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前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
今日は夏もおそらく終わりの日、ということでface to aceの「ヒグラシ」を忘れずに聞きました。
そして仕事朝の部ではクロノス・カルテットの録音をiTunes Storeで購入するべく試聴してました。
おそらく「Nuevo」(こないだ聞いた12/12が入ってる)、「Night Prayers」、それからピアソラと共演のミニアルバム・・・かな。グレツキの四重奏曲もほしいんだけど。どれもちょっと前のCDで、クラシックよりはそれ以外のジャンルが多いかな。
いろんなアーティストといろんなジャンルで共演するんでどこから攻めればいいか分からないんですよ。以前一部購入したThelonius MonkのカバーCDもそのうち。
そんな中いいなあ、と思ったのがクロノスが演奏するフィリップ・グラスというアメリカのミニマルミュージックの作曲家による四重奏曲集。(ミニマルミュージック=音楽のいろんなエレメントをそぎ落とした音楽スタイルで、繰り返しやペンタトニック=不協和音が少ないのが特徴)
クロノスの表現の正確さは繰り返されるパッセージで良く現れるとこないだから思ってるのですが、そのパッセージを繰り返すときも寸分違わず同じく弾く正確さ、そしてその正確で完全に同じ繰り返しが生み出す、単調でなく作曲家が意図した不思議な効果はグラスの音楽で特に映えるような気がします。
前も書いたと思うのですが大学の教育は20世紀以降の音楽に対して興味を持たせるようなものではなくて。そんななかちょろっと授業でいわゆるミニマル・ミュージックについてはちょこちょこっと習った中でちょこちょこっと良い曲に出会ったり。
ヨーロッパ方面はペルトが玄関口となり全体的に印象がよかったり(課題でミニマル・ミュージックを作曲したときは私はヨーロッパスタイルで書きました)。
アメリカ方面ではFitkinのピアノ曲「Cone Gatherers」が受けが良くて、それ以外はあんまりだったり。
それが卒業後数年かけてミニマル・ミュージックのレパートリーの知識も広がってきました。
自分の興味もそうなんですがコンサートで聞く機会も多くなってきましたよ。
特に印象に残ってるのがジョン・アダムスの2台のピアノのための作品「Hallelujah Junction」ですね。今アメリカのミニマルミュージックに興味がわいてきてるのもこの曲を聴いたのが大きい。
ヨーロッパのミニマルミュージックにバロック以前の宗教音楽みたいなフレーバーがあってメロディックなのに比べて、アメリカのミニマルミュージックはコンピュータ的というか、それから曲の題材も政治・歴史がらみが少なくなくてどっちかというと急進派という、そういうところがちょっと取っつきにくいのかなあ・・・
そんな中今日色々試聴してみたフィリップ・グラスの音楽は割とポップミュージックとかテクノに通じるところがあって割と聞きやすいなじゃないかな、という印象でした。
試聴してたのはこのCDなのですが、オペラからシンセサイザー(だよね)やらいろんな作品が入ってて面白いです(ただしちょーっと高いんだよなあ)。
ただグラスの作品はどうも当たり外れがあるような感じもしますね。ミニマルミュージックの特徴がうまく生きる曲もあれば平凡に聞こえてしまう曲もあり。
グラスでちょっと前から気になってるのがABCの20世紀音楽カウントダウンでランクインしたオペラ「アクエンアテン」。ツタンカーメンの父ちゃんのことはメルボルンにツタンカーメン展が来たときにちょろっと知りましたが、どんなオペラなんだろうなあ。
ラジオでカウントダウンの時に聞いたのと今日試聴したのではいい感じの音楽なんですが。
ちょこちょこ選んで購入してみるかなー・・・
アメリカのミニマルミュージック、といえば今年は8月末にジョン・アダムスがメル響で自分の作品を指揮しにくるのでそれまでにアダムスの作品をもうちょっと知っておきたいなあ、と思います。前述Hallelujah Junction(まだ録音持ってない)の他だとオペラ「Nixon in China」とか攻めてみたい。
先ほどアメリカのミニマルミュージックには政治・歴史がらみの題材が多いと書きましたが、具体的な例をよくよく考えてみると面白いですね。
ぱっと思い浮かぶだけでアダムスの「Nixon in China」、Reichの「9/11 WTC」や「Different Trains」、グラスの「Satyagraha」(今日ちょっと聞いた)とか。
題材を直接的に表現してるのが特徴っぽいですね。結構実際の人間の声や言葉を使ったり(9/11 WTCとか)、ミニマルミュージックでも歴史・政治的出来事を刻み込むリアリズムがある、みたいな。
まだまだ自分にとっては新しいエリアですが(そしてピアノのレパートリーがそんなには大きくないエリアですが)ちょっとずつ新しい音楽に出会いたいです。
とりあえずこの後クロノス・カルテットの選んだ録音をダウンロードしなければ。
今日の一曲: トマス・タリス「Spem in Alium」(クロノス・カルテット演奏)
クロノス・カルテットといえば現代音楽が中心ですが、以前から書いているように広いジャンルの演奏を手がけています。この「Spem in Alium(我、汝の他に望みなし)という曲はイギリスの古音楽(16世紀)の合唱作品で、なんと40声のために書かれているそうです。楽器を買わなくても歌は歌える、とはいえ少なくとも40人集めて一人一人違うパートを歌わせる、というのは作曲当時の音楽・宗教的背景でどれくらい実現可能だったんだろう。(修道院・・・か?答えは。)
そんな合唱曲を弦楽器で弾いたのがこのクロノス・カルテットのバージョン。
ビブラートをかけない、真ん中で膨張するスタイルは古楽器のようなのですが、その透明度とか正確さはとっても現代的。それが不思議な違和感と調和のバランスを作りだしてて面白い。
なんだかとっても・・・クロノスだなあ、と。
この曲はクロノス・カルテットがクラムの「Black Angels」を弾いているCDに入ってるのですが(Black Angelsはクロノス結成のきっかけとなった曲です)、曲の取り合わせが面白いですね。
Black Angelsと、これと、ショスタコの四重奏曲第8番と、Martaの「Doom - A Sigh」とアイヴスの「They are there!」。全部が全部戦争関連ではないのですが、20世紀の歴史を切り取ったようなフレーバーはある・・・ような。言葉で表せないけどつながりはある。
(こういうプログラム組みできたら面白いだろうなー)
この曲だけじゃなくこのCD全体を通じてクロノス・カルテットの表現が分かるようになってますし、それから電気増幅だったり40部合唱を再現してみたり、と弦楽四重奏というアンサンブルの枠をぐんと広げる演奏が聴けるようになっています。
クラムとショスタコは特におすすめですよー。
今日は夏もおそらく終わりの日、ということでface to aceの「ヒグラシ」を忘れずに聞きました。
そして仕事朝の部ではクロノス・カルテットの録音をiTunes Storeで購入するべく試聴してました。
おそらく「Nuevo」(こないだ聞いた12/12が入ってる)、「Night Prayers」、それからピアソラと共演のミニアルバム・・・かな。グレツキの四重奏曲もほしいんだけど。どれもちょっと前のCDで、クラシックよりはそれ以外のジャンルが多いかな。
いろんなアーティストといろんなジャンルで共演するんでどこから攻めればいいか分からないんですよ。以前一部購入したThelonius MonkのカバーCDもそのうち。
そんな中いいなあ、と思ったのがクロノスが演奏するフィリップ・グラスというアメリカのミニマルミュージックの作曲家による四重奏曲集。(ミニマルミュージック=音楽のいろんなエレメントをそぎ落とした音楽スタイルで、繰り返しやペンタトニック=不協和音が少ないのが特徴)
クロノスの表現の正確さは繰り返されるパッセージで良く現れるとこないだから思ってるのですが、そのパッセージを繰り返すときも寸分違わず同じく弾く正確さ、そしてその正確で完全に同じ繰り返しが生み出す、単調でなく作曲家が意図した不思議な効果はグラスの音楽で特に映えるような気がします。
前も書いたと思うのですが大学の教育は20世紀以降の音楽に対して興味を持たせるようなものではなくて。そんななかちょろっと授業でいわゆるミニマル・ミュージックについてはちょこちょこっと習った中でちょこちょこっと良い曲に出会ったり。
ヨーロッパ方面はペルトが玄関口となり全体的に印象がよかったり(課題でミニマル・ミュージックを作曲したときは私はヨーロッパスタイルで書きました)。
アメリカ方面ではFitkinのピアノ曲「Cone Gatherers」が受けが良くて、それ以外はあんまりだったり。
それが卒業後数年かけてミニマル・ミュージックのレパートリーの知識も広がってきました。
自分の興味もそうなんですがコンサートで聞く機会も多くなってきましたよ。
特に印象に残ってるのがジョン・アダムスの2台のピアノのための作品「Hallelujah Junction」ですね。今アメリカのミニマルミュージックに興味がわいてきてるのもこの曲を聴いたのが大きい。
ヨーロッパのミニマルミュージックにバロック以前の宗教音楽みたいなフレーバーがあってメロディックなのに比べて、アメリカのミニマルミュージックはコンピュータ的というか、それから曲の題材も政治・歴史がらみが少なくなくてどっちかというと急進派という、そういうところがちょっと取っつきにくいのかなあ・・・
そんな中今日色々試聴してみたフィリップ・グラスの音楽は割とポップミュージックとかテクノに通じるところがあって割と聞きやすいなじゃないかな、という印象でした。
試聴してたのはこのCDなのですが、オペラからシンセサイザー(だよね)やらいろんな作品が入ってて面白いです(ただしちょーっと高いんだよなあ)。
ただグラスの作品はどうも当たり外れがあるような感じもしますね。ミニマルミュージックの特徴がうまく生きる曲もあれば平凡に聞こえてしまう曲もあり。
グラスでちょっと前から気になってるのがABCの20世紀音楽カウントダウンでランクインしたオペラ「アクエンアテン」。ツタンカーメンの父ちゃんのことはメルボルンにツタンカーメン展が来たときにちょろっと知りましたが、どんなオペラなんだろうなあ。
ラジオでカウントダウンの時に聞いたのと今日試聴したのではいい感じの音楽なんですが。
ちょこちょこ選んで購入してみるかなー・・・
アメリカのミニマルミュージック、といえば今年は8月末にジョン・アダムスがメル響で自分の作品を指揮しにくるのでそれまでにアダムスの作品をもうちょっと知っておきたいなあ、と思います。前述Hallelujah Junction(まだ録音持ってない)の他だとオペラ「Nixon in China」とか攻めてみたい。
先ほどアメリカのミニマルミュージックには政治・歴史がらみの題材が多いと書きましたが、具体的な例をよくよく考えてみると面白いですね。
ぱっと思い浮かぶだけでアダムスの「Nixon in China」、Reichの「9/11 WTC」や「Different Trains」、グラスの「Satyagraha」(今日ちょっと聞いた)とか。
題材を直接的に表現してるのが特徴っぽいですね。結構実際の人間の声や言葉を使ったり(9/11 WTCとか)、ミニマルミュージックでも歴史・政治的出来事を刻み込むリアリズムがある、みたいな。
まだまだ自分にとっては新しいエリアですが(そしてピアノのレパートリーがそんなには大きくないエリアですが)ちょっとずつ新しい音楽に出会いたいです。
とりあえずこの後クロノス・カルテットの選んだ録音をダウンロードしなければ。
今日の一曲: トマス・タリス「Spem in Alium」(クロノス・カルテット演奏)
クロノス・カルテットといえば現代音楽が中心ですが、以前から書いているように広いジャンルの演奏を手がけています。この「Spem in Alium(我、汝の他に望みなし)という曲はイギリスの古音楽(16世紀)の合唱作品で、なんと40声のために書かれているそうです。楽器を買わなくても歌は歌える、とはいえ少なくとも40人集めて一人一人違うパートを歌わせる、というのは作曲当時の音楽・宗教的背景でどれくらい実現可能だったんだろう。(修道院・・・か?答えは。)
そんな合唱曲を弦楽器で弾いたのがこのクロノス・カルテットのバージョン。
ビブラートをかけない、真ん中で膨張するスタイルは古楽器のようなのですが、その透明度とか正確さはとっても現代的。それが不思議な違和感と調和のバランスを作りだしてて面白い。
なんだかとっても・・・クロノスだなあ、と。
この曲はクロノス・カルテットがクラムの「Black Angels」を弾いているCDに入ってるのですが(Black Angelsはクロノス結成のきっかけとなった曲です)、曲の取り合わせが面白いですね。
Black Angelsと、これと、ショスタコの四重奏曲第8番と、Martaの「Doom - A Sigh」とアイヴスの「They are there!」。全部が全部戦争関連ではないのですが、20世紀の歴史を切り取ったようなフレーバーはある・・・ような。言葉で表せないけどつながりはある。
(こういうプログラム組みできたら面白いだろうなー)
この曲だけじゃなくこのCD全体を通じてクロノス・カルテットの表現が分かるようになってますし、それから電気増幅だったり40部合唱を再現してみたり、と弦楽四重奏というアンサンブルの枠をぐんと広げる演奏が聴けるようになっています。
クラムとショスタコは特におすすめですよー。
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前回のエントリーに拍手ありがとうございます。
3月も中旬に入ったというのに35度超えとか暑い日が続きます。これはさすがに残暑ですね。
でもそれもどうやら今週いっぱいなのでなんだかちょと残念です。
仕事のペースもちょっとは落とせるので買い物に歩いたりして夏の最後を楽しみたいです。
それにしても1月みたいに熱くなったり涼しくなったりではなく連続で暑い日が続くと家の中に熱が籠もりますね。食べ物の保存にも気を遣いますし体力の消耗・脱水対策もいつも以上に。
やっぱり粉末スポーツドリンクは欠かせません。
そんな暑い中今日はシティで3DS XL (LL)とポケモンソウルシルバー、ポケモンブラックを買ってきました。3Dディスプレイだ!(ただしポケモンは普通)あとスクリーンが(借りたDSiと比べて)だいぶ大きいのが見やすい。
新しいソフトはまだプレイしていません。借り物のハートゴールドとダイヤモンドをもうちょっと色々プレイしておかなければ。(ダイヤモンドと同世代は買ってないので特にダイヤモンド)
なんといってもブラックverが自分にとっては初めてなので楽しみです。面白そうなむしポケモンに早く出会いたい!借り物のソフトも合わせてゲームを進めることだけじゃなくて「ポケモンを捕まえる」ことに結構モチベーションがあります。ゲームを進めてから、ですが。
こんだけ暑いと街でもどこでも男性で短パン一丁(+なんらかのサンダルか靴)で歩いてたり走ってたりする人とかちょこちょこ居ますね。
でもなんか・・・正解な気もします(笑)正直ブラジャーとかしんどいですし。ただ露出が多いほど日焼け止めを塗らなくちゃいけない面積も増えてちょっと面倒。
(なので暑いときでもレギンスとか太ももあたりが出ない服をなるべく選ぶことが多いです)
シティを歩いているといろんな服装の人が居ます。半裸の男性、しっかり頭まで覆ったアラビア系またはインド系の女性、ゴシックとかEmoの真っ黒な服の人、などなど。
冬でも半袖の人とか結構居ますしね。あとまれにコスプレしてる人も(前セーラー戦士数人見ました)
今日はでもシティでちょっと珍しいものを見ました。日本人の高校生と思われる数人。学校の制服と思われる服を着てたのですが、それが長袖のシャツにニットのチョッキ、膝下のソックスに学校靴という格好で・・・36度でっせ!?こんな暑いのにあんな服装で大丈夫だったのかしら。
(そういう風に決まってるんですかね。せめてニットは・・・ちなみにうちの学校のオケでイギリスに演奏旅行に行ったときはフリースのベストが制服で他は普段は私服でした。夏でもイギリスは涼しいのでフリースが驚くほどありがたかった)
メルボルンはとにかく季候が不安定、常に異常季候みたいなところがあるので旅行となると服は何を持ってっていいか大変ですね。
特に春夏は一日一日の気温差が予想を大きく超えることもあるので、薄い服の重ね着でいろんな気温に対応できるようにして、念のためにニットとかショールとかそういうものも持っておくと良いです。
とにかく暑いときは本当に暑いので、半袖以下も用意して損はない。
日本だと外出するときは薄着でも服と下着の間にキャミソール1枚着といたほうがいいかな、という気持ちになるのですがオーストラリアだとブラジャーが透けようが別にいいや、という気持ちになります(笑)
メルボルンの夏はものすごく乾燥してるんで外だと汗がかくそばから蒸発していきますしね。
薄着して風通しを良くしたほうがよいと思います。
さて、明日からまた仕事です。
ピアノももうちょっと暗譜を進めなくては。
そしてiTunesのライブラリの整頓はいつ終わる!?(アルバムA-Z順で今プーランク手前!)
今日の一曲: クロード・ドビュッシー 前奏曲集第1巻 第7番「西風の見たもの」
最近の暑さに何かが足りないな、と思ったら「風」ですね。
クールチェンジや嵐になるあのあたりの空気をざーっと変えていく風が来ない。
それを思ってこの曲を選んでみました。
ドビュッシーは最近は前奏曲を弾きたいとはあんまり思わないのですが(でも大学時代に第1巻の5~10番は弾いています)、この曲は気に入っているうちの一つ。これか、沈める寺か。
でもこの曲結構難しいんですよね。技巧的に。速くてスパンが広くて伝統的なハーも二ーではないアルペジオがたくさんあったり、パワーが必要だったり。全体的に雑になりがちだったり、あと全部が全部うるさくならないようにメリハリをつける必要があったり(強弱だったり、際立たせる部分だったり)。
この曲に限らず同じドビュッシーの「海」の第3楽章だったり、ショパンの練習曲「冬の風」だったり、はたまた今弾いてるフォーレの前奏曲第5番だったり、マーラーの5番の第2楽章だったり、吹き荒れる風・嵐を表すときって本当に表現に気をつけなきゃいけない。
パワーも大事だけど、しっかりコントロールしてからパワーを注入して増幅させないとちりぢりばらばらになってしまう。
音楽においてカオスはものすごく緻密なコントロールの上に存在しているものだな、と「嵐」を描く曲には改めて考えさせられますし、何より弾き手としてものすごく試されている気がします。
もっともっと荒れ狂う、激しい表現をするための正確さを本当に突き詰めていくのが今自分には必要で。それがもうちょっとでもできるようになったらまたこの曲を弾きたいですね。
なかなかこういう荒々しい曲ってドビュッシーは書いてくれなくて、独特の表現がものすごく爽快な曲なので。他の前奏曲と共に、そしてもう一歩進んで「海」も合わせて聞いてみてください。
普段ならミケランジェリの録音をリンクするところですが、録音の質などを考えてこの曲には新しい録音をリンクしてみました。リゲティ、メシアンなどの演奏がものすごく精密で美しいエマールの演奏です。
3月も中旬に入ったというのに35度超えとか暑い日が続きます。これはさすがに残暑ですね。
でもそれもどうやら今週いっぱいなのでなんだかちょと残念です。
仕事のペースもちょっとは落とせるので買い物に歩いたりして夏の最後を楽しみたいです。
それにしても1月みたいに熱くなったり涼しくなったりではなく連続で暑い日が続くと家の中に熱が籠もりますね。食べ物の保存にも気を遣いますし体力の消耗・脱水対策もいつも以上に。
やっぱり粉末スポーツドリンクは欠かせません。
そんな暑い中今日はシティで3DS XL (LL)とポケモンソウルシルバー、ポケモンブラックを買ってきました。3Dディスプレイだ!(ただしポケモンは普通)あとスクリーンが(借りたDSiと比べて)だいぶ大きいのが見やすい。
新しいソフトはまだプレイしていません。借り物のハートゴールドとダイヤモンドをもうちょっと色々プレイしておかなければ。(ダイヤモンドと同世代は買ってないので特にダイヤモンド)
なんといってもブラックverが自分にとっては初めてなので楽しみです。面白そうなむしポケモンに早く出会いたい!借り物のソフトも合わせてゲームを進めることだけじゃなくて「ポケモンを捕まえる」ことに結構モチベーションがあります。ゲームを進めてから、ですが。
こんだけ暑いと街でもどこでも男性で短パン一丁(+なんらかのサンダルか靴)で歩いてたり走ってたりする人とかちょこちょこ居ますね。
でもなんか・・・正解な気もします(笑)正直ブラジャーとかしんどいですし。ただ露出が多いほど日焼け止めを塗らなくちゃいけない面積も増えてちょっと面倒。
(なので暑いときでもレギンスとか太ももあたりが出ない服をなるべく選ぶことが多いです)
シティを歩いているといろんな服装の人が居ます。半裸の男性、しっかり頭まで覆ったアラビア系またはインド系の女性、ゴシックとかEmoの真っ黒な服の人、などなど。
冬でも半袖の人とか結構居ますしね。あとまれにコスプレしてる人も(前セーラー戦士数人見ました)
今日はでもシティでちょっと珍しいものを見ました。日本人の高校生と思われる数人。学校の制服と思われる服を着てたのですが、それが長袖のシャツにニットのチョッキ、膝下のソックスに学校靴という格好で・・・36度でっせ!?こんな暑いのにあんな服装で大丈夫だったのかしら。
(そういう風に決まってるんですかね。せめてニットは・・・ちなみにうちの学校のオケでイギリスに演奏旅行に行ったときはフリースのベストが制服で他は普段は私服でした。夏でもイギリスは涼しいのでフリースが驚くほどありがたかった)
メルボルンはとにかく季候が不安定、常に異常季候みたいなところがあるので旅行となると服は何を持ってっていいか大変ですね。
特に春夏は一日一日の気温差が予想を大きく超えることもあるので、薄い服の重ね着でいろんな気温に対応できるようにして、念のためにニットとかショールとかそういうものも持っておくと良いです。
とにかく暑いときは本当に暑いので、半袖以下も用意して損はない。
日本だと外出するときは薄着でも服と下着の間にキャミソール1枚着といたほうがいいかな、という気持ちになるのですがオーストラリアだとブラジャーが透けようが別にいいや、という気持ちになります(笑)
メルボルンの夏はものすごく乾燥してるんで外だと汗がかくそばから蒸発していきますしね。
薄着して風通しを良くしたほうがよいと思います。
さて、明日からまた仕事です。
ピアノももうちょっと暗譜を進めなくては。
そしてiTunesのライブラリの整頓はいつ終わる!?(アルバムA-Z順で今プーランク手前!)
今日の一曲: クロード・ドビュッシー 前奏曲集第1巻 第7番「西風の見たもの」
最近の暑さに何かが足りないな、と思ったら「風」ですね。
クールチェンジや嵐になるあのあたりの空気をざーっと変えていく風が来ない。
それを思ってこの曲を選んでみました。
ドビュッシーは最近は前奏曲を弾きたいとはあんまり思わないのですが(でも大学時代に第1巻の5~10番は弾いています)、この曲は気に入っているうちの一つ。これか、沈める寺か。
でもこの曲結構難しいんですよね。技巧的に。速くてスパンが広くて伝統的なハーも二ーではないアルペジオがたくさんあったり、パワーが必要だったり。全体的に雑になりがちだったり、あと全部が全部うるさくならないようにメリハリをつける必要があったり(強弱だったり、際立たせる部分だったり)。
この曲に限らず同じドビュッシーの「海」の第3楽章だったり、ショパンの練習曲「冬の風」だったり、はたまた今弾いてるフォーレの前奏曲第5番だったり、マーラーの5番の第2楽章だったり、吹き荒れる風・嵐を表すときって本当に表現に気をつけなきゃいけない。
パワーも大事だけど、しっかりコントロールしてからパワーを注入して増幅させないとちりぢりばらばらになってしまう。
音楽においてカオスはものすごく緻密なコントロールの上に存在しているものだな、と「嵐」を描く曲には改めて考えさせられますし、何より弾き手としてものすごく試されている気がします。
もっともっと荒れ狂う、激しい表現をするための正確さを本当に突き詰めていくのが今自分には必要で。それがもうちょっとでもできるようになったらまたこの曲を弾きたいですね。
なかなかこういう荒々しい曲ってドビュッシーは書いてくれなくて、独特の表現がものすごく爽快な曲なので。他の前奏曲と共に、そしてもう一歩進んで「海」も合わせて聞いてみてください。
普段ならミケランジェリの録音をリンクするところですが、録音の質などを考えてこの曲には新しい録音をリンクしてみました。リゲティ、メシアンなどの演奏がものすごく精密で美しいエマールの演奏です。
前回の記事に拍手どうもですー。
仕事の依頼は来ていますがなんとか明日明後日と休めそうです。
明後日は外に出る!ゲーム&コンソールを買いに行く!と決めています。楽しみ。
コンソールは3DS、ゲームはポケモンのソウルシルバーとブラックです。X&Yが出るときには配布イベントとかに間に合うといいな、と思うのですがさて。(ブラック・ホワイト2もありますからねー)
今回のメインはでもAge of Wonders: Shadow Magicのこと。
こないだはキャンペーンゲームのKe-nanルートの冒頭を紹介しましたがそのシナリオをクリアしてからはもう一つのルート、Juliaルートをプレイしていました。
Juliaはエルフの女王で、シリーズ第1作の主人公。異母兄でダークエルフになったMeandorとの戦いから色々経てその名もいろんな種族に知れ渡っている様子。
今作は舞台となる世界にShadow Demonsという得体の知れない悪魔的な生き物が出てくることからごたごたが始まります。それをなんとかしようと人間の社会の中で権力を握ったのが司祭Phobius。彼は魔法の力こそがこのShadow Demonsを呼び寄せる要員であり、魔法を使うものはShadow Demonsと手を結んでいると説き、さらに自分はこの悪魔をなんとかするためだけに魔法を使う、と宣言。彼の言い分を人間達は信じて魔法とそれにつながるものを疎み、憎むようになります。
Juliaルートの冒頭もそんな状況から始まります。上述のようなことがあり、エルフはみんな森に籠もって隠れてしまったわけで、それをPhobiusが「魔法を使うエルフはShadow Demonsの手先だ」とかいってVorsarというwizard・将軍に森を捜索させて焼き討ちさせた、それを助けてやらないと、という流れ。
Juliaルートはところどころで会う敵の性質が関係してちょくちょく破壊された町が出てくるんですよね。Pioneerというユニットを作って連れてくると再建できるので、ターン数は若干食いますが収入増のためにも拠点増のためにも押さえておくのが好ましい。
今攻略しようとしているのが2番目のシナリオ。Orcがこちらに敵意をもってうろちょろしてる中を、ドワーフのFangirというwizardを見つけるのがJuliaの仕事。なんでもFangirはPhobiusと同じく魔法がShadow Demonsを呼び寄せていると考えて自身の魔力を地下(ドワーフのメインフィールドは地下)の部屋に封印してしまったとのことで。なのでここではドワーフと手を組んで、Orcの動きを牽制しながら、半ばFangirの手足になる形で地下を探検しながらShadow Demonsの住むShadow World(前回Shadowlandと書きましたがこっちが正しい)にある奴らの拠点を攻略する・・・という流れになっています。
Shadow Worldについたのは良いんですがなかなかその本拠が攻略できない。Wizardは居ないのですがしっかり防御システムがそろってるし、WizardよりやっかいなShadow Demonsの高位ユニットHarvesterとLordが手強すぎて。
エルフはどんなファンタジーゲームでもそんなにタフじゃなく作ってあるのですが、個別シナリオでFrostlingsとかHalflingsとかをプレイしてるとElf, Dark Elfはそんなに脆くもなく感じます。ただこのシナリオでOrcとぶつかった時の相手の戦闘に特化したようなタフさには参りました。同じユニット数の部隊がぶつかったらほぼ間違いなく負けますからね。
Shadow Demonsは、というとそこらのフィールドでぶつかるにはほぼ問題ないのに、HarvesterやLord、Spiritが入ってくるとほとんど勝てなくなる。(つまりはプレイヤーがShadow Demonsだった場合最初は結構ちまちまがんばって戦闘工夫しなくちゃいけないけどお金を貯めて町を大きくして高位ユニットを呼び出せば手堅い、ということですね)
Lordの単純な強さはもちろん、Harvesterがこちらのユニットを丸呑みにする光景はやっぱ怖いです。
エルフの中位ユニットDruidの「Entangle」という相手をがんじがらめにして動けなくする能力が重宝しますね、これらのユニットには。(あと同じ能力で飛行ユニットを地上に持ってくることもできる)ただDruidをどう温存するか、という・・・あんまりタフなユニットではないのです。
で、Shadow Demonsの本拠を前に完全に足踏み状態で。一回で攻略できると思ったらだめなのか、それとも2回攻めてもだめなのか。割とこの「あと一歩のところで何ターンもたいしたことができないまま」という状態が(せっかちなので)嫌いなんです。幸いなのは相手が町を守るユニットをその間に増やしてこないこと。金銭的な問題か別の理由か。
さらにどっかのMagic Vault(魔法を封印してる箱で、開けると箱を守ってるモンスターとバトルになり、勝つと一つ魔法が貰える)でGolden Dragonを召還する魔法を貰ったんですが、何ターンにもわたってマナを消費するのがしんどくて召還してません(ただし次のシナリオにキャリーオーバーされるはず、魔法は)。
あと自分のテリトリーがぐんぐん成長してるときに町をものすごくアップグレードして、最高位ユニットFairy Dragonを作れるようにしたのですが、まだこちらも実際の召喚には至っていない。どんな使い心地なんだろうな。ターン費やしてShadow Worldに送りこむのがいいかな。
・・・と書き殴ってしまいましたが。
Ke-nanルート第1シナリオのときよりはゲームシステムもうまく活用できるようになってきたし、マップの探検のしかたも様になってきたような気がするのですがまだまだ街攻略の戦略が。
そしてキャンペーンゲームで他の諸々の種族(たくさんあります)を操る日はくるのか。もっといろんな種族で遊びたい。
次回作は立体的インターフェイスで、戦略システムもこれ以下ではないと思うので。もうちょっとうまくなっておきたいです。
今日の一曲はおやすみ。さっきまで飲んでいたワイン(バロッサバレーのPeter LehmannのMoscato。去年の。甘かったです)がちょっと回ってきたので。
仕事の依頼は来ていますがなんとか明日明後日と休めそうです。
明後日は外に出る!ゲーム&コンソールを買いに行く!と決めています。楽しみ。
コンソールは3DS、ゲームはポケモンのソウルシルバーとブラックです。X&Yが出るときには配布イベントとかに間に合うといいな、と思うのですがさて。(ブラック・ホワイト2もありますからねー)
今回のメインはでもAge of Wonders: Shadow Magicのこと。
こないだはキャンペーンゲームのKe-nanルートの冒頭を紹介しましたがそのシナリオをクリアしてからはもう一つのルート、Juliaルートをプレイしていました。
Juliaはエルフの女王で、シリーズ第1作の主人公。異母兄でダークエルフになったMeandorとの戦いから色々経てその名もいろんな種族に知れ渡っている様子。
今作は舞台となる世界にShadow Demonsという得体の知れない悪魔的な生き物が出てくることからごたごたが始まります。それをなんとかしようと人間の社会の中で権力を握ったのが司祭Phobius。彼は魔法の力こそがこのShadow Demonsを呼び寄せる要員であり、魔法を使うものはShadow Demonsと手を結んでいると説き、さらに自分はこの悪魔をなんとかするためだけに魔法を使う、と宣言。彼の言い分を人間達は信じて魔法とそれにつながるものを疎み、憎むようになります。
Juliaルートの冒頭もそんな状況から始まります。上述のようなことがあり、エルフはみんな森に籠もって隠れてしまったわけで、それをPhobiusが「魔法を使うエルフはShadow Demonsの手先だ」とかいってVorsarというwizard・将軍に森を捜索させて焼き討ちさせた、それを助けてやらないと、という流れ。
Juliaルートはところどころで会う敵の性質が関係してちょくちょく破壊された町が出てくるんですよね。Pioneerというユニットを作って連れてくると再建できるので、ターン数は若干食いますが収入増のためにも拠点増のためにも押さえておくのが好ましい。
今攻略しようとしているのが2番目のシナリオ。Orcがこちらに敵意をもってうろちょろしてる中を、ドワーフのFangirというwizardを見つけるのがJuliaの仕事。なんでもFangirはPhobiusと同じく魔法がShadow Demonsを呼び寄せていると考えて自身の魔力を地下(ドワーフのメインフィールドは地下)の部屋に封印してしまったとのことで。なのでここではドワーフと手を組んで、Orcの動きを牽制しながら、半ばFangirの手足になる形で地下を探検しながらShadow Demonsの住むShadow World(前回Shadowlandと書きましたがこっちが正しい)にある奴らの拠点を攻略する・・・という流れになっています。
Shadow Worldについたのは良いんですがなかなかその本拠が攻略できない。Wizardは居ないのですがしっかり防御システムがそろってるし、WizardよりやっかいなShadow Demonsの高位ユニットHarvesterとLordが手強すぎて。
エルフはどんなファンタジーゲームでもそんなにタフじゃなく作ってあるのですが、個別シナリオでFrostlingsとかHalflingsとかをプレイしてるとElf, Dark Elfはそんなに脆くもなく感じます。ただこのシナリオでOrcとぶつかった時の相手の戦闘に特化したようなタフさには参りました。同じユニット数の部隊がぶつかったらほぼ間違いなく負けますからね。
Shadow Demonsは、というとそこらのフィールドでぶつかるにはほぼ問題ないのに、HarvesterやLord、Spiritが入ってくるとほとんど勝てなくなる。(つまりはプレイヤーがShadow Demonsだった場合最初は結構ちまちまがんばって戦闘工夫しなくちゃいけないけどお金を貯めて町を大きくして高位ユニットを呼び出せば手堅い、ということですね)
Lordの単純な強さはもちろん、Harvesterがこちらのユニットを丸呑みにする光景はやっぱ怖いです。
エルフの中位ユニットDruidの「Entangle」という相手をがんじがらめにして動けなくする能力が重宝しますね、これらのユニットには。(あと同じ能力で飛行ユニットを地上に持ってくることもできる)ただDruidをどう温存するか、という・・・あんまりタフなユニットではないのです。
で、Shadow Demonsの本拠を前に完全に足踏み状態で。一回で攻略できると思ったらだめなのか、それとも2回攻めてもだめなのか。割とこの「あと一歩のところで何ターンもたいしたことができないまま」という状態が(せっかちなので)嫌いなんです。幸いなのは相手が町を守るユニットをその間に増やしてこないこと。金銭的な問題か別の理由か。
さらにどっかのMagic Vault(魔法を封印してる箱で、開けると箱を守ってるモンスターとバトルになり、勝つと一つ魔法が貰える)でGolden Dragonを召還する魔法を貰ったんですが、何ターンにもわたってマナを消費するのがしんどくて召還してません(ただし次のシナリオにキャリーオーバーされるはず、魔法は)。
あと自分のテリトリーがぐんぐん成長してるときに町をものすごくアップグレードして、最高位ユニットFairy Dragonを作れるようにしたのですが、まだこちらも実際の召喚には至っていない。どんな使い心地なんだろうな。ターン費やしてShadow Worldに送りこむのがいいかな。
・・・と書き殴ってしまいましたが。
Ke-nanルート第1シナリオのときよりはゲームシステムもうまく活用できるようになってきたし、マップの探検のしかたも様になってきたような気がするのですがまだまだ街攻略の戦略が。
そしてキャンペーンゲームで他の諸々の種族(たくさんあります)を操る日はくるのか。もっといろんな種族で遊びたい。
次回作は立体的インターフェイスで、戦略システムもこれ以下ではないと思うので。もうちょっとうまくなっておきたいです。
今日の一曲はおやすみ。さっきまで飲んでいたワイン(バロッサバレーのPeter LehmannのMoscato。去年の。甘かったです)がちょっと回ってきたので。
前回のエントリーに拍手どうもです~
3月になってから暑い日が続いて夕方も暖かい中Melbourne Recital Centreにコンサートを聴きに行ってきました。
聴きに行ったのがクロノス・カルテットというアンサンブルで。アメリカをベースとしている弦楽四重奏で、ジョージ・クラムの「Black Angels」を聴いたことがきっかけで結成された、現代音楽を中心に幅広いジャンルの音楽を演奏するグループです。
今回のコンサートも現代音楽から民族音楽から映画音楽、ロックまで様々な音楽が集まったプログラムで、電気で増幅した弦楽四重奏に加えて録音を流しながら弾いたり、照明、音響などを駆使したパフォーマンス。
プログラムは先ほどのリンク先に任せちゃいましたが、ほとんど知らない曲です。2曲のアンコールも合わせて知ってる曲ワーグナーだけですからね。全部の曲がメルボルン初演かオーストラリア初演、そしてすべての曲がクロノスのために作曲or編曲されています。それもすごいですよね。
(そういえばプログラムには作曲家・作品のことだけでなく編曲者の紹介にもかなり力が入っていました)
クロノス・カルテットのことは弦楽四重奏のレパートリーについての本でクラムのBlack Angelsと共に知って、大学1年くらい?まだ現代音楽にはまってない時に来豪したのを聴きに行って。その時はペンデレツキの四重奏曲を聴いたのが記憶に残ってます。
その前回聴いた演奏はHamer Hallという大きなホールだったのですが、今回はMelbourne Recital Centreの大きいホール、Elisabeth Murdoch Hallというもちょっと観客とステージが近い場所で、ちょろっと曲の紹介なんかも入ったりして奏者が近く感じたコンサートでしたね。
演奏はとにかくすごかった。独特の解釈、表現の幅や精密さ、パワーや繊細さ、アンサンブルのチームワーク・・・なんと行っても様々な国(民族音楽だとポーランド、ベトナム、アンコールのスウェーデンとか)の様々なスタイルの音楽に新しいエネルギーと新しい命を吹き込むのがすごい。弦楽四重奏だけどそれ以上、音楽だけどそれ以上のものがあるんですよね。
今回たくさん新しい曲と出会いましたが特に好きだったのが最初の「Aheym」、次の「Eremikophobia」、それからチェロのソロがどストライクだった「Sim Sholom」、そしてアンコール前のCafe Tacuba「12/12」、アンコール1曲目のスウェーデン民謡かな。
Eremikophobiaは新しくてまだ録音がないのが悔やまれる。(他の曲はいくつかYoutubeでも見つかりましたしiTunes storeでクロノスの録音色々ありますのでできるだけ入手したいです。さすがに一回聴いただけでは勿体ないしまだ色々把握できてないところががが)
「12/12」はメキシコのCafe Tacubaというメキシコのロックバンド(エスニックフレーバーが結構入ってるみたいです)の曲なのですが、クロノスのバージョンだけでなくCafe Tacubaの楽曲も気になります。
そういえばリンク先のプログラムとは曲順がちょっと違ってて、実際のプログラムを見たときに「Sim Shalom」がポーランドのユダヤ文化の歌のような祈りの曲なのに続いてワーグナーという曲順にものすごく驚いたのですが(ワーグナーとユダヤ民族との関連はここでは省略。きっと前書いてる)、第1バイオリンのおじさんが曲間MCで「今気づいたんだけど(こういう2曲が並ぶのは)世界初じゃないかな」と。確かに意識的にはなかなか・・・だよなあ。不思議な巡り合わせ。
それからチェロ奏者の方(今後のスケジュールを調べてたら5月でこの方は交代するとのことでした)の持ってるチェロがうちのチェロにそっくりでしたよ。胴が細めなところとか、色とか、あとD弦のかすれ具合とかC弦の深みとか。びっくり。
演奏のかっこよさももちろんなのですが(毎曲終わりに「かっこいい・・・」と口から出るほどです)、今回クロノス・カルテットの演奏を聴いて彼らの作る音楽が自分が今理想としている音楽作りにものすごく近いんじゃないかな、と思いました。
クラムを始め現代音楽、民族音楽周りとかの好きなジャンルを専門としているということだけじゃなくて、現代音楽を軸として新しい音楽にもオープンで、ゆるぎない独特の解釈と表現で演奏して、しかもクラシック(現代音楽)での技巧や表現をひとつも妥協することなく他のジャンルでも生かして、ジャンル関係なく音楽作りができたらな-・・・と。
前回彼らの演奏を聴いたときから自分も音楽家のはしくれとしてちょっとは成長した・・・というこ
とだといいな。
とにかく昨日の演奏を聴いて本当にその理想を実感して、音楽に打ち込む気持ちを新たにできて。そういう意味でも行って良かったです。なによりものすごい演奏だったし、素晴らしい体験をしました。最高のコンサートの一つに入りました。
クロノス・カルテット、また近いうちにメルボルンに演奏に来ると良いな。やっぱり生演奏ならではの楽しみもたくさんあるので。聴く機会があれば是非聴きに行ってみてください。
今日の一曲: JG Thirlwell 「Eremikophobia」
(録音はまだないです)
Eremikophobia=砂・砂漠に対する恐怖という意味です。これを調べたときからどうしても頭から離れてないイメージがあって。
藤崎竜版の「封神演義」で仙人達が全面戦争する場面があるのですが、その中で張天君が『紅砂陣』という空間を作り出して主人公サイドの天才道士・楊ゼンを苦しめるくだりがあって。
紅砂陣というのは一面砂漠の空間で、その主である張天君がその砂および空間を司るルールを自由にすることができる。外に出れない、というだけでなくその中で張天君以外の存在はすべて急速に風化してしまう一種の砂地獄。
広がる空間に砂ばかり、砂と張天君を相手にあがき、風化という緩慢な死に追われ、そして楊ゼンはここで内に押し込めた本当の自分の姿を張天君に見透かされ突きつけられる、という何層にもなる戦いが起こる場面なのですが。
その砂漠の中の孤独感とか、徐々に乾いて風化していく感とか、独特の時間の流れみたいなものはこのEremikophobiaにも現れています。
弦楽四重奏だけでなく実際の砂漠の音、ただの砂漠の音ではなく砂が砂丘の上を動くときに起こる低周波の音がスピーカーから聞こえてきます。
それに合わせてまずはビオラが入って弦楽四重奏が砂漠と共に人間のものではない音楽を奏でます。
この砂漠の音を録ったというのがオマーンの砂漠とのことなのですが、途中から音楽が中東風になります。このセクションがものすごく好きでした。4人ユニゾンで同じメロディーを奏でるのですが、力強くてエキゾチックな旋律は中東のスタイルなんだけれど、アーティキュレーションとかのスタイルが妙に西洋風なところもあって、それが逆にかっこいい。
最後の穏やかにうねるようなスローな和音のセクションも素敵でした。
録音の使い方とかだと割とオーソドックスな現代音楽といえばそうなのですが今の時代の弦楽四重奏曲のレパートリーとして光る一曲だと思います。是非クロノスには録音していただきたいです。絶対買う。
3月になってから暑い日が続いて夕方も暖かい中Melbourne Recital Centreにコンサートを聴きに行ってきました。
聴きに行ったのがクロノス・カルテットというアンサンブルで。アメリカをベースとしている弦楽四重奏で、ジョージ・クラムの「Black Angels」を聴いたことがきっかけで結成された、現代音楽を中心に幅広いジャンルの音楽を演奏するグループです。
今回のコンサートも現代音楽から民族音楽から映画音楽、ロックまで様々な音楽が集まったプログラムで、電気で増幅した弦楽四重奏に加えて録音を流しながら弾いたり、照明、音響などを駆使したパフォーマンス。
プログラムは先ほどのリンク先に任せちゃいましたが、ほとんど知らない曲です。2曲のアンコールも合わせて知ってる曲ワーグナーだけですからね。全部の曲がメルボルン初演かオーストラリア初演、そしてすべての曲がクロノスのために作曲or編曲されています。それもすごいですよね。
(そういえばプログラムには作曲家・作品のことだけでなく編曲者の紹介にもかなり力が入っていました)
クロノス・カルテットのことは弦楽四重奏のレパートリーについての本でクラムのBlack Angelsと共に知って、大学1年くらい?まだ現代音楽にはまってない時に来豪したのを聴きに行って。その時はペンデレツキの四重奏曲を聴いたのが記憶に残ってます。
その前回聴いた演奏はHamer Hallという大きなホールだったのですが、今回はMelbourne Recital Centreの大きいホール、Elisabeth Murdoch Hallというもちょっと観客とステージが近い場所で、ちょろっと曲の紹介なんかも入ったりして奏者が近く感じたコンサートでしたね。
演奏はとにかくすごかった。独特の解釈、表現の幅や精密さ、パワーや繊細さ、アンサンブルのチームワーク・・・なんと行っても様々な国(民族音楽だとポーランド、ベトナム、アンコールのスウェーデンとか)の様々なスタイルの音楽に新しいエネルギーと新しい命を吹き込むのがすごい。弦楽四重奏だけどそれ以上、音楽だけどそれ以上のものがあるんですよね。
今回たくさん新しい曲と出会いましたが特に好きだったのが最初の「Aheym」、次の「Eremikophobia」、それからチェロのソロがどストライクだった「Sim Sholom」、そしてアンコール前のCafe Tacuba「12/12」、アンコール1曲目のスウェーデン民謡かな。
Eremikophobiaは新しくてまだ録音がないのが悔やまれる。(他の曲はいくつかYoutubeでも見つかりましたしiTunes storeでクロノスの録音色々ありますのでできるだけ入手したいです。さすがに一回聴いただけでは勿体ないしまだ色々把握できてないところががが)
「12/12」はメキシコのCafe Tacubaというメキシコのロックバンド(エスニックフレーバーが結構入ってるみたいです)の曲なのですが、クロノスのバージョンだけでなくCafe Tacubaの楽曲も気になります。
そういえばリンク先のプログラムとは曲順がちょっと違ってて、実際のプログラムを見たときに「Sim Shalom」がポーランドのユダヤ文化の歌のような祈りの曲なのに続いてワーグナーという曲順にものすごく驚いたのですが(ワーグナーとユダヤ民族との関連はここでは省略。きっと前書いてる)、第1バイオリンのおじさんが曲間MCで「今気づいたんだけど(こういう2曲が並ぶのは)世界初じゃないかな」と。確かに意識的にはなかなか・・・だよなあ。不思議な巡り合わせ。
それからチェロ奏者の方(今後のスケジュールを調べてたら5月でこの方は交代するとのことでした)の持ってるチェロがうちのチェロにそっくりでしたよ。胴が細めなところとか、色とか、あとD弦のかすれ具合とかC弦の深みとか。びっくり。
演奏のかっこよさももちろんなのですが(毎曲終わりに「かっこいい・・・」と口から出るほどです)、今回クロノス・カルテットの演奏を聴いて彼らの作る音楽が自分が今理想としている音楽作りにものすごく近いんじゃないかな、と思いました。
クラムを始め現代音楽、民族音楽周りとかの好きなジャンルを専門としているということだけじゃなくて、現代音楽を軸として新しい音楽にもオープンで、ゆるぎない独特の解釈と表現で演奏して、しかもクラシック(現代音楽)での技巧や表現をひとつも妥協することなく他のジャンルでも生かして、ジャンル関係なく音楽作りができたらな-・・・と。
前回彼らの演奏を聴いたときから自分も音楽家のはしくれとしてちょっとは成長した・・・というこ
とだといいな。
とにかく昨日の演奏を聴いて本当にその理想を実感して、音楽に打ち込む気持ちを新たにできて。そういう意味でも行って良かったです。なによりものすごい演奏だったし、素晴らしい体験をしました。最高のコンサートの一つに入りました。
クロノス・カルテット、また近いうちにメルボルンに演奏に来ると良いな。やっぱり生演奏ならではの楽しみもたくさんあるので。聴く機会があれば是非聴きに行ってみてください。
今日の一曲: JG Thirlwell 「Eremikophobia」
(録音はまだないです)
Eremikophobia=砂・砂漠に対する恐怖という意味です。これを調べたときからどうしても頭から離れてないイメージがあって。
藤崎竜版の「封神演義」で仙人達が全面戦争する場面があるのですが、その中で張天君が『紅砂陣』という空間を作り出して主人公サイドの天才道士・楊ゼンを苦しめるくだりがあって。
紅砂陣というのは一面砂漠の空間で、その主である張天君がその砂および空間を司るルールを自由にすることができる。外に出れない、というだけでなくその中で張天君以外の存在はすべて急速に風化してしまう一種の砂地獄。
広がる空間に砂ばかり、砂と張天君を相手にあがき、風化という緩慢な死に追われ、そして楊ゼンはここで内に押し込めた本当の自分の姿を張天君に見透かされ突きつけられる、という何層にもなる戦いが起こる場面なのですが。
その砂漠の中の孤独感とか、徐々に乾いて風化していく感とか、独特の時間の流れみたいなものはこのEremikophobiaにも現れています。
弦楽四重奏だけでなく実際の砂漠の音、ただの砂漠の音ではなく砂が砂丘の上を動くときに起こる低周波の音がスピーカーから聞こえてきます。
それに合わせてまずはビオラが入って弦楽四重奏が砂漠と共に人間のものではない音楽を奏でます。
この砂漠の音を録ったというのがオマーンの砂漠とのことなのですが、途中から音楽が中東風になります。このセクションがものすごく好きでした。4人ユニゾンで同じメロディーを奏でるのですが、力強くてエキゾチックな旋律は中東のスタイルなんだけれど、アーティキュレーションとかのスタイルが妙に西洋風なところもあって、それが逆にかっこいい。
最後の穏やかにうねるようなスローな和音のセクションも素敵でした。
録音の使い方とかだと割とオーソドックスな現代音楽といえばそうなのですが今の時代の弦楽四重奏曲のレパートリーとして光る一曲だと思います。是非クロノスには録音していただきたいです。絶対買う。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
なんとか仕事もめどがついてきたかな。やっとですね。
ストレスで体がかゆくなったり気分が不安定になったり不安・焦燥に襲われたりでだいぶしんどかったですが今日あたりからちょっと楽になってきたかも。
昨夜は何もしないでいられなくてAge of Wondersをざくざく進めちゃいました。ただざくざくしすぎて色々拾い損ねたことがたくさんあるのでやり直し。
この1週間ほどで改めて自分は「調子が悪い」レベルからそんなに遠くないところに普段いるんだな、と実感。
昨日はピアノもやらず一日仕事でしたが今日は練習再開。(そういえば先生からもメールが来ました)
そろそろ色々暗譜を始めないとな-・・・ということで少しばかり始めたり。
ただふと立ち止まって冷静に考えてみるとそもそも自分はどうやって弾く曲を覚えるんだろうか、それが分からない。
去年もそれでちょっと悩んだんですよね。どうやって暗譜してたんだっけ、と。
前も書いたと思うのですが基本人前で演奏するときは暗譜で弾いています。大学のときはそれこそ結構なペースで演奏してましたし、暗譜は基本苦手ではないんですが、改めて考えてみるとどうやってやってるんだろう、どうやって取りかかればいいんだろう、と悩んでしまう。
そもそも難しい曲が暗譜も難しいとは限らないですからね。
どちらかというとシンプルな方が覚えるのが難しいような。
例えば今日やってたフォーレの前奏曲第6番は比較的短い2声のカノン+もう1声というシンプルな構成で、すでに何回も弾いて聴いてどんな曲かは分かっているんだけれどいざ楽譜を見ないとなると戸惑うことが多く。
対照的に同じフォーレの前奏曲第8番は技巧的に難しくて(自分にとっては)、今でも結構苦戦を強いられているのですが、暗譜で弾こうとしたことはまだ一回もなかったのに今日楽譜を見ないで弾いたら音が分からないところが一つもなかった。
「難しい曲」といっても以前ここで例に曲を選んで説明したように色々あって。その中でも技巧的に難しいというか、指・手の動きが独特だと覚えやすいというのはあると思います。手の動き・動作の記憶ってのは本当に大きい。
(もちろん技巧が難しい曲はそれだけ初期からの練習量も多くなる、というのもあります)
それから音楽に論理的なパターンが含まれてると覚えやすいのももちろんありますね。
自分でパターンを意識的に覚えて意識的に実行できるのは動きの記憶に頼るよりも安心感があります。
この理屈で行くと独特な技巧と合理的・論理的な音楽が合わさったプロコフィエフは割と暗譜しやすいんじゃないか、と思われますが自分の経験だと当たってると思いますね。
動きだったり論理だったり意外にも「覚えるとっかかり」というのは大切だと思います。
コードの種類だったり(和音は基本的に大きい方が手が覚えやすいし頭も迷わない、モーツァルトとかハイドンみたいにシンプルな和音は逆に迷う)、メロディーを覚えてそこに肉付けする、みたいなやりかただったり。全部いっぺんに覚えるのは大変なのでどこか一つに集中してそこから攻めていく・・・というと当たり前に聞こえますが。
だからメシアンはまだとっかかりがあると思うんです。形式もあるし(鳥の鳴き声の連なりも含む)、ある程度のメロディーだったりそれっぽい音の連なりはあるし、和音も手の形を覚えるには良い方だし。
よく「メシアンどうやって暗譜してるの?」と大学時代は聞かれましたがいろんな種類の覚えかたを組み合わせて、しっかり色彩を感じて自分の音と楽譜の音を比較しながらがっつり弾いていくしかないのかもしれませんね。
そして今回ももちろんメシアンありますからね。ダイシャクシギは4ページを除いて大学の試験で暗譜で弾いたので大丈夫、ヒメコウテンシも短めで覚えやすい鳴き声の連なりになってますし。
・・・やっぱりイソヒヨドリか。
正直まだまだ手の内にないので暗譜まで考えが回ってないのですが、そのうちぶちあたらなきゃいけない壁。長いし。音多いし。そもそも弾くのが難しいし。
あんまり↑みたいな偉いこといってられないですな、本当のところ。
先ほど書いたように決して苦手だったり、演奏中にブランクになったりとかはしないのですがこの暗譜を始めるのはどうも滅入ることもあり。
どうやって立ち向かえばいいのか、という悩みもあるのですが、なんかこう・・・せっかくここまで弾けるようになったのが一旦ゼロになる、ではないけど楽譜を見ないで弾こうとするとだいぶ弾けなくなる、思うように弾けなくなるのがちょっとしんどい。
弾いたことがある曲、すでになんかしらないけど暗譜できてる曲もありますが、今日味わったこの一旦挫折感を何度も味わわなくちゃいけないかと思うとやっぱり大変ですね。
・・・いつ演奏できるようになるんだろう。
兎にも角にも明日からちょっと余裕が出てくるといいですな。
ピアノも冷静に考えたいし、創作方向にもっと枝をのびのびと伸ばしたいですし、ゲームもじっくりやりたい。あとキーワード関係やりたいですね、ここで。じっくり考える余裕が必要なんですっかりご無沙汰ですし。
あと暑いうちに外に出たいです!夏が終わる前にもうちょっと味わいたい!
今日の一曲はお休みです。
なんとか仕事もめどがついてきたかな。やっとですね。
ストレスで体がかゆくなったり気分が不安定になったり不安・焦燥に襲われたりでだいぶしんどかったですが今日あたりからちょっと楽になってきたかも。
昨夜は何もしないでいられなくてAge of Wondersをざくざく進めちゃいました。ただざくざくしすぎて色々拾い損ねたことがたくさんあるのでやり直し。
この1週間ほどで改めて自分は「調子が悪い」レベルからそんなに遠くないところに普段いるんだな、と実感。
昨日はピアノもやらず一日仕事でしたが今日は練習再開。(そういえば先生からもメールが来ました)
そろそろ色々暗譜を始めないとな-・・・ということで少しばかり始めたり。
ただふと立ち止まって冷静に考えてみるとそもそも自分はどうやって弾く曲を覚えるんだろうか、それが分からない。
去年もそれでちょっと悩んだんですよね。どうやって暗譜してたんだっけ、と。
前も書いたと思うのですが基本人前で演奏するときは暗譜で弾いています。大学のときはそれこそ結構なペースで演奏してましたし、暗譜は基本苦手ではないんですが、改めて考えてみるとどうやってやってるんだろう、どうやって取りかかればいいんだろう、と悩んでしまう。
そもそも難しい曲が暗譜も難しいとは限らないですからね。
どちらかというとシンプルな方が覚えるのが難しいような。
例えば今日やってたフォーレの前奏曲第6番は比較的短い2声のカノン+もう1声というシンプルな構成で、すでに何回も弾いて聴いてどんな曲かは分かっているんだけれどいざ楽譜を見ないとなると戸惑うことが多く。
対照的に同じフォーレの前奏曲第8番は技巧的に難しくて(自分にとっては)、今でも結構苦戦を強いられているのですが、暗譜で弾こうとしたことはまだ一回もなかったのに今日楽譜を見ないで弾いたら音が分からないところが一つもなかった。
「難しい曲」といっても以前ここで例に曲を選んで説明したように色々あって。その中でも技巧的に難しいというか、指・手の動きが独特だと覚えやすいというのはあると思います。手の動き・動作の記憶ってのは本当に大きい。
(もちろん技巧が難しい曲はそれだけ初期からの練習量も多くなる、というのもあります)
それから音楽に論理的なパターンが含まれてると覚えやすいのももちろんありますね。
自分でパターンを意識的に覚えて意識的に実行できるのは動きの記憶に頼るよりも安心感があります。
この理屈で行くと独特な技巧と合理的・論理的な音楽が合わさったプロコフィエフは割と暗譜しやすいんじゃないか、と思われますが自分の経験だと当たってると思いますね。
動きだったり論理だったり意外にも「覚えるとっかかり」というのは大切だと思います。
コードの種類だったり(和音は基本的に大きい方が手が覚えやすいし頭も迷わない、モーツァルトとかハイドンみたいにシンプルな和音は逆に迷う)、メロディーを覚えてそこに肉付けする、みたいなやりかただったり。全部いっぺんに覚えるのは大変なのでどこか一つに集中してそこから攻めていく・・・というと当たり前に聞こえますが。
だからメシアンはまだとっかかりがあると思うんです。形式もあるし(鳥の鳴き声の連なりも含む)、ある程度のメロディーだったりそれっぽい音の連なりはあるし、和音も手の形を覚えるには良い方だし。
よく「メシアンどうやって暗譜してるの?」と大学時代は聞かれましたがいろんな種類の覚えかたを組み合わせて、しっかり色彩を感じて自分の音と楽譜の音を比較しながらがっつり弾いていくしかないのかもしれませんね。
そして今回ももちろんメシアンありますからね。ダイシャクシギは4ページを除いて大学の試験で暗譜で弾いたので大丈夫、ヒメコウテンシも短めで覚えやすい鳴き声の連なりになってますし。
・・・やっぱりイソヒヨドリか。
正直まだまだ手の内にないので暗譜まで考えが回ってないのですが、そのうちぶちあたらなきゃいけない壁。長いし。音多いし。そもそも弾くのが難しいし。
あんまり↑みたいな偉いこといってられないですな、本当のところ。
先ほど書いたように決して苦手だったり、演奏中にブランクになったりとかはしないのですがこの暗譜を始めるのはどうも滅入ることもあり。
どうやって立ち向かえばいいのか、という悩みもあるのですが、なんかこう・・・せっかくここまで弾けるようになったのが一旦ゼロになる、ではないけど楽譜を見ないで弾こうとするとだいぶ弾けなくなる、思うように弾けなくなるのがちょっとしんどい。
弾いたことがある曲、すでになんかしらないけど暗譜できてる曲もありますが、今日味わったこの一旦挫折感を何度も味わわなくちゃいけないかと思うとやっぱり大変ですね。
・・・いつ演奏できるようになるんだろう。
兎にも角にも明日からちょっと余裕が出てくるといいですな。
ピアノも冷静に考えたいし、創作方向にもっと枝をのびのびと伸ばしたいですし、ゲームもじっくりやりたい。あとキーワード関係やりたいですね、ここで。じっくり考える余裕が必要なんですっかりご無沙汰ですし。
あと暑いうちに外に出たいです!夏が終わる前にもうちょっと味わいたい!
今日の一曲はお休みです。
