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前回のエントリーに拍手ありがとうございます!
今日は心身ともにかなり調子が悪いですが一昨日と昨日のコンサートの感想はしっかり書いていきたいと思います。とりあえずまず一昨日のメル響から。
メル響は毎年この季節にMetropolis Festivalといって新しい音楽、それも21世紀の、オーストラリアやメルボルン、たまに世界で初演となるような音楽を演奏したり、今生きて活躍している作曲家をフィーチャーしたりするミニシリーズをやっています。
今年はメル響だけでなくMelbourne Recital Centreと合同で企画してイギリスの作曲家トーマス・アデスを中心に、クラシックとはまた別のジャンルも交えてたくさんのコンサートを展開していたようです。
その中でのこの「Tempest」。プログラムは以下の通りです。
指揮者:トーマス・アデス
ソリスト:Hila Plitmann(ソプラノ)、Penelope Mills(メゾ・ソプラノ)、Toby Spence(テノール)
チャイコフスキー 「The Tempest」
アデス オペラ「The Tempest」一部抜粋
(休憩)
ブリテン 「我らの狩りをする先祖達」
アデス 「Tevot」
・・・ということでシェークスピアの戯曲「The Tempest(テンペスト)」を中心にアデスの音楽、そしてイギリス音楽の先人であるブリテンの音楽を組み合わせたプログラムでした。
テンペストはちょろっと読んだことがあるだけなのですが(学校でやらなかったので)、wikipediaに相関図とあらすじが載っているので後でゆっくり。(英語版の方が詳しいかも)
チャイコフスキーのThe Tempestはざっくり言うと同じチャイコの幻想序曲であるロミジュリと全く同じテンプレートにのっとった曲ですね(汗)展開が似すぎて困るくらい。
でも海や嵐の描写はそれらしいですし(弦楽器の音の多さがすごい!)、あとホルンが結構活躍してました。ちょこちょこかっこいいパッセージが多くて。
アデスのThe Tempestはあくまでもシェークスピアの戯曲を「ベースにした」オペラだそうです。主なテーマを抜き出したり解釈を加えたり現代の言葉にしたりした、という風にプログラムに書いてありました。
最後のファーディナンド(テノール)とミランダ(メゾ・ソプラノ)が愛の力で自由になるシーンの音楽の美しさったら本当に舞台で完全な形として見たいと強く思ったのですが、なにより妖精アリエル(ソプラノ)が凄かった!
もともとアリエルって作中でも性別の解釈が難しいようですが(文にはheとあっても舞台では女性が演じたり)、そんな性別不詳で人間ではない存在であるアリエルをアデスはソプラノのかなり高音域をふんだんに使った、跳躍の激しいパートで表現。
かなり現代音楽的な感じで、叫び声だといえばそれまでなのですが(実際歌詞が英語なのに聞き取れない)、とにかく凄いんですよ。超絶技巧をただ使うのではなく、人間でない、妖精という存在を表現するのにはものすごく効果的だと思いますし、ものすごく納得がいく表現です。
それに実際歌った人がそれを見事に歌い上げましたよ。もう開いた口がふさがらなかったです!なんであんな声が、あんな跳躍ができるんだ!
(ちなみに上記ソプラノの方がこのパートを練習しているところを旦那さんが撮影してアップした動画が見られます。歌のパートだけだとちょっと曲の初印象としては微妙なので必ずしもおすすめしないですが、パートの凄さと彼女の凄さを味わうにはこちら。)
その狂気もすごかったですがブリテンの狂気も凄かったです。「我らの狩りをする先祖」はテノールとオケのための歌曲集(でいいのかな)なのですが、ブリテンの初期の作品にもかかわらずすでに色々確立しててびっくり。
彼の他の作品(特にSinfonia da Requiem)や、親交があったというショスタコとの共通点も見られたり(最終楽章がショスタコの交響曲第14番の最終楽章に似てたり。でもこっちが先なんですよね、時系列的には)。
歌詞は同時代のオーデンという詩人の物だったり、オーデンが現代訳したものだったりがあるのですが唯一Thomas Ravencroftの詩を死の舞踏に仕立てた楽章(Dance of Death (Hawking for the Partridge)) が一番心に刺さりました。
ブリテンもオーデンも反戦的なテーマで作品を書いているのですが(ブリテンに関しては「戦争レクイエム」参照)、特にこの曲での「Rats Away!」では反ユダヤ主義に対して声を上げたりもしていて。
こういうメッセージ性の強い音楽が得意だな、と思うのと同時にブリテンがRats Awayを始め音での風景描写が鮮明ですごいな、と。(戦争レクイエムの手榴弾のくだりとかそうですもんねー)
そして最後にアデスのTevot。去年彼のPolarisを聞いた時にPolaris、以前メル響の演奏で聞いたAsyla、そしてこのTevotが同じようなテーマで書かれた、半分連作みたいな感じになっているという話を読んでからこの曲を聞くのを楽しみにしていました。
TevotはPolarisに似ているところも多かったですが、なんといってもマーラーを感じました。(The Tempestはブリテンの声楽曲やリゲティのLe Grand Macabreを感じましたね)
20分くらいの曲なのですが、オーケストラの響きとか、全体としてのまとまり、流れや壮大さが説明するのは難しいながらもマーラーっぽいところがあり。実際プログラムにマーラーがシベリウスに語った言葉が載っていましたが。
でももしかしたらTevotよりはPolarisの方が聞きやすいかも。Polarisの方が海のイメージとか星空のイメージがつかみやすいか・・・Tevotは途中でものすごく魅力的なリズムに引き込まれたのですが。
録音手に入れてもっと聞きたいですね。
あ、もちろんオケも大活躍でしたよ。バルコニー席でしたがコントラファゴットさんもしっかり聞こえましたし。打楽器、特にマリンバがかっこよかった!縦横無尽の活躍でした。
ということで今回全曲初めて聴く曲で、本当に素晴らしい音楽と出会えてものすごく嬉しかったです。
イギリス音楽好き、20世紀以降音楽好きとしてはたまらなかったですし、狂気の音楽としてもどストライクでした。
かなり刺激が強かったですがこれからもっともっと聞いて親しみたいです。
昨日のコンサートについてはまた明日。
今日の一曲: ベンジャミン・ブリテン 「我らの狩りをする先祖」より「Dance of Death (Hawking for Partridge)」
本当はTevotを紹介したかったのですが文にするのならこっちかな。またTevotは今度ゆっくりいつか。
この曲の歌詞であるHawking for PartridgeというのはThomas Ravencroftという17世紀の詩人の作品で、この曲集のタイトルにあるように「狩り」についての詩です。(英語ですが詩はこちらに)
「我らの狩りをする先祖達」はプロローグとエピローグで「我らの先祖」の事が語られ、そしてその間の3つの楽章が全て「動物」に関する詩となっています・・・・が、それらは「動物」のことでなく、他の事を指しています。
例えば「Rats Away!」(詩:オーデン)は20世紀ヨーロッパに起こった反ユダヤ的な諸々を指していたり。
前述の通りこの「Hawking for Partridge」という詩自体は17世紀に書かれた狩りについての詩なのですが、ブリテンはこの詩を曲にするにあたって、そしてこの曲集に含めるにあたってその詩に新しい意味を持たせています。
例えば詩の中に「German」とか「Jew」という言葉が出てくるのを繰り返したり。
曲をタランテラ=死ぬまで踊り狂う舞踏に仕立てて、死神のバイオリン(とビオラ)を出したり。
こうやってブリテンが曲を仕立てた結果「Murdering kites」まで狩りに使う猛禽類のことではなく戦闘機を連想してしまったりするのが本当に不思議。
そしてタランテラも同じ音型をぐるぐる繰り返すところにつながらない単語の羅列が繰り返されたり、そういうところから生まれる狂気がたまらない!
特に冒頭で歌い手が無伴奏でつぶやくように単語の羅列を「Whurret!」をはさみながら繰り返し、一人で盛り上げていくところは圧巻です。作曲家も歌い手もすごい。
リンクした試聴のところがちょうどタランテラがはっきり現れてる部分なのですが、そういえばイギリスのタランテラって初めてかも。イギリス風だと割とイギリス周りのジーグという踊りに似ていますがね。
そこらへんはまた別のエントリーで。
とにかく死の舞踏、狂気の音楽としてピカ一です。ブリテン好きなのに今まで知らなかったのが悔やまれますが、今回のコンサートで素晴らしい演奏に出会ってよかった。
「我らの狩りをする先祖」はソプラノ版とテノール版がありますがブリテンといえばテノールがやっぱりおすすめかな。ソプラノ版も聞いてみたいです。
今日は心身ともにかなり調子が悪いですが一昨日と昨日のコンサートの感想はしっかり書いていきたいと思います。とりあえずまず一昨日のメル響から。
メル響は毎年この季節にMetropolis Festivalといって新しい音楽、それも21世紀の、オーストラリアやメルボルン、たまに世界で初演となるような音楽を演奏したり、今生きて活躍している作曲家をフィーチャーしたりするミニシリーズをやっています。
今年はメル響だけでなくMelbourne Recital Centreと合同で企画してイギリスの作曲家トーマス・アデスを中心に、クラシックとはまた別のジャンルも交えてたくさんのコンサートを展開していたようです。
その中でのこの「Tempest」。プログラムは以下の通りです。
指揮者:トーマス・アデス
ソリスト:Hila Plitmann(ソプラノ)、Penelope Mills(メゾ・ソプラノ)、Toby Spence(テノール)
チャイコフスキー 「The Tempest」
アデス オペラ「The Tempest」一部抜粋
(休憩)
ブリテン 「我らの狩りをする先祖達」
アデス 「Tevot」
・・・ということでシェークスピアの戯曲「The Tempest(テンペスト)」を中心にアデスの音楽、そしてイギリス音楽の先人であるブリテンの音楽を組み合わせたプログラムでした。
テンペストはちょろっと読んだことがあるだけなのですが(学校でやらなかったので)、wikipediaに相関図とあらすじが載っているので後でゆっくり。(英語版の方が詳しいかも)
チャイコフスキーのThe Tempestはざっくり言うと同じチャイコの幻想序曲であるロミジュリと全く同じテンプレートにのっとった曲ですね(汗)展開が似すぎて困るくらい。
でも海や嵐の描写はそれらしいですし(弦楽器の音の多さがすごい!)、あとホルンが結構活躍してました。ちょこちょこかっこいいパッセージが多くて。
アデスのThe Tempestはあくまでもシェークスピアの戯曲を「ベースにした」オペラだそうです。主なテーマを抜き出したり解釈を加えたり現代の言葉にしたりした、という風にプログラムに書いてありました。
最後のファーディナンド(テノール)とミランダ(メゾ・ソプラノ)が愛の力で自由になるシーンの音楽の美しさったら本当に舞台で完全な形として見たいと強く思ったのですが、なにより妖精アリエル(ソプラノ)が凄かった!
もともとアリエルって作中でも性別の解釈が難しいようですが(文にはheとあっても舞台では女性が演じたり)、そんな性別不詳で人間ではない存在であるアリエルをアデスはソプラノのかなり高音域をふんだんに使った、跳躍の激しいパートで表現。
かなり現代音楽的な感じで、叫び声だといえばそれまでなのですが(実際歌詞が英語なのに聞き取れない)、とにかく凄いんですよ。超絶技巧をただ使うのではなく、人間でない、妖精という存在を表現するのにはものすごく効果的だと思いますし、ものすごく納得がいく表現です。
それに実際歌った人がそれを見事に歌い上げましたよ。もう開いた口がふさがらなかったです!なんであんな声が、あんな跳躍ができるんだ!
(ちなみに上記ソプラノの方がこのパートを練習しているところを旦那さんが撮影してアップした動画が見られます。歌のパートだけだとちょっと曲の初印象としては微妙なので必ずしもおすすめしないですが、パートの凄さと彼女の凄さを味わうにはこちら。)
その狂気もすごかったですがブリテンの狂気も凄かったです。「我らの狩りをする先祖」はテノールとオケのための歌曲集(でいいのかな)なのですが、ブリテンの初期の作品にもかかわらずすでに色々確立しててびっくり。
彼の他の作品(特にSinfonia da Requiem)や、親交があったというショスタコとの共通点も見られたり(最終楽章がショスタコの交響曲第14番の最終楽章に似てたり。でもこっちが先なんですよね、時系列的には)。
歌詞は同時代のオーデンという詩人の物だったり、オーデンが現代訳したものだったりがあるのですが唯一Thomas Ravencroftの詩を死の舞踏に仕立てた楽章(Dance of Death (Hawking for the Partridge)) が一番心に刺さりました。
ブリテンもオーデンも反戦的なテーマで作品を書いているのですが(ブリテンに関しては「戦争レクイエム」参照)、特にこの曲での「Rats Away!」では反ユダヤ主義に対して声を上げたりもしていて。
こういうメッセージ性の強い音楽が得意だな、と思うのと同時にブリテンがRats Awayを始め音での風景描写が鮮明ですごいな、と。(戦争レクイエムの手榴弾のくだりとかそうですもんねー)
そして最後にアデスのTevot。去年彼のPolarisを聞いた時にPolaris、以前メル響の演奏で聞いたAsyla、そしてこのTevotが同じようなテーマで書かれた、半分連作みたいな感じになっているという話を読んでからこの曲を聞くのを楽しみにしていました。
TevotはPolarisに似ているところも多かったですが、なんといってもマーラーを感じました。(The Tempestはブリテンの声楽曲やリゲティのLe Grand Macabreを感じましたね)
20分くらいの曲なのですが、オーケストラの響きとか、全体としてのまとまり、流れや壮大さが説明するのは難しいながらもマーラーっぽいところがあり。実際プログラムにマーラーがシベリウスに語った言葉が載っていましたが。
でももしかしたらTevotよりはPolarisの方が聞きやすいかも。Polarisの方が海のイメージとか星空のイメージがつかみやすいか・・・Tevotは途中でものすごく魅力的なリズムに引き込まれたのですが。
録音手に入れてもっと聞きたいですね。
あ、もちろんオケも大活躍でしたよ。バルコニー席でしたがコントラファゴットさんもしっかり聞こえましたし。打楽器、特にマリンバがかっこよかった!縦横無尽の活躍でした。
ということで今回全曲初めて聴く曲で、本当に素晴らしい音楽と出会えてものすごく嬉しかったです。
イギリス音楽好き、20世紀以降音楽好きとしてはたまらなかったですし、狂気の音楽としてもどストライクでした。
かなり刺激が強かったですがこれからもっともっと聞いて親しみたいです。
昨日のコンサートについてはまた明日。
今日の一曲: ベンジャミン・ブリテン 「我らの狩りをする先祖」より「Dance of Death (Hawking for Partridge)」
本当はTevotを紹介したかったのですが文にするのならこっちかな。またTevotは今度ゆっくりいつか。
この曲の歌詞であるHawking for PartridgeというのはThomas Ravencroftという17世紀の詩人の作品で、この曲集のタイトルにあるように「狩り」についての詩です。(英語ですが詩はこちらに)
「我らの狩りをする先祖達」はプロローグとエピローグで「我らの先祖」の事が語られ、そしてその間の3つの楽章が全て「動物」に関する詩となっています・・・・が、それらは「動物」のことでなく、他の事を指しています。
例えば「Rats Away!」(詩:オーデン)は20世紀ヨーロッパに起こった反ユダヤ的な諸々を指していたり。
前述の通りこの「Hawking for Partridge」という詩自体は17世紀に書かれた狩りについての詩なのですが、ブリテンはこの詩を曲にするにあたって、そしてこの曲集に含めるにあたってその詩に新しい意味を持たせています。
例えば詩の中に「German」とか「Jew」という言葉が出てくるのを繰り返したり。
曲をタランテラ=死ぬまで踊り狂う舞踏に仕立てて、死神のバイオリン(とビオラ)を出したり。
こうやってブリテンが曲を仕立てた結果「Murdering kites」まで狩りに使う猛禽類のことではなく戦闘機を連想してしまったりするのが本当に不思議。
そしてタランテラも同じ音型をぐるぐる繰り返すところにつながらない単語の羅列が繰り返されたり、そういうところから生まれる狂気がたまらない!
特に冒頭で歌い手が無伴奏でつぶやくように単語の羅列を「Whurret!」をはさみながら繰り返し、一人で盛り上げていくところは圧巻です。作曲家も歌い手もすごい。
リンクした試聴のところがちょうどタランテラがはっきり現れてる部分なのですが、そういえばイギリスのタランテラって初めてかも。イギリス風だと割とイギリス周りのジーグという踊りに似ていますがね。
そこらへんはまた別のエントリーで。
とにかく死の舞踏、狂気の音楽としてピカ一です。ブリテン好きなのに今まで知らなかったのが悔やまれますが、今回のコンサートで素晴らしい演奏に出会ってよかった。
「我らの狩りをする先祖」はソプラノ版とテノール版がありますがブリテンといえばテノールがやっぱりおすすめかな。ソプラノ版も聞いてみたいです。
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前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
仕事もゆっくり目のこの頃、ちょこちょこピアノを多めでお送りしております。
明日はピアノのレッスンで。結構自信ないことも多いんですがレッスンでは必ずしもパーフェクトでなくていいですし、今回選んだ曲が一番自分が気づいてないところの指摘が必要なので。開き直っているというかそういうことなのでしょうか。
そして明日、明後日とコンサートを聴きに行くので楽しみです。
明日はメル響によるアデスの音楽を中心にしたコンサート。特に「Tevot」が楽しみ。
明後日は知り合いが作曲して、友達二人が演奏するコンサート。オーストラリアの作曲家の新しい音楽を聴くのはいつでも楽しみです。
さらにコンサートの日は外食ということでどこで食べるかな。
そういえば最近新しくプレリリース13が発表された(限定ですが)ADOMをちょろっと遊んでみましたよ。
NotEyeというシステムの導入でメニューがクリックできるようになったりして、さらにこのシステムをベースにキャラクターなどが(以前は全部文字・記号で表示されていたのが)グラフィックタイルで表示されるようになるそうです。
やっぱり使い心地良いというか見慣れた文字表示に愛着があるのですが、あのゲームにでてくる多々多数のモンスターそれぞれが絵になるのは本当に素晴らしいことで。楽しみです。
(ただし公式ブログによると「女性キャラ・モンスターのグラフィック発注忘れた(汗)」なんていうこともあったようでものすごい大変な作業だということも伝わってきます。その分導入されたら楽しみたい!)
そしてポケモン、ブラックは今のところ順調に進んでいます。
そろそろ来るべき大きな戦いのためにパーティーを調整し始めているところです。
ただこのゲームに限りパーティーがやたらと入れ替わる。
ハートゴールドで常連メンバーとなっているバクフーン・ラプラス・ゴローン・デンリュウ・アリアドス・クロバット(この中から6匹常に持ち歩いている)は序盤からずっと連れているポケモンなのですが、ブラックバージョンはずっと持ち歩いているのは2~3匹で後は必要に応じて捕まえてパーティーに加えたり。
(おそらく直近のジムとかバトルで有利に働くタイプのポケモンが近くで調達できるようになっていたり、繰り返し出会っては戦う「N」というキャラクターの手持ちが毎回変わるというのも影響しているのか・・・)
ブラック版はむし好きには色々わくわくする新ポケモンが登場しますね。
ただいま上記大きな戦いのための調整として育ててるペンドラーさん(むかで)が頼もしくてたまらない。
ハートゴールドでは同じタイプの組み合わせ(むし・どく)のアリアドスを地道に育てているのですが遅さ・打たれ弱さが祟り、今では使う機会も多くなりましたがそれでもジム他重要な局面では逆皆勤賞継続中で・・・(汗)好きだからあきらめきれないのですが。
ペンドラーは防御と素早さが優れているので「あくタイプに強いむし」を目指して育てています。実際の戦いっぷりもそうですが、ペンドラーに進化してから繰り出したときの後ろ姿のでかさ、そして重々しさが素晴らしいです。
あとちょっと前に捕まえたシンボラーさんも気に入ってます。
やっぱりリアルでの鳥好きは未だにポケモンには反映されていないんですかね、鳥らしからぬ鳥を好きになってしまいましたよ(汗)割と無機質なデザインのポケモン結構好きなんです。
なんというかいかにもエスニックといいますか、民族的なデザインで、そのカラフルなのとでかいのと、動くときの視覚的な騒がしさが気に入りました。(後ろ姿もとにかく騒がしいんです(笑い)
エスパー・ひこうという必ずしも弱点タイプが少なくないコンビネーションですが使っておもしろそうなのでちょっと期待。
あとはプラズマ団(本作におけるあくのそしき)を長時間待たせて捕まえたばかりの電気蜘蛛バチュルさんとか、ゲームで冬が終わるまえに捕まえておきたいフリージオさんとか、他にも色々で。
ストーリーはこんなに進んで来てるのにパーティーが定まる気配が全くないんですよね。いろいろ試すのはいいけれど肝心の局面に向けて集中しなくちゃいけないのも確かで・・・上手く行ってるのは今のうちだけ、ってことにならないといいけどなあ。
あくまでもゲームなので楽しんでいきたいです、やっぱり。
今日の一曲: Edward Grigoryan 「Tian Shan」
Which Way Musicのアルバム情報
こないだのコンサートで購入したGrigoryan Brothersの「Distance」に収録されていた曲。
上記の通りGrigoryan Brothersの弟の方、Edwardが作曲した曲です。
彼が演奏するときの音はおおらかで、しゃべりもユーモアがあってという印象だったのですがコンサートで演奏された「Distance」なりこの曲なり作曲した曲を聴いてみると結構頭脳派というか。(もちろん曲にしっかり心はありますが、作り込まれ方がすごいです)
この「Tian Shan」はロンド形式のような、バリエーションのような。
最初はシンプルなメロディーから始まって、曲が幾度もキャラクターを変えてどんどん変化していく様子に引き込まれます。
結構最初の曲調とはかけ離れた複雑なハーモニーの連なりとか、2本のギターの複雑な掛け合いとか、まるで迷路の中を巡っているような感覚になりながら、時々最初のメロディーに戻ってきたり。
ハ長調とかト長調とか、そういうキーの基本的なハーモニーに感じるシンプルさとか安心感って音楽でも大事ですが、こういう半音階的なハーモニーの迷路に迷い込むのも同じくらい大事なんだと思います。
耳が慣れてないとそれが色でたとえるならぐちゃぐちゃのグレーっぽい色に聞こえますが、何度もそういう色彩に触れているうちにそれらの色が別々に、モザイクのように細部がはっきりと見えるようになってくるはずなんです。
なかなかその「慣れ」に適した音楽を選ぶのは難しいのですがこの「Tian Shan」はそういう半音階の色彩に耳を傾けるのには向いてるんじゃないかな、と思います。
それにしてもこの曲も是非生演奏で聞きたいですよ。
特にこの迷路感は実際演奏をその場で聴いていれば臨場感が出る、というかもっと迷路にはまった気分になるというか。その感覚を味わってみたいです。
またGrigoryan Brothersの演奏がメルボルンで聴けるといいな。
試聴が見つからなかったのですがSlavaのmyspaceで2人の演奏色々が試聴できます。
仕事もゆっくり目のこの頃、ちょこちょこピアノを多めでお送りしております。
明日はピアノのレッスンで。結構自信ないことも多いんですがレッスンでは必ずしもパーフェクトでなくていいですし、今回選んだ曲が一番自分が気づいてないところの指摘が必要なので。開き直っているというかそういうことなのでしょうか。
そして明日、明後日とコンサートを聴きに行くので楽しみです。
明日はメル響によるアデスの音楽を中心にしたコンサート。特に「Tevot」が楽しみ。
明後日は知り合いが作曲して、友達二人が演奏するコンサート。オーストラリアの作曲家の新しい音楽を聴くのはいつでも楽しみです。
さらにコンサートの日は外食ということでどこで食べるかな。
そういえば最近新しくプレリリース13が発表された(限定ですが)ADOMをちょろっと遊んでみましたよ。
NotEyeというシステムの導入でメニューがクリックできるようになったりして、さらにこのシステムをベースにキャラクターなどが(以前は全部文字・記号で表示されていたのが)グラフィックタイルで表示されるようになるそうです。
やっぱり使い心地良いというか見慣れた文字表示に愛着があるのですが、あのゲームにでてくる多々多数のモンスターそれぞれが絵になるのは本当に素晴らしいことで。楽しみです。
(ただし公式ブログによると「女性キャラ・モンスターのグラフィック発注忘れた(汗)」なんていうこともあったようでものすごい大変な作業だということも伝わってきます。その分導入されたら楽しみたい!)
そしてポケモン、ブラックは今のところ順調に進んでいます。
そろそろ来るべき大きな戦いのためにパーティーを調整し始めているところです。
ただこのゲームに限りパーティーがやたらと入れ替わる。
ハートゴールドで常連メンバーとなっているバクフーン・ラプラス・ゴローン・デンリュウ・アリアドス・クロバット(この中から6匹常に持ち歩いている)は序盤からずっと連れているポケモンなのですが、ブラックバージョンはずっと持ち歩いているのは2~3匹で後は必要に応じて捕まえてパーティーに加えたり。
(おそらく直近のジムとかバトルで有利に働くタイプのポケモンが近くで調達できるようになっていたり、繰り返し出会っては戦う「N」というキャラクターの手持ちが毎回変わるというのも影響しているのか・・・)
ブラック版はむし好きには色々わくわくする新ポケモンが登場しますね。
ただいま上記大きな戦いのための調整として育ててるペンドラーさん(むかで)が頼もしくてたまらない。
ハートゴールドでは同じタイプの組み合わせ(むし・どく)のアリアドスを地道に育てているのですが遅さ・打たれ弱さが祟り、今では使う機会も多くなりましたがそれでもジム他重要な局面では逆皆勤賞継続中で・・・(汗)好きだからあきらめきれないのですが。
ペンドラーは防御と素早さが優れているので「あくタイプに強いむし」を目指して育てています。実際の戦いっぷりもそうですが、ペンドラーに進化してから繰り出したときの後ろ姿のでかさ、そして重々しさが素晴らしいです。
あとちょっと前に捕まえたシンボラーさんも気に入ってます。
やっぱりリアルでの鳥好きは未だにポケモンには反映されていないんですかね、鳥らしからぬ鳥を好きになってしまいましたよ(汗)割と無機質なデザインのポケモン結構好きなんです。
なんというかいかにもエスニックといいますか、民族的なデザインで、そのカラフルなのとでかいのと、動くときの視覚的な騒がしさが気に入りました。(後ろ姿もとにかく騒がしいんです(笑い)
エスパー・ひこうという必ずしも弱点タイプが少なくないコンビネーションですが使っておもしろそうなのでちょっと期待。
あとはプラズマ団(本作におけるあくのそしき)を長時間待たせて捕まえたばかりの電気蜘蛛バチュルさんとか、ゲームで冬が終わるまえに捕まえておきたいフリージオさんとか、他にも色々で。
ストーリーはこんなに進んで来てるのにパーティーが定まる気配が全くないんですよね。いろいろ試すのはいいけれど肝心の局面に向けて集中しなくちゃいけないのも確かで・・・上手く行ってるのは今のうちだけ、ってことにならないといいけどなあ。
あくまでもゲームなので楽しんでいきたいです、やっぱり。
今日の一曲: Edward Grigoryan 「Tian Shan」
Which Way Musicのアルバム情報
こないだのコンサートで購入したGrigoryan Brothersの「Distance」に収録されていた曲。
上記の通りGrigoryan Brothersの弟の方、Edwardが作曲した曲です。
彼が演奏するときの音はおおらかで、しゃべりもユーモアがあってという印象だったのですがコンサートで演奏された「Distance」なりこの曲なり作曲した曲を聴いてみると結構頭脳派というか。(もちろん曲にしっかり心はありますが、作り込まれ方がすごいです)
この「Tian Shan」はロンド形式のような、バリエーションのような。
最初はシンプルなメロディーから始まって、曲が幾度もキャラクターを変えてどんどん変化していく様子に引き込まれます。
結構最初の曲調とはかけ離れた複雑なハーモニーの連なりとか、2本のギターの複雑な掛け合いとか、まるで迷路の中を巡っているような感覚になりながら、時々最初のメロディーに戻ってきたり。
ハ長調とかト長調とか、そういうキーの基本的なハーモニーに感じるシンプルさとか安心感って音楽でも大事ですが、こういう半音階的なハーモニーの迷路に迷い込むのも同じくらい大事なんだと思います。
耳が慣れてないとそれが色でたとえるならぐちゃぐちゃのグレーっぽい色に聞こえますが、何度もそういう色彩に触れているうちにそれらの色が別々に、モザイクのように細部がはっきりと見えるようになってくるはずなんです。
なかなかその「慣れ」に適した音楽を選ぶのは難しいのですがこの「Tian Shan」はそういう半音階の色彩に耳を傾けるのには向いてるんじゃないかな、と思います。
それにしてもこの曲も是非生演奏で聞きたいですよ。
特にこの迷路感は実際演奏をその場で聴いていれば臨場感が出る、というかもっと迷路にはまった気分になるというか。その感覚を味わってみたいです。
またGrigoryan Brothersの演奏がメルボルンで聴けるといいな。
試聴が見つからなかったのですがSlavaのmyspaceで2人の演奏色々が試聴できます。
前回のエントリーに拍手ありがとうです~
今日のエントリーはだいぶ前書いた「精神的に調子が悪いときのピアノの練習」についてのエントリーの続きのような感じで書きたいことがありまして(ちょこちょこアクセスがあるようで大変ありがたいです。自分でも気に入ってるエントリーです)。前回ほどまとまってはいませんが今日ちょっと思ったことを。
今日はなんだかちょっとぶりに鬱らしい、典型的な鬱の落ち込み方でしたね。
結構ぼーっとなってたので夕方は車があったにも関わらず歩いて買い物に行きました。
こういう状態のときは出かける準備をするのにも買い物をするにももたつくのですが買わなきゃならないもんは買わなきゃならないもので。
こういう心持ちのときは後期ロマン派の暗い曲に心が特別共鳴します。良くも悪くも10代の時のようですね。久しぶりにマーラーの6番の第2楽章を聴いてその感じ方の違いにびっくりしました。
他にもラフマニノフ、ショスタコーヴィチ、リヒャルト・シュトラウス、ブラームスなんかがこういう状態にはうまく響きます。
その共鳴・共感が聞き手にとって良い影響になるか、悪い影響になるかは個人の心の状態、そして自分の心とどれくらい&どう対処できるかによるので、必ずしもこういう音楽を聴くことが良い影響になるとは言い切れませんが。
そしてピアノの練習ももろに精神的不調の影響を受けていますね。
集中力の低下が著しくて、あと自分の音がちゃんと聞こえていない=弾きながらフィードバックが得られなくなるのもかなりこたえます。客観的・批判的・分析的に自分の演奏を聴いて練習することができないのも大きくスローダウンする原因になったり。
今日初めて気づいたのですが鬱方向に調子が悪い時でもピアノを弾くテンポは速くなりがちですね。
不安(演奏時を含む)を感じていたり、軽躁の時にテンポが速くなるのは分かるのですが鬱なら全体的にのろのろするので遅くなるのでは?と思っていたのですがどうもこれは指のコントロールが弱まった結果指が先走りしたりする、ということなのではないかと。厄介。
ただ鬱状態ではのろのろする事が多いのも確かです。
自分の音(間違えた音など)に反応するのも遅れますし、体を動かすのも遅れることが多いです。
自分の音を聞きながら楽譜を見て先を考えて、といつも通りやっているはずなのに弾く・実行する側に遅れがでる。
特に今日だとメシアンの鳥カタの「ヒメコウテンシ」でちょこちょこっと体に瞬発的に力を入れることでアクセントをつけるようなところがあって、そのタイミングが感覚的にものすごく大変だったり。
上手く神経を伝わってないな、という感じなんですよね。
心・体・頭それぞれもうまく働いてないながらそのつながりも故障しているということです。
そんな中で調子が比較的良いときではできない、調子悪い状態でしか見られない弾き方(良い意味で)もあるんですよね。
なかなかそれを説明するのは難しいのですが、そういう状態での考えすぎないこと、体の力が入りすぎないことで出せる音だったり、できる表現もあるのかな、と。
そういう独特の表現(そして感じ方)を精神の調子にかかわらずいつでも出せるようにするのはとても難しいです。音楽に限らず調子が悪い時ならではの大事なことをそれ以外の時に生かすのは本当に難しいことで、シューマンとかマーラーとか著名な作曲家を始め、芸術家達がそれぞれの形でそういうことを生かしてるのはやっぱりすごいなあ・・・と思います。
良いこと悪いこと両方ありますが、練習が思うようにいかない、思うように弾けない、毎日の練習で良くなってるのが感じられない、というのはそれなりにストレスです。
前回の「調子が悪い時の練習」のエントリーでも書きましたが、こういうstuck・スローダウンな時でも自分を責めすぎない、ストレスしすぎない、というのは大切です。
今現在の自分はそういう意味では結構うまくやりすごしているかな。まだリサイタルの具体的な予定も立ててませんし、他の曲に目移りしたりしてませんし、まだ時間はあるということで。
とりあえずは月曜日のレッスンに向けて練習を続けたいと思います。
今日の一曲: ガブリエル・フォーレ 「ドリー」組曲 第3楽章「ドリーの庭」
ちょっと小編成が続くような(汗)これも心の状態の現れでしょうか(聴く分には必ずしもそうでないのですが)。
ちょうどこないだのGrigoryan Brothersのコンサートのことを父と話していて、二人の音の違いを話していたら「Together」「Together Again」でのJohn WilliamsとJulian Breamのデュエットでの音の違いの話になり、結果的に自分はこの2人のギタリストの音をどっかで逆に覚えていたことが判明し。
自分を戒める意味でこのCDから選びました。
父が言ってたのはJohn Williamsの演奏がどっちかというと指の肉々しい丸い音で(セゴヴィアのスタイルを受け継いで、とのことです)、Julian Breamの音はもっと爪が入っている音だそうで。
どんな楽器のアンサンブルでもそうですが、どんなに音が異なっても一緒の音楽を奏でることでまた音の色が変わるのが面白いですね。
複数の人が一緒に楽器を奏でたり、歌ったりするときには音を出すタイミングを合わせるだけじゃなくてお互いの音の質や響きによく耳を傾けて溶け合うようにすることが大事で。
そのアンサンブルでの「聴く」「溶け合わせる」部分がこの「ドリーの庭」の演奏ではよく現れているような気がします。
フォーレの音楽の魅力である暖かく移り変わる色彩を、ギター独特の響きで聴くのはピアノともオケとも違う心地よさがあります。(あとキーが違うのも新鮮味と別の暖かみがあって良いですね)
なので今回は音楽自体だけでなく奏でられている音、指が弦に触れる音だったり曲が始まる前の間などからもっと「奏者」と「奏者同士の掛け合い」を感じて欲しくてこの曲を選びました。このCD「Together」の他の楽曲(ならびに「Together Again」の楽曲)でもそのアンサンブルの駆け引きだったり、演奏における人間の部分が色々感じられると思います。
(リンクして気づいたのですが日本語版はタイトル違うんですね)
あ、でも今気づいたのですがGrigoryan Brothersの「Distance」からもまた一曲紹介したかったんだった。またギターデュオ、そしてまた小編成になってしまう(汗)
今日のエントリーはだいぶ前書いた「精神的に調子が悪いときのピアノの練習」についてのエントリーの続きのような感じで書きたいことがありまして(ちょこちょこアクセスがあるようで大変ありがたいです。自分でも気に入ってるエントリーです)。前回ほどまとまってはいませんが今日ちょっと思ったことを。
今日はなんだかちょっとぶりに鬱らしい、典型的な鬱の落ち込み方でしたね。
結構ぼーっとなってたので夕方は車があったにも関わらず歩いて買い物に行きました。
こういう状態のときは出かける準備をするのにも買い物をするにももたつくのですが買わなきゃならないもんは買わなきゃならないもので。
こういう心持ちのときは後期ロマン派の暗い曲に心が特別共鳴します。良くも悪くも10代の時のようですね。久しぶりにマーラーの6番の第2楽章を聴いてその感じ方の違いにびっくりしました。
他にもラフマニノフ、ショスタコーヴィチ、リヒャルト・シュトラウス、ブラームスなんかがこういう状態にはうまく響きます。
その共鳴・共感が聞き手にとって良い影響になるか、悪い影響になるかは個人の心の状態、そして自分の心とどれくらい&どう対処できるかによるので、必ずしもこういう音楽を聴くことが良い影響になるとは言い切れませんが。
そしてピアノの練習ももろに精神的不調の影響を受けていますね。
集中力の低下が著しくて、あと自分の音がちゃんと聞こえていない=弾きながらフィードバックが得られなくなるのもかなりこたえます。客観的・批判的・分析的に自分の演奏を聴いて練習することができないのも大きくスローダウンする原因になったり。
今日初めて気づいたのですが鬱方向に調子が悪い時でもピアノを弾くテンポは速くなりがちですね。
不安(演奏時を含む)を感じていたり、軽躁の時にテンポが速くなるのは分かるのですが鬱なら全体的にのろのろするので遅くなるのでは?と思っていたのですがどうもこれは指のコントロールが弱まった結果指が先走りしたりする、ということなのではないかと。厄介。
ただ鬱状態ではのろのろする事が多いのも確かです。
自分の音(間違えた音など)に反応するのも遅れますし、体を動かすのも遅れることが多いです。
自分の音を聞きながら楽譜を見て先を考えて、といつも通りやっているはずなのに弾く・実行する側に遅れがでる。
特に今日だとメシアンの鳥カタの「ヒメコウテンシ」でちょこちょこっと体に瞬発的に力を入れることでアクセントをつけるようなところがあって、そのタイミングが感覚的にものすごく大変だったり。
上手く神経を伝わってないな、という感じなんですよね。
心・体・頭それぞれもうまく働いてないながらそのつながりも故障しているということです。
そんな中で調子が比較的良いときではできない、調子悪い状態でしか見られない弾き方(良い意味で)もあるんですよね。
なかなかそれを説明するのは難しいのですが、そういう状態での考えすぎないこと、体の力が入りすぎないことで出せる音だったり、できる表現もあるのかな、と。
そういう独特の表現(そして感じ方)を精神の調子にかかわらずいつでも出せるようにするのはとても難しいです。音楽に限らず調子が悪い時ならではの大事なことをそれ以外の時に生かすのは本当に難しいことで、シューマンとかマーラーとか著名な作曲家を始め、芸術家達がそれぞれの形でそういうことを生かしてるのはやっぱりすごいなあ・・・と思います。
良いこと悪いこと両方ありますが、練習が思うようにいかない、思うように弾けない、毎日の練習で良くなってるのが感じられない、というのはそれなりにストレスです。
前回の「調子が悪い時の練習」のエントリーでも書きましたが、こういうstuck・スローダウンな時でも自分を責めすぎない、ストレスしすぎない、というのは大切です。
今現在の自分はそういう意味では結構うまくやりすごしているかな。まだリサイタルの具体的な予定も立ててませんし、他の曲に目移りしたりしてませんし、まだ時間はあるということで。
とりあえずは月曜日のレッスンに向けて練習を続けたいと思います。
今日の一曲: ガブリエル・フォーレ 「ドリー」組曲 第3楽章「ドリーの庭」
ちょっと小編成が続くような(汗)これも心の状態の現れでしょうか(聴く分には必ずしもそうでないのですが)。
ちょうどこないだのGrigoryan Brothersのコンサートのことを父と話していて、二人の音の違いを話していたら「Together」「Together Again」でのJohn WilliamsとJulian Breamのデュエットでの音の違いの話になり、結果的に自分はこの2人のギタリストの音をどっかで逆に覚えていたことが判明し。
自分を戒める意味でこのCDから選びました。
父が言ってたのはJohn Williamsの演奏がどっちかというと指の肉々しい丸い音で(セゴヴィアのスタイルを受け継いで、とのことです)、Julian Breamの音はもっと爪が入っている音だそうで。
どんな楽器のアンサンブルでもそうですが、どんなに音が異なっても一緒の音楽を奏でることでまた音の色が変わるのが面白いですね。
複数の人が一緒に楽器を奏でたり、歌ったりするときには音を出すタイミングを合わせるだけじゃなくてお互いの音の質や響きによく耳を傾けて溶け合うようにすることが大事で。
そのアンサンブルでの「聴く」「溶け合わせる」部分がこの「ドリーの庭」の演奏ではよく現れているような気がします。
フォーレの音楽の魅力である暖かく移り変わる色彩を、ギター独特の響きで聴くのはピアノともオケとも違う心地よさがあります。(あとキーが違うのも新鮮味と別の暖かみがあって良いですね)
なので今回は音楽自体だけでなく奏でられている音、指が弦に触れる音だったり曲が始まる前の間などからもっと「奏者」と「奏者同士の掛け合い」を感じて欲しくてこの曲を選びました。このCD「Together」の他の楽曲(ならびに「Together Again」の楽曲)でもそのアンサンブルの駆け引きだったり、演奏における人間の部分が色々感じられると思います。
(リンクして気づいたのですが日本語版はタイトル違うんですね)
あ、でも今気づいたのですがGrigoryan Brothersの「Distance」からもまた一曲紹介したかったんだった。またギターデュオ、そしてまた小編成になってしまう(汗)
前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
ポケモンブラックはちょっとすすんで大都会ヒウンシティに。次のジムはむしタイプ専門なのに最近手に入れたポケモンがくさタイプ(むしに弱い)ばっかりで頭を抱えているところです(結局は最初選んだツタージャで進めてるんですが)。面白い子たちぞろいなのに勿体ない。
それでなくてもタイプ的に今ちょっと不利なような感がひしひし。
秋も中盤になりましたがなかなか調子が落ち着きませんね。
そんなにものすごく沈んでるとか焦燥感がひどいとかそういうことはないんですが色んな方向で微妙に調子悪いですね。気分が若干沈んでるときもあれば不安に襲われることもあり、なんだか全体的に動きや思考が不器用な時もあり。
生活に支障がでるような不調ではないですが心持ちにはある程度影響を感じます。
仕事は今実質お休み(=来ていない)なのですが、来てたとしてもよっぽど不調でなければ仕事は普通にできる・・・はず。それは恵まれていると思います。
それに比べるとピアノは精神状態の影響を受けやすいですが、不調でも進歩を感じられなくとも自信が無くてもとりあえずピアノはやる、調子が悪いときの練習の善し悪しには寛大に、と決めているので続いています。(あと基本的に2日続けて休まない、というのも守っているので)
ペースは遅いながらもなんとか進んでいるかな・・・
仕事がない分書き物に時間を費やしたいなあ、と思うものの気持ちが沈んでるときはなかなか。
なのでどちらかというと書き物のための調べ物をすることが多いですね。ちょこちょこ、というよりも一つトピックを決めてがーっと。普段からchrome+firefoxの2ブラウザ体制ですが最近創作関係の調べ物をしているときは各ブラウザ15タブとか珍しくないです。
ちょうど調子が悪いときというのは思考が狭まる、というか広げられなくなることが多いのでとりあえず一つのことに絞ってみてぼーっと色んな文(主にwikipedia)を読んだり写真を見たり。
こないだはグーグル画像検索でイスラム建築や美術にある幾何学模様を延々とみていたり、あと世界の色んな都市の、町の中心にある広場を見てみたり。
調子が良いときほど吸収も生かせるのももできないですが見てるだけでも面白いです。
あと自覚は薄いんですがどうも新しい景色が見たいのかな、と。
たまには外にでなきゃと思いながらあんまり外に出れず尼いるのは気が進まないのもありますが行きたいところが思いつかないのもあり。
こないだもシティに出たときはどうもマンネリ感があったような気が(そのあとSt. Kildaビーチに行ったのは新鮮でしたが)。
どうも愚痴とそうでないボーダーをふらふらしているので今日はここら辺で。
そして2回連続で不本意ながらも今日の一曲お休みです。iTunesのライブラリ整頓もせにゃ。
ポケモンブラックはちょっとすすんで大都会ヒウンシティに。次のジムはむしタイプ専門なのに最近手に入れたポケモンがくさタイプ(むしに弱い)ばっかりで頭を抱えているところです(結局は最初選んだツタージャで進めてるんですが)。面白い子たちぞろいなのに勿体ない。
それでなくてもタイプ的に今ちょっと不利なような感がひしひし。
秋も中盤になりましたがなかなか調子が落ち着きませんね。
そんなにものすごく沈んでるとか焦燥感がひどいとかそういうことはないんですが色んな方向で微妙に調子悪いですね。気分が若干沈んでるときもあれば不安に襲われることもあり、なんだか全体的に動きや思考が不器用な時もあり。
生活に支障がでるような不調ではないですが心持ちにはある程度影響を感じます。
仕事は今実質お休み(=来ていない)なのですが、来てたとしてもよっぽど不調でなければ仕事は普通にできる・・・はず。それは恵まれていると思います。
それに比べるとピアノは精神状態の影響を受けやすいですが、不調でも進歩を感じられなくとも自信が無くてもとりあえずピアノはやる、調子が悪いときの練習の善し悪しには寛大に、と決めているので続いています。(あと基本的に2日続けて休まない、というのも守っているので)
ペースは遅いながらもなんとか進んでいるかな・・・
仕事がない分書き物に時間を費やしたいなあ、と思うものの気持ちが沈んでるときはなかなか。
なのでどちらかというと書き物のための調べ物をすることが多いですね。ちょこちょこ、というよりも一つトピックを決めてがーっと。普段からchrome+firefoxの2ブラウザ体制ですが最近創作関係の調べ物をしているときは各ブラウザ15タブとか珍しくないです。
ちょうど調子が悪いときというのは思考が狭まる、というか広げられなくなることが多いのでとりあえず一つのことに絞ってみてぼーっと色んな文(主にwikipedia)を読んだり写真を見たり。
こないだはグーグル画像検索でイスラム建築や美術にある幾何学模様を延々とみていたり、あと世界の色んな都市の、町の中心にある広場を見てみたり。
調子が良いときほど吸収も生かせるのももできないですが見てるだけでも面白いです。
あと自覚は薄いんですがどうも新しい景色が見たいのかな、と。
たまには外にでなきゃと思いながらあんまり外に出れず尼いるのは気が進まないのもありますが行きたいところが思いつかないのもあり。
こないだもシティに出たときはどうもマンネリ感があったような気が(そのあとSt. Kildaビーチに行ったのは新鮮でしたが)。
どうも愚痴とそうでないボーダーをふらふらしているので今日はここら辺で。
そして2回連続で不本意ながらも今日の一曲お休みです。iTunesのライブラリ整頓もせにゃ。
引き続きゆるい毎日を過ごしています。
最近仕事がなくてすることと言えばピアノはもちろんですが創作の調べ物片手に3DSでポケモンなど。
(Age of Wondersが進んでないんですよー・・・ながら遊びには向いてないですしなかなかシナリオ3の難しさにかなわなくて。)
そういえばポケモンはちょっと前に3DSの「ポケモン図鑑3D pro」をダウンロード購入しました。
今までゲームで出てるポケモン649種類の姿(複数の姿があるものはそれらも含めて)、各種データが収録されていて、姿は3Dで見られるようになっています(方向も変えられるので変なアングルから見てみたりとかもします)。
そしてポケモンに関する各種クイズ(二択・四択)もいっぱい収録されています。あと10つもないんですが難問揃いでクリアできずにいます。
そしてハートゴールドはカントー地方へ。初代よりも金銀時代よりもものすごく町が生き生きしていてなんだか嬉しいです。進行順序にある程度自由があるのとジムリーダーのレベルがちょっと高いので道路のトレーナーと次々と戦っていって、それからジムにいくつか挑戦して。
やっぱりポケモンシリーズのキャラや町・場所それぞれに魅力があるのはホントいいですね。愛着が湧きます。
さらにダイヤモンド版ではギラティナを捕まえて色々だいたいやることは終わったかな、ということでこないだ購入したブラック版を始めました!
グラフィックスが進化してたり新ポケモンが出てるのはもちろんですがゲームシステムのちょこっとした変更なども良い感じで。
何よりアララギ博士の冒頭の過保護感半端ない(笑)これまでのゲームでは複数のキャラクターがポケモンの捕まえ方とか施設の説明とかを分担してたのを一人でやってくれたからそう感じるのかな。
あと2人のライバル的キャラ、ベル(英語版ではビアンカ、「白」という意味は同じ)とチェレンの存在も面白い。割と対照的な2人の間に主人公がいて、この幼なじみ3人組がどうやってストーリー開始以前暮らしていたかも想像がつくようで。
金銀のようにライバルが見ず知らずの少年で接触は少ない中で敵対関係がひしひし感じられるのも面白いけどこういう関係性も良いですね。なんか楽しいです。
それから最初のジムの有利不利が最初に選んだポケモンで左右されないシステムは面白いですね。(3人ジムリーダーがいてこちらが選んだポケモンに応じて3人のうちの1人と戦うシステム)
ほのお、みずなどのタイプの有利不利はポケモンでは影響が大きいのでこの最初のジムにまつわる諸々でしっかり教え込む形になってるのは面白いなーと。
これまでのゲームと同じく最初に選べるポケモンはほのお・みず・くさタイプ。(タイプ的には三すくみになっている)このうちいくつかは進化してタイプが追加されるはず。私はくさポケモン・ツタージャを選びました。ジャ=蛇ですよ。今は二足歩行ですがこれからにょろーと長くなるんですよー(笑)
そして最初の3ばんどうろまでに出てくるポケモンのタイプもこれまでとだいぶ感じが違いますね。ノーマルポケモンが多くて覚えてるわざもノーマルは多いですがこれまでだと序盤では手に入らなかったエスパーとかあくポケモンもすでに捕まえてますし。攻略サイトとか見てもこれからどうパーティーを組むのか見当もつきません。
(攻略サイトとか説明・紹介とか見てもほんとブラックバージョンは期待できますねー。ストーリー性とかキャラクターとか、読んでてわくわくしますもん)
あとは最初の町に行っていきなり「あくのそしき」と出くわし、すでにバトルになるのもびっくり。プラズマ団というのですが割とこれが奥が深そうで面白い。あとしたっぱの服装のださいこと全シリーズ一ではないかと(笑)
金銀(およびリメイク)ではジョウト地方を回って四天王→カントー地方を回る、みたいな流れだったのですがどうやら色々見てみるとこのブラック版では舞台であるイッシュ地方をぐるっと2周するようですね。ちょうどマップがぐるっと円を描いていて。(まだ円に入ってないのに方向感覚怪しいのですが)
あと他の地方にはない「橋」がいくつかありますね(ジョウト地方はとにかく「塔」が多かったですが)。
そして残念ながら一番会いたいポケモンは四天王クリア後の2周目までおあずけということだそうです。待ち遠しい。
ということでこの新しい冒険にわくわくしております。楽しいです。色んなポケモンに出会いたいですし(特にむし、ゴースト)、色んな場所や色んなキャラに出会いたい。
なのでちょっくら今日も遊んできます。
そしてもちろん音楽話も忘れちゃいません。最近(というか元から???)検索ワードにビオラ関連が多くてちと地味にびっくりしているところです。ビオラの話ではないのですが一応考えてることはありますのでまたまとまったら。
今日の一曲はお休みです。
最近仕事がなくてすることと言えばピアノはもちろんですが創作の調べ物片手に3DSでポケモンなど。
(Age of Wondersが進んでないんですよー・・・ながら遊びには向いてないですしなかなかシナリオ3の難しさにかなわなくて。)
そういえばポケモンはちょっと前に3DSの「ポケモン図鑑3D pro」をダウンロード購入しました。
今までゲームで出てるポケモン649種類の姿(複数の姿があるものはそれらも含めて)、各種データが収録されていて、姿は3Dで見られるようになっています(方向も変えられるので変なアングルから見てみたりとかもします)。
そしてポケモンに関する各種クイズ(二択・四択)もいっぱい収録されています。あと10つもないんですが難問揃いでクリアできずにいます。
そしてハートゴールドはカントー地方へ。初代よりも金銀時代よりもものすごく町が生き生きしていてなんだか嬉しいです。進行順序にある程度自由があるのとジムリーダーのレベルがちょっと高いので道路のトレーナーと次々と戦っていって、それからジムにいくつか挑戦して。
やっぱりポケモンシリーズのキャラや町・場所それぞれに魅力があるのはホントいいですね。愛着が湧きます。
さらにダイヤモンド版ではギラティナを捕まえて色々だいたいやることは終わったかな、ということでこないだ購入したブラック版を始めました!
グラフィックスが進化してたり新ポケモンが出てるのはもちろんですがゲームシステムのちょこっとした変更なども良い感じで。
何よりアララギ博士の冒頭の過保護感半端ない(笑)これまでのゲームでは複数のキャラクターがポケモンの捕まえ方とか施設の説明とかを分担してたのを一人でやってくれたからそう感じるのかな。
あと2人のライバル的キャラ、ベル(英語版ではビアンカ、「白」という意味は同じ)とチェレンの存在も面白い。割と対照的な2人の間に主人公がいて、この幼なじみ3人組がどうやってストーリー開始以前暮らしていたかも想像がつくようで。
金銀のようにライバルが見ず知らずの少年で接触は少ない中で敵対関係がひしひし感じられるのも面白いけどこういう関係性も良いですね。なんか楽しいです。
それから最初のジムの有利不利が最初に選んだポケモンで左右されないシステムは面白いですね。(3人ジムリーダーがいてこちらが選んだポケモンに応じて3人のうちの1人と戦うシステム)
ほのお、みずなどのタイプの有利不利はポケモンでは影響が大きいのでこの最初のジムにまつわる諸々でしっかり教え込む形になってるのは面白いなーと。
これまでのゲームと同じく最初に選べるポケモンはほのお・みず・くさタイプ。(タイプ的には三すくみになっている)このうちいくつかは進化してタイプが追加されるはず。私はくさポケモン・ツタージャを選びました。ジャ=蛇ですよ。今は二足歩行ですがこれからにょろーと長くなるんですよー(笑)
そして最初の3ばんどうろまでに出てくるポケモンのタイプもこれまでとだいぶ感じが違いますね。ノーマルポケモンが多くて覚えてるわざもノーマルは多いですがこれまでだと序盤では手に入らなかったエスパーとかあくポケモンもすでに捕まえてますし。攻略サイトとか見てもこれからどうパーティーを組むのか見当もつきません。
(攻略サイトとか説明・紹介とか見てもほんとブラックバージョンは期待できますねー。ストーリー性とかキャラクターとか、読んでてわくわくしますもん)
あとは最初の町に行っていきなり「あくのそしき」と出くわし、すでにバトルになるのもびっくり。プラズマ団というのですが割とこれが奥が深そうで面白い。あとしたっぱの服装のださいこと全シリーズ一ではないかと(笑)
金銀(およびリメイク)ではジョウト地方を回って四天王→カントー地方を回る、みたいな流れだったのですがどうやら色々見てみるとこのブラック版では舞台であるイッシュ地方をぐるっと2周するようですね。ちょうどマップがぐるっと円を描いていて。(まだ円に入ってないのに方向感覚怪しいのですが)
あと他の地方にはない「橋」がいくつかありますね(ジョウト地方はとにかく「塔」が多かったですが)。
そして残念ながら一番会いたいポケモンは四天王クリア後の2周目までおあずけということだそうです。待ち遠しい。
ということでこの新しい冒険にわくわくしております。楽しいです。色んなポケモンに出会いたいですし(特にむし、ゴースト)、色んな場所や色んなキャラに出会いたい。
なのでちょっくら今日も遊んできます。
そしてもちろん音楽話も忘れちゃいません。最近(というか元から???)検索ワードにビオラ関連が多くてちと地味にびっくりしているところです。ビオラの話ではないのですが一応考えてることはありますのでまたまとまったら。
今日の一曲はお休みです。
