲でもなく、かなり地味で評価が分かれるところはありますがこれからも長く付き合っていきたい曲です。
結構長く聞いてないんで録音もベストなのが分からないのですが良い録音も手に入れたいです。
前回書き忘れたのですがアルケミーゴシックのHolmes-Baker Patent Kinetic Nargileが金曜日に届きました。写真はこちら。
ネットで一応比較対象がある写真を探したのですが、思ったよりでかかった。参考にした写真でこれをもってる人の手がでかかったのが原因かと(笑)
でも実際着けてみると汎用性が高いというか、ハードなゴシック方向じゃなくても、さらには黒っぽい服じゃなくても使える感じがあります。
そして見てわかると思いますがチェーンが短め。体格的に長さがちょうどよくなります。
これは阿片とかを吸うための装置をモチーフにしていますが、そのため左側の吸い口のとこは引っかけたり外せるようになってます。3色のpewter、胴の透明なガラスの球、そしてゴム製のチューブなど多彩な材質でできてる面白い作品。着けるのが楽しみ。
そして一昨日めでたくポケモンブラック2で四天王+チャンピオンをクリアしました。
殿堂入りメンバーは以下の通り:
シンボラー♀(NN:Quetzal)
ウルガモス♀(NN:Amaterasu)
ペンドラー♂(NN:Byzantium)
ラプラス♀(NN:Nifl)
シュバルゴ♀(NN:Andraste)
ゾロアーク♂
ゾロアークにニックネームがないのはゲーム内イベントでもらったNのポケモン(つまり違う「おや」扱い)なため。タイプの都合上&イカサマ・けたぐりという便利な技を持ってる都合で攻撃には結構活躍したのですがなんせ耐久が心許ないので四天王一人倒すのにかならず倒されてました(汗)申し訳ない。対戦wikiをみてこれは(卵つくって一から育てても)しょうがないものなのか後で調べます。
そして以前悩んでたはがね枠にはシュバルゴが。選択は間違ってませんでした。
チャンピオン・アイリスのラプラスのなみのりを耐えながら(とはいえ特殊耐久はそこまででもない)アイアンヘッドで攻めるのはシュバルゴじゃなくちゃできなかった。
ただ次回作ではがねが悪・霊半減しなくなると聞いてシュバルゴの運用はそんなには変わらないはずですが涙目。これからも耐えて殴っての戦法でがんばってもらいたい。
シンボラーは夢特性なのでやっぱりマジックガード+いのちのたまの安定さはのぞめなかったですね。ひやひやするところもいくつか。ウルガモスもサブウェポンなどで岩技に出会うことが少なくなくてちょっとひやひやしたのですが特殊耐久の高さでサザンドラのなみのりを耐えたりなかなかすごい子。ペンドラーは(ブラックで使った子は速さが一番の自慢だったのですが)防御の堅さが意外と役に立ったり。
そしてラプラスは終始こおり技しか使ってなかった気が(笑)結構やってることが偏ってた印象でした。戦術的にはもっと色んなことが出来る子なんです。
ということで一巡目が終わって色々やることも増えたりなんだりしましたが今作は再戦トレーナーがそこここに居たり、一巡目クリア後に様々なトレーナーと戦えるようになってるので楽しみ。そして新しいトーナメントも。
さらにダイヤ版等以前で捕まえられる重要ポケモンも捕まえられるようになって図鑑完成(に近いなにか)に向けてちょっとモチベーションが上がります。(なんたって伝説のポケモンが向こうから出向いてくれるバージョンですしね)
ただラティアスだけ捕まえられないそうなので慌ててハートゴールドで捕まえてきました。
対戦wikiでラティオス・ラティアスの名前はちょこちょこ出てたのでどんなポケモンか気になります。
先ほどもちょろっと言及しましたが新作(X&Y)の情報もちょこちょこ出てきてますね。
私はYを予約注文して(毒のタツノオトシゴ目当て)、友達で2人フオッコ選びそうな人がいるのでケロマツでスタートしようと思ってるのですがストーリー中で初代御三家も一匹選べる?とのことなのでそちらはフシギダネにしようかな。アチャモが配信であるそうですし。
御三家もなかなか全部揃えるのには一苦労。
そしてある程度揃ったら育成もせねば。いつの話になるかわかりませんが。楽しみなんですがねえ・・・
今日の一曲: セルゲイ・ラフマニノフ 練習曲「音の絵」op.39-7
結局最後まで先生にぴんと来なかったラフマニノフ(先生は本番来れないのです)。
私のせいでなくラフマニノフのせい、と先生はおっしゃるのですが奏者として覆すことができないのはちょっと悔しいというか。
音楽って書き手・弾き手・聴き手それぞれが変数なので弾き手が音楽の評価を左右するのって限られてるのは分かってるんですけどね。それでも悔しさはある。
そもそも自分がこの曲にピンポイントではまったきっかけは覚えてるのですが理由を問われるとちょっと分からない。
ロシア独特の土臭さとか、葬送音楽なところが好きとか、ロシアの教会の鐘が好きだとか、ミクロ規模はあるんですが、全体的にもやっぱり好きなんだよなあ~でもどこがツボってるんだか分からないんだよな~と思いながら演奏することになりそうです。
ラフマニノフにしては珍しく、比較的無駄の多いと思われるとこもあるんですよね。必ずしもラフマニノフの最高作品の範囲には入らない、でもなんか惹かれるものがある。
そういえば数ヶ月前ロシアのオペラ作品をいくつか調べてて、死んで教会に鐘の音とともに迎えられて祝福されたりだったり戦地で死んだ英雄の葬列による凱旋だったり、後から考えてみるとどの作品だか分からなかったり実際そういうシーンやイメージがあったかどうかも曖昧なんですが、そういった断片的なイメージが今の自分にとってのこの曲のイメージを作っています。
そんなわけで必ずしもわかりやすく心に響く曲でもなく、かなり地味で評価が分かれるところはありますがこれからも長く付き合っていきたい曲です。
結構長く聞いてないんで録音もベストなのが分からないのですが良い録音も手に入れたいです。
あと1週間です!
<ピアノリサイタル 「Tableaux」>
9月28日 午後2時半開演
Richmond Uniting Church
プログラム:
メシアン 「鳥のカタログ」より第3曲「イソヒヨドリ」
ドビュッシー 「映像」第2集
メシアン 「鳥のカタログ」より第8曲「ヒメコウテンシ」
フォーレ 前奏曲 op.103より第3、8、6、5、7番
ラフマニノフ 練習曲「音の絵」op.39より第4、8、7番
メシアン 「鳥のカタログ」より第13曲「ダイシャクシギ」
昨日は現地リハーサルに行ってきました。
ピアノはあったかい音をしてるのでうちのピアノで懸念があったことも心配ないじゃないか、なんてことも少なくなかったです。
あとは来週もちょっと余韻とか間の取り方とか試すかな。
今日練習しながら色々考えてました。
この曲の連なりが(自分で組み合わせたんですが)ものすごく好きで、このプログラムの演奏を聴く側だったらいいなあ、と思って。
ただその曲の連なりにかける思い入れ(それが演奏に現れるかというとちょっと自信がないのですが)は曲を組み合わせた自分のもので、それを今まで1年色んな体験を糧にして作り上げてきたもので。
同じプログラムを弾いても個々の曲・プログラム全体の解釈とか演奏とかは違ってくるし、だから別のものになるわけです。
もしもこのプログラムを自分よりもっと技巧・表現に優れたピアニストの演奏で、でも自分の経験とか思い入れとかをそのままにした演奏を聴けたらベストだなーと。
演奏する時って音楽を形にする独特の楽しさと気持ちよさはありますけど、同時に音楽を聴くときみたいに完全に力を抜いて全神経で音楽を感じて吸収する楽しさとは両立できないんですよね。
音楽を演奏するのも好きで、それと同じくらい聴くのも好きで。今回のプログラムは(前回よりさらに)弾きたいプログラムであり自分が聴きたいプログラムなのでそれを弾く・聴くどっちの側面からも味わいたいというジレンマ。
結局は自分のプログラム組みの自画自賛によるものなんですけどね(笑)
これくらい自分でも好き!といえるリサイタルプログラムが組めればと思います。
でも今はほんと視野というかアンテナというかがほんと狭まってて。本番に向けて集中力とメンタルを守る反応みたいなものなんでしょうが地味にこたえる(前も書いてますね)。
創作関連はほとんど考えられなくなりましたし、聴く曲の範囲もぐっと狭まっています。
そんな中本番の日に聴く用のプレイリストをちまちま作ってるのですがこの作業も面白い。
リサイタルで弾く曲自体は聴かないのですが(というかもう長いこと聞いてませんね)、それに似た精神・キャラクターを持った曲を(主にクラシック以外で)選んでます。それから聴いてて自分の心が楽になる曲も選んだり。
去年はヴィラ=ロボスのブラジルのバッハ第4番の第2楽章に通じるところのある聖飢魔IIの「Arcadia」が入ってました。
今年はまだ確定してないのですがとりあえずフォーレの前奏曲第7番に絡めてface to aceの「Has Come」が入ってたりします。
このプレイリストはリサイタルが終わったら役目が終わるのですが(でも去年のとっとけばよかったなー)、曲の間に感じるつながりは本番の前に聴くことでその後も続きます。それがまた新しく曲と曲のつながりを生んで、プログラムのアイディアにつながったり。
人の縁と似たように曲と曲の縁も自分の想像力や体験を通してつながり広がるもので、そうやって曲と曲をつなぎ合わせるのが好きです。
演奏する側面だったり聴いて楽しむ側面だったりプログラム組みだったり、もっとちゃんと説明したい話です(別々に)。今はちょっと無理ですが。
そうそう、ここでこんな形で書くのもあれですが、前回選曲・曲順を含むプログラム作りは先生の影響が大きいと書きましたが去年の一時帰国の時に聴きに行ったface to aceのライブのセットリストに感じたものも影響の一つになっています。ジャンルこそ違えど他にもちょこちょこ目立たないところ・説明できないところでお二人には影響を受けている・・・と思っています。
今年も聴きに行くのが本当に楽しみです。聴く方の楽しみを心おきなく。
今日の一曲: ガブリエル・フォーレ 前奏曲 op.103 第5番
今回のリサイタルで初めてピアノでフォーレを弾くわけですが、結局全部で5曲選んだ前奏曲のうちではこの第5番が一番好きな曲だと思います。(ちなみに前奏曲集全体では9曲あります)
やっぱりニ短調とか音階の7つめの音を半音上げない(もうあんまり珍しくはないですけどね)とか自分にツボな要素がちょこちょこあるのもそうですが、全体的な音楽としての存在感が素晴らしい。
嵐のような激しさ、暗さ、そしてメロディーが翔けながら指の下でつむじ風が回る感覚。弾いててとにかく気持ちいい。うまく表現できれば(そして特に近くで聴ければ)聴いてる方も気持ちいい。
でも例えばマーラー1番の第1楽章とかシュトラウスのアルプス交響曲の嵐みたいなでっかいスケールの嵐じゃないんですよね。あくまでも「コップの中の嵐」みたいな感覚。なので↑で書いたように近くで味わうのが本来の姿だと思います。
大規模な嵐も大好きなのですが、手の内に収まるほどのスケールの嵐もまた別の愛しさがあります。
そして何より自分がこの曲を好きになったのが最初の2/3の荒々しい部分と最後の1/3の打って変わった静けさのコントラスト。
実際楽譜を見るとちょうどその変化がページをめくるところになっていて最初「!?」とびっくりしました。ほとんど別の曲ですよ。
静けさ、とは言いましたが静かながらも相変わらずの雲が立ちこめた暗さ、そしてどこか不穏さが続くような空気。それがまた独特で愛しい。
そういえばWikipediaかどっかでこのセクションが同じくフォーレの「レクイエム」の「Libera Me」に似ている、という記述があってなるほど、と思いました。その類似には気づかなかったのですが言われるとなんとなくそうですし、確かに私もフォーレのLibera Meはものすごーく好きです。
録音はいつもので。コラール演奏のボックスセット。
今言及がありましたレクイエムも(去年のABC Classic 100フランス音楽カウントダウンで第3位に輝きました)素晴らしい曲なので是非聴いてみてください。
昨日は現地リハーサルに行ってきました。
ピアノはあったかい音をしてるのでうちのピアノで懸念があったことも心配ないじゃないか、なんてことも少なくなかったです。
あとは来週もちょっと余韻とか間の取り方とか試すかな。
今日練習しながら色々考えてました。
この曲の連なりが(自分で組み合わせたんですが)ものすごく好きで、このプログラムの演奏を聴く側だったらいいなあ、と思って。
ただその曲の連なりにかける思い入れ(それが演奏に現れるかというとちょっと自信がないのですが)は曲を組み合わせた自分のもので、それを今まで1年色んな体験を糧にして作り上げてきたもので。
同じプログラムを弾いても個々の曲・プログラム全体の解釈とか演奏とかは違ってくるし、だから別のものになるわけです。
もしもこのプログラムを自分よりもっと技巧・表現に優れたピアニストの演奏で、でも自分の経験とか思い入れとかをそのままにした演奏を聴けたらベストだなーと。
演奏する時って音楽を形にする独特の楽しさと気持ちよさはありますけど、同時に音楽を聴くときみたいに完全に力を抜いて全神経で音楽を感じて吸収する楽しさとは両立できないんですよね。
音楽を演奏するのも好きで、それと同じくらい聴くのも好きで。今回のプログラムは(前回よりさらに)弾きたいプログラムであり自分が聴きたいプログラムなのでそれを弾く・聴くどっちの側面からも味わいたいというジレンマ。
結局は自分のプログラム組みの自画自賛によるものなんですけどね(笑)
これくらい自分でも好き!といえるリサイタルプログラムが組めればと思います。
でも今はほんと視野というかアンテナというかがほんと狭まってて。本番に向けて集中力とメンタルを守る反応みたいなものなんでしょうが地味にこたえる(前も書いてますね)。
創作関連はほとんど考えられなくなりましたし、聴く曲の範囲もぐっと狭まっています。
そんな中本番の日に聴く用のプレイリストをちまちま作ってるのですがこの作業も面白い。
リサイタルで弾く曲自体は聴かないのですが(というかもう長いこと聞いてませんね)、それに似た精神・キャラクターを持った曲を(主にクラシック以外で)選んでます。それから聴いてて自分の心が楽になる曲も選んだり。
去年はヴィラ=ロボスのブラジルのバッハ第4番の第2楽章に通じるところのある聖飢魔IIの「Arcadia」が入ってました。
今年はまだ確定してないのですがとりあえずフォーレの前奏曲第7番に絡めてface to aceの「Has Come」が入ってたりします。
このプレイリストはリサイタルが終わったら役目が終わるのですが(でも去年のとっとけばよかったなー)、曲の間に感じるつながりは本番の前に聴くことでその後も続きます。それがまた新しく曲と曲のつながりを生んで、プログラムのアイディアにつながったり。
人の縁と似たように曲と曲の縁も自分の想像力や体験を通してつながり広がるもので、そうやって曲と曲をつなぎ合わせるのが好きです。
演奏する側面だったり聴いて楽しむ側面だったりプログラム組みだったり、もっとちゃんと説明したい話です(別々に)。今はちょっと無理ですが。
そうそう、ここでこんな形で書くのもあれですが、前回選曲・曲順を含むプログラム作りは先生の影響が大きいと書きましたが去年の一時帰国の時に聴きに行ったface to aceのライブのセットリストに感じたものも影響の一つになっています。ジャンルこそ違えど他にもちょこちょこ目立たないところ・説明できないところでお二人には影響を受けている・・・と思っています。
今年も聴きに行くのが本当に楽しみです。聴く方の楽しみを心おきなく。
今日の一曲: ガブリエル・フォーレ 前奏曲 op.103 第5番
今回のリサイタルで初めてピアノでフォーレを弾くわけですが、結局全部で5曲選んだ前奏曲のうちではこの第5番が一番好きな曲だと思います。(ちなみに前奏曲集全体では9曲あります)
やっぱりニ短調とか音階の7つめの音を半音上げない(もうあんまり珍しくはないですけどね)とか自分にツボな要素がちょこちょこあるのもそうですが、全体的な音楽としての存在感が素晴らしい。
嵐のような激しさ、暗さ、そしてメロディーが翔けながら指の下でつむじ風が回る感覚。弾いててとにかく気持ちいい。うまく表現できれば(そして特に近くで聴ければ)聴いてる方も気持ちいい。
でも例えばマーラー1番の第1楽章とかシュトラウスのアルプス交響曲の嵐みたいなでっかいスケールの嵐じゃないんですよね。あくまでも「コップの中の嵐」みたいな感覚。なので↑で書いたように近くで味わうのが本来の姿だと思います。
大規模な嵐も大好きなのですが、手の内に収まるほどのスケールの嵐もまた別の愛しさがあります。
そして何より自分がこの曲を好きになったのが最初の2/3の荒々しい部分と最後の1/3の打って変わった静けさのコントラスト。
実際楽譜を見るとちょうどその変化がページをめくるところになっていて最初「!?」とびっくりしました。ほとんど別の曲ですよ。
静けさ、とは言いましたが静かながらも相変わらずの雲が立ちこめた暗さ、そしてどこか不穏さが続くような空気。それがまた独特で愛しい。
そういえばWikipediaかどっかでこのセクションが同じくフォーレの「レクイエム」の「Libera Me」に似ている、という記述があってなるほど、と思いました。その類似には気づかなかったのですが言われるとなんとなくそうですし、確かに私もフォーレのLibera Meはものすごーく好きです。
録音はいつもので。コラール演奏のボックスセット。
今言及がありましたレクイエムも(去年のABC Classic 100フランス音楽カウントダウンで第3位に輝きました)素晴らしい曲なので是非聴いてみてください。
