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前回のエントリーに拍手ありがとうございます♪
相変わらず仕事が続いています。でもだんだん目処がついてきてペースを落とせてきたのか腕とか手の疲れは和らいできたかも・・・一段落したらマッサージ行きたいですが。
あと外で昼ご飯あんまり食べてないんで家ランチのネタが切れ気味で。ベーグルとかロルカの諸々とか食べたいですわー。
それでピアノも一日おきになってたのですが昨日今日と続けてやったらなんだか上手くなったような感が(汗)
やっぱ毎日やるべきですし毎日やりたいですよ、ピアノ。
あと最近前弾いてた曲をざっとさらったりとかしてました。忘れてる部分も結構多かったけどプロコフィエフの「悪魔的暗示」とか前弾いてた時と比べて弾く時の負担が比較的軽くなってるような感覚もあり。
あとメシアンの「鳥のカタログ」辺りは覚えてなくても力業で乗り切って通して弾けてしまうということも(笑)なんでしょうね、慣れてきたのかな鳥カタのやり方に。もちろん実際に弾く時は正確さを追求したいですが。
20のまなざしも好きですけどメシアンでは「鳥のカタログ」を弾いてるのがやっぱり楽しいかな。難しいし、結構今の「イソヒヨドリ」苦戦してる部分もあるんですが技巧とは別のところで楽な感じがあって。
自分に合ってるというほど弾いてないしマスターしてるわけでもないですが鳥カタは延々と弾いていたくなります。
明日はちょっと親友のところでお集まりがあるのでちょっとだけ休めるかな。
ちょうどいいことに明日は気温が34℃・・・なんですがクールチェンジの予報もあるのでもしかしたら遊びに行ってから涼しくなるかも。
今の予報だと来週は水木金と30℃超えみたいで、すっかり夏に近づいているようでなにより。(なるべく暑い時に外に出かけたいですね)
ただやっぱりメルボルンの天気に関しては先のことは全く分かりませんから。3日後の予報もそれが「今日」になるまでに変わりますし。
でも今の感じだと夏はちゃんと暑くなってくれそうな気がします。
今日も結構暖かかったので今シーズン初、窓開けて仕事しました。夕方はもう8時まで明るくて、西日が窓辺のサンキャッチャー(クラムの「天体の力学」をモチーフに作った4つ、左の写真もそうですが他のもこちらに写真アップしています)に当たるのが楽しめる時期。
で、仕事中ながらついついほこり取りしてしまいました。
夕風もさわやかで、7時半過ぎまでそんなに冷たくは感じなかったですし。
それで音楽流しながら仕事してるとついつい長く働きたくなってしまうという贅沢な悩み。
贅沢な悩みはそうなんですが、忙しさも相まってだんだん最近夕飯が遅くなってるのは確かにちょっと悩み。妹が仕事遅くて夕飯一人だと余計に。
質も量もある程度ちゃんと食べるようには心がけているのですが、こないだも書いているように体のサイクルについてちょっと慎重になっている時期なので食べる時間も気になるのです。
とりあえず明日は遅くなり過ぎない程度に遊んでくるつもりです。
メルボルンの春を楽しまなければ。
今日の一曲・・・はちょっと遅くなったのでまたお休み。
ブログ本文も今日の一曲も諸々他に書くものももうちょっと余裕を持って書きたいです。
相変わらず仕事が続いています。でもだんだん目処がついてきてペースを落とせてきたのか腕とか手の疲れは和らいできたかも・・・一段落したらマッサージ行きたいですが。
あと外で昼ご飯あんまり食べてないんで家ランチのネタが切れ気味で。ベーグルとかロルカの諸々とか食べたいですわー。
それでピアノも一日おきになってたのですが昨日今日と続けてやったらなんだか上手くなったような感が(汗)
やっぱ毎日やるべきですし毎日やりたいですよ、ピアノ。
あと最近前弾いてた曲をざっとさらったりとかしてました。忘れてる部分も結構多かったけどプロコフィエフの「悪魔的暗示」とか前弾いてた時と比べて弾く時の負担が比較的軽くなってるような感覚もあり。
あとメシアンの「鳥のカタログ」辺りは覚えてなくても力業で乗り切って通して弾けてしまうということも(笑)なんでしょうね、慣れてきたのかな鳥カタのやり方に。もちろん実際に弾く時は正確さを追求したいですが。
20のまなざしも好きですけどメシアンでは「鳥のカタログ」を弾いてるのがやっぱり楽しいかな。難しいし、結構今の「イソヒヨドリ」苦戦してる部分もあるんですが技巧とは別のところで楽な感じがあって。
自分に合ってるというほど弾いてないしマスターしてるわけでもないですが鳥カタは延々と弾いていたくなります。
明日はちょっと親友のところでお集まりがあるのでちょっとだけ休めるかな。
ちょうどいいことに明日は気温が34℃・・・なんですがクールチェンジの予報もあるのでもしかしたら遊びに行ってから涼しくなるかも。
今の予報だと来週は水木金と30℃超えみたいで、すっかり夏に近づいているようでなにより。(なるべく暑い時に外に出かけたいですね)
ただやっぱりメルボルンの天気に関しては先のことは全く分かりませんから。3日後の予報もそれが「今日」になるまでに変わりますし。
でも今の感じだと夏はちゃんと暑くなってくれそうな気がします。
で、仕事中ながらついついほこり取りしてしまいました。
夕風もさわやかで、7時半過ぎまでそんなに冷たくは感じなかったですし。
それで音楽流しながら仕事してるとついつい長く働きたくなってしまうという贅沢な悩み。
贅沢な悩みはそうなんですが、忙しさも相まってだんだん最近夕飯が遅くなってるのは確かにちょっと悩み。妹が仕事遅くて夕飯一人だと余計に。
質も量もある程度ちゃんと食べるようには心がけているのですが、こないだも書いているように体のサイクルについてちょっと慎重になっている時期なので食べる時間も気になるのです。
とりあえず明日は遅くなり過ぎない程度に遊んでくるつもりです。
メルボルンの春を楽しまなければ。
今日の一曲・・・はちょっと遅くなったのでまたお休み。
ブログ本文も今日の一曲も諸々他に書くものももうちょっと余裕を持って書きたいです。
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前回のエントリーに拍手どうもです~♪
ちょっと更新がまばらになっています。相変わらず仕事と創作に主に頭が向いていて、ピアノは腕の疲れで休みがちで、さらにあんまりしっかり音楽と向き合えてないこの頃(弾くにも聞くにも)。
今日追加の翻訳案件を受けたのですが全体の納期は結果的に延びたことになったので出かけて休むこともできるかな。
そんな中もう春も終わるので四大元素のキーワードto音楽の最後を今回は消化します。
残りは「風」でいいんですよね(汗)風でやっちゃったんでいきなり進めます~
1) Light: プロコフィエフ 10の小品 第7番「前奏曲」
「軽い」の方のLightです。実質重さなんてないので軽いもへったくれもないですし、逆に風が強ければ壁のように重く手応えを感じるものですがとりあえず「風」というエレメントの一般的なイメージと言えば「軽い」ものですね。(風の精霊シルフィードも飛んだり浮いたりしてますしね)いろいろあるなかで鍵盤楽器で弾いているということを忘れるような軽いアルペジオのこの曲かな。「ハープ風な」曲だけどハープよりもまだ軽いです。
2) Fast : ドビュッシー 前奏曲第1集 第3曲「草原を渡る風」
これも割とよくある風のイメージですね。速く駆け巡るイメージ。ドビュッシーの前奏曲は第1集だけで風に関する曲がいくつかあるうちとにかく絶対的なスピード、そして体感的なスピードを重視でこの曲をチョイス。所謂「緩」と「急」のコントラストがその「体感的な」風の速さをぐっと強く感じさせるのですが、それを実行に移すピアニストのタッチの軽快さもすごいのです。
3) Free: ラヴェル 「クープランの墓」より「前奏曲」
Free =「自由」というだけでなくて「解き放たれた」というニュアンスも風のイメージに合うかな、と思いました。この曲はリズムとか音の連なりでいうと自由さは一見少ないながら(ほぼ全部16分音符)、ハーモニーの変化やピアノの鍵盤を縦横無尽に駆け巡る様子や、もっと他の説明できないところで不思議と自由を感じる曲です。
4) Travel: プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番第1楽章
「風」というエレメントでプロコフィエフを連想することってまずないんですが今回2曲プロコフィエフ。例えば船がそうですが風は「旅」を誘うものとして描かれることが多いですね。風に呼ばれて、風を感じてどこかに行きたくなるわくわくがある、必ずしもいつも順調じゃないながらも日常とは違う何かが待ってるのが感じられるような曲だと私は思います。
5) Message: ラフマニノフ 練習曲「音の絵」op. 33-2
風の便り、という言い回しを始め風が「知らせ」であるイメージはいろんなところで見られ、そして天使みたいに「使者」と翼がイメージとしてあったり、それを色々ひっくるめた結果がこの曲のチョイス。風を纏って、羽ばたく翼を持ってメッセージを携え現れた使者のイメージ。気まぐれなようだけどしっかり芯が通ったようなところがあるんですよね。短いながらも魅力的な曲です。
6) Soaring: サン=サーンス 交響曲第3番「オルガン付き」 第1楽章
・・・といってもこの楽章はオルガンなしです。嵐のような激しく暗い音楽の中をメロディーが力強く「飛翔する」みたいで好きなのです。特に最初のメロディーでなく第2主題(でいいのかな)の推進力が良いです。「飛翔」といえばシューマンの作品にそのタイトルの曲があるのですがあえてこちらに。どちらも広い跳躍で上昇するメロディーが特徴的ですね。
7) Intangible: アデス 「Traced Overhead」
四大元素のなかで「風」が他のエレメントと違うところは「触れられない」ところ(火は触れられてはいないけれど熱さを感じます)。触れられないし見えない、実体がない。前々からこの曲は風のイメージがあるのですが(気流的な意味でなんか理がかなってるのかな)、その実体があるようでない、予測不能で掴めない様はやっぱりこれだと思うのです。
8) Escape: ブリッジ 「Miniatures」より「ワルツ」
風というものは常にどこかに「去ってしまう」もので、特に秋と冬のそれは特別な切なさを持っている・・・という特徴からこの曲。ちょっとマイナーな曲で、高校生のときに弾いて以来ブリッジの音楽は手元にちゃんとないのが諸々悔やまれ(もっと知りたい、ブリッジの音楽)。イギリス音楽にあるあの懐かしくて切ない感じが小さい曲ながら濃く現れてていいんですよねー風情があります。
9) Illness: クラム 「マドリガル」第2巻 第3楽章「Caballito Negro」
これまでどの元素でもなるべくネガティブな関連イメージもカバーするよう考えてきましたが今回も風の「病気」を運ぶものという昔からのイメージをちょっと持ってきたり。曲・・・というよりはどっちかというと歌詞であるロルカの詩の方からのイメージですね。黒い馬と冷たい馬、聖書にある最後の審判を思わせる不吉なイメージ。それがスペインの乾いた夜の風に乗ってくる、みたいな。
10) Tornado: スメタナ 「わが祖国」 第3楽章「シャールカ」
風関連の災害(台風とかだと水関連でもあるので純粋に「風」)でとくにドラマチック、というか「竜巻」のパワフルさは映像でみてもすごいですよね。それが音楽で選ぶとなるとものすごく難しかったです。この「シャールカ」もとにかくそのパワフルさ(&パワフルの種類)で選んだものの炎的なイメージもあったりで・・・うーん。ちなみにこの曲には物語があって、要約すると「女を怒らせると怖いぜ-」というのですがそういう意味でもぴったり・・・かも?
11) Emptiness: ブラームス チェロソナタ第1番 第2楽章
前述の通り風は実体がなくて、捕まえようとしても指をすり抜けていくような感覚、「空っぽ」な性質があり。それをブラームス、しかもチェロでイメージしたのはちょっと不思議なチョイスですね(汗)でもこの楽章の民謡的なところがあるメロディーが短くすっと消えてしまったり、ハーモニーがそっけなく変わってしまう感覚は確かにそうだなーと。
12) Whisper: リゲティ 練習曲第12番「入り組み模様」
風が渡っていく音を「囁き」と表現しますが、これを音楽で例えるとしたら本来はオーケストラの弦楽器の集団がふさわしい・・・かと思われますがここもまたピアノの軽いタッチを。軽いだけでなくとってもevenなタッチで作り出されるトレモロのような震える音の繊細さ。はっきりした調に入っていないこと、ハーモニーの変化の微妙さも曲の繊細さを増していますね。
ということで四大元素終わり。実は今年四大元素を巡ってる間もなんとなーく「また季語やりたいなー」とか思ってて。なのでまたやるかもしれません。ただ実際に季語のリストみて出来るかどうか考えたわけじゃないんで分かりませんが。
キーワードto音楽にしても類似の「テーマに合う音楽を出してみる」やつ(くくりの名前未定)にしてもこういう考えの巡らせ方が好きなんです。特定のテーマについて考えを巡らせるにしても、音楽について考えるにしても。
なので半定期的にやりたいなーとは思っているのですが。
で、そういう考えの巡らせ方が好きなので実はキーワードto音楽、次のやつも練ってる途中です。創作周りから派生してちょっと。
四大元素を終わったばかりもあってちょっとやりにくい感は否めないのですが、楽しいには楽しいので近いうちに。
今日の一曲はおやすみです。
ちょっと更新がまばらになっています。相変わらず仕事と創作に主に頭が向いていて、ピアノは腕の疲れで休みがちで、さらにあんまりしっかり音楽と向き合えてないこの頃(弾くにも聞くにも)。
今日追加の翻訳案件を受けたのですが全体の納期は結果的に延びたことになったので出かけて休むこともできるかな。
そんな中もう春も終わるので四大元素のキーワードto音楽の最後を今回は消化します。
残りは「風」でいいんですよね(汗)風でやっちゃったんでいきなり進めます~
1) Light: プロコフィエフ 10の小品 第7番「前奏曲」
「軽い」の方のLightです。実質重さなんてないので軽いもへったくれもないですし、逆に風が強ければ壁のように重く手応えを感じるものですがとりあえず「風」というエレメントの一般的なイメージと言えば「軽い」ものですね。(風の精霊シルフィードも飛んだり浮いたりしてますしね)いろいろあるなかで鍵盤楽器で弾いているということを忘れるような軽いアルペジオのこの曲かな。「ハープ風な」曲だけどハープよりもまだ軽いです。
2) Fast : ドビュッシー 前奏曲第1集 第3曲「草原を渡る風」
これも割とよくある風のイメージですね。速く駆け巡るイメージ。ドビュッシーの前奏曲は第1集だけで風に関する曲がいくつかあるうちとにかく絶対的なスピード、そして体感的なスピードを重視でこの曲をチョイス。所謂「緩」と「急」のコントラストがその「体感的な」風の速さをぐっと強く感じさせるのですが、それを実行に移すピアニストのタッチの軽快さもすごいのです。
3) Free: ラヴェル 「クープランの墓」より「前奏曲」
Free =「自由」というだけでなくて「解き放たれた」というニュアンスも風のイメージに合うかな、と思いました。この曲はリズムとか音の連なりでいうと自由さは一見少ないながら(ほぼ全部16分音符)、ハーモニーの変化やピアノの鍵盤を縦横無尽に駆け巡る様子や、もっと他の説明できないところで不思議と自由を感じる曲です。
4) Travel: プロコフィエフ ピアノ協奏曲第3番第1楽章
「風」というエレメントでプロコフィエフを連想することってまずないんですが今回2曲プロコフィエフ。例えば船がそうですが風は「旅」を誘うものとして描かれることが多いですね。風に呼ばれて、風を感じてどこかに行きたくなるわくわくがある、必ずしもいつも順調じゃないながらも日常とは違う何かが待ってるのが感じられるような曲だと私は思います。
5) Message: ラフマニノフ 練習曲「音の絵」op. 33-2
風の便り、という言い回しを始め風が「知らせ」であるイメージはいろんなところで見られ、そして天使みたいに「使者」と翼がイメージとしてあったり、それを色々ひっくるめた結果がこの曲のチョイス。風を纏って、羽ばたく翼を持ってメッセージを携え現れた使者のイメージ。気まぐれなようだけどしっかり芯が通ったようなところがあるんですよね。短いながらも魅力的な曲です。
6) Soaring: サン=サーンス 交響曲第3番「オルガン付き」 第1楽章
・・・といってもこの楽章はオルガンなしです。嵐のような激しく暗い音楽の中をメロディーが力強く「飛翔する」みたいで好きなのです。特に最初のメロディーでなく第2主題(でいいのかな)の推進力が良いです。「飛翔」といえばシューマンの作品にそのタイトルの曲があるのですがあえてこちらに。どちらも広い跳躍で上昇するメロディーが特徴的ですね。
7) Intangible: アデス 「Traced Overhead」
四大元素のなかで「風」が他のエレメントと違うところは「触れられない」ところ(火は触れられてはいないけれど熱さを感じます)。触れられないし見えない、実体がない。前々からこの曲は風のイメージがあるのですが(気流的な意味でなんか理がかなってるのかな)、その実体があるようでない、予測不能で掴めない様はやっぱりこれだと思うのです。
8) Escape: ブリッジ 「Miniatures」より「ワルツ」
風というものは常にどこかに「去ってしまう」もので、特に秋と冬のそれは特別な切なさを持っている・・・という特徴からこの曲。ちょっとマイナーな曲で、高校生のときに弾いて以来ブリッジの音楽は手元にちゃんとないのが諸々悔やまれ(もっと知りたい、ブリッジの音楽)。イギリス音楽にあるあの懐かしくて切ない感じが小さい曲ながら濃く現れてていいんですよねー風情があります。
9) Illness: クラム 「マドリガル」第2巻 第3楽章「Caballito Negro」
これまでどの元素でもなるべくネガティブな関連イメージもカバーするよう考えてきましたが今回も風の「病気」を運ぶものという昔からのイメージをちょっと持ってきたり。曲・・・というよりはどっちかというと歌詞であるロルカの詩の方からのイメージですね。黒い馬と冷たい馬、聖書にある最後の審判を思わせる不吉なイメージ。それがスペインの乾いた夜の風に乗ってくる、みたいな。
10) Tornado: スメタナ 「わが祖国」 第3楽章「シャールカ」
風関連の災害(台風とかだと水関連でもあるので純粋に「風」)でとくにドラマチック、というか「竜巻」のパワフルさは映像でみてもすごいですよね。それが音楽で選ぶとなるとものすごく難しかったです。この「シャールカ」もとにかくそのパワフルさ(&パワフルの種類)で選んだものの炎的なイメージもあったりで・・・うーん。ちなみにこの曲には物語があって、要約すると「女を怒らせると怖いぜ-」というのですがそういう意味でもぴったり・・・かも?
11) Emptiness: ブラームス チェロソナタ第1番 第2楽章
前述の通り風は実体がなくて、捕まえようとしても指をすり抜けていくような感覚、「空っぽ」な性質があり。それをブラームス、しかもチェロでイメージしたのはちょっと不思議なチョイスですね(汗)でもこの楽章の民謡的なところがあるメロディーが短くすっと消えてしまったり、ハーモニーがそっけなく変わってしまう感覚は確かにそうだなーと。
12) Whisper: リゲティ 練習曲第12番「入り組み模様」
風が渡っていく音を「囁き」と表現しますが、これを音楽で例えるとしたら本来はオーケストラの弦楽器の集団がふさわしい・・・かと思われますがここもまたピアノの軽いタッチを。軽いだけでなくとってもevenなタッチで作り出されるトレモロのような震える音の繊細さ。はっきりした調に入っていないこと、ハーモニーの変化の微妙さも曲の繊細さを増していますね。
ということで四大元素終わり。実は今年四大元素を巡ってる間もなんとなーく「また季語やりたいなー」とか思ってて。なのでまたやるかもしれません。ただ実際に季語のリストみて出来るかどうか考えたわけじゃないんで分かりませんが。
キーワードto音楽にしても類似の「テーマに合う音楽を出してみる」やつ(くくりの名前未定)にしてもこういう考えの巡らせ方が好きなんです。特定のテーマについて考えを巡らせるにしても、音楽について考えるにしても。
なので半定期的にやりたいなーとは思っているのですが。
で、そういう考えの巡らせ方が好きなので実はキーワードto音楽、次のやつも練ってる途中です。創作周りから派生してちょっと。
四大元素を終わったばかりもあってちょっとやりにくい感は否めないのですが、楽しいには楽しいので近いうちに。
今日の一曲はおやすみです。
前回のエントリーに拍手どうもです~
相変わらず手とか疲れ気味ですがなんとかなってるかなー・・・精神的な疲れもあってなかなか大変ですが。
出かけたい予定があるのでなんとかやりくりしていきたいです。
最近はだからピアノの練習も望んでるほどは集中できてないというかproductiveでないというか。
ラヴェルは指の疲れも頭の疲れもよく出ますし、メシアンは頭の疲れがかなり響く。
それに加えてフォーレをちょろっと弾いてるのですがなかなかこれがスタイルに慣れなくて。和音進行というかHarmonic languageというかが伝統的なそれをはちょっと離れているところがあって、かといって論理で理解できるようなところもなくて感覚的というか、そういうところがあってなかなか馴染みにくいのです。
聴いて綺麗なことは綺麗なんですけどね。
メシアンは相変わらずの「イソヒヨドリ」 from 鳥のカタログ。
まだちょうど折り返し地点(といってももちろん完全に同じではないですが)で止まっていて、音のバランスとか音楽性とかもあんまり手が届いてなくて音をさらってるのみ。
進んでるのかどうかというとちょっと難しいところですね。だんだん身について来てるかな。
で、弾き始めてからの忙しさでまだこの曲に出てくる「実際の鳥の声」を聴いていないんですよね。
前も紹介したかもれませんがInternet Birds Collectionとか、Oiseaux.net(メシアンはフランス語で楽譜に書いてるのでフランス語のまま調べられるのは内容が読めなくてもありがたい)にお世話になっています。前者は写真や動画、音声が聞けますし後者はメシアンが使うのに近い音声が聞けます。
メシアンの耳は素晴らしいもので鳥の鳴き声を単旋律としてではなく倍音まで聞き取って、リズムも細かく記しているのですが、それでも色々再現できないものはあるんですよね。鳥の鳴き声ってピアノの音域より高く飛び出すのもありますし、倍音を2つの手で再現しようとするとなかなかバランスが難しい。
イソヒヨドリの鳴き声だったりニシコウライウグイスの鳴き声とかはそのハーモニーを構成している音のバランスが難しくて、ぴたっと合わないと響きが濁ったり鳥の鳴き声に聞こえなかったりするんですよね。
でもこの曲の中のイソヒヨドリの鳴き声って(メシアンは正確に記しているとはいえ)色々鳥離れしたような印象を持つところがあって、実際メシアンも最後の余韻的な鳴き声は「女声合唱のように」という風に書かれてますし。
その柔らかくて不思議なハーモニーが海辺の崖や波やセグロカモメの荒々しい音楽とコントラストになっているんですが、それがなんか羽衣を纏った天女みたいなイメージを抱きます。(羽衣伝説が関連している鳥は白鳥らしいですが)
そもそも、というかなんですが鳥の音楽的な・言語的な常識と人間のそれってものすごく違うんですよね。
例えばフレーズの作り方一つにしても人間はメロディーの形、そして強弱も上向きに弧を描く、ある程度のシンメトリーがあるものが基本というか、美しくて自然だと感じます。良い例が「北の国から」のあのメロディーですし、それに音楽だけでなく言語も語尾は弱くなるのが自然です。
鳥はそうじゃないんですよね。フレーズの終わりが予期なくぶつ切れるのはよくあることですし、とっても即興的にフレーズが続いていくような、全体的な構成がわかりにくいような。(全体的な構成、あるんだろうな、と思うことはちょこちょこありますが)
基本拍子がない、というかメシアンがよく使うAdditive rhythmを鳥も使います。
一小節を2つとか4つに分けるヨーロッパの伝統的なリズムの取り方ではなく、2+3+2+2+・・・とどんどん長さを足していくようなリズムのシステム。
それだけでなく記譜できないようなリズムを鳥って使うんだな、というのが鳥カタを弾き始めて分かるようになりました。
なんというか、速い部分は一気にまくし立てるようにいっぺんにまとめて歌ってしまうというか。相対的な長さはあるんだけれど比率はめちゃくちゃ、みたいな。あと特に下降する音で音が「落ちる」のが異常に速い。
だからメシアンが書いているよりもちょっと違うんですよね、リズムが。鳥の鳴き声そのものに近づけようとするとメシアンが書いているリズムはどっちかというとガイドラインみたいな位置づけになるかなあ・・・と私は思っているのですが。
他の奏者はどうこの「鳥のカタログ」でピアノと鳥の間の諸々を解決しているのかわからないのですが、とりあえず私は楽譜に忠実に、というよりは元の鳥の声に近づけられるときはなるべく再現してみよう、という方針でいます。
例えば「ヒメコウテンシ」の最後のヒバリの声なんかその高揚した感じを表現するには16分音符と32分音符の比率を大事にするよりも、音がすごい激しく飛躍するのを強調して、鳥がやるみたいな速い跳躍を再現できたらなあ、と思うのです。
そういうところの感覚や考え方も含めて同じメシアンを弾いていても「20のまなざし」と「鳥のカタログ」って弾いててものすごく違うなあ、と思います。
だから常にメシアンを弾いていても「鳥のカタログ」を弾かない状態でしばらくいるとなかなかその鳥的な勘・感覚を忘れちゃったりするんですよね。ほかの曲で練習できるようなものではないですし。
それにそもそも「鳥のカタログ」全13曲(大体2時間半)をマスターするとなるとかなり時間が必要なので、なるべく多くの時間を弾いて過ごしたいとは思っていますしね。
20のまなざしをコンプリートするのもだんだん近づいてきていますが(残りの楽章についても書きたいですね)、鳥のカタログも大事にして、全部弾けるようにするだけじゃなくて自分の誇れるレパートリーにしたいです。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」 第12曲 「全能の言葉」
NaxosでのMichael Kieran Harveyの録音(時間限定試聴あり)
鳥カタの話でしたが20のまなざしから。最近これも再習得中です。
マイケルをして「ハードロックのやつ」と言わしめた(笑)(とピーターが言っていた)この曲。短いけれどパワフルで弾いてて楽しい・・・けど手が痛くなる曲です。
メシアンといえば不思議な和音の連なりで虹のような色彩を作り上げるのが特徴的ですがこの曲ではハーモニーはほとんどないです。
オクターブのメロディー、そしてガムランの銅鑼のような超低音のリズムサイクル(3-5-8-5-3+7休み。フィボナッチ数列の一部を使ってシンメトリーにしています)。それだけ。
というのもメシアンが言うには「神の言葉」は唯一にして絶対、全能のものなのでハーモニーを使わずユニゾン、オクターブで表現するのだとか。
それをこの曲では全てf以上の音量で力強く奏でます。
メシアンの音楽に特徴的なadditive rhythm、そして繰り返されるリズムサイクルが合わさってとってもダイナミックでどこか幾何学的なリズムになるのが大好きです。
あとこの曲を弾く際に大事なのが「身体の動き」だと思います。弾く時はなんというか振り付けというか、効率的かつ最大音量が出せるような身体の動きになってそれがどこか儀式的な感覚を帯びてくるところがあって。私だけかしらん。
割と直線的な動きをしていると自分では思ってるんですがどうだろう。
不協和音的といったらそうかもしれませんし、割と刺激の強い音楽ですが、慣れるとこれが爽快なんです(笑)とにかくパワー!
(ただやっぱり弾く方がそれが味わえるですねー)
リンクした演奏はマイケルの演奏。パワフルもパワフルですがテンポが速いのが特徴的です(笑)らしいというかなんというか。でも大学時代自分が弾いてたときは割と似たようなテンポで弾いてた(汗)今は・・・どうだろう、再習得してる間なんでもちょっと遅いかな
そういえばこの曲マイケルに在学中に見てもらったことありますがパワーが足りないからmuesliをもっと食べろと言われました(笑)良い思い出です。
相変わらず手とか疲れ気味ですがなんとかなってるかなー・・・精神的な疲れもあってなかなか大変ですが。
出かけたい予定があるのでなんとかやりくりしていきたいです。
最近はだからピアノの練習も望んでるほどは集中できてないというかproductiveでないというか。
ラヴェルは指の疲れも頭の疲れもよく出ますし、メシアンは頭の疲れがかなり響く。
それに加えてフォーレをちょろっと弾いてるのですがなかなかこれがスタイルに慣れなくて。和音進行というかHarmonic languageというかが伝統的なそれをはちょっと離れているところがあって、かといって論理で理解できるようなところもなくて感覚的というか、そういうところがあってなかなか馴染みにくいのです。
聴いて綺麗なことは綺麗なんですけどね。
メシアンは相変わらずの「イソヒヨドリ」 from 鳥のカタログ。
まだちょうど折り返し地点(といってももちろん完全に同じではないですが)で止まっていて、音のバランスとか音楽性とかもあんまり手が届いてなくて音をさらってるのみ。
進んでるのかどうかというとちょっと難しいところですね。だんだん身について来てるかな。
で、弾き始めてからの忙しさでまだこの曲に出てくる「実際の鳥の声」を聴いていないんですよね。
前も紹介したかもれませんがInternet Birds Collectionとか、Oiseaux.net(メシアンはフランス語で楽譜に書いてるのでフランス語のまま調べられるのは内容が読めなくてもありがたい)にお世話になっています。前者は写真や動画、音声が聞けますし後者はメシアンが使うのに近い音声が聞けます。
メシアンの耳は素晴らしいもので鳥の鳴き声を単旋律としてではなく倍音まで聞き取って、リズムも細かく記しているのですが、それでも色々再現できないものはあるんですよね。鳥の鳴き声ってピアノの音域より高く飛び出すのもありますし、倍音を2つの手で再現しようとするとなかなかバランスが難しい。
イソヒヨドリの鳴き声だったりニシコウライウグイスの鳴き声とかはそのハーモニーを構成している音のバランスが難しくて、ぴたっと合わないと響きが濁ったり鳥の鳴き声に聞こえなかったりするんですよね。
でもこの曲の中のイソヒヨドリの鳴き声って(メシアンは正確に記しているとはいえ)色々鳥離れしたような印象を持つところがあって、実際メシアンも最後の余韻的な鳴き声は「女声合唱のように」という風に書かれてますし。
その柔らかくて不思議なハーモニーが海辺の崖や波やセグロカモメの荒々しい音楽とコントラストになっているんですが、それがなんか羽衣を纏った天女みたいなイメージを抱きます。(羽衣伝説が関連している鳥は白鳥らしいですが)
そもそも、というかなんですが鳥の音楽的な・言語的な常識と人間のそれってものすごく違うんですよね。
例えばフレーズの作り方一つにしても人間はメロディーの形、そして強弱も上向きに弧を描く、ある程度のシンメトリーがあるものが基本というか、美しくて自然だと感じます。良い例が「北の国から」のあのメロディーですし、それに音楽だけでなく言語も語尾は弱くなるのが自然です。
鳥はそうじゃないんですよね。フレーズの終わりが予期なくぶつ切れるのはよくあることですし、とっても即興的にフレーズが続いていくような、全体的な構成がわかりにくいような。(全体的な構成、あるんだろうな、と思うことはちょこちょこありますが)
基本拍子がない、というかメシアンがよく使うAdditive rhythmを鳥も使います。
一小節を2つとか4つに分けるヨーロッパの伝統的なリズムの取り方ではなく、2+3+2+2+・・・とどんどん長さを足していくようなリズムのシステム。
それだけでなく記譜できないようなリズムを鳥って使うんだな、というのが鳥カタを弾き始めて分かるようになりました。
なんというか、速い部分は一気にまくし立てるようにいっぺんにまとめて歌ってしまうというか。相対的な長さはあるんだけれど比率はめちゃくちゃ、みたいな。あと特に下降する音で音が「落ちる」のが異常に速い。
だからメシアンが書いているよりもちょっと違うんですよね、リズムが。鳥の鳴き声そのものに近づけようとするとメシアンが書いているリズムはどっちかというとガイドラインみたいな位置づけになるかなあ・・・と私は思っているのですが。
他の奏者はどうこの「鳥のカタログ」でピアノと鳥の間の諸々を解決しているのかわからないのですが、とりあえず私は楽譜に忠実に、というよりは元の鳥の声に近づけられるときはなるべく再現してみよう、という方針でいます。
例えば「ヒメコウテンシ」の最後のヒバリの声なんかその高揚した感じを表現するには16分音符と32分音符の比率を大事にするよりも、音がすごい激しく飛躍するのを強調して、鳥がやるみたいな速い跳躍を再現できたらなあ、と思うのです。
そういうところの感覚や考え方も含めて同じメシアンを弾いていても「20のまなざし」と「鳥のカタログ」って弾いててものすごく違うなあ、と思います。
だから常にメシアンを弾いていても「鳥のカタログ」を弾かない状態でしばらくいるとなかなかその鳥的な勘・感覚を忘れちゃったりするんですよね。ほかの曲で練習できるようなものではないですし。
それにそもそも「鳥のカタログ」全13曲(大体2時間半)をマスターするとなるとかなり時間が必要なので、なるべく多くの時間を弾いて過ごしたいとは思っていますしね。
20のまなざしをコンプリートするのもだんだん近づいてきていますが(残りの楽章についても書きたいですね)、鳥のカタログも大事にして、全部弾けるようにするだけじゃなくて自分の誇れるレパートリーにしたいです。
今日の一曲: オリヴィエ・メシアン 「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」 第12曲 「全能の言葉」
NaxosでのMichael Kieran Harveyの録音(時間限定試聴あり)
鳥カタの話でしたが20のまなざしから。最近これも再習得中です。
マイケルをして「ハードロックのやつ」と言わしめた(笑)(とピーターが言っていた)この曲。短いけれどパワフルで弾いてて楽しい・・・けど手が痛くなる曲です。
メシアンといえば不思議な和音の連なりで虹のような色彩を作り上げるのが特徴的ですがこの曲ではハーモニーはほとんどないです。
オクターブのメロディー、そしてガムランの銅鑼のような超低音のリズムサイクル(3-5-8-5-3+7休み。フィボナッチ数列の一部を使ってシンメトリーにしています)。それだけ。
というのもメシアンが言うには「神の言葉」は唯一にして絶対、全能のものなのでハーモニーを使わずユニゾン、オクターブで表現するのだとか。
それをこの曲では全てf以上の音量で力強く奏でます。
メシアンの音楽に特徴的なadditive rhythm、そして繰り返されるリズムサイクルが合わさってとってもダイナミックでどこか幾何学的なリズムになるのが大好きです。
あとこの曲を弾く際に大事なのが「身体の動き」だと思います。弾く時はなんというか振り付けというか、効率的かつ最大音量が出せるような身体の動きになってそれがどこか儀式的な感覚を帯びてくるところがあって。私だけかしらん。
割と直線的な動きをしていると自分では思ってるんですがどうだろう。
不協和音的といったらそうかもしれませんし、割と刺激の強い音楽ですが、慣れるとこれが爽快なんです(笑)とにかくパワー!
(ただやっぱり弾く方がそれが味わえるですねー)
リンクした演奏はマイケルの演奏。パワフルもパワフルですがテンポが速いのが特徴的です(笑)らしいというかなんというか。でも大学時代自分が弾いてたときは割と似たようなテンポで弾いてた(汗)今は・・・どうだろう、再習得してる間なんでもちょっと遅いかな
そういえばこの曲マイケルに在学中に見てもらったことありますがパワーが足りないからmuesliをもっと食べろと言われました(笑)良い思い出です。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
相変わらず仕事です。ピアノもやってます。詰まってる感はあるけど弾いてる曲はなんとかなってきてる・・・かな。
メシアンを弾いてるのがやっぱり一番楽しいというか落ち着くというか、やりがいがあるというか。
なんとなくパワフルである程度不協和音的なものを望んでいるのかな。
今日はちょっと前に注文した新神話主義の本が届きました(感想は以前ここで書いてます)。再読になりますが手元の資料としても、創作や音楽のアイディアをまとめたりするにもいい本なので読む時間ができるといいな・・・とは思っていますが。
それから今日はiphone5が来ました。まだ電話として使えないのですがとりあえずなんとか中身はなったかな。
最近ちょっとチェレスタの事を考えていたのですが(例の大学のオケのコースの情報が来てなかったりで)。
もうご無沙汰気味なんですよね、チェレスタ。オケで弾かせて機会も少ないのですが、できればそれだけじゃなくてチェレスタで色々弾いてみたいな―と。
割とできることが限られてる楽器なのですがもうちょっとなんとか自分なりに広げられないかなーと思うんですね。
兎にも角にもソロレパートリーというのがほぼない楽器ですし、普段触れられないのでそこら辺の探索も難しい。
なので今自分で考えてるのは「他の楽器の曲をチェレスタで弾くならどんな曲が弾きたいか」ということです。
自分のPCに入ってる音楽のリストを見たり、あとは普段聞いてるなかで「これはチェレスタで弾けるんじゃないか?」というところにちょっと注意を向けてみたり。
チェレスタは鍵盤楽器で、テクニックはピアノと同じなところが多いのですが、音域が狭かったり(しかも高音寄りなので厚み・深みが出しにくい)、音量の幅が狭かったり、出せる音のバラエティが狭かったり(なので複雑な物を弾くとぐだぐだに混ざり合ってしまったり)、そういう短所もあるのですが、まあ長所といえば音色が鉄琴みたいなああいう音色なので何を弾いてもものすごく耳に悪い、ということはないのですよね(つまらないことはあっても)。
そういうことがあるのでピアノ曲をカバーするとなると結構絞られてくる。
そんな中で前からちょっとやってみたいなー、と思ってたのがラヴェルの「クープランの墓」の「フーガ」。響きがいいと思うんですよ。ピアノでやるとちょっと望むサウンドよりもドライな感じになる、というかあとペダルを透明に保つやりくりも大変で。そういうところがちょっとチェレスタだとどうなるかなーと。フーガで各声部を独立させるのはちょっと難しいけど響きが柔らかくなるし溶け合う具合がいい感じになると思うんですよね。
最近は鍵盤楽器だったらハープシコード(特にバロック時代のレパートリー)にも目を向けた方がいいのかも、と思い始めてます。チェレスタのキータッチもハープシコードほどではないですが軽めなのでスカルラッティのソナタとかの速い軽いパッセージは苦にはならないはず。連打はちょっと苦手かもしれないけど。ああいう音楽的にストレートな音楽をストレートにチェレスタで弾くのも(何も変哲もない感じですが)ありかな、と。スローなソナタでの間の取り方とか響きとかも試してみたい。
バッハ方面はどうなんだろう。弾いてみないとどうなるか分からないかな・・・
チェレスタに音が似ている楽器といえば鉄琴とかビブラフォーンとかハープとかもあります。鉄琴のレパートリー・・・あるのかな。ビブラフォーンはジャンル超えて色々ありそうなのでこれから探索してみたいですね。
ハープはピアノよりはまだ厳しくないかな。割とソロレパートリーだとハープも低音をよく使うので音域がアウトなのもあるか。
でもペルトの「Pari Intervallo」みたいに音の余韻を楽しむスローで暗めな曲はいいかも。チェレスタの巷のイメージから広げるという意味でも暗い曲でのチェレスタの音のポテンシャルは探索したいです。(バルトークからの流れを継ぐ形で)
暗い曲と言えば低音域をなんとか活用してThelonius Monkの「'Round Midnight」が弾けたらいいな、と思ってます。Monkは「Pannonica」でチェレスタを使ってますからそのつながりもあって。
あと最近思うのはクラシカルギターも結構チェレスタに近いんじゃないか?と。音域の下限もそんなに変わらないはずだし、音量・音色が限られているのも似ているし。バロック時代から21世紀までちょこちょこレパートリーはありますしね。もしかしたら鍵盤で弾くにはちょっと音が少ないかもしれないけれど(ピアノだとすかすかに聞こえてしまいますが)チェレスタなら良い方に転ぶ可能性も。
ふと思いついてこれはチェレスタで弾きたい!と思ってネットで楽譜をダウンロードした曲があります。バリオスという作曲家の「大聖堂」という曲なのですが、ギターで難曲と言われるのがかえってチェレスタでは(音の数的にも)ちょうどいいような。3楽章編成の真ん中のスローな楽章ではギターにはできないけれど鍵盤楽器ではよくある装飾和音とか、バロック風に足したりして。うまくいくと思うんですよね-。
あとはクラシックに限らず、ジャズだったりポップだったりも。シンプルに考えればうまくいく曲たくさんあると思うんですよね。ただものすごくうまくいく曲となると本当にしっかり考えないといけないかも。いつも聞いてるあっち方面とかこっち方面とか。改めて考えて見たい。
ただクラシックもそうですが元の曲とイメージががらっと変わるようなのはもっと探すのが難しいと思うんですよね。改めて意識しないと。実はそういう曲がカバーしてて一番楽しいと思いますし、探してみたいんですが、楽器を触らないと無理なところもあるかなー・・・
チェレスタはオケでもそうですが音のアタックと同じくらい、またはそれ以上に余韻を楽しむ楽器なので、ピアノやハープ、ハープシコード、ギターなどにはない音の溶け合い方みたいなものに注目したいです。明るい響きも、柔らかい響きも、暗い響きも、濁った響きも(案外目着けられてないけどここは大事)。
いつかまた機会があれば色々実験してみたいと思っています。チェレスタがとにかく好きで、周りが思うよりも色々できる楽器だと信じているので。
今日の一曲: アグスティン・バリオス 「大聖堂」(La Catedral)
最近私が愛してやまないクラシックギターの曲です。これと、以前紹介したコシュキンのUsher Waltzと、ヴィラ=ロボスの前奏曲集・協奏曲と、WestlakeのShadow Dancesあたりかな、特に自分にとってSpecialです。
バリオスは調べて見たら19世紀末~20世紀の南米はパラグアイの作曲家。(パラグアイではお札に肖像画がのったことがあるらしいですね)
ギター奏者でもあり、ギターのための作品をたくさん残している作曲家です(同時代のセゴビアもギター奏者兼作曲家で、自分の曲は自分で弾いて積極的に広めてたのと同じ事情かな)。
Wikipeを読んでみると生きた時代より前の時代の様式を用いることがあったそうで、この「大聖堂」もバロック時代、特にバッハのスタイルと似ています。
先ほど書いたようにこの曲は3楽章構成で、ものすごくギターらしいアルペジオの第1楽章、バロック時代の前奏曲風の付点リズムが特徴的なスローな第2楽章、そして速くて長くて難しい第3楽章に分かれています。
第3楽章の難しさはあくまでギター弾かない人としてしか分からないのですが、それでもめちゃくちゃ難しいのは分かります。あと楽譜プリントして気づいたんですが2回最初に戻るところがあって初見で楽譜を追いにくかった(汗)
でもですねえ、ものすごく美しい曲なんですよ。単純に、純粋に美しい。
あとなんかこう、この抱きかかえられるようなサイズの音楽に世界がものすごく完成されているというか。大きくはないけれど、でもバッハの音楽に確かに似ている無限の広がりみたいなものがあって。すごい曲です。
なんかとってもギターのための曲なんだけれど、ギターを超越するものがある気がします。
リンクした録音は試聴はないのですがJohn Williamsの素晴らしい演奏です。
どんな曲か試聴したい場合はこちらへ。コシュキンの曲の紹介を書いてるとき気づきましたが結構ロシア系のギタリストっているんですよね。そちらのギタリストももっと聞いてみたい。
相変わらず仕事です。ピアノもやってます。詰まってる感はあるけど弾いてる曲はなんとかなってきてる・・・かな。
メシアンを弾いてるのがやっぱり一番楽しいというか落ち着くというか、やりがいがあるというか。
なんとなくパワフルである程度不協和音的なものを望んでいるのかな。
今日はちょっと前に注文した新神話主義の本が届きました(感想は以前ここで書いてます)。再読になりますが手元の資料としても、創作や音楽のアイディアをまとめたりするにもいい本なので読む時間ができるといいな・・・とは思っていますが。
それから今日はiphone5が来ました。まだ電話として使えないのですがとりあえずなんとか中身はなったかな。
最近ちょっとチェレスタの事を考えていたのですが(例の大学のオケのコースの情報が来てなかったりで)。
もうご無沙汰気味なんですよね、チェレスタ。オケで弾かせて機会も少ないのですが、できればそれだけじゃなくてチェレスタで色々弾いてみたいな―と。
割とできることが限られてる楽器なのですがもうちょっとなんとか自分なりに広げられないかなーと思うんですね。
兎にも角にもソロレパートリーというのがほぼない楽器ですし、普段触れられないのでそこら辺の探索も難しい。
なので今自分で考えてるのは「他の楽器の曲をチェレスタで弾くならどんな曲が弾きたいか」ということです。
自分のPCに入ってる音楽のリストを見たり、あとは普段聞いてるなかで「これはチェレスタで弾けるんじゃないか?」というところにちょっと注意を向けてみたり。
チェレスタは鍵盤楽器で、テクニックはピアノと同じなところが多いのですが、音域が狭かったり(しかも高音寄りなので厚み・深みが出しにくい)、音量の幅が狭かったり、出せる音のバラエティが狭かったり(なので複雑な物を弾くとぐだぐだに混ざり合ってしまったり)、そういう短所もあるのですが、まあ長所といえば音色が鉄琴みたいなああいう音色なので何を弾いてもものすごく耳に悪い、ということはないのですよね(つまらないことはあっても)。
そういうことがあるのでピアノ曲をカバーするとなると結構絞られてくる。
そんな中で前からちょっとやってみたいなー、と思ってたのがラヴェルの「クープランの墓」の「フーガ」。響きがいいと思うんですよ。ピアノでやるとちょっと望むサウンドよりもドライな感じになる、というかあとペダルを透明に保つやりくりも大変で。そういうところがちょっとチェレスタだとどうなるかなーと。フーガで各声部を独立させるのはちょっと難しいけど響きが柔らかくなるし溶け合う具合がいい感じになると思うんですよね。
最近は鍵盤楽器だったらハープシコード(特にバロック時代のレパートリー)にも目を向けた方がいいのかも、と思い始めてます。チェレスタのキータッチもハープシコードほどではないですが軽めなのでスカルラッティのソナタとかの速い軽いパッセージは苦にはならないはず。連打はちょっと苦手かもしれないけど。ああいう音楽的にストレートな音楽をストレートにチェレスタで弾くのも(何も変哲もない感じですが)ありかな、と。スローなソナタでの間の取り方とか響きとかも試してみたい。
バッハ方面はどうなんだろう。弾いてみないとどうなるか分からないかな・・・
チェレスタに音が似ている楽器といえば鉄琴とかビブラフォーンとかハープとかもあります。鉄琴のレパートリー・・・あるのかな。ビブラフォーンはジャンル超えて色々ありそうなのでこれから探索してみたいですね。
ハープはピアノよりはまだ厳しくないかな。割とソロレパートリーだとハープも低音をよく使うので音域がアウトなのもあるか。
でもペルトの「Pari Intervallo」みたいに音の余韻を楽しむスローで暗めな曲はいいかも。チェレスタの巷のイメージから広げるという意味でも暗い曲でのチェレスタの音のポテンシャルは探索したいです。(バルトークからの流れを継ぐ形で)
暗い曲と言えば低音域をなんとか活用してThelonius Monkの「'Round Midnight」が弾けたらいいな、と思ってます。Monkは「Pannonica」でチェレスタを使ってますからそのつながりもあって。
あと最近思うのはクラシカルギターも結構チェレスタに近いんじゃないか?と。音域の下限もそんなに変わらないはずだし、音量・音色が限られているのも似ているし。バロック時代から21世紀までちょこちょこレパートリーはありますしね。もしかしたら鍵盤で弾くにはちょっと音が少ないかもしれないけれど(ピアノだとすかすかに聞こえてしまいますが)チェレスタなら良い方に転ぶ可能性も。
ふと思いついてこれはチェレスタで弾きたい!と思ってネットで楽譜をダウンロードした曲があります。バリオスという作曲家の「大聖堂」という曲なのですが、ギターで難曲と言われるのがかえってチェレスタでは(音の数的にも)ちょうどいいような。3楽章編成の真ん中のスローな楽章ではギターにはできないけれど鍵盤楽器ではよくある装飾和音とか、バロック風に足したりして。うまくいくと思うんですよね-。
あとはクラシックに限らず、ジャズだったりポップだったりも。シンプルに考えればうまくいく曲たくさんあると思うんですよね。ただものすごくうまくいく曲となると本当にしっかり考えないといけないかも。いつも聞いてるあっち方面とかこっち方面とか。改めて考えて見たい。
ただクラシックもそうですが元の曲とイメージががらっと変わるようなのはもっと探すのが難しいと思うんですよね。改めて意識しないと。実はそういう曲がカバーしてて一番楽しいと思いますし、探してみたいんですが、楽器を触らないと無理なところもあるかなー・・・
チェレスタはオケでもそうですが音のアタックと同じくらい、またはそれ以上に余韻を楽しむ楽器なので、ピアノやハープ、ハープシコード、ギターなどにはない音の溶け合い方みたいなものに注目したいです。明るい響きも、柔らかい響きも、暗い響きも、濁った響きも(案外目着けられてないけどここは大事)。
いつかまた機会があれば色々実験してみたいと思っています。チェレスタがとにかく好きで、周りが思うよりも色々できる楽器だと信じているので。
今日の一曲: アグスティン・バリオス 「大聖堂」(La Catedral)
最近私が愛してやまないクラシックギターの曲です。これと、以前紹介したコシュキンのUsher Waltzと、ヴィラ=ロボスの前奏曲集・協奏曲と、WestlakeのShadow Dancesあたりかな、特に自分にとってSpecialです。
バリオスは調べて見たら19世紀末~20世紀の南米はパラグアイの作曲家。(パラグアイではお札に肖像画がのったことがあるらしいですね)
ギター奏者でもあり、ギターのための作品をたくさん残している作曲家です(同時代のセゴビアもギター奏者兼作曲家で、自分の曲は自分で弾いて積極的に広めてたのと同じ事情かな)。
Wikipeを読んでみると生きた時代より前の時代の様式を用いることがあったそうで、この「大聖堂」もバロック時代、特にバッハのスタイルと似ています。
先ほど書いたようにこの曲は3楽章構成で、ものすごくギターらしいアルペジオの第1楽章、バロック時代の前奏曲風の付点リズムが特徴的なスローな第2楽章、そして速くて長くて難しい第3楽章に分かれています。
第3楽章の難しさはあくまでギター弾かない人としてしか分からないのですが、それでもめちゃくちゃ難しいのは分かります。あと楽譜プリントして気づいたんですが2回最初に戻るところがあって初見で楽譜を追いにくかった(汗)
でもですねえ、ものすごく美しい曲なんですよ。単純に、純粋に美しい。
あとなんかこう、この抱きかかえられるようなサイズの音楽に世界がものすごく完成されているというか。大きくはないけれど、でもバッハの音楽に確かに似ている無限の広がりみたいなものがあって。すごい曲です。
なんかとってもギターのための曲なんだけれど、ギターを超越するものがある気がします。
リンクした録音は試聴はないのですがJohn Williamsの素晴らしい演奏です。
どんな曲か試聴したい場合はこちらへ。コシュキンの曲の紹介を書いてるとき気づきましたが結構ロシア系のギタリストっているんですよね。そちらのギタリストももっと聞いてみたい。
前回のエントリーに拍手ありがとうございます~
日本に帰ってきてから仕事続き。結構大きい(実際に作業する量)案件を担当しているのですがやっとのことで進行具合の目処がついてきたかな-(半分は過ぎていることは確か)
で、ピアノも毎日でないけどやってますし、更新頻度はちょっと下がってますがこちらも更新。
そして疲れにも関わらず、というか何かバランスをとってというか創作がなにかとはかどってるのです。
なので一日中手と指をintenseに使って暮らしています。
考える方ももちろん疲れがでるんですよね。朝くらいに「今日あたりブログでこんなこと書きたいな-」とか思って詳細をメモしても夜になるとまったく思考も文もまとまらなかったり。
休ませて削るならとりあえず先に趣味の創作から、なはずなんですがどうもそうはいかないんですよねー・・・
ちょこちょこっとメモだけ、と思っても色々いじりはじめたりするし、書き始めると案外はかどったりして(そもそも進めているプロジェクトの多いのが一番の問題ではないかと)。
あとやっぱり勢いとか波みたいのはあって、書けるときに書いておきたい。
・・・ということで書き始めてなんですが今日はここら辺で。創作の方にちょっと残りの筋力(笑)を使いたいので。
でも今日の一曲はやりますよー。
今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ チェロソナタ 第2楽章
ブログで書きたいなーと思ってたのがショスタコの音楽のこと。これについては実は「やばい!ショスタコの誕生日忘れてた!」と9月の末に思ったとき以来形にできてないのですが・・・
(その間クラムの誕生日も通り過ぎ(忙しくて忘れてた)、もうちょっとでメシアンの誕生日になろうとしています)
それであんな側面もこんな側面も、ショスタコの音楽で好きなこといっぱい語りたいのはやまやまなんだけれど疲れた・・・ので一つに絞って今日の一曲として紹介。
ショスタコとチェロの相性の良さは前々から何度も熱く?暑く?語っていますがチェロソナタは一つしか残していません。ただショスタコの作品の中でもかなり手堅いポジションですし、チェロのレパートリーの中でもかなり愛されているソナタです。
第2楽章は決して偉大な音楽でも美しい音楽でもないですが、かなり強烈なキャラの曲です。
複数楽章の作品には大抵コミカルな性格のスケルツォが息抜き的な立ち位置で入っていることが多いのですが、このコメディーショーはかなり毒はいってますよー。(同じショスタコなら交響曲第5番の第2楽章がこれと似たスケルツォですね)
どこかロシアの土臭い民族的な響きがありながら(バルトークっぽいですね、どことなく)、ショスタコ得意の皮肉がたっぷり効いて。こ
基本粗暴で荒削りな感じの曲です。
ただ粗暴なだけじゃなくてシンプルなラインで醜いところをわざとふくらましたような、カリカチュア的な曲なんですよね。これ冗談だろ!と感じる、笑っちゃうようなところもちょこちょこ。
大げさな表現に歯に衣着せぬ物言い、みたいなところにショスタコらしいスタンスが見られると思います。
だから弾くとものすごく楽しいし、真面目にアプローチしない方がうまくいくような曲なんですが、そこの大げさなところとか毒とかをどう生かすか、「悪趣味」に片足突っ込んだくらいでまだもっときわどく表現できるか、と実験できるようなところがあるのもまた楽しいです。
とにかくチェロもピアノもよく動きます。それぞれの楽器の音域の端まで使ったりして(チェロのハーモニクスのスライド、それからピアノの超低音は快感ですね-)、2人のコンビネーションもまた楽しいです。
この楽章だけだとあれなんで(スケルツォはあくまでも息抜きというかそういう立ち位置なのです、基本的に)、是非他の楽章も聴いてみてください。ちょっと変わった色合いの曲ですが、良い曲ですよー。
ピアノもチェロもかっこいいですしね!
ちなみにリンクしたのはロストロポーヴィチがチェロでショスタコ自身がピアノを弾いている録音。古い録音なのですがものすごく時代とキャラクターが強く感じられる素晴らしい演奏で、特にこの第2楽章でショスタコがものすごく無表情な感じで、機械的というかたまに重機的(?)にピアノに指をぶつけるのが強烈です。パワフル。楽しい。そしてショスタコらしい。
日本に帰ってきてから仕事続き。結構大きい(実際に作業する量)案件を担当しているのですがやっとのことで進行具合の目処がついてきたかな-(半分は過ぎていることは確か)
で、ピアノも毎日でないけどやってますし、更新頻度はちょっと下がってますがこちらも更新。
そして疲れにも関わらず、というか何かバランスをとってというか創作がなにかとはかどってるのです。
なので一日中手と指をintenseに使って暮らしています。
考える方ももちろん疲れがでるんですよね。朝くらいに「今日あたりブログでこんなこと書きたいな-」とか思って詳細をメモしても夜になるとまったく思考も文もまとまらなかったり。
休ませて削るならとりあえず先に趣味の創作から、なはずなんですがどうもそうはいかないんですよねー・・・
ちょこちょこっとメモだけ、と思っても色々いじりはじめたりするし、書き始めると案外はかどったりして(そもそも進めているプロジェクトの多いのが一番の問題ではないかと)。
あとやっぱり勢いとか波みたいのはあって、書けるときに書いておきたい。
・・・ということで書き始めてなんですが今日はここら辺で。創作の方にちょっと残りの筋力(笑)を使いたいので。
でも今日の一曲はやりますよー。
今日の一曲: ドミトリ・ショスタコーヴィチ チェロソナタ 第2楽章
ブログで書きたいなーと思ってたのがショスタコの音楽のこと。これについては実は「やばい!ショスタコの誕生日忘れてた!」と9月の末に思ったとき以来形にできてないのですが・・・
(その間クラムの誕生日も通り過ぎ(忙しくて忘れてた)、もうちょっとでメシアンの誕生日になろうとしています)
それであんな側面もこんな側面も、ショスタコの音楽で好きなこといっぱい語りたいのはやまやまなんだけれど疲れた・・・ので一つに絞って今日の一曲として紹介。
ショスタコとチェロの相性の良さは前々から何度も熱く?暑く?語っていますがチェロソナタは一つしか残していません。ただショスタコの作品の中でもかなり手堅いポジションですし、チェロのレパートリーの中でもかなり愛されているソナタです。
第2楽章は決して偉大な音楽でも美しい音楽でもないですが、かなり強烈なキャラの曲です。
複数楽章の作品には大抵コミカルな性格のスケルツォが息抜き的な立ち位置で入っていることが多いのですが、このコメディーショーはかなり毒はいってますよー。(同じショスタコなら交響曲第5番の第2楽章がこれと似たスケルツォですね)
どこかロシアの土臭い民族的な響きがありながら(バルトークっぽいですね、どことなく)、ショスタコ得意の皮肉がたっぷり効いて。こ
基本粗暴で荒削りな感じの曲です。
ただ粗暴なだけじゃなくてシンプルなラインで醜いところをわざとふくらましたような、カリカチュア的な曲なんですよね。これ冗談だろ!と感じる、笑っちゃうようなところもちょこちょこ。
大げさな表現に歯に衣着せぬ物言い、みたいなところにショスタコらしいスタンスが見られると思います。
だから弾くとものすごく楽しいし、真面目にアプローチしない方がうまくいくような曲なんですが、そこの大げさなところとか毒とかをどう生かすか、「悪趣味」に片足突っ込んだくらいでまだもっときわどく表現できるか、と実験できるようなところがあるのもまた楽しいです。
とにかくチェロもピアノもよく動きます。それぞれの楽器の音域の端まで使ったりして(チェロのハーモニクスのスライド、それからピアノの超低音は快感ですね-)、2人のコンビネーションもまた楽しいです。
この楽章だけだとあれなんで(スケルツォはあくまでも息抜きというかそういう立ち位置なのです、基本的に)、是非他の楽章も聴いてみてください。ちょっと変わった色合いの曲ですが、良い曲ですよー。
ピアノもチェロもかっこいいですしね!
ちなみにリンクしたのはロストロポーヴィチがチェロでショスタコ自身がピアノを弾いている録音。古い録音なのですがものすごく時代とキャラクターが強く感じられる素晴らしい演奏で、特にこの第2楽章でショスタコがものすごく無表情な感じで、機械的というかたまに重機的(?)にピアノに指をぶつけるのが強烈です。パワフル。楽しい。そしてショスタコらしい。
